作家でごはん!鍛練場

『濁流』

大丘 忍著

 相変わらずの短い文体は変わりませんが、これまでと少し違う書き方を試みました。
 読んだ方はお気づきかもしれませんが、
 ……と思った、というような登場人物の心内描写をしてなくて、登場人物の心情はその行動から読者が感じるという書き方です。
 先日御厨さんの小説で、このような書き方をされておりましたが、このような書き方がハードボイルド文体ですね。これが上手くいっているかどうかの試みの小説でした。  

 ぐずぐずと続いていた雨が、いつの間にか雷を伴う豪雨に変わっていた。テレビの天気予報は、近畿地方の梅雨の終わりが近いことを告げている。
 風呂場で音がして、悲鳴が聞こえた。辰雄が駆けつけてみると、美千代が浴槽の縁にしがみついて、浮いた体を立て直そうともがいている。
「気をつけんと危ないやないか」
 辰雄は美千代の脇に手をかけ、浴槽の底に尻が落ちつくように体を引き上げた。
 激しく咳込みながら美千代が辰雄の手にすがりつく。
「どないしたんや。滑ったんか」
 美千代の萎えた両足がホテルにあるような長い浴槽に、だらしなく沈んでいた。
 お湯で濡れて、顔にまつわりついている髪の間から、美千代の目が不気味に光っている。
「どないしたんや」
 顔を被っている頭髪を分けて、顔が見えるようにしてやった。美千代の目が濡れているのは、涙の為であることに気がついた。
「お湯に沈んだら死ねるかと思うて……」
「なんやと?」
 意外な言葉に辰雄は美千代を抱える手に力を入れた。
「うち、早よう死にたいんや」
 呟くように言って美千代は目を外らせた。
「あほう」
 美千代の体を揺さぶって辰雄が怒鳴った。
「そやかて……。うちはこんな体や。この足は治らへんのや。一生歩けへんのや。これから死ぬまで、たっちゃんのお荷物になるだけやんか。それやったらはよ死んだほうがましや」
 一息に喋って美千代が咳込んだ。
「あほか、お前は」
 辰雄が呆れたように美千代を見る。
「うちはいつもたっちゃんに済まんと思うてるんや。何にもしてあげられへんやろ。うちが死んだら、たっちゃんはまた新しいお嫁さんを貰ろうて幸せになれるんや。うちがたっちゃんにしてあげられることは、早よう死ぬことだけや」
 美千代の目から涙がこぼれた。
 手早くタオルを絞って、辰雄は美千代の顔を拭いてやった。
 一瞬窓が明るくなり、激しい雷鳴が続いた。
「お前、ほんまに死にたいんか?」
 美千代がうなずいた。
「ほんなら、いま死んでみい」
 顔をこわばらせて辰雄はその手を離した。美千代の体が湯に沈みそうになり慌てて浴槽の縁にしがみつく。
「どうした。そんなに死にたければ死ねばいいやろ。はよ手を離さんか」
 美千代の目が大きく広がった。
「自分で死ねんのなら、手伝うたるで」
 辰雄は浴槽にかけていた美千代の手を外した。美千代の体は水中に沈み、慌てて浴槽の縁を手で探る。
 水面を打つ手がしぶきを飛ばせて辰雄のシャツが濡れた。すぐに美千代の体を引き上げる。美千代が激しく咳込んだ。
「どうしたんや。死にたいんやろ。そんなら死ぬまでじっと沈んどらんかい」
 そう言いながら辰雄がまた美千代の体を突き放した。美千代の手が伸びて浴槽を掴もうとしたが、その手が滑って頭が沈み込んだ。水面から出た手が宙をまさぐる。辰雄の手を探り当てると必死の形相で水面に顔を出した。
 辰雄は濡れた髪をかき分けて、顔が出るようにしてやった。
「どうや。もう一回沈んでみるか。今度こそ本当に死ぬんやで」
 恨めしそうな目付きで慌てて美千代は辰雄の手にしがみついた。
「死にたいんやろ。今度は手を出したらあかんで」
 辰雄はゆっくりと美千代の手を外そうとした。美千代はその手に力を入れて外されまいとする。
「たっちゃんの意地悪!」
 美千代の顔がくしゃくしゃに歪み泣き声に変わった。
「たっちゃんのあほ」
 しゃくりあげながら、辰雄の手に頬を擦り寄せた。
「なんや。死ぬの止めるんか?」
 辰雄の手を握る美千代の手に力が加わった。
「死にたいのか。死にとうないのか。どっちなんや」
 無言で見上げる美千代の目が激しく瞬いた。
「死にたいんやろ」
 美千代は僅かに首を振った。
「ほんなら、死にとうないんやな」
「死にとうない」
 消え入るような声で呟いた。
「絶対、死なんと約束するか?」
 美千代がうなずいた。
「ほんまやな。絶対死なへんのやな」
「ほんまや」
 その言葉が終わらないうちに、辰雄の手が伸びて美千代の体を浴槽の外に引きずりだし、そのまま抱きしめた。
「あほなんはミッチーのほうや」
 辰雄の涙が、美千代の裸の肩を伝って流れ落ちる。
「ミッチーの命はな。ミッチーのもんだけやないんやで。半分はわしのもんや」
 辰雄に縋って美千代が号泣した。
「うちは何にもしてあげられへん。たっちゃん、かんにんやで」
「そんなん、気にせんかてええんや。何も遠慮することはあれへん」
 濡れた美千代の水分を吸って、辰雄のシャツが体にまとわりついた。
「こんな濡れてしもうて、わしも一緒に風呂へ入るわ」
 浴場には足の動かない美千代が安定して座れるように大きい台が置いてある。その台に美千代を座らせて、辰雄は大急ぎで濡れた衣服を脱ぎ捨てた。
「ミッチーの体、隅々まで磨いてやるでえ」
 辰雄は笑いながらタオルに石鹸をつけた。
 美千代の首から背中、腰の周りをタオルで擦る。
「足、開いてみ。そこも洗ろうたるわ」
「そんなん、恥ずかしいわ」
「かまへんやろ。女房やんか」
 美千代は恐る恐る股を開いた。
 石鹸を塗り、辰雄の手が茂みを探る。美千代が身をよじらせた。
「女房言うたかて。女房の務めも果せへん女や。たっちゃん、辛抱できんときは遊びに行ったかてかまへんで」
 美千代があえぎながら言う。
「あほ、男にはちゃんと自分で始末する方法があるんじゃ」
 美千代が自分の股間を注視しているのに気づいて辰雄は慌ててタオルをかぶせた。そのタオルがテント状に突き上がっている。
「たっちゃん」
「なんや」
 美千代はタオルを払いのけた。
「なにすんねん」
「うちを抱いて」
「なんやて?」
「抱いてと言うてるんや」
「抱いて言うたかて、その体では……」
「あかんのは足だけや。ここは大丈夫や思う。いま気がついたんや」
 美千代はじれったそうに自分の股間を押えた。
「なっ、はよ入れて」
 辰雄の逞しい腕が、小柄な美千代の体を抱き上げ、あぐらをかいた自分の膝の上に引き寄せた。
「ほんまに入れてもええんやな?」
 美千代がうなずき、腕を辰雄の首に回した。萎えた美千代の両足を開き、そっとその腰を下ろす。硬い肉塊が美千代の股間に滑らかに滑り込んだ。
 ああ、と美千代が声をあげた。
 窓が光り、一瞬置いて雷鳴が続いた。
          ◇           ◇
 国道沿いの、長距離トラックの運転手達が立ち寄る飯屋で美千代は働いていた。小柄であるが、むっちりとして愛くるしく、男好きする風貌が、運転手仲間で人気を呼び、美千代目当ての運転手がその店に殺到した。
「ミッチー、ええケツしてるやんか。どや。今夜わしと付き合わへんか?」
「まあ、遠慮しとくわ。鏡で自分の顔見て言うてんか」
 美千代が笑顔で応酬する。
「やっぱりわしではあかんか」
 中年の男が苦笑する。
 そんなある日、辰雄が店に入ってきた。均整のとれた体型、眉が濃く精悍な顔の若者である。
 辰雄は隅のテーブルに座って美千代に目で合図をした。
「ねえちゃん、カツカレー頼むで」
 美千代はカレーを運んでテーブルに置きながら、
「にいさん、初めてやね」
 と声をかけた。辰雄は一瞥しただけで、黙ってカレーを引き寄せる。
「おおきに」
 食べ終って立ち上がった辰雄は千円札をテーブルに放り投げた。
「あ、お釣りを……」
 札を持って追いかけようとした美千代に、
「釣りはええ。ねえちゃん、貰ろうとき」
 辰雄は振り返って白い歯を見せた。美千代はその後ろ姿がトラックの運転台に消えるまで見送っていた。
 辰雄と美千代が所帯をもったのはそれから半年後である。
 五年後に大阪府の北の方、淀川近くに小さいながら一軒家を持つことができた。
 新居に引っ越してしばらくした頃、仕事から帰った辰雄を迎えて、美千代が自分のお腹を押えた。
「たっちゃん、できたらしいで」
「できたって、まさか」
 驚く辰雄の手を取って自分の腹に導いた。
「そや、ここにややこができたんや」
 辰雄がうおーと叫んだ。
「そうか。わしもとうとう親父になるんか」
「そや。たっちゃんはもう三十二やろ。遅いくらいや」
「そうやな。わしら、自分の家を持とうと思うて働きずめやったからなあ」
 辰雄は思わず美千代を抱き上げた。
「ややこがおるんやで。腹、押えんといてや」
「そうやった。うっかりしてた」

