作家でごはん!鍛練場
久方ゆずる

『雷と魔術師協会の秘密』『ブラックコーヒー・ラヴァー』

『雷と魔術師協会の秘密』



第一章 成長


魔術師協会と雷

 雷鳴が響き渡った。オレの頭上にも落ちてきそうだ。雷が光るたび、村の屋根の低い家々が照らされる。
「リム、薬はできたか?」
 そう言うオレに、薄茶色の布の服を着ているリムは、
「もう少し。ちょっと待って!」
 と言った。リムは、腰に巻いている茶色い紐から下がっている茶色い袋から、小さな木の実を取り出した。赤いその実を手に持っている木綿の布の中の材料に落とす。小さな剣で実を潰して、材料と混ぜ合わせる。長い金髪で顔が見えなくなる。真剣そのものだ。
「できた」
 リムが出来上がったばかりの薬をオレに渡す。それを受け取って、じいさんに渡した。
「じいさん、これであんたのケガは治るよ」
「おお、すまないね」
 それを受け取ったじいさんに、
「塗ってください」
 と、リムが自信満々で言った。じいさんは
「あいよ」
 と言って、薬を腕の傷口に少しだけ塗った。
「おお」
 じいさんの傷口はみるみるふさがり、残るは血の跡だけになった。
「やった!」
「それにしても、雷、鳴り止まないな」
 オレは心配して空を見上げる。
 どうしてこんなに雷が鳴っているのかといえば、それはわからない。なぜか、この村だけずっと雷が鳴っている。
 また、雷が鳴った。
「なあ、リム。この雷っていつからだったか覚えてるか?」
「ええ。はっきりとじゃないけど、二ヶ月前からじゃない?」
「へぇ」
 リムは道具を茶色い袋に戻している。
 『大事な道具は慎重に使う』。それがリムの口癖だった。それも、道具師の仕事に慣れきった今は少しおざなりになっているように見える。前にそんなことを言ったらこっぴどく怒られた。
 そのことを思い出しながらリムの様子を眺めていると、
「魔術士さん」
 と、じいさんが言った。
「はい」
「あんたとこの人は若い時からのお知り合いかな?」
「なんで?」
「いや、えらく仲がいいようだから……」
「そうなんです!」
 リムが言った。
「なにか、不満?」
 後半はオレをにらみながら言った。
「いや、別に不満じゃない、ただ……」
「悪かった悪かった。おかしなことを聞いてわるかったね」
 じいさんが困ったように言った。
「いえ、おじいさん」
「あーあ、またこれだ」
「なにが、『またこれ』なの」
「別にぃ」
 じいさんはそんなオレとリムのやりとりを見ていたが、
「ああ……魔術士さんなら、この雷を止めてくれんかね……」
と言った。
「え、オレが?」
 じいさんは
「ああ」
 と言ってから、薬の礼だけを言うと帰っていった。

 その夜、自分の家の台所。テーブルの椅子に腰かけて、右手を目の高さに上げた。
「テレパ!」
 オレがそう言うと、オレの右手の上に顔よりひとまわり大きめの炎が浮かび上がった。
「親父をうつしてくれ」
 と言うと、炎の中央が透明になり、徐々に人の顔が現れてきた。オールバックの黒髪、厳しい表情の親父の顔だ。
「久しぶりだな、ツヴァイ。何か用か?」
 本当に久しぶりの親父の声は、前に会話した時より厳しく、イラついているようだった。
「今、忙しい?」
「ああ……」
 親父は困ったような顔をしてから、『親父』の顔になった。
「最近、協会への受験者が多くてな。面接官も大変だよ」
 親父はそう言って、笑った。作り笑顔っぽいが、相当疲れているんだろう。
「オレ、相談があって協会に行きたいんだけど、今どこにあるの?」
「それは……そうだな。急用か?」
「うん、村で雷がずっと鳴ってるんだ。その原因を突き止めたいんだ」
「そうか。それはいつからだ?」
「二ヶ月前からみたい」
「ほう。それなら、協会に来い。村から出た北の橋を渡ったところにある」
「ありがとう!」
「ミルバも心配している。魔術士の服を着て来い」
 親父は大真面目な顔になった。
「わかった。母さん、元気?」
「ミルバも私も元気だ」
「そうか」
「テレパを消すね。パレテ!」
 炎の中の親父が消えた。炎も消えた。
 北の大地か。行くのは久しぶりだ……。

 次の朝、玄関のドアを開けて、出かける準備をしていたら、
「どこか行くの?」
 という声がした。玄関を見ると、リムが立っていた。大きな青い瞳に朝の光がうつっている。服はいつもの道具師服だ。
 オレは、テーブルの上の肩掛け袋から手を離した。リムは、ドア枠から離れて、
「どこか行くの?」
 ともう一度聞いた。そして、銀の布でできた魔術士のローブ姿のオレをじっと見た。
「その服を着てるってことは、協会に行くの?」
 鋭い目つきで聞かれる。
「ええと、まあ、その」
「私も連れてって」
「ええ!」
「私も連れてって」
 言い出したら聞かないこいつの性格はよく知っている。こうなったら、一緒に行くしかないか……。
「道具は?」
「持って行くわ」
「わかったよ」
 オレは手に持っていた地図をリムに投げ渡した。リムはそれを受け取って、目を通した。
「北の橋を渡って協会に行く」
「OK」 


北の図書館

「家に帰って、お母さんに言ってくる」
 リムはオレを家の前に残して、隣の自分の家へと入っていった。
 リムはお袋さんと二人暮らしだ。高名な道具師の親父さんは遠くの街で仕事をしている……そうだ。昔は時々家に帰ってきて、オレも遊んでもらったことがある。けれど、よく知らない。頑固そうな親父さんだったけれど、今はほとんど帰ってこない。リムは親父さんをとても尊敬しているらしい。
「ごめん、お待たせ!」
 リムは、さっきのままの服装に、いつもの茶色い道具袋を腰から下げて、家のドアから出てきた。
「お待たせって、お前、それで行くの!」
「そうよ、何か悪い? 正式な道具師の格好よ」
 リムはくるりと回ってみせる。
「そ、それは、まあ」
 もうちょっとドレスとか着てくると思った。まあ、戦うこととかあるかもしれないしね。とほほ。
 オレは急に、自分のローブが気合いが入りすぎているような気がして、恥ずかしくなった。
「あなたのそのローブ、素敵よ。黒い今の髪に似合うわ」
 リムが笑って、オレを見る。
「どういう意味?」
 もしかして、本当に褒められたのか……? リムは時々こういうことを言う。本心はどこなんだろう?
「では、出発するか」
 オレはそんな気持ちを隠して、元気よく言った。
 するとなぜか、肩からかけた袋が急にずっしり重くなった気がした。何というか……。
「そうね、行こう!」
 リムがそう言って、先に走り出した。
「そうだな」
 変な予感を振り払って、オレも走った。

 北の橋を渡ると、草地が広がっていた。ところどころ花も咲いている。一輪の花をのぞき込んで、リムが
「キレイねー」
 と言った。
 そういえば、オレたちの村の近くには花は生えていないなあ。家で育てている人はいたけれど……。
 先を見ると、北西の方に平たい黒い建物が見える。あれが目指す図書館だ。
「おい、リム。行こう」
「ええ」
 オレたちは、図書館へ向けて一直線に歩き出した。近づくにつれて、図書館は大きくなった。円形で普通の家くらいの高さだ。入り口は大きな金属の両開きドアだ。
 ドアに近づいて、
「マジシャ!」
 と言うと、ひとりでにギギギーッとこちら側に開いた。
 中にいたローブを着た人がオレたちを見て、一礼してくれた。歩いてくる。
「やあ、ツヴァイ君。久しぶり」
「お久しぶりです。ハイさん」
 ハイさんは親父の協会内の後輩にあたる人で、前にも話したことがある。
「入っていいよ」
「ありがとうございます」
 図書館の中に入った。
 暗い室内は手前に広がった扇型で、天上の中央の明かりがほのかに照らしている。壁には本棚が並んでいて、奥とその両側のドア以外、ぎっしりと本が詰まっている。
 ハイさんが別の人に声を掛けてくれた。その人はオレを見て、二、三言言った。ハイさんが、
「許可が出た。アインさんから話は聞いている」
 と言った。
「親父から話を聞いてくださってたんですか」
「ああ。それで、よければ、協会長にお会いするかい?」
「協会長……ですか?」
 一瞬、金色のキノコ頭が頭をよぎった。今も健在かなあ、あの髪型?
「協会長は、ぜひ君とお話ししたいとおっしゃられているそうだ。どうかな?」
 そこまで押されたら、ノーとは言えないだろう。ため息まじりに、
「はい。お願いします」
 と言った。
「では、こちらへ」
 ハイさんと話をしていた人が奥のドアを開けてくれた。明るい光が両開きのドアから入ってくる。
 中へ一歩進むと、円形の広間だった。さっきの部屋より広い。やはり、壁にはドア以外、本棚がぎっしりと並べられている。
 一番奥の机に座っていた協会長が、
「やあ!」
 と、読んでいたらしい本を閉じて言った。


