作家でごはん!鍛練場

『望郷の戦士』

スクィーラ著

昔投稿した作品の修正版です。感想よろしくお願いします。

 李桂は晴れ晴れとした気分で空を仰いだ。戦勝によってもたらされた充実感と高揚のせいか、思わず拳を掲げたくなるような清々しさが全身を支配していた。
血に染まった城壁の頂から城内を見渡すと、自軍の兵士たちが勝鬨を挙げていた。敵兵の屍を踏み、旗を掲げ、はち切れんばかりの雄叫びを上げる。荒々しくも生命力に満ちたその熱気が、さらに高揚を加速させた。 
 城壁の外に目を移すと、城内の喧騒とは一転、静けさと共に荒涼とした大地が広がっていた。
 李桂は、自ずと高ぶる感情を発散させるように、しばしその壮大な平野と、奥に見える小高い山を眺めていたが、ふと、城壁の真下に目をやると、城外の閑散とした雰囲気に呼応するかのように、人間の生首が悲しげに転がっていることに気づく。
 片づけ忘れたか。李桂は何の気なしに城壁を下りると、外壁の生首へと赴いた。
 果たして、それは斬り落とされた生首ではなく、生き埋めにされた男の頭部だった。
 だだっ広い平野に何故だか一人だけ生き埋めにされた男の首は、泰然とそびえる城壁のせいか、余計に小さく映った。
 その男の様は、哀れと形容するほかなかった。
 頸部の筋骨を見るだけでも判る屈強な体躯は、あますことなく地中に固められ、蒼巾で結われた頭部のみが打ち立てられた杭先のように辛うじて地上に存在していた。
 立って歩くことも、勇ましく死ぬことも、自刃することさえ奪われたその男は、しかし毅然と、それでいて哀愁の漂う面持ちのまま、遥か遠くを見据えている。
「何を……見ているのですか」
 李桂は男の視線に沿うように横で胡坐をかき、霞む山肌をぼんやりと眺めながら、おもむろにそう尋ねた。
「……わかるでしょう。山のふもとの村は私の故郷です」
 男は野太い声に合わず、綺麗な話し方で答えた。
「そう……でしたね。あなた方は村を守るために戦ったのですから。色々と……思うところがありましょう」
 李桂は、霞みがかったその山よりもはるか遠く、大海の広がる自らの故郷を思い浮かべた。
 鼻腔をつく潮の香り。網の中で跳ねる魚たち。寄せては返す波のさざめき。衝動的なまでもの郷愁の念が胸を襲う。久しく忘れていた感情。帰りたい。李桂は純粋にそう思った。
「帰りたい」
 生き埋めの男は、そんな李桂の胸中の想いに重ね合わせるようにぽつりと呟いた。
 李桂は狼狽した。自分が生き埋めにされている男であるような奇妙な錯覚に陥った。
「あなたの故郷は、桃が……名産だと聞きます。今頃は花の盛りでしょうから、さぞ綺麗に彩られているに違いない。夢のような景色だ。帰りたくもなりますよ」
 李桂は濁すように答えた。この男と自分が同化していくような、そんな気持ち悪さが耐えられなかった。
「ええ……ええ。その通りです。それはそれはとても良い場所です。村人も、皆よく働き、よく笑い、善く生きています。しかし、あなた方はそんなささやかな暮らしさえ破壊し、金品を奪い、凌辱を行おうとしている。あなたもその中の一人にすぎないのでしょう」
 男はいつの間に溢れたのか、涙ながらにこちらを睨んだ。その眼差しには明確な怒りが内包されていた。
「無論です。私も金品を強奪し、凌辱に加わります」
 男の村は、明日にでも蹂躙が始まる予定だった。李桂は小隊長として、部下の士気を高める義務があり、言わずもがな率先して略奪を行うのである。
 判り切った残酷な現実を再確認し、傷ついていく男の姿はもはや見ていられなかった。
 部下が帰りを待っている。李桂はおもむろに立ち上がった。
 消えゆく故郷をただ眺めることしかできない不憫な戦士と、侵略軍の李桂。とても相容れない存在。しかし、子を想う心は、家族を想う心は共に同じ。敵として、また父親として、ここに敬意を示そうではないか。
 李桂は左拳を手のひらで包みこみ、深々と頭を下げた。
そうしてゆっくりと、城内の雑踏に向けて踵を返そうとしたその時だった。
「待ってください!」
 男の叫びにも似た呼び止めに、李桂は思わず振り返る。
「私の……頭巾の中に、木彫りの人形が入っています。これを娘に渡してやってはくれませんか。一生懸命彫ったものなんです。せめてもの願いだ。どうか聞き入れてはくれないでしょうか」
 男は、嗚咽とため息が混ざったような苦しげな顔で、こちらを見つめた。
 その憂いと慈愛に満ちた男の双眸は、まさしく娘を想う父親のそれだった。
 男の頭巾を解くと、可愛らしい小鳥の彫り物が姿を現した。粗の多い、不格好なその彫り物には、しかし溢れんばかりの愛が詰まっているのを感じた。
「……ええ、わかりました、任せてください。必ず届けます。娘もきっと喜びます」
 李桂は、そう言って静かに踵を返した。
「え…………」
 男は李桂の言葉に少しばかりたじろいだが、それはすぐに諦観を纏った儚げな笑顔に変わった。
「ええ、そう……ですね。……娘さんも、きっと喜んでくれると思います」
 
