作家でごはん!鍛練場

『キュウソウの丘 (87枚)』

五月公英著

よろしくお願いします。

 <鈴木志郎>

 目が覚めたらずぶ濡れになっていた。いや、濡れたから目覚めたのか? どちらにしても不可解だ。
 どうやら仰向けのところへなんらかの液体をかぶったようだが、成分と原因がはっきりしないから気味が悪い。
 頭から腰にかけて洗面器の水を浴びたようにぐっしょりだ。長袖のネルシャツだけでなく、畳と枕にしていた座布団も被害を被った。
 眠りにつくまでは自宅の居間でビールを呑んでいたから横になった後に寝返りをうったかして缶を倒したか? と疑ったが、350mlを呑み干していたのでこぼしようがない。
 ヌルつきや粘りけがないので吐しゃ物とも違う。パンツとジャージは乾いているから小便でもない。やや汗臭いようだが、髪、耳、あごにしたたる水滴の量からして寝汗どころではない。
 一部が口に入ったらしい。苦いような、しょっぱいような……。
 玄関ドアの施錠を忘れていたから侵入者の線も疑ってみたが、そんな形跡はない。仮にそうだったとしても意図がわからない。
 歳が歳だけに脳が心配になってきた。まさか老人性なんとか症ではあるまいな? 
 それはともかくとして、午睡をとっていた俺は異様な冷気にやられて目を覚ましたのだった。なにかうめいて、跳ね起きて、室内を眺めまわした。流れで壁の時計を見あげる。午後四時二十八分。帰宅したのは午後二時半ごろだったと思う。この間になにが起ったんだ? 
 昼飯は近所のそば屋ですませていた。
 同期会の幹事をしている敏夫に「ひまならちょっと出て来いや」と呼びだされた。
 秋晴れの路地をぶらぶら行ってみれば、来る<S中学校卒業50周年同期会>の事務を手伝えという。恩人のたのみだし、思うところもあったから請け合った。
 敏夫に会うのは還暦にやった前会以来五年ぶりだった。
 やつは白髪で入れ歯のくせに、ちょっと見ないうちに志郎はしわが増えただの盛大に髪が抜けただのとカラッとした調子でほざく。だからこっちも中学時代同様に応じ、くだけたやりとりをたのしんだ。
 そんなことより、問題は帰宅後だ。
 座布団に腰をすえた俺は、中学の卒業アルバムからモグラを引きずりだして表情をまとわせ、こいつをケンカ相手にしてイカの塩辛でグビグビやっていた。そうこうしているうちに隣家の奥さんの件も重なって急に恐ろしくなってきた。その反動からか「クズめっ、くたばれっ」などと大変な剣幕で悪態をつき、懸命の憎悪を叩きつけ、怒鳴りつかれてばたり。起きたらこの有様だ。驚いたなんてもんじゃない。
 部屋を明るくして雑巾とティッシュで畳をふいた。温かいシャワーを浴び、紺のジャージ上下に着替えて一服。
 この一戸建に移って三十余年、ずっと独り身で暮らしてきたがこんな珍事ははじめてだ。
 考えれば考えるほど混乱する。
 ただ……ひとつだけ、引っかかることがあるにはあるのだが……。
 と、そっちへ意識が傾いたとたん身ぶるいした。
 和机、電源の落ちたテレビ画面、ヤニで茶ばんだ柱と天井――目に映るものすべてに不穏な影が差している。
 耳が、鼻が、皮膚が、怪しい気配を捕らえそうでまぶたを閉じるのも怖い。
 煙草の灰がジャージの太ももに落ちた。反射的にパッパッと払いのける。 
 午後五時二十三分。
 どこでもいい、明るいにぎやかなところへ逃れたい。
 うすっぺらのダウンジャケットをひっつかんで家を出た。

 住宅街の東にある自動販売機前を直進、バイパスへと続く細い坂を下る。
 右側は崖に阻まれているが、左は道沿いに短い草が揺れているばかりでさえぎるものがない。眼下に街の灯り。北東の彼方へと広がっている。空は残照のなごりがかすかにみとめられるていどで、急いた星がまたたいている。
 勾配がきつくなった。惰性にまかせればつんのめるから、サンダルばきのつま先をアスファルトにぎゅっと力ませて制御する。
 虫の音がやかましい風裏に入ってもまだ肌寒い。上着の前を首元まで閉めあげた。
 先の崖上からしおれたつる草が一叢だらり。どんより濁った水あかの跡が立体感をきわだたせて想像力をかきたてる。見たくないと思う間もなく目についてしまうから苦しくてならない。懐中電灯を持ってくればよかった。
 敏夫にたよろうとポケットを探った。携帯電話を忘れてきた。もう大通りを行くトラックの慌ただしい走行音に迎えられているから取りにもどる気になれない。駅裏にある居酒屋の常連だそうだからたずねてみよう。こんな夜はシラフではいられない。
 四車線のバイパスまで下りてくるとさすがに明るい。大型車が巻き上げるガス臭い風を全身に受け、はすむかいに建つガソリンスタンドの温かい照明を見あげて安堵した。
 標識の横で息を整え、おびただしい車のライトに目を細めて路肩の歩道を南へ進む。
 学習塾のそばを通りかかったら駐輪場の常夜灯下に中学の赤いジャージ。ぽっちゃりした女の子がスマートフォンをいじくっている。ふっくらとした頬にかかった長い髪をうるさげに後ろへとまわし、またうつむく――。

 中学二年の十二月はじめ。
 登校すると机の中に白い封筒が入っていた。
 便箋に細々としたボールペン字。内容は今でも覚えている。
『私はお料理がとくいだから志郎くんにお弁当を作ってあげたいです。
 早起きして、がんばって、おいしいのを作ります。
 いっしょに食べましょう。 
 好きです。つき合ってください。』
 はじめての経験だったからそうとうよろこんだ。さらに差出人名を見て驚いた。小学生時代から想いを寄せていたモグラだった。
 彼女は中背ではあったが中肉とは言い難い。セーラー服がキツキツだ。さらに耳がほかの子よりもひとまわり小さかった。しかも渋いモグラ面で――。
 けれども俺は彼女を得た喜びにひたっていた。ホレたきっかけは忘れた。どの角度から見ても丸みを帯びた顔と体型に魅せられたように思う。人柄はきついほうだったが、気にしない。キスや性交はもとより結婚まで夢見た。
 ところが交際をはじめた数日後、弁当を作ってもらわぬうちにほかの男子にも言い寄っていたことが分かった。恋仇は俺同様の、容姿も人柄も頭の中身もパッとしないやつだった。
 現場を目撃した友人の証言によると、モグラは帰宅の生徒らでごった返す校門前でそいつに封筒を渡していたらしい。 
 状況からしてわざわざ目立つ場所と時間帯を選んでそうしたと思われる。ただ理由が解らない。二重恋愛はこっそりやるものだ。
 授業後、日が落ちた通学路で待ち伏せ、セーラー服の腕をつかんで建物の裏へ引きずりこんだ。
 モグラは謝らなかった。むこうから強引に誘われただの、志郎は短気だからいけないだのといちいち他人のせいにする。
「なめてんのか? 謝れよっ」と凄めば、ふてくされたように涙目をそらして、
「あたし、そんなに悪いかなぁ? 他にも浮気してる子いるやん。なんで、あたしだけ怒られる?」
 と話にならない。聴き取りづらいと思ったらガムを噛んでいる。
 追いこまれて居直っているというよりも、本気でそう思っているような口ぶりだ。
 横っ面をひっぱたいてやりたくなるのを全力で抑えつつ鼻息を荒くしていると、芝居じみた抑揚をつけてたわごとをほざいた。
「そっちだって浮気したいと思ったことあるくせに。ほかにかわいい子がいたら見とれちゃうくせに。男なんかみんなそんな感じやん。それがゆるされて、なんであたしだけが怒られる? 不公平やんか」
 やつがなにを望んでいたのかはっきりしなかったが、まともな人間ではないことだけは明らかになった。恋愛をオモチャにした易い少女雑誌に入れこんでいたからその影響もあったろう。
 苦りきった俺はその場で縁を切った。 
  
 しかしこれで終わったわけではなかった。自分に関する醜悪なデマが流れだした。
 まことしやかなものから、よくもまああんな嘘を思いつくなとあきれるものまで。他校の女子生徒と乱れた交際をしている、母親といかがわしい関係にある、飲酒喫煙に加えて万引き窃盗の常習者で補導歴がある等々。おかげでそれらを鵜呑みにした生徒から犯罪者あるいは変態呼ばわりされた。
 また、女子更衣室をのぞいた、下着を盗んだとかで、アリバイがあったにもかかわらず、匿名の密告を真に受けた馬鹿な男性教師から理不尽な叱咤を食らった。
 噂を逆にたどって発信源を探ったら案の定だ。後日、靴箱周辺にバラ撒かれていたメモにあった文字とラブレターに綴られていたものを照合して裏付けをとった。
 本人に証拠をつきつけて文句を言ったが知らぬ存ぜぬで、しばらくおさまったかと思ったらすぐに新しいデマが流布される。
 この仕打ちは三年生の春までつづいた。そのころ親しくなった敏夫が俺の証言と例の証拠で真相を知り、デマ撲滅に尽力してくれたおかげでようやくおさまった。彼は前々から噂を疑っていた。あまりにもマンガじみていると。
 デマを否定することは、発信源であるモグラの異常性を暴露することでもあった。以降俺は他の生徒らから被害者として扱われるようになった。もう、からかう者はいない。だが、そのころには受験シーズンを迎えており、恋愛どころではなくなっていた。
 逆襲も考えはしたが、いちいち相手にしていたら神経がもたないから止めた。
 むこうは女子たちからも煙たがられていたようだった。
 幸い高校は離れた。最寄り駅や電車内で見かけることはあったが互いに顔を背けた。

 十九の初冬。
 俺は誰でも入れる地元の大学に通っていた。
 まだ普通自動車の運転免許を取得していなかったため、自宅から300mばかり離れた私鉄駅を利用していた。
 日没後、利用者の少ない西口を出ると、葉が落ちてスカスカになった街路樹の下にモグラがいた。
 長い黒髪を肩に這わせたホワイトのセーターにブラウンのロングスカート。高いヒールのブーツでひょろついている。
 目が合うと、待ちくたびれた、とでも言いたげな、困り笑いを想わせる笑顔で歩み寄ってきた。
 免許をとったから送ってあげる、という。
 横へふった鼻先にうながされてロータリーに目をやったらワインレッドの軽自動車が街灯のオレンジを浴びている。
 神経を疑った。中学時代の愚行を忘れるはずはないのだが……。
 不審に思いながらも、自分は助手席におさまっていた。
 悪趣味な花柄のシートカバー。甘ったるい香りが鼻につく。
 やつはそこそこの女子大に通っていた。こちらの近況を訊かれたが、当時聴いていた洋楽を口ずさんでごまかした。
 運転は荒かった。ギアチェンジのタイミングをつかみきれていなかったようだ。
「練習のために、この辺を乗りまわしてんの」
「ふうん」
「運転してると楽しいよ。志郎も早く免許とりなよ」 
「そのうちに……」
 自宅の近所で降りた際、ドアを閉める直前にそっけなく礼を言ったら、運転席からこちらへ身を倒して上目でにっこり。「またねっ」と手をふってきた。
 しかし、なんで断らなかったのだろう? 街灯から離れた樹の下で顔がかげっていたのと、大人びた服装のせいできれいに見えたのかもしれない。
 不意打の誘いにすんなり従ってしまった。あの夜はどうかしていた。

