作家でごはん!鍛練場

『お会計はご一緒で』 麻生保著

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「怒らないで聞いてくれ」
 と言う時は既に怒られる事を承知しているし、実際諦めてもいる。けれど先立つものが欲しいから、僕はとってもチキンだから、口にせずにはいられない。

 今が正にそんな時。このファミレスで、窓際の席で。僕はテーブルを挟んで座る君に本気でそう願い、声に出す。君は肩肘つきながら僕の携帯をいじっている。ちょっと外を眺め、それからまた、携帯を――

 口の中は緊張でカラッカラ。僕は恐る恐る話し始めた。
「あのね。あの……ですね。そのメールは中学の同級生に送ったものでして」
「それで?」
 諭されてるのにこんなに気が進まないなんて。
「それで、ですね。先週の日曜の同窓会の時に、約10年ぶりに会ったわけでして」
「それは分かってるから。もっと話すことあるよね。手短にね」
「はい、そうです。そうでした」
 上目遣いに彼女の様子を伺い、不意に彼女と目が合い――罪悪感、焦燥感、恐怖――逃げる様にグラスに視線を落とした。逃げると言うより、助けを求めて。
「えーと……えー――…」
 場を繕うために水を飲んだ。でも、口の中はカラッカラ。
「久しぶりに会ったら、話が随分盛り上がりまして。酒の力もありまして。いや、内容は殆ど忘れましたが」
「可愛いコ?」
「はい……」
「じゃ、楽しかったんだ」
「えぇ、まぁ……」
 苦笑いする僕を彼女は鼻で笑い、すぐに無表情で応えた。相変わらず携帯を見たままで。
「そ。……で?」
「で……で。二次会のカラオケでこれまた盛り上がっちゃいまして。その日はそこでみんな解散になりました」
「その時にアドレス交換しちゃったんだ」
「はい」
「それですぐメールしちゃったんだ」
「はい」
「アナタから」
「……はい」
「二人でご飯食べに行く約束もしちゃったんだ」
「……次の日に」
「で、いつ行く予定だったの?」
「今週の土曜です」
「ふーん。ほんとだ、メールの通り」
 彼女は携帯を投げて返した。
「じゅんちょーだねー」
「……」
「言葉にならない位嬉しかった? 今も嬉しくて堪らない?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ何か喋ろっか。口あるよね。耳もあるよね。脳みそは? ある?」
「……小さいですが」
「つまんないし」
「……」
「て言うかさ、今週の土曜日仕事って言ってたよね。だからいま一緒にご飯食べてるんだよね」
「……」
「何か喋りなよ」
「……」
 誰か助けて! 僕が何を……何をした? 同級生とご飯食べに行く約束しただけじゃないか!

 ――ついさっき僕は、テーブルに携帯を置いたままトイレに行った。トイレから戻ると、彼女は肩肘付きながら僕の携帯を見てた。それを見ながらゆっくり腰掛けると、彼女は無言で携帯の画面を僕に見せた。そこには、同級生からの一通の受信メール(ハートとか笑顔とか絵文字使いまくり)が開かれてて……生きた心地はしなかった。
 死後硬直の始まった僕に、彼女は一言。
「これ何?」と――

