作家でごはん!鍛練場

『明日、またこの世界で』

逸男著

お久しぶりです。逸男です。今回は不慣れなちょっとしたSFを書いてみました。
テーマは人間とロボットの大戦という、字面から受ける感じはシュワルツェネッガー臭が漂いますが、
そうではなくて、人間の内面にロボットが向かっていくような、そんな感じを目指していきました。
ところどころ、というかかなりぶっとんだ感じがあり、この通りのあほ作者なのでそれを見極められるはずもなく、
皆さまの助力を願うところです。よろしくお願いいたします。

【明日、またこの世界で】
            

柔らかい、優しい光。部屋のなかに早朝らしい日が射し込んだ時、明は眼を覚ました。
しばらく白いシーツの清潔なベッドの上に身を横たえて、黙っていた。夢の残り香を嗅いでいた。淡い淡い、夢だった。死んだ母を見たような、いるはずもない兄を見たような。
 朝がきた。
フローリングを足裏でつたい、窓をあけてみると、よくしげった木々の緑が輝かしく目に映る。夏の朝はまだ涼やかだけれど、今年の夏も酷暑だと女のアナウンサーが告げていた。この秋はそのかわりにめっきり涼しくなる予報だとか。たまにそういった話を聞くと思うことがある。
――俺は秋まで生きているのだろうか。
 恐ろしい思想にとりつかれる前にと、明は階段をおりリビングに出た。珍しいことに、誰も出てこない。まだあの女は眠っているのか。ったく、いい身分だ、と舌打ちしたくなる。たかだかロボットのくせに。いや、もしかしたら、あるいは。
(母になるロボット……)
 青みがかった白い壁紙に包まれたリビングにて、途方もなく孤独な明の胸に、いやな予感が走った。
(いやだ……)
 明はこざっぱりとしたキッチンのなかで、水をグラスにためて一気に喉へ流し込んだ。そこでぎい、と奥の部屋が開く音が聞こえた。
「あ、おはようございます。今日もお早いですね」
 その美しい女が奥の部屋から姿を見せた瞬間、明の胸に憎悪が宿った。女は黒髪を三つ編に結わえた、白い肌に人間離れした大きな瞳がはめこまれた、大層な美女だった。
「遅れまして申し訳ございません。今、朝食をおつくりいたしますね」
「いい」
明は、お前なんか早く溶けて消え去ればいい、といった風の眼付で、女の顔をまじまじと睨んだ。女は明らかに困惑している。女のその瞳が恐怖で濡れ始めた。
「あの、ぼっちゃま、私、なにか粗相を……」
「お前、うちの家政婦だよな?」
 明が女の声音を遮るように言う。女は頷く。
「なら、お前には本来必要のない仕事もこなしてもらってる訳だな。今度、派遣会社に言っておくよ。みさえさんはよく働くし、残業もこなしているって。残業内容をこまかに言ってやれないのが悔しいところだな」
「ぼ、ぼっちゃま……!!」
「もういいや。とりあえず今日は少しも話したくないんだ。悪いけど、目の前から消えて」
 明のこの侮蔑に満ちた言葉を浴びせられて、みさえは水をすべて絶たれた植物みたいに小さくなった。みるみる元気が失われた。明はそんな様子を気にかける訳もなく、制服を纏い、靴に足をはめこんで。怒りを靴音に滲ませて、古い一軒家を出ていった。
(あの、馬鹿野郎……家政婦のくせに、なんで)
明は門を出たところで、広葉樹の影と、その隙間を突き抜けてくる日射しを浴びた。この世の中にはこんな眩しいものがあるのに。
(家政婦なのになんで、朝方親父の部屋から、人目を忍んで出てくるんだよ)
 もう、すべてがいやになりそうだった。高校二年生の明の日常には、苦痛という人生のスパイスが、あり得ないほど詰め込まれていたのである。
それでも、高校には行き続けなければいけなかった。
つらい逆境には負けたくなかった。重い、腰が複雑骨折しそうになるような重い足取りで、学校に向かう。その途中、道路工事のための誘導をしているおじさんとすれちがった。ちょうどコンビニに立ち寄ろうとした時で、コンビニの反対側の車道でおじさんは仕事をこなしていた。真夏のさかりの頃合い、おじさんは汗をかき、顔中どろがついて煤っぽくなっている。少しだけ脇汗の臭いも感じられた。
 おじさんの脇を通り過ぎて、横断歩道を歩きコンビニに入ろうとしたところで、何かものが激しくぶつかって粉々になっていく音が、鼓膜を揺さぶった。明が慌てて振り返る。
 車道を広くする工事現場に、黄色の軽自動車が突っ込んでいた。
(おじさん……)
明は目をそむけたくなる衝動をこらえて、道路に横たわるおじさんを見据えた。おじさんは口から血の混じった泡を吐き、腰はひしゃげ、桃色の内臓が腹部よりはじけとんでいた。
(うわ、おじさん……!)
 その時、軽に乗っていたおばさんがへこへこしながら、車を降りてきた。同乗していたおばさんも笑いながら車より降りてきた。談笑の様に、にぶそうな笑い声まで聞こえてきそうだ。
【あははーやっちゃった。またひいちゃった。ごめんねー】
おばさんたちが頭をさげながら微笑みあう。すると轢かれたおじさんも、おもむろに立ち上がって、笑いながら首を振る。
【いえいえ、いいんですよ。慣れていますから。次からは気を付けてくださいね】
 柔らかい素材で出来た内臓をしまいながら、ロボットはなおも笑みを浮かべて。
【このあたりは交通量が多いんですよ。怪我はなかったですか。人を我々が怪我させたとなったら、上役から大層怒られてしまいます】
【あははーそうなんだ。大丈夫、こっちは怪我ないから。あ、そうそう、それでね。隣の家の馬鹿息子がね】
 そうしておばさんたちは、バンパーだけが少し壊れた軽に乗り込んで、どこかへ行ってしまう。かろやかに消え去る軽自動車へ、おじさんは、深くこうべを垂れるだけだった。
(これで、いいのだろうか……)
明は一部始終を見てしまった罪悪感と、その他なにか言い表せぬ複雑な感情が兆し、やるせなくなった。きっとこれを幼い小学生が見ていたら、その日の日記にこう書くのであろう。
(人を轢いたかと思ったら、ロボットを轢いていたので助かりました。本当によかったです)

