作家でごはん!鍛練場

『MARIA』

内海際美著

神がいないという結論に果たして人間が至れるのかという点が書いてみたかったです。

 陽炎が街を歪めるようにゆらゆらと立ち上る中、真里亞は、うつむき気味に一人で繁華街を歩いていた。時刻はまだ15時過ぎで、大学生である彼女には授業があるはずだった。けれど、学科内で一番の劣等生の真里亞は現在大学三年生でありながらもう既に留年が決まっていた。だからどんな授業に対してもひどく無気力で、今日も授業をさぼっていた。最短であと二年、自分は一体何をすればいいのだろう。こんなにも無気力で無関心、無感動で、一体どう生きていけばいいというのだろう。真里亞はげんなりとした気持ちで太陽を見上げた。はるか頭上にある太陽は地球を照らすという仕事を実直にこなしている。太陽なんて意志を持たないものが義務を果たすことが出来て、意志を持つ自分が授業に出席するという義務を少しも果たせないのはなぜだろう。何かに負けたような気がする。一瞬そう思ったが、真里亞はすぐに太陽をにらむのをやめ、再びうつむいた。意志を持つことが幸せとは限らないものね。だって、そうでしょう?人生って、意志がない方が気楽よ。真里亞はそう結論付けて、一度後ろを振り返った。そして車が来ていないことを確認すると、素早く車道を渡り、向かいにあった勤務先の喫茶店の裏口へ向かった。

 タイムカードを切り、さっさと制服に着替える。偶然バックヤードで社員と鉢合わせて、少しの世間話をした後、真里亞はホールへと向かった。真里亞は授業料を自分で払うために、アルバイトを必死でこなしていた。元は学費全額免除の奨学金生として優秀な成績で入学した真里亞だったが、入学以来、成績の悪化は止まらず、二年の時に奨学金は打ち切られた。
 それから、彼女はそれまで以上に働くようになった。ほぼ毎日何時間も何時間も働いていて、でもそのほとんどが学費に消えていくのだった。
 私なんのために働いてんだろうね。なんのために大学入ったんだろう。なんのために生まれて来たんだろう。頭に浮かんだ疑問を打ち消すように真里亞は客の去った後のテーブルをごしごしと拭いた。

 敬虔なクリスチャンの父を持つ真里亞にとって幼い頃から、神は何よりも重要な存在だった。神様が見ている。真里亞の父は繰り返し幼い彼女にそう伝えた。真里亞の母は、彼女を生んで死んだ。父はそのことをひどく悲しんだけれど、やがてそれを神から与えられた運命として受け入れた。受け入れられなかったのはむしろ真里亞の方だった。父に母の話を聞くたびに、母を殺したのは私なのだと彼に謝らなければならないような気持ちになった。人を傷つけてはならない、人を殺してはならない。神様が見ている。真里亞の心は傷んだ。母を殺し、父を傷つけた。そしてそのことを罪だと思っていながら、隠していることをきっと、いや絶対に神は見ている。絶えず注がれる神のまなざしに真里亞はいつも怯えていた。

 真里亞は10歳の頃に洗礼を受けた。それから毎週教会に通い様々な人間を見た。神にすがらねば生きていけない人、神を疑いながらそれでも教会に来る人、神を愛し、信頼しきっている人。自分は、そのどれにも当てはまれないと真里亞は思った。そして、そのことを恥じていた。真里亞は教会に馴染めなかったわけではない、友人や知人はたくさんいた。ただ、彼女は教会で望まれる信仰のあり方に馴染めなかったのだ。彼女にとって神は恐怖の対象でしかなかった。神は愛であると信じきることは真里亞には不可能で、いつも自分だけが教会から浮いているような気がしていた。
 高校三年になった真里亞は神学部に進もうと考えていた。神について学べばこの浮遊感や孤独感を埋められると信じていた。けれどそれには問題があった。父が鬱病になり、仕事を辞めてしまったのだ。真里亞の暮らしはそれ以来息の詰まるものになった。学校から帰ると、暗い顔をした父と過ごさねばならなかった。真里亞には父の憂鬱が理解できなかった。ただ暗い目をした父の焦点の緩やかな目つきが恐ろしかった。父が鬱病になったのは仕事上のストレスが原因だと聞いていた。父は今まで以上に必死に神に祈った。けれど彼の心が救われることはなく、むしろ病状は悪化していった。最後に一緒にミサに与かったとき、父は隣の椅子に座って涙を流して祈っていた。真里亞は、ただ苦しくて胸が詰まって、嘔吐してしまいそうだった。
 それからすぐに父は消えた。どこに行ったかもわからない。生きているのか死んでいるのかもわからない。そこから真里亞の生活は暗転した。彼女は神学部には行こうとは思えなくなった。あれほど苦しんだ父を救わなかった神が、自分をこんな目に遭わせた神が、信じられなくなった。いつも思い出すのは、最後のミサで泣きながら祈る父の姿だった。
 