 三日後か四日後かは忘れた。夕方、改札を抜けたところへ、またやつが現れた。蛍光灯の光が落ちた床にブーツをカツカツ響かせて外から一直線に駆け寄ってきた。同じ服装だ。
 モグラは俺にぶつかる寸前で急停止し、びくついて足を止めたこちらの胸をなれなれしくポンッと叩いた。乱れた髪もそのままに上気した笑顔で、息を継ぐ間も惜しむように「送って行ってあげる」と言う。
 どうせ他の駅でも男をあさっているんだろう。こんなクズの世話にはなりたくない。
 俺は不快をあらわにし、「歩くから、いいよ」とそっぽをむいた。
 けれど、やつは屈しなかった。
 両手で俺の右腕をとり、額に見あげじわをうっすら寄せてねばる声色で、
「えっ、なんでぇ? 送ってあげるって」
 としつこい。
 いら立った俺は迷惑そうに腕を後ろへまわして振り払うと、不安げなツラをにらみおろし、殺虫剤のスプレー缶でも叩きつけるように鋭い声を放った。
「だから、いいっつってるだろっ。おまえなんかいやだっ」
 モグラは、にわかに頬をこわばらせた。狼狽を隠しきれない様子でキョロついてからぐったりとうなだれ、バケツの底を埋めたアサリがたて続けに潮を吹くような短い嗚咽をきゅうきゅうもらす。
 これ以上かまってはいられない。自分は駅舎の外へと足をむけた。
 すると、やつは俺を追いぬいて出入口を飛び出した。街灯の下、しゃくりあげながらロータリーの方へと走る。すそ広がりのロングスカートをひるがえし、極端な前傾姿勢で愛車へと逃げる。
 みじめな後ろ姿が、憤怒冷めやらぬ中学時代の俺を喜ばせた。気づけば足音を消してうねる黒髪を追っている。
 車の横に至ったモグラは烈しく鼻をすすりあげ、運転席のドアノブに手をかけた。  
 俺は背後から腕をのばしてその手首をつかみ、力まかせにぐいっと引きほどいた。
 驚愕の面がふり返る。見開かれた目のまわりがひどく濡れている。
 俺は間を与えず、かぶさった髪のうえから丸味を欠いた頬に平手打ちを食らわせた。てのひらがしびれるほど痛んだ。続けて下腹部へ拳骨をめり込ませ、太ももにひざ蹴りを二発。
 やつはその場にくしゃんと崩れた。濡れた砂だらけのアスファルトに身もだえてセーターを汚し、打ち損ねたクギのように背を曲げてねっとりとしたうめき声をもらす。
 見れば小さな片手が救いを求めるように泥水をまさぐっている。
 その骨ばったところを狙い、毒虫を踏みつぶす要領でグリグリ踏みにじってやった。ボロい軽トラックの急ブレーキ音みたいな甲走った絶叫が駅舎の外壁に反響した。
 土色と化した手を引っこめたモグラは丸めていた身体をゴロリと反転させて鉄のフロントバンパーに取りすがろうとする。
 俺はそうはさせるかと背を一蹴。
 やつはバンパーに頭をぶつけたかして再び泥砂にうっ伏した。そうして、その弾みか否か、ぶっ、ぶうぅっと長い屁をひった。
 思わぬ痛々しさに胸を突かれた俺は発作的に裏返った笑い声をあげた。息苦しくなるほど大笑いしながら革靴の先で小ぶりの尻をしたたかに蹴り上げた。
 
 車の免許を取得して大学を卒業してからは実家を離れて近所のアパートに住まい、市内の商社に就職した。両親は生真面目すぎて合わず、彼らから見放されたようなものだったから居直って勝手気ままに過ごしていた。
 女遊びはそこそこやった。目をつけた娘とまめに連絡をとりあい、優し気な言葉をかける、高価な品を贈るなどして気を引きつけ、むこうが心をゆるしたとみるや思いつきのいじわるをくり返した。

 毎回というわけではなかったが、女を虐待した数日後にやつが現れることがあった。
 俺は曇天の郊外をひとり歩いていた。
 私鉄駅へとのびる四車線の舗装路は驟雨に叩かれたように青黒く沈んでいる。
 その左側の白線内をとぼとぼ行くのだが、どういうわけか人と車の往来がない。周辺の家々も窓を閉ざしている。
 駅前くらい誰かいそうなものだが気配がない。
 通り過ぎようとしたら、改札口から人の形をした影がすべり出てきた。紺のスカートをはいている。分かるのはそれくらいで、足もとと胸から上は煙ったようにぼんやりとしてだれだか見分けがつかない。
 そいつはロータリーをこちらへ渡りきると俺の左隣りまできて歩調を合わせた。
 なにも言わず、生気のない横顔が進行方向を見すえている。
 モグラだった。
 俺たちは黙ったまましばらく歩いた。
 黄色の信号が点滅する交差点を左に折れてゆるい坂を下る。中学校に出るはずが川にぶちあたった。
 橋は見あたらない。幅はニ十メートルほどだろうか。すき焼きの残り汁みたいな水が河原のススキを押し倒して土手下まで迫っている。ところどころ濁った渦を巻き、右から左へとうねっている。
 短い枯れ草が茂った低い土手の上にさびしくならんで立ち、俺は途方にくれる。
 堤全体が微細に振動している。揺れが靴底に伝わってきてふらつくようだ。
 こんなところに長居していたら危ない。
 左隣のモグラはうつろな眼を対岸の葦原あたりへ向けているらしい。
「帰ろ」 
 俺は短くつぶやいて土手を下りかかった。そうして素早く反転し、やつの背後へまわりこむと右手でむこうの右腕を、左手で髪ごとうなじをつかんで濁流の方へ強く押しやった。
 動かない。
 さらに力を加えてみたが、重機で打ち込まれた鉄杭のように微動だにしなかった。

 病的に気がふさいで、こんなことをやっていたらそのうちに女の干物ができちまう、そろそろ止したほうがよかろう、と改めた俺は、学びとった教訓をもとに用心深く様子をうかがった。
 しかしどれだけ注意をはらっても、やつらが仕掛けた愚かしい因習、つまり罠のめまぐるしい変化に対応しきれない。彼女らはすでに罠の一部だ。幼少時からそのように育成され、利用されていることすら気づかない。以降、やつらのでっちあげに翻弄されてしくじりつづけた。

 三十半ば。いずれ妻を迎えるつもりで売りに出ていたこの家を購入した。実家と職場に近いという条件を満たしていたから飛びついた。車は処分して返済にあてた。けれども肝心の女性関係はことごとく失敗し、敗北感に意気をくじかれ、モグラの影におびやかされて二十九年をすり減らした。

 そうして、三日前。
 東隣に田中家が引っ越してきた日の午後。
 冷や汗ともなんともつかぬ嫌な汗をかかされた。菓子折りを持ってあいさつにいらした奥さんを玄関で迎えたとき、危うく悲鳴をあげそうになった。
 彼女は、十九のころの、夜の駅前で泣いていたモグラにそっくりだった。
 中学生のお子さんがいるらしいから四十前後か? 明るく長い髪を後ろで束ね、黒っぽいピッタリとしたジャケットに細めのジーンズといったかっこうをしていたせいもあってか、そんな歳には見えなかった。肌のかげんはやや衰えているようではあったが、もっさりした体格と芯の強そうな丸顔。ちらりとのぞいた耳が小さい。モグラの生き写しと言っていい。
 あのとき、俺はどんな表情をしていたのだろう? ニコリともしていなかったはずだ。愛想よく対応する余裕などなかった。はい、どうも、こちらこそ、そんな短い言葉を返すのが精いっぱいだった。 
 モグラの娘だろうが、偶然にしても奇怪である。
 モグラは還暦の同期会を欠席していた。その前の会もいなかった。嫁ぎ先はおろか生死も不明だ。同期生の連絡簿をつける過程であるていどは明らかになるだろうからあせることはないと思うのだが……。
 敏夫に訊くのも憚れる。還暦を過ぎてなお恩人を煩わせるのはどうかと思う。やつとは高校を別にしてから同期会以外に会ったことがない。中学卒業以降の出来事をいちいち説明するのも億劫だし、駅での暴行は他に聴かせられるものではない。

