作家でごはん!鍛練場

『オー、ブラザーズ! 少年たちと砂漠のクリスマス』

香川著

半年以上、他サイトで連載していたものです。

ごはんは連載形式が取れないため、長編は読みにくく、どうしようかなと思っていましたが、他にも長編を投稿されている方がいらっしゃったので、思い切って投稿してみました。

長いので申し訳ないです。
ご無理のない範囲で読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

※約139000文字(原稿用紙400枚程度)です。長めなので、あらすじを載せます。お読みになるかの参考にどうぞ。


    あらすじ
海が消え、砂漠化が進んだ世界。
人々は戦いに備えて巨大な戦車で移動生活をしていた。
巨大戦車で働く戦車砲掃除兵(※)の子どもたちは、ろくに食事も与えられずに重労働をさせられる者が大半だった。

十四歳で掃除兵として働きに出たジョンは、一年後、親友のデレクと共に革命を起こすべく仲間を集め始める。

決戦の聖夜、少年たちに奇跡とプレゼントが訪れる。

(※)「戦車砲掃除兵」とは、巨大戦車の戦車砲へ直接入り、中の砂や煤を落としていく役目を担う少年兵のことです。

    プロローグ
 
 小さい体は粗末な火葬台へ横たえられ、その上を這うように炎が広がっていく。寒い砂漠の夜、緋色がゆらめき、台を囲む少年たちの表情へチラチラと陰影を映す。黒髪に浅黒い肌の少年とその隣のひときわ背の低い巻き毛の少年は共に目を伏せてぎゅっと唇を噛みしめており、少し離れたところでは銀髪の少年が頬を涙で濡らしている。その背をそっとさするひょろりと背の高い少年もまた、目に涙をためていた。他にも、何人もの少年たちが痛ましい表情を浮かべている。しかしジョンが最も気がかりだったのは、一段と大人びた金髪の少年だ。炎の明かりが照らし出す端正な輪郭は一つも歪まず、ただ物思いに沈んでいた。

 日が昇ると、夜の冷え込みが嘘のようなひどい暑さだった。昨晩、哀しみに暮れていた少年たちもまた、打って変わって元気に砂を蹴散らしてはしゃぎまわっている。汗ばんだ肌に砂が貼り付き、ほとんどが砂人形のようになって遊んでいる。唯一、この暑さの中長袖長ズボンの銀髪の少年だけが人らしい姿を保っていた。
 ジョンは戦車の脇に座る金髪の少年の隣へ腰を下ろした。
「かわいそうだったな」
 隣からの静かな声。
「戦いが終わるまでに、同じようにきっと誰か死ぬ」
 そう言いながら、彼は砂と戯れる仲間たちを見つめている。自責の念を感じ取ったジョンは言う。
「君のせいじゃないよ」
 少年はかぶりを振った。
「オレがみんなを集めたんだ」
「そのおかげで助かった子だっている」
 少年がジョンへ顔を向ける。まっすぐな視線に少しジョンは怯んだ。
「お前は違うだろ。オレと一緒に来なければ、こんな危険な目には遭ってない」
「ぼくが決めたことだ」
 ジョンはきっぱりと答え、走り回る仲間たちへ視線を移す。
「みんなだって、そうだよ」
 少年たちは大声で笑い合い、小突き合い、転げまわっている。
「あと二日で終わりじゃないか」
 沈黙が二人の間に落ちてきた。仲間たちの声が風に乗って響いてくる。金髪の少年が深く息をついた。
「あと二日で決戦だ。みんな不安を紛らわすために、ああやって騒いでるんだ。誰が死んでもおかしくないんだよ」
「デレク」
 ジョンが呼びかけると少年――デレクは突然にこう口にした。
「なあ、村にいる時に聞いた『サンタクロース』の話、覚えてるか?」
「え?」
 ジョンが面食らって言うと、デレクは彼を見てにっこりと笑った。
「話してやろうよ、あいつらに」

 *****

 デレクはジョンの親友だ。そしてこの少年団を組織したリーダーでもある。彼ら自身は自分たちを指す呼称を決めていたわけではないけれど、世間からは後にこう呼ばれるようになる。「最悪のガキ軍団」と。
 
    1.ジョンとデレクの旅立ち
 
 デレクが「最悪のガキ軍団」を結成するに至ったのは、少年たちが戦争の犠牲になり続けていたからだ。ジョンとデレクが生まれるよりずっと前、地球からは海が消え、砂漠化が進んだ。なけなしの水と食糧を巡り争いが起こるのは避けられなかった。はじめは国と国、村と村が戦っていたが、生活の糧となるものが安定して得られないのでは定住は難しい。次第に移動生活を送る人々が増え、力のある者は戦いに備えて戦車で移動しながら暮らすようになった。
 戦車はどんどん巨大化し、当然収納される戦車砲も大きくなる。そこで問題になるのが戦車砲の掃除だ。砲弾を撃つと戦車砲の中は煤だらけ。その上に砂漠での戦いなのだ。きちんと掃除しなければ、細長い砲身の中は砂と煤まみれで使い物にならなくなる。そのままでは中が詰まって破裂事故になりかねないのだ。だから戦車一台につき、戦車砲の掃除のための少年兵を付けて置くことが一般的だ。自ら中に入って砂や煤などの汚れを落とすには、大人では大きすぎるのだ。
 掃除兵の少年は、たいていが村や町から買われてきた。重労働な上に危険も大きい。みんな戦車で共に暮らす息子たちにやらせたいとは思わない。加えて村や町はどこも深刻な食糧不足に陥っていた。それで人買いが掃除兵の少年を探しに来ると、生活のために誰かしらが泣く泣く自分の息子を手放すのが常だった。

 ジョンとデレクもそうやって慣れ親しんだ故郷を離れた。

 当時十四歳だった二人の村に、骸骨のように目の落ちくぼんだ痩せ男がやって来た。彼は一人には大きすぎる軽装甲車で村の酒場に乗り付け、二、三杯酒をあおるとその場にいた男たちにこう告げた。
「オレは戦車砲掃除兵のガキを探してる。いくつか村を回って十人はほしいところだ。ここにも十から十五くらいのガキはいるだろう?」
「自分の息子を人買いに売る親はいない」
 そう言って立ち上がったのはジョンの父親だった。
「ガキ一人につき水三百クォートとウサギ五匹と交換だ。当分の間は水と食糧に困らなくて済むぞ」
 父が、出ていけと口にしかけた時、奥の客席から声が上がった。
「オレの息子は十四だ」
 客たちは声の方へ振りむき、その主を探した。角の一段と暗いテーブルから一人の男がおもむろに立ち上がり、みんなの前へ進み出る。デレクの父だった。
「オレには二人の息子がいる。弟の方は病気で足が悪いが、兄貴の方は丈夫だし年の割に力もある。きっといい働き手になる」
「何言ってる!」
 ジョンの父がほとんど叫んで言ったが、デレクの父は構わずに人買いの男を見つめ続けた。男の口元がにたりと歪む。
「よし、明日にでもあんたのガキに会ってみるとしよう。使えそうなら交渉成立だ」

 その晩、屋根裏のベッドで聞き耳を立て、父が深刻そうに母に話すのを聞いていたジョンは、思わず布団をはねのけ飛び起きていた。
「そんなのダメだ!」
 彼が叫ぶと父と母は目を丸くして屋根裏を仰ぎ見た。
「デレクを人買いに売るなんて!」
 父の瞳の輪郭にまぶたがゆっくりと被さっていく。それにしたがい、驚きに代わって哀しみが下りてきた。
「気持ちは分かる。でもそれはデレクの父さんが決めることだ」
 優しい口調ながら、父の言葉は有無を言わさぬ力を持っていた。本当は何一つ納得などできていないのに、何も言い返せない。ただただ、心に激しい怒りや悲しさや不安が溢れてきて、でもそれを反論の言葉に置き換えることができなかった。
「そんなのひどいよ……」
 やっと出た声が、子どもの駄々のように聞こえる。余計に腹が立った。父はため息をこぼすと外へ出ていってしまった。
 二人のやり取りを見ていた母は、父の姿が消えると梯子を上ってきて、ジョンの焦げ茶色の髪をそっと撫でた。
「とにかく、今は寝なさい」
 ジョンは母の手を払いのけ、ごろんと背中を向けた。

 翌日の昼下がり、デレクがやって来て人買いと共に明後日村を出ると告げた。
「だめだよ……」
 ジョンはそんなことしか言えない自分が悔しかった。何もできないことが歯がゆかった。
「ごめんね」
 気がつくとそう言っていた。デレクはきょとんとしてジョンを見て、それから目を優しく細める。
「なんでお前が謝んだよ」
 ジョンの目から涙がぽろりとこぼれた。
「だって、ぼく何もできないから……」
 デレクはポンポンとジョンの肩を叩いた。
「オレは平気だよ。出発前にまた来るから」
 何か応えようと思ったけれど、言葉が出なかった。仕方なく、ジョンはこくこくこくと何度もうなずいた。

 デレクが発つまでの間、ジョンはずっと考えていた。母の家事を手伝ったり、ラクダの世話をしたりしながらも、じっと自身の心を見つめ続けていた。
 デレクを一人で行かせたくない。彼は弟のラリーをとてもかわいがっている。母親がおらず、父親は飲んだくれだったため、ラリーの面倒はずっとデレクが見てきたのだ。父と二人で残される弟のことが心配に違いないし、何より離れるのは寂しいはずだ。もしも――自分が一緒に行くことで、少しでもその寂しさが埋まるなら。心細さが和らぐなら。そう思った時、彼の意志は固まった。

「ぼく、デレクと一緒に行くよ」
 父と母に告げたのはデレクの出発前夜だった。
「戦車砲掃除兵になる」
 二人は目を見開いて驚きをあらわにした。徐々にまぶたが緩んでくると、父の目には怒りが、母の目には悲しさが映った。
「何言ってる!」
 父が凄みのかかった声を出した。ほとんど耳にしたことがない声音に心臓が震える。父は一度深呼吸してから、声を低めて言った。
「お前が行ったところで、どうなるわけでもないんだぞ」
「分かってるよ。分かってる。でもデレク一人で行かせられない」
「デレクが喜ぶとでも思ってるのか?」
 思わない。きっとデレクは怒るし、心を痛める。でもそれとは別に、きっと孤独や不安は和らぐ。二人の方がずっと気持ちが楽だ。
「もう決めた。止めたった行く」
 言い切ると同時にぴしゃりと頬をぶたれた。母だった。それまで黙って聞いていた母の口から、堰を切ったように言葉が溢れる。
「それはあなたが決めることじゃないでしょ。親友を助けるつもりになってるんだろうけど、それはあなたの自己満足よ。デレクだって傷つく。それに二人で一緒に働けるわけじゃないのよ。別々に売られて二度と会えないかもしれない。売られるまでのほんの僅かの間、一緒に過ごすためだけに人生を棒に振るなんて。その責任を親友に負わせるなんて。どうかしてるわ!」
 母の言葉の一つ一つが耳に痛かった。でも、その痛みは彼の急所までは届いてこない。彼のまっすぐな心は、デレクと共に行くことが正しいと信じて疑わなかった。
「何と言われようと、ぼくは行く」
 ジョンがきっぱりと言うと、母がまた口を開く。――が、言葉が出る前に父が肩に手を置き、首を振って制した。父はジョンをじっと見つめる。
「母さんの言うことは正しい。一緒にいられるのはほんの僅かな時間だ。そのせいでお前の人生が変わり、デレクはその責任を感じ続けるんだ。それでも行くっていうのか?」
 ジョンはまっすぐに父を見つめ返して頷く。
「少しの間だけでも、一緒にいられれば楽になる。その後だって、会えなくても同じように頑張ってるんだって思えるだけでずっといい」
 父は深く深く息を落とす。
「好きにしろ。でも、これだけは約束するんだ。必ず戻ってこい。掃除兵を続けられるのはせいぜい十五か十六までだ。一年か二年後、必ず戻ってこい」
ジョンは父の目をまっすぐに見つめ返す。
「分かった」
 父は目を伏せると、また外へ出ていった。

 翌日、デレクが挨拶のつもりでジョンの家へ寄った時には、ジョンはすっかり身支度を整えていた。一緒に行くと言うと、案の定、彼は声を荒げた。
「何言ってる! オレは仕方ないから行くんだぞ。お前は違うだろ。なんで父さんや母さんの側にいてやらないんだよ」
「デレクだって、ラリーの側にいるべきだ」
 デレクの顔が悲しい怒りに歪む。
「あいつにはオレより薬が必要だ」
「君の父さんがちゃんと薬買うと思うの? きっと水とウサギを売った金を酒代にしちゃうよ」
「薬はもう買った」
 デレクはくるりと背を向けた。しかし、ジョンはついていく。
「もう決まったことだ。あの人買いと父さんが今朝話して。君が嫌がっても一緒に行く」
 デレクは一度立ち止まった。でも、振り返ることも声をかけることもせずに、すぐにまた歩き出す。自分を拒むその背中に、ジョンは小走りでついていった。

 男の軽装甲車が砂を巻き上げて走っていく。窓の外に舞うその砂埃を、ジョンは眺めていた。どこもかしこも同じようにただ砂に覆われているので、故郷からどれだけ離れたか分からない。それが逆にジョンの胸を冷たくした。気がつかないうちに二度と戻れないほど遠くへ運ばれてしまっているかもしれないのだ。故郷を後にした実感さえないままに。
 車に乗り込んでから、デレクは目を伏せて黙りこくっている。それどころか、身じろぎする気配すらしない。きっとまだ怒っているのだ。
 永遠のような沈黙の後、デレクがようやく口を開いた。
「ラリーは二日間、ずっと泣いてた」
 ジョンが顔を向けると、デレクは目を伏せたまま首に下げた紐を服の下から引っ張り出した。その先には小さな藁馬人形がついていた。
「ラリーがくれたんだ。クードウツの葉で編んでくれたらしい。『これあげるから、ぼくのこと忘れないで』って。オレは何も残してやれなかったのに」
「デレク……」
 声がこぼれたが、ジョンは言葉を続けられなかった。今になって、捨ててきたものの重さに気がついて、はっとしていた。

 軽装甲車はその後もいくつかの村に泊まった。二日、三日そこで過ごすと、少年が一人、また一人と増えていった。そうして、はじめは二人だけでがらんとしていた車内が、いつの間にか少年たちでぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「お前、本読んでるのか?」
 無言の狭苦しい空間に、いかにも声変わりの途中という感じの掠れた声が響いた。彼の言葉通り、その隣で本を開くひょろっとした色白の少年が顔を上げる。
「そうだけど……」
 少年たちの何人かが目を丸くした。
「すげえ!」
「字が読めるのか?」
 少年はむず痒そうに小さくうなずいた。
 感嘆の声をあげる他の少年たちの傍ら、デレクとジョンは顔を見合わせていた。字が読めるほどの教養のある少年が、なぜ戦車砲掃除兵なんかにならなくてはならないのだろう? しかし、ここでそういったことを詮索するのもはばかられた。二人は目配せで何も言わない意思を伝え合った。
 最後の村を出てからしばらく走ると、少年たちの「売り場」に着いた。

    2.ジョンの仕事場
 
 売り場には、少年たちの腰ほどの高さの細長い棒ざおに縄を渡して作られた四角い仕切りがあった。その中へ十一人の少年たちがぞろぞろと入っていく。周りには幾人かの男たちが集まってきており、見たことがないほどの巨大な戦車がいくつも停まっていた。
「これが今回のガキどもだ。前みたいに女々しいのは、ほとんどいないから安心しろ」
 人買いは陰気そうな猫背の男に視線を投げると、にたりと口元を歪ませて「まあ、そういう奴がいいってのもいるがな」
 それから集まった男たちは仕切りに近づき、少年たちの体の上に視線を滑らせた。中には腕をつかんで、機械の動きの滑らかさを調べるようにひっくり返したり持ち上げたりする者もいた。ひと通り品定めを終えると、男たちは我先にと気に入った少年を仕切りから引っ張り出し、人買いのもとへ連れていった。
 デレクは一番初めに骨ばった体つきの大柄な男に選び出された。それを見た途端にジョンの胸に心細さが伸びてきた。大男はデレクの肩を乱暴に引っ掴んで人買いの元へ向かう。そこで一言、二言言葉を交わすと、金を払い、デレクを自分の戦車へ引き連れていった。ひときわ大きく黒く、おぞましい生き物のような戦車だった。

 デレク!

 心の中で叫んだけれど、彼はジョンを振り返ることなく戦車の中へ消えていった。

 一方のジョンはなかなか選ばれなかった。仕切りの中が、一人、また一人と減っていく中、彼はじっと待ち続けた。そうして残っているのはジョンと、あの車内で本を読んでいたもやしのような少年だけになった。
「お前だ。さあ、おいで」
 そう言ってジョンの肩に手を置いたのは、赤い団子鼻の男だった。人のよさそうな笑顔に思わずほっとして、すぐさま仕切りから出る。その時、ふと最後に残った少年のことが気にかかり、振り返った。彼は静かに口角を上げて応えてくれた。ジョンもできる限り顔をほころばせて返すと、急いで男の背を追った。
 支払いを終え、戦車に向かって歩く。徐々に近づく車体は砂に紛れてしまいそうな黄土色をしていた。隣には比較的小ぶりの真っ赤な戦車が停まっている。二つ並ぶと派手な色に気を取られて、より大きいはずの黄土色の戦車がひどく控えめに見えた。赤い戦車には、ちょうど先ほどの猫背の男が少年を連れて乗り込むところだった。少し離れたところに、赤い戦車と同じくらいの大きさの青い戦車が停まっている。もやしのような最後の少年は、あの戦車に乗るのだ。

 団子鼻の男に連れられて前面の高い位置にあるハッチから黄土色の戦車に入る。内部を見た瞬間、ジョンは目を見張った。武骨で地味な外観からは想像ができない世界が広がっていたのだ。最下階から最上階まで吹き抜けになった大ホール。正面には上から下まで伸びる大きな大きなステンドグラスがあり、ピカソを思わせる現代アートが施されて外光に淡く輝いている。外からはステンドグラスどころか窓が取り付けてあることすら分からなかったのに、どうなっているのかジョンには皆目見当がつかなかった。吹き抜けの途中にはいくつもの通路や階段がクモの巣のように張り巡らされている。ハッチへ続くその通路の一つから身を乗り出し、ジョンは階下を見下ろした。そこでは何十人もの人々が行き交い、新聞を読み、食事をとっている。天井を仰いでみると、そこにはドクロをかたどった照明が、キラキラと輝いてホール全体を照らしていた。こんなに豪華絢爛な光景を見たことがなかったジョンは面食らって立ち尽くした。その様子を見て、男が笑った。
「はじめはみんなお前みたいな反応するよ。村や町の子どもは、こんなの見たことないだろうからな。まあまあいい所だろ。でもお前の仕事はきついぞ」
 男は再びジョンの肩に手を置く。
「オレは戦車長のバードだ。まずはお前の寝床を教えてやる。迷子になると困るからな。その後、仕事のことを話そう」
 男――バード戦車長は近くにある階段へ歩を向けた。ジョンは慌ててそれに続く。
 最上階の砲塔と砲塔の隙間に、ジョンの寝床はあった。大ホールの煌びやかな装いとは打って変わって、ひどく粗末な作りだ。床は薄く錆び付いた鉄板でできており、歩くだけでガコンガコンと音を立てた。ベッドは小さく、あちこちに汚れがこびりついている。しかし、このくらいなら彼の育ってきた家と大差はない。
「あんまり様子が違うから驚いただろう? 悪いな。けど、戦車砲掃除兵の子どもにしちゃ、これでも恵まれてる方なんだぞ」
「大丈夫です!」
 ジョンははきはきと応える。
「ぼくの家もこんなもんでした。雇われの身ですごい部屋に通されたらどうしようって思っちゃいました。この方がいいです」
 バード戦車長が朗らかに笑う。
「仕事以外はここで過ごすんだ。下の階には行っちゃならん。残念だろうけど、中には掃除兵の子どもを良く思わない連中もいる。いじめられないためにも、ここにいた方がいい」
「分かりました。でも、バードさんはすごく親切ですね」
 バード戦車長は一瞬目を丸くして、それから声をあげて笑った。
「『バードさん』はよせ。『バード戦車長』だ。まあ、オレもずっと昔、掃除兵をやってたからな。辛さはよく分かる。少しでも楽にしてやりたいからな」
 それから眉を下げて悲し気な顔をした。
「隣に赤い戦車があっただろう。あそこにならなくて良かったぞ。あそこの奴らはみんなで寄ってたかって掃除兵の子どもを虐待する。だからどの子も半年も持たない」
「持たないって?」
 戦車長の口からため息が出た。
「死んじまうんだよ。飢えや暴力や過労や病気や――理由はいろいろだが半年経たないうちに死なせちまって、すぐに新しい子供を買うんだ。だから戦車を大きく改造する金がなくて、いつまでも小さいのに乗ってる」
 ジョンは胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。赤い戦車に乗り込む少年の姿が脳裏に甦ってくる。
「あの猫背の人ですよね? そんな風には見えなかったけど……」
「あいつ自身は弱っちいのさ。でも弱くて残酷な奴ってのは、自分より弱い奴をいじめるのが大好きなんだ。それにあいつはきれいな顔した子どもが好きでな。小柄でかわいい奴ばっかり選んでくよ」
 戦車長の話に胸が痛んだ。だが、すぐにあることに思い当たって、ざわわと肌が粟立っていく。
「あの黒い戦車はどうなんですか? すごく怖そうな人でしたけど」
 戦車長は、またきょとんとしてジョンを見た。
「あいつか? ひどいよ。戦車砲掃除以外にも重労働をさせる。でも、なるべく長く使うために食事はそれなりに与えるし、重労働させるのもそんなに珍しいことじゃない。最悪なのはその後だ」
 ジョンの背中に緊張が走った。一体どんな風にひどいというのだろう?
「大きくなって掃除兵として使えなくなると、殺して臓器を売っちまうんだ」
「そんな!」
 思わず声をあげていた。心臓が握りつぶされたようになる。まぶたが熱さでふくれ上がってくる。
「そんなのダメだ! 友達なんです。そこに行ったの」
 戦車長は怯んだように顔を歪め、目をそらした。
「ごめんな。悪いこと言っちまった」
 沈黙が降りてきた。廊下を歩く足音や両隣からのゴツゴツカンカンという金属音が響いてくる。しばらくして、戦車長は重い口調で説明の続きを切り出した。
「風呂は週一回だ。かなり汚れるから辛いだろうけど、水は貴重だからな。それ以外の時はタオルを置いといてやるから、それで体を拭け」
 はい、と消え入りそうな自分の声が聞こえた。

 戦車砲掃除は、確かにきつい仕事だった。
 仕事場となるのは砲塔だ。この戦車には三つの砲塔があり、それぞれに戦車砲が備え付けてある。戦車砲は主砲とその両サイドの機関銃からなっていて、ジョンが入り込んで掃除するのは主砲だ。
 砲塔に乗ってくるのは、ジョン以外に三人いた。戦車長と砲手が二人。
 この砲手はなかなかにきつい仕事のようで、戦車砲の操縦の他にも武具全般を担当していた。砲手たちは砂漠に点在する武具売りの所へ仕入れに行くのだが、戦車が巨大なのだから、装備されるものも必然的に大きくなる。だから、屈強な二人の男は定期的に商売人のところへ向かうと、盛大に肩で息をし、滝のように汗をかき、フラフラとしながら巨大な武具を担いで帰ってくる。この後、一年ほど彼らとともに過ごす中で、ジョンはそのことに気づいていった。
 それはともかく、この砲塔は大人の男が三人入り込むには、どう考えても狭すぎた。高さはジョンの背丈より低く、小さな円形の空間に、三つの座席とハンドルやレバー、そして備品らしきものがひしめき合うように並んでいる。中で作業するのは、せいぜい一人が限度のように見える。しかし、男たちは身を屈め、縮こまらせ、何とか体を小さな隙間に収めていた。
 だが、そんな窮屈さはジョンにはほとんど関係ない。彼は砲塔からすぐに戦車砲に入り込むのだから。
 円形の空洞をどんどん進みながら、専用の布で周りを拭いていく。でも、とにかく中は煤と砂がひどくて呼吸もできないほどだ。最初の仕事の時などは、本気で窒息してしまうと感じて途中で引き返し、バード戦車長はじめ、男たちにこっぴどく叱られた。ひと通り怒鳴り終えると戦車長は言った。
「いいか、息ができなくて苦しいのは分かる。でも、それじゃあ全然掃除にならないだろ。水に潜る時みたいに息をいっぱい吸って止めろ。拭く作業はそんなに気にしなくていい。お前が通るだけである程度きれいになる。とにかく砲身の先まで行くんだ」
 絶対に無理だと思ったが、それでもやってみるしかない。ジョンは大きく息を吸って止めると、戦車砲に入り込む。どんどん進む。煤が顔にかかり、目がうまく開けない。服や下着、さらには耳や鼻にもざらざらとした汚れが入り込み、気持ちが悪い。呼吸が苦しく、少しずつ口から息が漏れていく。目をつむりひたすら砲身内部を進んでいくと――まぶたの裏に明るさを感じた。目を開けてみると――大きな空とまっさらな砂漠が広がっていた。砲身の先まで来たのだ。口にためていた空気を一気に吐く。風が汚れた髪や顔を撫でていく。ほっと心が晴れて、口元と目元が緩む。外の空気がこんなに気持ちがいいなんて、気がつかなかった。

「はじめてにしちゃ、上出来だ」
 砲塔内へ戻ると、戦車長がジョンの頭をポンポンと叩きながら言った。
「同じようにやれば大丈夫だ。慣れてきたら、布でこすりながら進め。あと気を付けるのは、発砲した直後は入らないってことだな。発砲すると熱で砲身が熱くなる。冷却装置はついてるが、それでも十分はおいとかないと、中に入れる温度にはならない。戦ってる最中はできるだけ早く掃除しなくちゃならん。自分で時間を計るんだぞ」

    3.デレクの脱走
 
 十、九、八、七、六、五……。

 ジョンは砲塔内の壁に埋め込まれた時計を見つめて数えていた。他の戦車との戦闘の真っただ中。再び主砲から砲弾を放つために砲身内へ入るのだ。

 ……四、三、二、一、よし!

 彼は戦車砲の蓋を開けると、円く空いた空洞へ滑り込む。専用の布で少しずつ周りを拭きながら這い進む。左右両方から、ダダダダダ、ダダダダダ、という機関銃の音が響き、ガタガタと砲身が振動する。はじめは小さな点のようだった外の光が、徐々に徐々に大きくなり、どんどんどんどん眩しさが増す。そして目の前いっぱいに明るさが広がった時――
 相手の戦車の上で白旗がはためいているのが見えた。勝ったんだ。
 ジョンはすぐさま砲身内を這って砲塔へ戻った。バード戦車長と二人の砲手は抱き合って喜びを分かち合っていた。
「やりましたね!」
 戦車砲から顔を出してジョンが言うと、戦車長がすぐにやって来て手を貸してくれた。
「お前もよくやったよ」
 ジョンをしっかり立たせると、彼は仲間たちに、ちょっと行ってくる、と告げて砲塔から出ていった。

 戦闘が終わると戦車長同士が交渉を行う。そこで勝った方の戦車長が必要な物資と金を要求し、負けた方が応じれば交渉は成立だ。すぐに要求された品々が勝利した戦車に運び込まれる。この交渉と少年たちの売買の際、そして武具の仕入れの際は交戦してはいけないという暗黙のルールがあった。

 この戦車にやって来て一年が過ぎた。その間、ジョンはずっとデレクの戦車はいないかと探していた。これまで何度も何度も他の戦車と戦ったし、砂漠を進むのを遠くに見てきたけれど、しかし、あの不吉な影を思わせる黒い戦車はどこにもなかった。
 その代わり、赤い戦車はしょっちゅう見かけた。戦車の改造が進まない彼らは、どの戦車が相手でもまともに戦って勝ち目はない。だから、戦車同士が戦うのをこっそりとうかがい、交渉まで終わって油断しているところに奇襲攻撃をかけている。バード戦車長は彼らのそういうやり方をよく知っていたため、常に赤い戦車を警戒していた。
 戦車砲掃除兵らしき少年の姿もあった。はじめのうちは共に売られてきたあの少年がいたのだが、いつからか別の少年に代り、その少年すら気がついた時には別の子になっていた。戦車長の言葉を思い出すと、胸が切りつけられたように痛む。新しく来た少年も、戦車を隅々まで磨き上げろ、という不毛な作業をさせられているらしく、炎天下の中、あるいは冷たい夜の元、比較的小ぶりとはいえ巨大な戦車をひたすらこすり続ける様子をよく見かけた。その度に、誰かしら大人がやって来ては彼に暴力を振るう。時には彼を引っ掴み、いかつい車体に押し付け、ぼろ雑巾のようにごしごしと動かして戦車を拭くまねごとをしてゲラゲラと笑っていた。灼熱の太陽に焼かれた鉄に押し付けられるのだ。きっと火傷を負っているに違いない。ひと通り暴行すると大人たちは去っていき、彼はまた終わるはずのない作業を黙々と続けていた。
 ジョンはひどいことをされている少年を目の前にして、何一つしてやれない自分が歯がゆくて情けなくて、心が潰されるみたいだった。その思いはデレクへと繋がっていく。彼もあの少年のような目にあってはいないだろうか? 暴力を振るわれたり、ひどい重労働を強いられたりしていないだろうか? そう思うと心配で仕方がなく、すがるような気持ちでどこかに黒い戦車の姿は見えないかと、遠くまで目を凝らしていた。
 
「お前、ビンセントんとこの掃除兵と友だちだって言ってたよな?」
 戦車長は交渉を終えてきてすぐに切り出した。ジョンの心に電気が通る。体にぐっと力が入った。
「黒い戦車の人ですよね? そうです。いたんですか?」
 戦車長は小さく息をつくと、じっとジョンを見据えた。不吉なものを感じ、ジョンの背筋が冷たくなる。
「落ち着いて聞けよ。さっき交渉の時に聞いた噂なんだが、ビンセントの戦車から掃除兵が脱走したらしい」

 脱走した――。

 ジョンの胸にありとあらゆる感情がなだれ込んできた。脱走なんて大それたことができるのは、きっとデレクくらいだ。デレクは生きているんだ。やっと消息の手がかりが見つかった。けれど、脱走するくらいなのだ。やはりひどい目にあってきたに違いない。無事かどうかも分からない。怪我をしているかもしれない。飢えに苦しんでいるかもしれない。でも、デレクはここにはいないのだ。
 一抹の希望、心をえぐるような辛さ、何もできない無力感――。いろんなものが綯い交ぜになって心を乱した。
「バード戦車長! デレクを探してください!」
 戦車長は目を見張って固まり、それからゆっくりと表情を解く。
「探してやりたいのは山々だが、どこにいるか手がかりが一つもないし、だいたいそんなことしたらビンセントを敵にまわしちまう。正直、うちの戦車じゃあいつのには勝ち目がない」
「そんな……」
 ジョンの心で希望が輝きを失っていく。体の力が抜けて、ジョンはその場へへたり込んでしまった。

 その夜、ジョンの頭の中はデレクのことでいっぱいで、眠気はどこにも入り込んでこなかった。デレクは今どうしているだろう? 一人で心細いに違いない。ぐるぐるぐるぐるいろんな考えが巡り、そのうちにデレクが外にいるような、そんな気がしてきた。理屈ではそんな可能性ほとんどないと分かっている。けれどデレクが自分を頼っているかもしれないという思いが過ぎり、その瞬間に寒い砂漠の夜にジョンの迎えをすぐそこで待つデレクの姿が、脳裏にこびりついて離れなくなったのだ。彼はそっと寝床を抜け出し、階段を降りてハッチから外へ出た。

 濃紺の空が地平線からぐるりと頭上を通って反対の地平線へ落ちている。まさに天球というにふさわしい夜空だった。砂の大地は漆黒に染まり、天と地の境がほんのりと赤みがかっている。そのうっすらとした赤い光に、黒い影が動くのが見えた気がした。
 まさか……。
 そう思って目を凝らす。やはり黒い人型の影がうごめいている。
「デレク!」
 ジョンは叫んだ。
「デレク! デレクだよね? ぼくだよ、ジョンだよ!」
 空と地のみの暗い夜を、彼の声がまっすぐに走っていく。影の動きがぴたりと止まった。身じろぎもしないように見える。ジョンはじっと見つめた。そうしている内に影は再び動き出して、気がつくと少しずつ少しずつ大きくなっていた。ジョンも影へ向かって走る。デレク! デレク! やっと会えた! そう思って走った。人影はどんどん大きくなる。目の前に迫ってくる。そして、すぐそこまで来ると――
 デレクがいた。本当にデレクだった。ジョンの知っている彼よりも背が高く、しかし暗闇が落とす影は深く、金髪は短く刈り込まれていたが、それでも間違いなくデレクだった。
「デレク……!」
 ジョンが駆け寄るとデレクは全身の力が抜けたようにその場へ倒れ込んだ。
「大丈夫⁉」
 ジョンは抱きとめると、彼の腕を自分の肩にまわす。
「しっかり! すぐぼくの戦車に連れてってあげるから」
 デレクは何も言わない。ただ耳元に彼の荒い息遣いを感じる。ジョンはゆっくりと立ち上がり、砂に足を取られながらデレクを運んだ。何とかハッチまで連れていき、中へ入ろうとする。だが、目の前にはバード戦車長が立ちはだかっていた。
「お前、何やってる?」
 見たことがないほど厳しい目で、瞬きもせずに戦車長はジョンを凝視する。怖気が腹の底でざわつき、ジョンは一瞬目をそらした。でも、すぐに意を固め、顔を上げる。
「戦車長、デレクです。ぼくを頼って来てくれたんです。お願いです、入れてやってください」
 戦車長は厳しいままの目をデレクへ向ける。彼は頭を垂れて肩で息をするばかりだ。戦車長はため息をついた。
「誰にも見られてないな?」
「はい、他に人影も戦車もありませんでした」
 戦車長はジョンの目をしっかりと見ると、頷いて道をあける。ジョンはデレクを連れて戦車の中へ入った。

 デレクをジョンの寝床へ運んだ。明かりをつけてみると、右足の膝から下に大きな傷があり、だらだらと血が流れ出ている。戦車長はすぐさま医師を連れてきてくれた。
 手当が終わると(医師は寝ているところを叩き起こされてひどく不機嫌だった)、呼吸も落ち着いてきたらしいデレクがジョンに顔を向けた。明るい中で見ても、やはりその顔には疲れが影を落としていた。
「ありがとな、本当に」
「いいんだ。当たり前じゃないか」
 ジョンはそう言って横たわるデレクの手を取った。
「今はゆっくり休んでよ」
 しかし、ふと気になった。つい尋ねてしまう。
「どうしてぼくの居場所が分かったの?」
 デレクの口角が少し上がる。それだけでジョンはひどくほっとした。
「オレ、戦車砲の掃除以外にも武具の仕入れも手伝わせられてたんだ。だから、そういう時は気づかれないように情報を集めてた。お前がどこにいるか知りたくて。商売人やたまたま居合わせた他の戦車の奴に話を聞いたんだよ。そしたら、お前のとこの砲手だって奴らに会って、戦車のだいたいの位置も聞き出せた」
 デレクは言葉を切って宙に視線を漂わせた。
「もう少し様子を見ようと思ってた。お前は無事みたいだし、危ないことに巻き込みたくはなかったし。でも……殺されそうになったんだ。寝てる時に首を切られそうになった。それで逃げてきたんだ。お前のとこに来るしかなかったんだよ。迷惑なのは分かってたんだけど」
「迷惑じゃない!」
 ジョンは叫んだ。
「すごく嬉しい。ぼくもずっと探してたんだ。でも全然見つからなくて、心配で心配で仕方がなかった。やっと会えた。本当によかった……」
 声が詰まってしまった。目頭が熱く、鼻の奥がつんと痛い。泣きそうになるのを堪えて、ジョンは言葉を繋いだ。
「でも、もう大丈夫だ。ここの人たちはとても親切なんだ。一緒に働けばいいよ」
 デレクはうつむいた。深く息を落とし、物思い顔で少しの間粗末な床を見つめる。
「オレ――」
 顔をうつむけたまま、彼は再び口火を切る。
「ここにはいられない」
「迷惑なんかじゃ――」
「違う」
 デレクは強い口調で言い、顔を上げてジョンを見つめた。
「仲間を集める。同じ戦車砲掃除兵の子どもたちを。それで、みんなで戦車に乗って大人たちと戦うんだ。子どもが――オレたちばっかりが犠牲になる世界なんて、まっぴらだ。大人の食い物になってるしかないなんてオレは嫌だ。オレは……オレは大人たちをみんなぶっ飛ばして、オレたちの自由な世界を作りたい」
 あまりに大きな話過ぎて、ジョンは瞠目するしかできなかった。目をしばたたいてデレクを見る。一度もそんなこと考えたことがない。彼には戦車長をはじめ、優しく接してくれる大人が少なからずいて、彼ら全部を敵に回して戦おうなんて思いもよらなかった。
「でも、ここの人たちは――」
 言いかけた時、ドアが開いた。戦車長だ。
「オレはお前も逃げたっていうからな」
 ジョンとデレクが驚いて顔を見合わせると、戦車長はにっと口の右端を持ち上げる。
「オレも掃除兵だったって言っただろ。あの時、オレは大人に逆らうことができなかった。ずっと言いなりになっていじめられてた。だから――子どもが大人を負かすとこを見てみたいよ」
 ジョンはびっくりして言葉が出なかった。けれど戦車長の言葉がだんだんに頭に馴染んできて、それに従い自分の気持ちが高揚してきていると気がついた。
 子どもが大人を負かす。子どもが世界を変える。そのことが希望となって心に染みとおってきた。ぼくたちが革命を起こすんだ――。体がぐっと熱くなり、自然と笑みがこぼれた。
「それにな」
 戦車長が続けた。
「ちょうどいい戦車がいつもこの辺うろついてるだろ? ついでにそこのちっこい掃除兵も助けてやれ」
 
    4.デレクとジョンの反乱
 
 天と地の境に見えていた赤い光がいつの間にか明るく白んでいた。ジョンがそれに気づくと、地平線ぎりぎりの空はみるみるうちに明るさを増し、砂の地面は逆光によってより黒く染まっていく。そして午前五時半ごろ、ひときわ強い輝きを放つ塊が現れた。日の出だ。その後はあっという間に光が砂漠を駆けていき、影がさーっと引く。世界が温かな輝きで満たされる。たまにしか見れないけれど、この瞬間の気持ちの良さはジョンの心に力を与えてくれる。

 デレクと再会して、ジョンは心が揺さぶられるほど感動した。それだけで彼の気持ちは満たされていた。だけれどデレクはもっとずっと大きなことを考えていて、ジョンはそれについていくのがやっとで……。戦車長が背中を押してくれて、やっと気持ちの整理がつき、デレクの夢へ共に心を浸すことができた。でも、今度は興奮が冷めずに眠れなくなってしまった。こんなに気分が高揚したのは初めてかもしれない。

 ベッドのデレクは眠っている。一年間、一度も見かけなかったことを考えると、ビンセントという人の黒い戦車が縄張りとしているのは、ここからずっと離れたところなのだろう。その距離を怪我した足で逃げてきたのだ。ひどく疲れているに違いない。ジョンは彼を起こさないように、そっと部屋を出た。
 砲塔内に入ると、既に起きていた戦車長の気さくな声が迎えてくれた。
「おう、来たか。眠れたか?」
「ううん、興奮しちゃって、全然眠れませんでした」
「オレもだよ。なんか変にワクワクしちまってな」
 戦車長はキラキラした目を細めて言う。彼が自分と同じだと分かって、ジョンは嬉しかった。
「戦車砲に入りますか?」
「いや、いいよ。昨日しっかりやってくれたしな。それより、何か食おうや。夜中に起きてると腹が減っちまってしょうがない」
「はい、じゃあ厨房に行って何かもらってきます」

 厨房は砲塔のすぐ下の階にあった。ほとんど砲塔階から出ないジョンも何度か行ったことがある。忙しくて砲塔に缶詰め状態になることも多い戦車長や二人の砲手、そして自分の食べ物を取りに行くのだ。でも戦車長の言う通り、彼を毛嫌いしている人物もいた。
「すいません、何かちょっと食べるものありますか? 戦車長が軽食とろうって言ってて」
 ジョンの声に、若い厨房見習が振り向いた。ジョンと同じくらいの少年だ。彼は鼻を中心に広がるそばかすに同化しそうな小さな目に、咎めるような厳しい光を湛えている。
「こんな時間になんでだよ? 今、みんな朝食の支度で忙しいんだ」
「ごめん、トミー。本当にちょっとでいいんだよ。パン一切れずつでも――」
「うるさい!」
 トミーに突き飛ばされて、ジョンはまだ空の皿が乗せてある配膳台車にぶつかってしまった。ガラガラガラ、と音をたてて皿が床へ散らばる。厨房のみんなが一斉にこちらへ顔を向けた。
「――すいません。片付けます」
 ジョンが言ったそばから、料理長の怒鳴り声が響く。
「トミー! さっさと片付けろ! お前が突き飛ばしたんだろ!」
 トミーの肩がびくっと跳ねる。そして苦々し気にジョンを睨んだ。
「ごめん……」
 トミーは何とも返してこなかったけれど、その代わりに彼の言葉を突っぱねるようにして不機嫌そうに皿を拾い始めた。

 料理長からパンとバターをもらうと、もう一度トミーに謝ってから砲塔へ戻った。
「どうしてトミーはぼくのことが嫌いなのかな?」
 パンにかじりついたところだった戦車長はジョンに顔を向け、口をもごもごと動かしながら言う。
「オレが悪いのかもしれないな。もともと自分が掃除兵だったからどうしても良くしてやりたくなっちまうから、それをえこひいきだと思ってんのかも知れない」
「でも、戦車長はトミーにだって優しいよね」
 戦車長は早くも二つ目のパンにバターを塗りながら答える。
「お前ら掃除兵は大抵一年か二年で故郷に帰ってく。大きくなりすぎたら仕事ができないからな。でもトミーはそうじゃない。あいつはもともと孤児で帰るところもないし、何年もずっとこの戦車で働いてる。自分の方が優遇されるべきだと思ってても不思議じゃないさ」
 トミーの不機嫌そうなそばかすだらけの顔が浮かぶ。そうか、彼は今までもこれからも、ずっと一人でこの戦車にいるしかないのか……。少し心寒い気持ちに駆られた。ジョンはそれを振り払おうと、パンを口に押し込んだ。

 午後になってようやくデレクが目を覚ますと、戦車長と三人で作戦を立てた。
「あいつらは夜は隙だらけだ。かわいそうだが、あそこの兵士の連中は掃除兵の子どもを毎晩レイプしてるって話だ。本当ならオレらにとっては好都合だ」
「真っ裸で丸腰ってわけか」
 デレクが言うと戦車長はにっと笑った。
「そういうことだ。ランディ戦車長殿をとっ捕まえて人質にしろ。猫背で陰険そうな縮れ毛の野郎だ。見れば分かる。万一、銃を持ってる奴がいるかもしれないから上手くやれよ」
 デレクとジョンは頷いた。
「でも、ランディって人を見つける前にぼくたちが侵入したことがバレないようにしないとね。すぐに見つかるかな?」
「当たり前だがどの戦車も一番上に砲塔がある。断言はできないが、子どもを犯してるとこ他の奴に見られたくないんだったら、そこでやるだろうな。オレだったらそうする」
 ジョンとデレクは目を丸くして固まり、バード戦車長を見た。今、何て言った、この人は? 戦車長は慌てた様子で言う。
「仮にの話だ! やるわけないだろ、そんな顔で見るな」
 一瞬の間があった。
「とにかく――」
 デレクが口火を切る。
「まずは砲塔に行くのが良さそうだな」

 日が沈んで二時間ほどすると月が出てきた。行動開始だ。
 寒い砂漠の中で身を屈め、ジョンは深呼吸した。激しい鼓動を、体を駆ける興奮を、恐怖を、何とか抑えようと。息を吐く度に胸のドキドキで心臓の位置が分かる。これから行う大それたことは、ついさっきまでは他人事のようにまるで現実感がなかった。だけれど、今、赤い戦車に潜入するためにこうして様子をうかがっていると、急に鮮やかになってきた。隣で戦車をじっと見つめるデレクには動揺も緊張も全く見えない。もう足は大丈夫なのだろうか? ふと過ぎったけれど、デレクの眼差しは目の前のもの以外すべてを寄せ付けない真剣さで、彼を案じる言葉は喉元から下がっていくしかなかった。
 戦車の明かりが消え始める。
「よし、あと少ししたら行くぞ」
 デレクの言葉に、刃物を突き付けられたみたいな寒気が走った。
「うん」
 怯んでいることを悟られないように、ジョンは何とか強気な声を絞り出した。

 数分後には走りだしていた。体を低くし、砂を蹴散らして駆ける。前を行くデレクの背で、ライフルが揺れている。ジョンもズボンと腹の間に拳銃を押し込んでいた。いつも見ていたのでハッチの位置は分かっている。両側面に二つ、前面に一つ。二人は右側面から侵入した。
「階段を探すぞ」
 声を低めてデレクが言う。ジョンは頷き、暗闇に目を凝らした。
「こっちだ」
 ジョンはデレクの袖を引っ張って通路右手の奥を示した。二人は再び頷き合うと、一直線に階段へ向かう。
 足音を立てないよう、一つ一つの段をそっと踏んで進んだ。デレクはジョンの前でライフルを構えている。しん、と耳に痛いほどの静寂。しかしそこに潜んでいるかもしれない音を聞き逃すまいと、ジョンは耳をそばだてていた。気温は一桁のはずなのに、手にも背にも汗が滲んでいる。心臓が早鐘を打つ。目の前のデレクの背中がやけに大きく見えた。
 最上階に辿り着いた。砲塔階だ。階下では物音ひとつせず、寂寥感さえ感じられるほどだったのに、このフロアへ続く階段へ差し掛かった途端、人の気配はどんどん濃くなっていった。今では幾人かの男の声が聞こえ、空気もどこか人間臭い気怠さを帯びている。砲塔は三つあったが、声が聞こえるのはそのうちの一つだけだ。
「行けるか?」
「……うん」
 ひどく情けない自分の声が聞こえた。デレクがドアノブに手をかけ、そして開ける――
 凄惨な光景が目に飛び込んできた。ジョンは思わず目を背ける。一方、隣のデレクには動揺の気配は感じられない。そっとうかがってみると、しかし、彼は口をきつく結び、鷹のように鋭く見開いた目で男たちを凝視していた。彼らは「行為」に夢中で全くこちらに気づいていない。

 バン!

 突然に爆音が響いた。一人の男が足を押さえてうずくまる。デレクがライフルを撃ったのだ。撃たれなかった二人の男が唖然とした表情でこちらへ目を向ける。男たちから解放された少年は、すぐに小さな体を座席の陰に滑り込ませていた。デレクは構えたままだったライフルから再び銃弾を放つ。バン! もう一人の男が足をかばいながら倒れ込んだ。残った一人へライフルが向けられる。狭い砲塔で体を折り曲げているため猫背かどうかは分からないが、確かに一年前に「売り場」で見た男だった。
「ジョン、あの子を頼む」
 ジョンははっとした。
「分かった」
 そしてぱっと少年の元へ向かう。間近で彼の体を見て、ジョンは胸がえぐられたようになった。あばらが一本一本数えられるくらいにやせ細り、その上には大きな斑点模様のようにやけどの跡があった。全身いたるところにだ。ジョンは辛い気持ちを抑えて、できるだけ優しい声を出した。
「大丈夫? ひどいことされて辛かっただろう?」
 彼が手を伸ばすと、少年は猫を思わせる大きな目に恐怖を映したまま体を引いた。
「何もしないよ。助けに来たんだ」
 ジョンが言っても、少年は口をわなつかせ、瞬きを失ったように目を見開いてジョンを見つめ続けた。怯えた小鹿のようだった。ジョンは着ていた上着を脱ぐと、何もまとわない少年に羽織らせてやった。
「怖がらなくていいんだよ」
 そこでやっと、少年の目から怯えた光が消えていき、表情が一気に崩れた。顔をくしゃくしゃにして泣き始める。ジョンは少年を抱き寄せてやった。
「もう大丈夫だ」

 ジョンと少年のやり取りの傍らで、デレクは男たちに詰め寄っていた。
「酷いことしやがって、変態野郎ども」
 デレクの声のすぐ後に、ガタガタとせわしく動く音が聞こえた。男たちが逃げようとしたのだろう。しかし、これだけ狭い中では素早く動けるはずもない。そして直後に、男の叫び声が響いた。
「やめろ! このガキ! 放せ!」
 デレクの声が冷たく返す。
「黙らないと大事なもの吹き飛ばすぞ」
 それから、デレクはジョンに言った。
「その子を連れて戻れ。手当してやった方がいいかも知れない」
 ジョンはデレクへ視線を向ける。
「でも……デレクは?」
「平気だ。こいつに頼んでみんなを外に出してもらうだけだ」
 デレクはにっと笑って頷いた。大丈夫だ、と念を押すように。心配だったけれど、仕方がない。ジョンは少年に立てるか尋ねた。彼はこくんと首を縦に振り、二人で砲塔から出た。

 少年をバード戦車長に預けると、ジョンはすぐに引き返した。彼が離れた時、少年はまたひどく怯え始めたが、今は構っていられない。かわいそうだがデレクを助けなければ。
 しかし、その必要はなかった。外へ出ると眠っていたはずの赤い戦車の乗員たちが、みんなぞろぞろと砂漠を歩いていた。デレクが言葉通りにランディに命令させたのだろう。人々が寒さに身を縮め、当てもなく行くのを見て思う。彼らはこの後どうなるのだろうか……。ジョンの良心がきりきりと痛んだ。
 ジョンは赤い戦車へまっすぐに走った。そこにはデレクとランディの姿があった。ランディは真っ裸のままだ。
「寒くて堪らん……。何か着せてくれてもいいだろ?」
「そんな無意味なことしてどうする?」
 デレクはランディの背を押す。痩せてしなびた体が前のめりに倒れた。デレクがライフルを構える。
「これから死ぬんだから、そんなの――」

 バン!

