作家でごはん!鍛練場

『いつか必ず訪れる、その時まで。――出会い編――』

アカサカ著

 初投稿になります。まだまだ未熟な者ですが、できることは書いたつもりです。
 このお話は、私のある考えから作られたものです。それは――
 「どうせ死ぬのに、今したいことをすることに意味はあるのか?」
 ――という疑問です。つまるところ、私は主人公サイドです。
 私は人の心情を表現するのが苦手なので、あえて心情描写が必要な恋愛物を書いてみました。
 厳しい評価を、よろしくお願いします。
(誤字脱字あったら申し訳ありません)

 深夜の病院に、幾人もの忙しない足音が響く。
 「大丈夫ですか!」
 「意識をしっかり!」
 そこだけ別世界のような喧騒の中に、俺は一目散に飛び込んだ。
 「愛羅!」
 かけがえのない人の名前を、いま最も大切な人の名前を、叫んだ。
 「ああ、来て……くれたのか」
 担架に乗せられ、運ばれている少女の顔にもはや生気と呼べるものはなかった。
 いつか来ると分かっていたはずだ。覚悟はしていた。だが……それでも……
 俺は愛羅の手を両手で握りしめた。
 「おい、泣くな」
 彼女に言われてハッと気づく。
 「わ、悪いな。お前に見せる最後の顔は、笑顔だと決めていたのにな……」
 それでも、溢れてくる。何度拭っても……何度拭っても。
 「いいんだ。来てくれただけで。私はそれで十分だ」
 彼女は顔に笑顔を貼り付けた。
 「そしてお前が今を楽しんでくれれば、それでいい……」
 それが作り笑いだと分かっていながら、俺は何も言えなかった。
 「一年、私のわがままに付き合ってくれたこと、感謝する」
 そう言って愛羅は殆ど動かないはずの手で俺の手を握り返してきた。
 その手は病的なまでに細く、冷たかった。
 「礼を言うのは俺の方だ。お前がいなかったら……俺は……」
 最後まで言い切れない。彼女との最後の時間を一秒たりとも無駄にはできないのに……言葉が……出ない。
 「それ以上言わなくていい。何度も言っているだろう?大切なのは、今だ」
 ほんと、君は強い人だ。俺なんかとは比べられないくらいに。
 そんな俺は「そうだな」と返事をするので精一杯だ。
 ここで彼女は「本当の」笑顔を見せた。
 「もう時間がないみたいだ。最後は私に喋らせてくれ?」

 そう言って愛羅は――

 これはいつか、必ず訪れる別れの日の物語。
 そしてこれから始まるのは、決して避けられない、別れの日への物語。 



 「私と付き合え!」
 大分傾いた太陽が照らす校舎の屋上で。
 夕焼けには少し早い空の明かりにに照らされている彼女――神崎愛羅はそう言った。
 校舎の下は下校する生徒達で少々騒がしい。
 風が吹き、彼女の長い黒髪を揺らす。
 しかし彼女は気にする素振りも見せず、一直線に俺を見ている。
 大抵の人ならこんな場面での答えは決まりきっているだろう。
 俺は小さく息をすい、答えを伝える。
 「お断りします」

