作家でごはん!鍛練場

『正司の夢は平凡そのもの』

偏差値55著

平凡な日々の中で文学を愛せたらそれで充分だと思いました。

 正司は、もう潮時かなと考えていた。年齢は40歳に達しようとしていた。
 やはりプロの小説家にはなれない。プロの小説を読むたびに、それを思い知らされる。今から40年修行したところで、やはり無理であろうと思う。
 実力が全ての世界は厳しい。甲子園に出場した高校生でさえ、必ずしもプロ野球選手になれるとは限らない。プロと名がつくものはだいたいそうだ。
 正司も若い時分には文章が上手いと褒められたりしたが、それで自分がプロになれると思いこんでしまったのは人間的な未熟さゆえであった。
 確かに原稿用紙一枚程度の文字数で何がしかを書いた時、彼の文章にはある種のセンスのようなものがあった。人々はその体裁のとれた要約文を読んで、職業的な文章力を前にしているような気にさせられた。それで、人々はそれを素直に上手いと褒めたのであった。彼は自分よりずっと文学的素質がある人からさえ、才能を認められるような言い方をされて有頂天になっていた。
 彼は周りが認めてくれるなら、その期待に応えようと思った。彼は小説家を目指した。形の上では。
 しかし、器用にまとまった文章を書けるテクニックがあるということが、必ずしも小説家になる素質があることを意味しているとは限らないのである。
 彼は小説家を目指した。本気で。だが、目指しただけだった。そうやって何十年も過ぎた。時間だけが過ぎて行った。
 彼は、次第に気付くようになった。自分は小説家になりたいというよりは、ただ単に有名人になりたかっただけだったのではないか、と。その通りだった。
 彼は文章が上手いと褒められたことが嬉しかった。文章が上手いかどうかはどうでも良かった。ただ、褒められたことが嬉しかった。その余韻にいつまでもひたっていたかった。小説家を目指すということはその余韻にひたり続けることでもあった。
 本当に小説が好きでたまらないなら、彼は一生をかけてでも小説家の夢を諦めなかったかもしれない。
 だが、小説家になりたいという夢自体が、自分に箔をつけるための嘘のようで、そのことに近頃嫌気がさすようになって来た。
 平凡以上の何者でもないということに対して、子供の頃から彼は嫌悪感を抱いていたし、心の中に自分を特別視する傾向があることを彼自身よく自覚していた。この世界でオンリーワンと呼ばわれるような特別な何かを持ちたかった。
 誰の心にもそういう傾向は多かれ少なかれあるのかもしれない。しかし、現実の自分の実力というものを、たいていの人は見極める能力がある。
 正司に欠けているのは、その能力だった。現実を受け入れる素直さ、謙虚さ。それが無かったために、彼はかえって現実がかすむほどの自分の夢の眩しさに囚われ、そこから脱け出せずに苦しむことになったのである。
 小説が本当に好きだったわけではなく、有名人になって尊敬されたかった。そして、輝いている自分を愛したかった。
 それが彼の心の真実だった。
 有名になりたいという彼の願望は、病的なまでに膿んだ劣等感の裏返しであったことは彼もうすうす気づいてはいた。
 自分が英雄でもシンデレラでもないことを認めるのはその劣等感の中で生きて行くことを意味した。
 今の正司にとって、「自分が平凡であることを受け入れること」これが彼の幸福の鍵を握っていた。
 平凡な幸せの中に安住すること。
 世の中のほとんどの人たちが人生の目標としている、ささやかなゴール。精神の凪。
 どうして自分はそれを嘲り、憎んだのだろうと正司は時々不思議に思う。人々にとってピンク色の幸福の日々は、彼にとっては灰色の壁だった。
 そして、考えれば考えるほど、現実に同調することに対する拒否感は自分の中のどろどろした劣等感から来ているのだと認めざるを得ない。
 現実の中で自分は劣った存在だから。夢を見続けることで、心の安定を保っている。
 外見に関してはとても劣等感があった。顔も不細工だと思ったし、短足だった。
 彼は学業以外は全ての分野において自分は劣っていると感じていた。その学業における成績でさえ、高校に入ってからは下降の一途をたどり、結局は平凡の範囲内におさまってしまった。
 それどころか、大学時代に鬱になり、就職試験に力を入れなかったので大卒後はフリーターになってしまった。無職で引きこもっていた時期もある。
 人に誇れるものが何もなくなってしまった。
 全て自分の性根の悪さがもたらしたものではあったが、「どうして本来優秀であるはずの自分がこうも何もかも上手く行かなくなってしまったのだろう」と本気で悩んだ。
 いつか挽回できるはずだ。
 そういう思うが、自分と芥川賞を結びつけ、小説家の道に進まなければならないと自分を急き立てたのだった。
 全ては劣等感の裏返し。劣等感を覆い隠すために作り上げた虚構だった。
 文章を書かない人と比べて、多少体裁が整っていて、個性を感じさせる文章を書く能力があったことは事実であったかもしれない。彼の文章を読んだ多くの人々が上手いと褒めたからである。だが、それで調子に乗ってあまりに大きすぎる夢を抱いてしまったことが、彼の切なさであった。
 今でも、彼の文章を読んで、面白いと言ってくれる人はいた。それだけで正司は満足だった。にも関わらず、どうしても自分をより大きな物に見せたい、感じたい欲望が胸の底から沸き起こって来る。得体のしれない怪物のように。
 これまでずっと彼は、その得たいのしれない怪物を、「夢」と呼んだ。その怪物は彼の心には美しい天使の姿をしていた。
 平凡以上の存在になること、それはある意味怪物になることなのかもしれない。そして、その怪物になりきって、期待された役割を演じられる人間が、人々から面白がられ、なおかつ大きな愛と尊敬を勝ち取るのであろう。
 しかし、正司は怪物になりきることが出来なかった。彼は結局、平凡の域から脱け出せなかった。怪物にも妖怪にもなれず、天使を装うことすら出来なかった。彼は平凡ですらなかった。平凡以下だった。
 せめて平凡でいられたら、彼は人生に満足していたはずだ。事実、彼は平凡を愛していた。認めたくはなかったが、やはり彼は平凡を愛していたのだ。しかし、彼は悲しいかな、平凡以下だった。それが彼には辛い現実となり、目を背けたい現実となり、それゆえ、大きな夢を掲げ、それがいつか叶うと信じることで自尊心を保っていたのである。平凡に背を向けられたから、彼は平凡以外の何かを探さなければならなくなったのである。
 40に達しようとする今、彼はようやく自分が平凡以下の存在であるということを素直に受け入れられるような心持になって来た。
 一つには、心身ともに疲れて来たということもある。年には勝てない。叶いもしない夢を信じ、追いかけるために、知らずのうちにかなりのエネルギーを費やしていた。そのエネルギーがそろそろ底をついて来たのだ。 
 彼は人から注目されることを本当は望んではいなかった。本当は人から注目されることなど、彼には恐怖以外の何物でもなかった。彼は根っから内向的な人間だった。彼は本当は注目を浴びたかったのではなく、猫のように甘えたい人に対して甘えたい時に甘えさせてくれればそれでいいのだった。世間というものは、彼にとっては神経症的な恐怖の対象だった。
 彼は他人の目を気にしてはいたが、それは愛されたいから気にしていたのではなく、怖かったから警戒していたのだ。恐怖の対象を超克するために、彼は人々の視線を浴びて超然と輝いている自分をイメージしていたのだ。
 愛と恐怖、その違いに気付くのは容易ではなかった。愛されれば、恐怖の対象ではなくなるだろうと思っていた。だから必死で愛されたかった。だが、それは錯誤だった。結局、他人の視線はどのような形でも彼にとっては恐ろしいのであって、愛情のこもった視線さえも、彼はそれを意識すると落ち着きがなくなり、壁の向こう側へと逃げたくなるのだった。
 有名になどなりたくなかったのだ。ただ、劣等感を覆す手段として、それを思い描いただけだったのだ。
 自分は有名になるような器ではないと彼は悟った。人の視線はただ怖いだけだ。しかも、震え上がるほど怖い。彼は神経症なのだった。
 ただ、静かに孤独に生きたい。
 劣等感さえ捨てられたら……。いろんなことがもっと楽になるだろう。
 考えてみれば、この劣等感すら、その大元にあるものは他人の視線だったかもしれない。
 他人の視線に対する恐怖が劣等感を生み、その劣等感をごまかすために将来自分は有名な優れた存在になるという夢を思い描いた。しかし、自分にはそれを実現させるための才能もやる気もなかった。ただ、劣等感を覆す自信になる理由さえあれば良かった。夢が自分を現実の自分以上にした。将来大物になるという自信があれば、劣等感を乗り越えられる気がした。
 不幸だったのは、彼に中途半端な能力があったことだった。中途半端に能力があったために、周りの友人たちや教師たちは褒めてしまった。そのせいで、彼はもしかしたら可能性があるかもしれないと希望を抱いてしまった。もし誰からも褒められなかったら、彼は現実路線を敷いて地道に生きて行けたかもしれない。
 彼は事実、劣等感に苦しみぬいていた。それはあの当時の彼自身も理解していた。外見の悪さ、人間関係の失敗、人生の味気無さ。それら自分の汚点から目を逸らすために、彼は妄想の中に逃げた。
 妄想が強いということは、それだけ覆い隠さなければならない劣等感も強かったのだろう。それだけ、夢も大げさなものでなければならなかった。
 そんな諸条件の中で育まれた夢は、結局は彼にとって重圧となり、彼の精神を狂わせる呪いとなった。
 身の丈に合った夢だけを抱いて生きるのが人間にとって一番の幸せだった。
 そのことに正司はようやく気付いた。
 生きよう、これまでとは違う形で……。
 そうだ、これから自分は復活するのだ、と彼は思った。平凡な人間として。平凡を目指した。せめて、平凡になりたい。それ以上でも以下でもなく。平凡こそ、自分にとっての完全形態なのだ。
 競争には負けた。だが、一日一日を必死に生きるのだ。戦後の日本のように。そうすれば、いつかたどり着ける。ナンバー1にはなれなくてもいい。でも、自分にとっては平凡こそがナンバー1なのだ。
 自分はこれまで個性というものを重んじ、そこに最高の価値を置いていた。だが、これからはその個性というものを害虫のように駆除していくことになるだろう。人々はそんな彼の生きざまを悪と言うかもしれない。この時代に個性を敵視するなんて、と。だが、個性を善と見るか悪と見るか、それも人次第なのだ、分かってほしい、と彼は思った。
 平凡とは人生における安全地帯である。それは野性の中の文明である。そこから外に出ようとなどと、彼は二度と思わなかった。

