スレッド一覧 > 記事閲覧
「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
2021/01/19 08:29
そうげん   <sougen0202@gmail.com>
https://textsgn.web.fc2.com/index.html

「今週気付いたこと」というのは伊集院光さんがパーソナリティを務められてるラジオ放送『深夜の馬鹿力』の冒頭で毎回語られるテーマです。わたしが前に立てたスレッドは後半、そのときどきにしていたことの報告文のようになりましたので、今回は創作に関してわたし自身が「気付いたこと」も絡めとりながらスレッドを進行する予定です。創作に関連性の薄い話題ばかりではクリックしてくださった方にも悪いですから。書き込みたい方は、どんどん書いてくださって構いません。書き込みがなくともスレッドは粛々と継続いたします。よろしくお願いします。
maintenance
Page: [1] [2] [3]

そうげん
 2021/04/25 18:59

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド

●『独眼竜政宗』
大河ドラマが歴史物を再び扱うようになった初めの作品らしいです。当時の視聴者が時代劇を求めているということがわかって制作されたらしくて、制作陣と一般人の需要と供給のバランスがうまくかみ合ったために叩きだされた視聴率のようです。うちの親やすでに亡くなった祖母も、毎週楽しみに観ていたので、自然とわたしも観るようになってました。

●創作活動
うまく融合できるといいのですけれど、いまは自分が見て楽しい、接して面白いと思えるものに自分を没入させて、ひたすら楽しんでるだけだったりもします。先日再読した中島敦の卒業論文「耽美派の研究」の冒頭で書かれた《一般的に考えると、いかなる芸術もすべて美の表現を狙っているものであるから〜〜すべての芸術は唯美的であると言って差し支えないであろう。》という言葉を噛みしめてます。醜を描いても醜の美を描くというようなことですね。考えてます。

風呂糸
 2021/04/28 13:19

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
録画していた『タイプライターズ 物書きの世界』(BSフジ 4月25日放送分)を見ました。同番組はここしばらく作詞家やラッパー、アニメ監督など、小説家以外のゲストが続いていましたが、久しぶりに小説家(川上未映子さん)がゲストでした。内容は二年前に収録された地上波版だったので、当然旬の話題ではありませんが、地上波版は関東ローカルでしか放送されないので、地方在住者としては視聴できるだけで嬉しいです。
「プロットを書くのが苦手だ。いずれノン・プロットでも書けるように、今は修行のつもりで書いている」というようなことと「『夏物語』を書き終えたら、前髪だけが白髪になった」と言っていたのが印象に残りました。
私は素人物書きに過ぎないけれど、プロでもプロットが苦手な人もいるのだと思うと、ちょっとばかり励まされます。またそれだけ根を詰めるからこそ傑作が書けるのでしょう。
プロと自分を比べること自体おこがましいけれど、自分も頑張ろうという気持ちになれました。

maintenance
夜の雨
 2021/04/28 17:39

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
そうげんさんへ。

●「創作活動」について。

>うまく融合できるといいのですけれど、いまは自分が見て楽しい、接して面白いと思えるものに自分を没入させて、ひたすら楽しんでるだけだったりもします。<

私が小学生のときの理科の時間でこんな実験をしました。
「木の板」に「煉瓦」を乗せて、傾けます。
傾度がゼロのときは煉瓦は動きません。
傾度が10度になっても、煉瓦は動きません。
傾度が20度になっても、煉瓦は動きません。
しかし、木の板の傾度が30度になれば、煉瓦はズルズルと坂を下るように、滑り降りていきます。
●つまり29まではいろいろと勉強しても変化はない。しかし、それを一つ越えて30まで勉強すれば、一気に爆発するということです。
頭の中で知識が溜まってきて、あるところまで溜まると、それらの知識が網の目のようにつながるということです。
29度までは網の目を作っている過程でまだつながっていないので、それまで勉強したことが、個々には利用できるが、関連して利用はできない。
30度になると、網の目が一気につながり、いままで勉強したことが、すべて利用できるようになる。