 ここがどこだか見当もつかない。
 緑ヶ丘東の坂をくだってきて大通り越しにガソリンスタンドを眺め、歩道を右へ折れて塾の前をすぎたところから過去に想いを巡らせつつ駅のほうへ向かっていたはずだったが……。どこをどう迷ったのか分からない。どこぞの門をくぐった記憶もなければ脇道へそれたおぼえもない――。
 四方を高い石垣に囲まれた空き地、その中央にあぐらをかいている。小中学校の体育館よりはせまい。石垣の高さはビルの二階くらいか? 上端は夜空に溶けている。工事現場で使われる巨大ちょうちんみたいなライトが四隅に明々と。尻の下は芝だ。
 近所にこんな場所があったなんて知らなかった。
 しんとして虫の音も聞こえない。風も吹かないから寒くはない。乾いた石と枯れかかった柴の臭いが充満している。
 どの方向を眺めてみても大きな石が狂いなく積まれていて出入口らしきへこみが見つからない。いったい俺はどこから入ったのだ? 
 首をまわして階段やぬけ穴を探っていたら、急に腹がへってきた。胃がしぼんで心細さが募る。
 力なく腹をさすって正面をむきなおった。だれかいる。
 七八メートル先に上下赤いジャージの女の子。しまりのない体型。あごを欠いた丸顔――塾の横でスマホをいじっていた中学生だ。そいつがのそのそ寄ってくる。
 俺の前まできたら背負っていたリュックを降ろして片ひざをついた。ジッパーを開けて中身をまさぐる。
 なにをやっているんだ? ――あっ、この娘がここにいるということは塾へ至る道があるということだ。
「あんた、どこから来た? バイパスへぬける道を知ってたら教えてくれんかね?」
 人の好さそうな柔らかい調子でたずねてみた。けれど答えない。無視しくさって見返りもしない。耳にイヤフォンを入れているわけでもなさそうだが……。
 彼女はしばらくガサガサやってから黄色い箱を取り出した。ヒヨコの絵柄。
 ぽってりとした一重まぶたを神妙に細めて俺のほうへよこす。
「これ、やる」 
「なんだい?」と訊けば、不愛想に、「弁当。見たら分かるだろ」
「俺に?」
「おう。遠慮すんな」 
 なにを思ってこんな年寄りをもてなすのかさっぱり分からないが、恐ろしく都合がいい。昼に食いそびれた残りものかもしれないけれど、実にありがたい。だが、言葉使いがなっとらん。どんな教育を受けているんだ? かわいらしい声なのに悪ガキみたいなもの言いだ。
 少々カチンときたが、親切心に苦言も引っこむ。
「こりゃ、どうも、ありがとう」
 ほくほく喜んで座ったまま割り箸ごと受け取った。
 ふたの側面にプラスチックのネームプレート。貼られたシールに印字で『わかな』とある。
 隣にしゃがんだ娘に見られながら、ふたを開ける。
 飯つぶが緑色だ。飯だけじゃない。玉子焼きもウィンナーも鮮やかなグリーン系かブルー系だ。デザートなら分からぬでもないが、弁当でこれはないだろう。
 見た目はどうあれ食ってみないことにはなんともいえない。意外と美味いかもしれない。
 箸の先で黄緑の玉子焼きをひと切れつまんで口へ入れた。
 ミントガム三個分ほどの過剰な清涼感が口内にシュワッと広がって鼻へぬけた。
 なんだ、こりゃ? 見たまんまじゃないか。
 吐き出したいのだが娘の手前そうするわけにもいかず、がまんして飲みこんだ。
 空腹に耐えかねて他のもつついてみる。ごはんもおかずも歯みがき粉がねりこまれたようなミント味だ。とんでもなくすうすうする。目までしょぼついてきた。食えたもんじゃない。
 最近の若いもんは味覚までおかしくなっているのか? これでは喉を通らない。せっかくだが遠慮させてもらおう。
「悪いが、俺の口にあわんなぁ。気持ちはありがたいんだがなぁ」
 もうしわけなさげな口ぶりでそう言い、ふたをして両手で返した。
 眉間にしわを寄せてひったくった娘は、それをリュックにおさめてべつの箱をとり出した。こんどは熊のイラストだ。大儀そうにこちらへよこす。
「おっ、まだあったか」  
 これで口直しができる、よかったよかったと手にとって、念のために「こっちは普通の味つけ? すうすうしない?」と訊いたら、首を横にふって「さっきのとおんなじ」とぬかす。
 冗談じゃない。二度とごめんだ。
「アホかっ、すうすうする飯なんか食えるかっ」
 つい怒鳴りつけてしまった。
 すると娘がしゅっと起ち上がった。
 片足立ちで左のスニーカーを脱いでいる。
 小石でも入ったか? と思って見あげていると、かかとのところをつかんで提げ、素早くふりかぶって勢いがついた底で俺の顔面をひっぱたいてきた。
 ゴールをそれたサッカーボールを直に食らったほどの衝撃で仰向けにひっくり返る。驚きと激痛で動けない。うめいて、もだえて、額と鼻をさする。まぶたが腫れたのか、目も開けられない。痛みに耐えつつなんどもしばたいては眼頭を押さえ、視界が復活してきたところでようやく口を開いた。
「なにしやがるっ」
 ありったけの声で叫び、ジンジンする鼻柱をおさえて座りなおった。
 娘はひるまない。立ったまま憎々し気に小さな両眼をむき、涙袋をひくつかせてわめきたてる。
「うっせぇ、クソジジイ。文句言わずに食えっ。殺すぞっ」
 なんという口のききようだ。とてもヒヨコが描かれた弁当箱の持ち主とは思えない。
 むかついたが、また殴られたらたまらない。脱出ルートも未確認だ。ここは折れるにかぎる。
「やっ、すまんかった。ごめんなさい」
 言い終わらぬうちに靴底で額をパコンッとやられた。そのひょうしに舌を噛んだ。いてぇ。
 拳骨でどつきまわしてやりたいが、むこうのほうが俊敏だろう。返り討ちにあうのは見えている。
 俺は涙をぬぐい、イヤらしくへりくだった。
「いやぁ、すまん、すまん。悪かったなぁ」
 しゃべると変に息がもれた。上あごの前の差し歯がない。二本ともだ。どこへとんでいったかしれない。
 弁当も落としてしまった。
 差し歯を失くしたのはいたかったが、これで食わずにすみそうだ、とほっとしていたら、スニーカーをはきなおした娘がさきほど引っこめたヒヨコのほうを出してきた。新しい割り箸をそえ、鋭い目くばせで押しつけてくる。どうにも腹に入れないといけないらしい。
 これを拒んだらどうなることか? 思いのほか凶悪なガキだ。へたに逆らうと病院送りにされかねない。
 震える手でふたを開ける。涼やかな甘い香りが重いため息を誘う。
 しょうがねぇなぁ、と覚悟を決めた。
「じゃあ、いただきますよ」
 嘔吐をこらえ、やけくそでたいらげた。口から胃袋にかけて消毒されたように冷やっこい。くそまずい飯で満腹になってしまった。
「はい、ごちそうさんでしたっ」
 おどけた口調でせいいっぱい嫌味ったらしくそう言って、上目使いの片手で空箱をつき返してやった。そうしたら、娘がいきり立った平手ではたき落として猛然となにかわめいた。
 俺の悪口らしいのだが、大声の早口だからなにをしゃべっているのか分からない。
 訊き返そうとしたところ、パンッ、パンッと火薬が爆ぜるような音が響いて照明が一斉に消えた。
 ややっと驚いて、あてずっぽうに目を泳がせる。なにも見えない。星明りもない闇の中にいる。石垣の鈍い照り、芝生のささくれ立った感じ、それらが皆闇に呑まれてあたかも深夜の押し入れにぶちこまれたようだ。
 ライトの故障か? 停電か? なんだかしらないが、これでは動けない。そのうち復旧するかもしれない。脱出ルートがあることは分かったから少し待ってみよう。
 気づけば、娘の気配がない。息づかいも感じられない。離れたところにいるのか? あいつはなにがしたかったのだ? 最近は夜でもああいった頭のおかしいガキがうろついているから怖くて出歩けやしない。

 救急車のサイレンが鳴ったような……。いやに排気ガス臭い。エンジン音がやかましい。地響きが起って風が巻く――。
 星か? いや、もっと大きい。あちこちに光るものがぽつぽつと出てぼんやり明るんできた。
 高いところがまぶしい。オレンジの温かい照明。ガソリンスタンドだ。その手前には車のヘッドライトとテールランプがひっきりなしに行き交っている。ガードレールと一旦停止の線が信号を受けて青い。
 俺はバイパス路肩のアスファルトに尻をついていた。緑ヶ丘東の坂をおりてすぐの歩道上。崖を背にしてひざを抱えている。
 どこへ消えたのか、娘がいない。
 右手に塾の看板が見える。さっきあの前を通過したはずだが……。
 どうやら心労が頭にきているようだ。死よりも厄介なものに見込まれたのかもしれない。こんな状態で夜中にうろついていたら危ない。ひとりぼっちで家にいるのは耐え難いが、しかたがない。帰って呑んで寝ちまおう。明日、お札を買うついでに神主にお祓いをたのんで、それでも不可解な現象が起こるようなら引っ越すまでだ。家屋は古いが土地を売れば中古マンションくらいどうにかなるだろう。
 標識のポールに手をやって力なく起ちあがった。
 暗いのぼり坂へと足をむける。
 左の崖はつる草やら滲みやらが気持ち悪いから見ないようにしてサンダルの足を運ぶ。
 ミントの飯をたらふく食わされたせいか、芯から冷える。
 のぼりはじめたばかりなのに下っ腹が張ってきた。小便が出そうだ。家までもちそうにない。
 幸い人通りがないし、右側には草が生えている。ここらで、さっと済ませてしまおう。
 崖が目に入るといやだから光の川と化した大通りを見おろすかたちで右端の草深いところへ立った。あやまって急斜面を転がり落ちないよう足首でバランスをとりつつ用をたす。
 さほどきばらずにちょろちょろと出た。だがキレが悪い。つきるまで出るにまかせる。
 無防備なサオ先を微風がなでた。
 ふと、これがミント味の尿だったら……などと、常人には考えも及ばないことを想って股間を寒くした。この杞憂が怪談のイメージを呼び寄せる。
 雪女の排泄とはどのようなものだろう? 吐息で人を凍らせるほどだから腸も膀胱もさぞ冷たかろう。吹雪の中、つきたての餅のような白い尻からつららと見紛うばかりの透きとおったやつをひるのではなかろうか? それはそれで美しいだろうな――。
 厄介なものを免れようと下劣な妄想に衰弱した心をあずけた。が、それもつかの間、突然起こった絶叫にあっさり破られた。 
「ウギャアァッ」
 十九の夜、駅のロータリーに響いた悲鳴が耳に甦る。
 凄まじい悪寒に首をすくめて声がした左のほうを見あげた。
 極太のつららに肛門を貫かれたみたいに筋が締まってのけ反った。
 坂の上に獣がいる。ひとつ目がキラリと光る。いや、高台を照らす街灯の逆光に沈んで真っ黒だから獣だかなんだか分からないが、瞬きをゆるさぬ殺気。
 慄いて息を止め、さらに眼をこらす。朦朧としたシルエットがみるみる大きくなる。人とかわらないまでになった。
 逃げたいのだが、金縛りに遭ったがごとく四肢がいうことをきかないからサオをしまうことすらかなわない。
 進退きわまって呼吸を荒くしていると、バケモノがおぞましいくも冷ややかな光線を放ちながら俺を狙いすましたかのように猛烈なスピードで滑りおりてきた――。



