作家でごはん!鍛練場

『大洋を二度越えて (書き直し)』

陽再 昇著

この作品は昭和30年代後半(1960年代中旬)から1990年代初期にかけて展開する(ある男の中年の危機)内容で、昭和40年代初期の会話形式や文体になっています。

6月後半ごろ投稿させていた作品で、酷評や貴重なコメントを受けましたので、かなり修正しました。

読んで受ける印象は前と変わらないかもしれませんが、感想をいただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。

『大洋を二度越えて』


第一章 くちづけ


 秀雄はホテルのチェックアウトした後、けさ浴びた熱いシャワーで身体はまだほてっており、北欧の真冬というのにそれほど寒く感じず、ホテル前の石畳の舗道で白い息を出しながら、予約しておいたタクシーを待っていた。一月初旬のストックホルム、夏の白夜と反対に夜明けは遅い。すでに午前九時なのに薄暗く、ショーウインドーの明りが舗道を照らしている。窓際に飾られたクリスマスランプが未だに残され、その明りは通行人の心を明るくするせいか、時期遅れには見えないのだ。早めに外に出て待っていたが、時間通りにタクシーがやって来てバスターミナルへ行く。
 ターミナルの待合室は舗道側とその反対側のバス乗り場側がガラス張りで出来ていて、解放された感じをさせていた。冬の観光客がいない為か、待合室はそれほど広くはないが待っている人はほとんどいなかった。ゆったりと整然としたスウェーデン人の国民気質が反映してか、空港行きのバスが頻繁にあり、待つ人数も少ないのかも知れない。
秀雄はバスの改札が始まるのをバス乗り場側のガラス戸近くで立ったまま待ち、足元に大きなスーツケースとキャリオンバッグを置いていた。暖房がよく入っており、目の前のガラス戸が開く度、入れ替わりに入ってくる冷たい外気にアフターシェーブの匂いがぷんぷんする顔をさらしていた。膝まで隠す長い黒のウールのオーバーコートを着、両手を深くコートのポケットに突っ込んでコートのボタンは架けず、その下に着ている縞入りの濃紺のスーツのボタンも掛けず開いたままでいた。時々寒くなると、ポケットに突っ込んだままの両手で前を覆っていた。
 秀雄は複雑なことを考えているのだが、駐車している大型バスのディーゼルエンジンの耳触りな騒音がガラス戸が開く度、飛び込んできて、考えごとは中断していた。足元のキャリオンバッグのポケットから読みかけのペーパーバックが覗いており、いつもなら座わらなくても、そのペーパーバックを読みながら待つはずであった。しかし、けさの彼の頭の中は昨夜考えていたことの続きをしているのだ。これから一週間、ジャネファーに逢わないでいると、彼女への情熱が醒めてしまうのではとも考える様になり、そうなれば逢わないほうが無難に思え、ストックホルムに戻っても彼女には伝えないつもりになり始めていた。戻って来た時まだ彼女への想いが強く残っていれば、勝手ながら彼女に電話をかければ良いと決め始め、もしその時彼女が会うことを断れば、辛いかも知れないがそれで良いとさえ思う様になり出していた。

 その時、舗道側の入口から入ってきたドレスアップした女が近づいて来るのに気が付き、秀雄はその方向へ目を向けた。その人物をぼんやりと見ているうちにはっとした。その女は
「へイ(英語のハロー)」とニコニコしながら秀雄にスウェーデン語で挨拶をした。
「へイ」と秀雄も挨拶をし「ジャネファー、ここへ何しに?」と不審を隠しきれない顔に微笑を含めて英語で尋ねた。
「少し早かったので、まだあなたがここにいるのではと思って立ち寄ってみたの」とジャネファーは英語で喋り出し「きのうはどうもご馳走さま」と丁寧に礼を言った。
「いや、こちらこそどうも、お蔭できのうは本当に楽しかったよ」と答えた秀雄は、けさのジャネファーの表情や姿が昨晩とは人違いするくらい遣っているのに気がつき、
「きのうの君は可愛いかったけど、けさの君も本当に可愛いね」と誉めながら厚化粧した彼女を見直した。紺色の温かそうなウールのオーバーコートを着たジャネファーはチークをシャープに入れ、目の際には黒いアイラインをくっきりと描き、青いアイシャドウも塗ってダークブルーアイズが不自然に輝いている。学生風だった昨夜の彼女の印象とはすっかり違い、ストックホルムで良く見かけるお酒落なビジネスウーマンに豹変しているのだ。それなりに、少し老けて見えた。
「それはどうも、あなただって、スーツにオーバーコートを着ているから、始めは人違いじゃないかなと思ったのよ」
「オスロに着いたら早々、会合があるし、それにこの格好のほうが入国審査のとき、楽に通れるから」と言い、オーバーコートに突こんだままの両手を開いてみせた。赤と紺の縞模様のネクタイが白いワイシャツの前でひらめいた。ジャネファーは何か急いでいるらしく、早口で、
「これ、荷物になるかしら?」と言って、丁寧に包装された平べったい包物を秀雄に手渡した。「.....もしもこの次、逢えなかったらと思って」
「これ本?」
ジャネファーはうなずきながら
「うん、そう。飛行機の中で退屈したら読んで。あっ、わたしもう行かなくちゃ」と言って、秀雄に抱きつき彼の唇を求めた。秀雄はジャネファーの視緩から直感し、唇を合わせ彼女を強く抱き寄せた。少し長いめのキスの後、ジャネファーは秀雄から離れ、
「へイドゥ(じゃあ又)」と言って手を振り、ハイヒールブーツの固い音を立てて急ぎ足で舗道側の出口へ向かった。それはあっという間の出来事で、秀雄は後ろからジャネファーへ
「へイドゥ」と言ったが、彼女は手振っただけで振り向きもせずターミナルから出て行った。ターミナルを出たジャネファーは舗道の端で一瞬立ち止まり、頭を下げ両手で顔を押えた。その様子をガラス戸越しに秀雄は見つめていた。

                
第二章 出逢い

 昨晩、秀雄はジャネファーを夕食に誘い、薄く雪化粧したストックホルムの旧市街、ガルマスタンに行った。ガルマスタンの街並はガスランプを真似た外灯に照らされ、中世紀のまま残された黄色っぽい石壁の建物に狭く固まれていた。石畳みの舗道に積もった雪は人に踏みつけられ殆んど消えかかっていたが、踏まれていない舗道脇には白いまま固く凍りつき、氷点下の寒さを残していた。しかし、街並は少し歩いただけでは氷点下の寒さを感じさせないものがあった。厚いカーテンに隠れた二重ガラス窓からすすけたような電灯の明りが舗道にこぼれ、石畳みを歩く者の心をほのぼのと温かくさせているのだ。ガルマスタンの夜は人影が殆んどなく、まるで歴史博物館の展示物のような無人地帯を錯覚させ、時おり通り過ぎて行くコート姿は足音だけを響かせていた。落ち着いたストックホルムの静かさは無口なスウェーデン人の如く、明りのついた窓からはなんの音も聞こえない。ガルマスタンは幅広い川の中に浮かぶ周囲二キロもない三角形の島で、その廻りには小さな島が三つくっついており、島の北側には堅牢で質素な作りの宮殿と政府の建物が並び、南へ向かった数本の狭い通りの両側にはボティックや画廊、レストランとかいった商店が十六世紀の姿のままぎっしりと並び立っていた。宮殿から東に下った通りの端にあるフェム・スモー・ヒュッス(小さな五軒の家)という名の老舗のレストランで二人は夕食をしていた。

 午後九時に近い、この時間帯はそのレストランを出入りする客はいなく、中にいる客たちはもうすでに豪華な夕食を済ませ、つくろいでいた。しかし、レストランの中は驚くほどに静かなのである。薄明るいランプに照らされた客の口は開いているものの、聞こえるべき声は低く、静かに話しているのが分かるくらいなのだ。
 ジャネファーと秀雄の晩食は薄く切られたニシンの酢漬けのオドーブルから始め、メーンコースであるスウェーデン特産のトナカイのステーキ料理も終わり、チョコレート・ケーキのデザートもすで終わっていた。初めてのデートではあったが、よくあるぎこちない話し方はもうとっくに消え、以前からの知り合いであるかのように、二人とも気楽に思うまま喋り合っていた。
「ねぇ」とジャネファーが会話が少し途切れたとき言い出した。「わたしたちが子供の頃はもっと雪が積もていたし、市内でもクロスカントリー・スキーをしていたわ」
レストランのテーブルに向いあって座っている秀雄は彼女の言ったことに少し驚いた。何故なら彼女は二十才代半ばに見えて、自分より二十才くらい若いと思ったからだ。ジャネファーには自分が彼女と同じくらい若く見えるのだろか、それとも、彼女が使った英語の『we』は『わたしたち二人』と言う限定的な意味ではなく、ごく一般的な誰をも指さない意味だろうか? しかし、そんな使い方をしたはずはない。スウェーデン語の『vi』は英語の『we』と全く同等であると習ったことを秀雄は思い出したからだ。だから、まさか単語の使い方を間違えたわけではあるまいが、まあそんなことはどうでもいいと思いながら言った。
「うん、それは二十年くらい前、そうだなあ、一九七〇年頃のことだろう? あのころ僕はアメリカの大学に留学した時だったけど、ボストンでも雪がよく積もっていた」
これでジャネファーが秀雄の年齢を知り、驚くのではと考えていた。しかし、彼女はなんの驚きも見せず、
「そうね、地球全体がだんだんと暑くなってゆくみたい」と、言った。
「やはり、車の排気ガスや火力発電所などから出る炭酸ガスの影響かも知れない」と、秀雄は呟く様に言うと、
「それ」とテーブルに両肘をもたれかけていたジャネファーは、急にダークブルーの目を輝かせて聞いた。「グリーンハウス効果のことでしょう?」
「そう、でも炭酸ガスの量が増えたのか、その証明がまだうまく出来ていないらしいけど」 
「どうやって証明するのかしら?」とジャネファーがあどけなく言った。
「地球物理学専門の友人から聞いたんだけど、グリーンランドや南極の厚い氷に含まれた炭酸ガスの量を計ればわかるとかで、もうグリーンランドでは氷を掘り出す作業が始まったとか言ってたよ。いずれは一万年くらい前の氷も掘り出すとか」
「へーぇ、うまく結果が出るといいけど.....」
「結果が出ても、その結果をどうするかの方が難しい問題だと思わない?」
「そうね、一ヵ国の問題ではなくて、世界全体で解決しなければいけないわね」
「そうだけど、ストックホルムの夏もやはり昔よりも暑いのかい?」
「そうね、そう思うわ、でも夏のストックホルムの方が冬よりもいいわよ、夏になったら、また来ればいいのに」と、ジャネファーはニコニコしながら、両肩をすぼめた。
「うーん、そうしたいけど、スウェーデンの人は夏になるとみんな南へ旅行するって聞いているから、その時、君にまた会えるかなぁ?」と、また来る様な予定はないのに、ジャネファーにまた会いたいばかりにそんなことを言ってしまった。
「あら、それはそうよ、わたしがここにいる限り会えるわよ」とジャネファーは本気だから信じてという様な顔をして、「それに、この夏はどこにも行かずに大学に入る準備しなくちゃぁいけないの」と、言って頭を左右に軽く振りながら続けた。「だからわたしここにいるわよ、高校を出てからもう五年間も勉強していないから、今年は本当に真面目にやらなくちゃぁいけないの」
「最近のスウェーデンの若い人は高校卒業してもすぐには大学に行かないと聞いていたけど、君もそうなんだね?」
「そうよ、今頃の新入生、特に女学生の平均年齢は二十代半ばっていうから、わたしもその一人になりそう」と、少しがっかりする様に目を落して、空になったコーヒーカップをいじくり出した。
「でも、ドイツにいた時、勉強しなかったのかい?」
「西ドイツにいたときはドイツ語だけ勉強したの」
「そうか、まだ東と西が合併される前だから三年前に行ってたんだね」と頷きながら、「じゃあ聞くけど、ドイツ語と英語どっちが難しい?」と尋ねた。
「そうね、ドイツ語はスウェーデン語と似た単語が多いから、その点楽だけど、文法は英語の方がスウェーデン語に近くて、まあどっこいどっこいな感じ」と言ってジャネファーは目をくりくりとさせた。
「ふうん」
「じゃあ、スウェーデン語とドイツ語どっちが難しかったの?」とジャネファーが尋ねた。「そうだなぁ」と言って、秀雄は考えて見た。ドイツ語は大学で必須だったので仕方なしにやったくらいで、なんとか単位は取れたことくらいしか覚えていないのに気がついて、
顎を手に載せてコーヒーカップを見ながら言った。「その前に日本で英語を学ぶのが大変だったけど、英語で学んだドイツ語とスウェーデン語をくらべると、ドイツ語の方が難しかったなぁ。だけど発音はスウェーデン語の方が厄介だと思う。読み書きはなんとかなっても、話すのも聞くのもフランス語と同じくらい難しいと思う」
「へーぇ、スウェーデン語ってそんなに発音し難いの?」
「うん、英語にない発音も難しいけど、単語の前後関係で発音がなまってくるところはなかなか聞き取り難いんだ」と、秀雄は頭を左右に振った。
「そうね、その点はフランス語もスウェーデン語に似たところがあるわね」と、秀雄の顔をじろじろと見ながら尋ねた。「ねぇ、いったい何ヶ国語喋れるの?」 
「喋れるのは日本語と英語の二つだけだよ」と、秀雄は笑いながら答えた。
「じゃあ、何ヶ国語勉強したの?」
「日本語以外は四ヶ国語になるけど、フランス語は今でも時々、気が向いた時するくらいで真面白にやったのは英語とスウェーデン語だけだよ」
「でも、よりにもよってなぜスウェーデン語を勉強したの?」
「大学時代にスウェーデン系のアメリカ人の友達もいたけど、仕事でスウェーデンに来た時、何もかもスウェーデン語で書かれていて困ったんだ」
「じゃあ、独学したわけ?」
「まあね最初はね、そうだったけど、結局は後になって大学で一年間講習を受けてしまったけど」
「へーぇ、大学へ戻って勉強したの?」
「当り前のことだけど、人聞は頭を使わないと動物と同じだから、いつも何かを学うべきだと思んだ。ところで、大学に入るためにどんな勉強するの?」
「生物と化学を復習して入試の準備しておかないと、希望の大学へ行けなくなるの」と言って、ジャネファーは目を落して頭を振った。
「大変だなぁ。でも君の専攻したい科目だから面白いのでは? 僕も好きだった化学を専攻しておけば良かったんだけど」と秀雄は頭を捻った。
「あら、それじゃ、今から大学に戻って化学を勉強すれば?」
「それは、ちょっと遅すぎたみたい.....もう人生の半ばなので」
「ふふっ、今さっき、いつでも何かを勉強するべきだと言ったのは誰だったかなぁ〜」と、ジャネファーは笑いながら言った。えくぼの笑顔がとても可愛いと秀雄は思った。顔の掘りはそれほど深くなく、鼻もあまり高くなく、高い頬に大きなダークブルーの瞳を持った彼女はブロンドではないが、やはり肌も白く北欧的なところがあった。化粧したアメリカの女の顔に慣れているので、化粧をしていないジャネファーの顔が素朴に見えている。しかし、それが故に親しみやすく、こうして話し合っているうちに彼女にも以外と魅力があることを見つけ、自分の心が彼女に引かれて行くのを感じていた。
「そうだね、矛盾しているね、僕は」と苦笑しながら言った。「それはそうと、もう夜遅いから、トンネルバーナ(地下鉄)まで送って行こうか?」折角、ジャネファーに夕食を付き合ってもらいながら退屈させては悪いと思って、そう言った。
「まだ九時前だから、遅くはないわ、最終電車は十二時半だし、それに遅くなるって家に電話かけておいたから、大丈夫」と、腕時計を見ながら言い、「ねぇ、川のほとりから見えるウペラヒュッス(オペラハウス)ってとっても締麗なの、見に行きましょう?」と誘いかけた。
 夜遅くまで友達と遊んで帰ることもある彼女にとってはまだ時間もあったし、秀雄ともっと長く話しを続けたかった。秀雄にとっては、ジャネファーと北欧ムードいっぱいの夕食を一緒にできたことでとても嬉しかったのではあるが、冬のストックホルムの夜は幻想的で彼女と一緒に歩くことはさらに素晴らしと思った。すでに、二人は三時間近くもフェム・スモー・ヒュッスで会話を楽しんでおり、夕食の皿などはもうかたずけられ、コーヒーカップには乾いたコーヒーの跡が残っていた。

 レストランを出た二人は曲りくねった狭い石畳みの道を宮殿の方へ向かって、白い息を出しながら歩き出した。寒冷の米国東北部のニューイングランド地方に住み慣れた秀雄は黒いトックリの上に茶色っぽいセーターを着、その上には分厚いオリーブ色のフィールドコートを着ていた。ジャネファーは白いトックリの上に北欧特有の花模様の入った紺色のカーデガンを着、極地で使われる様な軍服のコートを着ていた。ストックホルムナ(ストックホルム市民)は結構気品のある高価なドレスを身に着けるほうであるがこういったラフなスタイルも以外と見かけるのである。二人共コートにはフードが付いていたが、レストランの温かさがまだ残っているせいか、後ろに垂らしたままでいた。ガルマスタンの路地は昼間は賑やかだが、夜が更けるにつれ人影は消え、店が閉まった今ではすっかりと静かになり古風な街灯に照らされ、まるで十六世紀から閉まったままの様に見えていた。
 石畳みを歩いている二人の足音は周りの石作りの建物に響き、空きもせず同じような話しに夢中な二人の声は足音の響きに消されがちだった。二人は宮殿を取り囲んだ高い石壁のそばを通り過ぎ、ストール運河に架かる橋を渡り、国会議事の建物であるリックスヒュッスの前にある厳しいリックスガータンと言う、今にも着飾った騎士が飛び出してきそうな短い通路を通り抜けて、ストックホルムの北区に面したノルストローム川に架かる橋に辿り着いた。
 「ヒデオ、あれがウペラヒュッス、締麗でしょう?」と言って、川の斜め対岸にあるガムラスタンと調和の取れた石作りのオペラハウスを指さしった。オペラハウスは明々かとライトに照らされ、黒い川の水面に反射しており、その黒い水面には白く薄い流氷が絶えまなく、カラカラと橋下駄にあたる音を立てながら流れていた。秀雄は橋の欄干に両肱をついて水面に反射する夜景はオペラハウスに限らずどこでも締麗に見えるものだと思いながら、
「うーん、縞麗だね。やはり、ストックホルムは、君の言う通り、ヨーロッパで一番締麗な街だと思う」と言った。
「わたし、ストックホルムから出たくないわ、大学だってここにしたいし」とジャネファーはひとりごとの様に岐いた。「これはわたしだけじゃないのよ、ストックホルムで生まれ育った者ならみんなここを出たくないのよ」と言って、秀雄のそばで欄干にもたれかかった。秀雄は自分自身の大学受検時代のことを思い出していた。
「大学入試って若い時、一番辛いことだけど、あっと言う聞に終わるから、今頑張らなくちゃあ」と、まるで父親か先生みたいな口調でジャネファーに言い、彼女の背中を軽く撫でて励ました。
「わかっているわ、でも楽をしようと思えば、ドイツ語を専攻すればいいし」と、ジャネファーは流氷を見ながら言い、ため息をついた。「色々と考えちゃうわ」
「今からそんなに悩んでいたら頭が白くなるよ?」
「うん、そうね、今晩は楽しくしましょう!」と、言ってジャネファーは秀雄に笑顔を見せた。秀雄は彼女の言い方が気になって、突然尋ねた。
「ジャネファー、ボーイフレンドはいないの?」
「いたけど、今のところいないわ」と、けろっとして答えた。
「こんなこと聞くべきじゃないけど、そのボーイフレンドどうしたの?」
「彼は大学卒業してから就臓先でいい人ができて.....」と頭を横に振りながら言ったジャネファーは口を濁らした。
「ごめん、やはりこんなことは聞くんじゃなかった」と秀雄は言い、変なことを聞いたことに後悔したが、彼女が
「いいのよ、もう彼のことはどうでもいいんだから」と、言ったので安心した。
「じゃあ、目欲しい人を探しているんだね」
「いや、別に探してはいないけど、今のままではそんな人はなかなか見つかりそうもないの」と、彼女は眉毛を引き上げて頭を軽く左右に振った。
「それ、どうして?」
「今の仕事じゃあ、顔を合わせる人が少ないし、限られているからだと思うの」と、ジャネファーは本当のことは言いたくなく、むしろ秀雄のことをもっと知りたくて
「あなたはガールフレンドがアメリカにいるんでしょうね?」と尋ねた。
同じ様な質問が出ることは予想しており、答えはいつもながら同じであった。
「ずっと前にいたけど、今のところ、いないよ」
「じゃあ、あなたも探しているわけね?」
「いや、もう探す様なことはしてはいないんだ」
「あら、どうして?」
普段なら、面倒だから『はい、そうです』と答えていたはずであったが、アメリカの女性と遣った雰囲気のジャネファーに聞かれ、つい本当のことを言ってしまったのだ。それに滅多にこのことについては細かく話すことはなかったが、
「もう二十五年くらい昔のことだけど、日本にいた時、強烈な恋をした人が未だに忘れられなくて....」と、自分の過去を喋り出し黙ってしまった。プライベートなことを聞かされて、ジャネファーは当惑してしまった。会話に途切、気まずく感じた秀雄は話題を変えようとしたが、さっきから感じていたことをそのまま口に出してしまった。
「話しは変わるけど、君と初めて会ったのは今日の昼過ぎ、あのウペラヒュッスの前だったけど、こんなふうに君と話していると、なんとなく以前から知り会っている様な感じがしてしょうがないんだ」と言ったが、これは少しキザだったと感じて気まずくなり、下に流れる流氷に目を向けた。恥しくて少し身体が熱くなるのを感じたが、冷たい風に消えた。会話が個人的なものになり、二人の存在に触れたことを秀雄の方から言われ、ジャネファーは次第に感じ始めていた勘があたったみたいで身体が震えそうになった。ジャネファーも流氷を見つめている秀雄の横顔を覗いて、流氷に目を向けた。二人とも一時、黙ってしまった。ジャネファーはこんな気持になったのは久しぶりであった。ヨワケムに始めてデートに誘われアバのコンサートに行ったのは十六才のときで、あのじーんとした快い気持が今しているのだ。