魔術士と魔術師

「待っていたよ、ツヴァイさん。ええと、そちらは?」
「リムと申します。初めまして……」
「初めまして」
 協会長、つまりこの子供が、全世界の魔術師の頂点に立っていらっしゃる。
 協会長は机より少し背が高い。立って本を机に置いてから、こちらへ歩いてきた。ピンク色の袖とズボンのふくらんだ上下服はどこぞの王子様か。金色の髪は眉毛の上でアーチ型に切り揃えられ、やっぱりキノコみたいだ。
 オレがこのお子様を苦手がっている理由は……特にない。というより、何もかもか……。
 そんな思いでリムを見ると、なにやら興味津々の様子。
「リム、この人どう思う?」
 ひそひそ声で聞いた。
「え、どうって、可愛い人じゃない……」
「はい、ツヴァイさん、この世界はどういう成り立ちか知っていますか?」
「え、ええ!」
 いきなり話題を振られて、焦った。怖いなあ。聞こえたのか?
「まず、何個の大陸があるか知っていますか?」
「六個です。東西南北、中央、そして、南東の離島。でしたよね」
「さすが、魔術師志望者ですね」
「今は魔術士ですけど……」
「うん、いつ試験を受けられる予定ですか?」
「まだ決まっていません」
「あきれた」
 横でリムが本当にあきれた声を出した。
 協会に所属する魔術士だけが『魔術師』を名乗られる。そのためには試験があって、親父が面接官をしているというのはその試験のことだ。実技と面接だけらしいが、厳しいらしい。なんせ、受けたことがまだないからわからない。
「先ほど、離島の話が出ましたが、離島へ行くにはどういう方法が一番良いのですか?」
 リムが言った。
「おい、離島のことなんて聞いてどうするんだ?」
「そこでお父さんが働いてるの。私、行ってみたいわ」
「はあ、そうだったんだ……」
「離島へ行くには飛行船が一番です。この近くの街からも出ていますよ。また、行かれてみては?」
「ありがとうございます」
 リムが、いい人じゃない! という目線をオレに投げつけた。
 あーあ、これだから。
「協会長、飛行船のことは助かりましたが、今回はオレたちの村の雷の件で来たんです」
 オレは真面目な口調に戻った。協会長はそんなオレを見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「そうそう、そうでしたね。……話はちょっとそれますが、僕がこの協会の長に就任したのはいつかご存じですか?」
「二年前、でしたっけ」
「そう、それまでの協会長をご存じですか?」
「ああ、一度だけお会いしたことがあります。落ち着いた雰囲気の格好いい方でしたね」
「そうですか。ところで、この世界の統治者をご存じですか?」
「ええと、『モアー様』ですよね」
「お名前以外は?」
「知りません。親……アイン様に聞いただけです」
「ふむ。では、『モアー様』のことを少しだけお話ししましょう」
 いつもこれだ。意味不明なんだよな、こいつ。
「まず、この世界は『モアー様』が作られたと言われている。何千歳だとも何万歳だとも言われている。この図書館も、他の大陸にある図書館も、『モアー様』が作られたそうです。また質問ですが、図書館は世界にいくつありますか?」
「それは……九つですよね。えっと、東西南北に二つずつ。そして、ここ、中央に一つ。離島……にはありません」
「正解! なかなか優秀ですよ、ツヴァイさん」
「で、結局なんですか?」
 オレの言葉に協会長は少し面食らったようで、ツッと横を向いて、
「少し休憩しましょう」
 と言った。
 協会は図書館を拠点としている。いつも同じ図書館には滞在していない。時期が来ると、別の図書館に移動するらしい。つまり、今はこの図書館が拠点になっているというわけだ。
 オレは、さっきも言ったように、まだ未入会の魔術士で、親父やお袋のような強い魔術師にはほど遠い。とほほ。
「今度来た時は受験しようかな?」
 なんて言うと、リムににらまれた。


眠たくなる薬

 結局、協会では雷の情報をもらえないままだった。協会長のご高説を聞きにきたようなもんだ。
 オレとリムは図書館の両開きのドアを出た。
「これからどうするの?」
 一面の草地でリムが聞く。
「そんなこと言われてもなあ」
「もし、予定がなかったら……だけど、離島に行きたいわ」
「ああ……」
 オレは座り込みたい気分をおさえて、
「いいよ」
 と言った。

 飛行船が出るという街は半日ほど歩けば着くらしかった。
 仕方ない。歩くか。リムを見ると、疲れている様子だ。
「おぶってやろうか?」
 と冗談まじりに言うと、
「バ、バカ言わないでよ!」
 と真っ赤になって、
「歩けますよーだ」
 なんて、早足で歩き出した。

 日が落ちてきた。
 草原は背の高い木々に変わりつつあった。オレたちは歩きながら、いつしか昔の話を始めていた。
「そういえば、あんたも小さい頃は泣き虫だったわね」
「な、なに言ってんだよ!」
「だって、ミルバさんに怒られたからってミーミー泣いてたじゃない」
「そう言うお前だって、料理が上手く作れないからって、お袋に泣きついてただろ!」
「そ、それは……」
 リムがそう言った時、目の前の大樹の背後から異様な気配を感じた。
 リムの前に立つ。リムは、小さな声で、
「何?」
 と言った。
「しっ!」
 オレがそう言った瞬間、大樹の背後から、小さい生き物が出てきた。黄色いその生き物は、オレたちを見て吠えた。次に飛びかかってくる。
 とっさに、
「ライテ!」
 と唱えた。眩しい光が目の前に広がる。生き物は、
『ギャオォ』
 と悲鳴をあげて、後ろに引いた。リムの声が聞こえて、見ると袋から小さな袋を取り出している。
「これ!」
 それをオレに投げてよこす。
「眠たくなる薬よ、それをまいて」
「わかった」
 その小さな袋の紐をとくと、白っぽい粉が入っていた。
「ウィンドゥ」
 そう唱えると、小さな風が起こり、粉は生き物の顔のまわりを回った。
 生き物はみるみる眠そうになり、そのうち座り込んで眠ってしまった。
 はぁ。
「大丈夫?」
 リムが心配そうに近づいて聞いてくれた。オレは両手を広げて、
「全然」
 と笑った。リムが、
「格好よかったわ!」
 と飛びついてきた。
 思わず……キスしてしまった。


道具師の父親

 街にたどり着いた時には、もう夜だった。
 さっきのキスのこともあるし、宿はやっぱり……。一人、ニヤニヤしていると、リムはさっさと券売所を探しに行ってしまった。券売所とは、もちろん飛行船のだ。
 宿のじゃないよね……。
 むなしく待っていると、リムが嬉しそうに走ってきて、
「見つかったわ、二十分後に出るって!」
 と言った。
「え、二十分後? 近くなのか?」
「ええ、すぐそこ、来て!」
 オレとリムは飛行船乗り場に急いだ。

 飛行船に乗ると、その中には十個の席があった。オレたちは、右側の席の前後に座った。前に座ったオレに、後ろからリムが、
「お父さんに会うの久しぶり。すごく嬉しいわ」
 と話しかけた。
「そっか」
「ありがとう!」
 そう微笑まれて、複雑な気持ちになった。
 親父さんか……。

 飛行船は一晩飛び続けて、離島に着いたのは翌朝だった。
「はーあ、肩こった」
 船着き場に下りて、背伸びをした。乗客はオレたち二人だけだった。
 離島は案外、小さな町で、ここでリムの親父さんは何をされているんだろう?
 リムは船着き場の人に、
「ケイムという人をご存じですか?」
 と聞いている。船着き場の人は笑顔になって、
「ああ、ケイム先生の病院なら、この先をまっすぐ行って、二つ目の角を右に曲がった所だよ」
 と答えてくれた。
「病院?」
 オレとリムは顔を見合わせた。
 船着き場の人は、
「ケイム先生によろしくね」
 とだけ言うと、忙しそうに飛行船の方に行ってしまった。
「まっすぐ行って角を右か……」
 リムが緊張した面持ちになった。
「まあ、とにかく行こうぜ!」
 そう肩を叩くと、嬉しそうに
「うん」
 とうなずいた。

 病院は白くて小さな、四角い建物だった。ケイム診療所と看板が出ている。
 リムにうなずいてみせると、リムはおっかなびっくり、ドアを開けた。
「リ、リムか?」
 中にいた人が驚いた様子でリムに言った。短く刈った金髪、たくましい体に白いブラウスを腕まくりしている。その人は間違いなく、リムの親父さんで、おじいさんの腕に薬を塗っているところのようだった。
「え、リムちゃん?」
 薬を塗ってもらっていたおじいさんがリムを見た。
「この子が娘さん?」
「ええ、そうなんです……だが、どうしてここに?」
「ええと、ツヴァイに連れてきてもらったの」
 親父さんの青い瞳がギラリと光る。
「い、いや、あの。たまたま一緒に出かける機会があって、それで……」
「そうか……」
 親父さんは安心したのか不思議な表情で、むこうを向いた。
「それじゃ、私は帰らせてもらいます」
 おじいさんはオレたちに挨拶すると帰っていった。
「いや、驚いたよ。お前が来るなんてな」
「お父さん、会いたかったわ!」
 リムはでれでれだ。親父さんは昔と同じで頑固そうだが、今はとても優しそうだった。二人は長椅子に並んで座った。
「オレ、ちょっと外に出てます」
 と言うと、リムが、
「ありがとう」
 と笑った。

 親父さんとの話を終えたリムは、オレに、親父さんはここで道具師の知識を使って薬を提供していること、魔術師との付き合い方なんかも教えてくれたことを話してくれた。
「これで、満足よ」
 リムはそう言って、笑ってみせた。そして、オレに、
「あなたは何が望み?」
 と聞いた。
「オレの望みは……協会にもう一度行きたい」


第ニ章 予言


試験

「そういえば、剣士の人ってあんまりいらっしゃらないわね」
 飛行船の街から協会の図書館に行く道で、リムが言った。
「そうだなあ。聞くところによれば、北の大陸では剣士が多いらしいけれど、オレたちの村のある南の大陸や、この中央の大陸では魔術士が多いらしい」
「そうなんだ」
 そんなことを話しているうちに、図書館の入り口についた。まだここが拠点だと助かるんだけど。
 両開きの金属製のドアに向かって
「マジシャ!」
 と唱えると、なんとか、ギギギーッと開いた。
 ドアの内側にいたのは……。
「母さん!」
「ツヴァイ、お久しぶり!」
 黒いアイドルヘアーの母さんがそこに立っていた。母さんのこの髪型も健在だなあ。目がくりんとしてて、若くは見えるんだけど、何歳だと思ってるんだよ……。はあ。
「ツヴァイ、もしかして、やっと試験受ける気になったの? ま、頑張ってね」
「はあい」
 母さんはそう言うと、右奥のドアに入っていった。
「見透かされてるわね」
 リムがひんやりとした声で言った。
 怖い……。

 すると、母さんが消えたドアから親父が出てきた。黒のオールバックに、プラチナのローブ。本で見た面接官の正装だ。
「ツヴァイ、試験を受けるんだってな」
「はい」
「協会長には話してある。これから、すぐだ」
「ええ!」
「いいな、十分後に中央の部屋に入れ」
「は、はい」

 十分、経っただろうか?
 時計がないからわからない。もしかして、これも試験のうちなのかもしれない。緊張しながら、奥の中央の部屋へのドアを開けた。
「受験者、名乗りなさい」
 親父の声が響き渡った。
 一番奥の机に協会長が座っている。その左隣に親父が立っている。二人とも厳しい表情だ。ますます緊張して、声が出なくなりそうだった。
「ツヴァイ・ダッチェです」
「まずは、実技を見る」
 親父が鋭い声で言った。
「ライテを唱えなさい」
「はい。ライテ!」
 目の前に眩しい光がともった。
「よし。実技合格」
 え、これだけ?
「次は、質疑応答に移る。協会長、お願いします」
 親父はそう言って、一歩下がった。オレは協会長を見る。
「ツヴァイさん。この世界を動かしているものはなんだと思いますか?」
「え……ええと、それは。愛、とかです」
「それだけですか?」
「はい」
 親父がまた一歩、前へ出た。
「よろしい。結果は後ほど伝える。手前の部屋で待っていなさい」
「はい」
 オレは一礼すると、手前にドアを出た。