 辰雄は分娩室の前の廊下をせわしく行き来している。美千代が分娩室に入って半日が過ぎた。
 中から出てきた医師に、
「どないなってますんや」
 心配そうに辰雄が訊ねた。
「えらい、難産ですねえ。まだしばらくかかるでしょう」
 医師は気の毒そうに辰雄に言った。
「美千代の命には別状ありませんか?」
 辰雄が気負って聞く。
「今のところ、大丈夫やと思いますが、なにしろ難産ですから」
「先生、よろしうお願いします」
 拝むように医師に頭を下げた。
 しばらくして看護婦が分娩室から駆出し、年輩の医師とともに慌ただしく分娩室に入った。
 辰雄の呼吸がとまった。分娩室のドアに耳をつけ中の様子を窺おうとする。器具のぶつかる音、低い話声が僅かに聞こえるだけである。
 ジリジリするような時間が過ぎた。ドアが開いて、看護婦の緊張した顔がのぞいた。
 はじかれたように辰雄が駆けよる。
「ご主人、ちょっと先生から話があります」
 辰雄の顔から血の気がひいた。
「お気の毒なことですが」
 年輩の医師は緑色のガウンのままで言葉を切った。
 体をこわばらせて辰雄は次の言葉を待った。
「赤ん坊は駄目でした。色々手を尽くしたのですが」
 辰雄の足から力が抜ける。足が震える。
「それで美千代の方は?」
「相談したいのはそのことです」
「えっ! 美千代は死んだんですか!」
 思わず辰雄が叫んだ。
「いや、大丈夫です。ただ、子宮からの出血がひどくて、このままでは危険です」
「それで……、美千代は助かりますやろか」
「命を救うには、子宮の全摘をしなければなりません。この点をご了承して頂きたいのですが」
「子宮を全部とるちゅうことですか?」
「そうです。それしか方法はありません」
 辰雄は絶句した。青ざめた顔が赤くなった。
「よろしゅうお願いします。それで美千代が助かるなら」
 それだけ言うのがやっとであった。
 医師は看護婦を振り返り、
「オペの準備」
 と叫んだ。
 手術は終わった。坦送車にのって美千代が出てきた。
「大丈夫です。命は助かります」
 続いて出てきた医師が辰雄に告げた。
 美千代は呼んでも答えなかった。
「先生、美千代は生きてるんですやろな?」
「大丈夫ですよ。麻酔が醒めたら話せます」
 病室に帰って辰雄は待った。美千代は眠り続けている。白蝋のような美千代の頬に手を触れてみる。じっとりと湿って冷たかった。
「ミッチー」
 耳元でそっと呼んでみる。呼吸の度にわずかに動く胸の動きが生きていることを伝えてくれる。
「ミッチー」
 また呼んでみた。美千代がかすかに目をあけた。
「ミッチー、わしや。わかるか?」
「たっちゃん」
 かすれた声で辰雄を呼んで手を伸ばそうとした。腕に繋がれた点滴瓶が揺れる。
「動いたらあかん」
 辰雄はあわててその手を押さえた。
「うち、どないなってるんや?」
 美千代は痛そうに顔をしかめた。
「下腹がえらい痛むわ」
「それ、手術した傷の痛みや。しばらく我慢せなあかんで」
「え? 何の手術したんや?」
「お前、何も聞いてへんのか?」
「うち、途中で気い失のうてしもうて何にもわからへんのや」
「ほんなら……」
 辰雄が言い淀んだ。
「あかんぼ、どないやった? もう見たんやろ?」
 いつもの明るい声に戻っていた。
「いや、それがなあ。あかんかったんや」
「あかんて……」
 美千代がひぇーと悲鳴をあげた。
「あかんぼは助からんかったんや」
 辰雄の言葉に美千代が身を震わせた。
 向こうを向いて、美千代は唇を噛みしめて涙を堪えようとしている。
「それになあ。ミッチーの出血がひどうて、子宮を取る手術をしたんや」
「えぇーっ? 何でうちの子宮をとったんや」
 美千代が大声をあげて向きなおった。
「そうせなミッチーの命が危なかったんや」
「子宮がなかったら、次の子供でけへんやんか。あんた、それを承知したんか?」
 美千代に見据えられて、辰雄の唇が震える。
「仕方なかったんや。ミッチーの命が大切やから」
「うちの命なんかどうでもええのや。子宮がなかったら赤ちゃんが生めへんやんか」
 涙を浮かべた美千代の叫び声が空しく病室に響いた。
 一週間経って抜糸をした。
「もう歩ける筈ですがねえ」
 医師が首をかしげた。早ければ術後四、五日で歩く人もいる。
「足が動きませんのや」
 医師は美千代の足を持ち上げて手を離す。大根を放り投げるようにその足がベッドに落下した。
「産後に一時的に下肢麻痺を起こす場合がありますので、もう少し様子をみましょう」
 医師は美千代を慰めるように微笑んで見せた。
「先生。私の子宮が無くなって……。それで、でけますやろか?」
 部屋を出ようとした医師が怪訝な表情で振り返り、
「子宮がなければ出来ませんよ。お気の毒ですが諦めて下さい」
「あのー」
 美千代の呟くような声が聞こえなかったのか、医師はそのまま部屋を去った。
「やっぱり、でけへんのか……」
 美千代は放心したように天井を見つめた。
 辰雄が病室に入ったとき、横を向いて美千代は眠っていた。目の下の枕が濡れている。
「ミッチー」
 辰雄は小声で呼んでみた。
 美千代が目をあけた。
「たっちゃん、もうあかん」
 美千代が死にそうな声をだした。目から枕に涙が流れ落ちる。
「大丈夫や。すぐに歩けるようになるで」
「足のことと違うねん」
「ほな、なんや」
「あれや。あれ、もうでけへんのや」
「あれちゅうと」
 辰雄があっと声をあげた。
「そや。もう、たっちゃんとはでけへんのやて。先生が諦めろ言わはったんや」
 美千代は駄々をこねるように辰雄の手を掴んで振った。
「うちはいやや。たっちゃんとでけへんのなら死んだ方がましや」
 興奮して叫ぶ美千代を辰雄は悲しそうに見つめていた。
「でけへんのか。そうか……」
 辰雄は椅子を引き寄せ、がっくりと腰を落とした。
 一ヶ月経っても美千代は歩けなかった。神経内科に受診して調べても原因がわからない。