 そして2年後、悟りを開いた正司は平凡教の教祖となり、夢や個性という名の怪物の餌食となって苦しむ哀れな子羊たちを導き、救うことになるのであった。

正司の夢は平凡そのもの ©偏差値55

執筆の狙い

平凡な日々の中で文学を愛せたらそれで充分だと思いました。

偏差値55

118.19.14.2

感想と意見

太郎

三人称だけれど自己投影の強い独白的な文章ですね。
まずもってこれが読者に受け入れられるか、到底受け入れられないと思います。
まず主人公に魅力がなさすぎます。
かなりの長さで独白が続きますが、心に引っかかる部分がまるでない。
他者からの評価も具体性に欠け、ワクワクしない。
オチもなんの面白みもないですね。
結論を申し上げますと、あなたの文章は時間泥棒です。

2017-05-17 04:30

110.233.104.49

童子繭

なんばーわんに なれなくてもいい もともと 特別の おんりーわん と 億円かせいでいるやつらに慰められる底辺

生きるって 切ないよね・・・

2017-05-17 04:54

27.120.134.1

気色悪い

作者のねじ曲がった陰惨な人生なんか誰も読みたくない。

ただただ気色悪いだけ。

毎回毎回、同じグダグダを繰り返すのは惨めだとは思わないの?

真面目に働けよ。

2017-05-17 06:32

49.98.165.200

大丘 忍

庄司に作者の心境を語らせたのだと思いますが、私は全く同感でした。例えば高校の頃文章が上手いと
褒められても、プロの作家になれる人はほとんど居ません。それでも作家になる夢を持ち続ける。そん
な、全国に居る何千、何万人に一人が文学賞を受賞してプロの作家になれるのだと思います。
ただ、作家になる夢を実現できなかった人がみじめな人生を送るとすればやりきれない感じがしますね。

2017-05-17 09:50

221.242.58.46

偏差値55

太郎様感想ありがとうございます。

これからは主人公をもっと番人受けするキャラにしたいと思います。

2017-05-17 17:37

118.19.14.2

偏差値55

童子繭様感想ありがとうございます。

オンリーワンでいいのかもしれませんね。

2017-05-17 17:39

118.19.14.2

偏差値55

気色悪い様感想ありがとうございます。

番人受けするためには明るく健康的なキャラを主人公にすべきかもしれませんね。

2017-05-17 17:40

118.19.14.2

偏差値55

大丘忍様感想ありがとうございます。

プロになった人ってやっぱり偉大だなって思います。

2017-05-17 17:42

118.19.14.2

童子繭

ネガティビも太宰まで突き詰めれば芸だし。無理して明るくしなくていいっしょ。る頑張って

2017-05-17 18:21

126.234.116.49

童子繭

ネガティビも太宰まで突き詰めれば芸だし。無理して明るくしなくていいっしょ。頑張って

2017-05-17 18:30

126.234.116.49

でしょ

いろいろぶち上げた挙句に平凡is No.1とかって殊勝なフリのち止まらない自己紹介つまり、所詮何にも変わってないっていう自分大好き懲りない正司の正直で退屈なだけの告白はこんな場所なんだから大いに結構勝手にしろなんだけどせっかくだから嗤ってあげなきゃってさだってそんな正司だからこそ仕出かしてしまう何某かでフタしてこそ装ってこその小説なんじゃないの目的に化けようってもんなんじゃないのってそうやって読み手はようやくあんたっていう書き手の奥行きを疑い始めるんだろうし期待し始めるんだろうしってあたしは思うんですそんなこと思うあたしからみたらあなたはただの粗〇んのストリーキングだよつまりつまんないただの変態。
才能ない、ってそういう有り様こそのことだと思うんですよね。
ダサいですよね。
底サラみたいだよね。
自分ばっか可愛いって醜いよね、ってそんな感じテーマにくれてやるから出直しやり直しだよさっさと失せろ甘ったれ。

2017-05-17 20:55

125.194.155.93

GM91

僕はてっきりこの主人公はスターリンとかを目指しちゃうのかと思ってました。
あと、ヤマギシ会とか? ちょっと違うか。

まあその、プロ作家になれなくて幸か不幸かは心の持ちようとかめぐりあわせとかもあるから一概に言えないですけど、悟った主人公がどうやって幸せをつかんだのか、的な話を読みたいなと思いました。

2017-05-17 20:57

124.37.59.242

弥言

文章自体はとても読みやすく、テーマも面白かったです。

ただ、気持ちの動きについてはちょっと違和感というか物足りなさを感じました。以下はカウンセリングの基本思想を踏まえた感想です。

カウンセリングは、クライエントを「自己一致」の状態に導くことを目標に行われます。自己一致とは、「自分の気持ちを自分で理解している状態」のことです。そして自己一致の状態になった人のことを、「十分に機能する人間」と呼びます。そのような状態になると、人は自ら悩みの原因と解決策を見つけ、前向きに努力して解決できると言われています。
一般的に、人は自分で自分の気持ちをわかっているつもりで、実は全然わかっていません。特に何か上手くいかなって悩んだりすると、0か1かみたいな極端な思考や自責、「~でなければならない」などと自らを縛るルールをつくり、どんどん不一致な状態になっていきます。

御作の主人公は、自分を見つめ直して自己一致に近づき、最後には悟ったそうです。確かに自分なりに迷い、考え、いくつかの気付きに出会いそのような状態に近づいてはいると思います。しかしまだいろいろと極端なセリフが目につき、悟りには程遠い場所にいるようにも見えます。ちょっと目に付いたのは「個性というものを害虫のように駆除していくことになるだろう」です。悟った主人公のセリフとは違うような。「個性を善と見るか悪と見るか、それも人次第」これも極端に0か1かと言っていますが悟った人ならきっと「善でもあり、悪でもある」と受け入れる気がします

御作には、主人公しか登場していませんが、他にも人を登場させたらどうかと私は思いました。カウンセリングの基本思想は「心の問題を解決できるのは心である」です。頭でいくら考えても限界があります。他者の思いやりとか、ちょっとした優しさとか、心に触れることで心が満たされ、人は自己一致に近づくと考えられています。主人公のことを親身になって考えてくれる人物を登場させ、紙面上で会話させれば、この物語の結論はこうならないのではないかと思いますし、多分悟りに近い方向に変わるのではと、私は思いました。