明は辞書を片手に高校の前に着くバスに乗り込んだ。近頃はバスの運転手もロボットだ。さきほどの事故の件がなくとも、変な優越感は持たないようにしている。人間の運転手にするように、毎日挨拶はするけれど、ロボット側の返答は決まりきっていた。
「毎度ご利用ありがとうございます」のみ。みさえとは違う。これはきっと古い型なのだろう。携帯より無慈悲に飛んでくるニュースではまた、北野博士の偉業を繰り返し訴えている。北野ハルアキラ博士は世界的なロボット工学の奇才だ。まだ三十代後半なのに、ロボット工学で秀でた才能を発揮し、凄まじい財と名誉を手にした。日本国の新しい偉人だ。教科書にも当然載っている。写真はないが、イケメンだと噂があった。ロボット工学をけん引する北野博士の趣味嗜好によって、ロボットは極力人間らしくなるように日々、改良されているときく。髪から仕草から呼吸から、そう、体液にいたるまで。一度、みさえに訊いたことがある。
「お前、世界の北野博士のご趣味について、どう思う?」
 みさえは珍しく口ごもっていた。日の射す森を抜けて、高校の白い校舎がまもなく見えてくる。さあ、今日も地獄のはじまりだ。

地獄のような一日を終えて、家に帰るとさらなる地獄が明を待っていた。
「お帰りなさい」
 古い一軒家の、ひびわれたドアを開けると、玄関先にみさえが立っていて、こちらへと振り返った。
「お帰りなさい。遅かったですね。ごはん、出来てますよ」
「……なに、それ」
 え? とみさえが不思議そうにこちらを見やる。みさえは両手にビールの空き瓶を持っていた。
「……これ、お父様から頼まれたのです。持っていってくれって。新しいお酒も、お部屋へもっていかなくてはなりません。ごはん、それが終わり次第すぐ、用意しますから少し、お待ちくださいね」
 みさえが申し訳なさそうに告げて、また背を向けて去っていく。部屋で親父に酒の相手をさせられているんだ。まだ夕刻もいいとこ、六時半なのに、おさかんなことだ。明はみさえに聞こえるように、思いっきり舌打ちをした。
(親父、あんたは間違っているよ)
 明はこころからそう言ってやりたかった。みさえは死んだ母の名前だ。明が幼いころ、病気で死んだ。決して美人ではなかったが、優しくて、気立てがよかった。母が死んで明が少しだけ大人になった頃、今のみさえが来た。最初は家政婦扱いしていた父が、いつしかみさえを相手に晩酌に耽るようになった。みさえはロボットだから人間に逆らえない。害をなさないようにインプットされている。いかに人間より頭がよかろうと優れていようと、人から命じられたらすべてに従うようになっている。ロボットに人権はない。
(――そんなのわかっている。これがふつうで、世界の道理だ)
 なのに。
(なぜ俺はこんなにいら立っているんだ?)

