作家でごはん!鍛練場
水野

夏休みの魔女(改稿版)

  一

 啓太の目の前から魔女が消えたことで、彼の心にはぽっかりと穴ができた。夏休みの、お盆前のことだった。その出来事を境に、いつもの遊び仲間とは会わなくなってしまった。犬の散歩をしている最中、かつての大親友に出くわすことがあっても、顔を逸らしたまま道の脇をそそくさと通り過ぎることにしていた。一昨日は、すれ違う前にあらかじめ散歩ルートを変更しておいた。面と向かって話す機会を、自分から握り潰すようなものだった。
 ベッドに寝転がって携帯端末を眺める。八月二五日、金曜日。時刻は一四時三五分。昼食を食べてから二、三時間は、気だるい感覚が抜けない。
 日記作文と読書感想文は七月中にちゃちゃっと終わらせた。算数ドリルもだいたい片づいていたが、自由研究がまだだった。それだけはまだ、どこも手をつけていなかった。今年から小学三年生に上がり、新しく理科と社会が入ってきた。夏休みの宿題にまた一つ、新たな項目が追加されたというわけだ。啓太には自由研究がそもそも何なのかがわからなかった。書店で適当に本を見つけてきて、そこに書かれてある通りに研究すればいいじゃないかと何度思ったかしれない。だがオリジナリティを追求してやまない彼としては、なるべく自分で考えてやってみたいというプライドを捨て切れずにいる。
 感想文も課題図書ではつまらないと思い、車で一五分の市内の図書館に行って別の本を探した。棚のあいだを不規則に歩き回り、ここだと思ったところで手を伸ばす。ぶつかったのは高橋源一郎の『さよなら クリストファー・ロビン』という小説だった。小学三年生の啓太には理解の及ばないところがあったが、読みやすくはあったので、家に帰ってから三時間くらいで読み終え、なかでも一番記憶に残っている一篇について、自由に書いてみた。どうせ点検する教師にしたって、課題図書ならいざ知らず、ましてや『さよなら クリストファー・ロビン』など読んでいるはずがない。実際の内容と少し違っていてもばれることはないだろうという思いから、明らかにまずい矛盾点を修正しただけで、あとはほとんど自分の創作だった。自分は将来小説家にでもなるのだと信じてやまなかった。
 絵にしても似たようなもので、「まちの美しい自然」というテーマに基づいていくつかの構想を練ったあと、一気に画用紙に下書きした。色づけはさすがに一日では終わらなかったものの、これも七月中には片づけた。魔女と出会ったのはそれから、八月に入ってからだった。

「何してあそぼっか!」
 八月五日、午後三時。啓太の遊び仲間の一人である朱里の溌剌とした声が公園全体に響く。彼女はどこであろうと大声を出す。啓太はこの子が一種「知恵遅れ」的な人間なんじゃないかと疑っていたが、遊んでいる間は別に気にしない。
「お前は、何して遊びたいんだよ」
 陸のひねくれた声。彼も同じ学校の友だちだ。体を動かすのが得意で、今もジャングルジムに両手両足を引っかけて、落ち着きなくぶらぶらさせている。
「陸くん、いちいち聞き返さないで!」
「だってお前、いっつも俺たちに訊いてばっかじゃん」
 啓太も陸も、朱里を「朱里」と呼び捨てたことは一度もない。だいたい「お前」呼ばわりか、せいぜい苗字が限界といったところ。対して朱里の方は「陸くん」「啓太くん」と積極的だった。他の子に対しても「くん」づけ「ちゃん」づけを怠らなかった。
「わたしはいいの! 啓太くんは? 何してあそびたい?」
「くん」づけされるたび、啓太の自尊心はちょっとばかしくすぐられる。だが啓太はそのことをおくびにも出さず、朱里の後ろを指さす。
「とりあえず、あそこの木に行ってみない? 頭が熱くて死にそう」
 その日は今年一番の暑さだった。からっとした風の強い天気で、直射日光がきつい。
「そうだね! じゃああそこまで競争!」
 朱里はホットパンツを翻し、公園の奥に堂々とそびえ立つクスノキ目がけて駆け出す。啓太と陸はその後ろ姿に見とれていたが、先に反応したのは陸で、「待てよお」と言ってジャングルジムから飛び降りる。啓太もそのあとを追う。
 とはいっても距離は一〇メートルほど。決着はあっという間だった。結論だけ言えば、僅差で陸の勝ちだった。啓太は特に争うつもりもなかったので、びりっけつだった。陸には「おっそ」とからかわれ、朱里からは「だいじょうぶ? もしかして熱さで、頭死んじゃった?」と本気で心配されるありさまだった。
「大丈夫だと思う。ああここなら涼しいね」
「ね」
 三人はそろって大きなクスノキを見上げる。青々と茂っており美しい。
「そもそもオレら、何でこんなくっそ暑い日に公園まで来ちまったんだ?」
「どうしてだろう。誰かの家でゲームでもすればよかったのに」
「だよなあ。ん? でも、最初に誘ってきたのって」
 啓太と陸は同時に朱里をにらむ。彼女はすでに脚を伸ばして木にもたれかかっているところだった。
「あーすずしー」
 その声がものすごく気持ちよさそうだったので、啓太たちは何も言う気になれなかった。

 三人は幼稚園の頃からの顔見知りだった。互いの家が近く、親同士の仲も良かったので、気がつくとよく集まるようになっていた。
 何をして遊ぶかはその日次第だった。三人とも体を動かすのは嫌いではなかったし、ゲームもよくやる。ただ闘いとなると陸と朱里で口喧嘩になることがままあった。啓太にしても二位よりは一位でありたいという主義だったが、言い争いは好まなかったので、自然と二人をなだめる役に落ち着いた。たまにその鬱憤を晴らすかのごとく、夜を徹してゲームをやりこみ、翌日二人をぎゃふんと言わせることが、ひそかな愉しみではあった。
 ずっと三人だけで遊んでいた、というわけではない。他の友だちも混ぜて四人になったり、七、八人になることもある。なかでも一番よく遊んでいたのがこの三人だったというだけで、そこに特別な意味合いなんてなかったのかもしれない。ただ、啓太は陸、朱里の三人でいるときに一番「楽しい」という気分になれたのであり、それは他の二人にしても同じだった。遊びに誘うときはまっさきにこの二人に電話した。二人も啓太を優先してくれた。道ばたで合流したりなどすれば他の友だちとも遊びはする。けれども日が落ちて「さよなら」と手を振るとき、残っているのはだいたいいつもの三人メンバーだった。
 朱里が女の子であることを意識することはほとんどない。ごくたまに、相撲を取るときだとか、彼女がスカートを穿いてきたりなどして、意識せざるをえない場面に遭遇することはある。しかしそれ以外の場面では特にそういうことに悩まされることなく、対等に付き合ってきている。
 ただ陸に関しては、どうも朱里のことを異性として意識している節があった。表面上はおちゃらけていたり、遠慮なくばかにしたりするけれど、その視線や表情は明らかに、朱里を単なる友人ではない、特別な一人として認めているようだった。
 しかし当の朱里はそういうことには無頓着なようで、スカートの裾だってだいたいはだけているし、ホットパンツの片側から下着を覗かせていることだってよくあることだ。さすがに一緒に風呂に入ったり、という機会はなかったものの、去年温水プールに遊びに行ったとき、啓太たちと同じ男子更衣室で着替えをしたことがある。思えばあのときから、陸が朱里のことを意識し始めたようでもある。啓太はずっと目を逸らしたままだったが、個室を使おうとはせず、男たちがたくさんいるなかで堂々と水着を脱いだり着たりする当時の様子を陸は隠れてじっくり観察していたのではないかと、啓太はひそかに疑っている。無理に追及しようという気はない。それに、ちょっとうらやましいと感じてしまう啓太自身にも如何ともしがたいものがある。
 啓太は一人っ子だが、陸と朱里には兄弟姉妹がいる。啓太は陸の家に遊びに行って四つ年下の双子の妹とおしゃべりするのが楽しかった。ほとんど家族ぐるみの付き合いで、向こうも啓太を実の兄のように慕ってくれる。むしろ陸の方が他人に見えることがあるくらいだ。陸は妹のことを好いていないみたいだった。啓太が察するに、あれは単なる照れ隠しで、本当は妹たちのことが大好きなんじゃないかと思っている。妹のどちらかが何か言うたびに「うるさい」だとか「どっかいけ」と怒鳴りつけてはいるものの、妹たちも負けてはおらず、そんなことを言われたあとで「そっちの方がうっさいじゃん!」と声を揃えて威勢よく反抗し、あとで別の部屋で大笑いしたりしている。だから案外自分の見ていないところでは仲良くやっているのだろうと思っている。
 朱里には兄と姉が一人ずついる。兄の方は高校一年生で、家にいないことが多い。偶然会えてもずっと誰かと通話していたり、無言で携帯の液晶画面とにらめっこしていたりして話しかけづらい。「こんにちは」と挨拶しても返事をもらえないことの方が多い。ただ朱里の声にだけは敏感なようで、「冷蔵庫からジュースとって」と朱里が命令すると、「おう」という生返事ながら、こちらの人数をすっかり把握して、その分のコップまで用意してきてくれる。いざ友だちになってみると、意外と気さくで面白い人間なんじゃないかというのが啓太の評価だった。
 問題は姉の方だ。彼女は子どもが大好きなようで、朱里の家を訪ねるたびに「いらっしゃい! 今日は何しに来たのかなー? ゲームならたくさんあたしの部屋にあるから、遠慮なく声かけてきてね。それよか暇でしょ? これから買い物行くんだけどさ、どっちかちょっと付き合ってよ。好きなもの買ってあげるからさ、ね? お願い」とか何とか言ってしつこくつきまとってくる。去年中学校に上がり、部活などで忙しいはずなのに、啓太たちが遊びに来るときはなぜかいつも家にいるのだ。朱里からこっそりと、啓太たちがいつ遊びに来るのかの情報を仕入れているに違いない。
 彼女は中学生にしては体が大きく(目算では一六〇を超えている)、そのくせ声は優しい感じで(そのへんも朱里とは正反対ではある)、会うといつも調子が狂う。二人きりで何をされるかわかったものじゃないので、啓太は未だかつて彼女との買い物に付き合ったことがない。だからあんまり朱里の家には遊びに行きたくなかったのだが、姉は面白いゲームを持っていたり、漫画もいろいろと読ませてくれるので、そこが選択肢ではある。もう少し自分の身の回りで普通に自分と接してくれる人間はいないものかと、啓太は半ば本気で悩んでいる。

 啓太たちはそれぞれクスノキに背中を預ける。風が心地いい。さわさわと枝のこすれる音がする。
「なんか今日は、ずっとこのままでいいかも」
 そうでしょ? という風に朱里は言葉を切る。啓太がそちらに首を動かしてみると、彼女は目をつぶっていた。お腹に手を当てて脚を「く」の字に伸ばしている。サイドテールに結んだ髪がそわそわ揺れている。
「かもなあ」と反対側から陸の声。「ま、たまにはいいんじゃね? こうやってのんびりするのも」
「詫び寂び、だね」
 啓太がぼそりとつぶやく。反応したのは朱里だった。
「わびさび? なにそれ?」
 朱里の瞳が輝く。姿勢を崩して、ずずっと、啓太に体を寄せてくる。彼は図書館で借りたことのある、室町時代についての図入り本を思い出していた。
「昔の人は今のおれたちみたいに、自然の音を静かなところで聴いたりするのが好きだったらしいよ。庭の手入れも、いっぱい並べるんじゃなくて『空間』を大事にしてた。その景色をじっくり眺めたりするのも、やっぱり『詫び寂び』だった」
「へえー。でもなんでそんなこと知ってるの?」
「偶然本で読んだことがあるだけ。たぶんこれから社会の授業でやるんだと思う」
「みたいだねー。お姉ちゃんの話だと、五年生くらいから日本の歴史のこと勉強するんだって。やだな、わたし記憶力ないから。啓太くんはいいよね、そういうの得意そうで」
「そんなことないよ。ただ本を読むのが好きなだけ」
 啓太はそうやって詰め寄られるのが得意ではない。相手が女の子であればなおさらだ。朱里と話していると、ときどき彼女の姉と似たような、ともすれば自分を丸ごと預けたくなってしまうような気分に陥ることがある。そんなとき、啓太は誰と話しているのかがわからなくなる。目の前の友だちが、自分のよく知る友だちとは違っているような気がして、答えに窮してしまうのだ。
 そのあとも何か言ったらしいが、その全てが的外れだったのだろう、「ふうん。なんか難しいね」と言って朱里は啓太のそばを離れ、再び木にもたれかかる。
 こういうとき、陸がちゃかしてくれれば! だが彼は、最後まで知らんぷりを決め込んでいたようなのだ。啓太は恨みがましい目つきで、今度は陸の方を向く。彼は周囲が見えていないかのように夢中で草いじりをしていた。引っこ抜いたり、大きなやつは遠くまで投げてみたり。
 けれども啓太にはわかっていた。陸は今の話を一言も聞き洩らさなかったはずだ。自分というものを差し置いて、自分にはわからないような話を、しかもすぐ近くでされることが彼には一番こたえるはずなのだ。そう考えると多少の優越感がないでもない。だが、それはそれで苦痛ではある。
 陸と朱里、さっさと二人がくっついてくれればいいのにと思うことがあった。そうなれば自分から、このグループを抜けることができるのに、ということも。
 啓太はきっかけさえあれば潔くこの二人とおさらばできるのではないかと考えていた。グループが崩壊するとき、そのことを一番重く受け止め、今後の付き合いの一切を絶とうとしてしまうのは、まず自分であるということ。二人は……崩壊したことにすら気づかないだろう。誰かを傷つけてしまったことに無頓着のまま、のほほんといつもの日々を過ごし、けれども啓太が欠けてしまったということにはそれなりの責任を感じて、ゆくゆくは二人も、いつの間にか離ればなれになってしまう……気分がやさぐれていたりすると、啓太はついそんな想像をしてしまう。
 そうなる前に、早くくっついてしまえばいい。もしくは…… 多少自暴自棄ながら、啓太はそう強く願っていた。