 噛み締めるように言葉を発しながら男は、去りゆく李桂を、去りゆく想いを見つめながら、悲しそうに、そしてどこか満足そうに、何度も何度も頷いたのだった。
 
 花琳……花琳……。
 
 城内へと帰る李桂の背後から、男のすすり泣く声が聞こえた。
 ファリン、娘の名前だろうか。李桂にはもはや関係のないことだった。
 李桂は、爛漫な笑顔で浜辺を駆ける、愛しい我が娘の姿を思い浮かべながら、木彫りの小鳥を両手で優しく包み込んだ。

望郷の戦士 ©スクィーラ

執筆の狙い

昔投稿した作品の修正版です。感想よろしくお願いします。

スクィーラ

1.75.242.231

感想と意見

虎徹

スクィーラ様初めまして。
読ませて頂きました。

とても面白かったです。綺麗にまとまっていて、読ませる文章だと思いました。
このオチは想像出来ませんでした。考えさせられました。
次回作も読みたくなりました。

2017-11-08 23:21

223.25.160.28

偏差値45

時代や明確な土地の位置は分からないけれども、物語としては日本人的思考だな、と思いました。
敵兵ならば問答無用に殺されるからです。殺すことで報酬が得られるので、ちょっと考えられないですね。
たとえ生かすにしても耳をはぎ取りたいところです。
そして埋めるという作業はとても大変です。人を殺した方が楽ですから。ちょっと納得できないですね。

とはいえ、同じ父親ゆえに同情してしまう心理も分かります。
しかしながら翌日には、そんなの関係ねー。
とか言って、モヒカン男やスキンヘッドの男たちと共に「ヒャッハー!」してしまう。
悲しい中間管理職の業務ですよね。

全体的にはよく分かる文章なので良かったと思います。

2017-11-08 23:32

219.182.80.182

西向く侍

スクィーラ様
初めまして。拝読したので感想を。
面白かったです。叶うことならもっと読ませて! と思う文章でした。
どうせなら、もっと長いものが読みたいです。
他作品も何作か読んでみたいですね。どこかの小説サイトで活動しているとかだったりしたら、追いかけて読んでみたいところです。
お互い頑張りましょう。それでは。

2017-11-08 23:32

36.3.221.189

November Rain

文章そつなく巧い感じなんですけど・・
「戦もの」ってマジ苦手なんで、流し読みですいません。。

古代中国のハナシだと仮定すると、「埋める」とか「杭に刺す」はあったかと思う。
城塞の内に立て籠ってる人らの根気をへし折り、降参させて城を堕とす目的で。


なんだかとっても違和感あったのは、地理的条件。
「大海の広がる故郷出身の兵」VS「山の麓の桃の村の人」??
中国大陸、とにかく広大なんで・・ その対峙は、すごいレアケースな気がした。

