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きょうの気付き 3枚目
2022/03/12 04:50
そうげん   <sougen0202@gmail.com>
https://twitter.com/sougen2022

スレッドも3枚目になりました。2枚目はムーブメント氏の「アホか」のコメントで無事100件に到達。「あほはおまえじゃ、死にさらせカスが」という言葉を裏の101個目のコメントとしておきます。
それはさておき、井上靖さんの『しろばんば』・『夏草冬濤』を13、4年ほど前に読み、最後の『北の海』だけ読まないままでした(ずっと気になってたのですがなかなか読む機会がなくって)。
しかし、先日立ち寄った書店で新潮文庫の棚に書名を見かけていい加減読んでしまおうと購入し、おととい読み終わりました。
有名な三部作ですので読まれた方もかなりあることでしょう。作者の書きぶりが、どことなく漱石の『坊っちゃん』に似ている。先生、元同級生とのやり取り、柔道か勉強かのあいだで揺れる生活。避けては通れない恋の目覚め。そばで見ているとバカなことしかしていないようで一向に悩みはなく、浪人生活にあってごくらくとんぼのようにいつもふわふわふらふらしている。よく動き、よく食べる。
なんというか、明るくて快活でとても清々しい青春物語でした。

スレッド1枚目 https://sakka.org/opinion/thread/index.cgi?mode=past&no=1664
スレッド2枚目 https://sakka.org/opinion/thread/index.cgi?mode=past&no=1753
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そうげん
 2022/03/12 05:01

きょうの気付き 3枚目
●石原慎太郎×曽根綾子対談『死という最後の未来』(幻冬舎文庫)

先日亡くなった石原慎太郎さんの本を大丸京都店の書店で見かけたので購入したうちの一冊です。電子書籍をスマホで読むより、紙の本で小説を読みたいというお二人の意見は年齢を考えればうなずけるし、わたしもじっくり読みたいものは「紙で」派なので、お二人の意見に同意です。

《曽根 本は、ページの色が年月と共に変わっていくのもいいわね。ちょっと黄ばんできたり。
石原 それでもう一回、あそこを読もう。最後のいちばんいい5行から6行のところを読もうと思って、前のページから読み直してね。その場面に当たる時は、何ともエクスタシーがあるんです。たとえば福永武彦の『草の花』とか、いいんだな。そういうセンチメントは、紙をめくらないと、わからない。》

さらに作家江藤淳氏の自殺の前後の経緯が石原氏から語られてあって、そういういきさつだったかと、寂しさと落胆に最後の一押しをされてしまったのかと感じました。その日、台風さえ来ていなければちがう未来があったのかもしれない。

そうげん
 2022/03/13 15:53

きょうの気付き 3枚目
●石原慎太郎『法華経を生きる』(幻冬舎文庫)

もともと1998年に単行本として刊行された本の文庫化。1998年ということは、日本中を、そして世界を震撼させたオウム事件から三年しか経っていません。作中ではかつて新聞連載のコラムの取材のために、新興宗教の教祖や教主に数多く会ってきた事実が語られ、石原氏と特定の宗教との関りについても力強い言葉で著されていました。

石原氏は熱心な仏教徒であり、自作として、法華経の現代語訳も著されました。(今回買った書店の棚にも訳本が置いてありました。今回は買うのを見送ったんですけどね)

仏教について、法華経が取り上げられ、そのなかでも特に、「実相」について言葉を費やされていました。「色即是空」の、「色」も「空」も多くの人は誤解している。面白かったのは、お坊さんは月命日などにお経をあげにやってきても、あげたらそのまま帰ってしまう。キリスト教の牧師さまのように教えを説く機会をほとんど持たない。そうだよなあと思うところがありました。

機会があれば、石原さんの法華経の現代語訳も読んでみたいと思います。

あとがきは瀬戸内寂聴さんで、石原さんも瀬戸内さんもすでにお亡くなりになったんだよなとしみじみと思いました。

青木 航
 2022/03/15 08:05

きょうの気付き 3枚目
 仏教の話の後、世俗の雑談で申し訳ありませんが、掲示板の覇者・カモさん何処に行ってしまったんでしょうかね。
 今回は不言実行ですかね。そう言えば、表で『ムギュ』の茅場さんも見なくなってしまいましたね。ま、出入り自由ですからいいんですけど……