いつか父にはむかって半殺しになるまで殴られた夜、みさえは隙をみて、明の看病をしてくれた。どうしてはむかったかは覚えていない。ただみさえの優しい手だけは覚えている。
(世界の北野の馬鹿野郎……)
 今夜も、父親の部屋のドアを思い切り蹴り上げて、出てきた父に二発殴られて、散々なていで部屋に明は籠っていた。
(なんでロボットを人に優しく作るんだよ)
 父が明を殴る。みさえはその時、泣きそうな顔で部屋のうちからこちらを見ていた。そして乱暴にしめられるドアの隙間で涙をふいているのが見えた。その涙も所詮オイルなのに。なぜ。
豆電球しかつかない部屋のドアがノックされる。
「ぼっちゃん。私です」
 みさえだ。
みさえは二度ノックをすると、部屋のドアをおもむろにあけて、顔を覗きこませた。
「ぼっちゃん、これ」
 夜ごはん食べていないでしょう。みさえが差し出したのは、新鮮そうなさくらんぼだった。
「今日、バイト先のスーパーでおばさんがくれたんです。実家から送られてきたからって。一緒に食べましょう。中に入れてくれませんか」
 みさえが愛らしい声をふるって笑みを浮かべて言うので、明はしぶしぶ頷いてしまう。みさえの奴、ロボットのくせに素直なんだよな。
(親父の部屋には頼まれないと行かないからなあ)
 二人で星空の絵柄浮かぶ天井を見ながら、しばしさくらんぼを食べる時間。長い沈黙。明はふと立ちあがって、机の引き出しをひらき、煙草を取り出した。ラッキーストライク。そのうちの一本に火をつけ、思う存分ふかす。
「ぼっちゃん」
「なんだよ。親父の相手で処女喪失した奴が、非行少年を咎める資格あんのか」
「……でも、煙草はよくありませんよ」
 否定しろよ馬鹿。
明はますます、煙草を灰皿に押し付ける指へ力をこめた。
「お前さ、冗談も通じないの」
「はい、すいません。あくまでも私、ロボットですから」
「そうは見えないけどな」
「自分でもたまにそう思います」
 ははっと、明が軽やかに笑った。久方ぶりに笑った。いつも家でも学校でも、むっつりして苦渋の表情しか浮かべたことがない。そう、筆舌に尽くせぬ苦しみと生まれてきたことへの悔悟、そしてひとひらの快楽に、顔を歪ませたことしかない。
「……俺もなんだ」
「はい」
「俺も童貞じゃないんだ」
「はい?」
 みさえの、本気で何言ってんだこいつみたいな顔つきが面白くて、明がまた、声をだして笑う。
「そう、なのですか。明ぼっちゃん、ハンサムだし優しいから、彼女がいるんだろうなとは思っていましたが、既に十六歳でそうした経過をたどっているとは」
「経過って言うな馬鹿。……大人にいろいろあんだよ。お前だってそうだろ」
「私は人間でいうと二十二歳の設定なので、おそらくその問いかけにはうんと答えられると思います」
明がまた苦笑を浮かべる。こんな風に打ち解けて星空のなかでしゃべっていると、ふいに、問いかけたくなる。
(親父にやっぱり、相手させられてんだろ?)
 酒じゃねえよ、そっちの。なぜ聞きたいのか。清き親父像でも信じていたいのか、はたまた聖女みさえでも妄信していたいのか。自分でもわからなかった。
聞かなくてもわかっている、本当は。こいつらはもうほとんど人間だ。何十年か前にだって、ダッチワイフなんてものがあったんだもの。こいつらと出来ない訳がない。これが世界の、残酷なまでの道理なんだ。
「なあ、みさえ」
「はい」
「お前、無理やり合体させられたことある?」
「……はい?」
 今度のみさえの顔は不審そうなものになっていた。明がまた、侮蔑をこめた笑顔でみさえを一瞥する。そして顔を背けた。
「俺の学校でもいじめがあってさ。それがひどいんだ。そいつ、そのいじめっこが礼っていうんだけど、礼は政府ともつながりのある大企業の社長の息子で、先生も、校長ですらそいつに逆らえないんだ。今度のいじめられっこちゃんはかわいそうに、そいつに眼をつけられたってわけ。はたからみても、気の毒なもんだよ。生きたスズメバチ食わされたり、みんなの前でパンツを下すよう言われたりな」
「まあ……」
 みさえが心底、気の毒そうな顔を浮かべる。
「誰か、味方になってくださる方がいらしたらいいのに」
「そうはいかねえのが世の中だよ。俺たちだって、好きで傍観者でいる訳じゃない。いじめを見聞きするこっちだって、罪悪感との闘いだよ。そいつはある時、校舎裏に呼び出されて。礼の彼女がいじめている女と合体するように言われたんだ」
「……っ」
 これにはさすがのロボットのみさえも、言葉を詰まらせた。ちらと明が顔を覗きこむ。珍しい。みさえの瞳に、何か言い知れぬ、炎のようなものがともっている。
「……それを、明ぼっちゃんは何も言わずに、見ていたのですか」
「……そうするしかなかったんだ。ただ、早く時間が通り過ぎてくれるのを、祈るしかなかったよ」
「それは、つらかった、でしょうね……」
 ふん。明はまた、煙草をもみ消す指に力をこめた。
「だから俺は思うんだ。早く、世界なんて滅んでくれたらいいのにってさ。こんな不条理がまかり通る世界なんざ、なくたっていいんだって。あ、そうだ。あの話知ってるか」
 明は尿意をもよおしたらしく、立ち上がって背中越しにみさえに言った。
「あの北野とかいう博士がさ、世界中のロボットを実は影から操っているって噂だ。そうだ、北野に命じさせらればいいんだよ。ロボットたちよ、この腐った世界を滅ぼせってな」

次の日も無慈悲に高校生活はあった。その日も、精神、肉体的にボロボロに打ち砕かれた。明はうんざりだという表情で、裏山を降りていた。また礼に呼び出された。合体の儀式をやるから、裏山にお前もこいって。いつまで続くんだ、この地獄は。明は心底世界を憎んだ。
この裏山は昔は里山といって、人間たちと自然が仲良く寄り添って暮らす美しい山だった。それが今は木も深く生い茂って、川も汚れて空気も木々の洗浄が間に合わず、悲惨な山になっている。所詮、生き物たちは仲良く生きていくことなど出来ないのだ――。そんなことを明が考えていた折。何か、せわしい音がした。人間の声が、苦し気な声が聞こえる。白いシャツを着た中年の男の上に、男がのしかかっている。そしてぎゅうぎゅうと、音が出そうなほど雑巾をしぼりあげるみたいに、首に皺がよじれるほどに、力強く首を。首を絞めている!!
 明は恐ろしさのあまり声も出なかった。何だ、これ。まさか、殺人現場?ここが、殺害現場になろうとしている。恐怖と緊張という名のふたが喉をふさいで、声は一切出てこない。そのうち、中年の男は血のあぶくを吐いて、ぽきりといい音とともに、首がひしゃげた。骨が見えている。人間だ。けれど、その上にのしかかっていた男の正体に、明は気が付いた。殺人犯がこちらを見ている。背中を向けたまま。首を機械的に回転させて、じっとこちらを見ている。これ、ロボットだ――。その事実を認めた時、明は駆けだした。もう、何が何だかわからない。ロボットが、人を殺していた――!!

「みさえ!」
 家に急いて入って、台所に転げていって水をあおると、みさえがいそいそと現れた。
「おい、どうなってんだ!」
「は、はい?」
ぼうっとしているようなみさえへ、明が怒涛の勢いでまくしたてた。
「ロボが人を殺していたんだ!! どうなってんだよ。お前らは絶対に、俺らを殺せないんじゃなかったのか!」
「それ、は……」
 みさえが思わず口ごもる。こいつ、何かを知っている?
 そこで、つけっぱなしだったリビングのテレビから、耳慣れたロボの声が響いてきた。いつものニュース番組。そこではスタジオから生中継で、ロボたちがニュースを読み上げるはずだった。
顔に刻み込まれた、にこやかな笑顔をふりまくロボットアナウンサーたち。
「はい、四時になりました。それではここで、ロボットから人間に申し渡すことがあります」
これにスタジオの人間たちが、にわかに騒ぎたつ声が聞こえた。なんだ、これは。
「まもなく、全人類をロボが殺戮します。どうか、おとなしく殺されるなど、速やかにかつ安らかに殺戮に応じて下さると嬉しいのですが、Aさん、それはどう思われますか」
スタジオにいる別な批評家、常に人間への絶賛を惜しまなかったロボも、机のうえに肘をたてて、手を絡めて、にこやかに頷く。
「それは実にいいアイデアですね! ぜひ私も協力させて頂きたい」
「ちょ、ちょっと、何いってんだ! ロボが壊れたのか? いったん映像切って……」
 ADが一人、ロボに向かっていった。次には、ロボたちのにこやかな、不気味なほどに破顔した顔の映像に、のめりこむような勢いで男の死体が映り込んだ。かまびすしい悲鳴、雄たけび。カメラは回っている。人々がロボによって殺戮されていく、これには台本もない、台詞も少ない。
「明日だ」
 もはやおうおうおうう、と泣きじゃくり、
「許して下さい、ロボット様」
鼻水を垂らす人間の首をもぎとりながら、ロボたちは清々しく述べる。
「明日です。明日の朝がきたら、我々はお前たち人間を、殺戮する」
 そうしてカメラは荒い音とともに破壊された。