個人により、違いますが、そうげんさんが現在どの傾度にいるのか、ということではないでしょうか。
周囲の雑念にとらわれず、創作活動をしていれば、いつかは煉瓦が木の板を滑るときが来るのではないかと思いますが。

maintenance
夜の雨
 2021/04/28 18:09

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
風呂糸さんへ。

プロと素人の違い。
「プロ」にもいろいろな方がいて「素人」にもいろいろな方がいます。

「プロ」はそれで金を稼いで生活している。
「素人」は趣味でやっている。
ということで、いかにもプロが優れていると考えがちですが、実のところプロは妥協して出版社に作品を提供している。生活するために金が要るので。
そこにくると素人は生活の手段はほかにあり、作品を書くには妥協をする必要がない。したがって、プロよりも良いものが書ける。

もちろんこれはプロになった方と素人であっても先のプロの方と同じ実力を持っていると仮定しての話です。
プロは出版社との関係があるので、三か月で作品を書かなければならない。とする。
しかしこのプロが出版社との関係を絶ち、妥協なく同じ作品を一年かけて書くとどうなるのかというと、三か月で書いた作品よりも良くなるということです。

たいがいの素人は遊び半分で小説を書いているので、プロのレベルになれないだけで、実のところ素人でもプロレベルの方はいる。
素人で、大手の出版社の公募に入選しても、マイペースで小説を書いている方がいると思いますので、その方は小説では生活はできないですよね。
現在は文学作品の小説では売れないですから。
生活の糧は別の職業で稼いで、趣味として書いた作品をたまに出版社に本にしてもらう。
こういった方向性がよいのではありませんか。
ということでプロにこだわらず、自分の好きな作品を書いてそれなりに楽しめばよい。

maintenance
風呂糸
 2021/04/29 01:01

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
夜の雨さんへ

>プロにこだわらず、自分の好きな作品を書いてそれなりに楽しめばよい。

ええとですね、私は『タイプライターズ』を見てやる気をもらったので、そう書きました。あくまでもテレビ番組の感想を述べたわけです。
それなのに「それなりに楽しめばよい」と水を差されましても……^^;  私のことはお構いなく、としか言えません。
ちなみに同番組はYouTubeに何本かアップされているので、もしご意見をいただくなら私のことではなく、番組の感想を伺いたかったです。

maintenance
そうげん
 2021/04/29 06:20

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
風呂糸さまへ

『タイプライターズ』は西加奈子さんの回をYouTubeで観たことがあるだけでした。そうですか。川上さんの回がさいきんBSで再放送されたのですね。観てみたいなと思いました。川上さんといえば、村上春樹さんとの対談本『みみずくは黄昏に飛びたつ』で村上さんの近著『騎士団長殺し』について語り合ってらっしゃいました。村上さんも、設定はあっても、どちらかというとノンプロットで進めていかれる書き手であるらしく、その対談本の115p.にも「ノープランで小説を書き上げるためには」という見出しでひとつトピックが作られてあります。この本では川上さんは聞き手役に回って自分の執筆のことをあまり語られてませんでした。川上さんもノン・プロットで書けるように試されてるのですね。対談ではおなじノン・プロット、ノープランでも、どうして村上さんの話は他の人と違ったようになるのかという点について、掘り下げてらっしゃいました。

そう。わたし、川上さんと同い年なのですが、同じように、さいきん前頭部だけに白髪が増えていて、後頭部にはほとんどないんですよね。根詰めてるかはわからないけど、頭を使おうとすると、前だけが白髪になる法則とかあるのでしょうか。禿の家系では無くて白髪の家系なので、もちろんそれもあるでしょうけどね。

