作家でごはん!鍛練場

『赤い恋心』

17著

 起承転結のある物語を書き上げる練習をしています。

 新しい陽の光が波に運ばれて、広がる風景をきらめかせている。車窓の奥を見るためにねじった首が痛み、海の美しさに目を奪われていたことに気付く。見慣れているはずなのに、しばしばこうして見入ってしまう。毎朝見る景色が美しい。それだけのことだが、この感動は、今の生き方が間違っていないという証拠だ。
 車内アナウンスが流れ、ぱらぱらと乗客がドアをくぐっていく。僕もその列に続き、長方形の白い光の中に飲み込まれる。ぶわり、と潮の香りを浴びる。遠い景色の上で踊っていた陽の光が今、改札に向かう僕にそそがれる。早朝の駅はなんだか良い匂いがして、水気のある空気は心地良かった。前を行く人々は、全員、同じような格好をしている。黒に彩られている。誰もが同じ箱に向かって歩いていることを、そして自分も例外でないことを、僕は知っている。右手を動かして電子音を響かせる。まだ、進んで行く。
 大いなる海に背を向け、なだらかな坂をのぼる。波の音が体を包むように響いている。それに朝練をする生徒の声が混じる。晴れた空の下でどっしりと丘に座る高校へ、黒い人々がすいこまれていく。のぼってきた道をそっと振り返ってから、僕も高校に入った。一日の始まりだ。
 入学式や始業式から二週間が経ち、この高校では通常授業が始まっていた。新入生は着慣れない制服をひるがえし、上級生はこなれた姿勢で校舎を進んでいる。頭上でチャイムが鳴っている。教室に入り、みんなに挨拶をした。
 先生、と彼らが僕を呼び、色とりどりの挨拶が返ってくる。
 開け放たれた教室の窓から、春が吹き込んできた。


 街路樹をしっとりと濡らす春小雨がこの駅舎に冷気を運んでくる。太陽光が届かないせいで、町並みも妙に白っぽい。手に持ったビニール傘には数多の水滴が輝き、僕の膝がじわじわと冷えていく。
 休日出勤である。家のすぐ近くにある最寄り駅に着くと同時に、僕が乗るべき第一の箱は扉を閉め、のんびりと走って行ってしまった。残念だったが、仕方がない。今は屋根のあるベンチに座って次を待っている。僕が座ったすぐあとに、ひとりの女性が同じベンチに腰かけた。他には、誰も居ない。眼前の桜の色が、雨に溶けて昨日よりも濃い色に変わっている。そして、世界は絵画のように静止した。絶え間なく落ちてきているはずの雨粒も、景色にかかるレースのカーテンのようにしか見えない。閉じてしまったその空間で、思い違いだろうが、女性の体温を感じる。肌寒い春の只中で、何となく、嫌なぬるさだった。気付かれないように視線を横にずらすと、可愛らしいレインブーツが目に飛び込む。不思議な不安感を消すために、就任祝いとして自分に贈った腕時計に目をやる。その小さな針だけが、ちくちくと歩を進めている。
 ——お待たせいたしました。まもなく……
 ようやく、アナウンスが流れる。張りつめた空気にヒビをいれるように立ち上がって、足を踏み出す。質量もないような雨が服や髪を湿らせていく。ドアが開くのも待ちきれず、体を車体にねじ込んだ。女性の目がこちらを向いているような気がした。車内のこもった空気を吸うと息苦しさがやわらぎ、脱力して座席に体重を預けた。次の瞬間、体がかたまった。すいている車内で、女性が僕のすぐ横に座ったのだ。わけが分からないまま、どれくらいの時間が経過しただろうか。
「日曜日に会えたのは初めてですね」
 横に座る見知らぬ人の声が、こつんとぶつかってきた。予想外のセリフにとっさには答えられず、また、彼女の方を見ることも出来なかった。そこにぎょっとするような言葉が届き、顔を横に振る。
「先生」
 注視して初めて分かったが、女性というより少女と呼ぶべきであった。えんじ色のワンピースが、グリーンの車内に映えている。駅まで長く歩いたのだろうか。傘を差していたはずなのに、服がかなり濡れている。顔は、見えない。俯いているからだ。受け持っている生徒ではないが、向こうは僕を知っているらしい。
「えっと、何年生?」
「……一年生。だから、もうすぐ結婚出来ます」
 16歳イコール結婚なんだな。そういえば、クラスの女子達も四月生まれの生徒を囲んで騒いでいた。早生まれだから来年まで結婚出来ないよ、というセリフがひどく子どもっぽくて、微笑ましかったことを思い出す。
 ずい、と彼女の後頭部が眼下に迫って、白々しいほどに反り返ってしまった。彼女は元の位置に戻り、口を動かし、僕の心臓はさらに跳ねた。
 たばこ、と呟いたのだった。いかにも、僕はたばこを吸ってから家を出た。それも続けざまに三本。授業もなく、他の教師に近寄ることもないだろう、と油断していた。世は禁煙の時代である。さらに思春期の女子ならば、煙草はおっさんの嗜好品だからきもい、とまで言うかも知れない。品行方正さが売りの職業なので言い訳を考えていると、彼女はもう一度顔を近付けて来た。くん、と大きく嗅ぎ、そして少しだけ微笑んだ。黒目が大きい。視線が絡んでからそんなことに気付く。彼女が言う。良い匂い、と。車内は静かで、僕は何も答えられなかった。この不安は何だ。
「先生と一緒に居たくて、この高校を受けたの」
 車内アナウンスが、目的地が近付いていることを教えてくれる。しかし、足を動かせられない。湿り気を帯びた告白は続く。
「誰より好きです。私が生徒だから遠慮しているのかも知れないけど、もう少し一緒に居たいです。先生のおうち、駅のそばで羨ましい。早起きの先生に合わせるから、朝、一緒に登校しましょう?」
 口を閉じた彼女が先に立ち上がったので、びくりと体を引いてしまう。ワンピースのすそが花びらのように揺れている。
 あどけなく微笑んで、彼女が僕に手を伸ばしてきた。開いた窓から届くかすかな波音の中、僕は生き方を、就いた職業を後悔し始めている。

