作家でごはん!鍛練場

『終わりの続き』

雅色著

お借りします。

 西に傾いた六月の太陽が、その日最後の微笑みをなげかける。使い古した机、お尻の型が付いて戻らない椅子、手垢で汚れた参考書や日焼けした漫画が並んだ本棚、立て付けの悪いクローゼット、はては漂う埃さえも、このときばかりは優しい色に染まっていた。
 高校から帰ってきたばかりの少年はカバンをベッドに放ると、クローゼットに着古した制服を乱暴に掛け、一息入れる間もなく机に向かい参考書を開いた。彼は受験生なのだ。
 身近にあるちっぽけだけど素敵な瞬間も、今の少年には気がついて構っている暇はなかった。自分でも後悔をするほど第一志望の大学を欲張ってしまったのだ。現状ではどう逆立ちしても受かるみこみはない、と担任はいった。なにくそ、と少年は思った。生来、少年は負けず嫌いだった。それもむらっけのある負けず嫌い。負けず嫌いスイッチが入るときと入らないときがある。入らない時はどんな言葉を投げつけられようと、どんな事をされようと面倒臭いという気持が先行して愛想笑いの一つでも浮べて事なかれにやり過ごしてしまう。しかし一度スイッチが入ったら大変、なにくそ精神で勝つ(もしくは成就する)まで諦めないのだ。今回の受験ではそのスイッチが入った。少年は担任の言葉を聞いたときに頭の中でパチンという音をきいた。
 しばらくの間、静かな室内にはペンを動かす乾いた音だけが響いていた。
 窓の外では太陽に代わり、月がわが物顔で輝きだす頃、少年は小難しい顔で睨んでいた参考書から顔を上げ、はじめて一息ついた。時計を見ると七時十分前。そろそろ夕食をつげる母親の声が、階下から上がってくるはずだ。
 少年はふと、ある事を思い出しベッドに投げっぱなしになっているカバンからペーパークリップで纏められた紙の束を取り出した。
 原稿用紙の束である。
 それはついさっき、下校中に悪友から「読んでみて」と頼まれた物だった。
 最初、少年は断った。受験勉強で忙しいのだと口にしつつ、心の中では面倒くさいという感情と、友達の書いたものを読むという行為の気恥ずかしさが混ざり合い、なんともいえない拒否感を作り上げていたのだ。
 それでも悪友は諦めたかった。普段でもしつこい方の彼だが、今日はその比ではない。しまいには彼にしては珍しく、「お願いだから読んでくれ」と頭まで下げるしまうしまつ。
 そんな勢いに押されて、最後には少年も承諾してしまった。
 少年が小説を受け取り、カバンにしまっている所をみて、悪友は安堵と後悔が混ざったような、なんとも不思議な表情をしていた。
 少年はベッドに横になり、一枚、二枚と読んでいく。てっきり、見た目に似合わず読書が趣味の悪友直筆だ思っていたのだが、どうやら違うらしい。あいつはこんなに綺麗な文字ではない。宿題を何度も写させてやっているが、その時目にする文字はミミズがのたうったようなものだ。
 小さな升目の中心に、びっしりと細かく並んだ文字は、まるで気をつけの姿勢で整列をしているみたいだった。これだけでも、書いた人物の性格が察せられそうだ。そして何より、これは男の文字ではない、女の文字だ。その独特の丸みが、いやがおうにも物語っていた。
 悪友もどこからこんなものを引き受けたのか気になったが、少年はとりあえず先を読むことにした。内容は、同年代の少女の他愛のない日常を描いたものだった。彼女は年相応の悩みを抱えて日々を過ごしていた。私小説というのだろうか、少年は小説を読まないので詳しいジャンルは分からない。分からないが、いくつか共感できるところもあった。元来少年は、乙女趣味なところがあったのだ。
 少年が半分ほど読んだところで、母親の声が二階まで上がってきた。夕飯は家族全員でとる、というのがこの一家のしきたりだ。比較的自由な家風なのだが、その点だけは徹底されていた。少年にも詳しい理由は分からないのだが、これを破ると両親は怒り狂う。中学生の頃に興味本位から煙草をすって、その日のうちに現行犯で補導された時でも大したお叱りは受けなかったのにだ。
 そんな訳で、誰かの小説と夕飯を天秤にかければ、当然後者の天秤が急転直下で重力に負ける。
 少年は小説を机の引き出しにしまうと、部屋を後にした。
 次の日、悪友から開口一番で読んだかと尋ねられた。
 あれから少年は勉強を再開してしまい、読まなかった。素直にそのことをつげ、近いうちにちゃんと読むからといった。様子からとは違い、悪友は「じゃあ頼むぞ」といったきりだった。やはり知り合いかもしれない人の小説を読むのは気恥ずかしい。できればこのままうやむやになってくれる事を少年は願った。
 そんな少年の願いが叶ったのか、その後小説の話題が悪友の口から上ることはなかった。
 数週間が過ぎ、梅雨の季節に入った。空は飽きることなく水滴を落し続けた。
 その頃になると少年もすっかり約束を忘れていた。
 久々に晴れ間のひろがった昼休み、少年は中庭の花壇の端に悪友と並んで坐り弁当を食べていた。
 コンビ二のお握りを先に食べ終わった悪友は顔を曇らせると、この後話があるといった。なにやら平和なことではなさそうだ。
 少年の不安な気持を察してか、悪友は表情をゆるめると、少年の弁当から卵焼きをつまんで口に放り込んだ。
「悪い話じゃないんだ」
 そういって笑った悪友の顔は、どこか寂しそうだった。
 少年は味のしなくなった弁当の残りを胃の中に流し込むと立ち上がった。