***

 もう考えなくなってきてはいたが、不意に高校時代からのボーイフレンド、ヨワケムと歩んできた想い出がジャネファーの脳裏を通っていった。スウェーデンの高校は課程によっては長くて、ジャネファーが卒業したのは十九才になった年であった。ジャネファーはドイツ語を身に付けたくて、高校卒業後、西ドイツへ二年間も遊学していた。ストックホルムへ戻ってからはドイツ語と英語ができるということで市内観光バスのガイドの仕事につき、一年間だけするのつもりでいたが、慣れてしまったアルバイトみたいな仕事が辞められ難くなり、すでに三年目となっていた。もうとっくに仕事の新鮮さは無くなってきていた。将来は自然環境に関した仕事をしたくて、大学で園芸学か植物学を専攻することを夢に持ちながら、単なる夢に留まりそうになっている。と云うのは去年の秋、ヨワケムと別れて以来、大学への準備をする気力を失っているからだ。
 同級生であったヨワケムは高校卒業後、ジャネファーが西ドイツに行っているあいだ徴兵され、一年間の徴兵から戻ってそのまま大学へ進み、去年の春大学を卒業し就職していた。ヨワケムの同僚である女性とは専門的でかつ『社会人』の話題ができ、次第に親しくなり、ジャネフアーとの会話は物足りなく感じていた。そんなある日、ジャネファーはヨワケムより理由もなく交際が終ったということを電話で伝えてきた。納得できなかったジャネファーはヨワケムに会いに行ったが、そこにいたヨワケムの恋人を紹介され、何も言わずに彼の前を去った。しかし、その後ヨワケムに電話をかけたが、彼の別れたい理由は中途半端な言い方で聞かされ、それが不満で、どうしても彼と二人きりで会いたかった。ジャネファーの懸命な要求に応じて、ヨワケムは仕方なしにもう一度だけジャネファーと会うことを約束した。ジャネファーはヨワケムと二人きりで会えば以前の様に喧嘩しても数日後には仲直りしていたのだから、今回もその様にまた寄りが戻せると期待していたのだ。ところが、いつもにもなくヨワケムは冷たく彼女に応じ、納得できる理由は告げなかった。
「わたしのどこが嫌いなの?」とヨワケムに突っ込んで聞いた。
「俺たち、大人になってお互いとも変ってきたんだ。だからもうこれで終ったんだよ、わかるだろう?」
「わたしはそうとは思えないけど」とジャネファーが応じた。
ヨワケムにとっては、これ以上説明しなくても誰だって理解できるはずだと思っていた。これでもわからないのであれば、ドイツかぶれしたジャネファーの考え方が以前とは遣ってきているんだとヨワケムは思った。ヨワケムは彼女をもはや他人としか感じられなかったが、彼女の短所を口にすることは避けた、しかし六年間も付き合っていて心から信頼していたヨワケムは二人きりで会う約束を破り、近くに待たせておいた恋人を呼び寄せ、その女と共にジャネファーの前を立ち去った。立ち残されたジャネファーは泣き顔を隠したまま立っていた。ジャネファーにないその女の魅力はどこにあるのだろうかと考えてみたが、ヨワケムと同じくらい背の高いブロンドの女の顔を良く見ることもしなかった。彼がこんなにまで変ったのはその女のせいにしていた。その女の前で侮辱されたことはそれほど気にしなかったが、そのことをヨワケムは友達に言い散らし、次第に友達の中に流れていった噂のせいか友達でさえ遠ざかって行く様に感じ、ジャネファー自身、自然に人付き合を避けがちになっていた。最近の付き合う人間といえば、ガイド関係くらいとなり、それも時間つぶしの様なものであった。以前は朗らかな方ではあったが、暗く憂欝な感じのする自分自身になっているのにも気が付いていた。しかし、その状態から抜け切れず、大学入学の準備もする気もなく焦燥感が出ていた。毎晩、夕食の後は自分の部屋に引き込もってしまう様になってきた最近のジャネファーを見て両親は心配していた。
                 ***

 そんなところへ、今日、ガイド客としてアメリカなまりの英語を喋る秀雄が突然現われ、初めて会った時から感じが良く、気さくで知性的な年上の彼に好意を感じていた。スウェーデン人と比べ小柄ではあるが、スウェーデン北部に住む原住民サミーみたいな細い目とガッチリとした肩を持ち、角ばった顎があり、かわいいと思った。日本人はもちろんのこと、東洋人とはデートどころか言葉を交わしたのはこれが初めてではあったが、話しているうちに、良い意味ではないが俗に云う、オリエンタルという滑稽なイメージが彼にはないどころか、感覚的には西洋人みたいなものを持っていた。それとも今まで感じていた東洋人のイメージは偏見的であったのかも知れないと思った。気楽そうな彼の仕草からはアメリカ人に良く見かけるところがあるのにも気が付いていた。ツアーの最中、彼と話していると、次から次へと驚く様な知らなかったことも聞かされ、いつもにはなく新鮮なものを感じ、快い刺激を受け少し興奮していた。ツアーの後、秀雄から夕食に誘われた時、ジャネファーは跨路なく応じてしまった。誘いをかけられたことも最近の彼女にとっては珍しいことではあったが、ヨワケム以来誘いを断ることが多くなってきていた。それがヨワケムの知人であればなおさらであった。秀雄が自分の過去とは無関係なのがなによりも気楽であった。しかし、このデートで秀雄を知るにつれ、アメリカ人に多いうわべで軽薄な気質が以外とないどころか、もっと奥深い人間味を感じさせ、次第に彼の魅力に引き寄せられているのだ。
 欄干にもたれかけた二人は黙ったままカラカラという流氷の音を聴きながら流氷を見つめていた。秀雄は黙り込んでしまったジャネファーに振りかえって、言い出した。
「こんなロマンチックな街で、君みたいな素敵で可愛い人と偶然会えるとは本当に想像もしなかったよ」
スウェーデンの男はこんなに大っぴらに言うことがなく、それが例え口のうまい嘘だとしても、そう言われジャネファーは嬉しくなった。ジャネファーの胸は急に熱くなり、頬がほてる様な気がした。思わず秀雄を抱きしめたい衝動に震えたが、以外にも彼は冷静で不動だったので、目を輝かせたまま彼を見つめることで精いっぱいだった。しかし、今晩限りの付き合いであるということが口惜しく感じ、複雑な気持になり真剣な顔をして言った。
「そうね、わたしだって、初めて会った男の人と、こんなに楽しく、それにこんなに長くお話しができるなんていうことは、今までになかったわ」
プライベートな話題を回避し、大っぴらに意見を発言しないスウェーデン人らしさはドイツ生活で不利だったせいか、特に外国人と接するときは感じたまま発言する様に心がけていた。そうでもなければ、このような言い方はしなかったはずだったとジャネファーは思い、少し恥ずかしくなった。
「僕達、どこか気が良く合っているんだ、きっと」と、秀雄はほんのりと赤くなったジャネファーの顔を見ながら言った。
「わたしもそんな気がしていたの、でも今晩限りでお仕舞いっていうのは、本当に残念だわ。わたしたち哀れな奇遇ね.....」と、ジャネファーは目と目を合わせて同意を求める様な顔をしながら言った。
秀雄は微笑しながら右腕をジャネファーの右肩にかけて彼女を引き寄せ、
「じゃあ、残りのひと時を大切にしよう!」と言った。
「うん、そうしましょう」と、ジャネファーも微笑しながら秀雄の腰に腕をまきつけ、頭を彼の肩にもたれかけた。その時、またヨワケムのことを思い出した。ヨワケムに肩を引き寄せられると、いつも自分の頭はヨワケムの脇の下に入ってしまった。秀雄の肩に頭を傾けるのは変わった感じがし、ジャネファーはその新鮮な刺激に少しばかり興奮した。秀雄はジャネファーの頭に頬を寄せ、彼女のフレッシュな香水の香りに気が付いた。最近は挨拶以外は女性と身体を寄せ合うことがなく、今こうしてロマンチックに女性と身体を寄せ合うことは久し振りであった。

 二人は身体を寄せ合ったままゆっくりと橋を渡り始めた。街灯に照らされた赤みがかったストローベリー・ブロンドのジャネファーのへアーは長めにきちんとカットされた秀雄の黒髪と対照し燃える様に明るく見えていた。誰が見ても、初めて逢ったばかりの二人連れとは見えず、しかも二人の年齢の差も気がつかないかも知れない。しかし、秀雄自身、気にならないのだが、ジャネファーに気を使い、
「僕達、年がかなり離れているけど、気にならない?」と聞いてしまった。
「そんなこと気にならないわ。それにあなたってそれほど歳上に見えないわよ」と言って秀雄の顔をちらっと見た。
 橋を渡った二人はオペラハウスの方へ向かって歩き、オペラハウスの前で立ち止まった。話し声の中には笑い声も聞こえていた。そして川岸に戻り、反対側に見える宮殿を眺めているうち、流氷の話しにでもなったのか、秀雄は歩道の脇に残っていた雪の塊を流氷をめがけて投げた。後ろにいたジャネファーは雪の塊を秀雄の背中に投げて、オペラハウスの前にある橋に向かって走って逃げだした。ジャネファーを追いかけた秀雄は彼女を後ろから掴まえ、彼女を抱き寄せて左右に振り回した。子供の様にふざけ合い、ジャネファーの無邪気な悲鳴も聞こえたが、二人はげらげら笑っていた。二人は再び身体を寄せ合い、そのまま橋を渡って十六世紀の中に漂うガムラスタンヘ戻って行った。川のほとりをジャネファーと仲良く歩いているうちに、秀雄は二十数年前の記憶と錯覚し始めていた。

               

第三章 回想

 その数日前、秀雄はストックホルムの南約百五十キロにあるノルショッピング市を訪れ、以前学会で知り合ったスウェーデン人に会って就職の話をした。その後、日程が自由なので一人でストックホルムに戻り、市内でぶらぶらしていた。明日はノルウェーのオスロ行きと決めて、今日、暇つぶしに市内観光バスに乗ったところ、秀雄だけが観光客となり、二時間のジャネファーのガイドで二人は急に親しくなったばかりであった。彼の視親がジャネファーに対して熱かった理由もあった。ジャネファーは秀雄が交際していた高校時代の輝子に似た感じがし、髪の一部を後ろに結んだポニーテールのへアースタイルは輝子とそっくりなのである。高校卒業後、輝子と別れて以来、秀雄は無意識に輝子の髪型を探していた。大きくぱっちりとした潤んだ瞳を持った輝子は、可愛いえくぼもあり、彼女の通っていたミッションスクールでは一番可愛かったと言っても言い過ぎではなかった。ジャネファーの仕草や態度から感じる温かい思いやりのある性格も輝子と似ていた。輝子とはとても気が良く合い、話しをし始めると、まる一日中終らなかったのも同じみたいなのである。ジャネファーが恥しそうに照れたりするところや、言葉は異っていても何か考えるな話し方まで輝子に良く似ており、秀雄は苦笑しながらジャネファーとの会話を楽しんでいた。ジャネファーの中に輝子がいるのではという妄想さえし始めていた。

 二十数年前、輝子と初めてデートをしたのは偶然ではあるが、寒い年末のことであった。デートは決まった様に、歩行者天国の長い商店街を歩き喫茶店に入ったりし、夕食をレストランで食べた後は橋を渡って公園に行き、夜の更けるのも忘れて公園のベンチに座って川の流れを眺めながら話しに夢中になっていた。市の中心部にある広い公園の両側は川で囲まれていたし、公園には橋が幾つか架けてあった。それからに二十数年もたった今、ジャネファーと川岸を歩き、橋を渡ったりしていると、否応無しに秀雄は懐かしい故郷のことを思い浮かべてしまったのだ。

               ***

 真面目に勉強していた輝子は京都の希望校である短大に受かったが、秀雄は望み高く難関な旧帝大のひとつを狙っていたが落ちてしまった。私大も二期校も受けずの一本勝負だったので輝子の京都出発を駅のプラットホームで見送った後はわびしい予備校通いをしていた。浪人生活をし始めた早々、両親のアメリカ人の知人から留学の招きがあり、留学してはと母から言われ、秀雄は一晩中迷ってしまった。その知人家族はキリスト教を通じての知り合いで米国東海岸北部のボストン郊外に住んでおり、父の話では昔ピューリタンが移住した辺りなので知人家族は厳格で勤勉だと想像し、行くのならその覚悟で行けと父が忠告した。日本人が全くいないところだから、日本食どころか日本のようなお風呂もないのよと、母が付け加えた。秀雄はそういっことには全く気にならず、一番気になったのは輝子のことであった。輝子は自分の歩む道を既に出発しており、しかも彼女のコースは短距離であった。ところが自分はまだ出発点に残っており、翌年、希望校へ合格する保証などはなかった。
 その当時、一ドルは三百六十円と固定していて、重労働なアルバイトをしても一日千円稼げたくらいであった。羽田からボストンまでの片道航空券は二十四万円もし、国際電話は三分間五千円、今では想像もつかないほど高かった。というわけで留学してしまえば、よほど裕福でない限り、夏休み帰国することはできず、大学卒業するまで帰国できないという条件付きだった。不十分な英語の為一年くらい留年することも覚悟しなければならず、そうすると結局は少くとも五年間の島流しみたいなものだった。留学を終えて帰国する頃、輝子は二十四才になっているはずで、結婚していても可笑しくない年頃である。
 一晩中考えた末、秀雄は思い切ってアメリカに留学することにしたが、予想していた自分の将来があまりにも変り過ぎて、それを把握できず未知への不安もあったが、輝子のことを考えると更に複雑な気持だった。しかし、予備校通いから英会話教室と英文タイプのレッスンに変わり、留学の準備に取りかかった秀雄は灰色の浪人生活から開放され、始めのうちは気分的に心良かった。とはいえ、輝子との長期の別れの日が近づくにつれ、内心酷く憂欝になっていった。だがその頃の留学は極めて稀で型破りなことだったので、両親など身回りの者はそう言った潜在的な影の暗さには見識がなく、憂鬱な秀雄には気が付きもしなかった。
 輝子が夏休みに京都から帰って来るのを待ち、その間は彼女と文通を続けていた。秀雄にとっては輝子に会える待ちに待った夏休みが来たが、大学の学生会の合宿に参加したり、寮の友達と旅行したりして、輝子はすぐには帰省しなかった。それは秀雄を避けていたのではなく、ある理由で家に帰ることをできるだけ遅らせたいのだと彼女は伝えていて、秀雄はその理由を良く理解していた。夏休み半ば頃、やっと輝子は故郷に帰り、二人は毎日の様に逢い、教会のグループと共に瀬戸内海の島でキャンプもした。楽しい夏休みがあっという聞に終わり、輝子が京都に戻る前日の夜更け、輝子の家の玄関前で、
「僕がアメリカから帰ってくるのは五年後になるけど、君は短大を卒業し就職して、もしかすると.....誰かと結婚しているかも知れないね?」と輝子の顔を伺う様に聞いた。輝子は結婚は考えられないほど遠い将来のことで返事に困り、
「〜ん、結婚しているかどうかは分からないけど、色々な人に会うとは思うわよ」と、正直に答えた。十八才だった秀雄にとっても、結婚は遠い先のことであったが、なにかもっとはっきりとした答を輝子から聞きたかった。彼女の言った『色々な人』とは他の男のことで酷くがっかりしたが、その狼狽えた表情は見せまいと俯いてしまった。その時、僕を待っていて欲しいと言いたかったが、どう言うわけか口には出せなかった。
 輝子は当分秀雄と逢えなくなることを悲しくは思ったが、短大の寮生活が楽しく、勉強や学生会で忙しくて、毎日が新鮮で充実していたので、別れを秀雄のようには辛くは感じていなかった。それに、早く家を出て、大学の寮に戻りたい気持ちの焦りみたなものがあった。その時、秀雄は翌日、駅に見送りに行くと、言って別れた。別れた後、帰りの電車に乗った秀雄は輝子の言った言葉から、自分と彼女との関係は片思いだと思い込んでしまい、すごく悲観的になり、約束して置きながら、輝子の見送りには行かなかいことにした。 
 翌日、輝子は約束を破ったのとのない秀雄が見送りに来なかったことで気になったが、昨晩の悲しそうな顔をした秀雄を思い出し、見送りに来て泣き顔になるのが嫌で来なかったのかもしれないと思った。新学期の始まった輝子は相変わらずキャンパスの生活が楽しくて、秀雄のことは忘れがちになっていた。それに、今まで彼は身近にいなくても、頻繁に文通をし、気持ちの上ではいつも身近な存在だったので、来年の夏休みに彼が帰って来るのではと安易に思っていた。
 留学間近になった秀雄はもしも留学中、輝子のこと想うとホームシックになり留学そのものが失敗になると思い、彼女のことを忘れようと必死だった。一ヶ月後、羽田空港に向かう道中、その頃出来たばかりの新幹線に大阪で乗り継ぎ、京都駅に一時停車した時、輝子に最後の別れをすることができたはずだった。しかし、思い詰めた彼は、輝子を諦めるために出発の日時を知らせるどころか、別れの挨拶もせず、留学先の住所も伝えずに、渡米してしまったのだ。

               *

 留学した当初はホームステイー先の家族に毎日囲まれて、アメリカ人の生活様式を吸収するのに精一杯だった。ホームステイー家族は秀雄の家族と似た構成で、長男と一歳下の次男は高校に通い、放課後は部活やアルバイトで夕方ごろ帰宅していた。ほぼ毎日、週末以外は家族全員揃って夕食をし、その後は決まったようにみんなでテレビを見ていた。それに入学したのは隣の町にある短期大学で、異色人種が極めて少ない地域だったせいか日本人が珍しくて、色々な学生に引っ張られ通しで休憩時間でさえ一人きりになることがないほどだった。そうした訳で、一人きりになる時間がほぼ無かく、輝子のことは殆ど頭になかった。
 バスや電車とかいった交通機関がないところではあったが、通学は運良く同じ大学に入学したホームステイの知人の息子が運転する車に便乗させてもらうことができ、放課後は通学路の途中にあるホームステイーのお父さんの勤務先の会社まで乗させてもらった。その会社で午後五時までプリンターの組み立てのアルバイトを一日も休まずやっていた。学友の都合が悪く便乗できなかった朝はお父さんが大学まで乗せて行ってくれたこともよくあり、秀雄の父が予想していた通りの誠実な人だった。
 宿題などの勉強は休憩時間などで足りなければ夕食後やっていたが、リビングルームのテレビが喧しいこともあり、勉強をし易い環境ではなかった。しかし、学業は無論英語であるがその内容が易しかったので、それほど時間をかけて勉強する必要がなく気にならなかった。週末は勉強で忙しくない限り、最初のころはホームステイ家族の一員として芝刈りなどの庭仕事の手伝いや買い物に同伴するとかいったごく普通の米国人家族がする週末の雑用を共にしていた。時にはホームステイ家族の親戚や友人達と一緒にバーベキューをしたり、色々なところに連れてってもらたりして、結構週末は慌ただしく過ごし、一人きりなることはなく、輝子のことを思い出す時間もなかった。
 日本にいた時、秀雄の家族は毎週日曜日の午前中、揃って教会に行き礼拝をしていた。これは日本では稀な習慣であったが、ホームステイでも同じことをしており、これがアメリカでは一般的な習慣みたいで、生まれて初めて教会に通うことが普通なんだと感じる。クリスマス行事も秀雄の家族がやっていたのとよく似ていて、十二月に入るとクリスマス・ツリーをリビングルームに立て、家族揃って飾った。違うのはそのツリーの大きさで、秀雄の家では一メートルくらいであったが、ホームステイではに二メートル以上という天井に届くほどの高い樅の木で、日本の教会で立てていた大きなクリスマス・ツリーを思い出させた。夜になると、ツリーライトが点火され、綺麗に飾られたツリーの美しさに見とれていた秀雄は渡米前のクリスマスを思い浮かべていた。それはクリスマス・イヴの礼拝中、礼拝堂の前に並んだ聖歌隊がローソクを手にクリスマスの賛美歌を歌っている場面だった。聖歌隊のガウンを羽織り一心不乱に歌っている輝子の姿、ローソクの火に輝く潤んだ瞳は秀雄の記憶に強烈に残っていた。できるだけ、ツリーのライトに見とれないようにしていた。
 アメリカの元旦は日本と比べ酷くあっけなく、一月二日は普通の日で、みんな出勤していた。というわけで、年明け後一週間くらいは大学のクリスマス休暇の続きではあったが、アルバイトをしていたので、秀雄は元旦早々ホームステイのお父さんと一緒に出勤し、丸一日中の八時間動労をした。正月を開けた最初の週末、家族みんなでクリスマス・ツリーを解体して、秀雄は輝子の潤んだ瞳を思い出す機会がなくなりほっとした。

 アメリカの生活や大学に慣れて来るにつれ、週末の家族行事がない時は何か他のことをしないと、輝子のことで悩ませられるのではと心配になり、大学内のクラブ活動を考えてみた。しかし、車を持っていなかったので、通学でさえ難しくて放課後や週末にあるクラブ活動は無理だった。仕方ないが、遊び好きなアメリカ人学生達に引っ張り回されて、好みではないがフットボールやバスケットボールなどの試合を見に行ったり、キャンパス内のダンス・パーティーなどで気をしのぎらすこともあった。時には週末の夜、学生たちと馬鹿騒ぎをしたり無理に酔っ払ってみたりしたこともあり、酔いから覚めた朝、酔っていた自分は泣いたピエロだと思い、惨めに感じた。 
 そういった滅茶苦茶な馬鹿騒ぎをする者と付き合うとトラブルになるかも知れないよと、お父さんが注意してくれたこともあった。ある週末の夜、レストランの駐車場で大学の友人等クルマ三台で別々にやって来た七〜八人と数分ばかり立ち話をしていたところ、パトカーが来て、『散らばれ!』と怒鳴られた。みんな乗って来た車に飛び乗って、その晩中途半端だったがそのまま家に戻った。そのことをお父さんに話したところ、公共の場で無許可の集団、特に若者の集団はどの町でも条例違反だったと教わった。アメリカ人には色々と異なった人種や風習、習慣があり、それなりに彼らの常識は日本の常識と比べると幅広い、言い換えれば『緩い』ので、無意識に無謀な行動をする可能性もあり、社会の秩序を乱さないようにと、自由な国でありながら法律や条例が日本以上に細かく書かれているらしいと、秀雄は自分なりに推測した。こう行った無謀な行為をするのは大抵はガールフレンドのいない野郎ばかりだった。仕方がないが秀雄も付き合う女友達なしの同種族だったのだ。その頃秀雄はまだ二十歳で、米国制度では二十一歳未満は未成年だったし、色々と日本とは勝手が違い、他の人がやっているから良いのだと思い込み、思いがけないことで失敗や危なっかしいことをやって、その都度ホームステイの両親から注意された。時には、実の親よりも厳しかったこともあった。しかし、反抗することなく忠実に服従し、学問以外に習うことはいっぱいあった。

