作家でごはん!鍛練場

『紙飛行機男』

かけうどん著

 三語即興文を書いていたら、予想外に話が膨らんでしまい、こちらに投稿することにいたしました。ちなみに元々のお題は「牛乳」「戦争」「滝」です。

          0

「ウエカラ カミヒコウキヲ トバシテハ ナラナイ」
 紙飛行機ひとつがどれだけ環境に迷惑をかけるのか。空気をよごさない。燃料も消費しない。騒音もない。ぶつかっても怪我をしない。せいぜい紙の無駄遣いか、ごみくずの散乱だけだ。
 座りなれたビルの鉄骨のいちばん端に座り、歯ぎしりしながらつい考えてしまった。怒りも湧きおこっていた。
「何の義理があってここまで規制されなきゃならないのか」
 考えれば考えるほど、ますますつのる怒り。彼にとって、この国での脱出口といえば、紙飛行機をとばすことしかないではないか。

          −4

 窮屈だった。宗教的文化的基盤がきわめて異なるこの国で、彼には万事が窮屈だった。寮と仕事場以外どこにも行ったことがなかった。
 この建設中の二十六階では風は勢いよく吹いていたが、彼にはもっぱら苦しいばかりである。
 ぎっしり建ったビル、混み合った車、おびただしい群集。どこを見てもうんざり。煙がゆらゆら立ちのぼる。

           −3

 昼休み、ビルの端に座って飯を食いながら、ふと煙がゆらゆら立ちのぼっている彼方を見ていた。
「ほう……」
 食いかけの弁当箱と小さな牛乳パックを横に置いた。目をこすってさらによく見た。まちがいない。もう煙はない。確実だ。もう高層建築はない。そこには緑の水田、池、三々五々集まっている高床式の小さな家。
「これは……いったい……」
 彼の小さな村だ。風がヒューヒューと顔にあたっている。
「ふぅー」
 風を思い切り吸って、吐き出した。これこそ本当に疲れを癒す新鮮な風。こんな風景こそが彼の視覚を澄みわたらせる。絶えず沈んでいた彼の心は軽やかになっていく。しかしそれもつかの間のことだ。昼休みの終わりを告げる笛が鳴りひびく。
 その日は、飯を腹いっぱい食べることができなかったが、我慢するだけの値打ちはあった。あのような風景から遠ざかって、どれだけ歳月がたったことだろう。

          −2

 この国に難民としてやってきてからというもの、彼は、止まることなく働く一台のモーターのようなものだった。
 ようやく彼にひとつの脱出口が見つかった。食事時間のたびに二十六階の片隅へ行って座る。なぜかわからない。そのささやかな場所に座るたびに、ふと村の光景が見えるような気がした。いずれにしても、空想の中に見えているものはそう悪くない。実に平和なのだから。
「そうか……」
 いまさらのように思い出した。村の光景が見えるはずである。小さい頃、彼は毎日のように村はずれにある一番高い木の先によじ登り、上から村じゅうを見下ろしていたことがあったのだ。そう、こんなふうに。
 紙飛行機だ。
 記憶の連鎖のなかで、その木のてっぺんから小さな紙飛行機をたくさん飛ばしていたことまでがふと思い出されてきた。手近な紙を一枚探し、飛行機の形に折った。
「ぷー……ぷー……」
 飛行機の尾翼の部分に一息、二息吹きかけて力いっぱい飛ばした。飛んでみろ。
 ずっとずっとむこうへ……一番遠いところまで。

