作家でごはん!鍛練場

『クローゼットの外』

詩水著

私小説です。少女性をテーマに書きました。よろしくお願いします。

 十四歳の冬、僕は女装に目覚めました。きっかけは一枚のワンピースです。女友達のSの付き合いで立ち寄った服屋で出会いました。
 ショコラ色にオフホワイトの水玉が散りばめられたそのワンピースは、まさにロリィタ。まるでこの世の可愛いをすべて集めたようにハンガーで吊るされていて、思わずため息が零れました。
「着てみたら?」
「だって、似合わないよ」
「わからないよ。似合うかもしれないじゃん」
一応、値札を見てみたら、お小遣いでは、とても買えない金額です。僕は諦めることにしました。

しかし、家に帰ってからもそのワンピースのことが頭から離れませんでした。
絶対に似合わないのに。あんな服着たことないのに。図体のでかい僕があんなヒラヒラしたものを着るなんて。
しかし、そんなつまらない意地を払拭するほど、あのワンピースは可愛かったのです。お年玉をもらったら、あのワンピースを買おうと決めました。
 それから僕は、毎日その店に行きました。取り置きもできたらしいのですが、そんな勇気はなく、いつも遠くからそのワンピースを見ていました。何度見ても、そのワンピースは可愛かった……今思うと、僕は不審者に見えたかもしれません。

お正月に、もらったお年玉を握りしめて僕は一目散に、あの店に走りました。ワンピースはまだかかっていました。初めて手に取ったそれは、フリルのせいか少し重かったです。
僕はそれをレジに持って行きました。店員さんは少しびっくりした顔をしつつ、可愛らしい袋に詰めてくれました。店の出入り口まで見送られる体験は初めてでした。

家に帰って、僕は誰もいない時を見計らって、こっそり部屋でワンピースをかぶり、おそるおそる鏡を見て、驚きました。
僕、めっちゃ可愛いじゃん!
自分でも何を言っているのかよくわからないけど、鏡の中の僕は、魔法にかけられたように可愛かったのです。
くるん、と回ってみると、たっぷりの布で作られたスカートが花びらのように舞い、下着がみえてしまいました。
僕は思わず赤面して、スカートを押さえます。鏡の中の僕は、物欲しげな目をしてこちらを見つめてきます。おずおずとスカートをめくりあげると、ワンピースには不釣り合いな地味な下着が丸見えになりました。僕は、鏡の中の僕に、興奮していました。
僕は女の子になりたいわけではありません。しかし、このワンピースを着ているときは、僕を縛り付ける何者からも逃げられるような気がしたのです。
鏡の中の僕はいつだって自由でした。
 
それから僕は、時々そのワンピースを家で着ました。外に出る勇気はありませんでした。
二十二歳の晩夏のことです。高校卒業以来、しばらく連絡を取っていなかったSから突然メールが来ました。
「ロリィタでデートしようよ」
僕は少し躊躇いましたが、これはチャンスだと思い、すぐに承諾しました。
Sと出かける日は、ちょうど家族はみんな外出していました。 僕は浜松駅までの道を自転車を飛ばして走りました。どこまでも続く田んぼ道が花畑に見えます。ペダルを踏む足に力を込めれば、自転車はぐんぐん進みます。
自転車で四十分ほど走って、ようやく浜松駅に着きました。休日の駅ビルには人が溢れかえっています。道行く人々が僕をちらちらと見ます。僕は背筋を伸ばしてSとの待ち合わせ場所まで急ぎました。Sはまだいません。僕はショーウィンドウで自分の姿をチェックしようとして……愕然としました。
鞄を持つ骨っぽい手。女にしては高すぎる身長のせいで短くなったスカート。その裾からのぞく、筋肉が浮き出た太もも。全体的に、ごつごつとした体格のみっともないロリィタ姿は、街の風景から浮いていました。
うだるような残暑がブラウスにこもり、周りの人は僕を異様な化け物を見るような目で見ています。祈るような気持ちでSの到着を待ちます。
しばらくして、Sは真っ黒なワンピースを着て到着しました。
「お待たせ。どこ行きたい?」
 Sの市松人形のようにかわいらしい顔立ちに、そのワンピースは良く似合っています。
「キンキンに冷えた生ビールが飲みたい」
 僕がそう言うと、Sは大爆笑して、色気ねえな、と言いました。しかし僕はとにかく生ビールが飲みたかったのです。僕とSは昼から開いているチェーン店の居酒屋に行きました。
 お通しの漬物が運ばれてきて、それをつまみ終わる頃にようやく僕の頼んだ生ビールと、Sの頼んだカルヴァドスが運ばれてきました。中ジョッキを持ち上げると、手の甲に血管が浮き上がります。ぐびぐびと生ビールを喉に流し込みました。炭酸と苦みが喉を刺激します。半分ほどになったジョッキをテーブルに置いて、僕は言いました。
「やっぱり、こんな格好似合わないよ」
「……君はロリィタよりもゴシックの方が似合うかもね」
 Sはカルヴァドスを少しずつ口に含みながら言いました。
 Sが似合うかもしれないって言ったんじゃないか!
 そう言いたかったけど、きっとSはそんなことは覚えていないでしょう。僕は言えない言葉を生ビールで飲み下しました。ジョッキの内側で白い泡がぬらぬらとへばりついています。
 僕はせめてリボンカチューシャだけは外し、目立たないように大きな体を丸めていました。