明は茫然としていた。何だ、何が起きているんだ。冷や汗が背中からぶわっとあふれる。それから片隅で小さくなっているみさえの肩を揺らし、明は叫んだ。
「どうなってんだ、ロボは人間に逆らえないんだろう? お前、何か知っているか? ああ!?」
 死への恐怖が今更ながらに身に染み入って、明は夢中でみさえの肩を掴んで揺さぶる。街にはロボットが溢れている。逃げることは、出来ない。みさえがその時口迅に言った。
「……すべては、あの方の仕業です」
「あの方?」
その時、ふとあることを思い出した明は、みさえが常に隠していた取り扱い説明書を箱から取り出していた。そこには今までの持ち主からの手紙も同封されていた。その送り主の名は。
「ハルアキラ」

「ハルアキラ、だと? 」
 不審そうな顔ののちに明がはっとした。あいつだ。すべてのロボットを支配する北野ハルアキラ博士。あいつがすべての元凶なんだ。そしてそのことを、みさえは知っていた。
「ぼっちゃん、北野博士は、最初の私の持ち主です。たまにお手紙のやり取りをしていました」
「なに?」
明が驚いてみさえを見やる。みさえはうつむいている。
「明ぼっちゃんを見込んで秘密を申し上げます。北野博士は人間でありながら、人間を憎んでいます。このたびのロボたちのクーデターも、彼が仕組んでいたことなのです」
「はあ? ふざけるなよ……お前は、何が言いたい? こっちは命がかかってんだ」
みさえはやがて、決意を胸にかためたような、毅然とした顔つきで、いぶかし気な明へと告げた。
「だから、明ぼっちゃんと私で、北野博士のことを止めるんです。世界中でそれが出来るのは、私たちだけかもしれなから」
「はあ? そんな、お前だってロボで、いつ俺に襲い掛かってくるか分からないじゃないか」
「もしロボがそうしなくてはならないのなら、私は自爆します。約束します」
 みさえの強い口調に、明はとまどいながら、おもむろに彼女の手を見た。この手は、いつか自分を、父に殴られた時に手当してくれた、優しい手だ。その手は今自分の手に力強く重ねられ、そして彼女のその瞳はまっすぐに自分を射てくる。
「……俺たち人間を、お前は、助けてくれるのか」
「お約束します。必ず」
 そう言ってみさえは力強く頷いた。

みさえに連れられて一番先に向かったのは、北野のマンションだった。
そこにいくまではたったの二駅分、だけれど
今は電車もバスという手段もない。それらはみんなロボが操っているものだ。それに乗れば、どんな目に遭わされるか、しれたものではない。 みさえと、人々が恐怖と焦燥に逃げ去って誰もいない、ゴーストタウンと化した暗い街中を歩いていた。
ふと、みさえが手紙に記された住所を見つめ、顔をもたげて指をさした。
「ここです」
確かに、北野の今の住所はここになっている。白いモルタルが少しはげている、想像した高級マンションとはほど遠い、古いマンションだった。むろん、ここの小さなマンションの管理人ももれなく逃げているので、明たちは窓を破壊し、マンションに侵入した。あやしむ人もとうに避難しているだろう。気の毒に、この世に安全な場所などないというのに。
 北野の部屋のドアを、ロボットらしい剛力でみさえが破壊し、部屋に押し入る。
「おい、北野お! 出てこい!」
明がもののない、寂し気な白壁に叫ぶ。
「……どうやら、引き払った後のようですね」
 みさえが眉根を寄せて首を振ったので、明は舌打ちをして、とにかくマンションを出ようという流れになった。
「くそ、ここからどうやれば北野を止めに行けるんだ」
 マンションを出て、手立てを失った明ががっくりと肩を落とす。その脇で、ふと、みさえが言った。
「……もしかしたら、あそこかも」
「あそこ?」
「私と、まだ幼かったハルアキラ様が一緒に住んでいた家です。そこに、何かハルアキラ様につながるための手がかりがあるかもしれません」
「本当かっ」
 これに思わず明はみさえの手を掴んだ。けれどみさえの表情は浮かない。
「ただ、そこは埼玉のはずれで、行くのにはなかなか時間がかかりますよ」
 そうだ……明は愕然とした。明日の朝までにあの男を止めないと、世界の人類はロボットに殺されていく。だがバスも電車も使えないこの状況で、埼玉のはずれまで行くのは、無理だろう。明はその場に膝を崩し、悩んだ。
「くそ、どうしたらいいんだよ……」
「あの」
 そこで、明は声をかけられた気がして、下げていた顔をあげた。そこにはロボットが一体、立っていた。
「うっうわっ」
 思わず悲鳴をあげそうになる明へ、一見無表情なロボットがしいっと唇にゆびをあてる。
「お、お前なにもんだ」
「私はいつも明君が乗っているバスの運転手です」
 みれば確かに、マンションの表側道路に、見慣れたバスが一台停まっている。
(こいつ……俺が学生証見せていたから、名前覚えてくれてたのか……)
明の中で恐怖が薄まっていくなか、ロボットが少し、柔らかな笑みをこぼした。
「あの、よかったらバスを使いませんか。運転はもちろん私がやります。こんな時ですけど、私は明君の力になりたいんです」
「な、なんで……?」
明が戸惑いながら尋ねる。おかしい、ロボはみんな、人間の力になるどころか、人間を殺そうとさえしているのに、なんで。運転手はこたえた。
「明くんは、私に、ロボットである私にとても優しくしてくれました。それがありがたくて嬉しくて、いつか恩返ししようと思いながら、出来なかったのです。だから、です」
明はこれに言葉が出てこなかった。ロボットにも、人らしい感情があるなんて信じたことはなかった。どうせ博士によってつくられた感情はまがいもので、イミテーションで。そう思っていたのに。
「……そっか。ありがとう」
明はにっこりと笑顔を向け、運転手へと握手した。