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そうげん
 2022/03/15 16:28

きょうの気付き 3枚目
>青木 航さまへ
加茂さんは新規スレッドを乱立させて、それが一過性のものではなく長期間にわたってましたので、参ったなという感覚でありました。どこかへ去られたのか何かあったのかわかりませんが、(わたしも人のことはいえないけれど)読むかいがあるのかないのかよくわからない書き込みが多かったから、自分の小説を書くことに専心されていればよいかなと思ってます(それこそ、いまのわたしも小説以外の書き込みばかりごはんでやっているわけですけど……)
茅場さんについては名前は知っていても、作風を覚えているほど強く認識していなかったため、そういう人もいたなという認識でしかありませんでした。
来る人がいれば、去る人もいる。去る人はあらかた去って、いまは去る人が出るほどに入る人があまり入ってこなくて、他の小説投稿サイトに比べると吹き溜まりのようになってるのかなと思います。当然、わたしも吹き溜まってる一人です。

そうげん
 2022/03/15 16:41

きょうの気付き 3枚目
●ルソー『エミール(上)』(岩波文庫)

p.237 《こうして子どもの課業を全廃することによって、わたしは子どもに最大の不幸をもたらす道具、つまり書物をとりあげてしまう。読書は子ども時代にとって災厄だが、しかも人が子どもにあたえることができるほとんど唯一の仕事になっている。十二歳のエミールは文字が読めなければなるまい、と人は言うかもしれない。それは同感だ。読むことが役にたつようになったら、かれは読むことができなければならない。しかしそれまでは、読むことはかれをたいくつさせるだけだ。》

服従をしいて、気が進まない読書に子供を打ち込ませることで、読書に苦手意識を持った大人を作ることになる。読書に対する嫌悪が、かれの心を学問から遠ざけてしまう。また読書への没頭が自分の頭で考えることを止めさせてしまう。

《読書は他人の頭に物を考えてもらうこと》ともいうし、寺田寅彦は一冊を読むよりも数節読んだだけで、関連することが頭に浮かんでそちらのほうに集中して想念を膨らませて思索に耽るということを随筆に書いていたように思います。

《少なく読み、多く考えよ》も寺田寅彦の言葉でしたか。

そうげん
 2022/03/29 04:24

きょうの気付き 3枚目
●T・E・カーハート『パリ左岸のピアノ工房』(新潮クレストブックス)

登場人物は実在の人物でノンフィクション、ドキュメントともとれるし、小説として読むことも可能な作品だと思いました。ピアノにまつわる説話も豊富にあって、わたしはピアノというより音楽全般に疎いたちですけど、楽しく読むことができました。カルチェラタンにも近い裏町のピアノ工房に惹きつけられた人たち。その人間関係はけして広範囲に及ぶものではないが、限られた人物ひとりひとりが個性豊かで、それぞれが惹かれあいながらたくさんの人情豊かなドラマを展開させてくれます。日本のヤマハのピアノのことも数か所出てきました。いつかどこかで見たことのある聞いたことのあるピアノのメーカーの名前がごろごろと出てきました。知らない世界を垣間見るって、いい刺激になります!

そうげん
 2022/03/29 11:26

きょうの気付き 3枚目
●映画『ナイトメア・アリー』

とてもよかった。全体にダークな雰囲気があって、ノワール要素もたっぷり。整合性がとれている展開、上映時間も長尺で、ひとつひとつのシーンの雰囲気も、キャストの演技のスタイルも、タメの作り方から動作から(わたしは字幕で視たけれど)台詞回しにいたるまで、これまでのギルレモデルトロ監督の作品に比べても遜色ない、というよりも、大幅にグレードアップされてる印象を受けました。ネタバレの一つなんだけど、作中に示される獣人(ギーグ)は2022年に撮り直された作品として、そしてこの現代日本で映画を観ることの意味からいって、広く見るならばいまのこの国の非正規労働者(あるいは正規社員ですら、かもしれない)、すでに無くしてしまった我執による引っ掛かりを得ることもないまま他者から与えられる要求を唯々諾々と受け取って働くという、自己の立場を地獄とも見まがう位置へと追いやってしまう人間の似姿のようにも見えました。また主要な登場人物ひとりひとりの言動・行動・表に現れない心理を追っていくと、かなり深く、しかも理知的に分析することが可能な作品。エディプス・エレクトラコンプレックスの要素もカギになっています。丁寧に作られている印象でした。