 五分後、親父が奥のドアから出てきた。
「親父、結果は?」
「不合格だ」
「ええ……」
「今回は駄目だったが、また次も受けなさい。協会長からのお言葉だ。それと、『雷のことは旧協会長に聞きなさい』。それで全てだ。またな」
 それだけ言うと、親父は中央の部屋へと戻ってしまった。
「残念だったわね」
 リムが気を使った声で言った。
 しばらく返事できずにいた。でも、悩んでても仕方がない。
「なあ、リム。旧協会長って、どこにいらっしゃるか知ってるか?」
「ええと、私に聞かれても……」
「そうだよなあ。母さんに聞くかな」
 ああ、恥ずかしい……。


母さん

 やっとのことで母さんをつかまえた。中央の部屋の奥、入り口とは反対側の扇型の部屋にいた。
 他の魔導師の女性と話していた母さんは、オレに気がつくと、
「ああ、ツヴァイ」
 と、少し気まずそうに言った。オレも気まずくて、
「えと、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
 と小さめの声で言った。隣の女性は
「私はこれで」
 と左のドアを出てくれた。
 母さんは、持っていた本を近くの本棚に入れた。母さんのことだから、きっと同じ所に戻したんだろう。
「その、試験のことだけど……」
「お父さんから聞いたわ。残念だったわね」
 真面目な表情だったけれど、優しい声で言われた。
「うん……」
 うっかり泣いてないよな。泣いてないよな。斜め後ろにいるリムの方をちらっと見たら、目をそらされた。
「それで、聞きたいことって?」
「あ、それは。旧協会長って、どこにいらっしゃるか知ってる?」
「ええ? 旧協会長様? それは知ってるけれど」
「教えてくれないか。村の雷を止めるのに会わなきゃならないんだ!」
「村の雷……アインが言ってたことね」
「そう、大変なんだ!」
「被害は?」
「特にはないんだけど、不安で家から出にくい人もいるみたい」
「そう、わかったわ。地図を描くから待ちなさい」
「ありがとう!」
 母さんは小さな紙に地図を描いてくれた。
 この図書館とは反対側の海岸に家がある。ここなら、今日中に行けそうだ。
 母さんにお礼を言って、図書館を出ることにした。


兆し

 三時間も歩いただろうか、旧協会長の家は、紫の三角屋根のこじんまりとした家だった。
 日は沈んで、暗くなり始めている。
 ここでいいんだよな? 近くに他の家が建っていないから、間違いないと思うんだけれど……。
 しばらく迷ってから、ドアをノックした。
 少しの間があって、ドアが内側に開いた。
「どちら様かな?」
 中から旧協会長が出てこられた。背の高い白髪の鋭い目をした人。オレの憧れの方だった。
「君は、ええと」
「ツヴァイ・ダッチェです。アイン・ダッチェの息子です」
「ああ、アイン君の。そういえば、一度会ったことがあったかな」
「覚えててくださったんですか」
「まあね。で、何の用かな?」
「それは、少し長い話になるのですが」
「そうか、それでは、中に入りなさい」
 旧協会長は、ちょっと困られた様子だったが、それでもあたたかく迎えてくださった。
 旧協会長はテーブルを勧めてくださった。厚い木のテーブル。オレとリムは並んで、旧協会長の向かいに座った。
「飲み物でもお入れしようかな?」
「あ! いえ、結構です」
「そうですか。それでは、ご用件を」
 旧協会長がまっすぐオレの目を見られる。オレは目をそらしそうになる。
「その、オレたちの住む村でずっと雷が鳴っているんです。それを止めたくて来ました」
「ふうん、もしかして、あの子の助言かな?」
「協会長……です」
「ふふ、それは災難なことですね」
「はあ」
「ところで、君は『魔術師』かな?」
「いえ、それは。違います」
「そうですか、あの子はなかなかのへそ曲がりだからね」
「は、はは。そうなんですか……」
 思わず、笑ってしまった。
 協会長はそんなオレの様子を見て、こうおっしゃった。
「雷。災いの予兆かもしれませんね。次の十二日。真夜中の十二時に中央の街の天文台で天井を開けてもらいなさい」
「中央に街とは?」
「飛行船が出る街があるでしょう。そこですよ」
「ああ、そこなら行ったことがあります!」
「そうですか。そこへ行けば、何もかもがわかります」
「それは……」
「私から言えるのはそれだけです。あとはご自分で確かめなさい」
「わかりました……ありがとうございます」


災い

 十二日は三日後だった。オレとリムは、中央の街で宿をとることにした。
 もとろん、部屋は別々だ。って、そんなこといいか。
 十二日まではゆっくり過ごすことにした。オレもリムも、街を歩いたり店で買い物をしたり、のんびりしていた。でも、頭には常に旧協会長がおっしゃった『災いの予兆』という言葉があった。
 リムは時々ふざけて冗談を言ったりしていたが、やはり心配そうだった。
 オレもそれに馬鹿な返事をしたり、一時期でも忘れたがっていた。

 そして、ついに十二日が来た。
 真夜中の十二時までに天井を開けてもらえるよう、天文台守さんには言ってある。オレたちは荷物を持って、夜の十一時三十分に天文台に行った。
 天文台守さんはオレたちを見ると、
「いらっしゃい。用意はできてますよ」
 と言ってくれた。
「ありがとうございます」
 オレたちは深々と頭を下げた。
 天文台の中は丸く、がらんとしていて、大きな望遠鏡があった。
 何も話さず立ち続けていると、ゴウンゴウンという音と共に、細く天井が開き出した。
 天井が開ききる。
 緊張が頂点に達した。
 そこから見える夜空は真っ暗で、星がたくさん見える。気が遠くなるほど、時が過ぎた。
 いきなり、真上の暗い夜空が赤ピンク色に光り出した。その光はどんどん広がり、天文台よりひとまわり小さい大きさになった。
『どうした、人の子よ?』
 赤ピンク色の光の中央から不思議な声が聞こえた。低くて、よく響く、声だった。
『どうした、人の子よ?』
 声がまた言った。
「あ、あなたは誰ですか?」
 震える声で聞いた。
『わしか。わしはモアーじゃ』
「え、モアー……様!!」
 リムが驚ききった声で叫んだ。
「モアー様というと……」
『そうじゃ。この世界の創世者じゃ』
「えええ!」
 揃って声を上げてしまった。
『ふふふ、驚いておる。ここへ来たのは旧協会長の差し金かな?』
「あ……はい」
『そうかそうか』
「オレの用件はご存じでしょうか?」
『知らん』
「は、はあ」
「私たち、村に鳴り続ける雷を止めたいんです!」
 リムが必死な声で言った。
『ふん、雷ねえ。お前さんもその村出身か?』
「オレですか? そうですけど」
『そっか。それじゃ、お前さんが原因だな』
「どういうことですか!」
 赤ピンク色の光は一瞬、揺らいだように見えた。そして、前より赤くなった。
『お前は、災いの宿命を抱えている』
「え?」
『災いが強く出ている時は、雷が鳴る。反対に、災いが潜んでいる時は、花が咲くだろう。これだけは覚えておきなさい、己を制するのは、己の力だけではないと……』
 そこまで言うと、赤ピンク色の光は中央に収束して、消え去った。
「ど、どういうこと……?」
 リムが呆然とつぶやいた。
 オレは何も言えなかった。ただ、自分の手のひらを見つめていた。


第三章 新人との出会い


出発

 十六年後。
 僕はダンケ。双子の妹のシェーンと魔術師をしている。
 家でリムお母さんと三人暮らし。ツヴァイお父さんは魔術師協会にいて、時々帰ってくる。
 お母さんが言った。
「もう二人とも、十五歳ね。そろそろ、旅に出る?」
 僕と妹のシェーンは、顔を見合わした。
 それから二人とも腕輪を見た。僕たち二人の左の手首には金とルビーの腕輪がついている。六個ずつのルビーは、二人合わせて十二個だ。
「これは大切な腕輪よ。絶対にはずさないでね」
 お母さんが、僕とシェーンの前にかがんで、そう言った。
 この腕輪は、僕たちの手より小さくて、はずせない。『災いの宿命』を閉じ込めるためだと聞いているけど、詳しくは知らない。お父さんもそのことについてはあまり話したがらない。
「最近は協会も若い子が増えたわ」
 お母さんが独り言のようにつぶやく。
「あなたたち、北の大陸に行くのはどう?」
「ええ、北?」
「そう! 今、そこに魔術師協会があるそうだし」
「北っていうと」
「剣士の方が多いらしいわね。お母さん、行ったことないのよ」
 お母さんは立ちあがった。
「そこで、同じくらいの子たちと鍛錬してきなさい!」
「ええー」
 そう僕が言うと、シェーンが嬉しそうに、
「いいじゃない、行こうよ、ダンケ!」
 と言った。
「ええー、お前まで?」
「じゃあ、決まり」
 お母さんが両手を前後にふって、ぱちんと叩いた。
「準備……開始!」
「ダンケ、はやくぅ」
 シェーンが自分の部屋に走って行こうとする。
「わかったよ……」


剣と魔術

 北の大陸に行くのに三日かかった。
 途中で宿に泊まったりしたけど、かなり疲れた……。
 必要な荷物だけを肩掛け袋に入れてきた。魔術書、食べ物、そして、お母さんの作ってくれた道具薬だった。おやつもなくなって我慢できなくなった頃、やっと着いた。
 北の大陸の図書館は初めてだ。僕は金色の入口ドアに向かって、
「マジシャ!」
 と唱えた。
 ドアが静かに、手前に開く。僕たちを迎えるように両側へ開いたドアは四十五度で止まった。
 中へ一歩入ると、
「なんや、誰や?」
 と言われた。声の主は、僕たちよりずっと背の高い、あまり魔術師には見えない男の人だった。黒く逆立った髪に、つぶらな瞳。ローブは着ていない。布の簡素な服装だ。
「あなた、どなた?」
 シェーンが興味深そうに聞いた。
「俺か、俺はダインや」
「ダインさん」
 僕とシェーンがつぶやく。
「ダインでいいで。水くさいからな」
「あ……はい」
 シェーンが面白そうに、
「あなた、本当に魔術師さん? ちょっと……」
 と聞いた。
 ダインは気恥ずかしそうに、まわりを見た。
「ここだけの話。俺、剣士なんや。今日、試験を受けにきたら、受かってもてん」
「なにそれー」
 シェーンが吹き出した。
 剣士の人って、初めて見た。確かに体格がいい。剣士ってこんな人なんだ。
「君たち、静かにしてくれないか?」
 横から、さっきからいた水色の短髪の男の子が、嫌そうに言った。僕たちと同じくらいの年齢に見える。
「まったく、礼儀がなっていない」
 男の子は丸い眼鏡を右手の人差し指で上げて、僕とシェーンを見た。
「君たち、初めて見るね。入会試験を受けに来たのかい?」
「いや、僕たちはもう魔術師なんだ。君は魔術師?」
 男の子は、
「ああ」
 と驚いたように言って、
「それは失礼したね。僕は三日前に受かったんだ。名前はルンドゥ。よろしく」
 と、右手を出した。僕は少し嫌だと思いながら握手をした。
 ルンドゥは僕の手から右手を離すと、ダインを見て馬鹿にしたような顔をした。それから、右奥のドアを出ていった。


