作家でごはん!鍛練場
tomonari

この夏の花火/あの夏の花火

【この夏の花火】

しゃべってる言葉と、本当の自分との距離が遠い。
それでも言葉を探そうとする僕の思考を黙らせてよ。
君は笑っていたのに、泣いているように見えた理由を教えてくれないか。
誰にも気づかれないようにそっと制服のポケットにしまったあの手紙は、あいつ宛のものだったんだろう?
僕は君の斜め後ろから、それを見てた。
それからの僕はやたらとおしゃべりになった。
この夏の入道雲が膨れに膨れたその体を爆発させるように、僕はやたらとおしゃべりになった。
入道雲は雨を降らせたらその存在を消してしまえるけれど、僕の胸の中で膨れ上がったものは、どれだけおしゃべりをしても消えてはくれなかった。
手紙と一緒に隠されたあいつへの気持ちもきっと、君の胸の中で張り裂けそうなくらいに膨らんでんだろうな。
僕の、君への気持ちみたいに。
橋のかかってない向こう岸へ行きたがっている、子供みたいに。
地球を突き抜けてしまいそうなほどの、この入道雲みたいに。
僕は自転車にまたがった。
坊主頭に、ヤンキースの帽子を被って。
炎天下の夏の中で、なにくそって。
言葉を、全部忘れたくて。
僕は十代の体力全力投球で自転車をこいだ。
瞬く間に大量の汗が僕の体を流れる。
瞬く間に太陽の光が、僕の体を焦がす。
どうせ止められないんだ、止まらなければいい。
坊主頭に、ヤンキースの帽子を被って。
炎天下の夏の中で、なにくそって。
言葉を全部、忘れたくて。
僕はタンクトップに短パンで、ナイキのスニーカーに力を込めて自転車をこいだ。
長い間聴いていなかった音楽が、僕の体を流れる。
長い間聴こえないふりしてた詩が、僕の体を焦がす。
ずっとずっと前から知っていたような、初めて見る景色の中だ。
坊主頭に、ヤンキースの帽子を被って。
炎天下の夏の中で、なにくそって。
…僕が忘れたいのは、何?
そう、空を見上げた僕は、ブロックの出っ張りにぶつかって自転車ごと大きくすっ飛んでいった。
地面からはきっと逆行写真のように、宙を舞う僕と自転車が映っているに違いない。
ヤンキースの帽子が、僕から離れていく。
僕と、自転車と、ヤンキースの帽子。
落ちていくそれらを、僕はスローモーションに見ていた。
ガシャーンッと大きな音を立てて自転車が地面とぶつかったあと、僕がドサッと大の字に転がり、それら風に乗ったヤンキースの帽子がフワッと優雅に落ちてきた。
僕の目の前には、真っ青な空にどでかい入道雲。
それを転がったまま眺めていると、僕の頬にポツッと一雫落ちてきた。
それを拭う間もなく雫は次々にやってきて、一発の大きな雷を合図に激しい夕立が降り始めた。
身体中痛いし、帽子飛んでったし、君はあいつ好きだし。
もうどうにでもしてくれというような僕はそのまま、夕立に降られていた。
夕立につられて、僕の目からも何か流れていったかもしれない。
僕のこの気持ちもこの夕立みたいに流してしまえたら、僕は楽になるのかな?
君の知らないところで?君の知らないうちに?君に知られないまま?
降った雨はやがてでっかい海に流れ着いて、何事もない風に吹かれて思い出すことすらできなくなるんだろう。
僕はゆっくりと上半身を起こした。
そして手を伸ばして、ヤンキースの帽子を拾い上げた。
立ち上がって自転車が壊れていないことを確かめると。僕は夕立がしたたるヤンキースの帽子を被った。
自転車はこぐたびにギーギーと音を立てているし、膝は曲げるたびに激痛が走っているけれど、張り裂けそうだった胸の痛みは治まっている。
夕立が上がった空は、再び晴れ渡っている。
僕の手紙は、ポケットにしまわないようにする。
坊主頭に、ヤンキースの帽子を被っている今を。
炎天下の夏の中で、なにくそってこいだ自転車を。
君を好きだったことを、大人になっても忘れないように。
僕の手紙は、君に届けることにする。
ハッピーエンドなどどこ吹く風の、この夏だけに咲いた花火だとしても。
君が色づけした夏の跡に、僕は全力で自転車をこぐ。

