作家でごはん!鍛練場

『ナイトウォーカー』

ニノマエハジメ著

ファンタジーを基調に、人の思い恨み、願い、憎しみ、愛などのリアルな要素を取り入れた物語を書きたかった。と言う、ものからこの小説を書き始めました。
また、絶望とそこから這い上がる希望や、人との信頼関係や愛情が生み出す力、そして諦めない人間の強さをテーマにしています。

読んでいただいてありがとうございました!

 気付くと、俺は独り鮮やかな赤色の花々が地面を埋め尽くす広大な花畑に立っていた。

「……あれ?」

 なぜこんなところに。そんな疑問が頭に浮かぶが、どうやらそれに対する答えを俺は持ち合わせていないらしかった。

 ただ、華美で鮮やかな花の群れは、いつまで見ていても飽きないほどに美しい。

 ーーそう。確かに美しいのだが、その全てが網膜に焼きつくほど鮮烈な赤一色という違和感だけが、俺がその風景に没頭することを妨げていた。

「ダメだ、頭の中が、ぐちゃぐちゃだ……」

 だが、そんな違和感が明確な形を持った疑問へと変わるより先に、世界の方が変化を見せる。
 吹き荒れる風が咲き乱れる花びらを飛ばしたのだ。

 吹き上げる風に舞い上がった花びらは、しかし吹き飛ばされることはなく、まるで意志を持っているかのように俺を囲む。綿密に、少しの余白も残さず真っ白だった世界を塗り替えていく。

 気がつけば、大地も空も赤く染まっていた。

「……?」

 ふと、目が眩む様な真紅の中、唯一別色の存在である白い靄が、今にも掻き消えそうな儚さで漂っているのに気が付いた。どうやら人の形をしているようだ。

 だけど、それはどこか虚ろで、手を伸ばさなくてはどこかに行ってしまいそうで、掴まなくては消えてしまいそうだった。

 ――だから、俺は手を伸ばす。

 ひどく、焦る心に反してゆっくり動き出す手は虚しく空を搔く。

 届かない。あと一歩で、届かない。

 白い靄は小さく囁く。

「……さい、ご………い、ご……なさ…、…………い」

 何か言っている。――なのに、聞き取れない。いや、聞きたくない。

 その言葉を聞いて仕舞えば、俺がやったことの意味が、理由が、すべて崩れてしまうのだから。

「も……ちど……………なん…でも………でも……」

 ひどく悲しい気持ちになった。
 ひどく虚しい気持ちになった。

 そして、意識は覚醒する。





「うわぁぁあああっ!!」
「きゃあぁぁああっ!?」

 突然叫び声を上げ起き上がった俺に不意を突かれ、隣に座っていた人物が悲鳴をあげる。
 見れば、見知らぬ少女が目を剥いてこちらを凝視ていた。

「え、あーー君は、誰だ?」

 俺の突然の質問に、少女はさらに固まる。だが、その言葉の意味を飲み込むことに成功すると、一つ咳払いをして言った。

「その台詞そのまま貴方に返しますよ。一体なにがあったんですか? 流木に引っかかっていたから助けられたものの……」

  少女は先ほどの悲鳴は嘘のように平静を取り戻し、更に呆れた表情を作って応じる。

 その態度はなんだが腑に落ちないが、それもそうだ。人に名前を聞くときはまず自分からという。

 親しき中にも礼儀あり。そうでないなら尚のこと、だ。まあ他人の事は知らないし、とやかく言うつもりもないが、少なくとも俺はそう教わっていた。

「えっと、俺の名前は……」

「それより体、大丈夫なんですか?」

 だから答えようとしたのだが、少女は素っ気ない。

 聞いといてそりゃないだろ。と内心毒づきながら、冷静になって俺は彼女の言った台詞を吟味する。
 そして、内容を理解し始めたところで少女が指差す先に視線を移すとそこにはだらりと力なく垂れ下がる自分の右腕があった。

