作家でごはん!鍛練場

『男女のワンシーン』

ああああ著

前作である『掌編』があまりコメントをもらえずポップに路線を変更。やや大衆的だが文学性を残したつもりだ。


コメントください。

「かわいい」
彼は私の顔を掴んでそう言う。常套句だけれどあまり使われない言葉。
とてもいい気分だけど、彼とは性の関係しかないわけで。

胸の先端部を歯で引っ張る時、山吹色に染められた髪はとても綺麗に見える。

「ねえ、礼君は、私なんて切って、別に女の子探した方がいいよ。」
こんなことも言ってみる。本当はアイロニーなんだけど、彼には良く思われたい。もちろん、そうしないことは分かっていてなんだけども。

「ううん、でも今が心地いいよ。」

快楽的でない緩やかな愛撫で私たちは、ゆっくりと時間を過ごす、剥き出しの肌を春に包まれ。

男女のワンシーン ©ああああ

執筆の狙い

前作である『掌編』があまりコメントをもらえずポップに路線を変更。やや大衆的だが文学性を残したつもりだ。


コメントください。

ああああ

101.143.132.202

感想と意見

大丘 忍

確かにワンシーンですが、ワンシーンだけでは小説に成りません。もったいないですね。

2017-05-13 11:09

221.242.58.46

童子繭

21世紀の文学の使徒襲来 使途不明金乙

2017-05-13 19:42

27.120.134.1

ああああ

大丘さん、やっぱり長い方がいいんですね。

2017-05-13 22:53

101.143.132.202

ああああ

童子繭さん、もう少し分かりやすく説明してくれるとありがたいです。

2017-05-13 22:55

101.143.132.202

ああああ

これは返信ではないため貴サイトの理念に反するかもしれません。御容赦ください。
この作品への意見は批評的にお考えを述べてほしいのです。

例えば『おもしろくない』、『つまらない』。
こういった言葉では私はどうすれば、よいのかわかりません。その拙作を著したわけですから。

差し出がましいかもしれませんがお願いいたします。

2017-05-13 23:11

101.143.132.202

カジ・りん坊

 やや大衆的だが文学性を残したつもりとありますが、どのあたりに文学性が残してあるのでしょうか?
 感想が欲しいようですが、どうも独りよがりで自身の雰囲気に酔っていい気分になっている文章のようで、オナニーなんですから他人がどうのこうの言うような物には思えないのですが、いかがでしょう?

 もっとわかりやすく言うと『うぬぼれている』文章。
 読む側の気持ちなどを推し量って文章を綴らないとこうナル的なナルシスト文章。

 書く側の熱も感じない。内容の熱が有るとすると、その熱は作者にのみ向けられている感じでした。
『ワンシーンだけでは小説に成りません』と思われている方もいるようですが、別にワンシーンでも『熱』があれば立派な作品になると思います。
 演者が何のために何をやっているのか?それは作者がどんな思いで構成しているのか?などが何も見つけることが出来ませんでした。

 剥き出しの肌を春に包まれていればいいんじゃないかな?と思いました。

 

2017-05-14 10:32

112.137.227.226

ああああ

カジ・りん坊さんへの返信

まず文学性はどこにとの質問の答は女性と男性のなんでもない、とるにたらない関係を美化しているところにあります。最後の部分が特にそれに当てたつもりです。

読む側の気持ちに関しては私は妙なとらえかたをしているため、うぬぼれの強い、ひとりよがりに見えるのかもしれません。すなわち私は小説は一つの世界として独立していればいるほど読者はそれに感情を移入、もしくは登場人物を愛することができると思っているのです。
私の熱はその世界構成であり、内容の熱はそこに内包されているのです。

2017-05-14 20:46

101.143.132.202

ああああ

2017-05-14 20:46 の追記
『熱』とは私の前記のようなものでも良いのでしょうか。カジ・りん坊さんからに限らずに、ご意見ください。

2017-05-14 20:54

101.143.132.202

弥言

拝読しました。

ちなみにこの作品は、これはこれで完成品なのでしょうか?それとも他のシーンは既に書いたり、又はプロットされてたりして、その中の一部だけ抜き取って投稿されているのでしょうか?

作者様が、この作品をどう見てもらいたいと思っておられるのか?ちょっとわからずにいます。
たぶんAとBのどちらかだとは思うのですが。

A:あくまで小説全体のワンシーンとして見てもらいたい。
  このワンシーンを見て、続きや他のシーンを読みたいと思うかどうか?読者が抱いた期待度を知りたい。

B:ワンシーンとしてではなく、これで一つの作品として見てもらいたい。
  もはや小説と言うより詩ですが、詩として評価してもらいたい。


もしAだった場合、やはりあまりに短くこれだけでは判断できないです。抜き取ったシーンも、作者様が言われるように、取るに足りない男女の関係で、特別なアクションシーンとかではないので、このワンシーンだけでは作品全体のイメージが沸かないです。あらすじとか教えてもらって、その中のこのシーンと言ってもらえればもうちょっと判断できます。

もしBだった場合、理系の私は文学とかちょっと難しいですが。言葉遣いは繊細な感じがしますし、詩的で淡い雰囲気が出ていると思います。たぶん、快楽だけを求めてつながるような、そんな男女の関係の中にも、綺麗で優しい一面があることを表現したかったのではと思います。そういうことを表現したかったのであれば、私には伝わりました。
 ただですね。私は、なかなかこの分野は難しいのではと思っています。文学に惹かれる日本人は、殆どの人たちがこういうものを書きたがっているのだと思っています。人間の真理や世界の構造について掘り下げ哲学していく欧米とは違い、日本人は「感じること(感性)」を一番大切にしている気がします。特殊な舞台を設定して、そこから「人とは?」「神とは?」「宇宙とは?」考えさせる壮大なストーリーを描くより、日常のありふれたことを、独自の感性で感じ取り、繊細な言葉でそれを表現する。日本人の得意分野かつ好きな分野なので、多くの人たちが挑戦してます。ちょっとやそっとじゃなかなか頭抜けられないのではと。ごはんでも、結構な方々がこれをやっていると思います。ライバルは大変多いと思います。

A,B以外の狙いだったかも知れませんが、とりあえず思ったことを書きました。

2017-05-14 23:43

124.84.83.158

ああああ

弥言さん、私はあなたの言うA,Bの中間とでもいうのでしょうか、一つの作品として見てもらいたいのですが私が前述したように登場人物などのことを想像したり、あるいは、こういう関係を、読者自身や周りの人々へ重ねることで、昨今の世間のようにルサンチマン状態にあるのなら私の美化する視線を共有することで上のレベルに移行してほしいのです。

そして、あなたの欧米的なもの、というのは凄く共感できます。僕自身そういった作品をよく読む傾向にあります。
確かに上記の動機ならば、ナサニエル・ホーソンの《緋文字》のような作品にしても達成可能だからです。
しかし私は、そういった環境論的な世界観も重要ですが、つまり全体小説はたしかに壮大かもしれませんが、学術的過ぎるのではないかと私は考えるのです。
文学とは芸術的でなければならず、かつ心がなければならない、私の信条であり、こうした作品を執筆した理由でもあります。

ご意見ありがとうございます。

2017-05-15 23:15

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