「脊髄炎なのか、神経炎なのか。いずれにしても不思議ですなあ」
 主治医が首をかしげる。
「ミッチー。リハビリしてみよう。歩く練習してみるんや」
 辰雄が美千代の手をとって歩かせようとしても、
「あかんねん。足に力が入らへんねん」
 と歩こうとしなかった。
「そのうち良うなるやろ。それまで車椅子を使うたらええ」
「うち、たっちゃんに抱いて貰われへんのや。早う、死にたい」
 なぐさめる言葉もなく辰雄は美千代を見詰めるしかなかった。
 主治医が辰雄を呼んだ。
「奥さんは抑欝状態がありますね。足の方はこれ以上入院していても同じですから、退院して気分転換してみたら如何でしょうかね」
「歩けるようになる見込みはあるんですか?」
「私は心因性の要素が強いと思うんですがね。だから、何かのきっかけがあれば、また歩けるようになるかも知れません」
「心因性ちゅうと?」
「心の問題です。奥さんは色々のことがあり過ぎましたから」
「それでですか。死にたい言うてますんやがな」
「それは抑欝状態が強いためです。自殺にはくれぐれも注意して下さいよ」
「えっ? 本当に自殺することがあるんですか?」
「あります」
 辰雄は黙り込んだ。ポケットの中のタバコが握り潰されていた。
 車椅子で退院したのは夏の最中であった。辰雄は自宅を車椅子で入れるように改造した。風呂場も萎えた足が伸ばせるように長い浴槽に取り替えた。車椅子の生活ながら、二人に平穏な日々が戻ったように見えた。
 辰雄が夜遅く帰ると家の灯が消えていた。
「ミッチー、もう寝たんか」
 返事はない。辰雄は慌て台所の電灯をつけて立ちすくんだ。台所の片隅で車椅子に身を縮めて美千代がいた。床の上に茶碗や皿のかけらが散乱している。
「どないしたんや。こんな散らかして」
 辰雄は床を片付けようとした。
「たっちゃん」
 美千代の声に辰雄はぎょっとしたように振り返った。美千代の目が妖しく燃えた。
「なんや。恐い顔して」
「あんた、女と居てたやろ」
 辰雄はかけらを投げ捨てた。
「友達と飲んでただけや。女は関係あらへん」
「うそ言うたかてうちにはわかるんや」
「うそやあらへん」
 茶碗のかけらを避けながら辰雄は車椅子に近づいた。
 美千代は辰雄を見上げた。
「うちがはよ死んだらええと思うてるやろ」
 美千代はいきなり車椅子から立ち上がろうとした。力を失った両足はだらしなく崩れ美千代は床に倒れた。
「悪かった。もう遅うまで飲まへん。仕事が終わったらすぐ帰ってくるからな。堪忍してや」
 辰雄は美千代を抱き上げて車椅子に戻した。
 その秋、長雨で淀川が増水していた。水が見たいと美千代が言い出して、淀川河畔にでかけた。車椅子を水辺に近寄せて、こわごわ水面をのぞき込む。
 濁流が白い牙を剥きながら流木を押し流した。辰雄が石を流れに投げ入れた。石は濁流に跳ね返って飛んだ。
「面白い。もっとやってみて」
 子供のようにせがまれて、手ごろな石を探しに車椅子から離れた辰雄の目に、車椅子が滑るように動くのが映った。
「ミッチー、危ない!」
 辰雄は拾った石を投げ捨てて叫んだ。
 美千代は必死で濁流に向かって車輪を回している。
 猛然と駆け戻った辰雄の目の前で、岩につまずいて車椅子が転倒し、美千代が投げ出された。椅子はそのまま一回転して濁流に呑込まれた。
「あほう!」
 美千代を抱きかかえて怒鳴る辰雄の胸を、
「うち、死にたんいんや。なんで死なしてくれへんの」
 泣きじゃくりながら美千代は叩き続けた。
「死んだらあかん言うてるやろ」
 美千代を草の上に座らせて擦りむいた額や肘の血を拭いてやる。
「見いな。美人台無しやがな」
「うち、美人やあらへん」
「そんなことない。ミッチーは美人や」
 美千代は辰雄の手をはねのけた。
「うちなんか、歩かれへんし、女の半端もんや。はよ死んだ方がええ女や」
「なんやと!」
 辰雄が怒鳴った。
「もう一遍言うてみい」
「おお、何度でも言うたるわ。うちなんか半端もんや。はよ死んだ方がええんや」
「あほう!」
 辰雄の手が美千代の頬を打った。
「痛いやんか」
「世の中にはな。手と足が動かんでも、立派に生きてる人が幾らでもいるんやぞ。ちょっと足が動かん位で何が半端もんや」
 美千代が頬を押えて涙をこぼした。
「生きてりゃ痛いのは当り前じゃ。なんぼでもどついたるで」
 もう一度平手打ちが飛んだ。
「痛い!」
「言うてもわからん奴はわかるまでどついたる」
 涙を流しながら、辰雄の平手打ちが続け様に飛ぶ。
「たっちゃんっ。もうかんにんして」
 美千代が辰雄に抱きついて大声で泣きじゃくった。
 辰雄は美千代を抱いて立ち上がった。
「叩いたりして悪かったな。さあ、家へ帰ろう」
 しっかりと辰雄の首に腕を巻き、美千代はしゃくりあげながら辰雄の胸のシャツで涙を拭いていた。
「ミッチー。お前が死にたいと思うのは病気のせいなんやで。お前の本心とは違うんや。病院の先生がウツ状態や言うてはったやろ。そのためなんや。ウツさえ良うなりゃあ、死にたい思うことはあれへんのや」
 自分の胸に頬をつけている美千代の顔を辰雄はじっと見つめた。美千代は目をつむっている。
「まるで子供を抱いているみたいやな」
 美千代が目を見開いて辰雄を見据えた。
「うち、たっちゃんの子供を生めん体なんや。やっぱり半端もんや」
 辰雄は慌てて美千代の顔を自分の胸に押しつけた。
「悪いこと、言うてしもうた」と呟き、
「子供なんて、要らへん。わし、子供嫌いなんじゃ」
 と大声で言った。
「そんな嘘言うてもあかん。たっちゃんが子供好きなのはようわかってるんや」
「違うっちゅうのに」
 辰雄が弱々しく呟く。
 美千代は辰雄の胸で泣き、辰雄は黙って歩を運んだ。
             ◇       ◇
 浴槽の窓が光り、一際高い雷鳴が轟いた。雨足はやや遠のいたようであった。
「たっちゃん」
「なんや」
「どないやった?」
「ああ、よかったで」
「うちの、あそこの具合いのことや」