 二学期が始まる時、一緒に通学していた学友が退学したことを知り、一時焦った。退学した理由は学業に付いて行けないとかで、他にも何人か欠席している者がいて、彼らも退学したらしいと云う噂だった。運良く同じ町から通学している他の学生の車に乗せてもらって通学することが出来るようになり、ほっとした。しかし、いつまで他人に頼って通学できるのかわからないので学生寮を考えてみたが、ホームステイのお母さんの提案で運転免許を取る準備をし始めた。だいぶ運転が上手くなって来た時、ホームステイのお母さんの車をお母さんが助手席で見守る中、運転して大学へ行ったこともあった。学友の放課後を待つか、学友に自分の放課後を待ってもらう不便なことが時々あり、時にはお母さんにわざわざ片道二十分の大学にまで迎えに来てもらったことも何度かあった。アメリカは大都市でない限り日本の様なバスや電車の便利がなく、郊外に住むには車は必需品なのだ。秀雄を一番悩まさせたのは言うまでもなく、車を持っていないことであった。もしクルマを持っていれば、キャンパスで顔見知りの女学生をデートに誘うこともできたかも知れなかった。クルマ無しでは交際も出来ないと言うことを知ったのだ。

 夏休は五月末から始まり、ホームステイーのお父さんと一緒に毎日通勤し、週四十時間のアルバイトを新学期が始まる九月までしていた。大学のクラスメークラスメイトの多くも同じ様に夏休みは週四十時間のアルバイトをして学費を稼いでいたので、秀雄は気にならなかった。だが、の日本の高校時代の友人が夏休みを旅行などで満喫している様子を手紙で知りガッカリすることもあった。しかし、自分の留学条件が日本からの送金無しだったので、在学中も夏休みもアルバイトで稼いで学費を作ることには不満はなかった。運良くホームステイ先から通学できる範囲以内に大学があったので生活費が浮いたことは幸いだった。

 短大を卒業した秀雄は四年制大学に進むことを望み、片道三十分で通学できるボストン近郊にある工科大学の二年生に編入することができた。新学期の始めはお母さんの車を借りて通学していたが、ホームステイの両親から中古車を買うことを勧められたので、喜んで中古車販売店に行った。そこで適当な値段の中古のトヨタを見つけたが、運良く、ある高齢婦人が五年間乗っていたスウェーデン製のボルボを見つけ、夏休みアルバイトで稼いだ貯金を叩いた。トヨタは日本に戻ればいつでも乗れると思い、値段はトヨタよりも少し高いがボルボにしたのだ。ボルボは五年間乗っていたとは思えないほどに良く整備されており、内装も綺麗で、走行距離もそれほど多くなかった。自家用車を所有することで自動車保険や車の整備、ガソリン代などで色々と費用がかかって来るのだが、そういった費用を経済的に保つ為の助言を沢山してくれたのは言うまでもなくホームステイの両親だった。無論、お父さんが購入時にテスト運転してくれ、太鼓判を押してくれたわけで、まさかそのボルボが大学卒業後十年間も走ってくれるとは秀雄は思いもしなかっただろう。
 車を持つということは自立したことになり、ホームステイ家族への負担を軽減することができ、ほっとした。さらに、アルバイトの時給が増えていたのでほんの僅かではあったが、毎月収入の一部を食費に使ってもらうことにしたので、無料で居候しているのと違い、気分的に幾分楽になった。ホームステイのお母さんは秀雄を自分の息子のように世話をしてきたのだが、食費を快く受け取ってくれ、秀雄の自らとった責任を誠実な良い心がけだと褒めた。せっかくクルマを持つことになったのだが、理工系の単科大学だったので女学生は数少なく、言葉を交わす機会さえもなく、従って交際は全くなかった。
 しかし、念願だった陸上部に入ることが出来、日課の暇を見つけてはキャンパスのトラックを走っていた。体格差、特に足の長いアメリカ人学生らとは競争しても勝ち目が無かったが、耐久力ならなんとかなり、長距離で彼らになんとか挑戦することが出来た。しかし、彼らに挑戦することが目的ではなく、本来の目的は自分自身だったので、自分の記録に挑発することに専念していた。それに長時間走っていると頭の中が空になり、悩みとかいった煩い事は考える機会がなくなるので好んでやっていた。週末は郊外の道を一人で走ったり、天気が悪くても数時間走っていた。同じコースを走り、前の記録と比べる。こういった意味もないことに熱中していたのは、輝子のことを思い出させない為だった。

 クリスマス休暇中、ノルウェー系アメリカ人の学友に誘われてニューハンプシャー州の山地に行き、クロスカントリー・スキーの味を初めて知った。それ以来、秀雄はクロスカントリー・スキーの虜になってしまい、暇さえあれば週末はその山域までの片道二時間、一人で運転して行き、クロスカントリー・スキーをしていた。そこで偶然出会ったカナダのモントリオールから来ていたフランス人グループとは良く気が合い、思いがけなく親しくなった。秀雄のクラスメートのほとんどが二〜三歳年下だったのと比べ、五歳くらい年上のフランス人グループとは興味深い会話に富み、留学して以来初めて有意義で楽しい時を過ごすことができた。というわけで、三日連休などはモントリオールまでの片道五時間もの運転を一人でして行き、彼らとスキー・ツアーや夏はサイクリングなどをすることもあった。フランス語会話の練習し始めたのもその頃だった。米国生活に慣れると同時に行動範囲を拡大して行き、有意義に満ちた時を作れるようになった為か、輝子のことを忘れることに成功したかのようにみえた。

               *

 輝子は何も言わずに去った秀雄の心境を察していたが、向こうで落ち着いたら必ず彼から手紙が来ると思っていた。一年以上過ぎても便りが来なかった。彼女自身卒業間近で、就業活動で忙しくなり、秀雄のことはあまり頭になかった。しかし、秀雄の送っている毎日の様子を想像したことはあった。彼の勉強は全て英語なので相当苦しく、それに毎日アルバイトをしながら大学に行っているのだから至極忙しくて手紙を書く暇どころか、私のことなんか、彼の頭にはないのかもと。帰省する度、彼のことが気になったが、彼の母とは教会で顔見知りでありながら、一度も話をしたことがなかったし、母親を心配させる様に思えて、彼のことを尋ねようとはしなかった。しかし、もう数年で卒業して帰国するはずだと思いながら、その日を期待していた。
 留学中、一度だけ、母が輝子のことを手紙に書いていた。それは輝子が短大卒業後数年後のことで、故郷に戻り、市内の大企業の受付嬢になったことと、暗い顔をして教会の礼拝堂に座っていた、ということだった。しかし、秀雄は母の手紙を読んだ後、すぐに暖炉に投げ込んで燃やしてしまった。無論、輝子のことは名前さえも母へ書かなかった。その頃から二十年近く経った今になって考えると、もしその時からでも輝子と文通を再開していれば、日本に戻って彼女と一緒になっていたかも知れないと思え、若かさのためか融通の利かなかったことを秀雄は至極残念に思えた。

 渡米して五年後、リンゴの白い花が咲き出した五月中旬、ホームステイの両親の見守る中、秀雄はついにアメリカの大学を卒業し、電子工学学士号を受け取った。晴々したのはつかの間で帰国を思うと、輝子はもう誰かと結婚していると思い、憂鬱になった。帰国すれば見合いさせたい娘を持っている知人が何人かいると母の手紙に書かれていたが、秀雄はその返答はしなかった。母は英語が出来るのだから通訳や翻訳などの仕事はいくらでもあり、就職は帰国してから探せば良い、と書いていた。しかし、アメリカの大学の工学士号を得た者を技師として採用する会社は日本にはないとも書かれてあったのには失望した。そういった理由もあって秀雄は帰国を遅らせたくて、大学院に進むことを希望した。あまり期待はしていなかったが驚いたことには、五年間も会っていない母親は大学院に行くことを喜んで賛成してくれたのだ。卒業した工科大の大学院にも推薦されてはいたが、五年間も家族同様に育ててくれたホームステイにあまりにも迷惑だと思い、千マイルも遠く離れたシカゴにある大学院を選んだのだ。それに、気楽にもなりたかった。

 その八月半ば、ホームステイ家族がフェアウェル・パーティー(歓送会)を開いてくれた後、秀雄はボルボの大きなトランクに本や衣類を積み込み、スキーを屋根に、ロードバイクをバンパーの後ろに乗せてシカゴに向かって出発した。道中テントで二晩しながら千七百キロのハイウエーを時速百三十キロで運転してシカゴに辿り着いた。シカゴ郊外のキャンプ場で数日暮らしながら下宿を探した。その頃、日本円が変動性になると同時に国外送金額も大幅に許可された為、両親から学費と生活費を送金してもらえることになりアルバイトもせず下宿しながら通学することが可能になったのだ。

 賑やかだったホームステイと違い、一人暮らしになることに不安がなかったとは言えず、相変わらず輝子のことは無理矢理に考えない様にしなければいけないという心配もあった。しかし、大学院が始まるとその心配は次第に薄れていった。その理由は総合大学だったので女学生が多く、キャンパスで知り会ったアメリカ人女学生らと交流し始めたことにあったようだ。自炊の経験がなかったので学生寮の大食堂で朝晩食べていて、当然ながら、初めのうちの付き合いは食堂で毎日見かける女学生達との単なる出会いだった。仲良くなり始めると、長い年月考えもしなかったデートに誘う機会を考えるようになり、これまで忘れていた心嬉しさを感じた。北欧系の移民が多いミネソタ州に近かったせいか、交際した相手は北欧系の苗字で金髪が多かった。だが、仲が深くなり相手の習慣や価値観に違和を感じ出すと秀雄は自ら引き下がっていた。その頃の秀雄の習慣や価値観はホームステイしたニューイングランド地方が根本だったし、アメリカのお父さんを見習った生き方を実践していた。同じアメリカ人でありながらこの中西部の人間はニューイングランドとは少し違った考え方を持っており、秀雄は馴染め難かったのだ。特に、中西部の人間は言うことと行動が合っていないことがあり、親しく振り舞いながら距離を置いている感じを持っていることに気がつき、ホームステイのお母さんが言っていた、『ニューイングランドの外の人間は少し違んだよ』ということを思い出していた。ホームステイはある意味では規律正しい大人となる様にと育ててくれたことで、思いもせぬ人生で有意義な経験となったと自覚し、良い両親を二組もてた幸運を神様に遅くながら感謝していた。

 大学院二年目頃から中西部の異様さに鈍感なったのか、または馴れてしまったのか、在学中で一番長続きしたのは輝子の面影のあるスウェーデン系アメリカ人の女学生であった。学期末休みなどは彼女のミネソタ州の家へ泊りがけで何度か行ったともあり、初めてスウェーデン語を教わったのは彼女の両親からで、スウェーデンの色々な話しも聞いていた。彼女の両親もボルボを持っており、同じクルマに乗っていたことも良い印象を付加えていたかもしれなかった。まさかその時、数年後にスウェーデン語を本格的に勉強するとは思ってもいなかった。しかし、彼女が結婚話しを口にした時、秀雄は輝子が遠い日本で持っているような気がすると同時に、価値観の不和が気がかりだったので、交際は終わってしまった。

 大学院卒業後、帰国を避けることも考えて、米国内の勤務という条件でシカゴにある日系の会社に就職していた。しかし、アメリカ国内でありながら日本並の残業に振り回され、幸か不幸か、あまり暇はなかった。輝子のことや趣味とかいったことはいつも後回しであった。あっという間に三十代になった頃、国内の学会で偶然出会った元工科大学時代の同級生の紹介でボストン郊外にあるアメリカの企業に転職することが出来、ホームステイ家族や旧友のいる第二の故郷、ニューイングランドに戻れた。残業から解放された秀雄は学生時代やっていたスキーやサイクリングに本格的に熱中できる様になり、そのレースにも興味を持ち、レースとは言っても相変わらず自分自身の記録に挑戦していたのであるが、そのトレーニングなどから来る肉体的な疲労で心にすき間もなく、満足をしていた。真夏の太陽の下で猛烈にペタルを踏み、夏が終り紅葉が散った後も寒さに挑戦してペタルを踏んでいた。雪が積もれば、クロスカントリー・スキーに履き替え、森や林の中を滑り抜け地吹雪きで天と地の境界も見えない雪原を風に向かって滑っていた。バイクの整備をしならがら春を待ち、また夏がやって来た。輝子のことを思う苦はほぼ消えたみたいであった。

 秀雄は何年もこの繰り返しをしていたが、胸の中にカラ風を感じ出し、それを無視することが出来なくなり、甘く情熱的な愛を渇望し始めていた。以前帰国した時、両親の家で高校時代の未整理の写真の入った書類袋を見つけ、アメリカに持ち帰っていた。しかし、書類袋の中は見ないままにしておいた。そんなある日、ついに輝子の写真を書類袋の中から取り出して見てしまったのだ。白黒写真は二人がいつも行っていた公園で写したもので、写真を見ているうちに、ワンピースを着た輝子がついさっきまで自分のそばにいる様な感覚がした。輝子がいつも気品のある良いスタイルのドレスやコートを着ていたことや、ドレスの着こなしが上手だったことを思い出した。二十年間の歳月、見なかった輝子の姿を見た瞬間、一度は諦めた昔の恋に再び火を点けてしまったのだ。いや、火は消えていなかったというのが本当であろう。輝子の潤んだ瞳をじっくりと見つめていると、居ても立っても居られなかった。秀雄は酷くわびしくなり、輝子との出会いは若き過ちと悟り、ひどく後悔した。短大を出てなぜ受付嬢の仕事をしたのかと思うと、輝子の心境が気になり、また今頃、彼女はどこで何をしているのだろうか? 果たしてこの世にいるのだろうかと考えたりすると、気がたまらなくなり、日常生活にも障害を出すほどだった。いつかは輝子と再会したいという望みは常にあったが、もし輝子が幸せな結婚生活を送り、秀雄のことを思い出せなかったり、又は自分に対して怒りや憎しみを持っていれば、それこそ秀雄は取り換えしのつかない心の痛みを受けることになる。それを暗示て、その後、何度か帰国したものの輝子を探そうとはしなかった。しかし、その逆に、もし輝子が独身のまま秀雄の帰国するのを待っているとすれば、彼女の美しさからしてまさかそうとは思えないが、それは最悪で、そんなことを考えると酷い罪悪感に襲われた。結果的には、輝子に何も言わずに留学したことの罪であり、今でもこんなに悩まされているのはその罰に違いないと秀雄は思った。

               ***

 二十数年も過ぎた今、秀雄は輝子に似たところのあるジャネファーといつ終わることもない会話を楽しんでいる。ジャネファーの英語の話し方にはスウェーデン人特有のアクセントがある。しかし、それは秀雄がスウェーデン語を理解しているからそう感じるのかも知れないが、英語を話している彼女の唇の動き方で特に『i』の発音の仕方がアメリカ人とは少し違っていて、エキゾチックでセクシーにも見えた。今のスウェーデンはアメリカ並かそれ以上進歩した社会であるが、スウェーデンの女性はアメリカの女性と違って、同じ西洋人でありながら、女らしさがまだ残っており、ジャネファーにそれを感じていた。ボーイッシュで自分とは対称的で活発な大胆な女性を好んでいたのだが、それはあまりにも女らしく振舞い過ぎる日本人女性にその点が足りないと感じたからであって、男性同様に振りまうアメリカ人女性に気に入ってしまったのは若き学生時代の頃であった。しかし、今では女らしさの殆んどないアメリカ人女性には関心が薄れ、久し振りに感じさせられる女らしさと輝子に似た感じのジャネファーに秀雄の心はひどく動揺していた。


第四章 ディスコ・ダンス

 人影のない中世期の街に舞い戻ったジャネファーと秀雄はあてもなく歩いていた。寒い中、ほのぼのとした外灯に照らされた二人は温かい漂いに包まれた二人だけの世界を作っていた。ジャネファーが飽きもせず付き合ってくれているので秀雄は腕時計を見るのを避けていた。しかし、小一時間も氷点下の中を歩いているうちに秀雄は心底冷えてきて、通り過ぎたパブの窓の明りが暖かそうに見え
「寒くない」と、ジャネファーに尋ねた。パブの窓を見ていた秀雄の横顔を見たジャネファーも、どこか入りたくなり、
「うん、そうね、どこかに入る?」と言った。
「どこかこの辺でいいところ知っている?」
「どんなところがいい?」
「静かなところはどう?」
「そうね、混んでいないところがあるけど、わたしが知っているのはノルマルム(北区)になるわよ」
北区まで歩くには寒過ぎると思ったが、ジャネファーの推薦したところへ行くことにし、二人はまたストール運河とノルストローム川を渡って北区に入った。明るい商店街を歩いて、クングスガータンの横道にあるレストランを兼ねたパブへ入った。
 ジャネファーが言った通り、中はそれほど混んでいなく、壁に面したボックス・テーブルが空いているのを見付け、脱いだコートを反対側のシートに置いて、二人は並んでシートに腰かけた。
「あぁ〜、寒かった」と言ってジャネファーは秀雄に身体をすり寄せた。まだ身体の表面は冷たくて、お互いの身体の温もりはすぐには感じなかった。秀雄は自分の年齢が気になるのか、あたりを見回しながら
「ここは色々な年代の人がいるんだね?」と言った。
「夜、出かける人なら誰でも立ち寄るみたい、ちょっと一休みしながら食べたり飲んだりするのに丁度いいところなの」
「ジャネファー、何を飲む?」と、秀雄はウエイトレスがやって来るのを見て、注文の用意をしようとした。逆にジャネファーは
「ヒデオ、何を注文したい?」と、秀雄に聞いた。
体が冷え切っていたので、本当はホットチョコレートにしたかったがジャネファーの身体の温もりを感じ始めて
「ノルウェーのブルービールあればそれにしたいけど・・・、勘定は僕が取るから君の好きなものを注文しておいて」とジャネファーに頼んだ。フェム・スモー・ヒュッスではジャネファーはまるで外国人であるかの様に黙って、秀雄がウエイトレスに注文しているのを脇で聞いていたのだが。ジャネファーは早口のスウェーデン語でウエイトレスに注文したが、秀雄は全部は聞き取れなかった。スウェーデン語で注文している彼女の横顔を惚れ惚れしながら見て、スウェーデン語がもう少しできればと思った。
「ガムラスタンは静かだったけど、ここは都会にいるっていう感じがするね?」
「セーデルマルム(南区)に行くと、また違った感じがするわよ、あそこはもっと庶民的なところだから」とジャネファーが言った。
「君はノルマルム、それともセーデルマルムのタイプなんだろうか?」
「わたしはどっちでもないわ」とジャネファーは言いながら笑った。
「じゃ、ガムラスタンだ、きっと」
「ふふっ」
「ガムラスタンを歩いている時の君は、あの雰囲気に良く似合うと感じてたんだから」
「ふふっ、そんなことないわよ」
 秀雄はジャネファーの腰に巻いていた手でくすぐりだしたら、
「いゃん」と彼女は声を上げて笑い出した。ざわざわとしたパブの中ではそんな笑い声はあまり目立たなかったが、近くのテーブルにいた五十歳くらいの男が気付き二人をじろじろ見つめ出した。しかし、二人共周りには注意を払わずウエイトレスが飲物を運んで来た時もくすくす笑ったり、身体をひねったりふざけ合っていた。ウエイトレスが飲みものをテーブルに置いていった後、秀雄はビールのコップを手にし、真剣な顔をしてジャネファーに視線を向け、彼女がそれに気が付くまで待っていた。秀雄の真剣な顔に驚いたいジャネファーは笑いから醒め、ワイングラスを手にし、秀雄を見つめた。
「僕らの素晴らしい今宵のために! スコール(乾杯)!」と秀雄は言って、ビールのコップをジャネファーのワイングラスにカチンと当てた。ジャネファーも、
「スコール」と言ってワインを口にした。乾杯の仕方は世界どこでも同じ様には見えるが、バイキング時代からの伝統ある乾杯の儀式はお互いの目を合わせ真剣にやるのが習慣であることを外国人である彼が以外にも正式に成し遂げたのにはジャネファーはいささか驚かされた。しかし、この乾杯で彼女はさっきまで陽気だった気分から醒めて、今夜限りでおそらく二度と逢うことのない彼と一緒にいることで、どうしょうもない焦燥感に襲われた。
「ねぇ、どこでスコールの仕方を習ったの?」とジャネファーがぼんやりと尋ねた。
「学生時代、スウェーデン系のアメリカ人の友達から」
「へーぇ」と、彼女はあまり会話に乗り気のない言い方をした。それに気がついた秀雄は
「君、憂鬱な顔をしているけど?」と、言ってジャネファーの顔を覗いた。
「別になんでもないけど・・・」と彼女は言ってワイン・グラスをテーブルにおき、秀雄に寄りすがった。秀雄は右手をジャネファーの腰に巻いた。
 突然、さっきから二人の様子を見ていた男が立ち上がり秀雄たちの方にやってきた。やって来た男は何も言わずに勝手にテーブルの反対側のシートに置いてあった二人のコートを片方へ押しよせて腰かけた。二人は驚いてシートに座り直してその男を見た。かなり飲んでいたらしく、赤い顔をしていた。
「こんばんは」とその男は英語で言い、「フィリピン人?」としょぼしょぼした赤い目で秀雄を見ながら英語で尋ねた。二人は困った様な顔をしてお互いの顔を見合わせ、秀雄は酔っ払いに向かって
「向こうに行って来れ」と英語で言った。
「ただ質問しただけなのに?」と酔っ払いは英語で言って動こうとはしなかったので、秀雄は
「いや、フィリピン人ではない」と機嫌の悪い顔付きで答えた。
「じゃ、なに人?」
「日本人」
「日本人? へーぇ、日本人にしては英語がうまいなぁ」とその男は驚いたように言った。「もういいから、僕らの邪魔をせず、自分の席へ戻ってくれ」と秀雄が強い口調で言うと、酔っ払いは秀雄を見直してスウェーデン語で何かぶつぶつ言いながら立ち上がって元の席へ戻って行った。
「本当にしようのない酔っ払いだわ、スウェーデンの恥じだと思わないのかしら、あんなのが多くて恥ずかしくなっちゃうわ」とジャネファーがしかめつら顔をした。
「こんなことが以前来た時もあったけど、これはスウェーデン特有みたい」と秀雄が笑い「酔っ払わないと他人に話しかけられないところは.....」と言った。
「追っ払ったのは良かったけど、万が一喧嘩にでもなりゃしないかとハラハラさせるじゃない。あの酔っ払いはずいぶん大男なのに、あなた、恐くなかったの?」
「別に恐くはなかったよ」と秀雄は言い、ニヤニヤしていた。「それに、あいつは酔っ払っているから、なにもできゃしないよ」
「でも英語でちゃんと話していたからかなり正気だったと思うわ」とジャネファーは少し固い表情で言った。「ずいぶんきつい言い方をしたけど、喧嘩になったらどうするのよ」
「えへへっ、僕は生まれつき口が大き過ぎるんだ、だけど心配しなくて大丈夫だよ、日本男児として柔道が少しは出来るから」と秀雄は笑いながら言った。ジャネファーは秀雄の顔を見て微笑し、彼の右腕に抱きついて頭を彼の肩に寄せた。
「スウェーデン人は喧嘩なんてしないだろっ?」とジャネファーの耳元で秘かに言った。
「めったにね。ハリウッドの映画に出て来るアメリカ人みたいな喧嘩はしないわ」
「本当に良い国に住んでる君が羨ましいなぁ」
「スウェーデンに住みたいのなら、このままここに残っていればいいのに」
「そう出来ればいいけど、住むところも仕事もないんだから無理だよ」
「難民だったら、着の身、着のままで来ているのに、不公平だわ」
「ちょと待ってよ」と秀雄は言ってジャネファーから離れ「それは遣うっていうこと知ってるだろう? 祖国に住みたくても住めないから倫理上、入国を許可しているのを。僕みたいに自分勝手な場合とは意味が違うって」と、教えるように言った。
「そりゃ知ってるけど、あまりたくさん許可していたら社会福祉費が足りなくなってしまうわ、難民って働きもせず、恩恵ばかり受けているんだから」
「でも、そのうちに彼らは祖国へ帰って行くから心配ないだろう?」
「まあね、早く帰ってくれるのならいいけど」と彼女は言って、右手で頬杖をしながら尋ねた。「ねぇ〜、オスロへ行った後はそのままアメリカへ帰るわけ?」
「オスロの後はついでにコペンハーゲンを見物してから日本行き、その後アメリカへ帰る予定」
「日本にも? じゃあ世界一周するっていうこと?」とジャネファーは驚いて目を大きくした。
「いや、ちょっとややっこしいけど、オスロとコペンハーゲンはストックホルムからの巡回ルートの切符だから、再び出発点のストックホルムへ戻ってからオスロに行き、そこから北極経由で日本へ飛ぶから半周だよ」
ストックホルムにもう一度戻ってくることを聞いた彼女は、しめたと言わんばかりに、
「ストックホルムにもう一度戻って来るわけね?」と嬉しそうに聞いた。
「うん、そうだけど飛行機の乗り換えだけでストックホルム市内まで来るような時聞はないと思う」と残念そうな顔をしながら言った。がっかりした顔でジャネファーは尋ねた。
「それは何時の予定?」
「日程は決まっていないけど、予定では数日から一週間後で、乗り換えで数時間くらい待たされるはずだけど、日程変更できるようになっているから」と秀雄は言った。「でも、どの日になるかはわからないよ」
「決まれば連絡してくれるっ? 時間があれば空港まで逢いに行くかもしれないから」
「そんなに僕に逢いたいわけ?」と秀雄は少々驚いて、言葉を落してしまった。恥しそうに微笑みながらジャネファーは
「今はそう思うけど、数日経ったら気が変わるかも知れないわね」と言った。
「じゃあ、もし予定を変更して、ストックホルムにまた数日でも滞在できるようにしたら、君とまた逢える?」
「それなら、また逢いたいわ。ねぇ〜、そのように予定変えたらいいのに?」と、少しはしゃいだ声でジャネファーが言った。
「それなら明日、どのくらい変更できるかどうか空港で聞いてみる。できれば長く居られるようにしてみる。でもこれは保証なしだよ。最高三ヵ月間ビザ無しで滞在できるけど航空券はどうかな?」
「どっちにしても、分かり次第連絡してくれる?」
「もちろん」
今晩限りの出会いではなさそうなことになり、ジャネファーの気持は幾分か安らぎ蕉燥感も薄らいで、また朗らかな彼女に戻って行くのが秀雄にでも感じ取れたほどだった。