「――ッッ!! いっってぇぇえええ!!」

 そうだ、あの“化物”に襲われてそれでこんなことになっているのだ。ならばその時に負った傷も当然健在だろう。
 そんな不要な理解と共に驚きと混乱によって一時的に忘れ去られていた痛みがまとめて帰ってくる。

「ぐぅ、あ……!い、痛い痛い痛い……っ!!」

「えっと、ちょっと痛いですけど我慢してくださいね」

 少女はのたうち回る俺の右腕を器用に持ち、何やら不穏なことを囁いた。
 次の瞬間、ゴキリという生々しくも軽快な音が俺の右肩から鳴り響き、すぐさま痛烈な痛みが全身を駆け抜け涙目になって叫ぶ。

「あぁぁぁあああッッ!?」

 ひたすら絶叫する俺。なんとも格好のつかない絶叫だろうか。

 だが、聞くに声を出すと痛みは和らぐらしいのだ。だから、これは堪え性がないという訳ではなく、ただ有効な手段を取っているだけだ。

 と、意味がないのを承知の上で言い訳をさせてもらう。

 それはそうと、右腕は痛みこそあれ少しは動くようになっていた。どうやら脱臼していたらしい。

「これは痛み止めの薬草です」

 そう言って渡された草をそのまま口で咥え、俺は涙目になりながら再び硬い地面に突っ伏す。

 そうして落ち着いて周りを見てみれば、俺は滝の横にある岩陰で、布だけで出来た簡単な寝床のようなところに寝転がっているようだ。
 革素材の上着やシャツは岩に貼り付けるように干してあり、ズボンはさすがに濡れたまま体に張り付いていた。

「助けて、もらったのか……」

 渋い苦味のある大きめの葉を咀嚼し今度は自分の体へ視線を滑らせる。どうやら右肩以外は治療が済んでいるようだった。出血していた箇所を先に直していてくれたらしい。

 そして最後に、俺を助けてくれた少女へ視線を向ける。

 見た目は俺とあまり年齢の差はないように見えた。
肩に掛かるか掛からないかくらいの艶やかで細い金髪。大きな瞳の色は澄んだ碧色。
 そして、整った顔立ちと綺麗な髪を隠し覆うように羽織った赤い頭巾。まるで童話の赤ずきんのようだ。

「で、何があったんですか?」

「何がって……聞いても、多分信じないと思うんだけど」

「信じないかどうかは私が決めます。まずは、話してください。話はそれからです」

「わ、わかったよ! 話す、話すって!」

 年下の少女の剣幕に負けながら、俺は情けなく話し出す。
 こうして彼女に救われることとなった顛末を。その身に起きた、災難を。





「はあ……っ、はあ……っ、はあ……っ!!」

 苔むしジメジメとした大地を駆ける足取りは重く、身体中が限界の警鐘を鳴らしていた。

「かっ、はぁ! はぁ、はあ、はあっ!」

 だが、止まるわけにはいかない。俺は、今『化物』に追われているのだ。

 それは、見たことも聞いたこともない化物だ。

 暗くてよくは見えなかった。だが、それでもすぐに危険だと直感できた。
 漂う濃厚なまでの獣臭と、光源もないのにまるで自ら発行しているかのように輝く瞳。ぼんやりと浮かぶ影のような体は優に俺の頭上を越え、そこから伸びる手足はナイフのような鋭い爪を持っていた。