そうげん
 2022/03/29 11:59

きょうの気付き 3枚目
昨日、映画二本、「ザ・バットマン」と「ナイトメア・アリー」を観たのですけど、時勢を反映してのことでしょう、どちらの映画のスタッフロールにもコロナ担当班のキャストがクレジットされていました。

「コビッド・コンプライアンス」などという役職名でした。ナイトメア・アリーはブルーレイの購入を決めているから、きっとこの映画を観返すたびにこの映画が撮影時に蒙った困難、コロナ蔓延による長期間の撮影休止みたいなのを思いだすことになるんだろうなと思ってます。

ザ・バットマン。ザ・バットマンはこれはこれですさまじかったです。ゴッサムシティの人々のことを思うウェインの気持ちがちゃんと表現されていて、混沌としている情勢の中でいかに自分なりの正義を見失わずに自己を立脚するかというところにもしっかり力点が置かれていた。社会と個人という対置がしっかり示されてあった。自身の周囲に纏わる過去にも向き合う強さがある。次回作が作られることを望んでいます。今回の敵役。つねに問いかける重要性は失うべきでないということは思いました。真実は常に灰色の要素の中に紛れ込んでいる。

そうげん
 2022/04/02 10:17

きょうの気付き 3枚目
ギルレモ・デル・トロ監督の最新映画『ナイトメア・アリー』を今週の月曜日に観て以来、この作品のことをもっと知りたいという気持ちが湧きあがってきました。エディプスコンプレックスにエレクトラコンプレックス、タロット占いに、読心術の表と裏、降霊術かと見まがうようなトリックの虚実のほど。原作小説にはどんなふうに書かれてあるんだろう。それが気になって、翻訳本として出ている扶桑社ミステリー文庫版とハヤカワ文庫版の2種類を手許に取り寄せました。昨夜、第三章「女教皇」の章まで読んでみました。メモを取りながら慎重に。言葉の細部にも多くの記号が採り入れられてあって、第二章では早々にモリーのエレクトラコンプレックスについて語られる。スタンとモリーにとってジーナはどんな存在なのか。幼いころから不在であった母を象徴する存在として見えるけれど、実の母とはどこが異なるのか。その「母」と交わるスタンは、何を得て何を失うことになるのか。獣人(ギーク)、オオカミ、ヘビ、サル、競走馬、たくさんの象徴的な言葉が入り乱れて、ひとつひとつ整理して関係性を探りつつ読んでいくことで作品世界を十全に楽しむことができそうです。とりあえず、わたしは扶桑社版をはじめて読む本に選びました。

そうげん
 2022/04/08 00:30

きょうの気付き 3枚目
●映画「ルーム(吹替版)」
プライムビデオで視聴。第88回アカデミー賞ノミネート作。実際にあった監禁・強姦事件をもとに構成された小説原作アリの映画。前半一時間は部屋に閉じこめられて、生活する母子の様子が描かれる。何年も太陽を見ていない母と、生まれてから一度も外の世界を認識したことのない子供。部屋の中を世界と認識する子供の行為・言動と、外の世界を知りながらずっと鬱屈に耐えてきた母との間のすれ違いも静かに描かれて心をうつ。後半は部屋を脱出してから後の顛末。社会と順応することの難しさ。それは子供よりも母親の方に大きく響いて、一時自殺未遂まで至ってしまう。重い作品だけど、観た甲斐はあったなと思いました。観ている間、ずっと重苦しさに押しつぶされそうになりながら画面を見守ってました。祖母もパートナーも良い人でよかった。子役の演技もよかった。