 四月十日月曜日。
 公立立風高校三年始業式。の、放課後。
 靴箱の中にラブレターというベタな方法で呼び出された俺は屋上で彼女と出会った。
 神崎愛羅。同学年ではあるが、喋ったことは無い。平均より高い身長にきりっとした目、そして長い黒髪が特徴的だ。
 そして自分に確固たる自信をもって生きている彼女は、多くの人からの信頼を一身に集めていた。……俺とは生きる世界の違う人間だ。
 それに実際、男子からはかなりの人気を誇っている。まぁ俺としてはまったく興味が無いが。
 なぜかって?それは――
 「おい、聞いているのか」
 彼女は不機嫌そうに言った。
 「だから、断ります」
 この言葉を何度繰り返したものか。いや、二度目か。
 「なぜだ?こんな眉目秀麗で成績優秀、完璧美少女の告白をなぜ断る」
 「自分で完璧美少女だなんていっている時点で無理ですよ。」
 それに、眉目秀麗ではいいのは顔だけになっちゃいますよ――と。
 「う、うるさい!」
 急に顔を赤くした彼女がそういった。
 「顔もいいのは事実なんだから別に問題ないだろう」
 フフン、と自慢げな顔で言った。
 「じゃあ他は残念だと?」
 「……」
 彼女はうつむき、そのまま何も言わなくなってしまった。拗ねてるのか?
 さっきより強い風が吹く。俺も腕で目を覆ってしまった。
 風が過ぎ去る少し前。
 彼女は乱れる髪を気にする様子も無く顔を上げた。
 「分かった。お前の答えは聞いた。だが私はあきらめんぞ。時間のゆるす限り何度でも告白してやる」
 時間?あぁ、高校を卒業するまでか。しかしそれなら無理だな。俺はその頃、もうここには居ないだろう。
 「分かりました。ですが、俺の気持ちは変わりませんよ?それは己のためであり、あなたのためですから」
 彼女は鷹揚に頷いた。
 「それならば、また明日だ」
 彼女が微かに笑った気がした。
 さようなら、と呟き校舎の下に目をやる。もうほとんどの生徒が下校したようだ。
 目線をあげる。そこにはもう彼女の姿は無かったが、代わりに通用口の扉の閉まる音が聞こえた。
 「行動がお早いことで」
 はぁ、とため息をついた俺はおもむろにかばんを開き、中から一通封筒を取り出す。
 無地で真っ白、宛名しか書いていない洒落っ気の無い封筒だ。
 その中から三つ折にされた便箋を引き出す。
 この便箋も白地に黒い行線が入っただけのものだ。
 そこには綺麗な字でこう書いてあった。
 『放課後、屋上に来い。大事な話がある。来ないと許さん』
 俺はこの脅迫文じみた手紙を見てここに来たのだ。
 靴箱の中に入っているこの手紙を見たとき本当になんだか分からなかった。一瞬何かの脅しかとも思った。
 おかげで一緒に帰ろうとしていた友人にまで中身を見られてしまった。
 男子高校生が仲間がラブレターを受け取っているのを見てはやし立てないものなどほとんど居ないだろう。
 当然のごとく騒ぎ始めて、俺を残して帰ってしまった。……明日が恐ろしい。
 というか俺に告白ってどうなんだ?今までは喋ったことないし。一目惚れ?いや、それは無い。自分の顔は中の中だと自負している。一目惚れされるほど整ってはいない。
 一目惚れされるなら彼女のほうがまだ可能性としては高いだろう。というか結構居るんじゃないのか?彼女に一目惚れした奴。
 まあいい、と考えを放棄して帰路につく。
 学校から自宅まで徒歩十分だ。
 この学校を選んだのも家が近いからである。偏差値が結構高くてそれなりの成績をキープしていた自分でさえ受験勉強は地獄のようだった。
 もう二度度したくない。そんなことを考えていた。
 屋上から出るため通用口のドアノブをひねる。

