作家でごはん!鍛練場

『寄り道』

ほっしー著

エネルギーのある小説を書きたいなと思い、衝動的に書いた作品です。ご指導、ご感想お待ちしています!

「姫子さん、僕と付き合ってください!」
 三点倒立を見事に決めた僕を前に、姫子さんはきっぱりと言い放った。
「お断り」
「びえええええん!」
「男が泣くな」
 性別差別だ、性別差別だ。姫子さんに告白したのは通算164回。勝率は0割0分0厘。姫子さんは、とってもとっても美人なのだ。
 腰まであって風にたなびく黒髪。きれいに切りそろえられた前髪の下で、大きくぱっちりと見開かれた一重のつり目。白い透明な肌に赤くて薄い唇。
 20回目くらいから僕の告白は校内の風物詩となり、50回目くらいからは僕もただ告白するだけでは姫子さんに飽きられてしまうと思い告白とともに一発芸をするようになった。80回目くらいまでは僕の一発芸を楽しみにしてくれていた群衆も、100回目を超えるとすっかり慣れて、通りすがりに僕を目撃できたらラッキーくらいの心持になってしまったようだ。一人を除いて。
 二か月半も練習した大技の三点倒立をすごすご解除する僕の肩をたたいたのは、いつものように里崎だった。里崎は涙を流して腹を抱えている。
「いやあ、裕太、今日も最高だったよ」
「笑ってる場合かよ。俺は振られたんだぞ」
「いつものことじゃんか。ああ、腹いてえ」
 この男、里崎健は正真正銘僕の幼馴染で、家が隣ゆえに覚えていないくらいちびの頃からの付き合いだ。僕たちは行きも帰りもいつも一緒で、くだらない話で盛り上がり(こんな言い回しはこっぱずかしいが)親友めいた付き合いをしている。また、彼は毎朝のこの行事を楽しみにしてくれている唯一無二の観客でもある。
「で、明日のメニューは何なんだよ」
「それはお前、見てのお楽しみだよ」
「そうか。くくく、楽しみにしてるわ」
 まったく、能天気な男だ。とはいえ、僕がこいつに救われている部分があるのは間違いなかった。ここまで笑ってもらえるなら僕も振られ甲斐があるというものだ。
 里崎と教室へ向かいながら、僕は再来週のネタを考え始めた。

 再来週のネタを考える必要がないことを僕が知らされたのは、それからすぐのことだった。
 三点倒立の翌日、手作りミルクレープを姫子さんに渡し165回目の告白が玉砕した瞬間、それは判明した。
「明日からもうこういうのはやめてくださる?」
「いやだと言ったら?」
「警察に届け出るわ」
「そ、そこまで言わなくても。」
「言うわ。今度はほんとの本気よ。絶対に明日からはやめて」
「どうして?いつもなんやかんや許してくれたじゃないか」
 姫子さんは顔を赤らめて小さな声で言った。
「恋人ができたからよ」

 びえええん、びええええん。僕は人目もはばからず大泣きした。
 僕の心へのダメージが想像以上に大きかった原因の一つは、姫子さんにとうとう彼氏ができてしまったという一大事件が起こってしまったにもかかわらず、側に里崎がいないことだった。
 どうしてだよ、里崎。お前皆勤だけが取り柄じゃないか。どうしてこんな肝心な日に風邪なんか引くんだよ。どうして、どうして。
 僕はこの悲しみを誰に打ち明けることもできず、一日中悶々と過ごした。姫子さんのそわそわした姿を見ると吐き気がした。それがあまり幸せそうなそわそわではなく、なぜかとても不安げだったことも、もうどうでも良いと思わなければならなかった。帰り際、担任に頼まれた里崎へのプリントをファイルに入れる元気もなく、ぴらぴらのまま手に持ち一人で教室を出た。
 昇降口で上履きを履き替えながら校庭へふと目をやると、姫子さんが一人で校門へと向かっていくのが見えた。
 ちえ、彼氏と待ち合わせしているのか?僕は絶望的な気持ちになった。しかし、待ち合わせ場所と想定された校門を姫子さんは足早にくぐり抜けた。
 まさか、年上の彼氏と駅で待ち合わせか?僕は姫子さんがヒゲの生えたストリート風の男と駅の改札に消えていく姿を想像し、身震いした。しかし姫子さんは駅への道につながる横断歩道を渡ろうとはしなかった。
 あるいはよもや、一人で帰宅…?早々に彼氏と喧嘩でもしたのか?それならば今日の不安げな表情にも合点がいく。もしかして僕の告白が原因で喧嘩になってしまったのか?もしそうなら僕は姫子さんの幸せを壊したことになる。僕は今までの行動を深く反省せざるを得なかった。僕がやってきたことはなんだ、結局ただの自己満足だったというわけか。
 しかし彼女は自宅の方面に曲がる角を直進した。姫子さんは一人で黙々と僕の前を歩いている。同じ学校の制服を着た人々はだんだんとまばらになっていく。そして遂に道を歩くのは僕と姫子さんの二人きりになってしまった。どうなってるんだ?
 次の瞬間、僕の頭に氷で殴られたような衝撃が走った。
 姫子さんは里崎の家のチャイムを鳴らしていた。
 僕は立ちすくみ、その場から動けなかった。すると、家からマスクをした里崎が出てきた。里崎はあろうことかこちらを振り返った。
 里崎と姫子さん、二人の視線を浴びた瞬間、僕はプリントなんか手放して走り出した。

