作家でごはん!鍛練場

『俺と僕』

えんがわ著

夏の終わりに以前書いたものを少し変えて投稿してみました。
ストレートな感じが出ているでしょうか。
劇っぽい? のでしょうか。
粗筋っぽさが出すぎているのでしょうか。
だめだこりゃ閉じちまお、と至らずに、読了まで至ったでしょうか。

不器用な文章だと自分でも思いますが、何か感じることがありましたら、コメントくださると嬉しいです。
では。

 一 俺は仕事を始める

 あー、ホンジツハカイセイナリ、快晴なり。あちぃ。じりじりする。陽炎が揺れる。空が青い。容赦ない太陽だ。
 ガキどもが缶蹴りをしている。
「タク君、みーっけ、1、2、3」
 ブランコは鉄の音を響かせ、ジャングルジムからは笑い声が聞こえてくる。水遊びをしている男の子と女の子。そんな木曜日の公園。そこが俺の仕事始めだ。
 透明の四角形の建物に、緑の電話が置かれている。スマホ全盛の中、密やかに生き残っている電話ボックス。そのドアを開けると空気がむっとする。カバンから資料、メガネ屋プリステンの顧客情報を取り出す。そのアイウエオ順で一番目の文字の列を指でなぞる。眉を潜めつつ、電話をかける。
 これから俺の名前は相澤直也、アイザワナオヤだ。
 
 二 僕は実家に帰る

 何処からか車窓は一変する。あれだけ灰色のビルが詰め込まれた所から、茶と緑が大半を占めるまでになった。ふと流れた赤い鳥居がやけに映えていた。僕は会社の営業をさぼって、つり革につかまっている。
「丸山ー、丸山ー」
 電車を降りる。もう徒歩十数分で僕の実家だ。風が心地いい。ビルがその流れを邪魔しない。夏草の臭い。田舎の空気だ。ヒマワリがしなびた花びらを並べている。
 あの時はとにかく都会に行けば格好いいと思っていた。何か道が開けると思っていた。でも、毎日毎日、嫌がるお客さんの前で、製品を売りつけようと必死に嘘をつくのに疲れてしまった。そう、疲れたのだ。
 『相澤』という表札。僕の実家だ。僕は相澤直也だ。
 鍵がかかっていないのに、中には誰も居ない。これも田舎だからか。台所に入る。大き目のテーブルに椅子が二つ。父と母の分だ。僕のはもうない。冷蔵庫には麦茶が専用のポットに入っている。透明な焦げ茶色が目盛りに律儀にお辞儀している。それをグラスに注ぎ、飲む。ちょっとほろ苦い、懐かしい味だ。その時だった。
 電話のベルが鳴ったのは。

 三 俺は話しかける

 ベルが鳴り続ける。何しろ緊急事態だ。何回でも待ち続ける。十回、二十回、三十に至るまでに繋がった。
「もしもし、相澤です」
 生気のない低い声だった。父の方か。
「オレだよオレオレ、直也だよ。ちょっとバイクで事故ちゃってさ。あっ、身体は大丈夫だよ。心配要らないよ。それよりお金がさ。警察官も来て大変なことになってるんだ。今、代わるよ」
「あのぅ」
 調子と共に声色を変えて
「もしもし相澤さんのお宅ですか。こちら四谷警察署の斉藤です。あの、ですね。息子さんがトラブルを」
「いや、あのぅ」
 俯いた返事がじれったい。
「何です?」
「直也は僕ですが」
「はぁ?」
「振り込め詐欺。オレオレ詐欺と言うものですか。もう古いものと思ってたのに、今もやってるんですね」
「そんな心外な。ちっ、違いますよ」
「だって直也は実家に居て、今話している僕ですよ」
 何だと。恥じぃ。全身から、どっと汗が出る。よりによって本人の前で、こんな猿芝居を演じていたのか。
「何やってんだよ」
「え?」
「仕事とかあるだろ。何であんたが実家に居るんだよ」

 四 僕は語る

「サボったんですよ。ショウもない仕事でしたから。毎日毎日同じ繰り返し。がっかりして、怒られて、人を騙して」
「騙すのはこっちの専売特許だった筈だけどな」
「何処でも一緒です。多かれ少なかれ、みんな嘘をついている」
「そんなもんか」
「そんなもんですよ」
 深く息を吐く。
「もともと僕は嘘をつくのが苦手なんです。我慢して嘘をついても、それが顔に滲み出てしまうようで。だから営業成績もドベの方なんですよ」
「それで逃げたってわけかよ」
「えっ」
「実家にまで逃げたっていうのかよ。ホームシックにでもなったのかよ。くだらねぇな」
 えぐられた感じだった。
「本当に何で実家に帰ったんでしょうね。色々なことに疲れたのかな。懐かしいものに触れたかっただけなのかもしれません」
 少しの沈黙。ついで
「でも、甘えられる場所があるってのはいいな。俺なんか親父からカンドウされちまったよ。で、詐欺師の真似事してるわけだけどな」
「強いですね。僕なんかには無理だなぁ」
「何言ってんだ。仮にも社会人として、やってんだろう。あんたの方が立派だよ。俺なんかよりも」
「けど、落ちこぼれですよ」
「けども何もねぇ。あんた、自分が思ってるよりも、しっかりやってるだろが」
 知人の言葉ではそこまで響かなかっただろう。ただ、あかの他人だからこそ、他人だからこそ、響くこともある。心の底の方が暖かくなった。ありがとう、と言いたくなった。