 再び爆音。デレクのライフルが宙を舞い、落ちて砂に埋もれる。とっさにジョンがデレクの手からライフルを払ったのだ。
「何すんだ!」
 叫びながらデレクはライフルを素早く手に取った。走って逃げるランディに狙いを付ける。が、またジョンが止めた。
「だめだ。やめるんだ!」
「なんでだ⁉」
 デレクは怒ってライフルから顔を離す。ランディは砂に足をとられながら必死に逃げていく。
「戦車は奪ったし、あの子も助けた。十分だ」
「あいつは、あんな酷いことずっと続けてるんだぞ。生かしといたら同じこと繰り返す」
 ジョンは息をついた。
「あの人一人を殺したって世界は変わらないよ。同じことしてる大人は大勢いる。だから革命を起こすんだろ?」
 デレクは唇を噛んでうつむいた。
「あいつを殺したって革命は起こせた」
「デレク」
 ジョンは声に力を込めた。
「無意味な犠牲は避けなきゃ。子どもも大人も。それでなくとも犠牲は出るんだから」
 デレクは無言で背を向けた。黄土色の戦車へ向かう彼の背を、ジョンは追った。
 
    5.バード戦車長との別れ
 
 戦車に戻るとジョンは少年の様子が気にかかり、厨房にいると聞いてすぐに向かった。そこで彼の変わりように唖然としてしまった。
 まず目に飛び込んできたのは髪で、煤と砂と埃にまみれてくすんだ灰色にしか見えなかったそれが、汚れが落とされて眩いばかりの銀髪になっていたのだ。しかも、あれだけ怯えきっていたのに、今では与えられたシチューをものすごい勢いでむさぼっている。横に三枚皿が積み上げられているところを見ると、既にかなりの量を胃袋に収めているようだ。やはり痩せてはいるものの、頬と唇にはやや赤みがさし、空虚と恐怖しかなかった目には生気が宿っている。活力が戻ってきたその顔を見て、はじめてジョンは気がついた。彼はたいへん美しい容貌をしているのだ。猫のように大きな緑色の目、すっと通った小ぶりな鼻、綺麗に口角の上がった細い唇。すべてのパーツが見事なまでに小さな顔の中で均整を保っている。そこに輝く銀髪だ。間違いのない美少年だった。ジョンがデレクと共に戻ってくるまで十分と少ししか経っていない。その短時間にこうも変わるものなのだろうか? 
 驚くジョンに少年が目を留めにっこりと笑った。
「ジョン!」
 名前を呼ばれ、ジョンはさらに目を見張った。
「ジョンっていうんだろ? さっきはありがと!」
 呆気にとられたというか、拍子抜けしたというか……。ジョンが、うん、と開きっぱなしになってしまった口からこぼすと、少年は口の両端をきゅっと持ち上げて、またシチューを忙しく口へ運び始めた。
 ちょうどその時、戦車長がやって来た。
「よう、無事だったか」
 そう言ってジョンに近づき、そっと耳打ちする。
「とりあえず風呂に入れて飯食わせてやろうってことになったんだが、あいつ、ニコニコニコニコ笑ってあっという間に料理長に取り入ってな。あんまり無邪気でかわいいから料理長は骨抜きだ。これじゃあ、オレらの分の食材まで食い尽くされちまう」
 戦車長はやれやれと肩を落とした。
「あと、あいつのせいでトミーがめちゃくちゃ機嫌を損ねてる」
 言われて視線を巡らせてみると、厨房の奥でシチューの大鍋をかき混ぜるトミーの姿を見つけた。ジョンの知る限りトミーは常に不機嫌だったが、今の彼は過去のどの時よりもきつく口を結び眉間に深く皺をよせている。そうして苦々し気に少年を睨み付けているのだ。ちょっとでも刺激を与えたら、すぐでも今かき混ぜている熱いシチューを少年の頭へぶちまけてしまいそうだ。相当厄介な子を連れてきてしまったのかもしれない。

 少年はディッキーという名で、十二歳。戦車砲掃除兵として二か月の間働いているという。たったそれだけの期間であんなにボロボロになるものかと思ったが、十分でここまで回復したことを考えると頷けるような気もした。親友と二人で人買いに連れてこられたと聞き、ジョンの心に親近感と哀感の両方がぐっと湧いてきた。ジョンが一年間ずっとデレクのことを想ってきたように、彼もまた友人のことが心配でたまらないに違いない

 ディッキーはシチューとパンを存分に食べ終えると(給仕を任されていたトミーは最後まで不愉快そうだった)、ジョンのベッドで休むことになった。彼は食事の時と同様に愛らしい満面の笑みと、気持ちのいいくらい遠慮のない態度で礼を言い、布団にもぐりこんだ。

「お前、昨日も今日もベッドで眠れないな」
 砲塔前にある通路に並んで座り、デレクがジョンへ言った。
「ごめんな。オレが昨日使っちまったから」
 戻って来てからずっと目を背け続けていた彼が、口を開いてすぐに自分を気遣ってくれたのがジョンは嬉しかった。
「別に平気だよ。気にしないで」
 二人はそっと視線を交わす。お互いの瞳にわだかまりのないことを確かめ合うと、揃って口元を緩ませた。それから、今後どうするかについて話し合った。

 デレクと二人で、明日にでも赤い戦車に乗り込むことを決めた。いつまでもここにいてバード戦車長に迷惑をかけるわけにはいかない。今こうしている間にも、彼はランディの軍の残党が戦車を奪い返しに来た時に備えて、見張りを付けてくれているのだ。
 乗員はデレクとジョンとディッキー。ディッキーがどれだけ使えるかは分からないが、しばらくはこの三人で戦うしかない。正攻法では戦闘慣れした大人の操る戦車にかなうはずがなく、気は進まないがランディと同じ不意打ち作戦でいこうということで、意見は一致した。そうやって勝利し、相手戦車の掃除兵を助け出して仲間を増やす。それと並行して戦い方を考えたり、訓練したりしていけばいい。そこまで話し合った時には、もう夜は明けていた。

 日が昇って少ししてから、ジョンは砲塔へ入った。バード戦車長に話すためだ。その日のうちに赤い戦車へ移ることを告げると、戦車長は少し寂しそうな顔をした。
「そうだよな。分かってはいたんだが、やっぱり面と向かって言われると結構堪えるな」
 ジョンの胸にも、寂しさがぐっとつきあげてきた。戦車長の小さな目に浮かぶ哀愁に、ここから出ていくのだという実感が広がっていく。
「今まで本当にありがとうございました」
 戦車長は口角をちょっと持ち上げてから、懐の内ポケットを探り始めた。そして取り出したものをジョンの手に握らせる。見ると小さな端末機があった。
「それでこの戦車と連絡が取れる。赤いボタンを押すだけだ。困ったことがあったら、いつでもかけて来い」
「戦車長――」
 ジョンが再び礼を言おうとした時、トミーの苛々とした声が響いてきた。
「起きろって言ってんだろ、このガキ! 料理長がまたお前にシチュー作ったから食いに来いってよ!」
 薄い鉄板の壁を震わせる怒鳴り声に、くぐもった声が応える。
「うるさいなあ。そんなシチューばっかいらないよ。昨日いっぱい食ったから腹減ってないし、まだ眠いし」
「そんなん知るか! 料理長が呼んでんだから、とりあえず来い!」
 ジョンと戦車長は顔を見合わせた。戦車長のきょとんとした表情に、なんだか胸に詰まっていたものがすっと消えて、つい声を上げて笑ってしまった。戦車長も笑った。ジョンは明るく軽くなった気持ちで、さっき飲み込んでしまった言葉を口にする。
「バード戦車長。本当にありがとう。戦車長はぼくにとっては――ここでの父さんみたいでした」
 戦車長は目を丸くしたかと思うと、大きな手をジョンの頭に伸ばし、わしわしと髪をくしゃくしゃにしながら撫でた。
「面白いこと言いやがって」
 あまりに力強くて、でも決して乱暴とかではない温かいやり方で、ジョンの気持ちがほっと色づいていった。

 何とかディッキーを叩き起こしたらしいトミーが、ジョンと戦車長、それに通路で待つデレクも厨房に呼んだ。そこでシチューを口へ運びながら、ジョンはここでの食事も最後なのだと思い、味を噛みしめていた。先ほど、寝床では文句ばかりだったディッキーは厨房へ入るなり猫をかぶり、うまいうまいとにこにこ笑って、皿に盛られたシチューをあっという間に平らげていた。かなり現金な性格らしい。トミーは相変わらずディッキーを憎々し気に睨みつけていた。

 食事を終えると、デレクとジョン、そしてディッキーは身支度を整えた。ディッキーは例のごとく「この戦車の方がいいのに」と不満をこぼしていたが、デレクが、うるさい、と一喝するとすぐに黙った。悪ガキ特有の「逆らってはいけない人物をかぎわける能力」には長けているようだった。
 三人で改めて戦車長に礼を述べると、赤い戦車へ向かう。その時、
「待て! トミーも一緒に行く」
 料理長の声が飛んできた。びっくりして振り返ると、料理長の脇に不満で盛大に顔を歪ませたトミーがいた。
「料理できる奴がいないと困るだろ。トミーは五年もここで働いてる。愛想は悪いが料理の腕はいいぞ」
 料理長は自分のことのように自慢げだ。トミーは歪んだままの顔をうつむけた。
 彼らはトミーも加えた四人で、赤い戦車へ乗り込んだ。

    6.悪童ディッキーと初めての戦闘
 
 自分たちの戦車を持って数日、ジョンたちは他の戦車から武器や弾薬を奪うことから始めていた。ランディの軍は想像以上に困窮していたらしく、戦うに十分な物資の備蓄はなかったのだ。後々のことを考えると、戦闘ではなく略奪という方法を取るしか今はなかった。
 その中で分かったことが一つある。ディッキーは相当に使えるということだ。無類のいたずら好きらしい彼は大人が困るだろうことを考えるのが大得意だった。
 彼は様々な方法で大人の戦車を出し抜いたが、一番役に立ったのはピアノ線を使った罠だ。ジョンたちが売られた時のように、掃除兵や武具の売り場には、棒ざおに縄や鉄線を渡して作った簡単な仕切りがある。そのほとんどが一度使われるとそのままの状態で放置されていた。ディッキーはそれを利用した。棒ざおをちょうどいい位置にずらし、その間にピアノ線を時計のぜんまいのように複雑に張り巡らしておく。そうすると通りかかった戦車はキャタピラにこのピアノ線が巻き付いてしまい、前にも後ろにも動けなくなるのだ。どうにかしようと彼らが四苦八苦しているうちに、ジョンとデレクの二人が忍び込んで鉄器や弾薬を奪っていく。ハッチから入り込むと戦車内の一般民に見つかる可能性が高いので、何とか外壁をのぼって砲塔の視察口からまだ体の小さいジョンが侵入する。デレクは見張りも兼ねて外で待ち、ジョンから強奪品をどんどん受け取って最後には彼を引っ張り上げる。たまに見つかって危うく逃れてくることもあったが、成果は十分だった。

「こんなにうまくいくとは思わなかったよ。ディッキーのおかげだな」
 厨房で昼食を摂りながらジョンが言った。階下にも食事できるスペースは当然あったが、三人しかいないのでは広すぎるし、後片付けをするトミーのことを考えるとこちらの方が都合が良いように思えた。
 ディッキーは目の前の皿に盛られたトマトスープの具材を口に放り込んで、にっこりと笑う。
「まあ、トミーの料理に比べたらオレの罠の方が――」
 言いかけたところで厨房の奥からじゃがいもがすっ飛んできてディッキーの側頭部を直撃した。かなりのコントロールだ。ディッキーは打たれたところを片手で押さえて立ち上がり、厨房の奥へ向かって叫んだ。
「いってぇな! なにすんだよ!」
「うるさい! まずかったら食うな、クソガキ!」
 トミーの声でディッキーは唇をぎゅっと噛んで椅子に座り、不満げに「あのブツブツ野郎」などと悪態をついていた。ディッキーは自身の容姿が良いからか、他人の外見についてからかうことが多い。殊にトミーは、小さな目にそばかすだらけの顔を、しょっちゅうディッキーに冷やかされていた。
「誰がどう見てもお前が悪いだろ」
 すぐ隣に座っていたデレクがスープを口へ運ぶ手を一瞬だけ止めて、興味なさそうな声で言った。ディッキーは端正な顔を歪めて、何も言わずに、またトマトスープを食べ始めた。

 ディッキーの軽口は時にうっとうしく、本人に自覚があるかは分からないが他人を傷つける類のものであることが多い。しかし、ジョンはそれが彼には必要不可欠な盾であることに気がついていた。
 
 少し前、デレクがディッキーに戦車砲の掃除を指示した時のことだ。
「えー、なんでオレなの? 自分でやればいいじゃん」
 ディッキーはすぐに不服そうな声を上げた。
「オレはもう戦車砲に入るにはでかすぎる。お前はまだちっこいだろ」
「じゃあ、ジョンは?」
「あのなあ……」
 デレクはやや声を凄めてディッキーの方を向く。
「ここではお前が一番下っ端なんだよ。やれって言われたらやれ」
「ああ、ひっでえなあ。オレは今までかわいそうな掃除兵としてずっと働いてきたのに、まだやらせんだ」
「お前はたかだか二か月だろ。オレとジョンは一年やってんだよ。いいからさっさと入れ」
 ジョンは二人のやり取りを黙って見ていたが、言い返せなくなったディッキーの様子に引っ掛かりを覚えた。どこか途方に暮れたような、困惑した表情に見えたのだ。ディッキーは仕方なさそうに戦車砲の入口へ体を向ける。でも、それ以上は動かなかった。どこか痛むかのように眉を寄せ、じっと戦車砲の入口へ視線を向けている。その目には初めて会った夜の、あの怯えた光が蘇ってきていた。ジョンは、はたと思い当たった。
「デレク、ぼくがやるよ」
「は? ディッキーにやらせろ。そいつは調子に乗りすぎだ」
「デレク」
 ジョンは声を深めてデレクとしっかり視線を合わせた。デレクは一度きょとんとしたけれど、ジョンの態度にある含みに気づいたらしく、すぐにディッキーを部屋へ戻した。
「なんだよ。どうかしたのか?」
 ディッキーが出て行ってすぐに、デレクが尋ねてきた。ジョンは息をつく。
「君は間近で見てないから気づいてないだろうけど、ディッキーは体中に火傷の跡があるんだよ。なんでできたのかは分からないけど、さっきすごく怯えた様子だったから……もしかしたら戦車砲がまだ熱いうちに中に入れられたり、そういうことがあったんじゃないかって思ったんだ」
 ジョンは言葉を切ってうつむいた。二か月しか働いていなくても、きっとその間は地獄のような日々だったのだ。彼の心に深い傷を残しているに違いない。その証拠に、彼は火傷を隠すためなのだろう、どんなに暑くても長袖長ズボンの服を着ていた。軽口ばかり叩いて痛ましい素振りを見せないのは、心に負った傷を見せるのが怖いのか、それとも彼のプライドが許さないのか。どちらにしても、ジョークを盾にして心の痛みを隠しておくしかないのだ。それなら、自分たちは気づかないふりをしながら、彼を恐ろしいものから遠ざけてやる他ない。
「ディッキーはディッキーですごく辛いんだよ。分かってやらなきゃ」

 そういうことがあったために、デレクとジョンはディッキーの生意気な言動にも多少は目をつむっていた。もともと穏やかな性格のジョンにはさほど難しくはなかったが、デレクは相当に我慢しているらしい。彼が、顔では平静を保ちながら、実は隠した拳をぎゅっと握りしめていることがあると、ジョンには分かっていた。

 とにかく、ディッキーのおかげもあり軍事物資は着実に蓄えられていった。幾日か過ぎた頃には、一、二度の戦いならば持ちこたえられるほどにはなっていたのだ。仲間を増やす段階だ。デレクがそう判断した時、戦車内に冷たい緊張が走った。
「狙うのは小さな戦車だ。まだまだ、でかいのと張り合えるわけないからな。交渉後に襲ったって百パーセント返り討ちだ。最初のハードルは低くして、ちょっとずつ戦いに慣らしていくんだ」
「じゃあ、青い戦車を探してよ」
 ディッキーが声を上げた。
「オレの友だちは小さくて青い戦車に乗ってるはずなんだ」
 小さくて青い戦車――。ジョンの脳裏を一年前の売り場の光景がかすめ通っていく。あの時、最後に残っていたのは確かに小ぶりで青い戦車だった。もしディッキーの言っている戦車とジョンの見た戦車が同じものだったとしたら……あのもやしのような少年は、もうこの世にはいないのかもしれない。ディッキーの友人があの少年と入れ替わりで青い戦車に買われたのだとしたら、そういうことだろう。内臓がえぐられるように痛んで、ジョンは目を伏せた。明かりを反射して鈍く光る鉛色の床と目が合ったような気がした。

 標的を決めたのは夜中だった。ディッキーの言っていた通り、青い戦車を見つけ出したのだ。デレクはディッキーの友人を探してやるのにはあまり気が進まないようだったけれど(ディッキーのような少年がもう一人増えるのが嫌だったのだろう)、ジョンが彼を説得した。少し前の自分たちと同じ境遇なのだから、力になってやろうと。でも本心を言えば、半分はジョンがあのもやしのような少年の安否を確かめたいからでもあった。もし青い戦車に乗っている掃除兵があの少年だったら、ジョンとディッキーの見た戦車は別物で、ディッキーの友人ももやし少年も、二人とも無事でいる可能性が出てくるのだ。そんな希望を持つのは、友人に会いたがっているディッキーを心の中で裏切っていることに他ならない。そう考えると、背筋を罪悪感が這い登っていった。
 青い戦車は幸運にも交戦中だった。ピカリ、ピカリと閃光が放たれ、その度に暗闇にぼんやりと二つの戦車の姿が浮き上がる。しばらくすると光も音も止み、両戦車からそれぞれ人が降りてきた。交渉に入るのだ。ジョンは拳をぎゅっと握る。手が汗ばんでいるのが分かった。あと少しだ。
 それから小一時間ほどで交渉から金品の運び込みまでが終わった。青い戦車は敗北したようだ。ダメージは相当なものだし、油断もしている。またとない好機だった。砲塔に集まっていた四人は視線を交わして頷き合う。そして、すぐに持ち場についた。デレクが戦車長席、ディッキーが砲手席、ジョンは砲塔の前方にある変速機《トランスミッション》部の操縦席、トミーはジョンの席のすぐ横の通信席(自分はただのコックなのに、という不満はあったのだろうが、ディッキーと違って空気の読める彼は、それを口に出すことはしなかった)。ジョンはごくりと生唾を飲み込む。戦車の操縦はバード戦車長に習ってきたが、実際にやるのは初めてだ。普段はデレクがやってくれていた。震える手をハンドレバーに添え、足元のクラッチを踏み込む。ブゥンという音をさせてエンジンが始動する。チェンジレバーを動かしてからアクセルを踏む。じん、と体に小さな振動があり、戦車はゆっくりと前進した。よし、ここまでは大丈夫だ。戦車での戦いは後ろを取れば勝ったも同然と言える。基本的にどの戦車もエンジンは後方にあり、そこは最大の弱点なのだ。砲弾を一発でも入れられれば、爆発は免れない。昔にあった小さな戦車では、爆発に巻き込まれて乗員はみんな命を落としただろうが、現在の巨大戦車ならば前方まで被害は届かないはずだ。砲塔にいるだろう掃除兵が巻き添えを食うことはないはずだ。デレクの指示通りに、青い戦車の後方へ向かわなくては。ジョンは手元のレバーで右のキャタピラを固定し、左だけ動かして車体を回転させる。ゆっくり右へ旋回していく戦車をちょうどいいところで止めて再び前進。まだ青い戦車は気づいていない。ゆっくりゆっくり進めると、トミーの無線機に通信が入る。
「おい、掃除兵。ここで止まれってよ」
 ジョンは指示通りブレーキを踏み、ぴたりと車体が止まる。それから、

 バーン!

 大きな衝撃で車体が少し後退した。放たれた砲弾は弧を描き、数秒後に見事青い戦車に命中した。ぼわっと炎が上がり、戦車のいかつい後方部が暗闇の中でオレンジ色に照らし出される。青い戦車からサイレン音が響き、左右に揺れ始める。しかしエンジンが燃えているのでは、慌てたところでどうにもならない。しばらくすると、白旗が掲げられた。

 ぴんと張った糸のような緊張が弾け、喜びが戦車中に広がった。
「よし!」
 ジョンはほとんど飛び上がるようにして立ち上がり、トミーを見る。
「やったよ! 勝ったんだ、大人の戦車に!」
「後ろからの不意打ちだ。勝って当然だろ」
 トミーは言葉こそ冷たいが、口元の緩みは抑えきれないらしい。そう、当たり前なのかもしれないけれど、やっぱり嬉しいものは嬉しいのだ。
 ジョンとトミーは砲塔へ向かった。ドアを開けた瞬間に、飛び出して来たディッキーがジョンに抱きついてきた。
「やった! やった! オレたちすげえよ! 勝った!」
 ディッキーの口からは止めどなく言葉が溢れてくる。ジョンは彼の頭をポンポンと軽く叩いてやった。後ろのデレクはディッキーほど興奮してはいないものの、普段の張り詰めた顔つきからは考えられないくらい穏やかな笑みを湛えていた。
「交渉してくるよ。それで、水と掃除兵を譲るように言う」
 デレクの言葉に、みんなが視線を合わせて頷いた。
 
    7.新しい仲間
 
 カチ、カチ、カチ、カチ……。置時計の秒針が音をたてて時を刻む。ジョンとトミーとディッキーは変速機《トランスミッション》部でデレクが交渉を終えて連絡してくるのを待っていた。勝利の直後に満ちていた喜びはいつの間にか消え、代わって不安が空気を、そして一人一人の心を侵食していく。ディッキーは伏し目がちに宙の一点を見つめ続けていた。長いまつ毛が目元に影を作り、その隙間から緑の瞳が揺れている。今まさに交渉の渦中に置かれているだろう友人を案じているのだ。ディッキーの表情に浮かぶ憂いを見ると、ジョンの心はきりきりと痛んだ。彼の望みはディッキーと友人が再会できないことを意味していたから。
 どんよりした気配が漂う中、しびれを切らしたようにトミーが口を開いた。
「せっかく勝ったのに、なんでこんなお通夜みたいになってんだよ」
 とげとげした声は響いたかと思うとすぐに部屋の静寂に吸い込まれた。ディッキーがおもむろに顔を上げる。
「だって、すげえ時間かかってるじゃん。もし上手くいってなかったらダンは……」
 ディッキーは再び顔をうつむけた。ダンというのが彼の友人の名なのだろう。
「いつも生意気なくせに、なんでこんな時だけ弱気なんだよ? すぐに終わる交渉なんてねえよ」
「でももう二時間経つ」
 ディッキーの声は部屋の重い雰囲気に飲まれてひどく弱々しい。トミーは苛々と息をつく。
「普通は掃除兵の受け渡しなんてない。話が長引くのは当たり前だ」
「トミーの言う通りだよ」
 ジョンはディッキーの肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。心配いらない」
 言いながら、腹の底で後ろめたい気持ちがうごめいた。

 ディッキーがふてくされて顔をそむけた時、無線機からザーというノイズが聞こえた。ジョンの体は電流を流されたようにびくりと跳ねた。三人がそろって目を見開き、無線機を見る。視線の先で、雑音の中からデレクの声が聞こえた。
「終わった。今から行く」
 そこでぷつりとノイズが消えた。
 三人は顔を見交わした。ディッキーは喜ぶべきか案じるべきか分からないらしく、目にキラキラと希望を光らせながら、でも目尻と眉はぐっと下げた定まらない表情をしていた。それに目を留めたトミーがジョンへ言う。
「お前のお友達の戦車長様は、こんだけ待たしといて自分の要件しか言わねえんだな」
 ジョンは応えに迷い、肩をすくめるしかできなかった。

 しばらくすると、カンカンカン、と靴が金属の床を叩く音が聞こえ、デレクが部屋に入ってきた。
「待たせたな。ちょっと予想外のことがあって、長引いた」
 そう言いながら、彼は体を横にずらして後ろの人物に道を譲る。そこに現れたのは――。
 色白でひょろりと背の高い、もやしのような少年だった。ジョンの心がぱっと晴れ渡る。
 生きていたんだ。
 でも、すぐにディッキーの様子が気にかかり、そっと横を伺う。彼の目からは先ほどの希望が消え、悲しさが顔全体を歪めていた。分かってはいたけれど、その痛ましい表情にジョンの胸は潰される。
 もやし少年は少し口角を上げてはにかむと、部屋の中へ歩を進めた。ジョン、トミー、ディッキーの三人が彼の姿を目で追う。その時、
 後ろからもう一人が姿を見せた。デレクは二人の少年を連れてきていたのだ。彼は浅黒い肌に黒髪で、前の少年よりも背は低い。けれど、黒い目にはずっと気の強そうな光が宿っていて、警戒するように室内を見つめていた。
「ダン!」
 ディッキーは叫ぶようにして言い、少年に駆け寄って抱き着いた。
「良かった! 無事だったんだ! すっげえ心配したんだよ」
「相変わらずうっとうしいな、お前は」
 ダンは言葉とは裏腹の優しい声で言い、ディッキーの体をそっと引き離す。そうして彼の顔から足の先まで視線を滑らせ、眉間を歪めた。
「お前、随分痩せたな。大丈夫なのか?」
「平気だよ。あそこにいる不細工なのがコックなんだけど、作るものは食えなくはないんだ」
 トミーは不愉快そうに顔をしかめた。ディッキーの言葉は直球すぎて悪気があるのかないのか分からない。ダンはトミーを一瞥した。その瞬間に、彼の目からは一切の柔らかさが消えていた。ふうん、と言ってディッキーの方へ視線を戻すと、再び目元は緩む。
「とにかく、元気そうで良かった」
 
 デレクは面倒くさそうにしながらも、三人へ二人の少年を紹介した。
 もやしのような少年の名前はサミー。十三歳だという。はじめは掃除兵として働いていたらしいのだけれど、すぐに戦車の連中に読み書きができることが知られ、状況は一変した。乗員たちへの読み書きの指導を任されたのだ。戦車乗りは貧しい境遇から成り上がった者も多い。元戦車砲掃除兵だったというバード戦車長も、そうなのだろう。彼らは子どもの時分に教育を受ける機会がなかったため、いまだに書くことも読むこともままならない。備蓄品の管理や、仕入れ、交渉の際など読み書きができた方がいい場面はいくらでもある。サミーはそのために戦車砲掃除兵という辛い仕事を免れたのだ。
 戦車の大人たちは代わりの掃除兵を探すことを余儀なくされたのだが、(サミーの言葉通りに言うと)サミーがあまりにも掃除兵として使えなかったため、かなり念入りに選り抜いた。やっとこれという少年を見つけたのは二か月前前だ。それがダンだったのだ。彼は戦車砲の掃除に加え、戦車各所の掃除、武具の仕入れの手伝い、水の買い付け、そして射撃員として戦闘への参加もし、二か月の間さんざんにこき使われてきたようだが、ディッキーのように心身がすり減った様子ではなかった。人使いが荒くとも、掃除兵をひどく虐待する戦車ではなかったのだろう。

 ともあれ、これで仲間は六人になった。新しい顔が二つ並ぶだけで、一気に革命に近づいたような、不思議な心強さがあった。
 
    8.ディッキーとダン
 
 ジョンたちはダンのことを、ディッキーと同じような少年なのだろうと想像していた。でもそれは見当違いだった。
 ディッキーはいたずら好きでとんでもなく失礼な悪ガキだったが、無邪気で愛嬌がある。しかし、ダンにはそれが一切ない。周りの人間、特に年長者を強く警戒していて、自分の物差しで判断を下し、色眼鏡で見る。そういう類の可愛げのない子どもだった。ディッキーというよりは、むしろデレクから分別を取り去ったような印象だ。デレクがジョンや弟のラリーに優しかったように、ダンもまたディッキーにだけは、これでもかという程思いやりを発揮していた。
 ダンの眼鏡に適ったのはデレク一人。ジョンとトミーは完全になめられ、サミーは元から嫌われている様子だった。だから、ダンは三人を困らせる方法をいくつも考え、いたずらを仕掛けてきた。人が困っているところを見るのが大好きなディッキーも、大張り切りで手伝っていた。尤も、極端に空気の読めないディッキーがそれを嫌がらせだと認識しているかは怪しいものだったけれど。何度も服の中へサソリを忍ばせられたりして、ジョンとトミーは辟易していたが、不幸中の幸いだったのは、ダンがデレクの言うことだけはよく聞くことだ。彼はデレクが叱り飛ばすとすぐさまにいたずらを止め、まだ物足りなそうにしているディッキーをたしなめさえするのだった。

 でも悪いことばかりではない。ダンは大人の戦車へ罠を仕掛けるのが、ディッキーよりさらに上手かった。というより、どうやらディッキーにそういった罠の数々を教えたのはダンのようで、ピアノ線の罠についても熟知していた。ジョンはてっきりピアノ線がキャタピラに巻き付いて戦車が動かなくなるのかと思っていたのだけれど、ダンが言うにはそうではないらしい。キャタピラに巻き付いてもピアノ線はちぎれるだけ。でも、帯の内側にある車輪の軸に絡みつくと、食い込んで焼き付きを起こすのだという。そうすると、車輪の回転が止まってしまい、動かなくなるのだ。焼き付き部分が多くなれば、どんなに大きな戦車だって走り続けることはできないのだ。それを利用し、ダンはディッキーの罠にさらにピアノ線を足して、より広範囲に焼き付きができるようにした。成果は上々で、それまで稀に見られた罠を突破して走り続ける戦車が一つもなくなった。

 ジョンたちに仕掛けるいたずらも、大人たちに仕掛ける罠も、ダンとディッキーが組めばちょろいものだったのだ。
 二人の間に亀裂が入るなど、誰も想像できなかった。

 ディッキーとダンの活躍もあり、ジョンたちの戦車は次々に大人の戦車を負かした。その度に仲間はどんどん増えていく。中にはジョンとデレク、それにサミーと共に売られてきた子もいた。見知った少年の無事が分かると、それだけでひどく気持ちが楽になる。同時に、この戦車へ移る前は夢物語のようにすら思えていた革命が、いよいよ現実味を帯びて目の前に立ち上がってくるのだった。

「こんな風に大人たちと渡り合えるなんて、正直思ってなかったよ」
 戦車へ寄りかかり、遠方に仲間たちの姿を眺めながら、ジョンがデレクへ言う。視線の先の仲間たちは、たまたま見つけた小さな湖へ「水を取りに行く」という名目で遊びに出かけていた。デレクも彼らを見つめながら応じる。
「オレもだよ。本当のこと言うと、あいつらには期待してなかったんだ。自分でなんとかして、掃除兵の仲間を助けてやろうって、そう思ってた。自惚れもいいとこだ」
 彼はそこで自嘲気味に息を漏らして笑い、続けた。
「ディッキーとダンがいなかったら、こんなにうまくいってない。オレは今んとこ、あのガキ二人に助けられてばっかだ」
「そんなこと――」
 ジョンが言いかけると、デレクがそれを遮った。
「お前さ」
 彼はズボンのポケットからおもむろに何やらを取り出していた。
「――これ覚えてるか?」
 デレクの手の中の物を目にし、ジョンははっとなる。それは一年前、人買いの車で見せられた、あの藁馬人形だった。
「ラリーは十二歳になってるはずだ。ディッキーやダンと同い年だ」
 一年の月日を経て、少しくたびれた小さな藁馬。それはデレクの思いが何度も何度も通って跡を付けていったみたいに見える。彼はずっとこの藁馬と共に、弟のことを胸にしまっていたのだ。
「――だからってのも変だけど、オレはあいつらを、あいつらみんなをちゃんと助けてやりたいんだ。ラリーのことは最後まで面倒見てやれなかったから」
 デレクは言葉を切ってうつむく。ジョンが声をかけようとしたのと同じくして、彼は気持ちを切り替えるように大きく息を吸った。そして顔をまっすぐに持ち上げて、
「悪い。意味分かんないよな。忘れてくれ」
 それで、ジョンも努めて明るい声で返した。
「分かった。でも意味分かんなくなんてないから、話したくなったらいつでも言ってよ」
 ジョンとデレクは顔を見交わして、笑った。

 その時、湖の方から一段と大きな声が聞こえた。二人はぱっと仲間たちへ顔を向ける。大騒ぎしているのかと思いきや、みんな立ち尽くしているようだ。何やら不穏な様子に、二人は再び顔を合わせてから仲間たちの元へ走った。

 ジョンとデレクが着いたのとほぼ同時に、ディッキーが戦車へ駆け戻っていった。すれ違いざまにデレクが呼びかけても、彼は振り返ることも立ち止まることもしなかった。
 ジョンがその場の少年たちを見回すと、彼らは一様に呆然としている。中でも、ひときわ目に驚きと悲しさを湛えているのはダンだ。
「何かあったの?」
 ジョンはダンに向かって言ったが、答えは別のところから返ってきた。
「ふざけてたんだ」
 最年少のビリーという名の少年だ。
「湖に入って遊ぼうって言ってて。でもディッキーが濡れるのに服脱がないから――オレたちあいつがいつもみたいにふざけてるんだと思ったんだ。それでダンがみんなで脱がせようって言って、オレたちも面白くなって――」
「もういい。分かった」
 デレクが言うと同時に、ダンが助けを求めるように声を上げた。
「あいつ、なんであんな怪我してんだよ?」
「もう治ってるから心配ない。傷跡が残ってるだけだ」
「そうじゃない!」
 叫んだダンはうつむいていたが、その声は空に高く高く響いた。顔を上げると、いつも斜めに構えていたはずの彼は、ひどく幼く頼りなく、今にも泣き出しそうに見えた。
「オレ、知らなかったんだ。全然知らなかったんだよ。だって、あいつ何にも言わなかったし、ひどいことする気なんかなかった……」
 ダンはまた顔を伏せる。ジョンは彼の肩へそっと手を置いた。
「分かってるよ。みんな分かってる。ディッキーだって、そうだよ」
 ダンはうつむいたままかぶりを振った。
 ジョンはダンの肩を優しく叩いてやりながら、デレクへ目配せした。彼は頷いて、静かに近づいて来る。そしてジョンの横に屈み、ダンの顔を下からのぞき込むようにして話した。
「ディッキーのことは、これからジョンが見に行くから大丈夫だ。オレらは水をトミーのところに届けに行こう」
 ダンは何も言わず、頑なに地面を見つめ続けていた。

 ジョンは急いで戦車へ戻る。ディッキーはすぐに見つかった。自身の寝床で抱きかかえた膝に顔をうずめて座っていた。
「ディッキー」
 ジョンが呼びかけると、ディッキーはそのままの体勢で告げる。
「ダンなんて、もう友達じゃない」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
 ジョンは彼のすぐ横に腰を下ろして、背中を撫でた。
「悪気があったわけじゃないんだよ。知らなかったんだ」
「関係ない」
「ダンだって驚いたんだ。それに、すごく辛い気持ちに――」
 そこで、ディッキーは勢いよく顔を上げて、
「あいつはやめろって言ってもやめてくれなかった。みんなのことけしかけてきた。オレは、すごく、すごく……怖かった」
 ディッキーの頬は涙で濡れて、目元と鼻は真っ赤になっていた。彼は再び顔を膝へうずめる。
「みんなに火傷を見られた。ダンのせいだ」
 ジョンは何も言えなくなってしまった。掃除兵をしている間、ディッキーは誰よりひどくいじめられてきた。性的虐待さえ受けた。その現場を目撃したジョンには、そのことが彼をどれだけ傷つけているか、容易く想像できた。たとえ友人であったとしても、体に触れられたり見られたりするのは恐ろしいのだ。まして、何人もに囲まれて無理矢理にでは……。
 ジョンは他にどうしようもなく、ディッキーの背をそっとさすった。ダンの肩を軽く叩いたのと同じように。
 
    9.トミーの決意
 
 湖の一件から、ディッキーはダンを無視するようになった。ダンが話しかけても何も答えず、食事の際に隣に座るとすぐに席を立った。あまりのひどさにデレクやジョンが注意しても全く聞かない。一週間も続くとダンの方が怒りを爆発させた。
「お前なんなんだよ! いつまでも陰険なことしやがって!」
 戦車の外にみんなを集めて、デレクが銃の撃ち方を教えている最中だった。既に砂の上に腰を下ろしていたディッキーは、遅れてきたダンが近づくと立ち上がって場所を変えようとしていた。
「陰険な方が変態よりマシだろ?」
「は?」
 ダンが喧嘩腰に声を荒げる。
「誰が変態だよ? くそチビ」
 ディッキーは明後日の方へ顔を向けて返す。
「人の服、無理矢理脱がそうとしといてよく言うよな? 気持ち悪りぃから寄ってくんじゃねえよ」
 幼馴染みのディッキーが、本当にダンのことをそんなふうに思っているはずがない。明らかに挑発している。
「お前ぶっ殺――」
「いい加減にしろ!」
 ダンを遮って、デレクが凄みのある声で言った。しん、と沈黙が降りてきて、みんなの気配が強張る。デレクは鋭い目をディッキーに向けた。
「ディッキー、謝れ」
 ディッキーは不満たっぷりの顔をデレク向ける。
「なんでオレが謝んだよ?」
「お前が悪いからだ」
 ディッキーはぎゅっと唇を結んで下を向いた。
「いっつもオレが悪いんだ」
 彼はそう残し、ふてくされて戦車へ走っていった。
 ジョンは後を追おうとしたが、
「ほっとけ」デレクに止められた。「あいつはやることがガキ過ぎる。一人になって頭冷やした方がいい」
「でも……」
 ジョンは言いかけたけれど、デレクは何事もなかったようにみんなへ向けて説明を始めた。それで出かかった声は喉元から下がっていくしかなかった。

 戦車へ戻った時、ディッキーはぶつぶつデレクやダンへの不満をこぼしながら、厨房でトミーの手伝いをしていた。ジョンの思った通りだ。

 ディッキーとダンがムードメーカーだったこともあり、二人の喧嘩は戦車全体の空気を重くしている。そして、みんな多少ディッキーに気兼ねを感じながらもダンの方についていた。おそらく、デレクがそうだったからだ。この戦車で唯一、二人の間の諍いに興味がなさそうだったのはトミーだ。それが、ディッキーにとっては拠り所となっているらしく、彼は何かにつけて厨房へやって来ては入り浸った。意外にも、トミーは一つも文句を言わずにディッキーの好きにさせている。

「トミー、今日はよろしく。忙しかったらぼくも手伝うから言ってよ」
 トミーは巨大なケーキにクリームで装飾を施しているところだった。視線をじっとケーキに置いたまま、
「邪魔だから出てけ」

 この日は最年少の仲間、ビリーの誕生日だった。ちょうど十歳。数日前にそれを知ると、少年たちはチャンスとばかりに大はしゃぎでお祝いしようと口々に言った。ここのところ雰囲気の悪かったこともあったのだろう。それで、トミーは急きょ乗員分のご馳走とバースデーケーキを作る羽目になっていた。

 夜になった。濃紺の鮮やかさから、空気が冴え渡っているのが分かる。地平線の上に広がる闇のさ中で鋭く光る星々の群れが、いつもより近くに見えた。
 みんなは戦車の視察口やハッチから顔を出し、一段と美しい砂漠の夜に感嘆の声を上げていた。すごくいい誕生日パーティになりそうだ。ジョンの心も久々に浮き立った。

 トミーの作ったご馳走はなかなかのものだった。メインは前日に買ったヤギだ。内臓を取り出した胴の部分に、肉と塩と臭い消しの香辛料を詰め、バーナーで毛を焼き落としてこんがり色がつくまで蒸し焼きにしたものらしい。ディッキーが自分で作ったかのように自慢げにそう話していた。確かに、ヤギ特有の臭みは消え、すっきりとした味でやわらかい。ジョンは正直、これほどおいしいものを食べたことは、数えるほどしかなかった。他にも、野草をペースト状にして香辛料と混ぜたカレーもいい味だったし、常備しているトマト缶で作ったスープもいつも通り酸味と甘みがあっておいしい。普段はスープとパンくらいしか食べられない少年たちは、すべての料理をむさぼるようにしてぺろりと平らげた。
 最後にケーキの登場だ。
 トミーが三段になったケーキを大皿に乗せて運んでくると、みんな「おおー!」と歓声を上げた。ディッキーの様子を見に行った時よりもさらに大きくなっており、ジョンも面食らってしまった。トミーは嫌そうにしながらも、かなり気合を入れて作ったらしい。高さがありすぎて危なっかしく揺れるケーキを見て、少年たちは「慎重に運べよ」「ひっくり返すなよ」とらんらんと輝かせた目をくぎ付けにして言う。トミーは煩わしそうに眉を寄せていた。
 ケーキが本日の主役、ビリーの前に置かれる。ケーキの上に一本だけたてられた蝋燭にトミーが火をつけた。誰かが明かりを消す。暗がりで小さくて暖かいオレンジ色の火がゆらめき、ビリーの顔に陰影を作り出す。彼は、ふうっと息を吹きかけて火を消す。真っ暗になると同時に割れんばかりの拍手が起こった。
「ビリー、おめでと!」
 あちこちで声が上がる。明かりがつくとビリーはくすぐったそうな笑みを浮かべて言った。
「オレも、もう二けたかぁ。年取ったなあ」
 周囲の気配がぴたりと止まって、それから一気にみんなが吹き出した。デレクもディッキーもダンも笑った。トミーでさえ口元を緩めている。久しぶりに楽しい雰囲気が訪れていた。

 みんなでわいわいと騒ぎながらケーキを頬張っていると、ジョンのポケットの中からブー、ブーと音がした。びっくりして、ちょうど口へ入れたところだったケーキを変に吸い込んでむせ返る。隣のディッキーがゲラゲラ笑いながら背中を叩いてくれた。
 ポケットの中を探り音を立てている物を取り出すと、バード戦車長に渡された通信機だった。背中に緊張が走る。
 席を立って静かな所へ場所を移した。一人になると、心臓のドクドクいう音が鼓膜に響いてきた。通信ボタンを押す。
「ジョン。久しぶりだなあ。元気か?」
 一年の間にすっかり耳に馴染んだ戦車長の声。なんだか胸が温かくなり、ひどく安心してしまった。
「元気です! ありがとう。バード戦車長は? みんなはどうです?」
 ジョンは当然「元気だ」という答えが返ってくるものだと思っていた。けれど、戦車長は言葉を濁した。そして静かに言う。
「トミーはいるか?」
「トミー?」
 予想外のところに話が飛んで、頓狂な声が出てしまった。
「いるけど……」
「代わってくれ。あいつに話した方がいい」
 それでジョンはトミーに通信機を渡しに戻った。

 トミーはかなり長い時間、戦車長と話していた。しばらくして、いつもの強張った表情で戻ってくると、彼は呼びかけた。
「掃除兵」
 みんなが一斉に顔を上げた。トミーはしまったというように顔を伏せてから、言いにくそうに、
「ジョン」
「何?」
「ちょっと来てくれ」
  
 トミーが先になって、みんなに聞こえない静かな場所へ移動する。そこには、なぜか荷物がまとめて置いてあった。トミーは深く深く息をつくと、声を低めて話し始める。
「料理長が死んだ」
「え⁉」
「他の戦車との交渉中に揉めたらしくて、戦車長が相手側の兵士に銃向けて脅されたんだと。一番に止めに入ったのが料理長で、それで、撃たれたらしい……」
 トミーは淡々とした口ぶりだったけれど、最後の方、声は尻すぼみに小さくなった。ジョンの脳裏に料理長の顔が浮かんでくる。トミーを送り出した時の、あの柔らかい表情。「愛想は悪いけど腕はいいぞ」。そう言った料理長は自慢げだった。トミーはジョンに向けていた目を足元へ落とす。
「相手はデレクのいた戦車だ。バード戦車長がデレクを逃がしたってバレて、それでだったんだってよ。ディッキーんとこの変態野郎もいたらしいから、そいつが情報漏らしたんだろうな」
 トミーは言葉を切り、穴を開けようとするほどに、何もない床を凝視する。
「……なにが革命だよ」
 つぶやくと彼はぱっと顔を上げ、ジョンではなく窓の外を見つめて言う。
「オレはバード戦車長のとこに戻る。料理長がいないんじゃ、厨房も大変だろうからな。他の奴らには言うなよ。掃除兵どもと一緒にいるのが嫌んなって帰ったって、そう言っとけ。ほとんど事実――」
「トミー」
 ジョンは思わず遮ってしまった。
「こんなことになって…」
 自分から声を上げておいて、彼は言い淀んでしまった。言葉を探したけれど、何をどう言えばこのやりきれない気持ちが伝えられるか分からなかった。
「ごめん……」
 仕方なくそう言ってうつむいた。トミーが大きく息をつく気配がする。
「別にお前が悪いわけじゃない。あっちこっちでみんな戦ってんだから、人が死ぬのは当たり前だ。オレが言いたいのは……お前らのやろうとしてる『革命』は正義なんかじゃないってことだ。掃除兵を助けんだかなんだか知らねえけど、それで別の人が犠牲になんだよ。だから、戦車長さんに伝えとけ。お前らは好きにすりゃいいけど、それは正義なんかじゃないってな」
 トミーの静かな口調は、しかし、ジョンの急所を貫いた。
 それとな、とトミーはついでのように続ける。
「これも言っとけ。もう少しディッキーに優しくしろって」
 トミーはそれだけ残すと、荷物を担いで出ていった。ジョンは一人、ハッチから彼を見送る。満天に星が冴える空の彼方へ、トミーは消えていった。
 
    10.良識あるサミー
 
 誕生日パーティは遅くまで続いた。中にはテーブルに突っ伏して寝てしまう子もいたけれど(主役のはずであるビリーはその一人だった)、ほとんどはご馳走とケーキが口の中に残していった余韻と、みんなでそろって大はしゃぎした興奮で、すっかり目が冴えてしまっているようだった。やっと静かになったのは、夜が更けてからだ。

 どんちゃん騒ぎの中で、ジョンはデレクへどう話せば良いものかと考えを巡らせていた。周囲の盛り上がりを後目に、一人で悩んでいる時間は途方なくて辛い。でも、いつまでも続くかに思えた長い長いパーティは、ジョンが答えに行きつく前にいつの間にか終わってしまっていた。

「ジョン」
 尻込みしているうちに、デレクの方から声をかけてきた。緊張で胸がぎゅっと縮まる。
「トミーはどうしたんだ?」
 答えようとしたけれど、声は変に重くなって喉の奥から持ち上がらない。大きく息を吸って何とか言葉を引っ張り上げる。
「出てったよ。バード戦車長のところに帰るって」
「は? なんでだよ、急に」
 ジョンは目を伏せ頭の中を整理する。

 料理長はいつもトミーを怒鳴りつけていた。ジョンに意地悪な態度を取った時も、何かちょっとした失敗をした時も、掃除の手を抜いていい加減に済ませようとした時も。けれど、もともと何も持っていなかっただろうトミーは、今では確かな料理の腕とおいしいものを作ろうとするプライドを身につけている。それはきっと、料理長がそこまでしっかり育て上げたからなのだ。砂漠の孤児だったトミーにとって、料理長は親代わりだった。それを知らないうちに殺されて死に目にも会えなかったというのはショックだったに違いない。デレクやジョンのやろうとしていることを、彼が恨めしく思うのは当然なのかもしれなかった。

「料理長が亡くなったんだよ。トミーにとっては父親も同然の人だ。それで厨房も大変だろうって、戻ったんだ」
 一瞬だけ、デレクの顔は強張った。彼は静かに表情を緩め、そうか、と言った。
「まあ、料理くらいみんなで分担してやればいいからな。あいつにはあいつの生き方がある」
「デレク」
 ジョンは声を強めた。
「トミーは言ってたんだよ。ぼくたちのやろうとしていることは『正義』じゃないって。ぼくたちは好きにすればいいけど、でも他人を犠牲にしているんだって」
 デレクは再び驚きの色を示したけれど、次の時、それは消えていた。
「そんなこと、はじめから分かってる。改めて言う程のことじゃない」
「ぼくは分かってなかったよ!」
 思いがけず強い口調になってしまい、ジョンは少しうろたえた。でも、どうしても言いたかった。
「そりゃ、理屈ではなんとなく分かってたよ。でも、ちゃんと理解してはいなかった。自分のお世話になった人が死んで、それを悲しんでる友達を見て、はじめてそれがどういうことか分かった。ぼくは――きっと自分たちのことしか考えてなかったんだ」
「そうでもしなきゃ、オレたちは食い物にされてるしかないんだよ!」
 デレクも声を荒げ、ジョンの体に緊張が走る。
「他に犠牲が出るのは分かってる。でもそんなこと気にしてたら、何も変えられないんだ。オレたちは自由に、誰からも何かを強要されたり暴力を振るわれたりしないで自由に生きたいだけだ。そんな当たり前なことを、犠牲を払わなきゃ実現できない世の中がおかしいんだ」
 ジョンには返す言葉がなくなってしまった。でも、だけど……料理長が死んだことをなかったことにするなんて、これからたとえバード戦車長やトミーが命を落とすことになったとしても「革命」のための犠牲だから仕方ないと思うなんて、絶対に嫌だった。
 デレクは気持ちを落ち着けようとするみたいに、一度静かに深呼吸した。
「ジョン、オレはな、こう思うことにしてんだよ。オレたちがやろうとしていることで誰かが死んだとしても、その分掃除兵が助かるんだって。サミーとダンみたいに二人同時に助けることだってできたんだから、犠牲以上の子どもを助けてるんだって」
「数の問題じゃない! だって……料理長はぼくたちのせいで殺されたんだよ!」
 ジョンのあげた声は響くことなく鉛みたいに重たく冷たい空気に呑まれた。後を追ってきた沈黙が耳に痛い。しばらくすると、デレクがため息をついた。吐息は白く濁ったかと思うとすぐに消えた。そして掠れ声で、
「それだけか?」
 その声にはどこも尖ったところがなくて、むしろあまりに力なくて寂しささえ感じられた。思いがけないことにジョンの心が寒くなる。うん、と言いかけて思い出した。
「もう少しディッキーに優しくしてやれって、トミーが言ってた」
 デレクは口角を僅かに持ち上げただけの静かな笑みで応えた。

