作家でごはん!鍛練場

『僕が懺悔いたします』

水島麗亜著

お読みいただきありがとうございます。

鬱々とした気持ちをぶつけたくて執筆しました。【後悔】をテーマに性格の歪んだ中年男性の独白です。
拙い文章ではありますが読んでいただけたら嬉しいです。

僕は兄を馬鹿にしていました。
僕の家は、富山の山奥にあり、父や母もできの悪い兄を蔑んでいました。
幼い頃からそんな二人を見て育った僕もまた、兄を蔑み、自分よりも下の存在と認識していました。
兄はできが悪く、容姿も僕ほど整ってはいませんでした。いつもくしゃくしゃの汚らしい髪を揺らし、牛乳瓶の底のようなメガネをかけ、その奥にある大きな目をぎょろぎょろさせている、みっともない子供でした。僕はそんな兄が嫌いで嫌いでたまりませんでした。
僕はいつも輪の中心にいるタイプの男で、兄と違い学校中の人気者で、先生たちの信頼もあつかったたです。そんな僕の唯一恥ずかしいものが、兄の存在でした。
いつも俯いて、ボソボソと話す兄を見ていると、胸の内がざわざわとなり、無性に意地悪をしたい衝動にかられ、僕は家でも外でも兄をいじめました。友人と兄をからかい、鞄を家まで運ばせ、近くの川に突き落としました。それを続けるといつの間にか兄は僕を見ると逃げるようになっていました。
両親はそれを止めず、弟にやられて逃げるなんて臆病な子だと余計に兄をなじりました。そうすればするほど僕は面白くてたまらなくなり、兄をからかいいじめました。
しかし、小学校の頃は兄を散々いじめていた僕も、中学に上がるといじめるのはやめました。いや、いじめるのをやめたと言うよりも、いじめるのが面倒になったのです。いじめると言うことは、兄のことを考えたり、色々と面倒なことに頭を回さないといけないということになります。兄をいじめるよりももっと面白いものが周りには溢れており、僕はそれに夢中になってしまい、結果として兄をいじめるのをやめたということになったのです。
僕と兄は、朝食の席で会えば軽く挨拶を交わす程度の関係になりました。
兄は僕を見ると怯えた顔にはならなくはなりましたが、やはりいつも俯いていました。
そんな兄と決裂したのは、高校に入った時のことです。
僕には高校に入ってすぐ、可愛らしい彼女ができました。明るくて可愛い彼女と、クラスでの人気者の地位を得た僕の高校生活は明るいものでした。
僕が彼女を家に呼んだのは、付き合いだして三ヶ月ほどした日のことでした。兄が不在なことを確認し、僕は初めて彼女を部屋に招いたのです。
両親は僕の彼女を見て素敵なお嬢さんだと褒め称えました。僕もそう思っていたので彼女を見せびらかしてから部屋に引っ込みました。楽しく部屋で話をし、彼女がトイレに立った時に事件は起こりました。兄が、帰ってきたのです。
運の悪いことに、僕は兄が帰ってきたことに気がつかず、さらに彼女は兄と会ってしまいました。
彼女は部屋に戻ってきてから僕に向かいました。
「智くんってお兄さんがいたのね」
その言葉に僕は青くなりました。
「あいつに会ったのか?」
「ええ、さっき。玄関のところで会ったわ。びっくりしたわ。智くんからお兄さんの話なんて、聞いたことがなかったから」
その言葉に僕は動揺を押し隠すように一つ息を吸い込んでから口を開きました。
「あんなのは、兄でもなんでもないんだ。忘れてくれ」
「…仲悪いの?」
「ああ」
そういい強引に彼女の唇を奪いました。
そうしていれば、兄と会ったことを幻にできるような気がしたのです。
しかし、もちろん彼女は兄と会ったことなど忘れはしませんでした。兄と会ってから、九日後に僕は彼女に振られました。
「智くん、私人をいじめる人って嫌いなの」
その言葉を言った時の彼女の顔はしかめっ面で僕のことを心から嫌悪しているのが伝わりました。
「僕はいじめなんかしてない」
「うそよ。私智くんがお兄さんをいじめていたって聞いたわ。そんな過去のある人と付き合うなんて無理よ。」
ぴしゃりと彼女はそう言い放ち、僕の元から去って行きました。
僕は呆然とその場に立ち尽くしていました。今自分に起こったことが信じられなかったからです。
僕は兄をせめました。兄がばらしたんだ、僕の幸せを妬んで彼女に吹き込んだんだと思い、兄を無茶苦茶に殴りました。兄は自分は話してなどいないと言いましたが、僕は自分の気がすむまで兄を殴りました。
これが僕と兄の間に深い溝を作った事件でした。これ以降、僕はあの日まで兄話すことはありませんでした。