2017-05-18 01:42

124.84.83.158

素人

何回同じこと書くの?て思いました

2017-05-18 09:39

220.23.48.39

偏差値55

童子繭様

今は頑張ることが辛い気分です。
頑張ろうとすると、それを押さえつける何かを心の中に感じるんです。
乗り越えられるよう頑張ります。

2017-05-18 17:58

118.19.14.2

偏差値55

でしょ様

自分が可愛い。
それが私の人生のメインテーマでした。
これからもきっとそうでしょうね。
こんな自分が他人なんか素直に愛せるわけなくて。
愛したいという情熱すら湧き起らない。

2017-05-18 18:01

118.19.14.2

偏差値55

GM91様

私の中に、そういう偉大な者を目指すという願望がありました。
偉大なものを見て、自分もそれになれると簡単に思うのでした。
それを今すごく反省しているんです。
その思いがストーリーになったんだと思います。
私は平凡以下であることだけははっきりしていて、それを素直に謙虚に受け止めなければならないんです。
それが私の人生の課題なのだと悟ったのです。

2017-05-18 18:03

118.19.14.2

かわむら信号機

GPSってのは3つの衛星から情報とらないと自分の正確な位置って分からないそうです。

ところでこのサイトのIPってどうやって見るのかご存知でしょうか?
初めてスマホからお邪魔したのでせっかくなんでどう違うのか見てみたくて。
なんか流行ってるらしいじゃないですか。

2017-05-18 18:05

153.250.96.174

偏差値55

弥言様

カウンセリングのあたりはちょっと難しかったです。
でも、分かるところもあり、ためになりました。
ありがとうございます。

昔は心理学とか精神分析とかで自分を知ろうと思っていました。
今はそういうことすら疲れてしまいました。
私自身、分析した先の結論として、自分は潜在的に天才だとか芸術家だという答えを求めていただけだったんです。
本当の自分を知りたくなんてなかった。
都合のいい時分だけを見ていたかった。

唯一分かった真実は、自分が平凡以下であるということ。
それを受け入れなければならないこと。
それは、きっと自分が無になったように感じること。
何もかもが無意味に思えてしまうだろうこと。
そんな虚無のトンネルをこれから歩いていかなければならないのです。
平凡を恐れて目をそむけ続けて来た自分にとって、とても辛い作業でしょう。
でも、いつまでも自分がエジソンやアインシュタインや太宰治に匹敵する才能を持っていると思い続けて行くわけにもいかないのです。
私はやはり病的なナルシシズムを持っているのだと思います。
これから、瞑想の日々を送ります。
平凡な日々を愛したい。
平凡な自分に満足したい。
平凡以下であることを受け入れたい。

2017-05-18 18:08

118.19.14.2

偏差値55

素人様

自分でもそう思います。
ただ、平凡であること、平凡以下であることを自分は受け入れたいと思い始めるようになっただけでも、進歩だと思います。
上を目指すことだけが正しいとは限らないと思います。
みんな、誰もが、上を目指そうと私を励まします。
いつか夢はつかめるというストーリーはどこにでも転がっているかのように。
そういう雰囲気につい飲まれました。
私はうかれやすいし、有頂天になりやすいです。
みんな、別に夢つかめなくても責めないから、気楽に行こうよっていう善意だったでしょう。
でも、私は心が醜いから、変な思い込みに陥りました。
俺は天才だあああ
みたいな気分になっていました。
本当に醜くかったんです。
それと、私にはいろいろ制約があって、もともとそういういろんなことは無理だったんです。
でも、夢見ることだけは自由だからって、好きなことばかり考えたり、してきたんですね。
でも、自分をいつの間にかスターのように考えている自分は現実を見ていない愚か者でした。
現実を観なければいけない。
今、そのことに気付いたんです。
遅すぎますね。
でも、遅くても、気付いたんです。
真実に。
だから、私はもう何もしません。
何もしたくない。
出来ない。
そして、平凡以下の人間として、分相応に生きて行けさえすれば、それで私のなすことの全てをなし終えたことになるのでしょう。

2017-05-18 18:15

118.19.14.2

偏差値55

かわむら信号機様

難しいことは私にはよく分かりません。
ですが、自分が平凡以下であること、他人以上に幸せでなければならないということはないということは弁えていたいと思います。

他人が持っているものはすぐに欲しがりました。
人が幸せそうにしていると、自分も同じように幸せでなければならないと思いました。
誰かが成功していたら、自分も同じようにならなければと思いました。
誰かが新人賞をとって注目されているのを見たら、自分も同じように注目されなければならないと思い込むところがありました。
それでもそのために一生懸命になれたら、悔いはないかもしれません。
私はいつもどこか中途半端でした。
それに、私はあまり健康的ではなく、まずはそういった普段の生活から改善しなければならないのでした。
そういう基本的なところをまず改善すれば、今暗い気分もいくらかよくなって、執筆に対してももっと気楽に出来るかもしれません。
しかし、変に必死になったり、強迫観念に襲われて、新人賞をとらなければならないとか、本気で欲しくなくても自分が取らなければならないというような、
自分が何を求めているのか、本当に必要なのものが何なのか分からなくなっていました。
結局、最後に分かったのは、現実として自分は平凡そのものであること。
自分が天才だと思い込んでいたらいつの間にか平凡以下になっていたということ。
他の人が普通に出来ることが出来ないこと。
人と会話をするのが困難になっていたこと。

せめて小説の中で自分の中にある何か意味のある言葉を形にしたいと思い続けて書き続けて来ました。
それが自分が生まれた意味だと思いながら。
でも、結局自分が書けるのは、自分の中にある不平不満だけでした。
楽しいことや明るいことや希望のあることを書けませんでした。
心の中にないものは書けませんでした。
むしろ、読者や視聴者として、プロが表現したものから受け取ることばかりでした。
でもそれでいいと思いました。
プロが素晴らしいものを書いているから、自分も同じように書かなければならないなんて、どうして思ったんだろう?
自分はプロが提供してくれる素晴らしい作品を受け入れて、感動して、それで幸せです。
自分が書いたものを人に読ませるよりも、受け取る方が幸せです。
もう自分が主役になることを望みません。
尊敬されることも望みません。
自分の中に何か表現すべきものが本当にあるのなら、それを表現したいと思うし、それを認められたら、嬉しいというか、やるべきことをやったという気分でしょう。
でも、自分の中が空っぽなのに、うわべだけ整えたものを書いて、それでうわべだけ褒められたりしたとして、やはり心はむなしかったのだと思います。
本当の愛みたいなものがあってこそ、それを形にして、それを共感してもらえた時、素晴らしい気分になるのでしょう。
私は何か自分の二流の手品を超能力であるかのように見せかけてそれが上手くいった時のようなそういう人を騙しているような気分で小説を書いていたのだと思います。
そういう時でさえ、相手はあえて騙されたふりをしていただけかもしれません。
結局自分は何をしたかったのでしょう。
有名人に憧れました。
その憧れが悪い形で自己表現に結び付いた気がします。
昔もそれに気づかないわけじゃなかったけど、それを貫き通すパワーがありました。
今はもうパワーがありません。
結局自分の心の中は廃墟だと、これはもう本当にそうなのだと、誰にそうじゃないと言われてもやはりそうなのだと気付いたのです。
ですから、愛とか夢とか語れる人間ではないのです。そういう人間が書いた小説が人の役に立てるとは思えません。
私はだから、心の中は廃墟だけれども、それでも肉体が生き続ける限りはやはり生き続ける義務があり、だからどうやってこれからの人生を静かに目立たぬように生きようかと作戦を練り直しているのです。
数か月前まではチャンスがあれば有名人になりたいと思っていました。
今は全くそういう気持ちはございません。
静かに生きたい。そして、静かに死にたい。
本当に、これしか今は考えつきません。
そんな気持ちをなお文章に書いてここに投稿せずにいられないのはやはりまだ私は寂しくて、誰かの言葉に励まされたかったのだと思います。
罵倒ですらも、慰めになりますから。
でも、少しずつ、私は自分ともっと真摯に向かい合わねばと思います。
暗い、孤独な人生というものを、静かに受け入れるということ。
それはとても恐ろしい気がします。
でも、それから目をそむけるために夢とか、才能とか、そういう空想に逃れたくはありません。
今、とても怖いです。
でも、これまでさんざん現実と向かい合わなかった分、ちゃんと向かいあわなければならないと思います。
自分に何が出来て何が出来ないのか。
辛いのは、出来ないことについて、他人がそれをやれば素晴らしいと言ってくることです。
私はそれをかわさなければなりません。
そういうことがストレスになりそうです。
でも、とにかく、私は平凡以下であることは、もう事実ですから、とにかく、人よりも優れた何かを持っていると思うことは絶対にやめるようにします。
そして、そのあたりにいる鳥とか、小動物とか昆虫とかと同じ一つの命なのだと、ただそう思って満足するしかないし、そう満足するべきいなのだと思います。
この世に落とされた一つの命であって、線香花火のようなものであって、それだけで十分に美しいと思いたいのです。