 真里亞が神を信じられなくなっても、神への恐怖だけは残った。いつも神に見られているという、まなざしに対する恐怖があった。父は消えたのに、父の言葉だけが真里亞の胸に残り、彼女を縛った。

『神は死んだ』
 黒板にはそう書かれている。けれどそれを教えている教授が何を話しているのかは一切聞こえてこない。真里亞はイヤホンをつけてそれを長い髪で隠していた。耳に入って来る音楽は何度も聞いたものでなんの目新しさもなかったけれど、その音楽は真里亞の心を落ち着けるだけの効果ぐらいは持っていた。3日ぶりに出た授業は哲学の授業だった。けれど、世界がある、という自明のことがぐらぐらと揺らいでくるような気がして真里亞は哲学が嫌いだった。
 神は死んだ。殺したのは人間だ。その通りだと思う。理解できる、そのことはわかるのだ。では、神が死んだとすれば、私は今、何に怯えているのだろう。真里亞はエアコンの冷風にさらされた肩を摩った。やはり自分に見えない誰かに、神に、すべてを見られている気がした。


「ねぇ、哲学のレポート、何書けばいいかわかんない」
 バイト帰りの真里亞は、部屋のベッドに横になったまま、恋人の佐倉にそう話かけた。佐倉は課題として出された本を読んでいる途中だった。わずかに視線をあげた彼と少し目があった。佐倉は呆れたように唇を歪めて笑った。
「どうせまた授業中、イヤホンつけてて聞いてへんかったんやろ」
 佐倉は哲学科の四年生で、しかし就活もせず院試の勉強もしていない。彼もまた真里亞同様、まるで宙ぶらりんの生活を送っていた。彼は、哲学科の人間の割に課題以外では哲学書を読まず、部屋でぼんやりとしているだけなのに、残念ながら真里亞と違って要領がよかった。佐倉はもう大半の単位は取り終えていて、後は卒業論文を書くだけだ。



 真里亞は彼女の部屋でベッドに裸の体を横たえてマッチを擦っていた。マッチに火をつけて、しばらくするとベッド横のナイトテーブルに置かれたグラスへそれを投げ入れるという遊びを、彼女は、少なくとも佐倉と出会ったころからずっと続けている。マッチを擦りながら真里亞は、小さな声でアヴェ・マリアを歌っていた。おめでとう、マリア。佐倉は苦々しい思いでその訳を思い出していた。真里亞の生い立ちや苦悩を知っている佐倉からすれば、神やキリスト教なんてものはなんの救いにもならないもので、捨ててしまえばいいのにと真里亞を見ていてそう思う。それでも捨てられない真里亞が、小さな声でアヴェ・マリアを歌っているのを聞くと、佐倉は名状しがたい気持ちになった。佐倉は無神論者だった。それは真里亞に出会う前からで、佐倉は家庭に恵まれていなかった。アルコール中毒で暴力を振るう父とその奴隷のような母に育てられた佐倉は、家族の愛なんてものを信じていなかった。幼い頃から、神なんていない、いるなら俺を助けてみろと、佐倉はずっと念じ続けてきた。佐倉は大学進学と共に家を出た。それで彼はやっと救われた。自分を救うのは神なんかじゃない、自分の努力なのだと佐倉は確信した。