東京の大学で法学を学び、幸せな大学生活を送っていた僕は、東京で就職をし、結婚しました。就職してから十六年が経った時急に母から連絡が来ました。
「お前にぜひ富山に帰ってきてほしいのよ」
電話は介護の依頼でした。
父が他界した今、僕の育った家には母が一人で暮らしています。しかしいい加減に一人暮らしはきつくなったので、僕に帰ってきて介護をしてほしいと言うのです。しかし、僕には東京に仕事も、妻も子供もあります。妻と子供を連れて富山のあの山奥に帰る気になど到底なれませんでした。
「母さん、僕にも家族がいるんだ」
「ええそうねえ。ごめんなさいね」
「とりあえず和美にこのことを話してみるよ。それと兄さんにも連絡を取る」
「智!何をいってるんだい。私は嫌だよ。あの子に介護されるなんて!お前がいいんだよ」
「でも僕には仕事があるんだ。それに美穂が中学受験に受かったんだ。あの子の頑張りを無駄にするのはあんまりにもかわいそうだよ」
「それは…ええわかったわ智。あなたのしたいようにしてちょうだい。でも私はぜひあなたに面倒を見てほしいのよ。」
「ああ、わかった。とりあえず話し合うさ。」
そういい僕は電話を切りました。
東京生まれ東京育ちの和美を、あのコンビニ一つない田舎に連れて行くのはあまりにも酷です。そこで姑の介護など、いい顔をするわけがありません。それに、美穂の中学の件もあります。四年生の時から頑張っていた美穂に悲しい思いをさせたくはありませんでした。
僕が母の介護をできないとなると、介護をするのは兄しかいません。それに兄は長男です。兄が介護をして母を支えるのが筋でしょう。
そう思い僕は次の休みの土曜日に兄の家を訪ねました。
兄の家は、富山の少し開けたらところにある小さなアパートでした。
僕の訪問に兄は少し驚いたようですが、家にあげてくれました。
僕は手土産の大福を兄に渡してから要件を切り出しました。
「兄さんに、母さんの介護をしてほしいんだ」
その言葉に兄は驚いたように僕を見ました。
「この間連絡があってね。あの家で一人で暮らすのはもう厳しいらしいんだ。僕が介護したいのは山々だが和美が嫌がるし、美穂の中学だって困る。それに仕事だってやめなきゃならい。とても困るんだ。だから兄さんにやってほしい」
兄は大福を咀嚼しながら首を横に振りました。
「嫌だよ。俺にだって仕事がある。どうしてわざわざ母さんの介護なんてしないといけないんだ。お前みたいに俺は母さんに可愛がってもらってもいない。今更返す恩も何もないさ。」
その言葉に僕はムッとしまひた。
「育ててもらった恩はあるだろう。それに兄さんは僕と違って独身じゃあないか。僕には家庭があるんだ。しかも兄さんは長男だ。介護っていうのは長男がやるべきものだよ。僕の周りの人だって長男だからといって親の介護をしていた。だから兄さんがやるのが筋ってものだろう」
兄はふんっと鼻を鳴らしました。
「お前は面倒だから俺に押し付けているだけだろう。嫌だといったら嫌だ。俺は直接母さんに頼まれたわけでもない。まあたとえ直接頼まれても断るがね。悪いが俺はそんなことしている暇がないんだ。」
話すことはないといった風に兄は目線をそらしました。その態度が僕の気に障ったのです。僕は絞り出すように言葉を紡ぎました。
