作家でごはん!鍛練場

『海影の目撃について』

獏著

またしばらくお邪魔します。

・三作目、二十八枚です。今回はふだん書いている感じのファンタジーです。自分が好きなジャンルで、出せるかぎり最高のものを出したつもりです。忌憚のないご意見をお聞かせください。
・テーマは「郷愁」、「ノスタルジックな世界」ですが、裏テーマ的なものもちょいちょい仕込んだつもりです。深読みして感想に書いてもらえると、作者は泣いて喜びます。

よろしくお願いします。

 夜の海を世界周航中の大型船が進んでいる。海面は暗澹として動かず、そこへ落ちかかる分厚い雲の色調はさらに暗い。曇天は一部の隙もなく密に広がり、雲の下には一条の影すら差しこまないので、存在するはずの水平線も区別がつかない。船は広大な洞窟の闇のなかに浮かんでいるように見える。暗褐色の壜のなかにいるようにも見える。とはいえ、孤独な鯨に似た船体はいまこの瞬間にも休みなく前進をつづけていて、それを疑う者も誰一人としてない。だがその尾をひく波の文目も分からないほど、周囲にはなにも見えない。

 不意に青の光線が海上の果てまで貫いて航路を照らしだした。
 海抜はるか上空、機関部から突出し要塞のように聳えるブリッジ、その上層に位置する操舵室から命令が発され、最上部に搭載されたライトが作動したのだ。音のない稲妻が舐めるように遠方へとはしり、彼方にある海と空の境界まで到達する。そうして進路を確認しおえると強烈なハイビームはふたたび消灯され、すると海域はふたたび明かりを消された子供部屋のように寂しくなる。──どこにも障害は見当たらない。全速前進。

 実際、氷山の一つくらい流れてきそうな寒さだった。
 少年は毛布にくるまって凍える海を見つめていた。
 夜の海にも、冬は訪れる。
 
 ここは摩天楼のようにそびえる船橋のたもと。機関部のいわば外殻にあたる鋼鉄板が足下にあり、鳥かごのような操舵室はめまいがするほどの頭上にある。だらりと垂れた旗の下、船橋の壁面で手に届く範囲は様々な器具類や管束が雑多に覆っていて、その中に設置された白熱灯が辺りを乏しい明りで照らしている。前方の大甲板はさらに低層にあたるところを延び、常夜灯のわずかな明かりが点々とともるさきから、大海の虚空へと落ち込んでいる。その黒曜を鏡に延べたような海面を見ていると、しだいに平衡感覚が失われ、やがて逆しまに海中へと落ちていくような心地さえする。それでも少年はあえて視線をそらさずに、ただ甲板に触れる指先だけに力を入れ、その感触を確かめた。冷たい。だが、ほんのわずか、熱を発しながら忍耐強く運動をつづける機関部の振動が手や足裏にまで伝わってくる。それは少年がさきほどまで呼吸していた船内の息苦しい喧騒のなごりだ。息をひそめると、大食堂のどよめきが遠く、深くに聞こえるような気もする。その音の輪郭をつかもうと神経をとがらせていると、ふいに甲高い獣声とも、人の悲鳴ともとれる声が船倉の暗がりから通気筒へと抜けてここまで届き、少年の寒さにしびれた耳をおどろかせた。

「うまくさぼったな」
 傍にある跳ね上げ式扉が開いて若い航海士が顔を出し、敏捷に昇降口から甲板へと体勢を移動させ、つかつかと少年のもとに歩み寄ってきた。見ると片手には食堂から持ち出してきたらしい夕食を包んだ紙の袋と、酒瓶を抱えている。その荷物でここまで来るのは大変だったろうと少年は思う。通路は狭く、複雑に入り組んでいるのだ。
「灯台の下は暗い。密航には最適だろう?」
 寒い寒い、風がないのが救いだな、などと言いながら腰を下ろし──このとき航海士は少年が包まっている薄手の毛布の先を取って自分の肩にも引き掛けた、それくらいの余地は十分にあったから──手慣れた滑らかな動きで食事を二人の前に広げていく。コルクが抜かれる。
 密航じゃない。くたくたになるまで働いているじゃないか。
「その甲板員見習いの群れに私が潜り込ませてやったのを忘れるな。木を隠すなら森の中ってね」
「でもここにいるみんな、自分は正式な見習いじゃないっていうけど」
「それは見習いだからな。見習いってのは半端モノって意味だ」
 食え、食え、と航海士は手で少年に示す。
「ま、これくらい巨大な船だと、誰もいちいち相手のことなんて気にかけないさ。お前は働いているだけまだましだが、たぶんさぼりどおしの本物の密航者もかなりいるな。たとえて言うなら鼠か幽霊か……。いるだけで迷惑はかからない、そんな連中だよ」
 そう言いながら、航海士は途中でもう自分が話す内容に興味を無くしてしまったのか、懐中から取り出した手帳をめくり、なにかを調べはじめた。
「でも、このままだと食糧が足りなくなるって噂も」
「そのときはお前たちが真っ先に鼠を食わされる」
 頁を指でなぞりながら航海士がそう答えると、少年はわずかに青くなった。すぐに目前のローストチキンのサンドイッチを手に取り、食いつく。もちろん大食堂の余りものだ。その様子を横目に見て、航海士は大声で笑い始めた。まったく、計算ってのができないのかね、うちの乗組員たちはさ。からからとよく響く笑い声は、冷気でガラスのように澄み切った空気を伝い、目も眩むほどの深闇を湛えた海上に出て、ぷつりととだえた。

 夜の海に入ってすでに半月になる。
 この厳しい季節も相まって、甲板裏や厨房ではこのところ不安げな声、出所の怪しい話がいくつか囁かれはじめているのも無理はない。たとえば──いっこうに雲が晴れない、それどころか、雲の暈は、むしろこのところますます深く重くなっているようにも見える。あれを目にすると、寝ているあいだに押しつぶされるのではないかと、不安が──くわえてこの恐ろしいくらい静かな凪!いっそ吹雪くか時化るかでもしてほしいものだ。それなのに少しの雨も雪も降らないわけで──そもそもいつになったらこの海域を抜けるのか、肝心なのはこの点だが、誰も見当がつかないらしい──ねえどうしてこの闇は海綿のようにランプの明かりを吸い取ってしまうんだろう、おかげで外も迂闊に出歩けやしない。デッキも閉鎖状態がつづいているし──いや、ところがそれは表向きの理由で、ほんとうは甲板に幽霊が出ているという話も。──冗談。ふだん下に潜ってるやつらが空気を吸いに出てきてるのさ。お天道様が拝めないのはかわいそうだがね──それにしても潜るやつが多すぎるような。死神に足を引かれてなければいいが。──ちょっと待って、そういえば船倉の鼠の数がいつになく多いと機関室の爺が言ってた。なにかの前兆かも。それに一等キャビンで貴族客が狂死した事件はどうやら内密に済まされたらしいし、サロンの夜会で起こった集団発作は醜聞としてこれまた隠匿、このところの伝声管の謎の混線、頻発する気送郵便の誤配はいずれも未解決、あと密かに広がる疫病の噂も以前から絶えない──。
 なんたるゴシック趣味。
 航海士は帳面をぱしりと閉じて、少年が事実に即し再現した報告を打ち切った。そんなのが流行ってるのか。これはまた、科学の時代にしちゃずいぶん出遅れた、しかも陳腐な空想じゃないか。いつ果てるともない航海の不安。迷信深い海の男。自然現象の神秘化。となると、さ迷える幽霊船でもそのうち現れるんだろう。
 くだらん、呆れた、と連呼しつつ、航海士は薄緑色の壜を傾けた。
 ──この航海士、職業がら海に関しては色々と詳しいのだが、しばしばその知識が歴史や芸術など、航海術とは関係のない分野にまで横溢している。六分儀に触っているだけでは飽き足らず、望遠鏡の改良はおろか船のどこかに専用の観測室まで作ってしまって、暇ができるとそこに籠り星の軌道や月の地理を観察しているともいう。そのせいか、ふだんの会話もどこか既定の枠を外れ、妙に批判的な方向へ逸れることがあるようだ──というのは、少年によるここ数か月ほどの付き合いでの観察である。
「時代錯誤のくだらん馬鹿を言うやつは縛りあげて船底をくぐらせるべきだな。お望み通り本物の中世世界の実現というわけだ」
 それと口も悪い。
「でも不安が広がってるのは事実だと思う。一等の根無し草連中は慣れているからともかく、このままだと下層の客になんらかのパニックが起こるかもしれない。それなのに、航海士がこんなとこでさぼってていいの」
 やや挑発的な言い方で、少年は話を本筋に戻そうと試みた。もちろん、航海士がここのところ誰よりも働きづめ(らしい)のは承知の上だ。ちなみに、それを教えてくれたのは、航海士とは「見習い時代からの長い付き合い」だと主張したことのある、ひとりの平水夫の青年である。
 ──その青年が、今日この時間、この場所に来るように、という航海士の言付けを伝えてきたのだ。
 この寒いなか、あいつもいったい何を考えてるんだか、と首を振り、まあ、おれは忙しくて行けないわけだが、と付けくわえる青年の目には、なにやら憐れむような色が浮かんでいた気がする。
 そういうわけでやや不審げな色もあらわれている少年の問いに、
「なに、もう手は打ち終えたあとさ」と、航海士は飄々とした調子で答えた。
「手って?」
 少年がいぶかしげに聞き返すと、
「方角が決まった。このまま直進すれば海域を抜ける」
 航海士が胸を張り、肩にかけていた毛布がはらりと落ちた。
「それは……いままで適当に進んでたってこと?」
「まあね」
 少年は唖然として航海士の涼しげな顔を見つめた。同時に、厨房ではコックがまかないに鼠の肉を混ぜているとか、気送郵便の中身は局員がぜんぶ検閲しているとか、冗談半分に流れている噂のいくつかが少年の脳裏をかけめぐった。なにごとも、知らぬがなんとやらだ。
「でも、いまはそれが決まったと」
「ああ」
「……どこへ?」
「天気のいいところへ行く」
 なんだ、という感じで少年はがっくりと肩を落とし、前方を見やった。そこには依然として、黒々とした海と雲がどこまでも広がっている。なんたる日和見主義。
 天気のいいところへ行く、とはむろん船乗りの言葉で、行く当てが決まっていない、という意味だ。どうやらいつものごとく、からかわれていたらしい。
「まあ、どうせいつかは抜けるんだし」
 航海士はそう呟いてもう一杯あおった。