2017-05-18 18:38

118.19.14.2

偏差値55

たとえば、華やかでない生き方をしてる人間を見て、私は哀れだなと思ったり、見下したりしていたと思います。
その時点でさえ、私自身何も華やかでなかったのに。
結局、自分が優れた人間であることを証明するものが何もないのに、私は自分が潜在的に優れた人間だと思い込んでしまっていて、
そんな選ばれた人間である自分と他人と比べて、他人を見下してしまっていたのでしょう。
私が見下した彼らよりも、私はもっとずっと軽蔑に値する存在でした。

ただ、こんな私でさえ生きている限り、この社会に需要を発生させ、この私から生じる需要のおかげで助かっている人もいるということは分かります。
人は生きているだけで、生きるために何かを必要とします。
その必要を充足することを仕事にして生活している人は、どんなにくだらない人間でも一人でも多くそういう需要を持った人間がいてくれることを望むでしょう。
それは一つの愛なのかもしれません。
需要は愛なのかもしれません。
ただ、その需要はいろいろな形で表現されますが。
性的なものばかりが愛ではないのでしょう。
経済的な需要と供給も愛なのかもしれません。
同じ構造をしているからです。
食べることや買い物や様々なサービスによって得られる快楽はセックスに匹敵するかもしれません。
愛とは、世の中に満ち溢れているのでしょう。

2017-05-18 18:49

118.19.14.2

かわむら信号機

いや自分と向き合うとかじゃなくてさ

ところでIPの件

2017-05-18 18:54

153.250.96.174

ゆふなさき

目立ちたい欲をもたない人の小説を読みたいというわけでもないので、(むしろ逆なので)、心からエゴイズムを恥ずかしがったりしているのならなんだかそこまで気にしなくても、なんて思ってしまいそう。
ただ、読者に共感を求める、女性に多いエッセイのジャンルの一つですよね? 群ようこさん、林真理子さん、なんてもう突きぬけてますけど。

2017-05-18 19:01

27.141.223.164

偏差値55

かわむら信号機様

私には分からないんです。
ごめんなさい。

2017-05-18 20:00

118.19.14.2

偏差値55

ゆふなさき様

書いて投稿してるってことはやっぱり誰かの気を引きたい、注目されたいんだと思います。
自分の中には死ぬまでそういうところはあるんでしょう。
注目されたい願望はたくさんの人の中にもあって、決して私だけの病気っていうわけではない。
ただ、たとえばその場の雰囲気を悪くしないやり方で目立てたらいいけど、
私の場合は変な目立ち方をしてしまう。
私が下手な目立ち方してしまうから、みんな白けてしまうし、怖がる。
だんだんそういうのが辛くなって来て、隠れるようになった。
ただ、今はもう静かな世界で暮らし、静かに死にたい。
注目なんかされなくていい。
もう本当に疲れた。
いろいろ長文書いてしまってごめんなさい。
たぶん、もうこれ以上は書きません。
たぶん。
本当にみなさん私の分まで頑張ってください。
お願いします。

人生、なるようにしかならないって、それを受け入れさえすれば楽になれるのに。
完璧を目指すから、混乱し、疲れてしまう。
そう、完璧を目指すから、現実を受け入れられない。
自分が完璧を目指さなくなったら、いろんなことがもっと楽しいはずなのにね。
どうして完璧を目指してしまうんだろう。
失敗だらけで、自分の場合は当然なのに。
自分みたいな駄目人間が失敗だらけなのは当然のことなのに。
平凡を受け入れるとか言っておきながら、いまだに自分は完璧でなければ気が済まない。
そういうところが治っていない。
平凡を受け入れるということは、失敗だらけの自分を許すことだと思う。
それが自分には一番難しいんだね。
自分の失敗を許すことが。
でも、自分がやらなきゃいけないのはそういうことなんだ。
つまらない、駄目な自分を受け入れ、許すこと。
自分に厳しければいいというわけではないんだね。
限界がある。
自分が駄目であることに対し寛容になること。
それが平凡であることを受け入れるってことなんだね。
プライドを捨てるってことなんだね。

2017-05-18 20:14

118.19.14.2

かわむら信号機

誰かに聞いてきて

2017-05-18 20:14

153.250.96.174

偏差値55

昔、90年代の高視聴率をばんばんとる脚本家のドラマが好きで、シナリオライターになりたい時期があった。
でも、それも、暇つぶし程度に文章書いて、自分は将来シナリオライターになりたいとかやってた程度だった。
そんな自分に才能があると思いこめたのがある意味すごい。
でも、夢を見たことがいけなかったというよりは、
自分に大きな問題があって、その問題から目をそらすために夢を抱いたんだと思う。
だから、夢を捨てたら、それはそれで自分は生きるのが辛くて、どうしようもなかったのかもしれない。
だから、夢に精神的に助けられて来たんだと思う。
その夢を今さらになって否定しても、何の意味もないと思う。
まるで夢さえ持たなかったら、地道に成功していたと言いたげだけど、それが不可能だったから夢に逃げただけなのに。
自分って、今でもなお、現実逃避しているんだなあ。現在進行形で。
何を言っても何をやっても、現実逃避で自分をかっこよく飾り立てようとしているんだな。
だから、人としてかっこ悪いんだな。
自分を助けてくれたいろんな物事を、後になってからそんなものはいらなかった、それさえなければもっといい人生を歩んでいたと思うなんて。
恥ずかしいことだ。
そんなんだから、自分は同じ失敗を繰り返すんだな。
あああああああああああ。
今日は反省してぐっすり眠って、明日少しましな人間になれていたらいいな。
あさってはまた少しずつましな人間になれていたらいいな。
ただそれだけを願って、今日はもう寝よう。

2017-05-18 20:25

118.19.14.2

偏差値55

かわむら様

誰かって……

2017-05-18 20:26

118.19.14.2

かわむら信号機

知ってそうな人

2017-05-18 20:34

153.250.96.174

偏差値55

結局未来なんて誰にも見えないから。
現在でさえ見えていないかもしれないのに。
過去にあったことだけを見て、自分はもっとうまくやれたのにと勘違いしています。
過去は絶対に絶対に変えられないのに。
その絶対に変えられない過去を、「自分がもう少し賢ければ変えられた」といつも思って悔やんでも悔やみきれない。
でも、それはやっぱり絶対に変えられない100%自分のありのままの現実なのであって、ちょっと選択を間違えなければ変えられたといつまでも悔やむというのは、
これは現実を受け入れたくないというただそれだけの幼稚な抵抗にすぎないわけで、未来につながらない。
結局自分が失敗するのって、毎回そういう自分の失敗した過去を自分のありのままの現実として受け入れられずに、本来あるべき歴史は違う選択肢にあったと悔やみ続けているからなんでしょうね。
今回の自分の失敗も、それが自分にふさわしい現実だったんだと受け入れられたら一年後の未来はよくなっているかもしれないね。今そう思えるようになった、少しだけ。
でも心の中の潔くない自分が相変わらず「本来こうすべきだった」といつまでも過去を念力で変えようと頑張ってる。
念力で過去なんか変えられないよ。
現在も。
だけど、未来なら変えられる可能性がある。今から一分後とか半年後とか一年後とか。
過去のことはもうどうしようもないから。もういくらじたばたしたって本当に1ミリも分子一つさえ何も変えられないんだよ。そのことを知ってほしい。自分に。
聞き分けのいい時分になってほしい。自分は頭ではこんなにちゃんと分かっているのに、感情や心や空想とかが過去を変えたいって泣き叫んでいるんだな。本当にバカだな。
過去をしっかりと受け止めて、それからスタートなのに。それが出来なければ何も始まらないのに。
未来だけ見ていられたら、失敗を挽回できるチャンスが生まれる、きっと。
そして、どうしようもないことはどうしようもないってあきらめるしかないんだね。それが出来たらいいんだけど。
それが出来ない性格だから自分は変に苦しんでしまうみたい。
これまで何度も失敗して来て、それから一年後とか二年後とかにいいことあったりって感じでそうやって生きて来たから、現在も同じようにまた一年後とかに期待するしかないよね。
そうだよね。
過去なんて変えられないんだって。