「人生負け組のくせにどうしてそんなに偉そうな態度が取れるんだよ。兄さんは兄さんらしく、黙って俺のいうことを聞いてればいいだろ。口答えするなよ」
「お前も少しは弟らしさを学べばいいさ。」
兄はそういい、ずずっとぬるくなったお茶をすすりました。
「僕は無理なんだよ。兄さんしかやる人はいない。金銭面の援助は僕がするから兄さんにしてくれなきゃ困るんだ」
「なら、勝手に困っていればいいだろう。それに俺は」
そこまで兄が言った時にガチャリとアパートの扉が開きました。
「仁さん、仁さん。聞いてちょうだいよ!」
嬉しそうな声が玄関から響き、スパンととじて会った襖が開きました。襖の奥には、栗色の髪をした可愛らしい女の人が立っていました。女の人は僕のことをちらりと見てから「お客様?」と首をかしげました。
「弟が遊びに来ているんだ」
「まあ…そうなの。私てっきり弟さんとも絶縁してる思ってたわ」
「俺はそのつもりだったよ。これが勝手に訪ねて来たんだ。それよりどうしたんだい、そんなに慌てて」
「ああそうだ!大ニュースよ。やっぱり私妊娠してたみたい」
その言葉に兄は顔を輝かせました。
「ほら!やっぱり検査薬は嘘じゃなかったろ?」
「ええほんとね。すごいわぁ。私、できにくい体質だから無理だと思ってたの。幸せだわぁ」
そう言って抱き合う二人を僕は呆然と見ていました。
兄はひとしきり女の人と喜んでから僕の方に向き直りました。
「俺には子育てがある。だから無理だ、帰ってくれ。そして、うちの敷居を二度とまたぐな」
威圧的なその態度に僕が口を挟む前に奥さんが僕に向かいました。
「ええそうよ。帰ってちょうだい。うちの人からあなたたち家族の話は全部聞いたわ。何しに来たのかは知らないけど、私たちとは関係のない話だわ!帰って」
そのあまりの剣幕に、僕は逃げるように家を転がり出ました。
僕は嫌がる和美になんと言えばいいのでしょう。美穂になんと説明したらいいのでしょう。
あの女は一体なんだったのでしょうか。あれは兄を変えた魔物にしか僕には見えませんでした。あの臆病で使い勝手のいい兄が僕に反抗するとはとても思えなかったのです。
僕は、あの富山のアパートで見たものを、信じられないのです。
兄に介護をしてもらわなければ、僕の幸せな生活は守ることができません。
なぜ兄は、僕のいうことを聞いてくれないのでしょうか。
もちろん誰も僕の疑問には答えてくれませんでした。
僕は結局和美と美穂を東京に残して、単身で富山に帰らなくてはならなくなりました。
富山の支社で仕事をし、家に帰り母の介護をする生活は苦痛以外の何者でもありませんでした。
そして僕はこの時ようやく、母のおかしさに気がついたのです。
僕が散々馬鹿にしてきた兄は、賢い人でした。可愛がられなかったからだとしても、父と母と絶縁していたのは賢い行いでした。
僕が富山に移って三ヶ月で和美と僕は離婚されました。和美には、医者の恋人がいたのです。和美にとって僕は、給料を運んでくる男でしかなかったのです。僕は会社に出社する時、たまに兄の家族を見る時がありました。
兄の家族は幸せそうで順風漫歩に見えました。あの若い奥さんは、この辺りでは有名な企業で働いていますし、兄も工場の偉い人のようでした。
僕は、ひどく後悔しています。
僕は兄にひどいことをしました。
しかし僕は、もう兄に謝ることもできないのです。