 デレクは、もう寝る、と言って先に階段をのぼっていった。取り残されたジョンは冷たい静けさの中で立ち尽くす。頭の中では、デレクやトミーやバード戦車長や料理長やディッキーやダンやそれから父と母や……いろんな人の顔が止めどなく浮かんできて、どうしようもなく胸がいっぱいで痛くて――
「ジョン」
 声をかけられて、切迫していた心がびくんと跳ねあがってしまった。慌てて声の方を見ると――サミーだ。
「ごめんね、デレクとの話、聞いちゃって」
 彼はおずおずと言って近づいてくる。
「あの……ぼくは、デレクの言うこと、なんとなく、分かるよ……」
 控えめに、つっかえつっかえ話すサミー。ジョンは少し苛立った。
「ぼくだって理屈では分かるよ。でも――」
「違うよ。そうじゃなくて、犠牲以上の掃除兵を助けてるって話だよ。『数』の話」
 ジョンは言葉を失ってしまった。彼にはデレクのあの話が、言い逃れのための屁理屈にしか思えなかったから。サミーは続ける。
「誰かを犠牲にするのは、辛いんだよ。たとえそれが必要な犠牲であってもね。君が思ってるのと同じように、デレクだって感じてるんだ。でも、デレクはぼくたちの、この戦車の、『革命』の、リーダーだから、迷ったり、悩んだりしているところを見せられないんだよ。そうじゃないとみんなが不安になっちゃうからね。だから自分を納得させるために、あんなふうに考えてるんじゃないかな。前だけ向いて突き進むために、払わなきゃいけない犠牲からあえて目を逸らしてるんだよ」
 ジョンは、はっとなった。デレクの気持ちがはじめて分かった気がして、心が波打つ。サミーは一度言葉を切って、足元を見た。それからゆっくりと顔を上げると、
「でも、トミーの言うこともよく分かるよ。彼は『好きにすればいい』って言ってたんだよね? だったらそれは言葉通りの意味なんじゃないかな? つまり『革命』を否定しているわけじゃないんだよ。ただ、それは犠牲の上に成り立つんだって、それだけ重いことなんだって、そういうことを言いたかったんじゃないかな? だから、犠牲のことを忘れちゃいけないって、それだけなんだと思うよ。でも……やっぱりデレクみたいに犠牲から目を逸らさなきゃ前に進めないっていうのも分かるし、きっとどっちが良いとか悪いとか、そういうことじゃないんだよ」
 ジョンはすっかり面食らってしまっていた。普段のサミーは存在感がなくて(あまりになさ過ぎて、ジョンは彼がディッキーとダンのどちらにもついていなかったことを見落としていた)、意見をはっきり述べることもなくて、ただみんなの中の一人としてニコニコ笑ってそこにいるだけだった。なのに今は……ジョンの意固地になった気持ちをあっという間にほどいて、届いてこなかった言葉をちゃんと渡してくれた。何と言うか、どんな言葉でどんなふうに話せば相手が受け取りやすいかを知っているみたいだ。
「君は――なんだか、すごいね」
 サミーがきょとんとする。ジョンは笑った。
「だってぼく、絶対にデレクの言うことに納得なんてできないって思ってたんだよ。なのに君はちょっと話しただけで、ぼくの気持ちをすっかり変えちゃったんだから。それに、ぼく、すごい頑固なんだよ。よく父さんや母さんに言われたんだ」
 サミーは柔らかく目を細めて応えてくれた。とても上品な感じのする笑顔だった。
 すると、ふいっとジョンの心にある思いが過ぎった。字が読めて、本を持っていて、いつも穏やかに振る舞うサミーは、やはり自分たちとは違う世界に育ってきたのかもしれない。だからこそ、ジョンでは思い至らなかったデレクの思いやトミーの真意にすぐに気がつくし、それを伝える言葉さえ持っているのではないだろうか? きっとそうだ。
「サミー」
 聞いてはいけないことかもしれない。そういう気おくれがあるにはあったけれど、心に引っかかったものを確かめてみたいという気持ちがちょっとだけ勝っていた。
「君はもしかして、裕福な家庭の子どもだったんじゃない? ぼくたちと違って……」
 サミーは一度目を見開いて驚いた様子だったけれど、すぐに表情をほどいた。
「裕福って言うか、あんまり苦労して育ってきてはいないかな……。ごめんね。君たちからしたらあんまり気持ちのいい話じゃないかもしれないよね」
 彼は少し悲しそうに息をついた。
「ダンにもそれで嫌われたんだと思う」
「違うよ! ぼくは全然そんな風に思ってない。むしろ、すごいなって思ったんだ。だって、君は本当に人の気持ちによく気がついてるだろう? デレクのこともトミーのことも。ぼくの方がずっと二人と付き合いが長いのに、君の方がよく分かってる。すごく――」
 思慮深くて洞察に富んでいる。そう思ったのだけれど、ジョンは自分の感じたそれを表す言葉を知らなかった。
「――いろいろなことを見通せるんだなって。そういうのって、もしかしたらちゃんとした教育を受けてきたからなのかなって気がしたんだよ」
 サミーは穏やかでいて屈託のない笑顔を見せた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、少し安心できるよ」
 その答えも、ジョンからするとひどいくらいに行儀が良かった。やっぱり何か違うな。そう思ったけれど、彼と話すうちに暗く淀んだ心には光が差し込んだみたいになっていた。自然と笑顔がこぼれる。
「ぼくこそ、本当にありがとう」

 ジョンが床についたのは午前四時頃。夜明けまで二時間足らずという程になっていた。さすがに体はくたくただったが、意識はひどくはっきりしていて、相変わらずいろんなことが頭の中を巡っている。トミーの言うように「革命」には大きな犠牲を伴う。掃除兵の仲間を助ける正義の革命だ、などと勘違いしてはいけない。けれど、誰かが傷つくのを恐れていては「革命」なんて起こせないのもやっぱり事実で、だから犠牲からあえて目を逸らして前へ進もうとするデレクを非難してはいけないような気もし始めていた。でも……。
 ジョンの頭の中で何かが引っかかっていた。大切なことを見落としてしまっているような気がしてならない。ぐるぐるぐるぐる考えていると、はたと思い当たった。

 「革命」にだって戦車砲掃除は必要なんだ。

 デレクもジョンも、掃除兵を助けるために戦うのだと思っていた。重労働を強いられる少年たちを自由にするのだと。でも、戦車での戦いを続けるのであれば、誰かが戦車砲に入らなければならない。これまで掃除兵をやってきた少年たちの中には、それが辛い子もいるだろう。現に、ディッキーは怖くてできなかったのだから。それに、大人の戦車にだって「革命」に対抗するためには掃除兵は必要で、いくら彼らから掃除兵を奪ったところで、また別の少年が売られてくるだけなのだ。本当に掃除兵たちを解放するのだったら、戦車での戦いそのものを止めさせなくてはいけない。
 
 それに気がついた途端、眠気が靄みたいに頭に広がる。その靄にあっという間にジョンの意識は包まれていった。

    11.サミーの提案
 
 翌日、昼近くまで寝ていたジョンをけたたましい声と打撃が叩き起こした。
「いつまで寝てんだよ? 起きろ! 起きてなんでトミーがいないか説明しろ!」
 声の主はジョンの頭の下から引っ張り出したと思われる枕をしきりに顔面に打ち付けてくる。ジョンは目をつむったまま両手をかざした。
「やめてよ、ディッキー。起きるから」
 ジョンが言ってもディッキーは枕攻撃を止めない。
「ディッキー、それじゃあジョンも説明できないよ」
 すぐそこから聞こえてきたのはサミーの声だ。あまりに落ち着いた態度で、ジョンはちょっとむっとした。もう少し頑張って止めてくれてもいいのに。
 けれど、サミーのひと言でディッキーは手を止め、ジョンはやっと起き上がることができた。

「てことは――」
 ジョンがひと通り話し終えると、ディッキーは確認するように言った。
「料理長が事故で死んじゃったから、トミーはその穴埋めで戻ったんだな?」
「うん、だいたいそんな感じだよ」
 どこまで伝えるべきか迷ったジョンは嘘にならない程度に肝心なところは濁して話した。トミーの言うように彼がこの戦車に嫌気がさして出ていったというのは躊躇われたし、かといって自分たちのやろうとしていることのせいで料理長が亡くなったのだと知ったら、人によってはひどく傷つく。特に、ディッキーはデレクとジョンを除いては唯一料理長と面識があった。それにおどけた仮面の下はとても繊細だ。案の定、ディッキーは肩を落とした。
「なんだよ。オレあの人好きだったのに……」
「うん、ぼくもすごく残念だよ」
 ジョンはディッキーの背をそっと撫でた。
「でも、トミーは帰ってくるんだろ?」
 彼は緑色の美しい目を切なく向けてくる。ジョンは少し怯んでうつむいた。
「分からないんだ……」
 悲しさで湿ったように空気が重くなる。しん、と静けさが耳についた。
「帰ってくるよ」
 力強く言ったのは意外にもサミーだった。彼はジョンに向かって続ける
「ディッキーは、今、読み書きの勉強を頑張ってるんだ。覚えがすごく早くてね。それで、トミーが戻ってきたら教えてやろうって、さっき話してたんだ」
 サミーは「ね?」と言うようにディッキーへ目配せした。ディッキーはこくんと頷く。
「だって、あいつ調味料に書いてある字が読めないからって、ひとつひとつ味見して自分で勝手に作った記号みたいなので印付けてんだもん。そのくせやたらいろんな粉とか液体とか使って料理するし。あれだけで一日終わっちゃうよ」
 ジョンは自分自身を元気づけるように口角を持ち上げて笑顔を作る。そうだ。変にしょげているよりも、いつか帰ってくると信じている方がずっといい。
「じゃあ、トミーが帰って来た時のために、みんなで勉強しとこう」
 三人で目を合わせて頷き合った。

 ジョンはよく知らなかったのだけど、二人の話によるとサミーは少し前から他の少年たちに読み書きを教えようと呼びかけていたらしい。興味のある子は少なくなさそうだったそうだが、うまくいっていないという。ダンのせいだ。もともとサミーのことをよく思っていない彼がさまざまな文句を付けているため、みんな教わるのを躊躇っているようなのだ。気が強く、同年代や年少者への面倒見も良く、そしてデレクにも気に入られているダンの言うことに、あえて逆らおうとは誰も思わないのだ。ディッキーを除いては。

 その日、ディッキーとサミーの二人と連れ立ってジョンが昼食を摂りに厨房へ行くと、既に椅子に座っていたダンが急に立ち上がって入れ違いに出て行ってしまった。前日の一件ですっかり腹を立ててしまったようだ。ディッキーはいつも自分がダンにやっていたことなのに、ひどく傷ついたような顔をした。

 食事を終えると(大量に保管されていたトマト缶の中身を温めただけの、ものすごくまずいものだった)、三人でデレクを探した。ジョンは彼と、昨晩、思い当たったあのことを話し合いたかったのだ。広い戦車を小一時間もあちこち見て回っていると、階下にある大広間でやっとその姿を見つけた。大きな部屋でただ一人佇む背。
「デレク」
 ジョンが呼びかけると、デレクは背をピクンといからせてから、胸元に何かをしまって振り向いた。
「なんだ?」
「ちょっと話があって」
 ジョンはそう言ってからすぐ横へ向けて、
「ごめん、ちょっと外してもらえるかな?」
 ディッキーは不満たっぷりにジョンを睨んだ。
「なんだよ、一緒に探させといて」
 すかさずサミーがたしなめる。
「大事な話なんだよ。向こうで待ってよう」
「ううん。サミーにはいてほしいんだ」
 サミーは目をぱちぱちさせてジョンを見た。ディッキーはさらに非難がましく眉間を歪める。
「なんだよ。結局オレだけのけ者かよ」
「ごめんね、ディッキー」
 ジョンが言った横で、サミーも申し訳なさそうにディッキーに向かって肩をすくめてみせた。

 ディッキーが文句を垂れながらも出て行くと、三人は改めて向かい合う。それぞれの緊張が空気を通して伝わってきた。
「で?」
 デレクが口火を切る。ジョンは深く息を吸い、話し始めた。
「昨日のこと、少し考えてみたんだ。それで、デレクの言ってたこと、なんとなくだけど分かるようになった。サミーのおかげだ」
 デレクが訝しげにサミーを見る。鋭い視線に捕えられたサミーは、不意に苦いものを口に入れてしまったように顔を歪めた。
「サミーにここにいてもらってるのは、彼がみんなの意見を変に偏らずに理解することができるからなんだ。だからサミー、ぼくたちの話を聞いてどう思ったのか意見を聞かせてくれる?」
 サミーはそっと首を縦に振る。ジョンもこくりと頷き、デレクへ視線を移す。その表情に異論のないことを確かめると、再び話し始めた。
「デレクの言うように、犠牲からあえて目を背けなきゃ革命なんて起こせないっていうのは、分かる気がしてきたんだ。ぼくだって犠牲が出ることはすごく嫌で、そのことばかり気にしてたら何一つできなくなっちゃうかもしれない。ぼくは犠牲を真っ向から受け止めて前へ進めるほど強くないから。でも『犠牲』は大人とかぼくたち以外の子どもだけじゃないんだよ。だって――戦車での戦いをするには戦車砲を掃除しなくちゃいけないんだから。ぼくたちのやってる戦いのために、戦車砲に入らなきゃいけない子がいるんだよ。ぼくたちに対抗する相手戦車だってそうだ。掃除兵を奪ったって、新しい子どもが売られてくる。ぼくたちのやってることのせいで、掃除兵として働かなくちゃいけなくなる子がいるんだよ。それじゃあ、全然意味ないよ」
 聞いている間、デレクは眉一つ動かさず、じっとジョンを観察するように見つめていた。一方、サミーはぽつんとした目をてらてらと光らせて、時折こくこくと頷きながら耳を傾けている。ジョンが言葉を切ると、デレクは氷のようだった表情を僅かに崩して話し始めた。
「お前の言ってることは正しいよ。でもな、何の力もない子どもたちが話し合いだけで解決しようなんて、どう考えたって無理なんだよ。戦って戦力を蓄えて、大人の戦車を配下につけられるくらいにするんだ。そうやって少しずつ大人たちを従えていくしかない。そこまでになって、やっと武力に頼らなくても話を聞いてもらえるようになるんだよ」
 ジョンの胸に、小さな驚きが投げ込まれた。デレクはやみくもに戦っているわけではなかったのだ。ジョンがようやく気がついた事実も既に考慮に入れて、もっと先を見て方法を練っていたのだ。でも――。
「そこまでになるのにどれくらい時間がかかると思う? 何年かかると思う? その間に、きっと数えきれない子どもたちが掃除兵として売られてくる。ぼくたちの代わりにね。君の言ってたことは逆なんだよ。ぼくたちは救ったのと同じだけの子どもを犠牲にしてるんだ。いつ終わるとも分からない戦いを続けるのがいい方法だとは、ぼくには思えないよ――」
 ジョンは、自分と同じ思いをデレクの内に見出したくて、まっすぐな目で彼を捕えながら話し続ける。じっとジョンを見つめ返していたデレクの表情は次第に陰り、そのうちにそっと目を逸らされた。そして――。
「じゃあ、お前は代わりにどうするつもりなんだ?」
 遮られて、ジョンははっとなった。デレクは言葉とほぼ同時に顔を上げる。目には非難とも悔しさともとれるものが光っている。
「言ってることは分かるし、その通りだ。でも他に方法がない。今の、掃除兵が戦争の犠牲になり続ける今の状況を変えるには、これしかないんだ。時間かけて少しずつ変えていくしかない。それでものんびりやってられないのは分かってる。だから戦い方を知らない奴にはそれを教えてる。少しでも戦力を上げて早く革命に近づけるために、オレはそうしてんだ。でも、お前は何してる? 何もしてねえだろ。文句付けるだけで代替案も出しやしない。それは卑怯じゃねえのか?」
 胸にぐさりと刺さった。デレクの言う通りだ。
 ジョンは自分がようやく気付いた「正論」を、ただデレクにぶつけただけだ。その「正論」を実行するのがどれだけ難しいのか、考えてもいなかった。自分の浅はかさを知って、彼はうなだれるしかなかった。
「代替案は、ある……」
 ジョンとデレクは揃って突然の声に顔を向けた。先ほどまで黙って聞いていたサミーは、ためらいがちに弱々しく、でもしっかりとした意見を語り始めた。
「まず、ジョンの言うように今やってることが『全然意味ない』ってことはないと思う。だって、掃除兵がいなくなったら戦闘はほとんどできなくなるんだから。すぐに買うっていっても、掃除兵は好きな時に好きなだけ買えるようなものじゃないからね。しばらくはその戦車は戦えない。それはデレクが交渉の時に上手くやってくれてるからだよ。そうそう手放すものじゃないからね、掃除兵は」
 サミーはデレクへ向けてにこっと笑った。デレクも少し口の端を持ち上げて応じる。
「――でも、ジョンの言う通り、掃除兵を解放するにはそれだけじゃ足りないっていうのも頷ける。それを解決する一番の方法は、元を絶つことだと思う」
「元を絶つって?」
 ジョンが言うと、横からデレクが口を挟む。
「掃除兵の売買の仕組みを壊すってことか?」
 サミーはこくんと首を縦に振る。
「人買いが村を回って子どもを買わなくなれば、掃除兵になる子はいなくなるよね。そうすれば戦いができなくなるから戦車での戦争も終わる」
 デレクは深く息をついた。
「確かにそれができれば一番だけど、無理だな。交渉中にいろいろ聞き出して調べたけど、人身売買は一つの大きな組織が取りまとめてるわけじゃないんだ。決まってるのは時期だけで、あとは砂漠のいろんなところにいる人買いが適当に子どもを集めて売ってるだけらしい。それに『人買い』って職業があるわけじゃないからな。誰でも子どもを集められさえすれば、高い値段で売りさばけるんだ。だから、片っ端から捕まえてくこともできない。きりがないんだよ」
 サミーはその話を聞いても、特に動揺したそぶりも見せずに頷いた。
「それなら、大人の戦車と戦うしかないね。でも、どの戦車でもいいわけじゃない。戦車同士にも上下関係はあるはずだよ。当然、より強い力を持った戦車が強い立場だ。だから、最も強くて恐れられてる戦車に勝てば、みんなぼくたちの言うことを聞くようになるかもしれない。少なくとも今より発言力は大きくなるよ」
「なるほど……」
 デレクはそうこぼして、少し考え込むように眉間にしわを寄せいていた。しばらくして、表情を緩めると、
「それじゃあ、ビンセントの戦車と戦うのが一番だな」
 
    12.ジョンの思い出
 
 デレク、ジョン、サミーの三人が大広間を出ると、幾人かのはしゃぐ声が聞こえてきた。吹き抜けになった広い空間いっぱいに楽し気にこだましている。ジョンが反射的に通路の先へと目を向けると、ビリーをはじめ年少の少年たちが何やら床に視線を貼り付けながら声を上げていた。「あっ、くそ!」とか「やった、すげえ!」とか。何をしているのだろう、と目を凝らしてみると、床の上では幾本かの独楽がクルクルクルクル回りながら、時折ぶつかって相手をはじき出したり、逆にわらわらと回転が歪になって転げてしまったりしている。その光景を認めた途端に、ジョンの心にぐっと郷愁がこみ上げた。

    *****

 二年前のクリスマス。ジョンの家族はささやかなお祝いをした。いつもよりちょっと多めのうさぎの肉と、豆だけでなくじゃがいもや卵も入ったスープを食べて小さな家は幸せの気配でいっぱいだった。それだけでジョンは満足だった。けれど、その先に、期待するはずもなかった言葉が待っていた。
「お前、サンタクロースって聞いたことあるか?」
 食事の温かさが残るテーブルの席で、父はこう切り出した。ジョンはきょとんとして父を見つめるしかなかった。一体何の話をし始めたのか、見当がつかなかったのだ。父が顔をほころばせる。
「知らないよな。あのな、サンタクロースっていうのは赤い外套を着た白髭のおじいさんなんだ。空飛ぶトナカイが引くそりに乗っていてね。そうしてクリスマスの夜に良い子にしていた子どもたちにプレゼントを持ってやって来るって言われているんだよ」
「本当に?」
 素敵な話に心にぱっと陽が差したようになった。けれど、すぐにそこは悲しさで陰る。
「ぼくのところには一度も来てくれたことないね」
 父は目尻にたくさん皺を作って笑った。
「そうなんだよ。それでなんでかなと思ってサンタクロースにきいてみたんだ。そしたらな、彼はお前が聞きわけが良すぎて何が欲しいか分からなかったって言ったんだよ。だから、ちゃんと伝えておいた。お前が普通の子どもと同じように甘いお菓子や玩具が好きだってことをな。それで――」
 父は言いながら、いつの間に隠していたのか、テーブルの下から紐で結った小さな箱を取り出した。
「さっきこれを置いていったんだ。きっとお前へのプレゼントだぞ」
 暗い気持ちが一気に弾けた。とくんとくんと胸が躍動する。ジョンはすぐさま箱を手に取った。開けてもいいのだろうか? ちらりと視線を上げて父の表情を確かめる。父はにっこりと笑って頷いてくれた。途端に自分の顔が笑みでくしゃくしゃになったのが分かった。急いで紐を解いて箱を開けると――ナツメヤシの実を砂糖漬けにしたお菓子と四本の独楽が礼儀正しく並んでいた。嬉しさがこみ上げて、鼻の奥がつんとする。サンタクロースというのは魔法使いみたいな人だ。そうして、すぐに彼のことが頭に浮かんだ。
「デレクのところにもサンタクロースは行ったかな?」
 すると、先ほどまで溶けそうなほど穏やかだった父の表情が、急に硬くなった。
「どうかな……」
 その瞬間、ジョンの胸にひどく後ろめたい気持ちがせり上がってきた。デレクはすごく優しい良い子なのに、サンタクロースは行ってあげないのだろうか?
「デレクの欲しいものも分からないのかな?」
「そうかもな」
 応えた父の目は、ジョンの視線から逃げるように宙へ泳いでいく。二人のやり取りを眺めていた母も気まずそうにうつむいた。
 そんなのダメだ――。
「ぼく、デレクのところに行ってくる」
 ジョンはそう言うや、プレゼントの包みを抱えて走りだした。

 その日も大きな空に星が瞬いていた。たくさんの星座が輝く中を、ジョンはデレクの家へ急いだ。冷たい空気が当たって、頬がピリピリする。足を踏み出す度に巻き上がる砂が星明りを反射してきらきらと散る。しばらくすると全体を椰子で葺いた粗末な家が見えてきた。デレクの家だ。ジョンはぽっかり空いた穴のような入口の前まで行くと、中を覗いて呼びかけた。
「デレク」
 すぐに、背を向けて地べたに座り込んでいたデレクが振り返る。
「どうしたんだよ?」
 彼の顔を見ると、ジョンの冷えた頬はほっと緩んだ。
「あのね、ぼくプレゼント貰ったんだ。クリスマスだからサンタクロースっていう人に。だから、デレクとラリーにも分けようと思って」
 デレクは不思議そうに眉をひそめた。
「サンタクロースって誰だよ?」
 ジョンはどう説明しようかと迷った。父の話を頭の中でなぞって逡巡すると、
「とりあえず出てきてよ。後で話すから」
 デレクは弟のラリーを連れて出てきた。彼らの父親は何も告げない二人にろれつの回らない怒鳴り声を上げたが、デレクは無視してただラリーの手を強く引いた。
 
 三人はジョンの家のらくだ小屋へ行き、紐を巻き付けた独楽を投げて遊んだ。デレクはなかなか上手くいかずにぐずってしまったラリーに、巻き方から投げ方まで丁寧に教えてやり、その合間に自分の独楽を投げてジョンのものにぶつけてはじき出していた。せっかくうまく回ってたのに、とジョンが眉間を寄せて言うと、デレクは顔をくしゃりとさせて屈託なく笑った。今ではほとんど見せなくなってしまった少年らしい表情だ。そのうちに上手く回せるようになったラリーにも、ジョンの独楽にぶつけさせた。ジョンの独楽の回転が歪になり、あっという間に転げてしまったのを見て、三人は声を上げて笑った。

 ひと通り遊び終えると、みんなでナツメヤシの実を食べながら、ジョンはサンタクロースの話を切り出していた。
「――それって、おとぎ話みたいなもんなんじゃないか?」
 ジョンの話を聞くと、デレクはすかさず否定しにかかった。ジョンも間髪入れずに反論する。
「でもね、この独楽も砂糖漬けのお菓子もサンタクロースがくれたんだよ」
 デレクはナツメヤシの実をつまみ上げた手を止め、じっとその実を見つめる。そして、唐突にこんなことを口にした。
「そういや、らくだの数、減ってないか?」
 思いがけない話題に、ジョンはぽかんとしてしまった。
「そうだね。この間、一匹売るって言ってたから、それでじゃないかな」
 それを聞くと、デレクはため息を一つ落として、ナツメヤシを戻した。
「良かったな」
 なぜかそう言ったデレクは少し悲しそうに見えた。

    *****

 あの頃、デレクとジョンは十三歳だった。二年経った今、デレクはすっかり大人になった。たった二年でだ。それを思うと、ジョンの胸にやり切れない思いがつき上げてきた。

「ダンが作ってあげたみたいだよ。今日の朝。器用だよね」
 サミーの声で、過去と今の間をふわふわと漂っていたジョンの心はこの場に引き戻された。サミーに続けて、デレクが言う。
「あいつは何かあるって気づいてんだよ。頭の良い奴だからな」
 それを聞くとジョンの頭をふと過ぎる。やっぱりデレクとダンは少し似ている。
「好きなだけ遊ばせてやろう。これからしばらくは、できないだろうから」
 デレクの声は静かだったけれど、ジョンの心に深く深く響いてきた。
 
    13.再びバード戦車長と
 
 トゥルルルルル――。耳に当てた通信機が甲高い音で鼓膜を震わせる。ジョンはデレクと相談し再びバード戦車長と連絡を取ることになった。ビンセントの戦車はもともと強かったが、今ではその上にランディの戦車の残党が加わったのだ。寄せ集めの子どもたちが付け焼刃の技術で戦って敵う相手ではない。だから、バード戦車長と同盟を組んで一緒に戦おうと考えたのだ。
 うるさい音がプツリと途切れ、代わって通信先の気配が音になって耳の中を漂っていく。
「ジョンか?」
 バード戦車長の声が問いかけてきた。体が強張る。
「はい……」
 応じる声が少し上ずった。
 バード戦車長はジョンの態度から不穏なものを感じ取ったらしい。張り詰めた真剣な口調で、
「何かあったのか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
 ジョンは頭の中を整理した。バード戦車長が自分の様子へ耳を傾けているのを感じる。数秒後にジョンは再び口を開いた。
「デレクたちと、ビンセントの戦車と戦おうって決めたんです。その方がやみくもに大人の戦車を相手にするよりいいだろうって。でも、あの人の戦車はすごく強いから、ぼくたちだけじゃ太刀打ちできません。それで……できるなら戦車長とぼくたちとで一緒に戦えないかなと思って」
 通信機のジーという機械音の織りなす沈黙が心臓に響く。戦車長は一体何を考えているのだろう? その不安がゆっくりとジョンの心を食んでいく。
「また随分とリスクの高い申し出だな」
 戦車長の言葉はジョンの胸をえぐった。そう、大変なことを言ってるんだ。断られて当然なことを。
「分かってます。でも――バード戦車長に協力してもらえなかったら、勝ち目はないんです。勝ち目がなくても戦うしかないんです。デレクはそのつもりです。そんなことになったら――」
「誰もやらないなんて言ってないだろ」
 ジョンは驚いてぐっと息をのみ込んだ。続けて、心に温かいものが注がれてくる。
「協力はするさ。オレが言ってんのは、ビンセントの戦車はお前らが考えてるよりずっと強いってことだ。最近になって、あいつは二台目の戦車を手に入れた。負かした戦車の兵士をどんどん取り込んでるから兵勢もすごいもんだ。おまけにお前らが追っ払ったランディたちも加わって、二台に分かれても、一台で十分なだけの勢力がある」
 喜びもつかの間、冷たい虫の群れが背筋を這い登っていくような悪寒に襲われた。彼らがやろうとしていることは、想像なんかよりもはるかに危険なことだったのだ。
「でも、ぼくたちも二台で戦えばなんとかなるよね?」
 すがるような気持ちで言った。もちろん、とはっきり言葉にしてもらえたら、どれほど安心できるか。そんな答えは返ってこないと分かっていたけれど。
「難しいことは間違いない。けど、絶対に無理って訳でもないぞ。なんとか二台を分断して、ビンセントのいない方の戦車から叩けば勝てるかもしれない」
「でも、分断するって、どうやって?」
「奴らは昼間は別々に行動してる。見晴らしがいい分、不意打ちの危険が少ないからな。逆に夜は二台揃ってることが多い。だから昼間にオレらが上手いことビンセントの戦車の無線機を妨害して連絡が取れないようにしておけば、お前らがもう一台を叩ける」
「でも……妨害なんかしたら戦車長たちの居場所がばれちゃうんじゃ……」
 戦車長から以前聞いたことがある。ノイズによる妨害は強力な電波を放射するため、自分の位置を知らせるに等しい。それで滅多に行わないのだと。しかし、今、戦車長の声に曇りはない。
「大丈夫だ。うまく隠れておく。そのために砂色の戦車に乗ってんだ」
 でも――。再び出かかった逆接をジョンは喉の奥に引っ込める。簡単なことではない。それはお互いに分かっている。けれど「大丈夫」だと言うのは、ジョンを、ジョンたちを、後押しするためだ。「大丈夫」の本当の意味は「頑張れ」なのだ。
「本当にありがとうございます」
 バード戦車長の耳当たりの良い大らかな笑い声がすとんと心に落ちてくる。
「気にするな。オレたちも料理長の敵を取りたいからな」
 それから戦車長は声を低めた。
「トミーももう少し待ってりゃ、敵討ちができたかもしれないのにな」
「え⁉」
 思いがけない発言に、口をついて声が出ていた。
「どういうこと? トミーはいないんですか?」
 戦車長のため息が聞こえたような気がした。
「ああ。戻ってきてすぐに、いろいろ話してな。あいつも最初はこの戦車にとどまるつもりだったらしいんだが、料理長が最期に遺灰を故郷に届けてほしいって言ってたって話したら、すぐに届けるって聞かねえんだよ。料理長の故郷はかなり遠いが、戦車はスピードがないからな。一人でバイクで行っちまったんだ。」
 気持ちがぐっと萎んでいくような感覚になって、ジョンは自分がトミーとの再会を楽しみにしていたことを知った。
「一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あいつは十歳の頃までずっと砂漠で一人だったんだ。サバイバル能力はオレよりずっと高い」
「はい……」
 息をつくと同時に、小さな風穴が空いたみたいに、微かに心が寒くなった。
 
    14.デレクの計画
 
 いつもはギラギラと太陽が照り付けている昼の時間帯。なのにこの日は暗雲が天蓋となって分厚く空を覆っていた。外光に照らされない鈍色の戦車内は、さらに重たげな気配を帯びている。
 少年たちは厨房に集められていた。みんな何やら大変なことになっているのではないかと訝しみながら、それでも普段とは違う雰囲気にそわそわとして仕方がないらしい。隣同士で小突き合いながら、くつくつと笑い合う姿がここかしこに見られた。中には陽気に振る舞うことで暗い空気に明かりを灯そうとしている子もいるのだろうけれど、そこは好奇心旺盛な年頃の少年たち。ほとんどが不安より期待の方が勝っているようだ。そのどちらかは分からないが、ディッキーは「厨房はお前ら掃除兵の憩いの場じゃねえんだよ」とトミーの口真似をしながらゲラゲラと笑っていた(彼はトミーをからかうためにこの芸を身につけたのだが、模倣力が異様に高く、不機嫌なトミーの様子にそっくりだった)。ことの次第を知っているサミーと何かに勘付いているらしいダンだけが、神妙な面持ちで大事態が告げられるのを待っていた。

「みんな揃ったな」
 少年たちの声でさざめく中、デレクが切り出した。ぴたりとおしゃべりが止まる。みんな一斉にテーブル代わりにしている細長い調理台の一番奥へ視線を向ける。そこに立つデレクは一人一人の表情を確認するみたいに見つめてから、再び話し出した。
「今から話すのはかなり危険なことだ。嫌な奴は出てって構わない。でも、もう決まったことだから反対意見が出たからって変えるつもりはない。いいな?」
 デレクは言葉を切り、自分に向けられる少年たちの眼差しを受け返すようにじっと見た。幾人かが気圧されて視線を逸らす。物音を立てるのがはばかられるくらいに、狭い部屋の雰囲気は緊張した。反論は出ない。
「もうやたらに大人の戦車と戦うことはしない。標的を一つに絞る。オレが元いたビンセントって野郎の戦車だ」
 デレクの出した名に、また何人かが体をすくめた。向かい合った席で目配せして、お互いの表情にある驚きを確かめ合う者もいる。その中から声を上げたのはダンだった。
「オレのいた戦車の連中はみんなして『ビンセントにだけは手出しできない』って言ってた。強い奴を負かしたいってのは分かるけど、勝ち目ないんじゃねえの?」
「オレたちだけならな。でも大丈夫だ。ジョンが、元いたバードの戦車と話をつけてくれた。一緒にビンセントの戦車と戦うことになってる」
 室内の気配が、喜びと戸惑いに揺らいだ。今度はジョンに視線が集まり、彼は面映ゆくなって俯いてしまう。デレクは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「勝算は十分にある。ジョンの聞いた話じゃ、ビンセントは二台の戦車を持ってるらしい。つまり、片方にはビンセントはいないんだ。オレたちが狙うのはそっちの戦車だ。バードたちがビンセントんとこの無線機を妨害してくれる。その隙にオレたちがもう一台に奇襲をかける」
 デレクが言葉を切る。空気に含まれる高揚感がより濃くなっていた。大きなことを成し遂げられるかもしれない。その期待に少年たちの目は輝いている。けれど、
「その戦車を指揮してるのだって、相当の人物なんじゃない? ビンセントって人に認められてるくらいなんだから」
 控えめな声で言ったのはサミーだ。瞬時に彼に向けられた仲間たちの視線には、期待に代わって非難の色が湛えられていた。サミーはしまったと言わんばかりに肩を縮こまらせて、下を向く。しかし、デレクはみんなをなだめるような柔らかい口調で応えた。
「心配いらない。オレの予想じゃ、指揮してるのは――」
 そう言いかけて、彼はディッキーへちらっと目を向ける。突然の意味あり気な一瞥に、ディッキーはきょとんとした。
「――大したことない奴だ」
 デレクが言葉を濁したことに、やや困惑の気配が生まれた。しかし、それはほんの一瞬だった。
「デレクがそう言うんなら、間違いねえよ」
 ダンの上げた快活な声で、不穏な空気は吹き飛んだ。

 そう、デレクとジョンは二台目の戦車を取り仕切っているのはランディだと踏んでいた。彼が「大したことない奴」であることは間違いないが、それでも長年戦車長を務めてきた経験がある。勝手の分かった人間に任せた方が何かと都合がいいだろうし、周りも納得しやすい。

 デレクはジョンと綿密に練り上げた計画を話した。

 まずはプランA。これは非常に簡単な方法で、いつも通りに罠を仕掛けて引っかかったところを後ろから攻撃するというものだ。そのためには、相手が通るであろうだいたいのルートを把握しておかなくてはならない。だが、うまくかからない可能性も十分考えられる。もしそうなったとしたら、逆に罠を発見されてこちらの存在に気づかれる危険も出てくるのだ。そこでプランBだ。罠にかからなかった場合、数人が罠を仕掛けた賊の振りをして襲撃する。その隙に、彼らの戦車が後ろから砲弾を撃ち込むのだ。
 囮になるメンバーは銃の扱いが上手い奴がいい、とデレクが言うので、ジョンの他にディッキー、ダン、そして最年少のビリーを指名することに決めていた。戦車の指揮を執るのでデレクが入っていないのは仕方がないが、ジョンの気がかりはやはりディッキーだった。
 二人で計画を練っている際、デレクがディッキーの名を出すとジョンは言った。
「ランディたちがいるんだよ。ディッキーが平気でいられるわけないよ」
「でも、他の奴らはここに来るまで銃を持ったこともなかったような連中だ。襲撃部隊に加えても足手まといになるだけだ。だからって、三人じゃ少なすぎる。あいつに頑張ってもらうしかない」
「でも……」
 ジョンが言い淀んでいると、デレクは一つ息を吐く。
「ダンには話しておこうと思ってる。なんだかんだ、あいつはディッキーのこと気にかけてるよ。ディッキーの側にいて、いざって時には守ってやってくれって頼んどく。その代わり、お前はビリーを頼む。戦い方は上手くても、あいつはまだ十歳だ」
「うん」
 心に引っかかるものを感じながらも、ジョンには頷くしかなかった。

 デレクがジョンを含む四人の名を挙げると、大丈夫だろうかと懸念されているディッキーとビリーは、大役を任されたことにすっかり興奮してしまったようだ。二人とも瞳を誇らしげにキラキラとさせていた。一方、デレクから全幅の信頼を得ているダンは深刻な面持ちを崩さなかった。彼らにジョンを加えた四人でランディたちの注意を何とか引きつけるのだ。自然と四人を讃えるように拍手が沸き起こった。ディッキーとビリーは、さらにくすぐったそうに顔を歪める。表情を固めていたダンは年少の少年たちの期待に応えようとしたのか、ちょっとだけ口の片端を持ち上げて笑んで見せた。その時、
「ぼくも一緒に行かせて!」
 珍しく大きく張ったサミーの声が、盛り上がった空気をぴたりと止めた。
 
    15.サミーの過去
 
 少年たちは不可思議なものでも見るような目つきを、サミーに向けている。その視線には、せっかく活気づいた雰囲気に水を差されたことへの非難も含まれていたため、空気は僅かに緊張していた。けれどサミーは、いつものように怯んでうつむいたりはしない。まっすぐな目をデレクへ向け続ける。
「だめだ」
 デレクの静かなひと言は、しかし、サミーの言葉や視線をばっさりと切り捨てた。ぴんと張った緊張の糸がぷつんと切れたように、室内の気配が緩む。
「変なこと言いやがって」
「何言ってんだか」
 などと、心ないとも取れるような言葉がちらほら聞こえてきた。でも、
「どうしても行きたいんだよ」
 サミーが食い下がってきた。いつも控えめなあのサミーが。唇をぎゅっと噛みしめ、目に意志の色を光らせた表情が、ジョンの胸に染みる。
「デレク」
 呼びかけると、デレクはジョンへ顔を向ける。その眉間は微かに苛立ちで歪んでいた。
「どうしてなのか、話くらいは聞いてあげようよ」
「聞いたって答えは変わらない」
 デレクがジョンの言葉を突っぱねると、すぐにダンが同調する。
「デレクの言う通りだ。遊びじゃねえんだから、行きたいなんて希望、通るわけないだろ」
「みんなで戦ってんだから、話くらい聞くのが筋だ」
 声を上げたのはディッキーだ。二人が睨み合い、これまでよりはるかに空気が張り詰めた。
「ぼくは――」
 薄い氷の上を歩くみたいにそっと、サミーが再び口を開く。
「話してもいいんだったら、話したい」
 そう言ってデレクへ目をやる。彼の眉間は険しいまま崩れなかったけれど、しかし反論もなかった。ただ鷹のような目つきでサミーを見つめ返していた。無言の肯定を受け取ったサミーは、ゆっくりと話し始める。

「ぼくの一族は、昔から大きな湖とちょっとした土地を持っていて、そのおかげで不自由のない暮らしをすることができてたんだ。ものすごい金持ちってわけではなかったけど、そういう人たちとも繋がりがあったから、一定以上の教育も受けさせてもらえた。みんなにはあんまり想像がつかないかもしれないけど、そういう環境にいる人間っていうのは、ずっとその小さな社会で生きてくんだ。戦車に乗ることも、他の町や村みたいに飢えに苦しむこともない。普通はね。
 ただ、代々受け継いできた私産だけで生活できない一部の大人たちは、工場で作った武具とか戦車とか、自分の土地で取れた農作物なんかを戦車乗りに売ってお金を稼いでいた。ぼくのおじさんがそうだったんだ」

 サミーは言葉を切り、目を伏せた。垂れた前髪の隙間から少しだけ見える瞳は、思い出を探すように床の上をさまよっていた。

「ぼくの両親は、ぼくが本当に小さい頃に死んじゃったんだ。車に乗ってる時に追いはぎに襲われて、運悪く撃たれてしまったらしくて。それからはおじさん夫婦がぼくを引き取って育ててくれた。すごく良くしてもらったんだよ。おじさんたちには三人の子どもがいたんだけど、彼らと分け隔てなくぼくを育ててくれた。
 でも、今から三年前、いくつかの戦車が乗り込んできて、武具を作るための工場を奪われてしまったんだ。それで仕方なく、持ってる土地で農業をやってたんだけど、うまくいかなくてね。どんどん生活は苦しくなっていった。
 そんな時、うわさを聞き付けたのか人買いがやって来たんだ。おじさんはすぐに追い返したんだけど、それを見てぼくは――ぼくは、すごくやり切れない気持ちになったんだ。だって、ぼくはおじさんたちの本当の子どもじゃないのに、暮らし向きが全然良くならない中で、みんなと分け隔てなく育てられ続けてしまったんだ。すごく後ろめたい気持ちになって、悲しくて……。おじさんも、おばさんも、いとこたちも、みんなぼくのことを家族だって言ってくれてたし、きっとそれは心からの言葉だったんだと思うんだけど、でもぼくにはそういう善意が辛かった。うまく言えないけど、申し訳なくて申し訳なくて、仕方がなかったんだ。ぼく一人がいないだけで、生活はずっと楽になるはずだったんだから。
 それでみんなに、掃除兵になるために出て行くって手紙を残して、人買いを追いかけた。近くに村があったから、まだそこにいるだろうと思って。そうやってデレクたちと同じ人買いの車に乗ったんだよ」

 サミーはまたそこで言葉を切り、うつむいた。厨房の奥にある巨大な冷蔵庫が、ジーと唸るような音を立てている。何と言ったらいいか分からないのだろう、みんな黙って顔を伏せていた。しかし、
「それと今回の件と、何の関係があんだよ? お前の不幸話なんか興味ねえよ」
 ダンが声を上げた。サミーは悲し気に目を細め、ちょっとだけ口角を上げた。
「君も理由の一つなんだよ、ダン。ぼくは掃除兵になっても、結局君に辛い仕事を押し付ける形になった。それに、たぶんぼくなんかよりもずっと君の方が仕事ができたからだと思うけど、君はずっとずっとたくさんの、大変な重労働をさせられてた。君は今でもそんな顔はしないけどね。君ほどじゃないにしても、ここにいるみんなはそうやって辛い仕事をこなしてきたし、ひどい扱いを受けてきた。でもぼくは……そうじゃなかったんだよ。掃除兵になる前から、ぼくは他人の犠牲の上に悠々と座ってた。そうするしかなかった。だから今回は――今回くらいは、みんなと同じように犠牲を払いたいんだ」
 サミーの言葉が途切れると、それまで他の子と同じように下を向いてじっと聞いているだけだったデレクが、おもむろに顔を上げた。
「話は分かった。でもだめだ」
 デレクは厳しさを湛えた目でサミーを見据える。
「悪いけどな、お前の気持ちのためにメンバーを決めるわけにはいかない。お前は年は上でも、戦い方については下から数えた方がずっと早い。そんな奴に大役は任せられない」
 さっきとは違い、デレクの口調には僅かにサミーへの気づかいが感じられたが、それでもやはり拒絶の態度は変わらなかった。
 けれど、ジョンはサミーを連れて行った方がいいような気がしてならなかった。ディッキーの代わりに。もちろん、普段通りのディッキーならば何の問題もないけれど、ランディたちに対した時の彼は……。間近であの怯えた姿を見たジョンは、どうしてもディッキーが大丈夫だと信じることができなかった。
 
    16.戦いに備えて
     
 少年たちは深夜まで話し合った。当日までに行うべきこと、必要なもの、そしてそれまでにかかる時間――。バード戦車長とも確認を取り、決行は三日後ということになった。
 間の二日は大忙しだった。
 これまで、彼らが動き出すのは暗くなってからだった。仕掛けた罠の周囲をうろつき、交代で視察口やハッチから顔を出して様子を窺った。そうして罠の近くに他の戦車を見つけると、彼らがかかるのをじっと待つ。何とも単純な方法だ。しかし、今回はそんなに簡単にはいかない。攻撃を仕掛けるのは昼間なのだ。見つかろうものならその時点ですべてが台無しになる。そこで、少年たちは戦車の派手な赤色を砂色に塗り替えることに決めた。

 サミーは食事と僅かな睡眠時間以外はほとんど休まずに作業していた。危険に身を投じられないなら、せめて辛い仕事を一挙に引き受けよう、そういう気持ちだったのだろう。彼の懸命な姿を見ると、ジョンの目の奥はじりじりと熱くなってきた。
 サミー以外のメンバーも、ほとんどが一生懸命に作業に当たっていたが、中でもサミーに劣らず働きづめだったのはダンだ。他の少年たちの兄貴分だった彼は、全体の進み具合を見てみんなにあれこれと指示を出していた。そうする傍ら、苦労している少年がいれば作業を代わり、危険が大きそうなところは自ら引き受けた。自身は滅多に休憩を取らなかったが、他の子が長時間働いていると休むように言った。何を思ってかサミーにだけはそうしなかったのだけど。
 反対に全く協力しなかったのはディッキーだ。サミーの切実な思いを聞いたにもかかわらず、その願いをすげなく切り捨てたことを彼は心底嫌ったらしい。デレクやダンへの反発を示すためなのだろう、手伝えと怒鳴りつけられても頑なに厨房の隅に座って動かず、なぜかひたすら調味料の瓶にラベルを貼り続けていた。当の本人があれだけ健気に頑張っているのに……。それを思うと、ジョンはこれまで何度も否定してきたデレクの言葉を認めざる得なかった。ディッキーは子どもっぽ過ぎる。

 ディッキーのような例外はあったにせよ、みんなで手分けしたおかげで巨大戦車は見る間に塗り替わり、二日目の昼ごろには砂と見まがうほどになっていた。サミーが最後にハッチの蓋を塗り終えた時、少年たちから割れんばかりの拍手が起こった。サミーは面映ゆそうに口を歪めてうつむいた。ちょっと冷やかしがかった、けれど温かい歓声の中、ダンの表情も穏やかだった。彼は頬を緩ませ、僅かに目を細めた表情で腕組みしていたが、ちょっとする下を向く。そうして肩が上下するほど大きく息をつくと、再びぱっと顔を上げてひときわ大きく手を叩いた。その面差しからは、わだかまりがすっかり取り払われていた。きっとそれが彼なりの最大限の賛辞だったのだろう。ジョンもみんなと一緒に拍手を送り、この二日間のサミーの頑張りを讃えた。サミーのこそばゆげな表情は相変わらずだったけれど、ちょっぴり嬉しそうな気色が増したような気がした。
 
 大きな作業を無事に終えたことで、少年たちの声も顔も、晴れ晴れとしていた。気持ちのいい空気の中、ふとジョンは気にかかる。デレクはこの光景をどんな風に見ているのだろう? 
 辺りを見回すと、彼は少し離れた場所で、地べたに敷いたビニール製のシートの上に武器を並べていた。じっと考え込むようにそれらを見つめている。ジョンはゆっくりと近づいていった。
「デレク」
 声をかけると、デレクははっとしたように視線を上げた。目が合うと、彼の大きく開かれた瞼が静かに瞳の輪郭にかぶさっていく。
「悪い。ちょっと考えてて。戦車の方はどうだ?」
「さっき終わったよ。サミーとダンが相変わらず頑張ってくれて」
 デレクはそっと口角を上げる。穏やかでいて、どことなく寂しげな雰囲気が口元に漂っていた。
「サミーのこと、悪いとは思ってる。でも、あいつのために作戦を台無しにはできない」
 デレクの言葉を聞くと、喉の奥へ飲み込んで忘れてしまおうとしていた考えが再び心に引っかかった。ジョンは少し迷ったけれど、意を決してその考えをぐっと引っ張り上げた。
「デレク。ぼくは……サミーを連れて行った方がいいと思うよ。ディッキーの代わりに」
 デレクは、また目を皿のようにしてジョンを見た。
「前にも言っただろ? 今回はディッキーが必要なんだよ。あいつに頑張ってもらうしかないんだ」
「でも、ディッキーはランディたちに酷く虐待されてたんだよ。暴力を振るわれて、ひどい火傷も負って、毎晩レイプされてたんだ。二か月の間ずっとだよ。そんなことした相手とまともに戦えると思う?」
 デレクは息をつく。
「だから黙ってんだろ?」
 そう言って、彼はじっとジョンの目を見つめた。
「あいつらはただの囮だ。別に面と向かって戦わなくていい。距離を置いて相手を引きつけるだけだ。顔なんか分かんねえよ。自分の身を守れる程度に武器を扱えれば大丈夫だ。サミーじゃそれもあやしいし、あいつができないんじゃあ援護するダンも危険になる」
 デレクの言葉には説得力があった。どこか釈然としきらない気もしたのだけれど、それはひどく曖昧な感覚で、ジョンには反論を見つけることができなかった。
「トミーがいればな」
「え?」
 唐突なデレクの言葉に、調子はずれな声が上がってしまう。デレクはシートの武器を見つめて続ける。
「トミーは十歳まで砂漠の孤児だったんだろ? それなら大抵のことはできるはずだ。戦い方にだって、オレらよりずっと長けてるんだろうよ。そうじゃなきゃ生きてこられなかっただろうからな。あいつ一人いれば、ディッキーだけじゃなくビリーにだってこんなことさせずにすんだんだ」
 デレクの声には悔しさが滲んでいて、ジョンの心がきゅうっと痛む。デレクはディッキーもビリーも、それにきっとダンやジョンのことも危険にさらしたくはないのだ。内心、ほんの少しだけれどサミーやディッキーのことでデレクを責めていた自分が恥ずかしくなった。ジョンは、ごめん、という言葉をぎゅっと胸に抱きしめた。