「う、ぉ、おお、おおおおッッ!!」

 乾ききった喉は荒い呼吸を繰り返すたび裂ける様に痛むが、収縮した肺はそれでも空気を求める。

 心臓は恐怖と疲れと焦りで痛むほどに躍動し、全身の血管を破りかねない勢いで血液を送り込んでいく。

「くそッ、くそッ、くそ――ッ!!」

 それでも、俺は走らねばならない。駆けなければならない。逃げなければならない。

 逃げるしか選択肢の無い俺は、逃げ続けるしかない。

「――――」

 と、そこまで考えて、俺は首筋に冷気が這うような感覚を覚えた。
 それは、体が実際に感じた感覚ではない。もっと本能的な、死の警告だ。

「……っ!!」

 その瞬間、膝の力が抜けた。恐怖に竦んだ身体が、とうとう限界に達した。
 そうして、前傾になった頭のすぐ後ろの大気を、鋭い爪が引き裂いていく。

 ――その感覚に、俺は死を覚悟した。生を諦めた。

 案外あっさりと、俺は自分の終わりを受け入れた。


「あ」


 なんて、そんな勝手を許さないとでも言うかのように、目の前には唯一の家族である妹の顔が浮かんだ。

 違う。首に掛けていたペンダントが、体勢を崩した拍子に服の中から出て目の前に浮かび上がったのだ。

「ク、レア……!」

 妹は、重い病気だ。働くことどころか生活もままならない彼女は、俺の稼ぎがなければ死んでしまうだろう。
 それでも、あと少しで薬が買えるだけの金がたまりそうだったのだ。