そう遠山智さんは締めくくった。
お兄さんの遠山仁さんは、家族とともに交通事故で亡くなったらしい。
もう二ヶ月も前のことだが、智さんにとっては心残りなことだろう。
「もう僕はどうしたらいいかわからない」
そう話す智さんの話を聞く。
私の仕事は、患者さんの話を聞き、治療をすることだ。
この小さな精神病院で働く私は今日も遠山さんのように、心に深い傷を負った人たちと話を聞いて回る。それが、私のお仕事だから。

僕が懺悔いたします ©水島麗亜

執筆の狙い

お読みいただきありがとうございます。

鬱々とした気持ちをぶつけたくて執筆しました。【後悔】をテーマに性格の歪んだ中年男性の独白です。
拙い文章ではありますが読んでいただけたら嬉しいです。

水島麗亜

210.128.207.195

感想と意見

偏差値45

>美穂の中学
意味不明の内容 具体的に何を言っているのか、分からない。

最後のシーンでは視点が病院の医師になるわけですね。

なかなか素晴らしい作品です。
個人的には合格点を差し上げたいです。

2017-10-10 02:45

219.182.80.182

水島麗亜

偏差値45さん

ありがとうございます。そうですね、自分で読み返してみて確かにわかりにくい表現でした。私がわかる、ではなく読者の方にわかるようにかけるように努めます。

お気に召してくれたようで何よりです。ありがとうございます。

2017-10-10 09:51

182.250.251.194

三田

拝読しました。とても面白く読ませていただきました。

>美保の中学
個人的にはあんまり気になりませんでした。むしろ都会らしい言い回しだと思いました。高いお金を払って高い入学金と授業料を払ってネームバリューと体裁を気にして…いかにも都会にいそうな「意識高い系」のようでとてもいい描きかただと思いました。

それよりも唐突に精神病棟の医師に視点が切り替わった方が気になりました。その医師ないしカウンセラーが主人公の掌編がオムニバス形式でまとめられた作品集だったら気にならなかったと思います。が、一本の短編として見ていたので
「突然登場人物が増えた?視点が変わった?情報が最後に一気に増えたぞ?!」
と動揺してしまいました。

医師(ないしカウンセラー)の視点で描くのであれば、
「○月×日 患者名 遠山智 病名 △△
今日のカウンセリングも亡くなったお兄さんの話をした。」
みたいな、カルテ目線でも良かったかもしれません。そうすると余計な人物の余計な感情表現が入り込まないので私のような素人読者でもビックリしなかったかも…

あと、鬱々とした気持ちをぶつけたくて、と書かれていますが、最後に登場した病院関係者はとても優しい雰囲気で描かれているように感じました。それには意図がありますか?そこまでとてもいい雰囲気で嫌な人間像を描かれていただけに、突如登場した「いい人」に戸惑った、というのもあるかもしれません。

長々と、しかも多々上から目線の発言、大変失礼いたしました。先に申し上げた通り、とても面白く、続きが気になり、一気に読みました。ありがとうございました。次回作楽しみにしております。

2017-10-11 02:38

175.177.4.10

三田

連続投稿失礼致します。

視点が病院関係者に切り替わった違和感は、それまでの文章があまりにも見事に淀みのない独白だったため独白というより主人公視点の掌編だと思い込んでいたからかもと思い至りました。もっとどもったり、言い直したり、話が飛んでいたり、話し言葉らしい言葉で書かれていたら、男の独白→医師の診断、という視点の切り替わりもあまり驚かなかったかもしれません。

取り急ぎ追記まで。

2017-10-11 02:45

175.177.4.10

水島麗亜

三田さんお読みいただきありがとうございます。
イライラした時に急に遠山智が私の中にでき、気持ちの赴くままに書いた作品なので面白いとおっしゃってくれると嬉しいです。
ラストの視点変更、確かにいきなりでしたね。混乱させてしまって申し訳ない。
書いていればいるほど、私が遠山智に愛着を持ってしまい、この性格の悪い男を救ってやりたくなったのが原因です。最初は智を落ちるところまで落とし、後悔と苦悩の中で智が苦しむところで終えるつもりでしたが、私の力不足でどうもうまく終わらせられず、かつ愛着の湧いてしまった智に救いを与えてやりたくて、結果あの女性に手を差し伸べてやってもらいました。
カルテ!全然気がつきませんでした。そうか、そうすればよかったのか。冒頭でいきなり遠山が語り出すではなく、医師とのやりとりを入れれのもありだったかもしれません。
指摘していただきありがとうございます!新しい発見ができました。

2017-10-11 12:39

210.128.207.195

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