 真里亞の家のエアコンが壊れたので、彼女は数日佐倉の家に泊まりに来ていた。けれど佐倉は友人とキャンプに行く用事があったので、真里亞は佐倉の家で一人だった。佐倉が数日ぶりの我が家に帰ってくると、真里亞がベッドの上でだるそうに目を開けて横になっていた。
「ただいま。今日バイトは?」
「ない、そんなことよりも」
 その林檎、腐ってる。真里亞は上体を起こすこともなく重たげに腕だけを上げ、あけ放たれたドア越しのキッチンに置かれていた林檎を指差した。静かに林檎を指を指す真里亞はまるで死んでいるみたいだった。佐倉はぞっとした。けれど言われてみれば、久しぶりに帰ってきた部屋には甘さを通り越し、酸っぱい匂いが立ち込めていた。その林檎は、佐倉の実家から送られてきたものだった。故郷から送られて来た林檎。佐倉はどうしてもそれを食べたくなくて、また触れることさえもしたくなくて、置いたままにしていた。そうすれば真里亞が捨ててくれるかもしれない、と微かに期待していた。佐倉はキッチンの一角にそろそろと近づき、林檎を嫌々手に取った。それはどろりと溶け出していた。小さな蠅が林檎に止まったり、そこから飛び立ったりを繰り返している。
「なんで捨てへんかったん?」
 佐倉は単純に不思議だった。
「それ実家からでしょう?悪いかなって思って」
 真里亞のその感覚が佐倉には不思議に思えた。いくらそれが実家から送られてきたものとは言えど、腐った林檎はただのゴミだ。真里亞はおそらく、家族という考えにとらわれすぎている。両親がいなくなったのだからそれも当然なのかもしれないけれど、家族なんて、ただ血のつながった他人なのに。
「これ捨ててくるわ」
「明日、不燃ごみの日だよ」
「そんなんどうでもええやん」
「掃除のおばあちゃんが困る。すごく優しい人なのにかわいそう」
「けど、家にも置いとけへんしな。しゃあないわ」
 真里亞は優しい人にめっぽう弱かった。普段は、人生に疲れ切ったという表情ばかりしているのに、人の真心みたいなものに触れると、目を輝かせて喜ぶ。そんな真里亞を見ていると、彼女はこんな風でいいのだろうか、と佐倉は不安になる。しかしそこで、ふいに熱い肌が佐倉の腕に触れ、彼の思考はかき消された。キャミソールにジャージ姿の真里亞がコンビニの空の袋を持って隣にぴったりと立っていた。
「捨てよう」
 真里亞はそう言った。清掃員のはなしはどこにいったのだろう。しかし真里亞の瞳にはいつも力があった。ただ、腐った林檎を捨てるだけなのに、その言葉には、まるで故郷を「捨てる」ような、そういうなにかタブーを犯すような意味合いが含まれている風にすら感じられた。真里亞にさえも佐倉は家族の話をあまりしなかった。昔の話をするのを佐倉は嫌がったし、真里亞もそれを強いなかった。けれどある程度察しはつくのだろうし、真里亞は林檎を佐倉自身の手で捨てさせるために腐ったそれを放っておいたのかもしれない。故郷を捨てる。林檎はその象徴のようだった。
「・・・そやな」
 真里亞のその強い目に押されて、佐倉は林檎を真里亞の差し出す袋に突っ込んだ。


 ある日、真里亞は佐倉と喧嘩をした。佐倉の部屋にある固定電話にかかってきた彼の母からの電話に佐倉は出たがらなかった。この前の林檎の件もあったので、真里亞は出たくないのなら出なければ良いと言って放っておいた。すると電話がきれたあたりで佐倉の機嫌が悪くなった。理由を尋ねても佐倉はなかなか答えたがらなかった。
「俺はほんまは、真里亞に電話出ろって言って欲しかったねん」
 しばらくして佐倉がそう言ったとき真里亞はバカみたいと思った。出なければいけないし、出るべきだと思うなら素直に電話に出ればいいのに。そう思ったのを隠すように真里亞は「そうだったの。家族は大事にしないとね」と言って微笑んだ。するとその言葉を聞いた途端、佐倉は「真里亞はわかってない、なんもわかってない! 」と突然怒り始めた。真里亞は何のことかもわからずに、ただ驚いていた。

「ごめんね、無神経だったよね」
「真里亞は悪ない」
「なら機嫌なおしてよ」
「ちょっと1人にして」
「じゃあお風呂入ってくるからその間に落ち着いてね」
「そうやなくて、今日は帰って」
「え? 」
「ごめん、俺は弱いから。真里亞みたいに強くなれん」
 真里亞は愕然とした。自分はちっとも強い人間なんかではなかった。それをまるで何も感じていない人みたいに扱われたのが真里亞には許せなかった。
「じゃあ、帰る。もうしばらく来ないから! 」
「そっか、ならそうして」
 止めもしてくれない佐倉に苛立ちながら真里亞は佐倉の部屋を出た。


 次の日、佐倉と仲直りもしないまま、真里亞はひとりで買い物に出かけていた。ジリジリとまるで人を焼くような日差しが照りつけている。今日も太陽は律儀に義務を果たし、やはり真里亞は大学をサボっていた。真里亞はふと目の前を歩いている女性を見た。その女性はベビーカーを押していた。すると女性はその瞬間、ひらと子どものためと思われるタオルを落とした。しかしそれはあえてそのタオルを捨てたようにも見えた。タオルは少し汚れていた。真里亞は少し迷った後、そのタオルを拾い女性に声をかけた。落ちましたよ。女性は、あら、すみません、と答えると真里亞からタオルを受け取った。女性の笑顔は飾っていなくてかわいらしかった。真里亞は微笑んでから、女性を追い越して目当ての服屋へと向かった。

