作家でごはん!鍛練場

『心像投影』

みさき著

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
初めての作品です。
孤独感とか、承認欲求とか、そういうものを書きたいと思って書きました。
この男の寂しさとか、孤独を表現できていればいいなと思います。
批評をよろしくお願い致します。

「君の目に映る俺が好きだよ」
 これはかれの口癖である。
 最初聞いたとき、なんという、なんというナルシストなんだ。そうたまげた覚えがある。
 初めてかれを、私の部屋に呼んだときのことだった。二人掛けのソファに座って、とにかく楽しいという感情に満たされていた。そんな時、私の目をじいと見詰めてくるものだから、恥ずかしくなって、「なあに」と口を尖らせると、かれは穏やかに笑って、言ったのである。
「君の目に映る俺が好きだよ」
 この一言で、夢見心地だった私の、ふわふわした幸せな気持ちは一瞬で壊れた。さっきまで、二人きりのあたたかな空間だったのに、二人しかいない、閑散とした空間になったように思えた。私はおそるおそる「どういう意味?」と訊いてみたが、するとかれは、
「そのままの意味だよ」
 やはり、実に穏やかに嬉しそうに、私の目をうっとり見詰めながら答えるのだった。
 かれの変な性格が浮き彫りになって、なんとなく気まずく、というよりは困惑して、そのあとは特に何も言えなかった。

 その真の意味を知ったのは、それから半年くらい経ってからだった。
 その頃、お互い仕事が少し忙しくなって、かれとはあまり会わなくなっていた。しかも、かれは電話の類い一切を、最早憎悪と言うほど嫌っていたので、間接的な逢瀬さえ叶わなかった。あの呼び出し音が嫌いらしかった。
 ある日、夜遅く私がアパートに帰ると、そこに、いた。
 ぱちりと電気を付けると、玄関マットの上に体育座りして、かれが恨めしげな顔で私を見ていた。あの時ほど驚いたことは、後にも先にもない。驚きすぎて声も出なかった。心臓が肋骨を突き破ってコンニチハするかと思った。
 息を整えつつ、かろうじて「なにしてるの」とだけ発すると、かれはやおら立ち上がって、私の首に抱きついた。
「君がいなきゃ、俺は存在できないじゃないか!」
 耳元で思いっきり叫ばれ、きーんという残響も消えぬまま、かれはありったけの恨み節をぶちまけた。
 君と会えないこの一ヶ月幽霊みたいな心地で生きていた。
 死にながら生きる孤独を君が理解できないなんて薄情だ。
 むなしさが腹の底にたまってどうしようもなかった。
 真の孤独のさびしさを思い知ってくれ。
 君がいない限り俺はひとり孤独だ。
 ――かれは、わんわん幼子のように泣きながらわめき散らし、ついでに鼻水も存分に垂らし、ついに立ってもいられなくなり、私のからだの曲線を伝って、ずるずると崩れ落ちてしまった。私は玄関に崩れ落ちたかれを、どうにか引っ張って風呂場に連れて行き、まだスンスン鼻を鳴らすかれの顔に、ゆっくりぬるま湯を掛けてやった。思えば、私はとても混乱していたのかもしれない。服も脱がせずぬるま湯を掛けたものだから、かれのワイシャツはびしゃびしゃに濡れてしまったのだ。しかしそんなことに注意もできず、「どうしたの」とつとめて優しく声を掛けると、かれは泣き腫らした、しかし透明な目で、私の目をぐるりと覗き込んだ。そこに海が見えた。深い深い、透きとおった潮水を湛えた、藍色の海がそこにあった。
「俺は俺が嫌いなんだ」
 知っている。かれは自己否定的な人間だった。それが、かれの生来の性質なのか、過去によるものなのか、別の何かからなのかはわからないけれど。
「だけど、君と出会って――君の目に映る俺が、どんなにきらきらしていたと思う? 君と出会って俺は愛を知った。俺を改めて知った。君の目に映る俺が、何よりも雄弁だった。どんな褒め言葉よりも、俺を喜ばせた。何よりも寛大に、手放しに、俺を認めてくれていたんだ!」
 かれのうつくしく透明な双眸から、また、塩水がこぼれ始めた。けれど、なお、私の目を真っ直ぐに見詰めていた。私もかれの瞳を見詰め返した。かれの瞳にも、ちいさな私が、ゆらゆら揺らぎ映っていた。――なんだか無性に愛おしくなった。ああ、確かに、かれの言うとおりだ。かれの目には、おそらくは実際の私よりも、ずっと美しい、優しげな私が映り込んでいた。
 私は目を開いたまま、かれに口づけをした。やわらかで優しい感触と、塩水の味がした。ずっとこうしていたいと、切に願った。このまま、かれの目の中の深海に、沈んでしまいたいとさえ思った。