 屋上には誰もいなかった。それもそのはず、あと二、三分もすれば午後の授業が始まるのだ。しかしそんな事に慌てる二人ではない。最近はご無沙汰だったが授業をサボるのなんて頻繁に、とは言わずともそれなりにしている。
 少年の背丈以上もあるフェンスの向こうには、遠く、日光連山が広がっていた。新緑に彩られた山々は、夏の始まりを予感させる。その時、少年の鼻先を風が通り抜けていった。風も心なしか乾いて、梅雨ももうすぐ終るな、と少年はぼんやり思った。
 ノイズ交じりの嘘っぱちの予鈴が鳴った。
「始まったな」
「ああ」
 悪友は少年の隣で胡坐をかき、汚れるのもお構いなしでフェンスに背中を預けている。ポケットから煙草の箱を取り出すと慣れた手つきで一本抜き出し、口にくわえて火をつけた。
「吸うか?」
 煙りをくもらせながらモゴモゴと口を動かした悪友に、「いらん」と少年は答えて視線を日光連山に戻した。
 なんだかこうしていると受験の焦りも馬鹿らしく思えてくる。少年スイッチもこのときばかりはなりをひそめた。
 ふいに、少年の手が叩かれた。悪友はどこに持っていたのか、三つ折りに畳まれた紙の束を差し出していた。
 黙って少年は受け取ると、広げて上の一枚にざっと目を通した。どうやら先月渡された小説と同じもののようだ。もっとも、これは手書きではなく印刷されたものだが。
「こうでもしないと読まないだろ」
 それはそうだが、しかしそうまでして自分に読ませたい理由が少年には分らなかった。普段から本など読まないことは悪友も承知しているはずである。そんな人間の感想など貰っても参考になるどころかただ困るだけではないのか。
 少年があれこれ考えていると、
「実はさ、あれ俺が書いたんじゃないんだ。黙っててすまん」
 悪友はいかにも意を決した、というように言った。
 それぐらいは馬鹿な自分にも察しがついている、と言おうかとも思ったが、面倒臭くなりそうなので少年は「そうか」とだけいった。
 なぜかその告白を聞いたあとでは胸のつかえが取れたようで、気楽になった少年は印刷された文字に目を走らせていく。
 五枚目、この前読んだところで少年は止めた。言い訳でもするように、苦笑いを浮かべ「ここまで読んでたんだ」と悪友に笑いかけた。
 悪友は先ほどの見せた寂しそうな笑顔を浮かべると、煙を大きく吐いただけで何も言わなかった。
 小説に戻り先を進める。どうやら話の中の少女には好きな人がいるらしい。思い人の少年は、にぶちんで少女の気持などちっとも気づいてくれない。しかしそれは少年だけが悪いのではない、少女も少女で引っ込みじあんな性格がわざわいして、上手く思いを相手に伝えることが出来ないのだ。
 少女マンガ風な作風に、どこか冷ややかだった少年も、前回まで同様に共感できるポイントを一つ、二つと発見していくにつれて、次第に話しの中にのめり込んでいった。
 胸に思いを秘めたまま、一年、二年と過ぎていく。とうとう少女は少年と当たりまえのように学校で顔を合わせられる最後の一年を迎えた。このまま気持を仕舞いこんで、良い思い出にでもしようかとも考えたが、少女はどうしても気持を抑えることが出来なかった。なんて言うと大げさだが、やっぱり伝えたくなったのだ。しかし直接伝えることはできない。それが出来ればここまで悩みはしないのだ。
 少女は回りくどいな、引かれるかなと思いながらも、小説に思いを託して伝える事にした。それで気づいてもらえなければそれはそれでいい(本当は気づいて欲しいけど)。どうせやるならとことんやれと、一旦スマフォを使って書き上げたものを原稿用紙に清書した。
 さて、あとはこれを渡すだけだが、自分で渡してはもともこもない。どうしようかと何かと親身になってくれる少年の友人に相談した。この友人は自分のことが好きだと、風の噂で聞いたことがあった。しかしそんなことはウソっぱちなことぐらい、少女には分りきっている。この時も友人は、「だったら俺にまかせとけ」と快く原稿用紙を受けとった。
 数日たった。
 少年は何も言ってこなかっいらしい。「まだ読んでる最中だろうよ。あいつもいい加減だから、気長に待っとけ」と友人はいう。
 それからさらに数日。少年は相変らずだ。書かれている自分の思い気づかなかったのだろうし、さらに言えば読んでいないのかもしれない。だけど、当初の目的の思いを伝える、ということはもう、すでに、完了している。これでいいじゃないか、少女はそう納得しようと思った。しかし挨拶を交わす少年は相変らずの様子に、モヤモヤが募っていく。やっぱり、回りくどいのは駄目なのだ。伝える時ははっきり伝えなくて納得なんていかない。
 ある日、少女は一世一代の決心をした。
 再度さいど申し訳ないと思いつつ、友人に少年を屋上に誘ってもらった。友人はこの時も優しく微笑み、了承してくれた。どこか寂しそうなのは何故だろう。
 昼休みが終わった。
 チャイムの音を背中に遠くに、屋上へと続く階段を上っていく。
 初めて抜け出した午後の授業。
 それだけではない胸の高鳴り。
 そっと扉を開ける。
 自分に気づいた友人。
 軽く手を振るその顔は、寂しそうなのは何故だろう。
 友人の隣で渡された小説を読みふける少年。
 少年は、最後のページに手をかけた。
 そっと体を差し入れる。
 少女の頬を、風が一陣、まるで励ますように渡っていく。
 読み終わり、顔をあげた少年に、少女は語りかけた。