 五 俺とアイスクリーム

 何をやってんだ。俺は。こんな商売にも為らないやつ相手に。それよりも今すぐ電話を切って、次のターゲットに狙いを絞るべきだろ。なのに
「暑いなぁ」
「えっ? はい。そうですね」
「こういう時はアイスを食べたくなるよなぁ。こう、ラムレーズンとか。スイカバーとか。サーティワンのトリプル乗せとか」
「ああ、あのコーンの上に三つアイスが乗っているやつですね。でも、あれ、もの凄く食べづらいですよ」
「本当に食べたのかよ。いいな、ブルジョワは」
 何を話してるんだ。
「中学生のときですよ。その日で人生終ったら、何をしようかと考えてたら、そんな贅沢が。そういや、あの日も暑かったなぁ」
 もう止めろ。
「結局、アイスが溶けていって、一番上の一つがずれ落ちそうになって、必死で手で支えて」
 もういい。
「あの時と変わってないなぁ。結局、僕は僕のまま、この年齢になっちゃたんですよ」
 ああ。
「わかった。じゃあな」
 受話機に叩きつけるようにして、電話を切った。額をぬぐう。気がつけば汗でびっしょりだ。まったく無駄な時間だった。何をしようとしてたんだ、俺は。

 幕間 僕と俺

 突然、電話が切れた。
 いや、しごく真っ当な対応か。こんな僕の身の上話、一銭の得にもならない。
 一旦台所に戻って、麦茶のおかわりをする。冷たい。一つ、風が吹いた。ちりぃん、ちりぃんと、ドラマみたいな音で風鈴が鳴る。
 顔も名前も知らないが、もう一度、声を聞きたいと思った。無骨そうだけど、根はいい人だと思うから。不思議と、電話のある玄関口まで来てしまっていた。今すぐにもまた電話が鳴りそうな。そんな気がした。

 電話ボックスから出る。柔らかな空気。久し振りの開放感だ。俺はそのまま隣のジュースの自動販売機へと歩を進める。
 高校の先輩が言っていた。運命は自動販売機みたいなものだと。お金を入れる。そこまではいい。だが、買いたいジュースを選んだとき、運命は決する。ゴトンと落ちてくるジュースは、既に定められている。変更なんか出来ない。あれだけ有った可能性は、ゼロになる。
 それはともかく、コーラにしようか少し迷って、アイスコーヒーのブラックを選んだ。缶が冷たい。
 乾いた喉に染みる。暑さと会話で、喉がカラカラだった。あの相手も、相澤直也もそうだったのだろうか。
 ふと、思う。このままで良いのかと。

6 僕には言いそびれたことがある

「もしもし」
「ああ、俺だよ。俺」
「何でまた?」
「ほんと、何でだろうな」」
 意外ではなかった。ただ、伝えたい言葉がある。その声を聞いた時、僕は震えた。
「あんた、趣味は?」
「えっ、いや、特には」
 ぎこちない、だんまり。
「無趣味ですいません。読書、とか言えばいいんでしょうけど」
 また、だんまり。
「じゃああんた、好きな映画は?」
「えっ?」
「無趣味でも、何か好きな映画ぐらいあるだろう」
 少し間をおいて
「ショー・シャンクの空かな」
「あの刑務所の、最後にどんでん返しがある」
 相手も知っているようだった。
「そう、空と海が綺麗で。それで、あなたは?」
「俺はサイダー・ハウス・ルールだよ」
「さいだー・はうす・るーる、どんな映画なんです?」
「優しい嘘もあるって映画だよ」
「はぁ」
「今度、観てみるといい」
「今度、ですか。今度。僕にはあるのかなぁ。実を言うと僕はこのまま終ってもいいと思ってるんですよ。世界は僕が居なくても平然と回っている。平然と明日を繰り返す。なんなら僕みたいなちっぽけな存在は消えていってもいいかなぁと。生きるというのは地球の、いや宇宙というキャンパスに、ただ一つゴミくずみたいな点を付けているに過ぎないんじゃ」
「聞こえねぇよ!」
「えっ?」
「くそっ! 夕立だよ! 通り雨だよ! 通り雨が電話ボックスを打ち付けて、聞こえねぇんだよ! こんな、か細い声!」