 寒いしもう帰るよ、少年はそう言って立ち上がりかけたが、となりをちらりと見て口をつぐんだ。相手もなにか言いかけていたらしい。一瞬気まずいような沈黙がつづいたが、それはすぐに海のさらに巨大な沈黙がかき消した。
「遅かれ早かれ、だ」
 ぽつり、と言葉が切り出される。甲板に腰を下ろしたまま、いつものように背筋を伸ばし、顎を引き、整った姿勢で、航海士は海を見つめている。
「この海域を出ることは間違いない。そうしたらこの航海は終わりだ。つまり、大陸だ。到着だ」
 少年のとなりで、航海士は妙に冷えきった調子のまま語る。それは、どこか投げやりな声、あらゆるものが凍りつき、動かずにいるなかで、しんしんと透き通っていくような声だった。
「そうしたらだ。なんならお前は、大港で降りて陸路を取ることもできる。誰でも知ってるように、いま丘は混乱しているが、道はひらけてる。もちろんこの船に乗っていても問題はない。しばらくは沿岸の旅だからな。だからまあ、そのへんは寝る前にでも考えておくと良い。これはお前の問題だから」
 すると、少年の底冷えした心のうちにぼんやりと、大港の喧騒が浮かび上がってきた。白い壁の街や、黄色い果実の山、そして極彩色の絨毯の影が瞼の裏に踊った。それはどこかで見たことのある風景、少年がすでに知っている景色だ。桟橋に群がる子供たちの群れを離れ、柔和な笑みを浮かべる宝石商人の手をすり抜け、褪せたタイル張りの通りをたどっていくと、行く手には広壮な城門があらわれる。そこを抜けるとすぐに青い平原が広がっていて、揺れる草の上を群れなす獣たちが水を求め駆けている。草原の彼方に連なる湖には長い橋が架かり、高く聳える森には細い道が通っている。そして森の中には開拓地が、湖の上には筏集落がある。いずれにもとどまることができずに先へ進んでいくと、やがて辺りは一面の灰景色になって、荒涼とした大地と大昔からそこに取り残された廃墟だけがどこまでもつづいている。航海士がこれを見たらなんと言うだろう、と少年は思う。
 だが荒野のなかほどに、たとえば質素な耕地と瀟洒な窓、それから樫の森の僧院を持つ村があるかもしれない。あるいは、それはたしかにそこにあったのだし、少年はすでにその場所を知りながらここまでやってきたのだ。そしてひとつの戸口の前で、少年は呼びかけられ足をとめることになる。ほら、ここにあなたの忘れ物があったんですよ。戸の陰で誰かがそう囁く。
 けれど、もしその場所で見つけたものがただ見知らぬ廃屋だけだったとしたら?
 いや、その光景も少年は最初から「知って」いた。簡単なことだ、そうしたらまたさらに歩きつづけるだけだ、そうすれば荒れ地の先にいつか見た海岸が浮かび上がり、すぐに海辺の街が現れ、寄港した船は少年をふたたび大洋の向こうへと運んでいくだろう──イメージは一瞬のうち走馬燈のようにめぐる。なんの疑いもなく、そうしたことすべてを、少年は待ち受けていた。それはたぶん、前向きの郷愁でも、後ろ向きの憧憬でもある。

 さてこの寒いときにこんな場所にいる当の理由だが。
 鋭い声とともに、ふっと背中から毛布がはぎ取られ、想念が霧のように晴れた。目の前に、黒のスクリーンの幕が開く。
 寒いか?無意識に肩をすくめた横から、囁くように問いかけがなされた。違うな。なにか妙な心地がするだろう?
 そしてそれは事実奇妙な感覚だった。凍てつくような冷気が急に和らいでいたのだ。だがそのことに驚いている暇もない。目前に真一文字の裂け目が走り視界を滲ませ、そこへと意識を奪われた少年は震える睫毛の下の目を見開いた。待望の景色の変化、それも久しく忘れかけていた光景に、なにがおこったのか理解するまで少し時間がかかった。──こいつはなかなか拝めないぞ。よく見ておくといい。
 そして海が白みはじめた。

 奥行きも定かでない黒の画面に、一筋の金色の線が浮かびあがる。
 針金のように細く揺らぐその光脈は、いま左右に素早く繰り広げられ、それまで隠れていた水平線と平行に、あるいは水平線と一体になって、両腕を海の果てまで広げるように延びていく。銅線を白熱する電気が伝うように、その延伸は速やかに進行するが、視界の端まで到達すると断ち切られたように止まってしまう。だがそう思ったのも束の間、次に軌道はその両端から、今度はこちらへと内向きに湾曲しつつ進んでくる。それもやはり火花が火薬の上を這うような、急激な速度だ。この火の槍は奥の水平線とともに、目前の海上に巨大な半円を形成するかのように見える。だが、等速で接近してくるこの二つの曲線は、中央でつながらないままやはり唐突にその動きを止めてしまう。
 少年はその形からすぐにあるものを連想した──これは防波堤に囲まれた人工の港だ。
 そのあいだにも、奥の薄い裂け目からはとくとくと金色の光が溢れはじめている。淡く滲むようだった光はすぐにさざなみを身にまとい、膨れ上がって泉のように流れだし、海の上に静かな流線を描いた。海面に起伏が生まれ、光の波は蟹の鋏をのばしたような防波堤の先端まで届いた。
 光る水源のむこうに、ゆっくりと立ち上がる影が見える。
 なにか平面的な印象を与えるフォルムの浮上、どこか劇場の書割に似た登場で、まるで奈落の潜みから大掛かりな天上の装置によって吊り上げられるように、それは姿を現す──燦燦と照らされる望楼、赫奕と映える尖塔、そして燃え立つ時計台の頂点。重たげに軋みながら、そしてわずかに身を震わせながら、光のなか塔の群れが生い立つ。 
 つまりこれは、海に浮かぶ都市だ。
 すでに見えていた時計台を上に掲げるようにして、正面に市庁舎風の建物がせり出してくる。その壁面には螺旋や曲線の装飾が錯綜して絡みあい、しかしひと時もその場に滞留せずに層を重ね、上を目指して連綿とつづいていくので、建物全体はまるでひとつの植物、あるいはひとつの森となって聳え立つかのように見える。節くれだった樹の幹に似た飾柱はよく見ると、それ自体が実は精霊や女神のたぐい、海に臨み恍惚とした表情を浮かべながら凝固した神人たちで、その陰には同じく石から生まれた小人や半獣の神が隠れ、ずる賢そうにこちらを窺っている。だがそれよりも異様なのは、無数の軒蛇腹や破風から半身をつきだすようにして下界を凝視する翼の生えた獣たち、爪を壁に食い込ませ、顎を開いて威嚇しながら空中で永遠に硬直する怪物たちだった。そして彼らが守る建物の大樹の洞には、幾千ものガラスが嵌められ、光に反射してきらめいていた。
 空を圧するような市庁舎の背後からはしかし、次々に別の影が立ち上がる。
 豪奢な薔薇窓を正面に配する教会。百の列柱からなる柱廊。うずくまるドームの円蓋。花で満たされたバルコニーと路上で王冠を戴く伽藍鳥の偶像。商家に挟まれ頭上を連絡通路に覆われた小路が奥へと消え、数え切れないほどの階段、蛇行する階段、交差した階段、螺旋の階段、どこにも行きつかない階段が縦の空間をつなぎ、街の天頂までつづいている。さらに総身をガラスで覆われた温室が屋根の上にせり出し、三角形の大屋根を持つ駅舎らしい建物がそこに影を落とし、鉄筋の星を結ぶ観覧車がそのむこうで回転し──最後に破風の上の風見鶏がくるりと回転して、都市はついに動きを止めた。上空から射した陽が、街を黄金に染めたのは同時だった。
 しばらく街はじっと動きを止めていた。人影も見えず、物音もしなかった。通りにかかる吊り看板も微動だにせず沈黙を守っていた。だがそれから、どこからかひっそりと、鐘の音が響きはじめた。
 その鐘はまず、街の奥、目には見えない都市の心臓で打ち鳴らされたようだった。音は薄暗い小路を抜けて、ぼうぼうと伝わってきた。それからすぐに、もっと高い鐘の音、それから低い音がどこからか和合し、複雑な響きを創り出した。あるものは間断なく、あるものは間隔をあけて鳴らされ、そのあわいにはいくつもの旋律が秘められていた。都市にある千の鐘楼が次第に唱和へと加わっていき、やがて音はほとんど聴覚ではとらえがたいような大波となり、視界のなかで渦巻いて、少年の感覚を呑み込んだ。だが紛れもなくそれが歓迎のしるしであることにも、少年は気づいていた。港の街は沖から来た船の到着を祝い、青銅の歓声をあげているのだ。