夜の雨
 2022/04/11 18:56

きょうの気付き 3枚目
『ナイトメア・アリー』の映画観てきました。
そうげんさんの紹介でギレルモ・デル・トロ監督の映画うんぬんと書いてあったので調べてみると、彼の映画は以前に複数観ていました。
映画を観るのに監督名を意識していなかったので調べてみてびっくりです。
>ヘルボーイ
>パンズ・ラビリンス
>シェイプ・オブ・ウォーター
そして今回の『ナイトメア・アリー』でギレルモ・デル・トロ監督の映画は四作目でした。

『ナイトメア・アリー』以外の作品はファンタジー系になりますが、今作は現実的な作品で、現実世界にあっても不思議ではない物語でした。
今までの映画が夢物語で今回は現実路線にハンドルを切った、というところでしょうか。
「ダーク」な映像美に期待したのですが、そのあたりはぼちぼちでした。
「見世物小屋」とかの世界にある程度はダークな映像美はありましたが、現実的なところを描こうとした作品なので、映像美もダークに徹しきれなかった。
わかりやすく書くと「詐欺師」の話ということになります。
もっとわかりやすく書くと「やくざ」の世界で、「獲物(女をスケコマシして売春婦として堕としめいて)」それで生活の糧としている。
この「獲物の女」が『ナイトメア・アリー』では「獣人(ギーク)」にあたり、アル中などの世の中から外れた「世捨て人」を「獣人(ギーク)」に仕立て上げる。

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夜の雨
 2022/04/11 20:48

きょうの気付き 3枚目
こういった構図。(800字しか書き込むことができなかったので、上の続き)
『ナイトメア・アリー』では「獣人(ギーク)」=「やくざの世界」では「スケコマシした売春婦」にあたる。
『ナイトメア・アリー』の主人公は「獣人(ギーク)」の作り方を見世物小屋で教わったが、主人公は野心を持ち、のし上がろうとした結果、失敗して見世物小屋で「獣人(ギーク)」をするしか生きていくことができなくなった。
つまり売春婦の作り方を教わったにもかかわらず、自分が売春婦になったというお話でした。
途中で成り上がる過程があり、そのあたりの「実力をつける」エピソードが見世物小屋で主人公がいろいろと勉強していく。勉強した結果、「いけると思い」成り上がろうとして、失敗して「獣人(ギーク)」にならざる負えなくなった男(主人公)の話。
2時間30分楽しめましたが。
原作本(扶桑社)も手に入れましたが「獣人(ギーク)」の作り方詳しく書いてありますね。種明かしというのでしょうか。

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そうげん
 2022/04/13 05:57

きょうの気付き 3枚目
夜の雨さまへ

コメントをくださり、ありがとうございます。わたしはまだ「第十章 月」の途中に差し掛かったあたりです。序盤を読んでいて思ったのは、スタンもモリーも幼少期から十分に母の愛を受けることができなかった。スタンは父と対立し、モリーは父を妄信する。かつての父に見た魅力的な要素を見世物小屋を救ったスタンの弁舌による英雄的行為に透かし見るけれど、それがまやかしであることにのちのちモリーは気づくことになる。現代にもまま見ることのある、男女が出会い、結ばれ、結婚生活から幻滅そして離婚に至る経緯と同じ作用がここに発生していることに気づかされています。スタンは獣人を観たときから、そして読心術に接したときから徹頭徹尾自分の利益を考えて行動する性格として描かれています。戦後すぐに成立した物語、降霊術について、心理学について、著者がどのように受け止めているのか、それを思いながら読み進めようと思ってます。

そうげん
 2022/04/13 05:56

きょうの気付き 3枚目
またわたしは人から獣人へ、そこから中島敦の「山月記」の、人から獣(虎)への流れにイメージが重なり、その奥に、カフカの『変身』に対するリスペクトがあるんだろうか、どうだろうという点も気になってます。

スタンが獣人の立場に落ちる直接的な原因は何だったんだろう、名誉? 金銭? 支配欲? 執着? 利己的な性格? 他者(弱者≒モリー)の痛みをわからないため? そもそも人を殺すような行動に出るような人間性を形作ってしまったから? 小説ではスタンの幼少期の思い出が多く語られます。両親の間の不和、そもそも両親ともに他の相手と寝ているようであり、それを子供ながらに察していたらしいこと。そこから成長したスタンの性格に結びつくなにかがあると感じながら読み進めています。