    17.少年たちの誤算
 
 ジリジリと熱が皮膚に貼りついている。ジョンはビリーと共に砂に半分身を沈めて、ランディたちが乗っているであろう戦車の様子を窺っていた。このあたりの砂はサラサラで、ちょっとでも動くと水のように崩れてしまう。それを気取られてはいけないと、彼は息すら殺してじっと体を固めていた。
「ジョン」
 すぐ脇からビリーが声を潜めて呼びかけてくる。
「何?」
 ジョンは戦車へ視線を置いたまま、身じろぎせずに返す。
「あいつら、罠にかかってくれないかな?」
「どうかな……」
 ビリーの言葉はそこはかとない怖気を孕んでいて、ジョンの胸をついた。普段は利かん気が強くとも、彼はまだまだ幼い。この状況が恐ろしいのは当然のことだ。ジョンは直にその恐怖を耳にして、はっとなってしまった。彼を自分が守らねばならないことを改めて思い知った。
 ジョンは慎重に首を回し、ビリーを見る。
「かかってもかからなくても、大丈夫だよ」
 ジョンの言葉で、頼りなげだったビリーの表情に少しだけ安堵の色がさした。

 デレクたちは気づかれないよう、距離を取って待機している。ジョンが曳光弾を空に向かって撃つのを合図に、射程圏内まで戦車を走らせて攻撃する計画だ。つまり、この作戦はジョンがいつ合図を出すか、その判断に左右されると言っても過言ではない。緊張と不安で震えてくる手をぐっと抑えて、ジョンは標的を凝視していた。
 はじめに動き出すのは、ディッキーとダンだ。今回の四人の中で、最も戦闘に優れているのは間違いなくダンだった。狙撃の腕も確かだし、相手を煙に巻く術をいくつも持っている。唯一心配なのは、ディッキーとうまくやれるかどうかということ。ある程度大人でこういう大事な場面では意外にも聞き分けの良いダンとは違い、ディッキーはまるで言うことを聞かない。彼が仲違いしているダンと協力するとは思えなかった。おかしなことをしでかさなければいいが……。そして、そのおかしなことが原因で、彼がランディたちと鉢合わせるようなことになったら、きっと大変なことになる。砂の中でそのことに思い当たると、ジョンの心はどうしようもなくさざ波だってきた。

     *****

 ダンは目を細め、視線の先の戦車を睨み付けていた。ギラギラと照り付ける太陽を鋭く反射して黒光りするそれは、巨大な甲虫のように見えた。妙に不吉な気持ちに駆られ、全身の毛が逆立つ。同時に、心にはざわざわと憎しみが広がった。
 デレクの話が本当なら、あの戦車にはランディとかいう下衆野郎とその配下の連中が乗っているはずだ。ディッキーをひどい目に合わせた奴らだ。握った拳に力が入り、爪が皮膚に食い込む。でも、とダンは自分に言い聞かせる。でも、今あいつらに仕返しすれば、何もかもめちゃくちゃだ。何より、ディッキーが無事では済まない。何とかそういう理屈を組み立てて、腹の底からせり上がってくる、体を突き動かしてしまいそうな感情を抑えていた。
 戦車がゆっくりと仕掛けた罠に近づいていく。ダンの眉間にぎゅっと力が入った。
「おい」
 彼は戦車へ目を貼り付けたまま、隣にいるディッキーへ向けて言う。
「そろそろだ。準備しとけ」
 耳の辺りに意識を向けて、空気の中にぬるくあるディッキーの気配を窺う。思った通り、彼は言葉を返してこなかったが、代わりに深く息をついたのが分かった。ダンは再び全神経を視線の先の黒い鉄の塊に向けた。
 戦車はのろのろと、しかし確実に接近していた。あと少し、あと少し――。頭の中で唱え、すぐ脇で砂に埋もれているロケットランチャーに手をかける。罠にかかったとしても、デレクたちが射程圏内に入るまでは注意を引きつけておいた方がいい。ロケットランチャーでは、強固な装甲に守られた戦車に対抗するのは難しいが、気を引くには十分だ。早くかかれ、かかれ――。
 だが、どういうわけか戦車はあとほんの僅かというところで、ざざざざざ、と砂煙を上げておもむろに停止した。ばれたのか……? ダンが思った次の時には、ハッチから一人、また一人と男たちが降りてきた。胸がぐっと絞られ、全身が熱くなる。ダンはディッキーへ振り向いた。
「やるぞ」
 ディッキーは大きな瞳の輪郭が分かるほど、目を見開いていた。てらてらとエメラルドのように輝いて見えるのは、目の中に溜まった涙のせいだ。彼は微かに首を縦に振った。
 ダンは前へ向き直り、敵の姿を確認する。六人……いや、七人? だがすぐに、彼らの様子がおかしいことに気がついた。
 男たちの一人が、頭一つ分小さな誰かを前に突き出して歩かせているのだ。よく見ようと、また眉間に力を入れて目を細める。前を歩く人影は、明らかに少年だった。後ろの男が何かを彼の頭へ付きつけている。拳銃だ。
「おい、ガキども!」
 しわがれた声が白雲の浮かぶ碧空へと響いた。
「いるのは分かってるぞ! 出て来い! さもないとお前らが連れてこうとしてる、この掃除兵のガキを殺すぞ!」
 ダンの胸を心臓がバクバクと内側から叩く。額に浮いた汗が垂れ、顔の輪郭をなぞっていく。彼はロケットランチャーを両手で引き寄せた。どうすればいい? どうすれば……。そこで彼ははっとなった。急いでディッキーへ振り向く。
 ディッキーは外から見てはっきり分かるほど震えていた。瞬きすら失ったような目の中で瞳が揺れ、先ほど浮かんでいた涙が縁から溢れている。眉は下がり、頬は引きつり、薄く開いた口は歪むばかりで言葉は出ない。
「ディッキー――」
 ダンが言いかけると、ディッキーの口はやっと言葉を紡いだ。
「あいつらだ……」
 声と共に歯がカチカチと音を立てた。ダンは両手でディッキーの肩をつかんだ。
「銃は持ってるな?」
 ディッキーは目を見開いたままこくこくこくと頷く。ダンは深く深く息をついた。
「お前はここにいろ。絶対に動くな。万一、敵が近づいて来たら銃で撃ってすぐに砂に潜って移動しろ。いいな?」
 再びディッキーは無言で何度も頷いた。ダンは男たちへ視線を戻し、ぎゅっとロケットランチャーを持った手に力を入れた。
「ちょっと行ってくるけど、大丈夫だからな」
 ダンはそう言うや、ディッキーを残して砂の上を這っていった。
 
    18.ダンの奮闘
 
 ダンは背後の気配が遠のいていくのを意識しつつ、這い進んで前方の男たちとの距離と縮めた。滑らかで細かな砂が口や目に入ってきて煩い。もう十分ディッキーとの距離が取れたところで彼は止まり、じょりじょりと歯にくっついて音を立てる砂を吐き出して目をこすった。四つん這いの体勢から上体を起こして、片膝をついた前傾姿勢を取る。そしてロケットランチャーを肩に担ぎ、狙いを定めた。ロケットランチャーは威力はあっても、撃った瞬間、後方に巻き上がる砂でこちらの位置を知られやすい。まさに諸刃の剣だったが、今はそれで良かった。ディッキーの存在に気づかせないためには、注意のすべてをダンの方へ引きつけるのが一番だ。心臓が骨を震わせるほど大きく打つ。彼は深呼吸して妙に上がってくる息を抑え、全神経を標的に集中させる。狙いの男の姿が蜃気楼でゆらめく。緊張するな。ダンは自分に言い聞かせた。当たっても外れても、どうせ集中攻撃を受けるのだ。命中するかどうかなんて考えなくていい。当たって敵が減ればラッキー。それだけだ。頭で言葉にするうちに、鼓動も呼吸も落ち着いてきた。よし、大丈夫だ。ダンは照準器の中の男を凝視し、そして引き金を引いた。
 ドン、と肩へ軽い衝撃があり、砂が巻き上がる。それと同時に、目の前が煙で真っ白になった。一寸遅れて、ドーン、という着弾の音が響く。煙がひくと標的の男が倒れているらしいことが分かった。周りの連中の動きが慌ただしくなる。怯えたように辺りを見回し、誰かがわめき散らす。
「クソガキ、出て来い! さもねえと本当にこのガキを殺すぞ!」
(馬鹿な奴らだ。気づいてねえ)
 それに、彼らがあの少年を撃つ気などないとも分かっていた。人質は生きているから意味がある。一人しかいない切り札をそう簡単に殺してしまうようなことはしないだろう。ぎりぎりまで生かしておくはずだ。
 ダンはもう一度ロケットランチャーを撃とうと、手早く弾の後部に薬きょうを取り付けて装填する。そして、再び肩に担ぐと、怒鳴り散らす男に向かって放った。肩への衝撃。白煙。そして着弾音。それに混ざって、うめき声が聞こえた。視界が晴れると、男が一人倒れている。よし、あと四人。ダンは再び薬きょうに手をかけた。弾丸は次が最後だ。当たったとして、残りの三人とは拳銃でやり合うしかない。
 そう考えていた時、右のこめかみを鋭く強い衝撃がかすめた。右目に何かが入って、開けていられなくなる。少し遅れて痛みが来た。撃たれた、と悟った時には、弾丸の雨が周辺に降り注いでいた。彼はとっさに砂に潜って身を隠した。
 バスッ、バスッと音を立てて体のすぐ上の砂を弾丸が打ち付ける。ここにいたら、そのうちに弾は体に届いてしまうだろう。ダンは砂の中を移動していった。できるだけ敵の方へ近づくつもりだ。接近戦なら拳銃だけでなくナイフも使える。奴らのいた方向と距離を頭の中で測りつつ進んでいく。
 そうして、あっという間にだいたいこの辺りというところまで来た。来てしまった。右目の周りに飛び散った血と砂を拭い、ダンは呼吸を整える。上がどういう状況かは分からない。飛び出した瞬間に蜂の巣にされるかもしれない。危険を目の前にして、これまで胸にしまっていた怖気が、血と一緒に全身に回っていた。腹とズボンの間に挟んだ拳銃。そこへ伸ばす手は、どうしようもなく震えていた。
(こんなんじゃだめだ。オレがやらなきゃ、ディッキーも、人質にされてるあいつも、助からないかもしれない。きっと、こっちの様子にジョンとビリーが気づいて、援護してくれる)
 これまでさんざん反抗してきたジョンに頼るのは癪だったが、今は信じるしかなかった。目をつむり、やるしかないんだと自分を奮い立たせる。そうして恐怖がちょっとだけ四肢から引いていくのを感じると、彼はかっと目を開け、拳銃を手に飛び出した。

 半分は殺されることを覚悟していた。けれど、飛び出した瞬間、男たちは自分とは全く別の方へ銃を向けていたのだ。え? と思い、彼らの狙いの先を追うと――ディッキーが背を向けて走っていくのが見えた。
(あのバカ、何やってんだ⁉)
 考えるより先に体が動いていた。ディッキーを追おうとしていた男に狙いを定め、撃つ。バン、というとともに、男の手から銃が放れて宙を舞う。それを確認すると、ダンはすぐにディッキーを狙う別の男へ銃を向けた。照準を絞り――
 バン!
 撃つよりも先に左肩に衝撃があり、体が後ろに仰け反った。その反動で、引き金にかけた指に力が入り、銃弾が空に放たれた。しまった、と思うと同時に肩を激痛が襲う。しかし、そんなことに構っている場合ではない。ダンはまた先ほど撃ち損ねた男の額に狙いをつけ引き金を引く。今度は命中し、男が倒れたのが見えた。けれど喜ぶ間もなく、鋭い弾丸が彼の左頬をえぐった。焼けるような臭いと一瞬の痛み。血が皮膚を垂れていく生温い感触がした。ダンはディッキーが走っていった方に目をやる。彼の姿は、もうすっかり小さくなっていた。拳銃の弾が届くことはないだろう。ほっとすると、頬と肩の痛みが戻ってきた。彼は意識をこの場に移す。
 残った二人の男が、ゆっくりと近づいてきていた。全身にぞわりと鳥肌が立つ。ディッキーはもう大丈夫だという安堵と、自身に迫った危機への恐怖が綯い交ぜになって胸で渦巻く。
 でも、まだやられるわけにはいかない。男たちの手には、今も人質の少年がいるのだ。何とかここを切り抜けなければ……。頭をフル回転させて考えていると、はたとひらめいた。イチかバチか、やってみるしかない。
 ダンは拳銃を放った。
「お前らの勝ちだ。殺《や》りたきゃ殺《や》れよ」
 男たちは一瞬目を見張って驚きをあらわにしたが、目配せし合うと、したり顔でダンへ視線を戻した。
「随分と潔いじゃねえか。でもな」
 一人がそう言うと、彼らはゆっくりとダンに近づいた。
「――すぐには殺さねえ。お前、四人も殺《や》りやがったからな。その分役に立ってもらうぜ」
 下劣な笑みに、口の中へ反吐の味と臭いがくる。でも、これでいい。ダンは深く息を吸って止め、男たちに見えないように後ろ手に服の下を探った。瞬きせず、じっと男たちを見据え、自分の鼓動を聞きながら体にぐっと力を入れる。そして――
 一気に息を吐き出すとともに、ありったけの力でナイフを投げた。小さな刃は陽を反射し、一閃の光となって宙を走る。ナイフは少年を掴む男の腕に突き刺さった。くそ、首を狙ったのに……。肩の痛みでバランスが崩れたせいだ。それでも、男は悲鳴と共に少年を放していた。間髪入れず、ダンは少年の元へ駆けた。もう一人が自分を狙っているのは分かっていた。けれど、彼にはもう手持ちの武器が何一つなかった。後は運任せだ。ジョンとビリーが何とかしてくれることを願う以外になかった。
 少年まで残り数歩。ダンは両手を突き出して前のめりに飛び込んだ。それと同時に、背後から爆音が響いた。ヤバい、と思った時には少年に届いていた。続けて、辺りが白煙に包まれる。ジョンとビリーが発煙弾を撃ってくれたのだ。
(助かった)
 彼は少年を抱き上げると、全速力で走った。後ろから、男たちの怒声が追いかけてくる。踏み込む度に足を呑み込む砂を蹴散らし、彼は逃げた。
 砂が大きく隆起したところまで来ると、その陰に滑り込む。ダンは少年を降ろし、その場へへたり込んでしまった。

 心臓が獣のように暴れているのが分かった。はあ、はあ、はあ、と息が上がり、肩が激しく上下する。目がチカチカし、傷の痛みが蘇ってくる。張り詰めていたものがぷつんと切れていた。あまりにほっとして、気がつくと涙が零れてしまっていた。彼は急いでそれを拭うと、ぐっと生唾を飲み込んで少年へ目を向けた。
「大丈夫か?」
 少年はうつろな目をしていた。感情の切れ端すら見えない表情。
「名前は?」
 尋ねると、彼はほとんど顔を歪ませず、微かに声を発した。
「聞こえねえよ。なんてんだよ?」
 ザック。
 再び開かれた少年の口から、そう聞こえた気がした。
「ザック、ザックってんだな?」
 少年は何も応えず、ただぼんやりと宙を見ていた。相当怖かったのだろう。そう思い、ダンは一つ息を落とすと、少年を抱き寄せた。
「安心しろ。もう大丈夫だ」
 自分の言葉が心にすっと溶けてきた。
(もうこいつは大丈夫だ。あとはディッキーだ。あいつはバカだから、放っといたら何しでかすか分からねえ。早く探しに行ってやんねえと)
 
「ダン!」
 物思いに耽っていたせいで、声をかけられるまで気がつかなかった。ジョンとビリーが駆け寄ってきていた。
「ディッキーは――」
 言いかけたビリーは、ダンと目が合った瞬間青ざめた。
「お前、酷い怪我じゃん!」
 ダンはため息をついた。
「ああ、撃たれちまった。でも別に心配ない」
 ビリーは納得しなかったらしい。眉間を歪め、唇をブルブル震わせ始めた。彼の後ろにいるジョンも、はっと色を失っている。
「嘘だ。すげえ血だよ……」
 ビリーの涙のにじむ声で、そんなに酷いのかと、ダンは自身の体に目を落とす。
 その瞬間、さーっと全身の血が引いていくのを感じた。ビリーの言葉通り、彼の服はほとんど隙間なく真っ赤に染まっていたのだ。心の表面がざわざわと粟立ってくる。違う――。
「オレのじゃない……」
 ダンは、ぱっと少年の体に視線を走らせた。彼の服もまた、血に染まっている。その薄いシャツをたくし上げると、腹と胸に銃弾の跡があった。今も、止めどなく血が溢れている。
(撃たれてた。撃たれてたんだ……。何で気づいてやらなかったんだ――)
 再び、目に涙がこみ上げた。彼はそれをぐっと堪え、ジョンとビリーの方を見ないようにしながら、「止血しねえと。早く止血してやらねえと――」
「ダン」
 ジョンの声が聞こえた。
「もう無理だよ」
「無理じゃない」
 ダンはそう言い、自分の服を破いて傷口に当てようとした。
「無理だよ。もう……死んでる」
 手がガタガタと震えた。少年の顔を見る。光を失ったうつろな目が、ただ宙に向けて開かれていた。その瞼は一向に下りる気配を見せない。大きくなる手の震え。目の前が滲んで、歪んで、どうしようもなくなった。
「無理じゃねえよ」
 ダンは何とか声を絞り出して言った。そう信じたかったから。服の切れ端を地べたに捨て、両手で少年の胸を押さえる。指の隙間からどんどん血が溢れ、彼の手を覆っていく。
「蘇生するんだ。まだ大丈夫だ。きっと生き返る――」
 ザーっと風が砂を巻き上げる音が、いやに耳についた。
 
    19.恐るべきビンセント
 
 赤い日が傾き始めていた。砂漠へ落ちた影はどんどん形を変えていく。とっくに発煙弾の煙は引いているのに、ランディたちが追いかけてくる気配はない。それにダンが戦っている最中に、ジョンは合図の曳光弾を放っていたのに、いまだにデレクたちが現れる様子も見られなかった。誰もかれもがジョンたちのことを忘れてしまったかのように、時間だけが刻々と過ぎていった。

 ダンは、少年の心肺蘇生を試みていたのだけれど、いくら胸を押しても血が溢れてくるだけだった。それで諦めたのか、しばらくするとそっと少年の側を離れて座り込んだ。立てた両膝の上で腕を組み、そこに顔をうずめている。その姿は痛ましく、ジョンの心を傷つけた。
 本当なら、ダンではなくジョンが立ち向かっていくべきだったのだ。いくら武器の扱いが上手くとも、ダンはジョンよりも三つも年下――十二歳だ。体だって歳相応で大きくはない。それが、大の大人を六人相手に一人で戦って、見ず知らずの少年を必死で助けようとしていた。一方のジョンは、彼の戦う様を見ているしかできなかった。体がすくんで頭は真っ白で、何一つまともに考えられなかった。曳光弾を撃ったのすら、ビリーに言われたからだ。当然、発煙弾を放ちダンを窮地から救ったのも彼だ。ひどく惨めな気持ちになった。ダンの流した血も、服や体を染めるあの少年の血も、すべてジョンの責任だ。今のダンを見ていると、そういう気持ちがどうしようもなくせり上がってきた。

 日が地平線に沈もうとした頃、ダンがおもむろに顔を上げた。斜陽に照らされたその顔は、両腕に付いた血で汚れていた。彼は重たげな目を擦ってから立ち上がる。
「ディッキーを探してくる」
 フラフラと歩き始めた彼を止めようと、ジョンとビリーの声が重なった。
「だめだ!」
 ジョンはダンの怪我していない方の肩をつかんだ。特別力を入れたわけではない。けれどダンはあまりに簡単に引き戻され、その勢いで後ろ向きに転んでしまった。
「ダン!」
 ジョンは慌てて手を貸す。
「ごめん。どこか痛めてない?」
 ダンは力なくかぶりを振った。ジョンはほっと息をつく。同時に、ダンの負った怪我が彼に相当なダメージを与えていることをに気づいた。
「ちゃんと治療しないと。デレクたちのところに戻ろう」
 ダンは再び首を横に振る。
「ディッキーを探さねえと」
「君の怪我の方が先だ。ディッキーはあとでぼくが探すよ。ちゃんと見つけて連れてくるから」
 ダンは納得していない様子だったけれど、再び立ち上がろうとはしなかった。ただ、ただ、頭を左右に振り続けた。

     *****

 向かい合った相手戦車が、首を振るように素早く砲塔を動かし、こちらへ狙いを定めた。まずい、と思って指示を出そうとした時、砲煙が上がった。ドーンという音と衝撃に戦車が大きく揺れる。
「大丈夫か⁉」
 下の砲塔内部へ叫ぶと、勢いよく返事が来た。
「平気だ! こんなのへっちゃらだ!」
 はあと息をつく。デレクは砲塔最上部の視察口から敵の動きを確認し、仲間へ指示を出していた。しかし、相手戦車が大きすぎる上に視界が狭いため、判断が遅くなってしまう。仕方なく、彼は視察口から顔を出した。ぶうん、と爆発の余韻が風と煙になって顔に吹きつける。思わず瞑ってしまった目を開け、敵をじっと見た。
「機銃を|蓋つき視察口《クラッペ》に向けてる! 蓋を閉めろ!」
 デレクの声のすぐ後に、ダダダダダ、と弾丸が撃ち込まれた。デレクは顔を引っ込め、下へ向かって再び叫ぶ。
「無事か⁉」
「大丈夫!」
 クラッペから外の様子を窺っていたサミーの声が返ってきた。デレクは再び深く息を落とした。
 どうしてこんなことになってしまったんだ? バードたちが無線機を妨害してくれるはずだったのに……。
 まるでこちらの手の内を全て知っていたかのように、ビンセントの戦車は作戦決行と同時にデレクたちの前に現れていたのだ。運よく背面は取られなかったが、前面同士の撃ち合いでも勝ち目はない。こちらの装甲の方が弱いのは明らかだ。撃ち抜かれてしまうのは時間の問題だった。そしてデレクは思い出した。こういうところこそビンセントの恐ろしさなのだということを。

 *****

 デレクが掃除兵として働き始めてすぐの頃のことだった。仕入れのため他の砲手たちに連れられて武具売りのところへやって来ていた。
「これは粘着榴弾っていってな、榴弾よりも先っちょがちょっとばかし丸いだろ? これで弾頭が潰れて目標の装甲にくっつくんだ。その後に爆発して衝撃が装甲を引っぺがす。飛び散った装甲の破片で戦車内にダメージを与えることもできる」
 デレクが興味津々といった素振りで尋ねると、武具売りは気前よく様々な武器や弾丸について説明してくれた。この頃には既に革命を目論んでいたデレクは、とにかくいろんな知識を蓄えておきたかったのだ。
「防ぐことはできないのか? できなきゃ、かなりの効果だよな?」
「|内張り装甲《スポール・ライナー》を取り付けときゃ防げるさ。内部に破片が散るのを抑えたり、装甲を破って勢いがなくなった弾自体を受け止めることもできる。人命優先で考えるなら優れものだ」
 人命優先で考えるなら……。妙な引っ掛かりを覚えた。それ以外を優先するなら付けない方がいい、と聞こえたからだ。
「付けないこともあるってことか?」
 武具売りは嬉しそうに目を細めて、デレクの頭をポンポン叩いた。
「察しの良い奴だ。あのな、|内張り装甲《スポール・ライナー》ってのは結構重いんだよ。だから、付けるとその分、他の物を諦めなきゃならねえ。それで、攻撃力重視の戦車は|内張り装甲《スポール・ライナー》よりも|自動装てん装置《ラマー》とか換気扇とかを付けときたがることも多い。けど、オレは|内張り装甲《スポール・ライナー》を付けとく方がいいと思うね」
 なるほど。頭で言葉にして次の質問を考えていた時、後ろから乱暴に頭を小突かれた。
「何余計なこと聞いてんだよ? さっさと運べ」
 振り返ると、砲手の一人が両腕に抱えた武器の山をデレクへ押し付けてきた。

 戦車へ戻る道すがらはひどく厳しかった。太陽は肌を刺すように鋭く、ボロボロの靴に突っ込んだ素足に熱い砂が焼け付く。山のような武器を担がされ、汗は滝のように流れた。
 もうそろそろ到着というところで、ひと悶着が起こった。
「おい、てめえ」
 先ほどデレクを小突いた男が、今度は彼の胸ぐらをつかんで、手荒く引き寄せた。その勢いで背負い梯子の肩紐がずり落ち、武器がバラバラバラと散乱する。
「危ねえだろ。落とすんじゃねえ」
 別の砲手が横から頭を小突く。けれどデレクはそれには構わず、目の前で加虐的な笑みを浮かべる男を睨み返した。
「拾うから放せよ」
 男の口角が裂けるように、にたりとつり上がった。デレクを突き飛ばすと、言葉通りに武器をかき集め始めた彼へ言い放つ。
「お前、さっき余計なこと聞いてやがったよな? ビンセントに言ってやる。そうすりゃ、てめえなんてすぐ見切りつけられて殺されるぞ。どうせでかすぎて長くは使えねえんだからな」
 デレクは無視した。ただ、頑なに地面へ顔を向けて背負い梯子へ武器をまとめていく。癇に障ったのか、男はデレクの髪をつかんで荒っぽく顔を上げさせた。目には再びサディスティックな光が浮かんでいた。
「お前、いつも大事そうに変なの首からぶら下げてるよな」
 彼は言うと共に、デレクの下げる藁馬を引っ掴んだ。ぐいっと引っ張られ、首にかけた紐がちぎれる。頭にかっと血がのぼった。
「返せ!」
 デレクが男につかみかかろうとすると、別の男が後ろから彼を羽交い絞めにした。逃れようともがく。目の前では、男が藁馬を片手でちらちら揺らした。そして――ぐっと内臓を潰されるような痛みがきた。男に腹を殴られたのだ。顔が歪む。しかし男は容赦なくもう一発拳を腹に打ち込んできた。痛みのためなのか、一瞬目の前が真っ白になる。再び色が戻って来た時には、腕は解かれ、その場に倒れて咳き込んでいた。男たちの残酷な笑い声が降ってきた。
「それ、全部運んで来いよ。逃げたりしたら、ぶっ殺すぞ」
 そう言って砲手たちは先に歩いていった。

 戦車へ戻り、武器庫で荷を下ろしていると、
「一人でこんなに運んできて、随分疲れただろう?」
 とっさに声のした方を見る。通路へ続くドアのところに、ビンセントの姿があった。
「別に平気だ」
 デレクは応えながら、手元へ視線を戻す。
「平気な割には、遅かったじゃねえか」
 首筋にぞわりと悪寒が走った。こいつは自分に罰を与えに来たのだ。真っ先に、そう脳裏に浮かんだ。けれど、ビンセントの口ぶりは妙に優しい。
「いつでも戦闘に備えられるように、武器の調達はなるべく早くしたいんだよ。だからこれからは、もう少し急いでくれるといいんだが――」
 彼はそこで言葉を切った。しばしの沈黙。その間に、空気に淀むビンセントの気配が濃くなった。すぐそこまで来ると、
「でも、それはお前のせいじゃないな。砲手の連中に言っといてやろう。今後は全員で分担して運べってな」
 デレクは何も返さず、ただ武器を並べ続けた。ビンセントの意図が分からない。背中がひどく緊張し、手に汗が滲んだ。
「怖いのか?」
 唐突に図星をつかれた。応えに迷った彼は、違う、としか言えなかった。ビンセントは笑いを含ませた柔らかい声で話した。
「別にお前に何かしようなんて、考えちゃいない。これを返してやろうと思ったんだ」
 彼が差し出したいかつい手のひらには、あの藁馬人形があった。デレクははっとして、思いがけずビンセントと視線を重ねてしまった。ビンセントは満足げに目を細めた。
「故郷でもらってきたんだろう? 大事にしろ。もう取られるんじゃないぞ」
 デレクはすっかり面食らってしまった。ビンセントが、これまでうわさに聞いてきた非情な男に思えなかったというのも、もちろんある。しかし、何より驚いたのは、この藁馬がどういうものであるのか知りぬいているかのような態度だ。急に、すべてを見透かされているかのような気分に襲われていた。
 ビンセントは、にっと笑んでから背を向けた。
「待ってくれ」
 デレクが呼び止めると、彼はゆっくりと振り返る。それすら予想していたかのような、穏やかなやり方で。
「藁馬のこと、なんで知ってんのかって?」
 まただ……。首筋を冷たい蛆虫の群れが這っていくような悪寒がした。
 ビンセントは大きくため息をついた。
「そんなの見てりゃあ分かるさ」
 そう言い、彼はじっとデレクを見つめる。何もかも知られてしまいそうで、デレクは視線を逸らした。
「まだオレが怖いんだな。いや、さっきより怖がってるだろう?」
 彼は再びデレクへ近づいてきた。
「お前は正しい。オレは怖い。変に優しくされても、それに気づけるのは大したもんだよ。まだ半分ガキだってのにな」
 口でどんどん言葉を紡ぎながら、彼は迫ってくる。
「いいか、本当に怖い奴ってのはな、一見優しそうな奴だ。優しそうで、無駄に敵を作るようなことはしない。でも、相手をよく見て、そいつがどういう種類の人間か見抜いて、必要があれば非情になれる。誰に対してもな。そういう奴が一番怖い」
 彼はデレクの目の前まで来ていた。口角を上げて彼の顔を覗き込む。
「お前には、非情になる必要がないんだよ。今はな」
 彼はデレクの頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにして撫でた。
「一人でここの片付け、できるな?」
 デレクはこくこくと頷くしかできなかった。ひどく情けない声が出てしまいそうで。ビンセントは、がんばれよ、と言って、再び背を向けて武器庫から出て行った。

 翌日になって、デレクは彼の藁馬を奪ったあの男がビンセントに射殺されていたことを知った。砲手仲間全員の目の前で。高い金額で買ったデレクを置き去りにしてきたことが理由だった。
 
    20.謎の助っ人
 
 日没の太陽が砂漠を真っ赤に染め始めた。視察口から見える巨大な戦車も深紅に染まっている。まるで血を浴びたかのように。何か冷たくておぞましいものが、つうっとその指先で背中をなぞっていったような感じがし、デレクは思わず体をすくめる。目の前の血濡れの怪物は、怯んだ彼の心を見透かしたかのように、少しずつ少しずつ近づいてきていた。そうして告げられた気がした。こんなに簡単に騙されるなんて、お前は間抜けだと。
 そう、騙されたのだ。デレクには、バードというあの男が彼らを裏切った――いや、はじめからビンセントと内通していたとしか思えなかった。それ以外に、ビンセントにこちらの動きを読まれた理由が思いつかなかったし、何よりも作戦決行からすぐにバードたちと連絡が取れなくなったのが腑に落ちない。ジョンがバードから渡された無線機は、戦車同士で連絡を取り合うためにデレクが預かっていたのだ。それなのに、いくら通信ボタンを押しても繋がらない。あの時、ビンセントが言っていたのは、こういうことだったのだ。本当に怖いのは、一見すると優しく、そして信頼できそうな奴だ。
 ぐるぐる考えていると、重々しい響きと共に戦車全体が震えた。はっとして敵戦車へ意識を戻す。こちらへ向けた戦車砲の暗い穴から、砲煙が空へ伸びていた。しまった。余計なことを考えてる場合じゃなかった。彼は下へ向けて叫んだ。
「大丈夫か⁉」
「うん! でも戦車が動かなくなっちゃったんだ……! 前にも後ろにも、全然」
 動かない……。エンジンは無事のようだし、キャタピラか車輪かもしれない。デレクはもう一度、相手戦車を見る。やはり、砲をこちらへ向けて迫ってくる。主砲から砲弾を放ったのは、これで三度目だ。三つしか主砲がないのだから、これからしばらくは砲弾は撃てないはずだ。主砲両サイドの機銃で視察口やハッチから顔を出したところを狙っているだろう。様子を見てくるなら、今だ。
「オレは車輪の確認をしてくる。サミー! オレの代わりに向こうの戦車の様子を窺え」
 一瞬の間を置いて、「ぼくでいいの?」
 自信のなさそうな声が返ってきた。
「別に何もしなくていい。危険を仲間に知らせるだけだ。みんなが身を守れるようにしろ」
「分かった……」
 デレクは急いで最上部視察口から下りた。入れ違いで梯子を上っていくサミー。トントン、と軽く背を叩いてやった。

 仲間の一人を引き連れて、デレクは最下階まで走っていった。辿り着くと、そこの点検口を開けて戦車の下に顔を出す。特に異常は見当たらなかった。
「とりあえず、工具箱を持ってきてくれ。オレは下りてよく見てみる」
 返事も待たず、彼は点検口へ滑り込んだ。
 キャタピラにへばりついた砂を手で払い、問題の個所を探す。地面と車体の狭い隙間を移動しながら、左右両方へ首を振り帯の上や内側の車輪へ視線を這わせる。鼓動が彼を追い立てるように、ドクドクドクドクと強く速く打った。体が熱くなってくる。くそ、どこだ……。
 しばらくそうやって探していると――あった。車輪と軸を繋ぎ止めていたピンが折れていたのだ。良かった、これなら直せる。
「工具箱ん中に、ピンの代わりになるようなものはないか? 何でもいいから、硬くて長細いやつ」
「待って……」
 その声のちょっと後に、何かが点検口から放り込まれた。
「今、レンチ投げた。それで平気かな?」
 放ることないだろ。心の中で悪態をつきつつ、デレクはすぐさま這い戻り、砂に埋もれるそれを手に取った。両方の先端が曲がって角度のついた長細いレンチだった。
「これでいい。ちょっと待ってろ」
 デレクは急いで先ほど見つけた所へ行った。折れたピンを取り外し、車輪と軸の穴にレンチを差し込む。これでなんとかなるだろう。彼は点検口へ戻っていった。

 仲間たちのいる砲塔階へ走る。後ろから荒い息遣いが聞こえてきた。巨大戦車の最下階から最上階へ駆け上っているのだ。デレクのペースについてくるのは相当きついだろう。
「お前はゆっくりでいい。先に行くぞ」
 デレクは後ろへ言うと、さらにスピードを上げた。
 ちょうど砲塔階へ続く階段を上っている時だった。戦車全体が地面へ叩きつけられたような、ものすごい衝撃があった。体が宙に浮かび、何が起こったか理解する間もなく、デレクは下へ転げ落ちてしまう。慌てて体を起こした時も、底からつき上げるような揺れが続いていた。
「何があった⁉」
 とっさに大声を張り上げたけれど、言い切る前に分かっていた。また砲弾を撃ち込まれたのだ。しかも、おそらく装甲にダメージを受けた。
「また撃たれた。まだ撃ち抜かれてはいないけど、そろそろやばいかも……」
 予想通りの答えが返ってきた。デレクは再び階段を上っていく。激しい揺れに、左右の壁にぶつかって、うっかり足を踏み外しそうになりながら、何とか砲塔階まで辿り着いた。
「サミー! 代われ!」
 ほとんど叫んで言い、砲塔へ入る。梯子へ目を向けると、早くもサミーは下りてきていた。
「デレク、ごめん……。よく見えなくて」
「見えたところで、どうしようもない。気にするな」
 デレクは一直線に梯子へ向かい、上っていった。

 視察口から敵戦車を見る。視界が狭い上に砲煙が立ち込めていて、ほとんど何も見えない。くそ……。相手が視察口やハッチを狙っているのは分かっていた。けれど、これではどうすることもできない。
 デレクは視察口から顔を出した。爆風が顔へ吹きつける。煙が沁みて、反射的に目を細める。その時、
「顔出すんじゃねえ! 引っ込めとけ!」
 突然に大声が飛んできた。中からではない。外だ。一体誰が……? そう思い目をこじ開けると、一台のバイクが両戦車の間に走り込んできていた。バイクを狙って何発も銃弾が放たれていたが、彼は網の目をくぐっていくように弾を避け、敵戦車の懐へ向かっていく。デレクは、はっと気がついた。顔を引っ込め、下へ向けて叫ぶ。
「バイクを右上の視察口から狙ってる。分かるか?」
「うん!」
 間髪入れずに返事がきた。
「機銃で撃て」
「オッケー」
 その声と共に、ダダダダダ、と相手の視察口へ銃弾が放たれた。
 バイクへ向けて撃たれた弾がどこから飛んできたかを見ておけば、相手狙撃手の居場所が分かる。砲煙も少しは落ち着いてきた。顔を出さずとも何とか見える。デレクはじっと目を凝らし、バイクへ放たれる銃弾の軌跡を追った。
「右側面のハッチだ。撃て!」
「了解!」
 再び、ダダダダダ、という機銃の音。ハッチへ弾が降り注ぐ。よし、いいぞ。
 一方、バイクは片手で何度もショットガンを回して装填し、戦車の下部へ撃っている。キャタピラを狙っているのだ。こちらの戦車がそうだったように、キャタピラや車輪が損傷すれば戦車は動けない。そうなれば、デレクたちが逃げたとしても、追ってくることは不可能だ。加えて、狙撃手を機銃で倒していけば、あと警戒すべきなのは戦車砲からの攻撃だけだ。既に装甲の一部はダメージを受けているが、全速力で逃げれば持ちこたえられるはずだ。そう信じる他ない。
「バイクの野郎が戦車を止めてくれる。バックで逃げるぞ。機銃を撃ち続けてバイクを援護しろ!」
 デレクの声に従い、彼らの戦車は退却を始めた。

    21.バイクの正体
 
  逃げおおせたのは奇跡に近かった。全てあの正体不明のバイクのおかげだ。デレクは視察口の梯子を降りながら考えていた。あいつは一体誰だったのだろう?
「デレク!」
 声をかけられ顔を上げると、ハッチから戻ってきたサミーがこちらへ向かってきていた。
「さっきのバイクが来た」
 巡らしていた思考が吹き飛んだ。デレクはすぐさま砲塔から出て、ハッチへ走った。
 太陽はもう半分以上地平線に沈んでいた。最後の力を振り絞るようにこうこうと燃え、砂漠を赤く照らしている。そのまっさらな赤い砂地にぽつんと濃い影を落として、バイクがやって来る。彼はすぐそこでおもむろに停止し、
「あっちの戦車は動けない。追手も巻いたから、ひとまず大丈夫だ」
 そう言ってヘルメットを外す。小さな目にそばかすだらけの強張った顔が現れた。
「トミー⁉」
 デレクは思わず目を見張った。「お前、なんで……?」
 その後の言葉が見つからず、声が喉でつっかえる。けれどトミーはデレクの言いたいことを全て理解しているらしかった。
「バード戦車長から話は聞いた。戦車に戻る途中で無線機に連絡くれてな。あっちはあっちで大変だったらしいんだけど、それよりもお前らのこと助けてやれって言われちまった。話の途中で連絡も取れなくなってな。それで、とりあえずこっちに来てみたんだ」
 頭の中で鬱々と組み立てていた理屈がいっぺんに崩れていく。
「バードが……裏切ったわけじゃないのか?」
 どう言えば良いか分からず、つい露骨な言葉を選択してしまう。トミーのもともと歪んだ眉間が、さらに険しくなる。
「バード戦車長が、んなことするわけねえだろ」
 彼はイライラと息をつき、喧嘩腰とも取れるくらいぶっきらぼうに説明した。
「盗聴器が仕掛けてあったんだ。たぶん料理長が殺された、あの一件の時だ。あいつら、戦車長に銃付きつけたらしいけど、それはただの演技だったんだよ。騒ぎ起こして、その隙に盗聴器を仕掛けとくのが目的だったんだ。要はな、お前らとバード戦車長が組むって、はなから読まれてたってことだ」
 胃がぎゅっと絞られる。オレはなんてバカだったんだ……。先ほど崩壊してしまった理屈の上に、新たな理屈が構築されていく。
 ビンセントは誰にでも非情になれる男だったが、見境がないわけではなかった。無駄な殺しや争いは避ける。だから、彼はランディのように掃除兵をやたらに虐待することはしなかった。少なくとも必要なうちは。あの時、砲手の男を殺したのも、彼が掃除兵を逃亡させたり、大けがを負わせたりすることが、それまでに何度もあったからだ。ビンセントは合理的な男なのだ。その彼が、自分の利益にならない揉め事を起こすはずがない。何かはっきりした目的があるはずだったのだ。一年も彼を見てきたのに、そんなことに気がつかなかったなんて……。
「これじゃあ、料理長は殺され損だ」
 トミーの言葉は鋭利な刃物のようだった。
「それはバードに言うんだな。オレたちはそこにはいなかったんだから」
 傷つけられたことを隠そうとしたのか、気づいた時には酷いことを言っていた。しかも、あまりにも素っ気ない口ぶりで。トミーが物言いたげにデレクを睨み付ける。
「本当に自分勝手な野郎だな」
 分かってるよ。
 頭で言葉にしたけれど、口には出せなかった。
 デレクは気持ちを立て直そうと、大きく息をつく。今は言い争いをしている場合じゃない。
「とにかく、助かった。ありがとな」
 そう言うと、トミーの瞳に宿っていた攻撃的な光が、少しだけ和らいだ気がした。
 デレクはちょっとだけ口の端を持ち上げてみせる。
「ジョンたちのところに行ってやってくれないか?」
 トミーは一瞬目を丸くしてから、やれやれと言いたげに大きく肩を上下させた。
「どの辺にいる?」
「ここから南に三キロくらいのところでランディたちに仕掛けることになってた。今もそこかは分からないけどな」
「行ってみてはやる。でもな、こっちの作戦が筒抜けだったんじゃあ、どうなってるか分からねえし、連れて帰って来れなくても恨むなよ」
「恩に着――」
 トミーがエンジンをふかした音で、デレクの言葉はかき消された。彼は挨拶もなしに、そのまま南へ走っていった。

 日が沈もうとしている。ジョンはダンに肩を貸し、戦車を目指して歩いていた。ダンが苦しそうに呼吸する気配を、耳元に感じる。あの亡くなった少年は置いてくる他なかった。ダンを連れてくるだけで精一杯だ。ダンは、彼を置いていくのだったら自分も残ると言い張っていたのだけど、そんなことできるはずがない。ほぼ強制的に担いできた。しばらくは暴れて仕方がなかったのだが、負傷した彼の力は大したことない。ジョンでもなんとか抑えつけられた。そのうちダンも諦めたらしく、今ではすっかりおとなしくなっている。
 すぐ脇を歩くビリーがせわしく視線を動かしているのが分かった。ジョンへ、ダンへ、そして日没の太陽へ。しばらくそうしてから、彼は言いにくそうに切り出した。
「デレクたち、オレたちのこと置いてったりしてないかな?」
「まさか!」
 大きな声と共に、つい勢いよくビリーへ振り向いてしまう。ダンがううっと呻いた。
「あ、ごめん……」
「ごめん、じゃ、ねえよ。さっきから……」
 ダンの言い方はとげとげしかったけれど、むしろジョンはほっとした。いつものダンに戻ってきた。
 ジョンはビリーへ視線をやった。目が合う。彼の瞳はまだ不安げに揺れていたけれど、ジョンの表情にはっきりした意志が見えたからだろう、静かに頷いた。ジョンも頷き返すと、再び歩き出そうと前を向く。すると――
 砂煙を巻き上げて、何かが近づいてきていた。背に緊張が走る。じっと目を凝らしてみると、どうやらバイクのようだ。どくどくとなる心臓。ズボンに挟んだ拳銃へ手をかける。ダンはケガしているし、十歳のビリーに頼るわけにはいかない。ぼくが何とかしなくちゃ――。そうやって自身を奮い立たせようとしているうちに、バイクの姿はどんどん大きくなり、気づいた時にはすぐそこで停止していた。ジョンは素早く銃を抜いて彼へ向ける。油を差し忘れた機械のように、体中がギシギシと強張っていた。けれど、相手はひどく落ち着いた様子でヘルメットを外した。
「トミー!」
 ジョンとビリーの頓狂な声が重なった。どっと力が抜けて、そうとは気づかず銃を下ろしていた。
「どうしてここに……?」
「ディッキーはどうした?」
 トミーは、ジョンの質問には一切構わない。ジョンとビリーはまた顔を見交わした。
「ぼくたちもよく分からないんだけど、どっかに行っちゃったらしいんだ」
 そう言ってダンを見る。彼は唇をぎゅっと噛んでうつむいた。
「は?」
 トミーはぶっきらぼうな口調と共にダンを見る。
「どういうことだよ?」
 ダンがぐっと生唾を飲み込むのが分かった。少しの間を置いて、
「たぶん、ランディたちが相手だって分かって、パニックになっちまったんだと思う。走ってっちまった。最後に見た時は無事だった。ケガもしてない」
 トミーはしばらく黙ってダンを見ていた。
「てめえは大分やられてるな」
「別に平気だ」
「平気ってのが死にゃしねえって意味でも、危ないぞ」
 トミーは乱暴にダンの肩を掴んで傷を見る。その瞬間、ダンが再び苦しそうに呻いた。けれど、トミーはダンの様子になど気づいていないかのよう。
「弾は抜けてるな。でも出血が多そうだ」
 トミーは上着のポケットからバンダナらしきものを取り出し、ダンの肩を縛った。ダンが顔をうつむけ、ぎゅっと歯を食いしばる。しかし、やはりトミーはダンの様子には頓着しない。すぐに彼の顎を掴んで顔を持ち上げると、頬の傷を見た。
「口の中まで裂けてるな。喋りにくいだろ」
「くそコック……」
 ダンが言ったのを無視して、トミーは彼をひょいと担ぎ上げた。ジョンの肩から重さが消える。それなりに苦労して運んできたのに、ジョンと比べても、そう体格の変わらないトミーがあまりにあっさりとダンを持ち上げたのでびっくりしてしまった。
「オレはこいつをバード戦車長のとこに連れてく。早いとこ医者にみせてやった方がいい。じゃねえと、まだガキだし体力が持たない」
 トミーは話しながらバイクに跨った。ダンを自分の前に座らせる。
「お前らはディッキーを探しに行け。夜にガキ一人じゃ危ねえ」
「分かった」
 ジョンはトミーをまっすぐに見て答える。けれど、
「ジョン……」
 返ってきた声は、トミーではなくダンのものだった。ジョンが目をぱちぱちさせていると、
「あいつを、ランディたちんとこにいたあいつを、ちゃんと連れてきてやってくれな」
「何の話だ?」
 ダンにどう応えようか考える間もなく、トミーの乱暴な調子の声に思考を遮られた。ジョンは言い淀んでしまう。すると、ジョンの代わりにビリーが口を開いた。
「ランディの戦車にいた掃除兵の子だよ。人質にされてたのをダンが助けたんだけど、その前に撃たれてたみたいで死んじゃったんだ」
 トミーは呆れたようにため息をついた。
「死んでんならやめとけ。荷物になるし、臭いで動物が寄ってこないとも限らねえ」
「お前には言ってない」
 ダンの吐き捨てるみたいな、きっぱりした口調。トミーは僅かに瞠目したが、すぐに目元を緩め、勝手にしろ、と言った。ジョンの心も決まる。
「分かった。ちゃんと連れて帰るよ」
 ジョンに応えてダンが頷く。二人のやり取りが、別れの挨拶となった。トミーがぶうんと音をさせてエンジンをかけると、バイクは砂を巻き上げて走っていった。
 
    22.ディッキーを連れ戻しに
 
 ジョンとビリーはディッキーの走っていった方角を目指した。ジョンの方は肩にあの少年の遺体を担いでいる。一歩、二歩と踏み出すうちにも辺りは暗くなっていく。気持ちは焦っていたが、ジョンは肩にかかる重さで上手く歩けなかった。背はじっとりと汗ばんでいて、けれど夜気は肌寒い。冷たい水に濡れたようで、体はぞくぞくとした。
 しばらく進むと、
「ジョン!」
 ビリーの声が開けた空に響き渡った。ジョンはびっくりして振り返る。
「声が大きいよ! 夜は危険なんだから」
 ビリーは小さく、ごめん、と言ってから「でも、あれ見てよ」
 ビリーが指し示した方へ目を向けると、ジョンも思わずあっと声を上げてしまった。
 ディッキーだった。暗いため顔ははっきり見えなかったが、それでも彼の銀髪は闇の中に浮き出すように目立つ。砂の上に座り込んでいるらしかった。ジョンとビリーは顔を見交わし頷き合うと、彼の元へ走った。

「ディッキー」
 二人で呼びかけると、ディッキーはちらりと彼らの方へ視線を上げてから、再び俯いた。
「何やってんだよ。オレたち、すごくすごく心配したんだからな」
 言いながら、ビリーはしゃがんでディッキーの顔を覗き込んだ。
 ごめん……。
 思いがけないか細い声に、ジョンの胸はつんと痛んだ。ビリーを見ると、彼もまた、眉を下げた痛まし気な表情を浮かべている。ジョンはディッキーを励まそうと、声に力を入れた。
「大丈夫だよ。無事だって分かればみんな安心する」
 彼に倣ってか、ビリーも明朗な口調で話した。
「そうだよ。特にダンがね。あいつ、大怪我してんのにお前を探しに行くって、ずっと言ってたんだぞ」
 ビリーがダンの怪我のことを口にしたので、ジョンは彼の袖を引っ張って止めようとした。が、遅かった。ディッキーは目を大きく見開いて顔を上げた。緑色の瞳がてらてらする。
「あいつ、怪我したのか……?」
「大丈夫だよ! トミーが戻ってきてバード戦車長のところに連れてってくれたから。あそこのドクターはすっごく腕がいいんだよ」
 慌てたせいで、妙に声が上ずってしまった。しかし、顔を上げたディッキーの目には、さらに辛い現実が映っていた。
「そいつ……誰?」
 ジョンは自分の背後へ向けられた視線に気づき、はっとなった。
「この子は……あの戦車の掃除兵だった子だよ。人質にされてた子」
 ディッキーはしばらく少年を見つめて黙っていたけれど、そのうちに小さな声で、
「死んでるのか?」
 その掠れた声と言葉に、ジョンの心がきりきりとなる。
「うん……」
 その後、何かを、ディッキーを励ますような何かを、言わなければと思ったのだけど、言葉は見つからなかった。ディッキーはまた下を向く。しん、と大きな夜闇を満たすような深い深い沈黙が落ちてきた。