 カチャ。

 ……鍵がかかっている。


 午後六時、自宅。
 結局友人に電話して戻ってきてもらい、内側から鍵を開けてもらった。
 友人宅は学校から徒歩二十分の場所にあり、屋上から脱出できたのは午後五時半ごろとなってしまった。
 友人にお礼を言ってすぐさま逃げるように帰ってきた俺はそのまま部屋着に着替えてベットにダイブしていた。
 ふと机の上に放り出したかばんを見る。 
 もう使い古した通学用のかばんだ。
 かばんに手を伸ばす。
 ……後ちょっと届かない。
 ベットから落ちる寸前まで体を動かして手を伸ばす。
 ……あと数ミリ。
 腕が大分辛くなってきたが気にせず手を伸ばす。
 指先が何度か空を切り、とうとうかばんに指がかすった。
 よし、と少し大きく腕を振る。
 ビキッ、と。効果音がしていたらそんな音だろう。盛大に腕をつった。
 っ―――!!
 声にならない悲鳴を上げてベットから落ちる。
 そのとき運悪く頭を強く床に打ち、ゴンッと鈍い音がなる。
 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!
 数秒もがいた後、壁がゴンッとなる。
 「兄ちゃんうるさい!」
 隣の部屋にいる二つした下の妹が叫んだ。
 いや、仕方ないだろ。
 未だに痛い右腕を伸ばしつつ左手でかばんの中から例の封筒を探り当てる。
 真っ白な封筒。あまり現実感の無い出来事だったので、夢でも見たんじゃないかと思ってしまう。その度にこの封筒が現実だと教えてくれる。
 体がバランスを崩し、床に仰向けに倒れる。そのとき、真っ白だった封筒に少し何かの跡が見えた気がした。
 「なんだ?」
 封筒を電灯にかざす。
 すると微かにだが液体か何かを乾かしたような跡が見えた。
 こんな綺麗な封筒きしみをつけるような人なのか?彼女は。
 数秒考え込み、ひとつの結論に至る。
 まさかな、と思は思うが、念のため一階のキッチンに向かう。
 そしてガスコンロに火をつけ、便箋を抜いた封筒を炙る。
 するとギリギリ読めるほどの文字が浮かび上がっていた。
 やっぱり、「あぶり出し」か。
 ガスコンロの火を止めて文字を読む。
 『午後五時半、立風公園で』
 午後五時半って、もう過ぎてるじゃねーか!
 急いで二階に駆け上がり、適当な服に着替え、玄関を飛び出す。
 「行ってくる!」
 「あっ兄ちゃん!ちょっと――」
 妹の声を無視して立風公園へ走る。
 公園までは徒歩五分、走れば二分ちょいだ。
 何でこんなことに全力を出しているのか自分でもよく分からないが、とにかく走る。数十秒前の己を信じて。
 公園に着いたのは家を出て二分後だった。
 この公園は意外に広く、人を一人見つけるのはそれなりに苦労する。
 それにいるかも分からない人を探すというのは精神的にキツイ。
 が、彼女はすんなりと見つかった。
 公園に入ってすぐにある外灯のしたのベンチで一人座っていた。
 切れた息を整えながら彼女の前まで歩いていく。
 「悪い。遅くなりました」
 ……返事が無い。
 おーい、と声をかけるがやはり返事は無い。
 彼女の顔を覗き込む。
 すー、すー、と寝息を立てて眠っていた。
 俺が来なかったらどうする気だったんだろう。
 「おーい、神崎さーん」
 呼びかけても返事は無い。
 「起きてくださーい」
 体をゆすってみるが、効果なし。
 どうしたものか、と悩んでいると、携帯がなった。
 『天気予報。雨雲が接近中』
 やばっ。
 「神崎さーん!」
 少し声を大きくしてみても、強くゆすっても効果なし。
 さっきアイツは雨が降ると教えてくれていたのか。
 迂闊だった。
 後悔しても未来が変わるはずも無く、現代天気予報の命中率を恨みながら最寄のコンビニに走った。
 ビニール傘を二つ購入。
 外に出ると雨は本降りになっていた。
 やばいやばい。このままでは彼女がびしょぬれだ。帰っていてくれたらいいが。
 傘も差さずに疾走し、公園に着いた時には上着が結構ぬれていた。
 息を整える暇も無く、先ほどのベンチに向かう。
 彼女は――ベンチの横に突っ立っていた。
 あのバカッ!
 「何で帰ってないんですか!」
 叫びながら走る。
 「おぉ、やはり来たか」
 全身ぬれている彼女はそんなこと気にも留めずに話しかけてきた。
 「だから、何で帰ってないんですか」
 「あぁ、これが落ちていたからな」
 彼女は一枚の封筒を持ち上げる。
 それは彼女にもらった、あの真っ白の封筒だ。
 「もしや戻ってくるのでは、と思って待っていたんだよ」
 俺の注意不足か。それなら彼女は恨めまい。
 「手紙を落としてしまうとは。悪いことをしました」
 彼女は胸の前で手を振る。
 「それは別にかまわないんだよ」
 「あ、それともしよければこれ使ってください」
 俺は持っていた二つの傘のうちひとつを手渡す。
 「おぉ、これは感謝する」
 そして二人とも傘をさしてから話し始める。
 「それで、何でまた呼び出したんですか?」
 「それはだな……」
 そこで彼女ははじめて迷ったような動作を見せた。今まで会って一度も迷いを見せていなかったのにだ。
 そんなに重要なことなのだろうか。
 ごくり、と唾をのむ。
 「お前、大学は行けるのか?」
 最初は、は?と思った。
 それが重要な話?と。
 しかし後から考えて分かった。
 彼女は聞いた。
 大学に「行けるのか」と。
 その一言でつながった。今の言葉と、今日屋上で言われた言葉。
 『時間の許す限り――』
 そして、神崎という苗字。
 信じがたいことだが、その可能性を口にする。
 「あなた、神崎美咲さんの娘さんですか?」