いってみれば見世物小屋で芸を披露する者は、みんなある種の奇形児である。みんな裏になんらかの理由を抱えながら見世物を披露している。

今作の映画の製作者は、映画に関わる人たちだから、きっと映画業界に対する風刺も入ってるのだろうなと思わないでもありません。あえて1940年代の古い作品を掘り起こしてきたのだから、現代に問うてみたい問題が監督の中にあったんだろうなということはわかりますが、それがなんなのか。読み進めていきます。

そうげん
 2022/04/13 06:12

きょうの気付き 3枚目
>『ナイトメア・アリー』では「獣人(ギーク)」=「やくざの世界」では「スケコマシした売春婦」にあたる。

ああ、はじめは甘い言葉で誘っておきながら、相手を籠絡したのちは、逃げ場を断ってしまって引くに引けない場所においつめる。あとは相手を好きなようにあやつる。

それは支配人と獣人の関係であるけれど、スタンとモリーの関係でもあった。しかしスタンは失敗した。スタン自身、より大きな運命に導かれて? 引きずられて? 自身、鎖につながれ、逆さづりの「吊られた男」としての運命を甘受するにいたった。

ホルマリン漬けの「エノク」は今回の映画のオリジナルの道具立てだったのでしょうかね。いまのところ小説には出てきてません。


●【ネタバレ解説】映画『ナイトメア・アリー』ホルマリン漬けの胎児・エノクの正体とは?エディプス王との関連性は?徹底考察

https://filmaga.filmarks.com/articles/158963/

ネットにはいろいろな考察が出てますね。

そうげん
 2022/04/13 08:28

きょうの気付き 3枚目
さいきんのラノベコンテンツだったり、青春もの、学園モノに、あまり親世代が登場しないのは、作者自身に、両親に触れたくない、もしくは亡き者として扱いたいという願望として、ミュート(無視=居ないもの)して扱いたい願望があると思っていて、それだけ親子関係に断絶が起こってるんじゃないのと思う処があって。かつての作品には自身の成長してきた土台としての家庭環境上の葛藤、父や母をフィクションをベースにあるタイプとして描き出すというポジティブな創作意欲があったんだろうけれど、いまはそもそもそういったものを無きものとして扱う、自分の周りには自分の見たいものだけを配置する、という創作方針が罷り通るようになったんだと思ってます。大家族時代から核家族へ、が昭和から平成、しかし平成から令和になって、家族の中の個々人がそれぞれに自分の見たい夢の中に逃避するようになった。つまり超個人主義。狭い価値観の中で描かれる作品に人物の心の動きを捉えて面白いと思う気持ちはあるけれど、そもそもの世界観が異なる年齢も立場も異なる人との衝突だったり和解だったりも描かれてると、わたしはより一層関心をもって読みこめるんだけどなと思ってます。エディプスコンプレックスって古いけれどいまだに色あせない要素を持ってると思うのですけどね。これをうまく活かせば新しいステージを描くことも可能になるとまで思ってます。

夜の雨
 2022/04/13 16:14

きょうの気付き 3枚目
子供から大人になる過程において親は乗り越えなければならない存在だと思います。
ふつうは思春期あたりから「親離れに」なり自立する。
親は親で「子離れする」という事になりましょうか。

そうしないと新しい家庭を作れないですからね。
子供は親離れして自立して家庭を持つ。
そこで子供を作り自分が親になる。
この繰り返しがふつうですから。

まあ、近頃は新しい家庭を持たない「者たち」が増えてきていますけれど。
社会の影響(時代)もあると思いますが。
ある意味、一人でも生きやすい時代になったというか、そんな社会の流れです。
>エディプスコンプレックスって古いけれどいまだに色あせない要素を持ってると思うのですけどね。これをうまく活かせば新しいステージを描くことも可能になるとまで思ってます。<

『ナイトメア・アリー』も、エディプスコンプレックスと関連付けているのかな。
まあ、どちらにしても、面白い題材の小説を書くとして、その主人公の育った背景には「両親」が重要な役目をしていたというエピソードがあると、物語が深くなるのではありませんかね。