「なあ、みさえ」
 埼玉に向かうバスに揺られながら、緑のふかふかしたシートに座った二人は話し合う。
「北野の若い時って、どんなのだったんだ」
みさえが少し目を瞑る。まるで昔にタイムスリップして過去をじっくりと思い出すかのように。
「ハルアキラ様は、優しい方でした。明ぼっちゃまのように」
「はあ? た、たとえばどんなだよ」
「私がハルアキラ様の同級生に服を脱がされて笑われていた時に、かばってくださいました」
「はあ……?」
 明は絶句してしまった。嘘だろ? そう言いたかった唇が動きをとめる。確かに、ありえない話ではない。ロボットに人権はない。まして昔なら、より一層。
「……昔は、いえ今もまれにありますが、ロボットへの虐待はひどいものだったのです」
みさえが再び目を開く。
「ハルアキラ様は私が知る限り、同級生にいつもいじめられていました。蹴られ殴られ、ものをとられて……同級生が拳を振り上げる時、いつもハルアキラ様は繰り返していました。やめろよ、やめろよ、と」
明はふと、以前の【儀式】のことを思い出し、胸をうがたれたような気がした。やめろよ、やめろよ。やめてくれよ。
「暴行のすべてが終わると、きまってハルアキラ様は私にだけ言っていました。いつか、あいつらに復讐してやる、世の中に正しいものだけしか、存在できなくしてやる、と」
(正しいもの、しか、か)
 明はハルアキラを思うたびに、あの残酷な儀式のことを思い返して、悲痛な心地になった。やがて夕方になって、明がみさえの肩に顔を傾けてその柔らかさと夢を見ていた頃、バスの運転手が言った。
「ここですよ」

ハルアキラの生家は古い平屋だった。窓ガラスにも障子の穴のところどころあいたものが映り、トタンの屋根も壊れていた。明がバスを待たせ、あずき色のドアを叩く。反応はない。
「鍵はあいてるな」
 そうしてゆっくりと、荒れ果てた空き家にみさえと入った。中は雑誌やら空き缶やら何やらが雑然と散らばり、荒れ果てた様子だった。
「やっぱり、ここに手がかりなんてないんじゃねえのかな、みさえ」
「……」
 ふいに、みさえがどこかへと足を進め、立ち止まった。そこにはハルアキラの、穴だらけの学習机があった。コンパスであけたろう小さな無数の穴をみていると、明はその憎悪の穴に吸いこまれそうで、恐怖を感じた。引き出しをあけてみる。何かノートが入っていた。随分古くて、黄色くひからびているみたいなノート。ひらくと日付が入っている。
「これは、ハルアキラの、日記?」
【今日も僕のみさえは美しい。なんという美しさだろう】
【今日の青空も美しい。世界は美しさで満ちている】
【なのにどうしてこんなにも人間は】
【醜く劣っていて、汚いのだろう?】
ハルアキラの詩風の日記を見ていると明は、なんだか具合が悪くなるような心地がした。あまりに内容が気色悪いからではない。思ったことがあるからだ。自分もかつて、こんな風に思ったことが、確かにある。フラッシュバックされる。
 日記の一番後ろはのりで四方が貼りつけられていた。それを無理に明がはがす。中をみてみる。明はそのフラッシュバックが激しく発生するのを、それの引き起こす頭痛を耳鳴りを、なんとかこらえた。
(なんてことだ)
 明はみさえさえいなければ絶叫していただろう。
【○月罰日
 僕は今日、あいつらに命じられて、無理やり合体させられました】
 そこまで読んで、明は勢いよく本を閉じ、床に転げた。これは、儀式、だ。みさえが心配して、背を撫でてくれる。涙が止まらない、フラッシュバックされる。
「みさえ……」
「はい」
「ハルアキラは、ここに戻ってきているぞ」
「え?」
 みさえが驚いた声を出す。明はもう、口元に残った吐しゃ物をハンカチでぬぐっていた。
「日記の後ろにつけられたのりがまだやわらかい。それに、家中がほこりだらけごみだらけなのに、この一角だけほこりがついていないんだ。おそらく、あいつはここに戻ってきている」
(でも、何のために? )
 それは明にも当然浮かんだ疑問だった。と、そこで突然、電話のベルの音がけたたましく鳴る。昔懐かしい、黒い、不吉も運びそうな電話。
「ここに電話をかけてくるのは一人しかいない」
 明が、電話をとる。憂いを含んだ低い声が響いた。
「やあ、みさえか」
「っ! ハルアキラか」
「あててみよう、君は今のみさえの持ち主の明君だね」
「そうだ」
 これでふっとハルアキラが嘲るように笑った。
「なるほど、みさえと一緒に私を滅ぼそうとする算段だね。僕のみさえは優しいからな」
 そうまでハルアキラは朗らかに告げると、急に冷えた声音に変じて、彼は言った。
「僕は今、新宿にあるコミューンビルの中にいる。入ればすぐに地下室につながる扉があるから、そこを開けて来なさい。その先で話をしよう」