 それ以来、かれは頻繁に私の部屋を訪ねた。どれだけ疲れていようとやってきては、私の世話を焼き、にこにこと私の目を覗き込み、例の愛の言葉を口にするのだ。
 この行き来が煩わしくなって、先日、同棲を決めた。かれも私も仕事が安定し、迷いが消えたというのもあると思う。かれも私も、三年間よく我慢した。
 新居はマンションの一室。南向きの角部屋で、日当たりも良い。でも、かれが気に入ったのは、そこそこ広めの台所でも、リビングでもなく、防音がしっかりしているところらしい。かれの世界に、いや、私とかれの世界に、他のノイズは要らないのだそうだ。
 段ボールが全て部屋の中に運び込まれ、春の日だまりの中、新しい世界の中で、私達は見つめ合った。かれの瞳には、私が映っている。きっと私の目の中にもかれがいる。
「君が好きだよ」
 かれは砂糖菓子みたいに甘く、ふにゃふにゃに笑いながら、やはり目を開いたまま、私の額に唇を落とした。離れたかと思うと、今度は、静かに、実に穏やかな笑みを浮かべて、こう言うのだった。
「君の目に映る俺が好きだよ」
 ならば私も言おう。正直に、率直に、思うことを。
「貴方を愛してる。貴方を素晴らしいものにできる私も、すごく誇らしい」
 私達は、きっと、はたから見れば、すごく変な関係だと思う。それで良い。そう思っておけば良いのだ。私達のちょっとばかり特殊な陶酔は、お互いさえ、理解できていれば良い。かれもきっとそうだろう。
 ああ、つくづく思う。こんなに幸せなこともないのだ。

心像投影 ©みさき

執筆の狙い

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
初めての作品です。
孤独感とか、承認欲求とか、そういうものを書きたいと思って書きました。
この男の寂しさとか、孤独を表現できていればいいなと思います。
批評をよろしくお願い致します。

みさき

180.147.177.90

感想と意見

叶こうえ

一応最後まで読みました。

一読した印象は、作者さんの執筆の狙いである「男の寂しさ、孤独の表現」はできていない気がしました。
「重い男だなあ」としか……
主人公とかれの年齢も書かれていないので、書いたほうが良いと思います。
ふたりの関係は共依存ってやつかな、と思いますし、年齢が高ければ高い程痛いカップルという気がします。

スープの上澄みだけって感じがします。
尺が短いというのも、理由のひとつだと思いますが、それだけではないと感じます。
肝心な部分を科白だけで終わらせているので、読んでいて軽いなあ、と思ってしまうのです。
ふたりのバックボーンが描かれていないというのもありますが、バックボーンがなくとも心に迫る書き方はできると思うので。


>>それ以来、かれは頻繁に私の部屋を訪ねた。
部屋を訪れた、のほうが良いかと。

2017-08-10 15:50

153.135.47.20

いけだうし

「君の目に映る俺が好きだよ」

 この一文目、読者を引きつけるという点から言って大成功を収めています。
 たぶんあなたの狙いどうりに読者は興味を持つはずです。「ナニソレ?」ってね。

「孤独感とか、承認欲求とか、そういうものを書きたいと思って書きました。
この男の寂しさとか、孤独を表現できていればいいなと思います。」

 叶こうえさんの言うように、確かに、この執筆の狙いからは外れていると思います。
 ですが、そういう狙い云々を差し引いて、掛け値なしに読んだところ、これはこれで良い作品になっているように思えます。
 これは読んでいて心地よく愉快になる作品で、エンターテイメント性が高い作品だと思いました。
 読んでいて面白くて楽しかったです

2017-08-10 21:15

153.178.5.36

加茂ミイル

心像投影
というタイトルがかっこいいですね。
江戸川乱歩のような世界を連想しました。

2017-08-11 00:33

60.34.120.167

みさき

叶こうえさん

確かに、肝心なところをセリフで片付けてしまっているのは、気をつけなければならない、と気づかされました。
なるほど、年齢ですか……若い男女かな、と思っていたのですが、全然描写できていなかったですね。今度は気をつけてみます。
ご指摘いただいたところを改めていけるよう頑張ります。
ありがとうございました。

2017-08-11 01:57

180.147.177.90

みさき

いけだうしさん

感想ありがとうございました。褒めていただいて嬉しいです。
次は狙い通り、孤独感を書けるようにしたいと思います。

2017-08-11 02:00

180.147.177.90

みさき

加茂ミイルさん

タイトルはちょっと考えてつけたので、嬉しいです。
感想ありがとうございました。

2017-08-11 02:03

180.147.177.90

蠟燭

拝読しました。
まずは処女作とゆうことで書ききったことをおめでとうございます。

内容は全く共感できませんでしたが、コメント欄に共依存とあったのでなるほどそうゆうことかと思いました。

死にながら生きる孤独
について、
生きながら死んでいる孤独ではダメなんですか?