「ああ、そりゃあ最高や。昔とちっとも変わらへん。昔よりようなってるかも知れんな」
「そうか。うちもえろう感じてしもうた」
 辰雄は美千代を膝から下ろそうとした。美千代が辰雄の首に腕をからませて離れまいとする。
「どうしたんや。もう終わったんやで」
 美千代がいやいやをした。
「もっとこのまま入れててほしいんや」
「ちぇっ、しょうがない奴やな」
 辰雄は座ったまま美千代を抱きしめて、背中を愛撫した。
「うち、あほうやったわ」
「なんで?」
「子宮とってしもうてるやろ。そやから、でけへんと思うてたんや」
「子供がでけへんでも、気にせんかてええで」
「子供のことと違うねん」
「ほな、なんや」
「鈍いなあ。このことや。うち、先生が子供がでけへん言うたのをセックスと勘違いしてたんや」
 美千代は腰を上下させてみせた。
 萎えて抜けかけたものが元気を取り戻す。
「たっちゃん」
「なんや」
「もう一回して」
「えー、また?」
「以前は何回もしてくれてたやろ」
「そうやな。ミッチーはすけべやったからなあ」
 美千代が辰雄の背中を叩いた。
「たっちゃんこそすけべのくせに」
「すけべのとこも昔のまんまや」
 笑いながら辰雄は美千代を下から突き上げる。美千代が大きく声をあげた。
 翌日は、梅雨明けを知らせる豪雨が上がって、増水した淀川の河川敷には朝から夏の陽射しが照りつけていた。堤防を走る道路から河川敷にライトバンを下ろして、辰雄が車椅子を組み立てた。
「やっぱり朝は涼しいなあ」
 辰雄は大きく伸びをして助手席から美千代を車椅子に乗せる。
「ほんま、風があって涼しいわ」
 川面から遮るものなく吹きつける風が二人に涼を運んでくる。
 髪がなびく。美千代が微笑みながら辰雄を見上げた。
 辰雄はゆっくりと椅子を押して川辺を歩いた。
「ミッチー」
 歩きながら辰雄が声をかけた。
「なんやのん?」
「お前なあ。わしが先に死んだときのことが心配なんやろう」
 美千代が振り返った。
「急に、なに言うてんの。縁起でもない」
「真面目な話やで」
 辰雄は立ち止まって車椅子の前にしゃがんだ。
 美千代が首をかしげて微笑んだ。
「わしなあ、ミッチーより先には絶対死なへんからな」
 美千代の顔から笑みが消えた。
「わしなあ。タバコやめるで。酒も半分にする。夕べずっと考えてたんや」
「あんた、なにもそんな無理せんかて」
「無理やない。わし、ミッチーの為やったら何でもしてやるで。そやからな、ミッチーはなにも心配せんかてええんや」
「うち、たっちゃんに何にもしてあげられへんのに」
 くぐもった声で言って美千代が涙ぐんだ。
「そんなことあるかいな。昨日、ちゃんとしてくれたやないか」
「え? なにを?」
「ほら、風呂場で」
「ああ、たっちゃんのあほ」
 美千代が赤面した。
 辰雄は立ち上がってゆっくりと車を押し始めた。
「もし、わしが年とって先に死にそうやったらミッチーも一緒に連れて行く。死ぬ時は一緒や」
 美千代が後ろに手を伸ばした。その手を辰雄が握りしめた。
「たっちゃん、ほんまに一緒に連れて行ってよ。うちだけ残さんといてや」
「絶対約束する」
 さわやかな川風が通り過ぎた。
「ちょっと、あの人何してるんやろ」
 美千代の指さす方向で、三人がもつれあっているのが見える。辰雄は速度をあげて近寄ってみた。
 白髪の老人が、松葉杖を頼りに足を踏み出そうとしている。その脇を妻らしい老婦人と、中年の女性が支えている。老人は何度か倒れそうになりながら、やっと右足を一歩踏み出した。
「その調子、お父さん。頑張って」
 中年の女性が声をかける。老婦人が老人の額に浮いた汗を拭った。
「あなた、ちょっと休みはったら」
 老婦人が心配そうに老人を支える。
「いや、もう少し頑張る」
 口の端からよだれを垂らしながら、不明瞭な発音でそう言って老人は足を踏み出した。
 辰雄達とすれ違う時に老婦人が軽く頭を下げた。
 辰雄と美千代も思わず頭を下げる。
「ねえ、たっちゃん。うち、練習したら歩けるようになるかしら」
「歩けるようになると思うけどな。ミッチーの足は、半分はシンインセイのもんやいうて、先生が言うてはったやろ」
「シンインセイって何や?」
「心の問題や。ミッチーは初めから歩かれへんと思いこんでるやろ」
「そやけど、ほんまに動かへんのやで」
「そう思いこんでるだけと違うか」
「そやろか」
「思い込みちゅうもんはえらいもんやで。風呂場のあれかて、でけへんと思うてたやろ。けど、やってみたらでけたやないか。それも上出来やった」
「もう、たっちゃんたら。風呂場のこと、言わんといて。恥ずかしいわ」
「あんな爺さんでも頑張ってるんやからな。ミッチーはまだ若いし、治るかもしれへんでえ」
「うち、明日から歩く練習してみる。あかんでもともとや」
 水辺の近くに来た。
「たっちゃん、もっと水の近くに連れて行ってんか。流れが見たいんや」
 辰雄の顔色が変わった。
「大丈夫やて。もう、あんなあほなこと、せえへん。うちは生まれ変わったんや」
 美千代が振り向いて微笑んだ。
 濁流が牙を剥いている。
「この前とどっちがすごいやろうね?」
 美千代が濁流をじっと眺めながら言った。
「さあ、今日の方がすごいかな」
 そう言って辰雄がしっかりと車椅子を掴みなおした。
「たっちゃん、心配せんかてええで。うちのウツは治ったんや。もう飛び込んだりせえへんから」
「そやな。また風呂に一緒に入らなあかんからな」
「もう……、風呂のことは言うたらあかん言うてるやろ」
 辰雄は笑って石を濁流に投げ込んだ。石は濁流に跳ね返って遠くに飛んだ。
「淀川ってすごい川やなあ」
「そやなあ。水の勢いが違うでえ」
 濁流は大量の泥とともに淀川のヘドロやゴミを大阪湾へと流し去っていく。
 辰雄は濁流に向かって、力一杯遠くまで石を投げた。
 それから数ヵ月後、淀川の河川敷をかばいあうように散歩する男女の姿が見られるようになった。