【あの夏の花火】

あの夏を思い出すたびに現れるのは、あのとき好きだった人じゃない。
今ではもう、好きだった人の顔は思い出せない。
衝撃的だった。
あの日のことは、十年経った今でも鮮明に覚えてる。
夕立が上がって、ペコの散歩に行こうと私は外に出た。
曇天だった空はみるみる晴れていき、上がった夕立にほっとした蝉達が再び鳴き出していた。
あまりの暑さに、私は手首につけていたゴムで髪をおだんごに結い上げた。
早く行こうってワンワン鳴いて急かすペコに、わかったわかったってリードを前に伸ばしたとき、後ろから近づいてくるギーギーという音に気がついた。
私が振り向くと、彼は自転車をこぐのをやめて、
「よう」
って言った。
あちこち傷だらけで、どこかの野球の帽子を被って彼は現れた。
彼とは高校のクラスメイトで、確か二、三回くらいしか言葉を交わしたことはなかったと思う。
私は持っていたハンドタオルで、彼の腕の傷をおさえた。
とにかく私は、彼の傷をどうにかしなければと思った。
「大丈夫?」
って聞いた私の質問には答えず、彼は履いていた短パンの横を力一杯握って、
「あのっ」
って言った。
「なに?」
って顔を上げた私の目を、彼は真っ直ぐ見つめた。
そして気持ちいっぱいに、
「好きだ」
って言った。
なんの脈絡もなく、唐突という他ない彼の言葉に、私の動きはピタッと止まった。
それからだんだんとその言葉の意味が沁みてきた頃、私は彼の傷をおさえていた手を離し、
「ごめん」
って言った。
彼は被っていた帽子のツバをぐっと下げて、
「うん」
って言った。
ごめんって言ったのは私なのに、帽子のツバで彼の目が見えなくなったとき、私は少し寂しい思いをした。
私を好きだって言ったこと、嘘じゃないって思えた。
彼の瞳にも、言葉にも。
それから彼は、
「じゃ」
って言って、帽子のツバを下げたままギーギーと音を立てて行ってしまった。
私は取り残されてしまったかのように、しばらくそこに佇んでいた。
羽根の動かし方を知らないで地上にいる鳥だった、十七の夏。
まるでそう言われることをわかっていたような、彼の『うん』だった。
彼はとっくに羽ばたいていた。
私達は絶対死ぬのに、一秒後が怖くて動けない。
そんな一秒後を突き破って飛んだ彼は、煌めいて咲いた、私の、あの夏の花火。
あれから十年もの月日が流れた今、あのときの彼と鼓動を重ねてみても何も始まらないけれど、愛しいという感情はこういうものなのだと確かめる。
指先まで確かめる。
もう二度と来ない、何もまとっていなかった無防備な領域の瞳に。
彼が彩った夏の跡に、口づけをして。

この夏の花火/あの夏の花火

執筆の狙い

作者 tomonari
106.180.6.128

初めてこちらに投稿致します。よろしくお願いします。
少年から大人になる僅かしかない時間に起こるものを書きたくて書きました。
視点の切り換えで同じ出来事を描くと、360度のようなアングルを感じられて面白いと思いました。

コメント

偏差値45
219.182.80.182

情景描写は出来ているとは思います。
>視点の切り換えで同じ出来事を描くと、360度のようなアングルを感じられて面白いと思いました。
たまにそういう作品を読みますね。珍しいことではないけど。
最後は思い出に浸っている様子ですが、曖昧で結論がよく分からないかな。
なんとなくクサい青春ドラマの一シーンという感じですね。

卯月
183.176.74.78

(坊主頭に、ヤンキースの帽子を被って。)
このリフレインがきいている。

マア、いいんじゃない。

tomonari
106.180.7.198

偏差値45さん

ご感想ありがとうございます。
二つ目の終わらせ方はあまりにもふんわりさせすぎてしまいましたかね。
ご指摘ありがとうございます。
熱い、クサい作品を作っていきたいです。
またご指導、よろしくお願いします。

tomonari
106.180.7.198

卯月さん

ご感想ありがとうございます。
ポイントをあげていただきわかりやすかったですし、嬉しかったです。
またご指導、よろしくお願いします。

文緒
126.209.34.2

若い、ごく一時期にしか持ち得ない透明感のようなものが感じられました。

少年時代の終わりを告げるシンボルなのかな。
彼女に会いに行く勇気のお守りなのかな。
私は「ヤンキースの帽子」のリフレインは、しつこさが先にきてしまいました。

好みですね。


ありがとうございました。

銀天公社の偽月
219.100.86.89

「花火」まるで描かれていないんで、
現状だと、軽くタイトル詐欺??


『あの夏、ヤンキースの帽子』だよね。。たぶん……

tomonari
106.180.6.48

文緒さん

ご感想ありがとうございます。
しつこくにもなってしまうのですね。
違う視点からのご指摘ありがとうございます。
嬉しいご感想もありがとうございます。
またご指導、よろしくお願いします。

tomonari
106.180.6.48

銀天公社の偽月さん

ご感想ありがとうございます。
さ、詐欺!?
花火は、それぞれのその夏を花火のような一瞬に捉え、作品の全体的なイメージとして用いました。
読んでいただいた皆様、ヤンキースの帽子が印象に残るようでこの作品の新たな一面を見ました。
でも、「あの夏、ヤンキースの帽子」もタイトルとしてかっこいいですね。
またご指導、よろしくお願いします。

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