「ディッキー」
 どれだけ経った頃か、ビリーが再び口火を切った。
「とにかく一緒に帰ろう。きっとみんな待ってるし、オレだってみんなのとこに帰りたい」
 ディッキーは急にどこかが痛んだかのように顔をしかめた。
「帰らない」
 ディッキー! とジョンが叫んだのに、ビリーの荒げた声が重なった。
「何言ってんだよ! みんな心配して待ってんだぞ!」
 ディッキーがぱっと顔を上げた。
「帰れるわけないだろ! ダンのこと置いて逃げたのに」
 彼は視線を落とすと、ひどく力ない声で続けた。
「ダンはきっとオレのことなんか嫌いになってる。今までだって、オレ、ずっとあいつにひどい態度だった。それでも、あいつはオレのこと守ろうとしてくれたのに、オレは何にもしないで逃げたんだ」
「しかたないよ。相手がランディたちだったんだから」
 ジョンがそっとディッキーの背に手を当てて言うと、ディッキーは地面を見つめたまま静かに返して来た。
「ジョンはデレクもそう思うって、思ってんのか?」
 不意を突かれた。ジョンは口ごもってしまう。

 デレクは自身にもそうだが、他人に対してもとても厳しい人間だった。それに誠実さを欠いた行いをひどく嫌う。そういう彼の信条に、今回の件ももちろんだが、軽口ばかり叩いて回るディッキーの性格は合わないのだ。それで、これまでもデレクはディッキーに対してどうしてもきつく当たってしまっていたのだと、ジョンにはなんとなく分かっていた。けれど、自分と同じことにディッキー自身も気がついているとは思いもよらなかった。

「デレクはオレのこと嫌ってる。絶対許してくれない」
「嫌ってるわけじゃないよ!」
 ジョンは声を上げたが、ディッキーは首を振る。
「嫌ってるよ。そのくらい分かる。オレはバカだけど、そこまでバカじゃない」
「じゃあさ」
 二人の会話をぶった切るように、いきなりビリーが話しだした。
「お前、なんでこんなとこにいたんだよ? 戻る気がないなら、もっと遠くまで逃げれば良かったじゃん。そのくらいできただろ? でも、お前はそうしないでずっとここに座ってた。迎えに来てほしかったからじゃないのか? 本当は帰りたいんじゃないのか?」
 言葉を切り、ビリーはディッキーをじっと見つめた。彼はディッキーが目を背けると、大きく息を吐き出してから、また話し始める。
「デレクに嫌われたって、別にいいじゃん。戦車にいんのはデレクだけじゃないんだから。オレはお前のこと好きだよ。面白いもん。それに――お前が戻らなかったら、ダンがかわいそうだよ」
 ディッキーが目を丸くして顔を上げた。
「だって、そうだろ。あんなに頑張ったのに、人質だった奴は死んでお前までいなくなったら、ダンは何のために頑張ったんだよ? あいつはお前に無事に帰ってきて欲しがってんだよ」
 ディッキーの瞼がゆっくりと瞳の輪郭を隠していく。それにしたがい、目の中に溜まった涙が星明りを吸い込んでどんどん輝きを増していった。ビリーはディッキーを見つめ返して表情をほどく。
「だから帰ろうよ。ジョンとオレがついてるから大丈夫だよ」
 彼は、な? と言うようにジョンへ視線を投げた。ジョンもこくんと頷いて返す。
「うん、大丈夫。だから安心して帰っておいでよ」
 ディッキーは黙って下を向いた。彼が、しばらくそうしてじっとしていたので、ジョンとビリーはどうしたものかと目配せし合った。しかし、そのうち、
「帰る」
 とディッキーの微かな声が聞こえた。ジョンとビリーは、今度は笑顔を交わし合った。
「うん」
 二人で力強くそう言うと、ディッキーに手を差し出して、立ち上がるのを助けた。
 
    23.故郷と現在
 
 ジョンとビリーとディッキーは戦車の元へゆっくり歩いた。急ぎたいのは山々だったが、少年の遺体を担いだジョンには早く足を動かすのは難しい。ビリーが横から少年の体を支えてくれているおかげで、何とかまともに進むことができた。
 濃紺の空を彩る星々は、空高く上るにつれて鋭さを増した。今では強く地上を照らし、砂の隆起したところにはくっきりとした影ができている。暗闇ももちろん恐ろしいけれど、星明りが強すぎる夜は自分がひどく無防備に思えてしまう。ジョンの心が不安の靄に覆われていく。
 ビリーはそういった不安を紛らわせたいのか、一人でずっとしゃべり続けていた。
「オレん家は村でも有名な大家族でさ、父さんと母さんとじいちゃんとばあちゃん、それから足の悪いおじさんがいて、兄弟は七人。オレは一番上だったんだよ。今は一番下だけどな。そんで、父さんが油田で働いてみんなを養ってたんだけど、怪我しちゃったんだ。噴き出た油が爆発しちゃったんだって。そのせいで父さんが働けなくなっちゃったから、オレは売られたんだ。父さんは最後まで反対してたけどね」
 なかなかに辛い話だったが、ビリーの口ぶりはそれに相応しくない明るいもので、ジョンはどう反応すべきか迷ってしまった。しかたなく、そうなんだ、と軽く相槌を取っておく。ビリーはにっこりと笑った。
「うん。けどな、オレ、絶対に帰るって約束してんだ。みんながびっくりするくらいでっかくなって、帰るって。だって、オレ、歳は一番上だったんだけど、体はすぐ下の弟と妹の方がでかくてさ。それでずっとからかわれてたんだ。だから二人を見返してやるんだ」
 ビリーの目は頭上で鋭く輝く星々と同じくらいにらんらんとしていた。彼は本気でそうなると――大きく成長して故郷に帰れると、信じているのだ。ジョンにはその期待が眩しかった。眩し過ぎて、気づかぬ内に目を逸らしていた。
 ジョンも「いつか帰る」という約束を父と交わしていて、一年前のあの時は確かに信じていたけれど、今は……。繰り返される戦闘と革命の重圧に、彼個人の願望や希望は押しつぶされてしまっていた。もう、故郷に戻って父や母と再会する自分の姿を思い描くことはできない。この一年で自分は変わってしまったのかもしれない。はじめてそのことに気がついて、ジョンは胸が潰されたようになった。

「じゃあ、普通に掃除兵として働いてた方が良かったんじゃないか?」
 ずっと黙っていたディッキーが急に口を開いた。
「その方が安全じゃん。お前はオレみたいにされてたわけじゃないんだから」
 ビリーは目を丸くしてディッキーを見て、それから不満げに眉を寄せた。
「お前さあ、そういうの、あんま良くないよ。そりゃ、お前が特別ひどい目に合ってたのは分かってるけど、だからってお前以外のみんなが辛くないって訳じゃないし。オレだってオレなりに辛かったんだよ。こっちの方がずっといい」
 ディッキーはバツが悪そうに目を背けた。
「そんなつもりじゃないけど……。ただ、オレだったら帰るところがあるんだったら、死ぬかもしれない場所になんかいたくないなって思っただけだよ。それに――」
 ディッキーの伏せた瞳に、悲し気な気配が過ぎった。
「たぶん、お前は分かってないよ。オレがやられてたことは火傷の件だけじゃない。どんなだったか、オレは絶対に誰にも知られたくない」
 今度はビリーの眉間が気まずそうに歪んだ。
「ごめん、ただ、オレ……怖いんだよ。それで気持ちが変にギスギスしてんの。言いたくないこと言わなくていいよ」
 ビリーは一度大きく息をつく。そうして再び話し始めた時には、彼の声は普段通りに明るかった。
「お前とダンってさ、故郷ではどんな感じだったの?」
 ディッキーはきょとんとして顔を上げ、それから表情をほころばせる。
「しょっちゅう二人で、いろんな奴にいたずらしかけてたよ。オレがやると半分くらいはバレちゃうんだけど、ダンだと全然バレないんだ。あいつは本当にすごいんだよ」
 ディッキーが言葉を切ると、その目に嬉しいような寂しいような感じの、ひどくやわらかい光がさした。
「あいつがいたから、オレはいじめられなかったんだよ。オレ、もらわれっ子だったからさ。近所に母親違いの十一人きょうだいの家があって、三つとかそんくらいの時に、その中に放り込まれた。そいつらが、軒並みオレのこと嫌ってたんだけど、すぐ隣にダンの家があって、仲良くしてくれたんだ。あいつの親父は『何でも屋』で、盗みとか殺しとか、そういうのを引き受けててさ、後継がせるつもりで小さい頃からダンにもいろいろ仕込んでたみたいなんだ。ダンは親父から教わったことをオレにも教えてくれて、二人でそれ使って周りの奴を困らせてたんだ。特にオレの里親んとこの奴が多かったけど」
 ディッキーは懐かしそうに口元を緩める。それを見て、ジョンはふと切ない気持ちに駆られた。ディッキーとダンの間に横たわる思い出は、二人にとってとても大切なものなのだ。ジョンが想像していたよりも、ずっと。なのに、ディッキーはダンを無視せずにはいられなくなってしまい、ダンはそれを受け入れられずに今でもディッキーのために何かしなければと思っている。
「でも、後継がせるつもりだったなら、なんでダンの親父はあいつのこと売ったりしたんだよ?」
 ジョンが心を痛めている横から、ビリーがもっともな質問をした。
「あいつ、手伝わされた仕事で何かヘマしちゃったらしいんだよ。そのせいで仕事は台無し。親父は大怪我してしばらく働けなくなったんだって。それで怒って、人買い探し出してダンを売っちゃったんだよ」
「自分からわざわざ人買い探して売ったのか?」
 ビリーは信じられないというように目を見張った。でも、すぐにその目元に疑問の色が降りてくる。
「人買いがやって来たんじゃなきゃ、どうしてお前は売られたんだよ? 一緒に売られたって言ってたじゃん」
 ディッキーは不意を突かれたように苦い顔をした。
「ああ……『一緒に』っていうのは、あんま正確じゃないんだ。オレは……ダンが売られたの知って、こっそりついてっちゃったんだ。一緒に働けるって勘違いしてたんだよ。後でダンにすげえ勢いで怒られた」
 ジョンとビリーは驚いて顔を見合わせた。ビリーはぽっかりと口を開けて、目をぱちぱちさせている。
「お前、何やってんだよ」
 ビリーがディッキーに向き直って言うと、ディッキーは悔しそうに唇を噛んだ。
「こんな風になるなんて、思ってなかったんだよ」
 こんな風――。その言葉が一体何を意味しているのか、ジョンには分からなかった。ランディたちに酷く虐待されたことか、そのために残った傷のことか、それともダンとまともに顔も合わせられなくなってしまったことなのか。
 ディッキーはちらりとジョンの背後に目をやった。
「そいつも、こんなとこで死んじゃうなんて、きっと思ってなかったよな」
 ぽつんと零れるように出た言葉。それがジョンの耳の奥に、深く深く沈んでいった。背に感じる少年の重さが急に増したような気がした。
 
    24.デレクの怒り
 
 ジョンたちが仕掛けた罠の辺りまで戻ると、小ぶりな戦車の影が見えた。デレクたちが迎えに来てくれていたのだ。三人で顔を見交わした時、ビリーの目には喜びが、ディッキーの目には不安が光っていた。
 ビリーがハッチの蓋を開け、その後に少年の遺体を担いだジョンが続く。倒れないよう、後ろからディッキーが支えてくれた。背後でバタンと蓋が閉められると、鼓膜の奥を震わせていた深い夜の音が消える。ジョンは硬い床を見つめ、はあと安堵の息をついた。すると、
「大丈夫か?」
 胸がどきりと跳ねた。デレクの声だ。顔を上げて彼と目が合うと、先ほどの安堵が四肢にまで広がってくる。
「うん」
 応えた自分の声は、思いがけないほど弾んでいた。同時に、命を落とした少年や、ディッキー、ダンのことが脳裏を掠め、気が咎めてしまう。その時、はっとなった。
「この子は……ランディたちの戦車の掃除兵の子だよ。ダンが――」
「分かってる。トミーから聞いた」
 デレクが説明を遮った。おそらく、トミーはバード戦車長のところへ行く前に、デレクへ状況を知らせに来たのだろう。
 デレクはしばらく無言で目を伏せていたが、そのうちにゆっくりとディッキーを見た。眉一つ動かさず、唇だけを僅かに開いて問いかける。
「なんで逃げた?」
 その瞬間、ディッキーの表情がまるで鳩尾にパンチでも食らったかのように歪んだ。
「デレク! 仕方なかったんだよ。ディッキーだって好きでそうしたわけじゃないよ。あの状況じゃ――」
 ジョンがいくら話しても、デレクは彼になど見向きもしない。ただじっと、鷹のように鋭い目でディッキーを凝視し続けた。そして再び、静かな静かな声で言った。
「喧嘩してたから、ダンはどうなっても良かったのか?」
「違う!」
 ディッキーの上げた声が、戦車の狭い通路を反響しながら走っていく。金属の壁の引きずるジィンという音がいやに耳についた。ジョンも、そしておそらくビリーも、ぐっと言葉を飲み込んでしまった。
「そんなこと、考えてなかった。何も……何も、考えられなかった」
 今度は声を絞り出すようにしてディッキーが言葉を紡ぐ。けれどデレクはディッキーの悲痛な様子にも、一切気色を変えない。
「ダンは泣きながらオレに謝ってた。全部自分のせいだってな。人質の子が死んだのも、お前がいなくなったのも。お前はそう思うか?」
 ディッキーはぎゅっと目をつむり、首をブンブン振った。
「そうだよな。少なくともお前が逃げたのはダンのせいじゃない。お前が卑怯だからだ」
「そんないい方しなくていいだろ」
 ビリーがデレクに食って掛かった。だが、その声は言葉とは裏腹に頼りなく、重い雰囲気に飲まれてしまっていた。それでも、ビリーはなんとか続ける。
「ディッキーがどんな気持ちで戻ってきたと思ってんだよ? ここに来るのがどんだけ怖かったと思ってんだよ?」
 すると、はじめてデレクの表情に色がさした。彼は深く息を吐くと、ビリーの方を向く。
「そうだな。お前の言う通りだ」
 それから、彼はくるりと背を向けると、何も言わずに通路を歩いていった。カン、カン、カン、と靴が床を叩く。その遠のいていく音へ向けて、ディッキーが言った。
「嘘だ。ダンは泣かない。あいつが泣いたりするわけない」
 ディッキーの調子はずれな言葉に、それまで張り詰めた気持ちでいたジョンとビリーはきょとんとしてしまった。
「お前、そこじゃないだろ」
 ビリーが嘴を入れてもディッキーは石みたいに頑なに、ダンが泣いたという言葉を、否定し続けていた。

 ジョンはしばらくビリーと共にディッキーを励ましていたのだけれど、どうしてもデレクのことが気にかかってしまった。
 ――そうだな、お前の言う通りだ―― 
 そう言った時、僅かに緩んだ彼の顔。あの感情の一端は何を意味しているのだろう? それで、ジョンはその場はビリーに任せて、デレクの後を追った。

「デレク」
 デレクは階下の大広間にいた。以前、彼を探していた時にここにいたのを思い出し、来てみたのだ。デレクはあの時と同じように入口に背を向けていた。ジョンの声にピクンと肩をいからせると、彼は胸元に何かをしまい、振り返る。
「分かってるよ。ディッキーが悪いわけじゃない。あれは――」
 デレクは続く言葉を一度ぐっと飲み込んで、肩を上下させた。そうしてまた息を吸い込むと、押し出すように声にした。
「オレのせいだ。ディッキーに八つ当たりしたんだ」
「違う!」
 考えるより先に大きな声が出て、ジョンは自分で驚いてしまった。ちょっと遅れて、口から飛び出た言葉の意味が脳に沁み込んでくる。彼はもう一度、一つ一つの単語を意識して言った。
「仕方なかったんだ。誰も悪くなんてない」
 デレクは悲し気な目をジョンへ向けた。
「仕方なくなんてない。お前がディッキーを外した方がいいって言ったのを、オレは聞かなかった。誰の意見も聞かずに作戦もメンバーも決めたんだ。責任が全部オレにあるのは当然だ」
 そんなの結果論だ。ジョンは思った。誰もこうなるなんて予想はできなかったんだから。でもそれ以上に――。
 デレクの痛みに触れたことで、ジョンの心の脆い部分も急にせり上がってきた。
「デレクが悪いって言うなら、ぼくだってそうだ。ぼくは……ダンを一人で戦わせてしまったんだ。ぼくの方が三つも年上で、体だってずっと大きいのに。ぼくがもっとしっかりしてたら、ダンはあんな目に合わなかった。ぼくも、怖がってないで、ダンみたいに――」
「バカなこと言うな」
 デレクの低く強い口調に心臓がぎゅっとなる。とっさに顔を上げた時、視線がデレクのそれと重なる。彼のその目には、ついさっきまでの力なさとは打って変わって、咎めるような鋭さが宿っていた。
「あいつのしたことは、正しくなんてない。お前が真似する必要なんてないんだ」
 デレクは言葉を切り、視線を落として彷徨わせた。けれど、それはほんの一瞬で、すぐに顔を上げる。
「ダンはよくやったよ。本当によく頑張った。頑張りすぎたくらいだ。でもな、あいつのせいでっていうのは、半分は当たってる。結果だけ見ればあいつのやったことは何も生んでないんだからな。もっと慎重に手段を選ぶべきだったんだ」
「そんな言い方……! ダンがかわいそうだよ!」
「だからダンにはそうは言わなかったんだ。言えるわけない。それに――そんなこと、言わなくてもあいつが一番分かってる」
 デレクは、また俯いた。口から漏れた白い息が、彼の輪郭を撫でながら上っていく。
「お前があんなことする必要はない。絶対にするな。もしやったら、許さない。いいな?」
 ジョンは答えなかった。答えたくなかった。
 きっと自分はダンのようなことはしない。けれど、それはジョンが自分自身を抑えて、我慢するからではない。勇気がなくて、臆病で、そうできないだけだ。それが無性に悔しかった。
 
    25.ビンセントの申し出
 
 ジョンは大広間にデレクを残して、特に行く当てもなくぶらぶらと廊下を歩いていた。静寂を壊すカン、カン、カンという自分の足音が耳の奥を引っかくように響いてくる。
「ジョン」
 ちょうど先ほどのハッチの辺りで、ビリーに呼び止められた。振り返ったジョンと目が合うと、ビリーはちょっと口角を上げた。
「デレクはどんなだった?」
 どんな風だっただろう? 考えようとして彼の顔が頭に浮かぶと急に全身の毛が逆立ち、ジョンは思考をそこから引き離した。
「別に平気だよ。ディッキーの様子は?」
 聞き返すと、ビリーはやれやれと言いたげに肩を落とした。
「相変わらずだよ。『ダンは泣かない』って、そればっかり。言いながら自分が泣き始めちゃってさ。正直、訳分かんないよ。もっとずっと酷いこと言われてたのに、なんであんなことにこだわんだろう?」
 さあ。そう言ってジョンは肩を竦めてみせた。きっとディッキーにとっては大切なことなのだろうけど、やっぱりジョンにはよく分からなかった。
「まあ、もう寝に行ったし、後はサミーが何とかしてくれるよ」
 ビリーはため息交じりにそう言った。

 少年たちは一般人用として使われていた寝室一つを二人で使っていた。もともと、ディッキーはダンと同室だったのだけれど、湖での喧嘩以来、彼はサミーとビリーが使っている部屋に無理矢理割り込んでいた。それで仕方なくビリーが部屋を変えてダンと共に使っている。

「とりあえず、あの掃除兵の子を何とかしなくちゃ。ちゃんと弔って――」
 ジョンが言いかけた時、爆音が響き渡り、ハッチの蓋が揺れた。
 ジョンは咄嗟にハッチの蓋を開けようとした。が、同じくハッチへ手を伸ばしたビリーとぶつかってしまう。
「いってえ……」
「ごめん」
「いいから早く!」
 ビリーはハッチへ手をかけ押し開けた。
 びゅうっと風が吹きつける。一緒に夜の気配が戦車へなだれ込んできた。あの音は一体何だったのか? ジョンはじっと暗闇に目を凝らした。けれど目が暗さになれるよりも前に、再び銃声が鳴り響き、夜闇にぴかりと閃光が走り、人影が浮かび上がった。二人の黒い影が寄り添うようにして立っている。いや、寄り添うというよりも……。
 三度目に空へ向けて銃弾が放たれた時、その明かりが照らし出した姿が、ジョンの目にはっきりと映った。一人はトミーでもう一人は――ビンセントだ。
 皮膚と、髪の根元と、心の表面がいっぺんに粟立っていくのが分かった。手がガタガタと震え始める。
「トミーだ!」
 すぐ脇でビリーが叫んで飛び出していこうとしたのを、ジョンは慌てて止める。
「だめだ!」
「なんだよ」
 ビリーの眉間に疑問と不満の色がさした。
「一緒にいるのはビンセントだ。出てったら危ないよ」
 言いながら、ジョンは自身の臆病な心を見抜こうとする視線を感じた。あるはずのない視線を。
「ビンセント……」
 ビリーがつぶやいたのに続けて、その顔が見る間に青ざめていった。
「じゃあ、トミーは――」
 ビリーが口にしかけると、二人の背後から、
「人質ってことだろうな」
 驚いて振り返ると、そこにはデレクの姿があった。
「オレが行く」
 デレクは言い切るより前に、外へ出ようと両手をハッチの枠にかけていた。
「デレク……」
 ジョンの声にデレクは振り向き、僅かに片頬を上げた。
「ビンセントは話の分からない奴でも、卑怯な奴でもない。大丈夫だ」
 ジョンはビリーと並んで、戦車を降りていくデレクの背を見つめるしかなかった。彼の姿は、すぐに闇に呑まれて見えなくなった。

     *****

 デレクはゆっくりとビンセントたちへ近づいた。
「用件はなんだ?」
 自分の声がまっすぐに砂漠を走っていくのが分かった。歩を踏み出す度、その先にある二人の影の輪郭がはっきりとなる。
「ランディたちを襲撃したガキに会いたいんだよ」
 ビンセントはトミーの頭を小突いた。
「こいつに聞いても、居場所を教えてくれなくてな」
 進むにつれて、彼らの姿が見えてくる。トミーは両腕を後ろに回した状態で髪をビンセントに引っ掴まれていた。後ろ手に縛られているようだ。ビンセントはトミーを捕まえていない方の手を横に下ろしていたが、そこにはきらりと黒光りするものが握られていた。
「会ってどうする?」
 デレクの質問に、ビンセントは声を上げて笑った。
「そうマジになるな。別に何もしない。ただ、どんなガキなのか知りたいだけだ。一人で四人も殺《や》ったんだからな。大したもんだ。もし気が向いたら、うちの戦車に来てもらいたい」
 言い切ると共に、ビンセントはまたトミーを小突く。
「こいつも誘ったんだが、断られちまった。残念だよ」
「ここにはいない。傷が深いからな。手当のために別のとこに連れてった」
「じゃあ、バードのとこか。当てが外れたな」
 ビンセントの口元に、ふうっと白い煙が漂い、闇を上っていく。
「じゃあ、もう一つ」
 ビンセントの口調が、急に改まった感じになった。首元にぞわりと鳥肌が立つ。こいつには何か考えがあるんだ。
「お前らと勝負してやることにした。三日後の夜七時、お前の仲間がランディたちとやり合ったところで決着をつけよう。早めに夕飯食っとけよ。バードたちと一緒でもいい。オレもランディたちには好きにさせるつもりだ。あいつ、ガキは放って戻ってくるように言っても、しばらくグズグズ文句垂れやがっててな。相当悔しかったらしい。喜んで参加してくるだろうよ」
 予期せぬ申し出に、デレクは瞠目する他なかった。
「なんでそんなこと……?」
 また、ビンセントの野太い、夜を震わせるような笑い声が響いた。
「オレはお前らのやってることが嫌いじゃないんだよ。オレも昔はそうやって、大人相手に虚勢張ったもんだ。だから真っ向から受けてやるんだよ」
 ビンセントはトミーの頭を乱暴に押して突き飛ばした。解放されて前のめりに倒れたトミーへデレクは駆け寄る。すると、ビンセントの低く静かな、けれどいかめしい声が降ってきた。
「叩き潰してやる」
 彼はそう残すと、背を向けて夜の中に消えていった。
 
    26.ザックを弔う
 
 デレクとトミーが戻ってきたのは、ジョンがデレクの背を見送ってから三十分ほど経った頃だった。すぐにデレクは仲間を全員、厨房へ集めた。トミーは決まりが悪いのか、いつもに増して不愛想で、デレクが代わりに事の経緯を説明した。トミーはダンをバード戦車長のところに送り届けた帰り道、ビンセントに捕まってしまったのだという。ダンのことを探していたビンセントは、トミーから居場所を聞き出そうとしたらしいが、彼は口を割らなかった。それで少年たちの戦車までやって来たのだ。
「でも、なんでビンセントはぼくたちの戦車の場所が分かったんだろう?」
 サミーが疑問を口にすると、トミーはいかにも嫌々という風に口早く説明した。
「この戦車に近距離用の無線機しかないのをランディから聞いて知ってたらしい。バード戦車長んとこの無線機はあいつらがぶっ壊してたし、お前らが仲間と連絡取る手段がないって分かってやがったんだ。だから遠くには行くわけねえし、十中八九、ここに戻ってくんだろうって推測したんだってよ」
 トミーは言葉を切ると、苦いものを噛んだように眉間を歪める。
「あの野郎、聞いてもいねえのに、オレがなんでだって思ったことを全部きれいに説明しやがった」
 室内の気配が強張る。少年たちはそれぞれに表情を曇らせた。ジョンの心にも、恐怖の触手がそっと伸びてくる。しかし、
「ビンセントはそういう奴だ」
 デレクの声がいつも通りに落ち着いていて、ほっとする。
 それから、デレクは大きく息を吐くと、重い空気を振り払うような、朗々とした口調で話した。
「ビンセントは確かに怖い奴だ。でも、絶対に敵わない相手じゃない。あいつはオレたちの考えてることなんて、手に取るように分かると思ってる。だから油断もする。出し抜く方法は必ずある」
 ざわつきが水の波紋のようにゆっくり広がった。
「もしかして、またあいつらとやるつもりなのか?」
 声が上がると、急に静かになった。デレクは口角を持ち上げる。
「ああ、ビンセントの方から申し出があった。三日後の夜七時、ここで決着つけようってな」
「敵うわけないじゃん! オレたち、ぼろ負けしたばっかなんだぞ」
 デレクは深く息を落としてうつむく。その様子を、少年たちはじっと見つめた。しばし置いて、彼はおもむろに顔を上げる。
「みんなが怖いのも、嫌なのも分かる。でもこれはチャンスなんだ。リスクはでかいけど、その分大きなチャンスだ。だからオレは戦いたい」
 デレクは答えを求めるようなまっすぐな目を、仲間たちに向けた。気まずくなったのか、何人かが顔を背ける。それから、何分か何秒か、しんと耳に痛いほどの沈黙が続いた。
「オレはやる」
 口を開いたのは、意外にもトミーだった。「敵討ちなんてなダセぇけど、料理長を殺した奴をぶん殴るチャンス、みすみす逃す気はねえ」
 トミーの言葉で、ジョンにも決心がついた。
「ぼくも」
 きっぱりとした口ぶりに、彼自身驚いた。自分も落ち着いているんだ。そう思うと、本当に気丈夫になったような感じがしてくる。ちゃんと頭も働いてきて、彼には今やらなければいけないことが、はっきり分かった。
「でも、その話は後にしよう。今はぼくたちが連れて帰ってきた、あの子のことを何とかしてあげなきゃ。仲間になるはずだった子だよ」
 何人かがきょとんとしてジョンを見た。まだあの少年のことを知らされていない子もいるのだ。ジョンはデレクの方を向き、話していいか目で尋ねた。デレクはそっと頷く。ジョンはランディたちとの交戦中に彼が命を落としてしまったことを話した。

 仲間たちは妙なほど静かにジョンの話を聞いていた。次第に悲し気な気配が濃くなっていく。
「手厚く葬ってあげよう」
 そう口にしたのはサミーだ。「その子の名前は?」
 言われた瞬間、ジョンは初めて気がついた。自分は彼の名前さえ知らないのだ。彼が言い淀んだその時、
「ザックだ」
 突然の声にみんなが一斉にドアへ目を向けた。そこには頬とこめかみにガーゼを当て、首に回した布で左腕を固定したダンの姿があった。その後ろにはバード戦車長のところのドクターもいる。
「ダン!」
 嬉々とした少年たちの声が重なった。けれどディッキーは、はっと目を見張ったまま言葉が出ないようだった。ただ、オロオロとした様子でダンを見つめ続けていた。
「もう大丈夫なのか?」
 ビリーが尋ねると、ダンは、平気だ、と答えた。後ろでドクターが呆れたと言わんばかりに息をつく。
「平気じゃないだろ。肩の傷はひどい。骨は砕けてるし、筋肉も損傷してる。しばらくは絶対安静だ」
 ダンはうるさそうに顔をしかめてから、サミーに尋ねた。
「手厚く葬るって、どうすんだ?」

 ダンの質問は尤もだった。毎日毎日、戦闘やら飢えやら、その他さまざまな理由によって大勢が命を失っているけれど、そのほとんどは野晒しのままなのだ。死体は腐敗し、蛆が沸き、ハゲワシやハイエナに食われ、次第に風化していく。そうして最後には白骨化し、砂と一緒くたになる。ジョンも幼い頃、家の近くで朽ち果てた死体を目にし、ひどく怯えたのを覚えている。この砂漠の半分は、きっと死んだ人間でできているに違いない、と子どもながらに考えて、しばらくは大地を覆う砂に不気味なものを感じていた。火葬や土葬といった方法があると知ったのは、バード戦車長が遺体を見つけた時には、きちんと葬ってやるようにしていたからだ。

「やり方はいろいろあるけど、普通はお墓を作るんだ。遺体をそのまま地面に埋めたり、焼いて残った骨を埋めたりして、そこに目印の石を置いておくんだよ。そうすれば、いつでも会いに行けるからね」
「火葬がいいんじゃねえか?」
 また、珍しくトミーが言った。「火葬なら、残った骨を埋めないで持っとくこともできんだろ? どうせこの辺りの砂は崩れやすすぎて上手く墓石も立てられねえよ」
 ほとんどの少年たちはトミーの言葉の意味が理解できなかったらしく、ぽかんとしていた。けれど、デレク、ジョン、サミー、それからなんとなく分かったらしいダンは、それぞれに頷いた。

 少年たちは急いで火葬の準備に取り掛かった。何か使えないかと、手当たり次第に戦車にあるものをかき集めてくる。その度に、デレクから「使えない」と却下されていた。彼らが運んでくるのは、中身を捨てたごみ箱用のプラスチック製の容器とか、サミーの私物である本の山とか(目にした途端、サミーはぎょっと青ざめていた)、そんな何の用途があるのか分からないようなものばかりだったので、当然だった。ディッキーに至っては、なぜか得意げにコンロの天板を外して持ってきて、トミーに怒鳴りつけられていた。
 そんな風にしながらも、夜更け前には手作りの火葬台が完成した。背のついていない丸椅子四つを逆さにし、その上に黒板(ランディたちが作戦会議に使っていたらしい)を載せて固定しただけの簡素なものだったが、十分だ。あとは少年――ザックを乗せてやればいい。

 戦車の外にみんなで集まると、デレクはザックの遺体を抱き上げ、火葬台の上に横たえた。まるで硝子で出来てでもいるかのように、そっと。少年たちは台の上で眠るザックを見つめた。
 おそらく、歳は十前後。体はディッキーより少し小さいくらいだ。綺麗な赤毛で、色白のため鼻筋に僅かに散るそばかすが際立っている。下ろされた瞼のふくらみは大きく、縁を彩る長いまつ毛も髪と同じ色。けれど細いせいか透き通って見えた。少年らしい丸みのある華奢な輪郭の中で、それぞれのパーツがあどけなく美しく照らし出されていた。でも、袖なしのシャツから伸びる腕にはディッキーと同じような生々しい火傷があり、手の爪はほとんど剥がれて赤黒い血玉ができている。
 しばらくすると、サミーが静かに言った。
「お別れをしよう」
 彼はおもむろにザックへ近づくと、優しい手つきで赤い髪を撫でる。
「さようなら、ザック」
 すると、他の少年たちも一人、また一人と火葬台へ歩み寄っていった。
「さよなら」
「さよなら、ザック」
「バイバイ、ザック」
 ディッキーは見たくないとでも言うように、うつむいて唇を噛んでいたけれど、何人もの仲間がザックへ別れを告げるのを聞くうちに決心したのか、顔を上げた。ゆっくり足を踏み出す。すぐそこまで行くと、彼は屈み、掠れ声で言った。
「さよなら」
 それから踵を返して戻って来た時、彼の目には涙がいっぱいに溜まっていて、今にも縁から溢れそうだった。隣のサミーがそっとディッキーの背を擦ってやっていた。
 ジョンも、ザックへ最初で最後の言葉をかけるため、ゆっくりと歩み寄った。間近に見ると、鼻のそばかすは星明りにキラキラと輝いて、それこそ星屑のように見えた。赤いまつ毛も同じで、チラチラと煌めいて、目元に陰影を作り出している。それを見ると、なんだか胸がいっぱいになってしまって、声が喉でつっかえそうだった。
「さようなら、ザック」
 ジョンは言葉を絞り出すと、惜しいような気持ちで彼から離れた。
 最後に残ったのはダンだった。彼は大きく息をつくと、迷いのないしっかりした足取りでザックへ近づいていった。そうして、ディッキーと同じように屈んでその顔をじっと見つめる。ジョンには彼がザックの耳元へ何か言ったように見えたのだけど、声は聞き取れなかった。

 それから、ザックの周囲を囲むように台へガソリンを垂らし、マッチで火をつけた。小さなザックの体が炎に包まれていく。台を囲む少年たちは、その様子を見つめたり、目を伏せたりしながら、ただ、ただ、立ち尽くしていた。

    27.ディッキーの後悔
 
 みんなでザックを見送り、骨だけになった彼をそれぞれに持ち寄った小さな入れ物に分け入れた。でも服に忍ばせておくのにちょうど良い大きさのものを見つけるのは難しく、少年たちのほとんどがトミーの愛用している調味料を詰めた小瓶をこっそり持ち出して来ていた。もちろん中身は捨てて。まだトミーは気づいていない。

 デレクはザックの骨を入れた小袋の口を締め、ズボンのポケットにしまう。けれどポケットは重さで下に引っ張られることも、形を変えることもない。骨を入れる前と全く同じで、それが少し胸に来た。ほんの少しの骨のかけらなのだから、当たり前のことなのだけど。
 彼はポケットに手を入れて、袋の中の骨の形を確かめながら廊下を進んだ。しばらく行くと、前方に三人の仲間を見つける。ディッキーとサミー、それにビリーだ。ディッキーは相変わらずグズグズと泣いており、それをサミーとビリーの二人が慰めているようだった。
 デレクは深く息をつき、小さな決意を固めた。足を速めて三人に歩み寄る。
「ディッキー」
 顔を上げたディッキーは、腫れぼったい瞼を大きく開いていたけれど、デレクと目が合うとすぐに苦し気に顔を歪めた。彼は顔を背けながら「なんだよ」と言った。
「さっき言ったこと、悪かった。本気じゃないんだ」
 ディッキーはデレクの表情を確かめるように、そっと視線を上げる。デレクはなるべく優しい顔をしようと、少し無理をして口角を上げて見せた。安心したのか、ディッキーの目元も緩まる。彼はどことなく力ない感じの面持ちで、
「これで生きてんのは、オレだけだ」
 掠れ声で出てきた唐突な言葉。デレクは目を丸くするしかできなかった。
「ディッキー」
 サミーがたしなめるように言う。でもディッキーは続けた。
「ランディたちに買われた奴は、みんな死んだ。オレ意外、みんな。オレだけ生き残っちゃったんだよ。さっき、あいつのこと見てたら、なんだか、それが悪いことみたいに――」
「そんなことない」
 思いがけず強い口調になってしまい、デレクはしまったと思った。けれど、これだけは言ってやらなくては。デレクはまっすぐにディッキーの顔を見た。
「お前だけでも助かって、良かったんだ。悪いなんて思う必要、一つもない。お前はランディたちに酷いことされても、へこたれないで頑張ってたんだろ。二か月、自分で生き延びたんだろ」
 「助かって、良かった」。その言葉にディッキーの目がはっと見開かれた。それから、デレクが言葉を続けるうちに彼の整った顔はくしゃくしゃくしゃっと崩れていく。
「……でも、あいつ、オレよりずっと、いい奴だったかもしれないんだよ。これからたくさん、いろんなこと、できたはずなんだよ。オレは、オレは、きっとこれからもバカみたいなことばっかして、一人だけ助かって良かったって、言えるようなこと、きっと、全然、できないよ……。オレより、オレなんかより、助かった方が良かった奴、きっと……いっぱい、いるんだよ……」
「そんなことない。絶対に、ない」
 デレクがきっぱりと言うと、ディッキーは紙くずみたいにくしゃくしゃになった顔をうつむけた。涙がまつ毛の先で丸い雫になり、ぽろぽろと落ちていく。
「……ごめん、デレク。オレ、オレ、ほんとにあんなことする気、なかったんだよ。とんでもないことしちゃったって、分かってるんだ。ごめん……」
 デレクはディッキーの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。お前が平気であんなことできるなんて、思ってない。ちゃんと分かってるから、心配しなくていい」
 ディッキーはしゃくりあげそうになるのを抑えるためだろうか、ぐっと息をのみ込んだ。そうして何とか声を絞り出す。
「ダンにも、あ、謝んなきゃって、思って……でも、あいつ、目も合わせてくれない……」
 デレクは胸がじくじくと痛んだ。ダンがどういうつもりかは分からなかったが、彼の態度がディッキーの傷をさらに抉っているのは確かだ。その痛みの何分の一かが、直接心に来たみたいだった。
 でもそれ以上に、背筋がぞくりとするような懸念も生まれていた。ダンの奴、何かしでかす気かも知れない。
 
    28.少年たちの願い
 
 翌日、日が昇るのを見計らったかのように少年たちは起きだしていた。みんな眠れなかったのだろう。ジョンも哀しみの余韻がいつまでも胸に残って、一晩中ベッドの上でもぞもぞとしていた。そんな気配を追い払うかのように日差しは強く、戦車の外で遊ぶ仲間たちの汗ばんだ体は砂まみれになっている。でも、誰一人そんなことに頓着する者はいなかった。みんなおかしいくらいにはしゃぎ回っている。
 ジョンが外へ出て行くと、トミーとダンを除いた全員が集まっていた。戦車の脇に座って仲間たちの様子を眺めるデレクの姿もある。ジョンはゆっくりと歩み寄り、彼のすぐ横に腰を下ろした。

     *****

「話してやろうよ。あいつらに」
 デレクの言葉に、ジョンはすっかり面食らってしまった。あの厳しくて現実主義のデレクが、まさかジョンが父から聞いてデレクに教えた「サンタクロース」の話を自分から持ち出すなんて、しかもこの大一番にそれを仲間たちに教えてやろうと言い出すなんて、にわかには信じられなかったのだ。ジョンが目をぱちぱちさせていると、デレクは笑った。
「オレだってたまには楽しいことも考えるんだよ」
 彼は細めた目を少年たちへ向ける。
「あいつら、今は不安だろうから、ちょっとくらい希望みたいなものを持たせてやりたいんだ」
 彼はそう言って立ち上がり、駆けまわる仲間たちの元へ歩いていった。

     *****

 デレクに言われて、みんなが厨房に集まっていた。朝食の支度をしている途中だったトミーは「なんでいつも集まんのは厨房なんだよ」とぶつくさ文句をつけていてる。それが少年たちにはおかしくて仕方がないらしく、口元をくすぐったそうに歪め、時折、そっと隣同士で目配せし合っては、くつくつ笑っていた。
 仲間が集合して数分後、デレクが立ち上がった。さざ波立っていた室内が静まる。
「明日はビンセントたちとのこと、どうするか話して、できれば作戦も立てたい。でも、今日はちょっと違うことをやりたいんだ」
 そこで彼は言葉を切り、片手に握った黒く四角い小さな機械を持ち上げてみせた。横長で、左側はスピーカーになっており、右側には透明の小窓がついていて、中に何か入っている。上部では、ガチャンと押すタイプの四角くて大きめのボタンが並んでいた。テープレコーダーだ。それを目にした途端、少年たちの目が好奇に光り始めた。いつも生真面目なデレクが、一体何を始めようというのだろう? そういう期待がそれぞれの表情の上で踊っている。
「オレとジョンは村にいる時、クリスマスに子どものところにやって来る『サンタクロース』って老人の話を聞いたんだ。赤い外套を着た白ひげのじいさんで、空飛ぶトナカイが引くそりに乗ってるらしい。それで、クリスマスの夜中に、こっそりプレゼントを置いていくって話だ」
 「プレゼント」という言葉にみんなの目の輝きが増した。何人かは、やはり隣同士でくすぐったそうな笑顔を交わし合っている。でも、
「なあ、クリスマスって、もしかして――」
 ビリーが言うと、サミーが頷いて言葉を繋ぐ。
「うん、明後日だよ」
 緩んだ気配に緊張が走った。ビンセントたちとの対決の日だ。
「だから――」
 デレクはそう言って、またテープレコーダーを掲げる。
「これで、みんなの欲しいものを録音しとこうと思ったんだ。その話が本当だとしたら、勝利を祝うのにちょうどいい」
 強張っていた空気が、ゆっくりと流れ始めた。けれど、まだそこには戸惑いがあるようだ。
「勝てるのかよ?」
 小さな声が上がる。みんなの心に引っかかっていた不安が、明るくなりかけた雰囲気に影を落とした。
「勝つしかねえだろ」
 ダンの言葉で、おぼつかなかった少年たちの表情に、ぽつぽつと決意の色がさしていった。

 少年たちは、それぞれに欲しいものをテープに吹き込んでいった。みんな仲間たちに聞かれたくないのか、テープレコーダーが自分の手にやって来ると、そそくさとどこかへ隠れて録音を済ませてくる。そうして、デレクとジョンを残して全ての元掃除兵たちが終え(最初のビリーが操作の仕方が分からずに、仲間たちに聞いて回っていたので予想以上に時間がかかったが)、無事にテープレコーダーはジョンのところに戻ってきた。
「じゃあ、次は君だ」
 そう言われたトミーは、ほとんどぎょっとしてジョンを見た。
「なんでオレまで――」
 トミーが言いかけたのを、ジョンが遮る。
「君だって仲間じゃないか。デレクたちのことも、ダンのことも、助けてくれただろう?」
 トミーのそばかすだらけの顔が、みるみる赤くなっていく。彼はひったくるようにしてテープレコーダーを受け取ると、どこかへ引っ込んでしまった。

 トミーの分が終わると、ジョンはサミーと共にデレクに連れられ、みんなのやってこないだろう階下の部屋へ向かった。着くとデレクは椅子に座って、
「よし、じゃあ聞くか」
「聞くの!?」
 驚いたジョンはひっくり返った声で返してしまった。
 デレクは一瞬きょとんとしてから、同じく目を丸くするサミーと顔を見交わす。
「もしかして、お前、まだサンタクロースなんてのが本当にいると思ってんのか?」
 いないの!? と出かかった声をぐっと飲み込む。その様子を見たサミーが静かに笑った。
「絶対にいないなんて言うつもりはないよ。でも、昔からほとんどの家庭では両親がサンタクロースの振りをして、枕元にプレゼントを置いていたんだよ。つまりサンタクロースがどの子にもやって来てたわけじゃないんだ。だから本当にいたとしても、ぼくたちのところに来てくれるとは限らないんだよ」
 ジョンは、はっとした。両親がサンタクロースの振りをして。目の中に、紐で結った小さな箱を差し出す父の姿が蘇る。あれは父が用意してくれたものだったのだ。きっと、馬を売った金を使って。
 デレクが、やれやれとため息をつく。
「『限らない』って言うより、絶対に来ない。だから、オレらで手に入りそうなものは揃えてやらなきゃならないんだよ。それで、サミーにリストとして書き記してもらおうと思ったんだ」
 デレクはそう言って再生ボタンを押す。ガチャン、という乾いた音が響いた。

 最初はビリーだった。

『オレは、でっかくなりたい。ジョンより、デレクより、でっかくでっかくなりたい』

 三人そろって、ぽかんと口を開けてしまった。
 《《でっかくなりたい》》?
「あいつ、なんで物を頼まないんだよ……」
 デレクが言うと、サミーは苦笑いを浮かべた。
「『空飛ぶトナカイ』って言っちゃったからね……。なんでも叶えてくれる魔法使いみたいなものだと思ってるのかも」
 
 気を取り直して、テープレコーダーに向かう。次はディッキー。

『ダンと仲直りしたい』

 普段、ゲラゲラと笑いながら大声で話す彼からは考えられないほど、おとなしい口調だった。ジョンとビリーが連れ戻しに行った時よりも、戻ってきてデレクに責められた時よりも、ずっとか細い、ノイズに紛れてしまいそうな声が、ジョンの耳の奥に沈んでいく。
 デレクが深く息を吐き出す。
「こいつも物じゃないのか……」
 ため息をつきたくなるのも分かった。叶えてやりたいのは山々だが、ダンとの仲直りを他人が準備できるわけがない。そもそも、ディッキーのことをあれだけ心配していたのだから、ダンだって仲直りしたいに違いないのだ。ジョンには、もう二人の間に何の問題もないように思えるのだが……。
 
 続く少年たちの望みも、ほとんどが物ではなかった。戦車長になってみたいとか、毎日オアシスの泉で遊びたいとか、そんな叶えられない願いばかり。やっと物が出てきたと思ったら、空飛ぶトナカイが欲しい、というどうにもならない物で、三人はその日一番のため息をつくことになった。デレクはトナカイの話に触れたことを、心底後悔している様子だった。

 何人かが終わると、サミーが「あっ」と言って、苦い表情をした。そう、サミーの番だ。

『みんなが無事でありますように』

 デレクは目を見張ってから、すぐに眉間に不満げな気配を漂わせた。
「お前もかよ……」
「ごめん、つい……」
 サミーは困ったように、眉をハの字に歪めたまま返す。でも、デレクもサミーも口元にはうっすらと笑みを浮かべている。ジョンだって、自分の表情が解けているのが分かった。普段は聞けない仲間たちの本音に触れて、なんとなく温かい気持ちになっていた。

 次はダンだ。

『ディッキーの傷跡を消してやってほしい』

 いつも通りの淡白な口調。けれど、その言葉にある優しさがジョンの心に沁みた。すぐ脇から、サミーが穏やかな声で話す。
「ダンは一見冷たそうだけど、本当はすごく優しいんだよね。年下だったり、自分より弱い子のことを放っておけないんだ」
「それはそれで、厄介だぞ」
 感傷的な雰囲気が、デレクのとげとげしい声で壊された。
「どういうこと?」
 訝しみながらジョンは聞く。
「あいつ、たぶんディッキーのために何かしでかす気だ」
 驚いて、ジョンはサミーと見合った。
「だって、怪我してるのに……」
「そんなこと関係ないんだろうな。じゃなきゃ、今のあの怪我だってしてないだろ」
 デレクは言葉を切り、再びやれやれと肩を上下させる。
「とにかく、あいつが妙なことしないように注意はしとこう」

 最後はトミーだ。これまで何一つ準備できるものがなかった。彼が普通に物を頼んでくれないと、せっかくデレクが考えたプレゼントの計画が無意味になってしまう。とはいえ、コックのトミーならば便利な調理道具などを頼んでくれているかもしれない。そんな期待をちょっとだけしながら、ジョンは耳をそばだてた。

『顔のそばかすを消してほしい』

 三人はそろって一瞬固まった。続けて一斉に吹き出す。
「あいつ、気にしてたのか……!」
 デレクが笑い声の隙間から苦しそうに言うと、
「笑っちゃ、悪いよ……」
 サミーはそう返したけれど、こみ上げてくる笑いを抑えきれていない。なぜだか分からないが、ジョンもおかしくておかしくて仕方なくなってしまった。
 それにしても、トミーはしょっちゅう顔のことをディッキーにからかわれていたけれど(しかも、ディッキー自身は目を見張るほどの美少年だ)、それでも何だかんだ彼に対して優しい。トミーは不愛想で、料理の腕が良くて、そして良い奴なのだ。

 ひと通り笑い終えると、デレクがジョンの方を向く。
「お前は何かないのか?」
「ぼく?」
 はっとした。自分のことは全く考えていなかったのだ。何だろうか? ゆっくりと自分の心をなぞって探してみる。見つけたのは、紐で結ったプレゼントを持つ父と、その傍らで笑う母の姿だ。
「ぼくは――父さんと母さんに会いたいな」
 それを聞くと、またデレクとサミーは目を丸くした。
「お前まで物じゃないんだな」
 言葉とは裏腹に、デレクの目は優し気に緩んでいた。
「デレクは?」
 サミーが尋ねると、デレクの顔にふっと影さした。
「オレは――」
 そうしてちょっとの間、目を宙に泳がせてから、彼は答えた。
「いいリーダーになりたい」
 デレクの言葉に、なんだか胸に熱いものがつき上げてきた。
「デレクだって物じゃないじゃないか」
 ジョンが言うと、デレクもはっとして、それから声を上げて笑った。
「本当だ」

 結局、何も書き記すことなく終わってしまった。でも、デレクもジョンもサミーも、不思議と満たされたような気持ちになっていた。
 
    29.ビンセントの罪と野望
 
 みんなの願いを聞き終えてから、デレクとジョンはサミーと別れ、バード戦車長と連絡を取った。ビンセントと再び対決すると告げると、戦車長は詳しい説明も待たずに言った。
「分かった。待ってろ。今からそっちに行く」
 いつも気持ちの良い開けっ広げな話し方をするバード戦車長の声が、ジョンにはひどく落ち着いて聞こえた。なんとなく不吉な気持ちに駆られてしまう。もしかしたら……と脳裏を掠める。もしかしたらまた戦車長のところに犠牲が出たのかもしれない。