 ふと少年は、港の正面にどうと聳える例の市庁舎──無数の鐘楼を備え、窓外には稠密な装飾が凝らされ、おそらくは時計台の内部の空洞に、精巧な仕掛け時計のからくりを隠している──から張り出した一艘のベランダに、華奢な人影が見えるのに気付いた。これから真夏の海に行くかのような軽装をした少女で、大理石の手すりに体を預けたままこちらを眺めている。少年は彼女が凍えるのではないかと訝かり、それからすぐに、自分の周囲がもう暖かな陽気に包まれ、辺りから冬の気配が消え去ってしまっていることに気づいた。それどころか視界全体に淡い光の靄がかかったようで、これまでずっと広がっていた暗幕はだんだんと後方へ引き閉じられていき、闇の部分はもうほとんど視界の端にしか残ってはいなかった。
「なるほど、こうなると寒さも感じない」
 航海士が楽しそうに呟くのが聞こえる。
 少年が息もつかず遠くを見つめるうちに、その光景はまるで航海士の望遠鏡で拡大されたようになっていた。少女の背後から髪を束ね、竪琴を抱えた女性が現れた。それは古い型で、武骨なほどの大弓だったが、少女はそれを微笑みながら受け取り、手すりのむこうの椅子に腰かけた。少女が振り返る直前に、少年はその微笑する眼差しがたしかにこちらを向いたような気がした。いつのまにか鐘の音は一つまた一つと蝋燭のように消えていき、静まりゆく海の上で船はゆっくりと速度を落としはじめていた。船首が湾曲する防波堤の突端に近づき、その内側の光の波に触れそうになる直前、鐘の音がついに途絶え、街と海は完全に静まりかえった。夜の幕はすでに引き上げられていた。演奏に入るまえの沈黙、舞台上の歌い手の呼吸すら響き渡るような静寂が、周囲を支配した。

 少女がハープの弦に指を触れる瞬間、航海士がパチンと指を鳴らした。

 数秒ののち、ブリッジから最大出力で青い光線が放たれ、強靭な槍は寸分の狂いもなく都市の心臓を貫いた。沸き立つような光の粒子の流れは、歓声をあげながらまず正面の市庁舎へとなだれこみ、内側から建物を溶かしつくし、ある時代の技術の絶頂を究めたこの建造物を、いずれ紐解かれぬ歴史の白紙へと戻した。それからゆっくりと左右の街並みが呑み込まれていった。光線は街の奥の墓地も、広場も、隅塔も見境なく灰燼にし、重厚な講堂を、曲がりくねった歩廊を、木漏れ日の公園をやすやすと消し去った。温室は屋根から転げ落ちながら消失し、観覧車は首を落として崩れ落ちた。教会が沈んだ。ドームが沈んだ。繋ぎとめる鎖はすでに切れていた。海の上の街は燃える蘆のように、海の底へと沈んだ。

 それから少年が目にしたのは、すでに見た光景の繰り返し──ただしまったくの逆順で進行する映像の再生だった。泉は涸れ、蟹の脚はすばやく引き込まれ、水平線は目にもとまらぬ速度で巻き戻された。金色の裂け目は縫い合わされ、夜のとばりがふたたび下ろされた。

「目を固くつぶってしばらくすると、瞼の裏にとらえどころのない形が浮かんでは奇妙な動きを見せる。夜の海でも、瞼の裏と目前の闇がくっつきそうな日には、ほんのときたまではあるが、そうした現象が現れることがある。この海上の蜃気楼を、船乗りたちは古くから海の影と呼んでいる。そして視覚は通常、人間の五感のうちで最も支配的な官能だ。そのため幻覚は他の感覚も侵し、実際とは逆の皮膚感覚や、しばしば幻聴まで与えることになる。そしてその妙なる調べはまるで……」
 呆けたような顔の少年のとなりで、航海士が得意げに解説を加えている。目の前には、文字通りもうなにもない。暗い。それに、寒い。
 少年は、いつのまにか自分がまた毛布に包まっていることに気づいた。気づかないうちに航海士が掛けていてくれたらしい。
「食事、冷えてるな」
 航海士が立ち上がって伸びをすると、それからなんとなく芝居がかった様子で額に手をかざし、海を見つめた。あらゆるものを見下すような姿勢を取ったまま、わずかに引き上げた口角の上に、いつかの少女のような瞳の色をたたえている。その深い海にどこからか光が射し、きらりとひらめいた。
「おおい」
 背後から間延びした声がして、ハッチが持ち上げられ、大柄な青年が窮屈そうに肩を出した。
 振り向いた二人は、その姿を見て、同時に吹きだす。
 そこには船倉から這い出してきたような毛皮のコートを何重にも着込んだ怪物が、甲板へ出ようとしてもがいていた。
「お前ら、なにこんなところでいちゃついてるんだ」
 ついに青年が諦めて、甲板に頬杖をついたまま声を上げると、
「うるさいぞ、いつまでも水夫仕事のくせして」
 航海士がまた壜を傾けながらやり返した。
「俺は単に狭いブリッジの階段を上ったり下りたりするのが……おい、あれ見ろ」
 ふいに青年が子供のように声をはずませ、海の方を指した。
 つられて振り向いた少年の頬を、涼しい風が撫でる。
 言いかけていたことを最後まで伝えるため、航海士がもういちど口を開いた。
「影はつねに光と、光はつねに影とともにある。海影という現象ひとつ取ってもそうだ」
 少年の髪をかき乱しながら、航海士はお得意の講釈をつづける。少年が何度となく聞き入った、宇宙の秘密を解く説教。
「だからお前はたしかに、ここで光を見ていたんだよ」
 海域を抜けるぞ、と言って手を離した航海士はくるりと振り返ると、なんとなく期待に満ちた表情で見上げる青年の脇を素通りし、船橋の下に取り付けられた伝声管へと歩み寄った。管の蓋を上げ、脇に垂れる引き紐の先の環を、片手に握る。
 そして紐を引いた。
 

 ここは摩天楼のようにそびえる船橋のたもと。機関部のいわば外殻にあたる鋼鉄板が足下にあり、鳥かごのような操舵室はめまいがするほどの頭上にある。頭上に掲げられた旗は強い風にあおられ、はためいている。航海士が船橋のすぐそばに立ち、伝声管にむかって話をしているが、なにを話しているかまではわからない。腰に手をあてたポーズと、苛立たし気な表情から推測すると、このところ頻発する伝声管の謎の混線に悩まされているのかもしれない。画面の前方下には大甲板が延びていて、船員たちがぽつぽつと外に出てきているのが見える。その向こうには夜の海が広がっているが、いま海面には上空の雲の隙間から降ろされた幾本もの銀の脚が浸っていて、海上に緑銀の文様をつくっている。おりしも雲の合間から月が姿を示す瞬間に、甲板に腰を下ろし座る少年は手を上げて水平線の彼方を指し、青年は首を傾げている。少年の指し示す海の向こうになにが見えているのかは、遠すぎて見ることができない。また少年がどんな表情でそれを指しているのかも、人物がこちらに背を向けて彼方を眺めているので、見ることができない。