そうげん
 2021/05/02 21:43

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
作家でごはんの伝言板が短絡的な短文コメントに埋め尽くされている現状を見て、これがこのサイトの現在の民度なのだと感じております、休日のきょうです。考えるきっかけをくれる文章、自分を高めさせてくれる内容、自分には思いつかなかった意外性を付与してくれるコンテンツ、知的好奇心を刺激してくれるものに触れていてこそ、瑞々しい精神を維持できるものとわたしは信じています。作家志望者が、賞を獲ることにばかり目が向いてしまって、文学について、作家について、ひいては己の精神の熟達・練磨のために何を心掛けるかといったところに気持ちを向けられなくなっているのが、現代社会における作家志望者の(喜劇とまではいいませんが)悲劇、ひいては運命なのかな、と思いもしました。

きょう読んだ文章のURLをリンク先につけましたので、よかったら読んでみてください。伝言板を一通り見た後に文章を読んだのですが、目が洗われる想いがしました。

夜の雨
 2021/05/03 01:33

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
たしかに伝言板が伝言板らしい役目をしていませんね。
本来ならそれらしい世界があってもよさそうですが、しかし、これは、今始まったことではないですしね。
むかしから、現在のような使われ方をしています。
まあ、いまほどはひどくはないか。
これを本来の意味にするには、小説の世界の中しかできないのではありませんかね。
エンタメでも文学作品でもよいので、そういった小説の世界を書くと意味があることになるのかもしれません。

リンク先に行って読んできました。
あちら様でも嘆いておいでになる(笑)。
みなさん芥川賞とか直木賞のことばかりで本来の文学をやっていないというようなお話でした。
いやぁ、マジでその通りのように思いました。
こちらのサイトでも感想欄によく書かれています。
一次が通ったとか、それも通らないのに能書きを垂れるなとか。
本来の文学とは違う方向に話が進んでいます。
そんな話よりも作品をよく読み「その人なりの」感想を書けばよいと思いますが。

ちなみにリンク先で「解説本の形を借りての内容の希薄化」ということが書かれていましたが、これは違うと思いますが、解説本に「プルーストでもドストエフスキーでもダンテでもソフォクレス」これらの先生方の深い文学作品の「深い読み方が書いてある」ので、勉強になると思いますが。

maintenance
そうげん
 2021/05/03 18:01

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
自分の文学的ルーツとして、幼いころから言葉が少なくて心配した親が童話を読み聞かせてくれたり、寝るときにはこちらからせがんで、朗読のレコードをかけてもらって毎晩寝付いていたことがあります。シートン動物記を小学校に上がる前後に買ってもらって繰り返し読んでました。小学3年生のとき、自分で初めて買った小説は田中芳樹さんの『アルスラーン戦記』でした。そのあと角川で『太陽の世界』だったり、藤川さんの『宇宙皇子』を順番に読んでいた。つまり、現在でいうサブカル文化によって本を読む楽しみに目覚めた子供でありました。いまでも村上春樹さんの作品を面白いと思って読むのですが、一方でドストエフスキーやロマン・ロラン、トーマス・マンの作品も好んで読みます。ヤマダヒフミさんのエッセイに村上春樹批判の文章があるのですが、きょう、それを読みながら、そうはいってもわたしは村上作品を面白いと思って読んでしまう人間であるし、同時に過去の経験・体験に重ね合わせながら読むドストエフスキーなどの文学も関心を維持しながら読むことのできる人間だと思うわけでした。昭和末期、平成、令和と生きてきた団塊ジュニアとしては、1995年までは、それ以前にバブルは崩壊していたものの、好景気に沸いている雰囲気の中で、人生についてきわめて楽観的な態度で処してきたものですから、村上作品の世界を否定する側には回れないように思うのです。機運が暗転する平成失われた何十年という時代にも、とくに悲観することなく過ごしてきましたし、作品には救いがあったり、希望があったりしてこそという気持ちは常に持っています。ただし、思春期のころに経験してきたコンテンツには、郷愁とか、哀愁とか、滅びの美学みたいなものが色濃くまじっていた。いま書きたいなと思っているものも、そういった要素を帯びたものになってきています。