 小一時間もすると、熱に淀んだ空気をかき回すようなエンジン音が響いてきた。バード戦車長だ。明後日の計画を話し合っていたデレクとジョンは、はっと顔を見交わし頷き合った。急いでハッチから外へ出る。
 戦車長も、ちょうど顔を出したところだった。彼はブンブン音が鳴りそうなほど大きく手を振ってくれた。ちょっとだけ、さっきの不安が和らいでいく。
「昨日は大変だっただろう。みんな無事か?」
 顔を合わせてすぐ、バード戦車長はそう口にした。
「大丈夫です。ダンの他は、みんな怪我もありません」
 戦車長の目が、弓なりに細まる。機嫌よく、優しい笑顔だ。ジョンの気持ちもすっかりほぐれ、口角が上がっていく。
「戦車長の方は大丈夫? 誰か怪我したりしてませんか?」
 自然と言葉が出ていた。戦車長は相変わらず大らかな笑みを湛えて、
「ああ、平気だよ。それより、役に立てなくて本当にすまなかった」
 そんなことありません! と口を開きかけた時、デレクが応えてしまっていた。ものすごく事務的な口調で。
「別にいい。オレたちの計画がまずかったんだ。あんたのせいじゃない。それより――」
 彼は一度言葉を切って、少し視線を下げる。そして、ちょっと逡巡するように宙を見つめた後、再びバード戦車長と目を合わせて、
「またあんたに協力してもらいたいんだ」
 戦車長はきょとんとした。でも一瞬を置いて、声を上げて笑いだす。嫌な感じが一つもない、きっぷのいい大きな笑い方だ。
「改めてそんなこと言われるなんてな。もちろん協力はする。一度組んだんだ。最後まで付き合うよ」
 ジョンの気持ちを晴れやかにした笑顔は、しかし、そこで急にくもった。
「でもな、お前らビンセントって男をもう少し理解した方がいい。あいつは自分の思い通りにするためには、何でもする奴だ」
「そんなこと、分かってる」
 噛み付くようにデレクが言う。戦車長の目が鋭くなった。
「分かってねえから言ってんだ」
 彼は深く息を吸って吐き出し、表情をゆるめた。
「お前らは、あいつがどういう風にして今みたいになったか知らないだろう。だから『何でもする』ってことの意味が分からないんだよ。それに、もしかしたら弱点になるかもしれんことをな」
 急に呼び覚まされたような驚きに、ジョンとデレクはそろって目を見張った。デレクが食い付くように戦車長を見る。
「弱点なんて、あんのか?」
 バード戦車長は少したじろいだ。
「いや、『もしかしたら』って言っただろ。はっきり言い切れないが、可能性はある。まあ、オレの話を聞け」
 戦車長は確かめるように二人の顔を見た。そして、そこに肯定の意味を見つけたらしく、ゆっくりと話し始める。
「ビンセントは昔、掃除兵だったんだよ。オレとは歳も近いからな、同じ時期に働いてて、乗ってる戦車同士が戦うこともよくあった。だからお互いに相手のことは目にしていたし、オレの方は、友達ってわけじゃないが似たような境遇にいる同志みたいな気持ちを、なんとなく持ってた。でも、あいつにとっちゃ、オレなんかどうでも良かったんだ。奴が関心を持ってたのは、オレらの戦車の縄張り辺りで水を売り歩いてた孤児だった。ケンって名前の、オレやビンセントと同じくらいの子どもで、水の買い付けを任された掃除兵にはちょっと多めに水を分けてくれてな。おかげでその辺りの掃除兵はみんな水に飢えることがなかった。心根の優しい、いい奴だったよ」
 戦車長は一度口をつぐみ、小さな目をそっと伏せた。
「ケンは水売りの他に、体も売ってたらしくてな。そうやって、なんとか生きていけるだけ稼いでたんだ。でも中には、孤児なんていつ犯してもいいと思ってる連中もいた。まあ、ランディみたいな輩さ。そういう奴が、真昼間っからケンを犯そうとしたことがあってな。たまたまオレとビンセントは水を買いに行ってたんだ。恥ずかしいけどオレは体がすくんでしまってな、何にもせずに見てるしかできなかった。でもビンセントは――あいつは持ってた水入れ振り回して、大人相手に向かっていった。下手したら自分だって犯されかねない状況でな。でも、運よくその時のそいつは腰抜けで、ビンセントにぶん殴られて慌てて逃げてったよ。それがきっかけで、ビンセントとケンはどんどん親しくなってったらしくて、その内にこんな噂を聞いた。『ビンセントが水売りのケンと逃亡した』ってな」
 戦車長はまた話すのを止め、物憂げに視線をゆらゆらさせた。少年時代を、きっと辛かったであろう日々を漂っている戦車長の心をこの場へ引き戻すのがためらわれ、ジョンはじっと待った。しばらくすると、再び戦車長が話し始める。
「何か月も、ビンセントとケンの行方は分からなかった。だがある日、ビンセントが仲間を大勢引き連れて現れた。奴は自分が掃除兵として働いてた戦車を襲ったんだ。襲撃は成功、ビンセントはその戦車を乗っ取った。それで、仕事で外に出されたオレのところにやって来た。『仲間のならないか』って誘いにな。でも、オレはそんなことよりもケンのことが気になっちまって、聞いたんだ。そしたらあいつは『死んだ』って答えた。なんでだって聞いたら……あいつ、『オレが殺して喰った』って言いやがった」
 言いようのない、ざわざわとした恐怖が、ジョンの皮膚の上を這っていった。戦車長は大きく息をつき、かぶりを振った。
「そん時はオレもびっくりしちまって、当然誘いは断った。それで、長いことビンセントとは関わらないようにしてきた。今もできれば近寄りたくないって気持ちが、ちょっとはある。けどな、ケンとのことを聞いてから何年も経ってから、ビンセントが孤児を何人も拾って面倒見てるって話を聞いたんだ。それで、やっと気がついた。『あれ』はビンセントにとって生きるための最終手段だったんだって。本当はケンのことを殺したくなんて、まして食いたくなんて、なかったんだってな。でも、そうしなきゃならなかった。あいつには生き延びて叶えるべき野望があったんだよ。それで今、みんなが恐れて逆らえないくらいの男になったんだ」
 しん、と沈黙が耳の深くにまで届いてくる。そうやってどれほど経った頃か、デレクが口を開いた。
「じゃあ、弱点ってのはトミーのことか?」
 戦車長は頷いた。
「ああ。もし、あいつがちょっとでも情のあるところを見せるとしたら、相手はトミーだ。トミーの方だって、口にはしないが料理長の敵を取りたいだろうしな」
 ジョンは何と言ったらいいか分からず、俯いていた。野望があるからって、友達を、大切な友達を殺して食べるなんてどうしても信じられなくて、心の表面まで、ぞくりと粟立った。
 
    30.騙されたディッキー
 
 視察口から、じっと外へ目を凝らす。視線の先をゆっくりと進む三台の戦車は砂埃を巻き上げていて、キャタピラが黄味がかった雲をまとっているように見える。ちょうど午後七時。既に日は沈み、すぐにでも夜の帳が下りてくるはずの時間だった。砂色の戦車はバードさんの、それと対峙するひと回り大きなものはビンセントという人の戦車だ。そしてもう一台は……。ちょっとでもそのことを考えると、全身の毛が逆立ち、手が、そして心臓が小刻みに震え始める。ディッキーは視察口から離れた。
 目をつむり、ゆっくりと空気を肺に吸い込んで、吐き出す。何度か繰り返すと、恐怖に委縮していた体から変な力が抜けていった。もうあんなことはしたくない。落ち着かなくては。

     *****

 バードさんたちはビンセントの戦車と戦っている。少年たちではどうやっても、あの厳つく巨大な戦車には太刀打ちできない。けれど、バードさんたちだったら、打ち負かすのは無理でも、数時間なら持ち堪えられるはずだ。
 少年たちの相手はランディだ。大きさでは劣るが、ランディの戦車には掃除兵がいない。戦車砲でまともに応戦することはできないのだ。機銃の攻撃だけならば、もちろんこの戦車でも耐えられる。だから、なるべく早くランディたちを倒そうと話していた。そして――
 トミー、サミー、ビリーの三人でビンセントの戦車へ侵入する。戦車同士の撃ち合いでは、遅かれ早かれビンセントに軍配が上がるだろう。二台で対抗しても勝ち目があるとは思えない。デレクはそう言っていた。だから、トミーたち三人でビンセントの首を取りにいくのだ。
 ディッキーが真っ先に疑問に思ったのは、前の時、あれだけ反対されたサミーが、なぜ選ばれたのかということ。サミー自身同じように感じたらしく、デレクに尋ねていた。返ってきた答えは「不測の事態に対応できる奴がいた方が良い」というものだった。たぶん、この前の反省からということなのだろう。サミーがいれば、誰かが無鉄砲に突っ込んでいったり、パニックになって逃げ出したりしようとしたらすぐに止めて、何か新しい策を考えただろうから。
 もう一つ不思議なのは、なぜデレクではなくトミーなのか? けれど、周りの仲間たちが口々に「やっぱり」と言うのを耳にし、なんとなく分かった。ビンセントにやられそうになった少年たちの戦車を救ったのはトミーだったという話だ。それに、デレクはランディたちを何とかしたら、すぐに三人に合流するというから納得だ。

 ディッキーとダンは隠れているように言われていた。ランディはこの前のことで相当頭に来ているらしい。今回はその仕返しのために参戦しているというから、間違いなく狙われるのはダンだ。でも、まだ傷の癒えていないダンには、あの時みたいに戦うのは難しい。
 ディッキーだって、当然怒りを買っている。彼らの元から逃げて、反乱を起こそうとするグループの一員になっているのだから。対ランディのことで言えば、ディッキーとダンは非常に危険な状況なのだ。
 けれど、戦車内には一般民が避難するためのシェルターがいくつかある。デレクは、二人でその中の一つに隠れているように言ったのだ。「ダンと二人で」と聞いて、ディッキーは胸がどきりと緊張した。だが、同時に、これで仲直りできるかもしれない、という期待が木漏れ日のようにちらちらとしてもいた。
 
     *****

「おい」
 急に呼びかけられて、飛び上がりそうになった。とっさに目を開ける。ダンの冷たい視線にぶつかった。思いがけないことに、つい顔をそむけてしまう。
「お前、デレクとジョンがなんでここに残ってるか、分かってんのか?」
 質問の意図がつかめなかった。それで顔がくもったからか、ダンは素っ気ない口ぶりで答えを教えてきた。
「オレたちを見張ってんだよ。また、こないだみたいなヘマすると思われてんだ。なめやがって」
 ダンはイライラと息をついた。
「ムカつくから、お前、あいつら閉じ込めて来いよ」
 あまりに突飛な発言に、ディッキーは目を白黒させてしまった。
「でも……だって、そんなことしたら――」
「平気だ。この戦車がありゃ、オレ一人だって十分やれる」
 ダンのきっぱりした強い口調に気圧されて――いや、それ以上に、断ってまたダンを怒らせてしまうことが怖くて、ディッキーは首を横に振ることができなかった。

 ディッキーはダンに言われた通り「シェルターのドアが壊れた」と言ってデレクとジョンを呼び出した。
「でも、ぼく、昨日全部確認したよ」
 シェルターへ走りながら、ジョンは終始腑に落ちない様子だった。けれど、デレクは冷たい口調で突っぱねる。
「いいから、急ぐぞ」
 デレクが足を速め、ジョンとディッキーはハッとして後を追った。自分たちの足音が、反響しながら背後へ流れていく。
 一つ目のシェルターに着いた。
「ここはオレが見るから、ジョン、先に行ってもう一つを――」
「だめだ!」
 ディッキーが思わず声を上げると、デレクとジョンはそろって目を丸くした。慌てて頭をフル回転させ、理由を組み立てる。
「あの……本当にすごくおかしいんだ。二人で見た方がいいと思う」
 デレクは眉間を険しくし、乱暴なくらい強く息を吐き出すと、シェルターの中へ入った。ドアのロック部分を確認しながら、
「別におかしなところはないぞ」
「そんなことないよ」
 と言い、ディッキーはジョンの背中を軽く押す。
「ジョンも見てみて」
 ジョンは振り返り、訝しげに目を細めたけれど、言われた通りに確認しようと中へ。
 すかさず、ディッキーはシェルターのドアを閉めた。ピシャリと音がする直前、目を見開いてこちらへ手を伸ばすジョンの姿が見えた。だめだ、という気持ちが突き上げたが、手はそれを無視してロックボタンを押していた。これで中からは絶対に開けられない。ガコン、ガコン、と内側からドアを叩く音が響いてくる。胸がキリキリとした。大変なことをしているのだという自覚が身体中に染み広がり、もうじっとしていられなくなる。彼は背を向け全速力で走った。ドアを叩く音がどんどん遠のいていき、逆に耳の奥で脈打つ何かが、次第に強く、早くなっていった。
 
 元いた砲塔階に戻った。ディッキーは辺りを見回し、ダンを探す。けれど彼の姿は見当たらなかった。
「ダン」
 呼びかけてみる。その声は、一瞬響いた後、壁に吸い込まれるみたいに虚しくかき消えた。心を満たしていた罪悪感に、どろりと不安が降りてくる。どうにかしなければならないのに、どうしたらいいか全然分からなくて、目に涙が溜まってきた。
「ダン」
 もう一度呼んでみる。返事はない。でも、
「ディッキー」
 砲塔から一人の仲間が顔を出した。
「ダンだったら出てったよ。作戦が変わったんだって。お前に伝えとけって言われたんだ。『デレクとジョンを早く出してやれ』って。それで『お前はシェルターに一人で入ってろ』って。なあ、デレクとジョンがどうかしたのか? ダンは急いでたみたいだから聞けなかったんだけど……」
 脳が彼の言葉の意味をゆっくり咀嚼し、今のこの状況と照らし合わせていく。答えに近づくにつれて、胸で渦巻いていた不安が、やばいという焦りに変わっていく。頭に血がのぼる。
「ハメられた……」
 ディッキーは小さく呟くと、踵を返してシェルターへ走った。

    31.ダンの単独行動
 
  カンカンカンカン――。踵が硬い床を蹴る度に音が四方の壁にぶつかり、吹き抜けになった縦長の空間に反響する。敵戦車に潜入したダンは、砲塔階を目指していた。ランディがいるはずの場所だ。
 途中、誰かに見つかるかもしれないと危惧していたが、いざハッチからとびこんで周囲へ目を向けると、まるで寝静まったかのように、しんとした廊下が伸びていた。拍子抜けだ。ビンセントから間に合わせで貰った戦車らしいから、おそらく一般民はいないのだろう。加えて、ランディは侵入に備えて見張りをつなかったのだ。絶望的に間抜けだ。そう思うと、なぜか無性に腹が立った。拳銃を握る手と床を蹴る足に力が入る。カンカンカンカン――。より速く、大きく、足音が響いた。
 最上階に着いた。立ち止まると、心臓が自己主張するかのようにバクバクと鳴っているのが分かった。肩が大きく上下する。ダンは辺りへ視線を巡らし、耳をそばだてる。
 砲塔は彼らの戦車と同じく三つあり、その内の一つのから声が聞こえてきた。目をつむり、耳の奥に残っている胸くそ悪い、あの声と比べてみる。
 
 ――随分と潔いいじゃねえか。でもな、すぐには殺さねえ――
 
 二つの声がカチリと重なった。目を開ける。いる――。さっきまでより拳銃が硬く、冷たくなったような気がした。ダンは深く息を落とし、ドアを押した。
 二人の男が目に留まった瞬間、ダンの指は引き金を引いていた。
 バン、バン、と連続した破裂音が狭い空間を切る。一人の男は額から血を流して倒れ、もう一人は肩を抑えて体を縮めた。貧相な縮れ毛の男。あの時、下劣な笑みを浮かべながら近づいてきた、あの男。こいつだ。ダンは再び銃を構えた。
 が、撃つ前に首を衝撃が掠めた。とっさに振り返る。こちらへ銃を向ける男と視線がぶつかった。
 その途端、やはりダンの体は動いていた。相手の銃口が再び火をふく前に、目の前の男に狙いを定め、撃つ。額の真ん中に命中し、男はギョロリと目を剥いたまま前のめりに倒れた。胸に突き上げた緊張が下りていく。再びランディへ振り向く時、
 油断していた。
 拳銃を持つ手に強い衝撃があり、腕が後ろへはねあげられた。一瞬遅れて熱さが来る。指のつけ根から炎が噴き出しているみたいに、熱かった。顔が歪む。見ると、もう手には拳銃は握られておらず、中指を吹き飛ばされて、残酷なほど赤い血がとめどなく垂れ流れていた。鮮血に染まっていく手。恐怖が一気に四肢へ広がる。やばい――。
 そう認識した時には、ランディが迫ってきていた。
 何とかしねえと。考えねえと。
 でも、頭では何かがぐるぐるぐるぐる回っていて、思考は全て弾かれてしまう。何も考えられない。目の前までやってきたランディは、ニタリと笑った。黄色い歯と、歯茎が見える。背筋を蛆虫の群れが這っていくような悪寒。
「銃持ってなきゃ、他のガキと変わらねえな」
 声に続けて重さが来て、ダンの体は仰向けに倒される。目の前では、彼に馬乗りになったランディが手で銃を弄んでいた。
 殺される……。
 手がガタガタと震えた。怖くて、でも怖いことが悔しくて、そしてはっきりと知った。自分がこの屑みたいな男に命を奪われるのだと。ぎゅっと目をつぶる。心臓は死を受け入れまいとするみたいに胸で暴れ、反面、他の臓器はギリギリ縮んでその瞬間に備えていた。しかし――
 何も起こらない。どうして……? 肩透かしを食らったようになって、ダンがそっと目を開けると、
 視界いっぱいに、ランディの顔があった。
 おぞましさが突き上げてきた。胸が凍り、総毛立ち、体がすくむ。鼻と鼻がぶつかりそうなほど、顔を舐められそうなほど近くに、ランディが顔を寄せていたのだ。
「お前、よく見るとかわいいな」
 恐ろしいほどの嫌悪感が全身を駆け巡った。それに急き立てられたように、逃げようと手足が動く。しかし、ランディはガッチリとダンを押さえつけていて、身動きが取れない。
 痩せ萎びた体に宿っていた思いがけない力。あんなに見くびっていたのに、蔑んでいたのに、ダンはこの男に抵抗することすらできなかった。悔しさを通り越して、恥を感じる。なんとか、この状況をなんとかしたかった。がむしゃらになって、もがこうとする。でも、途方なく感じられるほどに、彼の力は押さえ込まれてしまっている。そのまま何秒か、もしかしたら何分かかもしれない時間が経ち、
 激痛が襲ってきた。悲鳴に近い声が上がり、眉間がぎゅっと縮む。訳が分からずなんとか目をこじ開けてみると、ランディがダンの撃たれた右手を握りしめていたのだ。
「あんまり暴れんじゃねえよ」
 ランディは涼しい声でそう言うと、さらに力を入れる。手がバラバラに砕かれるような痛み。それでもダンはぐっと歯を食いしばり、再び上がりそうになった声を抑えた。目の中に熱いものが湧いてきて、縁から溢れてしまう。でも、彼は目を背けず、精一杯の嫌悪を込めてランディを睨みつけた。
 ランディは嘲笑うように口元を歪めた。
「本当に生意気なガキだな」
 そしてダンの髪を掴んで頭の動きを封じると、乾いて、ささくれた唇を彼の唇に押し当ててきた。全身の肌が粟立つ。ダンの体は、またもがいていた。だが、すぐにランディは手に力を入れた。再び襲ってきた酷い痛みに、声が上がったが、それさえもランディの口の中で抑え込まれてしまう。
 逃げたい。
 生きなければとか、ランディを倒さなければとか、仲間の元に戻らなければとか、そういう義務とは別の、この男からとにかく解放されたいという気持ちがせり上がってくる。パニックになりそうだった。なんとか唇だけは引き離そうと顔を背けようとしたが、どうにもならない。
 けれど、視線を横へ向けた瞬間、頭の隅に残っていた一抹の理性が鋭く光った。キラリと灯を照り返す銃が目に飛び込んできたのだ。あれがあれば……。
 ダンの心は決まった。
 ランディが舌を口の中に突き入れてきた。口内をまさぐるように気色悪く動くそれを噛み切ってやりたくなったが、ぐっと堪える。その代わり、なんとか喋ろうと口を動かした。ランディの舌に自分の舌が触れてしまい、滑りとした感触に鳥肌が立つ。しかし、ランディはダンの様子の変化に気がついたらしく、口を離した。
「なんだよ、何か言いてえのか?」
 ダンは深く息をついて、腹に力を入れた。
「お前、どうせオレを犯す気なんだろ? やるなら早くやれよ」
 ランディは一瞬目を丸くしたが、すぐに声を上げて笑い出した。
「お前本当に大したガキだな。そんなにやって欲しいならやってやるよ」
 言い切らないうちに、ランディはダンの体の上を、後ろ向きに這っていった。ズボンに手がかけられる。急激に全身が熱くなり、手が震えた。顔の筋肉が勝手に動き、表情が歪む。けれど、これでいい。ダンはランディが自分の体を弄ぶのを感じ、突き上げてくる屈辱をなんとか振り払って、銃へ手を伸ばした。
 届かない。
 あと、こぶし一個分。腕にぐんと力を入れ、指先に神経を集中してなんとか掴み取ろうとしたが、どうしても僅かに足りない。くそ……。
 体の下の方では、ランディの手が下着の上から形を確かめるように這い回っていた。目に涙がこみ上げてくる。あと、ちょっとなのに――。
 嫌だ、という気持ちに駆り立てられて、ダンは体を起こした。その瞬間に殺されるかもしれないと分かっていたけれど、そうせずにはいられなかった。伸ばした指先を用心金に引っかけ、引き寄せる。そうしてすぐに、ランディへ銃を向け、引き金を引いた。
 パンッという破裂音が響く。
 夢中で、狙いをつける余裕すらなかった。でも、どこかに命中したらしく、ランディは呻き声をあげてうずくまった。すかさず、ダンはランディの持っていた銃を蹴り飛ばす。そうして、座ったまま後ずさってランディから離れると、怪我していない方の手でズボンを引き上げた。心臓がバクバクと鳴り、耳の奥で何かが脈打つ。息が上がって、肩が激しく上下する。頬がひきつり、口の中が乾いて、うまく喋れそうにない。けれど、彼はなんとか声を押し出した。
「殺してやる」
 頭頂部をダンに向けて震えていたランディの体が、ピタリと止まった。彼はゆっくりと顔を上げ、目に恐怖を映しながら、けれど口元に媚びるような笑みを浮かべる。
「マジになるなよ。お前があんまりかわいいから、ちょっとふざけたんだよ。でも、そんなに嫌だって言うなら――」
「違う」
 ダンはそう言って立ち上がった。
「お前、ディッキーに、あいつに、ずっとこんなことしてたんだな」
 言葉にすると余計に胸に来た。「こんなこと」じゃない。もっとだ。もっとずっと酷いことを、何人もの大人たちに、二ヶ月の間、毎日毎日され続けていたのだ。自分がその危機に立たされて、やっと、それがどういうことか分かった。目頭が熱くなってくる。
「お前が生きてたら、ディッキーが安心できない」
 そうなのだ。いくら広大な砂漠であっても、戦車同士は幾度となく出くわす。ランディが生きていれば、ディッキーはその度に、相手はランディたちかもしれない、またひどい虐待をされるのかもしれないという恐怖に苛まれるのだ。そんな風にはさせたくない。
 ダンは銃口をランディに向けた。
「後悔して死ね。お前がディッキーにしたことと――」
 そこで言葉につまった。口にするのが辛かった。ダンはぐっと息を飲んだ。そして、声を絞り出す。
「ザックにしたことを」
 ランディの眉間に疑問の気配が漂う。
「ザック?」
 それがランディの最後の言葉になった。ダンはランディの眉間を撃ち抜き、その目から生気が消える瞬間を見届けた。
 
    32.敵地へ
 
 踏みしめる床の硬さが足の裏から伝わって、心臓を冷たくする。ドクドクドクドクと鼓動が際立ってくる。ダンがランディと対峙する少し前、ビリーもトミー、サミーと共にビンセントの戦車へ乗り込んでいた。
 侵入してすぐに見つかると思っていた彼らは作戦を立てていた。トミーが敵を引きつけて、その隙にビリーとサミーが奥へ走る、と。けれど実際は――見張りは一人もおらず、廊下はまるで彼らを誘《いざな》うかのように悠然と伸びていた。
「来るなら来いってことかもね」
 サミーが言うと、トミーが「だろうな」と返す。
 ビリーはゾクリと首筋が寒くなった。そっと首から下げた小さな飾りに触れる。藁を馬の形に編んだ人形だ。デレクが出発前にお守りだと言って渡してくれた。おそらく、ビリーが内心怯えていることに気づいていたのだろう。藁の繊維のつるつるとした手触りに、なんとなく気持ちが解れていく。大丈夫だ。ひとりじゃないんだから。
 デレクやトミーの話から察するに、ビンセントはこっちの手の内を全て見透かしているような感じの奴なのだろう。少年たちが自分を狙ってくることも分かっているはずだ。それでも見張りを立てないのは、寄せ集めの子どもが何人で来ようと、簡単にねじ伏せられると確信しているからだ。そして、それは当たっているのだろう。たぶん。でも、きっと気づいていない。ビリーたちがはじめに狙うのはビンセントではないということまでは。
 
     *****
 
 決戦の前日、デレクはビリーたち三人に計画を告げた。
「うまく潜入したら人質になる奴を探すんだ。短く刈り込んだ金髪の子どもで、名前は確かルーク。ビリーより小さいから見つけりゃ簡単に捕まえられる」
 トミーが不満げに目を細める。
「そんなガキ一人、どうなったってビンセントは構わないんじゃねえのか?」
 ビリーが思ったことをなぞるような言葉。サミーも同意見らしく、ビリーへ目配せするとちょっと肩をすくめてみせた。けれどデレクは動じる素振りも見せずに続ける。
「構うさ。バードの話じゃ、ビンセントの奴、子どもの頃に飢えをしのぐために孤児の友だちを殺して食ったらしくてな。その罪滅しか、戦車を持ってからは孤児を拾っちゃ面倒見てるんだってよ。確かに、オレがあそこで使われてる時もそうだった。特にそのルークってガキには目ぇかけてるみたいだったから、多少の隙はできるはずだ」
 トミーの目が、さっきよりもさらに険しくなる。歪んだ眉間と引きつった頬に怒りの気配が見て取れた。
「てめぇ、それで自分じゃなくオレを選んだってわけか?」
「そうだ」
 全く悪びれず、涼しげに言ってのけるデレク。トミーは苦いものを噛んだみたいに不快そうな顔をした。
「本当に嫌な野郎だな」
 二人の間に漂っていた不穏な空気が一段と濃くなった。たまらず、ビリーは声を上げる。
「とにかくさ――」
 デレクとトミー、ついでにサミーが一斉に視線を向けてきた。ちょっとだけ怯んでしまった気持ちを立て直すように、声に力を入れる。
「ルークだっけ? そいつをとっ捕まえればいいんだろ? いい方法があって良かったじゃん」
「うん。問題はその子をすぐに見つけられるかどうかだね」
 サミーがビリーの言葉に乗ってくれた。彼はディッキーやダンと違って、空気が読めなかったり、読むことを放棄してきたりしないので、やりやすい。
 デレクは相変わらず落ち着いた調子で応える。
「孤児のほとんどは、戦闘中、銃に弾を装填したり、武器の付け替えを手伝ったりしてる。だから、十中八九、狙撃手のそばにいる」
「じゃあ、ハッチか視察口ってこと?」
 ビリーが言うと、デレクは口の端を少し上げてうなずく。
「戦車の造りは覚えてる。バードが修理した通信機を何台か分けてくれたから、一人一台持っていけ。そうすればオレが誘導できる」
 聞いているうちに、ビリーは恐怖に覆われていた気持ちがむくむくと起き上がってくるのを感じた。口元が笑みで歪んでくる。何とかなるかもしれない――。
 
     *****
 
 闇へ誘い込むような廊下をじっと見つめていると、
「デレクに繋ごう」
 サミーがそう言って通信機を取り出し、耳に当てた。ビリーとトミーは何も言わず、ただサミーを見つめる。目を伏せたままピクリともしない表情。数十秒が過ぎると、しかし、サミーの目に色が差した。
「デレク、正面のハッチから入れたよ。周りには誰もいない」
 しばしの間。サミーは何かを思い描くかのように、視線をやや上へ向け、時折うなずきながら通信機の向こうへ耳を傾けている。
(何話してんだよ?)
 ビリーは気持ちが急いてしまって、変に腹の底がむず痒くなってきた。
「手分けした方がいいよね?」
 サミーは尋ねると、再び全神経を耳に集中しているみたいな顔をした。
「分かったよ。何かあったら、また連絡する」
 彼が耳から端末機を離すと、ビリーは待ちきれずにせっついた。
「デレクは何だって? これからどうすんの?」
 返事の代わりに、サミーはちょっと口角を上げてみせ、それからトミーへ目配せした。
「トミーには上の階へ進んでほしいって。途中のハッチや視察口にも注意して、狙撃手がいれば倒せって。一番はじめの視察口は正面ハッチのすぐ上の階らしいから、そのフロアに着いたらデレクに連絡して」
 トミーは乱暴に息をつく。
「簡単に言ってくれるな」
 サミーは困ったように眉をひそめて笑い、ビリーの方を向く。
「ビリーはぼくと一緒に階下へ向かおう。一つ下のフロアにハッチが三つあるだけみたいだけど、ルークがいないか確かめる。狙撃手はなんとかするに越したことはないけど、無理はしなくていいって」
「オレには無理しろってことか」
 トミーが口を挟むと、サミーはまた苦笑いを浮かべた。
「信頼してるんだよ」
 どうだかな、と既に興味をなくしたようにトミーは呟き、腰から拳銃を抜いた。
「オレは行く。お前らも急げよ」
 そう言い残し、目線の高さに銃を構え、彼は廊下を歩いていった。
 
    33.ダンの怪我
 
 帰らねえと。
 ランディの遺体の前で座り込んでいたダンは立ち上がる。――が、途端に視界が暗くなり、浮遊感に襲われた。何も捕えない目の中で、闇が明滅する。
 くそ……。
 頭の中で悪態をつき、顔をうつむける。数秒が過ぎると、目の前に色が戻ってきた。よし、と思って足を踏み出すと、しかし、再び目眩がやってくる。
 やばい、動けない。
 自分の体の異変に気がついた時には、もうその場に蹲るしかなくなってしまっていた。遠くなっていく意識を、手の痛みがなんとかこの場に繋ぎ止めていた。
 
     *****
 
 戻ってきたディッキーがシェルターのドアを開けると、
「ダンはどうした?」
 間髪入れずにデレクが問いかけた。ディッキーは目を見張り、何か応えようとしたのか口を開けたけれど言葉は出なかった。ただ、緑色の大きな瞳が、瞬きを失った目の中でてらてらと光っている。
「いい。どけ」
 デレクはディッキーを押しのけ、廊下を走っていった。
「ディッキー」
 ジョンが呼びかけると、ディッキーは視線を落とし、震える声で言った。
「ダンがいなくなっちゃったんだ……」
 ジョンは息をついて、ディッキーの肩に手を置く。
「行先は分かってる。早くデレクの後を追おう」
 ディッキーは顔を上げ、再び瞠目して驚きを顕にしたが、決意の表情がそれを呑み込んだ。
「うん」
 二人は並んで駆けていった。
 
 ジョンがランディの戦車に入り込もうとハッチから身を乗り出した時、廊下を歩いてくるデレクの姿が見えた。ダンも連れている。ほっと緊張が解けると同時に、別の種類の不安に駆られた。
 デレクの肩へ腕を回し、支えられるダン。頭をぐったりと垂れ、足にはほとんど力が入らない様子だった。
「ダン!」
 思わず口にし、駆け寄った。もう片方の腕を自分の肩に回し、デレクと目配せしてから歩き出そうと前を向く。
 ディッキーと視線がかち合った。
 すっかり青ざめた顔の中で、やはり目だけがゆらゆら揺れる蝋燭の炎のように切なく際立っていた。
「ディッキー、邪魔――」
 言いかけたデレクを遮ったのはダンだ。
「ディッキー」
 掠れ声で言って顔を持ち上げる。
「ランディ、は……殺した、から、もう……大丈夫だ」
 ディッキーは、はっと目と口を開いた。それから下りてくる瞼とともに、悲しさとか痛みとかやり切れなさとか、そういう類の感情が差して、目の縁から涙が溢れた。
「ランディを殺しに行ったの?」
 ジョンの首元で、ダンが頷く気配がする。ディッキーはぎゅっと目をつむり、うつむいた。
「ディッキー、悪いけど、急がないとまずい。早く手当してやらないと――」
 デレクはできるだけ優しく言ったつもりなのだろうが、その口調には刺があった。ディッキーは、こくこくこくと何度も頷き、道を開ける。それから、戦車までデレクとジョンでダンを運び、その後ろをぐずぐず泣きながらディッキーが着いてきた。
 
「このままだとダンは死ぬ」
 戦車に戻ってダンをベッドに横たえた後、デレクはそっとジョンを外の部屋に連れ出していた。
「え!?」
 つい出てしまった大きな声に、しまった、と体をすくめてから、ジョンは声を低くして、
「どういうこと? 確かに手の傷は酷いけど致命傷には――」
「首だ」
 言い切るのも待たずにデレクは言う。
「オレが肩貸してた側だから、お前には見えてなかったんだろうけど、あいつ、首を撃たれてるんだ。かすっただけみたいだから、傷自体は深くはないけど、出血が酷い。場所が場所だからな、オレたちじゃ止血してやれない」
 胸がえぐられるように痛んだ。ザックという少年をみんなで弔った、あの時の光景が蘇ってくる。星明かりに照らし出された繊細な輪郭。星屑みたいにキラキラ輝くそばかすに、透き通るくらい綺麗なまつ毛。まだ幼く、だからこその美しさを宿していた彼は、それでもどうしようもなく死んでいて……。今度はダンがああなってしまうのか――。そんなのは嫌だ。絶対に。
「ぼく、ドクターを連れてくるよ」
 決意した瞬間、自分の声が聞こえた。デレクは迷いのない目で頷く。
「そうしてくれ。オレはトミーたちに合流しなきゃならない。一人で平気か?」
「大丈夫」
 ジョンもデレクを見つめ返し、首を縦に振った。
「ディッキーには黙っといた方がいい。また大騒ぎする」
「そうだね」
 お互いの表情に曇りのないことを確かめ合うと、二人は動き出した。
 
    34.トミーのやり方
 
 視察口の外へライフルを構える狙撃手。右頬を銃床につけ、照準器をじっと見つめている。背中は隙だらけだ。トミーは大きく息を吸って止め、拳銃を狙撃手へ向ける。照準器の凹部分に、銃把を握る右手を重ねる。右目に意識を集中すると、二重にぼやけていた標的が一つの像に集結していく。
 引き金を引いた。
 バンッという音の後、すぐさまトミーは走った。痛みを噛み殺すような呻き声。狙撃手は床に落ちたライフルへ手を伸ばす。
 遅い。
 トミーは彼の手の先からライフルを蹴り飛ばし、頭に拳銃を突き付ける。
「案内しろ。ルークってガキのいるところに」
「ルーク?」
 やけに上ずった声が返ってきた。虚勢を張り損ね、調子の外れてしまった口調だ。
「何のつもりだ? 奴はただのガキだぞ」
「てめぇに関係ねえだろ」
 そう言ってトミーは撃鉄を起こす。カチャ、という音が一瞬の沈黙へヒビを入れる。
「分かった、分かったよ。お前の言う通りにする」
 男の慌てた様子に少しほっとする。
「ルークは上だな?」
「ああ」
「歩け」
 男はそろりと立ち上がる。音を立てたら撃たれるとでも思っているみたいに。トミーは彼の背に銃口をピッタリとつけ、慎重に後に続いた。
 途中、蹴り飛ばしたライフルの側を通った。トミーは素早くそれを拾い上げ、弾を抜き取って捨てる。ガランッと音高い響きに男の肩がビクッと緊張する。足が止まる。
「念のためだ」
 トミーはそう言って、銃身でもって男の背を突いた。
 
 トミーは既に、正面ハッチの二階上にまで来ていた。階下でも、三人の狙撃手を倒している。最初こそ言われた通りにデレクへ連絡してみたが、もう懲り懲りだ。自分でそうしろと言っておきながら、彼は酷く不機嫌で、鬱陶しいと言わんばかりの態度だったのだ。何かあったのかもしれないと思ったが、不愉快なことに変わりはない。掃除兵だからという理由でなく、トミーはデレクとは全くそりが合わなかった。
 
 ルークの前に人質が取れたのは幸運だった。これなら相手を傷つけずにすむかもしれない。そう、たとえ敵であろうが無闇な殺しはできないのだ。それは料理長の教えだった。
 まだバード戦車長に拾われて間もない頃のことだ。突然厨房で働けと言われた彼に、料理長が真っ先に教えてくれたのは、料理ではなく「人を殺してはいけない」という倫理観だった。たぶん料理長は、バード戦車長から聞いていたのだ。トミーが追い剥ぎまがいの方法で金品を得ていたことを。そしてほとんどの相手を殺めていたことを。
 孤児だったトミーは、料理長に会うまでは誰からも何も教わることができなかった。ただ自分で生きるための術を見つけるしかなかった。ほとんど獣と同じだ。善悪の概念そのものがなく、生きるか死ぬかという二者択一が全てだった。そんな彼を、多少なりとも人間らしくしてくれた料理長の教えに、背くわけにはいかない。もう彼がこの世にいないなら尚更だ。
 
 前を歩く男を盾のようにし、ゆっくりと階段を上る。
「安心しろ。ルークをとっ捕まえたらお前に用はない。さっさと連れてってくれれば、それだけお前も早く解放されんだ」
 男の背中に安堵の気配は見えない。つ、と首筋に浮いた汗が垂れる。
「ビンセントが許してくれるとは思えないけどな」
「ビンセントをぶっ潰しに来たんだ。オレらが上手くできりゃ、殺されやしねえよ」
 階段を上りきって一つ上のフロアに着く。
「この階だ。右に進んで一つ目の視察口にいるはずだ」
「狙撃手は一人か?」
「ルーク一人だよ。狙撃手をランディんとこに分けてやったせいで、人数が足りなくてな。いつも装填手伝ってるガキの何人かは、狙撃手として視察口から外を狙ってる」
 好都合だ。想像していたよりも、はるかに順調に進んでいる。そう思い当たると――
 背に滲む汗を急に冷たく感じた。上手く行きすぎではないだろうか?
「あいつだ」
 男の声に、はっとなる。すぐに脳裏に浮かんでしまった懸念を振り払った。ここまで来たらやるしかねぇんだ。余計なことを考えんな――。
 やや離れたところに、その姿はあった。デレクの言葉通り、ブロンドを短髪にした少年だ。他の狙撃手と同じように視察口からライフルを構え、照準器越しに標的へ目を凝らしている。
「あいつ、お前なんか死んでも構わないとか、思ってねえよな?」
 男は自嘲気味に乾いた笑いを漏らした。
「大丈夫だよ。あいつは孤児にしちゃ珍しく気持ちの優しい奴だ」
 よし。トミーは深呼吸してから、しっかりとルークに目を据える。同時に胸に意を固めた。
「おい!」
 大きく張った自分の声が、狭い通路に反響し、空気を震わせながら走っていく。ルークがこちらを向いた。トミーは男を前に突き出し、つかつかつかと歩を進める。ルークの姿が次第に大きくなり、驚きに瞠目する表情も見て取れた。
「一緒に来い。こいつを殺されたくなかったらな」
 
    35.ジョン勇気
 
 静かだ。
 ダンがランディを殺したため、少年たちの戦車の役目は終わっていた。本来ならばバードさんの手助けに行くべきなのだろうけれど、デレクもジョンもいないのでは、どうしようもない。ディッキーはと言うと……この状態のダンを放って戦車の指揮を執るなど、彼にできるわけがなかった。
 ダンの様子は明らかにおかしい。
 健康的な褐色のはずの肌は、どんどんどんどん土気色に変わっていく。唇からも赤みが消え、肌との境は縦に幾本か入ったすじからしか分からない。一方で、彼の横たわる白いシーツは真っ赤に染まっていく。本当に、眩しいくらいの赤色に。まるでダンの生命が漏れ出しているかのようだった。
「ダン……」
 喉がぎゅっと絞られて、ひどく情けない声になってしまった。
「大丈夫?」
 大丈夫なわけがない。けれど、それくらいしか言葉がなかった。ダンの閉じていた目が薄く開かれる。
「さむい……」
 寒い? 一瞬、聞き間違ったのかと思った。だがすぐに、目の前の血の気の失せた顔と寒いという言葉がカチリと繋がり、はっとした。
 寒いんだ。
 大量の血を失っているダンは、体温が極端に下がっているのだ。でも、この寝室には体に掛ける物も、羽織る物も、なさそうだった。
「分かった。何か持ってくる」
 ディッキーが椅子から立ち上がりかけると、
 腕を掴まれた。指一本一本の形が分かるくらいに冷たい。小さな驚きに振り返る。
「いい……ここに、いてくれよ」
 目に涙がこみ上げた。
「でも、寒いんだろ?」
 鼻の奥がつんとして、声がひっくり返ってしまった。
「いい」
 口ではそう言っていても、ダンの手は石みたいに、氷みたいに冷たい。
 どうしよう……。
 今すぐにダンの体を温めてやりたい。けれど、ずっと側にもいてやりたい。胸の中で二つの感情がせめぎ合って、どちらを捨ててもダンが辛い思いをするのだと思うと堪らなくて……。
 ディッキーは着ていたシャツを脱いでダンの体に掛けてやった。それで寒さが和らぐとは思わなかったが、そうせずにはいられなかった。それからそっと彼の体を起こすと、両腕を回して抱きしめた。やはりダンの体は冷えきっていて、全身の力がすっかり抜けてしまったみたいに、ぐったりしていた。
 早くしてよ、ジョン。
 泣きそうになりながら心で叫んだ。
 このままじゃ、ダンが死んじゃうよ。何してんだよ?
 
     ***** 
 
 濃紺の夜闇を、巨大な漆黒の塊が迫ってくる。暗い砂埃の陰を左右に巻き上げ、腹の座った様子で、着実に近づいてくる。時折、ピカリと閃光が放たれ、陰影の落ちた厳つい車体が顕になった。
 ジョンはバード戦車長の砂色の戦車の陰に身を潜め、飛び出す隙を窺っていた。けれど、何度試みても、ビンセントの戦車は彼の動きを見計らったかのように砲弾や弾丸を放ってくる。胸で心臓がこれでもかと言うほど暴れ、それだけで息が上がった。ぐっと生唾を呑み込み、目をつむり、呼吸を整える。落ち着くんだ、と自分に言い聞かせる。
 ぼくを狙ってる訳じゃない。砲弾を放った直後を狙って、ハッチまで走るんだ。
 頭で言葉にしているうちに、黒い戦車の砲が火を吹いた。バーンッという音と地響きにどきりとなって、思わず目を開ける。
 今だ――。
 そう思ったけれど、体は硬直して動かなかった。逃してしまった一瞬のチャンスの後、ダダダダダ、と機銃から銃弾が撃ち込まれる。
 しまった……。
 後悔しても、もう遅い。
 時間がないのに。
 切迫した気持ちに顔がひきつった。頭の中では、自分を責める言葉がぐるぐるぐるぐる回る。
 
 ダンの怪我はぼくの責任なんだ。あの時、最初の襲撃の時、ダン一人に戦わせてしまったのは、ぼくだ。デレクには否定されたけれど、それは紛れもない事実だ。そしてあれがなければ、今回の怪我だって、きっとしていない。
 それに――ディッキーのことだって。ぼくはディッキーが、いや彼だけじゃない。その前の子や、さらに前の同じ人買いの車で連れてこられたあの子が、ランディたちに暴行される様子を見ていた。一年間、ずっと。なのに、何もしなかった。ただ見て、デレクも同じようなひどい目にあっていないだろうかとか、あの子たちがかわいそうだとか思って、一人で勝手に傷ついたつもりになっていた。本当に傷ついていたのは、ぼくなんかじゃなかったのに。
 そうして、ふとサミーの言葉が脳裏を過ぎる。

 ――ぼくは他人の犠牲の上に悠々と座ってた。

 目に涙がじり寄ってくる。
 ぼくも同じだ。裕福ではなかったけれど優しい父と母に恵まれて、自分のわがままで掃除兵として戦車で働くようになっても、周りには親切な人ばかりで……。デレクも、トミーも、ディッキーも、ダンも、ビリーも、それにサミーだって、みんなそれぞれに辛い経験をしてきていて、そういうものを乗り越えて、乗り越えようとして、がんばっているのに、ぼくは――。
 そう思った時、急に体中の勇気が心の中心に集まってきた。
 ぼくだって頑張って、この窮地を乗り越えなくちゃ。そうすれば、ダンを助けられるはずなんだ。
 彼は銃弾の飛び交う中へ目をやる。撃ち合う二台の間を、雨のように弾が打ち付ける。怖気がせり上がって来そうになって、ジョンは何度か深呼吸した。目をつむり、自身の心を見つめ、勇気の存在を確かめる。
 ダンを助けるんだ。
 決意を胸に、ジョンは飛び出した。
 
    36.ビンセントという人間
 
 トミーは最上階を目指していた。まだ十歳そこそこの少年の頭に銃を突きつけて。
 ルークという名のこの少年は、いくら聞いてもビンセントの居場所を吐かなかった。子どもらしいひたむきさで、彼はビンセントへの忠誠を誓っているのだ。幸いだったのははじめに人質にとったあの男が、仲間の安全より自分の命を優先するくらいには汚れていたことだ。彼の話によれば、ビンセントは最上階の戦車長用視察口から指示を出しているらしい。
 
「ビンセントを殺すつもりなのか?」
 前を向き、歩を進めたまま、ルークが背後のトミーに話しかけてきた。
「そうだ」
「返り討ちに合うに決まってる」
 胸に引っかかっていた疑念を裏打ちするような言葉。トミーは胃にぐっと重いものを感じた。
「てめぇはビンセントに気に入られてるっていうから、人質にしたんぞ」
 ルークは顔をまっすぐ前に向けたままだったけれど、僅かに歩調が乱れた。
「良くはしてもらってる。でも、ビンセントは誰に対しても平等だ」
「みんなに良くしてるってのか?」
「そうだ。信用も信頼もできる奴ならな。エドにも良くしてやってたけど、あいつは自分の命のために、あんたにビンセントを売った。そういう奴をビンセントは許さない」
 妙に腑に落ちる話だった。あの時、ビンセントがトミーを捕らえた時、なぜ殺されなかったのか、なんとなく分かった。ビンセントというのは自分なりのルールを持った男なのだ。そのルールに見合った行いをする者はそれなりに扱うし、そうでない者に情はかけない。誰もに同じルールを適用するという意味では、誰に対しても親身で、同時に残酷なのだ。
「じゃあ、お前を人質にしても他の奴と大差ないってことか?」
「そうだよ。いくら良くしてくれたって、それとこれとは別だ。ビンセントは特別扱いなんてしない。必要があれば誰だって見捨てるし、はじめからみんなにそう話してる」
「なら、なんでデレクの野郎はお前のことを『特別』だと思ったんだ?」
 答えは返ってこなかった。バラバラのリズムで床を叩く靴音が、いやに耳につく。汗で湿った金髪の後頭部には無言の気配が漂っていた。だが、
「ただの勘違いだ。オレは特別なんかじゃない」
 トミーは深く息をついた。
「ああ、そうか」
 どういうことかは分からなかったが、これ以上聞いても何も出てきそうにない。それならば、とトミーは別の話をすることにした。
「でかくなり過ぎた掃除兵は、殺して臓器を売っちまうんだろ?」
 ビンセントがどういう人間なのか、もう少し探ろうと思ったのだ。そうすれば仮にルークが使えなかったとしても、何か手立てが見つかるかもしれない。
「そういうこともあるけど、」
 再び話し始めたルークの口調は、ちょっとだけ軽くなっていた。
「――でも、それは仕方がない時だけだ。それに掃除兵に限ったことじゃない。裏切り者とか治る見込みのない怪我した奴を殺して、臓器を売る。でも、そうやって殺した奴は、そいつがどんな奴でもちゃんと葬ってやるよ」
「ランディとかいう野郎とは違うわけだ」
 そこで初めてルークは振り返った。眉が険しく歪み、目には怒りが鋭く光っていた。
「あんなクズとビンセントを一緒にするな」
「歩け」
 トミーが言うと、ルークは眉間を不快そうに寄せたまま前を向く。
「ビンセントはあいつを嫌ってる。今は利用できるから生かしとくけど、用が済んだらすぐ殺すって言ってた」
「気に入らなきゃいくらでも殺していいと思ってやがんだな。それだって王様気取りのクズじゃねえか」
 ルークの足が止まる。俯いて頭が前に傾くと、うなじ辺りの細い髪にできた汗の玉がきらきらと光った。
「勝手に言ってろよ。ビンセントはお前のことだってすぐに殺す。あの人は――あの人には、人を殺すだけの理由があるんだ」
「他人を殺すのに理由もクソもあるか。それが偉そうだって言ってんだよ。いいから歩け」
 言われた通り、ルークは歩き始めたが、気分を害したのかそれからは何を聞いても答えなかった。
 