「そうだ……俺は……」

 まだ、死ぬわけにはいかない。

 目の前には崖、後ろには化け物、全身は疲労でガタガタ。持っているものは木こり用の斧と腰につけた銀の短剣だけ。

 ――だが、やらねばならない。

「ああ! くそッ、やってやる! やってやるよ!!」

 恐怖をどこか投げやりな怒声で掻き消し、ふるえる拳を強く握り締める。決意は決まった。覚悟もできた。後は実行するだけだ。

 化物は今止まっている。手を振り切ったせいでうごけないのだ。だから、少しは距離が稼げた。

 その間に、奴がこちらへ追いつく間に、考えろ。

 正面からじゃまず勝てない。力の差も、俊敏さも、リーチも、何もかもが負けている。

「いや、なら正面じゃなければいいんだ……!」

 思わず呟いて、俺は前方に木から垂れ下がったツルを捉える。
 そして、それを迷わず握り、俺はそのまま走る勢いを緩めず木にツルを巻き付けるように一回転。

「よしっ!!」

 そうして推進力を殺さず一気に化物の真横に出て、そのまま斧で叩くのだ。
 不意打ちに加え、全力疾走の加速付き。斧もかなりの上物で切れ味も抜群だ。

「当たれぇッッ!!!」

 限界まで引き絞った斧を、俺は腰と肩の回転を十二分に使って振り下ろす。

 文字通り決死の一撃は、風を切り裂く音を立て化け物の首元へ吸い込まれ、



 ――そして、呆気なく折れた。



 大切に使ってきた相棒の持ち手部分と刃が砕け散ったのを、その光景を驚愕に見開いた目で捉え、勝利を確信して浮かんでいた笑みが引きつる。声すらも出なかった。

 そんな、感情的には焦燥感と恐怖でどうにかなってしまいそうなのに、暗くてよく見えない化け物に一瞬興味が湧いた。せめて死ぬ前に一目見てからと目を凝らす。

 だが、化物はそんな死に土産すら許さない。

 何か、その大きな体躯が目で追えないほどの動きを見せたかと思うと、右半身に全てを根こそぎ持っていかれるような衝撃が走る。

 次の瞬間、視界が凄まじい速度で回転し、その回転が止まると同時に俺は苔むした土の上に背中から体を打ち付けていた。

「――がぁっ!!」

 肺から空気が全て絞られるような衝撃に、俺は掠れた苦鳴を上げる。
 仰向けに転がり、全身をのたくり回る痛みに耐えていると、ひときわ右肩が痛むことに気が付いた。

「ゔぁ……っ!」

 見れば、殴られたときとっさに構えた右手が明らかに異様な形で力なく垂れ下がっている。

「いっ……てぇぇ……!」

 最早右腕は使い物にならない上に、割れた額から伝う血が右目の視界を著しく奪っている。
 足は震えて力が入らず、立つのがやっとで走るなんてとてもじゃないが無理だ。

「――っぁ!?」

 そんな中、俺はまるで笑にでも縋るように、身体中をまさぐる。

「何か、ないのか……この状況を打破できるような何かが……!」

 心からの懇願を込めて言って、俺は諦め半分に探り続ける。

 だが、その手は予想に反して――、
 
「これ、は……?」

 ある一つの、冷ややかな感覚を捉えた。

「…………」

 腰につけていた留め具を外し、眼前まで持っていくと、こんな状況にも関わらず、その頼りなさと頼もしさに思わず口元が綻んだ。

 ――まだ、武器はあった。

 繊細な装飾に彩られた、刃から柄まで純銀製の短剣。刃渡り10センチほどの観賞用だ。

 あの斧で倒せなかった相手にこんな飾りのような貧相な武器で太刀打ち出来るのだろうか。

 未だ不安と疑問は消えないが、その短剣に刻まれた細やかな細工を見ているとかなりの業物にも見えてくる――気がする。

 対する化け物は、俺が完全に諦めたと思って油断しているのか、あるいは獲物を嬲る行為を楽しんでいるのか、ゆっくりと近づいてくる。
 チャンスは一瞬だろう。化け物がとどめを刺そうとした瞬間、一番近づく時を狙う。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと近づく。

 爪が、振り上げられた。

「今ッ――!!」

 叫ぶと同時に全力のバネで加速をつけ、振られた腕の下をかいくぐって俺は懐に潜り込む。そしてそのまま、短剣を突き立てた。

「おおッッ!!」

 決死の一撃とは言え成功したことだけでも驚きなのに、先程いとも簡単に斧を砕いてみせた硬質な肌を、銀の刃はまるで熟れた果実のように貫いた。

「――っ!!」

 手に伝う熱い血と、その生々しい感覚に決心を決めた筈の心があっけなく揺らぐ。
 だが、それをもう一度強く柄を握る事で奮い立たせ、俺は目の前で苦しげに呻く影に浮かぶ黄色の瞳を睨みつける。

「――ッアア!!!」

 叫んで、満身創痍の体に喝を入れ俺は刺した短剣を腹から引き抜く。それから、その勢いのまま片足を軸にして回転し次は足を切りつけた。

「グルル……ッ!」

 その時、ふとした違和感に意識が乱された。切った箇所からの出血量の少なさと、その箇所に上がった青い炎だ。

 それはまるで、銀に触れた吸血鬼のように――。

「まさか……! 銀が弱点なの」

 浮かんだ謎の答えに思わず呟く。そんな緩んだ気の隙を突かれ、次の瞬間体は宙をまっていた。
 崖から落ちたのだ。いや、正確には崖に殴り飛ばされたのだ。

 殴られた衝撃で脳が揺れ、朦朧とした意識の中、落下の軌道に入った体を濃密な大気が叩く。打ち付ける突風に揉まれ上下も左右も判別できなくなっていく。

 ただ、右肩に発生する、溶けた鉄を流し込まれたような熱が途切れかけた意識を辛うじて繋ぎ止めていた。

 それでも体は、落ちる。落ちるていく。

 吹き付ける風によって開くとすぐに乾いてしまう目を、それでも苦心して開くと、下には照りつける太陽の光を乱反射する水面が見える。恐ろしいことにこれだけ落ちても、まだ遠い。