 三十分も経たないうちに身体が温かくなってきた二人は、別に行くところはなかったが例の酔っ払いがまだジロジロと二人を見ているので、パブを出ることにした。もっと長くここにいたかったがどの席に移ってもその男からまる見えみたいなので、出るより他になかった。
 地下鉄の中央駅へ向かって身体を寄せ合ってゆっくりと歩いていた。お互いに口にはしなかったが、もうそろそろ別れの時間が近づいていることを感じて、二人共黙り込んでしまった。通りかかった本屋のショーウィンドーに置いてあった植物や花の本に気がついたジャネファーは秀雄の手を引っぱって店の前で立ち止まった。ガラス戸の中に見える白いアネモネの絵ハガキをジャネファーは指さして
「春になったら、あの白いアネモネがストックホルムの周りいっぱいに咲くのよ」と嬉しそうに言った。「その光景は本当に素晴らしいの、アネモネがいっぱい咲く春が待ち通しわ!」
「まだ真冬だというのに、そんなことを言って、この冬どうやって過すんだい?」
「遠いけど時々スキーに行ったり、でなければ室内スポーツやダンスくらいしかできないわ」
「ダンス?」
「そう、ディスコに行って踊りまくるの」と言って、ジャネファーは立ち止まり、ダンスをするかのように両手を上げて体を少し捻った。秀雄は振り向いて、ダンスのポーズをした彼女を見ながら呆れた様に言った。
「ダンスってディスコダンスのことかい?」彼女がモダンダンスかバレーでもやっているのかと思い違いしていたのだ。
「そうね、アメリカ英語で言えばファースト(fastの意味)・ダンスのこと、その場所のことをそう呼ぶだけ」
「へ〜ぇ、場所のことをそう呼ぶわけ? アメリカでもそう呼んでいるかもしれないけど、僕知らなかった」
「どう、入ってみる、今晩?」
「君が行きたいのなら行くけど.....」と秀雄はあまり乗り切のない言い方をした。
「じゃ、行きましょう、一度くらいスウェーデンのディスコってどんなものか見ておくといいわよ」
二人はまた歩き出した。別にすることもないので秀雄は行くことにしたものの、友人の結婚式に招待された時ダンスをするくらいで長い間ダンスをしたことがなく、音楽とあわせて踊れるかどうか心配になってきた。
「僕、ダンスが下手だけどいい?」
「そんなこと気にしなくていいわよ、ダンスの上手な人なんかいないんだから」

 ディスコからは音楽があふれていて近づいたことを感じた。ディスコの前に来ると、パステル色の電光が音楽にあわせてピカピカとドアからはみ出していた。中に入った二人はコートを預けて、薄暗いダンスホールの中へ入って行った。ここではどんなダンスをしているのか秀雄は気になっていたのだ。フラッシュに照らされる度に見える一瞬止まった光景から大勢がダンスをしている様子が見えると同時に、アメリカのテレビや映画などで見るダンスと変らないのに気がついた。アメリカと遣って見えるのはみんなスウェーデン人らしく異色人種は見あたらなかったことである。ジャネファーは秀雄の手を取ってダンスの出来そうな空いた場所に導き、テンポの早いロックミュージックに合わせてダンスをし始めた。秀雄は音楽のテンポに合うまでは気兼ねしながら身体を少し動かしていたが、テンポに慣れてくるにつれ手足も大きく振り、身体も大きく捻りだした。フラッシュに照らされる都度、ジャネファーの髪が大きく左右上下にふわふわと振れるのが見えた。音楽は止まる間もなく連続に流れ、二人共汗ばみながら楽しく踊り続けた。二十分くらい踊り続けていると音楽が一旦止まり、
「ジャネファー、ひと一息休もう」と秀雄が声を上げた。
ジャネファーは秀雄の手を取り、混雑してた中をウロウロと歩き回って空いたテーブルを探していた。その時、「ジャネファー!」と呼んでいる女の声があった。薄暗く、しかも騒々しいロック・ミュージックが始まり、その女がどこから呼んでいたのか分からず、二人とも立ち止って辺りを見回していたら、突然、若いブロンドの女がジャネファーの前に現れ、二人を近くのテーブルへ連れて行った。丸いテーブルにはジャネファーと同じくらいの年代の男女四人がテーブルを囲んで座っていた。ジャネファーは呼んでいたブロンドの女と話しをし始め、秀雄をその女に紹介した。テーブルにいたグループにも彼は紹介され、スウェーデン語で簡単な挨拶をした後、隣のテーブルから椅子ふたつ持ってきて、ジャネファーと一緒に彼らのテーブルに割り込んで座った。
「本当に久しぶりじゃない、ジャネファー?」とブロンドが言った。「元気そうだけど、どうしてんのよ?」
「相変わらずょっ、あんたこそどうしてんの? クリスマスはどこに行ったの?」とジャネファーがブロンドに尋ねた。
「今年はどこにも行かなかったの。で、あんた...」とブロンドは言いかけたが、ヨワケム無しではどこにも行かなかったはずだと思い、すぐに話題を変えた。「お連れの人は誰なのよ? 今まで見たことのない人だけど」と、ブロンドは緑色の目で秀雄を指して言った。
「彼は今、アメリカから来ていて、きょうの観光バスのお客さんだったの。で、夕食に誘われたわけ」
「ふうん、もうヨワケムはいないんだから、これからこういうことが良くありそうね?」
「ねぇ、覚えてる? ずっと前、ハンサムなイタリアのお客さんとデートした時、ヨワケムが酷く怒ったのを」
「うん、そういうことがあったわね、だけど黒髪でハンサムな男ってエキゾチックで惹かれるのは仕方がないわね〜、私たちは?」とブロンドが言い、二人とも吹き出した。
「じゃあ、彼は今晩限りの人なのねっ?」
ジャネファーは少し考えてから、
「決まったわけじゃないけど、来週また逢えそうなの」と、答えた。
「へーぇ? じゃあ、単なる通り過ぎの観光客じゃないのね」
「そう、今仕事を辞めてのんびりしているとかで暇だから、ここへ長くいてくれればいいんだけど」
「そう、この人をお気に入りなのね!」とブロンドが冷やかしった。ジャネファーはニコニコしながら頷き、テーブルの周りに座っている友達を見回した。
 音楽が大きくて会話が聞こえ難くいばかりか、スウェーデン語は少ししか話せないので秀雄は黙って聞いている振りをしていた。隣りに座っていた軍人みたいな短い髪型の男が秀雄にスウェーデン語で話しかけてきた時、ゆっくりと話してくれないとわからないとスウェーデン語で言ったところ、その男はあまり上手でない英語で喋り出した。ここにいるグループは古くからの友達で、時々ジャネファーも元彼と一緒にここに来ていたと云うことを聞かされた。秀雄はもしかすればジャネファーの古いボーイフレンドもいるのではと気にかかり出したが、ジャネファーは相変わらず忙そうにブロンドと話しており、秀雄の配慮を一向に構わない様に見えた。秀雄はやや後ろ向きになったジャネファーの首元を見つめているうちに、彼女の肩にそっと手乗せた。ジャネファーは少し驚いて秀雄に振り返って微笑し、肩にかかった彼の手を右手で愛撫しながら、彼の手を膝の上に置いていた左手の上に導いた。秀雄の手を両手で愛撫しながらブロンドと話し続けた。その後もジャネファーは時々秀雄に振り返っては笑顔を見せていた。
 突然、テーブルの反対側にいたブルーネットの女が秀雄に話しかけてきたので、秀雄がスウェーデン語で聞き直すと、その女はゆっくりとスウェーデン語で、いつまでここにいるのかと尋ねた。秀雄はスウェーデン語でぽつりぽつりと考えながら、
「明日出発し、数日後、再びストックホルムに戻って来る」と言ったら、ブルーネットは、「その後はここへ長く留まるべき」と言ってジャネファーを指さした。ジャネファーは相変わらずブロンドの女と忙しそうに噺っていて、秀雄とブルーネットの会話は聞いていない様子だった。
 スローダンス(テンポの遅い社交ダンス)の音楽が始まると、そのテーブルにいたカップルたちが次々と席を立ち、抱き合ってダンスをし始めた。秀雄はジャネファーにダンスを求め、彼女の手を取ってダンスの広場へ入り、テンポの遅い曲に合わせて抱き合ってダンスをしていた。その曲が終わると、またテーブルに戻ると、ジャネファーはさっきと同じ女と少しばかり話していたが、テーブルの反対側のブルーネットとも話しをし始めた。二人の話題が秀雄のことになったらしく、ブルーネットがまたスウェーデン語で秀雄に何か言い出してきたが、うわの空で聞いていたので聞き戻した。しかし、はっきりと内容が理解できずにいたら、ジャネファーが横から英訳してくれたので、秀雄は英語とスウェーデン語を混ぜて答えたりしていた。
「ジャネファーがあなたはダンスが上手だと言っているわよ」とブルーネットが秀雄に言った。
「そうかなぁ、そう思わないけど」
「来週も、またジャネファーと一緒にディスコに来なさい」
「うん、そうできるようにする」と秀雄がブルーネットの推薦に乗って答えたら、ジャネファーは嬉しくて秀雄にもたれかかった。
 テーブルで楽しそうに話しをしているジャネファーの横顔を秀雄はじっくりと見ることができ、その分だけ嬉しかった。他のスウェーデン女性とくらべると目立って締麗とは言いがたいし、輝子と比べると輝子の方がはるかに可愛いと思った。しかし、そんなことは秀雄にとってどうでも良く、今の時点で楽しい会話ができ、お互いに何か感じるものがあるみたいで、彼女のそばにいることだけでも嬉しかった。
  
 一時間くらいダンスやテーブルに戻って話しをしたりしていると、ジャネファーの友人たちが帰宅し始めたので、ジャネファーと秀雄もディスコを出ることにした。氷点下の外気はダンスで熱気した身体を冷すのには丁度良かった。
「楽しかった?」とジャネファーが聞いた。
「うん」
「ごめんなさいね、わたしばかりが話しに夢中になって」と秀雄の顔を覗き込みながら「あの人たちに逢うのは久し振りだったの」と言った。
「そうだと思ってた。謝らなくていいよ。ああして、君の楽しそうなところを見るのも、僕は結構楽しかったから」
「タック(ありがとう)」と言って、ジャネファーは秀雄にしがみついて、彼の頬にキスをした。
「さて、もう十二時過ぎ、どうする?」と秀雄が言った。
「そうね、あなたがオスロから帰って来たらまた逢えるかしら?」
「うん、そうできるようにする」
ジャネファーは腕時計を見て、「じゃあ、わたしもう帰るわ、今なら最終電車に間に合うから」と言った。
「トンネルバーナまで君を送って行くよ」
二人は地下鉄の中央駅へ向かって歩き出した。

 昼間のように明かるく整然としたプラットホームに立った二人はお互いに無言のまま長く見つめ合っていたが、やがて最終電車がプラットホームに入ってきた。電車のドアが開き始めると二人は一瞬、固く抱きしめ合った。ジャネファーは秀雄から一歩うしろへさがって離れたが、お互いとも両腕を抱えたまま顔をじっくりと見つめ合い、ジャネファーは秀雄の黒い瞳を、秀雄はジャネファーの青い瞳を忘れない様にと見つめていた。
「ヴィーセス(また会いましょう)」とジャネファーは言って電車に乗った。
「セスヴィー(じゃあまた会おう)」と秀雄は言った。ジャネファーはドアのそばで振りかえり、立ったまま秀雄を見つめていた。ドアが閉まるとジャネファーはニコニコしながら手を少し上げて振った。涙ぐむ寸前だったジャネファーは大きく息を吸い込んだ。秀雄も手を振り、電車が動き出すと、ジャネファーには聞こえないが「バイバイ」と声を出さず口を動かした。
 その時、明日のオスロ行きの後、すぐストックホルムに戻りたい感じになった。ただ良い思い出を作るつもりで気軽な気持で話し易いジャネファーを夕食に誘ったわけであるが、輝子のことを今までになく思い浮かべさされると同時に、ジャネファーの魅力にも強く引かれ、これから先の日程まで変えらせそうな状態になっているのだ。それに、あまりにもジャネファーとの関係が急速に進み、頭の中はぼーっとしている。電車がプラットホームから出ていった後、秀雄は自分でもわかるくらいゆっくりと駅の階段を上がり出した。自分のしていることが不可解になり、酷く考えごとをしながらホテルに向かって歩いているのだ。


第五章 手紙

 十数年もボストン郊外にあるアメリカの計器会社でエンジニアとして務めていた秀雄は自分の専門分野が極めて狭い為か新製品のデザイン開発に一段落した後はほぼ無用みたいになり、このままでは昇進の可能性がないことに気がつき始めていた。入社した二年目に一度昇格があったものの、それ以後十年近く経ったが昇格がないのだ。課長は、
「君の持ってる知識は我々の製品デザインに貢献している、しかし君のコミュニケーション能力が他の職員ほどでないので総合評価点がC+となって、少なくともB以上でないと昇格候補に入れないんだ」と、この数年同じような言い訳をしていた。秀雄自身、英語が完璧でないことは分かっていたが、新製品であるデジタル計器のデザインの主導役として自分が唯一なのに外国生まれの弱みを肥大に故事付けた評価だとしか思えなかった。若く見えることやあまり積極的でない気質も影響してるのかも知れないが、秀雄はそうとは考えられなかった。しかし、大学院にも進まなかった工科大学時代後輩だったアメリカ人技師が、次々と昇格され自分を追い越して行くことに侮辱を感じていた。日本の会社に残っていればこの様なことにはならなかったと思ったのは後の祭ではあった。だが、残業から解放されたこの十数年間、好きなことが思う存分できたことには引き替えられないと思った。しかし、毎朝起きて通勤することが憂鬱になり出していた。職場で充実感を得るには転職する以外ないとは分かっていながら、転職は引越しに継がり、狭い分野のため転職先は限られており、アメリカ国内ならテキサス州と西海岸くらいしかないのだ。しかし、そういった四季のない地域には住みたくなかった。国外の転職先としては日本以外ならヨーロッパにもあるがビザの問題があった。とは言っても日本やスウェーデン、ノルウェーには仕事を通しての知り合いがあり、あてにはならないが国外の転職先の可能性を内密で探ってみたかったのだ。      

 北欧は出張で数回行ったことがあったが、いつも真冬だった。しかし、そのどんよりとした薄暗い天気と北欧独特の冬の憂欝さがまさに今の自分自身に丁度似合う様に思え、春を待たず長期休暇を取り、スウェーデン、ノルウェー、そして日本を回ってボストンへ帰る予定で、はっきりとした日程もなく旅に出発したのだ。会社にはサバテイカルとして無給休暇を取らせて貰ったが、民間企業にはそんな都合のいいことができるところはなく、戻って来た時に復職できるかどうかは条件次第で全く賭けであった。職場とは無関係で信頼できる友達だけには話していたが、自分の車を売払い、アパートや電話なども解約し、整理した身周り品をホームステーした家族の地下室に保管させて貰って、会社へ戻ることは毛頭期待せず出発していた。
 大まかな旅の予定はあったが、細かいことは風向き次第であった。しかし、ストックホルムで輝子に似た女に遭遇することは予想していなく、このままでは本来の旅の予定の一つとして日本で輝子を探し再会することが後回しになりそうな気がし始めているのだ。今度こそ輝子と再会する決心をしておきながらと、秀雄はジレンマに陥れている。

               *

 ホテルに向かって歩きながら、何度考えても同じ答えしか出ないことを繰り返し考えていた。このまま、ストックホルムに居残りジャネファーと付き合っていたいが、彼女がどこまで真剣なのかはっきりとわかっていない。もしスウェーデンに永住しているのであればこんなことは考えなくてもいいのだか、住むところもない通り過がりの旅人には手段は二つしかない。その一つは予定通りの行動をし、ストックホルムで乗り換える時、もしジャネファーが空港に来ればもう一度逢えることで、第二は、予定を変更してストックホルムに数日滞在することであった。しかし、はっきりとした予定が無いので、ビザの許す限りここに長く滞在することも可能なのだ。ホテルに戻って、明朝出発の荷作りをしながらもこの事を繰り返し考えていた。

 ジャネファーの乗った電車の中は空に近かった。電車のシートに座った彼女は秀雄と再び会えるかどうか気になった。別れるとき見た彼の瞳は何んとなくこれで最後というふうな感じがして仕方がなかった。考えれば考えるほどジャネファーは憂鬱になり、ダークブルーの目は焦点もない遠い彼方を眺めていた。今宵は刺激的で本当に楽しかったのであるが、別れは予想もしないほどに辛かった。もしそうだと始めから分かっていれば、夕食に誘われたとき断わっておけば良かったとさえ思った。ひっそりとした家に帰ったジャネファーは両親を起さないように静かに自分の部屋に入り、ドアを閉じた。ピンク色のフランネルのパジャマに着換えて、温かいキルティング・ガウンを羽織りベッドに座わり、ナイトスタンドの引出しから日記帳を取り出した。花模様の入った布張りのカバーの付いた日記帳には日付けは書かれてなくて好きな時、勝手に書き込めるようになっていた。今日の出来事を長々とスウェーデン語で書き込み、『思わないところで思わぬ人に会えた奇跡のような出会いだった』と書き加えて日記帳を閉じた。再び秀雄に会えるかどうかも奇跡でそのことを悩んでも仕方がないと思った。太古の北欧民族が暗い長い冬を洞窟の中で忍耐強く春が来るのを待っていた様に、成り行きに任すより他にすることはないのだ。もう何も考えずに早く眠りたかったが、彼に再び会いたいという気持が根強く心の奥底にあり、なかなか眠れなった。

 翌日、秀雄は寝不足で朝起き難かったが、いつもの様に熱いシャワーを浴びた。朝、シャワーを浴びると新鮮な気分でその日が始まり、時としては浴びている最中、良い考えが浮かんできたり複雑な問題が解けたりすることもある。残念ながらそう言った幸運はなく、ホテルをチェクアウトし、タクシーでバスターミナルへ行った。空港行きのバスを待っていた時、ジャネファーが現れ、秀雄にプレゼントを渡し、突然激しいキスをして走り去った。昨日のジャネファーは化粧をつけていたのかどうか分からなかったが、今朝の彼女は厚化粧をし、ひと間違えかと思ったくらいだった。それに今朝の彼女の髪はブラシをかけたままのふっくらとしたへアースタイルで、長いストローべリー・ブロンドの髪は紺色のオーバーコートの肩を被しており、輝子の面影が見当たらず、きのう見た輝子の面影は気のせいだと思えた。空港行きバスの改札の始まるまで、秀雄はジャネファーの姿が消えた舗道をぼんやりと見つめていた。