クローゼットの外 ©詩水

執筆の狙い

私小説です。少女性をテーマに書きました。よろしくお願いします。

詩水

59.84.199.68

感想と意見

偏差値45

>店員さんは少しびっくりした顔をしつつ、可愛らしい袋に詰めてくれました。

店員はびっくりはしません。プレゼントだと理解します。


・十四歳⇒二十二歳 時間の経過がすごいですw
この間、ワンピースを数枚買っているに違いない。(想像)


>「ロリィタでデートしようよ」
この発言の意図が分からない。
簡単に言えば、理由付けですね。

2017-10-06 00:26

219.182.80.182

七篠

 内容はどうあれ、実に自然な文章でした。気取らない文章を書けるというのはそうそうできるものではありません
 あと、Sの描写が薄いと感じました
 主人公の思考の異質さと読み手の嫌悪感は関係してはいると思います。正直、この主人公をわたしは受け入れがたい。ただ、『悪の教典』での蓮見も極めて異質ではありますが、道徳的な嫌悪感こそあれど生理的な嫌悪感は持ちませんでした。どうすればそうなるのかを具体的に言うことはできませんが、そのような場合もあるとだけ言っておきます

2017-10-06 00:37

180.145.187.31

蠟燭

盃毒しました。
私小説の類は僕は好きなので、違和感なくすんなり読めました。

【ショコラ色のオフホワイトの水玉】
こうゆう描写好きです。僕自身女装してみたい気持ちはすごくわかるので、自分がビジュアル的に耐えうればしてたかもしれませんね。
僕はファッションも好きなんですが、女性の種類の多さは羨ましくありますね。リボンカチューシャしてたんかい!うん、完璧や。僕的にはちゃんとオチてましたよ。

女装して踊ってみた動画を撮りたいと思わせてくれたそんな秋の晴れた日に読んだ御小説でした。

ありがとうございました。

2017-10-06 11:31

27.93.161.194

カジ・りん坊

 十四歳の冬に僕が女友達のSの付き合いで立ち寄った服屋で「着てみたら?」と言われる流れに、何で?という思いしか出てきませんでした。
 もしもそういう流れにしたいのであれば、事前に十四歳のボクは、そういうことに興味があるような振りをしておいて、女友達にワンピースを着てみればと言われても自然なようにしておくべきだと思います。

 急に話の流れを無理矢理押し付けられても納得できないと思います。

2017-10-06 17:43

124.110.104.4

叶こうえ

 拝読しました。

 まずタイトルが良かったです。しゃれてると思います。
 次に、Sのエキセントリックなキャラが良いなと思いました。
 ワンピースに一目ぼれ→高くて買えない→お年玉で買う、の流れは良いのですが、それから長い月日が経っちゃうのが……
 その間、何もなかったのかな? と気になりました。
 Sから急にロリータデートしよって誘われるのも違和感ありました。Sは「僕」がワンピースを買ったこと知らないんですよね?
 ワンピースを着て外に出たあとの現実的な話も良かったです。
 他のかたも仰ってる通り、気取らない文章が読みやすくて好感を持てました。
 私は嶽本野ばらさんが好きなので、こういうファッションの話は好きです。
 女性はパンツもスカートも履いていいのに、男性はスカート駄目ってなんでかなとか思いました。でも実際、スカートを履いている男の人を街で見かけたら驚くわけで。
 最近、立て続けに女装している人を道で見かけたんですが、あんまり恥ずかしがってないんですよね。堂々としている。だからこっちも流せる感じでした。恥ずかしがって歩いていたら悪目立ちしたかもしれないです。でも、ハイヒール履いてて、その人歩きづらそうでした。
 男女の差でこれは着ちゃ駄目だという暗黙のルールがありますが、性別だけでなく、年齢もあるな、と感じます。もうこの年だから膝上のスカートは履けない、とか。もう年だから海に行ってもビキニは無理とか。日本はとくにそういうのが多い気がします。

2017-10-06 18:13

114.149.176.233

やまださちこ

せっかくこの主人公が筆者ご本人なのだから、女装趣味を持つ人にしかわからない心理をとことん掘り下げてみては?
男であるにもかかわらず可愛らしいものが欲しくなる、身につけたくなる、そんな特殊(?)な心境へと至った過程に焦点を当てて、一人の人間の変化が描ければ、立派な私小説になりそうじゃないですか。
あなたの内にしかない心の繊細なうごめきを、エネルギッシュな爆発を、もっとことばであぶりだしてください。

もちろん、私小説なんていう言葉の枠にとらわれすぎる必要もないので、書きたいように書けばいいんですけど、読者が読む意味のある文章、読者が何かを得られる文章になっているか(楽しかった、考えさせられた、泣けた等)は常に意識された方が良いかと。自分がこれ読み終えた時、「で、終わり?」感が強かったので。

一読者の一意見ですので参考までに。

2017-10-06 21:55

111.64.107.171

川井らすく

詩水様


少女性がテーマというのはよく分かりませんでしたが、ただシンプルに読んで楽しかったです。
尺が短いので深いところまで分け入った感はありませんでしたが、「僕は、鏡の中の僕に、興奮していました。」の辺りにはそういういかにも私小説らしい気配も感じられてよかったです。
世間との摩擦みたいなひやっとする感じとユーモラスさが同居していて、またそれがほどよく軽いタッチで描かれていて、もっと読んでいたいと思わされました。
ありがとうございました。

2017-10-09 13:20

35.154.200.203

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