作家でごはん!鍛練場

『2nd吹きの憂鬱』

ちぃひろ著

長くなればなるほど、書くのもしんどいな……というのが、個人的な感想です。

それは、さておき……。


私の書いた作品が、そのつもりはなくとも、「才能」ということに焦点を当てていると言われることが多かったので、自分の多少知識のある土壌で、思いっきり才能に焦点を当てて書いてみました。

しかし、知識があると言っても、トランペットを吹いたことはないですし、小説登場曲の楽譜も見ていません。普門館に行ったこともありません。

ですので、ある程度イメージで書いている部分があります。


吹奏楽は、メジャーなようで、やはりマイナーだと思うので、何をどう書けばリアリティが出てくるのか、迷いながら書きました。


ご感想、アドバイス等いただけますと、幸いです。

一、

それは小さなミスだった。
僕は流石の朝比奈先輩も今日ばかりは緊張しているなと思いながら、次の吹き出しに向けて楽器を構えた。
ミスと言ってもたった一音を外しただけだ。そのソロの中で一番高い音が、掠れて音にならないままトランペットのベルから放り出された。けれども、朝比奈先輩は落ち着き払った様子で舌を突き直し、次の音から危なげなく、朗々と吹き切った。相も変わらず、聞く者の指先に痺れを残すような、心打つ音色だった。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」冒頭部のトランペットソロ。哀愁あるメロディーをゆったりと歌いあげる。数ある吹奏楽コンクールの定番曲の中でも、これほど精神的な負担を要するソロはないだろう。
このソロは一人席を抜け、舞台脇で吹くことが慣例になっている。周りに仲間のいない場所で、そして伴奏が殆どいないという場面で、否が応でも自身の音と向き合わなければならないこのソロは、奏者に凄まじいプレッシャーを与えるはずだ。今の僕には、正直遠い世界の話だ。
そんな高度なソロを朝比奈先輩はいつも美しく歌いあげてた。
今日だって、このコンクール会場のリハーサル室での最終調整という場面で、これだけの演奏ができるのはとんでもないことだ。勿論、たとえさっきのミスを含めたとしてもだ。
朝比奈先輩は昨年までは然程目立たぬ存在だった。当然彼女が上手いことには誰もが気づいていたが、「それなりに上手い」という評価に留まっていた。1stを吹くこと自体が珍しく、ここぞという大曲では常に2ndを吹いており、彼女はいつも補佐する役だった。
そんな先輩がこのコンクールでトランペット1stパートの軸となるーすなわちバンド全体の軸となるートップに選ばれたのは、たった三ヶ月前のことだ。同期の後押しもあり、2nd吹きだった彼女は突如としてトップの席に座るようになった。
彼女の本当の才能が開花したのはそれからだ。特に、このコンクール自由曲の冒頭部にあるソロに関して言えば、文句の付けようがない。練習の際、柔らかく、そして切ない旋律に心惹かれ、自分の演奏を忘れてしまったのは一度や二度ではなかった。
だから、立派にソロを終えてトップの席に戻ってきた先輩が、曲が進むにつれ、段々と息漏れが激しくなり、そして終いには音が出なくなっていることに気がついた時に、僕はどうしていいかわからなくなった。全身で感じるほど心臓が激しく脈打ち、僕は縋るように横目で先輩を見た。
先輩の顔は真っ青だった。手が震えていた。不自然に揺れる目が不気味だった。僕はその背中に大丈夫だと声をかけてやりたいと思ったが、演奏中にそれはできないことだった。
不意に先輩の顔が強張った。音を無理やり出すために、力んだのだ。その途端、盛大に外れた音が、先輩のベルから飛び出ていった。
バンド全体が不穏な空気に包まれた。
指揮者のツノムーの眉が上がり、指揮棒が止まり、演奏が止んだ。
「朝比奈。チューニングB♭六拍」ツノムーはさっと腕を振り上げ、拍子を刻んだ。
朝比奈先輩は、音を伸ばすただそれだけのことができなかった。何度か挑戦したが、大抵は音を外したし、当たった時も音が定まらず、真っ直ぐに六拍伸びなかった。
ツノムーはしばらく顎を撫で考えていた。僕は腹の底に氷水をぶちまけられたような気分で事の成り行きを見守った。
「ラッパの座席を変える。高市、トップに座れ」
「はい」僕の名が呼ばれた。声が震えないようにと、思い切って返事すると変に大きな声が出た。
「その横に立花、朝比奈はその横だ」
立花、朝比奈先輩もはっきりとした声で返事した。
「朝比奈。無理して音を出そうとする必要はない。きついところはオクターブ下げろ。朝比奈が下げたところは、その分トップで音量を調節しろ」
はい、という朝比奈先輩と僕の短い返事が重なった。
「それから……ソロは、豊田。お前が吹け」2ndの豊田先輩が、息を飲む音が聞こえた。けれども、豊田先輩は怯むことなくはっきりと「はい」と言った。
「よし、本番前に一度だけ冒頭やるぞ」
「はい」バンドのみんながそれぞれの不安を押し殺し、力強く返事した。


二、

また寒さをぶり返した五月初めのある日のことである。
「朝比奈をトップにだと?」ツノムーが、気難しそうに机を指で叩いた。
「そうです。朝比奈の実力は、側で吹いてる俺が保証します」豊田先輩が声を張り上げた。
先日、八月初旬に行われるコンクールにむけた部内セレクションが行われた。今年はトランペットから八人がコンクールメンバーに選ばれた。トランペットが八人と言っても、この八人全員が全く同じ楽譜を吹くわけでない。今年の楽譜は、1st、2nd、3rdの三パートに分かれており、八人のそれぞれのポジションを決めるために、トランペットパートのパートリーダーである豊田先輩と次期パートリーダーの僕は音楽準備室へ呼ばれていた。
「朝比奈を1st、トップにか?もし、同期の好でいっているんだったら……」
「同期の好なら、太田にだって1st吹かせたいです。だから、そんな甘い考えで言っているわけじゃないんです」豊田先輩は顧問兼指揮者の角田先生の言葉を遮り言った。
先生は相変わらず険しい顔をしている。もともと、仏頂面のツノムーではあるが、今日はいつも以上にに愛嬌のない顔をしていた。けれども、普段は素直に顧問の指示に従う豊田先輩が全く引く様子を見せなかった。
僕は黙って事の成り行きを見守っていた。豊田先輩の真意を知りたかったからだ。
確かに豊田先輩の押す朝比奈先輩は上手い。けれども、ここ一番の大曲で1stを吹いているイメージはなかったし、昨年コンクールでトップを務めた豊田先輩と比べたら、かなり線が弱い気がする。
けれども、あの豊田先輩がこれだけ推薦しているということは、僕には気付けない何かがあるのだろうとも思っていた。
豊田先輩は凄い。僕より頭一つ分背の高い先輩は、その体格にしても、少しくしゃくしゃの髪も、顔つきも、よく動く口元も、何もかもトランペットがよく似合う。
そして、とにかく上手い。昨年のコンクールで二年生にして、このバンドのトップを任された。本人はお金がないからと断っていたが、レッスンの先生は豊田先輩に然るべき師匠について藝大に行くことを勧めていた。昨年、このバンドが普門館に行けたのも、正直豊田先輩の力が大きい。
僕はありがたくも、昨年のコンクールで先輩の横の席で吹くことができた。その音は伸びやかで華やかで、本当に同じ高校生なのかと疑うほどだった。
それでいて先輩は、優しかった。上手いからといって、威張ることはない。勿論音楽に対しては、いつも真剣だった。けれども、下手な者を締め出そうとするそんなやり方ではなく、どんな時も今のメンバーで、最上の音楽をする方法を考えていた。
だから、そんな豊田先輩が朝比奈先輩をトップに押すのであれば、何かそれに値する充分な理由を持っているのだろうと思い、僕はそれが何なのかを知りたかった。
しかし、朝比奈先輩をトップにするという豊田先輩の申し出に、ツノムーは不満の色を顔に出した。
「俺は別に朝比奈の実力を疑っているわけじゃない。朝比奈の繊細な表現力は本物だ。フリューゲル(フリューゲルホルンの略。トランペットパートの人が持ち替えで吹くことが多い)なんかを吹かせたらお前でも勝てないだろう」
豊田先輩は頷いた。
「はい。それに朝比奈の周囲に合わせて吹く能力は僕にはないものです。今年の自由曲をカヴァレリアにするつもりなら、木管ラインの動きを意識して演奏できる人間がペットのトップに立つべきです」
「それくらいお前もできるだろう」ツノムーが言った。
「けれども、この曲の音色に合うのは、俺より朝比奈でしょう。それに俺はこの曲で朝比奈のソロが聞きたいんです。絶対、あいつの音、合うと思うんです」
「じゃあ、わかった。もし仮に朝比奈をトップにしたとする。たが、そうなると2ndの軸は誰にするんだ。軸になるようなやつはいるか? 高市、こいつは……」ツノムーは僕を指差した。
「こいつは、それなにり実力はあるだろうが、2ndがなんたるかをまだ掴んでないぞ。そりゃ、こいつは努力するだろうが、総合的に見て、朝比奈トップはマイナスだ」ツノムーは目の前で大きく手を振った。
ツノムーの言うことはやはり最もだと僕が納得したとき、横で鋭い声がした。
「だから、俺が2ndに降ります」
「え」短い叫び声を発したのは、僕だった。ツノムーの太い眉が大きく吊り上がり豊田先輩を睨んだ。
「その覚悟なんだな」
「はい」豊田先輩は何のためらいもなく言い放った。僕は二人を交互に見遣った。どちらもしばらく動かなかった。
ボーと、遠くにトロンボーンのロングトーンが響いた。続いてパーンと張り切ったトランペットの音が聞こえた。ああ、あれは立花の音だな。そんなことを考えた時に、漸くにツノムーが机を叩いた。
「よし、わかった。1stは朝比奈をトップに、あとは高市と、立花。2ndはおまえと榮、3rdは伊豫田が軸で、安西、太田だ。席順は今、名前を挙げたその順だ。これで文句ないな」ツノムーの目がギラリと光る。
先輩は満足気に笑った。「はい」
ツノムーは目の前の紙にメンバーを書き込み、一度力強く頷いた。
けれども、しばらくそれを眺めて、やっぱり不安そうにそれを指で何度も弾いた。ツノムーの表情は二転三転した。朝比奈先輩をトップにしてよいのか、豊田先輩を2ndに降ろしてよいのか、まだ迷っているようだった。
「練習に戻れ」やがてツノムーはメンバー表を睨んだまま唸った。僕らは挨拶し、部屋を後にしようとした。
しかし、ツノムーの声が僕らを引き止めた。
「豊田。やっぱり、朝比奈にトップは厳しいかもしれない」思いの外、普段の彼に似合わぬ優しい声だった。
「先生は仰ったことを覆すっていうんですか」
「いや、そうじゃない。でもな。ずっとトップを吹いてきたおまえにはわからんだろうが……、やっぱり。やっぱり、トップって凄いんだぞ。おまえが考えているよりずっとな」
「先生は朝比奈では力不足だと仰るんですか」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。たが、誰にでも出来るもんじゃない。トップに必要なのは、腕だけじゃない。背負うものが……」
「みんな朝比奈を知らなさ過ぎます。彼女なら、絶対にやってくれます。」豊田先輩はそう言い切った。そして乱暴に挨拶をし、部屋を立ち去った。
「角田先生……」僕は先生を見た。
見慣れたしかめっ面が迷っている。ツノムーは、気難しい。けれども、決して愚鈍ではない。いつも的確で、優れたこのバンドの指揮者だ。情も現実もひっくるめて全てを抱えてタクトを振るのが彼という人物だ。
果断に富んだ彼が、迷っている。
「高市」不意にツノムーが僕の名を呼んだ。鋭い声だった。
「朝比奈の横で、勉強しろ。豊田の言う通り、確かに朝比奈は良いものを持っている」
「はい」僕は強く頷いた。


三、

自由曲カヴァレリアの初合奏の日、僕は豊田先輩の正しさを知った。
冒頭部のソロ。朝比奈先輩は、それを朗々と吹きこなした。けれども、それは決して横暴ではなく、とても繊細で、切なくて、なんだか胸を締め付けられるような寂しさを孕んだ美しい調べだった。
先輩がソロを吹く間、目を閉じると、音が心に沁みた。なんだか、感傷的になって、胸を掻き毟りたくなった。
唐突にわっと音が周囲に広がった。気づけばトゥッティになっており、僕は慌てて楽器を構えた。横目で右を見ると、豊田先輩も入り損なっているのが見えた。ラッパパートの音が薄かったので、僕や豊田先輩以外にも入り損なっている人がいるに違いない。
ツノムーが指揮棒を下ろすと、ラッパを握った指先に鈍い痺れを感じた。
ああ、僕は朝比奈先輩を理解していなかった。
毎日ひたすらロングトーンや基礎練習をしていた先輩の姿が頭に浮かんだ。派手なハイトーン練習や、超絶技巧の曲練をしている姿はあまり見ない。だれよりも基礎に忠実に、真っ直ぐに練習してきた先輩が、どれほど力を持っていたか、同じパートにいながら気付けなかったことが悔やまれた。
けれども、朝比奈先輩の本当の才能は、合奏する度に徐々に明らかになっていった。
ある日の合奏で、コンサートマスターでクラリネットのトップのやつが、合奏中に突然後ろを振り返った。一瞬僕の演奏にミスがあったのかと、どっきりしたが、直ぐにそうではないことがわかった。振り返った彼の顔はどこか嬉しそうであり、同時にどこか意地悪なところも持ったなんとも言えない表情をしていた。
あとで聞くと、朝比奈先輩が、あまりにも自分の演奏に合うように寄せてくるので、面白くなって振り返ったとのことだった。
その日を境に、各パートのトップ勢がこぞって朝比奈先輩を褒めるようになっていった。彼女のアンサンブル力は凄いと。
僕も合奏が始まって二週間ほど経った頃、バンド全体の音色が絶妙に混じっていることに気がついた。
そこで、ようやく僕は豊田先輩やトップ勢のいう朝比奈先輩の本当の実力を知った。