「いらっしゃいませ。あれ? 今日はひとりなんですか? 」
「そう、彼今日忙しくて」
 入店すると、服屋の店員が話しかけてきた。それは顔なじみの店員だった。いつもこの店には佐倉と来ていたので、店員から見ると意外だったのだろう。そのまま店員と話しながら服を選び、結局一枚白いフリルのブラウスを買うと真里亞は店を出た。そしてまた来た道を引き返すように歩いていた。ところが、先程タオルを拾ったのと同じ場所に、またあのタオルが落ちていた。あの母親はきっとタオルを捨てたかったのだ。そう理解したとき、何か猛烈にくるものがあった。真里亞は捨てられたタオルになぜか自分のことを重ねていた。今日は、父が失踪して、三年目の日だった。私は、捨てられたのだ。真里亞はその場にしゃがみ込みそうになった。もう、嫌。もう嫌。叫びたいのに声は出ず、真里亞はただ唇を噛んで何かに耐えていた。頼れるはずの佐倉も隣にはいてくれなかった。

 佐倉との喧嘩から一週間が経った。真里亞は3日連続の夜勤明けで疲れた体を引きずってメイクも落とさずに、自宅のベッドに横になった。どうして私ばかりがこんなに働かされて、誰も、神は、私を救ってはくれないのだろうか。時計を見ると、朝の6時半だった。誰もいない部屋に、たった1人でいると、いつも以上に、見られている、という感覚は強くなった。

「主よ、私を見ないでください」
 そう呟いた後、真里亞は半ば意識を失うように深い眠りについた。
 夢の中で、真里亞は迷路に閉じ込められていた。しかし成人していると思われる男性の声に導かれ、彼女は迷路を進んで行った。誰の声だろうと真里亞は初めそう思った。けれどそれは、父の声だと、迷路を出てから気づいた。そして迷路の果てには、父の姿があった。お父さん! 真里亞は叫んだ。そして彼に抱きついた。父は病気になる前の元気な姿だった。お父さん、今どこにいるの?父は微笑むだけで答えなかった。お父さんは、もしかしてーー。真里亞は涙ぐみながら言った。「死んじゃったの?」父はその問いにも答えてくれなかった。「お父さん、神様は? 神様は救ってくれた?お父さんは今幸せなの? 」
 真里亞は父にきつく抱きついて尋ねた。父は目を細めて、静かに首を横に振ると、やっと唇を動かした。
「真里亞、自由になりなさい」
 どういうこと? お父さん、神様はいないの? 真里亞がそう泣きながら尋ねているのに父は少しずつ消えていくのだった。まるで砂のようにさらさらと。真里亞は叫んだ。
「お父さん!! 」
 真里亞は自分のさけび声で目を覚ました。涙が止まらなかった。神様は? 神様はいないの? 父は真里亞のその問いに答えなかった。それが全てだった。真里亞はしばらくのあいだ1人でひっそりと泣いた。何もかもが空虚に感じられた。

 そして真里亞はシャワーも浴びずに、佐倉の家に向かった。まだ朝の8時前だったし、あれ以来連絡も取っていなかった。けれどただ、彼に会いたいと思った。
「真里亞、どうしたん」
 ドアを開けた先にいた驚いた様子の佐倉に真里亞は思わず抱きついた。佐倉の匂いがした。あ、でも私、汗臭いかも、と思ったのは抱きついてからだった。
「一緒にお風呂はいろ」
 佐倉を見つめてそう言うと、彼は黙って頷いた。お湯をためている間も真里亞と佐倉は無言だった。真里亞の泣きはらした目や常ではないような様子を見て佐倉は理由を一度尋ねたけれど、怪我をしたりさせられたわけではないとわかると、それ以上は聞いてこなかった。

 風呂が沸いたと小さな通知音がした。佐倉は真里亞の手を引いて彼女を立たせると風呂場へと連れていった。佐倉はそのまま風呂場で彼女の服と下着とを脱がせた。佐倉は子供にするみたいだと思った。けれど真里亞は相変わらず下を向いたままだった。浴槽から桶に湯をとって掛け湯をしてから佐倉は浴槽に浸かった。真里亞は俯いたまま浴室の椅子に腰掛けていた。佐倉はどうしていいかわからないまま、とりあえず真里亞を見ていた。すると真里亞はいきなりシャワーを取ると勢い良く蛇口をひねった。シャワーからは大量の冷水が出てきた。

 真里亞は冷水を真正面から浴びた。あまりの冷たさに肩がびくりと跳ねた。
 冷たい! そう感じたときに、真里亞はすべてがわかったような不思議な感覚に包まれた。母が死んだこと、父がいなくなったこと、神を信じられなくなったこと、自分の身に起きたことすべてが輪のように繋がった。自分を死んで亡くなった母と、聖母マリアのようになるようにと安直に娘に真里亞と名付けてしまうような父。そしてそれを奪っていった神という存在。
 いつまでも続く冷水は、降り注ぐ雨のようだった。
「あ! 水のままになってた! 」
 佐倉の焦って蛇口をひねり、水を止め、温水に切り替えようとする手を真里亞は強い力で握った。
 真里亞?そう声をかけられても真里亞は黙っていた。神は死んだ。人間が殺した。いやちがう、最初から神はいない!真里亞は笑った。初めは聞こえないような小さな声で、しかしやがて彼女は大きな声で笑い始めた。父の、自由になりなさいという言葉だけが思い出されていた。天にいるのは死者だけだ。神はいない。神はどこにもいない。初めから、全部、思い込みだったのだ。
「神様なんていない! 」
 佐倉は呆然とした表情で、水を浴びる真里亞を見つめている。
「佐倉、神様なんていないの! だから私は自由よ! 」