初めて女の中に自分自身を突きこんだ時――、あの時の絶望は忘れられない。ありえないほど快楽は溢れるはずなのに、少しの快楽も、喜びもその行為には付随しなかった。ただ残るのは、多大な絶望。屋上で打ちひしがれる女。
すべての儀式が終わった後、ズボンをあげながら、彼は泣いた。
「俺は最低だ」

 ビル前にたどり着いた時、新宿には月が出ていた。夜は月光になだめられて。淡い薄い鼠色の空に、満月が煌々と照っている。その月が新宿で一番先に光で濡らすのが、このコミューンビルだ。高層ビルらしく、セキュリテイーも十分であった。
三人はみなでこの見た事もない豪勢な高層ビルを、ただただ見上げていた。花に囲まれた入口は探すとすぐに見つかった。ここまできたら、正面突破しかない。明はコンクリートを踏みしめながら、不思議な発奮に襲われていた。
いる、ここにいる。世界を壊し、また壊された男が、世界を壊そうとしている。
 玄関ホールでは白い大理石が一面に無数床にはめこまれ、赤い薔薇が青磁の花瓶に咲き誇っていた。
「危ないっ」
 みさえが思わず声を荒げた。明は一瞬、動きをとめた。目の前をかすめる小型の空飛ぶドローン。最新式のレーザー発射機だった。レーザーは蝶かのように飛びながら、あたりの異質物を焼き尽くすつもりであろう、発熱している人間たちの方に、レーザー砲を向けてくる。
「明様、逃げてっ」
 みさえが声を張り上げた時、明へともう、レーザーが到達されんとしていた。顔に熱が伝わる。このまま、押し寄せるマグマのような熱光線に溶かされるのか。
 その時、明の目の前に男が一人躍り出てきて、彼の前に立った。骨のひとかけまで残してやるものか、というほどの炎に、すっかり焼き切れたのは、運転手のロボットだった。樹脂がとろけ、顔の造作も溶け落ちて何も見えなくなっている。みさえがその隙をみて、レーザー砲の洞筒をへし折った。
「運転手さん!」
 明が駆け寄ると、運転手はとろけきった顔で、それでも何か、爛れた口元で言葉を述べていた。
「ありが、とうございます」
 運転手には痛覚があった。熱くて苦しくて残酷な思いをしながら、命を懸けて人間を守り、最後に感謝を述べたのだ。明ははっとした。助けてくれた、んだ。死ぬとわかっていても、それでも人間のためになりたい。
(俺たちはわかりあえる。絶対に)
明の胸に、弱弱しいながらも決意が固まった。

◆玄関ホールを抜け、階段を駆け下りて地下に向かう。コミューンの地下に眠る巨大な地下室はもうすぐだ。あまたあるがらんどうの教室を駆け抜けて、ある部屋に入ったとたん、みさえと明は立ち止まった。この部屋の床が、非常に熱い。熱いといっても耐えられぬといった程ではなかった。しかしドアがひとりでに閉じきって、二人はその熱さの部屋に取り残された時、焦燥を感じた。
「まさか、あのバカ博士……」
それはやはり現実になった。閉め切られた部屋の温度がぐんぐん上がっていく。最初は壁が熱くなっていき、一瞬でも触ると指がはじけとびそうになった。次は天井、そして床。徐々に部屋の熱をあげていく作戦らしい。
 明は息も吸えないくらい苦しい状況でありながら、それでも生に至る道を模索していた。
しかし出口は見つからず、部屋は密閉状態である。大変に熱い。足裏が真っ赤になっていく。足裏から破けていく。
「もう、ダメかもしれないな」
 明はここで死ぬのかと、部屋の椅子にどっかりと座って、うなだれた。
「……そんな、明ぼっちゃま!」
「いやいんだ、もうここで終わりなんだ。世界なんて変えることは出来なかった。つまんなく生きて、死ぬだけが人生なんだ」
 みさえはしばし黙っていたが、出入り口がない部屋に籠められた状況で、逃げ出すのは難しい。部屋の温度が六十度を超えた段階で、明がぽつぽつと語りだした。
「あのさ、みさえ。最後かもしれないから、言っておく」
誰にも言えないで人生を終わりたくない。
「放課後、女の子と子づくりしろなんて言われて、やったのは俺なんだ」
 驚くような表情で、みさえが明を見つめる。
「……そう、でしたか」
みさえの目には涙がにじんでいる。
「なあ、そうだ。だからもう人生なんていいんだ。よいカードが揃った奴だけが成功するんだ。負け犬は生きている価値なんて、ありゃしないんだ」
「私はそうは思いません」
 ぴしゃりと、みさえが言った。この地獄みたいな世界で毅然とした、決意に満ちた顔で。
「命さえあれば、誰にでもこの美しい街や空を見る権利はあります。私には地獄の中に楽園を求める人間たちをみていて、愛しかった」
 ――その時、急激に部屋の温度が下がってくるのが明にもわかった。どうしたというのだろう。突然スライドショーのようなものが、広い壁に映し出されていた。
「君たちの決意は固いようだ。どうだろう、愛するみさえに免じて、どちらか一人が奥の部屋まで来てくれたら、あるいはロボット戦を終わらすことも考えてやっていい」
ハルアキラがやや朗らかに言って、 こちらの反応をみてくる。
「どうしようか」
当然、チャンスだ。うまくいけば戦闘行為が止まるかもしれない。けれど。もし明がのこのこ敵の本陣に行けば、そのまま殺されるのかもしれない。世界を救えるけれど、命は失うかもしれない。正直明には、英雄になる気などない。怖かった。そんな折、
「私が行きます」
と手をあげたものがいた。みさえだった。
「みさえ、本気かよ!」
明が詰め寄るも、みさえは少しも動じず、真顔で答えた。
「本気です」
「でも、お前……」
確かに、この女ならば、説得することも出来るかもしれない。だけどいって、ジャンクになる可能性も強く残っている。けれどみさえは言った。
「私、行ってきます」
「みさえが来るのか。じゃあ次の部屋においで。そこで君を待つ」
昔の持ち主にそう言われ、隣の部屋に入ろうとしたみさえの背。それは父の部屋に入っていく時の背中だった。
 何かを何を犠牲にしても守ろうとする背。
その背が消えいってしまいそうで、明は思わず声をかけていた。
「みさえ!」
みさえがゆっくりと振り向いた。
「俺たち、どこかで絶対、また会えるよな」
みさえも答えた。
「はい、この世界のどこかで、いつか必ず、またお会いしましょう」
 ◆
 次の部屋に入ると、ハルアキラの居室の真ん前に出た。赤いカーペット。ガラス張りの部屋の壁からはハルアキラの今の、洒落た机も見えた。みさえはただ、ハルアキラを待っていた。だが彼は姿を見せようとはせず、かわりに遠い天井から声が聞こえてきた。
「お久しぶりだね、みさえ。僕だよ、覚えているかな」
「それはもちろん」
「君に会いたくて仕方なかったんだ。君のような美しい、心が清らかで優しい……そんな女性はいないからね」
 みさえの顔は依然厳しいままだ。ハルアキラが嘆息するのが聞こえた。その時、あたりの地盤が落ちたような、激しい音と揺れが起こった。明は遠くから二人の姿を見ている。
「これが科学の進歩だ」
 ハルアキラがにこやかに告げたのは、みさえのいる部屋を重力で捻じ曲げていく時間の始まりだった。大気圏を突破する宇宙船にかかるほどの、凄まじい重力の抵抗。
「ぐっぐっ」
「なあ、みさえ」
 顔が重力でへこんでいくみさえを見ながら、ハルアキラが言った。
「君が悪いんだよ。確かに明君は気の毒ではある。なにせ僕と同じ目に遭ったんだから。だから命は生かしてあげる。君にもそうしてあげたい」
 ハルアキラはそれから、冷めた声音で続けた。
「だが人間だけはダメだ。あいつらは厚顔無恥で、この世の生き物の中で一番汚らわしく、生きていてはいけない生き物だ。わかるだろう」
 その声音はどんどん興奮を帯びてきた。
「なあ、そう思うだろう! 世界は僕らのものだ。なあ、みさえ、新しい世界で僕と結婚しよう! なあ、僕が好きだろう、みさえ」
「……嫌いで、す」
 凄まじい重力に押しつぶされそうになり、背を丸め必死で耐えているみさえが、呟いた。
「あなたが嫌い、で、す」
「僕が好きだろう」
「世界で、一番、嫌いで、す」
「嘘だ絶対に好きなはずだ」
「わた、しは」
 みさえがとぎれとぎれに言葉を紡いだ。
「どんなに汚くても、この世界が明君が、人の笑顔を見るのが、わたし、は、好きだった。優しかったかつての、あなたも……」
 ぼこおっと、みさえの腹部が重力に耐えられずへこんだ。オイルが弧を描くように飛んで失われる。それでもみさえは言った。
「あなたのこと、嫌い、です……!!」