          −1

 紙飛行機はどのくらい遠くまで飛べるのだろうか。ひょっとして追い風にうまく乗って、彼の村まで飛んでいけることが絶対にないとは誰にも言えまい。
 小さかったころ、彼が木のてっぺんから飛ばした紙飛行機を、父親と一緒に森へ探しにいったときも、もとの場所からずっと離れたところで見つけたことがあった。いま彼が飛ばしている場所は、木のてっぺんではない。その何倍も高い二十六階だ。もちろん届くとも。風向きがよければ、彼の村まで届くとも。彼がしばしば取り出しては眺める地図の上で、いま働いている国と故郷はたいして離れてはいない。
 だから、その次に紙飛行機をとばしたとき、彼は普通の飛ばしかたはしなかった。心の中に浮かんだ短い文を紙飛行機に書いてから飛ばした。「村が恋しい」「家に帰りたい」などなどだったが。ときどき、「戦争なんてクソ食らえだ」「悩める人たちへ、ぼくはみんなの仲間だ」といったことまで書くようになった。いずれにせよ、そうして小さな紙飛行機たちを飛ばし終えるたびに、心に湧いた怒りや、疲労や、ホームシックが、すべて紙飛行機で運び出されたかのように失せて、また生き生きと力がみなぎってくるのだ。

           0

「ウエカラ カミヒコウキヲ トバシテハ ナラナイ」
 マネージャーの声が、彼の耳にこだましているかのようにふと何度も聞こえる気がした。ついつい腹もたった。
「何の義理があってここまで規制されなきゃならないのか」
 怒りにまかせて紙飛行機をひとつ飛ばした。強い風と一緒にかなり長いあいだ舞っている。左に傾いたり右に傾いたり。なかなか下に落ちない。視界から消えるまで見つめていた。どうだ、あいつらに言われるたびに、びくびくしていてたまるものか。
 それからしばらくして、彼は勤務中の態度が不真面目だという理由で、解雇された。不思議に、彼の心は穏やかだった。

           1

 彼は有名でした。いつも体じゅうのポケットに紙飛行機をたくさんつっこんでいて、“あなたのメッセージ飛ばします”なんて言いながら街中を歩いていました。私も含めてだいたいの人たちは見て見ぬ振りをしていました。でも、中には彼の紙飛行機に何かを書き込んでいる人もいました。そのときの彼はうれしそうな顔をしていました。

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 みんな奴のことを心配して、仕事先を探してやったり、いろいろしたもんだ。でも、紙飛行機がなんとかとか言って、ついに一人で寮を出ていきやがった。それからは知らねえな。あ、そうそう、最後に奴が紙飛行機にメッセージを書いてくれって頼んできたもんだから、めんどうだったけど、俺は正直な気持ちを書いてやったよ。「姉さん、どこにいるんだ。まあ生きていてくれればそれでいいけど」ってな。お涙頂戴のB級映画みたいだったよ、まったく。

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 その後、彼の姿はこの国で確認されていない。彼の故郷も戦争により壊滅的な被害を被った。
 真偽のほどは定かではないが、彼が紙飛行機を飛ばしている姿が世界各地で目撃されている。ナイアガラの滝のパンフレット用に撮られた写真には、彼とよく似た人物が写っている。

           4

 もしも君の近くに、どこから来たのかわからない紙飛行機がひとつ、落ちてきたとしよう。後生だから無視しないでいただきたい。遥かな地の、君の親戚の誰かの思いがしたためられている可能性がある。
 開けて、読んでいただきたい。


  

 

紙飛行機男 ©かけうどん

執筆の狙い

 三語即興文を書いていたら、予想外に話が膨らんでしまい、こちらに投稿することにいたしました。ちなみに元々のお題は「牛乳」「戦争」「滝」です。

かけうどん

49.98.169.109

感想と意見

ペンニードル

かけうどん 様 はじめまして

面白かったです^ ^

心理学的に、紙に鉛筆で書き綴るだけで、悩みや不安は減少する。どっかの大学教授がテスト前の学生にABテストしてましたね。
私も紙に何か書いて、高いところからヒコーキにして飛ばしてみたいと思ってしまいました^ ^