  二

 魔女が現れたのはそれから間もなくのことだった。そのままの恰好で休んでいると、頭上から唐突に声が降り注いできたのだ。
「暇してるみたいじゃん? 君たち」
 初めはぼーっとしていたのもあってうまいこと反応できなかった。その声が実際に聞こえてきたものだったのか、いまいちはっきりしなかったのだ。しかし時間が経つにつれ、何だか不思議な気持ちになってきた。居ても立ってもいられなくなり、啓太は起き上がってきょろきょろとしだす。陸と朱里も、まだ本調子でないぼんやりした感じで周囲を見渡している。
「こっちだよ」
 女の声だった。見上げると、クスノキの幹の枝分かれした窪みのところに人影が見える。
 通気性のよさそうなだぼだぼの黒いローブ。頭には魔法使いが被っているような紫色のとんがり帽子。お尻を窪みに落ち着けて、裸の足裏を啓太たちにぶらぶらさせている。上半身を前のめりにして、啓太たちをあざけるように見下ろしている。
 女の人影はしばらくすると脚を揺らすのを止めた。手を口元に寄せて微笑むような仕草を取る。
「えへえ、びっくりした? 実は君たちがここまで走ってくる前からずっとここにいたんだけど」
 いろいろと異次元過ぎて啓太の頭は混乱していたものの、それでもこの女の言葉を聞き逃すはずがない。自分たちは先ほど、三人で並んでクスノキを見上げたはず。しかし女の言葉を信じるならば、そのときにはもう彼女はそこにいたのだという。いくら記憶を掘り返しても自分たちが見たのはクスノキだけで、そこに女の影が介入する余地はなかった。格好は魔法使いっぽいから、今まで透明魔法とかで姿を隠していたのかもしれない。いくら考えてみたところで無駄なので、とりあえずそういうことにしておこうと啓太は思う。
 三人が戸惑う様子を女はじっと観察していた。やがて女は脚を体の方に引き寄せる。そして間髪入れずに「それっ」と言いながらこちらに飛び降りてきた。ローブがばっさばっさと音を立ててはためく。ふんわりとしたいい匂いが、次いで着地したときに土埃の焼けつく臭いが漂った。
 膝立ちになった女は帽子の鍔越しに上目遣いで啓太を見つめた。何かを企んでいるような不敵な笑み。間もなく女は姿勢を正し、腰に手を当てもう片方の手を啓太に差し伸べる。
「改めてこんにちは。私は最近このまちにやってきた魔女。これからしばらくよろしくね」
 世の中にはびこるあらゆる不条理をかき消すかのようなその強情な態度に、啓太は気圧されるかたちで彼女と固い握手を交わす。自分を魔女と呼ぶこの女はすぐに手を離すと、次は陸、朱里のところにも向かい、同じように手を伸ばす。陸は警戒しているのか「ええ」とか何とか呟きながらもついに交わすことはなく、朱里は朱里で「本物の? 魔法使い? うわああ」と興奮気味だ。逆に魔女の方が引いてしまっている。
「うええ。人選とちったかなあ。これだ!ってビビッて来た時ってだいたい当たりなんだけど」
 魔女は大げさにうなだれる。一方啓太は、彼女のピンク色の髪にすっかり魅入られているところだった。
 彼の頭にはある光景が浮かんでいた。それは『バトルスピリッツ 少年激覇ダン』というカードバトルアニメーションで、作中にちょうど目の前のと瓜二つの、魔法使いの恰好をしたピンク色の髪の女が登場するのだ。まさかその世界の住人ではあるまいなと疑ってしまう。再び魔女がこちらに近寄ってくるのを眺めながら、自分が何かとてつもない「事件」に巻き込まれそうな予感をぷんぷん感じ取っていた。
「君が一番、まともに話ができそうだ」
 啓太は思わずあとずさる。この女は間違いなく、何らかの目的があって自分たちに接触してきた。だから今逃げたところで状況は何も変わらず、次の日もきっと自分たちの前に姿を現すのだろうと、半分諦めの気持ちではある。同年代の子と比べても大人びていると言われがちだが、それでもこんな未知の現象を目の当たりにして冷静でいられるほど、子ども捨ててもいなかった。
「どういうことですか」
 啓太はかろうじて口を開く。
「おれたちに魔女が、どんな用なんですか」
 啓太は自分があたかもRPGの主人公になったような感覚がある。だがそれに酔いしれている場合でもない。彼は本当に、命の危機すら感じていたのだ。
「んー? そんなに知りたい?」
 対して魔女は余裕の態度だ。手を後ろで組み、前かがみになって啓太の顔を覗き込む。彼のちっぽけな勇気をあざ笑い、愉しんでいるようでもある。
「別に君たちが知る必要もないことだし? 私としてはただ、しばらく君たちと行動を共にできればそれでいいんだけど」
 そう言って魔女は啓太のもとを離れる。啓太はこの女から片時も目を離さないよう細心の注意を心がける。万が一、陸なんかが人質に取られたりしないように。もしくは回り込まれて、後ろからずどんと、攻撃呪文に撃たれたりしないように。だが魔女は周辺をうろうろするだけで、顔は完全にそっぽを向いていた。啓太のぐるりを回ってみたり、クスノキに手を置いてみたり。一瞬垣間見えた表情は、どこか寂しそうでもある。
 だがそれで油断させておいて、あとでひどい目に合わせるのだろうと啓太は訝っていたので、体の緊張は解かないでおいた。陸は立っているのがやっとの状態だし、朱里は朱里で混乱しているようなので、最後の砦は自分だけ、というわけだ。
「そこまで警戒されちゃ、元も子もないよね。私が最初からいなかったみたいにして遊んでいてもらいたいんだけど……って言ったって、もう遅いだろうし」
 魔女はクスノキに手のひらを置いて何かを思案しているようだ。やがて吹っ切れたようにして指先をとん、と弾き、啓太たちの横を素通りする。魔女は啓太たちからどんどん離れていく。
 その背中を追っていくと、魔女はジャングルジムの手前で立ち止まった。帽子が落ちないよう、手で押さえながらその遊具を見上げている。何をしようというのか、そのまま眺めていると、魔女はまるで当たり前のようにしてそこを登り始めた。裸足なので登りやすそうではある。それにジャングルジムを登ること自体、だいぶ慣れている様子だ。そのまま上まで行ってしまうと、体の向きを変えて棒のところにお尻を乗せる。遠いのでよく見えなかったが、心なしかその表情は随分と楽しそうではある。
 魔女は啓太たちに向かって大きな声を張り上げた。
「じゃあ、私と一緒に遊ばない? 鬼ごっこ、しようよ!」
 大人の女性にそんなことを言われてほいほいついて行ってしまう小学三年生が、一体この世にどれだけいるだろう。少なくとも一人はいた。朱里は「ほわあ、やったー!」と叫びながら何の迷いもなく魔女の方へと走り去っていく。途中、啓太たちの方を振り向くも、その決意に変わるところはない。むしろ「え? どうして来ないの?」と咎めるような目つきだ。
 啓太と陸はそこまで大胆にはなれなかった。魔女なんかとは遊びたくない、ということではない。ただ、今の状況を呑み込むのにいくらか時間がかかっているだけなのだ。魔女が遠くに行ってしまったことで、啓太の体からは強張りがなくなりつつある。今であれば逃げるのは容易なはず。あんなだぼだぼのローブではきっと追いつかれることはないだろう(スピード・アップの呪文でも使われない限りは)。隠れ場所にだって詳しい。途中であいつをやり過ごし、さっさと家に帰るのだ。そして何もかもをなかったことにするのだ。そんな望みを抱いていたことは否定できない。
 だが不思議なことに、啓太も陸も、その場を立ち去ろうともしないのだ。むしろ年上の女性に「遊ばない?」と声をかけられ、この誘いにぜひとも乗ってみたいと思ってしまう自分がいた。啓太にはいろいろと訊きたいことがあった。どうして自分たちに接近してきたのか、どうして自分たちでなければならなかったのか? また実際、彼女の年齢がどのくらいなのかも気になるところではある。しかしそういったあれこれを考えるよりも先に、魔女と一緒にジャングルジムで鬼ごっこをしてみたいという、純粋な欲望があることもまた事実だった。
 振り向く。途端に自分のこの思いが決して偽物なんかではないことがはっきりする。陸はめらめらと燃え上がる熱い視線を魔女のいる方面に注いでいたからだ。魔女と鬼ごっこをするとはどういうことなのだろう、さらにはそれに、勝利するというのは? 考えるだけで、啓太も震えが止まらなくなる。
「どうしようか」
 訊かずともわかっていることだが一応訊く。陸は正気に戻り、唇を尖らせて「面倒だなあ」と言う。だがちらちらとジャングルジムに闘志を燃やすことは欠かさない。そうだ、もうすでに朱里が向かっているのだ。断れるはずがないではないか。
「とりあえず、行ってみよっか」
「おう」
 啓太としてはもっとこう、「よっしゃそうと決まれば行くぞオラァ!」みたいなテンションでいきたかったのだが、さすがにそこまで開放的にはなれなかった。魔女のことを手放しに信用したというわけでもないので、そのせいもある。そこで啓太たちはうんと時間をかけてジャングルジムまで歩いた。その間、前の方からは女二人の楽しそうな声が聞こえてきた。この時ばかりは朱里の適応力に感服しないわけにはいかなかった。

 すでに日が暮れかかっていた。風が強くなり、肌寒さも感じる。汗がべっとりとして気持ちが悪い。調子に乗ってすりむいた脛がじくじく痛む。
 だが、精神的にも身体的にも、今までにない充足感を啓太は味わっているところだった。
「いやあ、私もこんなに動いたのは久々だったよ」
 魔女は地べたに腰を落ち着けてはあはあ言っている。汗はあまりかいていなかったが、疲れはだいぶ溜まってきているらしい。
「さすが、若いと違うね。私はもう限界だわ。特に腕がね」
 この女にしたってだいぶ若いとは思うが、啓太は黙っていた。
 他の二人にしてもそうだったと思うが、啓太は日が暮れてしまうことが惜しくてならなかった。もっと魔女と遊んでいたいという思いが強かった。陸はジャングルジムから降りようとしないし、朱里はもっと正直に「ねえもっと遊ぼうよ!」と魔女の肩をゆさゆさしている。
「でも、そろそろ帰らないと」
 啓太が声をかけると、「そうだよね……」と言って、ものすごい剣幕で魔女から離れる。
「いやはやまったく。でも、私としても感謝してる。遊んでくれて、ありがとね」
 啓太はそうやって手を振る魔女を見つめる。結局どうしてこの女は自分たちと遊びたかったのか? そこがまだ謎のままなのだ。ここにきて啓太は冷静を取り戻しつつあった。魔女と遊んでしまったことで、自分たちが何か重大な過ちを犯してしまったということはないだろうか。代わりに誰かを苦しめてしまったりだとか、あるいは世界の崩壊を早めてしまったりだとか? だが自分たちが楽しかったということは紛れもない事実で、であればこそ「まあいいか」と、深く考える方が馬鹿なのではないかという疑いもなくはない。
 そう、自分たちはまだ子どもなのだ。毎日を楽しく過ごせればそれでいい。その間、世界のどこかで誰かが苦しんでいようと。一日を無駄に過ごすことになろうと。
 本当にそうなのか? 自分たちは本当に、「正しい」ことをしたのか?
 啓太にはわからない。だからこれ以上考えるのはやめにした。
 魔女はゆっくりと立ち上がり、服をはたいて土埃を落とす。辺りはもうだいぶ暗くなってきていた。景色の開けたところから微かに夕陽が見えるだけで、あとは辺り一面が鈍色に染まっていた。
「あ、そうだ言い忘れてた! 君たちにはもう一つお願いがあるんだけど」
 ようやく本題か! 啓太はさっと身構える。だが魔女は不釣り合いにもじもじし、こちらに対して申し訳なさそうな雰囲気でもあったので、警戒心の強い啓太にしても、あまり気乗りはしなかった。握られた拳から徐々に力が抜けていく。
「今夜は泊まるところがなくて。誰かの家に泊めてもらいたいんだけど」
 それは意外ではあったが、よくよく考えると妥当なお願いではある。なにせ彼女は魔女なのだから。それに最近このまちに来たとも言っていたので、泊まるところがないのは当たり前の話ではある。そもそもここに人が気安く泊まれる場所などありはしない。よそからわざわざ訪ねてくるようなものも何もない片田舎ゆえ、ホテルも民泊も、そもそも概念すら存在しないようなものだ。安価な寝床を求めれば、それは公園のベンチが一番だろう、この季節では痛い目を見るだろうが。テントでも購入すればいくらかましになるのかもしれない、でも不審者のことを考えれば、それはあまりにも無謀というもので……
「そういうことだから。よろしくね、啓太君」
 啓太には「そういうこと」がどういうことなのか、皆目見当がつかない。女同士、朱里の家にすればよかったのではないかという不満もなくはない。そもそもなぜ、こちらの名前をすっかり把握しているのか?
 だがこの際だ、気になっていることを全部訊いてみようと、今の不合理な状況を無理やり好都合に解釈することにする。それに言っていたではないか、話が通じるのは啓太くらいだと。この役目を負うことは必然だったのだ。文句を言っても始まらない。
 それでも啓太はなかなか返事ができずにいた。「また明日」という二人の声に手を振りはしたものの、結局無言のまま、魔女を後ろに従えて公園を自宅方向に抜けていく。
 魔女は口笛を吹いていた。啓太から質問される前に、「これ? スピッツの、なんとかって曲」と向こうから答えてきた。


