作家でごはん!鍛練場

『吸淫獣』

大丘 忍著

最近、怪奇物がにぎわっているようですので、私も一つ。20数年前に初めて書いた小説です。

 接待という気骨が折れる束縛から解放されたのは、マンションに帰って寝てしまうにはまだ早すぎる時刻であった。
 私はネオン街を彷徨いながらあるスナックに入った。数人の客がいて、中年の男が下手なカラオケを歌っている。
「いらしゃーい」
 化粧の厚い女が職業的な笑顔で迎える。
「ビールを貰おうか」
 無愛想にそう言って、カウンターの中央にすわった。
 目の前のグラスを手にすると宴会の場面が思いだされる。日頃、口汚く私に怒鳴る癖に、接待の席では相手にペコペコする上司の顔が浮かんできて、くそっと喚きたい気持ちをかろうじて抑えた。この不機嫌さが面に現われたのであろう。
「おひとつ歌って下さいな」
 媚びるような笑みを浮かべて、女が歌のリストを目の前に突き出した。私はそんな気分ではないことを示すように首を振ってビールを飲み干す。
 別の男がだみ声で歌い始めた時、いらいらは我慢の限界に達した。店を変えようと思って、ふと入り口を見ると一人の女が目に入った。その女は、私が店に入るときは気がつかなかったのだが、入り口に近いカウンターにすわり、奥を観察するように、ちらりちらりと陰鬱そうな眼差しを流している。その視線を受けて背筋に鳥肌が生じるのを感じた。何かの力で吸いよせられるように、私はグラスを手に持ってその女の隣に席を移した。
「一人かい?」
 女は返事のかわりに私のグラスにビールを注いだ。
「どうだ、付き合わないか」
 しばらく女を抱いていない。女を抱けばこの不快な気分が晴れるかもしれないと思った。
「いいわよ」
 意外にも女はグラスを飲み干して立ち上がった。女は私と同じくらいの長身であった。背の低い女は性欲が強いと聞いていたが、この長身の女が簡単に承知したのは意外だった。付き合うとは体を交えることを知らない筈は無かろう。そう考えて私も立ち上がる。私は夢遊病者のように女に従った。
 ラブホテルの部屋に入るとすぐに女の胸に手を這わそうとした。女はその手をふりのけて、自分で洋服を脱ぎ始めた。いささか戸惑って、手持ち無沙汰を紛らすように、ゆっくりとネクタイを外しながら女を観察する。
 やはり貧弱な胸だった。筋ばった身体。
 こりゃあ、はずれだな。
 裸になった女を見て舌打ちをした。女は無表情でベッドに横たわる。半ば興趣を殺がれながら私もそれに追従した。ここまで来たからには女を抱くしかない。
 私は女の性器に愛撫の手を伸ばそうとした。女はその手を払いのけて股を開いた。
 前戯はいらないのか。興ざめだ。しかし、こちらは挿入すれば良いだけで、相手が達しようと達しまいと知ったことではない。
 おお、これは……。
 ペニスを押し込んで私はうめき声をあげた。女の肉襞は私を包み込むと、生き物の様に蠢動しはじめたのだ。女の躰は置物の様に動かないが、輪状の緊縛が私の根部から先へとゆっくり移動し、まだ先に達しないうちに次の緊縛が起こる。私の性器を襞の奥へと吸い込むように緊縛は続く。この蠕動運動の合間に、粘膜は独自の漣のような動きを繰り返す。ピストン運動は必要がない。蠕動運動と細動運動との調和は、精密機械のように確実に絶頂感に導いていく。女のそこは、まるで別の生き物のようだった。
 抽送することを忘れて、しばしこの生き物のなすがままに身を任せた。かつて経験したことのない、苦痛にも似た快感で果てたあともこの蠕動運動は続く。私は萎える暇もなくこの生き物に翻弄され続けたのである。何回射精しただろうか。女の性器は私のペニスが萎えることを許さず蠕動を続け、私は失神したらしい。
 深い眠りから醒めたとき、女はもういなかった。気がついたのは自分のマンションのベッドの上である。どのくらい経ったのか、どのようにして帰ってきたのかは全く覚えていない。
 頭が痛む。
 身の置き場の無いほどの激しい倦怠感だ。股間にはぽっかり穴があいたような虚脱感があり、股間に手をやって驚愕の声をあげた。
「無い!」
 股間には何も触れないのである。跳ね起きてバスルームに走り、下着を下ろして鏡に映してみた。あの見慣れた股間の突起物は見えない。縦に走る割れ目が目に入った。
 これはどうしたことだ。
 戦慄が走った。
 恐る恐る股間に手をやるとやはり触りなれたペニスは触れなかった。目の錯覚ではない。
 女になった? それは正に女の性器である。
 裸になり、もう一度全身を鏡に映してみた。股間の陰毛の下には確かに割れ目が見える。胸も少しばかり膨らんでおり、腰周りもやや丸みを帯びている。
 鏡に近寄って顔を見た。濃い顎髭が薄くなっており、頬の辺りがふっくらとしている。まさしく女の顔だ。鏡の女は陰鬱な目でじっとこちらを見つめている。
 なぜ女に?
 昨夜の女との交渉を思い出した。あの生き物のことも。
 あの生き物に性器を吸い取られてしまったのか?
 私の頭は泥沼にはまったタイヤのようにめまぐるしく空転した。
 まさか、そんなばかな!
 有り得ないことだ。これは夢だと思った。そうだ、昨夜からのことは夢に違いない。まだその夢は覚めていないのだろう。
 何気なく指を割れ目に這わせてみた。指が触れたのはまさしく触り慣れた女のそれであった。
 夢ではなかったのか?
 指を襞に触れると、すっぽりと呑込まれ、襞が強い力で締め付けた。股間にひくひくした緊縮感が走る。それはちょうど、赤ん坊が母親の乳首を唇にあてると反射的に吸い着くように、私の意志に関係なく、入ってきたものを呑込み、締め付けるようであった。
 これも生きている!
 慌てて引き抜いて見ると、指は紫色に変色していた。
 夢ではなかったのだ。
 足が震え、何度か激しく嘔吐した。