 そして今に至る。
 彼女は小さく溜息をついた。
「まぁいいんじゃない? ゆっくり話せば。アナタの好きな様にさ。時間はたっぷりあるから」
 そう言う彼女の表情は硬い。とても。
 以前、一緒にぶらついてて街頭アンケートが纏わり付いてきた時も、同じ様な表情をしていたっけ。相手の言うことは疎か、存在すら否定する様な攻撃的表情。つまり、僕が今ここで何を言おうとも――……。
 時間はあるかもしれないが、僕には余裕が全く無い。無事に助かる見込みも無い。それでもこの苦しみから抜け出すには、とにかく前に進まなくちゃならない。だったら、素直に謝るしか道は無い。手遅れと知りながら、許されないと知りながら。罪を背負って向かい風。とか美化すれば、多少は気が楽になった。
「……ごめんなさい」
 彼女の顔がこっちを向いた。体中が熱くなる。毛穴が開く。鼓動はどんどん高まって行く。
「下心アリアリで、2人っきりで飯行こうとしてました。飯って言うかその後がメインでした。むしろメインディッシュでした」
「だから、面白くないから」
「はい、ごめんなさい。すっかり調子乗ってました。ほんとすいません。すいませんでした!」
 僕は頭を下げて、勢い余ってテーブルに豪快に頭をぶつけた。彼女の軽く吹き出す声が聞こえて、少し――少しだけ救われた気持ちになって、鼓動も少し落ち着いた。
「あーもう、水溢れちゃったし……」
「え? ――あ! ごめんなさい」
 慌てて紙ナプキンを必要以上にどっさり取って立ち上がり、拭くのを手伝った。彼女は下を向いて水を拭いている。表情は硬いままらしい、空気からそうと分かった。
 拭きながら、僕の頭の中でいろんな考えが入り交じった。
『ひょっとしてメールと電話帳登録消すだけかな……いや、それは無いか。今ここで電話して、約束と今後の交際をちゃんと断れとか、もしくは彼女が直接相手と話を……どっちに転んでも修羅場がレベルアップ、かな……』
「もう1回携帯貸して」
「え?」
 彼女の声で考えは中断。彼女はテーブルを拭きながら、片手を差し出していた。
「聞こえたよね、携帯」
「はい、はい」
 僕はヘンに姿勢を正して、携帯を素早く彼女に手渡した。
「“はい”は1回ね」
 彼女は微笑んだ。
「はい」
 それに応えようと、僕もぎこちなく微笑んだ。丁度水も拭き終えたので座った。座りながら、修羅場は免れたかもしれないと内心ほっとした。彼女の微笑みを見ただけで、凄くほっとした。何もかもが許された様な、それどころか苦しみが報われすらした様な気持ちになった。安堵の気持ちが一気に押し寄せ、肩の力が抜けてしまった。
 と、彼女はまた微笑み、僕の携帯を両手で持って、閉じた。
 ――パキ
 ――バキバキ
 ……様に見えただけだった。
 僕の携帯はバッキリ逆に折りたたまれ、リード線で繋がれてだらりと垂れただらしないセパレート方式になった。彼女は手を伸ばし、僕のグラスにセパレート携帯を入れた。水に浸かったセパレート携帯は、息絶えるように泡を静かに数個出し、それっきりだった。
 彼女はそのままテーブルに手を着いて身を乗り出し、逆の手を大きく振りかぶり、呆然としてる僕の左の頬を
 ――パーン!
 とひっぱたいて振り抜いた。耳が……耳鳴りがした。キーンて。
「ここじゃアレだから。場所変えて反省会ね」
 颯爽と席を立って既に出口へ向かっている彼女の後を、僕は伝票を持って後に続こうとして、すぐに踵を返した。残骸をグラスから取り出し、水を切ってポケットに入れた。残して行くのはみっともない気がしたから。まぁ、既に相当みっともないのだけれど。打たれた頬を軽くさすりながら、レジへと向かった。

 会計中、君は僕の左側、半歩下がったところに居る。わざとらしく近くに。
「ほっぺた真っ赤。面白いねー」
 君は嬉しそうに言う。
 僕は苦笑いを浮かべる。
 一部始終を見ていたであろう店員は、その上こんな所に居合わせてしまって、なんだか僕以上に緊張してる様に見える。お気の毒に。
「お会計はご一緒でよろしいですか?」
「あ、はい! ご一緒でお願いします!」
 僕は事故の後みたいにハイになってて、妙に元気よくハキハキと応える。
「何で元気よく敬語? ヘンなの」
 君は嬉しそうに言う。
 僕は苦笑いを浮かべる。
 頬はじんわりと痛み、耳の奥にはまだ耳鳴りが残っている。心の奥の罪悪感は消えていた。

お会計はご一緒で』©麻生保

執筆の狙い

こんばんは。
いきなりですが、僕は自他共に認めるマゾヒストでして。
こんな出来事があったら(個人的に)面白いなぁと思って書きました。

彼女のモデルはいますが、出来事は妄想です。

何か感想なんぞ頂けたら、嬉しく思います。

麻生保 (07/28 01:54)

感想と意見

千川 冬馬

こんにちは、拝読させていただきました。

ドロドロしていなく、コミカルですね。最後の場面は清々しい。

マゾヒスト……御作からひしひしと伝わってきました。
サドマドな話は好きです。
彼女のエスっぷりは、「ほっぺた真っ赤。面白いねー」に集約されていると思います。 (かなり個人的な意見です)
このようなテイストのお話、もっと読んでみたいです。

以上、稚拙ながら感想でした。面白かったです!

07/28 10:30

とある読者

なぜか、京都の事件を思い出しました。「いじられキャラ」だった(らしい)被害者はタイヤホイールをつけた状態で泳がされ溺死した事件です。
さて、
――この事件を知って、傍観者である我々の何人かは考えたと思うのです。もちろん私も、その一人なのですが。どうして、彼(被害者)は逃げなかったのか? 助けを求めなかったのかと。(いじめをやめない)仲間(果たして仲間というのだろうか?)に何を期待していたのだろうか、と。
あるいは(これも想像ですが)「心の依存ができない状態」「孤立する」という状態は、彼にとって、もしかしたら死と同等ではなかったのだろうか?などと、思ったり。想像は尽きません。

さて、御作。
上の事件を思い浮かべた読者の身勝手さから(勝手に、ごめんなさい)どうして?という疑問符が始終ついてまわりました。しかも自分の読み取り方が悪いのか、その回答が見当たらなかった。
なぜ、彼は、そこまで彼女に付き従うのか?
その心理がわからない。
ここに描かれてあるものは、新聞と同じ。情報(事実)の提示だけ。
読み手(私)にとって一番の関心ごと、興味をそそる「依存する側」の心理が掴めない。依存心という魔物はどこにどうやって棲んでいて、いつ姿をあらわすものなのか。「いじってもらわないと自分の存在が証明できない」???その心理ってどんなものなのでしょうか?
もう少し掘り下げてもらえたら……行間で読ませてもらえたら、もっと面白いものになると思うのですが。
ま、これも好みの問題……というか、作者が書きたかったテーマとはズレているかもしれませんしね。一つの意見(要望)として聞き流してください。