赤い恋心 ©17

執筆の狙い

 起承転結のある物語を書き上げる練習をしています。

17

60.114.45.172

感想と意見

加茂ミイル

風景描写が上手だと思いました

2017-09-02 11:25

60.34.120.167

虎徹

読ませて頂きました。

まず、

>起承転結のある物語を書き上げる練習をしています。

 との事ですが、起承転結をちゃんと意識して作成されたとは思えないです。メリハリが無く、どこが承・転・結か分からないです。
プロットの段階で起・承・転・結それぞれの役割、構成を考えて作成してみては如何でしょうか?

 個人的な考えではありますが、物語を作る時、構想の段階である程度の起承転結は出来るものだと思っています。(私の場合)なので、起承転結が無いものって、作者が意図してそのようにしているのかなと思ってしまいます。
 承・転については曖昧な部分もあると思いますが、もう一度勉強してみては?

それと、個人的に気になった部分

>車窓の奥を見るためにねじった首
>着慣れない制服をひるがえし

↑にちょっと違和感を感じました。

 内容は楽しく読ませて頂きました。上にも書きましたが、もっとメリハリがあればさらに面白くなると思いました。
承→淡い出逢いの予感からの
転→常軌を逸したメンヘラ女子高生
結→オチ
的な?

以上、初心者なので、感想の鍛錬として書かせて頂きました。
これからも頑張って下さい( ̄∇ ̄)

2017-09-02 12:38

223.25.160.25

かろ

 拝読しました。
17さんの作品って僕は好きです。
映像が浮かびます。
僕、17さんの印象は、失礼かもですが共感します。お話が違うのであれですが、読んでて似た感じをおぼえました。失礼だとおもいますが、すみません。
書くとこ似てるなって。僕が思っただけなんで、言葉は違うけど。すみません。
ドキッとしました。勉強になります。
ありがとうございます。

2017-09-03 00:18

218.221.94.74

17

加茂ミイルさま

書き出しの風景でしょうか。ありがとうございます。

2017-09-09 11:04

60.114.45.172

17

虎徹さま

何だかぼんやりした物語になるのは、プロットを作成しないせいだったんですね。設定を練って書き直します。
アドバイスありがとうございました。

2017-09-09 11:06

60.114.45.172

17

かろさま

かろさまと同じような作風だと捉えてよろしいでしょうか。
ありがとうございました。

2017-09-09 11:36

60.114.45.172

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