 どうやら当たりだったらしく、彼女はおぉ、というような顔をしている。
 「母を知っているのか」
 神崎美咲。俺の主治医だ。
 「お前には特別のに私の秘密を教えよう。誰にも言うなよ」
 そう言って彼女は深呼吸し、数秒の沈黙が訪れる。
 ビニール傘を雨が叩く音すらも煩わしいと思った。
 彼女は再び息を吸い、その口を開いた。
 「私もお前と同じ、アイズンを患っている。寿命はあと一年。高校は卒業できそうに無いな」
 言葉が出なかった。
 数億人に一人という超稀な病気の患者がこんな近くにいたとは。
 それよりも彼女がアイズンを患っている?とてもそんな風には見えなかった。
 アイズン。それは特に何の異変も無くただただ寿命が短くなるだけという怪病だ。
 特に症状が出るわけでもなく、それどころか他の病原菌を破壊するのでアイズン患者は病気にはならない。
 そんな奇病に目の前の彼女もかかっている?どうにも信じられなかった。
 「そ、それは……本当……ですか?」
 意識はしなかったが、あえぐような口調になってしまった。
 「本当だ。お前のことも母から聞いた。寿命は一年半。高校卒業できるじゃないか」
 本当に?本当に彼女が?
 その疑問だけが頭の中を回る。
 そしてひとつの疑問が浮かび上がる。
 「それなら何で自分なんかに告白を?」
 やはり腑に落ちない。どうせすぐに死んでしまうならいま恋愛なんかしたところで意味は無いだろう。
 なのになぜ彼女は俺に告白を?
 「お前、確か言ったよな?私の告白を断ったとき、これは自分のためであり、あなたのためでもある、と」
 「はい、言いましたけど、それがどうかしたんですか?」
 確かに言ったが、それがどうしたというのだろう。
 「自分のため、というのはつまり、どうせ死ぬなら今何をしても無意味だ、とでも思っているという証拠じゃあないのか?」
 確かにそう読み取れなくも無いが……
 「だからどうしたって言うんです?どうせ消えてしまうなら今何をしたって無意味でしょう?」
 「いや違う、」
 彼女は少し声を張り上げて言った。
 「たとえ消えるとしても、大切なのは今このときだ。自分は今青春を謳歌している。今が一番大切なんだ」
 俺とは正反対の考えだ、そう思った。
 「もしそうなら尚更ですよ。あなたにとって大切な今この時に、どうして俺なんかに告白しているんです?あなたならもっといい人がたくさんいるでしょうに」
 この人は俺と一緒にいるべきではない。そう結論付けた。
 「理由は二つある」
 ビッと左手の人差し指と突きつけた。
 「お前がもったいないと思ったからだ。せっかくこの世に生を受けて今を生きているというのにそんな無気力で何が楽しい?お前に生きる楽しさを知ってもらうためにお前との関わりを持ちたかった」
 かわいそう、ねぇ。俺は自分の考えに納得している。今更他人に何を言われようと変えるつもりは無い。
 「そして二つ目」
 突きつけた手の中指も立てた。
 「お前のことが好きだからだ」
 「……は?」
 意味が分からなかった。屋上でも言われたが、冗談だと思っていた。
 「母からお前の話しを聞いたとき、そいつは馬鹿だなっと思っていたんだ。次の日にお前の写真を見せてもらうまではな」
 そこで彼女は一息ついた。
 「お前の写真を見たときは驚いたよ。今まで感じたことの無い感情が溢れたんだから。自分でもなんだか分からなくてもどかしかったよ。それで同じ高校を目指した。私はもともと成績が悪かったんだ。だからこの高校に入ると先生に言ったときは即座に無理だって言われたね。だからお前とおんなじ高校に入るために猛勉強して、成績をトップまで上げて、この学校に入学したんだ。お前に会うために」
 そんなことがあったなんて。まったく知らなかった。
 彼女は見た目からして何でもできてしまいそうだったから、苦労などせずにこの学校に入ったんだとずっと思っていた。
 「改めて言う。私と付き合ってくれないか?」
 俺は悩んだ。果たしてうなずいてしまっていいのか。彼女はそれで幸せになれるのか。
 ただひとつ答えを出す。それを彼女に伝えるべく言葉をつむぐ。
 息を吸う。
 鼓動が早い。
 自分の心音がうるさい。
 この答えを突きつけて彼女は幸せになれるのか。
 俺はそれでいいのか。
 そして、彼女は傷つかないのか。
 それら一切合財の悩みを放棄する。
 「ごめんなさい。やはり無理です」
 一瞬の間が空き、彼女の口が開かれる。
 しかし彼女の返答は激しさを増した雨音にかき消されて聞こえなかった。
 ただ、彼女は笑っていた。その頬に流れている水は雨なのか、それとも涙なのか。俺には分からなかった。
 俺は視線を落とした。
 彼女の顔を見ることができなかった。
 「そうか」
 そう聞こえた。
 「すみません」
 そう言った。
 いや、そう言ったはずだ。
 雨が少し弱まった。
 足音が遠ざかっていく。
 その足音は重苦しい雰囲気をたたえていた。
 花壇の角を曲がり、足音が雨音に消える。
 手から力が抜け、傘が滑り落ちる。
 はねた泥水がズボンのすそを汚す。
 「くそっ」
 そうはき捨てるように言った。
 雨がやみ、雲が綺麗さっぱり無くなる。
 空にはいくつかの星がきらめいていた。
 空を見上げる。
 「タイミング悪いよ」
 落ちた傘を拾い上げ、閉じる。
 静かになった公園を見渡す。
 至るところにできた水溜りが月の光を反射し、幻想的な風景になっていた。
 「ひっぐっ」
 誰かのすすり泣く声が聞こえた。花壇の横にある木の向こうのベンチからだろう。
 その声はとても彼女の声に似ていた。
 そう、とても。
 俺はその声から逃げるようにしてその場を後にした。