四、

六月のある休日練習の終わりのことだ。僕は、太田先輩とこっそり買い物に出かけた。朝比奈先輩にパートからの誕生日プレゼントを買うためだ。トランペットパートは全員で十四名いるが、塾やらなんやらで、中々みんなの予定が合わず、結局二人で買いに行くことになった。豊田先輩は塾の補講が終われば合流すると言っていた。
「まず、百均行くよ!」太田先輩は僕を勢いよく引っ張って、商店街の奥にずんずん進んでいった。
店舗に入っても、先輩の勢いは止まらない。
「はい、これ着せ替え人形」
「はいこれ、足ツボマッサージャー」
「はいこれこれ、虫かご」
「そんなもの、絶対いらないでしょう」
「まじめなもんばっか渡しても面白くないでしょ」
太田先輩は、本当に楽しい人だ。よく手を叩いて、笑って、いつも賑やかだ。
けれども、楽器は吹けない。
トランペットを始めて六年目になるが、高い音が全然当たらない。吹きやすいはずの音域も息漏れが激しく、スカスカの音が出る。勿論、練習不足というわけではない。人並みに練習するし、ソルフェージュも下手じゃない。
でも、トランペットの音は出ない。
太田先輩は、恐らく三年生だからという理由でコンクールメンバーに選ばれた。ツノムーはそうだとは言わないが、本人もみんなも薄々気づいている。
でも、朝比奈先輩はコンクールメンバーの発表の時に、太田先輩がメンバーに入っていることを知り、泣いて喜んだ。自分がトップに選ばれていることは、聞き漏らして。二人は本当に仲が良い。
「あとは、一つくらい真面目なのも買った方がいいよね。そういえば、アサヒ、トランペットのネクタイピン欲しがってたから、楽器屋いってもいい?」
「別にいいですよ」楽器屋までは少し歩くが、愉快に騒ぐ先輩の意見を覆したいとは思わない。
ポケットの中が震え、中のスマホを見ると、豊田先輩からメールが入っていた。今補講が終わったから、あと半時間ちょいで着く、と。
僕は指で画面をなぞり、楽器屋に行くことを伝えた。

この辺の楽器屋といえば、ここしかないが、そこそこ大きい。六階建ての建物で管楽器のフロアはその五階にある。騒がしいCD販売のフロアを抜け、狭いエスカレーターで、上へ上へと登ると、やがて落ち着いた空間が現れる。ショウウィンドウには、今日も金銀に輝く楽器が飾られている。僕は自分の楽器を持っているけれども、店頭に並んだそれを見ると、やっぱり欲しくなる。そして、値段を見て、やっぱり溜息をつく。
「いいよ、楽器見てて。買ってくるから」太田先輩は小物売り場に駆けて行った。僕はもう一度ショウウィンドウを眺める。買うことはないだろうけども、吹いてどんな音がするのか試したくなる。
見た目は似ていても、楽器というのはそれぞれ出る音が違う。値段の高い楽器がいい音がするというのは当たり前のことだけど、曲との相性もある。好みもある。僕は、もし次買うならと勝手に仮定して、あれこれを見比べて、それを吹く自分を想像して一人楽しんだ。
暫くして、太田先輩が手を振り戻ってきた。
「ほらみて、これ。可愛いっしょ。アサヒが欲しがってあたネクタイピン」太田先輩が掌の上にケース入ったトランペットの形のネクタイピンを取り出した。店内の照明に金が眩しい。
「僕もそれの銀色持ってます」僕がそう言うと、太田先輩は「あんた、本当にラッパ馬鹿ね」と呆れた顔で言った。
店舗の奥に、細いエスカレーターがあって、僕らはそれに乗って下へ降りた。降り口手前のショウウィンドウにBachのトランペットが飾ってあって、エスカレーターに乗る直前で、僕はまた足が止まりかけた。先を行く太田先輩の姿を見て慌てて飛び乗ったが、首が楽器を追ってしまった。
太田先輩が僕を振り返って笑った。
「先輩は、自分の楽器欲しくなったりしないんですか」僕は尋ねた。
太田先輩は、ずっと学校の楽器を使っている。学校の楽器は古くて、臭い。メーカー的には、そう悪くはないけれども、やっぱり自分の楽器が欲しいと買う人は多い。他の楽器と比べると、トランペットは安価なものも多く、高校生にもなると自分の楽器を持っている人は多い。
「マイ楽器かあ。今更買ってもねって思うわけよ。吹いてもあと数ヶ月だし」太田先輩はリュックの中を探りながら答えた。
「卒業したら、ラッパ、辞めちゃうんですか」僕は尋ねる。
「まぁ、私は専門学校だし、たぶん部活ないんじゃないかな。でももし、どっかの楽団入って続けるにしても、次はホルンかユーフォかな。私って、ラッパの才能ないじゃん」先輩はふっくらとした唇を尖らせて言った。
僕は咄嗟に返すことができなかった。
「あ、トヨ、もうすぐ着くらしいよ。公園で落ち合う感じでいい?」先輩の声に僕は頷いた。店を出ると、昨夜の雨のせいか、この時期にしては少し冷めた心地よい風が吹いていた。

公園のブランコに二人並んで座って豊田先輩を待った。
太田先輩は足を地面から浮かせて、ブランコを揺らめかせた。ほんのり冷たい風が、太田先輩の髪を柔らかく靡かせた。
「先輩と朝比奈先輩って、本当に仲いいですよね」僕は言った。
「そう見える? 見えるだけかもよ」そう言いながらも、先輩は嬉しそうだった。
「プレゼント選びに迷いがなかったじゃないですか」僕は言った。
「そりゃ、だって中学の時から、ずっと一緒にラッパ吹いてんのよ。好みとか趣味くらいは知ってるよ」先輩は得意げに鼻を鳴らした。
そうだ。二人は同じ中学校出身だった。
僕にとって、朝比奈先輩は入部した時から先輩だった。しっかりしているし、楽器もそこそこ上手いし、中学生のような幼い面影を感じたことはなかった。それでもやはり、先輩にも中学時代はあったのだ。
「朝比奈先輩って中学校の時、どんな感じだったんですか」
「まんま、まんま。しっかりしているようで、結構抜けてるとことか、中身は全然変わってない」当たり前のことだけれども、太田先輩にとって、今の朝比奈先輩は昔の続きなのだ。それがちょっと面白い。
「本当に昔から仲が良かったんですね」僕はそう言った。
「だって、弱小校で人数も少なかったから。一年生の時に、先輩がいただけで、基本はペットは私とアサヒの二人しかいなくてさ」太田先輩は思い出すように青空を眺め、ブランコの鎖をぎりりと握り、足を伸ばしたり曲げたりしていよいよ大きく漕ぎ出した。
「その、アサがよ、今や名門校のトップよ。凄くない? 強豪校で勝ち抜いてきた面々差し置いて、うちのエースって。そりゃ、アサよりトヨの方がトップに向いてるって言う人がいるのも、まあ分かるけど、でも、なんやかんや言われても、それなりに立派に務めてるじゃない」先輩が声を張り上げた。
ブランコは少しずつその振り幅を大きくしていった。高く上がったスニーカーの赤が空に映えて美しい。
「昔はね、二人しかいないもんだから、常にニコイチで、アサが1st吹いて、私が2nd吹いていたの。勿論、アサヒはあの時から上手くて、私は下手だったんだけど、それはそれで楽しかった。ラッパ二本しかいないから、合奏は基本いつも隣同士でしょ。だからね、パート練習はもちろん、合奏の時も、アサの音を聞いて、徹底的にアサに合わせんの。アサの音って本当に良いから、あんな感じで吹きたいなって思いながら。それでも下手くそだから、中々上手くはいかないんだけど、タイミングとか音程とかね、時々ピッタリ合うことがあるの。そしたらね、アサヒ、楽器吹きながら、ちょっと笑うの。子どもみたいに。それが嬉しくってさ。ああ、今は端と端で遠く離れちゃって、そんなことできないけど。アサはどこまでいっちゃうんだろう」思いっきり漕いで息を切らした太田先輩はやがてゆっくりと、元の位置に戻った。
僕はふと、トップ席に座ってなお、クラリネットやトロンボーン、様々な楽器に目をやる朝比奈先輩の姿を思い出した。
「だから、朝比奈先輩は色んな人に合わせるんですね。太田先輩に合わせられる面白さを教えてもらったから」僕はそう呟いた。
朝比奈先輩の強みは、そのアンサンブル力だ。華なら、豊田先輩には全く敵わない。でも、今年の自由曲は、華やかさより、バンド全体の音色の質が問われる。そう踏んだからこそ、豊田先輩は朝比奈先輩を薦めたのだ。今なら、それがよくわかる。
中学で合わせられる面白さを知り、今までの高校生活で2ndとして合わせる面白さを知り、そして卓越したアンサンブル力を身につけトップになった。朝比奈先輩は太田先輩なしでは、生まれなかっただろう。
ふと携帯を見ると、五分ほど前に豊田先輩から、最寄りの駅に着いたとの連絡が入っていた。
「先輩。豊田先輩もう着くそ……」そこまで言って、僕は初めて太田先輩が泣いているのに気がついた。
顔を掌で覆っているが、手首を伝っている涙と、指の間から見える紅い頰が先輩が泣いていることを示していた。
「太田せん……ぱい?」
声をかけた瞬間、先輩は酷くしゃくり上げた。
僕が戸惑っていると、先輩は髪をかきあげ、顔をぐしゃぐしゃに潰したままこちらを向き、僕をぽこぽこと叩き始めた。
「もう。本当嫌。高市嫌い。なんで、そういうこと言うかな。ほっんと、嫌」
先輩は笑っていた。笑っていたけど、泣いていた。口だけあははと笑っていて、涙を流していた。僕はどうすることもできず、されるがまま叩かかれていた。

「悪いね。遅れた」
不意に豊田先輩が背後から現れた。
泣いている太田先生を見て、先輩は大きくため息をついてみせた。
「太田。高市に泣かされたのか」
「そう。フラれたの。ひどくなあい?」太田先輩はそう言い、豊田先輩のブレザーに縋り付いた。
豊田先輩は、小指の変形したトランペット吹きのその手で泣きつく太田先輩の頭をそっと撫でた。
「高市、先輩振るとか最悪やな」豊田先輩が言った。
「え……いや、そんな……」
先輩と目があった。穏やかな目が今は何も言うなと諭していた。僕は自然と頷いた。
「じゃあ、気分転換に早く飯行こうぜ」豊田先輩がそう言うと、太田先輩は紅い顔をあげ、白い前歯を見せ笑った。
僕らは三人並んで、近くのファミレスに向かった。その間太田先輩はいつも以上にお喋りだった。さっきまで泣いていたことを隠すように、よく笑った。
そして唐突に、我慢できなくなったように声を張り上げて言った。
「ああ。高市、あんたの唇が欲しいよう」
何を言っているか、僕にはわかったが、周囲を歩いていた人は一斉に振り返った。
「ちょっと、もう先輩」僕が太田先輩をぎろりと睨むと、先輩二人の笑い声が高らかに響いた。
ひとしきり笑ったあと、豊田先輩が言った。
「で、その唇でアサの隣で吹くわけだ」
太田先輩の舌打ちが聞こえた。
「あんた、結局全部聞いてたわけね」
「聞こえたんだよ」豊田先輩はそう言った。優しい声だった。
太田先輩は、全部わかっている。朝比奈先輩の隣で吹くどころか、彼女の唇はトランペットには向かないということ、コンクールに出ることができるのはただの同情に過ぎないということ、そしてそれがみんなの足手まといになることを意味しているということ。わかった上で、全部胸にしまって合奏に臨んでいた。
どんどん伸びてゆく朝比奈先輩を羨ましく思わなかったはずがない。けれども、妬まず、逃げ出さず、声に出さず今日までやってきた。
さっきの僕の一言は、どれほど残酷だったであろうか。
太田先輩ははりきった足取りで、僕らの少し先を歩いた。そして、歩きながら、僕らを振り返って、「もし、今日のこと誰かに話したら、マウスピースにワサビ詰めるからね」と言った。
豊田先輩がくすくす笑った。そして、太田先輩が前を向いた隙に、僕を指差しズボンのポケットを叩いた。
僕はポケットから携帯を取り出して、指でなぞると豊田先輩から新しくメールが入っていた。
ーありがとうー
僕が豊田先輩の方を見ると、先輩は嬉しそうに頷いた。