邂逅

「さあ、着替えようか?」
 僕たちは麻の服を着ているので、協会魔術師のローブに着替えることにした。
「お、そうなんか。それじゃ、俺はここで……」
 ダインはそう言って、ルンドゥが消えたドアとは反対側のドアから出ていった。
 僕とシェーンはうなずき合ってから、扇型の部屋を反時計回りに順番に回った。そして、入口ドアと反対、一番奥の部屋に地下に降りる階段があった。この図書館はここに階段があるのか……。
 図書館のつくりは、基本同じで、中央に丸い大きめの部屋がある。それから、そのまわりに六つの扇型の部屋があって、どの部屋もドアで行き来ができる。中央以外の部屋のどこかに地下に降りる階段があって、地下も上と同じつくりになっている。地上と地下の二階構造だ。
 僕たちは階段から地下に降りた。部屋には階段だけしかない。両側の中央よりにドアが二枚ある。中央の部屋に入るドアもこの部屋にだけある。鍵が掛かっているけどね。秘密だけど、協会長の部屋だ。
 階段室のある部屋以外の扇型の部屋は全部寝室になっている。どの部屋にも三台のベッドが置かれていて、図書館にいる魔術師や魔術士の方々が寝泊まりできるようになっている。
 僕は、左側のドアをノックした。返事はない。すると、後ろの階段から誰か降りてくる気配がした。
 振り返ると、ツヴァイお父さんだった。
「あ、お父さん!」
 シェーンが大声で言った。
 ツヴァイお父さんは、嬉しそうに、
「よう、お前たち、来たのか」
 と言ってくれた。
「お父さん、そうなの。お母さんが『旅に出る?』って言ったのよ。それで、私たち、ここに来るように言われたの」
「そうか。母さんから話は聞いたよ」
「『テレパ』で? 僕にも教えてよ! お父さん」
「また、そのうちな」
 お父さんは笑って、僕の頭をぽんぽんとした。
「もー、僕、もう十五歳だよ。子供扱いしないでよ!」
「ああ、そうか。もうそんなになるんだな。早いもんだ」
「なんだか、おじいちゃんみたい」
 シェーンが笑って言った。
「おじいちゃんって、アインおじいちゃんか? おじいちゃんとおばあちゃんは別の図書館に行ってるんだ」
「そうなんだー、残念。でも、さっきのはそういう意味じゃないっていうか……」
「どういう意味だよ!」
 僕とシェーンはお腹を抱えて笑った。
「まったく……そっちの部屋、空いてるから着替えていいぞ。ローブ持ってきたのか?」
「はい。行ってきまーす!」
 僕たちはお父さんに手を振って、ドアを入った。


金色と黒色

 僕とシェーンは着替え始めた。クセのある黒髪の僕と違って、シェーンはまっすぐな長い金髪だ。瞳も、僕が黒色で、シェーンは青色だ。ツヴァイお父さんが黒髪に黒い瞳、リムお母さんが金髪に青い瞳。双子だけれど、二卵性というものだとお母さんが言っていた。
 肩掛け袋から、白い、胸もとに金色の刺繍があるローブを出した。胸の刺繍は協会のシンボルだ。ユリの花のような形。協会の人は、ほとんどこのローブを着ている。
 ただ、お父さんは面接官なのでプラチナのローブを着ている。試験の面接でいつも忙しいから、あんまり家に帰ってきてくれない。それが、ちょっぴり寂しい。けれど、面接官は一人しかなれなくて、すごく格好いい。アインおじいちゃんも面接官だったって、お父さんが言ってた。
「もういいか?」
 壁側を見ている僕がシェーンに言った。シェーンが
「もう大丈夫」
 と答えた。
 後ろを向くと、シェーンは着替え終わっていた。金髪が前より綺麗に見えて、少しだけドキッとした。
「ダンケ、行こう。お父さん、まだいてくれてるかも?」
「わかったよ」
 僕は少しだけチェッと思って、丸い金色のドアノブに手をかけた。

「よ!」
 お父さんはまだ階段室にいた。
 階段を一緒に上がりながら、
「新しい人が増えてただろう?」
 と、お父さんが言った。僕たちはうなずいた。
「誰かと話したか?」
「ええと、ダインと……ルンドゥって子」
「ああ、そうか。どっちも最近受かった子たちだな。仲良くなれそうか?」
「あ、うん……」
 ダインは良い人そうだけれど、ルンドゥはどうかな……。そう思ったけれど、言わずにいた。
「お父さん、これからどうするの?」
 シェーンが言った。
「オレか? オレは、また試験の面接官をしなきゃならない。お前たちは、そうだなあ、外に行って隣の街でも見てくるか?」
「いいな、そうしようか?」
 シェーンが僕に聞いた。
「そうだ、ダインとルンドゥと一緒に行ったらどうだ?」
「ええー」
 思わずそう言ったら、
「何事も経験だ。仲良くしてもらいなさい」
 と言われた。


第四章 災い


ダインとルンドゥの二人

 一階の階段室でしばらく話をしていた。リムお母さんのこと、協会のこと、色々話したいことがあった。
 でも、お父さんは、
「おっと、もう行かないと」
 と言うと、
「じゃあ、またな」
 と中央の部屋に入ってしまった。
 僕は、思わず、ため息をついた。シェーンが
「どうしたの?」
 と心配そうに聞いた。
「いや、なんでもないよ……」
 シェーンはあんまり寂しいとか言わない。僕はとても寂しかった。
 それでも、
「さ、ダインを探そう!」
 と不安を隠して言った。

 ダインは、また入口の部屋にいた。長い大きな袋を持っている。服と同じ生地みたいだ。
「おう、また、あんたらか」
「うん。もしかして、帰るの?」
「バレたか。そうやねん。これ以上いても仕方なさそうやしな」
 ダインは腰に手を置いてそう答える。
「あの、もしよかったら、私たちと一緒に隣の街まで行きません?」
 シェーンがめずらしく、おずおずと聞いた。ダインは、意外そうに目を大きくして、ちょっと考えている顔を見せた。
「ああ、ええで。こちらこそ、よろしくさん」
「ありがとう!」
 僕とシェーンが一緒に揃って言った。
「へえ、それは面白そうだね。新人さん同士で行ってきなよ」
 後ろから、ルンドゥが言った。
 いつの間にいたんだ!
 ルンドゥは馬鹿にしきった表情で僕を見た。僕は憤慨して、
「僕とシェーンは新入りじゃない。四年前から魔術師だ。それに、お父さんはツヴァイ面接官だぞ!」
「へえ、あの方のご子息とご令嬢ですか。それは存じ上げずに失礼いたしました」
 ルンドゥは慇懃そうに言った。
 む、ムカつくやつ……。
「まあ、そう喧嘩しなさんな。行こうぜ、お二人さん」
 ダインが言った。
「う、うん」
 シェーンが落ち込んだ様子で答える。
 僕は、
「行こう、こんなやつは放っておこう!」
 と両開きの入口ドアを開けて、外に飛び出した。


仲直り!

 外に出て、歩き出した。でも……何だかやりきれなくて後ろを向いた。そのまま、図書館に向かう。
「ちょ、ちょっと、どこ行くねん?」
 ダインが焦った声を出す。
「ダンケ?」
 シェーンも不思議そうに、図書館に入る僕を見る。
 入口がまだ開いていた。中に一歩入ると、ルンドゥがびっくりした顔で僕を見た。
「お前、なんで、あんなことばっかり言うの?」
 僕ははっきりとそう言った。
 すると、ルンドゥは意外にも、泣きそうな顔になった。ギョッとした。それ以上、何を言っていいかわからなくなった。
「ぼ、僕は。君たちみたいに恵まれていないんだ」
「え?」
「孤児院で育ったんだ」
 そんな……。
 僕は言葉に詰まった。
「だから……まわりのやつらを見返してやりたくて……」
「そうだったの。きつく言って、ごめん」
 ルンドゥは、さっきよりもびっくりした顔をした。
「え? 君、怒ってないの?」
「いや……」
 僕はなんと言おうか真剣に考えた。
「その、僕はそういう気持ち、よくわからないから」
「はぁ」
「怒ってたけど、なんか……」
「ぶっ!!」
 ルンドゥが吹き出した。それから、大笑いをする。
「あは、あはは、そんな反応をしたのは君だけだよ!」
「え?」
「いやあ、面白いね、君」
 それから、右手の人差し指で涙をふいて、
「いやいや、僕こそ悪かったよ」
 と言った。
 笑ったことはどうなるんだよ。
 とも思ったけれど、なんだか機嫌が良くなったみたいだ。
「もしも、よかったらだけど、一緒に行かせてくれないか?」
「ええと、いいけど……」
 後ろにいるダインとシェーンを見た。二人はとまどい気味の笑い顔でうなずいた。


黒い兎

 僕たち四人は、隣の街へと進み始めた。
 その道で、驚いたことに、ルンドゥがダインに話しかけた。
「君は、どうして剣士なのに魔術師の試験を受けたの?」
「それかぁ。それは、癒しの魔術を使えるようになりたかってん」
「そうなんだ」
 ルンドゥはまだまだ無愛想だったが、それでも二人の間の空気は前ほど悪くなかった。
 僕とシェーンはその後ろに並んで歩いていた。
 シェーンが小声で、
「ダインさんって格好いいわよね」
 と言った。
「は?」
 僕は思わず、変な声を出してしまった。
「それは……格好いいね」
 なんとかそう答えた。妹が……まさか……。
「ああいう人、好みなの?」
「そういうんじゃいわよ、やだー!!」
 僕の背中を思いっきりたたく。
 なんだか、話し方も女っぽくなったような……?
 そんなことを話しながら歩いていると、先の道の左脇に黒い兎のような生き物が座っていた。兎にしては大きい。立ち上がったら、僕の腰の高さくらいありそうだ。
「なあ、シェーン。あの兎みたいな生き物どう思う?」
「え? なんか、妙な空気……」
「妙な空気?」
 そう言ったとき、黒い兎は僕たちの方に歩いてきた。シェーンが後ずさる。
 黒い兎がダインの足下にすり寄る。可愛らしく、見えるけれど……。
 ダインが、
「なんや、懐かれてもたで」
 と、まんざらでもなさそうな顔をした。
「連れて帰れへんか?」
「協会長に聞いてみようよ」
 ルンドゥもそう言った。
 嫌な予感がしつつ、うなずいてしまった。シェーンだけが不安そうに僕と黒い兎を見ていた。