一度、自分は長い瞑想に入った方がいいと思う。
その中で、本来あるべき自分の姿を見つけたい。

それをやり終えるまで、自分は何も表現しない方がいいという気がする。
混乱した状態で心の在り様を言葉にしても、混乱を人に伝えるだけ。
面白い混乱ならいいだろうけど、味気ない混乱だもの。
人に見せるものではないし。

当分の間、裸の自分自身と向かい合おう。

ああ、もっと早くこういうことに気付けたらよかったな。
でも、比較的うまくいってるように思える時とかって油断してバカなことばかりするもんだわな。
ひどい目に合わないと、自分みたいなバカは真剣に物事を考えられないみたいだ。
でも、とりあえず、ちょっと、自分の身の丈に合ったペースで、歩んで行かないといけないね。
混乱するよりは落ち着いて行動した方がきっといい結果が生まれると思う。

2017-05-18 20:44

118.19.14.2

偏差値55

かわむら様

しーらない

2017-05-18 20:46

118.19.14.2

かわむら信号機

じゃあ誰でもいいから手当たり次第に聞いてきて

2017-05-18 20:52

153.250.96.174

偏差値55

念力で過去を変えられるつもりになっていた。
そんな自分に今気づいた。
まじかよ。
そんな風だったから、これまで同じ失敗ばかり繰り返して来たんじゃんかよ。
念力で過去なんか変えられねーよ。
マジで俺ってバカだった。

となると、問題となるのは未来のみだな。
現在は、これはもう過去と区別がつかないと思う。
現在は過去によって完全に規定されている感じがする。
となると、未来だ。

今の自分を何かにたとえるとしたら、敗戦直後の日本だろうか。
それはどう解釈しても勝利ではなかった。その時点では。
でも、長い時間をかけて、復活して、輝かしい未来にたどりついた。
自分もそれを見習って、負けは負けとして、謙虚に受け止めて行くことから全てが始まるのかもしれない。
苦労もしなきゃならないだろう。でも、自分は苦労したくないから、過去を念力で変えようとしていたんだよ。本当にくるっているのだろうか自分は?
心のどこかに完璧な形の成功をおさめなければならないという思いが無意識に働いているみたいで、その無意識に自分の思考が感情が支配されていた。
完璧な現在でなければ認めないというかたくなな心理が働いていたみたいで。
変えることの出来ない過去を変えようとしたら、そりゃあしまいには発狂寸前になってもおかしくない。
でも、そういう精神状態に陥っていたんだ。

もう自分は今は負け犬でいいじゃないか。
それを認めようよ。
認めたいよ。
認めなきゃならないんだよ。
俺は負け犬なんだよ。
負け犬のクソなんだよ。
でも、それが肥料になって、土にかえって、ささやかな花を咲かせるんだ。
それくらいの成功でいいじゃないか。
それ以上の何かを求めるから、自分はいつも失敗して負け犬になるんじゃないのか。
だから、今回は負けは負けでいい。
未来、ささやかな成功にいつかたどりつけたら。
それで充分だろう。
焦って大成功しなきゃなんて、それが悪魔のささやきってやつなんだよ。
俺は負け犬のクソで小さな花の養分になるんだ。
それがかなったら、俺の人生は完璧だ。

2017-05-18 20:56

118.19.14.2

偏差値55

かわむら様

いーやーだ

もう寝る

おやすみ

2017-05-18 20:57

118.19.14.2

かわむら信号機

なんにも気づいてないと思うよ

2017-05-18 21:05

153.250.96.174

偏差値55

本当に最近失敗ばかりで失敗の繰り返しで自分はだめだめ人間っていう気分で。
でも、それが本当の自分の姿なら、受け入れるしかないんだね。
未来、100パーセント成功するという保証はないけれど、でも変えられない過去を悔やんでばかりいる人生よりは幸福になれるかもしれないね。
今与えられた現実をどう解釈するかで、幸福な気分にも不幸な気分にもなれるのかもしれない。
そんなの誰でも知っていることだね。
でもどういうわけか自分は過去を悔やみ現在を憎んでばかりで、そこからつながって行く未来を悲観してばかりで、結局理想通りに行かない状況を許せないという状態だった。
これはやっぱりすごく傲慢なことだった。
自分の思い通りに行かない人生や現実を許せないなんて。
人生なんて自分の意思でどうにか出来るものじゃないんだなきっと。
全ていろんな自分の外部の無限の要素と関わっていて、自分がどう頑張ったって、最初から決められた通りにしかならないんだ。
だから、過去のある時点で自分がもっと違う選択肢を選んでいたら人生は変えられたって思うこと自体が間違いで、自分の意思一つで世界が変えられると勘違いしていることになる。
自分がどういう選択肢を選ぶかなんて、もういろんな外部の諸条件によって決められていた。
自分が選択肢を変えていたとして、それがいい方向にばかり向くなんてどうして分かるんだろう。分かるはずがない。
過去も現在も未来も全部全部もう宇宙の諸要因によって決定されているんだろうね、本当は。
だから、それに身を任せるしかない。
勝者になるか敗者になるかも、自分の意思で決められない。
新人賞に関してだって、どんなにレベルの高い作品書いたとしても時流に合っていなければ選ばれないだろうし。
そういう自分のキャラクターとかはやっぱりもう人生のいろいろな諸要因によって決定されているのであって、自分で変えようがない。
自分で自分を変えるにしたって、その自分を変える自分が一定のタイプに位置するキャラとして生きている以上は変える方向も決まっているんだろうし。
自分は、過去に決定された事柄について、それに合った最適な行動を自分はするべきだったと後悔してばかりいる。
もう、それって絶対に無理じゃん?
無理なことをどうして自分は悔やみ続けているのかな。
タイムマシン作った方が早いだろうって話なんだけど、じゃあタイムマシン作る努力するのかってなると、努力はしたくないんだな。
あくまでも必死で後悔してれば過去が変わるんじゃないかって願ってるんだよね。
病気といえば病気だけど、でも、現実と向かい合えないくらい幼稚ってことなのかな。
40歳なのに。
まるで子供じゃないか。いや、子供ですらもっとマシだ。
このねちねち過去の失敗にこだわる自分の性格を何とかしたい。
もう過去にこだわっちゃいけないんだよ。
最初から宇宙の法則で決められていたんだから。
そのことを受け入れられれば、もっと楽になれる。
いい人生歩むにはそれしかない。
未来も決まっているんだろう。
じゃあ努力しないかと言ったら、それはそれでまずいだろう。
なげやりになる自分、少しでも努力する自分、必死で努力する自分。
それすらも決まっているのかもしれない。
自分はたぶん、過去を悔やみながら必死で努力するかもしれない。
でも、過去を悔やんでばかりいるせいで失敗するというのが自分の弱み。
だから、そこを反省して、もう過去は受け入れて、未来志向でいこう。
未来が理想通りにならないとしても、それもそれで、宇宙の法則でそう決まっていたんだと受け入れよう。
本来の自分は完璧な選択が出来て理想通りの成功を手に入れられたんだと考えて過去の在り様に異議をさしはさむこと自体が悪魔なみに傲慢である。
宇宙の法則に対して挑戦しているようなもので、それはキチガイのなせるわざだ。
失敗したのも含めて、それが100パーセント、自分のありのままの完全な姿なのだと受け入れよう。
受け入れよう。
少しはいい眠りにつけるかな。

2017-05-18 21:14

118.19.14.2

偏差値55

そう決意した矢先から、自分の頭の中で、「やっぱりあーすればよかったのにぃー!」という声が……。
一筋縄ではいかないな。
当分自分との戦いだ。
過去は自分そのものだと思う。
自分とは何か?
それは自分の過去である。
今、そういう哲学的な気分。
未来はどんな風に自分に訪れるのかな。
ただ、素直に受け入れるしかないね。
いい結果であれ悪い結果であれ。
いい結果の時は兜の緒を締めて、悪い結果の時は希望を失わない。
そう、希望を失わないこと。
希望を失わない。
それすらも出来るか出来ないかは外部の要因によって決められているのかもしれない。
でも、もし、希望を心に抱き続ける能力が自分にあったら。
その能力を与えられた幸運をただ素直に感謝しよう。