五、

梅雨も過ぎた頃である。コンクールの課題曲「南風のマーチ」、自由曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」は共に順調に仕上がっていた。
今日は課題曲の合奏があった。朝比奈先輩のアンサンブル力を知ってから、僕も少しはそれに近づこうと思って、とにかく先輩の吹き方に揃えるように心がけていた。トップの隣の席だ。こんなに朝比奈先輩を勉強できる席はない。
合わせて吹くということを強く意識するようになってから、今まで朧げにしか感じ取れていなかったものが、鮮明に見えるようになっていた。例えば、クラリネットやトロンボーンのトップも朝比奈先輩をよく聴いて吹いているということ、トップ同士が互いの形を揃えることで指揮者が指示を出す前にこのバンドの方向性を形作っているということなどなど。
また、どんなにトップだけが上手くても、それは意味がないことも知った。
豊田先輩はやっぱり凄い。豊田先輩は徹底的に朝比奈先輩に合わせている。それが実に上手い。音程、音形、音量、全てがトップの音と最高のバランスになるよう調整している。最も豊田先輩の言い分によると、そのテクニックを教えてくれたのは朝比奈先輩だと言う。
ずっとトップの席で吹いてきた豊田先輩は2nd吹きの朝比奈先輩に合わせられることの心地よさ、重要性を実感させられたと言っていた。
また、豊田先輩が朝比奈先輩に合わせるそれに、3rdの軸である伊豫田も負けじと食らいついていた。1st、2nd、3rdそれぞれがそれぞれの役割を確実に果たすことで、美しいハーモニーができあがる。こういったトップを軸とした纏まりあるサウンドが、このバンドの魅力なんだと今更ながら痛感した。
3rdの伊豫田は僕と同期の二年生だ。僕は伊豫田の音が結構好きだ。豊田先輩や一年生で1stに選ばれた立花のようにずば抜けたテクニックがあるわけではないが、音色がクリアで聴いていて清々しい。高音域も安定しているので、コンクールで1stを任されていたとしても、トップでなければ十分立派に務めることができただろう。
だからこそ、3rdの軸として選ばれた。
今もあの先輩衆に遅れをとることなく、3rdとしての役割を果たしている。伊豫田にこんなにもアンサンブル力があったとは、正直意外だった。思い返して見ると、伊豫田はこの前の冬に行われたアンサンブルコンテスト(3〜8人の小編成で行うコンテスト)で朝比奈先輩とペアを組んでいる。あの時は伊豫田が1stで朝比奈先輩が2ndだったから、その時にアンサンブルの仕方を学んだのかもしれない。
こういう層が厚いバンドにいることのありがたさを最近ひしひしと感じる。
そんなことをぼんやりと考えていると前方で、カクちゃんの指揮棒が大きく振り上がり、僕は慌てて楽器を構えた。
爽やかな木管の旋律が奏でられ、僕らはその旋律と旋律の合間にタラランと短く華を添える。一瞬の出番だが、トランペットは案外メロディ以外の仕事も多い。
カクちゃんが指揮棒を左右に振って、演奏がやんだ。そして、カクちゃんの声が飛ぶ。
「そこ、トランペット!もっとキラキラさせろ。今のじゃ、ぬるい。息の初速を気持ち速めろ」
僕は朝比奈先輩なら、これにどう応えるだろうと考えて、その通りに吹いた。
一回目。先輩と少しずれた。なるほど。そう吹くのか。了解。
それならと、イメージを修正しての二回目。結果、上手くはまった。そして、僕と同様に豊田先輩や、伊豫田も上手く合わせてきたことに気づいた。
いいバランスだ。うん、楽しい。
カクちゃんも心地好さそうに、指揮を続けていた。

「なあ、イヨ。自分、腕あげたなあ」合奏が終わり、僕は雛壇上で楽器の片付けをしていた伊豫田の背を叩いた。
「なあにが、腕あげたよ。こちとら、あんたら化け物についていくのに必死よ」伊豫田はトランペットの管に溜まった水滴を、雑巾に捨てながら言った。
「化け物って僕も入ってんの?」
「入ってるに決まってんでしょ。いつも涼しい面で吹いてる人に褒められたって、腹立つだけだよ」伊豫田は片付けの手を止めてきりりとこちらを睨んだ。
伊豫田の後ろで楽器ケースを担いだ本物の化け物豊田先輩がにやけた顔でこちらに近づいてくる。
「まぁ、でも本当に伊豫田は上手くなってるよ」先輩は伊豫田の肩を叩いた。
「あざーす」伊豫田は照れを隠すように大きく敬礼して見せた。どうやら、僕に言われるのと違って、先輩に褒められるのは嬉しいらしい。
伊豫田は一通りの手入れを終わらせ黒いケースをパチンと閉じると、そっと僕を小突いた。
「今日この後いける?」
「今日はいけるよ」
「じゃあ、軽く食べに行こ」
「了解」

伊豫田と僕が向かったのは近所のファーストフード店だった。僕たちはMサイズのポテトフライとバーガー、ジュースを二つずつ買って席に着いた。
席に着くなり伊豫田は言った。
「で、どうなのよ。1st勢の感じは」
「音の通りだよ」
伊豫田に誘われた時から、話題は大体分かっていた。今年のコンクールについて、伊豫田が何らかの意見を持っているのは、前々から感じていたことだ。こういう時の伊豫田のアドバイスは、ためになることが多い。そして結構面白い。
次年度のパートリーダーは僕だが、結局伊豫田の掌の上で踊ることになる気がしてならない。前にぐいぐい進み出る性格ではないが、暗躍して、彼女の考える方向にみんなを導いてゆく、そういうことができる人間なんだと思う。
さすが、未来の副部長。
伊豫田はポテトフライを勢いよく紙の上にばら撒いた。そして嬉しそうに舌舐めずりをした。真っ紅な唇がてらてら光った。合奏で痛めつけたその唇に塩気は少々辛そうだった。きっと僕も同じようなものだろう。
伊豫田はそんなことには頓着せず、ポテトフライを何本も掴み、勢いよく頬張った。
僕もポテトに手を伸ばし、大きめに口を開けて中に放り込んだ。時々ポテトが唇に当たって、その度にやはり、ぴりりと沁みた。
「音の通りね。確かに。……ね、あんたは朝比奈先輩のことはどう思う」伊豫田が僕に問うた。
「上手いよ。学ぶところが多い」僕は答えた。
伊豫田は、暫く何も答えずに摘み上げたポテトのその先端を面白くなさそうに眺めていた。そして「上手い。そうだね。上手いのは間違えないけど」と呟いて、黙りこくってしまった。
僕は伊豫田の言葉を待った。伊豫田は何か言いにくそうに、俯いて考えあぐねていた。けれども、そのうち伝える覚悟をしたと見えて、ちょっと顔を上げて、僕を見つめて言った。
「やっぱりさ、私は、タカチは朝比奈先輩を無視して吹いていいと思う」
「へ?」僕は飲み込んだレタスを思わず喉に詰まらせそうになり、ジュースでしゃり無理奥に押し込んだ。
僕の焦り苦しむ様子を、伊豫田は腹を抱えて笑って見守った。やがて互いに落ち着いた頃に言った。
「えっと、だからね。あんた最近、吹き方を、かなり先輩に寄せてるでしょ。あそこまで寄せなくていいよ。もっとあんたの地で吹きなよ」
「え。寧ろもっと合わせないとダメだろ」
徹底したアンサンブル。それがうちのバンドの魅力だ。それなのに、トップを無視しろだなんて、意味がわからない。
伊豫田は首を振った。
「あんたは普通に吹いてもそれなりのアンサンブルができるよ。たぶん。ねぇ、どうして今年が朝比奈先輩が1stになったか考えたことある?」
「それは、勿論、朝比奈先輩のアンサンブル力が買われたから……」
伊豫田はまた首を振った。
「勿論それが第一だけど。豊田先輩は、あんたを将来2nd吹きに育てるつもりだよ」
「へ? どういうこと? 豊田先輩がなんか言ってたの?」
「こら。そんな間抜けな顔するな。先輩は何も言ってない。でも、豊田先輩は恐らく来年のことまで考えて、朝比奈先輩を1stに押している。勿論、ツノムーも」
「どういうこと」
「来年のコンクールはあんたじゃなくて、立花がトップになりそうだってこと」
「立花? まあ、実際腕はあるからなあ」
「でも、立花の音は粗い」
「確かにうちのバンドっぽい音ではないよな。まだ。みんなと合わせるってキャラじゃないし」
伊豫田は頷いた。
「だから、逆にトップじゃないと立花は使いにくい」伊豫田は落ち着いた声で言った。
僕にも漸く理解できた。
「だから、朝比奈先輩の横に僕をつけ、僕のアンサンブル力を強化して2nd吹きに育てようとしている、って言いたいわけだ」僕は言った。
「そう。豊田先輩は自分たちの代さえ強ければいいとは思っていない。いくら朝比奈先輩が上手いと言っても、やっぱりよりトップ向きなのは豊田先輩の方だよ。もし、本当に今年の勝ちだけを考えているなら、このセクション配置はありえない」
その通りだろう。ツノムーは豊田先輩のそういう意図もわかって、案を受け入れた。
「そうか。それに、もし今年全国にいって、来年も行けて、そしたら……」
伊豫田が深く頷いた。
「そう。三出。三年連続で普門館にいったら、その次の年はコンクールに出られない。順調にいけば立花が三年生の時はコンクールに出られない。だからこそ、来年のコンクールは下級生の育成が重要課題になる」
「立花の下の代が、一年空いてもその後のコンクールで結果を残せるよう、立花の代にそれだけの力をつけさせたいってことか」
何を言っても、コンクールに出ないと部の力は弱まる。だからこそコンクールに出られない一年が勝負になる。どれだけその力を維持できるかが、その部の真の実力といってもいい。
ツノムーや豊田先輩は立花に普門館を経験させたいのだ。その場所を、トップの席から見える景色を後輩たちに伝える者として。
「立花トップか。立花はまだまだ中坊だけど、来年には間に合うかもしれないね」一年生ながらに、堂々とトランペットを吹きこなす彼の姿を思い浮かべながら僕は言った。
不意に伊豫田は動きを止めた。そして静かに僕を睨み、凄んだ。
「それでも、私はあんたがトップがいい」ドキッとしてしまうような、鋭い眼差しだった。
「だってさ、どうせさ、合わせるならさ、タカチの音に合わせたいもん。私、あんたの音、結構好きだし」
思わずジュースを噴き出しそうになって、慌てて紙ナプキンで口元をおさえる。
「何照れてんの。少なくとも、独りよがりの演奏しかできない立花よりかは、一緒に吹いてて楽しいよ」
顔が赤らむのを感じた。立花よりかはという前置きは付いているものの、一緒に吹いて楽しいと言われたことが、素直に嬉しかった。
それにね、と伊豫田が続ける。
「私は、やっぱり来年は私らの代に活躍して欲しい。そういうの良くないとは思うけど、それでも自分の代が可愛いよ。一緒にここまで過ごしてきたメンバーだもん」
ああ、そういうことか、と僕は思った。
「つまりは、今ここにいない三人も、ってことだね」僕が言った。
伊豫田が苦々しく笑った。
「勿論。甘い考えは持てないけど。今年の三年は三人だったから、三年全員がコンクールに乗れたんだと思う。でも、私たちの代は五人。そのうち今年のコンクールに乗っているのは私たち二人。それに対して一年生は三人」
「コンクールに全員では乗れないかもしれないってことか」
「同情で乗せるのに五人は多すぎるってこと。あるいは同情で乗せたなら、普門館にいけなくなるかもしれないってこと」
「厳しいところだね」僕も頷いた。
「ツノムーは今まで、三年生は殆どコンクールに乗せてきたよ」
「ほとんど、でしょ。全員じゃない。それに、乗れたとしても、普門館に行けなきゃ意味がない」伊豫田は言い切った。
「普門館、ね」
「私も、一度だけ普門館で吹いたことがあるからさ。違うじゃん。普通のステージとは。感動っていうのかな。ああ、凄いってなったわけ。だから、なんとかみんなで味わいたい。私たちの代、五人で。勿論、後輩も先輩も大好きだけど、それでも同期の五人は特別なんだよ。普門館でみんなに自慢したい最高の同期なもんでさ」
伊豫田はそこまで言ってのけると、ジュースのストローをキュッと咥え、大きく啜った。
僕もジュースを飲もうとして、もう中身がないことに気づいた。ジュースのカップを振ると、シャカシャカと氷の音がした。僕は蓋をとり、若干溶けた冷たい氷を口の中に流し込み、ついでに上唇を冷やした。
伊豫田の言いたいことはよく分かった。同じパートの同期をそんな風に思ってくれているのかと嬉しかった。ここにいない三人の顔を思い浮かべる。三人とも決し下手ではない。けれども、さして上手いわけでもない。パッとしない。高校から吹奏楽を始めたメンバーもいる。名のある中学でばりばり吹いてきた一年生に、セレクションでは負けてしまった。
でも、確かにいいメンバーなのだ。みんな優しくて、あったかくて、何より楽器に誠実な、大切な同士だ。
伊豫田が言うように、五人で普門館にいけたら、どんなに幸せだろう。
そして、伊豫田は僕にトップを吹いて欲しいと言った。己の代が築いてきたものを、皆に見せつけるのだと。
確かに、自分たちの代の色を引き出すのであれば、立花より僕が適任に違いない。
けれども。
「だからって、2nd吹きにならないように、今からもっと我を張って吹けって? 僕はそんなことはしたくない。今がベストの演奏をしないと。気を抜くと今年だっていけないかもしれない。それが普門館だ。今、来年のことまで考えている余裕はないよ」
伊豫田はやはり不服を顔に表した。そして、言った。
「じゃあ、タカチ。あんた自身は、普門館で、トップで吹いてみたいって思わないわけ」
当たり前のことなのに、急に聞かれて驚いた。今まで考えてこなかったことだった。
「あんたはトップの席に座りたいって思わないの」伊豫田は繰り返した。
僕はそっと眼を瞑った。
1stの軸であるトップに選ばれるのは名誉なことだ。重圧も責任も大きければ、やりがいも大きいに違いない。僕はそれを任されたいとは思わないのだろか。
自身に問うてみて気がついた。
ーおまえにはこれをお願いしたいー
僕はそう言われるのが好きなのだ。他人に求めらることが嬉しい。何を求めらるかは重要ではない。
もし、与えられたのが2ndであるなら、僕は喜んで2nd吹きになるだろう。
僕は顔をぬっくり上げて首を振った。
「2ndでいいよ。それがこの部のためになるのならば」
そう言ってから付け足した。
「それに来年の話はまだ早いよ。 伊豫田は普門館、普門館っていうけれど、来年までに何があるかわからない。台風や地震で潰れたり、意外と経営難とかでコンクールが中止になっているかもしれない」
「そんなありえない可能性の話……」伊豫田の声を僕は右手を上げ制止した。
「ありえない話だよ。けれども、今年のコンクールは今年だけだ。先輩達にとっては、最後の普門館のチャンスだし、僕らにとっても、このメンバーで、この曲たちを普門館で吹ける最初で最後のチャンスだ。今は今のベストを尽くそう。今の僕たちでできる最高の演奏をしよう」
伊豫田は薄い唇の端を微かに引き揚げて、可笑しそうに笑った。