 真里亞は濡れた髪をかきあげると、佐倉の方を向き笑いかけた。そんな彼女の様子に驚き、言葉も出ない佐倉に真里亞は、ぎゅっと蛇口をひねって水を止め、浴槽に飛び込んで、佐倉に抱きついた。水しぶきが目に入って目元をこする佐倉に真里亞はキスをした。なんだそういうことか、真里亞はすべてが1つの輪になるその不思議な感覚を佐倉ごと抱きしめて笑っていた。もう誰のまなざしに悩まされることもない。真里亞は、その自由を噛み締めて笑っていた。

MARIA ©内海際美

執筆の狙い

神がいないという結論に果たして人間が至れるのかという点が書いてみたかったです。

内海際美

182.251.242.47

感想と意見

八月の鯨

マリアって、カトリックなの? プロテスタントなの?? 書かれてないから、「そこ」気になったわ。
(仏教が素材な場合でも、“曹洞宗なのか、浄土真宗なのか??”で違って来ると思うんで、「そこ」は書いといた方が読者に親切?)


マリアの学科は、佐倉と一緒の「哲学科」なの?? 途中まで「??」だった。。
(文学部にひっついてる哲学科なのかなー?)


佐倉、“実家から林檎が送られて来た”エピで、「長野か? 青森か?? そして物語現在は晩秋〜冬なのか??」と思いかけたら、
関西圏の人みたいだし・・その【関西圏の実家から、真夏に林檎が送られて来る】が、なんだかとっても違和感。。
(拙宅家族、京都に住んでんだけど、、、「生八つ橋と宇治茶を買いまくって来て困る」んだけど、林檎はナイ)


「神は死んだ」については・・

作中のマリアの納得に、共感はできなかった。。

「ああそうだったのか」と理解し、ニヒリズム/永劫回帰 まで書いてもいいような気がする。
(現状だと、どうも・・「神は死んだ」ってフレーズの意味・捉え方が【言葉の表面的理解】な感じするんで)

そんでもって、日本人にとっては「神=キリスト」と限定されないんで、
ささやかな日常風景の中に【小さな神様の気配なり祝福を感じる】ようなエンドを持って来るなー、ワタシなら。

(川上弘美の…確かデビュー作、『神様』みたいな感じとかもイイかもなー…)

2017-08-08 00:33

219.100.84.60

解けかけの氷

まず、これは誤字ですかね
>自分を死んで亡くなった母と


感想ですが、
真里亞という字面の良さに目をひかれ、ちょっと覗くつもりが、長さもちょうどよくて完読しちゃいました。

読了後の率直な感想は面白かったの一言に尽きます。

佐倉と同じく無心論者である僕には、真里亞の苦悩はなんというか馴染みがなくて、斬新なものでした。


しかし、こっからダメ出しですが、お話自体はとても面白かったのですが、全体的にインパクトが薄いような印象を受けました。

この作風なら、もう少し暴力的というか、排他的な表現が今よりもうちょっと多分に含まれていてもいいのかなと。

あと個人的にですが、読んでいて少し引っ掛かりを感じる箇所がいくつかありました。

以下、箇条書きで記します。

・生い立ちが説明的過ぎて淡白
せっかく三人称だし、母が死んだときの父の描写があってもいいかなと。
そうでなくても、地の文で淡々と語られると粗筋をそのまま読まされているような、物語に都合のいい設定の説明をされてる感がある気がします。
というか、珍しい世界観を持ち、凝った描写が幾つもあるのに、母が自分の出産時に死に、父が鬱になって失踪するという、よく聞くご都合主義物語の設定みたいなものが混ざっていること自体が違和感なのかな。
(自分がよく使う展開だからそう感じただけかも知れませんが。>失踪)


・真里亞の父がすっと消えるのに物足りなさ、というか、すこし違和感。
失踪する伏線を挟むか、消えた時の真里亞の心情があれば良かったかなと。

・佐倉が空気過ぎる。
林檎のくだりは僕のなかで消化不良の伏線のようになってます。

・マッチを投げ捨てるシーン
とても印象的なシーンで、アベマリアを口ずさむ真里亞とそれに想いを馳せる佐倉という、大事な一幕を買っているのですが、なんでそんなことしてんねんという、違和感が拭えません。
佐倉が一言注意するか。その日を煙草なりキャンドルなりに火を点けて欲しかったですかね。


あーだ、こーだと偉そうに宣いましたが、良いものを読ませてもらったという感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。