 ――ここ、滝だったのか。落ちたら、さすがに水でも痛いかな。

 今にも飛びそうな意識の中、そんな呑気な感想を思い浮かべて、俺は速度を上げ落下していく。

 だんだん近づく水面は、燦々と輝く太陽の光を反射してキラキラと輝いる。どこか懐かしさを覚えるその光景を最後に、


 ――突然、世界が闇に包まれる。


 そこで、俺は意識を失った。





「……とまあこんな感じだ」

「え、えっと……」

 少し前の非日常的出来事を話し終え、俺は大きくため息を吐くようにして一息ついた。
 
「信じないならそれでいいよ。正直、俺自身が一番信じられてない」

「そんなことはないです。ただ、少し驚いてしまって……」

「はは、それはそうだな。――ともあれ、ありがとう。助かったよ。えっと、君は……?」

 そう言えばこれは二度目の質問になってしまった。その上、もう名乗るのを忘れている俺は相当記憶力がないらしい。

 だが、少女の方も忘れてしまったのか、面倒になったのか、先ほどの様な悪態はつかず素直に答える。

「私は、シャルル・アルベルトです。えっと……この下流の街で花屋をやっています」

「へ、へぇ……そっか」

 自分から聞いておいて返しがひどすぎる気もしたが(あまり女性との会話は慣れていないのだ)彼女――アルベルトは文句よりも質問を選んだようだった。

「あなたは?」

「俺は、ギル・ルーズだ。ギルって呼んでくれ。職業は木こり――人呼んで森の番人だ」

「ああ、だから森に――って、なんで言い直すんですか……
 あ、でも番人なんて言う割にはずいぶんみすぼらしい格好をしていますね」

「………」

 命の恩人にこれ以上心配はさせまいとなるべく元気に振る舞うが、肝心の本人に全く伝わらない。強張る笑顔を向ける俺に、彼女の反応は冷たいものだ。

「な、何はともあれ……助かったよ。改めて礼をさせてくれ」

「別にいいですよ。大した事はしてませんから。……それじゃ、私は急ぎますので」

 ぴしゃりと俺の申し出を断ると彼女は早口に捲し立て、それすらも言い終わらない内に立ち上がり荷物を重そうに持ってさっさと行ってしまう。

 だが、これで返してしまっていいのだろうか――命の恩師を?

「ま、まってくれ! その荷物俺が持つよ! せめてもの恩返しだ!」

 こんな事、ただの迷惑かもしれない。いや、それどころかいらないお節介だ。
 でも、それでも俺はその時ここで彼女を一人で行かせてはいけないと思った。本能では無い別の何かが、そうしろと叫んでいる。

 その理由は、分からないが。

「恩って……」

「そう、恩だ! 君は俺の命の恩人なんだよ! だから、恩返しをさせてくれ!」

「……その体でですか?」

「そこは任せろ! 君の治療のおかげでもうどこも痛くない!」

 軋む肩をぐるぐる回し、痛む身体でピョンピョン飛び跳ねて見せる。正直強がりもいいところだったが、とにかく何かしたかったのだ。

「はあ、言っても無駄みたいですね……わかりました。ちょうど肩が痛くなっていたところです。お願いします」

 嫌々では無いが、どこか投げやりに差し出された茶色のバッグを受け取り、俺は痛む肩に掛ける。それを見届けると、何故か彼女は頭巾を引っ張って顔を隠した。

「どうかしたのか?」

「いえ……なんでも」

 思わぬ反応を不思議に思いながらも歩き出した俺の後から、そう言って少女がついて来た。





 威勢良く荷物を奪い取り意気揚々と先陣を切った俺だが、非常に格好悪い話、よく考えてみれば目的地を知らない。
 なので今は仕方なく、冷たい視線を送る少女の後にセコセコついて行っている状態だ。

 だが、それも仕方ないと言わせてもらいたい。なんせ彼女の選んだ道は百歩譲っても半分獣道なのだ。
 草が生えていないか、生えているかの違いでしか判別できないその道は、ところどころから背の高い草花がつきだしている。

 そんな雑多な獣道らしきものを三十分ほど歩いた後、突然目の前のアルベルトが立ち止まった。

「どうし――おお……」

 いきなり立ち止り、それっきり黙りこくった彼女の行動に違和感を覚え声を上げるが、その視線を辿った先の光景に合点がいった。

 今、俺と彼女の目の前には大きな屋敷がある。灰色の石で地盤を固めその上にコゲ茶色に変色した木造建築のまさに洋館といった感の建物が乗っかっているような感じだ。

 所々は剥がれ、欠け、ツタがはっている廃城の様な有様だが、が不思議と威厳というか悠然とした雰囲気を漂わせていた。

 前に広がる庭もそこらの公園よりも一回りほど広い。広大な花壇や空を支える柱の様な噴水の群れ、その周りにポツポツと置かれたベンチにテーブル――まさに庭園といった感じだ。