07/28 11:19

タニグチ

麻生保さま


『お会計はご一緒で』
すらすらと読めて面白いけれど、一体この作品で何が伝えたかったのだろうと考えてしまいました。
執筆の狙いの部分が言いたかったのなら、そこも作品のうちに含めると良かったかもしれません。
あとがきと執筆の狙いはちょっと意味が違ってくるかなと。まあ別にどっちでもいいんですけどね。

ただドリーマーさんのように、何かを読者の心の中で惹起させることを目的としているのだとしたら
成功だと思います。ようするに自分と向き合うことが出来ている作品ってことですから。

ちなみに私はこの作品の主人公不自然には思いませんでした。やっぱり女の子を立てるのは
レディファーストの一種でしょう。それだけその彼女のことを愛しているってことだし、
大切に思っていることの裏返しなのかなと。自然にそういう振る舞いができる男性って
いるのかな、他人の痴話事の間に入ったことがないので分かりません。
そうすると狙いのマゾヒストとは解釈は異なるように感じて、あえて言葉をずらしたのかなとも
思いますし。

なかなか面白い作品だなと思いました。
では失礼します。

07/28 16:49

白紙

最後までさらっと読めて、主人公の単純さが面白かったです。
作者様の妄想とのことですので、作者様の性格も似ているのだろうか?と想像してしまいました。
緊迫した場面のはずなのに、そうならなかったのは、主人公の単純さに合わせた彼女の言動だと思いますので、現実ではこうはならないだろうなとも思いました。
楽しく読ませていただきました。

07/28 17:02

麻生保

>千川 冬馬さん
こういう話を書くと、オチも何もかも一緒になってしまうのです。
単純マゾヒストの悲しいところ。
そして個人的な意見、大歓迎です。
誉めて頂き有り難いです。ほんとに。
これからも精進します。


>とある読者さん
既にサドマゾの関係、共棲の関係が出来上がってるものとして僕は書いたので。
そのへん、作中じゃあ伝わらないかなぁとは正直思ってました。
軽い痴話喧嘩程度に受け止めて貰えたら、ってのもこっちの勝手なのですが。
もっと鍛えます。お粗末様でした。


>タニグチさん
レディーファーストと言うより、
ごくごく自然に尻に敷かれてるだけなのです。Mなので。
一方は打たれることでしか、
一方は打つことでしか愛情表現出来ない。そんな関係です。
面白かったですか。それは何よりです。励みになります、はい。


>白紙さん
現実はこうなりませんね。
サクサクと言葉が出て来たら、苦労しません。ほんと。
お気楽なサドマゾ話のつもりで書いたので、楽しんで頂けたなら良かったです。

07/28 21:20

緑川

 拝読しました。

 最初、ちょっと驚きました。なぜって、昔の同級生と食事の約束をしただけでこれなの? って感じで。彼のセリフにも、
>下心アリアリで、2人っきりで飯行こうとしてました
 云々とか、自分から言ってちゃダメじゃんとか。
 こんな関係有り? とか。

 で、読み進めていって、「狙い」を読んで、もう一度作品を読み直して、あぁ、そういう関係なんですねって感じで、ようやく、このコミカルな感じが理解できて、ちょっと笑ってしまいました。

 彼女、彼の浮気未遂に本気で怒ってるんじゃなくて、追及を楽しんでるみたいだし、じつは仲が良いとか。
 うん。お気楽に楽しめた作品でした。

07/28 22:37

麻生保

>緑川さん
てことは、狙いで補完してる感じになってますね。

僕としては馬鹿馬鹿しい台詞運びでそれが伝わったらな、
と思ったのですが、まだまだでした。

気軽にサクっと楽しめるのが狙いでもあったので、良かったです。

07/29 01:08

LL

こんにちは、麻生保さん。拝読しました。

私もMなんでこういうシチュエーション(私からすると男女逆ですが)は好きかもしれません。
じわじわなぶられたいです。

物語のあと、彼女の部屋で散々叱られて、仲直りしてベッドインするところまで脳裏に浮かびました。

>心の奥の罪悪感は消えていた

それは消えちゃいかんだろうと思いました。

07/31 22:20

麻生保

>LLさん

お仲間ですか、それはそれはどうも。
粗茶ですがどうぞ。えぇ。

メールを見られた時点でプレイは始まっているようなものなので。
勿論この後は、放置や無視などの冷酷コースが待っております。

しかしMってのは叱られても嬉しいのですから、始末が悪いですよね。


罪悪感は消えたのではなく、この後への期待が膨らみ過ぎて一時的に隠れたことにすればよかったです。
今更ですが。

08/04 19:03

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