 7 俺は仕事を終える

 頼むからそんなしみったれたこと言うなよ。
 人生に疲れる、絶望するには早すぎるだろ。
 まだまだ、これからだろう。
 赤い空き缶が跳ね、地面にバウンドし、転がる。弾んだ声がワッと重なる。
 ガキどもが五月蝿い。
 空が青い。
 快晴だ。 
「くそっ! 夕立だよ! 通り雨だよ! 通り雨が電話ボックスを打ち付けて、聞こえねぇんだよ! こんな、か細い声!」
 快晴だ。
「いいか、また一からやり直しだ。終ったらウルセェでも何でも言って、電話を切りやがれ!」
「えっ?」
 いくぞ!
「オレだよオレオレ。直也だよ。急に声が聞きたくなって。ああ、最近調子悪いんだよ。少し。でも元気だよ。元気にやってるよ。心配しないで。ただフトコロがさぁ。金足りてないんだよ。ああ、でも大丈夫だよ。心配することなんてない。あと、ちょっと疲れちまってるかな。仕事がさぁ、大変で、向いてないのかもしれないなぁ。でも足掻いてみせるよ。最後まで踏ん張ってみるよ。それで駄目なら駄目でさぁ、再就職すればいいんだし。まだ、もがけるよ。とにかくこっちは少しの浮き沈みはあるけど、元気だよ。とにかく元気でやってるよ」
 つばを飲んで、受話器に耳を押し当てる。 そして、しばらくの後
「ありがとう」
 声が震えていた。
「なっ、何言ってんだよ。さっさとオレオレ詐欺さんご苦労様、って電話を切れよ」
「ありがとう。もうちょっと、しっかり生きてみる」
「もう、俺には何も残ってないぞ。さっさと切ろ」
「電話を切ったら、また会えるかな?」
 それは無理な相談だ。
「そりゃもう会えないだろうな」
「そうですね。じゃあ切りますよ」
「ああ」
 沈黙がきまずい。
「さっさと切ろよ」
「最後にもう一度言いたいんです。あなたに会えて良かった。ありがとう」
「ああ、じゃあな」
「ええ、さよなら」
 電話は切れた。

終幕 俺と僕

 電話ボックスから出る。夕日が真っ赤だ。憎らしいほど赤い。ぎらぎらとしている。
 その光に目を細めつつ、要らなくなった紙くずを、ゴミ箱に放り投げた。とにかく今日は何時もより早めに寝よう。明日からはハローワーク通いだ。ったく、何やっても駄目だな。俺は。

 結局、父と母は帰ってこなかった。でも、今の僕の顔を見せても、恥ずかしくなるだけだろう。今度は堂々と里帰り出来るようになろう。夕日はオレンジ色だ。何処かであの人も見ているのだろうか。とにかく精一杯生きてみよう。そう思った。

俺と僕 ©えんがわ

執筆の狙い

夏の終わりに以前書いたものを少し変えて投稿してみました。
ストレートな感じが出ているでしょうか。
劇っぽい? のでしょうか。
粗筋っぽさが出すぎているのでしょうか。
だめだこりゃ閉じちまお、と至らずに、読了まで至ったでしょうか。

不器用な文章だと自分でも思いますが、何か感じることがありましたら、コメントくださると嬉しいです。
では。

えんがわ

118.8.182.221

感想と意見

迫太郎

こんにちは!
私には合わなかったのか…ダメだこりゃ閉じちまお となってしまいました。
それでも二までは頑張って…物語的にはこれからというところなのに気持ちが乗りませんでした。

ありがとうございました。

2017-08-29 16:20

42.150.147.169

迫太郎

度々すみません。
私に合わなかったのは一の部分でした。
やっぱり、と思い先を読んでみると面白かったです。
俺と僕が出会うことで二人の人生に色が出るところがよく書けていたと思います。
たった数分心を通わせただけの赤の他人が互いに自分のダメなところに気付き、新しい道を行く。すっきりする終わり方でした。

先にコメントしたのが申し訳ないぐらいで…すみません。

ありがとうございました。

2017-08-29 16:41

42.150.147.169

えんがわ

>迫太郎さん

わあ。
ありがとうございます。
一発勝負。一度でペケだと思ってたのに、再訪してくださるなんて、優しすぎます。

冒頭がネックのようで。
一の部分はミステリ調みたいな、変則的な感じで始めてみたんですが、上手くいかなかったです。
小手先だけだー。
序盤の弱さや独りよがりさを指摘されることがほかの文章でも多いので、弱点です。自覚しないと。
がんばろ。


あっ、ああ。
面白いの一言に、心が跳ねました。
何だろう。二人の動きみたいなのが伝わったみたいで嬉しいです。
赤の他人でも、お互いに何かを残せる、そういう関係に憧れます。

2017-08-29 21:36

118.8.182.221

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