六、

七月に入り、暑さと共に部室の熱気も自然と高まっていった。今年もこの季節が来たのかと、胸がざわめきだす。このどこか落ち着かない感覚も、人生四回目となるともう慣れた。
音楽室正面の壁には、県大会までの残り日数を示した部員お手製の日めくりカレンダーがかけられ、目の前の譜面は音符が読み取れないほど書き込みでいっぱいになった。
今年は比較的順調な仕上がりだった。金管楽器を中心ににアンサンブルに長けたメンバーが揃っていたので、木管楽器を軸とした美しいサウンドを作り出すことができていた。
ー情熱に冷静を越えさせるなーこれがツノムーの常日頃からの教えであり、まさにそれを体現するバンドになっていた。
オーバーブローのサウンドは、この学校のサウンドではない。徹底したアンサンブル、どこまでも纏まった美しいサウンドこそが、うちの魅力なのだ。
けれども、全体が纏まればば、纏まるほど、隠れた朝比奈先輩の問題点が目立ってきた。
指揮台の上でツノムーが顔の前で大きく腕を振る。演奏が止まった。
「トランペット、弱い。ここはおまえらが主役だ。吹け。もっと吹け」
最近、合奏の度に怒鳴られている。
いくら木管を軸としたバンドだといっても、絶対に強烈なトランペットの音が欲しい瞬間がある。朝比奈先輩はそんな時に、人より進んで一歩前に出ることができない。他人に合わせて吹くのは上手いが、自身を軸とさせるのは得意ではない。
そんな場面は正直僕らはやりにくい。トップを基準にしてそれに合わせて吹いているので、先輩より前に出ることはしないが、音楽として生温い演奏なっていることは明白だ。だから僕は多少煽っている。豊田先輩も、伊豫田も煽っている。
それでも、朝比奈先輩はトップとして、進み出ることができない。
ツノムーの指揮で演奏が再開する。もっと吹けと指揮棒を持たぬ左腕で指示を飛ばし、顔を赤くして必死でトランペットを煽っている。
でも、まだ足りない。物足りない。指揮者の熱にこちらが追いついていない。
僕も吹きたい。もっと吹きたい。
先輩、吹けよ。
そう心の中で毒づいた時、右席から激しい音がした。反射的に顔が強張る。
ツノムーがまた演奏を止めた。
「立花」まだ一年生の彼の名を呼ぶ声は、明らかに苛立っていた。
「何度言ったらわかるんだ。音を割るな。破裂音は音じゃない」
立花はすぐに声で「すみません」と答えたが、その声には明らかに不服の色が混じっていた。
立花が現状を不満に思うのもわかる。
立花は決して下手なラッパ吹きではない。中学のコンクールでは、高校生でも中々手を出せない恐ろしい難曲でトップを務め、ソロも堂々と吹き切り、部を全国金賞まで導いた。その腕前はうちの学校でも、入学前から噂になっていた。
自負もあったことだろう。けれども、立花の学んできたものは、うちの学校では役に立たなかった。寧ろ相性が悪かった。立花の中学とこの部とは目指す音楽が違った。超絶技巧でも、他を圧倒する音量でもなく、どこまでも洗練された美しいサウンドで魅せるのが、僕たちだ。
立花が中学で讃えられた迫力あるサウンドは、ここでは雑音でしかなかった。
ツノムーは立花を睨んでいる。ちらりと横を見ると、立花も今にも噛みつきそうな目で前を見ている。
ツノムーは言った。
「立花。お前は六割でいい。六割の力と音量で吹け。今後、俺がいいと言うまで、それ以上で吹くな」
立花がぎりり歯を噛む音が小さく聞こえた。

「タカチ。立花連れて飯行くか」帰り際にそう声をかけてきたのは、豊田先輩だった。
僕も苦笑して答える。「そうですね」
先輩が選んだのは、学生に人気の中華料理屋で、僕たちはみな五百円の日替わり定食を注文しようと決めて店に入った。今日は唐揚げ定食だった。夕方の今、店内は空いていて、僕らと奥に大学生らしき人が一人いるだけだった。
席に着くなり、立花は愚痴をこぼし始めた。
「角田が吹けって言うから、吹いたのに、むちゃくちゃですよ。全く」薄い唇を大きく尖らせて立花が言う。立花は、ぐいと水を呷り、コップを無造作に机に置いた。水がちょっと跳ねて溢れた。
「まあなあ」豊田先輩と顔を見合わせる。
立花はトップに合わせて吹く吹き方に慣れていない。朝比奈先輩を平気で遥かに超えて前に出てしまう。吹きたい気持ちが前面に出てしまうのだ。そして、その進み出た音があまりよろしくない。荒い音なので悪目立ちしてしまう。
「ツノムーの言い方は確かにキツイけどな、高校だと音色は結構問われるよ? 今すぐは難しいかもしれないけど、慣れなきゃならない部分もあるさ」豊田先輩がたしなめた。
「そうかもしれないですけど。あの場面は、思い切り吹いた方が絶対気持ちいいじゃないですか。このバンドはサウンド、サウンドって言って、結局音楽できてないんですよ」
「音楽?」
「ハートっすよ。ハート。根本がなってないんっす。このバンドは。音楽ってのは、もっと気持ちいいもんでしょ。俺らがキモチーと思うことをすれば、当然、俺らのテンションは昂ぶる。その昂りを楽しむのが、音楽ってもんじゃないですか。コンクールに目が眩んで、ハートを捨てた演奏しかできなくなってるんですよ、このバンドは」
僕と先輩は目で苦笑した。
僕らは彼が言う音楽を音楽とは認めない。
乱れることのない音色、音程、音形を目指す行為、これが音楽だと思っている。
正直、そんな音楽しか、もう美しいと思えないのだ。力任せに吹かれた音には苛立ちさえ感じてしまう。
決してコンクールの結果を思うが故にこうなったわけではないのだ。
けれども、音色重視の演奏の良さをいくら今の立花に唱えたところで伝わらないだろう。
立花の吹き方は立花が中学校で三年間かけて学び得たものだ。
「立花、このバンドでやっていくのはきついか」僕は尋ねた。
立花は悔しそうに唇を噛んだ。そして、机の水滴を指先で弾き、やがてこくりと頷いた。
「正直、選択ミスったなって思ってます。俺にとっても、このバンドにとっても」この学校に入ったのが運の尽き。そう思っていることだろう。今の立花と最も相性の悪いバンドが、このバンドに違いない。
勿論三年間かけて、立花は学び、慣れ育ってゆくだろうが、なにせそれまでは辛い。もしかすると途中で折れてしまうかもしれない。
どうやって伝えていけばいいのだろうか。アンサンブルに拘ったサウンドを創る面白さを。綺麗なハーモニーを奏でた時はこんなにも気持ち良いのに、彼にはそれが伝わらない。
もどかしさを感じ、思わず立花から顔を背けてしまった時、不意に豊田先輩が言った。
「立花。おまえ、定演のメイン曲は3rdをやってみろ」
僕は驚き豊田先輩を見た。伊豫田の話もあったし、豊田先輩は立花には1stを吹かせるとばかり思っていた。
豊田先輩の瞳は茶目っ気たっぷりで輝いていた。
「おまえって意外と3rd向きだと思うんだよね。低い音だとあまり音が荒れている感じがないし、何より全体的に音が太い。音程も安定している。根音(ハーモニーの土台となる音)吹かせたら、最強だと思うんだよな」
1stのイメージの強い立花だが、確かに一理あると思った。3rdなら立花の良さを活かした上で、アンサンブルすることの魅力を知ってもらえるかもしれない。
「まぁ、2ndみたいに周りを伺いながら音程取ることは、おまえには、ひっくり返ってもできないだろうけど」
豊田先輩は言った。負けず嫌いな立花に火を付けたかったのかもしれない。僕も腕を組んで改まった風を装って頷いた。
「無理ですな、絶対無理です。立花君は絶対2nd、できない。いや、逆に見てみたいレベルです。立花君が一体どんな風に吹くのか」
立花の頰が軽く膨らむ。
「ちょっと、酷くないですか。そりゃ、先輩方みたいに上手く人に合わせて吹ける気はしないですけど」その愛らしい頰にまだ中坊だった頃のあどけなさが残っていて、それがなんとなく面白かった。
でも、そのあどけない少年はこう続けた。
「それに俺、やっぱり1stが好きです」生意気だ。先輩を前にして、このバンドで1stが吹きたいだなんて、いい根性している。図々しいにもほどがある。
けれども、それは決して傲慢からくるものではなくて、立花自身が感じた自身の特性からくる確かな事実なんだとも思う。
勝気で、肝が座っていて、その性格通りの音を出す立花。しかし、彼の音に悪意がないことは、僕だって気づいている。
立花。面白い子だ。嫌いじゃない。
「弱点克服」僕は思わずほくそ笑んだ。
「え」立花がこちらを振り返った。豊田先輩は愉快そうに二人を交互に見ている。
「立花がアンサンブルをマスターすれば、最強だろうなってことだよ。うわあ。面白そう」
「だろだろ、タカチ。俺の卒業までに、立花が2ndも吹けるようになったら最高だろ」
「いや、さすがにそれは間に合わないんじゃないですか」
「いけるだろ。問題は誰をつけるかだな。タカチ、お前立花を鍛えろよ」
「いや、こういうのはおそらく、僕より伊豫田の方が上手いですよ」
「確かに。伊豫田くらいキツくないと、こいつは手に負えなさそうだもんな」
「ちょっと。何、勝手に人の話で盛り上がってるんですか」立花が大きく手を振って割って入る。その動作が愛らしくて、ついつい笑ってしまう。豊田先輩もクックと身を捩って笑っている。
でも、本当に彼がアンサンブル力を身につけたら、凄いに違いない。想像しただけで面白い。立花が化けたら、向かう所敵なしだ。
見てみたいと思った。後輩はライバルであるのかもしれないが、その成長がなんとも待ち遠しい。
突然バンと派手な音がした。店員さんが水のピッチャーを机に置いたのだ。無造作に置いたので、ピッチャーの周りについた水滴が辺りに飛び散っている。僕たちの声が煩かったか、なかなか注文しない僕らに腹が立ったか。いや、両方だろう。
僕らは、慌てて日替わり定食を頼んだ。そして頼んでみて、自分たちが腹ぺこであることを思い出した。

その日の帰り道、二人きりになった時に豊田先輩は言った。
「俺、朝比奈を1stに押して良かったと思っているんだけどさ、一つだけ、悪かったなと思うことがあってな。それが、立花のことなんだよな。あいつの音とアサヒの音ってめちゃくちゃ相性悪いじゃん。もし、俺が1stになっていたら、立花はもう少し吹きやすかっただろうなって思うわけ。そう考えると可哀想なことしたよな、俺」
僕も思っていた。もし、トップが朝比奈先輩じゃなかったら、立花の音色はここまで荒く聞こえなかっただろう。朝比奈先輩の音色が純粋な分、立花の音は悪目立ちする。
豊田先輩は朝比奈先輩より、もっと音量が出るし、前に進み出る演奏をするだろうから、先輩がトップだったら立花はずっと吹きやすかったはずだ。
そして、恐らくそれに立花も気づいている。気づいていて、今日それを訴えることだけは我慢していた。
朝比奈先輩は吹くべき場面ではもっと吹くべきだ。僕だってそう感じていたじゃないか。
「朝比奈先輩って、やっぱり2nd吹きなんですかね」僕は言った。
豊田先輩は何も答えてくれなかった。