海影の目撃について ©獏

執筆の狙い

またしばらくお邪魔します。

・三作目、二十八枚です。今回はふだん書いている感じのファンタジーです。自分が好きなジャンルで、出せるかぎり最高のものを出したつもりです。忌憚のないご意見をお聞かせください。
・テーマは「郷愁」、「ノスタルジックな世界」ですが、裏テーマ的なものもちょいちょい仕込んだつもりです。深読みして感想に書いてもらえると、作者は泣いて喜びます。

よろしくお願いします。

118.103.63.141

感想と意見

だみあんましこせ

たぶん自分がアホだからかもしれんけど

展開が遅くて描写が多くて 会話は読みにくくて

わくわくするものがない。。冒頭だけの印象

じっくり読めばよさげだけど。。

2018-02-13 11:28

210.169.207.233

だみあんましこせさん

感想ありがとうございます。
またまたご謙遜を。
だみあんさんみたいなシャープな文章も書けるようになりたいです。

反応もらえてうれしかったです。

2018-02-13 12:20

133.5.12.1

雪が降ると

拝読しました

伝言板から誘われたのですが
いつもながら上手いなと感じます。

ただ、上に出されているコメントが言い得て妙って感覚で他に書きようがないのでした。

少し逸れますが

新人映画監督の良作(興業収入に比例しない)は90分の法則みたいなのを僕の好きな評論家?がいってました。恐ろしい程に沢山あるのですが、今度TSUTAYAに行かれたらパッケージの上映時間のcheckも面白いかもです。

自分達が忘れがちになりやすい事が詰まっている気がします。

ありがとうございました

2018-02-14 07:21

49.104.22.204

雪が降るとさん

感想ありがとうございます。そちらまだ雪は降っていますか?こちらはもうやみました。

だみあんましこせさんの指摘がこのテキストの性格を的確についている、というのは私もぜんぜん同意です。
ただ、その書かれた形式なり内容なりをどう解釈し判断するか、には読み手によってそれぞれ違いがあるかとも思います。

ここで話をそらしますが。

最近私がよく考える問題は、作品の分量がその内容と形式を決めるのか、それとも逆か、ということです。
というのは、自分の好きな作家が、若い作家志望はふつう短いなかに凝縮された作品を書く、でもそれだと点と点がつながって線にならない、そしてそれを解きほぐしていく方向の人と、そうしない人がいる、どちらがいいとも言えないのだけれど、と言っているのを聞いて、それがずっと気にかかっているからです。
これは伝言板の発言でも、念頭に置いていたことです。

ですが、私はきっと何か大切なことを忘れていて、それでいまも、どこか盲人のような振る舞いをしているのだろう、という予感はあります。
冬を抜ければ気鬱も治ります。そしたら映画館にでも行って、90分の映画を観てみたいです。

2018-02-14 12:10

133.5.12.1

マルクトガル

再訪申し訳ありません

点と線の話

深いです。

興味が湧きました。

シミュラクラ現象

調べてみても面白いかもです


ありがとうございました

2018-02-14 12:28

49.104.47.250

パンゲアの末裔さん

感想読んでも作品読んでもぜんぜん気づかんかった(笑)

次の作品は『文学的シュミラクラ現象について』にします。

嘘です。

2018-02-14 12:49

133.5.12.1

カジ・りん坊

 冒頭の
『夜の海を世界周航中の大型船が進んでいる。海面は暗澹として動かず、そこへ落ちかかる分厚い雲の色調はさらに暗い。曇天は一部の隙もなく密に広がり、雲の下には一条の影すら差しこまないので、存在するはずの水平線も区別がつかない。船は広大な洞窟の闇のなかに浮かんでいるように見える。暗褐色の壜のなかにいるようにも見える。とはいえ、孤独な鯨に似た船体はいまこの瞬間にも休みなく前進をつづけていて、それを疑う者も誰一人としてない。だがその尾をひく波の文目も分からないほど、周囲にはなにも見えない』
 なんだけどね。
『夜の海を世界周航中の大型船が進んでいる』←で、夜の海じゃん。
『海面は暗澹として動かず、そこへ落ちかかる分厚い雲の色調はさらに暗い』←暗い夜じゃん。
『曇天は一部の隙もなく密に広がり、雲の下には一条の影すら差しこまないので、存在するはずの水平線も区別がつかない』暗い。
『船は広大な洞窟の闇のなかに浮かんでいるように見える』←暗いね。
『暗褐色の壜のなかにいるようにも見える』←周りに何も見えない感じに暗い。
『とはいえ、孤独な鯨に似た船体はいまこの瞬間にも休みなく前進をつづけていて、それを疑う者も誰一人としてない』があって、『だがその尾をひく波の文目も分からないほど、周囲にはなにも見えない』←また暗い。

 と、こんなにも暗いばかりが強調され、一番読み手を引き込めそうな『世界周航中の大型船』についてはまるで描写されていない。この船はタンカーなの?乗組員が何人ぐらいいて、どんな格好をしているとか、一等キャビンで貴族客などと書いてあるから、甲板にプールがあるとか、カジノがあるとか、まるでイメージがつかめません。書いてる人は自分の頭の中に船が浮かんでいるのでしょうが、文面から想像できなければ話がどんどん進んでいっても『あれ?こんな船だったの?』と思うばかりで物語の世界に入っていけません。

 もうこの最初の何行を読むだけで、こりゃダメだな。と思う人は多いと思います。

2018-02-14 16:43

124.110.104.4

めっちゃ暗いって言いたかったの。
次は明るくします。

2018-02-14 17:04

133.5.12.1

カジ・りん坊さん

「大型船」→「大型客船」としたほうが良いかな、とは思いました。
それから、船員の格好の描写もみじかくですが入れたほうが良かったかもしれません。

私は基本的に、説明はなるだけしない、描写は引き算で見せたいところだけしっかり書く、というスタンスです。
でもそれがなんらかのアンバランスを招いている可能性はあります。そういう指摘でしたら納得できます。

いただいた意見は、推敲の際に大切にしたいと思います。ありがとうございました。

2018-02-14 19:56

133.5.12.1

カジ・りん坊

 すいません、ちょっと突っ込みを入れさせて下さい。

 説明はなるだけしない、描写は引き算で見せたいところだけしっかり書く。

 夜の海を世界周航中の大型船が進んでいる。
 海面は暗澹として動かず、そこへ落ちかかる分厚い雲の色調はさらに暗い。
 曇天は一部の隙もなく密に広がり、雲の下には一条の影すら差しこまないので、存在するはずの水平線も区別がつかない。
 船は広大な洞窟の闇のなかに浮かんでいるように見える。
 暗褐色の壜のなかにいるようにも見える。とはいえ、孤独な鯨に似た船体はいまこの瞬間にも休みなく前進をつづけていて、それを疑う者も誰一人としてない。
 だがその尾をひく波の文目も分からないほど、周囲にはなにも見えない。

 どこが引き算やねん!

 おあとがよろしいようで

2018-02-15 11:12

124.110.104.4

カジ・りん坊さん

すみません、私の説明不足で誤解があったようです。

引き算と言ったのは、見えている世界をすべて描写はできないので、取捨選択して見せたいところだけ書く、ということです。
そうすると、ある部分に関しては映像が濃くなったり、ある部分に関しては対象がぼやけたり、といった描写になります。
ただし、ふつう書き手は読者に見えている風景を均一で違和感なくするために、説明と描写をバランスよくまぜていくものだと思います。
ですから、上の書き方がふつうじゃない、とか、どこが引き算やねん、というご指摘は、もちろんその通りなわけです。

補足は以上です。またなにか不明な点がありましたら、返信をください。

2018-02-15 12:14

133.5.12.1

だみあんましこせ

もうなんか事件からはじめたほうが入りやすいかなっとおもいますだ

言い争いでも 殴り合いでも セックスでも 

映画とかそうだよねえ 

タイタニックだって なんか 賭け事やってて 船にのれねえ まにあうかあ みたいな 絵の動きがあるし

なんか最初から動きあったほうが面白いような

2018-02-15 12:34

210.169.207.233

ラピス

雰囲気があり、暗い海を行く巨大な船の重々しさが伝わってきます。そして少年のキャラが立っていますね。

冒頭の割合が長編のように長く感じられました。
船の中で、もっと葛藤のある人間模様があれば面白いのにな、と思いました。◯◯殺人事件的な。
島の存在を知り、説明する学者のような人物がいてもいいかも。となるとページ数も増えますね。