「答えは?」

終わりの続き ©雅色

執筆の狙い

お借りします。

雅色

123.0.96.14

感想と意見

夜の雨

『終わりの続き』拝読しました。

普段は、ワードにコピーしてから読んでいます。
鍛錬場にある御作を、そのまま数行読み始めると、そよ風が心に吹き込むように内容が頭に入ってきました。
そのまま、最後まで読みました。
途中でラストがどうなるかがわかりました。
それと同時に、御作の欠点もわかりました。


A>欠点は、ラストに出てくる少女がそれまで一度も少年(主人公)の前に姿を現さなかったことです。<

400字詰め原稿用紙11枚の作品ですが、ヒロインがラストで「オチ」ですといかにも出てくる展開。
これって構成上どうなのだろうかと思いました。
しかし、ヒロインがリアルで出てこなくても、手書きの原稿用紙には、最初の方から出てきているのですよね。
そしてその原稿用紙にまつわる「小説」が作品の芯になって、起承転結が構成されています。
このあたりは、小説ならではのドラマということでしょうか。
御作が、映像だったら、ヒロインがラストに出てくるだけでは、だめでしょうということになると思います。
しかし、小説は、文章で読ますもの、読み手を作品世界に引きずり込むものなので、ヒロインが原稿用紙の中にいるのだったら、
そしてささやかな気持ちを原稿用紙の中から、打ち明けようとしているのだったら、「かまわないのではないのか」という結論に達しました。

