作家でごはん!鍛練場

『母は近しく子は遠く』

麻呂著

初投稿です。感想よろしくお願いします。

                       
 嵐のような歓声が、地下闘技場の床を揺らした。
 そのあまりに重厚な声の渦は、リングの金網を吹き飛ばし、天井を突き破らん勢いで場内を吞み込んでいった。
 天井に吊られたオレンジ色のライトは、闘技場特有の殺伐とした妖しさを辺り一帯に演出し、リングを囲んで設置された客席からは、擬態マスクを被った観客たちが気味悪い微笑を皆一様に浮かべている。
 どんな人種のどんな顔にも変装できる擬態マスクだが、あの右の口角だけ上がった薄ら笑いの様な表情だけはどうにかならなかったのだろうか。怪奇館の人形ですら、あんな不気味な笑顔はしていないだろう。
「青コーナー…… スラム街の靴磨き職人、A! 142センチ80ポンド、西コリア出身」
 ナレーターの紹介と共に、僕に視線が集中する。再び、怒涛の歓声が押し寄せる。
 僕は、場内の熱気に負けじと観客に向け拳を掲げると、客席に沿った階段の遥か下、禍々しく佇む長方形のリングに向かって歩き始めた。

「闘技場に出てみない?」
 そう声をかけられたのは、おおよそ3日前のことだった。
 その日スラム街の大通りで、いつも通り靴磨きをしていた僕の肩を叩いたのは、どこか聞き覚えのある落ち着いた声色と、場違いなスーツ姿が印象的な女性だった。
 サイズの合わない擬態マスクを被り、たどたどしく闘技の説明をする様子からして、まだ斡旋の仕事に慣れていないのかもしれない。
 負ければ死、されど勝てば大金、もしくは相応の望む物が手に入るわよ。
 女性は手を大きく広げ、夢の広がりをアピールする。
 興味はなかった。泥水を啜る思いで生きてきた僕にとって、得体のしれない競技で命を費やす理由など見当たらなかった。
 しかし女性は続けてこう言った。
「お母さんに、会いたいのよね?」
 握りつぶされるような衝撃が、心臓を駆けた。女性の推測は見事に当たっていた。
 先の大戦で生き別れた母親を求めて、それだけを希望に今までを生きてきた。
「……つまり、闘技場とやらに参加すれば、お母さんに会えるって、こと?」
 思わず質問が口からこぼれた。
「……ええ、そう、ね。あなたのお母さんに、会わせてあげるわ」
 会える。一抹の希望だったそれが、にわかに現実味を帯びだした。脳が、震えた。湧き上がる興奮を閉じ込めるように拳を握りしめた。
 愚かな僕はなにを疑うこともなく、爛々とした眼差しのまま女性と握手を交わした。
 そして高揚で胸いっぱいの僕は、歯切れの悪い女性の物言いに、何の違和感も覚えることもなかった。

 闘技場の観客は、闘技者の素性に興味はない。ただ、人と人が殺しあうさまだけを求めてここを訪れる。
 故に、闘技場の観客、闘技者、セコンド、スタッフ、場内の人間すべてが擬態してこのイベントは行われる。会場内の誰もが、他人を認識できない。つまり僕を認識できる人間はこの空間に誰一人存在しない。それは、とても言いようのない不思議な感覚だった。
 スタッフが施錠されたリングの扉を開け、入場を促される。僕は今さら沸いてきた緊張と共に足を踏み入れる。
 リング内は至る所に鋭利な刀傷が刻まれており、白色の塗装を突き破って錆びた鉄肌が露出していた。飛び散るように付いた赤銅色の血痕が、その生々しさを増長させている。
 余りにリアルな死の痕跡に気後れしかけたが、これは血じゃない、デミグラスソースだ、そう思うことで無理やり平常を取り戻した。
 しかし、何よりも圧倒的な存在感を放っているのは、すでに入場している対戦者の男である。小柄だが、その鍛え上げられた体躯は、筋繊維の一本一本が洗練された収束を見せていた。痩せこけてシワシワの僕の身体とはとても対照的だ。そして木の幹のように頑強な男の手には鈍色の拳銃が握られ、挑発するように僕に銃口を向けている。
 そう、この決闘は圧倒的に体格差で劣る僕に不利がつかないよう、早撃ちで行われることになっていた。観客としても、結果が目に見える勝負は面白くないだろう。
 僕も馬鹿ではない。勝算は十分にあるのだ。
 僕は、男の挑発に呼応するように腰のホルダーから拳銃を取り出し、同じく銃口を向ける。男はそれを見て、不敵な笑みを浮かべた。
 いくばくかの視線の交錯を終え、両者ともリング端に背を向けあう。
 十数秒の静寂。突き抜けるようなゴング音が響く。
 僕はうねるように振り向き、銃を構える。
 刹那、相手の挙動が一瞬遅れた。
 しめた! 
 僕はトリガーを引く指に力を籠める。
 ……トリガーは動かない。   
 安全装置!    しまっ                