  三

 魔女の申し出を肯定するとも否定するともできなかった自分に、啓太は苛立ちを覚えないわけにいかない。自宅までおよそ二〇〇メートル、畑や側溝、広い敷地に放し飼いにされた何匹かの犬に吼えられたりしながら、彼はとぼとぼ内省し続ける。しかしその試みは、後ろに魔女が控えているという危機感からあまり捗らなかった。いつもであれば足下が見えなくなるくらい集中できるというのに。
 自分は果たしてどちらを望んでいるのだろう? 魔女には家に、来てほしいのか来てほしくないのか?
 考えるほどに困惑した。ちらちらと魔女に目をやるも、自分の知らない曲を口笛で吹くだけで、こちらを見向きもしない。先ほどまであれほど饒舌だったのに、二人きりになった途端にこれだ。この時間が早く終わりますようにと願いはしたが、家はいつまでも遠かった。道は間違えていないはずなのに、何とも不思議な現象だった。

 家には明かり一つついていない。雨戸も見たところ閉まっていないようだった。車は二台ともない。祖父母の住む離れの家は一面にカーテンが引かれており、死んだようにひっそりしている。だが啓太はむしろ安心していた。一体誰が、この女の存在に納得できるというのだろう?
 啓太はこれから自分がどう行動しようかということを考えた。まず魔女をリビングに案内する。お茶なりお菓子なり準備して、「ちょっと待っていてください」と一声かける。魔女をくつろがせている間、飼い犬に餌をやったり、洗濯物を取り込んだり、雨戸を閉めに行ったりする。ついでにお風呂回りも、畳まれていないタオル類が散乱しているだろうから整理しつつ、寝床のことも視野に入れておく。一体この女をどうやって両親に内緒で泊めることができるだろうかを思案する。とにかく一人で考える時間が必要だった。でなければ冷静な判断など望むべくもなかった。
 だがここにきて改めて、自分が魔女と二人きりであることを自覚してしまったのだ。そのせいで啓太はまたもや極度の緊張感に襲われる。これは魔女の方にも非があると啓太は考えていた。自分よりずっと年上のはずなのだから、もっとこう心遣いだとか、そういう気持ちにはならなかったのか? しかしどれほど願ったところで啓太の口は動かないのだし、魔女はその辺を察することもできず、今は口笛さえ吹くのを止めてしまった。結果啓太は玄関を素通りし、魔女とともに犬小屋まで行く羽目になったのだ。
 後ろで魔女は何を思っていたのだろう。まともに話せると思っていたのに、こいつも少しおかしかったのかと、そういうことを考えていたのだろうか? だからといって家のことを疎かにするわけにはいかない。なるべく普通を装って、両親がどちらも不在の場合の自分が取るべき行動を淡々とやっていこうと決意を固める。
 庭では暗いなかを飼い犬が飛び跳ねていた。家だけなのかはわからないが、餌をねだるとき、この雑種犬は必ずその場をぴょんぴょんし始める。
 しかし啓太の後ろに何者かが潜んでいることに気づくと、飛び跳ねるのを止めてこちらを胡乱そうな目つきで眺めた。低く唸って警戒を示すと、やがてけたたましく吼え始める。
 すると魔女は何の躊躇いもなく前に進み出た。
「おーよしよし。大丈夫だからなー」
 魔女はためらいなく犬に近づいていく。動物好きなのだろうか。きっとそうなのだろうなと簡単に結論づけて、彼はその間に餌でも準備しようかと思う。ワンワンうるさいなか、犬小屋の脇から餌皿と水皿を回収した。台所の裏口まで回り、計量カップからドッグフードをすくい取り、外の蛇口から水を注ぎ入れた。
 戻ってくると吼え声がしなくなっていた。暗闇を一匹の犬と一人の魔女がじゃれあっていた。
「いいこいいこ……」
 クウンと、犬は完全に心を許しているようだった。餌のことなどすっかり忘れているようだ。近くに皿を置いても反応がない。これでは飼い主がどちらなのかわからなくなるではないか。
 魔女はその場にしゃがみ込み、犬を両腕いっぱいに包み込んでいる。魔女が動物慣れしていることは明らかだった。それで啓太も安心することができた。なぜかはよくわからない。飼い犬を自分に置き換えて、まるで自身が母親の胸に抱かれているかのような、そんな感傷にでも浸っていたのかもしれない。
 啓太はおそるおそる近づいていき、魔女のそばに同じくしゃがみ込む。一体魔女の何がこの雑種犬を夢中にさせるのかが気になったのもあるし、一人では心細かったというのもある。横顔を覗こうとすると、魔女はぱっとした表情を啓太に向けてくる。
「可愛いね。なんて名前?」
「アオ」
 啓太には魔女の声に親しみのこもっている感触があった。それで心細さもだいぶ薄れた。
「青? どうして青なの?」
「わかりません。適当におれがつけました」
「ええーもったいない。もっといい名前があったと思うんだけどな」
 そこまでセンスがなかったのだろうか? むっとしたが黙っておく。
「この片田舎に来る前は、ここからずっと西の、にぎやかな都会のそばに住んでいてね。ぼろアパートを借りて生活していたんだけど、そこペット禁止でさ。ハムスターとかインコとか内緒で飼ってたりしてたんだけど、犬をね、ずっと飼いたいなあって思ってて。だから、こうやってね……こうするのが、本当に夢だったわけ」
「そうですか」
 啓太はさらに魔女に近寄っていく。だが途中で恥ずかしくなって、また離れた。火照った顔を見られたくなかったので、髪をいじってごまかそうとした。しかし魔女の方からは「ふうう」という満足そうな声ばかり聞こえてくる。
「可愛いなあ。君がいなければ、そのまま連れ去っていたかもしれないのに」
 魔女はそれからも犬とじゃれ合っていた。啓太は彼女の傍らで、その戯れの様子をじっと観察し続けていた。

 啓太は夕食について悩んでいた。冷蔵庫の中には作り置きのオムライスが一つあるはずだが、それを半分こして食べようかだとか、もしくはお客様には失礼だろうが、カップ麺なり冷凍食品で我慢してもらおうか、それとも自分がそうするか。だがそういう心配は無用のようだった。手持ちの鍵で玄関を開けていると、魔女はこちらの心を読んだかのようにこう言ったからだ。
「食べ物は自分で用意してるから大丈夫。人間のものは口に合わないしね」
 中に入って玄関の明かりをつける。魔女は外に立ち止まったまま、とんがり帽子を頭から外していた。帽子を逆さにして、穴の部分に手を突っ込んでいる。しばらく待つと、その手にはやがて得体のしれない、謎のパッケージングがなされたお菓子のような箱が握られていた。「ね?」とにこやかに言われても、反応に困ってしまう。とりあえず笑っておけばいいかと思い、できる限りの微笑みを浮かべてみせる。
「え、なにその顔。うけるう」
 え? と訊き返したかったが、魔女は今までにないくらい一人で爆笑していた。
 そのままリビングまで案内しようとしたが、魔女が裸足だったことを今さら思い出した。さすがにそのまま家を歩かれては困る。「ちょっと待って」と呟いて、タオルを持ってくるために脱衣所へと向かう。
 やはりというべきか、脱衣所の籠にはタオル類や下着が散乱していた。まずはこれを片づけなくちゃいけないなと思いつつも、未だ洗濯物が外に干しっぱなしだということを思い出して、まずはそっちをやるべきか……などと考えあぐねる。
 そうやってあたふたしているうちに、魔女はもう家に入ってきていた。さすがに汚してはまずいというマナーが働いたのか、恰好は四つん這いだ。「よいしょよいしょ」とわざとらしい声を出して、啓太の足元までやってくる。その情けない感じがなぜだかつぼにはまって、啓太は吹き出しそうになる。
「あれ、なにその顔。やっぱりうけるう」
 からかいの声。啓太はかちんときたが、こちらを見上げる魔女の顔がどうにもぎこちなく、その体勢にしてもあまり褒められたものではないだけに、啓太のむかつきは突如として収まってしまう。
「来て早々、申し訳ないんだけどさ。先にシャワー浴びさせてくれないかな? これじゃさすがに、人様のおうちを歩き回るわけにはいかないから」
 なるほどと思い、啓太は「はい」と素直に返事をする。脇によけると、魔女は横を犬のように素通りし、そのまま風呂場へと這っていく。啓太はその後ろ姿に惹かれていた。ローブは日中の鬼ごっこと先ほどの犬との戯れでだいぶ薄汚れている。臭いもわりときつい。足裏は黒く染まっており、四つん這いで歩くことに慣れていないのか、動きは思っていた以上にとろい。腕が特に疲れていると言っていたから、そのせいもあったのだろう。見とれていたせいで、魔女が何かを言いたそうにしているのに気づくのが遅れた。はっとして意識を取り戻すと、魔女は「じゃあ……」とかなんとか言いながらも、こちらに尻を向けたまま動かないでいた。
 啓太には意味がよくわからず、ただ脱衣所に突っ立ったままだった。
 魔女は膝立ちになって、風呂場のドアをスライドさせる。浴室に足を踏み入れてのっそり立ち上がる。こちらを見ようともしない。ただ服をやおらはたいたり、そうかと思えば「ふう」と深呼吸したりしている。それでも啓太は魔女から目が離せないでいた。彼女の一挙手一投足を、目的も何もないまま、ぼけっとして眺めるばかりだった。
 ついに魔女は観念したようだ。体を振り向かせ、きつい視線を啓太に向けてくる。だが、途端ににこやかな表情になると、優しいため息をついて、両手をこちらへと広げる。
「わかった。きなよ。……君の体、ごしごししてあげるから」
 啓太は正気に戻り、「洗濯物を取り込まなくてはいけないから」といった趣旨の言葉を非常にかぼそい声で魔女に伝えると、おぼつかない足取りで脱衣所を飛び出していった。