私のからだの曲線を伝って
この表現はとても好きです。女性の体つきが上手く表現されていると思いました。

ストーリーについては、こうゆう愛の形もあるんだなとゆう発見とゆう意味で良かったのでは。
代替のきく愛なのでしょうけど。

2017-08-11 20:53

180.31.202.32

ポキ星人

 作中の女性が相手の男の気持ちをわかってしまっていて、男の行動も受け入れてやるので、作品の中に中心的な謎がありません(なぜこういう男になったのかは謎かもしれませんが、その「なぜ」を追及する作品ではないので、これは主題的な謎ではないです)。だからあまり面白くはないです。
 執筆の狙いとか感想欄のやり取りを見ても、作者には、男のことをもっと自分が理解すれば、その理解の結果として男の孤独とか書ける、という類の指向性を感じます。つまり自分がわかっていることを書こうとする感じがするのです。
 このように、わかっている人がわかっていることを書くのが悪いのかどうかはひとまず措きますが、ほかのやり方もあるのは確かです。自分がわからないことは何であるかを考えて、的確に問題化して主題にするというやり方です。私個人は、夏休みの宿題でいえば、僕はこの本を読んでこんなにわかりました(だからこれからもっと本を読めばもっといろいろわかります)、という読書感想文的なものより、ぼくはこれが不思議だったので実験方法を考えてやってみました(がまだわからないところもあります)、という自由研究的なものの方が小説としては良い、と思っています。

 相手の目の中に映る自分が好きだ、というモチーフは悪くないと思いますが、疑問本位で考えると、作品の書き方はこうはならないような気がします。
 おそらく、ある男がさして魅力のない女と出会うのだが、その女の目に映った自分があまりにも美しいので、その女から離れられなくなる、というのを男の側から書く方が生産的です(男女は逆でもよい)。これは恋愛において人は何を愛しているのかというよくわからない謎を追求することになりそうだからです。それを書いていけば、相手の目の中に映った自分が美しいのは相手が自分のことをそう思ってくれてそういう目で見てくれているからだ、というあたりにたどり着くかもしれないのですがこう書いている私はなんだかいいひとかもしれないという雰囲気がそこはかとなくかもしだされてきたのでこれはきっと怪しい展開に違いない気がします。
 ただ、現行路線の、変な男がいてそいつはナルシストであることは間違いなく、そこは冒頭から最後まで揺らがないし読者もそれがわかっているので悪い意味で安心して読めてしまう、というものより、作者自身が作品を書く中で揺らいでいく感じがするものの方が面白いだろうとは私は思うのです。

2017-08-12 02:07

180.12.49.217

みさき

蠟燭さん

中々、考えていることを伝えるのは難しいですね……精進します。
「生きながら死んでいる」だと、男が「死んでいる」っぽくなるかなぁと思って、なんとなくこの書き方にしました。今後書くときは、よく考えてみたいと思います。
ありがとうございました。

2017-08-12 06:48

180.147.177.90

みさき

ポキ星人さん

なるほど。謎ですか、考えてもみませんでした。これを基に書き直すとき、参考にします。
悪い意味の安心感……確かに私が読者でも、面白くないと感じるかと思いました。
今度書くときは、もっと深いものにできるよう頑張ります。
批評ありがとうございました。

2017-08-12 06:53

180.147.177.90

カジ・りん坊

 初めての作品ということで、最初からはなかなか上手くいかないとは思いますが、表現が陳腐すぎる。特に『かれのうつくしく透明な双眸から、また、塩水がこぼれ始めた』の『塩水』なんて、安っぽい表現で『うつくしく透明な双眸から塩水』って、ちょっと笑えた。

『私の目をぐるりと覗き込んだ。そこに海が見えた。深い深い、透きとおった潮水を湛えた、藍色の海がそこにあった』というのも見えたなら見えたで良いんですが、単純に塩水(涙)だから『海』って関連付けちゃう文章の流れに思えて、これもまたチープな感じに思えました。

 なんで素人って塩水とか潮水って書いちゃうのかな?特にこの作品は『君の目に映る』と『目』にこだわっている。ここも『君の瞳に映る』とか、塩水を持ってくるより『瞳が濡れていた』とか、もう一工夫してみればいいと思う。

2017-08-12 11:12

112.137.227.226

みさき

カジ・りん坊さん

表現についてのご指摘、ありがとうございます。言われて、改めて見てみると、確かに悪い意味で小っ恥ずかしい、素人臭い表現でしたね……。お恥ずかしい限りです。
批評ありがとうございました。

2017-08-14 11:11

180.147.177.90

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