2017-05-18 21:18

118.19.14.2

かわむら信号機

明日までの宿題な

2017-05-18 21:21

153.250.96.174

偏差値55

人生は時々自分にすごく優しくて、時々すごく厳しい。
でも、誰の人生もそんなもんだよね。
自分は人生がいい時ばかりならいいのになって思ってる。
だから、人生が厳しい顔を見せた時、「どうしてそんな顔するの? 私は悪いことしてないのに!」って逆切れしてしまう。
でも、人生が厳しい顔を見せた時っていうのは、やっぱり自分が自分自身のことをいろいろと考え直さなければいけない時なんだと思う。
実際、思い返してみると、自分が失敗した時、自分は堕落した生活してた。
何もかも自分の都合のいいように行くと思って油断してた。
早く取り掛からなきゃいけないことも、後回しにして、適当にやってれば何もかも上手く行くと思ったりしてた。
そういう生活していたら、一気に地獄に転落してしまった。
やっぱり、自分は罪を犯して、その罰がくだったんだと思う。
天は何もかも見ているのかなあと思う。
それに、堕落している時って、すごく恵まれた環境に対してもそれを当然のことのように受け取ってしまって、だんだん自分のすぐそばにある幸福さえも軽んじるようになっていた。
あの時の自分って、やっぱり人間以下になっていたなあと思う。
自分自身との大切な約束を粉々にして、自分を裏切っていた。
結局、そういうことに対して罰ってちゃんと下るものなんだね。
誰が見ていなくても、天はちゃんと見ていて、堕落した自分を懲らしめてくれる。そして自分の間違いに気づかせてくれる。
自分は自分との約束を破って、宇宙の法則に対して背を向けたから、たぶん、しばらくの間はいいことがあまりないんじゃないかなという気がする。
それを耐えることも自分に課せられた刑なのだろう。
どんなにつらくても、それは耐えなくてはならない。
自分は何も悪いことしてないのにっていう気持ちがあればもっと混乱していたかもしれない。
でも、自分は自分自身のルールに対して罪を犯したっていう意識があるから、物事が上手く行かないのは仕方のないことだなと諦められる。
全て全て最初から決まっていたことだとしても。
自分が自分との約束を破るのも、自分に対して罪を犯すのも、全て決まっていたことなのかな?
全て自分の身に起こることを眺めていることしか出来ないのかな?
そうなのかもしれない。
でも、それでも、今自分の心の中に反省の気持ちと、未来への希望があるということは、これも最初から決まっていたことなら、せめてそれがあることを感謝したい。
最初から決まっていたそれらのことに、感謝したい。
ちょっと考えれば、全てのことはきっと本当の最悪ではないと気付けるはずだから。
視野を狭くして一部分だけ見れば最悪って言いたくなるけど、でももっと視野を広げていろんなことが起こりうる可能性を考えたら、まだ最悪だなんて言えないはず。
そうなのだ、自分の身に起きたことは、決して本当に最悪のケースというわけではないのだ。
だとしたら、自分は何を悔やんだり、悲しんだり、憤ったりしているんだろう?
東大志望が東大に入れずに早稲田に入ったとして、本人はそれが悔しいとしても、でも世の中のたいていの人からすればそれだって羨ましいくらいじゃないか。
だから視点を変えれば、後悔だと思ってることが、実は成功と言えるんだって思いなおせるはず。
自分が今失敗だって思ってることだって、きっと、ちょっと観方を変えれば全然鬱になるほどの失敗じゃなくて、むしろ成功の中のちょっとした小さな傷くらいかもしれない。
自分は短足なのに、足の長い人とスタイルを張り合おうとしていたことがあったけど、そういう最初からどうしようもないことをする癖が自分にはある。
短足なら短足なりの生き方、幸せ、おしゃれの仕方があるのに、あくまでも短い脚で長い足の人と足の長さを比べようとしていた。
それって、どうにもならないことじゃん?
だから、そういう現実ってただ受け入れるしかないんだよね。
過去も現在も未来も。
自分の意思でどうにもならないことばかりだけど、でも、完璧に理想通りにならないからって鬱になるほど悩むって、それこそ宇宙の法則に対する罪でしょう。

2017-05-18 21:38

118.19.14.2

偏差値55

>かわむらさん

自分で何とかして

2017-05-18 21:40

118.19.14.2

かわむら信号機

明日までの宿題な

2017-05-18 21:47

153.250.96.174

偏差値55

おやすみなさい。

私はしばらく書くことから離れようと思います。

そして、言葉で飾り立てない自分自身を探しに行きます。

このサイトから一人でも多くのプロが輩出されることを心から願っております。

ここで出会えた全てのことに、心から、ありがとう。

2017-05-18 22:13

118.19.14.2

かわむら信号機

おい

2017-05-18 22:15

153.250.96.174

かわむら信号機

(エコー)

2017-05-18 22:19

153.250.96.174

童子繭

このドクハクエネルギーはんぱない

2017-05-19 08:49

126.200.125.119

ゆふなさき

注目されたい、目立ちたい願望なんて独白を受け入れられないほど心が狭いわけでもないし。
注目されるための行動とる人って身近にいたらはた迷惑だけど、遠くにいるぶんなら面白いし。
文章なんて距離を感じる媒体だから、目立ちたがっておかしな行動すればするほど面白いし。
ただ、そういうドタバタでみせるには中途半端で。なんか、道路の真ん中で裸になるくらいしてほしいな、なんて喩えだけど。
じゃなくて共感をもとめるタイプの話しなら、もっと、普遍的な苦労なんかが入ったものが読みたいし。
なんてまあ、私の書いているものにも跳ね返ってくるわけなんですけど。

2017-05-19 13:39

27.141.223.164

童子繭

上にはげどう

2017-05-19 17:18

210.169.207.233

かわむら信号機

宿題どうした

ちなみこれは自宅のPC
IPとやらは上のとやっぱり違うんやろか?見てみたい

2017-05-19 18:40

125.173.167.145

かわむら信号機

結婚最初の分岐にも辿り着けず、か

2017-05-20 10:18

153.250.96.174

かわむら信号機

結婚→結局

ふぅ汗出るわ

2017-05-20 10:21

153.250.96.174

偏差値55

筆を折るよりも、今は一生懸命いろんな本を読んで小説の何たるかを学ぶべきなのかもしれません。
筆を折るなんて激情的に極端なことをしても、結局また書き始めるかもしれないし、守れない約束をすることに何の意味があるんだろうと思って。
とにかく、たくさん読む。
一作品読むたびに、とても濃密な時間を過ごした気持ちになりますもの。
それは、充実した人生を過ごしているということだと思うんです。
読書が人生を潤すことに間違いありませんものね。
自分がすべきことは筆を折ることではなくて、読書にも執筆にも純粋に真剣に取り組むことだと思いました。
それが出来れば、プロになるという目標も純粋なものになると思います。
ただ、今はプロになるという目標に必ずしもこだわるつもりはありません。
プロになれなくてもいい。
ただ趣味として、人生を潤すものとして、読書や執筆を気楽に楽しみたい。
これまでは、どうせプロになんてなれなるわけないのにとひねくれた考えを持ちながら書いたりしていたから、どこか中途半端な作品しか書けなかった。
暇つぶしに思いついた文章を垂れ流すといった感じで。
それが自分でも嫌気がさしていた。
でも、プロになるにはこだわらない、だけど、もっと素直に書くことを楽しもうと思って書けば、
プロにならなければという重圧を感じながら苦しみながら書く小説よりも、もっと人を楽しませる小説が書けるかもしれない。
ごはんの読者はちゃんと真面目に読んでくれる。
だとしたら、自分も真面目に書こう。書かなければ。
そんなことを思いました。

2017-05-20 14:12

118.19.14.2

かわむら信号機

真面目に読んでくれたかどうかちゃんと聞いて確かめたの?勝手に優しく解釈してない?確かめてみて?とにかく聞いてみて?