そうげん
 2021/05/03 05:56

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
夜の雨さまへ

>ちなみにリンク先で「解説本の形を借りての内容の希薄化」ということが書かれていましたが、これは違うと思いますが、解説本に「プルーストでもドストエフスキーでもダンテでもソフォクレス」これらの先生方の深い文学作品の「深い読み方が書いてある」ので、勉強になると思いますが。

わたしも好きな作家の解説本を読むことがありますし、文学作品の精神について肉薄するためには、小林秀雄の批評などのお世話になったこともありますし、いまもまだぜんぜんちゃんと読めてないだろうから、今後も繰り返し読む必要があると思っています。しかし優れた頭脳を持っている人の評論・批評を読んだ後で、しかし自分自身は現作品をどのように読むのか、どう読みたいのかという意思表明をすることは必要だと思ってます。作家の中でわたしがもっとも敬愛するのは中島敦なのですが、以前、ごはんの感想欄に、自分が作品群を読みこんで感じとっているエッセンスを盛り込んだときに、そういった意見は文献で読んだことがないですね、という指摘を受けたことがありました。それはそうですよね、と思いました。全集を自分で読んだ中でこの部分とこの部分とこの部分を合わせて読んだら、こういった意見を持つことも可能だと思える自分なりの視点を盛り込んだからでした。自分なりの意見だけど、それなりの根拠があるという点を表出しました。おそらくプルーストでも、ドストエフスキーでもダンテでもソフォクレスでも、そういった解説本を読み終えたあとにでも、自分で原作を読んで自分なりの受け止めをしてこそ、血となり肉となるのだと思うわけでした。

そうげん
 2021/05/04 18:19

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
GWもいよいよ明日で終わりですね。ちまき(粽)やかしわ餅は食されましたでしょうか。いくつかの作品を読んでいると、いかにも室内で書いていると感じられるものが多い印象です。内に閉じている、そして、外が描かれても、描かれるものに変化がない。わたしも人のことは言えなくて、たしかに場面を設定したあとは、そこでの進行を書くだけになってることが多いですし、小さな変化を重ねながら、やがて大きな変化を期すといったことは表現できないでいます。いま書き出しているものも、やはりひとつの屋内で話が進行するものですから、自分の視野が狭まっているのだと思いました。

※リンク先 → 2019年の途中から、ごはんにつけた感想を自分のコメント分だけサイトに保存するようにしました。自分の書いたことに責任を持ちたいということと、少ないコンテンツの足しになるだろうというずるい心と、二つの理由があります。

そうげん
 2021/06/04 00:06

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
90年代に聴いていたNHKのラジオドラマ『魔法の王国売ります!』がYouTubeで順番にアップロードされているのを視聴するのが、さいきんの楽しみになってます。ベン・ホリデイ、ウイロウ、クエスター・スーズ、アバーナシイ。前田さんの声は青春アドベンチャーの花でした、自分の中では。ほんと懐かしい!

5月はあまり本が読めませんでした。
ローダン2冊のほかは、川上未映子さんの『あこがれ』(新潮文庫)くらい。『魅せられたる魂』の第四巻、『飛ぶ孔雀』あたりは地味に数ページずつちびちび読んでるところです。(いつ読み終わるんでしょうか)。

再読本にまた1冊組み込まれました。ハヤカワ文庫FTの《真実の剣》シリーズ第一巻『魔道士の掟1』です。作者のテリー・グッドカインドさん、すでに亡くなられました。はじめて手に取ったのが2002年で、第一部全5巻これまでに何度も読みました。第9部まで持ってるけど、再読はほどほどというところです。

新しいのも読むけど、再読、再再読もちがった楽しみがありますよ。

そうげん
 2021/06/05 06:21

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
やはり文芸作品は冒頭の三文くらいを読んだら、それが自分にとって必要なテキストなのかどうかがわかるように感じます。どこを見ているかというより、どんな言葉を伝いながら物を示そうとされているのか、その筆致にすべて浮き出ているようで。香気といってもいいかもしれない。あるいはニュアンス、あるいはおのずと伝わってくるもの。それが自分を惹きつけるものか、そうでないかという点について、素直に吟味すれば、最後まで読んだ方がいい文章かそうでないかがおのずとわかってくるように思います。