 ここまで自分が魔女の手籠めにされているような気がしてならなかった。それは啓太には屈辱だった。彼は自由を何より愛する少年だった。束縛されることが苦手だった。
 しかし一方で、自分が愛に飢えていたことは否定できない。現に彼は陸の双子の妹に対して本当の兄であるかのような錯覚に陥ることがあるし、朱里の姉にからかわれているときだって、意外とまんざらでもない居心地のよさを感じたりする。陸の母親も朱里の母親も、日中は家にいることが多い。啓太の両親が共働きだということを向こうは知っており、行けば大抵、極端に親切にしてくれる。そういう愛情を、自分は無意識に求めていたのかもしれない。
 だから魔女が啓太の部屋に寝泊まりすることが決まったときも、表面上は嫌そうな顔をしてみたものの、夜も誰かがそばにいてくれることが嬉しくもあった。
 啓太は小学三年生に上がった段階で自分の部屋を持つことになった。元々二階には二部屋あり、そのうちの一つは物置部屋になっていたのだが、そこを整理して啓太の部屋に充てたのだ。父親のコレクションである棚いっぱいの蔵書や、母親の趣味でずらりと取り揃えられたギター、ティンパニなどの楽器が今なお部屋を圧迫しているものの、啓太はあまり気にしない。楽器の方はまだよくわからないが、蔵書の方はいろいろと手を出しており、読めそうだなと思ったものは積極的に読んでいる。
 両親の話では元々絵本が好きだったらしく、学校でも国語の授業は得意だった。普段はあまり目立ちたがらない啓太も、音読の時間になると誰よりも率先して挙手をした。蔵書のうちの九割は専門的な学術書だったり古典的な小説だったりするものの、中には啓太くらいの年齢でもとっつきやすい童話集だったり、もしくは父親が新たに購入してくれた小学生向きの歴史本も棚に収まっていた。『水滸伝』なんかもあった。
 ただ、楽に読めるものよりも、父親が日常的に読んでいる学問的な書物に惹かれているのも事実で、自分がもう少し賢くなったらそういうものにもトライしてみたいと意気込んでいる。今はまだちょっと無理だが、ゆくゆくは棚にあるもの全てを読破してみたいという野望を、父親も応援してくれているようでもある。楽器の方もたまに触ったりしているが、壊せば母親が激怒するだろうことがわかっていたので、そちらへの関心はあまりなかった。
 魔女はパジャマをもとんがり帽子の穴の中から取り出したようだ。着ていた黒ローブも収納できるというのだからたいした優れものである。魔女が父の蔵書に夢中になっている間、啓太はこっそりととんがり帽子の穴に手を突っ込んでみようとした。しかし中を覗き込んでいると、自分の魂までもが吸い込まれてしまいそうな気がして、途中で手を引っ込めてしまった。真剣な顔で文字とにらめっこする魔女からは何の反応もない。もしも自分があのまま穴に吸い込まれていたらどうなっていただろう? 気にはなるが、今となってはもう遅い。
「すごい。君のお父さんって何者?」
 そう言ってぱらぱらと本を宙で揺らす。文字がびっしりと書かれており、ページは黄色く、だいぶ使い古されている。
「昔から好きだったみたいです。おじいちゃんも、そういうのが趣味だったみたいです」
「そうなんだ。ねえ見てこれ『浮雲』! 復刻版で、昭和四八年五月の発行らしいけど、元々は明治二〇年六月らしいね。当時はこれ、五五銭で売られていたらしい。今の値段でどれくらいだろう? それに著者が『二葉亭四迷』じゃなくて『坪内雄藏』になってる! これって有名な話だったのかな? 文章表現もものすごいし、当時はどういう風に読まれていたのか気になるなあ。これがだいたい一〇〇年前の文章なら、今から一〇〇年後はどういう文章になっているんだろう」
 魔女もやはり、本をよく読むのだろうか? 魔法を習得するときはきっと分厚い魔術書を使うだろうから、古い本に惹かれるのも無理ないなと啓太は思う。
 一人で楽しそうだったので、しばらく放っておくことにした。だが魔女は本を棚に戻さなかったので、少ししただけで彼女の周りには本が大量に平積みにされた。しかも本の重さや大きさを全く考慮していないために、バランスががたがただったり、とっくに崩れてしまったのもある。啓太はむずむずして仕方がなかった。彼は片づけに関してはちょっとした一家言の持ち主だったのだ。
 啓太は腰を上げて書物を元通りにする作業に取りかかった。幸い記憶力には恵まれていたので、棚のどこに収まっていたのかは何となくわかる。それでもごくたまに、記憶にある配置とどこか違う気もして、完璧な修復にはだいぶ手間取った。ああでもないこうでもないと、啓太の苦労などいざ知らず、魔女の方はその整理スピードを遥かに上回る速度で本をやおら散らかしていく。ひどいときはせっかく元通りにできたと思ったのに、そこへ魔女の手が忍び込んであっという間にまた一から、いうこともざらだった。啓太の作業は結局のところ徒労でしかなかった。
 それでも自分がこうやって整理しなければ、いずれ棚の本全てが床に散らかされてしまい、足の踏み場さえなくなってしまうだろう。泣きそうになりながらも、自分のしていることには意味があると自身を励まし続けた。
 やがて魔女は「腕が疲れた」と言って本を散らかすのを止めた。その頃にはもう八割がた、棚が空白になっていた。だが自分の労苦がなければ残りの二割も無残なことになっていただろう。そのことを思うと誇らしく、魔女の見ていないところでひそかに勝利のガッツポーズを取るのだった。
 それからも啓太は棚の整理に没頭する。「いや、すまないね、君」という魔女の声(その口ぶりは明らかに先ほど読んでいた古典小説に影響されている)がして、彼女もその作業に加わる。いくらか不満点はあったものの、本棚の修復作業はどうにか片がついた。クーラーも何もつけていなかったので、せっかく風呂に入ったのに汗びっしょりになってしまった。
「ほんとごめんね。でもすっごく楽しかった。明日もたぶん、散らかすと思う」
「いやです」という声はしかし、魔女には届いていないみたいだった。
 作業に夢中になっていたのもあって、今が何時なのか気にしていなかった。いつもであれば九時には眠たくなるから、まだ八時ごろだろうと考えていた。だが携帯端末を手に取ると、時刻は一〇時に入ろうとしていた。
 横から魔女の顔が覗く。
「ああもうこんな時間か。よい子はもうおねんねしなきゃね」
 馬鹿にされているようで腹が立ったが、実際自分はよい子だったので、そろそろ寝ようかということになった。
 魔女はとんがり帽子から敷き布団と枕を取り出してベッドの脇に広げる。もう何の疑問も抱かない。
「今日は疲れたね。でも明日はもっと、疲れようね」
 魔女は帽子を枕元に置いてごろんと横になると、啓太に背を向ける。彼も同じく体を横にして、ベッドの上から魔女の背中を見つめる。だが寝息が聞こえてきたところで、天井の方へと体を動かす。
 今日という日は何だったのか、改めて考えるとおかしなことだらけだった。それに魔女には質問したいことが山ほどあったのに、どれ一つとしてまともに訊くことができないでいる。それではいけない、いつかはきちんとこの出来事と向き合わなくてはいけない。そう思いはするのだが、何もかもあやふやなこの感じが、啓太には心地よくもある。真実というものが辛くて悲しいものだとすれば、自分はそれを拒否するに違いない。「知る」ということが必ずしも良い結果をもたらすとは限らないということを、啓太はおぼろげながら直感している。
 再度体を動かして魔女の背中を眺める。豆電球と月の光は彼女の華奢な肉体を惜しげもなく照らしている。水玉のパジャマは果たして彼女に似合っているのかどうか。網戸を縫って風が吹く。それでも暑いのでドアの近くで扇風機を回している。首振り、一時間のタイマーにセット。朝を迎えたら全てが夢であった、ということにはならないだろうか? 啓太は即座に妄想を振り払う。さっさと寝ようと目をつぶる。
 だが、彼にはなぜか魔女の背中が恋しくてならなかった。彼の目にはかつて一緒に寝てくれることの多かった母親の背中と、今、目の前でぐっすり眠っている魔女の後ろ姿が重なって映し出されていた。そこにはもう一人、今よりもっと幼かった自分もいた。幼い啓太はすっかり安心しきったように母親の胸に抱かれていた。
 一人部屋を持ち、父親の蔵書を気ままに読めるようになって、自分が一歩ずつ「大人」になりつつあることを実感している。来年は四年生だ。部活だって始まる。気づけば中学生だ。あっという間のことだろうと思う。それが何だか無性にこわい。
 得体のしれないもどかしさに、夜寝る前に襲われることがある。その正体が不明なまま今日まで生きてきた。そしてこのときもまた、わけのわからないもどかしさに心と体がざわめいている。それはいつも以上に啓太を苦しめた。このままではとても眠れそうになかった。息苦しかった。彼は自分を落ち着かせようと思う。だが思えば思うほど心臓は落ち着きを失くし、どくどくとただ脈打つばかりだった。
「啓太君。どうしたの?」
 魔女が寝返りを打つ。その音でびくっと目が覚める。
 どうやら自分は、いつの間にか瞼を閉じていたようなのだ。気絶に近かったのかもしれない。目を開けるとそこには、不安そうに自分を見下ろす魔女の顔があった。表情はぼやけていてよく見えない。豆電球と月の光はそこまで照らしてはくれない。だが啓太には、彼女がそばにいてくれるだけで充分だった。さらに涙がこぼれる。
 さらに? 彼は自分でも意識しないままにむせび泣いていたのだ。声だって上げていただろう。それはいつからか? 赤子のような情けない声で魔女を起こしてしまったのだとしたら、彼女には申し訳ないことをしたと思う。だってこの女は、今日自分たちと遊んだおかげでだいぶ疲れているはずなのだ。できれば自分に構わないで、ぐっすり眠っていてほしい。いつまでも自分勝手では済まされないのだ。子どもであることに甘えてばかりいられないのだ。
 だがそのようなあらゆる思考が、魔女の体の重みによって打ち砕かれてしまう。啓太はさらにしゃくり上げるも、声が大きくなるごとに自分をかき抱く魔女の力は強まるようだった。魔女は何も言わなかった。ただ自分の声ばかり響いていた。それは自分のものとは思えないほど甲高い声で、こんな声を聞かせているのかと思うと恥ずかしい気持ちではある。それでも止まらなかった。啓太も腕を伸ばして、魔女を一生懸命抱きしめた。魔女は啓太に完全に覆いかぶさっていた。
 魔女の胸は温かかった。胸だけでなく全身が温かかった。それは蒸し暑さとは違って何の不快感も啓太にはもたらさなかった。啓太は無我夢中で、ただ目の前の女を渾身の力で抱きしめた。魔女の方もそれに負けないくらいの力で啓太を離さなかった。どれだけ続いたのかはわからない。気がつけば外は明るかった。
「うわ。顔真っ赤だ」
 そういう魔女こそ頬は涙で濡れているし、目も血走っている。見た目には自分を殺そうとしているかのようだ。それでもいいのかもしれない。今、誰かに殺されればどれだけ楽になるだろうかということを、ほんの一瞬だけ思う。
 自分が今もなお魔女の体を離そうとしないことに気づいた啓太は慌てて力を抜く。魔女の顔が遠ざかる。ベッドを降りて大きく伸びをしている。
「ああ。こういうのって、なんか……」
 それだけだった。あとはただ、窓の外を気持ちよさげに眺めるのみだった。
 やや落ち着いたところで啓太はベッドの脇に腰かける。
「ごめんなさいでした」
 魔女は大げさに手を振ってみせる。
「いいよいいよ! 確かに君のせいで昨日は一睡もできなかったし、疲れだってあんまり取れていないけど……」
 啓太はさらにうなだれる気持ちだった。
 だが顔を上げると、魔女は自信満々に腰に手を当てている。
「冗談。私もいつの間にか寝ちゃった。ほらこの通り、元気もりもりだから」
 そういう無理をした態度はあまり似つかわしいものではない。啓太はそう思うも何も言わず、だが気は楽になったので微笑む。
「ほら、もう朝だよ。さっそく今日も遊びに行こっか」
 この女は遊ぶことしか考えていないのか! 啓太は改めて驚愕する。携帯の電源を入れると、まだ六時にもなっていない。朱里はたぶん起きているだろうが、今すぐ連絡を取ろうという気はさすがにない。午前中はゆっくりして、午後に集まって遊ぶのが定番だったからだ。
 とそこで、気になることがあった。初めは何となくだったが、だんだん深刻な不安事項として、啓太の心の中に延び広がっていく。
 父親と母親は昨日、家に帰ってきたのだろうか?


  四

 魔女が啓太の家に泊まったのは計六日間だ。初日にしてさまざまなことがあったものだから、二日目、陸たちと遊んだ帰り、自分は一体どんな顔をしてこの女と部屋を共にしなければならないのかという悩みに遭遇した。遊んでいる間はまだいい。魔女を同居人として意識することはほとんどない。だが陸たちと手を振って別れ、家までの帰り道、二人して黙って歩いているときが一番啓太には苦痛だった。何か喋らなくてはという焦りが歩みをぎこちなくさせた。無理をするこの感じが自分自身嫌だったし、何の助太刀もしてくれない魔女のつれない態度も、あまり気に入らなかったのだ。
 それでも家に着くと、魔女が一緒にいてくれて良かったと啓太は思うのだった。飼い犬のアオも、雰囲気を和らげてくれるのに一役買ってくれた。早めに帰ってきたときは散歩にも出かけた。公園から家までの帰り道とは違い、魔女は自分のことをたくさん話してくれた。家に戻ると餌をもらうためにその場をぴょんぴょんする犬の様子に二人して笑ったりした。他人から改めて指摘されると、アオのこの癖はやっぱりおかしい。あまり躾のなっていないこの雑種犬を魔女は手厳しく指導し、ようやくまともに「お手」ができるようになると、「おーよしよし」と自分の子どものようにあやしていた。啓太は自分のことのように嬉しかった。一方で、それほどまでに可愛がられるアオに対し、多少とも嫉妬の念を抱かずにはおけなかった。
 一日目、風呂場で「きなよ」と言われたときは正直どきりとした。取り込んだ洗濯物を脱衣所まで運んだあとで、スライドドア越しに聞こえてくるシャワーの音にひっそり耳を傾けてしまったことは言い訳すべくもない。二日目、向こうからは何も言ってこなかった。むしろ言われる前に自分から逃走した。けれどもそのあとで、自分が逃げ腰であることが男らしくないように思われた。だから三日目は、一旦脱衣所を離れはしたものの、同じ後悔はしたくないという思いから、己をかなぐり捨て、勢いに任せて服を脱ぎ捨てた。そして気持ちがまだ正直なうちに、浴室のドアを思いきりスライドさせたのだ。
 魔女は全身にシャワーを浴びているところだった。初めはうっとりした目つきだったが、啓太に気づくと大きく見開かれた。
 夏なのでバスタブにお湯は炊かない。入浴時間は長くてせいぜい一五分といったところ。この狭い空間で年上の女性と二人きりになるというのは、公園から家までの道のりとはまた違った緊張感と刺激を、啓太にもたらすこととなった。
 まず、何をどうしたらいいのかがわからないのだ。向こうはじっと見つめてくるし、啓太の方も魔女の全身からもはや目を逸らすことができない。まず髪を洗って、洗顔して、泡立てタオルにボディーソープを二押しして……という風に、風呂場でとる行動の一つひとつを頭の中で思い描かなければならないほど、それどころかその思考すらままならないほど、今自分の見ている光景が信じられず、脳が完全に干上がってしまったのだ。
 結局、どうやって過ごしたのかもわからないまま、気がつけば脱衣所にいた。魔女に後ろからタオルで頭をごしごしされていた。なぜか肩に鈍い痛みがあった。気絶して転んでしまったのだろう。
 当時、魔女からは「大丈夫?」の言葉一つなかった。ただ、ものすごい力で啓太の髪をごしごし拭いてくるばかりだった。
 三日目はそんな調子だった。四日目はだいぶましになった。今度はいきなり飛び込んだりせず、脱衣所で一緒に脱ぎ、一緒に入った。
「じゃあ」と、別に許可もいらないのに魔女にそう言うと、まずは啓太からシャワーを手に取る。その手触りが、いつもとはだいぶ違っている。手のひらから伝わるはずの感覚が一切ないのだ。
 啓太はひたすらシャワーを浴び続けた。啓太の体からは強張りが取れず、首を動かすことすらできなかった。だが眼球はいつも以上に機敏だった。彼は薄目を駆使して、魔女の全体を鏡越しに眺めやることを忘れなかった(鏡には曇り止めが貼ってあり、視界はすこぶる良好だったのだ)。シャワーを浴びる時間が長くなったのにはそういう事情もある。今にして思えばあからさまだったかもしれない。当時はそれでも、絶対向こうにはばれていないと確信しきっていたのだ。
 ようやくシャンプーを髪につける。すると後ろから魔女が手を伸ばしてきた。頭の上で自分の手と魔女の手がぶつかる。
「ん」
 言葉はそれだけだった。「まかせて」というほどの意味だろう。啓太は自然と腰が抜け、大人しく風呂椅子に尻を下ろす。意識すればするほどに、頭皮を指先でしゃかしゃかされる感触と、後ろから聞こえてくる女の息遣いが自分を熱くする。泡が沁みたが、それでも無理して目を開けてみると、腕の隙間から柔らかそうな何かがミラーに鮮明に映し出されていた。
 啓太は己の内側に爆弾のようなものが溜め込まれているような感覚に襲われた。それはついに爆発寸前に思えた。だがそうすることは今は許されていない気がして、寸前でどうにか思いとどまった。耳たぶだけでなく、体のあちこちが火照っていたことだろう。その辺りはまだ、子どもということで許していただきたいものだと啓太は思う。
 魔女の手が止まり、「よっ」と声がかかる。彼女の腕が横から前に伸びたかと思うと、もう片方の手が啓太の肩に置かれる。体をずらすと自分の手が魔女の腿肉に触れてしまう。そこで正気を失いそうになったが、上から注がれるシャワーのおかげでどうにかそうならずに済んだ。
 髪を洗い終え、自分で洗顔を済ませる。問題はむしろここからだった。
 なぜなら啓太は次に体を洗わなくてはならず、そのためには泡立てタオルをこちらまで持ってこなければならないからだ。タオルは魔女の背中側に、家族のものと一緒に引っかかっていた。取りに行く際に、立ち上がらなければならない。座ったままでは体は洗いづらいだろうから、今度は啓太が立って、魔女が風呂椅子に座ることになる。
 魔女も同じことを考えていたのか、途端に静かになった。ぺちんと膝をタイル床につける音がする。
 啓太は自分が立ち上がるタイミングを計っていた。だが、意志に反して脚にはいつまでも力が入らない。焦った啓太は自分でもわからないままにふんばりの声を上げると、体を振り向かせて脚を前に踏み出した。狭い空間で、それは致命的ともいえる行為だった。
 案の定、前も見えていなかった啓太は、進行方向に魔女がいたことにすら気づけなかった。彼の目には魔女がいきなり出現したように見え、その驚きで足を滑らせてしまう。バランスを失った体はそのまま魔女の懐へと吸い込まれるようにして倒れる。その重みで魔女の体勢も崩れ、そのまま後ろへと重心が移動する。再びぺちっという音。魔女の肩が壁に触れる音だった。魔女の唇は何か言いたげでありながらもついに開かれることはなく、半ば屈辱感をすら味わっているような複雑なものだった。横倒しになった啓太の体は、魔女の左右に開かれた脚の間にすっぽりと収まっていた。彼の片耳は魔女のお腹から伝わる心臓の鼓動をつぶさに感じ取っていた。
 魔女の手は彼の背中に触れていた。それは啓太が床に落ちることのないようにと、反射的に添えられたものだった。啓太が体勢を立て直すとその手は離れ、次いで身を守るように腕で自らの胸を覆う。啓太にはその覆われた先の向こう側がどうしても見たくてたまらなかった。啓太の手が魔女の体へと伸ばされ、その腕をがしりと掴む。ほんの少し力を入れただけで、魔女の腕は下へとずれ落ちた。そこに見たのは啓太が今までひたすら求めてやまなかったものだった。温かかった。純粋に、肉の温かみだった。小ぶりなそれは、想像していたよりもずっと柔らかく、すべすべしており、しかもどこか懐かしさのある感触だった。
 啓太の頭は完全に飛んでいた。泡立てタオルのことなどすっかり忘れていた。その体に指を這わせれば這わせるほどに、どつぼに嵌っていくようだ。魔女も無理に突き飛ばそうとはせず、啓太の好きなようにさせている。表情には抵抗感が浮かんでいたものの、だからといって啓太の欲望が鳴りやまぬことはない。彼の視界に移るのは、魔女の骨ばった脇腹、しなやかな腕、柳のように垂れ下がった桃色の髪。魔女の体は定期的に跳ね上がっていた。それでも指先は止まらない。
 自分が何をしていたのか、わかっていないようでわかっている。それは魔女がいなくなった今も、この手が憶えてくれている。