 その夜、僕の家の電話は鳴りっぱなしだった。
 母は何度も僕の名前を呼んだが、僕は無視し続けた。
 姉は不思議そうに部屋に引きこもった僕に言った。「なによあんた、里崎君と喧嘩でもしたの?めずらしい。」僕は無視した。
 僕は夕飯ものどを通らなかった。味噌汁に口をつけたくらいで部屋に引き上げる僕に母は心配そうに声をかけた。僕は無視することしかできなかった。
 僕は部屋で一人嗚咽した。誰のことも責められなかった。里崎はいい奴だった。それがつらかった。姫子さんのことを好きになってしまった彼の気持ちを想像すると、今日の一発芸を尋ねてきた昨日の彼の気持ちを想像すると、今朝登校できなかった彼の気持ちを想像すると…とてもではないが、里崎のことを責める気持ちにはなれなかった。だからつらかった。
 僕はひらひらたなびく部屋のカーテンをぼんやりと見つめ続けた。開いた窓からは秋の訪れを告げる虫の音が響いていた。

 翌日も、その翌日も、里崎は学校に来なかった。
 姫子さんは毎日毎日里崎の家に寄り、僕は毎日毎日大急ぎで帰宅する羽目になった。心配と幸せで胸がいっぱいになった彼女の後ろ姿を見ながら下校するのなんかまっぴらだった。
 僕は荒んだ生活を送った。姫子さんの登校時間に合わせる必要もないから、朝はギリギリに起きた。かつて里崎と遊び歩いた放課後には、自分の部屋にこもってインターネットばかりしていた。飯はあまり食べられず、夜になると布団の中で目をぎらつかせて部屋のカーテンばかり見ていた。
 僕がこてんぱんに振られたらしいという噂はすでに全校生徒が知っていた。クラスメイトは姫子と里崎が付き合っていることにも薄々気づいていた。冗談を言うのが好きだった僕は一変して寡黙になった。
里崎は一週間経ってようやく学校に姿を見せた。彼と姫子さんは学校では目も合わさなかったが、登下校だけは毎日一緒だった。最初はやし立てていたクラスメイトもすぐに飽きた。僕は段々と喋れるようになり、さらに一週間経つ頃には席が近くの友人と談笑できるようになったが、里崎とだけは言葉を交わすことはなかった。

 僕と里崎が話さなくなってから一ヶ月が過ぎようとした頃のことだった。
 日直だった僕は放課後がらんとした教室で日誌を書いていた。もう一人の日直、杉並彩香は黒板を掃除している。杉並はショートカットにたれ目の二重まぶたが印象的なクラスメイトだ。見た目は姫子さんと正反対だな、などと思い、いまだに姫子さんを忘れられていないことに気づいた僕はやるせない気持ちになった。僕はやけくそになって日誌を書き終えた。
「杉並さん、黒板掃除手伝うよ」
 手持ち無沙汰になった僕は杉並に声をかけたが、彼女は頬を赤くしてうろたえた。
「お、遅くてごめん。黒板掃除は私がやるよ。先に帰ってもいいよ」
 そう言われるとなんだか帰りづらいので、僕は仕方なく彼女の掃除を待った。
 隅から隅まで三周も、丁寧に黒板を拭き終えた杉並は満足そうに汗を拭くと、待っていた僕の存在に気づいてみるみる顔を赤くした。
「ご、ご、ごめん。待っててくれたんだね」
「いや、まあ、うん」
「急いで支度するね」
 彼女は雑巾をばしゃばしゃ洗うと、飛ぶように席に走っていき、上着を羽織ってかばんを肩にかけた。そんなに焦らなくていいのに。
「お待たせ」
「いいえ」
 ぼんやりと歩き出すと、杉並は突然大きな声を出した。
「あ、あのっ!」
「ひえっ」
 振り向くとたれ目がこちらを見上げていた。
「コンビニ…寄ってかない?」