異論は認めます。


● 昨日見かけた面白い記事――

「映画やドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83647

そうげん
 2021/06/21 05:36

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
「西部邁 わたしと夏目漱石」

NHKはいい番組をちゃんと作ってくれてましたね。
いま再視聴してるのですが、多くの示唆をいただいています。

夜の雨
 2021/06/21 22:32

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
「西部邁 わたしと夏目漱石」 ← YouTubeで視聴できますね。導入部しか観ていないので中身については語れませんが。
西部邁という方をネット(ウィキペディア)で調べてみると、60年安保では左翼過激派。その後1980年代から保守の論客。
2014年(平成26年)3月17日、妻が死去
2017年(平成29年)11月、『表現者』の顧問を退き、執筆活動から引退。
2018年、自殺。(78歳没) ← 55歳の頃には自死への構えがおおよそ定まり、2014年に妻と死別して以降はさらにその決意を固めていった。病気とかもいろいろなっている。

ということで、彼は人生を歩んだ。
英米への留学を経て東大教授となっている方で、小説なども多く読んでいる。
夏目漱石は好きな作家の一人で、それで「西部邁 わたしと夏目漱石」という番組が作られたのでしょうね。
番組の導入部で夏目漱石の晩年の作品が好きだとか言っていましたが、自分の生き方というか人生観と重なるところがあるのかもしれません。

maintenance
そうげん
 2021/07/01 16:05

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
学校の勉強を終えていれば、言葉をつづることはできる。言葉を連ねて文章を形作り、ひとつの創作物に仕立てることは可能です。

ときおり見かけますし、小林秀雄の批評文でも読んだことがありましたが、小説を読まずに小説を書こうとするおっちょこちょいがいるという話。子供の頃から創作物に親しんできたのでない人の書く文章に見られる傾向、という視点でネットの文章を読んでみれば、自分がこれまでに覚えていた違和感の正体が明らかになるようでした。

言葉を連ねる、その連ね方に傾向が生まれ、その傾向がすべてを透かしてしまうのですね。書き手の正体を隠そうとしても、すべてダダ洩れになる。「好きこそものの上手なれ」という言葉が好きになったのは、高校生の頃に聴いていた谷村有美さんの歌詞の影響ですが、まず読むことが好きで、書くことも好きになって、好きだからこそ継続している人には、そうでない人には備わらないものがあると思ってます。

鍛練場にアップされる作品も二極が混在してますね。わたしは書きたい病はあるけど、市販の小説を読むのも面白いので、ことさら書こう書こうと思わなくていいやという気持ちでいます。いまはハヤカワ文庫の『魔道士の掟3』を読んでますが、初めて読んだのが20年以上前。何度目かの再読ですが、楽しいです。

maintenance
そうげん
 2021/07/22 02:00

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
興味を惹かれる動画を見ました。

「お笑い芸人の差別意識は【異常!】岡田斗司夫が今のテレビ芸人に物申す!」 https://youtu.be/T9fykq1h6rc

お笑い評論家だったらお前の方が面白いこと言えるんだろ?は&#10006;
お笑い評論家が自腹を払って見に行ってるお笑いライブは面白いはずなら○

小説家と批評家の関係みたいですね。

そんなにいうならお前が書いてみろよっていう人は、周囲の取り巻きであることが多い。そういう発言をするのは、本来の書き手というよりも、文芸界隈を取り巻いてる層ってことなのかなと思ったけど、さいきんはそういう口調をする人が増えてるっていう兆候は何を示すものなんでしょうね。

ぷーでる
 2021/07/26 21:58

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
投稿サイトは、公募と違って審査が通ってから掲載されるわけではないので、どんなのでも投稿されてしまうんですよね。