2018-02-15 16:20

49.104.24.235

だみあんましこせさん

再訪ありがとうございます。わざわざすみません。

タイタニック鋭いですねー。
やっぱり映画は画面の動きが命だと思います。シンゴジラとかもずっと動いてて面白かったです。

この作品ですが、冒頭の一段落と、最後の一段落は対応していて、どちらも一枚の絵ってことで作者は書いています。
一枚絵のディスクリプションなので、基本的に動きはなく、展開もないのですが、それが面白くないっていうのはその通りだと思います。

ただ面白さをとるか、表現をとるか、みたいなことを考えたときに、私は下手糞ですが、いちおう文学志望なので、表現のほうを取るようにしています。
なんというか、わかりやすさと面白さを追求してやっていくと、自分の場合、もっている文章表現の幅が先細りしていく気がするんですね。
ただ、べつにこれは分かりやすくスマートに書いてる人を批判したり、否定しているわけではなくて、自分がそういう凝ったのが好きだからそうしている、そしてニッチを探っていけばいずれ利得があるんじゃないかと思いながら書いている、という感じです。

だみあんましこせさんにしても、それから雪が降るとさんにしても、シャープな作品を読んでいて自分が学べることは多いです。
それに私自身も、あとちょっと時間が経てば文章が自然にほぐれていくような気もしています。

再度のお声掛けありがとうございました。

2018-02-15 17:14

133.5.12.1

ラピスさん

感想ありがとうございます。
やはり冒頭ですか。推敲の際によく考えてみますね。

>>船の中で、もっと葛藤のある人間模様があれば面白いのにな、と思いました。◯◯殺人事件的な。

採用したい!のですが、残念ながらそれができない事情が……
ここでちょっとだけ作品のねらいを明かさせてください。

この作品は、典型的な文章スタイルを使い、ある程度既視感ばりばりの空間を作って、それからそれをすぐにぶっこわす、というのが主要動機になっています。
冒頭だと、暗い海を行く大型船、といういかにもな舞台があって、なんかおどろおどろしい噂もあって、という雰囲気を作ります。
で、するとなにか殺人事件とかが起こるのかな?と思ったら、それを航海士がずばり一言で片付けてしまってムードぶち壊し、というまでが一セットです。

ちなみに全体としては、このモチーフを中盤で変奏、後半で再現、ラストへ、という構成になっています。

ただしこれはあくまで理想なので、それに書き手の技術が追い付いていない可能性は十分あります。その点については今後も批判を待とうかと思っています。

それと人物描写ですが、この作品を書いているときはどうしても、それが絵の中の人物だという感じで書いていたので、そのせいで少し表層的になりすぎていたのかなと反省しました。

いずれにせよ、やはりまだまだ甘いところがあるようです。
感想ありがとうございました。

2018-02-15 17:40

133.5.12.1

カジ・りん坊

 獏さん 何度もすいません。少し気になるところがあり、ハッキリさせておいたほうがいいかな?と思いまして、再訪です。


 獏さんが考えている『見えている世界をすべて描写はできないので、取捨選択して見せたいところだけ書く』というのは普通のことです。むしろ当たり前です。
 それを当たり前に思えていないのは今までどんな本を読んでいたのだろうと思うばかりです。
 基本的に物語では『見えている世界をすべて書いて(描写して)いません。話に関係する部分を取捨選択して見せたい所や雰囲気を損なわないように選んで』書かれていると思います。

『ふつう書き手は読者に見えている風景を均一で違和感なくするために、説明と描写をバランスよくまぜていくものだと思います』と思ってしまっているのは、よほど下手な書き手の書いたストーリーだと思います。『風景を均一に違和感無く』ではなく『話に合った描写でストーリー展開や設定に違和感を与えないように』書いているはずです。

 御作の場合、あれほど暗い。真っ暗だ。闇の中。前後不覚。と充分過ぎるほど念を押しておいて『不意に青の光線が海上の果てまで貫いて航路を照らしだした』と、あっさり『明かり』がお出ましになっている。

 こりゃどういうこと?まるで雰囲気無いじゃん。今までの展開は何だったの?じゃん。それこそ気分を引き算じゃん。

 昔々ある所におじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。これも、話しの展開で必要であれば二人の年齢を入れなければならないし、ひげを生やしていることが重要であればひげをどのあたりまで伸ばしているなどの書き込みが必要になってくる。だけど、話の展開上読み手の想像できるようなおじいさんおばあさんで不都合が無ければ、そこまで詳しく書かないじゃん。『風景を均一に違和感無く』なんて馬鹿げています。

 必要があれば書く。必要が無ければ書かない。説明しなければならないことは説明する。話の流れで説明できるものであれば、話の流れの中で解説してしまう。

 たとえば『世界周航中の大型船』を「大型船」→「大型客船」としたほうが良いのか?後の話の展開で主人公の置かれた立場とメリハリをつけるためにゴージャスさを出して設備を書き込み、そこで客船の説明としてしまうのか?

 自分のスタンスがどうのこうの何て、まだまだ先の話じゃないでしょうか? 普通に一本書けるようになってから考えたほうがいいと思います。

 こちらからは以上です。またなにか不明な点がありましたら、返信をください。 

2018-02-15 17:42

124.110.104.4

カジ・りん坊さん

いえ、何度来ていただいても大丈夫ですよ。私はほんとに暇なので(笑)
どんなかたちにせよ、応答がもらえるのはやっぱりうれしいです。あと文学談義するの好きです。

>>基本的に物語では『見えている世界をすべて書いて(描写して)いません。話に関係する部分を取捨選択して見せたい所や雰囲気を損なわないように選んで』書かれていると思います。

その通りだと思います。

>>『風景を均一に違和感無く』ではなく『話に合った描写でストーリー展開や設定に違和感を与えないように』書いているはずです。

私もそれが言いたかったのです。殺人事件の現場で、なぜかひたすら探偵の肌の色の描写とかがはじまったら、それは奇妙な描写の偏りですよね。そうじゃなくて、違和感なく全体の場面を見せる、ということが大事なんじゃないかと思います。カジさんの指摘の方がもちろん正確で的確だと思います。

>>御作の場合、あれほど暗い。真っ暗だ。闇の中。前後不覚。と充分過ぎるほど念を押しておいて『不意に青の光線が海上の果てまで貫いて航路を照らしだした』と、あっさり『明かり』がお出ましになっている。

ここは対比を強調しています!

それからおじいさんおばあさんの話は、上に書いた通りです。

>>自分のスタンスがどうのこうの何て、まだまだ先の話じゃないでしょうか? 普通に一本書けるようになってから考えたほうがいいと思います。

スタンスっていうのはたしかに物書き志望が使うと痛いかもですね……ご指摘ありがとうございます。


以上を踏まえてですが、ファンタジーやいわゆる「幻想小説」を書くときには、描写の技法もなんとなく違ってくるのかな、と思います。カジさんはどう思われますか?

返信待ってるあるよ。

2018-02-15 17:59

133.5.12.1

カジ・りん坊

 当たり前と言ってはなんですが、描写の技法は作風によって変わるものだと思います。作品の世界観や話の流れのリズム感を損なわないように、過不足無く書かれるものと思います。

 作品によってはわざとギャップを狙って、ミスマッチで構成している場合もありますが、基本的には作品になじむような描写になっていると思います。

 対比や譬えも、作品の理解を深めたり興味を引くために重要な手段ではありますが、うまく使わないと陳腐になり味わいを損ねると思います。

 なぜそこで譬えが必要なのか?対比させる意味合いはあるのか?など、よく考えた上で文中にちりばめないと対比どころか退避されかねないと思いました。

 いかがでしょうか?

2018-02-16 11:25

124.110.104.4

カジ・りん坊さん

返信ありがとうございますー。
でも、ほんと時間取ってしまって申し訳ない……私は楽しいからいいんですが。
なにこいつめんどくさって思ったら、ほんとにいつでも切り上げてもらって大丈夫ですからね。

>>当たり前と言ってはなんですが、描写の技法は作風によって変わるものだと思います。作品の世界観や話の流れのリズム感を損なわないように、過不足無く書かれるものと思います。
>>作品によってはわざとギャップを狙って、ミスマッチで構成している場合もありますが、基本的には作品になじむような描写になっていると思います。

まったくその通りだと思います。ではこの作品ではどうか?というのがカジさんと私との議論のテーマになるのではないかと思います。で、私はこれをファンタジーとして、ファンタジーに向けた描写で書いている、というわけです。

冒頭の一段落だけにしぼって話を進めましょう。

ここで作者は「夜の海」なる空間を書きだしたいと考えています。これは、読んでいくとわかるように、あきらかに空想の産物です。陽の光が射さない真っ暗な海域、なんて現実にはありませんから。
そのため、「太郎は渋谷交差点にいた」と同じように、「その船は夜の海を進んでいた」と書くことはできません。夜の海がどんな場所なのか、そのイメージを伝えたい、と作者は思っているわけです。
そしてすでに述べたように、作者はあまり説明を好みません。「その海域はルーン海の北西にある。一年中空を分厚い雲が覆っているそのため、陽の光がまったく射さず、完全な闇に包まれていて、船人からは夜の海と呼ばれている」と言う感じです。べつにこれはこれで良いとおもうし、王道ですが、まあ、ここは書き手の趣味の領域になります。