 バスに乗った秀雄はスーツケースとキャリオンバッグをバスの後方にある荷物置きに置き、オーバーコートを脱ぎ窓際のシートにひとりで座った。ジャネファーのくれた包の中はストックホルム市の写真集であった。厚い表紙を開くと、中にクリーム色の封筒が狭んであり、それを見た秀雄は一瞬ぎくりとした。今さっき見たジャネファーには輝子の面影は見あたらず、輝子の置き換えという感覚が消滅したばかりであったし、それは期待にそむくこともなく、新鮮な出会いとして受け取っていたところであった。しかし、封筒を見た瞬間、秀雄は二十数年前に舞戻りしてしまったのだ。封筒を手にしたまま時聞が止まったかの様に身体が凍り付いてしまった。バスが動き出して我に戻った秀雄は封筒を開いて手紙を取り出した。丁寧に手書きされた英文のクリーム色の便箋が一枚入っていた。

『ディア ヒデオ、

  昨夜はありがとう、とても楽しかったです。貴方に
  逢えてまだ見たこともない広い世界があることを知り
  ました。この広い世界の遠くから来られた貴方と偶然
  逢えたのは本当に不思議でなりません。早く再会でき
  ることを楽しみに待っています。
 
               ラヴ ジャネファー』

ラヴレターとは言い切れないジャネファーの手紙を何度も何度も読み直した。バスのシートの枕にゆったりと頭をたけかけたまま、時速百キロで走り去るどんよりと曇ったストックホルムの市街を見つめていた。街並は次第に遠くぼやけて行き、目を閉じると、懐かしい故郷の街並が浮かんできて、秀雄は二十数年前の場面に立っているのだ。

               ***

 秀雄が輝子と顔見知りになったのは通っていた教会に輝子が現れ始めた頃だった。どう云う経緯か思い出せないが、彼女は三十人近くいた教会の高校生会の会長となっており、恥しがり屋の秀雄にとっては、彼女は雲の上の輝かしい存在で、しかも飛び抜けて可愛いかったので、とある出来事までは直接に言葉を交わす勇気がなかった。幼い時に洗礼を受けた秀雄は高校生になって、その信仰を生涯堅実することを自ら決心し、毎週土曜日に行われていた聖書学級に通い堅信の準備をしていた。そしてクリマス前の日曜、礼拝堂で両親や信者など高校生会の生徒達が見守る前で堅信礼を受けた。その日は洗礼した大人が幾人かいたが未成年は一人もいなかったし、未成年で既に受洗していたのは信者の中でも秀雄一人であった。だからそうした秀雄の存在は教会でも稀れに見えていた。いつもながら母は教会の婦人会役員で会の催しの準備などで忙しく立ち回り、父は長老の一人として色々な教会の雑用に取り巻かれて、礼拝の終わった後、すぐ教会から出ることはなかった。その日も礼拝後、秀雄はいつものように両親を礼拝堂の控え室で待っていた。輝子が控え室にいた秀雄を見つけて「堅信礼おめでとう」と言って、二人は初めて直接に言葉を交わしたのだ。秀雄は堅信したことそのことだけでも幸せを感じ、世の中が何もかも素晴らしく見えていたので、輝子から『おめでとう』と言われたのもその一部として受け取り光栄に思っていた。だが、その出来事が一生涯残る印象になるとは誰が思っただろうか?
 数日後のクリスマスイブ、キャドルサービスの礼拝が終わった後、礼拝堂の控え室にひとりでいた秀雄の前に、金色の十字架の刺繍の入った白い聖歌隊のガウンを羽織った輝子が突然現れて
「これ、うちに帰ってから読んで」と恥しそうに言って白い封筒を手渡し、秀雄がおどろく間もなく去ってしまった。気になった秀雄は帰宅を待てず、一人で先に帰ることにし、深夜の帰りの空に近い電車の中で、学生服の内ポケットから輝子の手紙を取り出し読み始めた。読んでいるうちに、胸の中が急に重くなり呼吸することさえも苦しく感じた。手紙には、秀雄の堅信礼した勇気を高く評価し、強い印象を受けたと書いであった。と同時に、彼女自身の信仰の弱さと生きて行くことが辛いことも書かれていた。辛いが故に教会に通い、神の救いを求めていることも書かれていた。秀雄は何故そんなことを輝子が手紙で伝えたのか不思議にもならず、早く彼女に会って話しをしたかった。二十数年の歳月のたった今でも何故輝子がそんなことを書いたのかはっきりとしないままでいる。

 クリスマス後の最初の日曜日は秀雄にとって待ちに待った日であった。礼拝の終わった後、聖歌隊のガウンを着て礼拝堂から出てきた輝子に秀雄は思い切って
「あの....」と話しかけ、「話しをしたいんだけど.....」と恥ずかしそうに言った。
「えっ、今?」
「うん、もしそうできれば.....」
「じゃあ、ちょっと待ってね、この衣装をおいてくるから」とガウンをつまんで見せ、にこにこしながら輝子は赤くなって、更衣室へ急いだ。
 垢抜けしたミッションスクールの制服を着た輝子と黒い学生服姿の秀雄は教会を出ると、師走で混んだ繁華街を通って、市内の中央にある広い公園へ行った。人通りの少ない川岸の冷たいベンチに腰かけて手紙のことについて話し出した。輝子にとって一番不思議に思っていたことは堅信したことで、秀雄が生まれつきクリスチャンの家庭に育ち、両親が教会の信徒であることをこの時初めて知り、なんと羨ましい家庭に恵まれた彼なんだろうと思った。何故輝子は生きるのが辛いのかと秀雄が尋ねたところ、輝子の母が義理の母であることをその時はじめて知り、義理の母の冷たい行為に苦しんでいる彼女が可哀想に見え同情した。そう言った話しはテレビドラマや小説に登場する架空か大げさな話しだと思っていたので、実際に身近にあることを知り、幸せな家庭育ちの秀雄の心をひどく痛めた。その時の輝子の心境は非行するか家出寸前で、自殺さえも考えたことを聞かされ、そんな悲惨なところを彼女は高校生会では全く見せなかったのでひどく驚いた。辛い彼女自身を一生懸命に隠していたのだと知らされた秀雄はそれができたのは彼女の信仰のお陰だと思うと言った。それまでの輝子は活発で朗らかに見え、おとなしく消極的な秀雄とは対象的だったが、その時、ネオンの反射する川の水面を見ながらそばに座っている彼女は弱々しく、めそめそと泣き出した。そんな彼女を見た秀雄は大きな衝撃を受け、彼女の隠された悩みをこうして個人的に知らされたことにも胸を衝れた。どうすれば良いのかそんな心持ちの用意などはしていなく、そのとき彼女を暖かく慰めることもできず、自分自身だって苦労していることを言ってしまった。それは進学のことで、秀雄にとては一番憂欝なことだったが、輝子の立場と比べる様なものではなく、無駄な慰めを言ったような気がし、恥ずかしくなった。しかし、輝子が個人的な悩みを内訳てきた以上は、彼女の苦しみは人ごとではないと思い、なんらかの救いの手を伸ばしてやりたかった。その晩、秀雄は話題を徐々に変えて行き、いつの聞にか話題は心理的、思想的なことで大人の社会を批判したすねかじりで世間知らずの学生の好む内容になって行った。輝子の濡れた瞳は明るい表情に戻り、二人は楽しく夜の更けて行くのも忘れて未熟ながらも理想的な社会の話しを続けていた。

 その夜以来、毎週末のように礼拝の後、輝子と秀雄は喫茶店や公園のベンチに座って夜遅くまで、世間知らずの社会批評の論議をしたり学校の話しなどを飽きもせずしていた。学校が違うため、普段は日曜日しか会えない二人ではあったが、逢っている時聞はあっという間に過ぎていった。ただ会って話すことばかりでもなく、時には音楽喫茶店で歌を唄ったり、二人きりで郊外の山にハイキングに行ったり、屋内アイススケート場に行ったりしていた。秀雄にとっては輝子との会話が楽しいばかりか、男子学生なら誰でも夢にでも描く様な可愛い女の子とただ一緒にいることも幸せだった。しかし、彼女の潤んだ大きな瞳の奥に暗い陰が見えるのは秀雄だけだったかも知れない。えくぼのある笑顔はとても可愛いかったが、秀雄には微妙に隠れ輝子の辛さが見えていた。以前、秀雄は同級生の女の子達から『かわいい』と言われたことがあり、それは自分が小柄だったから、からかわれたと判断し怒ったことがあった。学校では目立つ存在ではなかったし、異性から人気のある様なたくましい外観も持ってないので、輝子と交際しているのが秀雄自身不思議でもあった。しかし、男は外観より中身の方が重要であり、それを自分には釣り合わないような外観を持った輝子が発見してくれたと考えていた。その幸せを、神様に感謝することも忘れなかった。しかし、二十年以上も経った今、太平洋を超え、北アメリカ大陸を横断し、そして大西洋も渡った何千キロも離れた異国で、予期も無く突然と、輝子に似た様な面影を持つ女と同じ様な形で新しい付き合いが始まろうとしている。秀雄は輝子の幻に取り憑かれているのではと内心疑うほどだった。

               *

 ジャネファーの手紙を読んだ後、秀雄は空港までの小一時間バスの中で身動きもしなかった。アーランダ国際空港に着いた秀雄はスカンジナビア航空のオスロ行きのゲートに行き、搭乗を待っている間もぼーっと考え込んでいた。他の客はみんなスウェーデン人かノルウェー人のビジネスマンらしくスーツを着、誰も口はきかず黙り込んでいた。考えごとをするのには丁度良く、秀雄は椅子に深くゆったりと座っていた。今は人生の分岐点に立ち、その決心ができず頭の中で空回し続けているのである。今朝ベッドから起きた時は一週間も経過すれば、輝子の幻を見た一時的な衝動もおさまるかも知れないと思えていたのだが、ジャネファーの手紙を読んでしまった以来、再び当惑してしまったのである。それにキスされた唇にはまだ痺れみたいなものが残っていた。その時、ジャネファーがでかでかと口紅を付けていたとこを思い浮かべ、はっとして唇を触わった。即座にハンカチを取り出して唇を拭いてみる。白いハンカチはジャネファーの口紅で少し赤み帯びた。空港のカウンターで荷物をチッエクインした時、競争相手の無い国有企業みたいな為か、本来待遇のあまり良くないスカンジナビア航空の係員がやけに待遇のいい笑顔をしていた理由がわかり、秀雄はニタリと笑った。回りを見わしたが、誰も見ていなかったので、もう一度唇をごしごしと拭いてみた。ジャネファーがアメリカ人か日本人であればこれほどには迷わなくて済むに違いない。それに、ここ数年、二度とない様な恋であれば何もかも捨てても良いと、自分に言い聞かせていたはずではあった。しかし、異国ではどうしょうもなく、頭の中は狂いそうで、冷静になって一つひとつ考え始めてみる。
 
 『ジャネファーと自分との間にはどうすることもできない国境があり、その国境が自分たちの将来を決めようとしているかの様に見えている。いや、そうじゃんないんだ。僕と輝子との仲は僕にとってはまだ正式には終っていないのだ。輝子を探し、結果的に僕をどんな窮地に落してもそうしなければ、このままずるずるとジャネファーと逢っていたのでは、後ほどジャネファーを傷つけることになりかねる。もし輝子が僕によって傷つけられたままこの二十五年間近くも、僕の知らない遠い世界の片隅で寂しくひとりで過していたとすれば、僕はどんなに輝子に謝っても謝り切れない。このことを思うと気が狂いそうになるほど苦しくなる。こんな間違いはもう二度としてはならないのだ。だったら、いっそのことジャネファーに、もう逢えないと連絡しておくのがいい。しかし、そう焦るのは良くないと思う。まず輝子探しが先決問題だが、これは日本に帰らなくてもここから電話で出来るかもしれない。輝子に逢う必要があるか否かはそれからであり、もし輝子に逢う必要がなければ、帰国は延期しても良いはずである』

と、秀雄は結論を出した。やっと昨日の夜から考え続けていたことに解決の糸口を見つけほっとした。これも今朝、ジャネファーが逢いに来てくれたからで、もしそうでなかったらまだこれほどはっきりとした結論は出て来なかったかも知れないと秀雄は思った。


第六章 叫び

 オスロ行きのMD80機はジェット・エンジンが後部にあり、前方にあるヨーロ・クラスの座席ではエンジン音が殆んど聞こえず静かだった。コーチ・クラスよりも座席がゆったりとして足も伸ばせ、秀雄は悩みも消え、心身ともにゆったりとしていた。機内でスチュワーデスが配っていたヨーロッパ各国の新聞の中からウォールストリート・ジャーナルを見つけそれを読みながら会合への気分転換を急いだ。新聞は英文であったがヨーロッパ版で薄かった。重要なニューズだけを拾い読身をしたころ、ジェット機は厚い雲を通り抜けて雲海の上に出た。久しぶりに見る太陽は高緯度のせいか水平腺すれすれで淡く輝いている。隣りの空いた席からスウェーデン語のストックホルムの朝刊ドーゲン・ブローデットを借りてアパートの宣伝欄に目を通していた。その時、厚化粧をしたダーク・ブロンドのスチュワーデスが来て、もし英文の新聞を読んでいれば多分英語のはずだが、早口のスウェーデン語で尋ねた。
「カフェ エラ テー(コーヒー又は紅茶)?」
「カフェ、タック」と秀雄はスチュワーデスの澄みきった薄青色の目を見ながら素早く答え、コーヒーを貰った。大学のスウェーデン語講座では習わなかったが、スウェーデン人は何かと言った後でタック(ありがとう)と感謝の意を付け加える癖があることを知り、感じが良いので、自分もその真似をするようになっていた。スチュワーデスの厚化粧が気になったのか、コクのある美味しいブラックコーヒーを飲みないながら、ふと、輝子が厚化粧すると、けさのジャネファーみたいなのかどうかと考え苦笑した。

 一時間足らずでオスロ空港に着き、秀雄はオスロ市行きの高速電車に乗った。乗車時間は二十分少々だが、発表するために準備していた書類を引き出し、目を通しながら頭の中で一ページづつ要点を再確認し、キャリオンバッグに収めた。オスロ駅の前でタクシーを拾い、行き先の書かれた紙切れを運転手に見せた。うかつにも空港で両替をするのを忘れていたので、スウェーデンのクーローナで支払いたいと言うと、初めのうちは嫌がられたが、ノルウェーのクーローナを持っていなかったのでチップを多めにして受け取ってもらうことにする。両国とも通貨単位はクローナだが、それぞれ違ったクローナで、言葉も良く似ているがノルウェーとスウェーデンはあまりいい関係ではないらしい。タクシーの運転手の機嫌はあまり良くなかったが、スウェーデンよりも英語が通じるのでストックホルムより居心地が良いと思った。十分足らずで、友人オウケのいる理学研究所に着き、受付でオウケを待つ。
 数分待っていると身長二メートル近くもあるオウケが現れた。彼の研究室で三十分くらいここで行われている色々なプロジェクトの説明を聞き、会合の始まる時間を待った。会合とは言っても、様々な分野から三人の研究者が秀雄の計器開発の話を聞きたいまでのことであった。秀雄の発表は新しく改良された計器の主な要点で、この一年会社で研究したことで会社の機密事項を除外して説明した。三人からの質問は計器専門分野でない者らしい初歩的内容だったので、気楽に応答出来て内心ほっとした。発表後、オウケの研究室に戻り、昼食時間になるまで彼の研究中の計器の問題点を論議し合った。
「ヒデオ、わざわざ遠いところから来てもらって、改良計器の説明をしてくれてありがとう。僕としては大変興味があったけど、他の三人にとっては少しは勉強になったと思う。ところで、採用のことだけど、君の国籍がヨーロッパ圏外なのでここで採用される可能性は低いんだ、だけど今会った三人のプロジェクトと予算次第では僕一人では手に負えないと思うので、君にコンサルタントとして来てもらうようになるかも知れない、ここまで来てくれた君に言うのは悪いんだけど、許してくれ」
「もちろんそれは分かっているし、スウェーデンでも同じようなことを聞かされているから、心配しなくていいよ。でも、コンサルタントなら喜んで引き受けるから、その時は是非連絡して欲しい」
「もちろん、連絡するよ」
 研究所の食堂でオウケと軽い昼食をした後、秀雄はタクシーで予約してあったオスロ駅前のホテルに行った。チェックインするには早過ぎたので、ネクタイを外しスーツケースからセーターなどを取り出し、荷物をホテルに預けてフィールドコート姿で街の中を散歩することにした。ストックホルムと比べ、歩道には雪はあまり積もっていなく、気温も少し高かったが肌寒く感じた。波止場まで行ってみてそれがなぜか理解できた。北海から吹いてくる風が強くしかも湿気が高いので寒さが身にしみて感じるのだと思った。しかし、この寒い中、波止場に停泊した小舟の上では、防寒着姿の漁夫達が網の手入れをしていた。やはりワイシャツの上にセータでは寒いのだ分かり、風当たりの少ない街の中心部に向かって歩くことにする。ぶらぶら当てもなく歩いているうちにノーベルの胸像の前を通って駅前ホテルに戻ってしまった。既に二時間以上も歩いていたことになる。不思議にも輝子やジャネファーのことはほとんど考えず、二度目だが久しぶりに見るオスロの街並に没頭していた。

 ホテルのチェックインを終え、自室に入った秀雄はひとりごとを言いながら、まず電話を、メモ用紙とボールペンをと準備した。自室の電話から日本の電話局にかけ、輝子の両親の電話番号を捜査してもらう。正確な住所は思い出せなかったが、町名と両親の店の大ざっぱな名前だけで電話番号が分かり、予想通りに進んだことで一安心した。しかし、ヨーロッパと日本との時差八時間を考えると、日本はもう夜遅かったので、かけるには遅すぎた。

 秀雄はまた外出することにし、コートをつかんで部屋を出た。ホテルのロビーにある観光宣伝パンフレットの並べてある前に立ち止まり、何枚か選び、ロビーの椅子に座ってパンフレットを注意深く読み始める。国立美術館とオスロ宮殿の衛兵交替式などの見学することにしたが、時間的にそれらを見るにはもう遅すぎていることに気が付き、パンフレットをコートのポケットに無造作に詰め込み、ホテルを出た。暇潰しに街並をぶらぶらと歩き始める。アメリカのファースト・フードレストランの前を歩いていた時、急に空腹を感じ中へ入った。メニューは英語でも書かれてあったのでアメリカと錯覚してか、英語でハンバーガーなどを注文した。食べた後、歩道に出ると暗くなっており、人並みが多くなり昼間より賑やかで少し陽気な空気が漂っていた。二時間近くあてもなくブラブラと街並を歩いていると疲れを感じ、ホテルに戻った。することもないので、ベッドの上に寝転んでいたら、いつの間にか服を着たまま眠ってしまった。
            
 秀雄は突然目を覚まし時計を見たら、午前一時過ぎ、日本は午前九時過ぎだと分かり、ベッドから起き上がって、急いで顔をお湯で洗った。机の椅子に座り少し躊躇したが、思い切って輝子の両親の電話番号を心臓がドキドキしながらかける。日本のダイヤル音が聞こえ、受け取られるまで心臓がドキドキしたままだった。
「もしもし....」 と聞き憶えのある輝子の母親が受け取った。高校時代、秀雄の家には電話がなかったので近所のタバコ屋の公衆電話から輝子に電話をかけていた。かけるといつも母親が最初に出てきたので、会ったことは一度もなかったが二十数年経った今でも母親の声を覚えていたのだ。
「もしもし、こちら加藤秀雄と申しまして、二十年くらい前、輝子さんとお付き合いしていたのですが、え〜と、突然電話かけてすみませんが、輝子さんを探しているところなんです」
「えっ!」とかなり驚いた様な声の後、少しばかり黙り込んでしまってから母親が言い出した。
「あの〜、輝子のことは、すみませんが、輝子の姉、雅子に聞いて頂けませんでしょうか?」
「はあ〜、そうですか。じゃあ、雅子姉さんのお電話番号を教えて頂けませんでしょうか?」
「はい、少々お待ちください」