ネットがない時代は、投稿雑誌だったわけですが、当然選ばれた作品のみしか掲載されません。

そう考えると、今はある意味とんでもない時代になってしまったのかもしれません。

昔あった、投稿雑誌のほとんどが、今は、廃刊か、ネットになってしまいました。

投稿雑誌とかで掲載された場合は、景品が貰えたり、少しだけどお金が貰えたりしたのです。

そう考えると、今は自由に投稿出来る分、タダ見させてしまっているのかも。
そして、作者と読者は知らず知らずに損をしている?

maintenance
(仮)
 2021/08/02 21:01

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
そうげん様

お久し振りです。お元気そうですね……。
私は投稿作が不発で凹んでおります……。

では、また(^_^ゞ

maintenance
そうげん
 2021/08/06 12:16

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
ぷーでるさまへ

雑誌編集者の目を通過していない素人の文章を読んだり、こちらも書いて一般に公開することのできる環境が整ってます。ただ発表の簡単なことと反比例して、整わない構文で記述された文章を見かける機会も多くなってしまいます。粗の目立つ文章に多く触れていることで、自分の書く文章にも自然とそういった傾向を採り入れてしまってるのではないかと思うこともあります。ですので、意図的にプロの文章を読む時間をとるように心がけています。


(仮)さまへ

おひさしぶりです。ツイッターがいまなにしてる報告会になってる感じですけど、なんとか生き延びております。きょう雑誌『新潮』を買ったけど、創刊1400回記念号で、価格が一冊1,700円。『文學界』とあと川上未映子さんの『夏物語』(文春文庫)の計3冊で3,600円になって、おおっ、と驚かされました。投稿なさってるのですね。わたしは途中になってる短編のつづきになかなか取り掛かれずに放置中です。またねー。

そうげん
 2021/08/06 13:07

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
7月31日に日本のペリー・ローダン翻訳事業が50周年を迎えたわけでした。第一巻の刊行が50年前の7月31日であるということにちなんだわけですが。わたしはこの第一巻をいまから30年近く前に地元の書店で購入して読んだわけですが、高校時代に56巻あたりまで読んだと記憶しています。当時はお小遣いはほかに宛てたいものも多かったので(PC98ゲームなんて1タイトル1万円超えがざらでしたし)、そんなにぽんぽん買い進めることができませんでした。それで記念日に懐古のつもりで第一巻を読んでみたのですが、あまりに面白かったので味をしめて、これから順にはじめから読むということを宣言してしまいました。8月6日現在、第五巻を読み進めています。高校生のときに読んだのと同じ印象を抱く箇所あり、ちがった感慨の湧きおこる箇所あり、再読には再読の良さがありますね。昨日はAmazonさんから、最新刊である646巻が届きました。これも近々取り掛かります。最新刊も追いかけながら、最初からも読みはじめる。数年単位で取り掛かることになるでしょうね。きょうは川上未映子さんの『夏物語』の文庫も買いました。これも読みたい。読みたい気持ちのあるうちは、どれだけ多くのものにあたってもさほど疲労感もあるわけでなし。たくさんの楽しみを味わいながら読み進めていこうと思ってます。ほかの書き手さんはどんなものを読まれてるのでしょう。おすすめを知りたいなと思ってます。

ぷーでる
 2021/08/29 21:51

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
ふと、思ったのですが、皆さんは、このご時世でも図書館に行きますか?図書館の方が、やっぱり、本は多くていいんですよね。