七、

コンクール当日というのは、実は、音楽よりもそれ以外のことが忙しい。僕たちは昼過ぎに本番だったので、朝8時に学校に集合し、軽く音出しをし、合奏をした。そして、その後本番で使う楽器をすべて四階の音楽室から降ろした。
この時、打楽器で大きいものは、安全に運べるように、解体し、ケースに入れたり毛布で梱包したりしておく。また梱包してしまうと、中身が何かわからなくなることがあるので、わかりにくいものにはガムテープでラベリングしておく。
小物楽器や、スティック、マレットの忘れ物にも注意しなければならない。音楽室でパーカッションパートの人が漏れがないようチェックしてから、それぞれ纏めて収納してゆく。そして、パーカッションパートから許可をもらった物から、下に降ろしてゆく。
男子は専ら大型楽器の運搬要員だ。解体仕様のないハープや、大型のケースに入れられたティンパニなど、いかにも腰に悪そうなものばかり運ばさせられる。当然、男子だけで重い物全てを運ぶのは難しいので、女子も逞しくあれやこれやと運んでいる。
下に降ろすとそこでもパーカッションパートが待機していて、積み込むものが全てを降りて来たかのを確認し、また、どの順でトラックに積んでいくかテキパキと指示を出していた。降ろした楽器を大型トラックに積めるだけ積み込んでゆくのだが、これが案外難しい。なるべくたくさん積めるよう、そして、何より絶対に楽器が傷つかぬよう、パズルのように考えながら乗せていく。そうすると、なんとかアルトサックスくらいまでの大きさの楽器は積み込むことができる。
しかし、トランペットはぎりぎり乗せてもらえない。だから僕らは、会場まで自分の楽器を自分で持っていかなければならない。
これが楽器積み込みの過程だ。
そして積み込みがあれば、当然積み降ろしもある。
各自会場に移動し、搬入口に再集合する。ここからも大変だ。
他団体に迷惑かけぬよう、決められた時間内で素早くミスなく楽器を降ろす。管楽器は女性陣が次々受け取り、楽器置き場に運んでゆく。打楽器はパーカッションパートと僕ら男子組、コンクールメンバー外の一年生で舞台裏に運び込み、解体してある打楽器の組み立てを手伝う。
この時周りを見渡せば、どのバンドがどれくらいの実力なのか大体わかる。
上手いバンドは、楽器の扱いに慣れている。楽器の移動は早いし、安全だ。間違えてもティンパニのヘッドを持つことはしない。
そして何より、持っている楽器に差が出る。ティンパニにゲージがついているか。ハープがあるか。チェレスタは? やはり上手い団体ほど、楽器が揃っている。いやらしい言い方をすると、お金がかかっている。
僕ら管楽器の男子組は、ある程度打楽器搬入が落ち着くと、梱包に使っていた毛布や、トラックに積み直せなかったケース類を持って管楽器のケース置き場に移動する。
楽器置き場までは、階段を上り下りしなければならず、白ブラウスが汗だくになった。
しかも着いた楽器置き場は、冷房が効いておらず、蒸し暑かった。そしてここで、しばらく待機となった。待ち時間に本番用のブレザーが配られたが、それを着るのは勿論、持つのも嫌だった。
そんな状態だったから、リハーサル室に入ってまず初めに感じたことは、その部屋の涼しさへの感謝だった。漸く寛いだ気分になって、これからが本番だということを、一瞬忘れそうになった。
周りも同じようなものだった。
このバンドから然程緊張は感じられない。コンクール当日というより、地域の音楽祭に出演した時の感覚に近かった。
ツノムーがまだ曲を仕上げにかかろうとしなかったこともあるだろう。県大会はあくまでも通過地点というつもりなのだと思う。ここ最近も合奏より、個人練やパート練の頻度の方が高かったし、合奏でも音楽表現的な指示より基礎的な奏法の指導に時間が充てられていた。また、昨日も本番直前とは思えないほど、みんなを休ませることなく吹かせていた。
曲を完成させて県大会に持って行くつもりはなかったらしい。それでも県大会は充分通用すると思っているからだろう。ツノムーが見ているのは、あくまでも普門館で振ったときに見える景色なのだ。
勿論、だからと言って今日の気持ちに緩みやたるみがあるわけではない。変に浮き立った感じもなく、代わりに落ち着いた自信と誇りが僕らを堂々と振る舞わさせていた。
このくらいが心地よい。腹の底に燻る静かな緊張と興奮を飼い馴らし、それを上手く使うのだ。
とは言え、今日のソリストたちは、流石に緊張しているように見えた。サックスの先輩なんかは目に見えて苛立っている。
まあ、それでもソリストたちは心配ないだろう。このくらいの緊張を音楽に昇華させるくらいの術は持ち合わせている人ばかりだ。みんな、本当に凄い。
ソリストの中では、朝比奈先輩は比較的落ち着いている方だった。慣れた様子でバズィングを始め、今はロングトーンで口をほぐしている。
僕も本番に備えて音出しを始めた。
そこで漸く今日はコンクールなのだという実感が迫ってきた。


八、

「チューニング」ツノムーの指示で合奏が始まる。クラリネットから音を重ねて、チューニングをしていく。チューニングの後はロングトーン、ハーモニー練習、コラール練習、そして曲合奏に入る。
先に課題曲から合奏した。課題曲は冒頭部を軽く吹いただけで終わった。
ツノムーは出来に関しては何も語らずただ「自由曲、頭から止めるまで」と言い、再び指揮棒を振り上げた。
木管の優しい調で、演奏が始まる。
朝比奈先輩は本番を想定してクラリネットの脇に移動した。リハ室に椅子は殆どなかったので、多くの人が立奏しており、先輩の姿は見えなかった。しかし、先輩のソロになると、前方からいつも通りの美しい音色が聞こえてきた。
普段はソロのバックにハープや鍵盤楽器があるが、今はそれらは舞台裏にあるので、リハ室に響くのは本当に先輩一本の音だった。
一本になれば先輩の凄さが余計に際立つ。
先輩の音はとても繊細で切ない。舞台脇という演奏場所が似合う音だ。遠くに響く教会の鐘の様に、じんわりと心に染みる。
もちろん、これは先輩の技術あっての演奏だ。シンプルなF音のロングトーンの後半に波の小さなヴィブラートをかけている。自在にヴィブラートを操れるのも、ロングトーンで魅せることができるのも、先輩に実力があってのことだ。
このリハーサルでは、一音だけ、そのソロの中の最高音を外してしまった。けれども、その後直ぐに舌を突き直し、難なく後を吹き切った。
完璧だった。今のまま普門館に持って行ったとして、これに敵うトランペットソロはない気がした。
先輩がソロを終えて僕の隣に戻ってきた。僕の前を通り過ぎた横顔が少し強張っていた。あれだけ吹けても、一音外したことが悔しいのだろう。確かに本番直前のこのタイミングで外すのは辛い。けれども、僕は本番の成功を信じて疑わなかった。
しかし、結果はそうはならなかった。
音の中に変なスースーという音が混じったのが始まりだった。僕は横から聞こえてくるその音がなんであるのか、しばらく考えて、それでそれが先輩の音だということに気がついた。そしてああ不味い事が起きたと思った。
金管楽器は唇を振動させて音を出す。振動させるのは筋肉だ。緊張して筋肉が動かなくなると、音は出なくなる。そして、音が出ないという恐怖はさらなる緊張を生む。極度の緊張は奏者を壊す。
先輩はどんどん吹けなくなっていった。
僕はどうすることもできなくて、ただそのままに吹き続けた。冷や汗が止まらない。
こういう形で、崩れていった人を見たのは初めてではない。コンクールメンバーを決めるセレクションで音が出なくなった後輩も知っているし、自分たちの演奏で、出演順が直後のバンドの金管吹きたち一気にを自滅に追いやったこともある。しかし、その崩れた人たちの一人に朝比奈先輩が入るというのだろうか。あんなにも上手いトランペット吹きなのに。
一瞬横目で先輩が力んだのがわかった。
駄目だと叫びたくなったが、その次の瞬間には、完全に的を外した暴音が、先輩のベルから飛び出していた。
ツノムーが指揮棒を顔の前で振り演奏が止まる。
「朝比奈。チューニングB♭六拍」ツノムーの声がリハーサル室に冷たく響いた。
朝比奈先輩が楽器を構える。そして息を吹き込む。けれども、唇が振動していない。音が出ない。
横を向くと、朝比奈先輩の身体は小刻みに震えていた。先輩のこんな姿は見たくなかった。背中に縋って、大丈夫だ、心配ないと言いたかった。
朝比奈先輩は何度も試した。その度に音を外した。五、六回目で漸く指定の音が当たったが、六拍も伸びなかったし、本番で使えるような音ではなかった。
ツノムーはしばらく顎を撫で考えていた。ツノムーの表情から感情は読み取れなかった。ツノムーは今、何を考えているのだろう。驚いているようには見えなかったし、苛立ちも、焦りも感じられなかった。やがて、ツノムーはその重そうな口を開いた。
「ラッパの座席を変える。高市、トップにいけ」
僕の名が呼ばれた。とにかく僕は動揺した。今の状況なら、それが最適な判断だとは僕にもわかる。けれども、正直怖かった。しかし、日々の習慣は恐ろしいもので、咄嗟にはっきりと「はい」と答えてしまった。
「その横に立花、朝比奈はその横だ」
立花は勿論、朝比奈先輩も躊躇いなく「はい」と言うのが聞こえた。
「朝比奈。無理して音を出そうとする必要はない。きついところはオクターブ下げろ。朝比奈が下げたところは、その分トップで音量を調節しろ」
僕はもう朝比奈先輩を見る勇気を持てなかった。けれども、横から聞こえてくる声は堂々としていて、それが余計に辛かった。
そして、付け足すようにツノムーは言った。
「それから……ソロは、豊田。お前が吹け」
まず、僕が一番最初に感じたのは、自分が吹かなくて良いという安堵であった。その後理性が追いついて、どう考えても僕より豊田先輩の方がソリストとして適切なことが明らかだし、自分が充てられることはないと気づいた。
豊田先輩の返事の声に怯えはなかった。僕と同じように、不安を押し殺したのだろうか。いや、そんな風には思えない。僕と先輩は違うのだ。
「よし、本番前に一度だけ冒頭やるぞ」
「はい」部員の声が揃った。習慣は本当に恐ろしい。誰もが焦りや不安を感じているだろうに、力強い返事が恐怖を塗り潰してゆく。本番はもう間も無くだ。


九、

舞台裏で伊豫田が僕の背中を掴み縋って言った。「大丈夫。いつも通り吹けば、あんたなら何の心配もないから」
豊田先輩も僕の肩を叩いた。「せっかくのトップだ。楽しまなきゃ、損だよ」
色んな人に声をかけられる度に僕は機械的に頷いた。
周りを見ると、立花も珍しく難しい顔をしていたし、他のトランペットの一年生も似たり寄ったりだった。僕に声をかけた後、豊田先輩は一年生にも何か声をかけていた。声をかけられた一年生は少し表情が緩んだ。
太田先輩は朝比奈先輩の側で泣きそうな顔をしていた。高校生活初めてのコンクールだろうに、自分のことそっちのけで、他人のことを心配していた。
なんて、自分は小さいのだろう。トップを吹くというたったそれだけのことで、僕はこの狼狽え方だ。誰かを思いやる余裕なんてどこにもない。心臓が嫌な鳴り方をしている。吐きそうだ。
前団体の演奏が終わり、会場に拍手が響いた。反響板横の扉が開いて、舞台が顔を覗かせる。
「いくぞ」ツノムーの声が静かに響いた。