2017-08-08 00:44

1.72.4.95

水野

拝読しました。充実した作品を投稿して下さったことに感謝いたします。

まず、全体を読んでみた感想としては、文体に目を惹かれました。これだけでも、この小説が聖書の文体を模倣したものであること、もしくは、作者自身にその文体が染み付いてしまっていることを察することができます。旧約の方は読んでいる方だと思うので、私はそちらをイメージしていたのですが、タイトルからして新約でしょうね。淡泊で、装飾を排した記述には、言行一致的な、実存的な要素が感じられて良かったです。

はっきりと書かれているわけではありませんが、「ミサ」という記述からしてカトリックでしょうね。冒頭の「太陽」という、おそらくプラトン由来なのでしょう、神学的形而上学との繋がりを予感させる語や、林檎という記号、また真里亜自身哲学の場に身を置いていることからも、それが確認できます。不勉強ゆえ、間違っていたら申し訳ないのですが、真里亜にとって父の存在が最後まで尾を引いていることからも、カトリック的なにおいを感じることができます(後述するように、むしろそこが問題となりますが)。その他、「真里亜」という名前に神聖な意味を持たせていること(むしろそうしなければ、彼女の葛藤が理解できなくなってしまう)、教会を重要視していることなど……「徴」はいくつも散らばっています。そういうところも実に聖書っぽいです。

「神は死んだ」ということの本当の意味を真里亜自身が会得するまでの流れですが、彼女の生い立ちからして、既にそれが準備されていると言っても良いでしょうね。父の影響で、真里亜は洗礼を受けています。この時はまだ、自分から神を熱心に求めるというのではなく、単に父の背中を見て、自分もそうあるべきだ、くらいの無垢な信仰だったのでしょう。しかし、「彼女は教会で望まれる信仰のあり方に馴染め」ず、「神は恐怖の対象でしかなかった」。多感な少女時代であったから、という理由もあるのだと思います。この不信感は父自身によって裏付けされてしまい、身体に染みついた信仰は残りつつも精神の方はそれから脱したいという二重の自己存在に苦しむことになります。これを解決に導くのも父親だ。彼の「自由になりなさい」の一言で、彼女は身体的にも信仰の束縛から自由になり、「佐倉に抱きつ」き、「キスをした」。これが果たしてファーストなのかそうでないのかという問題がありますが、私としてはファーストだったと信じたいです。その方が、この小説の狙いとも合致しているように思えるからです。

であればこそ、佐倉と真里亜のプラトニックな関係性を強調しても良かったのではないかと思います(あくまで上記を前提としての話ですが)。洗礼による彼女の信仰の始まりを、シャワーの冷水によって覆すというのも面白いですが、それが決定的となったというだけであって、そもそものきっかけは全て父が由来となっています。父=神という伝統的な考え方からすれば、その辺に少し疑問が残ります。(これを含めた上での「神は死んだ」の意味なのだとすれば問題はないのですが。ニーチェには詳しくないので間違っていたらすみません)

しかしながら、そういった小難しいことは抜きにして、純粋に、小説として面白かったです。その点で言いますと、佐倉という人間の存在が独立したものとは感じられず、真里亜ありきになってしまっているところが多少の不満点として残りはしますが、普通に読んでいれば、そこが重視されているわけではないということが伝わりますので、特に問題はないと思います。まさに聖書的な記述、作者が何者なのかということがこの手法によってぼかされ、文章のみに頼って読解していくという作業には、朝の短い時間ながら非常に没頭してしまいました。ありがとうございました。

2017-08-08 08:42

223.219.1.176

岩作栄輔

成績優秀で奨学生で入ったヒロインがなぜ劣等生で留年になっているのか理解出来ません。
そういうのを劣等感の素因にするには、ちょっとリアリティが無さすぎではないでしょうか。

冒頭の一文
 陽炎が街を歪めるようにゆらゆらと立ち上る中
とあります。誰もが『~のように』と使います。ようには使いやすい言葉ですが、はたして必要かと思いました。

2017-08-08 19:19

118.241.242.109

内海際美

八月の鯨様。
まず読んで頂いてありがとうございます。さらに宗派や学科についての説明が抜けていた点に対するご指摘ありがとうございました。その通りですので以後気をつけます。林檎もモチーフとして使いたいと思うあまり佐倉の出身地や時期とあっていませんでした。
何より、「神は死んだ」という結論が表面的すぎるというのは全くもってその通りです。もう少し書き直してみようと思います。ご批評頂きましてありがとうございました。

2017-08-08 23:58

182.251.242.47

内海際美

解けかけの氷様。
読んで頂いてありがとうございました。そこは誤字ですね、以後気をつけます。さらに、三人称で説明的すぎる等のアドバイス、全くもってその通りですのでその点についても書き直させて頂きます。色々と穴がある作品になってしまい、林檎もマッチもモチーフとして活かしきれていないのは私の実力不足です。こんな作品にありがたいアドバイスやお褒めの言葉をたくさんいただけてとても嬉しかったです。ありがとうございました。