 
 「ただいま」
 我が家の玄関の傘立てにビニール傘を立てる。
 「あ、兄ちゃんお帰り……って何があった!?彼女にでも振られたか!彼女いないのに!」
 騒がしい。
 俺はそのまま妹を無視し、風呂に入る。
 さっと体を流し、湯船につかる。
 本当にこれでよかったんだろうか。
 悩んだ。
 彼女はあの後どうなったんだろうか。 
 悩んだ。
 気がつくと十分が過ぎていた。
 どうも今の俺は疲れているらしい。
 さっさと風呂から上がり、寝よう。
 そう思い湯船からあがる。
 髪を洗う。
 体を洗う。
 気がつくと寝巻き姿になっていた。
 自分はちゃんと洗顔したか、歯磨きしたか。不安になるほどに無意識だった。
 これでよかったんだろうか。
 きっと彼女の気持ちは本物だ。そうだとして、俺はどうするべきなんだ?
 彼女に喜んでもらうために付き合う?しかしそれで彼女が楽しくないと感じた場合、それは彼女のためにならない。
 ここまで考えて初めて気づく。
 そうして俺はこんなに彼女のことばかり考えているんだ?
 その思考を遮るように、近づいてくる足音が聞こえた。
 「兄ちゃん、入るよー」
 ノックもされず、ドアが開け放たれた。
 「なんだ。由紀か」
 いや、この家に自分と由紀以外は誰もいないから当然なのだが。
 「兄ちゃん、どうかしたの?帰ってきてから落ち着きがないよ?」
 「そう……見えるか?」
 「うん。顔面蒼白って言葉がお似合いなくらいに」
 今の俺の顔はそんなにひどいのか。
 というかそれって死んでない?
 その疑問をかき消すように由紀が言った。
 「で、どうしたの?男が恋で悩むなんて恥知らずもいいとこだよ」
 そうか……ん?
 「恋?」
 「違うの?」
 由紀は何言ってんの?みたいな顔をした。
 「なんでそう思う?」
 「なんでって……」
 由紀の勘は異常に当たる。だから、由紀の言い分は聞いておいて損はないはずだ。
 「そんな顔をしているからだよ。恋する乙女の男バージョンって感じ」
 どうせその人のことが好きなんでしょ?、と。
 「なんだよそれ」
 とは言いつつも俺もそんな気がしていた。
 思わずフフッと笑ってしまう。
 妹が軽蔑の目でこちらを見ているが、気にしない。
 そうだ。俺もじゃないか。
 さっきの可能性が確信に変わる。
 俺は――
 