中国もの、「長江とか渭水?の近辺が戦場」なケースが多い。
「海の近く」って、「=長安から遠く隔たったど辺境」になるから。そこ出身の兵士が戦の前線で戦ってるとなると、「ものすご〜〜い距離遠征している」事に。。
その割には名前が「李桂」で・・「長安かそれに近いところの文官もしくは軍師」みたいな名前だなーって。


タイトルは悪い。
ベタすぎだし、蛇足な感じだし、
内容(土地柄と時代背景)に合ってない。

2017-11-09 00:03

219.100.86.89

November Rain

あと・・ 細かいところで気になったのが、「蒼巾」って記載。

作者さん、どんな色をイメージしてんだろう?? って。
ええと、「水色」とかじゃないよね???



昔の中国が舞台な小説、色の形容には「藍」「碧」が使用されてるのは見た。
個人的に「蒼 が単体で色名に使われてる」のは「現代日本」な感じがしてしまうんだけど・・

そのへん、どうなんだろうね?? 詳しい人!

2017-11-09 00:18

219.100.86.89

藤光

読ませていただきました。

とても丁寧に書かれた印象。

話の筋は追えました。追えたと思います。
ただ、最後は分かりにくくて何度か読み直しました。

生き埋めの男が、彫った小鳥を李桂に託す場面です。
男は自分の娘に渡してほしいと李桂に託すのですが、李桂はこれをわが娘の贈り物にと持ち帰る……んですよね。

男の心情に寄って読んでいた読者は、李桂の心情の転換についていけず、置いてきぼりを食わされたように感じました。

なぜ李桂はそうしたの? 直接でも間接ででもこの疑問に対する回答を作中に入れておいた方が良いのかなと思います。

2017-11-09 08:10

182.251.255.35

夏目 吉春

はじめましてスクィーラ様
つたない感想を少々

この物語に登場する【李桂】とは、戦国時代で言うと雑兵・足軽の類を率いた【足軽大将】なのでしょう。
大名の正規兵とは違い、おおよそ戦の褒美とは敵方の村々から奪い取った品々と、拉致した女子供たち。
冒頭に悪辣で野蛮な兵士どもが、明日の村々への略奪を期待して胸を躍らせている。
これが良く伝わってきます。私もこれに学ばねばならないと思いました。

最後の娘へ託した【小鳥の彫り物】について、私はこう考えました。
首男の娘は、明日飢えた悪鬼どもに蹂躙されるであろう。
彫り物を渡したとて、意味を成さず、首男の願いを拡大解釈すると、「娘を助けてくれ」と言う事になる。
李桂はせめて、自身の娘に届けることで首男の願いの一部を叶えようと考えたのではなかろうか。
え!そんなやわな男ではない?
そうでしょう、きっと李桂にとって仏心は仇と成りましょう。それが乱世と言うものだから。

ありがとうございました

2017-11-09 16:08

118.6.21.131

千里眼

拝読させて頂きました。

名前からして舞台は中国の何処かですね。
時代背景も分かりませんが、古代の戦を中国にした事と
既に勝敗は決したあとのイチシーンを上手く取り上げたていると思います。

戦は当然、勝者と敗者に分かれます。
ふと見ると男の首が見える、しかも生き埋めのまま何も出来ず死ぬのを待つ身。
小隊長の身としては敗者に同情はするが助ける訳にも行かない。
娘に頭巾の中に隠しある木彫りの人形を渡して欲しいと願う。
これが戦場の戦いに終始するなら、これほど心には残らなかっただけに。
日本人なら武士の情けと言ったところでしょうか。とても良い話でした。
次回作が楽しみです。

2017-11-11 17:33

27.136.140.106

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