                  了

濁流 ©大丘 忍

執筆の狙い

 相変わらずの短い文体は変わりませんが、これまでと少し違う書き方を試みました。
 読んだ方はお気づきかもしれませんが、
 ……と思った、というような登場人物の心内描写をしてなくて、登場人物の心情はその行動から読者が感じるという書き方です。
 先日御厨さんの小説で、このような書き方をされておりましたが、このような書き方がハードボイルド文体ですね。これが上手くいっているかどうかの試みの小説でした。  

大丘 忍

221.242.58.46

感想と意見

文緒

大丘さん

投稿されてすぐに拝読しました。

技術的なことは言えませんが、最後まで一息に読み進められました。
文体も効いていると思います。

気になったところが、

子宮を除去する場合、産婦人科ではメンタルケア、術後の性生活まで細かく指導を受けるのではないかなと。
下肢が萎えてしまうなど、もっと親身に適切な対応なり、他の病院を紹介するなりしてくれるのでは。
大丘さんがお医者さんでらしたことを考えれば、少し違和感がありました。

あと、女心というか、
本気で死にたいとは思ってないにしろ、相手のためには死ぬことだけが最後の愛情だと思ってるし
相手の心を試す計算もある。私なら、お風呂で死んでみろと言われたらためらわずそうします。
手を離してもがくのも止めます。助けてくれるのはわかってますから。
私だけかしら、そんなイヤらしさを持つ女って……私だけなら恥ずかしいけど……。


「濁流」の重苦しさよりほんわかさせてもらった読後感が嬉しかったです。

ありがとうございました。

2018-01-12 16:47

126.212.165.153

迫太郎

とても読みやすかったです。

しかし、病院での会話が軽い気がしました。
子供を失い子宮もなくなるというのは、女性にとってとても苦しい現実です。
子宮がなければ次の子ができない。でも、普通はもっと子供が死んでしまったことを悲しむと思います。
美千代がひぇーと悲鳴をあげた。という文も違和感です。
この場で、ひぇーなんて言わないですよ普通。

でも、可能性としてわざとかなとも思いました。最後に2人が再び体を重ねる部分を書いていて、そこからまた出発することと関連づけているとすれば、美千代が子供の死ではなく子宮の方に重きを置いているのも納得ですけど…
どうなのかなと思いまして。

2018-01-12 17:39

49.98.91.173

ダミアンマシコセ

昔読んだような、

文章うまし

2018-01-12 20:47

126.211.124.15

一陽来復

眺めたけど、これは読めない。。

字面がもう圧迫感あるし、
「地の文のなさ」が、「盛り上がりようも行間もナイなー」と感じさせて、食指動かない。


ずっとこんな(↓)至極単調一本調子なんですもん!