 陸たちとは疎遠になりつつある。少なくとも啓太はその兆候のようなものを感じ取っていた。
 今までのような楽しさを、彼らといてもあまり感じないのだ。むしろ早く、こんな時間過ぎ去ってしまえと願っている自分すらいた。さっさと日が暮れてしまえばいい、そうすれば…… 終始ぼんやりした調子で、心と体が自分のものではないかのような浮遊感がある。
 もちろんそれで陸たちを困らせることはしない。少なくともそのつもりではある。どれほどつまらない時間だと感じても、二人にはそうと悟られないよう、細心の注意を心がけてはいる。
「何しよっか。それにしても、今日も暑いね」
 集まった際には率先して話しかけるようにしていた。
 最近はずっと公園で遊んでばかりだ。魔女の存在が大きかったのか、誰かの家で涼もうということにはならなかった。これほどの気温で外を出歩こうという人間はいない。公園には陸たち以外誰もいない。たまに老人が歩いているのを見かけた。道路にはトラックばかり走っていた。
 陸が家からスイカを持ってきてくれた。農家をやっている叔父からの余りものだという。
「うまいぜー、家のスイカ、めっちゃうまいぜー」
 ついでに岩塩も持参していた。盆に並べられた八等分のスイカに、インターネットで有名な動画の真似をして塩を振りかける。それが案外さまになっていたので、啓太は久々に心から爆笑した。
 雑草だらけの、ふる寂びれた公園。二つあるベンチに、陸・啓太、朱里・魔女と男女に分かれて座る。ときどきスイカを頬張りながら、女二人は楽しそうにおしゃべりしている。詳しい内容まではわからない。たまに二人して啓太たちの方を見つめては、こそこそ内緒ばなしをして、くっくっくと笑い合っている。おおかた過去の失敗談やその手の話だろうと思い、啓太は気にしないようにする。
「あーそれにしてもあちーなー」
 だが陸の方は、向こうで何が話されているのか気になって仕方がないようだ。普通を装っているようだが心は完全にあっちに向いている。そこで啓太は積極的に陸に話しかけようと思った。負けないくらい楽しい話をしようという対抗心が働いたのかもしれない。
「スイカ、ありがとね。確か去年も、こんな時期にみんなで食べたっけ」
「そうだったっけか。もうちょっと早い時期だと思うけどな」
「それにしても、今年は暑い日が多い気がする」
「まったくだよ。本当はクーラーがんがんの部屋でゲームでもしたいんだけどな」
「でも、妹たちがうるさい?」
 陸は気だるそうに空を見上げる。「あいつらさえどっか行ってくれればな。そうすりゃオレん家にももっと誘えるんだけど」
「絶対、来るからね」
「そうなんだよ。あいつらお前のこと大好きだからな」
 陸は親戚の畑のことをいろいろと話してくれた。家がそこまで離れていないのもあって、たびたび訪ねてきては、叔父が大量の野菜や果物を持参してくるのだそうだ。
「まあ正直」と陸はつけ加える。「量が多すぎて、食べ切れないんだけどな。それにお母さんが、あんまりおじさんのこと気に入ってないみたいで」
「どうして」
「さあ。でもおじさん、いつも汗くさいし、野菜と一緒に卵とか焼き豚とか持ってきてくれんだけど、それってなぜか賞味期限近いのが多いし」
「ああ」と言ったきり、啓太も何も言えなくなってしまう。途切れた会話を埋め合わせるかのようにスイカを口いっぱいに頬張る。
 シイの木で陰になってはいたが、それでも座っているだけで汗が流れてくる。公園の隅のこじんまりした共同館、道路を横切った先に見えるいくつもの田んぼや畑。一軒家がぽつぽつと見え、その背にはなだらかな丘陵地帯。空は眩しくて、見つめていると視界がぐらぐらしてくる。
「おい?」
 陸の声ではっとする。向くと、訝しそうな陸の顔。
「どうした。何か面白いものでも見えた?」
「いや別に……」
 ぼーっとすること自体、何てことはない。こういうことは今までにもたくさんあった。元々そういう体質なのか、物事に集中しているとたまに周りが見えなくなり、他人の声が耳に入らなくなる。それは別にいい。
 問題は、そこへ陸の声が入ってきたとき、それが友人の声ではなく、全き他人の声として聞こえてきた、ということなのだ。
 啓太が見ているのは間違いなく陸という自分の友だちだ。けれども、何かが違う。空気が、どこか他人行儀だった。陸の目が徐々に開けていく。自分の体が強張ってくるのがわかる。どうして気の見知った友人が隣にいることが、これほどまでに苦痛に思えるのか? 助けを求めるようにして辺りを眺めるが何もない。紛らわすようにして髪をいじるが、それがまた別の記憶を喚起して、ますます啓太の心を尋常のものではなくしていく。
 自分は秘密を持っている。魔女との誰にも言えない秘密を。このことをかけがえのない親友の一人にさえ告白できない。それがたまらなく悔しくて情けない。

「ちょっといいかな」
 魔女の声。啓太は救われる思いで「どうしたんですか」と問いかける。だがその顔は自分には向けられていない。
「朱里ちゃんがね、言いたいことがね、あるんだってさ」
 誰に、という問いかけは野暮だった。陸はきょとんとして、自分を指さしたまま動けない。
「うん。君に」
 彼女が微笑むと、陸は口をぱくぱくさせた。
 魔女の後ろでは、いつになく落ち着きのない朱里が、ローブをがっしりと掴んだまま、ちらちらと陸に視線をやっている。啓太は朱里のその様子を驚きの目で眺めていたが、彼女はその視線にも気づかないようだった。何かで頭がいっぱいらしく、唇が微かに震えている。
 促されるがまま、陸はベンチから立ち上がった。「だいじょうぶだいじょうぶ」と、一人呟く朱里と歩調を合わせるかたちで、公園の中央に向かって歩いていく。同じく「大丈夫大丈夫」と唱える魔女が、啓太の隣に腰を下ろす。
「一体何が始まるんですか」とは訊けなかった。朱里のあの態度から、これからどんなことが起ころうとしているのか、なんとなく予想がついたからだ。
 陸と朱里は啓太たちからだいぶ離れたところで立ち止まって、二人向き合う。声はぼそぼそっとしか聞こえてこない。朱里は声を出すのに相当手間取っているようだ。ちょくちょく言い直したりもしている。その様子は消えかけの蝋燭みたいに頼りない。かつては「知恵遅れ」ではないかと疑ったりした、あのずぶとくて天真爛漫な態度はどこにも存在せず、そこにいるのはただ、思いのたけを必死にぶつけようとする、一人の健気な女の子だった。
 陸もだいぶ取り乱していたが、それでもその場から逃げたりはしなかった。戸惑いつつも、しっかり向き合わなくてはと、自身を説得しているようでもある。真剣な顔で朱里を正面から見つめたかと思えば、いつものおちゃらけた表情に戻り、今にも「ばーか」と言いそうな雰囲気になったりする。見ているこっちがはらはらしてしまう。啓太は無意識にベンチから立ち上がっていた。自分の手を、魔女が優しく握ってくれていた。
「最初から両想いだったわけじゃないらしく」
 魔女が語りかけてくる。
「朱里ちゃんはだいぶ早い段階で、陸くんの視線には気づいていた。今から一年くらい前だったかな。その意味に気づくのに、だいぶ時間がかかった。気づいてみると、何だか妙に意識しちゃって、でも、そうやって見つめられるのに別に抵抗もなかったから、他の女の子に相談するのもちょっと気が引けた。普段なら『きもい』の笑い話で済むことなのにね。迷ったあげく、お姉さんに相談することにした。彼女は朱里ちゃんが本気で悩んでいることを知って、その日の夜、恋にまつわる不思議な話の何もかもを打ち明けた。いずれ学校で習うようなこと、それからお姉さん自身が体験した、それ以上のことについて。実際に体を動かしたりもして、自分の体がどうなっているのか、しっかりレクチャーしてもらったみたい。それで朱里ちゃんは、自分のここが熱くなれば、それはこういうことなんだってことがわかった。陸くんに、自分から告白することを決心した。まだちっさいのに、それってすごいことだよね。私のよく知る子どもじゃないんだって、朱里ちゃんの話を聞いていて思ったな」
 啓太は魔女の話を決して聞き洩らすまいと思っていた。しかし同時に、陸たちがどんな言葉を交わしているのかが気になっていた。結果どちらの言葉もきちんと頭に入ってこなかった。
「まあ、こういうのに早いも遅いも関係ないのかもしれないけどね。恋をしたって気づいた時が、その人にとっての最初なんだってこと。君だってそうでしょ? 啓太くん」
 彼の脳裏には、去年の温水プールの出来事が映し出されていた。そしてこれからのことを思うと、無性に切ない気持ちになった。自分が朱里に恋しているということでは、絶対にない。彼女よりももっと可愛い女の子がおり、実際啓太はその子に恋焦がれている(家が遠いので話す機会がなく、今は遠巻きに眺めているだけだが)。それでも啓太は、陸に嫉妬してしまうのだ。そして朱里が、自分の友だちが、同じく自分の友だちに今までにない表情を見せていることが、彼には辛かった。それでも目が離せなかった。いっそ全てを目撃してやろうとさえ意気込んでいた。
「さてと。もう充分遊んだし、いろいろと切りもいいところだし。私もそろそろ、行くとしますか」
 啓太の意識はさらに引き裂かれる。どん底でもがく心のまま、冷静沈着な魔女に対して向き直る。
「今までありがと。親切にしてくれて、本当に助かった。青にもよろしく言っておいてね。私がいなくなったあとでも、餌をもらう前はちゃんと、お手するんだよって」
 魔女は目を伏せて立ち上がる。手は繋がれたままだ。啓太は皮膚が白くなってしまうくらい、向こうの手を力強く握っていた。汗がじっとりとしてぬめぬめする。だが啓太はその力を緩めようとは考えていなかった。彼自身、別れの時が近づいているということをはっきりと意識していたというわけではない。しかしわからないがゆえに、絶対にこの手を離してはならぬという思いだけが先行し、気持ちの赴くまま、わがままを続けるほかなかったのだ。
「どうだろうね。また……その時は、もう大人になって、結婚もして、子どもも二人くらいいて、仕事だって忙しいのかもしれない。もしかするともっと遅くなって、おじいちゃんくらいの年齢になってやっと巡り合えるのかもしれない。けどね、これだけは言えるから」
 魔女の手にはもはや力など込められていない。だが無理にほどこうともしない。
「絶対にまた、どこかで会えるから。だから啓太くんにも、ね? わかってほしいなって思う。離ればなれになっても、神様はまた、私たちを出会わせてくれるから。その時が来るの、楽しみじゃない? お互いどんな人生を歩んできたのか、今とは違った話ができるようになっているんだから。いろいろと言いたいことがあると思う。けどそれは、それまでに取っておくことにして」
 何が何だかわからないまま、啓太は激しく頷く。しかし手にはますます力が入る。
 魔女はため息をついていた。空いている方の手を啓太の頭に乗せる。
「しょうがないな……これじゃあ私だって、行くにも行けないじゃないか」
 彼女も惜しんでくれていることが伝わってくる。どうしていつまでも一緒にいてくれないのかと、啓太は叫びたくなる。実際に声に出ていたのかもしれない。魔女の手は、徐々にこちらを引き離そうとしているようでもある。
 ここで自分を思いきり叱ってくれていたら、どれだけ潔く別れることができただろう。本当は怒鳴りつけたかったのだと思う。好きなおもちゃを買うことができず、店の中で泣き喚く自分の子どもを叱りつけるように、ぴしゃりと言ってやりたかったのだと思う。
 だが魔女は、こんな強情な自分に辛抱強く付き合ってくれた。いつまでもいつまでも自分を甘やかしてくれた。おかげで啓太はこれ以上引き裂かれる思いをせずに済んだ。現実の目の前の女性を、自分の意志で見つめることができるまでに立ち直った。
「うん。それなら大丈夫」
 魔女は啓太の頭を撫でる。啓太は魔女の顔を見上げようとしたが、その前に魔女は自分の胸に啓太の顔をうずめてしまう。手に力が入らなくなる。すると魔女の体が自分のもとを遠ざかっていく。次に視界に移るのは、魔女の立ち去る背中のみだった。
 魔女の消え行く方向に、自分も走り出そうとする。だが、どこに消えるというのだろう? 魔女の進む先は真っ白で、そこだけ空間が歪んでいるかのようなのだ。啓太はそれ以上近づくことができなかった。脚は動く。だが、あの薄ぼんやりとした謎の空間は、魔女を乗せたまま、こちらを遥かに上回る速度で遠ざかっていく。
 啓太にはできることといえばただ、ますます離れていく魔女の背中をおぼつかない足取りで追うことだけだった。
 ついに空間が閉じてしまうと、啓太は一人道路の真ん中に取り残された。太陽がじりじりと熱い。自然と手が上空へと伸ばされる。
「きっとまた、約束だから」
 そう唱えてはみた。だが、この別れ方はあんまりだと思った。引き裂かれずに済んだが、その代わり、自分の心の中で魔女という存在は永遠に生き続けるだろう。自分はずっとこれと付き合っていかなくてはならないのだ。啓太は魔女に文句を言いたくなった。もう一度、せめて一秒だけでも、目の前にまた現れてはくれないだろうかと、誰に対してでもなく祈った。
 しかし、空はどこまでも青く、太陽は熱いままだった。後ろの方で声が聞こえた。自分のすぐ脇を車がものすごいスピードで走っていった。オープンカーだった。頭が焦げてしまえばいいのにと思った。それからのことはよく憶えていない。たぶんまた、いつもの気絶でもやったのだろう。