 そんな館を見ていると、周り暗くなっているのに気が付いた。

「ん? なんだ……?」

 怪訝に呟きながら空を見上げれば、あれ程まで雲ひとつなかった青空に黒々とした無数の雲がその快晴を塗り潰して広がっている。

 それを見た俺は、ある予感と共に顔を顰めた。

「これは雨が……」

「――降るな」

 俺よりも先に呟いたシャルルの言葉を取り、忌々しげに放った一言を合図にする様に、『……ポツ…ポツ…ポツポツ』といった具合に早まる雨音に比例し地に落ちる水滴が地面の色を暗くしていく。

 少しひねった蛇口から溢れる水くらいだった小雨は、あっという間に内にバケツをひっくり返したような豪雨となって降り注いだ。

「うわっ!」

 雨を遮るものを探し走り出した頃には遠くの景色が霧がかったように見えなくなるほどの雨量となっていたほどだ。
 俺はそれから身を隠すように屋敷に駆け込もうと濡れそばった庭を駆ける。

「アルベルト!! 一旦雨宿りしよう! 荷物が濡れるぞ!!」

「そ、そうてますね、そうしましょう……」

 なぜか乗り気じゃないアルベルトの手を引き、俺は今度こそ屋敷へ向かった。

 とは言え、中に入る勇気はないので、仕方なく雨戸いに身を隠す。

「ここなら……って、あ」

 しかし、一向に水滴の無くならない服に、横殴りに振り付ける雨がこの雨戸いでは防げていないことに気付く。
 右往左往した後、ほかに方法は無いと意を決してドアを叩く。

「す、すいません! 雨宿りをさせてくれませんか!?」

「あっ、ギルさ――」

「どうぞ」

 ドアを叩き叫ぶ俺に意外なほどすぐ帰ってきた返事に俺は驚く。だが、それ以上に感謝しつつ、やけにデカく重たいドアを押し開け中に入った。

 途中、アルベルトが何か言った様な気がしたが、そちらを見ても俯いたままの赤い頭巾しか映らなかった。

「あれ……?」

 ――中には、まるで俺たちを待っていたかのように6人の男女がいた。

 何故かは分からない。しかし、確実に嫌な予感がしていた。引き返せ。今すぐ逃げろ。そう本能が警鐘を鳴らす。

 しかし、本能とは別の無意識が、そのまま進めと言っている。

「お邪魔……します」

「ええ、ようこそ」

 それは決して救いへ導いているのではなく。どころかその逆に思えた。

 そして、その予感は当たることになる。


 俺にとって、最悪の形で――。

ナイトウォーカー ©ニノマエハジメ

執筆の狙い

ファンタジーを基調に、人の思い恨み、願い、憎しみ、愛などのリアルな要素を取り入れた物語を書きたかった。と言う、ものからこの小説を書き始めました。
また、絶望とそこから這い上がる希望や、人との信頼関係や愛情が生み出す力、そして諦めない人間の強さをテーマにしています。

読んでいただいてありがとうございました!

ニノマエハジメ

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感想と意見

加茂ミイル

台詞にいろんなパターンがあって面白かったです。
参考になったです。

擬音っていうんでしょうか。
難しいですよね。
工夫されてますね。

2017-08-07 02:36

60.34.121.181

ニノマエハジメ

加茂ミイルさん

お優しい意見ありがとうございます!まだ序盤ということもあり台詞量が少ないか、会話の質が足りないかと不安がっていたので、とてもうれしいです!

2017-08-07 11:42

107.167.112.219

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