>「もう歩ける筈ですがねえ」
> 医師が首をかしげた。早ければ術後四、五日で歩く人もいる。
>「足が動きませんのや」
> 医師は美千代の足を持ち上げて手を離す。大根を放り投げるようにその足がベッドに落下した。
>「産後に一時的に下肢麻痺を起こす場合がありますので、もう少し様子をみましょう」
> 医師は美千代を慰めるように微笑んで見せた。
>「先生。私の子宮が無くなって……。それで、でけますやろか?」
> 部屋を出ようとした医師が怪訝な表情で振り返り、
>「子宮がなければ出来ませんよ。お気の毒ですが諦めて下さい」
>「あのー」
> 美千代の呟くような声が聞こえなかったのか、医師はそのまま部屋を去った。


↑ わずか11行中に、「医師、または先生」、何回連続??


あと、

「鉤括弧台詞」+「それを受ける文」のセットで、えんえん・えんえん・めんめんと続くのが・・

「小説書き始めの高校生」みたいな文体で、はなはだよくない。

2018-01-13 00:52

219.100.86.89

大丘 忍

文緒様

読んで頂き感想を有難うございます。

子宮切除という女性に対しては極めて重要な問題なのですが、医師がそのケアを怠ったという状態ですね。若い頃、このような状態を経験しましたが、その時産婦人科医は丁寧に説明し患者並びに家族の了承を得ておりました。その時に説明をしなければ患者はそんな不安を持つのだろうなと感じました。そこで、この小説では、説明不足だったという前提としてみました。子宮がなければ「でけへん(子供が)」のは当たり前で、そんな当たり前のことを聞くなという医師の心理があり、患者は子供ではなく、性生活も出来ないと誤解していたということにしております。医師であればそんな誤解はしないのですが、素人では誤解することがあるというのが若い頃に経験したことでした。ここらをもっとうまく説明すべきですが、地の説明文をなるべく省略するという書き方を心がけたために読者に徹底しなかったのだと思いました。

女心に対しては色々の考え方があると思います。読者が自由に感じていただけばよいと思いました。

ご指摘を有難うございます。

2018-01-13 09:01

221.242.58.46

大丘 忍

迫太郎様。読んで頂き有難うございます。

文緒様への返信にも書きましたが、子宮を切除された若い女性の反応は一律にはいかないとおもいます。子宮切除を知ったときの反応のしかたは色々ありますが、これはその一つとして挙げたもので、必ずこうであるということはありません。地の説明文を多くして、だれそれはこのときこう思った、と詳しく書けばその様な事は減ると思いますが、これは地の説明文を省略したハードボイルド文体を試みたのでこのような文体に成りました。

美千代としては、子宮がなくて子供が出来ないことは仕方ないにしても性生活までも出来ないとなれば、自分は勿論、夫にも済まないという気持ちがありますね。この事はその後の展開で示しております。

いろいろのご指摘有難うございます。

2018-01-13 09:16

221.242.58.46

大丘 忍

ダミアンマシコセ様

これはもう十年くらい昔になると思いますが、ここに投稿しておりますが今回はそれを推敲しなおして改稿したものです。従って、ストーリー的には大きな違いはありません。
おそらく以前の投稿を覚えておられたのだと思います。その記憶力には感服します。

2018-01-13 09:21

221.242.58.46

大丘 忍

一陽来復さま。読んで頂き感想を有難うございます。

先にも述べておりますが、心理描写における地の説明文をなくしたハードボイルド的文体を意識しておりましたのでこのような文体になりました。

ご指摘の箇所は、医師と患者との会話文ですから医師という言葉が何回もも出てくるのは当然だと思います。地の説明文を多く書く方式の小説も書いておりますが、この「濁流」では、文体を意識した試みであり、読者がどちらを好むかはまた読者の判断であると思っております。

2018-01-13 09:33

221.242.58.46

マルクトガル

拝読しました

ハードボイルドとのことで、どうしても乗り込みたくなってしまった訳ですが

僕がいつも読んでるものも、このジャンルな訳なのですが。

正直、なんだかもう少し物足りない感じがします。

確かにこんな雰囲気なんでよ、このジャンル。
でも、なんだかもう少し物足りない感じがします。

ハードボイルドって、説明を削りすぎても何が行われているのか把握できないし、ゴチャゴチャ書きすぎると途端につまらない雰囲気。御作はどちらかと云うと説明不足の方ではないか?と感じました。
せっかくのハードボイルド調の語りなのに、キャラクターの心情が伝わり切れていない気がします。

確かに、登場人物の心内描写をしてなくて、登場人物の心情はその行動から読者が感じるという書き方ってのは間違いではないけれど……

心情を書かなくて良いと言うのは違うと思うんですよね。

心情はキャラクターの勢いある動きがあるからこそ少なくても伝わる。否、少ない方が伝わる。キャラクターが動かないとこの文体。本当に勢いを無くすと言うか、魅力的に見えない。

読み手の心を揺さぶる。
その代わりに、自分のキャラクターは台詞を控えて、描写を控えて、魅力的に自分を説明しない。窮地に陥ったキャラクターが足掻くところに

端的な表現

つまり、ハードボイルドな文体は合うのではないでしょうか?

ありがとうございました。

2018-01-13 10:06

49.104.35.245

大丘 忍

マルクトガル様

本当のハードボイルドは、文体もさることながら、ストーリーでは、サスペンス、暴力などを含み、読者をハラハラさせるものだと思いますが、それだけにもんもんとした思考過程を地の文章で書くとその緊迫感が乏しくなるということで、いわゆるハードボイルド文体が出来たのだと思います。
濁流はサスペンスではありませんが、ハードボイルド文体にすればどのように感じられるかの試みでした。普段書いているのは通常の文体のものですが、私の特徴としては、読みやすい、短い文章をたたみかけるというもので、句読点、改行の少ない文章は苦手でした。だから、これをもう少し進めて、ハードボイルド文体にしたらどうかの試みでした。この濁流という小説を書いてみて、ハードボイルド文体にも長所と短所があることを実感しました。つまりは、上手に書けるかどうかの話なのですが。まあ、たかが素人小説ですからどのように書いても構わないと思うのですが、色々試してみる事は、小説作法の向上に繋がると考えております。

読んで頂き、貴重なアドバイスを有難うございます。

2018-01-13 11:27

221.242.58.46

一陽来復

このスカスカ文体は、「≠ハードボイルド」だと思ったんですよ。。


ワタシ、ハードボイルドは海外のを読んできたせいなんだろうけど・・

村上春樹が小説書くお手本にしまくったチャンドラー(フィリップ・マーロウ物ですね)とか、地の文がとてもキレイだから・・
『ロンググッドバイ』なんか、「地の文の方の描写」の方が、何十年たっても記憶に刻まれているレベルよ??