 そんな不思議な出来事だった。啓太は午後六時のベッドで寝返りを打つ。
 結局何も訊けなかった。どうして自分たちと遊びたがっていたのか、そもそもこのまちに来た目的は何だったのか? 訊いたところで子どもにはわからない話だったのかもしれない。あえて話す必要はないと、そう判断したのかもしれない。
 でもやはり気になってしまう。次に会う時は必ず、疑問に思うことの全てをぶつけようと決意する。
 今はそれよりも優先すべきことがある。一日中考えていたが、相変わらず自由研究のテーマが浮かばないのだ。夏休みはあと一週間で終わってしまうというのに。焦れば焦るほど、時間はとんとん拍子で流れていく。けれども焦らなければ、時間はいつの間にか過ぎ去ってしまう。
 啓太はベッドから降りる。そしておもむろに窓から顔を覗かせる。まあ何とかなるだろう。それに、できなかったからといってそれが何なのだ。宿題を一つ忘れただけで、自分の残りの人生が終了するわけでもあるまいに。軽く、軽く考えること。思いつかなければそれでいい。それが嫌ならケチなプライドなど打ち捨てて、本に書いてある通りのことをやればいい。どちらを取るか? 深く考えること自体、ばかばかしい。
 自問自答に疲れたところで外の景色を眺めると、自宅のすぐ脇の道路を、二人の恋人が手を繋いで歩いていく。啓太はその後ろ姿をまっさらな気持ちで眺める。おれたちは、どうなるんだろう? 早く散歩に連れていってくれというアオの啼き声が曇りぎみの空にこだまする。

夏休みの魔女(改稿版)

執筆の狙い

作者 水野
121.115.143.249

この前ここに提出したのを手直ししたものです。もう少し細部をいじくって、9月末の文学界新人賞に備えようと思います。
以下不満点:
・この物語が「お盆前」に起きたことだということ。実は盆に合わせたかった。でなければ他の「大人」たちが出てこず、外側の世界が見えてこない。魔女や啓太たちと外側の世界との隔たりが見えてこない。つまりまだ「小説」とは言えない。
・ラスト、魔女をどう啓太から離れさせるかが未だに掴めていない観がある。ひとまずの象徴的な結末は用意してあるが、他にやりようがある気がする。
・陸や朱里の兄弟姉妹たちともっと会話させたい。例えばお盆の時期に合わせてみんなで旅行に行ったりなど、エピソードの追加をするべき(その際、密かに魔女も同行させ、朱里の姉と言い争いさせるのも面白そう)。

コメント

トロイの月
219.100.86.89

「結末」だけ、軽く画面眺めてみた。

でも・・
「文と文のつなぎ」が、杜撰ってか、ちょっとおかしい。



 >……あえて話す必要はないと、そう判断したのかもしれない。
 でもやはり気になってしまう。次に会う時は必ず、疑問に思うことの全てをぶつけようと決意する。

(↑ とまあ、主人公は一旦そう気持ちを決める。で、直下)

 >今はそれよりも優先すべきことがある。一日中考えていたが、相変わらず自由研究のテーマが浮かばないのだ。夏休みはあと一週間で終わってしまうというのに。焦れば焦るほど、時間はとんとん拍子で流れていく。けれども焦らなければ、時間はいつの間にか過ぎ去ってしまう。

(↑ 「とんとん拍子」って?? この用法だと違和感……)

 >啓太はベッドから降りる。そしておもむろに窓から顔を覗かせる。まあ何とかなるだろう。それに、できなかったからといってそれが何なのだ。宿題を一つ忘れただけで、自分の残りの人生が終了するわけでもあるまいに。軽く、軽く考えること。思いつかなければそれでいい。それが嫌ならケチなプライドなど打ち捨てて、本に書いてある通りのことをやればいい。どちらを取るか? 深く考えること自体、ばかばかしい。

(↑ 思考過程? 論調? が、くどくどしい。「独白の口調」が、子供らしくないし……)



これがほんとのラストシーンなのか、そうでないのか、読んでないんで分からないけど、
ラストがくどくどしいと、印象良くないんで・・

トロイの月
219.100.86.89

主人公、小学何年生設定なんだろう?? と、いちおう序盤を眺めてみた。

したら・・
思ったよりちびで、小学3年生だった。


序盤が、説明に次ぐ説明なんで、
投稿作としたら、キビシいのではないでしょうか??

でもって、その説明部分が、、、
なんだかとても引っかかる〜〜。

(公立小学校の臨時で、3学年を担任したこともあったんで……)


>日記作文と読書感想文は七月中にちゃちゃっと終わらせた。算数ドリルもだいたい片づいていたが、自由研究がまだだった。それだけはまだ、どこも手をつけていなかった。今年から小学三年生に上がり、新しく理科と社会が入ってきた。夏休みの宿題にまた一つ、新たな項目が追加されたというわけだ。


>感想文も課題図書ではつまらないと思い、車で一五分の市内の図書館に行って別の本を探した。


↑ 序盤に置く「説明」としたら、もうちょっと「的確に」書いて欲しい(現状だと、どうも説明からオカシイので……)し、

そもそも、
個人的に、
冒頭は【説明ではなく、描写して欲しい】派です。。

トロイの月
219.100.86.89

ええと、、、連レスになって ごめんなさい。。


昼間モードで、リトライしようとしてみた んですよ。
でも・・画面あけて目に入る序盤、


>「何してあそぼっか!」
 八月五日、午後三時。啓太の遊び仲間の一人である朱里の溌剌とした声が公園全体に響く。彼女はどこであろうと大声を出す。啓太はこの子が一種「知恵遅れ」的な人間なんじゃないかと疑っていたが、遊んでいる間は別に気にしない。

↑ 非常〜〜に持って回った書き方で、一々引っかかって、個人的に受け付けないのと、

【知恵遅れ】って表現は・・
作者さん、50代??

下にUPされている人の欄にも書きいたことなんですが、
平成の世だと、世の中、差別的表現には厳しくなってて、
「その呼称を作中で使用して差し支えないのか」は、
書き手それぞれが「確認〜検証する」必要がある。

んだけど、ここのサイトに上がってる原稿は、おしなべてそういうとこ「無頓着・無神経」だもんで、
こだわる方が「重箱の隅〜」と横槍攻撃される・・
んで、「カチンと引っかかっても、直接は言わなくなる」んですよ。。

ラピス
49.104.38.170

説明につぐ説明で、硬い印象です。それに小学生にしては大人の男のような心性。三人称とはいえ、子供が主人公なのだから、もう少し柔らかく書かれた方がいいのでは。

全部を読んでないので、意味を取り違えてたら申し訳ないのですが、、、
お話は過去回想らしく地味に始まりますが、表題の魔女は早めに鮮烈に登場したらいいのに、と思いました。説明ではなく、ワンシーンを描写で。

ドリーマー
220.211.96.248

拝読しました。

改稿前の作品は読んでいないので、本作だけを読んだ感想になります。

>9月末の文学界新人賞に備えようと思います。

とりあえず「同人雑誌に発表したもの、他の新人賞に応募したもの、自費出版したものは対象外とする」という応募規定に、「ネット公開した作品は不可」の言葉がないので大丈夫だとは思いますが、実際のところどうなんでしょうね。

まず読者の想像に委ねる部分が多すぎるように思いました。現状だと説明不足ですね。
主人公は小三男子なのですから、とりあえず保護者がいるはずなのに、一度も出てこないのは不自然です。見知らぬ女性を六日間も家に泊めていれば、普通は気付きますよね。気付かないということは、両親はずっと不在だったんでしょうか。お金だけ渡して「食べ物はこれで買いなさい」とか(中三男子ならまだしも)? カーテンが閉まったままの祖父母の家とか、古書の充実した父親の蔵書とか、張られた伏線がまったく回収されていないのも気になりました。

魔女の正体について。
結局、彼女は何者だったんでしょう。魔法を使っているシーンは全くないので、本物の魔女じゃないのは確かですよね。父親の蔵書を読み漁っていたので、父親の関係者だった、という線が一番濃いですが、具体的な答えは見出せないままです(年齢も明かされていませんし、小三男子に女性の正確な年齢が分かるかも疑問です)。
そもそも何が目的で主人公の前に現れたんでしょう。
このままだと風呂場でのエピソードも、宿泊代代わりのサービスみたいで後味が悪いですし、子供相手に何やってんだ、と彼女の良識を疑ってしまいます。実はただの浮浪者で、本当に寝泊まりする所がなくて、親が留守がちな主人公を騙して近づいたんじゃないか、とさえ思えてしまいます。

この作品で結局作者さんは何を言いたかったのでしょう。
主人公の成長でしょうか。それとも小三男子の、ちょっと大人なひと夏の経験でしょうか。
なんだか、あれもこれもと詰め込み過ぎて、焦点が絞り切れていないように思えます。
エンタメの賞ではなく純文学の賞なので、そこはある程度はっきりさせた方がいいと思いました。

あとは細かい点で気になったこと。

>朱里はホットパンツを翻し → ホットパンツは翻りません。

>その強情な態度に → 強気な態度、でいいのでは。強情だと、頑固という意味になってしまうので。

突然現れた自称魔女の女性を、本物の魔女だと思い込む流れにご都合を感じます。
キャラ的に朱里が「魔女? だったら魔法を使って見せて」とか言いそうだし、実際に魔法が使えるところを見ないと、信用しないのでは?