厄災

 図書館に帰るまで、黒い兎はおとなしいもんだった。僕たちの横を同じ速さで歩く。
 入口の前に着いて、
「マジシャ!」
 と唱えた。ドアがギギギーッと開く。
 図書館の中に入ると、中にいた人々が不思議そうに黒い兎を見た。ルンドゥが一人の魔術師さんに、
「協会長はどこにいらっしゃいますか?」
 と聞いた。
 その人は、
「協会長なら、中央の部屋にいらっしゃると思うよ」
 と答えてくれた。
「行ってみよう!」
 ルンドゥが張り切って、中央の部屋ヘのドアへと進んだ。
 ドアは簡単に開いた。鍵は掛かっていなかった。久しぶりに入った部屋は、しんと静かだった。階段状に長椅子が並んでいて、壁には本棚がずらっと並んでいる。一番奥の机には協会長が座られていた。
 金色の髪、王子様のような白に青柄の服を着た協会長は、僕たちを見ると、
「やあ」
 とおっしゃた。
 僕たち四人は黒い兎と一緒に机の方へ歩いた。協会長は座られたままで笑顔で僕たちを迎えてくださった。
「どうしたの、その子?」
 協会長が不思議な表情でおっしゃった。僕は、
「隣の街に行く道でついてきたんです」
 と説明になっているのかなっていないのかわからないような説明をした。
「ふうん」
 協会長がそうおっしゃったとき、右側のドアが開いて、ツヴァイお父さんが入ってきた。
「今、来ては駄目です!!」
 協会長が叫んだ。
「え?」
 お父さんがそう言ったとき、黒い兎が、
『◎◇@××』
 と言った。
「厄災……!」
 協会長が言った。
 そして、黒い兎が、跳ね上がったかと思うと、僕の左手首に噛み付いた。金の腕輪が砕ける。僕の腕から崩れ落ちた。
 その瞬間、お父さんと僕の身体から、雷が飛び出し、部屋の天井ぎりぎりに大きな光の塊を作った。光の塊は数秒止まっている、かと思うと、僕たち六人に向けて雷を落としてきた。
 協会長が
「バリア!!」
 と叫んだ。すぐ上に空気の膜ができる。雷をすべて跳ね返した。雷は天井にぶつかり、六つの穴を開けた。
 そして、部屋は再び、しんと静かになった。


全ての終わり

 協会長が厳しい目でおっしゃった。
「この兎は預かっておきます。ダンケくんとシェーンちゃんは、ツヴァイさんと離れなければいけません」
 僕とシェーンは何も言えなかった。ただ、うつむいていた。
 お父さんが、
「わかりました。ダンケ、シェーン、おじいちゃとおばあちゃんのいらっしゃる診療所に行きなさい。今は、おばあちゃんも診療所で暮らされてるんだろ?」
 と強い声で言った。
「はい……」
 僕は答えた。
「二人にはオレから伝えておく。今から行きなさい」
「ええ……」
 シェーンが悲しそうな声で言った。彼女のこんな声を聞いたのは初めてだった。
 最後にお父さんは、
「本当にすまない」
 と言った。

 離島に飛行船で着いた。おじいちゃんの診療所まで五分もかからない。
 僕とシェーンは、重い気持ちで、診療所まで歩いた。
 入り口のドアを開けると、おじいちゃんとおばあちゃんが待っていてくれた。おばあちゃんが僕とシェーンを抱きしめて、
「怖かったわね」
 と言ってくれた。
 僕はついに泣き出してしまった。シェーンも泣いていた。


第五章 結実


帰省

 オレは南の大陸に戻ってきた。北の橋を渡ると、村が見える。
「ツヴァイさん、こうなってしまっては何とかするしかありません。ご実家に帰られて、じっくり考えてください」
 協会長はそう言った。
 オレはプラチナのローブのまま、村に入った。自分の家のドアの前に立ち、ノックした。
 ドアが勢いよく開く。
「ツヴァイ!」
 中から泣きそうなリムが出てきた。
「大丈夫なの! 子供たちは!」
 オレは、
「ああ……」
 と言った。
「とりあえず入れてくれ」
「ええ」
 後ろ手でドアを閉めたオレは、リムの左肩を引き寄せた。そのままキスしようとする。
「ちょっと!」
 リムが平手でオレの頬をぶった。
「何考えてんのよ、こんな時に」
 怒りの目でオレを見る。オレは口をぬぐって、
「いいだろう、別に」
 と言った。
「いいだろうって、あなた……」
「いいんだよ、すっきりしたんだよ! 災いも、あの憎たらしいダンケも!」
 リムが目を見開く。両手でスカートの上のエプロンを握りしめる。白いエプロンの上の手も白くなっていた。
「あなた、自分の子になんて……」
「ふん」
 オレは何も言わずに、台所のテーブルに座った。リムが突っ立ったままオレをにらむ。
「そういうことですか。本当は憎いのね。あの子のこと」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「ああ、いいよ。もう。とにかく、あいつの封印は解けちまった。どうするかだ」
「ええ、それは大問題だわ」
 オレは一人物思いにふけった。
 オレよりずっと若く魔術師になったダンケとシェーンを本当は妬ましく思っていた。親父も威張ったりしないが、それでも妬ましかった。
 面接官にまでなった今、羨ましがるものなんてないと思っていた。
 でも……。
 それから、協会長が最初の試験でオレを落とした理由が今でもわからない。次は『思いやり』と言うと合格したが……。
 いまだに、あの子供がオレを認めているとは思えない。


モアー様の天文台

 リムはため息をついて、
「お茶でも入れるわ」
 とつぶやいた。オレはそんなリムを見て、
「ちょっと行ってくる」
 と言った。
「ちょっとって、どこへよ?」
「中央の天文台」
「あ……」
 リムが驚いた声で言った。
「私も」
「オレ一人で行く」
「はい……」
 リムは、
「いってらっしゃい」
 と泣きそうな笑顔を見せた。

 十数年ぶりに来た中央の街の天文台は、まったく変わっていなかった。天文台守さんも、なんだか年を取られていないような……? 話せる範囲で事情を説明して、天井を開けてもらえるよう頼んだ。今日は十二日だった。
 天文台守さんは
「いいですよ」
 とおっしゃって、引き受けてくださった。
 そのまま天文台の中で十二時まで過ごした。その間、いろんなことを考えた。
 災いのこと、リムのこと、そして、ダンケのこと。シェーンももちろん心配だが、腕輪が壊れた今、危険に違いない。
 オレも腕輪をつけようとしたが、何度やっても壊れてしまった。
 どうしてオレだけが災いの宿命を抱えているのか、どうすればそれを消せるのか、知りたいことだらけだった。
 やっと十二時が来た!
 天井が大きな音を立てて開く。その間から夜空をにらむ。
 赤い光が上空に広がり、小さく光った。
「どうした、人の子よ」
 低い優しい声がする。
「モアー様、お久しぶりです」
「久しぶりって、この前会ったばかりだろう」
「それは……まあ、あなたからすれば、十六年なんてこの前ぐらいですね」
「ほほ。よくわかっとる。ところで、用はなんじゃ?」
「それは……『災いの宿命』のことです」
「災いの宿命? ああ、お前さんのだな」
「はい。どうしてオレだけに宿命が宿ったのでしょうか?」
「は、それはな、星の運だ」
「星の運? それだけですか!」
「ううん、まあ、残念じゃな」
 モアー様はそう言って、笑った。なんだか全身の力が抜けそうになった。それでも、なんとか
「それじゃ、どうすればこの宿命を消せるんですか?」
 と言った。
「それは無理じゃ。さっきも言っただろう。『星の運』だと」
「ええ……」
「幸い、お前さんの子供たちの宿命は小さい。ルビーの腕輪をしていれば大丈夫だ。問題はお前さん」
 緊張した。モアー様の声はさっきより低く、厳しい声になった。
「お前さんは隠しているが、憎しみを抱えているじゃろう。それが原因だ」
「憎しみ……ですか……」
「人を憎む心は宿命を増幅させる。それを抑えられた時、宿命は消えはしないが小さくなる。それで安心じゃ」
「それは……」
 思い当たることがありすぎて、何も答えられなかった。
「もういいかの、人の子よ?」
「えっと、オレは……!」
「それ以上は自分で考えなさい」
「そんな」
「さらばだ」
 赤い光は中心に寄って、ふつりと消えた。
 後は、たくさんの星のある夜空だけが広がっていた。


再試験

 途方にくれたオレは、協会へ戻ることにした。
 歩きながら、頭の中がぐちゃぐちゃだった。次の日の夕方にもなると、図書館に着いた。
「マジシャ!」
 ドアが開く。中には、
「協会長……」
 協会長が立っていた。金髪のキノコ頭。いつもながらの王子様スタイルだ。協会長は、
「お帰りなさい」
 と言うと、
「今から試験をします。今すぐ中央の部屋に入りなさい」
 と言った。
 あたりがざわめいた。
「面接官が試験ですか? また、どうして……」
 側にいたハイさんが言った。
「オレが……試験?」
「着いてきてください、ツヴァイさん」
「はい」
 オレは憎々しい気持ちを抑えて、協会長の後について中央の部屋に入った。
 協会長が机に座る。オレはその前に立った。
「まず、お疲れ様です。試験の前に、あの兎のことを話しておきましょう。兎は私が邪悪な力を飛ばしました。今はおとなしく私の部屋にいます。さあ、試験に移りましょう」
 オレは黙って、子供、と言ってもあの時のオレとほとんど変わらない、協会長を見た。
「この世界を動かしているものはなんだと思いますか?」
 静かに、
「憎しみ、です」
 と答えた。
「それが答えですか?」
「はい……」
「そうですか、結果は、不合格です」
 協会長がオレに頭を下げた。


手紙

ダイン様
シェーン様


元気ですか?
父さんが魔術師協会をやめてから三年がたちました。
お前たちは今もそっちで忙しくしていると思う。おじいちゃんとおばあちゃんもいらっしゃるし、厳しくしてもらってるかな?