この文字数で三人称でまとめる筆致は私には無いので羨ましいです。

2017-11-12 10:06

39.110.185.153

麻生

短かったので、拝読しました。
やはりうまいですね。話の流れもいいなと思いました。文章もうまい。何より絵がきれいですし、視点がどこにあるかもよくわかりますし、時間の流れも数字で表されていて明晰です。こういうの、私も書きたいなと思うのですが、年を重ねて地べたに足がくっついてしまうとなかなか無理みたいですね。
何も言うことないのですが、でも、無理に一言いえば、
マネージャーさんが、上から紙飛行機を飛ばすな、というの、これってきっと、何というのか、言論統制のようなものなのでしょうね。権力の場からマネージャーさんに指摘があって、それでマネージャーさんも渋々、というか、仕方なしにそういっているわけでしょうか。というのも、紙飛行機だけなら最初にあるように何の問題もない。紙の無駄遣いだけですが、それに難民が何かメモしたら大問題ですね。何を書いても、きっと反体制的な言動ということになって、まずはマネージャーさんに注意がいく。それでも直さなければ、解雇だけじゃなくて、投獄もある。
そういう世界の話なのかな、と地べたリアリズムとしては思いました。そう思うときに、頭のおかしな振りをして、まさに佯狂でいることの悲しさのようなものも、飄々とした中に感じることもできました。
いずれにしても、前作同様に素晴らしい作品と思いました。羨ましいです^^;

2017-11-12 19:17

218.226.59.132

かけうどん

ペンニードルさん

はじめまして
読んでいただきありがとうございます。

>面白かったです^ ^

ありがとうございます。

>心理学的に、紙に鉛筆で書き綴るだけで、悩みや不安は減少する。どっかの大学教授がテスト前の学生にABテストしてましたね。
私も紙に何か書いて、高いところからヒコーキにして飛ばしてみたいと思ってしまいました^ ^

紙に書く効能について、ちょっと調べてみました。心が安定したり、脳が活性化するとかなんとか。創作も手書きのほうが良いというプロの方がいたりしますし。電子機器に頼るのをやめて、あえて初稿だけ手書きにしてみることで、いま私が陥っている書けない病いから立ち直れるかもしれないとか、思ったりして。

>この文字数で三人称でまとめる筆致は私には無いので羨ましいです。

作品を書き上げるにあたって、人称と尺に関係性があるという意味でしょうか。これはちょっとわかりませんでした。他所の感想欄をすこし覗いた限り、ペンニードルさん並みの読み手ではないと感じているので、おこがましいですが、できれば補足願いたいです。

2017-11-12 22:57

49.98.169.109

かけうどん

麻生さん

読んでいただきありがとうございます。

>やはりうまいですね。話の流れもいいなと思いました。文章もうまい。何より絵がきれいですし、視点がどこにあるかもよくわかりますし、時間の流れも数字で表されていて明晰です。

ありがとうございます。

>マネージャーさんが、上から紙飛行機を飛ばすな、というの、これってきっと、何というのか、言論統制のようなものなのでしょうね。権力の場からマネージャーさんに指摘があって、それでマネージャーさんも渋々、というか、仕方なしにそういっているわけでしょうか。というのも、紙飛行機だけなら最初にあるように何の問題もない。紙の無駄遣いだけですが、それに難民が何かメモしたら大問題ですね。何を書いても、きっと反体制的な言動ということになって、まずはマネージャーさんに注意がいく。それでも直さなければ、解雇だけじゃなくて、投獄もある。そういう世界の話なのかな、と地べたリアリズムとしては思いました。そう思うときに、頭のおかしな振りをして、まさに佯狂でいることの悲しさのようなものも、飄々とした中に感じることもできました。

正直、言論統制や投獄というところまでは考えていませんでした。すぐには浮かびませんが、そのへんを絡ませてリライトしてみたら面白いかもしれないと思いました。いずれにしても、この話はもっと膨らみそうな気配があるので、書き直すことに変わりありません。

>いずれにしても、前作同様に素晴らしい作品と思いました。羨ましいです^^;

公募に向けて、書けない日々が続いておりますが、とても励みになります。

2017-11-12 23:26

49.98.169.109

夏目吉春

かけうどん様初めまして
少しばかりの感想をお話しいたします。

↓ペンニードル様の感想を引用しまして、お二方には申し訳ないのですが、
>>この文字数で三人称でまとめる筆致は私には無いので羨ましいです。
とあってハッとしました。
初めこれは絶対一人称で書いているだろう、そうじゃないと何か変、と思っていたからです。