一緒にお風呂に入り、性的(?)な行為に及ぶ件に、必然性が感じられませんでした。主人公が若い女性の身体に興味を持つのは自然なことだと思うのですが、そこだけなんだか安っぽいアダルト小説みたいでした。他のエピソードと上手く繋がっていればいいのですが、お風呂のエピソードだけ浮いているように感じました。


公募に出されるということで、辛口になってしまいました。すみません。
自分のことを棚に上げて勝手なことを書きましたが、少しでも参考になれば幸いです。

トロイの月
106.171.82.244

ヨコなんだけども・・(& 4度目でごめんよ〜)


「ネットで発表済み」よりも、
マズイのは たぶん
「ネットで意見募って、そのアドバイスを容れてブラッシュアップしちゃう」方・・だと思う。

10年ぐらい前だっけ? “それで”メジャーな純文系新人賞受賞確定後に、「取り消し」になった例が、実際あった。

(そのケースの場合、
掲示板(2ちゃん?)で数人から指摘された「瑕疵」を、ネットの人の助言で「いい形に修正」してしまっていたことが、後々問題視された)



この原稿も・・

ここのサイトの雰囲気〜慣例的に、
見ればおそらく「瑕疵・欠陥を具体的にあれこれ指摘してしまう」んだろうし、
「当該箇所をわかりやすく・問題を明確にするため、“改善法も併記してしまいがち”」だから・・

「それがマズイ」のではないかなー??

と思っていました。

ラピス
49.104.38.170

横の横ですが。
ネットでブラッシュアップしたことが悪いなら、何で公募ガイドでは許されるんだろう、、。
公募ガイドでは確か、文学賞に投稿前の原稿をプロに批評して貰えるんだよね。

水野
121.115.143.249

トロイの月 さま 感想ありがとうございます。

ラスト、「今はそれよりも優先すべきことがある~時間はいつの間にか過ぎ去ってしまう。」のところはだいぶ、作者が顔を出し過ぎていますね。三人称で主人公の独白をやるというのは難しいもので、あまりに文体を変えてもおかしくなる。ですがトロイの月さまの指摘の根本にあるのは、「ものの考え方が年齢と明らかにそぐわない」点であると受け取りました。見直してみます。ぐだぐだしない、小気味いい終わり方を目指してみます。

「知恵遅れ」という表現に関しても配慮が足りなかったですね。もしこの作品がこのまま出版されるとしたら、間違いなくレビューで袋叩きにされるでしょう。子どもらしい、率直なものの考え方を表してみようとしたのですが、軽率でした(そもそも率直さを目指していたのだとすれば、上記のラストシーンの独白部分とそぐわないことになってしまいます。魔女との出来事を通じてそれほど成長したのだということであれば、また話は変わるかもですが)。

受賞作が実際に「取り消し」された例があるのですか。それはちょっと怖いですね。
ですが今回送ろうと思っている新人賞の規定に「ネットで発表済みは駄目」とは書かれていないですし、審査員の方々も(おそらく)そこまで「お堅く」はないだろうという判断から、多くのご意見を積極的に取り入れようということを決めています。「常識的に考えて~」という論法をもし向こうが出してきたとしたら、逆に「ああその程度なのか」というくらいの勢いでいこうとすら考えています。無論、受賞できればの話ですが……

最後に。私は50代ではなく20代です。ありがとうございました。

水野
121.115.143.249

ラピス さま 感想ありがとうございます。

今回用いた文体は、現在の自分にとってもっとも「手に馴染む」文体でした。去年の8月に書いた、群像の二次通過のやつも同じ文体でやっています。短篇だといろいろと試せますが、長篇はそこまで冒険できません。

『夏休みの魔女』は最初、一人称で書こうとしました。ですがどうしても書けませんでした。今回は思い出すことが中心ですので、小学三年生の啓太くんではおそらく正確に語れないだろうという判断からです。また「いかにも子どもっぽい文章を書く」というあざとい感じがどうしても許せなかった。であればこそ、説明を省き、動きを多くし、魔女の登場にしてももっと印象的なものにできれば、というところなのですが……

ありがとうございました。

水野
121.115.143.249

ドリーマー さま 感想ありがとうございます。

新人賞の規定に関してですが、「常識的に考えて~」の論法を出されれば、こちらとしてはぐうの音も出ません。ですがこちらとしては、モラル云々よりもまず、この作品をより完成形に仕上げたいという願いの方が強いですので、積極的に意見を募るようにしています(無論、最終的な形のものは、結果が出るまでネットに上げることはありませんし、他の新人賞の場合であればまたやり方は変わってきます)。

啓太くんの父母に関しては、これはもう完全に作者の都合でございます。
一応、父母がどこに行ったのかという疑問を啓太くんは抱きますが、この疑問が作中、何らかの形で解消されることはありません。完成形では父母を登場させようと思いますが、現状、この物語がある意味子どもたちの「閉鎖された世界」を描くものですので、「大人」は登場させない方がいいだろうという身勝手な判断からです(遊びに夢中で周りが見えなくなってしまっている子どものことをご想像頂ければと思います)。
ですが最終的には無視できない問題です。「外部」と接触させ、「大人」の目線から魔女の正体を明らかにする、そういう目線が今は欠けています。魔女が主人公たちの前に現れた理由にしても、「子ども」の力だけではどうしても解決のいかないところです。

細かい点に関してのご指摘ですが、こうしたものはなかなか本人が気づくことの難しいところですので、非常にありがたいです。ホットパンツは翻りませんし、「強情」ではなく「強気」の方がしっくりきます。
風呂シーンはある意味「サービスショット」的なもので、はっきり言ってしまえば、このシーンが書かれる必然性など全くありません(笑)。いかに直接的な単語を使わずエロさを表現できるかという、個人的な挑戦と受け取って頂けたら幸いです。

辛口、ありがとうございました。根本的なところでしくじっているような気がしないでもないですが、それでもどうにか良いものに仕上げられるよう努力します。

そうげん
112.69.21.109

水野さま。こんばんは。遅ればせながら、よみおえました。


「魔女」が出て来たとき、それは現実をベースにしたものである場合、自分よりもはるかに多くのことを知っている異質な相手。「魔法少女から魔女へ」はまどマギでありました。「魔女」をひとつの記号として扱うことで、目の前にいる人たちは話し合えば分かり合える相手ばかりと思える集団からは、ズレているものと示すことができる。そのズレは、あるていど標準的な人と比べて異なる部分が、ある見方ではとても優れていて、別視点から見れば劣っているようにも受け止められる。

それを踏まえたうえで

「だが魔女は、こんな強情な自分に辛抱強く付き合ってくれた。いつまでもいつまでも自分を甘やかしてくれた。おかげで啓太はこれ以上引き裂かれる思いをせずに済んだ。現実の目の前の女性を、自分の意志で見つめることができるまでに立ち直った。」

再読まではしていないので、違っていたらごめんなさい。でも、ここまでみっちり自分に付き合ってくれた「魔女」に対して、突き放してしまえばいいのにと内面に、自虐的に(?)突き刺してるのに、それでもなお主人公が自分の判断でちゃんと手を放すことの出来る状態を組上げるまで待っていてくれた。それを甘やかしてくれた、と主人公は見てるけれど、ここはあるいは、家庭環境もあるのか、じっと自分の判断で決定を下すまで、待っていてくれる=突き放すことなく、自分を信頼して見ていてくれる、そういう相手を、「魔女」という言葉で、思い込みが自然と加わりかねない言葉でくくらずに、ちゃんと「現実の目の前の女性」を見つめられるようになった、と、「魔女」という言葉で表していたものの先まで、自分の謬見あるいは、妄念、を払ったような印象がありました。


そのあとの地の文のなかの魔女表記と、謎の空間に消えるというシーンは、この中ではあまり採りたくないシーンでした。




>去年中学校に上がり、部活などで忙しいはずなのに、啓太たちが遊びに来るときはなぜかいつも家にいるのだ。朱里からこっそりと、啓太たちがいつ遊びに来るのかの情報を仕入れているに違いない。

⇨ ここはもしかしたら中学に上がってから不登校で家にいるんじゃないか。腕が疲れたり、ひさしぶりに運動して楽しんだりして、仲間と遊ぶ感覚も久しぶりだったんじゃないかと思ってしまった。



>「いらっしゃい! 今日は何しに来たのかなー? ゲームならたくさんあたしの部屋にあるから、遠慮なく声かけてきてね。それよか暇でしょ? 

> 魔女は啓太たちに向かって大きな声を張り上げた。
>「じゃあ、私と一緒に遊ばない? 鬼ごっこ、しようよ!」

⇨ 部屋での朱里の姉の態度と、魔女が登場したときの態度が似ていて、その発言の主眼もいっしょに遊びたい、という気持ちの表れだったように見えました。


>彼女は中学生にしては体が大きく(目算では一六〇を超えている)、そのくせ声は優しい感じで(そのへんも朱里とは正反対ではある)、会うといつも調子が狂う。

⇨ 体格が大きくて、声も優しく、柔和な印象。調子が狂う=その時点での自分にはよくわからない彼女なりの動機で行動しているから、それをぼんやり「魔女的」と主人公が感じた可能性がある。

>朱里と話していると、ときどき彼女の姉と似たような、ともすれば自分を丸ごと預けたくなってしまうような気分に陥ることがある。

⇨ 家族や仲間たちのなかに、身体を預けるような存在がずっとなかった。そういうときに、預けたい存在として、朱里の姉を見ていたと思えば、魔女自体、主人公の空想であっても、ファンタジックなものでも、あるいは巧妙に朱里の姉が、朱里の打ち明け話を聴いたときに、啓太と隆、二人の気持ちを確かめるべきと思って、隆の気持ちはおそらく明白だから、啓太は朱里をどう思ってるか、むしろ、朱里の姉が魔女の態で、それとなく啓太がなびくかどうか、むしろ、隆と朱里がくっついたときに、啓太はショックは受けないかというさぐりをいれるために部屋におしかけた。

さらにいえば、

>「絶対にまた、どこかで会えるから。だから啓太くんにも、ね? わかってほしいなって思う。離ればなれになっても、神様はまた、私たちを出会わせてくれるから。その時が来るの、楽しみじゃない? お互いどんな人生を歩んできたのか、今とは違った話ができるようになっているんだから。いろいろと言いたいことがあると思う。けどそれは、それまでに取っておくことにして」

の台詞とか、お姉さん(魔女と同一視してます)が、啓太が大きくなるまで待ってからそれでもわたしのことを覚えてたら、そのときに、同じ時間を過ごそうっていうちょっとした時間差を加味した留保的な関係の持続の宣言のようにも受け止められて、わたしとしてはそれもまた先の展開として、あってもいいかと思ってしまいました(でもどことなく、カフカ少年のさくらさんに向ける気持ちみたいな感じです(⇦海辺のカフカ)

でも、「目の前の女性」の候補のもう一人は、

>彼の脳裏には、去年の温水プールの出来事が映し出されていた。そしてこれからのことを思うと、無性に切ない気持ちになった。自分が朱里に恋しているということでは、絶対にない。彼女よりももっと可愛い女の子がおり、実際啓太はその子に恋焦がれている(家が遠いので話す機会がなく、今は遠巻きに眺めているだけだが)。

このかわいい女の子、でしょうか。




とここまで書いてみて――

執筆の狙いに
「その際、密かに魔女も同行させ、朱里の姉と言い争いさせるのも面白そう」

このように記されてある明確に、魔女と姉は別になってる形式でしょうか。わたしなら、魔女を生み出した、呼び出した、むしろ魔女を現在に引き出す根拠を与えたのは、主人公だと受け止めたいほうだったので、ならば、朱里の姉のいるところでは魔女は出てこない、あるいは、一緒に過ごすときに、魔女の事をゆめうつつに思い出して呟いたり、ときおり、姉と錯視/混同して、次第にイメージが一致して、主人公自体が現実のお姉さんをしっかり見ることができるようにもなり、さらに、そこできっちり自分が立ってから、プールの子のこと考えても面白そうかなと感じました。

完成に向けてはいろんな筋道を考えることができそうな作品だと思いました。



あと、
高橋源一郎さんの「さよならクリストファー・ロビン」と
イギリス映画の「Goodbye Christopher Robin」が
どうして題名でかぶったのか、別で調べてハテナ?となってました。
魔女はその作品におけるプーさんでもあったのかなと。
多くの事を気づかせてくれる大切な存在。人の生活の隣に変わらない姿で
ちゃんといてくれるもの。仮の物、虚に近いものを媒介として、実と実を結びつける。
現と現をつないでいく結び目として、キャラクターはあるのじゃないかと思いました。

とても面白かったです。ありがとうございました。

かけうどん
49.98.129.207

個人的に水野さんの文章は好きなのですが、今作は以前の作品よりも歪なものが感じられず物足りない印象でした。ちなみに改稿前のものを先ほど冒頭だけ読んだのですがそちらのほうがおもしろかったです。なぜ冒頭を少し変えたのでしょうか?
物語に関しては他に詳しい方がいると思うのであまり深く言及しませんが、登場人物たちによる摩擦係数がゼロに近いのはあまり面白くないんではないでしょうか。このまま登場人物を増やしても水増しのようにしかならないと思いますし、いっそのことそういうことを徹底して主人公の内的世界を際立たせるとか、主人公以外は存在していないのだという方向性もあり得ると思います。

水野
121.115.143.249

そうげん さま 感想ありがとうございます。

啓太くんと魔女をどう引き離すかに関しては、まだ迷っているところです。この二人が物語の最後には引き離される、というのは確定事項ですが、これをどう描くか、という段となると、実力不足も相まって未だきちんとした答えの提出できていない状態です…… 毎度のことなのですが、長篇の結末を書くことは本当に苦手です。
啓太くんは一応、魔女が自分の元を離れてしまうという耐え難い事実に何とかこらえることができましたが、しかしそれは一瞬のことで、本当に消えてしまう出来事に直面すると、やはり取り乱してしまう。この辺りを精確に書ければよいのですが、難しいところです。
解決策としては、そうした別れの演出もないまま、気がつくといつの間にかいなくなっていた、という展開でしょうか。おそらくそうした結末もアリなのだと思います。ですがこうした別れ方は、村上春樹の著作でさんざん見てきました。彼の著作を好きだからこそ、同じことは書きたくない、ということを思っています。彼の文章を模倣するところから「自分の小説」を書き始めた私ですが、このままでは「模倣であること」から脱出するのが困難になると確信してからは、意識的に「ずらす」試みを行なっています。