 「さっさと告ってきなよ」
 そう言って背中をたたいてきた由紀に礼を言って部屋を飛び出る。
 そして玄関に置きっぱなしにしていた、雨に濡れた白い手紙に目をやる。
 ここに確か彼女の家の住所が書いてあったはずだ。
 住所を確かめてジャンパーを着る。
 「がんばってねー」
 気楽な由紀の後押しを受けて家を駆け出す。。
 向かう先はまず公園、そして彼女の家だ。こんな時間だが、別にいいだろう。
 今の俺は正常な判断ができていないことはわかっている。だからこそ、今のうちに行動する。この気持ちは本物のはずだ。なら、馬鹿みたいに行動に移せる今のうちにできることをしておくべきだ。
 さっきより速度が出ていたからか、二分もかからずに公園に着く。
 そしてぐるっと一周してみたが――
 「いない、か」
 念のためもう一周してから公園を飛び出す。
 この住所までは、この速度で五分といったところだろうか。
 運動不足の体でどこまでできるかわからないが、後のことは考えずに走る。
 息が切れて、胸が苦しい。乾いたのどがキリキリと痛む。
 急いでいたからといってサンダルで来たのは失敗だったかと後悔する。
 坂を駆け上がり、ちょっとした高台にある団地に駆け込む。
 二度目の角を曲がったところで、見覚えのある背中が目に付いた。
 「神崎さん!」
 近所迷惑を考えず声を張り上げる。が、気づいてくれない。
 くそっ。
 もう今すぐにでも止まってしまいそうな足に無理を強いて走る。
 「神崎さん」
 追いつき、肩に手を置くとやっと気づいて振り返ってくれた。
 「君か。……なぜここに?」
 そう言う彼女の目は赤くなっていた。服はずぶ濡れだったのに、乾き始めている。どれだけの時間あそこにいたのだろう。
 もう立っていることことも辛い体で言葉を紡ぐ。
 「前言を……撤回……しに……きました」
 息が切れて、言葉が途切れ途切れにしか出てこない。
 「撤回?」
 そういう彼女の顔は心底不思議増な顔をしていた。
 ああもう。ここですべて察してくれたらあんな恥ずかしいこと言わなくて済むのに。なんでこんなところだけ鈍感なんだよ。わざとか!?
 頭の中では何とでもいえるが、口からは言葉が出てこない。
 意を決して、顔を上げる。
 「俺と――」

 あのとき俺はこう思った。
 どうして自分はこんなに彼女のことを考えているんだろうか、と。
 どうしてそこまで彼女の幸せにこだわっているのか。
 彼女が俺と同じアイズン患者だから?
 ――違う。
 俺のことを好きだと言ってくれたから?
 ――違う。
 じゃあなぜなんだ。どうしてこんなに彼女のことを考えているのだ?
 悩んでいた己の体中を、たった一つの言葉が駆け巡った。
 
 『どうせその人のことが好きなんでしょ?』

 そうだな。そう心の中で返答したのを覚えている。
 今の俺は年分不相応な恋にときめく男の子なのだ。
 なら、精一杯やってやろうじゃないか。
 息を吸う。たった一言のためには多すぎる量だが、これくらい吸わないと言葉が出てくれそうにない。
 そして腹に力を込めて、無理やり言葉を吐き出す。
 「付き合って……くれませんか……」
 吸ったはずの息がどこかに消えていき、酸欠のようなめまいが起こる。
 世界が歪んで見え、耳鳴りもする。
 倒れそうになる体を無理やり支える。
 まだ倒れるわけにはいかない。
 極度の疲労と緊張により倒れ込もうとする体に鞭を打っているためか、全身が悲鳴を上げている。
 自分の心音がうるさい。
 固く閉じていた目を開くと、そこには彼女の優しい、そして嬉しそうな笑みがあった。
 「よろしく……頼む」
 そう言って彼女――愛羅は今日何度目かの涙を流した。
 雨雲が過ぎ去り星が綺麗に瞬く夜空の下。
 永遠にも思われる数秒の後。
 俺――琴宮京也(ことみやきょうや)は神崎愛羅と付き合うことになった。

いつか必ず訪れる、その時まで。――出会い編―― ©アカサカ

執筆の狙い

 初投稿になります。まだまだ未熟な者ですが、できることは書いたつもりです。
 このお話は、私のある考えから作られたものです。それは――
 「どうせ死ぬのに、今したいことをすることに意味はあるのか?」
 ――という疑問です。つまるところ、私は主人公サイドです。
 私は人の心情を表現するのが苦手なので、あえて心情描写が必要な恋愛物を書いてみました。
 厳しい評価を、よろしくお願いします。
(誤字脱字あったら申し訳ありません)

アカサカ

220.45.235.9

感想と意見

大丘 忍

アイズンとはどんな病気ですか? 