>俺は正直な気持ちを書いてやったよ。
↑そしてここでも、頭の中がごちゃごちゃになっていました。

そしてハッとして出た答えは『彼と幼馴染の俺』が書いた物語なんだと。しかも同じ職場の。
間違ってるかもしれませんが、私の頭の中ではそう言う物語だったと納得しております。

ありがとうございました。

2017-11-12 23:54

114.166.126.173

ペンニードル

再訪です。
実験はジェームズ・ペネベーカーさんでしたね。私は電子機器による筆記効果にも興味があってどこかで触れていました^ ^
ペネベーカー氏の実験によると試験前、逆にポジティブな事を5分間書き綴ったグループの成績は数パーセント落ちたそうです。こっちも気になります。

>>人称と尺に関係性があるという意味でしょうか。

あくまで私の感覚ですが、相対的に見て、三人称神視点は歴史(国や文化)、人間の半生など長いスパンの物語の中の”部分チョイス”であると感じます。
一人称は比較的短い期間や場面での対人関係など、細かな描写に向いていると思っています。

三人称で文字数が少ないという事は、それだけエピソードをチョイスする際センスが必要だと考えます。

既に世界は動いていて、物語は起きていて。いつを選ぶか、誰を選ぶか、どこから撮るか、どう飾るか。
脚本術だけでなく、映像的加工センスが問われる作業だとおもいます。

映画監督的な立場から執筆されているのかな?乙一(安達 寛高)さん的な素質かな?私も欲しいな。そんな感じからでた言葉でした^ ^

2017-11-12 23:57

59.128.82.6

かけうどん

夏目吉春さん

はじめまして
読んでいただきありがとうございます。

読みかたに正解はありませんから、逆説的ですが、夏目さんが感じたものが正解なのだと思います。ですから、>ハッとして出た答えは『彼と幼馴染の俺』が書いた物語なんだと。しかも同じ職場の。 という解釈をぜひとっていただきたいです。

余談ですが、夏目さんの感想をうけて、ちょっと閃いたことがあります。あまりうまく説明できないのですが、私は最近、創作の上で人称に対する拘りがあったのですが、どうやらその本質は、語り手にあるんじゃないかということに気づかされました。

2017-11-13 21:52

49.98.170.223

かけうどん

ペンニードルさん

再訪ありがとうございます。

>実験はジェームズ・ペネベーカーさんでしたね。私は電子機器による筆記効果にも興味があってどこかで触れていました^ ^
ペネベーカー氏の実験によると試験前、逆にポジティブな事を5分間書き綴ったグループの成績は数パーセント落ちたそうです。こっちも気になります。

ジェームズ・ペネベーカーさん著書も出ているようですね。トラウマ克服などの心理療法としても、とりいれられているとか。
ネガティヴなことを書くのは良くて、ポジティブなことはだめというのは興味深いですね。学生のころ、試験前に教科書をノートに書き写すだけで安心してしまうことなんかと関係がありそうな気がしなくもないのですが……う〜ん私も気になります。

>あくまで私の感覚ですが、相対的に見て、三人称神視点は歴史(国や文化)、人間の半生など長いスパンの物語の中の”部分チョイス”であると感じます。
一人称は比較的短い期間や場面での対人関係など、細かな描写に向いていると思っています。

なるほど、そういうことだったのですね。

>三人称で文字数が少ないという事は、それだけエピソードをチョイスする際センスが必要だと考えます。
既に世界は動いていて、物語は起きていて。いつを選ぶか、誰を選ぶか、どこから撮るか、どう飾るか。
脚本術だけでなく、映像的加工センスが問われる作業だとおもいます。
映画監督的な立場から執筆されているのかな?乙一(安達 寛高)さん的な素質かな?

>映画は好きですが、それが執筆に関係しているかは自分でもわからないのです。無意識に影響を受けているのかもしれません。
乙一さんは読んだことがないです。読書はいわゆる純文系統に偏っていると思います。小説を書き始めたときは、読書をすればするほど書けていたのに、最近は悲しいことに読めば読むほど書けなくなっていくという現象に見舞われています。当たり前の話ですが、自分がやろうとすることは、たいてい誰かが先にやっている。それを打ち破る方法を、今はいろいろと考えております。

2017-11-13 22:41

49.98.170.223

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