パーカー(スペンサーシリーズですね)は、鉤括弧セリフの処理が端的で上手かった記憶。
『初秋』とかですね。


近年に入って・・ジョン・ダニング(古本屋探偵ジェーンウェイですね)が好きなんだけど、
ダニングは・・「地の文の量が膨大」だし、その膨大な地の文に、読者は幻惑され・はまり込んで抜け出せなくなるのよ。。


ハードボイルドって、【この原稿みたいに、ひたすらスカスカ、単調、ベタ台詞頼みの、浅い文体では決してない】と思うんで・・

安易極まりなく「これはハードボイルド文体だから!」とか、開き直らないでほしいと思う。


日本のハートボイルドがどんなもんかは知らないんだけど、
そのジャンルは、書き手も読者も、【チャンドラーはリスペクトしている】筈だと思う。

本格推理の書き手と読者が、ポーやEクイーンをリスペクトしているのと同じに。

2018-01-13 13:52

219.100.86.89

一陽来復

↑ って、「いまさら初歩の初歩」な事書いて、すいませんでした。


ハードボイルドに挑もう! なんて人は、「村上春樹訳のチャンドラー」は、当然とうに読んでいるわね。。

そんでもって、「30年前の清水さん翻訳版の……当時の日本庶民の生活レベルに合わせた……んだろう、固有名詞の珍妙異訳」との違いにくらくらして、
「原作だとここはこうだったのか!? ありがとう、村上春樹〜〜!!」と、感謝にツボりまくった・・筈だからなー。。

2018-01-13 14:07

219.100.86.89

アトム

>登場人物の心内描写をしてなくて、登場人物の心情はその行動から読者が感じるという書き方です。

・心情をべったり塗り込めるより、描写の寡黙から伝わってくるものの方がより強く、深くつたわってくる、ありますね。また想像へと誘引させてもくれます。これも小説の技術。
ここは語らず形態で(納得できる着目です)

小説はむずかしいものですね。

2018-01-13 17:07

126.169.25.93

音代 佳汽

読ませていただきました。


ハードボイルド文体への挑戦として書かれたようですね。
私はハードボイルド文体は、地の文を読んで、読者が鮮明にそのシーンを映像化できていたら最低限度はクリアと言えると思うのです。そして、御作では容易に場面が浮かんで来ました。
違和感なく、スラスラと最後まで読み切れました。

私もつい先日、こういった文体にチャレンジし、一作書き上げたのですが、全然ダメでした。(ここには載せてませんが)
テンポを生み出すのが難しいですね。
つらつらと平坦な感じになってしまい、目も当てられない出来となりました。
それでも、学ぶものはあったので、書き上げて良かったかなと思います。


先の方々がご指摘されていることと、重複するので、申し訳ないのですが、

>「いや、それがなあ。あかんかったんや」
>「あかんて……」
> 美千代がひぇーと悲鳴をあげた。
>「あかんぼは助からんかったんや」
> 辰雄の言葉に美千代が身を震わせた。
> 向こうを向いて、美千代は唇を噛みしめて涙を堪えようとしている。
>「それになあ。ミッチーの出血がひどうて、子宮を取る手術をしたんや」
>「えぇーっ? 何でうちの子宮をとったんや」

このシーン私も少し軽いなぁと感じました。
私は子宮摘出の経験はありませんが、視力が回復しないかもしれないと医師から言われたことがあります。
その時はまだ私は中学生の子どもだったのですが、絶句し、ただただ泣きました。
私は幸いにも視力は回復しましたが、
赤子を失い、完全に子宮を摘出している彼女は、相当のショックでしょう。
ひぇー、や、えぇー?とか言ってられないだろうし、もう少し緊迫感があっても良いのかなと思いました。

他の方の返信にて記されている通り、人の感じ方はそれぞれかとは思いますが…。

はじめの風呂で溺れるシーンはインパクトがあって、引き込まれました。
少し涙ぐんだくらいです。

最後の河原のシーンも良かったです。
和みがあって、はじめのハラハラする感じとのギャップが良いなと思いました。

拙い感想で失礼しました。

大変参考になりました。

2018-01-13 17:26

126.109.252.192

大丘 忍

一陽来復様

ハードボイルド文体に挑戦すると言った所で、ハードボイルドのプロ作家が書くような文章が我々素人に書けるとは思っておりません。しかし、何事も挑戦。どこまでできるのかを試してみることは有意義だと思います。これがどの程度だったかは皆様の感想をうかがう事で感じ取っております。

読んで頂き感想をありがとうございました。

2018-01-13 17:35

58.0.104.143

大丘 忍

アトム様

そう、小説は難しいですね。でも、書かなければ上達しない。書いて読者の感想を聞くこと。これは上達のための必須条件ですね。

読んで頂き感想をありがとうございました。

2018-01-13 17:39

58.0.104.143

大丘 忍

音代 佳汽様

>私はハードボイルド文体は、地の文を読んで、読者が鮮明にそのシーンを映像化できていたら最低限度はクリアと言えると思うのです。

私も同感です。しかし、そのように書くことは難しいですね。難しくても書いてみる。それがどこまで通用するか、書いて読者の感想を見なければわかりません。独りよがりの文章では上達しないと思います。

音代 佳汽様がご指摘の場面。
手術後、美千代が悲鳴を上げる場面ですが、ここはどの程度にするかで迷いました。あまりダラダラ書いたのでは緊迫感がないと思ったからです。この辺りは読者によって感じ方が違ってくると思います。やはり、まず書いて場数を踏むことが必要なのでしょうね。

読んで頂き貴重な感想をありがとうございます。

2018-01-13 17:48

58.0.104.143

ラピス

皆さん、厳しいですね。私は、ただただ心理描写なしで心情を伝える作者の技量に感心しました。
大丘様の作品は読み物として成立しているように思えます。飽きないし、リアルで面白いです。

惜しむらくは女性の描き方でしょうか。やはり、子宮を全摘した直後の様相が少しコミカルでした。
ただ私の母も子宮をとったのですが、叫び声を挙げたのは長引いて麻酔の切れた術中でその後は乱れませんでしたから、嘆きを書けばいいわけでもありません。

では失礼します。

2018-01-13 20:24

49.104.51.17

大丘 忍

ラピス様

読んで頂き、面白かったとのことで嬉しく思います。小説の文体としては色々あると思いますが、こうでなければならないということではなく、その人に適した、或いはその内容に適した書き方があるのだと思います。漫然と書くのではなく、自分に適した文体を見つけるのも鍛錬ですね。