 <田中侑人>

 中学校の門を出かかったところで、ふいに両耳をさわられた気がした。
 反射的に首をひっこめて素早くふりむいたけれど手がとどきそうなところにはだれもいない。
 校舎の青味がうすらいだ窓ガラスに日はななめ。どこかでトランペットがしりあがりに鳴った。
 涼しい風になでられたか? それとも気のせい? 
 ぼくの耳が過敏になっているのだろうか? 他の子よりも小さいのに……。
 南門を後にしたら右の路肩に若菜が落ち葉を踏んでいる。着ぶくれたような上下赤のスクールジャージ姿。住宅街の散らかった背景に溶けこもうとせずにどこを見ているのかぼんやり。授業中ひとつに束ねていたはずの長い髪をもうほどいている。部活のない日らしい。
 右へ方向転換する身体の動きにあわせ、不自然にならないよう視線をうつす。
 小太りのシルエットを左にとどめて日が差してくるほうへ進むと、彼女が片手をうなじに差し入れて羽虫を追いはらう感じに髪を後ろへ流した。つづけてなにかを探すそぶりでこちらへ首をめぐらせる。
 頭の動きが止まった。
 とたん、ぼくは歩調を乱した。
 二年生で同じクラスになってから半年間、この想いを読まれてはならない、動揺を悟られてはならないという一心で神経をつっぱってきたのに、両肩をしめつけられるように身が縮こまって、それでいて顔を背ける勇気もなく、おどおどとして伏し目がちに彼女の前を通りかかる。
 そこへ、
「ちょっと」
 やっと耳にとどくほどの細い声。
 幻聴ではないようだが、それでも、まさかな、と疑いながら、君がいたなんて気づかなかった、といったふうにあざとく頭を左へやったら、なにか言いたげな小さな瞳がにこり。胸のところで手まねきをしている。 
 スニーカーが重くなった。
 情けないほどギクシャクし、ジジイみたいな歩みで寄ってゆく。むこうの顔もまともに見られない。脈打つ鼓動が恥ずかしすぎて悩ましい。
 フローラルの香りがとどいたところで足を止め、男子らの習慣にしたがい愛想をおさえて「なに?」と問いかけた。
 彼女は自信にみちたような上目づかいで、はっきりと「手、出して」
 ぎこちない動きで言われるままにしたら清涼タブレットを数粒、てのひらにトントンとやってくれた。
「あ……りがと」
 かすれ声で礼を言うと、若菜は鼻から息をぬくようにして口元をゆるめる。
 こっちは笑みを返すほどの余裕もない。
 再び筋張った脚で歩きだす。
 肩をすぼめていた。彼女の目から放たれたところで気がついた。
 右手の内に白い粒が五つ。軟弱をわすれようといっぺんに口へいれた。
 動悸がおさまるのを待たずに舌の上でシャリシャリころがして、より深く味わうために上あごへ押しつける――と、唾液に溶けだしたのがピリッときた。ストロングミント。数種類あるなかでもっとも刺激が強いやつだ。
 口をあんぐりして、ひとりパニック。粗びきのコショウを大量に食ったみたいに舌がひりつく。吐き出したいのだが、若菜のプレゼントだからもったいない。 
 思いきってありがたく飲みこむ。冷たい刺激が食道をくだる。ひと粒づつにすればよかった。
 あまりに辛かったからいじわるされたのかと疑ったが、そうでもなさそう。彼女はいつも黒いパッケージを携帯していた。やっぱり好意でくれたのだ。
 若菜を好きになった理由は分からない。しまりのない体型で目も細いから容姿が好みというわけではない。人柄はどうかというと――タブレットをもらっておいてもうしわけないが、他の女子とのからみを観察しているかぎりとくに明るくも優しくもなさそう。だから彼女の魅力を説明しろといわれたら困ってしまう。ただ、<存在感>というのか、不思議と他の面影をかすませるパワーが彼女にはあった。若菜の魅力は、<若菜であること>だろう。そうとしか言いようがない。
 背筋をピンと張っただけで背丈が数センチのびた気になったぼくは、西の高台へとつづく郊外の細道をふわついた足取りでたどってゆく。
 そのうちにミントの刺激がうすれてきた。なごり惜しくなったころ消防署にさしかかった。すると目が横へすべって壁の掲示板にあたった。
 ガラスの内側に暖色のポスター。
『秋の防災週間10月23日~11月5日。火のもと確認、火事が起ってからではおそすぎる』
 気がとんだようになって、よろけかかった足を止めた。 
 朝、自宅げんかんのドアにかぎをかけた記憶がない――。
 もしも施錠をわすれていたら、それを父さんに知られたら、スナップをきかせた平手で頭をたたかれる。そうしていつものセリフ。
「侑人は( )もできないのかっ」
 ( )の内容は状況に応じて変化する。今回は(戸じまり)だろう。
 それだけですめばいいけれど、どろぼうに入られていたら、と思うと気が気ではない。父さんは職場から、母さんは旅行先から、すっ飛んで帰ってくるだろう。警察もきて大さわぎになる。
 アニメ『名探偵サトシ』によると、空き巣は証拠を消すために放火をすることもあるという。
 消防車のサイレンは耳にしていないが、だからといって安心はできない。室内でくすぶっているかもしれないから。ドアを開けたとたん猛火や黒煙に襲われるかも――。
 若菜に声をかけられたときの緊張は後に希望を呼びこんだのに、今は不安だけが募る。
 ダッとかけだして先行の生徒らを追いこした。
 胸さわぎが止まらない。なんとかしずめようと、午前七時三十分前後の記憶をさぐってみる。
 出かけにドアを開閉したことはたしかだ。けれど、天気予報によると今日はおおむね晴れだとか、母さんの帰りは明日の夕方になるとか、そんなどうでもいいことばかりおぼえていて、ロックしたかどうか、そこだけがぬけ落ちているから歯がゆい。
 そういえば、外出先から自宅のようすをスマホで確認できるシステムがあるらしい。いつか父さんと母さんが話していた。さっさと導入すればよかったのに。
 汗ばんだ長そでの白Tシャツがアンダーシャツごと肌にまとわりついて腕のふりをさまたげる。ネイビーのハーフパンツは上げてもすぐにずり下がる。リュックが脚の運動からちょっとおくれたタイミングで左右にゆれてわずらわしい。
 バイパス脇のガソリンスタンドが見えたところで上級生らにゆくてをふさがれた。数名の男子と女子が道幅いっぱいに広がってだらだら歩いている。学校の紋章がうすれかけたリュックに飛び蹴りをくらわせてやりたくなる。
 やつらのせいでバイパスの赤信号につかまってしまった。
 車が行き来するむこう側には灰色のがけがそびえている。高さは三階建ての校舎くらい。できるものならあの上へとびうつりたい。
 黄色い凸凹を足のうらに感じつつ歩道橋がないことを呪う。ぼやいているうち青になった。
 前のめりの大またで渡りきってがけの下につきあたる。歩道沿いに左へ折れてすぐに右ののぼり坂へ。がけを南西側から迂回する。
 30mも行かないうちに息が切れてペースが落ちた。太ももの筋肉が痛む。ほとんど歩いている。
 右は斜面が続いてつまらない。でも左には住居がある。人の往来がある。
 正面からかわいくない小型犬をつれたおじさんがガニ股でおりてくる。背後からサッカーのユニフォームを着たど短足の若い男に追いぬかれる。道ばたでは目つきのおかしい女児がふてくされた顔でなわとびをしている――。
 こうしてみると、みんな少し変だけど、それぞれ平和に暮らしているように思える。
 大げさに考えすぎたようだ。盗難や火災は思いすごしだろう。『名探偵サトシ』はミステリーだから毎回事件が起こるけれど、ふつうに生活している人が凶悪な犯罪に巻きこまれることなんてそんなにない。自分はかぎをかけ忘れた、それだけのことだ。
 坂をあがりきったらブロック塀にかこまれた辻にでた。
 角を右へ折れて普通乗用車がやっとすれちがえるほどの舗装路をゆく。その左側の道沿いには六けんの民家が南をむいてならんでいる。
 一けんめ、二けんめ……。
 三けんめの二階、自室の窓が目にはいったところで進行方向から軽トラックがやってきた。宅配便だ。
 路肩へよけてやりすごす。すると胸が冷たくざわめいた。
 もしもるす中に宅配がきていたら――そいつが悪いやつで、ロックされていないのをいいことに変な気をおこしていたら――。
 こう考えたら、さっき坂ですれ違ったやつらもなにかしでかしそうな油断のならない悪人に思えてきた。
 リュックのショルダーベルトを引きしめて走りだす。
 道ばたで弾みをつけてコンクリートのドブ板をとびこし、庭の土を両足でザッと踏んだ。
 げんかんへと続く通路以外はあせた芝生におおわれている。
 自動車二台分のスペースをひと息につっきってドアに体当たりする勢いでかけ寄った。
 ブロンズ色の扉は傾いた西日を左から受けてにぶくかがやき、同色の枠にぴっちりとおさまっていた。
 身をよじるようにしてリュックをおろし、開閉のじゃまにならない軒下の右はじへ置く。
 キーはまだ出さない。まずはロックされているかどうかをたしかめたい。
 ドアの前に立って横をむいた棒状のノブとその下の丸いかぎ穴をにらみつけた。
 ステンレスの把手は目立つ傷もなく手油でくもってもいない。
 そうっと右手をかけた。冷たい。時計回りに下ろす。なめらかに四分の一回転した。ドアの内部でスチャッと絶望的な音。腕のすじがこわばる。
 めげそうになったが息を深く吸って次の動作にうつった。
 にぎっている手を胸の方へゆっくりと引きつける。
 ノブは視界いっぱいの扉を連れて腕の動きにしたがった。左側が厚みのぶんだけすうっとあいた。
 思わずまぶたをとじた。長いため息がもれる。
 緊張がゆるむ間もなく最悪の事態に思い至って目をあけた。
 ノブから手をはなさずにすき間へ頭を入れ、なに事もないようにと祈る気持ちでうす暗い空間をうかがう。
 緑のサンダル。
 いきなり目についた。ホームセンターで売っているおっさん用のやつだ。つやのないグレーの床面にあってひときわ目立っている。脱ぎっぱなしといったふうにつま先を奥にし、かかとの下部は砂ぼこりにまみれている。
 他は見あたらない。親は、はかないものを壁ぎわのくつ箱にしまうからふたりのものではない。そもそも見おぼえがない。
 家族以外のだれかがいる――。 
 ぼくの知らない間にあがりこんでいる――。
 悪い予感が現実味をおびてきて息がつまりそうになる。
 あけるとき以上にかたくなった手でドアをしめた。
 父さんに連絡すべきか? それとも警察を呼ぶ? 同級生でトークなかまでもある翔太の四角い顔も浮かんだけれど、やつはホラー好きだ。恐ろしい都市伝説にむすびつけるにちがいないから、今はからみたくない。
 落ちつけ、よく考えろ。
 サンダル?
 盗みをはたらく者がサンダルでくるか? 宅配の人でもはかないだろう。
 どろぼうの可能性は低くなった。……となると、なに者だ? 
 親せきのおじさんとか? だとしたら父さんから連絡があるはずだが……なにもきいていない。
 通話で父さんに訊くとかぎをかけわすれたことがバレる。親せきがいるのならどうせ知られるけれど、そうじゃない場合もありうるからへたに動かないほうがいい。
 ともかく中に人がいるということは火災は起っていないと考えてよさそうだ。
 ふいに背後でバイクの走行音がした。びくっとなってふりかえったが通りすぎた後だった。 
 アスファルトと草むらが紅味を増している。
 もたもたしていたら日が暮れてしまう。なんとかしてあの持ち主をたしかめたい。でも足がすくむ。逃げだしたい。
 そうだ、いざとなったら通りまで逃げて大声で助けをよべばいいんだ。それからなんとでもすればいい。
 リュックからスマートフォンを出してハーフパンツの右ポケットに入れる。リュックは逃げるときじゃまになりそうだからその場に置いておく。
 息をととのえ、ドアを顔の幅にあけた。
 あやしいやつが出てきたら反転ダッシュする気がまえで、「ただいまぁ」と呼びかけてみた。
 うす暗いろうかの奥を凝視する。動くものはない。耳をそばだてる。物音ひとつしない。 
 だれもいないのか? そうならこのサンダルはなんなんだ?
 静寂に浮足立つ。思いあたるものがなにもなくて気が遠のいてゆく。
 自分の目でたしかめるしかないようだ。
 背を丸めた中腰で息を殺し、ひっそりとしたげんかん内に踏みこむ。
 数メートル先のつきあたりはクリーム色の壁で左曲がりになっている。
 正面から目をそらさずにドアを後ろ手にしめる。 
 かかとのひしゃげたサンダルが不気味に存在をアピールしている。あちこちに細かいひびが入ってはきつぶす寸前といった感じ。