 ここまで話して、隣の男は一息にグラスをあけ、タバコに火をつけて旨そうに一服吸った。
「それからどうしたと思います?」
 俺の顔をのぞき込み、不気味な視線が揺らいだ。
「さあ」
「私はそれから毎晩男を漁りましたよ。こんなスナックでね」
 天井に向かって吹き上げたタバコの煙が輪を作った。
「男から吸い取るしかないと思いましたのでね。ちょうど十人目でした。私がやっと性器を取り戻したのは」
 男はグラスの残りを飲み干し、タバコをもみ消すと立ち上がってスナックを出て行った。
 俺は呆然として男を見送った。
 そのスナックの入り口に近いところでは、陰鬱そうな女が一人でビールを飲んでいた。探るような視線をこちらに投げかけている。背筋に鳥肌が生じるのを感じ、惹かれるようにグラスを手にして女の隣に席を移した。
「一人かい?」
 返事のかわりに、紫色に変色した人差指の手で女は俺のグラスにビールを注いだ。
 俺は思わず言った。
「どうだ付き合わないか」

                  了

吸淫獣 ©大丘 忍

執筆の狙い

最近、怪奇物がにぎわっているようですので、私も一つ。20数年前に初めて書いた小説です。

大丘 忍

221.242.58.46

感想と意見

アフリカ

拝読しました

今回、面白いと思いました。

序盤、いつもの古風な卑猥さだろうな……と考えて読み進んだのですが飲み屋の希薄な描写から転じる肉感溢れる内部の詳細な書き込みに、なぜだか自然に『アハハ面白い』と呟いてから周囲の視線を避けるように駆け出してしまいました。
再度出しますが素直に面白いと感じました。

ただ、怪談なのは分かるのですが女性器に吸い取られて? 噛み切られて? 消滅したのは良いんです! ですが、何故にそこに穴が穿ったのかはよく分からないのでした。

ラスト。
そんな風に落とすよねって通りに落ちたのですが、それがまた水戸黄門や遠山の金さんのごとくピッタリと填まって僕はとても気持ち良かったです。

ありがとうございました

2017-09-06 12:13

49.104.21.60

夜の雨

『吸淫獣』拝読しました。


大丘さんが、怪奇ものを書くとは、時代も変わったものですね。


感想ですが、流れが荒いです。
もっと丁重に描いたほうがよいと思います。

たとえば最初の主人公が女と接するところですが、あまりにも簡単に落ち過ぎますというか、駆け引きみたいなもの(または、雰囲気の描写)を描いたほうが話に説得力が出ると思います。