2017-08-09 00:04

182.251.242.47

内海際美

水野様。
散りばめたモチーフをすべて拾っていただけて感動しました。感想もこんなに素敵なものがいただけてとても嬉しく思います。また佐倉と真里亞の関係はプラトニックであった方が良いなどのアドバイスも可能な限りで取り入れてみたいと思います。私は口下手ですので、水野様の感想に対する喜びをうまく伝えられないのですが
本当に嬉しい感想をいただけてただただ感謝です。ありがとうございました。

2017-08-09 00:10

182.251.242.47

内海際美

岩作栄輔様。
おっしゃる通りリアリティに欠けた設定でした。どうしても描きたいのなら説得力を持って書かねばなりませんでした私の実力不足です。ありきたりな表現を出来るだけ避けられるよう次回からは気をつけます。ご感想いただけて嬉しかったです。ありがとうございました。

2017-08-09 00:12

182.251.242.47

八月の鯨

『地球制服…』見ながら、MacBook充電中だったんで、、、即レスしてごめん。。(張ってた訳ではありませんので、びびんないで下さいね…)


>「神は死んだ」という結論が表面的すぎるというのは全くもってその通りです。

↑ ニーチェの『ツァラトゥストラ…』は、中坊ん時に文庫本で買ってしまって、「旧字体 &古文に近い日本語訳」で、2〜3頁で挫折したんで、アレなんですけど、、、

ツァラトゥストラ齢五十(だっけ?)の時、突如山を下り、里の民に「神は死んだ」と告げる・・のが、文庫冒頭でした。(そこは読んだんですよ…)
「神は死んだ」は、【序盤、始まり】であって、【結論ではない】のです。。


そんでもって、ニーチェの・・永劫回帰とニヒリズムは、日本人は【その語句の“字面”だけ見て・単語だけ覚えて、マイナスイメージで(=ニーチェが説いたそれとは“逆”に)思っちゃってる人が多い】感じだよねー。。

ニーチェが唱えていたのは、積極的ニヒリズム(だっけ?)で、ウルトラポジティヴを推奨するものなんです。。



作中キャラが「哲学科」じゃなければ、ワタシもスルーしてたと思うんだけど・・

ニーチェ、『ゲゲゲの女房』で茂がスローガンに掲げてて、ちょいブームになって、その直後に『ニーチェの言葉』だっけ? って分厚い本が出て、平積み販売されていた記憶なんで、「詳しい人」も多そうだから、、、

ちょっと「おさらい」した方がいいかもですよ??

2017-08-09 00:28

219.100.84.60

内海際美

八月の鯨様。
私は正直真里亞を哲学的にさえ神にアプローチすることが出来ないキャラとして描きたくて彼女の学科は神学科でも哲学科でもないものと書きたかったのですがそのやり方ではうまくいかなかったし読者様に対していい加減に見られかねない態度だと気付きました。ニーチェの件に関しましては彼の思想でいうところの「運命愛」に達するまでをうまく書ければよかったのですが...。書き直しで頑張ってみます。

2017-08-09 05:50

182.251.242.51

解けかけの氷

後日読み直して、三点新たに気が付いた点がありましたので、報告します。

・アラビア数字と漢数字の混合が見られます。

・時代設定がはっきりしないため、なんとも言えないのですが、今時珍しいのでマッチの入手源なんかも書いたほうがよろしいかと。

・三人称の名字と名前の混同がある場合は、フルネームの提示が必要かも。
これは個人的な見解ですが。

以上です。度々、申し訳ありません。

2017-08-09 08:40

49.98.158.72

内海際美

解けかけの氷様。
数字の混合は直しておきます。
たしかにマッチも入手源を書くと話に深みが出るかもしれませんね、ありがとうございます。ややこしいのですが真里亞も佐倉も名前のつもりで書いたので、もし次回以降名前と苗字が混同するようなものを書くときはそうします。でも今回もそうした方が無難そうですね、佐倉は今読むと苗字にしか見えないし笑。ためになるご意見ありがとうございました。