 たいして仲良くもない杉並と、たいして行きたくもないコンビニに向かう。ちぐはぐ感が歯がゆくて仕方なく、僕は面白い話ができなかった。杉並も面白くなさそうにうつむいて歩く。
 なぜか立ち寄ることになったコンビニにつくと、杉並は飲み物のコーナーへ一直進に進んでいった。変な奴、と思いながら後ろをついていき、何気なく後ろを振り返った瞬間、僕はあっと声を出しそうになった。
 コンビニの雑誌コーナーで姫子さんと里崎が立ち読みをしていた。
 僕はなんとも苦い思いで見なかったふりをした。仲良くコンビニになんか寄るなよな。舌打ちをしたい気分だったがこらえた。二人に気づいていない様子の杉並は紙パックのカフェオレを持ってレジに向かった。
 僕は買うものもないので先に外に出ようと思った。見ないように、見ないように…と思っていたが、店を出る瞬間、一瞬だけ二人のほうを見てしまった。すると僕の心臓は口から飛び出そうになった。
 里崎が姫子さんの陰に隠れて、雑誌を彼の鞄に入れようとしていたからだ。

 僕はすんでのところで里崎の腕をつかんだ。里崎は僕の姿を確認すると目を丸くしたが、すぐに全てを諦めたような顔になった。
「来いよ」
 腕をつかんだまま低い声で言うと、里崎は無言でうなずいた。僕は彼を連れてコンビニの外へ出て、近くの河川敷まで歩いた。到着し振り返ると、後ろにはひどくうろたえた様子で姫子さんが、その後ろには顔中にはてなマークを浮かべた杉並がついてきていた。
 僕は無言で里崎を殴った。里崎は抵抗しなかった。鈍い音がして、里崎は倒れた。もう一発殴ろうとしたところに、泣き出しそうな姫子さんが間に入った。
「やめて、やめて」
「姫子さん、どいてくれ」
「お願い。やめて」
「やめない」
 拳を振りかざした瞬間、姫子さんが叫んだ。
「違うの」
 僕は動きを止めた。
「違うの、里崎君じゃないの」
 振り向くと、姫子さんは手のひらに顔をうずめていた。
「私なの」

 河川敷に座り込んだ姫子さんは、しゃくりあげながら話し始めた。
 両親の仲がうまくいっていなかったこと。帰るといつも家に人がいなくて、寂しかったこと。寄り道をするようになったこと。両親の離婚が決まった日に、万引きをしてしまったこと。そして、やめられなくなってしまったこと…。
 里崎は無表情で黙って聞いていた。姫子さんはその続きも話した。里崎に相談すると、「姫子さんの代わりに俺がやる」と里崎は言ったのだった。
「殴ってごめん」
 全て聞き終えた後に僕は里崎に言った。里崎は首を振り、言った。
「黙っててごめん」
 長い沈黙が訪れた。
 四人の間を乾いた風が通り抜ける。川は穏やかに流れ続け、暖かい西日は僕らを照らしている。
「俺さ」
 先に沈黙を破ったのは、里崎だった。
「正直、お前のことうらやましかったんだ」
 里崎と同じように、僕も川を見ながら言った。
「俺もだよ」
 そこで言葉が止まった。
 姫子さんのすすり泣く声が聞こえる。
「でも」
 僕は里崎のほうを向いて言った。
「お前と話せないのは寂しかったよ」
 杉並が姫子さんに、カフェオレを手渡した。姫子さんはゆっくりとカフェオレを飲み、涙を拭って言った。
「私、もうあんなことしない」
 姫子さんの言葉は、力強く夕暮れの空に響いていった。

 それから僕らは四人で帰ることが多くなった。
 里崎と姫子さんがコンビニに寄る日は僕と杉並が誘われるようになったのだ。ことの顛末を見届けた杉並は、姫子さんとあれから急接近したらしく、時折二人で声をひそめ、顔を見合わせては笑っている。
 僕と里崎は相変わらずくだらない冗談を言い合って、まあこう言っちゃあ何だが親友めいた付き合いをしている。
 以前と少し変わったこともある。里崎が妙なことを言うのだ。
「お前、杉並さんとはどうなんだよ」
「どうって何が」
「またまた、すっとぼけちゃって。杉並さんがお前と話すときの表情、見ればわかるだろ」
「だから、何がだよ」
 幼馴染と、失恋した相手と、一緒に日直をしたクラスメイトと――、帰りにコンビニへ寄り道するのも悪くない。

寄り道 ©ほっしー

執筆の狙い

エネルギーのある小説を書きたいなと思い、衝動的に書いた作品です。ご指導、ご感想お待ちしています!