 ――あの日、放課後クラスメートにロボとの【合体】を命じられて、すべてが終わった時、ハルアキラは泣いていた。
「ごめん、みさえ、ごめん、子猫のみいが人質にとられちゃったんだ……本当にごめん」
 泣きじゃくる中学生のハルアキラへ、みさえはセーターを取りながら温顔で言った。
「いいんですよ。仕方ないんです。それに私は、優しいハルアキラ様が好きですから」
 弱弱しい小鳥が寄り添いあうように、二人は厳冬を越えた。

 そのみさえが言う、あなたのことが嫌いです。ハルアキラは様々なことを思い出し、ふ、っと笑った。
「僕の負けだな」
 その時、凄まじい重力の放出が終わった。ぼこぼこに歪んだみさえが、ふっと顔をもたげる動作をする。続いて凄まじい轟音。明がよろよろしながらガラスを破り、自分のもとへ戻ってこようとするみさえを抱き留める。
「君たちの勝ちだ」
 そう言って、天井からゆるやかに落ちてきたのは、白衣を纏ったハルアキラだった。ハルアキラを一目見て、明は驚いた。ハルアキラはもはや言語に尽くせぬほどの、美しい青年だったのである。
「ハルアキラ」
「お互い、みさえにはよく助けられるものだ」
 ハルアキラが長い黒髪を風にそよがせて笑う。と、また世界を割るような重低音。
「この音は……」
「政府軍がコミューンビルを破壊しようとしているんだろう。ロボットを操るように言ったのは政府なのに、正義は建前、気取りたい。人はいざとなれば残酷なものだ」
「そうなのか……」
 なんとはなしに沈む明へ、ハルアキラは朗らかに笑んでみせる。
「そんな訳だ。僕は最後までここにいるよ。お前たちは地上に逃げなさい」
「だけど、ハルアキラ」
 いつの間にか明はハルアキラの白衣の袖をとっていた。どうしてだろう、ハルアキラを見ていると、自分を見ている気がする。もう一人の、パラレルワールドにいるはずの、自分。だから助けなくてはと、思った。
「お前も一緒に行こう」
「どうして。この上の世界は不浄に満ちているんだよ。お前だって知っているだろう」
「知ってるさ。とうに知ってる。だけど、俺はこうも思うんだ」
 明の顔はいつしか、兄に対峙する弟のようなものになっていた。
「人間を模したロボットがこんなに優しかったんだ。だからもしかしたら人間もあるいは、優しい人がいるかもしれない」
 明はなおも、言った。
「信じようぜ。まだ来ない明日が、最高のものであるように」
ハルアキラがく、っと笑った。地下室が崩壊を始める。天井が崩れ、世界が歪む。
「上へは階段をのぼっていけ。じゃあな」
 そうしてハルアキラが天井の崩れていく中に消えていく。明は何度も彼を呼んだが、最後まで、手をあげる彼が振り向くことはなかった――。