つぎに、この段落では作中で重要となるいくつかのモチーフが出てきます。雲、影、水平線、壜。これらのイメージはここで使い捨てられているわけではなくて、のちの場面で再登場し、読者にこれまでの場面の連想を働かせることになります。これはファンタジーと言うよりは文学的な要素になります。ですから、単純に暗いってことを何度も言ってるわけではなく、作者はここである種の伏線を張ったりもしているわけです。

しかしそうした文学要素のほかに、先に述べた「一つの幻想的な世界を描き出したい」という思いもまた強いので、そのへんを総合して、まあこのくらいの描写しかできなかった、とお考え下さい。

とはいえ、ほかの方からの指摘にあるように、こうして技巧ばかりに目を向けた結果、頭でっかちになってしまい、作品としては不格好になっている、読者を引き込めていない、という批判もあるかと思います。カジさんの指摘もきっとそれを踏まえて、またべつの言い方でたしなめてくださったのでしょう。

私はこうした指摘をほんとうにありがたく思っていて、推敲の際にはとにかく分かりやすくするようにいつも直しています。ほんとですよ。この冒頭の場面も、もとはもっと読みづらかったのですが、なんども書き直しました。そしてじっさい、「とにかく暗い」ってことはとりあえず伝わってくれた(笑)で、このちょっと尋常じゃない暗さが伝わってくれたなら、つぎの光の場面もたぶん対照的な、鮮明なイメージとしてその読者は思い浮かべてくれるんじゃないかと思うんです。むろん光が消えたあとの、ふたたびまっくらになった空間の寂しさ、とかもです。

私は古典ではなく、子供向けファンタジーからこの世界にはいった獏ですので、比喩とか技巧とかよりも、ほんとうはとにかくきれいな、わくわくするものが書きたい、と思っています。ときどき忘れちゃいますけどね。

まだ一緒に踊ってくれるなら、コメントをください。

2018-02-16 12:36

133.5.12.1

マルクトガル

楽しそうなので……乱入してごめんなさい

海のシーン

最近観た中で上手いな~と唸ったのは『ムーンライト』https://youtu.be/c-vD-mO9Th0
で使われた海のシーン。

海を照らす光が暗に生きている事の明暗?その時々の浮き沈みを無意識下に刷り込まれていて、希望を感じた明るさと、好奇心と嘲りが複雑に共存する陰鬱で哀しい暗闇の世界。

でも、それはキャラクター達の存在を消したりするほどに強いはずもなくて。

『なんだよ畜生。面白いじゃねーか』と唸りながら見終わって直ぐにもう一度初めから眺め直したのでした。


情景と物語の関係性の話


興味があります。

色々な考え方

面白いです

2018-02-16 16:21

49.106.205.230

えんがわ

不思議で重厚な世界を「見ている」印象でした。

なんでかと言うと、主人公の動きが殆ど無いからかな。とか。
主人王は不思議な現象を見ていて。
航海士と喋っていて。
食事をとって寒さを感じて。

それ以外の大きなアクションを取ることもなく。
物語に波風が立たないというか、躍動しないというか、ちょっと平べったい感じでした。
地の文が重めなので、なんだか、描写がずらーっと続いていくというか。

世界を観察するのも好きなんですが、主人公と一緒に世界を体験する、という作りのほうが個人的には好きかなー。
何も大きなアクション、魔獣と戦ったりとかするのでなくても。
不思議な現象に出くわしたのなら、目を凝らしたり、震えたり立ち上がったり。
話をするにしても、仕草を交えたり、笑ったり、不満げにそっぽ向いたり、無表情だったり。
食事をとるならがつがつと慌てて喉をつまらせたり、寒さに震えて手をさすったり。
そうした生きた動き、とか、ううん、と思ったんです。

って、それは自分に足りてない部分で、半ばというか殆ど自己批判だったりするのです。とほほ。

少し言葉のチョイスが大業で身近なものとは遠いのですが、肩に力はいってる感みたいなのも感じるのですが、それはそれで何処か異世界感がありましたよ。
こういう表現、自分は苦手なので、ちょっと嫉妬です。

2018-02-16 19:02

153.204.218.215

マルクトガルさん

乱入大歓迎です。お好みでフォックストロットでもチャチャチャでもいけます。

映画話なら、私の乏しい鑑賞体験からひとつだけ。
それは、ベタですけどもね、『ベニスに死す』です。(でたあ、くらしっく趣味!)
私はまったくの映画初心者ですが、やっぱりあの最後の映像を見たときは、ああきれいだなって思いました。これは文章表現の域を超えているな、とも。

あの海って、なんなんでしょうかね?つまり海は背景にあって、物語になんらかの彩りとか暗示とかを加えているのか、それとも、あの海自体が画面の主役なのか。それとも両方か。

まあ、たぶんすでに何千となく批評があるんでしょうが。

キャラクターの存在感というとですが、
あの場面で海に立つタッジオと、そしてそれを見てる主人公もやっぱり存在感ありますよね。けっして風景に呑み込まれてはいない。

なんというか、偉大な先行作品が多すぎて眩暈がします。

マルクトガルさんも、お声掛けありがとうございました!

2018-02-17 15:51

133.5.12.1

えんがわさん

感想ありがとうございます。そしてやっぱりこのサイトの方たちって読みが鋭い……。

他の方への返信でも書いたことですが、この作品はまず「絵の中の世界」みたいなものを表現したくて、書きました。
始めに一枚絵の描写を置いて、読者はそれを「見ている」。それから絵の物語があって、物語の中ではこんどは主人公が、海上に現れる幻想を「見ている」という感じです。

そのため、焦点はなるべく見ている側の人間ではなく、対象となる風景のほうにあてたい、と作者としては思っていました。
といって完全に描写を切るわけにもいかないので、船の上の事情については暗示的な描写や「噂」ていどにとどめて、海上の風景のほうをがっつり描写する、というふうに決めて書きました。

ですので、その点をえんがわさんに気づいていただけてうれしかったです。ああ、ちゃんと読んでくれてるんだな、と思って。あと、描写がべったり、という意見には、自分の力不足を感じています。

えんがわさんが、これ好みでない、っていうのはすっごくわかります。というのは、私はもう一面にある作品を読んで、そこで自分にない「生の手触り」のようなものを見せられた気がして唸らされましたので。
ほかの方への返信では、これは絵の中の人物だ、と書いたのですが、しかしよく考えてみると、作者はこれまでも生きてる人間というよりは人形みたいなすべすべした人物しか書いてこなかったような気がしていて、その点はいま反省しています。こちらももう少し腕を磨こうと思っています。

それと、文章がちがちで肩凝りすぎなのはほんとその通りです。こういうのは、一度やりだすとなかなかやめられないので(笑)ただ、上手いもの書こうと思って肩に力入れているというよりは、単純に作者がこういうのが好きなんですよね。難しく書いたからえらいとか上手いとかはぜんぜん思ってなくて、こういう古臭い書き方にもなにか利点があったんじゃないか、と思いつついろいろ探っています。

とはいえ、えんがわさんの作品はレベルが違いすぎて私なんぞ嫉妬すらできねえって感じです。

的確なアドバイスをしていただき、それからこんな暖かいお言葉までもらって、本当にありがとうございました。

2018-02-17 16:35

133.5.12.1

マルクトガル

情景と物語の関係って難しい

小説なら尚更に難しいと感じてます。

北野映画のように極端に背景を捨てる?(消す)事で言い難い違和感と言うかなんとも落ち着かない感じを文章として出すのは、緻密に濃厚に背景を切り取るよりも逆に難しい気がします。

小説では、背景が書かれてないと(?)が頭の中で渦巻くし、書きすぎると餅を食べ過ぎたときみたいに他の美味しそうな部分が入らないし。

僕はいつもサスペンス(ハードボイルド調)の作品ばかり読んでいるので、どちらかと言えば淡白な表現が好きなんだけれど。書き出したらなんだか意味もなく色々なものを拾い集めてしまってガチガチの描写になって煩い表現になってしまうのでした。

あっ……淡白なのが良いけど百田●樹みたいな書き方は嫌いです。

濃厚? 淡白? 
情景と物語の関係って、どれが正解なのでしょ……
今回の御作のように冒頭で緻密に書かれている(やりすぎ注意)のは僕は好きなのですが、どこでその風景から物語の動きに読み手の意識を向けるのが正しいのか知りたいです。
折角、冒頭で物語の濃厚な世界観を受け入れた読み手を満腹だからと退店させるのは勿体無いし、だからと言って自慢のカレースパイスを一つ一つ説明したい……