「やった、やったわ」
 女は、擬態スーツを脱ぎ捨てると、喜びをあらわにした。眼前には対戦者の、小柄な老人が銃を握りしめたまま息絶えている。
「これで、生き別れの息子と会えるのよね?」
 女は目じりに涙を浮かべながら、少女のようにピョンピョンと飛び跳ねる。
 そして、喜び冷めやまぬ表情のまま、対戦者に深く頭を下げ、敬意を示す。
「……ええ、約束は守るわ」
決闘を斡旋した女は、そう言っておもむろに老人の下へと歩み寄ると、寂しげに横たわる老人の亡骸から、擬態マスクをそっと外した。

母は近しく子は遠く ©麻呂

執筆の狙い

初投稿です。感想よろしくお願いします。

麻呂

153.223.145.202

感想と意見

レタス

いいですね。
圧巻でした!

2017-07-18 03:50

49.98.166.68

蠟燭

イチコメしてるような何がいいのか具体例を示さずただ共感を得ようとするような何の鍛錬にもならないうわべだけのコメントする人よりはマシだと思って、コメントします。

最後まで拝読しました。

闘技場を拳銃で決着させる見世物としてはなんの娯楽要素もないことに違和感を覚えました。
体格差の記述があったのでそれなら武器に差を付けるべきでは。と思いましたがもはやいちゃもんレベルですね。

タイトルの意味を考えてました。
全くわからない。僕レベルの矮小な脳では理解できませんでした。
最後のオチもわからない。

西コリア出身
ああ差別だな、これ。ネトウヨが喜びそうな差別表現だなぁ。なぜファンタジーにこうゆうワード選択しちゃうんだろうな。

・会場内の誰もが、他人を認識できない。つまり僕を認識できる人間はこの空間に誰一人存在しない。
この文章は好き。何かを暗示してるようで。ネット社会もそんな感じかな。このサイトも同じく。みんな擬態してるよなぁって。

どうぞこれからも頑張ってくださいませ。
失礼しました。

2017-07-18 10:36

180.31.202.32

がちムチマッチョ兄貴

蠟燭
 おまえ、メディアに影響うけすぎだろ。それを典型的な、パヨクって言うんだよ。
 おまえは人の作品を酷評しかできない猿かよ。
作品見せろ、糞が

2017-07-18 17:33

60.151.159.31

アフリカ

拝読しました

展開と言うかオチがキチンと落ちていて良いと思いました。
擬態マスクの登場時に ん? となりましたが最後の行で納得しました。

気が付いたのは一人称の弱点である現場の説明がやっぱり何となく上手くいっていない気がしました。
説明をしたいって気持ちが結構な感じで余分なものをムニュムニュと付け足している感じでしょうか……
この奇妙な浮遊感と言うかふわふわした感覚は恐らく、僕と名乗る一人称で現場の説明をする場合に『故に』とか語るかな……なんて……

物語の進み具合的には違和感と言うより説明不足を感じました。
何故に母親と生き別れているのを斡旋した女が知っていたのかを説明するだけで内容がグッと締まる気もします。

それとラストの語りは誰が話しているの……でしょう……

でも、僕的には気持ちの良い落とし方で嫌いじゃない。って感覚です。

ありがとうございました

2017-07-18 20:19

49.104.38.124

八月の鯨

これ、ダメでしょう。

全体に初心者がやりがちで既視感あるところへ、オチがまた完全にバッドエンドの予定調和。。



何より、【タイトルがマズすぎる】。(ごめんね…)

読む前から「完全ネタバレ」みたいなもんだし、

『母は近しく子は遠く』って、日本語的に「どうも変、だいぶ変、はっきり変」。


文法的なアレは説明しづらいんだけども、引っかかりようが半端なかったので、一応ググった。

  □ ちかし・い【近しい/▽親しい】 の意味  (デジタル大辞泉)
  [形][文]ちか・し[シク]人と人とが心理的に近い関係にあるさま。したしい。親密である。「―・くつきあう」「―・い間柄」
   [補説]近世以降の語。「ちかい」よりは意味範囲がせまく心理的な近さを言う意に限定される。


これだけの「掌編」なんで、コンパクトなタイトルを持って来た方が、失敗少なく・印象も良くなるでしょう。
(初心者ほど「掌編だのに表題だけ妙に長くなりがち」なので)

2017-07-18 22:46

219.100.84.60

オステン工房

拝読しました。
これは好きです。

ラストの解釈が如何様にもとれる…謎解きみたいで…
もしかして叙述トリックみたいな?