 砲塔階へ続く階段に差し掛かる。
「上には何人いる?」
 トミーが尋ねると、ルークは乾いた笑いを漏らした。
「教えるわけないだろ」
 ルークの頭へ突きつける拳銃に、ぐっと力を入れる。頭がカクリと前に傾いた。
「お前、この状況分かって言ってんのか?」
「今オレを殺したら、人質にとった意味、ないだろ?」
 トミーは銃口でルークの後頭部を下へなぞる。
「別に殺す必要なんてねえよ――」
 うなじまで来ていた銃口の進路を変え、耳下へ滑らせた。
「耳を吹き飛ばすとか」
 銃身の先は、ルークの首筋や耳元に浮いた汗で濡れ、キラリと明かりを照り返している。しかし、緊張や恐怖で張り詰めているだろうルークの声は、平静さを失っていなかった。
「撃てるもんなら撃ってみろよ。その瞬間、お前を撃ちに大勢が降りてくる」
 肝の座ったガキだ。それに頭も悪くない。トミーは少し嬉しくなった。誰の力も借りず、砂漠を自力で生き抜いてきた本物の孤児はそういうものだと、知っていたから。それに、彼ならビンセントも気に入りそうだった。こいつは十歳そこそこで殺していい奴じゃない。
「負けたよ。のぼれ」
 トミーが言うと、ルークは無言で階段をのぼり始めた。
 
 予期せぬ自体が待ち受けているなんて、この時のトミーには知る由もなかった。
 
    37.ビンセントからの歓迎
 
 トミーは気がついた。
 まだ見えてこない階段を登り切った先。そこから流れてくる空気には、衣服が擦れ、靴底が床を叩き、銃と思しき金属がキィンと冷たくぶつかる音、音、音が混じっているのだ。誰かいる。しかも複数だ。トミーはルークの襟ぐりの後ろを引っ掴み、乱暴に引き寄せた。懐に飛び込んだ彼のこめかみに銃口を当てる。
「このまま行くぞ」
 ルークの耳元へ口を寄せて囁く。柔らかい髪が触れ、頬が僅かに濡れる。ゆっくりと階段を上へ進む。
 次第に近づく人の気配。低めた話し声。一歩一歩段差を踏みしめる度に、濃くなるざわつきが耳の奥へと潜り込む。
 上るにつれて、視界の中の最上段は下がっていく。徐々に向こう側の様子があらわになる。トミーは拳銃をぐっと握った。男たちの頭の先が見えると、次の一歩で彼らの顔が現れた。いくつもの目が、はっきりとトミーを捕らえる。彼らは驚いた素振りも見せず、銃口を向けてきた。トミーは意識の全部を胸にかき集め、睨み返す。自然と手に力が入り、どこか痛んだのかルークが身じろいだのが分かった。
「こっちには、てめぇらの仲間のガキがいる!」
 慎重に歩を進めながら、声を張る。男たちの表情に戸惑いの気配が過ぎる。
 よし、いいぞ。
 しかし、
「そいつはまずいな」
 聞き覚えのある野太い声は、言葉とは裏腹にひどいくらいに落ち着いていた。ぞわりと総毛立つ。
「予定が狂っちまう。これじゃあ、おあいこだな」
 おあいこ? そう思った直後、ぐんと一段上ると、ビンセントの脇に立つ男が二人の少年を捕まえているのが目に飛び込んだ。サミーとビリーだ。
 あのバカども、捕まりやがったのか……!
 すぐにサミーと目が合う。彼はいかにも申し訳なさそうに、眉を八の字になるほど下げている。隣のビリーは何も見まいとするみたいに、頑なに下を向いていた。
「さて、この後はどうするんだ?」
 ビンセントは相変わらず平然とした様子で話す。まるで今晩の夕食のメニューでも相談するかのような口ぶりだ。
「どっちにも人質がいるんじゃあ、撃ち合いなんてできないしなぁ。少し話でもするか? オレは話すのが好きなんだよ。付き合ってくれるだろ?」
 彼の穏やかな口調には、蛇のような狡猾さが潜んでいそうで、かえって不安を掻き立てられる。それを悟られまいとしたのか、自然と返す声に凄味がかかった。
「何企んでやがる?」
 ビンセントの大きな笑い声が響き、四方を囲む金属の壁がキィンと嫌な音を立てて震えた。
「随分喧嘩腰だな。別に何も企んでない。言っただろう? 話がしたいだけだ」
 そうして、仲間たちへ向けて言った。
「聞いたな? オレはこいつらと話してくる。お前らは、中の奴らと一緒にバードの相手をしてろ。あいつはなかなかの腕だ。見くびるんじゃねぇぞ」
「こいつらはどうする?」
 サミーたちを掴む男が困惑気味に尋ねた。
「オレが連れてく」
 その瞬間、ビリーの肩が、外から見て分かるほど、びくりと強ばった。
 トミーは拳銃を持つ手にぐっと力を込める。もし怯えたビリーが逃げようとしたら、間違いなく殺される。息を詰めて見守る。けれど、ビリーはさっきよりも深く顔をうつむけただけだった。
 
     *****
  
 ビンセントに連れられて、トミーたちは砲塔の一つ下の階へやって来ていた。彼に続き、階段のすぐ横にある部屋へ入る。いくつかのソファと小テーブルが並んだ談話スペースのようだった。
「適当にかけろ」
 ビンセントはサミーとビリーから手を離すと、近くのソファにどかりと座った。
「何か食いたかったら、そこに菓子類が入ってるはずだ」
 ビンセントが部屋の隅の戸棚を指し示して言っても、誰も動かなかった。立ち尽くす少年たちを見て、ビンセントは声を上げて笑う。腹の底まで響いてきそうな声だ。
「おい、チビ」
 ビリーの体がビクリと跳ねた。比喩ではない。少しだけだが、本当に飛び上がったのだ。またビンセントは笑った。
「そこの戸棚から好きな菓子を持ってきて、真ん中のテーブルに置いてくれ。みんなの手が届くようにしないとな」
 ビリーはナイフで脅されでもしたかのように青ざめたが、そろりそろりと戸棚へ向かい菓子を持ってきた。彼が好きなのかどうかは甚だ疑問だが、乾燥させた何かの実を飾った棒状の焼き菓子だった。
 突っ立ったまま、テーブルに置かれた焼き菓子をじっと見つめる少年たち。トミーに捕まえられたルークだけが、呆れたと言わんばかりに天井を仰いでいた。
「食べないのか?」
 ビンセントに聞かれ、トミーは唇を噛んで目を細めた。一体何なんだ? この野郎は。
「ぼくは……いただきます」
 サミーのか細い声がした。トミーは思わず彼へ振り向いてしまう。ビリーもぎょっとしたように目を見張ってサミーを見ていた。
 サミーが小刻みに震える指で焼き菓子をつまみ上げ、サクリと齧る。ビンセントはその様子をじっと目で追っていた。獲物を狙う鷹のようにトミーの目には映った。
「うまいか?」
 サミーは頷く。口角が少し上がったけれど、顔の筋肉が強ばっているためか、上手く笑顔にならなかった。それでも、サミーはビンセントとの会話を続けようとしているらしかった。
「あの……これはあなたの所のコックさんが作ったんですか?」
 ビンセントは頬を緩めた。
「ああ、なかなか腕のいいのがいてな。ガキが多いから偶に褒美としてうまいもの食わせられるように、作らせてんだ」
「トミーもコックなんですよ」
 サミーはそう言ってトミーに目配せしてきた。なんだか癇に障り、眉間が変に力む。睨めつけると、しかし、サミーは意味ありげに頷いて見せた。
「ほう、お前、掃除兵じゃないのか」
 そこで、トミーは気づいた。サミーはトミーが孤児であることを伝えて同情を買うという、デレクの考えに乗るつもりなのだ。腹の底にフツフツと熱いものが沸いてきた。
「トミーはバードさんのところで見習いコックとして働いていたんです。その前は――」
「なるほど……」
 ビンセントが考え込むように、顎を擦りながら言った。
「バードが何年か前に孤児を拾ったって聞いたことがある。縄張りに入った連中を片っ端から襲って身ぐるみ剥がすって噂になってたクソガキだったが……お前のことか」
 銃を手にしたままの拳。ぐっと握り込むと、鉄の硬さが伝わってきた。
「奇遇だな。オレもちょうど、昔知ってた孤児の話をするつもりだったんだ」
 
    38.償い
 
 室内の気配はひどく強ばり、僅かな音を立てることさえはばかられた。きっとビンセントは、生き延びるために喰ったという友人の話をしようとしているのだ。トミーは、そしておそらくはサミーとビリーも、息を詰めてビンセントを見つめた。
 
「あれは何年前になるかな。もう三十年以上経ってるはずだ。オレは十を少し過ぎたくらいのガキだった。その頃は掃除兵として働いててな。毎日毎日、砂や煤にまみれて、大人たちに小突かれて、ろくに飯にも水にもありつけなくて、そんな生活を送ってたよ。
 それでも、オレがなんとか生きていられたのは水売りの孤児、ケンがいたからだ。孤児っていうと、狂犬みたいな野郎ばっかだけどな、奴は違った。戦車の大人に言われてオレが水を買いに行くと、あいつはオレが飲めるように必ずちょっと多めにくれてな。それに捕まえた獲物や、村で買った食い物を少し残しておいて、分けてくれることもあった。オレだけにじゃない。水を買いに来る掃除兵みんなにそうしてた。
 人間ってのは育った環境で変わるというが、それは違う。本当に心根の優しい奴ってのはいるもんだ。ケンはそういう奴だった」
 ビンセントが深く落とした息で、他のあらゆる息遣いが遠のく感じがした。部屋を満たす空虚さにするりと入り込むように、再び彼の声が語り始める。
「オレはケンのことが好きだった。誰よりいい奴だったからな。だからだったんだろうな、ある日、水を買いに行った時、たまたまあいつが襲われそうになってるとこに出くわして、オレは何も考えず向かっていった。それであいつを犯そうとしてたクソ野郎を追い払った。ケンは何度も何度も礼を言ったよ。あんなの、あいつがオレにしてくれてたことに比べれば何でもなかったのにな。とにかく、それがきっかけで、オレとケンはそれまでよりもずっと親しくなった」
 ビンセントの話は、また途切れた。言葉を重ねるごとに増していた寂寥感にはっきりと意識を捕えられる。それが嫌で、トミーは顔をうつむけた。
「そのうちに、オレは考えるようになった。大人にこき使われて、体力も精神もすり減って、そのまま戦闘の流れ弾に当たっていつ死ぬともしれない生活を続けるより、逃げちまった方がいいんじゃないか、ってな。ケンと一緒に。砂漠で生き抜く術を心得たあいつがいれば、きっと上手くいく。それに、あいつがまた犯されそうになったら、オレは何度だって助けてやる。絶対にそれがいい。オレにとっても、ケンにとっても。その時はそうとしか思えなかった」
 ビンセントは枯葉みたいに乾いた笑い声を上げた。
「バカだったんだよ、オレは。二人で自由に生きていけるんだって、妙な夢を見てたんだ。
 オレはケンに、その話を持ちかけた。今から思えば、あいつは気づいてたんだろう。そんなの無理だってな。でも優しいやつだから、そうは言えなかったんだ。
 とにかく、それでオレとケンは二人で逃げた。最高の気分だったよ。どんなことでもできそうな気がした。けどな、そんなくだらない夢に浸っていられたのは一瞬だった。
 ケンは戦車に水を売れなくなった。そんなことしたら、オレはすぐにとっ捕まっちまうからな。そのせいで、戦車の後ろ盾がなくなった。その時は知らなかったが、水売りのガキってのは、安く水を売る代わりに戦車からの庇護を受けてたんだよ。だから、襲われて水を奪われることがなかったんだ。でも、戦車に水を売れないんじゃあ、そんな庇護は受けられない。すぐにオレらは水を奪われた。金も手に入らなくなったオレらは、何日もひどい渇きと飢えに苦しんだよ。たまにケンが蛇や蠍《サソリ》を捕まえてくれたが、そんなんで腹がふくれるわけもない。そのうち、まともに考えられなくなったオレは、とにかくでかい獲物を捕まえようと考えた。近くをうろついてたコヨーテを殺して食おうと思ったんだ。逆に食われるに決まってるのにな。それでオレはある日、持ってた小せぇナイフでもってコヨーテを襲おうとした。当然、敵わない。食い殺されそうになったオレを、追いかけてきたケンが助けてくれた。オレをかばって噛み付かれたが、ナイフでコヨーテの目を潰してな、コヨーテは逃げてったよ」
 ビンセントは何もない宙をじっと見つめていた。目はつい先刻までの恐ろしいビンセントからは考えられないほど穏やかで、それでいて悲しげな光が湛えられていた。
「ケンは食い殺されはしなかったが、噛まれた傷がひどくてな。何とかしたかったが、その時のオレには手当の仕方も分からなかった。それで、ケンはオレに言ったんだ。自分を殺して食べればいいってな。そんなことできないと答えても、あいつは譲らなかった。この傷じゃあ自分はそのうち死ぬ。それなら、お前が生き延びた方がいい。そう言ってな。それで――」
 ビンセントの声が、急に詰まった。一瞬の、けれど全身を冷たくするような沈黙が落ちてきた。
「オレはケンを殺して食った。そうするしかなかった。でもな、後にも先にも、あんなに不味いものはなかった。ひどかったよ、本当にな。でも、オレはなんとかそれで生き延びた。だから決めたんだよ。せっかくケンに貰った命を無駄にはしねえって。世の中を変えるくらいでかい人間になってやろうってな。そのために必要なら、誰のことだって殺す。そうじゃなきゃ、ケンに申し訳が立たない。生きるためにあいつを殺したことを考えれば、似たような目的のために他の奴を殺すのは当然だし、屁とも思わねえ。たとえ相手がガキでもな」
 ビンセントの目元に鋭い敵意が現れた。彼は憎悪に凍ったままの目をビリーへ向けた。
「ランディとお前らが戦った時、一人逃げたらしいな。元々ランディのとこにいたチビだって話だが、お前か?」
 ビリーはすっかり恐怖で固まってしまったらしく、数秒、肯定も否定もせず、瞬きすら忘れて立ち尽くしていた。けれど、ふと我に帰り、慌てた様子で首を振った。ビンセントは、しばし、ビリーを凝視してから表情を緩めた。
「そうだな、お前は体に目立った傷跡もないし、ランディの野郎の好みからは外れそうだ。もしそいつだったらすぐに殺してやろうと思――」
「ふざけんな」
 遮られたビンセントは、ゆっくりと首を回して声の主――トミーを見た。
「なんか気に障ること言っちまったか?」
 飄々とした態度が頭に来た。トミーの眉間は嫌悪に歪む。
「ケンって野郎が気の毒だ。死んだ後まで、てめぇが気に入らない野郎を殺す言い訳にされてんだからな。それに、てめぇは何でも分かったような振りしてやがるが、何にも分かってねぇ。ディッキーはあの変態野郎にヤリ殺されるくらいにボロボロにされてたんだ。それを何でもねぇことみたいに言いやがって。てめぇはディッキーみたいな仕打ち、受けなさたことねぇんだろうが」
「自分はあるみたいな言い方だな」
 そこでビンセントは何か閃いたように目を光らせ、そして笑った。
「そうか、お前、孤児だったんだっけな。それなら犯されたことがあっても不思議じゃない。図星だろ?」
 悔しさと羞恥で体が一気に熱くなった。ぐっと拳を握ると、汗ばんだ手の中で銃が、ぐぐぐ、と滑っていく。
「そうか、そりゃあ随分と無神経なことを言っちまったなぁ」
 ビンセントの嘲るような口ぶりが、胸の古傷を抉った。こんな奴にこんなことを言われる筋合いはない。そう思った時、サミーが声を上げた。
「もうやめてください! 一体、何が狙いなんですか? 殺す気ならいつだって殺せるのに、わざわざぼくたちに自分の話をして、動揺させて、傷つけて、どうしようっていうんですか?」
 今度はサミーへ振り向き、ビンセントは話す。
「言っただろう? オレは話がしたいだけだ。ケンのことはな、よくいろんな奴に話してんだよ。今のオレには怖いものなんてほとんどないが、でも、ケンのことを忘れるのは怖い。あの時のいろんな感情が風化してっちまうことが、オレは怖いんだよ。だから機会があれば話すようにしてんだ。でも、オレだけこんな打ち明け話すんのもおかしいだろう。お前たちの話も聞きたいんだよ」
 それから、ビンセントは再びにたりと口角を吊り上げた。
「お前も何かありそうだな。さっき、そこの孤児のガキのこと話してた時、お前、嫌そうな顔してやがったよな? 縄張りに入った奴は手当り次第に身ぐるみ剥がしてたって噂だったとオレが言った時だ。なんて言うか、悔しそうな、怒ってそうな、そんな顔じゃなかったか?」
 瞬時に、サミーの表情から色が失せた。
「そんなことないです」
「嘘つくんじゃねぇ」
 ビンセントの声に凄味がかかった。
「オレは目が良いのが自慢なんだよ。大抵のことは見逃さないし、見間違うこともほとんどない。それに嘘つきは大嫌いだ」
 ビンセントは初めて腰から拳銃を抜くと、サミーへ向けた。
「話せ。正直にな」
 
    39.決着
 
 吸い込まれそうな程暗くて丸い穴が、じっと自分を見つめている。心まで見透かされそうな気持ちになって、サミーは顔を背けた。けれど、ビンセントはそれを許さなかった。
「オレは気は長いほうだが今は急ぐんだよ。バードたちのこともあるしな。早く話せ」
 カチリ。撃鉄を起こす音がする。全身の肌が粟立った。
「あの……」
 声を出すと、途端に視線を感じた。トミーの。心臓が早鐘を打つ。話すしかない。そう分かってはいたが、決心がつかずに心は覚束無く揺れた。しかし、ぐっと息を飲んでなんとか意を固める。
「ぼくは、それなりに裕福な家庭に生まれました。でも両親はぼくが赤ん坊の時に死んでしまって、叔父夫婦に育てられたんです」
 そこまで話すと、サミーは一度言葉を切る。どう話せば良いのだろう? 思案しても答えは見つからなかった。仕方なく、しっかりと固まらないままの不完全な言葉を、ポロポロとこぼしていく。
「両親は……殺されたんです。追い剥ぎに。……でも、それをすごく恨んでるとか、そういうんじゃなくて……。分かってるんです。悪いのは両親を殺した人たちじゃないって。悪いのは……そういう風にしなくちゃ生きていけない人たちがいるってことなんです。だからぼくは――」
「オレは嘘つきは嫌いだと言わなかったか?」
 はっとしてビンセントを見ると、彼は先程ビリーに向けた何倍もの嫌悪を込めてサミーを睨《ね》めつけていた。
「だったら、さっきのはなんだ? 親を殺した連中を恨んでるから、そこの孤児のガキのやってたことが許せなかったんじゃねえのか?」
「違います!」
 叫ぶと同時に、パンッ、と爆音が響き、サミーは思わず目を瞑った。殺気を帯びた風が頬をかすめる。一寸遅れて、幾本も細い糸のようなものがパラパラと肩へ落ちてきた。ゆっくりと頭が今起こったことを咀嚼していく。そして、はたと気がついた。
 銃弾がぼくのすぐそこをかすめ通っていった。
 冷たい恐怖が心臓を鷲掴みにした。そっと目を開けると、ビンセントはまだこちらへ銃を向けていた。が、トミーもまた、ビンセントに向かって銃を構えている。
「てめえ、次やったらぶっ殺すぞ」
 ビンセントは声を上げて笑った。
「殺すんだったらやる前が良くないか?」
 そうして彼は銃を下ろし、トミーへ振り向く。
「別にいいぞ。撃ってみろ。そうすりゃ、この嘘つきのガキが殺される心配もない」
 トミーは鼻柱にまで皺を寄せてビンセントを睨みつけている。
「やってやるよ」
 すると――ルークがトミーの腕を払い上げた。パンッと銃弾が頭上へ放たれる。
「このガキ……!」
 トミーはルークの頭へ肘を打ち下ろした。鈍い音と共に、ルークはその場へ倒れる。
「それ以上そいつに手ぇ出すなよ」
 ビンセントは銃をトミーへ向けていた。
「やらねえよ」
 トミーは怯える素振りも見せず、ビンセントへ向き直る。
「よし、とりあえず銃を放って寄越せ。どうせお前、撃てやしねえだろ」
「は?」
 トミーが喧嘩腰に声を荒らげた。
「何言ってやがる。オレはお前なんか――」
「撃てるなら今撃ってただろ。お前、銃の腕は大したもんだ。本気だったらルークに邪魔されたくらいで撃ち損ねたりしてねぇ」
 ビンセントは心を見抜こうとするみたいに、トミーを見つめた。
「ランディとやり合ったガキを見習うんだな。お前より随分と小せぇらしいが、そいつは一人で四人殺したんだろ? 銃の腕の問題じゃない。そのガキには殺《や》る気があった。お前にはない。できるのにやらない。とんだ腰抜けだ。お前だったら、まだあのデレクの方が見込みがある」
「本当にお喋りな野郎――」
 トミーが言いかけたその時、再び銃声が響いた。物凄い早撃ちだ。パンッという音と共に、トミーの右手から銃が離れる。トミーは右手を反対の手で庇った。指の隙間から幾筋も糸のように血が垂れ流れた。方頬がひきつり、目元が歪んでいる。
「お喋りは終わりだ」
 ビンセントの声は静かだけれど、耳の底に響いてくる。サミーはぐっと拳を握った。
 甘かった。トミーが孤児だからといって、ビンセントは同情などしないのだ。
「やめてください」
 声が震えた。でも、そう言う他になかった。サミーはこの間まで銃器を持ったことすらなかったのだ。銃を向けたところで、ビンセントの早撃ちに敵うはずがない。それに――そもそも彼には、誰かへ向けて銃を放つ自分など、想像がつかなかった。
「そうだな」
 ビンセントはそう言って銃を下ろした。
「最後はお前には譲ってやらなきゃな」
 え? 虚を突かれた。一体何を言っているんだ?
 ビンセントはゆっくり首を回して、その視線でサミーを捕まえた。
「銃は持ってるな? 出せ」
 嫌な予感が背筋を、つー、と這い登る。
「さっさとしろ」
 ビンセントの目には、有無を言わさぬ凄味があった。気圧されて、サミーはそろそろと銃を抜く。冷たくて硬い鉄の塊。ビンセントへ目を向けると、彼は満足気に頷き、狡猾そうな笑みを口元に浮かべる。
「よし、もう分かってるな? 親の仇《かたき》を打つんだ。あのガキを殺せ」
 心に過ぎった恐怖とビンセントの言葉が重なった。目頭に熱さがじり寄ってくる。
「そんなこと、できません……!」
 鼻にかかった声が上がる。
「ぼくは誰のことも恨んでなんかいないんです。それにトミーは仇《かたき》なんかじゃない。両親が死んだのは、ぼくが赤ん坊の頃なんだ。トミーなわけが――」
「そういうことじゃねえだろ」
 ビンセントの声は落ち着いていて、あまりに落ち着き払っていて、非情だった。
「お前の親を殺した連中と同じことを、このガキはやってた。問題はそこだ。つまりな、こいつがお前の親を殺さなかったのは、たまたま生まれるのが遅かったからだ。もしもっと早く生まれていれば、お前の親を殺してたって不思議はない。こいつは、今、お前の親を殺した奴らみたいな、金持ちを襲って食い物にしてる野郎どもを代表してここにいるんだよ。だから殺して仇《かたき》を取れ」
「嫌だ!」
 サミーはほとんど叫んで言った。
「なら、やっぱりオレがやるか」
 また、ビンセントがトミーへ向けて銃を構える。心臓が氷を投げ込まれたように、ギュッと縮んだ。
「やめろ!」
 後ろから声がした。はっとして振り返ると、ビリーがビンセントへ銃を向けていた。
「トミーもサミーも殺させたりしない。二人とも友だちなんだ……」
 ビリーの声は震えていた。両手で握った銃もガタガタと揺れる。腰元は覚束無く、力が入っていないように見えた。けれど目だけは、真っ直ぐにビンセントを見据えて動かない。
 ビンセントは大きな、しかしひどく冷たい笑い声を上げた。
「結局、一番根性があんのはお前だな、チビ」
 そうして、口の端が左右へ裂けるような、にたりとした笑みを広げた。
「いいぞ、撃ってみろ。友だちを救え」
 その言葉がサミーの内のボタンを押した。彼は銃を構えた。ビンセントへ向けて。
「だめだ。ビリーがやるんだったら、ぼくがやる」
 目の前が涙で滲む。震えが止まらず、銃は今にも手から滑り落ちそうだ。けれど、撃たなくては。まだ十歳のビリーに人を殺させてはいけない。たった三つではあるけれど、サミーの方が年上なのだ。ビリーを守るためには、彼がビンセントを撃たなくてはならないのだ。
「ほう、お前もやる気になったか。そうだ、どうせだからみんなで一斉に撃つか? そうすれば、この孤児のガキもオレも死んで、お前にとっちゃ一番だろう?」
「違う!」
 声が詰まって、叫び声はひっくり返った。涙が目の縁から溢れる。
「そんなこと、ぼくは望んでない。本当に、全然望んでないんだ」
「サミー」
 トミーが押さえていた右手をそっと下ろし、言った。
「どうせハッタリだ。オレのことは気にしねぇでいいから撃て」
 ビンセントの顔から笑みが消えた。
「ハッタリだと?」
「そうだろ。お前の方こそ、いつでもオレらを殺せんのに、やらねぇじゃねぇか。お前のやってることは全部ハッタリだ」
「馬鹿なガキだ。言っただろう? てめぇらを殺すことなんか、屁とも思っちゃいねぇ」
「だから、さっさとやれって言ってんだろ」
 ビンセントは深く息をついた。
「そうだな」
 そして、トミーへ狙いをつけ、
 
 パンッ!
 
    40.最期
 
 銃声の瞬間、トミーははっきりとビンセントの姿を捕らえていた。彼は飛び出しそうな程ギョロリと剥いた目でトミーを見ていた。その表情は、全てを終わらせる残酷な音が鳴り響いた後も変わらなかった。少し遅れて、腹のど真ん中を中心にして、ゆっくりと怪しい花が開くように白シャツへ鮮血が広がっていった。
 サミーとビリーも目を見張って呆然としている。二人ではない。ビンセントの体が倒れる。その背後に――
 デレクだった。彼は腕を斜め下へ伸ばし、倒れるビンセントへ未だに銃を構えている。
「大丈夫か? トミー」
 やはりデレクは険しい目を標的へ向けたままだ。トミーは、ああ、と応えてビンセントへ近寄った。
「何する気だ?」
 デレクの張り詰めた声。深いため息が出た。トミーはビンセントの傍らに膝をつき、
「このままじゃ死んじまうだろ」
「お前、そんな奴助ける気なのか?」
 信じられないと言わんばかりの非難が真っ直ぐに飛んできた。癪に障る。トミーは自分の眉間が不快さに歪むのが分かった。
「こいつがクソ野郎だなんてこと、見捨てる理由にはならねえ。オレはお前なんか大っ嫌いだが、死にかけてたら助けてやる。ダンの奴のことも助けたしな。こいつ助けて何がおかしい」
 しかし、処置をしようとビンセントのシャツをたくし上げかけた時、
 腕を掴まれた。骨太く、節くれだった手。砂の汚れが染み付いたような赤茶けて老いた手。思わずトミーが見ると、ビンセントはひどく穏やかな顔をしていた。
「お前みたいなガキに助けられたなんて屈辱、背負わせるな」
 ビンセントはトミーの目の奥をじっと見つめた。
「手を撃って悪かったな。他に怪我はねえな?」
 不意打ちを食らった。心の柔らかいところに。胸がぐっと締め付けられて、トミーはなんとか頷く。
「そりゃあ良かった。……ルークのこと、頼む。あいつはケンやお前と同じように、優しい、いい奴だ」
 トミーはもう一度首を縦に振った。ビンセントの口元が微かな笑みに歪んだ。そのすぐ後、トミーは彼の表情から魂が消える瞬間を、確かに見た。
 
 トミーはビンセントの亡骸から離れると、すぐそこの、彼の命を救ったデレクには目もくれず、サミーの元へ歩み寄る。
「大丈夫か?」
 それがスイッチになったのかもしれない。サミーの顔が急にくしゃくしゃになり、その場へ崩れこんでしまった。
「ごめん、トミー。本当に、ごめん……。ぼく、本当に、君に、嫌な気持ちを持ってる、わけじゃ、なくて……ただ、ただ、もしも――」
「お前は何にも悪くねえよ。ビンセントだって、お前を挑発しようとしてただけなんだろうし」
 サミーは駄々をこねる小さな子どものようにぶんぶん首を振った。
「違う……ぼくは、ぼくは、そんなこと考えちゃいけないって分かってるのに、もし、あの人たちが、追い剥ぎみたいなことをする人たちが、いなかったらって、そんなこと、考えて……。頭ではちゃんと分かってるのに、それしか生きてく方法がない人たちがいるって、分かってるのに。何の苦労もしないで呑気に育ったぼくなんかには、みんなを非難する資格なんて――」
「お前は十分苦労してんだろ」
 トミーは嘴を入れた。目を丸くしたサミーと視線がぶつかる。
「親殺されて、ずっと肩身の狭い思いしながら親戚んとこで育って、戦車で働く羽目んなって、今はこうして大人相手に戦って。ずっと苦労してきてんだろ。それを『苦労しないで呑気に育った』って。お前、どんだけ自分を下げて生きてんだよ。馬鹿じゃねえの?」
 サミーの表情が、土砂降り間際の空のように一気に歪む。今にも声を上げて泣き出しそうだった。その時――
 ドアが開いた。現れたのは、バード戦車長だった。
 
     *****
 
 ディッキーははずっとダンを抱きながら、彼に語りかけていた。そうしないとダンの魂がすぐにでも飛んでいってしまいそうで、怖かったのだ。昔、二人で仕掛けたイタズラはもちろん、その他のたくさんの思い出のことを話した。二人の内どちらかに嫌なことがあった時には一緒にこっそり家を抜け出し、砂の上に寝そべって星を眺めていたこと。酒場から盗んだ葡萄酒でディッキーが酔っ払って大騒ぎになってしまったこと。ディッキーが義きょうだいたちに意地悪をされた時には、きまってダンが仕返しをしてくれたこと。その度にダンは父親からひどく殴りつけられていたこと。ダンに迷惑をかけたくなかったディッキーは、大人へ愛想を振りまくことで味方につけて身を守るようになっていったこと。そして……それと同じようにしようとしてランディたちにニコニコ笑って接していたら、余計にひどく虐待されるようになってしまったことも。
 ディッキーはダンの体へ回した腕に、そっと力を込めた。
「ダン、死なないでよ」
 喉がブルブルとし、声も震える。
「こんなこと、ダンにしか話せないんだよ。ここのみんなはオレに優しいけど、仲間だけど、友だちだけど、でも、ダンがいなかったらオレは一人ぼっちだよ」
 しん、と静寂が耳に痛い。胸へ不安が伸びてくる。ダンは言葉を返さないだけでなく、腕の中で身動ぎもせず、答えようと呼吸が乱れることもない。いや、それどころか――息を吸ったり吐いたりする気配そのものが、呼吸で体が膨らむ感じが、全くなくなっていたのだ。しっかりと腕に抱いているのに。
 血の気が引いた。さっきまで意識から遠ざかっていたダンの体の冷たさが、ディッキーの心臓を凍りつかせた。彼はダンの体を引き離した。すっかり土気色に変わってしまった顔。その表情が動く気配はない。
「ダン」
 応えが返ってくるかもしれないという小さな希望にすがった。けれど返事はない。忍び寄ってきた不安がぐるりと恐怖に変わる。
「ダン、ダン、ダン、ダン――」
 目の縁に涙が染みてくる。ダンの体をゆする。それでも、彼の表情はぴくりともしなかった。
 
    41.友の死
 
 飛び交う弾丸が地面に着弾し、あちこちで飛沫《しぶき》のような砂が巻き上がっている。視界が悪く、ジョンは目を細めた。
 彼はちょうどドクターを連れて戦車の外へ出てきたところだ。事情を話すと、ドクターは二つ返事で動き出してくれたのだけど、あっちへこっちへと必要なものを揃えている間に随分と時間が経ってしまった。こんなことならダンを直接連れてきてやればよかった。
 砂煙に霞む仲間たちの戦車。距離は僅か。全力で走れば数十秒だ。しかし、銃弾が止まない中に迂闊に飛び出すこともできない。ジョン一人ならまだしも、ドクターがいるのだ。それに荷物に弾が当たってもまずい。これは大事な治療道具なのだから。
 ジョンは後ろのドクターへ振り向く。
「向こうの戦車まで走って、どのくらいで行けそうですか?」
 ドクターの眉間に不安の気配が過ぎる。
「どうかな……悪いがオレは足は速くないからな」
 ジョンは再び仲間たちの戦車へ目を向けた。そこまでの短い空間を見定めようと、じっと意識を集中する。
「飛んでくる弾は、そんなに多くはないです。ビンセントの戦車が撃ち損ねた弾が流れてくるくらい。ぼくたちの戦車へも攻撃してきてるんだったら危ないけど、今はそういう感じじゃないし、飛び出す瞬間さえ気をつければ大丈夫。行けますか?」
 ドクターの緊張が空気を通して背中に伝わる。
「ああ、なんとかやってみるよ」
「荷物はぼくが持ってきます。ドクターはとにかく全力で走って」
 ふう、と深く息をつく気配がした。
「よし、じゃあ、一二の三で行くか」
「うん」
 二人は揃って視線を目標の少年たちの戦車へ向けて、
「一、二の、三!」
 
     *****

 室内の雰囲気が、しん、と固まった。バード戦車長は辺りをぐるりと見回すと、横たわる大男の姿に目を止めた。
 彼はビリー、サミー、トミー、デレクの横を通り過ぎて、ビンセントのすぐ脇に、そっと跪く。トミーの目には、その丸めた背が哀愁を纏っているように見えた。
 戦車長は黙ってビンセントを見つめていたけれど、しばらくするとおもむろに立ち上がり、トミーたちの方へ戻ってきた。そうして、少年たちの疑問の視線に気がついたらしく、
「お前らだけじゃ心配でな。戦況は悪くなかったから、来ちまった。居場所は分からなかったが、運良く一人とっ捕まえられてな。聞いたらすぐに教えてくれた」
 彼は静かに俯くと、深く息を落とした。空気を鉛色に変えるくらい、悲しげなため息だった。
「いや、違うな」
 彼らしくない、淡々とした口調。少年たちではなく、自身と対話するかのようだった。
「オレはずっと気になってたんだよ。ビンセントのこと。自分では、それはあいつのことが怖いからだと思ってた。そりゃ、もちろんそうなんだが、でもな……それだけじゃなかったんだよ。オレはずっと、昔のことを――ケンが襲われてるのを黙って見てるしかなかったことを、ビンセント一人に向かって行かせちまったことを、悔やんでたんだ。もし、あの時、オレがビンセントと一緒にケンを助けてたら、何か変わってたかもしれない。ケンは死んだりせず、ビンセントもこんな風にならなかったかもしれない。そう、どこかで思ってたんだ。もともと、ビンセントは癇は強かったが、決して悪い奴じゃなかった。ビンセントが死ぬ気だって気がついて、ようやく自分の気持ちが分かった」
「死ぬ気?」
 ビリーが頓狂な声を上げた。
「どういうことだよ?」
 バード戦車長は、力なくかぶりを振った。
「あいつはこんな回りくどいことする奴じゃないんだよ。必要があれば誰のことだって、その場で叩きのめす。そういう奴だ。でも、お前らに対しては違った。オレらとの撃ち合いも、あいつが指揮とってんなら勝ち目はないはずなのに、どういうわけかこっちの優勢だ。なんでだ、なんでだって考えてるうちに、思い当たったのが、奴が負ける気でいるってことだった」
 妙な話だけれど、トミーには合点がいった。殺されるつもりだったからこそ、ビンセントは自分たちをあれだけ挑発していたのだ。
「ビンセント……さんは、」
 まだ涙の余韻が残る声で、サミーが話し始めた。
「きっと、疲れてたんですね。ずっと勝ち続けることに。他人を蹴落として頂点に立って、這い上がってきた人を蹴落として。それが、もう嫌だった。でも、ケンっていう友だちへの償いのために、止めるわけにはいかなくて――誰かに終わりにしてもらうしか、なかったんだ」 
「気に入らねえ」
 口をついて言葉が出ていた。急にムカムカしたものが腹の底からせり上がってきていた。
「死にたいんだったら、一人で勝手に死ねばいいだろ。償いだかなんだか知らねえが、そんな自己満足のために大袈裟なことしやがって。そのせいで何人死んでんだよ」
 料理長がそんな茶番のために殺されたのかと思うと、堪らなかった。ぐっと拳を握る。爪が皮膚に食いこんだ。
 バード戦車長は息をつき、トミーの肩を軽く叩いた。
「お前の言う通りだよ。でもな、ビンセントはもう死んじまったんだ。オレと同じくらいのはずなのに、あんなに老け込んでな。あいつはあいつで大変な人生だったんだよ。許してやろう」
 くそ……。言葉にならない悔しさを噛み殺した時、
 バァァン!
 ものすごい衝撃で、戦車が縦に大きく揺れた。続けて、殴りつけるような強風が吹き込んできて、体が後ろへ倒れそうになる。トミーは足を踏ん張ったが、サミーとビリーは見事に転んだ。デレクは近くの椅子につかまって持ちこたえたらしかった。戦車が攻撃を受け、ちょうど彼らの部屋のところに大きな風穴が空いたのだ。
「あいつら、オレがいなくてもやりやがるな」
 戦車長が無線機を取り出し、指示を出そうとする。
 しかしその前に、ごうごうと吹き荒ぶ風の中で、パンッとくぐもった音がした。何だ? トミーが音を追って振り返ると、ルークが彼らへ向けて真っ直ぐに腕を伸ばし、銃を構えていた。胸に緊張が突き上げて、トミーは仲間の方へ視線を走らせる。
 ビリーが先程空いた穴へ吸い込まれるように、落ちていった。
 
    42.オー、ブラザーズ! メリー・クリスマス
 
 その瞬間、サミーはデレクから手を貸してもらい、体を起こしたところだった。パンッという破裂音がしたかと思うと、先に立ち上がっていたはずのビリーの体が後ろへ倒れるのが、視界の隅に映った。何があったのかと振り向くと、そこにあるはずのビリーの姿がない。壁に空いた穴から吹き込んだ風が、ヒュウッと虚空を震わせた。
 状況を理解したのは、デレクの声が響いた時だ。
「お前、なんでビリーを撃った!」
 彼はルークへつかつかと向かっていった。ルークは、まだビリーを撃ったらしいその銃を構えていたけれど、手はガタガタと震え、赤く腫れた目の中で瞳も揺れていた。彼はデレクが迫ってくるまで引き金を引けないままだった。
 デレクはルークから銃をひったくると、彼の胸ぐらをつかみ上げ、額に銃口を押し当てた。
「殺してや――」
 止めたのはトミーだ。彼はデレクの襟ぐりの後ろ側をつかみ、後ろへ引き戻した。
「馬鹿なことすんじゃねえ! ビリーを撃とうとしたわけじゃねえだろ。狙いが外れただけだ!」
「だからなんだ!?」
 デレクが叫んだ。
「こいつがビリーを撃ったことに変わりないだろ!」
「オレたちだってビンセントを殺した! オレらにはクソ野郎でも、こいつにとっちゃ恩人だ!」
 トミーは乱暴に息を吐き出すと、デレクの手から拳銃を奪った。
「そんなにビリーを思うんなら、助けにいけよ。まだ間に合うかもしれねえだろ」
 デレクは唇をぎゅっと噛んで、眉間を歪めた。やり場のない怒りを込めたであろう拳で壁を殴りつける。ジィン、と心臓にまで震えが伝わってきた。それから、デレクは何も言わずにドアへ向くと、走って出ていった。
 やってきた静寂と共に、周囲の気配が強ばった。バードさんは肩が大きく上下するほど深く息をつく。
「良くやったぞ、トミー」
 トミーは俯いて、そっと首を振った。
 バードさんは今度は鼻から息をつくと、手にした無線機を耳に当て、もう攻撃するなと告げた。そうして、ビンセントの遺体を担ぐ。ルークの目がかっと開かれ、バードさんに飛びかかろうとした。けれど、後ろからトミーが首へ片腕を回し、動きを封じる。バードさんはトミーの腕の中でもがくルークと目を合わせ、表情を解いた。
「安心しろ。ビンセントはちゃんと仲間の元に返してきてやる。こいつが死んだって分かれば、みんな戦う気なんて失くすさ。ビンセントはそれだけの男だっただろう?」
 ルークの目の表面は、みるみる内に涙に覆われ、てらてらと明かりを反射する。彼は唇がわなつき始めてしまったのを隠すように顔をうつむけた。
 それからバードさんはサミーへ視線を向けた。
「ここはトミーに任せて、お前はデレクのところに行け。誰かついてやってた方がいい」
 バードさんはそれでいいか確認するようにトミーへ目配せした。トミーは小さく頷く。サミーも、はい、とだけ答えて、すぐにデレクの後を追った。
 
     ***** 
 
 外に出ると、紺色の夜闇の中に一際黒い人影が見えた。デレクだ。
「デレク」
 呼びかけて駆け寄るサミーに振り返りもせず、彼は言った。
「いない……」
「え?」
 聞き返すと、デレクはようやくサミーの方へ体を向ける。
「この辺りに落ちたはずなのに、どこにもいないんだ」 
 サミーはすぐさまデレクの背後に視線を走らせ、それから戦車に空いた風穴を見上げた。確かに、この辺りだ。なのに――。
「ビリーの願い、覚えてるか?」
 デレクの言葉に虚を突かれ、サミーは視線を下ろす。
「あいつは『でっかくなりたい』って言ってたんだ。『でっかくなりたい』って。ジョンよりも、オレよりも『でっかくなりたい』って」
 言葉を繰り返す度に、はじめは力なかった声に悲痛な怒りが滲んでいった。そうして、彼はその場にへたり込んでしまう。頑なに地面を見つめながら、
「オレのせいでビリーは死んだ。ダンだって、そうだ。オレがもっとちゃんとしてれば――」
「待って、ダン? ダンがどうかしたの?」
 思いがけない言葉に、つい声を上げてしまった。デレクは、そっと顔を上げてサミーを一瞥すると、再び俯く。
「首を撃たれた。ジョンがドクターを呼びに行ってくれたけど、たぶん間に合わない」
 急に、全身を巡る血が冷たくなった。目の中に熱いものが溜まってくる。ビリーのこと、ダンのこと、目の前で打ちひしがれるデレクのこと、それにダンが死んだりしたらきっと立ち直れないであろうディッキーのこと。それら全部がサミーの胸を傷つけた。心が血を流すような痛みのせいで、彼はデレクにどんな言葉をかければいいか、考えられずにいた。サミーは立ち尽くし、デレクは地面を睨み続けた。すると、
 
 奇跡が降ってきた。
 
 どうすればいいか分からず、サミーが空へ視線を泳がせた時、冴える星々の間を何かが飛んでいるのが見えた。冷え切り、途方に暮れた心へ鋭く切り込んできた不思議な光景。訝しみ、目を凝らすとその姿は少しずつ、少しずつ大きくなり、動物が何かを後ろに引いているのが分かった。もっともっと近づいてくると――
 そりだった。トナカイが大きなそりを引っ張っているのだ。そして、そりに座って手綱を引いているのは、赤い外套を着た白ひげの老人だった。片手に何かを抱えている。
 サミーはすっかり面食らってしまって、ただ、ただ、目を瞬くことしかできなかった。さすがにデレクも気づいたらしい。横で彼が立ち上がる気配がした。
 老人は二人の目の前でそりを止めた。地面に接しているはずのソールは宙にふわりふわりと浮いている。トナカイもそうだ。疲れた足を回すように、蹄で虚空を掻いている。目を見張るデレクとサミーをよそに、老人は穏やかに話した。
「空を走ってたら何かが戦車から落ちるのが見えて、慌てて捕まえたんだ。見たら子どもじゃないか。びっくりしたよ。君たちの友だちだろう?」
 彼は片腕に抱えていた少年を、そっと差し出した。ビリーだ。あまりに呆然として、瞬きすら忘れてしまったらしいデレクが、促されるままビリーを胸に受け取った。
「かわいそうに。相当怖かったんだろう。気を失ってしまっているよ」
 その時、はじめてデレクの表情に疑問の色が差した。
「でも、こいつ、撃たれて――」
「そうなのか? 怪我はしてないようだったが」
 老人がビリーの胸元を調べると――小さな人形が出てきた。藁で編んだ馬の人形。真ん中に銃弾がめり込んでいる。
 デレクがはっと目を見開く。瞳の円い輪郭が分かるほどに。
「だって、こんなの……ただの藁なのに」
 老人は目を弓なりに細め、ハッハッハッと伸びやかな笑い声を上げた。
「いやあ、驚いた。奇跡っていうのは本当にあるものなんだなぁ」
 それから彼は少し申し訳なさそうに声を落とした。
「悪いが、今はあまりプレゼントもなくてな。せっかくのクリスマスなのに申し訳ないよ。でも一つだけ」
 彼はデレクをじっと見つめた。
「君はいいリーダーだよ」
 老人は再び手綱を取ると、トナカイを走らせた。駆け上がっていくトナカイとそり。彼らは空高いところで一度立ち止まると、
「兄弟たちよ、メリークリスマス! 君たちに素晴らしい未来が待っていますように!」
 その瞬間、サミーはデレクの目の縁からキラリと滴がこぼれるのを見た気がした。けれど、すぐに彼は目元を腕で拭うような仕草をし、大きく手を振った。
「メリークリスマス!」
 そしてサミーへ振り向く。
「そう言うんだろ? よく分かんねえけど。お前も言えよ」
 デレクの目にはもう涙の名残すら見えず、サミーは自分の見たものが本当だったのか分からなくなった。ただ、今のデレクの目の中では、吸い込まれた星明かりがらんらんと輝いている。彼の無邪気さをはじめて目にして、サミーの心の奥底で眠っていた、子どもらしい部分もむくむくと起き上がってくる。
「メリークリスマス!」
 声の限り叫んで、両手を振る。その時、
「どうしたの?」
 ジョンが駆け寄ってきていた。デレクははっとしてジョンを見る。
「ダンは?」
 ジョンはにっこりと笑った。
「大丈夫。戻った時は、呼吸も分からないくらい浅くて、もうだめかと思ったけど、ドクターが『まだだ』って。処置が全部終わってから、ここまで持ったのは奇跡みたいなもんだって言ってた」
 ジョンは一度言葉を切ると、真剣な目をデレクへ向けた。
「ぼくがドクターを連れて戻るまで、ディッキーはすごくがんばってたんだ。ダンの体が冷えないように自分の着てたシャツを脱いでかけてやって、ずっと抱いてたんだよ。治療をしたのはドクターだけど、そこまで持ちこたえられたのはディッキーのおかげだよ」
 サミーは驚いた。あれだけ体の傷を気にして、肌を隠していたディッキーがそんなことをするなんて。デレクも同じ気持ちだったらしく、目を丸くして、それから表情を解いた。
「ちゃんと褒めてやらないとな」
 彼はため息交じりに、できるかな、とつぶやいた。ジョンは可笑しそうに笑う。
「できるよ。ぼくも一緒なんだから」
 そうして彼は、なんとなしに空へ目をやる。途端、目と口をぽっかりと開けたまま、彼の表情は固まった。
「あれ、何?」
 ジョンの指し示した先では、もちろん、まだあのトナカイとそり、そして白ひげの老人が飛んでいた。
 デレクは苦笑いを浮かべて、かぶりを振った。
「よく分からないけど、空飛ぶトナカイの引くそりに乗ってて、白ひげで、赤い服きてるから、たぶん――」
 ジョンの目がキラキラと輝いた。
「サンタクロースだ」
 トナカイの引くそりは夜闇を奥へ奥へ走っていき、ちらちらと震える星々の一つとなった。星明かりがひときわ強まり、少年たちを照らした。
 
    エピローグ
 
 ビンセントは二十数年もの間、砂漠の頂点に立ち続けていた。戦車乗りたちは彼との争いを避け、村や町では、通りかかるだけで水や食糧を差し出す者までいた。誰もが恐れる最強の男だったのだ。
 あの戦いの数日後まで、少年たちには最も恐れられた人物を倒したなどという実感はまるでなく、ただ、目的を削がれてしまったような不思議な虚無感に苛まれていた。次は何をすればいいのだろうかと思案し始めた頃、ようやく周囲の変化に気づく者が出てきた。どうやら、彼らは他の戦車から避けられているらしいのだ。
 訝しむジョンに、バード戦車長が教えてくれた。少年たちがビンセントを倒したという噂はまたたく間に広がり、誰もが真偽を疑うと同時に恐れて避けているのだという。それが本当ならば、戦車砲掃除兵の解放まであと少しだ。ジョンの心はどくんどくんと躍動した。
 
 当然、そんなに簡単ではない。
 
 デレクは以前と同じように大人たちへ戦いを仕掛け、負かした、あるいは戦うまでもなく降伏した相手には掃除兵を要求するだけでなく、二度と彼らを買わないことを約束させた。戦車での戦いを続けるのであれば、そこで暮らす子どもたちに戦車砲の掃除をさせるように話したのだ。それはジョンがいなくなってからバード戦車長が取っていた方法だ。単純な話だが、それが一番理にかなっているとジョンには思えた。他人でない分、重労働を強いられたり、ディッキーのように虐待される心配も格段に減る。
 けれど、無数にある戦車一台一台に話をつけていくというのは、途方もない仕事だ。ビンセントを倒したことで、確かに周囲の目は変わり、要求も通りやすくはなったが、大変なことに変わりはないのだ。それでも、彼らは地道に続けることを選んだ。
 
 一年が経つ頃には、多くの少年が戦車を離れた。故郷に戻っていったのだ。止める者は誰もいなかった。でも、反対に帰る場所のない少年も少なくない。 

 ディッキーとダンが、まさにそれだ。ディッキーの里親は厄介者がいなくなってせいせいしているはずだったし、ダンの父親は手放す目的で彼を売った。ここを離れたら、二人に行く宛などない。
 けれど、彼らにはちゃんと居場所がある。お互いの傍らに。それで十分だった。
 二人は喧嘩していた長い時間を取り戻そうと、くっついて離れなかった。寝室は再び二人で使うようになったし、食事や戦車内の作業の時も、湖を見つけて遊んだり、水や武具を買いに行く時も、常に一緒。時には周りの空気がちょっと変になってしまうこともあったくらいだ。ビリーなどは「あの二人は絶対にできている」と陰で噂していた。
 それ以外にも、二人にはそれぞれ変化があった。
 