 何も怪しまれず姉の電話番号を貰い、秀雄は胸を撫で下ろしたが、何故母親が輝子のことを喋りたくないのだろうと腑に落ちなかった。輝子との関係は昔よりも悪くなっているのだろうと憶測した。輝子の姉に直接会ったことはなかったが、躊躇せずすぐに姉の番号を今度はドキドキせずにかけることができた。
「もしもし、武田ですが」と、輝子の姉が出てきた。
「もしもし、こちら二十年くらい前、輝子さんと交際していたカトウ・ヒデオですが.....」と名前をゆっくりとはっきりした口調で言った。
「えっ! 加藤秀雄くん? 秀雄くんなの?」
「はい、そうですけど、今さっきお母さんに電話したところ、輝子さんのことはお姉さんに聞いてくれと言われたので掛けているんですけど」
「で、秀雄くんは今どこから掛けているの?」
「え〜と、今は旅行中でノルウェーのオスロからですけど、留学したままアメリカに居残っています。で、留学した時から輝子さんには全く連絡していなかったで、とても気になっていました」
「ああ〜そうだったの、行ったままだったのねぇ….」と言って、言葉が途切れた。
「ええそうですけど、輝子さんはお元気ですか?」
「.....あのねぇ」と言って少しためらってから続けた、「.....あの子もう居ないの、二十年くらい前に亡くなったの」
「えっ!.....」と言いた秀雄は喉を詰まらせ、頭が真っ白になり、椅子から崩れ落ちそうになった。やっと気を戻して
「亡くなったって?.....」と枯れた声でようやく尋ねた。
「輝子が二十五歳の時、睡眠薬を飲んで自殺したの.....」
「えっ! どうして、そんな.....」と、秀雄は弱々しく声を詰まらせながら尋ねた。
「京都の就職先でもうまく行かなかくて、家に戻って来て、何かと義母との間のいざこざはあったんだけど、でも義母の親戚の見合い相手を押し付けられてたことが本当に苦になっていたらしいわ」
「そうだったんですか、可哀想に、......もしその頃、僕が手紙を出しておけば良かったかもしれないけど.....」と言って声を詰まらせた。
「そうね、輝子も秀雄くんと連絡したいと言ってたし、私も秀雄くんの住所をあなたのお母さんに聞けばと言ったんだけど......」 
「やっぱり僕が何も言わず留学したのが間違いだったんです、僕が悪かったんです、取り返しのつかないことになってしまって」と言ってすすり泣き出した。
「秀雄くん、あなたのせいじゃないのよ、私だって自分から進んで秀雄くんの住所を聞けば良かったのだから。こんなことになるなんて誰も思ってはいなかったのよ」
「あの頃、僕はホームシックになるのが怖くて、ましてや輝子さんのことを思うとホームシックになって大学も卒業せずに帰国していたかも知れず、それが怖かったんです。ですから渡米する時、輝子さんのことは無理矢理に忘れようとしていたんです。すみません。僕が悪かったんです......ごめんね輝ちゃん」と言って喉を詰まらせながら泣き出した。
「秀雄くん、あなたのせいじゃないの。あの子は自分の辛いことは滅多に人に言わないほうだったから、そうなってしまったわけで、秀雄くんのせいじゃないのよ....」
「でも、僕が手紙一つでも書いておけば..........」秀雄は泣くばかりであまり言葉にならなかった。
「だけど、秀雄くんはアメリカで今まで何をしていたの?」
秀雄はやっと声が出せるようになってから答え出した「....大学を卒業して、電子工学の技師になっているんですけど、先月アメリカの会社を辞めて、新しい仕事を探すため北欧を旅行しているところです」
「一人で旅行しているの?」
「はい、そうです」
「家族はいないの?」
「いええ、僕ひとりです」 
「そうなの、まだ結婚していないのね?」
「はい、まだしていません」
「でも....こんなこと聞いていいかしら、なぜまだ独身でいるの?」
「輝子さんのことがどうしても忘れ切れず、もしかすると輝子さんがまだ結婚していなければと、勝手にそう思っていたんです」
「まさか、今までずーっとそう思っていたわけではないでしょう?」
「いいえ、綺麗だった輝子さんのことですから多分結婚しているのではと思っていました。でも、もしかしてはと思い、今になって電話をかけたわけです。でもこんなに遅くなってしまって」
「恋愛って若い時はなかなか思うように行かないものだけど、あなた達二人は本当にタイミングが悪かったわねぇ〜」
「あの頃は、本当に未熟だったから、思ったことをうまく言えず、こうなったみたいです」
「うん、そういうこともあるわね。でも、もう終わってしまったことだから、気にしないでね? ところで、時には日本に帰ることもあるんでしょうね?」 
「ええ、近いうちに帰国して両親のところに少しの間滞在する予定です。で帰ったら真っ先に輝子さんのお墓参りをするようにします」
「ご両親のお住まいはどこなの?」
「お姉さんと同じ○○市で、昔と同じところです」
「輝子のお墓は郊外だけど、それほど遠くはないの、実母のお墓と同じところなのよ」
「あ〜ぁそうですか。じゃあ、輝子さんは天国でお母さんと一緒になられたと思います」
「そう、天国で幸せになっていると思うわ」
「そうでしょうね、きっと。あの〜、僕は自分の将来のことばかり心配して、輝子さんの気持ちを良く知らずにいて、本当に身勝手だったと後悔しています。天国で輝子さんに会って謝りたい気持ちで胸いっぱいです」
「ねぇ〜、秀雄くん、そんなにまで思い込まないで、お願いだから」
「はい、でも、全く思いもしなかったので、今のところ頭の中が物凄く混乱していて」
「それ分かるわ、でももう過去のことだから、あんまり考え込まないでね。お墓参りの時には私も秀雄君と一緒に行くから、その時には連絡してね?」
「はい、そうする様にします。それでは帰国する前に連絡しますので、お墓参りの時はよろしくお願いします」
「はい、じゃあその時、ゆっくりとお話しましょうね。今日はお電話ありがとう、ではまた」

 秀雄は涙ぐんだまま受話器をそっとかけ、受話器に手を乗せたままぼーっとして動かなかった。自分自身これは人生で最悪な出来事だと思った。これほど失望したことはなかったし、死んでも良いとさえ思うほど辛く感じた。こうなったのは自分の取った行動の間違いだと思えてならなく深く後悔した。しかし、輝子がなぜ母に住所を尋ねなかったのかと、口おしく思え、なぜ尋ねなかったのか推測し出した。秀雄の大学受験日直前に届いた輝子の手紙を母は受験が終わるまでの一週間間、手渡さなかったことがあった。手紙には受験後に会いたいという内容だったのが、そのことを知らなかった秀雄は受験後急がず下宿先などを調べて翌日帰路に立った。夜遅く帰宅し、母から輝子の手紙を受け取り、翌朝輝子に電話をかけたが、彼女の都合が悪くて会うことができたのはその翌日だった。秀雄は母の思い過ぎた行動に腹を立てたが、その話を秀雄から聞いた輝子は愛する息子の将来の為ならどこの母親でもそうしただろうと、母に同情するような言い方をしたのを思い出した。こういったいきさつからすると、輝子は秀雄の住所を尋ね難かったのだろうと察することができた。もしも、渡米する前に『輝子との別れが本当に辛いのだ』と母に告げていたならば、暗い顔をして教会に来ていた輝子に母が話しかけていたかも知れなかったし、人一倍に世話を焼く母なので、息子の愛する輝子ために何だかの手配を配っていたかも知れない。残念ながら渡米した当時の秀雄はそこまでは考えていなかった。しかし、もし辛い別れをしたことを母が知っていれば、母と輝子はもっと身近な関係となっていたはずで、そうなっていたら輝子は暗い顔を隠していたかも知れないが、見合いの話を母に話していたとも思え、何れにしても秀雄は自分の取った未熟で身勝手な判断を酷く後悔した。

 秀雄は腰掛けたまま涙が止まらず顎まで濡らしていた。どのくらい時間が経っただろうか、ゆっくりと立ち上がり、服を脱ぎベッドに入った。涙は止まることもなく顳顬を流れ、枕カバーをべっとりと濡らしていた。中々眠れるような状態でなかったが、何も考えないように寝ようとしているうちに寝てしまった。

 外がかなり明るくなってやっと秀雄は目が醒めた。時間はすでに午前九時を過ぎていた。天国にいる輝子のことを思い浮かべるとまた涙が溢れて来て、絶望的な思いになり、悲壮な声を出し、身体を震わせながら泣き出した。しばらく大泣きをした後、ぼんやりと輝子の姿を思い浮かべながらベッドの上に座っていた。彼女への思いが消えて行くのを待っていたが、消えることはないのに気がつき、立ち上がる。熱いシャワーを浴び、頭をスッキリさせない限り、自分は輝子の存在しない新しい人生に向かって行けないと考えた。シャワーを浴びながら、これからの行動や目標を考え出した。その日の予定は宮殿の衛兵交替式の見物と国立美術館に行くことであった。こんなことはどうでもいい思えたが何かをしないといけないと思い、出かける支度をした。

 秀雄は宮殿に向かって歩いて行き、正午の衛兵交替式を何も考えず見物した後、美術館に向かった。美術館にはノルウェーの世界的に有名な画家ムンクの絵が展示してあり、見たこともないムンクの絵が沢山あった。ぼんやりと見物した衛兵交替式と違い、次から次へと壁に掛かった絵をじっくりと鑑見していったが、ムンクの代表作である『叫び』は皮肉にも米国シカゴ美術館に貸し出されて不在だったのだ。ここまで来ておりながら実物を見られないのが残念で、両手を頬に当て「叫び」たい気がし、一人で苦笑した。しかし、その絵の置き換え品として小さな絵葉書の『叫び』を見ながら、自分が人生最悪の過ちをしたことで本当に叫びたいような気持ちになり、この絵の雰囲気が十分に伝わってくるところに価値がある傑作だとわかる。しかし、それ以外の意味も含まれていることに秀雄は気がついた。それは、この絵の人物は叫んだ後、どうしたのだろうか、もしかすると、その絵に描かれている青黒い海に飛び込んだのだろうか、という思念を深く抱いたまま、秀雄は美術館を後にした。

 午後ホテルの部屋に戻った秀雄はスカンジナビア航空に電話をかけ、翌日のコペンハーゲン行きの座席を確保した。オスロの街は十分に見物したので予定を短縮してしまった。輝子のことは考えないようにし、ジャネファーに会いたい気持ちになろうとしていたが、その気持ちにはほとんどなれず、輝子の墓参りをしたい気持ちの方が遥かに強いのだ。秀雄の頭の中には常にいくつかの大まかな人生の目標があり、そういった目標に向かって生きているが、中には無意識なものもあり、輝子との再会は無意識な目標の一つであったのだ。しかも、それは最も肝心な目的であったことに今になって気が付き、それができなくなった今、これからどうすべきか考え切れず頭の中は混乱していた。

 翌日オスロよりコペンハーゲンに着く。北欧ではあるが南下したせいか雪も無く、一月とは言ってもストックホルムやオスロよりも暖かかった。市の中心部は人出が多く、カメラをぶら下げた観光客らしいグループも沢山いて歩道は混雑していた。秀雄の頭の中は輝子のことばかりになりがちだったが、混雑した歩道を歩くにはそうさせる余地を作らせなかった。
 デンマークは初めてなので秀雄は一通りの観光をするため、英語ガイド付きの観光バスに乗った。ストックホルムと違い、観光バスには十数人の客が乗っていた。秀雄は女性バスガイドの英語の発音がスウェーデン人とは違っていることに気が付き、ストックホルムナの言ってた『スウェーデン南部ではジャガイモを口にほうばったような話し方をする』ということを思い出していた。スウェーデン南部と接するデンマーク語もそういった話し方をするようで、バスガイドが喋っているコペンハーゲンの発音がコーベンハーヴェンと聞こえ、スウェーデン南部の話し方はデンマーク語から由来しているのではと秀雄は推測した。デンマーク語とノルウェー語はスウェーデン語に良く似ていて、意味の解る単語が時々目に入ったが、デンマーク語は聞いているとドイツ語のような感じでさっぱり分からなかった。
 観光客が多数乗っていたせいか、バスガイドは録音されたような説明で通常通りの予定コースを順調にガイドして、バスは一時間後終点、駅前に戻った。観光客達はガイドにチップをあげながらバスから降りていった。中にはわざわざとバスの運転手にもチップをあげる者もいたが、秀雄はガイドだけにチップを手渡した。

 バスから降りた秀雄は海岸に向かって歩き、海岸に着くと海岸線を辿って人魚の見えるところまで歩いた。英語のパンフレットに記述されている通り本当に『小さな』人魚だった。そこにいた旅行者らしい三十代くらいの茶髪の女性に秀雄は英語で頼んで、人魚をバックに写真を撮ってもらった。その女性から、どこから来たのかと東欧系のアクセントの英語で尋ねられ、日本人だけどアメリカから来ていると答えると、その女性はルーマニアから来ていて旅行中だと言った。これからどこへ行くのかと秀雄が尋ねると、辿々しい英語で答え、理解できたのは市の中心部に戻る様子だった。自分の行き先も中心近くまで同じ方角だったのでその女から同行を求められ一緒に歩いていた。しかし、辿々しい英語を話すだけでなく発音も悪くて理解し難くて会話は進まなかった。海岸沿いの歩道が終わり、宮殿の入り口に近づいた辺りで、秀雄は自分の予定コースを変え、軍艦の停泊している桟橋へ向かうことにし、何を喋っているのか分からない女性と別れた。

 桟橋に近づくと白地に細い赤十字架デザインのデンマークの国旗を輝した軍艦が見え始めた。秀雄は軍艦を眺めながら、こんな小さな国でも海軍がありフリゲート級の軍艦を持っているのだと感心した。この旅で見たスウェーデンやノルウェーも小さな国でありながら、体裁良く軍隊を持っており、予想できる敵は数年前崩壊したばかりのソ連だったかもしれないが、勝手に領海を侵略されないための最小限の規模なのだろうと自分なりに考えていた。この北欧の街で見かける軍人の軍服は秀雄にとっては見慣れた米軍の軍服からかけ離れ、エキゾチックで、映画などで見かける仮想国の着飾った軍服の様に見えた。こんな平和な国々でも軍人は制服姿で街中を堂々と歩いているのを見てきて、「日本とは違うなぁ」と独り言みたいにつぶやいた。その時、母が自衛隊を毛嫌いしていことを思い出し、若い時戦争で空襲の恐怖や物のない苦労を経験した母に、平和でも軍人や軍隊はいるんだよと、言ってやりたい気がした。

 ホテルに戻った秀雄はスカジナビア航空に電話をかけ、翌日のストックホルム行きの座席を予約をした。これで北欧三国間の回周券を使い切ったことになった。まだ見たいところもあるが、春か夏の暖かい時期にまた戻って来た方がいいと思った。その時、秀雄は春のコペンハーゲンを想像していた。憂鬱な冬と違い、春を思うことは人の心を明るくするということを、秀雄は意識していないのだ。しかし、輝子の自殺を自分の責任として感じる暗い罪悪感は自滅的で、生き甲斐もなくなるだけだ思い、そう言った考えは捨てなくてはと自分に言い聞かせるようになっていた。と同時に、ジャネファーと会っておく必要があると思うようにもなっていた。不思議にも輝子を愛しているという感情は愛していたという過去形に変わり、人生の中で一番好きだったのは輝子だったと思うようになってきている自分に気が付いた。だが誰が二番目に好きなのか、好きだったのか考えても分からなかったし、それはどうでもいいことだと思った。

              

第七章 決心

 翌日午後ストックホルムのアーランダ空港に舞い戻った秀雄は空港の宿泊案内板を見ながら、数日前に泊まったホテル以外に適当な値段のホテルはないかと探してみた。しかし、やはりローケーションが良いのでまた同じホテルに泊まることにした。一応二晩泊まることにし、もしストックホルムに長く滞在するのであれば、予約を延長するか、もっと安いところを探せば良いと思った。ホテル・ガムラ・スタンに電話をかけて二晩の予約を取り、ストックホルム行きの航空バスに乗る。バスの窓から見えるストックホルムの空は相変わらずどんよりと曇っていた。
 ホテルにチェックインし、自分の部屋からジャネファーに電話をかけてみたが不在だった。留守番電話のメッセージがスウェーデン語だったので全部は理解できなかったが、メッセージの終わった後のピーという信号音を聞いた後、泊まっているホテルの名前と電話番号を残しておいた。ベッドの上に寝ころんで天井を見つめながら、ストックホルムに何日くらい留まるべきか考え出した。だが留まるには毎日何をするのかと、それを考えなければ答えができなく、いくら考えても、何もすることがないのに気が付いた。そんなことを考えているうちに、最初にすべきことは日本に帰って輝子の墓参りをすることだと気づき、ベッドから飛び降り、スカンジナビア航空に電話をかけた。日本行きの便を調べてもらったところ、ほぼ毎日空席が十分にあることが分かり、予約は取らなかった。一番早く日本に行くとすればホテルの予約が切れる明後日出発すれば良いと決めた。
 受話器を置いた後、またベッドの上に寝ころんで天井を見ながら考えていた。なぜ、輝子の姉と話している時、すぐに帰国することを思い付かなかったのだろうかと、自分自身を疑った。あの時は輝子の死を知り酷く当惑していたからだと思った。明日はジャネファーのいる観光バスのオフィスに行き、別れを告げることにし、その後で日本行きの予約を取り、両親と輝子の姉に電話で帰国の日程を知らせることにした。
 ベッドに寝転んだまま、輝子の居ないこの世界で生きる自分の将来を色々な角度から想像してみた。しかし、まず最初に日本に長く留まるか、帰国後すぐにアメリカに戻るかどうかはっきりと答えが出せず迷っていた。一時間くらい色々と考えていたら、電話が鳴り、ホテルのフロントからで、面会者がロビーで待っているとの知らせだった。秀雄は面会者がジャネファーであることを察し、時計を見た。もう夕方になっていることに気が付き、コートを持ってエレベーターで一階に降りた。
 狭いロビーのソファーに座っていたジャネファーはエレベーターから出てきた秀雄に気が付くとすぐに立ち上がり、微笑みながら両腕を開いて
「ヒデオ!」と呼んだ。秀雄も笑顔で
「ジャネファー!」と言って、二人は近寄り、抱擁し合い唇を合わせた。
「戻ってきてくれたのね! また会えてよかった!」
「うん、戻ってきたけど、長くは居られないよ、滞在は二晩だけにしようと思っているんだ」と言った秀雄はジャネファーの顔から笑顔は消え行くのを見て、「ごめんね」と声を落として謝った。
「オスロはどうだったの?」とジャネファーも声を落として尋ねた。ロビーはフロント・デスクの係員のいるカウンターからでも秀雄たちの会話が聞こえるくらいの狭さなので、秀雄は辺りを見回しながら低い声で言った。
「うん、ノルショッピングと同じ理由だった、ただしコンサルタントの可能性はないとは言えないけど、それがいつあるのか全く分からないのだから、ダメなのと同じだと思う」
「じゃあ、今度は日本に行くの?」
「うん、そうだけど、ちょっと複雑なんだ。ここでは話し難いからどこか静かなところへ行こうか?」
「そうね、夕食でもしながらお話しましょうか?」
「うん、そうだね、少し早いけど、どこか手頃なところで」
二人はホテル出てノルマルムの方へ向かって歩き出した。橋を渡りノルマルムに入り、ネオンサインで明るい歩道を歩いていた。

               *

 数日前ジャネファーと夕食をしたガルマ・スタンの高級レストランとは違いあまり静かではないが、最初に見つかったごく一般的なファミリー・レストランに入る。ミートボールとパスタとグリーンピーを盛った一品料理を食べながら話し合っていた。
「初めて君に会った時はオスロで仕事がある様な感じで、ここに長く居れるような気がしていたんだけど、でも今はその可能性は全く無くなって、これからどうするかを考え直してみたんだ。それで、ここに長く滞在するとして毎日何をするのかも考えてみんたけど、何もないんだよ。何もせずブラブラするにも限度があるし」
「そうね、毎日何もせず私が仕事から帰るのを待つのも退屈しちゃうわね?」と茶目っぽい顔しながらジャネファーが言った。
「そうだよ、そんなことをしてたら身も頭も空になってしまうよ。だけど、面白いことも考えてみたんだよ? それは百キロ滑るクロスカントリー・スキー・レースだけど、レースは三月だからそれまでの二ヶ月の間のトレーニングをする場所もないし、本当にここに長くいるわけにいかないよ」
「そのレースって、あの有名なワサレースのことでしょ?」
「うん、そうなんだけど、ここから北にあるところだろう?」
「そう。そのトレーニングなら、私の両親がウップサラの近くにコッテージを持っていて、その辺りは雪が積もっているから、そこでトレーニングすればいいと思うけど。両親に聞いてみるわよ、あなたがレースまで泊まってて良いかどうか?」
「ありがたいけど、いやそんなことは聞かなくていいよ、もう明後日、日本に飛び立とうと考えているんだから」
ジャネファーはがっかりした顔で聴いた、
「日本にそんなに早く行かなくちゃいけないの?」
「うん、それはね、ちょっと複雑なんだ.... 此の前に言ったことけど、昔の恋人が忘れられないっていうこと、覚えてる?」
「それで?」とジャネファーは不審な顔をした。
「彼女を探そうと思って、オスロのホテルから彼女の両親の家に電話をかけてみて分かったのだけど、彼女は二十年か前に自殺してたんだ。アメリカに留学する時、僕は彼女に片思いしていたと思って、彼女を忘れるため何も言わずに日本を出たんだ。だけど、片思いではなかったらしいんだ。もしも何らかの形で交際を続けていたら自殺はしなかった様に思えてならないだ。だから彼女のお墓の前で謝りをして、最後の別れを言って置きたいんだ、そうでもしないと、僕は自分の心の整理が出来なくて」と言って秀雄は目を落した。ジャネファーは意外なことを聞かされて動揺し、肩をすぼめ両手で胸を被せた。
「御免なさい。そうとは知らず、無知なことを言って....」
「いや、謝らなくて良いんだよ、君は知らなかったんだから。それに、これはもう昔のことで終わったことだから、墓参りしたら心が晴れると思うし、そう期待しているんだ。そして墓参りした後、日本で仕事を探してみるけど、海外関係のある職務という条件付きで探すことにしているんだ」
「じゃあ、もし日本で就職できたら、あなたのところに尋ねて行って良いかしら?」
「えっ!」と、秀雄は思いもせぬことを聞き、驚いて目を大きく開いた。
「ええ、日本の伝統的なものを一度は見たいと思っていたから。でも、それはあなたの心の整理が出来た後のことだけど....」
「うん、心の整理は付くと思う。そうしたら君に電話をするから、日本で就職できなくても、日本に来てくれたら嬉しいなぁ」と言いながら笑顔を見せた。ジャネファーも微笑んだ。
「本当に日本に行けるかどうかは後で考えるわ。でもあなたって、すごく倫理的なのね、亡くなった昔の恋人のお墓参りをして謝るなんって、素敵だわあ〜」
「ちゃんと区切りを付けておかないと、再出発が出来ない堅気なんだ」
「再出発って、新しい恋愛とかいったことかしら?」とジャネファーは言いニッコリとした。
「うん、そういうこと」と秀雄も微笑みジャネファーをじっくりと見つめた。二人とも額を近づけながらにっこりと笑った。その時、七〜八人の若者グループがレストランに入って来て隣のテーブルに座りだした。あたりが急に騒々しくなったので、秀雄は
「もうそろそろここを出ようか?」と言いながらウエイトレスに手を振った。

 レストランを出た二人はあてもなく歩きながら静かなパブみたいなところを探していた。ストックホルムは数日前と比べかなり気温が低くなっていた。寒かったので秀雄はジャネファーの肩を庇うように強く引き寄せて歩いていた。
「ねえっ、あなたのホテルはどうかしら?」
「ホテルのロビーは狭くて話をし難いと思わない?」
「あなたの部屋は?」秀雄は自分の耳を疑ったが、
「う〜ん、僕の部屋はすごく狭いけど、テーブルと椅子があるから何か飲み物とつまみ物を買って行こうか?」
「紅茶とか言った温かい飲み物と、クッキーはどうかしら?」
「紅茶なら、ホテルのロビーにあるから買わなくてもいけど、クッキーは買って行った方がいいな。だけど、僕の部屋は本当に狭いんだよ?」と、秀雄はジャネファーが本気で自分の部屋に来るのか念を押す様に言った。
「二人くらいは座れるでしょう?」
「うん、なんとか座れるとは思うけど、まあ中を見てみれば分かるよ」
中世期のままのガルマ・スタンに魅力があって、このホテルを選んだのだが、一人用の為か部屋は狭く、その代わりに値段は安くて三流並のホテルみたいなところなのだ。
「今日初めてホテルのロビーに入ったけど、あのホテルは庶民的なところだと聞いていた通りだったわ」
「だから、庶民的な値段で、僕には丁度いいところか」