朱里の姉と魔女は、主人公との関係性を見れば重複しているところがありますね。啓太くんとしては魔女を自分の母親と重ねるところが大いにあり、夜寝る前にこの二人の重なり合った映像を垣間見ることになるのですが、それが実際にあった「過去」のことなのかははっきりとは書かれていない。
私はこの作品を書いている間、「絶対にこの魔女を記号としてしか扱わないようにしよう」ということを決めていたので、おそらくほとんどの人物に対して「影」や「鏡」といった関係性を持ちうるのだと考えます。本当に姉が変装した姿なのかもしれないし、現在の啓太くんの母親は二人目で、一人目が既に亡くなっている女性であり、この女性が顕現した姿、であるのかもしれませんし、啓太くんの頭の中で生み出された完全なる妄想、という線もあります。
こうした可能性を「語る」ことのできる「大人」が登場すれば、話の展開が大きく変わってくるかもしれません。今のところ登場人物は子どもたちだけであり、そうした可能性を客観的に語ることができないので、「外部」の人間の接近が、物語としては急務に思えます。

と、ここまで考えてきたのですが、そうした記号的存在である魔女が、たとえば朱里の姉などと対面し、実際に二人が会話するシーンを、この物語で描いてもいいのだろうかという疑問が浮かびます。そうげんさまのおっしゃる通り、「朱里の姉のいるところでは魔女は出てこない」のが妥当です。とすれば、「外部」や「大人」の出る幕もないのではないか。彼らに魔女の正体を明らかにされることは、小説のテーマとも合っていないのではないか。こういうことも考えます。

もしくはこのようにしてもいいのかもしれません。魔女と出会ってから、別れるまでの出来事を第一部として、第二部において、魔女がいなくなった後の世界を描くというものです。現段階では啓太くんが魔女のことを思い出すだけですので、それだけではなく、いなくなった後の世界で彼がどう生きたかということを書く、そういうやり方です。
その世界には朱里の姉も実際に登場しますし、啓太の父母も出てくるでしょう。彼が密かに恋焦がれているもう一人の謎の女の子にしても、彼の目の前に現れる可能性があります。

言い争いはどこかで書きたいと思っています(姉と魔女の組み合わせは止めておきますが)。それも主人公が誰かと言い争うのではなく、誰かと誰かが、主人公をめぐって口論を交わす、しかもその場に主人公はおり、彼自身その会話に立ち入ることができず、ただ傍観したままでいる……そういったシチュエーションです。
去年書いた長篇小説で偶然身につけた手法ですが、ことのほか気に入ってしまったので、また試してみたいなあと。ですが書かないかもしれません。そればかり書きたいと思うあまり、小説の自由が阻害されないよう、書き進めていく間にその辺りの判断をしていきたく思います。

つい長々と書いてしまいました。ありがとうございました。

水野
121.115.143.249

かけうどん さま 感想ありがとうございます。

冒頭を変更したのは多くのご指摘を受けてのことです。私自身、改稿前の文章のリズムを好みはするのですが、このリズムにつまずく読者が多いと考え、なるたけニュートラルな表現を採用してみました(それでもぎこちないですが)。

作中人物が皆さん優しいというのでは、ドラマは成立しませんね。現段階では場を乱すことのできる人間が存在しないので、そうしたことの可能な人物を最低限用意するか、もしくは主人公の閉鎖された世界を一層際立たせてみるかしてみます。ありがとうございました。

そうげん
112.69.21.109

一晩おいて、屋上屋を架す、ことをしてしまうこにします。前回の感想コメントも自分の受け止めを重視してましたが、それを基にしたうえでもうひとつ多くくくりに捉え得るものを記しておこうと思いました。

魔女と朱里の姉の対比の事を書きました。でもそれは主人公の思い込みのほうが強い気もする。つまり、その魔女が最終的に人であるとしても、主人公の見た強烈な幻のようなもの、あるいは存在の基盤が別の時空間のものであったにせよ、魔女の特性が描かれたのは、魔女と主人公、ほとんど一対一の関係だったように見受けます。

もしお盆などのイベントで、親世代とも他の兄弟とも一緒に時間を過ごすことになったとすれば、朱里の姉にしても、朱里にしても、お兄さんにしても、陸の家族にしても、もっとくっきり日常のそれぞれの家庭内の人間関係もある程度くっきり見える可能性がある。

朱里のところでいえば、兄、姉、朱里、の三人兄妹。三人兄弟の真ん中はほんとにいろんなものをよく見る。観察する。兄が姉よりも朱里の面倒をよく見てるんだったら、姉としては三人の中である程度浮いてしまう。兄との間にしっかり連絡ができない環境であれば、気持ちは朱里に向かうけれど、それよりは、同世代か年下の異性にも気持ちが向かう。ゲームが部屋にたくさんあったり、一緒に誰かと遊びたいという気持ちは、やはりそこに普段からすこし阻害されてる印象を抱きやすい環境下にあると物語としては読みたくなってしまう。だからこそ、ひょっとしたらサブカルチャーにも明るそうだから、お姉さんがあえてコスプレのように、一連の押しかけ式に魔女スタイルで三人をたばかったんじゃないかとそんな風にも読みたくなりました。

それが現実的でなかったとしたら、むしろ、主人公の側でそれに類するイメージを、朱里の姉からのあえて誘いを断ったりする、また、朱里と姉の関係を見るにつけ、朱里のように、姉に頼ることの安心感(むしろ年上の異性⇨母性への依存願望)だったり、朱里がどんなふうに思って、そのように人を頼ることに自分の身を投げうてるか。自分がぶっきらぼうに突き放すポーズをとっても、ちゃんと遊ぼうと声をかけてくれる。

「いつもの遊び仲間とは会わなくなってしまった」と示されるように、二人が付き合ってもわだかまりがないならば、散歩コースを変更したり、避けるまでもなかった。二人の時間を作ってやるにしても、会えば声をかけ、どうだと聞いたり、変わらない態度をある程度保持することはできる。この変化は、陸の立場こそ、本来、自分がそうでありたかった位置じゃないかと見えてしまう。

「魔女」というのは朱里の姉よりも、むしろ、いつも身近にいる朱里を見ていながら、どうしてもくっきりとはわからないもやっとしたものを、姉妹である朱里の姉に向けて照射したときに幻視した像のようにも見えていて、つまり、自分が「魔女」を見ていることから、魔女とはなんだという側面を整理し、その結果、ふだんの生活の中での経験の一部として受容してしまっていれば、きっと冒頭のように、二人を避けるシーンはないと思いました。つまり、「魔女」の問題は彼の中でくすぶっている。

また陸の兄妹にしても、双子の妹は遊びに来た主人公になついている。これも、(ふだんポーズだけに見えるようだけど)口答えしたりする陸とのあいだにほんとは築いてみたい理想の兄妹のありかたを、それはおそらくかなわないから、仲の良い、そしていつもは顔を合わせない主人公に対して、そのようにふるまって見せている。

主人公は自分が帰ったら陸たちはきっと仲良くやってるんだろうと思う。でもだったら、妹が二人いるのに、陸は朱里に気持ちが向かうのか(もしかしたらすこしの横暴でも表だっては抵抗する姿を見せることのない朱里に対して、ほんらい二人の妹に向けたい気持ちの身代わりをさせている(優しい気持ち接したいけど、兄妹心理的に、生まれてからずっと一緒にいるだけに軌道修正は難しい))。


また、朱里のほうも上の兄と姉ともうまくやってるんだろうと思ってる。でも、兄と朱里、姉と朱里の関係が、朱里の側にとってほんとに心地の良いものであったなら、そんなにひんぱんに陸や主人公と遊びたがるだろうかと思ってしまう。兄も姉も自分(妹の朱里)に優しいけれど、ただ甘やかされるだけでは面白くない。一つ上に、ひな壇におかれてる、傷つきやすいだろうから、そっと扱われる自分が苦手で、だからこそ、ずけっといったり、ある程度乱暴なことばを用いながらも、ほんとは、陸も主人公も、自分をみてくれてる、気になってるんだなってちゃんとわかってしまってる朱里にとって、二人との時間は、自分の価値を確かめるべき貴重な時間であったのではないかとそのように感じます。

問題は主人公。たぶん家族ぐるみで長い時間、行動を共にすれば、自分が思っていた判断のかなりの部分はそのあいだに修正されるのが普通だと思いました。たとえば、両家族がそれぞれ子に対してどんな行動をとるか、寝静まったあとに親だけでぽつぽつ思ってることの一部を話しているのを、じつは子供たちは起きて耳にしてたとか(もちろん、親もほんとの語りにくいことは話さないとして)、朱里の姉と兄をすこし険悪にさせるとか、そういった体験を通して、これまでよりいっそう、眼にしているものと、もっと奥深いものとの二重写しに関心をもって、将来小説家にという抱負を強めるのもいいと思いました。


「ヘッセは少年のころから、ひたすら詩人になりたいと思った。詩人になるのでなければ、何にもなりたくないとさえ思った。/詩人になるものは、自分ひとりの、危険な道を進まなければならない。ヘッセはその道を歩んだ。そして苦難ののち詩人になった。」(『ヘッセ詩集』新潮文庫・あとがき)

この言葉を思い出しました。ほとんどこちらの思い込み仕立てでしたが。対応関係をできるだけつないでみたらとっても豊富なものの含まれる題材に思えてきまして、つい長くなりました。(たぶんもっと書けますが、もうやめておきます^^;)

では公募でよき結果のでますことを願ってます。

かけうどん
49.97.103.110

再訪すみません。返信は不要です。
みんな優しい、という性格のことや、場を乱して物語を動かす、ということなどを言いたかったのではないです。あくまで内的変化の話で、作中で登場人物たちが互いに干渉していても各個人個人の中で脅かされるものなどによって何かが大きく変化したりすることがないということは面白くないんじゃないのか、ということを言いたかったのです。

トロイの月
219.100.86.89

ラピスさん・・


 >横の横ですが。
 >ネットでブラッシュアップしたことが悪いなら、何で公募ガイドでは許されるんだろう、、。
 >公募ガイドでは確か、文学賞に投稿前の原稿をプロに批評して貰えるんだよね。


言われてみれば「そう」なんだけど、
ネットなんかでは純文学系とされている某地方公募は、最終選考に残ると、「完全に一人でお書きになったものですか?」と電話確認される。
「一応全員に確認する決まりになっている」んだそうだ。
電話だったんで、世間話的に一歩踏み込んで訊いてみたんだけど、
「共同執筆の場合は、共同執筆者を明確にすれば、可」である、と。

「ネットで不特定多数の意見募って〜」だと、ココ↑ が不明確なんで、ダメなんだろうねー。
まず「フェアじゃない」から。

(で、後々「そこはワタシのアイデアの剽窃です〜!」とか言い出されたら、厄介だから??
 過去に実際トラブったゆー訳じゃなく、「そういう面倒ごとが起こりかねない可能性は、排除しておきたい」ってことなんだろう……と思う)



そんで、
 >文学賞に投稿前の原稿をプロに批評して貰える
の方だけども・・

プロにやってもらったことがないので、まあ経験則からの憶測になりますけども、
編集者が「雑誌掲載用に他人様の原稿を修正させてもらう」時は、「読みやすく整える/表記を統一する」ことを中心にしていて、【内容までは書き換えない】んです。

あと、児童・生徒の「読書感想文コンクール」向け指導や、受験の「小論文」対策を仕事で行う場合、
「ここはこんな風にしたらどうでしょう?」って提案と【誘導】まではする。
かなり・だいぶする。
けど、「それを採択するかどうか、決めるのは本人」だし、書き直させるにしても「一字一句、本人に全部書かせる」んで、
提案を、まるっとそのまま取り入れさせるような事にはならない。必ず、生徒自身が書いた言葉になる。


その【誘導】の仕方、「ここはこんな風にしたらどうかな〜?」を「提案の域にとどめるテクと線引き」が、
プロ指導者のスキルとノウハウなんじゃないだろうかなー???

水野
121.115.143.249

そうげん さま 再訪ありがとうございます。

お盆行事は是非とも書きたいと思っています。その日に合わせて啓太たち三人の父母はおそらく休みを取るでしょうし、そうすればどこかに一緒に出かけたりすることも可能です。この行事に対してどういう態度を取るのか、これを描くだけでも人物像が浮き彫りになってくると思います。

加筆の際はやはり、朱里の姉がキーパーソンになってくるのだと思います。彼女がどう物語をひっかきまわしてくるのか、それは書いてみないとわかりませんが、彼女が朱里に「恋」にまつわる話を打ち明けて朱里を指導したように、啓太くんもまた彼女に何かしらのことを指導されるのかもしれません。

主人公である啓太くんの境遇については、おそらくいくつも不可解な点があるのだと思います。作者である私自身は一人っ子ではなかったために、完全に想像で書いてしまった部分も多くあります。彼の場合仲間には恵まれていたために、一人であることにあまり傷つかずに済んだ。ですが魔女がいなくなった今、彼はおそらく本当の窮地に立たされているのだと思います。現段階では、8月5日から11日までの間に魔女と過ごした日々があるのですが、12日から24日まで、一体どんなことがあったのかについては全く無視されている状態です。孤立した啓太がこの二週間をどのように過ごしたのか、そこのところはやはり書かねばと思います。

この度はありがとうございました。こちらの方でもいろいろと見直してみようと思います。

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