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そうげん
 2022/04/16 08:51

きょうの気付き 3枚目
夜の雨さまへ

今年に入ってから一部界隈で話題になった漫画『タコピーの原罪』でも親子関係が取り入れられ、周囲との間の不和であったり、集団の中での孤立であったりを多少おどろおどろしい表現も加えながら、先日話は無事幕をおろしました。上下巻でコミックスも刊行されました。集英社のジャンプ系列のネットサイトで連載されていました。

古くは毒親問題と呼ばれるもので、少し前に『血の轍』を四巻まで無料の時にネットで読んだのですが、ここにエディプスコンプレックス的なものが色濃く出ていると思いました。

中学・高校生から、二十代あたりの層に直撃する場合と、三十代あたりに直撃する場合でどこにヒットするのか要素が異なるかもしれないとも思っています。子育てに失敗したと思える四十代以降にも刺さる部分はあるのかもしれないけれど、それはわたしはわからない話なので置いておきます。

『ナイトメア・アリー』の原作の作者は、結婚して離婚というのを二度繰り返して、再婚を繰り返したそうです。結婚生活がうまくいかなかった。薬物中毒にもなって、最後は平均よりも若い年齢でこの世を去ることになったそうです。ヒット作と言えるのは、この作品だけで、あとは書いてもさほど売れなかったようです。

ナイトメア・アリーには作者の人生観が色濃く反映されているという話です。

そうげん
 2022/04/16 09:10

きょうの気付き 3枚目
そして今回のギルレモ監督版は、前述のURL先にもある通り、以前降霊術を真剣に捉えてすがってしまう人を目の当たりにして、なぜそんな風に騙されてしまうのかといったことが気になって、今回の作品に仮託して、詐欺師の手腕とその裏側を描こうとされているようでした。

原作版と映画版では、何を描き何を描かないかの選別がそれぞれ異なっているようです(世の中の原作アリの創作物は、編者のアレンジによって成り立つものですから当然ですけど)。映画版は映画版。原作版は原作版とわけて読んでおります(と、まだ10章から進んでませんけれど)。

昨夜はブックオフで110円で購入した岩波新書、コリン・コバヤシ著『ゲランドの塩物語 ―未来の生態系のために―』を読んでました。ゲランドの塩の花。わたしも仕上げの塩として使ってます。こんな歴史があったのかと興味深く読んでおります。日本の瀬戸内あたりの伝統的な製塩法とはちがって、土地の地層を利用してはじめて可能な製塩法なんだなと思わされました。

そうげん
 2022/04/17 23:25

きょうの気付き 3枚目
●コリン・コバヤシ『ゲランドの塩物語―未来の生態系のために―』(岩波新書)

70年代から80年代にかけて吹き荒れたリゾート開発の波に対抗して、ゲランドの塩職人たちは自分たちの塩田を守ることに成功した。利益を追求する企業や団体は、ゲランド産の塩が有している特殊性をまったく理解することがない。塩なんてしょっぱいだけのなんでも同じものだという認識でいたのかどうか。地層的に、天日塩を作るのに理想的な構造をしているのがこの地域だった。

この地域のフルール・ド・セル(塩の花)を一時期よく使用していました。ミネラルの含有量がほかの産地の塩に比べて段違い。岩塩ともちがうし、日本で製造される塩ともことなる。

テロワールを活かしたモノづくり。経験と引き継がれる伝統がものをいう製品の魅力。どちらもぶちこわした現代社会の例をいくつも知っているから、この希少価値は大切に守られて行ってほしいと思いましたよ。

そうげん
 2022/04/30 04:37

きょうの気付き 3枚目
購入してから二か月。寝室の床上に放置していた高橋和巳全集をようやく手に取りました。第一巻、月報。友人の談によると高橋はお酒を飲んでいるときにふいに泣きだすことがあった。理由はいま(高橋の没後当時)でもわからなかったらしい。しかし高橋作品のいくつかを読んだ限りにおいても、きっとそうだろうなと思い当たることは多数。戦後すぐに教師を含め周りの大人も級友たちもさらっと態度を翻すさまを目の当たりにして、その体験を抱えて生きていかれたのだし。そしてその想いや感覚が、一巻冒頭に附された詩のなかにも描き込まれていると感じます。「森の王国」、「子供たちに与う倨傲の歌」、「生ける朦朧」。そして小説習作の「月光」、「淋しい男」。はじめからこういったことを書き得る人だったんだなと思い直しました。そして「捨子童子」を読み始めました。やっぱり埴谷雄高さんとの近さを思います。早々にイワンの大審問官に触れられてました。途中Switchでゲーム中断しましたけど、いまからまた続きを読んでいきます。