僕らを待っていたように、舞台が明るくなった。眩しくて客席はあまり見えないが、それで良い。観客は見えないが、目の前にいるメンバーは、練習室より高さのある雛壇のおかげでいつもよりよく見える。
楽器を構えた後ろ姿で弱気になっているのがわかる。普段ならコンクール県大会くらいで、こんなにも怯むことはない。朝比奈先輩の一件でみんな不安になっているのだ。こんな状態じゃ、良い音は出ないだろう。
僕はそれを切に悔しく思った。
情けないじゃないか。昨年は普門館にだって出たバンドだぞ。これは、僕の知っているバンドじゃない。こんな惨めな姿を晒したくない。
じゃあ、どうするか。
僕が吹くしかない。その不安を吹き飛ばすしかない。
僕は、みんなの緊張をほぐす言葉を知らない。あったとして、今更それを伝える術はない。
今できることがあるとすれば、トップとしての仕事を全うすることだけだ。
初めの一音。この一音を上手く当てれば、バンドの不安を取っ払うことができる。
僕らの音楽を見せつけてやる。
拍手を浴びたツノムーが台に登り、タクトを振り上げた。
今だ。
この頃には僕は僕の緊張を忘れていた。
パーンという爽快な音が、僕のベルから飛び出した。
課題曲「南風のマーチ」のファンファーレは華やかに決まった。金管が上手くいったことで、ふっと、バンドの緊張が緩んだ。
木管の連譜が波のように押し攻めてゆく。いいじゃないか。
そして、冒頭部最後は、みんなで決める。
ヤーンパパーンパパッパッパッパパン。
ツノムーがいつも練習で歌う形に、みんなが揃った。
そうだ、これが僕らのバンドだ。
いける。大丈夫だ。
手応えを感じた僕らは、後はいつもの演奏をするだけだった。
夏の爽やかな空を連想させる鮮やかな演奏だったと思う。
複数で吹いているのに一本のメロディに聞こえる木管のアンサンブル力は見事だったし、ブレることのない安定した低音楽器、打楽器も素晴らしかった。
そして何より、初めは控えめに吹いていた朝比奈先輩が、徐々に復活してきているのがありがたかった。
座席が変わってもいつもの三人で1stを吹くと、吹きやすいし掴みやすい。安心もする。しっくりくる。楽しい。
トリオに入る頃には、完全にいつものペースに戻っていた。
僕は愉しくなって、ちょっと息を吹き込み過ぎた。でも、ラッパパートがブレることはない。あれ、とは思ったがその時に振り返りをするような余裕はない。けれども、そういうことが何度かあって、それで漸く、朝比奈先輩がトップである僕につけて吹いているのだと気がついた。
課題曲も終盤に入り、一気に盛り上がる。横の立花はいつもの感じだけれど、朝比奈先輩は完全に僕を意識している。いつもと違うことをしてバンド全体の調子が狂ってはいけないので、何か変えようとは思わないけれども、もし、僕が吹き方を変えても朝比奈先輩はついてくるだろう。
面白い。吸い付くように合わせてくる。なんて気持ちが良いのだろう。
ふと、もしこれが同じ1stではなく、2ndだったらどうなるのだろうと考えた。
とてつもなく幸せに違いない。自分が吹いたものに、完璧な形でハモってくる。最高じゃないか。
そして、僕は豊田先輩が誰よりも朝比奈先輩を信頼している理由を知った。これを2ndにされたらトップは堪らない。豊田先輩は朝比奈先輩のその腕に惚れたに違いない。それで、朝比奈先輩の才能をみんなに知らしめたいと思ったのだろう。
僕は豊田先輩を羨ましいと思った。妬ましいとさえ思った。なんと贅沢な人だろう。朝比奈先輩を2ndにトップを吹いてきただなんて。
課題曲が終わった時、僕は既に興奮していた。感動もしていた。
顔が火照っていた。舞台が照明で暑くなっているということもあるだろうが、身体の内側から熱が湧いて出ている感じがあった。
けれども、コンクールはまだ終わっていない。曲間でスッと豊田先輩が移動する姿が目に入り、寧ろこれからだと言うことを思い出した。
僕は深く息をして気を落ち着かせた。唇は舐めて程よく湿らせた。そして、少し上ずった音程を整えるためにチューニング管を少しだけ抜いた。
ツノムーが豊田先輩の移動を目で確認した。バンド全体を見回す。腕を再び振り上げた。
木管がゆったり大きく息を吸う音が聞こえ、自由曲が始まった。
自由曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」。ヴェリズモ・オペラの代表作とされるこの作品は、いわゆるドロドロ不倫愛憎劇である。そんなものに縁があるはずもなく、物語のあらすじを読んでも何一つとして共感できないのだが、どういう訳か、音楽だけは胸に迫ってくる。
僕は木管が創り上げた流れに乗って音楽に合流した。上手く馴染んで、心地良い。気分が徐々に高まって、盛り上がった先で、倍音たっぷりに和音を響かせる。けれども、ここで盛り上げ過ぎないよう注意しなければならない。これまでの演奏は、この直後にあるトランペットソロの布石に過ぎないからだ。
打楽器が静かに伴奏を奏で、ラッパのソロが始まった。
僕は始まるまでの一瞬、ソリストが豊田先輩であるということを忘れていた。脇から音がして気づき、ああと思い出した。
それは美しい調だった。豊かに息の吹き込まれた貫禄ある演奏だった。朝比奈先輩より大きい波のヴィブラートをゆったりとかけ、ソロの後半にかけて音量も上げていった。
豊田先輩の演奏には説得力がある。ただ、上手いというだけではなくて、鮮やかな華がある。吹いている姿は見えないけれど、その情熱を秘めた音だけで、 充分に存在感があった。
それでいて、決して横暴ではない。
まさに王者の演奏。僕は思った。
胆の座り方が尋常ではない。急に吹くことになった者の演奏とは思えない。
やっぱり豊田先輩はトップ吹きだ。
2nd吹きではない。
素直に格好良いと思った。あんなトランペット吹きになりたいと日頃から思って練習を重ねてきたが、どうやらそれは無理らしい。僕とは器が違う。豊田先輩はトランペットを吹くための才能に恵まれすぎている。
先輩が務めるべきはやっぱり主役だ。先輩がトップに就き、ソロを吹けば、このバンドは確実に勝利に導かれる。そう感じた。
けれども、誰がどう言おうと今日のトップは僕なのだ。
真のトップ朝比奈先輩も、ソロを終えて席に戻ってきた豊田先輩も、他のみんなも、僕に付き従っている。僕の音を聞いて吹いている。
曲が進むにつれ、それを切に感じるようになっていた。みんなが僕にぴったりと合わせてるくる。
もしかすると、僕が思い上がり甚だしいだけで、みんなはいつも通りに吹いているのかもしれない。けれども、身体を貫く快感がある。そして、それが、決めどころのハーモニーが一つ一つ確実にはまっているからだということは、恐らく事実だった。
僕らは曲調によって吹き方を、すなわち表情を変えながら吹き進めた。でも、どんな場面でも美しいサウンドを求める姿勢は貫き続けた。
僕らは一度楽器を置き、歌を歌った。高揚する気を一度落ち着けるためにも、このコーラスは大切だ。
ーホール二階席奥の埃を振動で落とすつもりで歌えー ツノムーの言葉を思い出しながら、僕は歌った。
歌を歌う時、文字通り身体は楽器となる。響かせよう、響かせようとすると、自分の声よりもソプラノの透き通った音が耳の奥に響いた。
僕たちは燻る火種を残したまま、その熱を冷ましていった。
そして、澄み切った空気感そのままサックスソロに繋ぐ。ソリストはさっきの焦りが嘘のように、会場を自分のものにしている。
サックスソロが終わると一気にクライマックスに向けて音楽が動き出す。
バンド一丸となって曲を創り上げていく。僕はたっぷりと息を使って、美しいメロディをなぞった。周りもそれに合わせて、音楽の大波を作り出している。クライマックスに向け、また身体の中の炎が勢いを増してくるのを感じた。
落ち着け、落ち着け。僕は頭の中で繰り返した。
勢いに身を任せた音楽は美しくない。音楽に乗せられてはいけない。僕らが音楽を支配するのだ。
どんどんと高まってゆく興奮をコントロールすることが辛くなった頃、ふっと静けさが訪れた。そしてこの静寂こそが、壮大なクライマックスの前兆であることは、ここにいる誰もが知っている。
フルートが張り詰めた緊張を保ちながら遠くで鳴いている。身体がじりりと焦がされていく。
「情熱に冷静を超えさせるな」ツノムーの声が聞こえた気がした。どうしてそんなことできようか。これから吹くことが愉しみで堪らない。
早く吹きたい。思いっきり吹きたい。
欲望が沸々と湧き上がり、頭がぐらぐらする。
僕は獰猛な感情を押さえつけて、楽器を構えた。
ふと目の片隅に激しく掻き乱れるハープが映った。この場面で唯一、ツノムーに自由であること認められているハープは、ここぞとばかりに弦を掻き鳴らした。ポニーテールが揺れ、腕が踊っている。なんと情熱的なのだろう。
羨ましい。僕だって思いっきり吹きたい。下腹部が熱くなって、理性なんかぶっ飛びそうになった。
早く自由に吹きたくて、僕は思わずバンドを煽った。トップにみなが付き従う。
「まだだ」しかし、ツノムーの指揮棒が僕を制した。
「もう、だめです」冷静にならなくてはと思うもの、気を抜くと押し寄せてくる感情に、呑み込まれそうだ。しかし、この感情に身を任せて吹いたら、どれだけ心地良いことだろう。どうせ、数小節後にはff(フォルテシモ)だ。もう、堪えなくてもいいじゃないか。
「まだだ」しかし、ツノムーの鋭い指揮棒がそれを緩さなかった。
「我慢できません」
「粘れ」ツノムーのニヤついた顔が憎らしい。
あと少し。あと少しで、トゥッティ(全員での演奏)だ。
「早く!」
「よし」ツノムーは白い指揮棒を高らかに掲げた。
開放だ。
僕は思いっきり吹いた。
快感が脳天を貫いた。この時のために何を捨てても惜しくないとさえ思った。
ハイトーンで張り裂けそうな唇の痛みでさえ心地よい。
感情に身体を委ねて吹くと、不意にこのバンドの全てが愛おしく思えた。これだけ人数のいる部だと、正直、気に食わないやつの一人や二人はいる。けれども、そういう人間も全てひっくるめて愛おしく思った。
この快感が、一人で吹いていても味わえないものだということくらいわかっている。何重にも重なるハーモニー、情熱を煽るパーカッション。誰か一人が欠けた瞬間、今とは違う音楽になってしまう。
この音楽は僕らの音楽だ。だから愛おしい。
前に見える背中、その一つ一つが頼もしく、そして誇らしかった。
見ろよ、僕らを。聴けよ。凄いだろ。
そんな自慢のバンドのトップに僕はいる。僕が吹けば、みんな吹く。
だったらもっと聴かせてやるよ。
僕はGの音を目一杯吹いた。横で2ndのEs♭が上手くはまった。
なんと気持ち良いのだろう。満たされた感情で脳味噌がで蕩けてゆく。
ああ、そうだ。思い出した。これはまだ府大会だった。ただの通過点だ。たった二千人ぽっちのホールだ。
普門館は五千人。黒い床の向こうには五千の耳があるのだ。そこで吹けたらどれだけ幸せだろう。
今、初めて普門館でトップで吹きたいと願った。
きっと、この県大が終われば、僕はトップではなくなる。トップになれるとしたら、来年だ。
立花に盗られる? こんないい気持ちの良い事を? そんなことあってなるものか。立花には譲らない。僕がトップになる。こんな堪らないもの、やすやすと他人に渡してなるものか。
普門館で絶対に吹いてやるんだ。
僕は心が求めるまま最後の音を吹き切った。


十、

演奏が終わった瞬間、僕は自分が何を感じていたのか、何を考えていたのか吹いていたのかわからなかった。ただ、鼓動が恐ろしく速く鳴っていることだけはわかった。目の前が真っ白で、何も考えられなかった。
ツノムーが指揮台を降りた瞬間、条件的な反射で、なんとか周りと同様に起立することだけはできた。
ツノムーの礼に合わせ大きな拍手が会場に響き、直ぐに照明が落ちた。
僕は漸くの思いで譜面やミュートを掴み、なんだか自分のものではなくなったような足を必死に動かし、前を行く人の後について会場の外へ出た。
外へ出た途端、周囲から歓声が爆発した。自分の思うように上手くいった者、いかなかった者、それぞれが自分の感情を露わにしながら、泣いたり、叫んだりしている。
実際こんなに緊張する県大会は、みんな初めてのことだっただろう。
夏の激しい日差しを浴び、僕は漸く手足の感覚を取り戻してきていた。
不意に僕は長い腕に抱かれた。
「タカチ。本当、よく頑張ったよ。ありがとう。助かったよ」朝比奈先輩だった。僕より少し背の高い先輩が、僕を包み込んでいた。
僕は抱かれたままどうすればいいのかわからなかった。慰めれば良いのか、一緒に悲しめば良いのか、泣けば良いのか……。今彼女はどんな表情をしているのだろう。何を考えているのだろう。
「朝比奈先輩……」
先輩は僕の頭に楽譜の入ったファイルをすっと乗せ、目を覗き込んで、ふっと微笑んだ。僕が考えていたのと正反対に、とっても柔らかい顔だった。
「なんて顔してんの。そりゃ、私だって、トップ吹きたかったけどさ。でも、あの状態でトップで出るわけにはいかないでしょ。タカチ。あんたがトップ吹いてくれて、良かった。あんたが後輩で本当に良かった」
僕は頭を撫でられて思わず下を向いた。今もし顔を上げてしまったら、泣いてしまっただろう。
この今の感情が一体なんであるのか、僕にもわからなかったけど、今泣き顔を見られるのは絶対に嫌だった。
僕らは俯きながら、声を絞り出した。
「先輩。次は……、支部は先輩が……」
全てを言い切る前に、先輩は僕の肩をポンポンと二度叩いて、そのまま行ってしまった。
そして、僕が立ち竦んでいると、今度は背中を強く押され、前につんのめる形になった。
「感傷に耽るのもいいけど、写真撮影があるから、とっとと移動して」伊豫田だった。今日の動線や時程を記したメモ紙を見ながら、テキパキと全体へ指示を出している。
「そんなもん、ポケットに入れてコンクールに出てたわけ」僕は苦笑して言った。
「仕方ないでしょ。そういう役職なんだからさ」他人事ながら大変だなあと思った。僕には演奏以外の何かに気を配るなんて余裕は全くなかった。
「ほら、早くして。あそこでみんな待ってるよ」
写真撮影のコーナーでコンクールに出られなかったメンバーが僕らに手を振って待っていた。

結果を待つ時間は地獄だった。本番直後に、多くの人から良かったと声をかけてもらっていたが、いざ表彰の時間が近づくと、全く駄目だったような気がして自分が嫌になった。
みんな県大会は通って当たり前だと思っている。ここ何年も落ちたことはない。もし、朝比奈先輩がいつもの状態でトップで吹いていたら、県を抜けることは確実だっただろう。普段の合奏から、それくらいは予想できた。
もし、ここで県落ちしたのならば、僕のせいに違いない。
大事なのは集合サウンドで、落ちたとしても関係ないと誰もが言うだろうが、トップが下手なバンドは普門館にはいない。
僕の音がどう聞こえたか、僕には知る術がない。自分の加わった演奏を外から聞くことは絶対にできない。もし、仮に今までに練習の中で録音をして聞いていたならば、自分の演奏を多少は客観的に見つめることができたかもしれない。しかし、トップになったのは今日のことで、自分の音が客席にどう聞こえているか、想像すらできなかった。
もしかしたら、とても酷かったかもしれない。そうに違いない。僕にいきなりトップが務まるわけがない。
考えれば考えるほど、どうにも上手くいっていない気がして、吐き気すら感じた。
もう、二度とトップなんてやるものかと思った。舞台の上がどれだけ気持ち良いものだとしても関係ないと思った。
きっと、こういう時の立花は強い。己の力を信じて堂々と最後まで前を向いているだろう。
立花はやっぱりトップ向きだ。のしかかる重圧、期待を糧とすることができる人間だ。僕にそんな器はない。
僕は2ndでいい。2ndがいい。
こんな思いをするのはもう御免だ。
だから、最優秀は逃したものの、呼ばれた県代表校の中に自分の学校の名があった時は、安堵してただただ涙が止まらなかった。
後からわかったことだが、県大会は結果的にニ位で通過していた。