次の宿題な

2017-05-20 15:12

153.250.96.174

でしょ

そういういちいち大袈裟なことぶちあげなきゃいられないとこがそもそもうぬぼれくさいっつってんの
自分大好きって正直に告白してガス抜きしてればいいんだよあんたみたいなは所詮何にも変わんないだしいくらでもぶっ叩いてあげるよここはそういう場所あんたの醜い自己愛は一生ついて回ってあんた自身を食い潰すから覚悟しときなよね世の中恨んで無差別殺人とかあんたみたいなタイプのことなんだからさ
所詮ダサいんだよおまえは

2017-05-20 15:18

125.194.155.93

偏差値55

>かわむら様

真面目に読んでくれてるって前提じゃなきゃつまんない

2017-05-20 17:42

118.19.14.2

偏差値55

>でしょ様

うぬぼれ、自分大好き、まさに私そのものだったと思う。
根本的に変わることって難しいから、自分のそういうところを封印するしかないと思うんだよね。
それは自己表現を抑えることにつながるのかもしれない。

2017-05-20 17:44

118.19.14.2

かわむら信号機

分岐跨いで3マス飛ばされた萎える
千日手嫌って焦ったんかな反省

あ、それとな

ニヤけてんじゃねえわ

2017-05-20 21:08

153.250.96.174

偏差値55

何をおっしゃっているのかよく分かりかねます

2017-05-20 23:08

118.19.14.2

かわむら信号機

分からないなら聞けばいい。分からないままでなぜ止まる。
自己愛?自分大好き?笑わせんな。
自分にも触れないくせに何言ってやがる。自分てのはいつから床の間の盆栽になったんんだ?
近所のコンビニのたまにレジしてるパートのおばちゃんの方がよほどお前のこと知ってるから聞いて来いって言ってんの。
何度も聞いて来いと言ってる意味くらい聞き返せ。勝手に解釈納得してんじゃねえよ。
四十にもなって皺のひとつもないニヤケ面晒しながら、目を見て聞いて来い。「オレはどんな人ですか」と。

2017-05-22 00:36

125.173.167.145

スピルカ

おもしろかったです。いろいろ考えさせられます。ただ、40年引きずってきた夢って、そんなに簡単に捨てられるものなのでしょうか?

2017-05-22 18:26

122.201.4.209

五月雨をあつめて早し最上川

読んでません。見るからに素材がつまらなそうだから。

冒頭と末尾だけチラ見した感じは、

「ありったけ矮小化〜つまんなくした、ツァラトゥストラ??」と。



『ツァラトゥストラかく語りき』自体、中坊の頃に文庫で買ったはいいものの、旧字体で挫折して、2頁しか読めずじまい。。
だから、あくまで「なんとな〜〜く」なんだが・・

単身山へこもって長年修行していたツァラトゥストラは、ある時「神は死んだ!」という結論を得て、山を下りる。
そして人々に新たな概念(超人、だっけ?)を説くものの、中々受け入れられはしない。せっかくできた弟子をも否定し、ツァラトゥストラは結局山へ帰る(んだと思った)。
そんな彼が教祖としてひらいたのが、ゾロアスター教(だったと思った)。



たまーに小説書いて投稿する事もある・・程度の私が、ハッキリ決めている事は、
「小説書きに行き詰まっている、自分ベースな主人公の、安直な独白ものだけは、絶対に書かないぞ!!」と。

それが、たまーに投稿している事もある、私の矜持。

2017-05-22 23:21

219.100.84.60

偏差値55

かわむら信号機様

>四十にもなって皺のひとつもないニヤケ面晒しながら、目を見て聞いて来い。「オレはどんな人ですか」と。

眉間の間に縦の線が二本刻まれているように見えるのですが、これは目の錯覚でしょうか?

2017-05-24 21:20

223.218.163.222

偏差値55

スピルカ様

小説家目指したのは、せいぜい20年弱ですかね。
しかし、本当に目指したと言えるのか。
棚から牡丹餅式に芥川賞がとれたらいいなくらいに思っていたような気がします。
高校卒業まではむしろ音楽家になりたかったと思います。
90年代日本で3本の指に入るプロデューサといつか肩を並べる存在になれると、半ば本気で夢見ていたんですね。
自分が作曲した曲を周囲に聞かせても、最初の一曲だけは褒めてくれましたが、あとはもううんざりという感じでしたね。
その最初の一曲さえ、曲がいいというのではなく、作ったことに対して褒めたんでしょうね。
夢を見ること自体が目的だったんでしょうね。
小説家も音楽家もビジネスになったら、本当に人脈とか才能とか経験とか野心とか体力とかないと、生存していけないんじゃないかなと最近思うようになりました。

2017-05-24 21:33

223.218.163.222

偏差値55

五月雨をあつめて早し最上川様

私の書いていることはちょっとおかしいところがあるのかなと思います。
現実の私の性格も、周りに適応するのが難しいです。
自分の考えを素直に書くということは、周りに合わせることの出来ない自分を人に見せつけていることであり、
それはたとえ小説というフィクションの形だとしても、やはり、根本的に作者のおかしいところや周りに合わせないところが出てしまって、
読んでいる人は、俺がお前に合わせないといけないのかよめんどくせーなという気持ちになるかもしれないので、
その点では私は読者に合わせないといけないと思います。

2017-05-24 21:39

223.218.163.222

偏差値55

もしかしたら、自分って猫とか犬みたいな無表情で人と話しているかもしれない。
相手が何か言ってもあんまり笑わないから。
笑う時も視線をそらしながら笑うから、不気味かも。
相手の目を見て笑える人ってすごいなって思う。
でも、社会的にはそれが普通なんですね。
喫茶店でも、向かい合っている人たちって相手の目を見て笑ってる。
みんな堂々としてる。
私はいつも相手から「緊張してる?」って言われる。
すごくショック。
隠してるつもりなのに、相手にはばれてる。
緊張はしてる。
でも、リラックスしようと努力してる。
相手の目を見て笑うのは何か怖い。
挑戦しているみたいで。
でも、それが普通のことなのかな。
でも、大学時代の経験から、人と仲良くなればいいことばかりなのかと言うと、そうでもない、いや、むしろ危険なことも多いと知りました。
正直、一日中誰かと一緒にいるってすごく疲れることのような気もする。
部屋に友人が泊まりに来たりされるとすごく迷惑だった。
でも、相手はそれが当然だと思っているみたいで。
大学生ってそんなもんなのかね。
距離って必要だと思うんだよね。壁とかバリヤーとか。
こんな考えだから、人を楽しませられる小説書けないのかな。
友達多くてわいわい騒ぐのが好きな人って多いよね。
自分は孤独な人間だけど、孤独なだけなだとやっぱり書く作品も人に共感されずやはり孤独なのかな。

2017-05-24 22:00

223.218.163.222

偏差値55

どうして人々は賑やかなものが好きなんだろう。
たとえば大勢集まった時の静けさは苦痛だからか。
人が大勢いるのに、静かだ。
確かにそれは違和感がある。
だが、ホールに大勢集まった観客の静寂は苦痛なのだろうか。
それは耐えられる。
耐えられないのは、人々が互いに向かい合った時だ。
そういう時、沈黙は苦痛だ。
だが、食堂のテーブルで他人同士がたまたま居合わせた時は別に静寂は苦痛でない。
むしろ話しかける方がおかしい。
耐えられないのは、人々が互いに向かい合っていて、なおかつ社会的に何かしらの関係性を与えられた場合だ。
自分たちの関係に後ろ暗いものは何もないとしつこいくらいに演じるのだ。
大勢の人がどうしても集まらなければいけない時があるとして、
そういう時に、沈黙や静けさは苦行なのだろうか。
芸能人が賑やかにするのは分かる。
それが仕事だから。
大げさなくらい賑やかでちょうどいい。
賑やかさを求められているのだから。
だが、一般人が日常で賑やかなのは、私には場違いに思える。
いや、それはただ私が鬱だからかもしれない。
問題は私が鬱だということそれだけなのかもしれない。
それを正当化しようとするから、社会的に正しいことを、私は反証しようとしているのかもしれない。
私が明るくしないのは出来ないのもあるがあえてしないようにしているところがあるのかもしれない。
明るく振る舞い続けるということが非常に疲れるから。
私にどうして出来ないのだろう。
それは私が病気だから。
鬱という病気だから。

2017-05-24 22:42

223.218.163.222

でしょ

眉間の間ってなんだ馬鹿

2017-05-25 01:24

221.22.130.5

かわむら信号機

テメエのカアちゃんに聞いて来いシワなんかじゃねえよそれ
テメエが産道通るときにバカ親父の顔思い出して躊躇ったか、産み落ちたときに公衆便所の便器に打ち付けた傷跡だって答えてくれるわ

2017-05-25 10:58

125.173.167.145

偏差値55

でしょさん

あんた、鋭いね。
気に入ったよ、そういうトコ。

2017-05-25 11:29

114.185.12.65

偏差値55

かわむら様

でも、30歳頃はこんなシワなかったよ?
皺が出来るから顔をしかめるのはやめろってよく言われたけど。

2017-05-25 11:30

114.185.12.65

かわむら信号機

なるほどな

話逸らすのに付き合ってやれば、尻尾振ってついてくんだな
引っ張れば抵抗するが逃げ道見つけりゃ一目散の一点突破
ありがとう、収穫あったもうおまえに用はないよ
別のヤツんつこで試してみるわ双六