 ディッキーは肌を隠すことをやめた。
 相変わらず火傷の痕は痛々しく、彼の受けた虐待がいかに酷いものだったかをまざまざと語っていた。傷痕を直視できない者もいる程だ。けれど本人は、もうそれを気にしている素振りは見せなくなり、他の少年たちと一緒に上半身をさらして走り回っていた。
 
 ダンには後遺症が残った。吹き飛ばされた右手の中指だけでなく、薬指と小指もほとんど動かない。さらに、傷が完治する前に無理をしたせいだろう、左腕が肩より上に上がらなくなった。それでも、本人は、そんなことどうでもいい、と言わんばかりの態度を貫いていた。戦車用の罠を仕掛けたり、年少の少年たちのために木や藁を組んで玩具を作ったり、それまで以上に器用さを見せつけた。
 しかし、一つだけ、彼は気に病んでいた。ザックのことだ。あの少年の血の生ぬるさは、今でもダンの両腕の中に残っているし、虚ろな目やか細い声を思い出す度に胸はきりきりと疼いた。それは、彼が死の間際にいたことに気づいてさえやれなかったこと、彼のことを何も知らないまま逝かせてしまったことが悔しかったからだ。ダンはディッキーにしか語らなかったが、少年の名前がザックだったかも定かではないのだ。ただ、そんな風に聞こえただけ。きっと違う名だったんだろうことが、彼にはどうしようもなく、悔しかった。
 
 サミーも叔父夫婦の元には戻らなかった。
 彼らが自分を家族の一員だと思ってくれていることは知っていたし、それは彼の方も同じだった。けれど、自分が重荷であることも分かっていた。彼の理想は、彼のいない彼の家族だ。自分のことなど気にせずに、幸せに暮らしてほしかった。
 
 ビリーも未だに戦車に残っている。さっさと帰ればいいのに、とディッキーなどは半ば呆れていたけれど、ビリーは自分が近いうちにジョンやデレクよりも大きくなると信じて疑わなかった。それは、あながち思い込みとも言い切れない。彼の身長はどんどん伸び、あっという間にディッキーを追い越し、今はダンとそう変わらない。もっともっと大きくなって、故郷のみんなを驚かせるのだと言い張っていた。
 
 トミーはあの戦い後、すぐにバード戦車長の元へ戻った。ジョンたちには「掃除兵どもとこれ以上一緒にいたくない」と話したが、本当の理由はルークだ。バード戦車長に引き取られることになった彼の面倒をみてやらなくてはと思っていた。
 しかし、ルークはビンセントを殺されたことを恨み続け、何があっても表情を変えず、口も利かなければ、与えられる食べ物も一切口にしなかった。そのせいで、こちらの戦車へやって来て一ヶ月もしない内にすっかり弱り、みんなで困り果てた末、週に一回、点滴で栄養補給をさせるようになった。
 その頃には、気の短いトミーは完全に頭に来ていて、ある日、嫌がるルークの口をこじ開け、無理やりシチューを押し入れてしまった。戦車長もドクターもひどく驚いて彼を止めた。けれど、その時はじめて、全く感情を表に出さなかったルークが声を上げて泣き始めたのだ。
 それから、ルークは少しずつ食事をとるようになった。未だに口はつぐんだままだが、時間をかけて氷の表面が溶けだすように、彼の心もゆっくりと解けていっているようだった。
 
 デレクは少年たちのリーダーとして、変わらず戦車の指揮を取っている。彼の目指す戦車砲掃除兵の解放にはまだまだ時間がかかりそうだが、それでも一年の間に何人もの少年を助け出し、多くの戦車と掃除兵を買わないようにとの約束を取り付けてきた。
 中には約束を交わしたにもかかわらず、新たな少年を買い付ける戦車もあった。そんな時、デレクは容赦なくその戦車の乗員を殺めた。時には非情にならなくてはいけないこともある。それがビンセントと同じだということは理解していたし、そう考える度に心が粟立つようだったが、それでも仕方がないのだ。
 彼のやり方をトミーは心底嫌っているらしく、たまに顔を合わせると「また誰かにルークみたいな思いをさせる気か」と彼をなじった。でも、トミーと馬が合わないのは今に始まったことではない。デレクは努めて気にしないようにしていた。
 
 ジョンは仲間たちの元を去る決断をした。故郷へ、父と母の元へ、戻ったのだ。彼は掃除兵として働きに出る前と同じように母の家事を手伝い、馬やラクダの世話をし、そして父と語らった。
 ラリーの元へもよく出かけるようになった。デレクに頼まれていたのだ。ラリーの作った藁馬がビリーの命を救ったことをはじめ、ディッキーやダン、サミー、トミー、そしてもちろんデレクのことを色々と話して聞かせた。ラリーは、まるで英雄譚でも聞くかのように目を輝かせていて、ジョンは嬉しくなった。自分の仲間たちの素晴らしさを改めて肌に感じられたから。

オー、ブラザーズ! 少年たちと砂漠のクリスマス ©香川

執筆の狙い

半年以上、他サイトで連載していたものです。

ごはんは連載形式が取れないため、長編は読みにくく、どうしようかなと思っていましたが、他にも長編を投稿されている方がいらっしゃったので、思い切って投稿してみました。

長いので申し訳ないです。
ご無理のない範囲で読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

香川

121.102.47.95

感想と意見

迫太郎

まだプロローグしか読んでいませんが、
ジョンとデレクどっちの会話なのかが分かりづらい気がします。

特に
>>「ぼくが決めたことだ」
 ジョンはきっぱりと答え、走り回る仲間たちへ視線を移す。
「みんなだって、そうだよ」
 少年たちは大声で笑い合い、小突き合い、転げまわっている。
「あと二日で終わりじゃないか」
 沈黙が二人の間に落ちてきた。仲間たちの声が風に乗って響いてくる。金髪の少年が深く息をついた。
「あと二日で決戦だ。みんな不安を紛らわすために、ああやって騒いでるんだ。誰が死んでもおかしくないんだよ」

最初はジョン、最後はデレクはわかります。
「みんなだってそうだよ」はだれの言葉ですか?私はジョンだと思ってますがよく考えればデレクが言ってもおかしくない言葉で、もしジャンが言ったのなら
仲間達に視線を移し続けた。とか書いた方がいい気がします。

2017-10-10 07:35

49.98.88.117

香川

迫太郎さん

ご感想ありがとうございます。

ご意見を拝見し、会話の件、確かにそうかもしれないな、と感じました。
もともと、会話の合間合間に地の文を挟みがちでして、それが理解の助けにならず、むしろ読みにくくしている、というのはあるように思っていました。

今回、そういう部分を少し改善していこうと、キャラクターごとに少しずつ口調を変えてみたのですが、プロローグでは読み手の方にはまだキャラクターのイメージは掴めていないので、私が期待した効果は出ていなかったのだと思います。
こういうところの考えの甘さが、やはりなかなか良い文章にならない原因かも知れません。
そういった所に気づかせていただけて、たいへんありがたかったです。

ちなみに「みんなだってそうだよ」「あと二日で終わりじゃないか」はどちらもジョンのセリフとして書きました。
ここははじめに書いた通り、地の文を挟んだことで分かりにくくしている箇所かなと思いました。
特に短いセリフであれば、まとめて書いた方が分かり良いですね。

冒頭から読みづらいと感じさせてしまったので、続きを読んでいただくのは難しいかもしれません。
ですが、やはり書き手としては1話でも2話でも多くアドバイスをいただけると、今後の糧にできますので、厚かましいのは分かっておりますが、お時間があり、ご迷惑でなければお願いしたいです。
もちろん、勝手なこちらの希望なので、難しいということでしたら、どうぞスルーしてください。

では、ご意見いただき、ありがとうございました。

2017-10-10 09:43

220.100.34.205

瀬尾りん

ネタバレ感想すいません。
全部一通り目を通しました。全部読めちゃったので、話としては面白かったと思います!
文章もスッキリしていて読みやすいです。ただ主語が省かれているところが多かったので、迫太郎さんが仰る通り誰の台詞か分かりにくいところがあります。あとは急に三人称から一人称になっていると思われる部分があるんですが……バード戦車長とバードさん、と呼び方を変えているのでそう思ったのですが、何か区別されていますか?
長編だとどうしても感想が薄くなってしまうのですが、何個か気になった点がありました。
物語基盤の世界観にけちをつけてしまって申し訳ないのですが、海が無くなってしまうと雨が降らないので作物は育たず、生命は死に絶えちゃわないか、と思います。どこから水を持ってきてるの……?というのが疑問でした。
戦車の大きさが、ちょっとイメージし辛かったかなぁと思います。大きいというのは分かるのですが。なんとなくフェリーぐらいの広さかな?と補完をしております。もう少し幅とか高さとか具体的な数字を出して貰えるとイメージしやすいかも。どうしても戦車というと一人乗りを想像するので。
タイトルが軽い感じですが、全体としては重くてちょっと戸惑いました。
あとサンタクロースの下りですが、私にとってはここだけファンタジー色が濃すぎたような感覚です(空飛んでるし)。今までリアルな戦争をしていたのに、いきなりどうした!?という感じでした。


沢山書いてしまってすいません。でもこれだけの長さを書けて完結させるのはすごいです。原稿用紙400枚分とのことですが、そんなに沢山読んだようには思えませんでした。一人一人の少年にそれぞれ背景があって、しっかりそれを読まされたからだと思います。

2017-10-10 14:29

219.99.181.46

迫太郎

少しでも感想をと思い、結局全部読みました。長編お疲れ様です!

私も最初海が無くて生きていけるのかな?って思いました。砂漠だから雨が降るとして塩もないだろうし。
そして人称がブレているというのも瀬尾りんさんと同じです。

それと、一つの段落が長過ぎる箇所があるので分けた方がいいです。

物語については、戦車砲掃除兵が大元にあるのに最初にその
大変さに少し触れただけで、後半はほぼ触れず逆に性的暴行の方がメインになっています。
ジョンが降りたあとも戦いは続いているわけで、バード戦車長のとこは誰が掃除していたのかも気になるし、戦いにおいてのリアリティが薄いと思います。
戦車同士の争いなのに気付けば白旗が上がってーとなっているので、
そこで戦車の中のゴタツキや緊迫感を入れて欲しいです。

最後に、ジョンやデレクが戦車に乗り始めて数年経っていることを思うと精神的にも肉体的にも成長しているはずで
そこをもう少し見たかったです。
デレクを一人にできないという理由で乗った割には二人の友情の深さが足りないと思いました。

読んで良かったです。お互い頑張りましょう!ありがとうございました!

2017-10-10 18:21

49.98.88.117

香川

瀬尾りんさん

ご感想ありがとうございます。
投稿したはいいけれど、最後まで読んでくださる方はいらっしゃらないかもしれないな、と考えておりました。
まさか一面にあるうちに完読してコメントまでくださるとは思いもよらず、本当に感謝です。

主語を省く、というのは確かにおっしゃる通りだと思います。
もとは主語や指示語、接続語などを多用してしまっていて「必要ないところは削はなきゃダメだよ!」とのご指摘を何度か受けたことがあるのです。
今回は「省く」ということを意識しすぎたのかも知れません。
丁度いい塩梅のところを見つけるというのは難しいものですね…。

人称に関して。
はじめの方は三人称を使いながら視点はジョンのものに固定した、いわゆる三人称単一視点で書いていたのですが、お話が進むにつれて苦しくなり、徐々に場面によって視点が切り替わるようになってしまいました…。
三人称単一視点であることは変わっていないのですが、場面場面で視点主が違う、という感じです。
ご指摘の、ジョンのところの戦車長バードを地の文でどう表記するか、というのはかなり悩みました。
バード戦車長、という呼び方はジョンのもの(あとトミー)です。
最初の方はジョンの視点から描いていたのでその表記で固定していたのですが、他の視点主に切り替わっていくと、ちょっとその表記に違和感が出てきてしまい、表記そのものを切り替えていくという方法になってしまいました。
例えば、デレクの視点なのに「バード戦車長」のままの表記だと何だかおかしいような…。デレクにとっては戦車長ではありませんから。
三人称なのだから、はじめから「バード」としておけば問題なかったのですよね…。
ここは最初の考えが甘かったつけが後半に来てしまったのだと思っています。

世界観について。
ごめんなさい、これは完全に説明不足で、雨は降るつもりでいました。
それが海は消えてしまったけれど、ところどころに湖がある理由の一つです。
水に関しては、サミーのエピソードで少し触れたように、裕福な層が所有し代々管理してきた広大な湖から世界へ供給されている、という感じで考えていました。
ただ、ご指摘を見て自分でその部分を読み直してみたら、その辺りをほとんど説明できていなくて、自分で唖然としてしまいました…。
これは完全にミスです。
気づけて良かったです。
今、他に書いているものや書く予定のものがあるのですぐにはできませんが、なるべく早い段階で修正していこうと思います。

戦車の大きさ。
これは本当におっしゃる通りです。
もともと、ミリタリー知識ゼロの状態から書いているので、書いている時は戦車や銃器について調べるのが精一杯で、細かな描写が抜け落ちてしまいました。
こういうお話では戦車の外観というのは見どころの一つだと思うので、大きさもそうですがデザイン的な部分ももっとしっかり描かなくてはいけなかったなと思っています。
大きな反省点です。

タイトル、軽いですね…。
タイトルのセンスは全くなくて、前回投稿させていただいた掌編でも、タイトルへのご指摘をいただいています。
おっしゃる通り、作品に比してタイトルが軽くなりがちなんですよね。
注意していかなくてはと思いました。

最後のサンタクロースのところ。
言い訳をしてしまうと、実はこの作品は他のサイトのユーザーさんが主催する「クリスマス企画」のために書いた作品なのです。
当初、「ちょっと長めに2万字くらいにしてみようかな」と思って書いていたら、どんどんどんどん話が大きく重くなっていき、もはやクリスマスはほとんど関係なくなってしまったのですが、それでもちゃんと企画作として成立させなくてはと思い、無理くりクリスマスなファンタジーな話にまとめました。
でも、こんなに拙い作品ではありますが、私が書いた中では、かなり上手く書けた方なので、企画にも主催者さんにも本当に感謝しています。
企画がなければ書きませんでしたから。

キャラクターを書きたいタイプの人間なので、一人一人の少年の背景などに目を留めていただけて、とても嬉しいです。
これだけ長いものを書けたのは私も初めてだったのですが、それも連載中に追いかけて下さったり、コメント下さったりした方がいらっしゃったからだと思います。
バイタリティのない書き手なので、反応を貰えると励みになります。

ではでは、こちらこそ調子に乗って長々書いてしまいました。
こんなに長いものを読んでくださって、ありがとうございました。

2017-10-10 18:58

182.249.246.9

香川

迫太郎さん

不躾なお願いだったにもかかわらず、わざわざ読みに戻ってきてくださって、本当にありがとうございました。
全部読んでいただけるとは思っていませんでした。
すごくうれしいです。

人称の件は瀬尾りんさんへのお返事にも書いたのですが、ジョンの視点に固定して書いていた前半に「バード戦車長」という呼称を地の文でも使ってしまい、他のキャラクターへ視点が切り替わった時の表記の仕方がまちまちになってしまいました。
ジョンの視点に固定して書くことが苦しくなってしまったこと(ジョンのいない場面が描けなくなってしまうので)、それと後半で視点が切り替わっていくことを想定していなかったためにジョンの呼び方をそのまま地の文で採用してしまったことが大きな要因だと思います。
キャラクターの心情へ入って心の声そのものを地の文で使っているところもあるのですが(なぜかダンのところだけ心の声を( )で括って書いてしまっていますが)、意図的にそうしている箇所が多いので、自分では視点の切り替えの際の違和感以外は、そこまで視点や人称に問題はないのではないかなと思っていますが…。
この辺りは次に読んでくださる方がいらっしゃったらお聞きしたいところです。
いらっしゃらないかも知れませんが…。

水の供給に関しても瀬尾りんさんへのお返事に書かせていただいたとおりで、きちんと設定について説明できていませんでした。
そして、塩!塩がない、というのは全く意識の外にありました!
確かに海がなければ塩はないですよね…。
これはどうしたものか…。何か海以外から塩分を抽出できるものってないのでしょうか? 少し調べてみたいと思います。

戦車砲掃除兵の仕事そのものへの言及が少ない、というのは本当におっしゃる通りです。
これは最大の欠点かも知れませんね。

ディッキーがひどく虐待されていた自分に比して、ビリーやその他の少年たちはそこまで辛い思いをしていない、と取れる発言をしてビリーに怒られる場面がありますが、ここのビリーの言葉は私はとても大事なことだと思っています。
ただ、迫太郎さんの仰るように、掃除兵の仕事そのものの辛さがあまり描かれていないので、その言葉が重みを感じられないものになっていないかと、思いました。
全体にほかの少年たちに比べてビリーのエピソードが不足しているので、彼の回想シーンなどでその辺りの苦しさを表現できるようにしたいと思います。

実は、戦車砲掃除兵というのは、私が子供のころに世界名作劇場でやっていた『ロミオの青い空』で描かれた煙突掃除扶のことをモチーフにしています。
どうやら、原作の小説は児童虐待の告発小説だったらしいんですよね。
アニメでは描かれていなかったと思いますが、実際の煙突掃除扶の少年たちは煙突に入る前、肘や膝を激しく擦られてそこに塩水を塗られることで一時的に皮膚を強くしていたらしいので、そういうことも参考にしながら書いてみたいと思います。
…が、ここでも塩が…。本当に、塩って海以外どこかから得られないものなんでしょうか…。難しい…。

ジョンが降りた後、バード戦車長がどうやって戦車砲の掃除の部分を補っていたか、というのは、もともとの予定ではトミーが代わりを果たす、というつもりだったのですが、気づけばその時のノリでトミーを一緒に連れていってしまっていました…。
疑問に思われるのはご尤もです…。
一応、最後の最後、エピローグでちらっとその件に触れて、バード戦車長は余所から子どもを買うのではなく戦車で暮らす子どもたちに戦車砲の掃除をさせるようにしていた、としているのですが、これは完全にあとだしジャンケン状態なので、きちんとその説明を前の方に入れていきたいと思います。

戦車どうしのごたつき感が足りない、というのもその通りですね。
戦闘では銃撃戦の方に比重が偏ってしまい、「戦車同士で戦っている」という設定を全くいかせていませんし、これも大きな欠点だと思います。

デレクとジョンの友情や再会時の成長について。
これもご尤もです。
友情のところは、本当に書きながら自分でも気づいてはいたのですが、サブストーリー的に展開させたディッキーとダンの友情の方が大きくなってしまい、なかなかジョンとデレクについて書くことが難しくなっていってしまいました。
というか、書いているうちに他のキャラクターが好きになっていってしまって、最後の方はほとんどジョンが出てこないという残念な状態になっていて、それが二人の友情を強く出せなかった原因の一つだと思っています。
再会時の成長、というのは言われてみれば当然あって然るべきものなのですが、私にはあまり意識できていませんでした。
ここはしっかり見直していきたいと思います。

長々書いてしまいました…。
でも、こうしてご意見いただいて自分であれこれ考えながらお返事を書くことで、何だか頭の中で色々整理できているような気がします。
ほかの方のご意見もですが、忘れないようにいただいたご意見とともにコピペしておきます!

ありがとうございました。

2017-10-11 08:18

182.249.246.5

麻生

こんばんは。
先日頂いた拙作への感想を読んで、小説に真摯な方だなと感じましたので、ちょっと覗いてみました。そしたら400枚^^;
さすがに全部は読む根性がありませんので、前半の3までとラストだけ読ませて頂きました。それで、感想を入れる図々しさ、お許しください。変なこと書くかもしれないですが、そこは笑って適当に判断してください。こういうファンタジー系は、私の苦手とするもので、と先に書いておきます。
 まずは物語の設定ですが、そこが今いちわかりませんでした。海がなくなって砂漠化する、というのはありそうですが、実はよくわからないです。世界から海が消える理由を説明してほしいというのは、御作のような場合は余計なことなのでしょうか。それで、返信を読みましたら、海はなくても湖がある、とあります。海が消えて、湖水があるというのなら、それはもう一つの海じゃないでしょうか。しかも他の方のご感想にあった塩の件、幸いなことに岩塩というのがあります。岩の状態の塩、ドイツのザルツブルグなどが有名かもしれませんね。しかも海が消える、つまり海水が蒸発したのなら、海のあったところに乾燥した塩が残っているはずです。なので、塩の件は問題ないかと思いますが、なぜ消えたかは、いろいろ問題があります。それで、時代的に何世紀も先の話となるのじゃないでしょうか。未来の姿、まあ、サルの惑星のように文明が消えて地球が再び野蛮になった時代ということになるのじゃないかと思います。そうなれば、世界観も現代とすかっかり違うわけですから、何かのはずみのように、ちょこちょこと書き加えて頂ければわかりやすい気がします。砂漠の向こうを見て、彼方には誰もいない、とか、サンタクロースが世界のあちこちに配達がある、とかいったときに、誰もいないはずなのに、よそにも人間がいるのか、びっくり、とか。みんなはこの砂漠しか知らないようなので、彼方への憧れや、案外砂の遥か向こうには海だってあるかもしれない、とか。
 途中に書かれていると思うのですが、そういう細部は必要のように思います。いってみれば、ここは死海のようなもの。死海は乾燥したが、向こうには地中海があるとか。そのように世界を広くされていれば、もう少し窮屈ではない世界が現れるかもしれないですね。
 それと、急にデレクが革命を口にします。何か唐突な気がしました。しかも子供たちによる革命。ここは実は、普通の意味で、何か普通な気がしました。アニメなどにありそうな気がしたのです。もちろん普通でいいのです。問題は、その普通で誰でも知っている、ある意味陳腐な設定を作者の力でどれほそユニークにするか、ということになります。奴隷が反乱を起こすスパルタクスの乱を代表として反逆、革命物語はたくさんあります。構図はどれも同じです。それを作者さんがどれだけ新しくするか、でしょうね。子供たちの反乱では、新鮮味はありません。それが一番難しいです。
 新しくする一つがキャラの設定です。キャラの掛け合いとかも大事ですね。古い例を出しますが、黒沢明の映画「七人の侍」。あれの面白い部分はどこかというと、ラストのチャンバラ部分じゃない、と思うのです。前半の七人を探す所です。志村喬が他の六人を探す部分が面白いし深いのです。という人は多いですね。最初に見たときは、野武士をやっつけるラストに誰も惹かれます。でも、何度か見るうちに、前半の人探し部分に心惹かれるようになるのです。
 御作の、後で加わる子供たちがキャラ的に面白ければ問題ないと思います。それは作者さんには何ともいえないことでしょうね。ちなみに黒沢明は、七人のそれぞれにノートを作って、びっちり埋めたようです。つまりそこまで人物のことを考えたのでしょうね。使ったのは、ノートの数ページほどだったのじゃないかと思います。
 それと、設定でわからないのが、戦車長たちは、ビンセントにしてもバードにしても、何をしているのでしょうか。戦車の中は暑そうだし、どうせ、喧嘩して食い物を得るだけなら、普通のバトルでいいように思うのです。なんで、戦車で戦うのかよくわかりませんでした。毎日戦っているのでしょうか。砂漠状態なら、食い物も生えないでしょうし、こんなことばかりなら、やがてみんな餓死するのじゃないかと思うのです。時々、まあ、年に一度とか、食い物が満ちる時期とか、そんなときの戦いならわかりますが。
 戦車、どなたかが巨船のようと書かれていたと思いますが、いっそ、戦車の中は村としてしまえば、つまりそこまで広い、となれば、村ごとの戦いになりましょうか。でも、戦車の中に畑を作るわけにもいかないでしょうし。
それと、砲の筒の掃除。煙突掃除からの発想とありましたが、煙突を掃除していたのは、19世紀のことで、つまりメリーポピンズの頃で、今、あの映画の煙突掃除の場面を動画サイトで探したのですがなかったです^^;、なので、御作で筒の掃除とあるので、きっと海が消えるほどの何かがあって、隕石の衝突で海水が蒸発したとか(そうであっても、蒸発した水分は消えないですけど)、そんなのがあってサルの惑星なみの原始状態にもどったのだろうと考えたのです。なので、大砲の掃除。でないと、筒の掃除はわかりませんでした。
 長くなりましたので、もう一つだけ簡単に。
 台詞が誰のものかわからないという他の方からの感想がありました。それと、会話の間に地の文を入れたいという作者さんの返信。
 英語の場合、英語は不自由な言葉なので、I love youと書いても誰の台詞か一切わかりません。なので、毎度毎度、she said, said heとか書き添えるしかないのですが、そしてそれは日本人には煩わしいですね。日本語は、おりゃ おみゃーを好い取るわい、で、語り手のいろんなことがわかります。意識的にそうされたとのことですが、私も最初の方で迷うところがありましたので、もう少し会話文の語尾を変化させてみればどうかな、と思いました。台詞の多くに助詞がついていないように感じました。つまり地の文のような台詞といっていいのかな。やれよ、そうだね、そう思うぞ、とかじゃなくて。特に冒頭部分に地の文風なのがが多かった気がします。
 後一つ。「ピカソを思わせる現代アート」というのが出ますが、私はすっかりサルの惑星風に考えていましたので、ピカソには驚きました。そしてまた時代設定に混乱を覚えました。どうみても、ピカソなどいない、サルの惑星が悪ければ、スターウォーズのエピソードⅠのような世界と思っていましたので。
 ラストのサンタクローズは、なぜかすんなり心に落ちました。やはり砂漠のサンタ、ベツレヘムの話かな、と(笑)
 いずれにしましても、400枚書くのはすごいです。体力がいります。脳みその体力ですね。文章的には、会話文のこと以外は問題なく、うまいといえます。エンタメ用の文章ですが、きちんとしています。あとは必死こいて頑張るだけです。ぜひ本作に限らず続けて下さい。
それでは失礼しますが、中抜きの感想なので、トンチンカンなことも多いと思います。そこはごめんなさい。それでは。

2017-10-11 20:53

218.226.59.61

麻生

煙突掃除は、こんな感じでしょうか。

https://www.youtube.com/watch?v=nUXwcrSth80

2017-10-11 21:08

218.226.59.61

阿南沙希

はじめまして。やっと時間ができたので、ある程度読ませていただきました。キャラクターが多すぎた気がします。十五少年漂流記または蠅の王を思い出しました。が、キャラが立っているかというとまだまだ…なので、もっと個性があって多面的でも良いと思います。長編なら可能です。

他に気になった点は上の麻生さんが挙げていることと大体同じですが、一点だけものすごく違和感だったのは、

サンタ

でした。すみません、私はここは違和感ありまくりです…! それまで読んできて、サンタが出てきた瞬間激しく萎えました…

クリスマスって、日本人にとってはケーキとサンタとプレゼントくらいですが、英語圏はもうちょっと趣が違ってて、ごちそうやキャンディ、クリスマスツリー、プレゼントは確かにありますが、日本以上にそれらには精神的な意味があります。家族が集まる日・その日1日は神の愛で何か許されるものがある…など。クリスマス企画だとしても、その要素の入れ方は他にも方法があると思います。サンタを出すにしても、登場人物の誰かをそう見立てる…等。

私も去年書いたのでなんとなくお気持ち察せられますが、長編描くとマラソン走りきったような達成感ありませんか?
完結させるだけでも経験値はたくさん得られますし、書き手にとっては財産になったのではないかと思います。お互いに今後も頑張りましょう〜!


ちなみに、英語圏のクリスマスの様子は、ワイルダーの「小さな家」シリーズがわかりやすく良く描けていますので、お時間があれば是非読んでみてください。

2017-10-11 23:54

126.161.183.104

ポキ星人

 斜め読みになってしまいましたが、一応読ませていただきました。

 困ったのは、子どもたちよりも、大人たちの社会の仕組みがわからなかったことです。ジョンたちの実家のように、普通の村は存在しているようですから、戦車は「北斗の拳」のモヒカンの皆さんのように普通の村を略奪すればよい(し、人買いなどせずに、そこの戦災孤児をこき使えば良い)のではないかと思うんですが、私が何かを読み落としているんでしょうか。戦車同士の戦なんかは危険が多くて実入りが少ないもので、しなくてもよいように感じます。あるいは「七人の侍」のように村が自衛のために戦車を雇うのかというとどうもそうでもないようにみえます。他の戦車に誰が乗っててどんな様子か知ってるのも不審で、殺し合いする敵同士ってより同業者同士の連帯の方を感じますが、共通の敵が外にいるわけでもないなら少し変な気がします。
 大人の社会の仕組みがわからないので、そこに無理やり組み入れられた少年たちの「革命」というのが何をどうすることかよくわからないのです。

 お話の中身が児童酷使の問題を問うているのだろうということは感じました。ただ(私個人も全然知らない問題なので恐る恐るいうのですが)、今のアフリカでは少年兵の問題が大変痛ましい課題として実在しているわけで、そちらを連想させる設定、題材を使いながらなんだか昔の児童酷使の話のようになってるのははぐらかし感が強いです。本当に戦闘をしているとなると、砲の掃除をきちんとしないと自分も味方も死ぬとか実感して、嫌でも挺身してしまう、とかいう悲劇性があるのだと思うので、単に大人から酷使されているというレベルにとどまらないようにしたほうがよいと思います。ここにとどまってるから、人買いをやめて自分の子に掃除させればいい、みたいな解決になってしまうのではないでしょうか。

2017-10-12 00:38

180.12.49.217

香川

返信に時間がかかりそうなので、書けたお返事から書き込んでいきたいと思います。
お返事の順番が前後してしまって申し訳ありません。
もう少しお待ちください。

阿南沙希さん

ご感想ありがとうございます。
長編をしっかり読んでくださる方が多くて、驚いています。
ありがとうございます。
ご指摘の、個性的、多面的、という点はこの作品に限らず完全に私の目指す方向なので、重く受け止めさせていただきました。

もともと一面的な作品が嫌いでして、何も考えずに書いても、割と様々な立場の見方を含めて書くことが多いです。
今回は特にその点に注意して書いたので、それであってもこういうご指摘が出てくるということは、全く書き手の力不足によるものだと思います。

『蝿の王』は確かウィリアム・ゴールディングの作品でしたでしょうか?
作品自体は未読なのですが、好きな小説にこの作品のモチーフが登場するものがあり、だいたいの内容は存じ上げています。
私の認識だと、これって人間の本性として、少年たちの悪の部分をあぶり出していくような話だったように思うのですが、その認識で正しければ、根底には性悪説があるのだと思うのですよね(実際には読んでいないので違っていたらすみません)。
ただ、私の今回のものは、どちらかと言えば性善説に基づいておりまして、ちょっとキャラクターの描き方としては種類が違うように感じます。
なので、『蝿の王』のようなキャラクターの描き方を目指す、というのは少し難しそうです。
ですが、結局は書き方が浅かったり足りなかったりしたために、書き手のイメージとは違う印象を読み手の方に与えてしまっているのだと思います。
キャラクターの描き方をもう一度見直して、もっと体温の感じられるキャラクターにしていければいいなと思います。
また、今回は違いましたが、性悪説を下敷きに人間の本性をあぶり出していく、というお話自体は興味がありますし、機会があれば挑戦してみたいと思います。

サンタは本当に違和感ありまくりだと思います…。
もともと、きちんとプロットを組まずに最初と最後だけ決めて、逆算しながら途中途中にラストへの伏線を散らしていく、という書き方をしているのですが、
そのために、全体像がはっきりしないまま進んでいき、気づいたらサンタが出てくる雰囲気では全くなく、でも伏線の回収のことを考えるとラストを変えるわけにも行かなくなってしまった、
…というかなり残念な理由で残念なラストになっております…。

クリスマスに関しては、プチカトリックだったりするのでなんとなくイメージは付いているのですが、それをお話に載せることが難しくなってしまいました。
ここは大きな反省点です。

『小さな家』は、あれですよね、ドラマでやっていた『大草原の小さな家』ですよね。
子どもの頃、再放送でやっているのを見ていました。
チャールズ父さんすてきですよね。
実は、ジョンが故郷でのクリスマスを回想するシーンは、この『大草原の小さな家』のイメージで書きました。
あまり成功していないかも知れませんが…。

長編は確かに書き上げるだけでも力になるな、というのは実感しています。
課題もたくさんありますが、課題が上がってくること自体に意味がありますので。

ありがとうございました。

2017-10-12 15:15

182.249.246.7

香川

ポキ星人さん

ご感想ありがとうございます。

大人の社会についてよく分からない、というのは、設定をしっかりと煮詰められていないためのもので、申し訳ないです。

一応、多少設定として考えていたことについて。
人買いなどせず孤児を捕まえれば、という点ですが、これに関してはビンセントがトミーたちに過去の出来事を語る場面で少し触れています。
分かりやすく色々補って書きますと、孤児はだいたい二つのタイプに分けられて、一つ目がビンセントの友人だったケンという孤児のように水を売り歩いているタイプ。
もう一つは、以前のトミーのように武装して大人から様々なものを奪って生活しているタイプ。
後者の方は捕まえること自体が難しいのです。
下手をするとこちらが危害を加えられかねないので。
そして、前者の方に関して。
孤児以外から水を買うとかなりの金額が必要になりますが、孤児は安く水を売り歩いています。
ですから、捕まえてしまうと水売の孤児がいなくなってしまい、安く水を得ることができなくなってしまうのです。
ですから、戦車乗りたちは自分の縄張りの水売の孤児を捕まえることはしませんし、危険から守ってやるようにしています。
ただ、じゃあ、なんで水売の孤児たちは水を得ることができているのか?という点については作中で触れることができておらず、一応設定として考えてはいたものの、不完全なものであることは確かです。

また、村から略奪すればいい、という点ですが、これに関しては作中で触れることが出来ていませんでした。
が、考えてみると、掃除兵の少年は一時的に手に入ればいいものではなく、戦車にとっては欠かせない存在で、常に必要なものです。
ですから、略奪によって奪い尽くしてしまうと、後々戦車の方も困ってしまうことにならないかなと、後付けにはなりますが思いました。
子どもはどんどん生まれたり成長したりしていくわけで、奪っても平気だろうと言われるとそれまでなんですが、
逆に言えばその部分さえクリアすればこれは設定として使えると思うので、改稿の際にもう少しじっくりと考えてみたいと思います。
とにかく、略奪ではなく「少年を買う」必要があることで、戦車の方にも保有する掃除兵の数に制限が生まれますから、その辺りのところも煮詰めていくといいかなと思いました。

戦車での戦い、というのは、定住が難しくなり、狩猟や採集をして暮らすため移動生活をするようになった層が初めにいて、その層同士で縄張りを巡って争いになり、より強い戦力を得るために戦車で生活を送りながら争うようになった、という感じです。
この辺りは、冒頭に説明を入れて入るものの、もっと詳しく書くべきだったと思います。

他の戦車の様子が分かる、というのは、掃除兵の売買の時や武具などの買い付け、対戦後の交渉などで、戦車乗りたちは顔を合わせる機会が結構あるのです。
特に、交渉をする際は戦車長同士で話し合いをする訳ですから、中には世間話などがあっても不思議はないかなと私は思います。

「革命」自体は少年たちにとってもその方法や目指す方向がはっきりと定まっていない状態で考えていました。
そのために、デレクとジョンが言い争ってしまったりしていて、トミーは少年たちの戦車から去っていってしまいます。
漠然としているものが、時間をかけて少しずつ形をなしていく様子を書ければいいなと思っていましたが、これは上手くいっていないのかも知れません。

ご指摘の、現在のアフリカの少年兵についてですが、今回はその件に関しては全く考えていませんでした。
ですので、はぐらかし、と言うよりは考えのなさという感じです。
もちろんそれであっても決して良いことではありません。
今現在の大きな問題を彷彿とさせる内容であるからには、そういった部分への配慮は必要だったと思います。
配慮として何をすればいいのか、正直、よく分からないでいますが、時間をおいて考えてみたいと思います。

戦車砲の掃除、というのは、確かに大変だけれど戦車で争うのであれば必要なことです。
そこでのジレンマというのは、仰るように大きな問題です。
この件に関しては、ジョンとデレクが言い争っているところ当たりで少し触れていますが(革命を起こすのにだって戦車砲の掃除は必要だという辺り)、もう少し大きく取り上げるべきでした。
ただ、ラストの解決の方法が、自らの戦車で暮らす子どもにやらせる、という方法になっているのは、
大人に酷使されているレベルにとどまっているから、と言うよりは、その他の解決方法が思いつかなかったという情けない理由によるものです。
一応、掃除兵の解放のために戦車で革命を起こすことと戦車砲の掃除の必要性のジレンマには触れてはいるので、そこを無視しようとしていたわけではないのです…。
そう見えてしまうこと自体が問題であり、阿南沙希さんからのご指摘にあった「もっと多面的に」というのも、そこを上手く書けていないこともあるのかもしれません。
大人から酷使されている、などという一方的な被害者的な考えは掃除兵として働いていた少年の視点に偏ったものですから。

長くなってしまいました。
とにかく、色々と考えさせていただけました。
ありがとうございました。

2017-10-12 17:32

220.100.34.205

香川

麻生さん

ご感想ありがとうございます。
まず、お返事の順が前後してしまいまして、すみませんでした。
また、私が感想を書いたことで、麻生さんがわざわざこちらの感想欄にまでコメントしなくてはいけないように思われてしまったなら、それも申し訳ないです。
基本的に私が感想を書くのは気まぐれですので、特にお返しに感想書かなくては、というようなお気遣いは不要ですので。

あと、実はたぶん麻生さんとは初めましてではなくて、過去にご感想をいただいたり作品を読ませていただいたりしたことが何度かあります。
少し前に他の方へ感想を書く時に、久しぶりすぎて恥ずかしくなり、名前を変えて書き込んでしまって、それ以降、香川の名前で感想も投稿もしているのですが、以前はzooeyの名前で投稿していました。
麻生さんには「ノーカントリーの人」と言うと思い出していただけるでしょうか。
アメリカを舞台に兄弟と偽ってある町に辿り着いた二人のお話を書いていた者です。

前置きが長くなってしまいましたが、まず、海の消滅について。
実は、もともと別作品で、海が消えた世界でその環境に適応できるようにそれぞれに進化した人類のお話を考えていまして、今回、企画の参加にあたってその世界観の前段階の状態をイメージして書きました。
今回の作品では海が消えた原因については省いていますが、一応、もともと考えていた進化した人類の話のために、少し考えてはありまして…。

地球の内部は高熱になっていて、その熱は地表に流れています。
ウランなどの放射性元素が内部で崩壊を繰り返すことで、地球は温まり、凍りつくことがないのです。
ですが、このウランが減少すると、熱が出なくなります。
そうすると、海水が沈み込むのを押し返すマントルの働きが弱まり、海水が地下深くに没してしまいます。
それで地表から水がなくなっていき、砂漠化してしまう、という。

ただ、こういう変化はずっと先に考えられることで、仰るように人類がまだ特になんの変化もなく生き延びられる今作のような状態であれば、「海が消える」という表現は適切ではなく、「海が消え始めた」程度にとどめておくべきだったと思います。

塩の件について、ありがとうございます。
安心しました。

世界観について、ちょこちょこ書き加えて、というのは間でもあまりできていません。
ですからここは大きな反省点だと思います。

革命のくだりなど、陳腐だな、というのは私自身感じておりまして、Twitterで「今書いてるやつが陳腐過ぎてやばい」みたいなつぶやきをぽろぽろこぼしていたくらいです。
ただ、あまり設定に凝ったものやキャラクターの多いものを書いたことがないので、
最初の方はキャラクターが出そろうまで物語を早く転がし、且つその中で設定を小出しに披露していく…という点で精一杯でした。
もう少しバイタリティと筆力があれば違ったと思いますが…。
なので、自分らしさが出てくるのは、ある程度キャラが出揃った後になってしまっています。
これは私自身とても残念でした。

キャラクターに関しては、以前読んでもらった「ノーカントリーのやつ」というか『真っ赤なバラを、エミリーに』という作品、あれと同等以上には書けている…と思いたいです。
そうでないと、数年前の自分に負けていることになってしまうので…。
ただ、自分ではあれよりは書けていると思っていても、自分で書き上げたものは、実際よりも良く見えがちだと思うので、正直よく分かりません。

戦車長たちが何をしているか、という点ですが、これはきちんと考えられていませんでした。
戦車のメンテナンス、武器や水、食料など諸々のものを管理し必要に応じて調達を指示したり、場合によっては他戦車への攻撃を計画したり、人員を管理したり、新人を教育したり…そんなところでしょうか?
考えれば色々ててくるとは思いますし、この辺りは作品でもう少し触れていっても良かったように思います。

あと、わざわざ戦車で…という点に関してはポキ星人さんへのお返事にも書きましたが、
はじめは食料を得るために移動生活していて、その際に他の集団と衝突することが多くなり、それに負けないようにどんどん移動のための機械が巨大化していった、というような感じで考えていました。
これももう少し詳しく書けばよかったと思っています。

一応、学生の頃英米文学を少しやっていましたので、英語の文章の特徴は、詳しくはありませんが多少は知っています。
会話に地の文を挟まないとなんとなく気持ち悪くなってしまうのは、それが影響しているのかも知れません。
セリフに終助詞がないものが多い、というのは言われて気が付きました。
確かに、私自身があまり語尾に変化をつけずに話すので、それをそのまま書いてしまっているのかも知れません。
小説として書くなら、もう少しその辺りは考えた方が良いかもしれません。

ピカソは思いつきで書いてしまいました。
これは完全に失敗だったと思います。

好意的なご意見を頂いているのに恐縮なのですが、途中を読むと、サンタは全く物語になじまないと思います。
それは私自身強く感じていたことです。
ファンタジー、とおっしゃって頂きましたが、実際に読むとどちらかと言うとリアリズムの色の方が濃いので…。
ものすごく唐突なファンタジー展開です。

では、長々失礼しました。
ありがとうございました。

2017-10-13 15:39

220.100.34.205

麻生

香川さん
再訪問すみません、って、煙突掃除を入れれば三度目ですね。
読みかけたときに、単純に名前が日本人じゃないという理由で、エミリーを思い出しました。あれはおもしろかったな、という感じで。でも、同じ作者さんとは思いませんでした。
 私は感想入れても、あまり覚えていないのですが、エミリーは結構詳しく記憶にあります。ひょっとして悪役を立派に描け、みたいなことをいいませんでしたか。あれはよかったですよ。きっちり書かれていました。
 よかった理由は、今思えば、描かれた世界が狭かったので、目配りがきちんとできたということでしょうか。確かに狭い町の話でしたが、今回は世界が見渡せないほど広いですね。砂漠化した宏大な世界。海がなければ、さらに世界は広く感じられます。そんな場所で沢山の人々が生きていく。エミリーに比較すれば、何倍ものエネルギーを使って広い世界を描かれている。あちこちに説明不足が生じても仕方ないかもしれませんね。
 私の場合は、とにかく書いて、了を打って、それから足りない説明などを足して行きます。そうすれば、全部読んでいないでいうのも何ですが、ずっと底の深い世界が現れてくるかもしれないですね。その場合は、ぜひ農耕する若者、まあ、アベルに対しての善良なカインでしょうか、そんな少年を仲間に加えてほしいと思います。略奪や破壊だけでなく、物を作る若者も交じっていればもっと楽しくなるのではないでしょうか、って、もしそういう人物がすでに出ていれば申し訳ないです。
 なお、私は感想を頂いても知らんぷりすることが多いです。香川さんの場合は、頂いた感想に惹かれるものがあったので少しだけでも読もうと思ったのです。
 そうそう、ついでに書き添えますと、サンタさん、ドライビングミスデイジーでしたっけ、アカデミー作品賞をとった作品がありますが、ご覧になりましたか。あの作品では、ミスデイジーは、誘われてもクリスマスパーティーに行きません。ユダヤ人だからです。ご存じでしょうが、キリストはユダヤ教にもイスラム教にも出てきますが、あくまでone of themとしてです。メシアではありませんので、ユダヤ人はキリストを認めていません。しかもハリウッド。あそこはユダヤ人(とアイリッシュもかな)が多いので、クリスマスを祝わない映画が時どきあります。クリスマスを祝うのは、案外アジアが多いような気が、最近はしています。ハロウィーンもそうですね。
 いらないことを書きました。前回の作品はスルーしてしまいましたが、これからも頑張ってください。それでは。
 

2017-10-13 20:20

219.104.55.235

あでゅー

全部読みました。面白かったです。
ただ、視点が変わっていくのが、読んでいて辛かったです。
しょうがないんですけど、視点が変わる時にしつこい位に教えていただければ、いいのですけど。

そして情景描写は素晴らしいです。また、比喩も素晴らしくって。
本物の作家は違うなと思いました。

読ませていただいてありがとうございます。

追記
・巨大戦車はあり得ないと思いました。
・ジョンが掃除兵になる理由が今一。

2017-10-15 11:51

106.181.72.191

香川

麻生さん

お返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。
エミリーは自分でも気に入っているので、良かったと仰っていただけると嬉しいです。
今回の悪役は、エミリーの悪役のように容赦なく「悪」「げす」という感じではなく、ちょっと事情を抱えた人物になっています。
私自身は悪役はどこまでも悪でいいと思うタイプなのですが、
今回は彼を完全な「悪」にしてしまうと少年たちのやっていることが「正しい」ことに見えやすくなってしまう気がしたので。
少年たちは少年たちの立場から動いているだけで、別に正しいわけではない、という風にしたかったんですよね。
何を考えているか分からない、のに突然衝撃的なことをする、みたいな怖さは出せたかなと思っています。たぶんですが…。

今から思えば、エミリーがそこまでかっちり世界観をかためなくても、雰囲気だけで書いてそれなりに見えてしまったので、そんなノリで今回のものも書いてしまったのかも知れません。
それではダメだということがわかったのが今回の一番の収穫でした。

今回は書き上げた後で色々と足りない部分が出てきたので、おっしゃるような後付けで補足していくという方向になります。
ただ、ちょっと手が回りきらないというか、いまさら変えられない部分というのが出てきてしまっているので、もちろん後から修正を加えていくというのは有効な方法だと思うのですけど、もう少しはじめに詰めておくことは必要だったかなと思います。

ものを作る少年を…というお話。
一番近いのは、他の少年達に読み書きを教えようとする少年でしょうか。
そういう子は登場しています。
あと、掃除兵ではなくコックの少年が一人いるので、彼が仲間の誕生日パーティーのためにご馳走を作るハメになったり、
みんなにサンタクロースへのお願いをテープレコーダーに吹き込ませて後で手に入るものはプレゼントしてやろうとデレクが考えたら、全員手に入らないようなものばかり頼んでしまったり、
そんな感じで戦い以外の日常のことやそれぞれの背景も書いています。
どちらかと言うとそういうのが書きたい人間なので。
ただ、逆にそれをやりすぎたから、他の方からキャラクターが多すぎる、というご意見があったのかなとも思います。
塩梅はやはり難しいなと感じました。

ドライビングミスデイジーは何回か見ました。
実際はクリスマスを祝う、ということ自体にきちんと宗教的だったり家族的な背景があるはずなんですよね。
今回、そういう部分は完全に無視して書いてしまっているので、それも違和感があると思います。

あと、前回のお返事で煙突掃除扶の件のお礼を書き忘れてしまっていました。
すみません。
わざわざ探してきてくださったのですよね。
ありがとうございました。

では、重ねてになりますがコメントやアドバイス等、ありがとうございました。

2017-10-16 12:21

133.218.181.141

香川

あでゅーさん

ご感想ありがとうございます。
すべて読んでいただけたということで、長くて拙いものを、ありがとうございました。

視点に関して、辛いのだろうか?と思って後半の視点が章ごとに入れ替わっていく部分を少し読み直してみたのですが、確かに読みにくいですね。
全く気づいていませんでした。
ブレとかそういうことよりも、
視点が変わった際も含め、章の最初に情景描写を持ってきてしまっているために、読み手の方にはそれが誰の視点から見た情景なのか分からず、イメージがつかみにくい、という感じなのかなと思いました。
これは書き方を変えた方が良さそうです。
ありがとうございます。

描写や比喩に関して、ありがとうございます。
文章の巧拙自体はあまり気にしないというか、普通に読めればそれでいいかなと思っているのですが、
それとは別に印象的な画がイメージできるようには書きたいと思っているので、少しでもそういう風に書けているかなと思えました。
ただ、お褒めいただいているほどのものではないし、私自身が他の書き手さんに対して「このくらい書けるようになるんだったら一回くらい死んでもいいな(ウソです)」と思うこともあるくらいなので。
少しでもそういう方々に近づけるようにがんばりたいと思います。

巨大戦車は、もっと従来の戦車とは違った仕組みや姿を描く力があればまだ違ったのかなと思いました。
そういう所の創造力や想像力のなさが書いている時も結構きつかったのです。
ジョンのところは本当にそうですね…。
読んでいただいた方にはなんとなく分かってしまっていると思うのですが、主人公っぽいジョンというキャラクターが、実は一番思い入れのないキャラになってしまって…。
あまり彼のことについては詰めてかけませんでしたし、印象にも残らず、大変なことに対して軽く動いてしまっている感じはあると思います…。
これはもう、すみませんとしか言いようがありません…。

ともあれ、ご感想にはとても励まされました。
ありがとうございました。

2017-10-16 12:37

133.218.181.141

あでゅー

追記

今調べてみたけれど、砂漠の戦車はごく普通に戦っている。だから、掃除兵が必要となる設定が今一。

2017-10-16 16:58

106.181.81.75

香川

あでゅーさん

再訪ありがとうございます。
掃除の件に関して、これは実は書き始める時にちょっと調べました。
実際にも戦車砲の掃除、というのは必要みたいで、専用のロッドを突っ込んで掃除するそうです。
今回は戦車が巨大過ぎてでロッドで掃除することは不可能なので、子どもが実際に入って掃除する、という感じになっています。

ただ、作中のように「一度入ったら掃除しなければ撃てない」というのは明らかにやりすぎだと思います。
そういう、戦車砲の掃除に関する細部がダメだというのは、その通りです。
きちんとした設定と、それに噛み合った記述ができるように努力していきます。

ありがとうございました。

2017-10-17 12:27

133.218.181.141

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

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