こちらは、母さんとうまくやっています。
ケイムおじいちゃんの診療所にもまた遊びに行きなさいね。
そうそう、テレパはもう得意になったみたいだな。また連絡してくれよ。

母さんはいつもお前たちに会いたがっています。
台所のテーブルの上に、一輪の花があります。どこに咲いていたかは帰ってきたら教えてやるよ。
なんて、偉そうかな?(苦笑)


愛を込めて
ツヴァイ・ダッチェ



(終わり)








『ブラックコーヒー・ラヴァー』


「愛ってなに、清山(きよやま)」
 私は彼に聞いた。三十歳の彼は驚いた顔をして、
「え?」
 と言った。
 街のオープンカフェの外の席、丸いテーブルに向かい合わせで座っている、私と清山。
 パラソルで光はさえぎられているけれど、夏の日差しはまだまだ暑い。他のテーブルの人たちは私たちの会話にまったく気づいていない。
 私はもう一度、彼に聞いた。
「愛ってなに、清山」
 彼はやや、あきれたような表情になって、それから、『大学生』の顔になった。
 私はドキリとした。幼い頃、出会った時に戻ったような気持ちになった。彼も同じだといいなと思った。
「愛ねえ」
 清山はポツリと言った。
「それはどうして?」
「ええ? どうしてって言われても……」
 本当は、高校のクラスの女の子に、『おじさんと恋愛してて楽しい?』と聞かれたのが原因だった。でも、そんなこと言えない。
 清山は、彼がよくする何かを知ったような目になった。でも、何に気がついたのかはわからない。
 私は黙っていた。
 その時、ボーイさんが注文していたコーヒーを二つ運んで来てくれた。私たちの前に、一つずつ置く。
 ボーイさんはごゆっくりと去って行った。
「ここに、ブラックコーヒーがある」
 清山は来たばかりのコーヒーカップの持ち手に指をかけて言った。
「希清(きせい)、君はブラックコーヒーは好き?」
「ええ」
「どうして?」
「え、それは……あなたが好きだったから」
「今も無理してる?」
「ええと、いえ」
 私はとまどった。彼は何を言おうとしているのだろう。清山はなぜか……笑顔でコーヒーを取り上げると、一口飲んだ。
「君もどう?」
「わかったわ」
 私も一口、ブラックコーヒーを飲んだ。苦いけれど、本当に美味しい。
「お味は?」
「美味しい、です」
 テーブルの上にあるシュガーポット、その中のスプーンで茶色い角砂糖を一つすくった清山は、彼のコーヒーにポチャリと入れた。
「あ……」
 思わず、小さく声を出してしまった。
 今度は、ミルクピッチャーを取ってコーヒーに少し入れた。
 それをかき混ぜて、一口飲んだ。あんまり美味しくなさそうだ。
「君も飲む? ミルクコーヒー」
 私は困りつつ、角砂糖とミルクを清山と同じようにコーヒーに入れた。震える指でコーヒーを混ぜる。
 一口飲んでみた。
 生まれて初めて飲むミルクコーヒーは、思っていたよりずっと美味しかった。
「美味しい」
 つい、そう言ってしまった。
 清山は、そう、とだけ言って、少しだけ寂しそうに笑った。
「君は、今、初めてミルクコーヒーを飲んだ。感想は『美味しい』だった」
「……はい」
「そんな風に初めてが増えるといいね」
「でも、私はあなたが好きなブラックコーヒーの方がいい、と思う」
 それを聞いた清山は、自分のコーヒーをもう一口飲んだ。
「それは嬉しいね。でも……たまには、ミルクコーヒーを飲んでみなよ」
「ああ、負けたわ!」
 私はそう言って、ミルクコーヒーを笑顔で飲んだ。


(了)



ほんとに終わり

『雷と魔術師協会の秘密』『ブラックコーヒー・ラヴァー』

執筆の狙い

作者 久方ゆずる
150.31.128.101

絶望、失望、希望。

砂糖とミルク。甘い。

コメント

久方ゆずる
150.31.128.101

ぎゃー! 最後の手紙、ダイン様じゃなくてダンケ様だった……。
でも、これでいいのか……うーんうーん。

久方ゆずる
150.31.128.101

それに、第二章の『二』がカタカナの『ニ』になっとる!
あと、「中央に街とは?」は「中央の街とは?」の間違い……と思ったけれど、変じゃないか……。

久方ゆずる
150.31.128.101

なろうに新しく書いたので、のっけときます!
誤字脱字とかあったら教えて下さいね。

久方ゆずる
150.31.128.101

【プロローグ】

〔はじめに!〕

 ある日、俺は気づいた。彼女には何かが足りないと……。

 それは、ズバリ! 可愛らしさ、だった!
 勘違いしてもらっては困る。彼女は美女子だ。
 金色のゆるくウェーブのかかった長い髪。肩より少し下まであるその髪はサラサラで、ふれると天上に昇ってしまいそうなほどの触り心地だ。
 潤んだ大きな二つの瞳はグレーで、見つめられると吸い込まれそうになる!
 白い陶器のような肌はつつくとプニプニとしていて、いつも、やめられないな〜と思う。

 彼女は毎日、綺麗なドレスを着ている。スカートからのぞく細い足首は、さわるのも怖くなるほど素晴らしい。
 ドレスは、赤だったり、黒だったり、白だったり。毎日、見ていて飽きない。

 そんなクレンズは、俺の彼女なのだが、なんと言っても……。
 性格が悪い!

〔次に!〕

 クレンズがどんなに性格が悪いかを説明する前に、俺について説明しておこう。

 なんと言っても、俺はモテない!!

 そんな俺にどうして美女子のクレンズが付き合ってくれているのかといえば、それは……実は不明だ。
 そこのところを、一度、徹底的に問い詰めたい気がするが、実は勇気がない。
 もしかして、金目当て〜、なんて言われたらどうするんだ。いや、顔目当て〜、とか……。
 どちらもないけど……。

 今日も俺は朝から落ち込んでいた。なんせ、普通の顔だ。
 美女子と付き合うには、もっと、こう、美形! 素敵! 抱かれたい!
 みたいな顔がよろしいんじゃないでしょうか……?

 ファッションセンスには、結構、自信がある。

 今日もクレンズは俺を見て、
「服だけは格好いいよね」
 と言った。
 ついでに、髪型もほめろよ!

 そんなこんなで、朝からやってしまった。
 クレンズは抱くと、アンアンと言って、非常に可愛い。いや、異常に可愛い。

 いつもその調子でいろよ!

久方ゆずる
150.31.128.101

【原因】

〔ロスト〕

 ベッドに横たわるクレンズは、うっとりとバラの花飾りの手鏡を見て、「あー、今日も可愛いな、あたし」とつぶやいた。
「それにしても、あんたは……」
「はいはい」

 俺はいつもの攻撃にげんなりしながら、クレンズの白い、細い脚を眺めた。
 クレンズはそんな脚を照れくさそうに長いガウンで隠した。

「そうだ。あんたの日記帳、昨日読んで赤ペン入れといたから」
「おいーーー! お前、なにやってんだ!」
「いいでしょう、あんたのものはあたしのもの。あたしのものはあたしだけのもの」
「お前は、どっかのガキ大将か!!」

 クレンズ……彼女との会話は、いつもこんなものだった。
 そんな俺をクレンズは、いつもニヤニヤというより、ニコニコと見ていた。

 こんな俺のどこがいいのやら……。


 彼女が姿を消したのは、一ヶ月前のことだった……。

〔原因は…〕

 俺と彼女ははじめて大喧嘩をした!

 クレンズは、俺が彼女の気持ちを傷つけたと言って、引かなかった。
 俺は、ちょっと、もう少し可愛くなってくれよ、と言っただけだろうと、聞かなかった。

 クレンズは、グレーの目に涙をいっぱいためて、俺をにらんだ。
「私のどこが気に入らないのよ!」
「だから、もう少し可愛げをだな……」

「あんたなんて知らない!!」

 彼女は俺の家を飛び出して、行方不明になってしまった。
 人と連絡を取る方法は、手紙くらいだ。遠くへ行かれては、連絡のしようがない。
 どこへ行ったか、さっぱり見つけられない。

〔知り合う〕

 俺は町をとぼとぼと歩いていた。
 クレンズに家の前に来て、ぼんやりとあたりを眺める。道には、綺麗な花が咲いていて、その花をずっと見つめていた。

「お前、何してるんだ? あやしいな」
「あらあ、だっさい男」

 いきなり、いつも言われているようなことを言われて、ギョッとした。
 見上げると、とんがった耳の男と、長い黒髪の女が立っていた。
 とんがった耳の男は、黒髪のショートカットで、俺をのぞきこむように見ては、

「お前、何してるんだ?」
 ともう一度言った。

「えと、俺は……」

「ふうん。性格もオドオドしてて、だっさいわね」
 長い黒髪の女も、俺を見ているような見ていないような顔で、そう言った。

「ファッションはまあまあだけど……」
「おい、オレよりはよくないよな!」
「いえ、まあ、そうね……」

〔謎の二人〕

「オレがイケテなかったら、誰がイケテます?」
「あんたが、天下一!!」

 男と女は、急に夫婦漫才のような会話をはじめて、俺はぼうぜんと見ていた。

 男は、さっきも言ったように、とんがった耳で黒髪だ。樹皮らしい服を着ている。飾りのない無地の服とズボンだ。くつも樹皮かなあ。
 女は、ミニスカートの赤いワンピースで、腰に剣を下げている。ワンピースはそでの先とすそが白くて、えりが高い。えりにも白い模様がある。

 女は、金色の剣に手をかけて、
「なんなら、斬っちゃおうか」
 と言った。
「よせよせ、ビビってるって」
 と、男が笑った。

「あのー」
 俺は思わず、声を出した。
「なんか、勝手に話が進んでるようなんですが……俺、忙しいんですが……」

「へえ、忙しいって、なにが?」

 男が聞く。
 俺はムカムカしてきた。

「忙しいって言ったら、忙しいんだ! だいたい、あんたら、何?」

〔逃走!〕

「オレか? オレは、エルフだ」
「え、エルフ?」

 話には聞いたことがあるけど、出会ったのは初めてだ。
 でも、エルフって、金髪に碧眼じゃなかったっけ……?

 女が、
「私は放浪の剣士よ」
 と自慢気に言った。
「放浪って……(笑)」

 思わず、そう思ったが、言わずにいた。というか、言えずにいた。
 女が非常に怖い目でオレをにらんだ。

「あんた、今、なんて?」
「え? なにも言ってませんど」

「なにか、よからぬことを考えたでしょ!」
「いえ……!!」
「顔に書いてあったけど……」

 俺は恐れをなして、その場から逃げ出した。

〔再会!〕

 三軒先の家の路地に入って、息をととのえた。
 俺は、胸にかけていたペンダントを首からはずした。

 サファイアの大きな宝石。

 クレンズが俺の部屋に置いていった。
 そのペンダントを見ていると、彼女を思い出して、泣けてきた。

 すると、宝石がボウッと光る。
 渦巻き状に模様があらわれたかと思うと、クレンズの顔になった!
 美しいグレーの瞳に、ゆるくウェーブのかかった金色の髪。

「クレンズ!」
 俺は思わず叫んだ。

 サファイアの中のクレンズは、ふふん、と笑った。
「私のありがたみがわかったようね」

「やらせてよ」

「ちょっと! 涙の再会の一言がそれ!?」

〔マジ!?〕

 クレンズは怒りまくったようだが……落ち着きをとりもどして、
「私はどこにいると思う?」
 と聞いた。

 俺は、一応考えてから、
「わからん」
 と答えた。

 ズルッと、クレンズがなった。
 顔しか見えないけれど、きっとそうなった!
 彼女はよくそうなる。俺のボケ能力のおかげだな。

「なんで!……じゃなくて、マジメに考えてよ!」
 クレンズのツッコミが決まったところで、俺はマジメに考えてみた。

「うん、そうだな。魔王城とか?」

「なんでわかったの……?」
「ええっ!」

 マジ!?
 マジな話?