 避けるようにして右側へ寄る。スニーカーの内側をこすりあわせて脱ぎ、うす汚れたソックスの足で手前の板を踏む。 
 木目のプリントがリアルなつるつるしたろうかに立ったところで奇妙な臭いをかぎつけた。
 鼻の奥に意識を集中させる。遠足で行った漁港の舟だまりのような……。
 突然、とんでもない思いちがいをしているような気分になった。
 ふんいきがなんとなく変だ。もしかして他人の家では? 
 いや、そんなはずはない。四つ角から三けんめであることをちゃんと確認した。
 だったらこの異臭はなんなのか?  
 いつもは母さんがそうじのときに窓を全開にする。ところが今日は一日じゅうしめきっていた。きっと生ゴミの臭いがこもったのだろう。
 原因が分かればどうってことはない。気をとりなおして奥へとすすむ。
 右はリビング。木製の開き戸はしまっている。
 左は居間だ。すりガラスがはめられたしょうじ風の引き戸がろうかとを仕切っている。左手前、柱との間が五センチばかりあいている。
 反射的にすき間へ顔を寄せ、右目でのぞいた。
 たたみの一部が細長く見えた。奥はガラスが入った木わくの引き戸がつぎの間をかくすように互いちがいにしめきられている。
 そこから右へと視線をずらす。
 思わず歯をくいしばった。柱の角にそえていた左手の親指がぐっとつっぱって視線の移動にブレーキをかけた。
 人がいる。
 男があおむけに横たわっている。
 短い白髪が耳の上にうっすらと見られるていどのつるりとした頭を奥にし、灰色のシャツをつけた胴のわきに右うでがだらり。黒いジャージの両脚と紺の靴下をはいた足裏をこちらへむけている。とじた両まぶたは左右に離れ、その下に高めの鼻。シワが寄ったへの字口をだらしなくあけている。
 顔の半分はかげになっていてよく見えないが、それでも小柄な体格としまりのないりんかくが記憶にある人物像とむすびつかない。
 例の臭いがぶうんとした。さっきよりも強い。 
 額がピリピリして目の焦点があわなくなった。舌のつけ根にこげたシャケの皮がくっついたような生ぐさい苦味を覚えてツバをのむ。こめかみに鈍痛をおぼえる。 
 くっと息をつめ、のけぞるようにして頭をひっこめた。
 ろうかの壁に背中と両のてのひらをぴたりとくっつける――が、ひざの支えがきかずにそのままズルズル。床に腰をおとした。
 汗ばんだ両脚を投げだしてへたりこむ。涙があふれてくる。 
「マジかっ。アカン、これはアカン」 
 意味のない言葉を口の中でくりかえす。
 ふるえの止まらない口をむりにひらいて小刻みに空気を吸う。胸がつぶれそうだ。
 とても起ち上がれそうにないから床をトカゲみたいにはってスニーカーの手前まで行き、われに返ったんだかなんだかわからないうちに体を横へかたむけてポケットのスマホをつかんだ。
 父さんに――。
 すると、あせり狂った胸にべつの不安がおこった。
 父さんはおどろいて帰ってくるだろう。その途中で通報するはずだ。となると、第一発見者のぼくが警察にあやしまれないか? この状況だと、帰宅したところへハチあわせた不法侵入の老人を襲ったと思われかねない――。
 中学生だからといって警察はスルーしてくれない。父さんがぼくの言いぶんを信じてくれるかどうかも疑わしい。
 息が荒くなる。そで口で涙をぬぐって鼻をすすり、『名探偵サトシ』にすがりついた。 
 こんなときサトシならどうする? まずは状況を整理するだろう。
 スマホで時間をチェックする。<16:21> 
 帰宅が午後四時二十分だったとして、そのときげんかんドアは施錠されていなかった。そうして居間には身元不明の死体があった、と。
 手がかりは――死体とサンダルか。 
 死因はなんだ? 血は流れていなかったようだ。
 病死? だとしても見ずしらずの宅で死ぬのは不自然だ。
 ……もしや、殺人?
 まさか、父さんが?
 いや、いや、ちがう。父さんがそんなことをするはずがない。
 じゃあ、だれが?
 首をしめられた跡なんかあったか? なぐられた? 毒殺? それにしては顔つきがおだやかだったような。
 ガラスは割れていない、服も乱れていなかった。争った様子はなさそう。とすると……よそで殺されて運びこまれたのか? 
 そうなら犯人は車を使ったと思われる。……あっ、さっきすれちがった宅配便があやしい。大きなダンボール箱に死体を入れて持ちこめばごまかせる。しまった、運転手と車のナンバーを撮影しておくんだった。
 サンダル――犯人がはだしで帰るとは考えにくいから、被害者のものだろう。ならばこの家で殺されたふうを装った演出か? 
 しかし、なんのためにこんなことを? 父さんか母さんにうらみをもつ者のしわざだろうか? 両親はややこしいトラブルに巻きこまれているのか? 
 だんだん読めてきた。理由は不明だが、どうやら犯人はぼくら家族に罪をなすりつけるつもりらしい。
 でも、そうはいかない。警察の捜査力をナメてはいけない。昔話しじゃあるまいし、今どきこんな工作が通用するはずがない。
 そうだ、そうだった。ぼくが疑われるにしても一時だ。ずっと学校にいたのだからアリバイはある。警察は死亡推定時刻を化学的にしらべてくれるはず。彼らの捜査能力と父さんの判断力を信じよう。
 父さんに、早く――。
 スマホの画面に指先を落としかけた。
 そこへ、すうぅっと、ノートパソコンの排熱ファンがまわるような音。居間から聞こえてくる。
 床をはってもどり、戸のすき間からのぞく。
 おじいさんを見るとシャツのヨレたえりもとが上下している。注意していないと分からないほどゆったりとしたテンポだ。ふたつに折った黄土色の座ぶとんをまくらにしている。
 生きている……。
 ほっとしてろうかの壁に背をつけた。
 なんだ、寝てたのかよ。さっきの名推理はなんだったんだ?
 スマホをポケットにしまって長い息を吐く。自分のそそっかしさにあきれて笑いそうになった。
 こういうのをなんと言うんだっけ? ……とりこし苦労、だっけか? 泣いてそんした。でも生きていてよかった。
 なにがよかったんだ? もうすこしで警察がきて大はじをかくところだった。天然ボケは一回だけなら笑っていられるけど、なん回もつづくと自分のことながら不愉快だ。
 もとはといえばあいつのせいだ。いったいだれなんだ? なんで知らないじいさんがぼくの家で寝ているんだ?
 引き戸を十センチくらい開けて観察する。
 まぶたがやけにはれぼったい。おじいさんの右奥に和机がある。上には封があけられたビール缶。その奥にもなにかごちゃごちゃしているが缶のかげになってよく見えない。
 酔っぱらいか? 
 勝手にあがりこんできたうえにここでも呑んで酔いつぶれるとは……ひどいジジイだ。こいつさえ侵入してこなければ今ごろ若菜とのイチャラブを想像して楽しく過ごしていただろうに……。ぶんなぐってやりたい。
 いや、なにもなぐることはない。ジジイは酔っているだけだ。目をさましてやりさえすれば他人の家にいることに気がついて出てゆくだろう。
 でもどうやって? ゆり動かしてみようか? だめだ、止そう。目がさめたからといって酔いもさめるとはかぎらないし、凶暴な性格かもしれない。そんなやつにからまれるのはいやだ。 
 思いあぐねていたらおしっこをしたくなった。
 トイレはろうかをつきあたって左の奥。そこで用を足しているときにやつが起きてきたら逃げ道を失うことになる。
 庭ですまそうとげんかんを出た。
 リュック右横の、ひさしを支えている鉄柱の根もとになにかある。
 小さな赤いバケツと、その中に黄色いシャベル。どちらも100均のガーデニングコーナーで見かけるものだ。母さんが買ってきたやつらしい。
 ジジイを起こす方法を思いついた。
 さっそく実行にとりかかる。 
 バケツの前にかがみ、ハーフパンツの左すそをたくし上げてチンポをひっぱり出す。それからシャベルにねらいをさだめて放った。うす黄色の小便がへこんだところを音もなく伝いくだって底にたまった。
 ゆびさきでチンポを軽くふってからしまって、シャベルをのける。そこへマグボトルに残っていた緑茶をたした。400mlくらいになった。
 底が赤いからか小便まじりのお茶がにごってみえる。
 片手にバケツをぶらさげ、レアなアイテムをゲットして意気揚々と妖獣のすみかをめざす勇者の気分で家に入った。
 ろうかからうかがうと、ジジイはあいかわらずの死んだような寝顔。角度によっては、はにかんだカエルに見えなくもない。
 引き戸を静かにあけ、すり足ですぐそばまで寄ってみたが目ざめる気配はない。
 標的をロックオンしたぼくは憎しみのこもった左手でバケツの把手をつかみなおし、活力みなぎる右手を底にあてがうと、ジジイの腹から顔面にかけて叩きつけるように浴びせかけた。
 バケツのしずくを切る間も惜しんで素早くろうかへとさがる。引き戸を数センチ残してしめ、すき間からのぞく。
 ずぶぬれのジジイが低い声でうめきだした。なにかにしがみつくようなしぐさで宙をかき、テカった顔を両手でこする。
 ザマアッ。
 声を出さずに笑っていたら、やつがたたみに片ひじをついた。むっくりと頭を立てる。
 まずい、ここにいたら見つかる。  
 身の危険をさっしてげんかんの外へと避難した。
 ドアをしめる間ぎわにうろたえたような声がした。まだ寝ぼけているらしい。
 道をへだてた南側の草むらにかくれて出てゆくところを見とどけよう。
 バケツをもとの場所に置き、横のリュックに手をのばす。左肩だけ引っかけて背すじをのばした。
 するとドア右の外壁にプラスチックの小箱。インターフォンだ。
 しまった。帰ってきたときにさっさと鳴らせばよかった。しつこく押していればジジイを起こしてくれただろうに。スマホを使って外から固定電話を鳴らすという手もあった。そうしていれば小便をぶっかける手間もはぶけた……。なんでこんなことに気づかなかったのか……。
 今からでもおそくはない。やつの目を完全にさまさせてやる。
 ひとさし指を消しゴムほどの角ばったボタンへとのばした。と、その指が止まった。 
 インターフォンの上に木製の表札。
 どう見ても<鈴木>と彫られている。ぼくは田中だ。
 はっとして視線を右へ流す。のき下に革靴と長靴が虫干ししてある。庭の奥にぼくと母さんの自転車が見あたらない――。
 自分は校区内にある緑ヶ丘アベニューの中古住宅へ引っこしてきたばかりだった。それが先週末のことで、三日後の今日、ここからはじめて登校した。
 周辺の家々はどれも白っぽい壁に茶色の屋根、おまけに構造まで似かよっていたため、下校時に自宅とまちがえて西のお宅へ。
 まちがいに気づくまでは<坂をあがって四つ角から横へ三けんめ>と確認したつもりでいた。けれど坂と辻は自宅をふくむ六けんの民家をはさんで東西に二か所あった。東の辻から左へ数えて三けんめが自宅だったようだ。自分は西側の坂をあがってきたため西の辻から右へ三けんめの鈴木宅をおとずれてしまった。
 ドキドキがおさまらない。かんちがいが目まぐるしくて吐きそうだ。
 大あわてでジジイ宅を後にした。あえぎながら表の通りへ。
 そのまま自宅に入りかけたが念のために仕切りなおそうと思って素通りし、東の辻まで走った。
 見はらしのよいさら地に自動販売機。カラフルな光に救われる。
 あたたかい紅茶を立ち飲みする。ちょい早めの夜風に髪を乱された。汗でしめったシャツが冷たい。
 ひと息ついたところで、虫の音が騒々しいがけっぷちから中学校のほうを見おろした。
 正面の坂をくだったところ、南北に走るバイパスには強い光が流れている。それより東は自分が立っているがけの陰に沈みかけている。 
 住宅街をふりかえると、こっちは路面が照り残っている。右側に街灯と窓明かりがぽつぽつ。 
 それにしても……なんで西側のルートを選んだのだろう。東の坂をのぼったほうが近かったのに……。よくわからないが、自宅をまちがえるなんてなさけない。将来探偵になりたいと思っていたけれどこんな調子じゃむりだ。あきらめよう。いや、緑ヶ丘に移って間もないから混乱しているだけかもしれない。
 うっかりしていたとはいえ、ジジイには悪いことをした。あいつ、今なにを思っているんだろう? 酔って寝ていたからわけが分からんだろうな。それでも心の中で謝っておこう。ごめん。
 うしろめたさを乾いた笑いで散らしていたら、足もとに枯れ葉が数枚わさわさところがってきた。
 あき缶を回収ボックスへすてる。
 頭上の低いところにたわんでいる電線がゆれだした。