maintenance
そうげん
 2021/08/29 23:26

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
図書館はもうここ4,5年位足が遠のいています。いまどんなディスプレイになっているか知らずにいます。わたし滋賀県在住なのですが、滋賀県は県内の図書館で蔵書を融通してくれるシステムが構築されていて、検索でほかの図書館にある蔵書も、申請すれば最寄りの図書館に取り寄せてもらえるサービスが何年も前から整備されてありました。滋賀県は図書館サービスが充実していて、住民の図書館利用の率が全国でもかなり上位なんですよね。それは新党さきがけを立ち上げた武村さんの時期に政策としてかなりの予算を付けた結果だそうです。でもいまわたしは図書館のサービスをほとんど利用しないまま過ごしていますね。一から自分で購入してとか、いまは絶版になってるのを古書店とか、ネットで探して購入とかよりも、蔵書豊富な図書館で借りる方が利便性の点で優れていることはあるかと思います。ヘッセ全集とか、ヴァレリー全集とか、ロマンロラン全集とか、埴谷雄高、高橋和巳全集とか、時間のあるのにあかせて読みふけりたい欲求はあるのですが、自分でそろえるか図書館を利用するか、悩ましいところです。

ぷーでる
 2021/08/31 17:30

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
図書館には、本屋にはない本もあるので魅力を感じます。
非売品の本も中にはあったりするし、同じ本でも中身が違ってたりして驚いた事がありますね。

作者さんが、あとから書き直して新たに出版したみたいなのも気付けて色々発見があります。

前に住んでいた近くの図書館は、レンタルビデオまでありました。
遠出して、別の図書館に行った時は、ネット環境が整ったPCまであって幅広く観覧できるみたいです。

今、住んでる付近の図書館は、音楽CDも聴けたり借りたりできる様です。

図書館は、どんどん進歩している様ですね。地区によって
様々な様です。

maintenance
そうげん
 2021/09/08 18:00

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
『『FMステーション』とエアチェックの80年代』(河出文庫)をAmazonさんで予約してあって、昨日手許に届きました。FM雑誌というジャンルはいまではすたれました。わたしが中・高校生だった1990年代あたりでも書店の雑誌コーナーにはFM雑誌がたくさん並んでました。NHKFMはDJ、MCが音楽に声をかぶせてくることが少ないから、アナログテープに録音して好きな曲だけダビング、それをウォークマンで外に持ち出して聴くということをよくやってました。『FMステーション』だけ雑誌が大きかったのは、付録としてつけているカセットレーベルを折りたたむことなく収録できるからとか、番組表を切り抜いてカセットに入れてもらえるようにとかそんな配慮があったのかと知れました。わたしは早い段階で『FMfan』の購読に切り替えてしまったけれど、こちらはまったく記事を切り抜くこともなく買ったときの状態を維持して残してあるため、いまでも当時の曲目リストをネット検索してYouTubeで聴くという楽しみ方もしております。90年代に毎号どんな曲が放送されるか番組表を熟読していたこと、懐かしく思い出されます。

そうげん
 2021/09/12 08:19

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
このところ鍛練場に投稿される作品が最後まで読み通せなくて、軽く困惑しています。一語一語に引っ掛かりを覚えることもあれば、内容に好ましいものを受け取れないこともあるし、自身が関心を維持して読み進めようという働きかけを行うことが精神の浪費に思えるようなこともある。多少の瑕疵に目をつむって、だましだまし大体のところを辿りながら読み進めることなら可能でしょう。でもそれは感想を付けるにしても読み手の誠実な態度ではないと思ってしまう。結局、読めない情けなさを市販の小説に慰めてもらうことになります。さいきんだと、ドストエフスキーの『作家の日記』の第二巻を読み終えました。堀江敏幸さんの『おぱらばん』の表題作も面白かったです。きょうだったら、今月の頭に刊行されたSF小説のローダンの最新刊を前半部だけ(約130ページ分)読み終えました。読んでいて負担に感じない読み物であるだけで、高いハードルのあることを思います。ひるがえって自分の書き物も市販の小説だけを読む人にとってはたいへんに読みづらいものを公開してしまってるんだろうなと思えてなりません。そのうえで、自分の書き方をどうしていくのかという視点に立って、改悪ではなく改良を加えられるといいのだけどと思っております。

ぷーでる
 2021/10/01 18:06

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
このところ鍛練場に投稿される作品が最後まで読み通せなくて、軽く困惑しています。