面白かったです。

2017-07-19 01:33

49.98.140.71

麻呂

レタス様

ありがとうございます!

2017-07-22 14:52

1.75.7.237

麻呂

蝋燭様

タイトルはかなり捻ってありますから、わからなくても無理はないと思います。

2017-07-22 14:55

1.75.7.237

麻呂

アフリカ様

これは人称も視点も固定していません。
最後に全てネタバレしてるのですが、わかりにくかったですね。

2017-07-22 14:57

1.75.7.237

麻呂

八月の鯨様

実はハッピーエンドなんですけど、わかりにくかったですね。

変なタイトルをつけたのにはちゃんと理由があって、ミスリードを誘いました。見事に引っかかってくれましたね(失礼)。

2017-07-22 15:00

1.75.7.237

麻呂

オステン工房様

仰せのとおり冒頭からラストまで叙述トリックで組み立てています。解釈は作者のわたしの中でひとつ正解がありますが、いかようにもとれるような作りにしています。

ちなみに拙作はネット公募で佳作をとりました。

2017-07-22 15:04

1.75.7.237

GM91

倒した相手が実は…というのは、王道と言うか掌編のオチとしては悪くないです。
ただ、鍛練作として読んだときにちょっと展開が雑というか、もっと色々作りこめる要素があるのかなー、と。

あと、体重はポンドで身長がcmなのはなんかちょっとチグハグな感じします。

2017-07-22 15:44

27.85.205.79

八月の鯨

>八月の鯨様
>実はハッピーエンドなんですけど、わかりにくかったですね。
>変なタイトルをつけたのにはちゃんと理由があって、ミスリードを誘いました。見事に引っかかってくれましたね(失礼)。

↑ いや、引っかかってないと思う。(笑)


ただ単に、「じいさんのマスクの下が、息子の顔」なんじゃないの??

それ以外だったら、教えて(笑)


これ、「ハッピーエンド」って言わないから。


言うなれば「○○○○○○エンド」

↑ 自分で、ググってください。

2017-07-22 16:47

219.100.84.60

八月の鯨

>変なタイトルをつけたのにはちゃんと理由があって、

↑ まあワタシ的には、「たとえいかなる理由があろうとも」

国語的に間違っている文章は、「見苦しい」「活字化したら恥ずかしい」と思う。


そんだけ。

2017-07-22 16:51

219.100.84.60

八月の鯨

>「○○○○○○エンド」


訂正。

「○○○○○○エンド」に持ってくためには、キャラの心情描写掘り下げて、読者を滂沱させる域まで持ってかないとダメだし、


この浅い原稿の場合、やっぱただ単に「バッドエンド」だわー。


この系統の短編に、昔からよくあるハナシだし。
(永井豪が、もっとものすごいの書いてたよなー。大昔に)

2017-07-22 17:12

219.100.84.60

解けかけの氷

母親は観客として見ていたとも解釈出来ますね。だとするとタイトルは『決闘を斡旋した女』の決闘時の物理的距離とも取れます。

ミステリー小説の作中に何らかのメッセージとして出して、展開のどんでん返しに使うのも面白いかなと思います。

僕の好きな米澤穂信先生の作品に追想五断章というのがあって、作中に5編のリドル小説が登場し、それらを組み合わせたメッセージを読み取るというのがありました。

僕がリドル小説の存在を知った作品です。読んでなくて、読書感想文なんかの提出に追われている人にはオヌヌメです。

まあ、僕の解釈が正しかは知らんですが、ダブルミーニング、もしくはそれ以上の解釈を読者にさせるというのは、それだけで作品としての面白さがあるのだと思います。

まあ、とにもかくにも、僕が言いたいのは、何の賞で佳作を取ったかは個人的に興味をそそりますので、教えてほしいなーという一点だけです。

2017-07-22 19:12

49.98.168.52

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