作家でごはん!鍛練場

『ある女の話』

S・H著

以前「小説家になろう」に投稿した作品です。
よろしくお願いします。

 私がある情報誌の記者として働くようになってから十五年の月日が流れた。振り返ればあっと言う間の十五年だった。やりがいもあったが苦労やストレスの方がはるかに多かった。社会人になると体感的な時間の流れは一気に早くなる。昨日と今日と明日の間にはほとんど違いがなく、それがずっと先まで続く。過去を思い返してみても、大きな出来事が島のように点在しているだけで、それらの間を埋める日常の雑多な記憶はほとんど消えてしまっている。毎日が忙し過ぎるのだ。ほとんどの人にとって、労働はシンプルに忍耐だけを意味するのではないかと思う。勤務中はひたすら単調な仕事に耐え、終業の時刻がやって来るのをじりじりとした気持ちで待つ。苦痛に満ちた時間が速やかに流れるのをただ願う日々なのだから、ふと気が付けばいつの間にか貴重な十数年が経っていたとしても何も不思議はない。考えることをやめれば時間はあっという間に流れる。人は労働の苦しみから逃れるために考えることをやめる。ある者は酒を飲み、ある者は食べ、ある者は眠る。そして、人生の最期の瞬間が訪れるのを無心で待つ。果たして死は瞬く間にやって来る。死ねば何も怖いものはなくなるが、しかし死ぬ過程が難儀だ。人は死者のことを考え、羨望を感じる。自分は無事に死ねるだろうかと心配する。無事に死ぬことができた人がまことに羨ましい。こちらの世界からあちらの世界へと渡る際に、苦痛と恐怖は増大する。その恐ろしい瞬間が来るまで、人間は考えることをやめて労働に従事するのみだ。それが人間というものなのだ。
 私は社会人になってからの記憶をほとんど持たない。社会に出るまでに経験したことが私が持つ記憶の大半である。これは人の脳の構造に由来するのか、それとも私個人の過ごし方の問題に過ぎないのか、私にはよくわからない。とにかく、成人し、社会に出て働くようになってから、私が新たに脳に刻み付けた記憶にはたいしたものが見当たらない。しかしそんな私でも、三年前にひょんなことから知ることになった、ある人物に関するひとつの興味深いエピソードを忘れることができない。後述する理由から、私はその話の内容を明らかにする必要を感じる。ところで、この話の関係者の一人は現在の私の妻であるが、他の登場人物は死去したか行方不明である。先日妻から話を公表する許可が得られたため、以下に記すことにする。登場人物の名前は全て仮名を用いた。