良い具合ってやっぱり難しいのかも知れないですね……

何度もごめんなさい

色々、考えさせられました。

ありがとうございます

2018-02-17 17:23

49.106.211.41

マルクトガル

あっ、「ベニスに死す」
観てないのでなんとも言えないのですが
今度観てみます

何度も本当にごめんなさい

2018-02-17 17:31

49.106.211.41

マルクトガルさん

キタノ映画って、アウトレイジくらいしか観たことない(昔ほかのも観た気がしますが忘れた)のですが、あれは情景はなくても動いてる画面そのものがきれいだったりしません?
それに比べると園子温とかはどぎつくやってても各シーンがあんまし絵になってなくて、それで個人的には趣味じゃないかなって思います。

小説は映画とはべつなんですけど、今の時代、小説は映画を無視してはもうやっていけないでしょうね。アニメとかマンガの表現もこの国ではたぶんもう無視できない。他の表現ジャンルとのすりあわせが大事なのでは。

いちおう小説における描写と筋の組み合わせ方、とかいうのは、ここ二百年くらいでほぼ完成されている技術だと思うんですよ。つまり伝統という正解がある。でもそれは作例を読んで、自分で実作しないと身につかないし、言葉で説明もできないと思うんです。その点、自分の勉強不足を日々感じています。

まあ、鑑賞と実作ともに楽しみながら(←ここが大事だ)、巨人の肩に乗るつもりで頑張りましょうー。

2018-02-17 17:54

133.5.12.1

ヴィスコンティぜひに。超絶美少年が見られます。でもストーリーが楽しい感じではないです。

2018-02-17 17:55

133.5.12.1

藤光

読ませていただきました。

おもしろいです。
雰囲気がある。
作者に伝えたいことがあることが、文面から分かる。その表現が拙いことに、一所懸命さが感じられて、微笑ましい。

褒めています。――念のため。

>海抜はるか上空、機関部から突出し要塞のように聳えるブリッジ、その上層に位置する操舵室から命令が発され、最上部に搭載されたライトが作動したのだ。音のない稲妻が舐めるように遠方へとはしり、彼方にある海と空の境界まで到達する。そうして進路を確認しおえると強烈なハイビームはふたたび消灯され、すると海域はふたたび明かりを消された子供部屋のように寂しくなる。

小説の冒頭に出てくる文章をみると、

>要塞のように
>稲妻が舐めるように
>子供部屋のように

と比喩(直喩)が三度も現れます。直喩は何度も出すと「あまり文章が上手くない」と思われるので、避けた方がいい。少なくとも「ように」は重ねない方が良いでしょう。同じ表現が続くと退屈に感じられてしまうからです。

更に、

>機関部のいわば外殻にあたる鋼鉄板が足下にあり、鳥かごのような操舵室はめまいがするほどの頭上にある。だらりと垂れた旗の下、船橋の壁面で手に届く範囲は様々な器具類や管束が雑多に覆っていて、その中に設置された白熱灯が辺りを乏しい明りで照らしている。前方の大甲板はさらに低層にあたるところを延び、常夜灯のわずかな明かりが点々とともるさきから、大海の虚空へと落ち込んでいる。その黒曜を鏡に延べたような海面を見ていると、しだいに平衡感覚が失われ、やがて逆しまに海中へと落ちていくような心地さえする。それでも少年はあえて視線をそらさずに、ただ甲板に触れる指先だけに力を入れ、その感触を確かめた。冷たい。だが、ほんのわずか、熱を発しながら忍耐強く運動をつづける機関部の振動が手や足裏にまで伝わってくる。それは少年がさきほどまで呼吸していた船内の息苦しい喧騒のなごりだ。息をひそめると、大食堂のどよめきが遠く、深くに聞こえるような気もする。

この部分は、描写が足元から頭上そして、前方へと移動していきますが、さらに海中へ下りていったかと思うと、すぐ手元、足元の描写に戻ってくる(またかよ)という、複雑な視線移動がある構造になっています。間にセリフを挟むことなく立て続けにこうした描写を続けると、飽きっぽい読者は読むことをやめてしまう危険性があります。

書こうとしている事自体はとても良いのですが、読んでもらえないと意味がないと私は考えます。次作に期待します。ありがとうございました。

2018-02-18 16:34

119.104.9.185

藤光さん

感想ありがとうございます。雰囲気があると言ってもらえてうれしいです。なんだろう、デートスポットを間違えなかった安堵感みたいな?

失礼しました。話を戻します。

ええっと、私は小説に対する考え方がちょっと変らしいので、いわゆる感想ももちろんうれしいのですが、藤光さんのようなテクスト分析っぽいコメントも大好きです。こういうのも欲しかったんだ……といま少し震えています。

それでまず、同じ段落の文章に直喩が多すぎ、というご指摘ですが、これは本当にそうだと思います。今回のご指摘を受けて私もあっと気づきました。これだと、くどい感じになりますよね。現実離れしたファンタジーだし、比喩使いまくり装飾しまくりのこてこてした文章を書こう、とは思っていたのですが、この連打はまずかったかなと思います。推敲の際に改めたいと思います。

次に視点移動についてのご指摘。これも鋭くて、正直このコメントを読んだ時にはぞくぞくしました。
ただ釈明というか、申し開き的なものをさせていただくと、作者はいちおうこの視点移動は狙って書いておりました。作品の一番最初の段落の文章(「夜の海を~」)で、カメラを俯瞰的な位置にずーっと置いて動かさなかった、それで画面の「静」みたいなものを表現したつもりだったので、その次の段落からは対照的にカメラを動かしまくろう、と思ったんですね。
それで三段落目(「海抜はるか上空~」)からは、下から上へ激しい上下運動、手前から奥へ広くすばやい移動、というのをやって、その次の段落でも、それこそ空間を「舐めるような」カメラの動きを意識して書きました。ただし視覚だけじゃなく、触覚とか聴覚とかの意識の方向をどんどん変えていく、みたいな。

で、これが読みにくいというのは、まったくその通りなんです。

なんというのかな……大学で映画研究会ってあるじゃないですか。それでちょっと芸術趣味の学生がカメラを持つと、まあ、ほんとにいろいろやりたがる。これが俺の私の芸術だ!みたいな(笑)でまあ、そういうのって痛々しいし、そんなに多くの人に読んでももらえないんですけど、どんなプロの芸術家もたぶんはじめはそんな感じで下手糞だったと思うんですね。

なのでまあ、私はべつにエンタメ作家になりたいわけじゃないし、自分のやりたいことを技術的に示して、それで批判を受けられれば、それほど一般受けはしなくていいかな、とはすこし思いつつ、でもやっぱり大切な作品だしいろんな人に読んでももらいたい、藤光さんがおっしゃるように「読んでもらえないと意味がない」、だからもっと読者に歩み寄るべきなんだろうかとか、けっこう悩みながらここまで変な小説を三作書いてきています。(ちなみに、個人的にはこの作品が今のところ一番マニア向けだと思っています。)そういうときに、いろんな方の意見を聞かせてもらえると、とても参考になります。

次回もおそらく変な小説になるとは思いますが、今後ともにやにやしながら眺めてもらえたら幸いです。

ありがとうございました。

2018-02-18 17:37

133.5.12.1

香川

読ませていただきました。

正直、半端ではない描写力をお持ちの方だなと感じました。

冒頭から、かなり硬質な感じの語彙選択、そして漢字の使い方で、海の闇の重苦しさ、息苦しさがたいへん良く表れていたと思います。
この語彙と漢字は全体でも共通していますが、作品の雰囲気という意味で、とてもよかったと思います。

一つ一つの描写のイメージがよく伝わってきて、特にそれがひとつの像を結んだ時の感覚は、なんというかカタルシスに近いものがありました。
例えば、漆黒だった海に一筋金色の線が浮かび上がってからの光の描写、そして海の上の都市が劇場の書割のように現れるその様は、大変な迫力がありました。

おそらく書き手の方の中に確かなイメージがあって、それを正確に描き出そうとされているからだと思います。

それと、順番が前後してしまいますが、前半の甲板に出て海を眺める時の、遠くに感じられる船内の喧騒の様子が、なんだかリアルでした。
海洋ドラマをよく見ていたことがあって、思い出しました。

ですが、ちょっと全体に描写が強すぎると思ったのも事実です。
28枚分あるということですが、描写部分がそのほとんどを占めているので、読んでいてかなり脳への負担があったように思います。
描写というのは、読み手が文字から映像を想像しなくてはならないので負担はかかりやすいと思うんです。
ですから、かなり高い密度の描写がずっと続いてしまうと、読むのも辛くなってきてしまうように感じます。
それに描写の濃淡、強弱がついていた方が、より重要な部分が際立つのではないかなと。