〔『魔王様』〕

 クレンズは、息をついてから、
「そう、魔王様のお城でお世話になってるの」

「マジっすか!?」
 今度は、声に出して、言ってしまった。

「魔王というと……」
「『魔王様』」
「あ。はい」

「魔王様は、お優しい方よ。あんたなんかよりずっとね」
 クレンズはアカンベーをすると、宝石から消えた。

 魔王……様。
 噂にしか聞いたことはないが、恐ろしい人物らしい。いや、魔族か。
 それでもって、ものすごいイケメン……だとか……。

「ヤバイ!!」
 クレンズが喰われる……! いや、身の危険が……!!

「そんなこと、どうでもいいっ」
 俺は走り出した。

ニケ
126.161.116.24

「誤字脱字があったら教えて」は甘えでね、歴代の諸先輩方もそんなことを言って更に先輩に叱られたもんよ。
「それが人に読んでもらう姿勢か」ってね。自分で読み返して、能力限界まで完璧を目指して、それで発表するもんよ。
あんたもいつか後輩に指導してやってね。

久方ゆずる
150.31.128.101

【魔王城】

〔旅立つ!!〕

「いた! あんたら!!」
 俺は、なんとか、さっきの謎の二人組を見つけだした。

「おお、お前か。なんだ?」
 エルフが、俺を見て、ふりかえってくれた。
 剣士女もいぶかしそうに見る。

「ちょっと、あの……魔王城って、どこにあるか知ってます?」
「ええー」
「魔王城!?」

 エルフと剣士女は目を見合わせた。

「私たち、これから行くのよ」
「おう。もしかして、お前も行きたいのか?」

 俺は、四度も五度も首を縦に振った。
 首がもげるかと思うほど振った。

「そっか。じゃ、一緒に行くか?」
「え……?」

「いいわね、楽しそうで。ダサ男さん」
「おお、名前も決まったな! じゃ、行くか!!」

 え、ええ……。

 こうして、俺とエルフと剣士女の旅がはじまった……。

〔ついた…〕

 魔王城は、バスに乗って、十五分だった。
 着いた停留所の看板に、『魔王城』と書かれている。

 ええ! 魔王城って、バス停あるの!?
 十六年間、あそこで暮らしてきたけれど、今日、はじめて知った!

 知っていたのか、クレンズ!!

 魔王城はクレンズの家から近い。クレンズの家と俺の家は近い。
 よって、俺の家からも近い。
 素晴らしい、三段論法……。

「さて、行きますか」
 エルフ男が言った。

「ところで、あんたたち、何しに魔王城に行くんだ?」
 俺は、一応聞いておいた方がいいかな〜と思って、エルフ男に聞いてみた。

「それは、これだ!」

 謎の司会者みたいにエルフ男がズボンのポケットから取り出したのは、手のひらぐらいの大きさの水晶玉だった。
「え……?」
 魔王に水晶玉。
 めちゃくちゃ相性悪くない?

〔入る…〕

「停留所で何やってんの」
 剣士女があきれ顔で言った。

「はいよ。あー、怖い!」
 エルフ男はそう言って、水晶玉をポケットにしまった。
 いったい、どうやって入ってるんだろう……?

「さて、行きますか。魔王城はバス停から歩いて五分ー♬」

 俺たちはぞろぞろと歩き出した。

 本当に五分歩くと、城の入り口についた。
 というか、ほとんど庭を歩いていただけだった。さすがに広い庭だな、魔王城。字足らず。

 魔王城は、紫色で、悪趣味の極み! て感じだった。
 今は昼なんだが、なんだか暗い。って、当たり前なのか……?

 入り口の門は黒い金属製で、かなり大きい。俺の身長の二倍くらいの高さがある。
 エルフ男が、勝手に鍵を開ける。鍵は引っかけるだけの簡単なものだった。

 ギ〜〜と、門を押して開ける。
 手前にも奥にも開く、便利構造……って、しつこいか……。

〔城の中へ〕

 中央の城についた。
 大きな金属、銀かなあ、のドアを開けて入った魔王城は、ガラ〜〜ン! としていた。

 普通、こう、ジャジャ〜〜ン! とかいって、魔族に遭遇しないか?
 魔族は一人? もいない。

 中は、豪華の極み! って感じだった。

 白い。壁には綺麗な松明、天井にはやたら大きなシャンデリアがかかっている。シャンデリアには、たくさんのろうそくが立っていた。
 落ちてこないだろうな〜。

 エルフ男は、迷いもなく、目の前の幅の広い階段を上がりはじめた。
 手すりは金色で、さわってはいけない雰囲気を醸し出していた。
 剣士女と俺もその後ろに続いて、上がりはじめる。

 階段を上がって、上がって、上がって、上がって、最上階らしきところについた。
 正面に、木でできた二枚のドアがある。

 その両脇に、牛の魔族と、カバの魔族が立っていた。
「あらー、見かけない顔ね。エルフさん」
「新入り君なの?」

「いや、今日会ったばっかりの奴だ。『ダサ男くん』。よろしくな!」
「あらー、ちょっと可愛いじゃない? モテなさそうだけど……」

〔牛の魔族とカバの魔族〕

 牛の魔族にエルフ男が言った。
「今日、誰もいないけど、何かあったのか?」

 牛の魔族はカバの魔族と目くばせしてから、
「今日は社員旅行なの」
 と言った。
「社員旅行? じゃあ、なんで、あんたたち、ここにいるの?」

「それがねー、魔王様って、ほら……」
「盛り上げ下手って言うの? なんて言ったらいいのかしら……」
「ああ、留守番か。それは大変だな」

「ちょっと、あんた、いつまで喋ってんのよ!」
 剣士女がけんのある声で言った。
「やだ、この女、今日もついてきたの? やだやだ」

「またって、どういうことよ! あんたたちこそ、旅行でもなんでも行ってきなさいよ!」
「きゃー、怖い!」

 エルフ男は、そんな三人? をヤレヤレというように見ている。

〔あ〜の〜〕

「あ〜の〜……」

 俺はとうとう、声を出した。
 全員の視線が集まる。

「あの〜、はやく魔王……様に会わせていただけないでしょうか?」

「え、お前、魔王に会いたいの?」
「魔王様に何のご用事?」

 エルフ男とカバの魔族が俺に言う。

「それは……ええと、いいから、とにかく会わせろよ!!」
「まあ、怖い。逆ギレだわ。いいわ、開けたげる」

 カバの魔族が、ギイ〜ッと、右側の木製のドアを開けた。

 魔王の部屋……と思われる、その部屋はあまり大きくなくて、奥に、魔王……様が座っていらした。
 スラッと高そうな身長は、座ってらっしゃるからよくわからないが、脚が長い!
 長いウェーブの銀髪が、肩の後ろに流れている。涼しげな目元は、俳優か……。

 イケメンだ!
 まごうことなき、イケメンだ……!!

〔クラクラ〜〕

 俺はクラクラ〜とした。

 これでは、俺のクレンズが……!
 というか、もうすでに……?

 まさかねえ。
 まさかねえ。
 うう……。

「お前は誰だ?」
 魔王が言った。

「俺は……」

「こいつは、『ダサ男くん』。以後、よろしくー」
「ちょっと!!」

 俺は、もうキレキレだった。これ以上、恥をかかされてたまるか!

「そんなことはいいんだ。ここに、俺の彼女……クレンズがいるだろう。会わせろ!」
 ピュー♬

 エルフ男が口笛を吹いた。
 面白そうに、俺と魔王を見くらべる。

久方ゆずる
150.31.128.101

〔冗談。〕

「クレンズは、会って、クレンズ」

 ……え?
「クレンズは、会わせて、クレンズ」

 ……えと?

「いや、冗談だ。面白かったか?」
 魔王……様が、そう笑われた。

 グレーの瞳はクレンズを思い出させる。その瞳が、細く、穏やかになった。

「お前は、まだまだだ。今日のところは、帰りなさい」
 そう言った魔王……様は、ちょっとだけ手を動かした。

 その瞬間、ドアが開いて、後ろに吹っ飛ばされた。

 天井を見上げると、牛の魔族とカバの魔族が俺の顔をのぞきこんだ。

久方ゆずる
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【反省】

〔オブ〕

 五分くらいした後、エルフ男と剣士女が出てきた。

「お疲れ様〜」

 牛の魔族とカバの魔族が一緒に言った。

 エルフ男は俺をチラッと見ると、
「大丈夫か?」
 と言った。

「大丈夫だよ……」
 そう言ったけど、大丈夫でもなんでもなかった……。
 入り口前の廊下にぶっ倒れた俺を、牛の魔族とカバの魔族が起こしてくれた。
 恥ずかしいのもあるけれど、それより、どうするかだ……。

 なんで、クレンズは会ってくれないんだよ。

 俺は、エルフ男と剣士女に言った。
「頼みがある……」

〔作戦会議〕

 俺たち三人は、近くの宿屋に行った。

 食堂のテーブルに三人で座った。まわりにはあんまり人がいない。
「えー、今から作戦会議に入る!」

 エルフ男が、おごそかな口調で言った。
 俺と剣士女は、そんなエルフ男をじっと見た。

「議題は、魔王城に隠れた、ダサ男くんの彼女……をどうやって取り返すか……?」
「なんで、つまるんですか?」

「いや、悪い」
「あんたに『彼女』がいるとはねー」
「どんな彼女?」

「それは……めちゃくちゃ可愛いですよ……」
「そうなんだ。で、愛想つかされて、出ていっちゃったの」
「違いますよ!……違わないけど……」

「はあん」
 エルフ男が言った。
「でも! 俺だって、悪くなかったし……」
「はあん」
 今度は、剣士女が言った。

〔帰らない!〕

 俺は、悲しくなって、胸のペンダントを見た。
 サファイアはシーンとしている。

 クレンズ……。

 すると、中心が渦巻き状に光った。ボウッと、クレンズの後ろ姿が映し出された。
「あっと、ごめんなさい」
 宝石の内側のクレンズがふりかえる。

「クレンズ! お前……!!」
「あはん、さっき、お城に来てくださったんですってね」

 やらせろよ!
 ……とは、さすがにもう言えなかった。

「私、とうぶん、帰りませんからね」
 そこで、クレンズの顔は、サファイアから消えた。

〔悲しみ〕

「今のが彼女?」
 エルフ男が聞く、
「なんか、帰らないって言ってたけど……」
 剣士女が聞く。

「うるさいな!!」

 俺は、そう叫んで、宿屋の二階の部屋へ走った。

 なんだよ、どいつもこいつも……バカにしやがって!
 そのまま、借りた部屋のドアを開ける。
 俺と、二人は別部屋で、あの二人は同じ部屋だ。

「あーあ、お熱い夜を過ごされるんでしょうね」
 俺は、ヤケクソ気味でそう叫んで、ベッドに横たわった。

 ボウッと、またサファイアが光った。
 クレンズの声で、
「さっきは、ちょっと言いすぎたわ!!」
 と聞こえた。

 俺は、宝石を持ち上げた。目の前に持っていく。
「ごめん。私、少し、考えたいの……」

〔また…〕

 そうして、サファイアは、普通のサファイアに戻った。

 なんだよ……。

 俺は、ベッドの上で、ゴロンところがった。
 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

 一回、二回。
 ドン、ドン、ドン!!