 こんどはまちがえない。東の辻から三けんめ。スマホで位置情報をチェック。
 センサーつきのLEDライトがまぶしいげんかん前に立ち、あらためて表札を確認する。
 つややかな黒石の板に銀字で<田中>とある。まぎれもなくぼくの家だ。
 外灯の光を受けたドアがメタリックに光っている。慎重にノブをまわす。
 音がしない。ちゃんとロックされていた。
 解錠してドアを手前へ引き、顔を傾けてがらんとしているであろう内部をのぞく。あやしいはきものはない。いやな臭いも、変な音もしない。
 異常なし。
 やっと帰ってきた。

 父さんの帰りはおそくなる。さっきそう言ってきた。
 指示されたとおり、キッチンで冷凍食品を温めて食べる。熱いドリンクを飲む。
 午後六時十八分。
 母さんはホテルに着いただろうか?
 バスツアーの先は有名なお寺がある遠くの山深いところ。おばあちゃん、つまり母さんの母親の骨を納めに行ったのだ。
 ひっこしてすぐに行かなくても、と思ってきいたら、日程はお寺のつごうで決まっていたらしい。せっかくだから帰りに途中下車して学生時代の友だちに会ってくるという。今夜はホテルに泊まり、帰宅は明日になるそうだ。
 おばあちゃんはガンが見つかって半年くらいで亡くなった。
 正直、死んでくれてせいせいした。小学生のころまで町内にあるおばあちゃんの家(母さんの実家)でときどき顔をあわせていたけれど、苦痛だった。
 おばあちゃんは、自分こそは頭がよくて絶対に正しいと思いこむ病気らしく、いつもバカみたいにいばっていた。また、きかれてもいないのに自慢話をしたがる。それでいて、よくかん違いをして変なことを言う。無知やまちがいを指摘されるとしれっと話をそらすか、逆ギレする。ぼくらに食ってかかってくることもあった。
 それだけじゃない。お酒を呑むと離婚したおじいちゃんや若いころに関わった男の人の悪口を言う。母さんによると、かなり妄想がまじっていたようだ。
 志郎という人から一方的に暴力をふるわれたと涙ながらに語ったことがある。車で迎えに行ってあげたら殴られたと。もちろんぼくと母さんは信じない。きっとおばあちゃんがその人を怒らせるようなふるまいをしたのだ。
 自分の性格がクソなせいで嫌われたのに反省しようとしない。つごうの悪いことはぜんぶ他人のせいにする。
 見かねた母さんが心の病院を受診するようすすめたがダメ。激怒したらしい。
「傲慢で過剰にいばりくさってることじたいが異常なのに、本人が狂気を認めないからどうしようもないよ。自信過剰で自分は優秀だからいばるのが当然だと思ってるっぽいんだよね。重症だわ」
 母さんは父さんにそうぼやいてうなだれた。父さんはキッチンのテーブル越しに顔をしかめていた。
 おばあちゃんは機嫌がいいときでも、にこやかな表情や言葉に愛嬌というのか、温もりというのか、こちらの心を和ませるものがない。
 口が悪くても温かみのある人はいる。辛口でも冗談好きな先生や、毒舌をウリにしている人気お笑い芸人はそんな感じだ。だから、ぼくらは笑っていられる。
 同級生の翔太も同様。「アホ」とか「カス」とかキツイことをいってくることがあるけれど心底むかつくことはない。カチンときても翌日まで尾をひかない。
 だけど、おばあちゃんにはそういったものがない。なにからなにまでひたすら寒々しい。
 それだけじゃない。たまにオヤジギャグみたいな年寄りくさい冗談をとくいげに放っていた。そんなとき、ぼくと母さんは顔を見合わせてうつむくしかない。それなのにお笑い芸人が仕切るトーク番組を観て「くだらない。おもしろくない」と偉そうにダメ出ししていた。
 本人はこういった欠陥に気づいていなかったようだ。だから死ぬまで見苦しくいばっていられたのだろう。
 なにかのついでにおばあちゃんの部屋をのぞいたことがある。大きな本だなに古くさい少女マンガがぎっしりつまっていて気持ち悪かった。
 帰ってきて母さんに伝えたら苦笑いしていた。
「マンガ家になりたかったんだってさ。おばあちゃんが描いたのを高校生時代になんどか読まされたよ」
「あんなつまらん人が? どんなマンガだった?」
「まあ……絵が上手だから見栄えはよかった。プロみたいにちゃんと描けてはいるんだけど……なんていうか、登場人物がギスギスしてて感情移入できないんだよね。で、読んだら感想をきかれるわけ。正直に言ったら怒るでしょ? だからあぶら汗浮かべて思いつきのおせじをならべた。そうしたら、『大人の恋を知らないくせに、なまいき言うな』ってバカにされた」 
「キメェなぁ」
「でもねぇ、おばあちゃんも好き好んであんな醜い性格になったわけじゃないだろうから……そこは分かってあげないと。せめて私らだけでも……。生み育ててもらった恩もあるし、血がつながっているし。……考えてみたらかわいそうな人だよ」
 かわいそう? 
 家族や友だちが風邪をひいていたら、かわいそうに思う。でも、至近距離でこっちをむいて咳をゲホゲホやられたらたまらない。そんなことをされたら、「あっちをむいてくれ」「マスクをしてくれ」「病院へ行け」と怒りたくなる。
 おばあちゃんは烈しく咳きこんでいるのに自分が風邪をひいていることに気づかないし、認めないから大迷惑だ。
 あんなやつとおなじ血がぼくの体内をめぐっているのかと思うとウンザリする。できるものなら入れ替えたい。母さんにそう訴えたら、口をむすんで涙ぐんだ顔を背けた。
 たしかに、おばあちゃんは母さんを生んで育てた。おかげでぼくがいる。でも――だからなんだっていうんだ? それがどうした? 感謝なんかしない。いやな気分をいっぱい味わったからチャラにもならない。それにおばあちゃんが病気なのはぼくらのせいじゃない。
 その後、母さんは『変身』という小説がどうのこうのと難しいことを言っていた。でも、よく分からなかったから聞き流した。
 お寺の行事はこれからもつづくそうだ。なんだかしらないけど、もうナシにすればいいと思う。クソババアのことはこれを区切りにわすれたい。骨なんかドブに捨ててしまえばよかったのに。
 そのうち母さんから連絡があるだろう。「お寺に行ってきたよ。ホテル着いたよ。そっちは変わったことない? ごはん、ちゃんと食べた?」って、明るい調子で。そんなことはTwitterでじゅうぶんなんだが、どうもぼくの声を聞かないと安心できないらしい。
 ぼくから報告することはとくにない。よけいな心配をかけたくない。

 食器をかたづけていたらスマホがふるえた。母さんと思ったら翔太だ。
「なに?」
「家か?」
「おう。晩めし食ってひましてた」
「ふうん。でさ、学校で教えてやったサイト読んだか?」
「まだ。それに、俺、ミステリーは好きだけどホラー系きらいだし」
「ヘタレだなぁ」
 ホラーゲームのアプリにハマっている翔太推しのネタはキモいしうそくさいから苦手だ。でも弱虫呼ばわりされるといやだから、「じゃあ、読んでみるわ」と返して切った。
『〇〇地方の伝説集』をスマホで開いたら活字がびっしりだ。すべてをチェックするとなると一晩かかりそう。
 地元に関するところだけ拾い読みしてみる。
 
『B市の平野部を望む丘陵地(現在のB市西部、緑ヶ丘付近)にはキュウソウという妖怪の伝説がある。姿かたちははっきりしない。人間や動物に化けることもある。性悪でいたずら好き。人にいらぬ不安を抱かせる。ときにはいら立たせる。そうして人々がとり乱している様を見て喜ぶといわれる。江戸時代のものとみられる記録には<急躁>と記されている。
 
 緑ヶ丘から西山へと至る坂道をのぼってゆくと右手に小さな社が見えてくる。
 かつて社の裏には墓石ほどの碑が祀られていた。一文字も彫られていないのっぺりとしたもので、キュウソウ塚といわれた。その下には修験者によって調伏されたキュウソウが封じ込められていると人々に信じらてきたが、昭和初期に起った地震を境にして忽然と消えた。2017年10月現在は更地になっている。

 キュウソウを侮るなかれ。
 新美南吉の『手袋を買いに』を読み給え。母狐を見よ。とり乱す者は最愛の我が子でさえも窮地に追いこんでしまう。
 
 昔、何某という男が山菜を採りに丘(緑ヶ丘)から西山へはいった。
 夢中になって採っているうちに日が傾いた。
 暗くなった獣道のひとり歩きは危険なので、その夜は空小屋に泊まることにした。
 ところがこの裏が深い谷川で、せせらぎならまだしも轟々と唸って持参した酒の力をかりても寝つけない。
 悶々としていると渓流の音が女の笑い声にかわった。それも大勢である。さらには、どこからか薄荷(ハッカ 日本のミント)の甘ったるい香り。
 狐狸の仕業だろうが、いやに神経に障る。むらむらと気が立ってくる。
 がまんならなくなった男は小屋の片隅にあった赤錆びの草刈り鎌を手に裏口を出た。それから忍び足で杉の根をまたぎ、声がする方を狙いすまして投げつけた。
 すると暗闇でキャッと短い悲鳴がして騒がしかった声がピタリと止んだ。
 翌朝、深い眠りからさめた男が谷川をのぞけば、女のように長い黒髪を生やした白い古狸が頭に鎌を受けて死んでいる。
 その異様な姿に震えあがった男はとるものもとらずに村まで下りてきたが、家に入るなりばたりと倒れて患いついてしまった。
 狸はキュウソウの僕(しもべ)で、男はこれを退治したがために祟られたのだと某翁はいう。
 
 秋の日暮れに何某の娘が池のほとりを歩いていると、どこからともなく汚い小僧が現れてにやつきながら後をつけてくる。驚きあせった娘は石を投げつけて追い払おうとしたが、逆に薄荷くさい息を吹きかけられて発狂し、患いついた。縁者らはキュウソウの仕業ではないかと噂しあった。

 日中、行商の男が急ぎ足で家路をたどっていたら薄荷の匂いがして強い眠気に襲われた。どうにも抗しきれないから道端の草むらに寝転がってその場をしのいだ。
 男は一刻ほど横になって夕方帰宅したのだが、その夜突如として乱心し、夜明けを待たずに姿を消した。

 ある午後のこと。娘がくぼ地の畑で草取りをしていると、高い土手のむこうから男の太い声がしてしきりに名を呼ぶ。けれども姿は見えない。声は娘の家が火事だと告げている。驚いた娘はとんで帰った。
 ところが、母屋も離れも馬小屋もなんともない。キュウソウに一杯食わされたのだ。娘は帰る途中でなんども転んだため、ひざやてのひらをひどくすりむいていた。
 
 ある夜。男がひとりで村外れを歩いていると、町娘が現れて親しげに語りかけてきた。花の甘い匂いがするなよなよとしたいい女だったので長々と相手をしていたら気が急いてきて病みついたようになり、後日意味の解らぬことを口ばしって頓死した。』

 これのどこがおもしろいんだ? 昔の都市伝説みたいなものだろう。
『手袋を買いに』って、母子の心温まる愛情物語じゃなかったか? そう教わった気がするが……。
 それにしても……古めかしくてうさん臭くてとても信じられない内容なのに変に気をしずませる。夜中に墓地や神社の近くを通るときみたいに息がつまって身がかたくなる。
 読まなければよかった。翔太に文句を言ってやりたいけれど、どうせ言い負かされるから通話以外で適当に話をあわせておこう。
 LINEを送ろうかどうしようか迷っていたら、救急車のサイレンがけたたましく鳴りだした。バイパスをだんだん近づいてくるようす。
 キッチンの窓ガラスが共鳴しているんじゃないかと思うほどうるさくなって、ふっと止んだ。
 がけ下の南あたり? 事故でもあったか?
 そこらに若菜が通っている塾がある。
 今朝、自動車事後のニュースをみた。どこの街だったかわすれたが、暴走車が歩道に突っこんでなん人か轢かれたらしい。
 不吉な予感がする。若菜の無事を確認したいけれど連絡先がわからない。タブレットをもらったときにきいておけばよかった。
 サイレンの残響が彼女の悲鳴にかわって耳にこたえる。すぐに行かなければなにもかもが手おくれになってしまいそうな、そんな想いにかりたてられる。