 ホテルの玄関を入ると右側にフロン卜・デスクがあり、反対側にはソファーが一つとコーヒー・テーブルだけで小さなロビーを埋めていた。狭い空間は重々しいインテリアでこじんまりとしてスウェーデンの一般家庭のリビングルームの様な雰意気もある。いつもの夜勤の係員はロビーのソファーに一人で座って紅茶を飲みながら新聞を読んでいた。数日前泊まった時、秀雄は暇つぶしに彼と紅茶を飲みながら雑談をしたことがあった。
 ジャネファーと秀雄はホテルに入ると、互いに腕をとったままフロントへ進んで行った。秀雄は係員からいやなことでも尋ねられはしないかと気にかかっており、ジャネファーは少し恥ずかしくなり、二人ともやや緊張した顔付きをしていた。係員は入ってきた秀雄に気がつくと、立ち上がってフロント・デスクに戻り、部屋番号も聞かず、さりげなく秀雄に部屋のカギを渡し、
「グッドナット(おやすみなさい)」と、二人に言った。係員が不信な顔もせず何も聞かなかったので二人ともほっとして、微笑みながら、
「グッドナット」と、言って腕を組んだまま静かにフロントの前を通って、エレベーターに向かった。旧式のエレベーターは昇りのボタンを押すとエレベーターの中の電気が点き、秀雄は磨りガラス窓の付いたエレベーターのドアを手で開いてシャネファーを先に入らせた。エレべーターのドアが閉まってから、秀雄は目的階のボタンを押し、ジャネファーに振り向き、彼女を引き寄せて彼女の唇にキスをした。ジャネファーも両腕で秀雄を抱きしめ、二人は固く抱き合った。短いような長いようなキスはエレベーターが三階で止まってもすぐには終わらなかった。

 女とホテルの部屋に入ることで緊張しているせいか鍵穴に鍵を通そうとする秀雄の手は震えて、鍵をガチャガチャとドアに当てながらやっとドアを開け、ジャネファーを先に二人は部屋に入って行った。秀雄はジャネファーのコートをハンガーにかけた後、自分のコートをかけながら棒の様に突っ立ているジャネファーに、
「どこでもいいから腰かけて」と言った。
狭い部屋には小さな机と椅子が一個づつ窓際に列べてあり、人間が二人立てるくらい離れたところには、幅が一メートルもないベッドが一つ置かれてあった。洋服ダンスはベッドの足元側の壁に置いてあり、そこも二人くらい歩ける幅の通路が作られていて、その通路を突きあたって左に行くとバスルームのドアがあり、突きあたる手前で右に行くとベッドと机の間の通路があった。
 ジャネファーは机にもたれかかって部屋の中を見回しながら言った。
「部屋はきれいじゃない?」
「うん、質素だけど、きれいにしてあるし、ちゃんと整っていると思う。でも、ベッドは一人でも狭いけど、北欧はこの値段ならどこへ泊まってもこれくらいの幅みたい、オスロもコペンハーゲンもこう言った感じだった」と言いながら立っているジャネファーの真正面に行き、べッドに腰掛けた。ジャネファーを見上げて、彼女にも座る様にと椅子とベッドを手招きした。椅子に座ることは『ノー』を示し、ベッドなら『イエス』と言うことは純情そうなジャネファーでも分かっている。ここまで来ていながら、秀雄が紳士振りを示したことがジャネファーには滑稽に見えた。エレべ一夕一で激しくキスして以来、ジャネファーは燃えており、意地もあった。ジャネファーは一応椅子に目を向けたが、
「そうね、ユースホステルのベッドの幅と同じくらい」と、言いながら彼に向い合う様な格好でベッドに腰掛けた。秀雄はジャネファーに向かい合う様に座り直し、彼女の両肩に手をかけて彼女のダークブルーの瞳を見つめ始めた。二人はしばらく緊張気味に見つめ会っていたが、秀雄が何かを言おうとして、声を出しそこね、人さし指で天井の電灯を指さした。アメリカの女性なら、暗くしなくても裸になるのだが、スウェーデンの女性はどうか知らないので気を配り、小さなベッドランプのスイッチを入れてから立ち上がり、ドアへ行き天井の電気を消した。

 薄暗くなった中でセーターを脱ぎ始めたジャネファーの姿が秀雄にとっては異様に見えた、ストロベリーブロンドのヘヤーがセーターを脱ぐ静電気でパチパチと音を上げ赤い髪が空中に舞い上がった。ジャネファーは静電気で乱れた髪を手で直しながら、彼女の前で立ったままセーターを抜いだ秀雄を見上げていた。ためらっていた彼女は思い切った様にトックリセーターの裾をめくり上げ出したが、手を止めてしまった。そして、照れながら両手を秀雄に突き出した。秀雄は微笑しながら彼女の前にかがみ、彼女のトックリセーターを下から上へと引き上げていった。透き通る様な白い北欧の肌はストロベリーブロンドの髪に映し出されて、なまめかしく見えた。秀雄もトックリセーターとアンダーシャツを同時に抜いで、ジャネファーの肩から首元にとキスのシャワーを洛びせながら、ブラジヤーのホックを外した。ベッドランプを消すとカーテンを通して外の明りが入り、目が慣れてくると、二人の姿が見えるほどだった。二人は狭いべッドの上で時間の経つのを忘れていた。

 一時間、それとも二時間もたっただろうか、秀雄はしのび泣きをしているジャネファーに気が付いて尋ねた。
「泣いているの?」 ジャネファーは何も言わず、すすり泣き秀雄の胸の上に涙をこぼした。
「なぜ泣いているの?」
「もうすぐお別れね」と、
ジャネファーは甘い声で震える樣に吱いた。秀雄はあまりにも自分だけの将来に重視して輝子を諦めた失敗を二度と繰り返したくないと自分自身に誓っていた。ジャネファーを諦めるのは同じ失敗を繰り返す樣な気がしていたが、どう言って良いのか分からず黙っていた。
「ねぇ、明後日何時に出発?」
「まだ予約は取っていなんだけど、空席はほぼ毎日あるので一応明後日にしようと思っている」
「予約を取っていないのなら、長くここにいて欲しいわ」
「うん、君とずうっと一緒にいたいし、君と一緒に人生の再出発をしたいんだけど国籍だけはどうしょうにもならないし、本当にここで生活が成り立つかどうかが心配なんだ」と憂鬱そうに言った。ジャネファーは両親の家から出て、秀雄と暮すつもりでいて、
「生活のことはあまり心配しないで。アパートの一部屋余っている友達がいるから、その人に聞いてみるわよ。贅沢はできないけど、わたしの収入でなんとかなるわよ。そのうちビザのこともなんとかなると思うの、そうすればで就職もできるし」と、ジャネファーは言った。秀雄はそんなに物事を甘く考える彼女に年の差を感じると同時に、他人の世話になることは嫌なのだ。生活費を分割したとしても、物価の高いストックホルムでは持っている資金では半年どころか数ヶ月で空になってしまう。それに、留学した当初経験した、気兼ねしながら五年間も居候した辛さを思うと、二度と居候はしたくなかった。しかも,年上の男である自分が若い娘に面倒を見てもらうことにも抵抗感があったのだ。
「君がそう言ってくれるのは有難いけど、僕がまともに就職するまで君に面倒をかけることはできないよ」
「そんなこと面倒じゃないわよ。わたし、あなたと一緒なら苦労も楽しいと思う」
「ジャネファー、それ本気で言っているのかい?」
「本気よ!わたしも人生のどん底から再出発したいし、もうこれ以上悪いことはないはず。でもあなたと一緒でないとわたし一人では再出発する勇気が出て来ないわ」
秀雄はジャネファーが何を言い出したのか分からなかった。理由を聞いても彼女はその理由を言おうとはしなかった。それに彼女さえも秀雄の昔のことは聞かなかったので、そのことは彼女の暗い過去の経験と察し、それ以上に触れなかった。しかし、秀雄はあくまでも他人、ましてや若いジャネファーの面倒にはなりたくなくて、頑固に断った。
「僕たち、数日前会ったばかりで、お互いにあまり知らないのだから君に僕の面倒を見てもらうわけにはいかないよ」
「長く知り会っていても、明日のことは分からないわ? それにわたしたち以前から知合っているみたいなところがあるじゃない」とジャネファーはだたをこねた。拒否するだけでは通じそうもないので、秀雄は住みよい慣れた生活を辞めて、異国で慣れるまでの不便かも知れない生活に飛び込むことに不安を感じて、
「そうだけど、僕の住み慣れたアメリカを諦めることを考えて欲しい、これは僕にとっては大きな決心なんだから」と言ってしまった。
「分かるわ、じゃ、やはりアメリカへ帰ってしまうのね?」
「もし、ここでうまく行かなければ、そうなるかも知れない」
「そうならない様に、わたしにも手伝わさせて?」
その言葉で秀雄は彼女の真剣さがもっとはっきりと分かり、彼女の眼を覗き込みながら、
「わかったよ、君の心が、じゃぁ、ともかく手頃なところを早く探し出して、ここで生活ができるどうか、その様子をみてたい」と、ついに自我を諦めた。
 ノルショッピングの知人の話しではスウェーデン人でさえ採用の可能性が低くいので実際には仕事は見付からないかもしれないと言ったところ、ジャネファーは以前と全く同じ分野の仕事を探すよりも少しは分野を変えることを薦めた。そうすればストックホルムでもエンジニア関係の仕事が見付かる可能性が秀雄にも見えたが、しかし、それにはビザの問題があり、まともな仕事に付けるのは無理なことは分かっていた。旅行者としての三々月滞在期間が切れば不法でこの国に住むことになると、ジャネファーに言ったところ、
「もし、あなたがスウェーデンから追い出されたら、わたしも一緒連れて行って?」
「さっきまでは、このストックホルムを出たくないと言っていたけど?」
「ストックホルムはいつだって帰ってくればいいけど、今あなたと別れたらもう二度と会えない様な気がするから」
「分かった、君の気持ちが本当に良く分かったよ。じゃあ、このことはまた明日になって考えない? もう夜遅いから」と秀雄は言った。
「明後日もここにいるって約束して?」
「うん、もちろんここにいるけど、もし心配だったら僕のパスポートを君に預けて持っていてもいいよ?」
「ただ約束だけでいいの。今日は何もかも素晴らしくって、あまりにも良いから何か悪いことでも起きやしないかと怖くなっちゃたの」
「そんなに心配しなくていいよ、明日になったらもっと具体的な良い案が出てくるかもしれないから」
「うん、そうね、わたしも色々と知っている人に聞いてみるわ」
 真夜中過ぎ二人はホテルを出て、急ぎ足で地下鉄の中央駅へ向かった。地下鉄のプラットホームには人影はほとんどなく、プラットホームに降りた二人は抱き合ったまま立っていた。
「最終電車には間に合ったわ」
「間に合わなければ、僕の部屋に泊まっても良かったんだけど」
「ガルマスタンから通勤なんて、みんなの憧れだわ!」
「じゃあ、明日その用意をして来れば?」
「ふふっ、あなたのベッドは狭すぎて眠られないわ、でも考えておくわ」
二人は何も言わず頰を摺りよせ合い、甘いムードに溺れていた。電車はなかなか来なくても良かった、しかし、やがてガラガラに近い電車がプラットホームへ入って来た。ドアが開くと、キスをして、ジャネファーは電車に乗り、ドアの前で振り返って立っていた。
「じゃあ明日の朝、君のオフィスへコーヒーを持って行くからね」
「Ok, god natt, I love you!」
「God natt, I love yo too!」と、二人ともスウェーデン語と英語で別れを告げあった。

第八章 流氷
 電車が出ていった後、秀雄は地下鉄の駅の階段を走り上がって、オペラハウスの方向へ向かって歩き出した。長い間忘れていた恋の味を感じ浮きうきとし、素晴らしかった今宵の出来事に浮かれていた。二十年もの歳月をかけて築いたアメリカでの人生を今、意図も簡単に捨て去ろうととしていることにこだわりはなかった。侮辱を感じながら仕事をしていた、職員同士の目に見えない競争の激しいアメリカの職場はどこへ就職しても数年経てば同じようなことが起きるはずで、いっそのこと新しい環境に飛び込んで屈辱的な過去を洗い捨てることでかえってすっきりとした気持にもなっていた。これから先はどうなるかは明日考えればいいし、当分の間はその日暮らしでも良いとさえ思った。ジャネファーと共に歩けば、いずれは良いことが起きると自信が出て来た。

 オペラハウスからはホテルに向かって外灯に照らされた川沿いの石畳みの舗道を寒さ忘れて歩いていた。ジャネファーと二人で見つめた普遍に流れる流氷を見ながら、彼女とのある会話を思い出していた。

『子供の頃は冬になると、あの流氷がぎっしりと川を覆って、その上を歩けるくらいだったのよ?』
『流氷は薄くみえるけど、本当に歩けたのかい?』
『さぁね〜、割れて落ちたら危ないから、やったことはないわ』
『そうだね、あの水温だったら数分でも漬かったら、もうだめだろうね』
『そうよう、溺れなくったて凍死した人がいたわ』

 数日前と比べ流氷が川の表面をかなり覆っているので、流氷の厚さが気になり秀雄は川岸の高い階段を降りて行った。誰も階段に降りたことがないらしく、数センチ積持った雪には足跡はなかったので、注意しながら階段を水面近くまで降りた。水面近くの階段は、雪の下には氷が張っており、それに気が付いた秀雄は慎重に足元を確かめて水際近くにしゃがんだ。左手の手袋を抜いで階段の雪の上に置き、流れて来た分厚いガラス板の様な流氷を強く掴んで引き上げようとした。流氷は思ったより大きく重たく、その惰性に引かれバランスを少し崩したが、バランスがすぐに取り戻せると思い、すぐには流氷を手放さなかった。しかし、その瞬間踏んばっていた足元が思いもなく突然滑べったのだ。素早く、掴んでいた流氷を押す様にして手放し、その反動でバランスを取り戻そうとしたが、すでに上半身の重心が川の方に傾いてしまっており、それに気が付いたのはもう手遅れだった。手袋をした右手で何かを掴もうとしたが、雪の下の氷を触っただけで、顔を洗う様な格好で川へ落ちてしまった。
 流れの早い深い方向へ落ちたので、階段が水面の下にある方向へ泳ごうとしたが、流氷と衣類が邪魔になり、しかも身を切る様な冷たい水で身体がこわばって、もがきにしかならなかった。スポーツで鎩えた筋肉は脂肪の少ない為か、氷のように令たい水には無力に等しかった。階段の方へなんとか進んだものの、すでに流されており、深すぎて足は届かなかった。一秒でも早く水から出なくてはと、必死になって階段へ向かって泳いだというより踠いたが、その甲斐もなくどんどんと流氷と共に流された。身体を動かすと、着ている服の下に冷たい水が入れ替わり、さらに冷たく感じたので、無駄に身体を動かすのを避け、冷静になって下流に上陸できそうなところを見回した。
 百メールくらい下流に上流向きの階段があるのを見付け、川岸の石垣沿いにそって流されるように泳いだ。と同時に出来る限りの大声を出して英語とスウェーデン語で叫んだ
「ヘルプ、ヘルプ、ミー」 
「イエルプ、イエルプ、メー」
 何度も何度も叫んだが、明かあかと外灯に照らされた深夜の街には誰ひとりもいないかった。秀雄の声はだんだんと薄くなくなり、カラカラと流氷のぶっつかり合う音だけが聞こえていた。もうすでに、息が止まるほどに身体が硬直し始めていた。
 何分くらい経っただろうか、冷たさによる身体の痛みは痺れて次第に薄らぎ、意識が混沌とし始め、秀雄の頭の中は、自分の一生の場面がパラパラと巡り展開していた。下流の階段に着いたのは全身が階段にぶっつかったことで分かり、水から這い上がったのは本能であった。もう手足を動かす力はほとんどなく、高い階段の上まで這い上ることもできず、四つん這いで数段上がったところで、横たわり、切れかかったゼンマイ人形の如く、動かなくなってしまった。寒さも痛さも感じなくなっていた。秀雄の眼に浮かんできたのはトンネルのようなまぶしい光線が天から降りてきて、自分自信グルグルとその光の中を舞い上がって階段に横たわっている自分の命の抜けた身がらを上から見降ろしている光景であった。見上げると光りのトンネル先には誰かが立っているのだ。思い出のある姿に、秀雄は「て・る・こ?」と、かすかに口にして目を閉じた。


第九章 旅立ち

 冬のストックホルムの朝は薄暗く遅い。やっと明るくなってきた九時過ぎ、ジャファーはオペラハウスの前にある、誰もいない観光バスのガラス張りの小さなオフィスに、いつもにはなく晴々しい気持で入って行った。コー卜を壁に掛け、切符売場の椅子に腰掛けて秀雄がコーヒーを持って来るのを待ちながらガラス越しに外を見回していた。昨日と同じく観光客は一人も来そうにもなく、通行人もほとんど見えなかった。
 落ち着いた静かな冬のストックホルムでは珍しくもパトカーのサイレンが聞こえ、だんだんと近づいてきてオペラハウスの前の川岸に駐車し、二人の若い警察官があわただしく階段を降りていった。不審に思ったジャネファーはコートをひっかけ、オフィスのドアに鍵をかけて川岸へ急いで行った。一人の警察官は階段の上に戻って来ており、パトカーの横に立ち、窓越しにマイクを掴み無線機で何か話していた。もう一方の警察官は水際に横たわった人物の検査していた。階段の上にいるジャネファーにはそれが誰であるかは分からなかったが、見覚えのあるオリーブ色のコートに気が付き、階段を降りようとした。無線機で話している警察官が片腕でジャネファーを止めようとしたが、ジャネファーは振り切って階段を降りて行った。まさかとは思いながら、横たわている人物のそばまで降りて、その横顔を覗いた。まさしくもそれは秀雄であった。血の気のない白い顔はまるで眠むっているかのようで、彼に触わろうとしたところ、検査していた警察官が立ち上がり彼女に振り向いて、首を横に振りながら彼女をふさいだ。
「あぁ〜、いや! ヒデオ! どうして? どうしてなの? 今朝会いに来るって約束したのに」と、叫び、もうそれ以上声にはならなず、ジャネファーは後ろへ振らつき始めた。警察官は今にも倒れそうな彼女を素早く抱きかかえて尋ねた。
「お友達ですね?」 泣き顔のジャネファーはなにも言わず、頭で頷いた。
「もう手遅れなんです、すみません」と、気の毒そうに言って、ジャネファ一の腕を取って階段の上に上がろうとした。しかし、警察官に抱えられたジャネフアーは横たわった秀雄のそばから動こうともせず、頭を後ろに垂れたまま潤んだ瞳で呆然としていた。もう一人の警察官も降りてきて、よろめく足どりのジャネファーを両側から支えながらパトカーに導いた。

 その日ジャネファーは悲嘆な思いで仕事にならず、家に戻り自分の部屋に引き込んだ。新しく恋人が出来たばかりだったせいか悲痛な思いはそれほど深くなく、次第に現実の悩みに呪われ出していた。それは新鮮な気持ちで大学受験の準備に取り掛かろうとした意欲が消えかかっていることだった。意気消沈した彼女には悪夢が待っていた。
 翌日、警察から呼び出され、秀雄との関係について取り調べを受けたのだ。昨日の彼との行動を一部始終問い掛けられ、プライベートなことにも触れた。だが、最も重要な点は秀雄が川に落た時、ジャネファーはどこにいたかで、そのアリバイとして、トンネルバーナのプラットホームまで秀雄が見送ってくれたことを証明することだった。しかし、目撃者は見つかっておらず彼女は重要参考人とみなされてしまったのだ。 
 数日後警察から電話があり、幸いにも秀雄の右手袋が上流側の階段で発見されると同時に秀雄の足跡だけがその階段の雪に残っていたことで、彼の凍死は単なる自らの事故か自殺と推定された。遺書のないことやジャネファーの証言からして、自殺の可能性は低いと刑事は判断していた。ジャネファーは重要参考人から除外されることになり、悪夢は一段落した。

               *

 警察は秀雄の持っていた米国パスポートを元に米国大使館を通じて秀雄の身元引き受け人の捜査を依頼していたが、不在のアパートの住所だったため、捜査は行き詰まっていた。ホテルの部屋に残されていたメモ用紙に手書きの日本の電話番号が見つかり、日本人通訳を通して通話先の武田雅子と連絡できたが、秀雄とは無縁関係と分かり、身元引取人の捜査は難航していた。しかし、雅子はストックホルム警察からの電話が秀雄に関することだったので、これはただ事ではないと思い、教会に行き、秀雄の母に電話をかけたのがきっかけで捜査は前進した。母親はまさか自分の息子が警察沙汰になったとは信じられず、東京のスウェーデン大使館に電話をかけたのだ。信頼できる息子のことだから、何かの間違いではと思い、最悪のことは毛頭になく、大使館からの連絡を待っていた。

数日後、母親はスウェーデン大使館から思いもせぬ悲報を知らされ、半信半疑で身元引き取り人として、急遽ストックホルムへ行くことになった。母親は牧師に電話し、葬儀について相談する為、教会に行った。以前、礼拝堂で葬儀に参列したことはあったが、親戚でない年配の信者の葬儀だった。したがって、葬儀の一部始終詳しいことはあまり知らなかった。だが、母親はキリスト教の葬儀は仏教のとは違う意味があることはよく知っていた。しかし、牧師は本人息子の葬儀なので心配して、キリスト教の葬儀は息子の冥福を祈ることでもなく供養することでもないのだと、改めて説明し、母親の理解を確認した。
 その日、牧師にあった後、雅子に直接に感謝をしたくて、雅子と礼拝堂の控え室で面会した。双方とも丁寧に挨拶を交わした後、小さなテーブルの両側に腰掛けた。母親は、気品のある明るい色合いのワンピースで現れた雅子を見て、素晴らしい着こなしに思わず目を丸くした。母親は喪服ではないが黒っぽいグレーのカーディガンにアンサンブル姿の自分の姿を見た雅子は地味な年寄りとでも思っているのではと思った。雅子は高校時代教会に来ていたが、結婚してからは来ていなかったのでこれまで互いに面識はなかった。しかし、輝子と似た感じがあり、輝子ほどではないが丸み帯びた頬を持ち、目元も良く似ているところがあると、母親はそう思った。
 一まず、母親が電話をかけてくれたことの謝意をし、スウェーデン大使館からの電話内容を話した。雅子はストックホルム警察が電話をかけてきた時、秀雄のことは何も聞いておらず、その時初めて悲報を聞き、言葉を失った。その瞬間、秀雄が『天国に行って輝子に謝りたい』と言ったことを思い出し、母親にそのことを言うべきかどうか迷った。しかし、そのことを言う前に、秀雄と輝子二人のいきさつを母親が知っているのかどうか分からないので、二人の関係を少しづつ語り始めた。母親は留学前までの二人の関係は良く覚えていたが留学後のことは全く知っていなかった。雅子は留学後の輝子の経緯と、秀雄のとの電話会話の一部始終を話した。この時、母親は初めて輝子の自殺を知ると同時に、息子が最後まで独身でいた理由が輝子のことだったと知り、ひどく驚いた。
「秀雄の気持を全く気づかず留学させたことで、二人に可哀想なことをさせてしまって」と、言って嘆き、雅子の前で頭を深く下げて泣きながら謝った。雅子も貰い泣きし始め、
「加藤さん、謝らないでください。あの二人の心は誰も読めなかったのですから、仕方がなかったのです」と慰めた。
「え〜でも、あの子は何でも私に話す方だったのに、なぜか輝子さんのことは何も言わず、留学したなんて、本当にかわいそうで、仕方がないです。....でも今はきっと、あの二人は天国で一緒になっていると思います」と母親は信念深く言い終えながら、ゆっくりと頭を上げた。
「私もきっとそうだと思います」と、雅子も泣きながら言い、テーブルの上の母親の両手に手をかけた。母親は両手で雅子の両手を優しく握った。