 と叩かれた。
「うるさいなあ、もう」

 俺はしぶしぶ、立ち上がって、ドアを開けた。
 そこには、真剣な表情の剣士女が立っていた。

「ちょっと、来てくれる?」

 俺と剣士女は一階におりて、さっきと同じテーブルに座った。
「あんたに、私たちのことを話しておこうと思って……」

〔カレンとルイド〕

 俺はうなずいた。

「私の名前は、カレン。あいつの名前は、ルイド。名前すら言ってなかったわね」
 と、剣士女……カレンは、苦笑いをした。

「俺の名前は……」
「いえ、あんたの名前はいいわ」
「なんで?」
「情がうつると、離れにくくなるからね!」

 と、今度は笑った。

「さて、彼女のことだけど……色々ひどいこと言って、ゴメン」
 俺は、だまって、うなずいた。
「ま、あんたにあんな彼女がいるってのは意外だったけどね!」

「悪かったね!」
 今度は、俺も笑った。

「あの……カレンさんとルイドさんは、恋人同士なんですか?」
「ああー」

 カレンは、気恥ずかしそうに、まわりを見た。
 食堂のテーブルにいるのは、俺たちだけだ。

〔片思い〕

「私の片思いなの。あいつ、エルフと人間のハーフでまわりと折り合いが悪いから、難しいのよ」

「そうだったんですか……」
「だから、口が悪くても、許してやってね」
 そう言って、カレンは立ち上がった。

 そこに、ルイドが階段をおりてきた。
「何、話してたんだ?」
「別に〜」

 カレンが小さな声で、
「さっきのはルイドには内緒ね!」
 と言った。

 二人が階段を上っていくのを見ながら、俺は、
「少し反省した方がいいのかも……」
 と思った。

 一人、テーブルに残されて、ぼんやりと考えこんでいた。
 すると、宿屋のおじさんが、俺の方に歩いてきた。
「さっきからのやりとり、悪いけれど、聞かせてもらっちゃったよ」

 おじさんはそう言うと、
「おじさんにも彼女がいたなー。今の奥さんだけどね」
 と笑って、去っていった。

〔倒置法。〕

 なんだ、今のは……?

 そう思った。
 でも……一つのことをやっと決心した。

 ありがとう。

 俺は、二階に上がって、ルイドとカレンの部屋のドアをノックした。
「はいよ」
 ルイドが出てきた。
 あれ? なんか、スッキリした顔してない?

 ルイドは、そんなことを思った俺の顔を見て、照れくさそうに
「なんだ?」
 と言った。

「ええと、もしかして、上手くいっちゃったの?」
「お前……! そうか、そういう意味では『先輩』だったな……」
 ルイドは照れまくった。

「デリカシーゼロなんだけど……」
 カレンがルイドの後ろから、うらめしそうに言った。

「はは、ゴメンゴメン!」
 俺は、本当に素直に笑った。
「ふん、それでちょっとはモテるようになるかもな……おっと、ゴメンゴメン!」
 俺は、なんだか吹き出しそうになった!

 前なら、きっと激怒していただろう……。
 大人になった、俺。うん。倒置法。

久方ゆずる
150.31.128.101

【再び!】

〔カノジョ〕

 俺と、ルイドとカレンは、宿屋の前で別れを告げた。
「またな」
「さみしくなるね」
「またね!」

 二人は、町の人々の中に消えていった。

 ひとりっきりになった俺は、魔王城にもう一度向かうべく、しっかりとサファイアを見た。
 クレンズの姿は、あれから一度もあらわれていない。

 クレンズ……。
 必ず、連れて帰ってやるからな……。

 やっぱりバスに乗る。
 なんか、間抜け……。やれやれ。

 停留所。一つ隣の『魔王城』は、昨日と変わらずだった。
 庭を歩いて、入り口に入る。

 すると。
 魔族が、ウジャウジャ〜っといた。

〔ウケル?〕

 城の中を歩くと、あちこちから魔族に声をかけられる。

「頑張ってね〜」
「彼女に色目使うなよ〜、魔王様(笑)」

「あの子より、あたしの方がキレイよね!」
「まじ、ウケル」

「大変よね、本当に」
「ご心痛、お察ししますわ……」

 話しまくったな! あの牛とカバ……!!

 俺は、適当に返事をしたり、無視をしたりしながら、階段を上った。
 上って、上って、上って。

 魔王の部屋の前まで、来た!
 ん? 牛の魔族とカバの魔族は立っていない。社員旅行の代わりか?

 俺は自分で、ギイ〜ッと、重い木製のドアを開けた。

 魔王……様は、やはり、王座に長い脚を伸ばして、座っていらっしゃった。
「おお、また来たか!」

〔クレンズ〕

「魔王……様。クレンズはどこですか?」
「ふふ、言うと思ったよ」

魔王様は、左手の人差し指と親指を、パチンと鳴らした。
「おいで!」

魔王の横にクレンズが現れた。
彼女は、うつむいて、俺の目を見ようとしない。

「クレンズ!!」
俺は叫んだ。

金色にウェーブのかかった髪。グレーの瞳は、まぎれもなくクレンズ。なのに、まったく知らない人みたいだった……。

クレンズは、なんど呼んでも、こちらに来ようとしない。

魔王が、俺に言った。

「お前はこの子を愛しているか?」

「へ……?」
当たり前のことを言われて、オレは、なぜか、とまどった。

〔魔王〕

「この子は、魔族と人間のハーフだ。普通の人間のお前に、この子を愛することができるか?」

「何言ってるんだ、そんなこと関係ないだろう。それに、俺は……」
 そう言いながら、無性に、ホッとしていた。
 俺は……。

 クレンズが魔王を見る。魔王がクレンズの肩に手をかけた。

「てめえ……! ふざけやがって……!!」
 その瞬間、俺の体の中から、邪悪な力があふれでた。それは、青い大きな蛇になって天井まで上った。
 そして、魔王とクレンズめがけて、口を開けて、大蛇は下った。

 クレンズが、飛ばされそうになりながら、それを跳ね返した。
 クレンズの魔力は、俺よりも弱いが、それでも守るくらいの力はある。

「きゃ……っ」
 クレンズが倒れそうになる。

 我に返った。
 思わず、息を飲んで、クレンズに走りよろうとした!

〔俺〕

 魔王が、王座から立ち上がった。
「来るな!」

 なぜか、ピタリと止まってしまった。
「お前に、この子は愛せない。私のものにおなり、『クレンズ』」

 クレンズは、うっとりした目で、魔王を見上げた。
 魔王は、彼女より、頭二つくらい背が高い。

「お前が魔力を持っているとは意外だったよ。私にすら気づかせないということは、かなり薄い血だな」
「おじいちゃんのお父さんが魔族なんだ。悪かったな」

「人間は好きか?」
「……だったら、何だよ」

「では、さらばだ!!」

 魔王とクレンズは消えた。

〔『ダサ男くん』〕

 ぼうぜんと立ちつくした。
 じっと、魔王……様とクレンズが消えた場所に立っていた。

 でも、帰ってこない……。

 俺は、あきらめて、入り口を出た。
 すると、右手に、牛の魔族がいた。

「あらー、どうしたの? 『ダサ男くん』」
 俺は、無視しようとした。
「言葉は、時に相手を傷つける。誤解は、時に喜びをもたらす」

 牛を見た。

「愛は、『言葉』と『誤解』から生まれる」

 牛は、
「それだけ」
 と言うと、門番に戻った。

 俺は、パチン! と、両頬をたたいた。
 うなずいて、回れ右をした。

〔「愛してる」〕

 魔王の部屋に戻った俺は、さっきクレンズが立っていた場所に立って、叫んだ。

「愛してる!! 帰ってきてくれ、クレンズ」

 静寂が俺を包む。
 そして、目の前に、クレンズの姿が現れだした。

 クレンズ!
 言いかけて、グッと、こらえた。

 完璧な姿になったクレンズは、俺の瞳をじいっと見た。

「いま、愛してるって言った?」
「……言った」

「もう一回言って」
「ええ……それは……」

「じゃあ、もう一度消える」
「ああ、わかったよ! 愛してる。世界で一番、愛してるよ」

〔世界で一番の…〕

 クレンズは、にっこりと笑った。

「僕と……結婚して下さい」

「ひさびさに家出から帰ったあたしに言う言葉は?」
「……お帰り、です」

「わかりました」
 クレンズは、さっきよりも、ずっと綺麗に笑った。

『彼女』は、白いドレスのスカートをつまんで、深く、頭をさげた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!!」

 こうして、僕たちは、世界で一番の『幸せ者』になった……。
 そうして、『俺』とクレンズは、魔王様の城を後にした。

久方ゆずる
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【エピローグ】

〔おわりに!〕

 ある日、俺は気づいた。妻には何かが足りないと……。

 それは、ズバリ! 優しさ、だった!
 勘違いしてもらっては困る。彼女は美女性だ。
 金色のゆるくウェーブのかかった長い髪。肩より少し下まであるその髪はサラサラで、ふれると天上に昇ってしまいそうなほどの触り心地だ。
 潤んだ大きな二つの瞳はグレーで、見つめられると吸い込まれそうになる!
 白い陶器のような肌はつつくとプニプニとしていて、いつも、やめられないな〜と思う。

 彼女は毎日、綺麗なドレスを着ている。スカートからのぞく細い足首は、さわるのも怖くなるほど素晴らしい。
 ドレスは、赤だったり、黒だったり、白だったり。毎日、見ていて飽きない。

 そんなクレンズは、俺の妻なのだが、なんと言っても……。
 エゲツナイ!

〔もう一回!〕
 俺は町を泣きながら歩いていた。

「お前、何やってるんだ?」
「あらあ、泣いちゃって、だっさい」

 見ると、ルイドとカレンが、あわれそうに俺を見ていた。
 すっかりご近所さんの、こいつらに用はない。

 なんて、言えるかーーー!!

「助けてよ! クレンズが、俺を……邪険に……」

「あらあら、だっさいわね」
「行こうぜ、愛する『妻』!」

 二人は、残酷にも、俺を残して歩いていった。


『俺は、世界一の幸せ者……だよね!?
魔王……様!!!』


(終)

久方ゆずる
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ニケ様

ありがとうございます。
鍛錬場でとる態度ではありませんでした。
誤字脱字は大丈夫だと思いますが、甘えていました。
申し訳ありませんでした。

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