2017-08-09 12:12

182.251.242.44

意見蘭

『神は死んだ』

上のやつと被ってますね
ニーチェブームなんかな

2017-08-09 19:33

223.223.108.171

内海際美

意見蘭様。
本当ですね。

2017-08-10 01:14

182.251.242.44

地獄極楽丸

マジでネタかぶってるのかと思った
たぶん僕のほうが先(笑)
学術的なことに触るにはある程度の
関連や流れを含めた下調べは必要だよね
いまどき。

2017-08-10 12:04

1.0.88.18

内海際美

地獄極楽丸様。
そうなんですか。
下調べ大事ですね。後は少なくとも下調べが足りていないように見えないレベルの書き方が出来るようになりたいと思いました。

2017-08-10 12:25

182.251.242.36

地獄極楽丸

同じような件に遭遇しましたが
いくらそれが言いたくても『神は死んだ』なんて無骨な書き方しませんよね
ニーチェは、まだ誰のものでもありません(笑)
でも僕もそこに立脚してませんし
ニーチェでもシェイクスピアでもマーク・トウェインでもよかったわけですから
中二じゃないから(笑)
何かよくわからないけどお互いがんばりましょう

2017-08-10 16:39

1.0.88.18

GM91

「神がいないという結論に果たして人間が至れるのか」というテーマが、そもそもノンクリな自分には少々難解なのですが、これは、信仰篤いキリスト者が信仰から離れる経緯というよりも、信仰そのものが呪縛であるという前提で書かれている作品のように感じました。
以前、プロテスタント系の教会に通っていたことがありますが、結局は信仰を持つのは自分自身の意思なのであって強制じゃ意味ねーよ的なことをいう子らが多かったので、ちょっと違和感あり。カトリックはそのへんの感覚が少し違うのかもしれませんけど。


ほか、細かいところ

1)授業料免除と奨学金
作中の書き方はごっちゃになってる感じがしますが、これは一般に別の制度です。
勧進元(不謹慎?)が別なので手続きも別でしたし。
カトリック系の学校で、学校自身が運営してる奨学金があって授業料免除と一体化してるって設定ならばすみません。

2)宗派についての説明は不要。
八月の鯨さんとは逆の意見ですが、僕はカトリックかプロテスタントとか何派なんて説明は要らないと思います。
もちろん、作中でたとえば宗派の対立が大きな意味を持つのなら話は別ですけどね。
そうでなければ、マリアとかミサってキーワードで区別は付きますのでそれで充分かな、という気がします。

2017-08-13 18:57

113.38.243.34

八月の鯨

まあ、「普通だったら」、いくら細かいワタシでも、「カトリックか? プロテスタントか??」なんて事は一々問責しないんです。

キリスト教、「興味ないし、知識もない」んで。。

(読み飛ばし、すっとばし〜 だったんで、「ミサ」って記載も目に入んなかったですし、入ったとしても、そんでもって「=カトリック」とは一発理解できなかったかもしんない)



この原稿で、「カトリックなのか? プロテスタントなのか??」書いといて欲しいと思っちゃった原因は、

【タイトルがマリアだから】にくわえて、“「神は死んだ」のフレーズが、スローガン的に繰り返され、強調されているから”だった。


キリスト教ってさー、大昔学校で習った印象ですと、やれニケーアだ、カルケドンだ、あそこだここだと、うんざりする回数「宗教会議」を重ねまくって、
ちょっとでも見解と教典解釈に差があると、「異端」として「排斥」してきた歴史の積み重ね。。

その宗教会議の【最大の争点】は、“マリアとは何者なのか?”(どういう位置づけで解釈するか?)だった。
(聖神女:テオトコス と解釈したい一大宗派があったんだけど〜、宗教会議で敗れ去って、東方に布教に出る羽目になって、、、中国で「献教」になったんだったよね、確か〜)


↑ ざざざーーーっと駆け足気味に読んだ時、個人的に「そんなどうでもいい事が気になりました」ってだけの、
アホな読み手の「素朴な感想」だったんで。

まあ、スルーしてください。

2017-08-13 23:01

219.100.84.60

八月の鯨

うーーーん、、、どうもうまいこと「伝わるように」書けない。。


キリスト教を書き込めとか、ニーチェを掘り下げろと注文つけたいんじゃなく、
むしろ逆。

最前の印象で、【この原稿、哲学専攻設定も・キリスト教関連も取っ払って、シンプルに青春もので書けるのでは??】と思ったんです。


父親がクリスチャンなのと、主人公の名前がマリアなのは、そのまま置いておいたとしても、
〔神は死んだ〕は、一般教養でも教職過程でも哲学科講義の板書でもいいし、「講義とは関係ない誰かの落書き」でも事足りる。


自分的に、「作中に盛り込むならとことん書き込む」し、シンプルにするなら「余計なごとは極力書かずバッサリやる」か、どちらかに徹するようにしていて、
【曖昧な匂わせ・思わせぶり描写】はしないようにしている。(匂わせを書いたら、必ず伏線回収する)


けどそれも、書き手個々人の「趣味志向」なり「持ち味」の問題であって、
“謎めいて意味深な匂わせがすこぶる印象的・魅力的な作風”なら、「思わせぶりもアリ」なんです。



ーーと、どうでもいい事でまたぞろレス伸ばしてしまったんだけど〜、、、レスは要らない。。

2017-08-14 01:18

219.100.84.60

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