そうげん
 2022/05/09 09:01

きょうの気付き 3枚目
以前ならばソースはどこか、出典元をあかせ、といわれて慎重になっていた情報の取り扱いが、検索でちゃちゃっと出して、ここに書かれてあるからと信じる人が割合として増えている(のか、あるいはそういう人の悪目立ちが増えてきた)ようです。

信じたいものだけ信じて、見たいものだけ見ている人たち。

もしアンチコメントをぶつけられて、こちらが真実は別のところにあるのに放置しておくと、そのアンチコメントの内容が独り歩きして真実の皮をかぶるようになってしまう。

低能者にいくら反論したところで、だらだら食い下がって、こちらの時間が削られるとなったら放置するのが最適解と思うのだけど、その選択をすると、情報弱者が蝟集してデマでもなんでも、あることないことなんでもかんでも増幅して拡散する。度し難い烏合の衆。

※ 伝言板のパンの話題は、私の手元にはいくつかの日・仏のパンのレシピもあるけど、wikipedia情報でさくっとすませたことに不満を持つ人もあるようですね。

そうげん
 2022/05/11 10:53

きょうの気付き 3枚目
いまから十数年前、まだヤフーメッセンジャーが現役だったころ、夜な夜なある人が立てた部屋に入り浸っていました。そこを訪問するのはだいたい固定メンバーでわたしはそのなかの一員でありました。自分で創作小説を書いている人たちの集まりでした。そこでは文章を打ち込んでやり取りするいわゆるチャットでの交流だったのですが、毎夜毎夜集まって何をやり取りするかというと、だいたいがジャンルを問わない雑談。特に創作周りのことを話すと限るでなく、いま自分が関心を持っていることとか、さいきん出くわした印象的な出来事とか、よもやま話に類することでした。あるとき空気を読まない私はこういいました。「創作部屋なのに雑談しかしてない。それでいいの?」と。すかさず部屋主さんがご指摘くださいました。「雑談のなにがいけないの? 創作のヒントにならないものなんてないでしょう」と。わたしは脳裏に一棒を食らった気分でした。そうか、そうだったか。そうなんだな。わたしが狭量だったんだ。気持ちを入れ替えました。そしていまだにその部屋主さんとは、Twitterでも交流をつづけています。数少ない創作畑でお互い頑張ってきている盟友って気持ちで勝手に思っています。

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そうげん
 2022/05/12 09:51

きょうの気付き 3枚目
調理の世界も芸術の世界と同じで、基本「いいものはいい」ということに尽きます。モーツアルトの音楽は比較的多くの人が高評価をつけると思います。夏目漱石や芥川龍之介の小説について評価は過半がよしとするものだと思います。これは評価者が過去になにを体験し、どのようにその体験を受容してきたかという来歴によって変動する要素であり、比較的万人に受け入れられる優れていると受け止められる仕上がりの物品というものは、確実に存在するわけです。もちろん例外はあります。わたしはこれが嫌いだ。認めない。という例外はあります。しかしこの際、このような異分子はマイノリティでしかありません。経験値が足らないことによるイレギュラーな評価と却下することが可能です。料理の話。これも、食べるものが専一な作り手による特徴的な味付けのものばかり食べている(母親の料理しか受け付けない。妻の料理しか食べられない等)、広範な範囲の外食の経験がない、苦手な食材が多すぎて、ものを食べるに適していない、自分で料理を作った経験がない、そもそも食に対する関心が希薄、これらを読書界隈に置き換えてもいい。音楽の視聴の好悪について適応させて見てもいい。これはたんに受け手側の経験不足というしかない。いいものはいい。これがわからないのは、単に受け手側の経験不足でしかないということです。