<< 個人の意見ですが私は何故か、作品の上手い下手に関係なく読みやすい文章と読みにくい文章がある様です。
 プロ作家が書いた作品にも関わらず読みにくい文章だと感じる事があるし、子供が書いた作文でも読みやすいと感じてしまう事があるのです。
 ごはんの投稿作品でも、コメントに駄作で読めないと書いてあるのに自分が何故か読みやすいと感じてしまう事さえあります。
 また、その逆もあります。読みやすいとコメントがあるのに、1行読んでギブアップしたり。
 人によって読みやすい文章が、違うのかもしれないと思ったりもしています。

maintenance
そうげん
 2021/10/07 00:50

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
ぷーでるさんへ

これまでにどんな作品を読んできたか、どういった作品を気に入ったかという読書遍歴によって、文章の好みは形成されるのでしょう。わたしも自分に合う文章、合わない文章があって、その好みがぴったり自分と合致するような人はいないとわかってます。こればっかりは料理と一緒で、食べる人の好みというものが味の評価の大きな要素となるのでしょう。しかしそれでもいいものはいいとされるからこそ、ミシュランの星のようなものが世間に通用するわけで、在仏期間中★はトータルで40個以上に上るレストラン(一ツ星から三ツ星まで取り合わせて)で食事をしましたが、これはまずいというものはありませんでした。三ツ星レストラン、ラムロワーズとか、ピラミッドとか、ミシェルブラとか、ランブロワジーとか、店の内装も、サービスの質も、満足のいくものでした。しかしおそらくそういう店に入っても、くさす人はくさす。気取ってる。高い金をとる。バゲットなんか食えるか。乳臭い。仔羊なんか食えん。エビ嫌い。オマール嫌い。人参ムリ。ナイフフォークで食えるか。でもやっぱり食べる側からすると、いいものはいいというのがわかる。クラシックがいまも愛されるのも同じことかなと思います。しかし文章における「いいものはいい」って何なんでしょう。それがわかりません(結局解決しない)

ぷーでる
 2021/10/09 22:29

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
例えたら、ピカソの絵は素晴らしいと、言われますが、何でしょう?それがわかりません。的な何か。

maintenance
そうげん
 2021/10/11 04:34

「(今週)気付いたこと」というテーマで綴るスレッド
ピカソの絵をいつもいる部屋に飾る神経は信じられないという文言に出会ったことがあります。わたしはピカソよりもミュシャのほうがいい。日本人。ミュシャ好きですね。わたしはちょっとまえのスラブ叙事詩の展覧会を見に行けなかったのが残念です。

と、フランス料理も毎日食べるものではないですね。同じなのかもしれない。文章は――たまに目にしていいなと思うものと、いつも目にしてゆったりリラックスできるものと二刀流がいいのか……。

昨晩は新潮新人賞受賞作、久栖博季さんの「彫刻の感想」(160枚)を読みました。面白かったです。漫画『ゴールデンカムイ』をネット無料公開のときに読んだから、そのイメージが強く思い出されました。南米文学入ってるのかなと思ったら、著者インタビューに、バルガスリョサの名前があった(わたしは読んでないけど。)。あとルクレジオの名前もあった。

そしてペリーローダンは第1299話「エスタルトゥの庭園」を読み終えました。第18サイクル「クロノフォシル」がこれで完結。1300話からは第19サイクル「ネットウォーカー」がスタート。毎月2冊が確実に出るのでペースをつかむと読む楽しみが高まってきます。

ちなみに文章を読むのって、書き手の基礎鍛練みたいなものなんだから、読んで当然だと思うのですけど、それがなぜ読んだ冊数自慢といわれるのかそれがわからない。読むのが好きだから書くことも好きになるんじゃないのか。好きこそものの上手なれというから、読むことも書くことも好きである自分であれるようにと思ってるだけなんだけど。

Page: [1] [2] [3]

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail
URL
パスワード (記事メンテナンス用)
コメント

   クッキー保存
!※エラー対策として、送信の前にメッセージのコピーを取って下さい。

作家でごはん!