2018-02-10 23:27

58.0.104.143

アカサカ

 大丘 忍様
 アイズンというのは私の自作の病気であり、その症状は作中で説明したとおりとなっています。
 やはりこういうものではオリジナルではなく実在する病気を使ったほうがいいでしょうか?

2018-02-11 09:23

220.45.235.9

大丘 忍

アサカ様
全くの空想科学小説であれば、架空の天体、生物、怪物、兵器などを使うこともあると思いますが、本作の場合には病気は重要な小道具となりますので、実在しない病気は説得力が無くて駄目だと思いますね。

2018-02-11 09:51

58.0.104.143

録画予約

テーマとストーリー展開、人物関係とその配置はとても良いと思います。
ただし未完作品ですので、感想を書くのは難しいです。完結させましょう。

気になった点としては

・医師が患者の個人情報を自分の娘に教えている事 : これ、していい事なんでしょうか。

・「母を知っているのか」というヒロインのセリフ : 変です。ヒロインは医師である母親から
主人公の事を知らされ、また写真も入手していますので、自分の母親が主人公を治療する立場に
ある、つまり両者に面識があると認識している方が自然な気がします。

・主人公の人間的魅力 : 言葉を飾らず正直に書きますね。読んでいる時に、『こいつだけ予定
前倒しで死ね』と数回感じました。ヒロインの強さ、前向きさ、そしてその反面の隠れた少女的な
脆さに比べると、キャラ負け感が大き過ぎます。
一人称で地の文を語らせる場合、文章表現の個性は直接主人公への印象に繋がってしまいます。
僕は何ヶ所か、イラっと来る部分がありました。
これについては想定する読者層の人たちにこの作品を実際に読んでもらって、生の感想をもらう
方が良いでしょう。
僕の感覚が少数派で、無視すべきたわ言の可能性があるからです。


続編を期待しています。頑張って下さい。

2018-02-11 16:15

61.215.1.97

黒井太三郎

高校生でなぜ社会人じゃないんでしょうか
ラノベのその文法が気になる。

2018-02-11 20:48

121.109.111.65

アカサカ

 大丘 忍様
 そうだったんですか。ありがとうございます。私は病気関係についての知識が豊富なわけではなかったので、これから少しずつ勉強をしていこうと思います。

 録画予約様
 いくつもの指摘ありがとうございます。
 自分で読み返してみましたが、まだまだな点が多いですね。参考にさせて頂きます。
 そして主人公の魅力に関しては、もう一度主人公の性格を確認、そして録画予約様のご意見を参考に少し練り直してみようと思います。
 一番最初のご指摘に関しては、やはり私の知識不足ですね。先程の大丘 忍様のご意見同様、これから少しずつ勉強していこうと思います。
 続きもがんばりますので、よろしくお願いします。

 黒井三太郎様
 申し訳ありません。私の理解能力不足のためか、質問の意図がよくわかりません。具体的にどこが、を書いていただけると大変ありがたいです。

2018-02-11 21:43

220.45.235.9

黒井太三郎

抗高校生の話でなぜ社会人じゃないんでしょうか?
安易に高校生ものが多いような気がしますので。

2018-02-11 22:40

121.109.111.65

アカサカ

 黒井太三郎様
 私の意見に答えてくださりありがとうございます。
 私はこの作品で「今」について考えてもらおうと思っています。そこで、社会人よりは青春という人生で一番輝いているときのほうが主人公たちの考えの差がはっきりするかな、と思ったからです。
 主人公は、どうせ死ぬのなら青春という人生で一度しかない、そして一番輝ける時間でさえも捨ててしまう。その考えを強調したく、主人公たちの設定を高校生としました。
 以上が私の考えです。まだ不明瞭な点がありましたら、ご指摘下さい。

2018-02-12 10:19

220.45.235.9

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

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3,000字以内