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そうげん
 2022/05/12 10:02

きょうの気付き 3枚目
学校で習ったときも毎食試食はしっかり試みました。選び抜かれた食材、調味料によってどのような味付けのバランスに仕上げることを目指されたものか、そしてトータルの仕上がりの味付けによって、食べた側にどのような印象を持ってほしくて、あるいはどういった影響=変化を与えたくてこのような味付けのバランスにされてあるのかというポイントを、授業終わりの限られた試食(だいたいの生徒は授業終わりとともに退室してしまう。なんのために調理師学校に来ているのか謎だったけれど)の機会に自問自答しつつ、さまざまな料理の味を精一杯のキャパシティで受け止めていました。それはフランスに在留していたときにも、各レストラン・ビストロで崩さずにいた姿勢です。この店舗はお客さん(クリヨン)にこういった気持ちになってほしくてこういった調味を心掛けているんだなとか、そういった底意も見透かすことができました。パリの「L'AMBROISIE」は特によかった。そのときの印象を東京で勤めていたときにシェフに話したらシェフもその店に来店したことがあったらしくわたしの印象を最大限の歓待で受け止めてくれました。どういった味付けが人に好印象をもたらすか。これは短い調理経験の中でもわたしが重視していたポイントでした。フランス料理を基本に考えるとともに、中華の合わせ調味料も視野に入れるから、味付けは足し算が基本と考えています。どの要素を組み合わせて仕上がりを演出するか、そこを見誤まらなければ、まずい料理などというものはまず出来上がる道理がないのです。

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そうげん
 2022/05/23 05:41

きょうの気付き 3枚目
●高橋和巳「捨子物語」
戦前世代に棄てられた戦後世代の生き方について示唆されていると受け止められうるラストでありました。火垂るの墓かなと思われるような、末っ子美之(みゆき)との別離もむべなるかな。戦後の男子として、若死にすることは恥と思えという、戦中の反省を著者自身がここにこめるような熱の入れようで書かれてありました。空襲に遭い、焼夷弾によって住んでいた地域が焦土と化すシーン。それまでの気持ちの通じ合うことが絶えてなかった血の繋がらない母の狂相がクローズアップされて、わたしも家族に対して感じている違和感を深堀りされた感覚があって背筋が冷えました。線路に身を横たえてすべてをあきらめたとき、力強い男の手によってふたたび生の世界に引き戻される主人公。自分の力によって生き抜いていくしかない。額に汗して、機械油の匂いを身体に染みつけさせながらしぶとく生きていく。戦後間もなくの社会における希望のよすががそこにあるような印象でした。しかしいまは令和。戦後復興と違って、平成不況、令和の没落。思うことがたくさんありました。読むのに半月以上かかりましたけれどもね。全集は全20巻。やっと1巻が読み終わります。

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そうげん
 2022/05/24 13:20

きょうの気付き 3枚目
高橋和巳「捨子物語」。一読。空き時間にちょっとずつ読み進めてかかった日数、半月以上。仕事の休憩時間に読んだりもしてたわけだけど。文章がきりっとして読んでいて気持ちいい。魔の山の翻訳を読んだときの感覚に似ている。高橋義孝さんの訳文にも似たテイストがありました。しかし捨子物語は日本語による一次文。著者が選び抜いた言葉で書かれてあるから、気持ちはストレートに伝わる。読むのにずいぶん時間がかかりました。しかし読みっぱなしでつぎに進むのは勿体ない。全体像が見えたからこそ、あいだをあけずにもう一度はじめから読んでみようと思ってます。綾子・主人公・美之の三人きょうだい。主人公はよそからもらわれてきた子で、家族の中で唯一血がつながっていない。父不在の家庭において母の存在は大きい。実母でも測りかねる部分があるのに血の繋がりのないあかの他人である母に対してどのような距離感を保つのか。主人公の後半の気付きは、わたしも背筋が震えた。さあ。とにかく読んでいこう。高橋文体に接している時間が楽しみであり、親しみを覚えるひとときであります。この楽しみが20巻分もあるなんて、控えめにいって最高というしかない。

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