欠点だと思っていたものが、映像ではなくて小説なら文字で読ませるものなら、欠点にはならない。
なるほど、これが、小説というものなのか。
ああ……、残念。
欠点を見つけたと思いながら、読み終えたのに、問題ではなかったとは(笑)。

あと友人のキャラクターと気持ちは、うまく表現したなと思いました。
この友人が重要な役割をしています。
主人公を食うというほどではありませんが、友人のキャラ設定と気持ちを御作が書けていなかったら、作品は、成立していなかったでしょう。
この友人、結構おいしい役です(映像で、俳優だったらね)。
少年が小説を読めない理由は、説明ではなくて、エピソードで書いたら、説得力があると思います。



お疲れさまです。

2017-05-13 00:49

114.189.140.228

五月雨をあつめて早し最上川

全体に文章が……すごく読み難かったです。(ごめんなさい)
書く順番? 語順?を見直した方がいい… と思う箇所がとても頻繁。

そして、「少年は…」と少年視点で始まった話が、後半、「少女は…」と少女視点。
サイドA→サイドB みたいな話は、「2行ほど空けて、章立て?を変える」ぐらいの気遣いは必要。



内容は…… 思いっきり斜め読み・読み飛ばしになったんで、その範囲で……


少年、受験生で、第一志望は高望みしている、めいっぱい頑張ってる設定。東北大とか東工大あたりのイメージ?

そんな受験生に、手書きの私小説もどき(芸のない、まんまの告白文)を、友達経由で押し付けてしまう女子が……
少年の事(押し付けられる側の気持ち)を全然まったく、これっぽっちも考えてなくて、
あまりにも身勝手、自己中、傍迷惑すぎて……


耐えられませんでした。 (申し訳ありません)


この女子の魅力が、欠片も分からない。

告白はしてもいいと思うのです。でも、するならするで、もっとこう……コミカルな路線か、リリカルな路線でしてもらいたい。
日本人の、学生時代の「恋」というものは、もっと奥ゆかしく・いじらしいものではなかったですか??
アイラブユーの気持ちを乗せて、「月が綺麗ですね」と呟いてみるような世界。


マジレス入れてしまいながら、ふと過ったんですが、
でももしかしてこの作品、「軽くホラー」??

だとしたら、マジレス入れてしまっている私が、だいぶ野暮なのかもしれない。

2017-05-13 02:00

106.185.185.127

大丘 忍

視点の動揺。少年の視点から少女の視点に移動しておりますね。視点を変えるならもう少し工夫が
欲しいところですね。
結末もやや中途半端な感じがしました。もう一工夫でよい作品になると思います。

2017-05-13 11:06

221.242.58.46

雅色

夜の雨様

稚拙な文章を読んでいただき有難うございました。
次回はご指摘いただいた点に気をつけて書いて見たいと思います。
それでは、失礼します。

2017-05-13 20:28

123.0.96.14

雅色

五月雨をあつめて早し最上川様

稚拙な文章を読んでいただき有難うございました。
読み返してみたところご指摘通りで、推敲が足りませんでした。
不徳の致す所です。
次回はご指摘いただいた点に気をつけて書いて見たいと思います。
それでは、失礼します。

2017-05-13 20:34

123.0.96.14

雅色

大丘 忍様

稚拙な文章を読んでいただき有難うございました。
これは言い訳になってしまうのですが、一応少年が読んでいるお話の中身の話なので
視点はぶれていないかなと個人的には考えております。
それが大丘様や最上川様に伝わらないような書き方になってしまった何故なのかと考えてみたいと思います。
貴重なご意見有難うございました、次回はご指摘いただいた点に気をつけて書いて見たいと思います。
それでは、失礼します。

2017-05-13 20:52

123.0.96.14

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

:
:
:
3,000字以内