2017-05-25 11:37

125.173.167.145

かわむら信号機

ああ、最後に

しかめっつらの話、自分からネタばらしすんな
言わんとしてることは当然わたくし理解してますけど、敢えてひねってみました効いてませんから冷静でしょどうですかあが無視されてもったいねえとか貧乏たらしくてみっともないから
気づいて放置されるほどつまんねえって納得しとけカス

2017-05-25 11:46

125.173.167.145

偏差値55

最近のドラマって何かセリフ言うたびに大げさなBGM流れるような気がする。
「またここでBGMかな?」
と予想したら、間違いなくBGMが流れるんですね。
昔からそういうもんだったんですかね?
抑制するところは抑制した方がいいと思うんですけどね。

2017-05-25 11:47

114.185.12.65

偏差値55

自分、アスペルガーなのかな。
旅行のスケジュールとか、1分単位で予定組まないと落ち着けずに眠ることすら出来なかった。
でも、その日になったら、スケジュールと全然違う行動してた。
2日目も、3日目も、スケジュールと大幅に異なっていた。
でも、よくよく考えれば、結果的そういうスケジュールになったのも、事前に完璧(なはずの)なスケジュールを土台にして変更したからなのかもしれない。
異常なほど綿密に調べた知識があったから、変更も容易だったのかもしれない。
そう考えると、人生って複雑に出来ていますね。

2017-05-25 13:00

114.185.12.65

偏差値55

2泊3日の旅行に行った時、始めから終わりまでずっと嫌なことがなくて、気持ちいい思い出だけで終われるものですか?
私の場合、その期間中、どこかで必ず嫌な感じのアクの強い人がそばに来て、とても嫌な思いをさせられたりします。
だいたい、3,4人くらいは嫌な感じの人です。
他にたくさん居場所があるのに、どうしてよりによって私の席の近くに来るんだろうと思います。
やはり、人生7割いいことあったら3割は悪いことだったりするのでしょうかね。
思い出の中の黒歴史として封印したいのですが、いい部分を思い出そうとしてついでにその嫌な部分もつい思い出してしまうのが辛いです。

2017-05-25 13:10

114.185.12.65

偏差値55

スカイツリーってどうやって作ったんだろう。
あんな高い場所までどうやって資材を運んだんだろう。
てうか、私だったらあんな高い場所で作業できないよ。

2017-05-25 13:13

114.185.12.65

偏差値55

今スカイツリーの工事中の映像観たんだけど、マジすごいわ。
縁の辺りで組み立て作業してるのとかって本当に怖そう。
自分だったら、あんなに高い所にいたらいろんな想像してクラッとなって落ちてしまいそうだわ。
慣れとかあるのかな。
基本的に高い所無理だわ。

2017-05-25 13:20

114.185.12.65

偏差値55

映像見たら、上から部品をクレーンで吊上げてるみたいだね。
じゃあそのクレーンはどうやって上に運んだんだろうって思うんだよね。
あんな高いところまであんな大きなクレーンをどうやって運んだんだろうって。
それとも、上でクレーンを組み立てたのだろうか?
だとしたらものすごい根気のいる作業だな。

2017-05-25 13:25

114.185.12.65

偏差値55

現代の建設技術で、狭い土地に高いビルを作って、たくさん人が住めるようにして、
そこにワーキングプアの人たちに無料で部屋を提供するとかって行政で出来ないのかな。
若い人たちも家賃がただになれば、余裕が出来て子づくりにも励めて、少子化も解決しないかな。
でも、そうすると賃貸の需要が減って部屋を貸している人たちが不景気になってしまうのかな。
でも、ちゃんと審査をして、本当に払えない人たちに貸すようにすればいいんじゃないかな。
そういう人たちがそこにたくさん集まると、浮いた金で何か買ったりするだろうから、その一帯の商売も活気が出て経済効果もあると思うんだよな。

2017-05-25 13:32

114.185.12.65

偏差値55

市場価格で考えて、月2万5千円程度のグレードの部屋を提供するとして、
そこに千人集まったとして、年二億五千万程度の行政からの補助が出るとしても、
そこに永住してもいいと約束されれば、安心だし、子づくりしてみようと考える人も増えるかもしれない。
それで少子化対策になればいいんじゃないかなという気がする。
子づくり特区みたいな感じで。
子供は作りたいけど経済的に余裕がない人を集めるのもいいかもね。
本当に子供を生んだら子供には食費を補助するとか。
それを悪用する人がいないかどうかという点はまた後から考えればいいかもね。
悪用する人もいるかもしれないけど、本当に助かる人もいるだろうし。
都心から電車で一時間半でそこから徒歩15分くらいのところに、何か所かそういう街を作れば、周辺の活性化にもならないだろうか。
ちょっとさびれて地価の安いところに建てて、なおかつ周辺の活性化にもつながるという。
詳しいことはよく分からないけれど、何となく想像で。

2017-05-25 13:42

114.185.12.65

偏差値55

ネット上でおいしいと紹介されている店が必ずしもそれほどでもないということはままある。
テレビであるタレントがうまいうまいと感動しながら食べている光景を見て実際に自分も足を運んでみて、確かにうまいことは確かだが、ちょっとあのタレントの反応はおおげさだったのではと思う店もある。
ブログなら、個人の本音が書かれているから大げさなことはないだろうと思って行ってみたら、確かにおいしいけど、絶賛するほどかなあと思うこともあって、
やはり個人によって味覚が違うのかなあと思った。
逆に言えば、ブログでそれほどでもなかったと言われているのが自分には結構おいしいと感じるのもあるのだろう。
あるラーメン屋などは私は大好きなのに、ネット上の評価はそれほど高くないこともあった。
本当に人それぞれなのだなあ。
テレビで紹介されると、どうしてもみんな行きたくなるのかなあ。自分もその一人だけど。
平日でも予約一時間待ちとか、すごい効果だよね。
そういう店って午後3時か4時頃行くと結構空いてたりするもんだね。
みんな分散すればいいのにね。
どうしても12時前後で食べようとするから、予約一時間待ちとかになる。
ただ、ランチタイムが14:00までとかなっていたら、やはり早めに食べてしまいたい気持ちは分かるけれど。
みんなが11時くらい目指して行くと、そこであっという間に行列出来ちゃうね。
この間あるどんぶりが有名らしくて開店20分前から並んで食べたけど、案外普通だった。
ブログとかでめっちゃうまいみたいなこと書いてるから行ったんだけどね。
これからはあんまり他人の評価は気にしなくていいのかもしれないと思った。

2017-05-25 13:55

114.185.12.65

偏差値55

店は外見からは分からないね。
お昼時は結構混んでいて、見た感じも昭和の古き良き時代のラーメン屋って感じの店で、
そういう店は上手いだろうなと思って入ったけど、
食べてみたら期待外れで、個性のないラーメンだった。
あと一流ホテルのレストランでめっちゃ高いデザートで、
ネット上の評判がよかったからふんぱつして行ってみたけど、
席は狭くて窮屈な上に、目的のデザートもまあまあって感じの味で、そんなに絶賛するほどかなあと思ってしまった。
金額はめっちゃ高かった。消費税の他にサービス料も取られた。特段これと言ったサービスがあったような気もしなかったけど、
従業員はマナーはちゃんとしてたけど、表情がなくて、言葉も棒読みだった。
ホテル自体にすごい高級感や迫力があるんで、高級感は得られたけど、
もうその高級感に高い払ったんだろうなと思うしかなかった。
そこにいるということ自体金がかかる世界なんだよ。

2017-05-25 14:00

114.185.12.65

アフリカ

待って待って待ちに待って……
ネットで話題のラーメンを食べる……

『ヽ(;゜;Д;゜;; )ギャァァァ……時間が勿体無い!』

小汚ないラーメン屋の暖簾を潜るドキドキも、ピカピカの外装オシャレ飯屋や、時価と壁に並んだ寿司屋の精算時に感じるビクビクも無い、安心と安定調和の取れた世界。

楽だ……楽ちんだけど面白くはない。
お笑い芸人の持ちネタを一生懸命に真似る取引先担当者のごとき楽しくない。
つまらない。

不味い(-_-;)マズイ(-。-;)を繰り返して人は大きくなるのかも?知れません。(何のこっちゃ!)

ありがとうございました

2017-05-26 13:20

49.104.18.190

偏差値55

築地のある有名店で3時間並んだという知り合いがいました。
3時間も待ったことの方が記憶に残っていて、味をよく覚えていないと言っていました。

2017-05-26 19:15

114.185.20.105

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