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世界を否定することで、逆に世界から自分が否定されるのか
2020/12/22 20:28
加茂ミイル

哲学においてであれ、文学においてであれ、
自分を取り巻く世界を否定的に考えた場合、それは、同時に、世界から自分が否定されることを意味するのだろうか?
たとえば、ある芸術作品を見て、「それは美しくない」とその美を否定したとする。その場合、自分もまた、その作品から自分を否定されたことになるだろうか?
その美を理解できなかった存在として?
群衆がわいわい楽しんでいたとする。
それをつまらないと否定した場合、自分もその群衆が作り出している世界から否定されることになるだろうか?
孤独を味わうことによって?
相手の低俗さゆえにその価値を否定した場合、
自分の高尚さゆえに自分の価値は否定されるだろうか?
高尚ゆえの苦悩を背負うことによって?
何かを否定した時、その何かから、必ず、逆に自分が否定されるのだろうか?
ならば、否定のないところには、融和があるのだろうか?
そこで、自分は否定されずに済むだろうか?
否定しないことによって、自分もまた否定されないということなのだろうか。そして、きっと、そこに安らぎはある?
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ブロンコ(天誅)
 2020/12/23 00:09

世界を否定することで、逆に世界から自分が否定されるのか
>そして、きっと、そこに安らぎはある?


ないです




>相手の低俗さゆえにその価値を否定した場合、
自分の高尚さゆえに自分の価値は否定されるだろうか?




否定じゃなくて、嫌われてんの


そういうとこだぞ、きらわれもの(親切)

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加茂ミイル
 2020/12/23 19:19

世界を否定することで、逆に世界から自分が否定されるのか
ブロンコさん、ありがとうございます。

低俗とか高尚とか、あまり気にしないようにしようと思います。
疲れますからね。

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ブロンコ
 2020/12/23 20:36

世界を否定することで、逆に世界から自分が否定されるのか
ばあか

知らねえよおまえなんて

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