それと、上の方で「ひとつの像を結んだ時の」という書き方をしましたが、実はそれが出来ないかしょも多かったんです。
うまく言えませんが、描写する言葉は溢れているけれど、肝心の言葉が抜けているため、なんとなくイメージはあるのにそれがひとつの像に結実していかないというか…。

例えば、光が差す描写があったとして、その光の様子がとても良く表現されていても、それがどの方角から伸びてきているのかが分からないため、頭の中で映像化されない、みたいな、そんな印象を受ける箇所が結構あったんです。
どういう情報が足りなくて映像が見えないのか、ちょっと良く分からなかったりもしたのですが、とにかく、密な描写の中で、なにか抜け落ちているものがある部分も、なくはないのかなと思います。
読み手側の読解力不足という可能性もありますが…。

ですが、この描写力は本当に素晴らしいと思います。
私が書いた「映像が見えない」という所は、書き手の方にはかなりはっきりと見えている分、どういう言葉が足りないか探しにくいとも思うのですが、
時間を置いて読み直されるといいのかなと思います。

ありがとうございました。

2018-02-18 23:16

27.95.81.7

香川

何度も申し訳ありません。
ちょっと補足を…。

描写面で足りない言葉が…とお書きしましたが、たぶん映像化するのに必要ない、
むしろ文章を複雑にしてしまって読み手の脳裏に映像を映す妨げになってしまっている所もあるように思いました。
うまく描写できていれば、案外、言葉にしなくても読み手の想像力が補ってくれることもあると思います。

必要な言葉の取捨選択と言うんでしょうか。
イメージのどこまでを言葉にしてどこまでを読み手に託すのか、
削ってはいけない最小限必要な言葉は一体何なのか、
そういったところを吟味されて書くと、今でももちろんレベルの高い描写ですが、またさらに素晴らしいものになるのではないかなと思いました。

でも、色々書きましたが、私はけっこう自分でも描写するほうなので(読んでいただいたものは人称や文字数の関係で最小限に抑えてますが)
読んでいてとても勉強になりましたし、面白かったです。
少しでも追いつけるように努力したいと思います。

ありがとうございました。

2018-02-19 11:01

27.95.81.7

藤光

再訪です。

>私はべつにエンタメ作家になりたいわけじゃないし、自分のやりたいことを技術的に示して、それで批判を受けられれば、それほど一般受けはしなくていいかな

わかります。
ごはんには、そういう人が多い。そういう人には居心地がいいところです。(私もそうかもしれない)
ただ、純文学だって何だって、その書く動機はともかく、作品そのものは人に読んでもらうことに本質があるのであって、そこを外すと小説ではなくなってしまう。そのため、書きたいことと、書くべきこととの間で迷いながら、落とし所を探る作業を続けるのが、プロ・アマ問わず作家というものなのでしょう。

蛇足でした。
失礼しました。

2018-02-19 12:33

106.130.207.19

香川さん

感想ありがとうございます。
返信遅れてしまいすみません!じつは御感想が面白かったので、昨日一晩考えてから返信しようと思っていたんです。そしたら今朝も補足をいただいていて……ありがたいです。

描写力あると言っていただけて救われました。というのは、いまざっと一面を見ただけでも、異世界や不思議現象について、この作品とは違う仕方でとはいえ、見事に描写している作品がいくつかあって、それでちょっと自信喪失していたんですよ(笑)こんなふうにも書けるんだ、こんなにも書けるんだって感じで。いや、ほんとにファンタジーの書き方は奥が深いです。

ですが、そのファンタジーの成立にはある種の「リアルさ」もぜったい必要で、それについても感じていただけたようですごくうれしいです。

とはいえ、問題点もやはり描写にある、というご指摘でした。

香川さんのご指摘──描写は読者に映像化の作業を強いるため、通常よりも負担をかける。だから凝縮した描写をずーっとつづけると読者はついてこれない。そのため「描写の濃淡、強弱がついていた方が、より重要な部分が際立つのではないか」──これはもう、ほんとに金言で、その通りなんです。香川さんのお言葉、こんご忘れないように心にとめたいと思います。ただ、ほんとうはですね、この作品でも作者はそれを忘れていたわけではないんです。それが効果的だとは分かっていた、でもちょっと実験したいという気持ちの方が勝ってしまった、というのが実際の感じです。つまり自分の描写だけでどれくらい行けるかやってみたかったんです。まあ、結果はおそらく惨敗だったんですけど(笑)

ですが、濃淡・強弱をつける仕方については、ほんとうに今いろいろと思案しています。こうすればもっと文章のリズムがよくなるかな、とか、イメージが伝えやすくなるかな、とか。たぶん香川さんってこれについて具体的なアドバイスもできるかたなんでしょうけど、文面の控え目な感じからして、たぶんそこをあえて言わずに私に考えさせてくださってますよね(笑)ご想像の通り、わりと我が強いほうなので……そういう配慮はありがたいです。

それから、描写が密になると、そのぶん空白が目立って逆に像が結べなくなる、というご指摘。これも面白いですよね。「私は東京にいた」と書くと、読者は「東京」をストレスなくイメージしてくれる。これはある意味奇跡です。ですが作者がいったんその「東京」を微に入り細を穿ち描写しはじめたら──都市の情景はとたんに解体してバラバラな断片になってしまう。でもプロってそれを力技かなにかで纏めちゃうようなところがある。これはもう、単純に私の力不足だと思います。

香川さんが二つ目のコメントで言ってくだすったのは、どっちかというと、「東京は東京」の方向だと思うんですよね。シンプルでいいんじゃないの、という。私はどちらかというと、たとえば東京ならすごく複雑怪奇な場所で、それを写しえる文章もやはり複雑怪奇なものなんだろう、と思っています。この作品なら、この都市はある種のゴシックなので、それならそれを写す文章もゴシックでしょう、みたいな感じです。香川さんはゴシックっぽい文章って読まれたことあります?ああいうのってあきらかに読者のなかでの映像再現とかは二の次で、作者は完全に雰囲気で書いてる(笑)この作品はそれに対する批判みたいなものも含んでいるのですが、どうかな。

ただ、そうした文学論を語る前に基礎を抑えましょう、というのは当然あって、そのときに言葉の取捨選択とか、今回いただいたアドバイスはどれも的確で、ほんとに心に響きました。

……でもなんかすごく頑固な感じの返信になってしまいすみません。なんなんでしょう、いちおうこの作品は作者なりの実験作として書いたつもりで、私が実験作に仕立てた以上、「あなたのお子さんは定石を外れている、ふつうじゃない」という先生方の指摘に対して、ある程度は自分の子供の性格を擁護してやりたい、という感じの親心がはたらいてしまうんですね(笑)まあ、一歩間違えるともんすたーぺあれんつですが。

とはいえ、

>>私が書いた「映像が見えない」という所は、書き手の方にはかなりはっきりと見えている分、どういう言葉が足りないか探しにくいとも思うのですが、時間を置いて読み直されるといいのかなと思います。

というこのご指摘には、ふだんから空想ばっかりしている私にはこれ以上ないくらい的確なアドバイスだと思いました。推敲の際に心にとめておきたいと思います。

もうぜんぶ触れられたかな?

ああそうだ。追いつくなんてとんでもないですよ、私は周回遅れで、しかもまだまだ外堀を埋める予定なんですが、香川さんはとにかく公募に集中、どんどん突っ走っていってください。香川さんの感想に現れている問題意識とか、ちょっと文学側の泥沼に引き込んでみたい気もしますが、いずれにせよ人を楽しませられる才能は貴重ですからね。

いろんな意味で感想をつけにくい投稿作だったのではないかと思いますが、こうして的確なアドバイスや暖かい言葉をいただいて、ほんとうに励まされました、ありがとうございました。

2018-02-19 12:50

133.5.12.1

藤光さん

再訪ありがとうございます。

藤光さんが言われてることはほんとにその通りで、ジャンルにかかわらず書き手の誰もが心にとめておくべきことだと思います。

ただその絶対的な正しさが、なにかその重みでもって創造性を殺すんじゃないか、とも思うんです。私は自己批判するときには徹底的にやります。お前の書いてるものわけわかんないじゃんって。でもこうして周囲の目に触れるところでは、むしろ冒険する書き手、あんまり伝わらなくても表現に賭けてる書き手を応援したいと思っています。藤光さんが言われるように、ここにはそういう書き手が多くて、でも厳しい批判が来る以上はたぶんそんなに居心地が良くもないと思うから。

ですが。

その藤光さんが私への批判のなかにほんものの自己批判を込めてるってことは、ちゃんと気付いてます。お互いがんばりましょう。

2018-02-19 13:04

133.5.12.1

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

:
:
:
3,000字以内