ほっしー

111.97.189.23

感想と意見

偏差値45

読みやすいし、分かりやし、表現力もある。
ストーリーが巧なのでその点はすごいと思います。

しかし、うーん、なんとなく、
コメディ、コメディ、シリアス、シリアス、シリアス、シリアス、シリアス、シリアス、シリアスという感じです。
その意味ではバランスが良くないのかな。
それで起承転結の「結」の部分が小さくまとまってしまって、あらら? という感じですね。

例えば、それから10年後とか、言ってハッピーエンドに終わらせてくれると、ほっこり出来るかも。

2017-11-06 23:30

219.182.80.182

ペンニードル

ほっしー様はじめまして
勢いやエネルギーを確かに感じました。最初から最後までクライマックスのようなかんじ。

ただ、逆に読後振り返ってみると、
なぞの告白で当然振られて取られて不貞腐れて時間が経って日直して目撃してキレて殴って謝って終わったなぁ。

という感想が素直なものです(^^;;
確かに遊園地に行ったはずなのに、お土産何にも買ってなくて、写真もなくて、家に着いた瞬間「あれ? 遊園地行ったっけ?」みたいな感じです。

2017-11-06 23:47

39.110.185.153

ほっしー

偏差値45様

貴重な感想いただきまして、誠にありがとうございます。

バランス!まさにおっしゃる通りだと思います。もう少し楽しく読める話を次は目指してみたいと思います。

尻すぼみになってしまった感もその通りだと思います。次回の課題にしたいと思いました。

勉強になりました。ありがとうございました。

2017-11-07 09:36

182.250.241.100

ほっしー

ペンニードル様

貴重なご感想ありがとうございます。

メッセージ性がしっかりしておらず、読後感や余韻があまりなかったという理解でよろしいでしょうか。仰るとおりだと思います。

もう少し読み手の方々の印象に残るような工夫ができたらと思います。

勉強になりました。誠にありがとうございました。

2017-11-07 09:40

182.250.241.100

虎徹

ほっしー様初めまして。

読ませて頂きました。
私が感じたことを書かせて頂きます。
まずストーリーですが、友情・恋・ヒロインの影にある秘密…ありきたりで新鮮さはありませんでした。

人物についてはもう少し人間味のある人物を書いた方がいいと思います。アニメに出てきそうなキャラしか思い浮かばなかったです。

もう少し描写に凝ってみても良いのかなと思います。

「やめて、やめて」
「姫子さん、どいてくれ」
「お願い。やめて」
「やめない」

他の会話もそうですが、作者様はもちろん登場人物の感情を知っていますから会話に抑揚をつけて書かれているつもりでも、読者には感情が伝わらない事が多いと思います。人物の些細な感情でも描写を上手く使って表現できれば感情移入し易くなると思います。

「姫子さんの代わりに俺がやる」
これは頂けません。アホです。やらせる方もアホです。
そもそもクレプトマニアって自分がやる事に意味があるのでは??そのへんはわかりませんが。

確かに勢いで衝動的に書いた感じですね。
以上、自分も出来てないのに上から目線の感想を長々と書いてすいません。今後も頑張って下さい。

2017-11-07 23:06

223.25.160.20

ほっしー

虎徹様

貴重なご感想頂きありがとうございます。

キャラクター、描写、設定の新鮮さや妥当性について細やかにアドバイスいただきまして誠にありがとうございます。

読者に感情が伝わりにくいというのも、おっしゃるとおりだと思います。
次回はもう少し読み手を意識して書けたらと思います。

このたびは非常に勉強になりました。ありがとうございました。

2017-11-08 09:44

182.250.241.79

藤光

読ませていただきました。

おもしろい。
文章も話の運びもうまいですね。もう少し長いのを書いてもいいのでは?

すでに他の感想欄で指摘されていますが、会話の部分が淡白なのは非常にもったいないと思います。

地の文が書けているだけに、会話部分とのバランスが悪く、セリフだけが軽く浮いてしまっています。書き急ぐ気持ちは分かりますが、もう一踏ん張り描写に力を入れてみてはどうかと思いました。

2017-11-09 07:31

182.251.255.35

ほっしー

藤光様

貴重なご感想いただきましてありがとうございます。

温かいお言葉、ありがとうございます。励みになります。
セリフ部分の描写に力を入れるとのアドバイス誠にありがとうございました。
次回以降心がけたいと思います。

この度は勉強になりました。ありがとうございました。

2017-11-09 13:16

111.97.189.23

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