また、その女とベットを共にするところですが、女の描写で女性の豊かなる肢体を「伏線の意味で男っぽくイメージ出来るように描いたので」、この時点で「怪奇もの(吸淫獣)」という触れ込みだったので、相手は男性の可能性が大きいと感じました。
男性が何らかの事情で女性の性器を持ち合わせているといった感じです。
読み進めると、その通りの展開になり、ラスト近くで最初の主人公が女の身体になり、そのあと何人かの男と接触して元の男に戻った。
その男がラストに出てきた主人公に話をする。
そして話が引き継がれる。

A>第二の主人公は女に声をかけに行くが、その女の指は紫になっていた。

不思議なのはこのAです。
第二の主人公は最初の主人公の男の話を聴いています。
第一の主人公は、「性器に指を入れてみると吸い付かれて紫に変色していた」ということを第二の主人公に伝えているのに、どうして怪しげな女のところに交渉に行くのかと感じました。

第一の主人公は男から女になったので、そのままだと具合が悪いので男と交わり、元の身体になったのでしょう。
第二の主人公は男から女の身体になりたいのだったら意味は分かりますが、そうでないのなら、怪しげな女のところに行くのは、疑問ですね。


全体に構成が荒いです。

2017-09-06 18:35

58.94.229.120

北条かおる

拝読しました。
怪奇物、というより一種のコメディとして読みました。突っ込みどころは少なからずありますが、ただ読んで楽しめばいいのかなと思いました。人を楽しませようとして書かれた小説はそういう読み方でいい、と。
展開は予定調和ですが、それが却って好ましい読後感になりました。面白かったです。

「女の肉襞は私を包み込むと、生き物の様に蠢動しはじめたのだ。女の躰は置物の様に動かないが、輪状の緊縛が私の根部から先へとゆっくり移動し、まだ先に達しないうちに次の緊縛が起こる。私の性器を襞の奥へと吸い込むように緊縛は続く。この蠕動運動の合間に、粘膜は独自の漣のような動きを繰り返す。ピストン運動は必要がない。蠕動運動と細動運動との調和は、精密機械のように確実に絶頂感に導いていく。女のそこは、まるで別の生き物のようだった」

ここを読んでいて何年ぶりかで〇〇がムズムズしてきたことを告白します。ありがとうございました。

2017-09-06 21:11

14.10.131.1

大丘 忍

アフリカ様

単純な娯楽的怪奇小説ですから、読んで面白かったかどうかでで十分だと思っております。
アフリカ様には、面白いと感じていただいたようでよかったと思っております。
噛み切られたあとになぜ穴があいたかは、まあ、小説ですからありえないことも書けます
ので、怪奇現象でそうなったとでも思ってください。

2017-09-07 08:57

221.242.58.46

大丘 忍

夜の雨様

小説は、読者がどのように読もうと自由ですから、読者によっては受け取り方が違うと思います。

まず、女とホテルに行くまでの描写ですが、これは本筋と関係有りませんので簡単にしました。

>男性が何らかの事情で女性の性器を持ち合わせているといった感じです。

これは男ではなく、完全に女ですね。でも、最初は男であったのが女に変身した(という怪奇現
象)ことは次の流れで描かれております。

>第一の主人公は、「性器に指を入れてみると吸い付かれて紫に変色していた」ということを第
>二の主人公に伝えているのに、どうして怪しげな女のところに交渉に行くのかと感じました。

 第二の男は、この話を聴いているのですが、指先が変色した理由まで理解し、覚えているかど
うかはわかりません。もっとも、読者に対する伏線として書いたので、読者には覚えておいても
らわなくては困りますが。
 いずれにしても、第二の男が惹き込まれるように女を誘ったのには、催眠的作用のようなもの
であったと読者が感じていただければ効果的だと思ったのですが、通じなかったようですね。

 掌編小説ですから、細かい構成は小説として冗長になると思いました。これはあくまでも作者
としての考えですが。

2017-09-07 09:15

221.242.58.46

大丘 忍

北条かおる様

この女の肉壁の描写、男のモノをむずむずさせたとは効果的であったわけですね。
実際にこんな女に遭遇してみたいものです。
何はともあれ、娯楽的怪奇小説として読んでいただければありがたいことです。

2017-09-07 09:20

221.242.58.46

大丘 忍

申遅れましたが、感想を頂いた皆様、有難うございました。

2017-09-07 09:58

221.242.58.46

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