十一、

楽器の積み降ろしは、明日だったので、僕らは終礼をコンクール会場で行った。支部大会の出場順を決める抽選後の終礼だったし、先生方の話も長かったので、僕らが終礼を終える頃には、他の団体は殆ど帰ってしまっていた。
その場で解散した後、僕は一人ホール裏手の自販機に向かった。周りとタイミングをずらし一人のんびりと帰りたかったからだ。達成感とも安心感とも言い難い、なんとも妙な疲労を感じ、できれば誰かと話すことなく帰りたかった。偶然、いつも一緒に帰る友人は家族が迎えに来ており、一人で帰るには丁度良かった。
僕は安い緑茶を買い、ホール裏手の楽屋入口の階段に座り、それを飲んだ。冷えた緑茶は喉に心地良く、三口程飲んで、その後は、ボトルを持ってただぼんやりしていた。
動くのが面倒だった。それに、まだホワイエで固まって盛り上がっている集団がいるだろう。そことは電車に乗るタイミングをずらしたかった。
あと十分くらいはそのままでいようと思った時、近くから人の言い争う声が聞こえてきた。
曲がって直ぐの楽器搬入口だろう。喧嘩かだろうか。
こっそり覗いてみようかと立ち上がった時、急に口を塞がれ、立ち上がるのを制された。僕が暴れる間も無く、耳元で太田先輩の声がした。
「今はダメ」
僕は驚きながらも、頷き階段に腰を落ち着けた。太田先輩も、隣に座って顔を膝の中に埋めた。
二人の激しい怒声が聞こえる。反響して、はっきりとは聞き取れなかったが、どうやら豊田先輩が今日の朝比奈先輩を罵っているのだということはわかった。
豊田先輩は誰かの失敗を詰るような人ではない。けれども今日は、荒々しい言葉で、朝比奈先輩を罵倒していた。
先輩は朝比奈先輩がトップを吹いて、観客に認められ、賞賛される姿を単に見たかったのだろう。誰よりも彼女に期待していたからこそ、自壊してしまった朝比奈先輩が情けなくてたまらなかったに違いない。
僕はコンクールの朝比奈先輩を思い出した。もし、あの時先輩が2ndだったらどれ程の快感を味わっていたことだろう。豊田先輩は今まで、ずっとそれを味わい続けてきたのだ。想像するだけでゾクゾクする。豊田先輩は朝比奈先輩の凄さを誰よりも知っていた。自分ばかりが注目される現状をもどかしく感じていたことだろう。
それで今年のコンクール曲がカヴァレリアときた。豊田先輩はチャンスだと思ったはずだ。この曲なら朝比奈先輩のアンサンブル力が存分に活かせられる。だから朝比奈先輩をトップに推した。
「情けねえよ。アサヒは悔しくないのかよ」豊田先輩が叫んでいるのがはっきりと聞こえた。
僕らは動けなかった。聞いてはいけないと思ったけれど、動こうとは思えなかった。でも、止めに入る勇気もなかった。足に力が入らなかった。
朝比奈先輩も何か言い返してはいるようだが、何を言っているのかまではわからなかった。
けれども、この争いが終わるまでに一つだけ聞き取れた言葉があった。
「私はやっぱり2nd吹きだよ」
激しく哀しい口調で言い放ったその言葉の真意を、その話の前後を知らない僕らは知ることはできなかった。
しかし、その後二人が僕らに気がつかないままそれぞれ帰って行って、そして僕が太田先輩と別れ、電車に乗った時も、その言葉は僕の頭を離れなかった。
最寄り駅に着いて無意識に唇を舐め、血の味がすることに驚いた。


十二、

コンクールの三日後、今度は支部大会に向けての練習が始まった。
コンクール翌日は積み降ろしと反省会、楽器の手入れで終わり、昨日一日は久しぶりのオフだった。
二日も楽器を吹かないと、唇の調子が悪くなる。午前中の個人練習ではいつもより念入りにロングトーンを行なった。そして今からはお待ちかねの合奏だ。
支部大会に向けて、トランペットパートはセクションが変更になった。トップの席に豊田先輩が、2ndの軸の席に朝比奈先輩が座った。
反省会の日に、二人がツノムーに呼ばれ抜き出された時からこうなることは大体予想していた。
ツノムーは今回、僕を呼んではくれなかった。一体どんな話をしたのだろうか。
豊田先輩が隣に座っていることを頼もしく思う部分もあったが、沸き上がる切なさの方が大きかった。
朝比奈先輩の演奏は決して悪かったわけではない。もし、本番前に崩れなかったら、先輩で充分戦えていた。少なくとも、僕よりがトップをするよりはるかに良かったに違いない。
セクションを変えなくても支部大会では、緊張を上手くコントロールできるようになっているかもしれない。しかし、その可能性に賭けられるほど、コンクールは甘くない。
気が付けば、僕も朝比奈先輩がトップだったら、舞台でどんな演奏をするのか聞きたくなっていた。
けれども、そんな思いは課題曲の合奏が始まるとすぐに消えてしまった。
豊田先輩は、やっぱり凄い。天才だ。出す音の一音一音に華がある。音量が大きいというわけではない。豊かな音色で魅せる王道のトランペッターだ。
トップの音が太くなった分、横の立花も以前より吹きやすそうだった。
そして何より朝比奈先輩も楽しそうだった。吹いていない時に、立花の向こうにいる先輩を除くと、心なしか笑っているように見えた。
朝比奈先輩は案の定、豊田先輩の演奏に寸分違わず合わせている。横で聞いているこっちが心地良くなるくらい、完璧に合わせている。やっぱり豊田先輩を羨ましく感じた。
音量もトップを吹いていた時より出ているように思える。豊田先輩という基準があるからだろう。
豊田先輩がトップを、朝比奈先輩が2ndを吹くことで、トランペットパートの質が一段と高くなった。
トランペットのことがよくわかってないやつは「やっぱり、朝比奈は弱いな。上手いのは豊田だ」と言うだろう。しかし、豊田先輩の音が生かしているのは、朝比奈先輩だ。
朝比奈先輩は2nd吹きだ。2nd吹きの天才だ。
このことにどれだけの人間が気がついている?
みんなそんなことは当然知っていると言うだろが、本当の凄さは絶対に経験した者しかわからない。あの吸い付かれるているような感覚。豊田先輩がその感動を誰かに伝えたくなったのもわかる。
今でも豊田先輩が朝比奈先輩をトップに推したのは間違いだとは思っていない。勿論、今、こうしてセクションが変わってみて、落ち着くべきところに落ち着いた感じがあるのは否めないが、それは好みと言えば好みなのだ。朝比奈先輩のあのひたすら合わせていくスタイルも奥ゆかしい音も、うちのバンドには合っていたとも言えた。
カヴァレリアのソロなんかはもしかすると、朝比奈先輩の方が僕の好みなんじゃないかとも思った。
舞台の上で、豊田先輩の音を聞いた時、その音楽に圧倒されたことは事実だ。でも、後から冷静になって思い返して、あの場面で朝比奈先輩がいつもの演奏をしていたら、僕はどっちが好きだっただろうと考えると、答えは出なかった。
今日は課題曲の合奏だけで午後の練習が終わった。県大会を終え、もう一度バンド全体の音程一つ一つを確認する作業を行い、これに大変な時間がかかったからだ。
明日は自由曲の合奏が先に入るだろう。さて、自由曲はどうなるか。
そんなことを考えていると、合奏の終わりにツノムーがトランペットを見て言った。
「自由曲のラッパソロについてなんだが……」横で豊田先輩が身をびくんと動いた。何も聞いていないらしい。
立花も気になる様子で唾抜きの手を止めツノムーを凝視している。
「カヴァレリアのソロは今のセクションに関わらず、コンクール出場者全員に、セレクションをして再度決定する」僕は立花の頰が僅かに引き上がるのを見た。
しかし、ツノムーの視線の先には朝比奈先輩にいると僕は思った。
それだけで、僕は救われた気がした。少しだけ、泣きそうになった。
朝比奈先輩は決して見捨てられたわけではなかった。
県大会が先輩にとって負け戦だったというのは事実だった。セクションが変わって、もう挽回はできないものだと思っていた。
先輩はきっとまたソロを手に入れるだろう。それだけの実力はある。僕はそう信じている。
支部大会で朝比奈先輩がソロを吹くだろうということが嬉しかった。

「おい、高市。セレクションの話の時、随分と間抜けな顔をしていたな」終礼の後、廊下を歩いているとツノムーに声をかけられた。ツノムーが口を半開きにして、白目をむいて見せた。僕の真似らしい。
「僕、そんな顔じゃないですよ」
ツノムーは歯を見せて笑った。
「してたよ。随分と腑抜けた顔をしていたじゃないか」
「そんな顔、知らないですよ」
「気づいてないのなら、もっとまずいな」
「なんだって言うんです」
「いいか、俺があの時言ったのは、ラッパソロは再度選考して決めるって言ったんだ」
「話はしっかりと聞いてましたよ」僕は先生を見上げてぎりりと睨んだ。
ツノムーはわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「もう一回言うぞ。俺は、トランペット内でセレクションを行うって言ったんだ。パート全員にだ」
ツノムーは最後の一言を特に強調して言った。
そこでようやく僕はツノムーが言いたかったことを理解した。
ツノムーは僕の肩を叩いて声を潜めて言った。
「おまえ、あんまりうかうかしてると、立花にトップ、盗られるぞ」
僕が思わずツノムーの目を見ると、思いの外、悪戯っ子のような輝きを持った瞳がこちらを見つめていた。しかし、それは一瞬のことで、ツノムーは直ぐに視線を逸らし、不敵な笑みを残して立ち去って言った。相も変わらずがに股の美しくない後姿だったが、それでも、紛れもなく頼り甲斐のある我らの指揮者の背中だった。
ソロ……か。春にはそんなもの吹くことなんて考えもしなかった。今も別に特段吹きたいと思っているわけではない。けれども、県大会で自分がトップで吹いた時の記憶を思い起こすと、やはり来年はトップで吹きたいという思いが出てきて、そうなると、ここで少しは骨があるところを見せつけたいなという気分にさせられる。
こんな風に思えるのは、やはり僕が1st吹きだからなのだろうか。
僕自身、自分が1st向きなのか、はたまた2nd向きなのかはわからない。
勿論どれが偉いというわけではない。でも、一度味わってしまうと、やはり一番気持ち良いのは1stの軸、バンドの軸となるとトップに違いないと思ってしまう。
来年、立花にトップを任せ2ndでアシストするか?
いや、僕が吹く。そのためには、僕だってできるんだということをみんなに見せつけなければならない。
今年、僕は普門館でソロを吹く。そうすれば、みんなが僕を次年度のトップ吹きと認めてくれるだろう。
悪いが、朝比奈先輩に譲る余裕はない。負けてなんかいられない。
「タカチ。この後ご飯行かない」後ろから、伊豫田が手を振り駆け寄って来て、僕の横に並んだ。
「なぁ、イヨ。僕にもソロ吹くチャンスってあると思う」僕は伊豫田にそっと聞いた。
「私は、音色的に、あんたが一番向いてんじゃないかって思ってたよ。豊田先輩はセンチメンタルさが足りないし、朝比奈先輩は何よりメンタルがね。やっぱり、トップとか、ソロとか、そういうのが向いている人じゃなかったんだなって」
そうかと僕は頷いた。
朝比奈先輩は2nd吹きだ。
しかし、手強い。
だが、そのことを知っている人はあまり多くない。
でも、僕は知っている。
負けてなるものか。
僕は思わず乾いた唇をペロリと舐めた。

2nd吹きの憂鬱 ©ちぃひろ

執筆の狙い

長くなればなるほど、書くのもしんどいな……というのが、個人的な感想です。

それは、さておき……。


私の書いた作品が、そのつもりはなくとも、「才能」ということに焦点を当てていると言われることが多かったので、自分の多少知識のある土壌で、思いっきり才能に焦点を当てて書いてみました。

しかし、知識があると言っても、トランペットを吹いたことはないですし、小説登場曲の楽譜も見ていません。普門館に行ったこともありません。

ですので、ある程度イメージで書いている部分があります。


吹奏楽は、メジャーなようで、やはりマイナーだと思うので、何をどう書けばリアリティが出てくるのか、迷いながら書きました。


ご感想、アドバイス等いただけますと、幸いです。

ちぃひろ

182.250.246.199

感想と意見

九月が永遠に続けば

吹奏楽経験者じゃなくとも、吹奏楽曲「YouTube」で有名高校の演奏が聞きまくれるため、最低限聞いて下さい!!


>それは小さなミスだった。
>僕は流石の朝比奈先輩も今日ばかりは緊張しているなと思いながら、次の吹き出しに向けて楽器を構えた。
>ミスと言ってもたった一音を外しただけだ。そのソロの中で一番高い音が、掠れて音にならないままトランペットのベルから放り出された。けれども、朝比奈先輩は落ち着き払った様子で舌を突き直し、次の音から危なげなく、朗々と吹き切った。相も変わらず、聞く者の指先に痺れを残すような、心打つ音色だった。
>「カヴァレリア・ルスティカーナ」冒頭部のトランペットソロ。哀愁あるメロディーをゆったりと歌いあげる。数ある吹奏楽コンクールの定番曲の中でも、これほど精神的な負担を要するソロはないだろう。


↑ 冒頭で「なんじゃそら?!」となって、読めませんでした。。(ごめん)

“いまだ脳味噌干涸び中”のせいもあるけど・・

吹奏楽経験者で、自分も昔大会に出てて、毎年ソロ持ちだったのと、子供も吹奏楽経験者で、関東大会と全国大会は聴きに行ったから〜。



『カヴァレリアスルティカーナ』は、ドラマのBGMで使われたりもする有名曲で、人気曲なんだけど、、、あれの冒頭って、弦楽器使わない場合、「フルートソロ」なんじゃねぇか?? って思った。(かつてファーストフルートで大会に出ていた、譜面の読めない、練習嫌いなワタクシ…)

で、“自分がその旋律吹いてみること”をシミュレートすると、『イーゴリ公 よりダッタン人の踊り』の完全に冒頭かっらソロ!でロングトーン! だの、樽谷まさのり?作曲シリーズの、『クシナダ』とかやらせられるより、『カヴァレリア』の方が、たぶんはるかにマシ!!である。
『カヴァレリア』は、中学生でもやれば出来る・・だろうし、秋にある「市内吹奏楽部の合同発表会」的ややつでは、どっかしらがやってた記憶。

まあ、トランペットソロが「神」な大会曲といったら、ぱっと出て来るのは、アレだ、
高輪台高等学校の演奏でYouTube上がってるやつ。


そんでもって、トランペットのセカンドは、「フルートのセカンドほど地獄じゃない」と思う。「休みがある」んで。。

フルートのセカンドは、、、、「何じゃこりゃ? な細かな“オカズ”に回る事を要求され、休みなく忙しく吹きっぱなしで、しかもそんな報われてる感じのない、人使いブラックすぎる譜面」なようだった。
私はずっとぼぼっとファーストで、「毎回毎回ソロがあって、逃げらんないんだよ〜〜」とこぼしていたものだったが、
吹奏楽部長までやってんのに、ずーーーーっとセカンド(+ピッコロに持ち替え)だった、だったがきんちょの仕事を、関東と全国(フモンカンじゃなくて、その前にある管楽コンクール)まで聴きに行ってみたら、「これは地獄だわー…」と痛感。

2017-09-03 10:46

219.100.86.89

九月が永遠に続けば

ごめん、
実際、旭川の高校が演奏して、ゴールド金賞だった演奏のYouTube2本、序盤だけ聴いてみた。

冒頭、オーボエがひとしきり仕事した後から、おもむろに【トランペットソロは、しみじみ流麗に長々と聴かせる】のだなー。
(失礼しました)

で、書き出しで即投げ出さなければ、直下に「そのトランペットソロが幕の陰で吹かれるという、素敵な特徴」も、しっかり入っていた。


↑ ∴ 上の感想、トンチンカンですいませんでした〜〜。。


でも、書き出しは・・
【吹奏楽と、吹奏楽コンクールを知らない人でも、すんなり入りやすい導入部】を考えて、持って来る方が「得」じゃないでしょうか??