 スウェットパーカーのそでに腕を通しながらげんかんを出た。前をしめてネイビーのフードを目深にかぶり、マウンテンバイクの冷たいサドルにまたがってライトをつける。
 最近乗っていなかったせいか、こぎだしのペダルが重い。もどかしさにけつを浮かせ、車体を左右にゆすって夜気に沈んだ住宅街をぐんぐん加速する。段差やへこみで前輪が跳ねてハンドルをとられそうになるが、そのつど重心を移動してバランスをととのえ、ときには靴底を地面にあててねじふせる。
 寒風に背を吹きあおられて高台の東をめざした。
 がむしゃらにつっ走っていると、急なくだり坂を目前にしたところで道ばたの自販機が後方へすっとんだ。
 オーバースピードだ。間にあわない。
 とっさに左右のブレーキレバーをにぎろうとしたけれど指がかじかんでいうことをきかない。あせって、まごついて、ちからまかせに引きつけたら車体がきしんでたちまちつんのめった。がけ下を埋めつくした街の灯が磯を洗う荒潮さながら大ぶりにゆれて眼前にせまる。目がくらんだようになった直後、ブレーキワイヤーが留め具から抜ける感じがして指の腹に反発していたレバーの抵抗がすっとなくなった。

キュウソウの丘 (87枚) ©五月公英

執筆の狙い

よろしくお願いします。

五月公英

124.97.234.184

感想と意見

藤光

読ませていただきました。

うまいですね。
だらだらと訳のわからんことが書き連ねてあるばかりの小説かと、半ばうんざりしながら読み進めましたが、最後まで読んで良かったです。

終盤に至るまで「キュウソウ」が出てこないので、なんだこれは? と思っていましたが、無事に種明かしされてホッとしました。
同時に作中に満ちている、謎の苛立ちや不安感の正体が明らかになる仕掛けも鮮やかです。

物語は平板で面白みがありません。面白くなるのは最終盤ですから、そこまで至る前に読者が離れてしまうかもしれません。
ただ、文章が巧みなので読むこと自体は苦痛にならない。ここは、先は先へと読者の気をそらさない工夫を序盤、中盤に凝らす必要があるのではないでしょうか。

面白かったです。
ありがとうございました。

2017-11-11 08:34

119.104.35.15

五月公英

藤光様

>だらだらと訳のわからんことが書き連ねてあるばかりの小説かと、半ばうんざりしながら読み進めましたが、最後まで読んで良かったです。

退屈させてしまったようで、すみませんでした。
高速で流し読みすると構造や人間関係が解らなくなるような書き方をしたので、それが裏目に出てしまったかもしれません。
半分くらいに圧縮すべきでした。

>終盤に至るまで「キュウソウ」が出てこないので、なんだこれは? と思っていましたが、無事に種明かしされてホッとしました。
同時に作中に満ちている、謎の苛立ちや不安感の正体が明らかになる仕掛けも鮮やかです。

ありがとうございます。


>物語は平板で面白みがありません。面白くなるのは最終盤ですから、そこまで至る前に読者が離れてしまうかもしれません。
ただ、文章が巧みなので読むこと自体は苦痛にならない。ここは、先は先へと読者の気をそらさない工夫を序盤、中盤に凝らす必要があるのではないでしょうか。

ただ、ただ、恥ずかしいです。
それでも最後まで読んでくださってありがとうございました。

2017-11-11 19:56

118.4.2.136

野良猫

どうも。久しぶりです(笑)。
えっとね、長いんでほとんど読んでません(汗)。まあ、たとえ読んでもオレには感想なんて書けないと思うけどね。

>極太のつららに肛門を貫かれたみたいに筋が締まってのけ反った。
 こういう表現、参考になります(秘かに勉強させてもらってます!)。

短いですが、これでご勘弁を(笑)。
まあ、オレが教えることはもうなさそうなので、この辺で失礼させていただきます!
それでは、いずれまた!

2017-11-13 05:39

60.37.162.93

五月公英

野良猫様。

お久しぶりです。

>えっとね、長いんでほとんど読んでません(汗)

それは残念。
↓このあたりまでは読んでいただきたかったです。
が、力不足でした。お恥ずかしい。

 おばあちゃんは、自分こそは頭がよくて絶対に正しいと思いこむ病気らしく、いつもバカみたいにいばっていた。また、きかれてもいないのに自慢話をしたがる。それでいて、よくかん違いをして変なことを言う。無知やまちがいを指摘されるとしれっと話をそらすか、逆ギレする。
 自分の性格がクソなせいで嫌われたのに反省しようとしない。つごうの悪いことはぜんぶ他人のせいにする。
 見かねた母さんが心の病院を受診するようすすめたがダメ。激怒したらしい。
「傲慢でいばりくさってることじたいが異常なのに、本人が狂気を認めないからどうしようもないよ。自分は優秀だからいばるのが当然だと思ってるっぽいんだよね。重症だわ」
 母さんは父さんにそうぼやいてうなだれた。
 おばあちゃんは機嫌がいいときでも、にこやかな表情や言葉に愛嬌というのか、温もりというのか、こちらの心を和ませるものがない。
 口が悪くても温かみのある人はいる。辛口でも冗談好きな先生や、毒舌をウリにしている人気お笑い芸人はそんな感じだ。だから、ぼくらは笑っていられる。
 だけど、おばあちゃんは、なにからなにまでひたすら寒々しい。
 それだけじゃない。たまにオヤジギャグみたいな年寄りくさい冗談をとくいげに放っていた。そんなとき、ぼくと母さんは顔を見合わせてうつむくしかない。それなのにお笑い芸人が仕切るトーク番組を観て「くだらない。おもしろくない」と偉そうにダメ出ししていた。
 本人はこういった重大な欠陥に気づいていなかったようだ。だから死ぬまで見苦しくいばっていられたのだろう。
 なにかのついでにおばあちゃんの部屋をのぞいたことがある。大きな本だなに古くさい少女マンガがぎっしりつまっていて気持ち悪かった。
 帰ってきて母さんに伝えたら苦笑いしていた。
「でもねぇ、おばあちゃんも好き好んであんな醜い性格になったわけじゃないだろうから……そこは分かってあげないと。せめて私らだけでも……。生み育ててもらった恩もあるし、血がつながっているし。……考えてみたらかわいそうな人だよ」
 かわいそう? 
 家族や友だちが風邪をひいていたら、かわいそうに思う。でも、至近距離でこっちをむいて咳をゲホゲホやられたらたまらない。そんなことをされたら、「あっちをむいてくれ」「マスクをしてくれ」「病院へ行け」と怒りたくなる。
 おばあちゃんは烈しく咳きこんでいるのに自分が風邪をひいていることに気づかないし、認めないから大迷惑だ。
 クソババアのことはこれを区切りにわすれたい。遺骨なんかドブに捨ててしまえばよかったのに。

いずれ、↑この部分だけで掌編を書こうと思っています。説明にたよらず、描写で。
ちなみに、おばあちゃん(モグラ)のキャラ設定は↓こちらを参考にしました。
怖いでしょう? 現実にいるんですよね、こういう人。

http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170623-OYT8T50013.html?page_no=2&from=yartcl_page

野良猫様もなにか出してください。

ともあれ、立ち寄ってくださってありがとうございました。

2017-11-13 18:04

118.3.251.138

日乃万里永

拝読させていただきました。

五月様の小説は、始めから感想を寄せようと思いながら読ませていただきました。

現代にも人外や妖怪の類はどうにもいるようですね。
ネットの不思議話を読んでいると、常識では読み解けない事柄がなんと多いことかと興味は尽きません。

キュウソウに騙され操られる登場人物たちの、終始翻弄される姿は面白かったです。

モグラとキュウソウという二つの強力なキャラが出て来ますが、これはまったく関わりのない存在なのか、逆にキュウソウにモグラが乗っ取られたのか、そのあたりが少し読み取れませんでした。

キュウソウという妖怪のエピソードに現代人が取り込まれたのだなとは思ったのですが、五月様がこのお話を通してなにを訴えたかったのか、鈍い私には今一つ意図が汲み取れず、すみません。
女というのは妖怪並みに恐ろしい……ということ?でしょうか。


読ませていただきまして、ありがとうございました。

2017-11-14 19:34

106.160.80.219

五月公英

日乃万里永様。


>現代にも人外や妖怪の類はどうにもいるようですね。
ネットの不思議話を読んでいると、常識では読み解けない事柄がなんと多いことかと興味は尽きません。

興味惹かれますよね。
先人の想像力と人間の内面を見通す洞察力には驚かされます。
キュウソウについては、人類の底にすくっているひとつの<人間技ではどうにもならない邪悪な病>として創造し、扱ってみました。失敗したっぽいけれど。


>キュウソウに騙され操られる登場人物たちの、終始翻弄される姿は面白かったです。

ありがとうございます。
冒頭から鈴木志郎というクソウザい狂人を登場させてしまったので皆さんは拒絶反応を起こされたかもしれません。


>モグラとキュウソウという二つの強力なキャラが出て来ますが、これはまったく関わりのない存在なのか、逆にキュウソウにモグラが乗っ取られたのか、そのあたりが少し読み取れませんでした。

ぼかしすぎました。ごめんなさい。
単純に、モグラ(おばあちゃん)と若菜は、キュウソウの操り人形みたいなものと思ってください。


>キュウソウという妖怪のエピソードに現代人が取り込まれたのだなとは思ったのですが、五月様がこのお話を通してなにを訴えたかったのか(中略失礼)女というのは妖怪並みに恐ろしい……ということ?でしょうか。

誤解を恐れずにいえば、男女を問わず人間は皆少しづつ狂っていて、なかでもモグラや志郎のように邪悪な病におかされて常軌を逸した者には注意を要する、くらいに考えています。彼らもキュウソウの犠牲者ではあるのですが。

とりあえずは、<自分こそは頭がよくて絶対に正しいと思いこむ病気におかされ、バカみたいに威張り散らしているいる冷酷な人格障害者>この恐ろしさ、厄介さが伝われば満足です。が、失敗した感濃厚で面目ないです。

(次作はかなり刈り込んで短くしますんで、その際はよろしくお願いします)

こちらこそ、ありがとうございました。

2017-11-14 21:05

125.173.208.119

ドリーマー

こんにちは。作品、拝読しました。

急躁。なんだか京極夏彦さんの『百鬼夜行シリーズ』に出てきそうな名前ですね。
ホラー小説として読ませたいのか、ホラー要素のあるミステリーとして読ませたいのか、たぶん前者だと思いますが、何があってもすべて「妖怪のせい」にしてしまうと「ただのご都合」になってしまうので、ホラー要素と現実の出来事を、どう整合性を付けるかが、ポイントになるように思います。

そう考えると志郎と侑人の行動が、キュウソウに化かされていたから頼みのように感じられて、整合性という意味では弱い気がしました。
特に志郎の「目覚めたら上半身だけが濡れていた謎」の答えが「侑人が自分の家と他人の家を間違えたから」では、「いくらなんでも普通は気付くでしょ」と突っ込みを入れたくなります。

普通にホラー小説としてサラッと読めばいいのかもしれません。でも八十七枚の中に五月さんの強烈なメッセージが込められているように思え、でもそれはキュウソウという妖怪を絡めたことで、かえって伝わりにくくなっているような気がします。
むしろ野良猫さんへの返信にある「モグラと娘の話」の方が、ストレートに伝わるんじゃないでしょうか。

あまり参考になることが書けずにすみません。
それでは、失礼しました。

2017-11-15 14:12

118.238.101.200

五月公英

ドリーマー様。

>ホラー小説として読ませたいのか、ホラー要素のあるミステリーとして読ませたいのか、たぶん前者だと思いますが、何があってもすべて「妖怪のせい」にしてしまうと「ただのご都合」になってしまうので、ホラー要素と現実の出来事を、どう整合性を付けるかが、ポイントになるように思います。
そう考えると志郎と侑人の行動が、キュウソウに化かされていたから頼みのように感じられて、整合性という意味では弱い気がしました。

妖怪オチは短絡的ですよすね。なんの解決にもなっていませんし。
物語もグダグダ。テーマもごった煮の闇鍋状態。
イメージとしては、百鬼園先生の『件』から主役の<件>を隠したうえで取り巻きの狼狽や焦燥を描きたかったのですが……この様です。
面目ないです。