                                        一

 今からちょうど四年前の晩秋のある日、私は出身地を拠点に音楽活動を行っているある若手の女性クラシックギター奏者を取材するよう編集長から命令された。彼女はヨーロッパの音楽大学でギターを専門的に学んだ経歴を持つ。海外のコンクールで入賞した実績もあったようだ。私は会う前からかなりの緊張を覚えた。編集長は演奏会のチケットを私に手渡し、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら恥をかかないよう事前にしっかりと予習しておくようにと言った。彼女と連絡をとると、終演後の一時間をインタビューのために割いてくれるとの返事だった。
 私は音楽にそれほど詳しくない。もちろん全く聴かないというわけではないし、家にはたくさんのCDが置いてある。今では忙しさにかまけてほとんど聴くこともなくなったが、当時はまだちょっとした空き時間にクラシックやジャズなどさほど邪魔にならない音楽を聴くくらいの心の余裕はあった。とりわけ執筆の際の供として音楽は重宝した。クラシックギターという楽器についてはほとんど何も知らなかった。編集長が言うように、前もってクラシックギターについて調べておこうかとも思ったが、やめておくことにした。優れた演奏であれば、聴き手が素人であろうが玄人であろうが関係なく、等しく人の心を動かすだろうから。私は付け焼刃の知識は無用だと考えた。私は純粋に演奏を楽しむために会場へと向かった。
 取材の相手は二十七歳の駆け出しのギター奏者だった。会場は比較的新しいこぢんまりとした音楽用のホールである。聴衆の年齢層はまちまちで、男女の偏りはなく、空席が散見された。開演のアナウンスがあり、照明の当たった舞台に上品な衣装に身を包んだ小柄な女性が姿を現した。ほっそりとした女性で、胸のあたりまで伸びた豊かな栗色の髪と、露出した肌が光を浴びて艶やかに輝いている。一礼し、椅子に腰掛けて左足を足台に載せると、さっそく一曲目を奏で始めた。雰囲気を持った力のある一音一音が、水の流れのように綺麗に連続していく。互いの音の残響が心地よいハーモニーとなってホールの空気を満たす。ギター特有の哀感がトレモロの響きの中からじわじわと広がってゆき、聴衆の心の中にすっと沁み込んでいく。この空気感はライブでなければ伝わらないだろう。名曲『アランブラ宮殿の思い出』の演奏の時、私は感極まって危うく落涙しそうになった。終演後、私は記者としての自分の仕事を忘れ、まるで無邪気なファンのように振る舞ってしまった。予め作っておいた質問のメモは不要になった。私は自分が味わった感動を無我夢中で彼女に伝えた。一向にインタビューが始まらないことに、彼女は困惑している様子だったが、私のつまらない話の間、彼女は感じの良い笑みを絶やさずにいてくれた。柔和だがどこかストイックで真摯な彼女の人柄に私は惹かれた。私は醜態を演じてしまったが、どんな形であれ自分の思いを伝えられたことに満足していた。
「ギターはシンプルな楽器ですので」と彼女は言った。「演奏に奥行きや説得力を持たせるのに苦労します。作曲者の意図や思いを汲み取り、様々な演奏技法を駆使して可能な限りそれを再現しようとするのですが、演奏の度にその難しさを痛感します。私は自分の仕事に満足したことが一度もありません。反省点はいくらでも出てきます。私はまだまだ未熟で、やるべきことはたくさんあると思っています」
「こんなに素晴らしい演奏なのに、一体どこがご不満なのですか? 私には完璧なものに思われました。もちろん、私は音楽の素人に過ぎません。しかし、芸術というものは、鑑賞者の心を動かしたかどうか、その結果が全てなのだと思います。あなたの演奏には人の心を揺さぶる力があると感じました。芸術は技術の正確さだけで完成するものではありません。高い技術と各々の芸術家の持ち味、その二つが一体となって固有の価値を生じるのです。芸術の価値は、他人と共有できるものであるにも関わらず、必ずしも数値化できないところにその奥深さがあるのです」
「褒めていただけるととても励みになります。演奏の訓練は大変な忍耐を要します。たいていの技術の訓練がそうであるように、最初は好きで始めるのですが、ある時それだけでは突破できない分厚い壁の存在に気づきます。可能な限り毎日練習すること、これは基本的なことです。しかし機械的にノルマをこなすだけでは上達しません。常に何かを学び取ろうとする気持ち、意欲やある種の能動性が伴わなければ効果は乏しいのです。習い始めの頃は、人は練習を苦とは思いません。この時期は、技術が目に見えて向上してゆきますので、練習に手応えを感じられるからです。しかし伸び悩みの時期が必ず来ます。練習のルーチン化や成長速度の鈍化によって、充実感や達成感が得られる機会が徐々に少なくなってゆきます。単調な練習の日々の中で、意欲を維持するのが難しくなるのです。毎日の繰り返しの作業の中に微妙なニュアンスの差を発見する力、一種の才能が必要です。そういったことに心を動かされる人間でなければなりません。芸術家は細部を注視する人たちです。感受性を常に研ぎ澄ませておく必要があります。しかしそうすると、今度は生活が苦しくなります。と言うのも、日常生活においては、人は鈍感であればあるほど大胆に行動できますし、他人の間を迷いなく渡っていくことができるからです。芸術家としての習慣は人から勇敢さや行動力を奪いますが、しかし一方で、芸術家固有の長所を獲得することを助けもします。ですからどちらが良いと一概に言うことはできません」
 彼女は言葉を選びながら慎重にそう話した。話しぶりは優しいが、内容には意志の強さと言葉の重みが感じられた。私はこれまでにこういう人と接したことがほとんどなかった。
「当事者にしかわからない苦労や思いがあるのですね」と私は言った。「ギターの扱いを完全にご自分のものにされていて、生まれつき身体に備わった器官のように苦も無く操り、ほかの人には生み出すことのできない素晴らしい響きをいつでも思いのままに引き出せるあなたを、私は羨ましく感じていました。しかしそんな無邪気な考えは捨てなければなりませんね。ところで、私は少しこの楽器に興味が湧いてきました。しかし私は生まれつきとても不器用なのです。私のような人間でもこの楽器を扱うことはできるでしょうか?」
「もちろんです」彼女は目をきらきらさせ、活気づいて言った。「私はそう言っていただけることが何よりもうれしいのです。たくさんの言葉を重ねて私の演奏を褒めて下さるのももちろん有り難いことですが、私の演奏を聴いてギターという楽器に興味を持ち、ギターを習いたいとおっしゃって下さること、そして実際にギターを始められた方々の周りでこの美しい楽器の良い影響が次々と波紋のように広がってゆくのを知ることができること、こういったことの方が私にとってははるかにうれしいことなのです」
「それによって普段の生活にちょっとした潤いや彩りのようなものが添えられ、自分や周りの人たちが気分よく過ごすための助けとなるのなら、こんなに素晴らしいことはありませんね。しかし習うにあたって私が不安に感じるのは、始めるのが遅すぎるのではないかということなのですが、いかがでしょうか?」
「あなたはお若いですし、それにギターを習う際に年齢が障害になるという話は聞いたことがありません。これは私個人の考えですが、どんなことでもためらう理由を見つけるのはたやすいことだと思うのです。しかし思い立ったが吉日という言葉もあります。私はギター教室に講師として勤めております。もしよろしければ私たちの教室で一緒にギターを習われませんか? 講師は私を含めて三名おりますので、いつも私がお教えできるとは限りませんが、可能な限りお手伝いいたします」
 私はこの提案を喜んで受け入れた。

