作家でごはん!鍛練場

『またいつか会える時』

火桜著

誰でも行き着く先は同じ、そういう気持ちを込めました。

「お前のご両親は今頃……神様の御元で、お前を生んだことを大層悔やんでいるだろうな」
 目の前に立つ男は、軽蔑の意を最大限に孕みきった目を俺に向け、そう吐き捨てた。
「いいか、無事親の元に行けるとは思うな……お前は地獄に堕ちる。死すら本来生ぬるい……お前のような快楽殺人者にはな」
「……」
「ヘドが出る。お前が殺した者に、なんの罪があった? なぜ殺されなくてはなかったのだ? 答えろ!」
 男は俺の顔に唾を吐いた。シャバに住まった頃ならすぐにでもこいつの首をねじ切ってやったろうが、残念なことに今の俺は両手両足をガッチリ拘束され身動きひとつ満足にはかなわない。
「答える余地は無い。俺のような薄汚い悪党はこうして断罪するに限る……それだけだ。それが正しき世のあり方だな」
 口を動かす分にはまだ自由だ。間も無く視力は奪われる。男はスプーンのような器具を手にしている。それが意味するのは、ひとつ。
「負け惜しみか?」
「本心さ」
「いいだろう。ではまず、お前から光を奪ってやる。光は希望を示す。お前に与えられて然るべきは、絶望の闇だけだ」
 俺は決して目を閉じなかった。恐ろしいとは思わないし、絶望する気もない。あるがまま全てを受け入れる覚悟は出来ている。
 溢れ出る生温かい血が顔面を流れ落ちる感覚とともに、俺の世界から光は消え去った。
 

目の前は暗黒だ。まるで俺の行く末のよう。ただ研ぎ澄まされた神経が、壁を隔てた先に数名の人間がいるらしいことを俺に伝えている。
 絞首刑……おおよそ最もお手軽かつ人道的な処刑法。粗いロープが首にかけられ、床が開けば、その瞬間俺の罪は全て許される。そう、神父から聞かされた。殺しという名の俺の『罪』……言い換えて『趣味』。趣味について許しを乞うた覚えはないが、まあありがたく受け取っておくとしよう。
 心は落ち着いていた。俺が楽しんで行ってきた趣味が、その実許されざる罪だったという自覚はある。いずれこの日が来るであろうと予見していたからこそ、今こうして平静を保てているのかもしれない。
 死を以ってでしか償えない罪。しかし、悔いる気持ちは微塵もない。いかに人道から外れていようと、意思を持って行ってきたことを否定するような真似だけはしたくなかった。それは自分のみならず、我が手にかかり送られていった人たちの人生をも否定することになるからだ。
『あなたはトチ狂った男に意味無く狩られたわけではないですよ』と、俺の手で散った幾多の命に対して誓いたい。豚や牛のように、大切な糧として必要とされ、屠られたのだと。
 この誓いを無碍にしたなら、彼らの命は残飯と同義になる。それではあまりに浮かばれないではないか。
 