 それから数日間、母親は寒冷のスウェーデン行きの支度で毎日忙しく歩き回っていた。着たこともない羽毛の入ったキルティングのオーバーコートや雪国で履くようなキルティングのブーツ、スキー手袋などを市内のデパートやスポーツ洋品店などで買い物し、旅の準備をしていた。しかし、旅の準備は出来たものの、パスポートが出来るまで一週間待つのは長く感じた。

 秀雄の死後十日目、ストックホルムに着いた母親は日本領事館で日本人女性係員と会い、息子の遺体や遺品のなどの受け取りや搬送などについて懇談した。係員と一緒にストックホルム警察に行き担当刑事と会い、冷凍室に保管されている秀雄の遺体を公式に確認した。名目上一瞬の確認後、刑事と係員は速やかにその場を去り、しばらくの間母親をそこに残した。息子との無言の対面は思っていた通り悲壮だった。感情を隠しきれず苦しい声を出して涙ぐんだ。日本から持って来た、秀雄が高校生時代持っていた『夏の思い出』の木製のオルゴールのゼンマイを少し捻って秀雄の耳元に置き、聴かせた。音楽が終わると、「いつか天国でまた会うね」と、言って秀雄の髪を撫でた。
 冷凍室から出た後、刑事の事務室に行き秀雄のスーツケースなどの遺品を受け取り、事故の説明を聞く。秀雄は真夜中、流氷の流れる川に過って落ち、百二十メートル流され、自力で川から這い上がったが低体温症のため凍死したと、刑事はスウェーデン語の死亡報告書をで読み、領事館の係員が口頭で日本語に訳し、そのコピーを母親に手渡した。事故の至るまでの経緯を母親は係員を通して刑事から聞き取ると、母親はその時息子と一緒にいた女性に面会したいと係員に切願した。係員の任務としては、それは私的便宜となり業務外ではあったが、係員はジャネファーの仕事先に電話をかけた。係員はジャネファーの心境を聞かされたが、なんとか面会の取り合わせした。というのは、ジャネファーにとってはすでに終わったことで、忘れてしまいたいことであった。しかし、秀雄の母親がどうしても自分に会って秀雄の最後の日のことを聞きたがっているということで、ジャネファーはこれ限りという約束で会うことに合意したのだ。面会はできるだけ早めにしたく、できればその日が良かったが、係員のいう翌日にすることにも同意した。翌日会うという取り合わせが決まり、電話は終わった。係員は面会場所と時間を丁寧に書き取り、母親に手渡した。しかし、係員は母親に翌日の都合が悪いと言って、手際よく逃げたのだ。スウェーデン語を話す人口がごくわずかなので、秘密会話に適すると、西洋では言われるが、まさにその通りだった。

 母親はホテルに戻り、日本語版ストックホルム市内案内パンフレットから日本人経営の和食レストランを探し、電話をかけ日本語で夕食の予約を取った。その晩一人でレストランに行き、注文を取り来た日本人ウエイトレスに食事の注文をした後、事情を告げ、翌日の通訳を探していることを話した。そのウエイトレスはキッチンに戻り、若い日本人ウエイトレスを連れて来て、大学生で時間的に割と暇なので通訳のアルバイトをさせては、と言って自分の娘を紹介した。学生はスウェーデン生まれでスウェーデン語は日本語より上手です、と流暢な日本語で喋った。
 翌日、母親は学生通訳と一緒に観光バスの切符売り場に行き、ジャネファーと対面した。高めのポニーテールをしたジャネファーと会った瞬間、母親は一瞬はっとした。髪と目の色は違っても、ジャネファーの容貌が輝子に良く似たところがあり、息子が彼女に会っていた心境が汲みとれた。通訳を通して、どんなことを話していたのかとジャネファーに尋ねた。ジャネファーはヒデオがアメリカの会社を辞めて知人を辿ってここで仕事を探していたことやクロスカントリー・スキー・レースに参加したかったこと、一緒にディスコ・ダンスをしたことなどと、ジャネファーは思い出すまま話していた。だが、彼との最後の話しは、二人で住むアパート探しのことだった、と言った時、ジャネファーは急に目頭が暑くなり声を詰まらせながら、
「彼とは本当に短い時間でしたが、とても楽しかったです、いい人だった、すみません、もうこれ以上言葉になりません」と言って喉が詰まらせた。通訳が日本語に訳すと、母親は
「有難う、有難う、有難う」と何度も頭を下げながら言い、「もうそれでいいです」と答えた。
 その後、母親の要望でジャネファーは秀雄の最後の場所である川沿いの階段に母親を連れて行った。階段には雪が積もっており、滑りやすて危険な状態ではあったが母親はジャネファーと通訳と一緒に階段を注意深くゆっくりと降りて行き、秀雄の横たわったいた水際近くの段で立ち止まった。そこで、母親はジェスチャーと片言の英語でジャネファーに「ここだったの?」と念を押した後、そこにしゃがみ、持って来た花束を包み紙から外し、そっと足元に置いた。両手を固く組んで長い長い黙祷をし、ハンカチで目元を拭いて立ち上がった。ふらつきがちな母親は通訳に腕を取られて階段を上がって行った。母親はハンドバッグから小さなカメラを取り出し、階段の上から花束の置かれた水際の階段と流氷の写真を撮った。通訳にカメラを渡し、ジャネファーと一緒の写真を川越しに見えるガムラスタンを背景に撮って欲しいと、手振りをしながらカタカナ発音の英語でジャネファーに並んでもらった。写真を撮った後、母親はジャネファーに深く頭を下げて礼を告げ、通訳と共に川岸を去った。階段の上に残されたジャネファーは水際に置かれた花束と去って行く母親の後ろ姿を悄然と見届けていた。
 数日後、ストックホルムで火葬してもらい、遺品の中から手帳やカメラ、財布などほんのわずかの手持ち品だけを持ち帰ることにし、五日間の滞在後、遺骨を持ってストックホルムを去った。

 帰国した母親は雅子と会い、秀雄の遺灰を輝子の墓石のそばに納骨できるかどうか話し合った。輝子の名前は実母の墓石に刻まれおり、墓石は郊外にある公営霊園に置かれていた。その墓地の名義は雅子なので合葬も可能であった。しかし、母親はキリスト教徒として埋葬することを希望したため、結局は同じ公営霊園内で輝子の墓石に一番近い場所に十字架の刻まれた秀雄の墓石を立てることにし、母親は牧師と会い葬儀について具体的な準備をし始めた。もう死後二週間以上も経ち、すでに火葬されていたので、葬儀には多くの参列者が来れるようにと日数を十分に与え、予定を立て易くすることにした。牧師の提案で、ペンテコステ(聖霊降臨祭)の行事のように息子の死から五十日目に当たる日に葬儀として、教会で秀雄の召天記念礼拝を行うことにした。

 召天記念日はまだ肌寒い二月末中の土曜日の朝であった。礼拝堂には親戚や雅子、秀雄と輝子の旧友達、日曜学校の恩師等、教会の信者たちなど百人近くが、すでに着席して礼拝の始まるのを待っていた。静かにパイプオルガンの前奏が始まり出すと、参列者全員起立し、牧師を先頭に秀雄の両親と弟家族の入場を迎えた。遺族らが着席すると、参列者も着席した。オルガンの前奏が静かに終わりだすと全員黙祷し、牧師の厳かに捧げる祈祷を聞いた。その後、オルガンの前奏と共に全員起立して讃美歌312番「いつくしみ深き」を斉唱し、着席すると牧師の説教が始まった。説教の冒頭は秀雄の信仰や人柄、略歴を紹介され、亡き輝子との繋がりも語られた。説教として牧師は聖書のヨハネ伝、第11章25、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。』を朗読され、その解釈をされた。説教が終わると静かにオルガンの演奏が始まり、一同起立し黙祷、牧師が神に祈りを捧げた。そして、喪主である母親と父親が献花をし、弟家族、雅子、親族、友達や信者達の順番で献花した。最後に参列者全員が起立し、賛美歌320番「主よみもとに近づかん」を斉唱し、秀雄の天国への旅立ちを見送った。

               
第十章 蘇る

 目を開いた秀雄は起き上がり、辺りを見回した。何もかも眩しいほどに真っ白でまるで深い霧の中ような感じで目の焦点を合わせるところもなく、自分がどこにいるのか分からず、ぼんやりと立っていた。徐々に自分自身の体に気がつき始めたのだ。凍り水に浸かり心底冷え切って身体の感覚を失ったが、そのずぶ濡れの重たい衣類を着ている感覚はなく、何も身に着けていないのか、またはすごく薄い生地の衣類を羽織っているみたいで身体が動きやすく、しかも暖かいことに気が付いた。流氷の流れる川から這い上がり、どのくらい気を失っていたのか検討が付かなかった。しかし、何の痛みもなく、身体には全く異常を感じるところもなく、意識がはっきりとしていのである。
 その時、遠くから霧を分けながらが秀雄に近づいてくる人物が目に入った。その人物の全身は見えないが頭の動きからして、自分の方へ向かって歩いているように見えている。近づいてくるにつれ顔がはっきりと見え出し、その人物が誰であるか分かり、はっとした。それは間違いもなく、二十五年前別れた輝子であった。秀雄は瞼を上げて『て・る・こ』と唇を震わせた。そして、大声で
「輝ちゃん!」と呼んで身体を飛び上げて喜び、両手を大きく振った。呼び声に気づいた輝子は手を振り急ぎ足になった。秀雄も手を振りながら輝子の方へ向かって駆けり出した。ようやっと離れ離れだった二人は再会することが出来たのだ。
「秀雄くん、やっと会えたわね!」と輝子は言いながら両手を前にさし伸ばし微笑んだ。その顔は十八歳の時のままだが、肌色は薄く白っぽいが唇や目、睫毛にはまだ薄っすらと色が残っていた。黒髪はいつものように高めのポニーテールだった。輝子の身体は霧に隠れてはっきりと見えないが、秀雄はあるものとして不思議には思わず、ニコニコしながら、「輝ちゃん! 僕は君のことが忘れられなくて、ずーっと思い続けていたんだよ」と、言って両手を差し伸べ、輝子の両腕をしっかりと持った。
「うん、それ知ってたわ、それにいつもわたしを探していたことも」
「えっ! いつも君を探していたって、それどういう意味?」と、秀雄は少し驚いた。
「そうよ、あなたがいつもわたしに似た人ばかり逢っていたじゃない」と、笑い顔で輝子が言った。高校時代は『秀雄くん』だったのが『あなた』と呼ばれて嬉しかったが、秀雄はさらに驚いた顔で尋ねた。
「そう言われば似た人が何人かいたけど、でもそれ、どうして知っているの?」と言って、秀雄は気まずそうな顔をした。
「わたしはあなたの心の中にいつもいたのよ」
「じゃあ、僕をいつも見ていたわけ?」と秀雄はさらに気まずくなり、焦りを感じた。
「いいや、目で見ていたわけじゃなくて、あなたの思っていることがわたしの心で感じ取れていたのよ」と言って、輝子は笑った。それを聞いて、ほっとした秀雄は
「ふ〜ん、留学する前、君の思っていることが感じ取れなかったので、僕の片思いだと決め込んで、君を忘れようとしてたんだ。そういった訳で手紙も書かずにいて、本当に僕は悪かったと思っている」と謝った。
「あの頃のわたし達は未熟だったし、それに、わたしはあなたほどに心が決まっていなかったの。だからあなたが誤解したのは、わたしにも責任があったと思うわ。そういうことがはっきりと分かるようになったのはここに来てからで、あなたの思っていることが感じ取れるようになったの」
「ふ〜ん、そうだったの。で、ここは何処?」
「下界ではここを天国と言っているけど、あなたも後で分かってくるけど、天国にも色々とあるの、ここは天国の入口で待合場なの」
「あ〜あ! そうか、やっぱり僕は死んだのか」と言いながら自分の両手の平や腕を見回した。
「それも後で分かってくるけど、死っていう表現はここでは使わないのよ」
「ふ〜ん。そうだね、こんなふうに君と話しているんだから、生きているんだよね。ということは下界で死んだことはここで生き還っているんだ」
「そう、あなたは蘇ったの。わたしも蘇ってこの待合場であなたの来るのをずーっと待っていたの」
「へ〜っ! だけど二十年近くも、ここでよく待っていてくれたね」
「秀雄くん、二十年って下界ではとても長く感じるけど、ここではそうじゃないの。時間の概念って全くないの、それも後で分かってくるわよ。だからあなたの来るまでの二十年間って一瞬の間なの」
「ふ〜ん、でも、僕がここへ来るっていうことをよく知っていたんだね〜」
「うん、あなたの思っていることからして、いつかここに来るって分かっていたわ」
「じゃあ、君が僕をここに来れるようにしてくれたわけだぁ〜」
「いや、そうじゃないのよ、わたしにはそんなことはできないから、それはあなたの運命だったのよ。わたしだって、ここに来たのもわたしの運命だったから」
「ふ〜ん。 運命だったのかあ〜。ところで、僕はもう四十代なのに、君はまだ十八歳みたいだよ」と、言って秀雄は困ったような顔をして、輝子の顔をじーっと見つめた。
「ふふっ! あなたもわたしと同じで二十五年前に別れた時のままなのよ」と、輝子は秀雄を顔や頭を眺めながら微笑んだ。
「へーっ! ここでは歳を取らないの?」と言って、秀雄は自分の頰や髪を撫でた。
「うん。そうとも言えるわね、でも本当はそうじゃなくて、お互いに思っていた通りに見えるだけのこと、心の中でそう見えているのよ、お互いに。それにあなたの歩んだこの二十年間の経験をわたしはいつも感じていたから、意識的にはあなたと同じ年齢だと思うわ」と、輝子言いながら秀雄に近づき、差し伸べていた両手を彼の両肩に当て、ゆっくりと背中に回していった。輝子の暖かい手を感じながら、秀雄も輝子の腰に両手を巻き、彼女を引き寄せて頰と頰を擦り合わせた。高校時代、夜の公園のベンチで身体を寄せ合って座り、お互いの温もりを感じ合っていたことはあったが、これが二人にとっては初めての抱擁であった。
「あ〜ぁ! 君に会いたかった、この時を本当に長い間待っていたんだよ、愛してる君を!」と、輝子の耳元で呟く様に語った。
「わたしもあなたを愛してる! これでやっと達成したのよ、わたし達の愛は。そしてこの幸せは変わることなくずーっと続くの、永遠に!」と輝子がそっと呟いた。『愛してる』という言葉は二人の間で使うのはこれが初めてだった。二十五年間もの長い間、この時を待っていた秀雄は輝子の身体の暖かさを感じ、彼女の背中を優しく撫でながら、込み上がって来る幸せを胸いっぱいに感じ、涙ぐんだ。輝子も込み上げてくる幸せで涙ぐみ、震えながら秀雄をさらに強く抱きしめた。
「秀雄くん、わたし達、これからユートピアに行くのよ! そしてそこで永遠に愛し合い幸せに過ごすの」
「だんだんと分かってきたよ、君と僕は愛し合い、今この愛は極致の最高潮でこのまま無限に続くっていう感覚が。僕は幸せでいっぱいだよ、輝ちゃん!」
「秀雄くん、わたしも幸せいっぱい!」
二人の魂は固く抱き合ったままゆっくりと旋回し始め、礼拝堂で参列者が斉唱する賛美歌320番「主よみもとに近づかん」の響く中、昇天して行った。
   

大洋を二度越えて (書き直し) ©陽再 昇

執筆の狙い

この作品は昭和30年代後半(1960年代中旬)から1990年代初期にかけて展開する(ある男の中年の危機)内容で、昭和40年代初期の会話形式や文体になっています。

6月後半ごろ投稿させていた作品で、酷評や貴重なコメントを受けましたので、かなり修正しました。

読んで受ける印象は前と変わらないかもしれませんが、感想をいただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。

陽再 昇

76.119.58.145

感想と意見

大丘 忍

最後まで拝読いたしました。昭和30年代から昭和40年代が舞台といえば、それは私と同じ世代です。ただ、小説からは、その世代の感じはあまり読み取れませんでした。スマホが登場していないことくらいでしょうかね。それとも、昔人間の私が平成20年代をよく知らないからでしょうかね。

さて、先ず感じた事は、推敲が不十分であるということです。投稿、掲載するに当たっては、私は十回以上は読み直しておりますが、この作は何回くらい読み返したのでしょうか。と言うのは、誤入力と思われる誤字が多すぎる事、文章にももう一工夫がほしいかなという箇所が有ることです。文章の場合は、作者の考え方が有ると思いますので、どこをどうしたらという指摘は出来ません。

もう一つ重要な点は、視点の動揺が見られたことです。秀雄、輝子、ジャネファーの視点が有ります。一節ごとに視点を変える事は構いませんが、同じ節の中で視点が動揺していると感じられる部分が有ります。もう一度注意して推敲してみてください。

また、最後の、第十章 蘇る は、私は不要ではないかと感じました。

しかし、これだけの力作が書ける事は高く評価すべきだと思います。

2017-08-31 10:28

221.242.58.46

録画予約

タイプミスが多過ぎます。
投稿前に御自分の文章を読み返して、誤字・脱字を修正するようにして下さい。
簡単な事です。それは読み手に対する最低限の誠意でもあります。

文体について : 雑です。長めの文章を重ねていくスタイルそのものは一つの
個性ですしそこを否定する気はありません。ですが、失礼を承知で指摘させて
いただくと、本作の文章は連なる言葉を追う楽しさと読みやすさに欠けています。
完成した文を、一度軽く音読してみる習慣をつけてみてはどうでしょう。

ストーリーについて : 終章部が急展開かつ強引すぎるように感じました。
全体の構成も非常にいびつです。あの締めくくりに強いこだわりをお持ちなら
(執筆の主要な動機となっているなら)無理に修正する必要はありませんが、
この作品を肯定的に評価する読者層はかなり限られてくるように思います。

キャラクター : 各人の言い回しや表現法、語彙に偏りを意識すると、より
個性が際立ってきます。今のままでは話柄ごとに見解が異なるだけで、語尾
以外は感受性や思考律に人物の差が見出しにくくなっています。

最後に : 推敲の余地は大いにあります。頑張って下さい。

2017-08-31 10:37

61.215.1.97

陽再 昇

大丘 忍 様 と 録画予約 様

失礼ですが、まとめてコメントします。

全文読んで頂き、問題点を指摘されまして、有難うございます。

誤字と脱字について:
20年前の原文を書き直すため、縦書きの用紙からスキャンしてファイルを製作したところ、誤字が多数発生しました。 何度も読み直しながら誤字を直したのですが、かなり見落としたようです。 知人に調べて頂いたところ、誤字が相当数あることが分かりました。もちろんのこと、私の不勉強による誤字(例えば:意外と以外の違い、橋下駄と橋桁など)もあり、知人が指摘してくれました。

視点と文体について:
「視点が動揺している」とか「文章は連なる言葉を追う楽しさに欠けている」ということは、指摘されるまで、それらの重要さに気がつきませんでした。かなり高いレベルの書き方が必要みたいで、私にとっては高い壁に感じています。そういった書き方が少しでも出来るよう、音読をするなど、時間をかけて書き直してみます。
「読みやすさに欠けている=読み難い」ということは最初に投稿した時にも指摘されました。その点はかなり修正したつもりですが、まだ不十分だったようですね。音読でそういった点を探してみます。

第十章について:
最後の場面は、非現実なので全文との釣り合いを崩しているのは確かです。ただ締めくくりとして付け加えたわけです。第十章は「あとがき」として残すことを、考えています。

キャラクターについて:
各個人の話し方ももっと吟味して、人物の個性を出したいと思います、特に外国人のアクセントとかを。異なった国の英語のアクセントを日本語でどのように置き換えるかは、考えてみると面白い課題です。

具体的に色々な短所を指摘されまして、とても良い勉強になりました。ありがとうございます。

2017-09-02 10:22

76.119.58.145

多摩に天気

陽再 昇様

拝読しました。感想を申し上げます。

小説は、ただ活字を敷き詰めれば良いというものではありません。改行がほど良くされていないから、とても読みづらい。これだけで一次選考落ちです。

黒川博行『破門』のように会話が連なる小説も存在しますが、『破門』は、それによって登場人物のキャラがとても際立ちます。一方で、『大洋を二度越えて』は、キャラが全然引き立っていません。すなわち、会話に工夫が足りないのです。

昨今の公募新人賞は、レベルがアップしており、減点の対象が誤字脱字にまで及んでいます。公募を目論んでいるのならば、推敲はしっかりと。

辛辣な評価、ご容赦のほどを。

2017-09-02 10:56

153.221.154.37

陽再 昇

多摩に天気 様

読んで頂きありがとうございます。 

改行は場面が変わるごとにするものかと思っていましたが、もっと改行をした方が読みやすいわけですね。

会話の工夫と誤字脱字は前者ご二人のコメントに返答した通り、書き直しと訂正することにしています。推敲を何度もやる予定です。

小説の内容が一般的な話題でなく、しかも興味あるものとは言えませんので、公募は目指しておりません。

辛辣な評価は試練のためと、ありがたく受け取っております。 

2017-09-03 09:29

76.119.58.145

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

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3,000字以内