>特に志郎の「目覚めたら上半身だけが濡れていた謎」の答えが「侑人が自分の家と他人の家を間違えたから」では、「いくらなんでも普通は気付くでしょ」と突っ込みを入れたくなります。

焦燥して病的に心を乱していたという設定ではありましたが、マンガじみているし作者都合の不自然さは否めません。
反省します。


>「モグラと娘の話」の方が、ストレートに伝わるんじゃないでしょうか。

おっしゃるとおりでして、企画はすれども筆は進まず。
この調子だと投稿は来年になりそうです。

もしかしたら、<いばりくさった異常人格者モノ>はライフワークになるかもしれません。
元ネタになりそうなキャラやエピソードはあちこちにゴロゴロしているので、書く方としてはありがたいです。
ただ、自分の頭がパアなので、うまくまとめられるか心配です。

ご意見参考になります。遠慮なく活用させていただきます。

ありがとうございました。

2017-11-15 18:19

124.96.195.167

ポキ星人

 鈴木志郎の若い頃の時代考証全般、とくに19歳当時の自動車関係の描写は正しいのでしょうか。当時の車の写真集を見ても、赤はオレンジっぽいトマトみたいな色調ばかりで、紫や茶に近いワインレッド風のものはどうも見つからないので、そのころに塗料があったのか、それから70年代初めころの大学生に自動車で通学するという感覚が存在したのか、そのほかにもいくらか不審に思う点があります(どれも私の憶測に過ぎないので、当時からあったというなら謝るしかありませんけど)。仮に時代考証としては正しかったのだとしても、最近の学生と同じような感覚で当時の学生が書かれていたり、50年前の思い出が昨日のことのように鮮明なのは、文芸としてはあまり面白いとは言えないと思います。

 冒頭部、>目が覚めたらずぶ濡れになっていた といきなり事態を把握している書き方には違和感があります。冷たいとかしょっぱいとか、五感があとから出てくるのですが、例えば、冷たくて目が覚めたらどうも全身ずぶ濡れのようだ、のように、五感が先になるのが普通の順番だと思います。読み終わってから振り返ると、作者が 話の「仕掛け」を知っているのでその仕掛けを書きたい意識でこうなっているのだろうと感じられますが、ここは人物の感覚に寄り添った方がよいと思います(一例。敏夫と話して帰宅したあと、モグラが唐突に出てきますが、作者のこころづもりは、とある同級生のあだ名がモグラなのだと読者が気づくべきだ、ということかもしれませんし、そういう考えもわからなくはないのです。しかし、志郎としては敏夫と話したせいでモグラのことも思い出した、それで写真を眺める気になった、という心理が間に一枚はいるはずで、それを一言書かないでいきなりモグラを書くというのは粗雑に感じます。私としては、読者のためにわかりやすく、というよりは、登場人物のためにもう少し緻密に、と求めたいのです。ほかにもこの手の描写が散見されます)。
 なお、いきなり事態を把握している冒頭、というのは「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。」という有名な奴があるわけですが(カフカ「変身」新潮文庫の高橋義孝訳)、この機会に考えてみるに、あれは「虫に変わった理由とか、ここでは扱わないからね、変わったって言ったら変わったんだからそのあとの話しかしないよ」って宣言なんだと思います。なぜ濡れてんのか、で話を引っ張る本作でやることではないように私は思いました。
 
 この作品で直接扱われている数時間の出来事には、実はモグラは登場しません(わかなは登場しますが)。鈴木と田中の両方が彼女と縁があって彼女の思い出にとらわれているせいで描写上は中心的な人物になっていますけど、出来事本位でみる限り、モグラはこの件と関係がないといっても過言ではないでしょう。このように描写上のみに存在する人物は、読者にとっては「その作品の中にすら実在しない人物」と紙一重になるものだと思います。某有名コピペを使ってみます。「まさかとは思いますが、この「モグラ」とは、鈴木田中の想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。」「あるいは、「モグラ」は実在して、しかしここに書かれているような異常な行動は全く取っておらず、すべては鈴木田中の妄想という可能性も読み取れます。」「それは全くの的外れかもしれませんが、可能性として指摘させていただきました。文章だけしか情報がない読者の、これは限界とお考えください。」……。
 ところがどうも作者の感想欄の受け答えを見ると作品内のモグラの実在性・異常性を作者として疑ってないという感じがするわけで、ここに強烈な距離がある感じを私は否定できません。だからといって作者なり私が統合失調症であるとか言いたいわけではもちろんなくて、ただこの距離感をおそらく私以外の読者のいくらかの人々も持っていそうだということを作者は認識したほうがよいとは思います。
 ライフワークとまでおっしゃっているのでこの際もう一歩踏み込みますが、これまで作者が書いたものには、ひどい女がいるのではなくて、ひどく女を嫌っている男がいるだけなのではないか、という印象を与えるものが
少なからずあると思います。それ自体が悪いというわけではないですが、もし、そういう印象を与えるものを書いているという自覚が乏しかったとしたら、それは作者に余計な空転をもたらすのではないかと懸念します。
 男の妄想なのだ、という書き方ではなくて実際にひどい女がいるという書き方をしたいのでしょうからそっちで考えるに、どうもそのひどさに、その女にとっての必然性が感じられないことが多いのが一つの欠点だと感じます(その女にとってはどうやら必然的なのだ、と分かればよく、読者に共感できる理由である必要はないと思います)。もしかしたら作者は、必然性もないのにこうするからひどいのだ、という路線の説得を意図しているのかもしれませんが、それは「本当にこうした」ということを信じさせなければ成り立たないので、先の「まさかとは思いますが…妄想という可能性も…」系の突込みに対してはあまり有効ではないと思います。
 
 さて、作中に少女漫画が出てきますが、心理学者の河合隼雄が「猫だましい」という本の中で、「綿の国星」を論じた一節があります。「チビ猫にとっても、時夫は第一の恋人であったが、すぐに第二、第三が見つかる。一人の恋人ではなく、恋人たちであるのも少女の特徴と言えるだろう。それが、ほんとうに一人に絞られてくるのには時間を必要とする。」という事態について論じていて、なかなか興味深いです。精神分析系の女性についての話が、男子校の生徒同士がする女性についての話とどのくらい違うのか、男子校出身の私にはよくわからないところもあるのですが、当該の章は短いですし機会があればご一読を。

2017-11-16 03:31

180.12.49.217

五月公英

ポキ星人様。

>鈴木志郎の若い頃の時代考証全般、とくに19歳当時の自動車関係の描写は正しいのでしょうか。

恥ずかしながら自信ないです。
志郎の回想シーンについては、親と、引退間近にある上司の思い出話を一部鵜呑みにしてしまいました。
彼らが実際に目にした車は、ガスで汚れた赤、マルーンあるいは後のリペイントだったかもしれません。


>最近の学生と同じような感覚で当時の学生が書かれていたり、50年前の思い出が昨日のことのように鮮明なのは、文芸としてはあまり面白いとは言えないと思います。

不自然ですね。いかにも作り物臭い。当時の小説や映画を再チェックし、書き方も工夫してみます。


> 冒頭部(中略失礼)五感が先になるのが普通の順番だと思います。読み終わってから振り返ると、作者が 話の「仕掛け」を知っているのでその仕掛けを書きたい意識でこうなっているのだろうと感じられますが、ここは人物の感覚に寄り添った方がよいと思います。

微妙に時間軸をずらし、数分前の出来事を振り返る体でごまかしてしまいました。


>一例。敏夫と話して帰宅したあと、モグラが唐突に出てきますが、
>登場人物のためにもう少し緻密に、と求めたいのです。

たしかに、不親切でした。


>カフカ「変身」新潮文庫の高橋義孝訳)、この機会に考えてみるに、あれは「虫に変わった理由とか、ここでは扱わないからね、変わったって言ったら変わったんだからそのあとの話しかしないよ」って宣言なんだと思います。なぜ濡れてんのか、で話を引っ張る本作でやることではないように私は思いました。
 
宣言……おっしゃるとおりで。あの冒頭にツッコミを入れる意味がない。
余談ではありますが、『変身』のような作品が鍛錬場に投稿されたらどんな感想がつくか……「これじゃワケが分からんわっ。変身した理由を書けっ」つって上から目線で怒る人がいそうでオモロイです。
どなたかやってくれないかな。トラップとして。


>モグラはこの件と関係がないといっても過言ではないでしょう。

先様のご指摘にもありましたが、モグラには志郎と侑人母子を惑わすコマ程度の役割しかありません。
なにもかもがごった煮状態でもうしわけありません。


>某有名コピペ

林先生のアレでしょうか? 臨機応変に巧い言い回しを繰り出せるお方はうらやましいです。
タモリ様も然り。


>ところがどうも作者の感想欄の受け答えを見ると作品内のモグラの実在性・異常性を作者として疑ってないという感じがするわけで、ここに強烈な距離がある感じを私は否定できません。だからといって作者なり私が統合失調症であるとか言いたいわけではもちろんなくて、ただこの距離感をおそらく私以外の読者のいくらかの人々も持っていそうだということを作者は認識したほうがよいとは思います。

その点につきましては、我ながらかなりぼんやりしていました。
夢野久作様と阿部公房様の作品を再読してみます。


>ライフワークとまでおっしゃっているので

傲慢と冷淡を極めた典型的なあの症状を医療サイトの解説と照らし合わせているだけでも、ガチすぎて気がめいってきます。というか震撼します。
本人以外のお方には伝わったようですからほどほどにしておきます。
もちろん、ご意見は参考にさせていただきます。


>これまで作者が書いたものには、ひどい女がいるのではなくて、ひどく女を嫌っている男がいるだけなのではないか、という印象を与えるものが少なからずあると思います。

私の軟弱と卑屈がそうさせてるのかもしれません。

>それ自体が悪いというわけではないですが、もし、そういう印象を与えるものを書いているという自覚が乏しかったとしたら、それは作者に余計な空転をもたらすのではないかと懸念します。

一部の読者の反感を恐れるあまり、ひよって男女同罪に貶めている感はあります。まじめに取り組んでいるとは言い難いです。反省します。


>男の妄想なのだ、という書き方ではなくて実際にひどい女がいるという書き方をしたいのでしょうからそっちで考えるに、どうもそのひどさに、その女にとっての必然性が感じられないことが多いのが一つの欠点だと感じます(その女にとってはどうやら必然的なのだ、と分かればよく、読者に共感できる理由である必要はないと思います)。もしかしたら作者は、必然性もないのにこうするからひどいのだ、という路線の説得を意図しているのかもしれませんが、それは「本当にこうした」ということを信じさせなければ成り立たないので、先の「まさかとは思いますが…妄想という可能性も…」系の突込みに対してはあまり有効ではないと思います。

<記憶に確かなことなどない>という想いに引っ張られすぎていました。
これでは被害妄想を疑われてしまいますね。配慮が欠けていました。
モグラの愚行に関しては、キュウソウの影響もあるのですが、易い少女マンガに洗脳された思春期の少女が有する<少年心理を無視した錯乱や暴走>がベースにあるわけで。 ← これに関する説明的な部分を取っ払ってるので一部の読者様をよけいに混乱させてしまったかもしれません。

またしても思慮の浅薄さを露呈してしまいました。
これが次へのステップへつながればよいのですが、頭が単気筒ゆえ気が遠くなってきます。
あと、必要に応じて男脳を一旦キャンセルすることの困難さも痛感しています。

河合隼雄様の『猫だましい』未読でした。おもしろそうですね。読んでみます。

宇宙人目線、侮り難しであります。
ありがとうございました。

2017-11-16 21:42

118.3.251.42

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