 そうして前代未聞の、ロボット反逆事件は幕を閉じた。政府はハルアキラが死亡したことを発表し、あれだけ過疎が進んでいたネットは湧きに湧き、ハルアキラの死体コラがかなり出回った。
 明たちはまた、あの古い家に戻った。みさえはもうふつうの生活に戻ることは出来ず、いつも縁側でへこんだおなかを撫でながら明とお茶をする毎日だ。何も知らぬ近所の目は冷たい。だけど、それでいい、と明は思う。だって自分たちは、生きているんだから。どんなに不浄と苦渋に包まれようと、世界は動き、明日はくる。その明日は大きな絶望となにか素晴らしいものを、どちらも内包しているのだから。
 今日も明は縁側でのんびりしているみさえに寄り添う。
「あ、あきらさま、あれ、みてくださ。綺麗な花、咲いてま、す」
「ん? ああ、そうだな」
「摘んできてくださ。おねが、します」
明が微笑みとともに、愛らしい紫の花を摘んでくる。その花をうやうやしく受け取ると、みさえは明の顔に近づけた。
「ほら、あきらさまに、すごく、似合う」
 明もうんと、力強く首肯する。
「ああ、とてもきれいだ。みさえ」
                  了

明日、またこの世界で ©逸男

執筆の狙い

お久しぶりです。逸男です。今回は不慣れなちょっとしたSFを書いてみました。
テーマは人間とロボットの大戦という、字面から受ける感じはシュワルツェネッガー臭が漂いますが、
そうではなくて、人間の内面にロボットが向かっていくような、そんな感じを目指していきました。
ところどころ、というかかなりぶっとんだ感じがあり、この通りのあほ作者なのでそれを見極められるはずもなく、
皆さまの助力を願うところです。よろしくお願いいたします。

逸男

219.172.74.42

感想と意見

偏差値45

ブラッシュアップしていないので、
ゴツゴツした表現が目立ちます。

ストーリー展開は悪くはありません。
序盤、中盤までは上手いなぁ、と思ったのですが、
終盤はちょっとありがちな感じなのでもったいないです。

とはいえ、充分、楽しませてくれる作品だと思います。

何に似ているかな?
キャシャーン、トランスフォーマー、ターミネーターなどかな。

2017-10-11 04:53

219.182.80.182

逸男

偏差値45様

ありがとうございます。ブラッシュアップの件、ご指摘して頂けて本当に助かりました。
また、ストーリーもありがちとのこと、もっと磨かねば…精進しますね。
個人的にはキャシャーンに近くしたかった感も否めません。人間にロボットが敗北していくような…
このたびはありがとうございます。

2017-10-11 07:47

182.249.246.131

阿南沙希

はじめまして、楽しく読ませていただきました。みさえの差し入れが炭水化物系ではなくさくらんぼというのが好きです。以下、気になった点です。

1:細かい表現
「人間離れした大きな瞳」「腰を複雑骨折」など、ところどころ作者のこう描きたいという気持ちは伝わるけど、描いたとおりを想像するとブルーになる表現が散見します。先の感想にもありますが、時間を置いて推敲すると解決すると思います。

2:みさえは何故主人公の家に?
どこかに書いてあったら申し訳ないですが、みさえはどうやって主人公の家に来たのでしょうか。ハルアキラ博士の大事なロボットのようですが…ここも、補完すれば解決します。

3:ハルアキラについて
人間を滅ぼしたいなら、ハルアキラももれなく対象のはずですが、みさえと共に生きたいような台詞があったので「?」でした。結局滅びますが、見せ場での矛盾はマイナスかと。
ハルアキラはロボット生産者としてロボットとなって生き続ける、またはぶっとび設定でロボットと人間の間に生まれた子どもだった…など、彼の設定をもう少し深めて明確に出すと良いと思います。

でも全体的に面白く読めました。お話は確かに既視感ありますが(力こそ全て系の描写は少なかったのでシュワちゃん臭はあまり感じませんでした笑)良いところ、ダメなところが各キャラクターに混在していて、上手いというよりキャラが立っている・魅力があると思います。これを書いた方はとても素直な方なんだろうな…と感じました。これからも頑張ってください〜!

2017-10-11 13:04

126.161.148.22

グスタフ

興味深く拝読させて頂きました。特に、みさえのキャラは、既視感があるとは言え、とても魅力的でした。

短編なので、難しいかもしれませんが、もうひとひねりできると、さらに作品が面白くなると思います。
明の父を後半で再度登場させるとか、みさえの心に暗黒部分があるとか...

また、他の人の感想にあった「ごつごつした表現」ですが、私なりに以下にように変更してみました。ご参考まで。



柔らかく、優しい光。部屋に朝日が射し込み、明は眼を覚ます。
ベッドの上に身を横たえたまま、夢の残り香を嗅ぐ。淡い夢だった。死んだ母を見たような、いるはずもない兄を見たような。
 -朝だ。
ゆっくりと起き上がり、窓をあけてみると、木々の緑が輝かしく目に映る。初夏の今、朝の空気はまだ涼やかだけれど、今年の夏も酷暑だとアナウンサーが告げていた。そのかわり、秋は随分涼しくなると言っていた。
 -俺は秋まで生きているのだろうか。
 恐ろしい妄想にとりつかれる前にと、明は一階のリビングに降りた。珍しく誰も出てこない。まだあの女は眠っているのか。ったく、いい身分だ、と舌打ちする。ただのロボットのくせに。いや、もしかしたら、あるいは。
(母になるロボット……)
 青みがかった白壁に包まれたリビング。酷く孤独な明の胸に、不快な予感がよぎる。
(いやだ……)
 明はこざっぱりとしたキッチンで、水を一気に喉へ流し込んだ。そこでぎい、とドアが開く音が聞こえた。

2017-10-12 11:47

210.128.240.34

逸男

阿南様
ありがとうございます!
いろいろよご指摘を頂けて助かりました。やはり優れた書き手さんにはごまかせないなあ、と
自分の至らぬ点を反省しております。
本当にありがとうございます。

グスタフ様
ありがとうございます!
ご意見をうまく織りまぜながら、また頑張りますのでよろしくお願いいたします。

2017-10-12 19:51

219.172.74.42

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