 ひとつの気配が俺に近づくのを感じた。誰かが部屋に入ったのなら、ただ一つの扉が開閉する派手で不快な音が聞こえるはずだが……気づかなかっただけで、元々部屋に一人待機していたということだろうか。
「最後に、何か言いたいことはありますか?」
 低めで、落ち着きのある音色。しかし透明感があり、耳に心地よく響く。相変わらず何も見えはしないが、その声色からだいたい20歳付近の女だと判断した。 
「いい気分のまま逝けそうで嬉しいよ。その前に出来ることなら、アンタのお顔を拝見したいものだね」
 思うままに本心を告げる。
「……それは難しいですね。他には?」
「何も。早いとこやってくれ」
「よろしい。あなたはすぐ、神の御元へ向かうことでしょう」
「行けたらいいねえ。こう言われたよ、『お前は地獄に堕ちる』と。俺も同感だ」
「……」
「ああ、ひとつ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「アンタは『神』を信じているのか?」
「無論です」
「奇遇だな。俺もだ」
「……私はどうすればよいのでしょう? 喜ぶべきか、はたまた悲しむべきか……」
「喜べ。俺はこれから『神』の一員に加わるんだ」
「と、言うと?」
「人をたくさん『楽しんで』殺してきた。だから俺はここにいる」
「何を言いたいんですか?」
「神サマってのは人殺しが得意だ。アイツのためにどれだけ人が死んだか、想像できるか? 俺の親父は信仰を胸に自爆した。母は偶像を拝んでる最中に爆撃に遭って吹き飛んだ。友達も大勢……」
「……辛かったですね」
「いいや、奴らも皆、どんな形であれ少なからず殺生にかかずらわってる。それが世の中ってものだし、生きるとはそういうことだ。だから奴らが『罪なき者』だったとは思わないし、可哀想だとも思わない。そして俺は奴らとは違う……殺しに美学を見出すことが出来たからだ。それこそが俺と神との共通項。神のために大勢死んだ……逆説的に神の定義を考えるなら……望んで大勢殺せる奴が、神だ」
「何故……神が望んで人を殺すと思うのですか?」
「これも逆説的になるが、神が平和主義者なら世の中こんなに殺意に塗れはしない」
「なるほど。ある部分、それは正しいのかもしれませんね」
「いいのかい? そんなこと言っちまって。アンタの信じる神サマが天上から盗み聞きしてるかもしれないぜ」
「いいのです。あなたの身の上を鑑みれば、そのような考え方に至った経緯もある程度察しがつく」
「同情かい。心にも無いこと言いやがって」
「同情なんかじゃありません、全て本心です」
 修道者にしては珍しい奴だ。俺は天に唾すようなことを言い立てているのに、その声色に蔭りひとつ見えてこない。
「愉快なことだ。もう話すことはない……行ってくれ」
「ええ、またいつか会える時を楽しみにしています」
 なんとも切れ味のいい皮肉だ。俺はもうすぐこの世から消えるというのに。
「ああ、最後にひとつ……アンタの名前を教えてくれないか。冥土の土産に持って行きたいんだ」
「次に会った時、教えてあげますよ」
 やれやれ、後生の願いすらかわされてしまったか。名も知らぬそいつの気配は物音一つ立てずに去っていった。扉の開閉音は、やはり聞こえてこない。
 いよいよか。俺の中の世界は静寂に包まれた、生きてきた人生の全てがフラッシュバックする。そして脳裏に去来する最後の言葉は……。
『またいつか会える時』
 刹那、重力が突如奪われたかと思ったら、粗いロープの輪を伝って全体重が頚椎を砕き……全てを終わらせた。
 と、思いきや。


『お久しぶりですね。同胞よ』
 悪い冗談だ。すぐに会えたじゃないか。

またいつか会える時 ©火桜

執筆の狙い

誰でも行き着く先は同じ、そういう気持ちを込めました。

火桜

126.45.153.161

感想と意見

偏差値45

『盗人にも三分の理』みたいな話ですね。
最期のオチも面白い。

>誰でも行き着く先は同じ
おっしゃる通りです。

そこは皆さん仲良く平等ですね。

一つ気になった言葉、
>どんな形であれ少なからず殺生にかかずらわってる。
『かかずらわっている』あまり使用しない日本語だね。
もっとポピュラーの言葉の方が良いかも。

2017-11-11 07:17

219.182.80.182

火桜

偏差値45さん、感想ありがとうございます。

>『かかずらわっている』あまり使用しない日本語だね。

語感を考えて自然と出てきたんですが、もしかしたら地域によって違和感が生じるのかも……。

2017-11-11 19:50

126.45.153.161

ペンニードル

火桜 様 はじめまして
読ませていただきました。

神様とお話してたって事ですか? 幽霊だったのでしょうか? 修道者も罪人も同じ場所に行くんだよってことでしょうか?

”もし私が行き着く先は同じ”を書きたかったら死んだら無、と書くと思うのでどう読むのが正解なのかわかりませんでした(>_<)

2017-11-11 21:40

39.110.185.153

火桜

ペンニードルさん、感想ありがとうございます。

行き着く先が「無」じゃ救われないよな、と思って誰でも神様のところに行けるよ、と書いた物です。
要は、神様は死ぬ前に身分関係なく看取ってくださる、ということです。

2017-11-11 22:15

126.45.153.161

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