女性の描き方、特に子宮摘出後の女性の描き方には、やはり問題があったと思います。彼女はこのように思ったと、彼女の心の内面を書かずに、読者にそれを感じてもらうという事が難しかったようですね。一段と工夫を要することだと思いました。

貴重なご指摘を感謝いたします。

2018-01-14 08:23

58.0.104.143

大丘 忍さん

拝読致しました。
ハードボイルドを目指したとの事ですので、そういう文体と思って読みましたが、若干、話の展開的に無理があるんじゃないかなと感じた点がいくつか。

女性が子宮を摘出して、愛する人との子供が持てないというのは多分言葉にならない嘆きです。

それを安易に描写するのは「ハードボイルド」じゃないと感じました。

また、子宮摘出の兼ね合いで医者に言われたからといって、女性側がセックスもできないと思い込むというのも設定に無理があるかと思います。

十月十日お腹の中にいた生命を失い、愛する旦那が気を使って抱かないという方がよほどしっくりくるし、その事が妻の心を逆に抉るという話の方がいいのではないでしょうか。

心情を表す言葉は何も「~~と思った」「~~と感じた」といったものではありません。

冒頭は良かっただけに、中盤から終わりにかけては中だるみ感がありました。

2018-01-16 12:29

1.75.212.26

大丘 忍

奏様

読んで頂き感想をありがとうございます。

やはり手術後の女性の心の描き方が問題ですね。これを地の文で説明してしまうと簡単なのですが、地の文章では心の内を説明しないという
方針なので迷いました。もし改稿するとすればこの辺りに工夫をしなければならないでしょうね。

丁寧なご指摘を感謝いたします。

2018-01-16 20:27

58.0.104.143

大丘 忍さん

ご返信ありがとうございます。

前半部分は読みやすかったし、味わいがあり、私はこの雰囲気の話、好きです。

しかし、「女性の心の描き方」が問題かというとそれはちょっと違います。

> 美千代がひぇーと悲鳴をあげた。

の一文を除けば、この部分は話として破綻していないので、このままでも読めなくもないです。

「死産をして、かつ、子宮摘出して二度と子供を持てない手術後の女性心理を考えろ」と言われても、男性の身だったり、出産経験のない人が想像して書くのだとしたら「想像でこのあたりを考えるのは難しかったんだろうな……」と思っています。

しかし、

>「先生。私の子宮が無くなって……。それで、でけますやろか?」
 部屋を出ようとした医師が怪訝な表情で振り返り、
「子宮がなければ出来ませんよ。お気の毒ですが諦めて下さい」

のあたりは、設定に無理があるなと感じています。

現状、私自身子供がいるんですが、妊娠~出産時には、「あ、足の形が中にいるのにわかる……。めっちゃ蹴飛ばされとるわ……(;´Д`)」とか楽しみに待ってる気分もわかれば「ちゃんと五体満足に生まれてくるかしら(´・д・`)」と不安になる気分も分かるので、子供がダメだと知らされたらきっと自分を責めるし、自分の命を救う為に子宮摘出なんて事になったら、子供の代わりに死にたかった、なんでそのまま死なせてくれなかったんだ女としての価値もないのに、旦那さんに顔向けできないといった心理になると思うんです。

そのぐちゃぐちゃした感情をハードボイルドに仕上げようとするとちょっと大変なので、医者との掛け合いのシーンは夫が妻の身を案じて「アレ、出来ますやろか?」と訊ねて、結果勘違いして腫れ物のようにそっとしてたらある日妻がキレて入水自殺を試みて、最初の冒頭シーンに繋がる方が、話としてもチグハグにならないし、大丘さんにとっても書きやすかったんじゃないかなと思いました。

2018-01-16 22:55

116.0.177.37

大丘 忍

奏様

再訪でご指摘の点が一番問題になると思います。書くときも、どう書けばいいか苦労しました。
この時の美千代の心理は、男性読者と女性読者では違うかもしれませんね。私は男性ですから、
女性からの感じ方に思いが届かなかった感はあります。

おそらく、女性であれば、ご指摘のような心理になるんでしょうね。
本作では、美千代は赤ん坊は「出来ない」と諦めても、主人に対して性行為まで出来ないとす
れば、主人に対して申し訳ないという気持ちがあります。「出来ない」という医者の言葉を、
性交が出来ないと早合点してしまった。そうなると、自分を愛してくれている主人に申し訳な
い。
ご指摘の通り、自分さえ死ねば主人は再婚して性交もできるし子供も出来る。その様に考えた
訳ですね。
私が書いた意図もその通りなのですが、これが読者にどの程度伝わったかどうか。この部分には
不安がありました。ご指摘の手順にしたほうが素直だと思われますね。
もし、改稿する機会があればこの部分をもっと吟味したいと思います。この小説ではここが一
番の中心だと思いますので、これを理解してもらえなかったら価値は半減します。
参考になるご指摘有難うございます。

2018-01-17 09:19

221.242.58.46

大丘さん

ご返信ありがとうございます。

私もこの部分がこのお話の肝だと思います。

ただ

>ご指摘の通り、自分さえ死ねば主人は再婚して性交もできるし子供も出来る。その様に考えた
訳ですね。

ってのは違います。

自分自身、女としての価値が見いだせなくなって死にたくなると言うことです。

・育てる子供は亡くなる
・次の子供を望めなくなる
・夫に抱いてもらえなくなる

の、三重苦にさらされたら、「死んだ子の代わりに自分が死ねたら良かったのに」「子宮摘出なんかせず女のまま死なせてくれたら良かったのに」「命が長らえても、以前のように愛してもらえないなら死んだ方がいい」といった心理状態になるんじゃないかと。

旦那さんの幸せを考えて死を選ぶというよりは、旦那の仕打ちを恨んで死を選ぶって感じです。

2018-01-17 20:12

116.0.177.37

大丘 忍

奏様

なるほど。女性の心理は違うんですね。これは非常に参考になりました。ありがとうございます。そのことを考えてもう一度改稿してみようと思います。

2018-01-17 20:58

58.0.104.143

あ、ごめんなさい。

>ご指摘の通り、自分さえ死ねば主人は再婚して性交もできるし子供も出来る。その様に考えた
訳ですね。

ってところは大丘さんが初稿で考えた美千代の心理状態って事ですね(;´Д`)←ちゃんと読め。

大丘さんの最初に意図した内容について、きちんとその内容は伝わってきます(;´Д`)。

2018-01-18 06:38

116.0.177.37

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

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