何高校なのか(スクロールした範囲内で普門館が出て来るから、高校なんだろうなーって思うんだけど、冒頭じゃそれはまだ分からない)、
何人の部活で、何人編成で、どこの何大会に出ているのか。

「ファースト、セカンド」の表記も、、、私は吹奏楽やってたから分かるんですけども、やった事ない人だと「2nd」はピンと来ない気もするし、
「ファースト ≠ソロ担当」なケースも、当然ありますし。(クラリネットさんを例に考えれば分かるように…)


学校の部室の雰囲気とか、語り手と先輩の間のエピ、交わされた会話、大会前のプレッシャーや意気込み、大会曲への「想い」・・
ってなあたりから、書き始めるかなー、私なら

2017-09-03 11:55

219.100.86.89

弥言

途中から流し読みになっちゃいましたが、読ませていただきました。

学生時代、オーケストラで管楽器を吹いていて、コンクールのソロでガチガチに緊張したことを思い出しました。
あの頃が懐かしくなりました。
トランペットは経験ないけれど、多少何かやってた方なんですよね?「合奏」とかいう言葉は知らない人からは意外に出ない言葉です。
楽器の積み下ろしなんかは、一つのイベントみたいなもので懐かしくなりました。

個人的には「この音楽は僕らの音楽だ。だから愛おしい」がちょっと輪を大事にし過ぎててペット吹きのイメージっぽくないとは思いましたね(笑)
私が抱くペット吹きのイメージは「この音楽は俺の音楽だ。皆俺の音を聞け」です。度胸が一番の楽器だし、それくらい唯我独尊じゃないとペットは吹けないと思っています。
実際あいつら、そんな人種ばっかりだった(経験)。木管のアンサンブルを容赦なくかき消していくんだよ(昔の恨み)

物語としては、色々なエピソードがありますが主であるのは、自分のいるべき場所を模索して最後それを見つける(2ndがあっているんだ朝比奈が納得する)的なものなんですかね。
1stと2ndというのは知らない人は知らないし、開口一番をその説明からはじめたらいいのではと思いました。

『同じトランペットでも座る席は三つある。ファースト、セカンド、サード、椅子はとなりに並んでいても、そこには大きな壁がある。華麗なソロを演奏しスポットライトを一身にあびるのはいつもファースト。だから僕は、ずっとその席に憧れている』

的な前置きではじめてくれると、知らない人もわかるし、そういう席をめぐる物語なんだなー的な感じになるのではと思いました。


以下、吹奏楽ではそうなのかも知れませんが。↓はちょっと違和感ありました。

〇ラッパ、ラッパソロ
->吹奏楽ではいうのかな…… ペット、ペットソロって聞きますね。

〇次の吹き出しに向けて楽器を構えた
->「吹き出し」って言葉は使ったことはないです。「出番」とか言ってた気がしますが、かっこ悪ければ「次のユニゾン」とかそういう言葉にした方が自然な気がします。

〇チューニングB♭六拍
->間違ってないと思います。ただ私がよく聞いていたのは、指揮者が「ペット、ロングトーン!インB♭」って感じの言葉でしたね。

〇舌を突き直し
->ペットは吹いたことないのですが、唇震わせて吹く(アンブシュアをつくって吹く)ので、舌は突き出さないのでは? タンギングってことなのかな……

〇クラリネットから音を重ねて、チューニングをしていく
->省略しているだけかも知れないですが。チューニングはオーボエからだと思います。たぶんそれはオケもバンドも同じだと思います。オーボエは一番音程を合わせにくい楽器なので、皆がオーボエに合わせます。

2017-09-03 19:55

124.86.105.210

ちぃひろ

九月が永遠に遠ければ様

色々なご指摘ありがとうございました。

吹奏楽経験自体は、平均よりかは、かなり長い方だとは思っていますが、『カヴァレリア』は吹いたことがなかったので、宍倉版のYouTubeで音源を聞いて確認しました。

楽譜は高額なのでさすがに手にできませんでした。


この曲を自由曲に選んだのは、描きたかったトランペットの吹きのそれぞれの憂鬱を描きやすかったことと、そして、何より連符などの派手なアクションがない、バンドとしての実力がもろバレてしまうある意味本当に難しい曲だと思ったからです。

あと、私が好きでいつか吹いてみたい曲だからです(笑)

この作品の1番の問題点は、やはり誰をどう対象としているのかが明確でないところだなと感じさせられました。


吹奏楽経験者でなければ、わからない部分が多すぎますし、かといって、シンプルな根性青春小説にはできなかった。


そこが問題点なのかなと思います。

ご丁寧に音源まで聞いてくださって、本当にありがとうございました。

2017-09-03 20:32

182.250.246.207

九月が永遠に続けば

追記に追記してごめん。。
私なんぞよりはるかに吹奏楽経験長い人に、失礼こいてて申し訳ない。

『カヴァレリアルスティカーナ』と言われて、私の頭の中で即鳴ったのは、「間奏曲」でした。
独立して演奏される、有名(かつ人気な)部分。

それは、『タイース』と言えば「瞑想曲」、『イーゴリ公』と言えば「ダッタン人の踊りと合唱」なのと同じ伝で、、、一般的なクラシック好きも大抵「そうなる」と思う。
(加えて、私は親子して木管なので、『アルルの女』と言えば「メヌエット」なの。ホルンさんだったら「鐘」なんだろうけど〜)

↑ まあそんな訳で、【曲の説明は、割愛しない方がいいよね】って思った。




以下、おまけ・・

(何の足しにもなんなそうですが、“吹奏楽部の向かいの校舎で、石膏デッサンしながらくっちゃべってる美術部”の馬鹿話に出て来る、“誰もが知ってる簡単な吹奏楽曲の説明部分”)


 全開の窓から風が、向かい校舎の吹奏楽部通し稽古の音を運び、耳朶と皮膚をなでて吹き抜けてゆく。部の予算で常備し、皆で愛飲しているアールグレイの芳香が、撹拌され拡散してゆく。
「さっきの吹奏楽部(ブラスバンド)の曲、すごい良かった」
 もう次のに行っちゃいましたけど、と美杉。
「あれはね、『バンドのための民話』」
 吹奏楽と言えばコレ! な超大人気定番曲。中学は吹部だった海棠でなくとも、序盤と、終盤にまたやってくる印象深いフォークロアの旋律には、沸き立つような高揚感を覚えるだろう。オーボエとクラリネットを束ねた主旋律が、金管部に引き継がれ華やかにユニゾンしてゆくあたりに痺れる。
「あの盛り上がりと比べちゃうと、いまのは優等生的でインパクト薄い感じ?」と佐倉。
「まあね。でもタイトルは、なかなか好印象よ? 『ラプソディック・エピソード −狂詩的挿話』」
「狂詩曲って、響きは何やらカッコよさげなんだけど、名称からいまいち内容を推し量れないとゆーか……」藤沢。

  ・・(がっつり略)・・

 気づけば吹奏楽部は『黄金の日々』を合奏していた。往年の大河ドラマ主題曲は「大河屈指の名曲」と呼び声高く、年を経てなお各所で演奏され続けている。転調し、高音部が一段高い音域に移り、低音部が厚みを増して広がってゆくターニングポイントがやってきて、軽く鳥肌。


(↑ 譜面読めない、音楽用語分からない適当野郎なんで、説明もあっさり&テキトー。。)

2017-09-03 21:04

219.100.86.89

弥言

あれ、がっつりブラバンド経験者なんですか。
じゃあ馬の耳に念仏でしたね。失礼しました。

2017-09-03 21:13

124.86.105.210

弥言

間違った。馬の耳に念仏->釈迦に説教

2017-09-03 21:14

124.86.105.210

ちぃひろ

弥言様

丁寧な感想ありがとうございます。

トランペットは唯我独尊タイプが多いというのは、かなり納得のところです(笑)

そのため、立花を唯我独尊タイプのトランペッターとして登場させました。

音を割る、けど上手い。といった感じです。

ただ、吹奏楽を続けていて思うのが、トランペットという楽器は、意外とそのタイプの演奏より、あくまで補助としての役割が多く、それも求められている力の一つなのだということです。

伴奏で魅せるのは勿論、たとえ主旋律でも、コラールなどで純正律で音程をとろうも思えば、自分勝手な吹き方をするトランペッターほど困った存在はありません。

正直一緒に吹いていて、1番、いけすかないのは唯我独尊タイプのトランペッターです。

しかしまた、逆に「俺の音を聴け!」と思えないトランペッターも、 トランペッターとして足りないと思っています。

それが、この物語では朝比奈先輩です。


そのアンバランスな感じが、「才能」というところに焦点を当てて書くのには都合がいいなと思って、トランペットを取り出して書くことにしました。



・ 「舌を突き直した」はタンギングのことです。実はその場面では同じ音程の音をタンギングで区切り二度吹いています。一度目は外したけれど、二度目は当てたという状況です。

……非常にわかりにくいですが。


・チューニングはオーボエが多いとは思いますが、クラリネットの場合もあるなのかなと思っています。書くことのない、勝手な脳内のイメージですが、このバンドではクラリネットのトップをコンサートマスターとして、前列端に座らせ、チューニングもコンマス発信でしています。……本当に細かいことですが……。



お読みくださり、本当にありがとうございました。

2017-09-03 21:32

121.86.252.157

ちぃひろ

九月に永遠が遠ければ様


感想前後して申し訳ありません。


そうですよね。『カヴァレリア』で間奏曲よりも、先に吹奏楽編曲を思い浮かべるのは、吹奏楽部員とそのOBOGのみだと思います!

クラッシックの人から吹奏楽の『カヴァレリア』は邪道だと言われることも多いですし(笑)


転記いただいた部分を読み、以下に自分に語彙力がないか実感させられました。

音楽のような抽象的なものを、きちんと美しい言葉にするのは難しいです(°_°)

精進します!!

色々とご意見ありがとうございました。

2017-09-03 21:45

121.86.252.157

ちぃひろ

弥言様

いえいえ。長く続けているだけで、下手の横好きというやつです。

楽器も、執筆も少しずつでも上達したいものです……。

2017-09-03 21:48

121.86.252.157

真奈美

はじめまして。

凄いなー。書き切りましたね。県大会2位おめでとう!(違うか)
吹奏楽ものと言うから、武田綾乃の「響け! ユーフォニアム」みたいな感じかなーと思ってたら、まあ、結構ハードな内容でしたね。恋愛要素ほぼなし。どちらかと言うと映画「セッション」のような、テンション高めの体育会系アンサンブルものでした。

音楽を文字で表現するのは大変な感性が必要だと思うのですけれど、登場人物の感情の高まりをうまく利用して会場に流れる「音」を表現させていると思いました。やはり経験者ならではの臨場感といいますか、楽器の奏でる音を通しての、言葉をも超える表現というのが、このジャンルの醍醐味なのかもしれませんね。

ただし、非常に読者を選ぶ世界だとも言えます。 「スウィングガールズ」も同じように独特の世界を描いていましたが、ビッグバンドを知らない一般層にも大ヒットしました。やはりジャンルを問わず、そこに関わる人間の熱意を描く
ということが大事なのでしょうね。これだけ丁寧に書く事ができるのであれば、さらに強い作品が作れると思いますよ。
これからも頑張ってください。

2017-09-03 22:09

180.14.162.93

ちぃひろ

真奈美様

はじめまして。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

温かい言葉、ありがとうございました。

青春物と自分が考えた時に、いの一番に出てくるのが、あさのあつこさんの『バッテリー』で、いつかあんな感じの作品が書けたらいいなあと思っています。(道は遠しですが)

綺麗な青春って、面白くないって思ってしまうのです。

もっと、侮れない、美しくない感情があって、それでも「尊い」と思える、そういうものを描けるようになりたいと思っています。

けれども、そんな作品を書くには語彙力が足りない!!

きちんと誰に対しても読ませることができるような文が書けるように、少しずつ努力していこうかなと思います。

ありがとうございました。

2017-09-03 23:58

121.86.252.157

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

:
:
:
3,000字以内