 帰社後すぐに私は、彼女の演奏の魅力を広く人々に伝えるべく、記事の作成に取り掛かった。並々ならぬ熱意を込めて書かれた記事は、与えられた紙数を大幅に超えてしまった。私は涙を飲んで記事を削り、時間をかけて入念に推敲し直し、ようやく完成させた。編集長は私の書いた記事を読んで驚き、私を訝しみ、いつもより厳しい訂正の筆でにべもなく書き直しを要求した。何かしら誇張された不自然なものを読み取ったらしい。私は不本意ながら再度の書き直しを行った。だが、そこに至るまでには長いやり取りがあった。編集長は私がギターの魅力に目覚め、ギターの素晴らしさを広く人々に伝えたい一念から熱の込もった記事を書き上げたのだとは考えなかった。彼は初めから私の恋を疑っていて、それをはっきりと口に出しさえして私をひどくからかったのだった。彼がこのことに関して皮肉を口にしたくなったのは、おそらくこのギター奏者が美人だったからだろう。彼は妻帯者であるにも関わらず、年甲斐もなくパンフレットの彼女の顔写真をしきりに気にしていた。私はこの困った上司に彼女の音楽の素晴らしさを納得させようと骨を折ったが、まるで相手にしてくれなかった。四年前の当時、私はもう若くはなく、三十代半ばに差し掛かっていた。私は当時の子供じみた単純さと純情を恥ずかしく思う。結局のところ、編集長は全てを見抜いていたのだ。だが、その単純さは私を駆ってギターの練習へと赴かせた。こんな行動力は今では完全に失われてしまっている。
 初めて彼女のギター教室へ行き、レッスンを受けた日は、仕事が休みの日だった。自宅からも職場からも離れた郊外の住宅街に鉄筋のビルが建っていて、その一階の一部が教室になっていた。レッスンに使用される部屋は全部で三つあり、どれも大きくはなかったが、設備は整っていた。初日は彼女が講師として対応してくれた。初心者への最初のレッスンは、通常よりも長い時間をとり、詳細かつ広範に行われる。この教室はマンツーマンの指導が基本だ。私は長い時間彼女と二人きりで過ごせるのがうれしかった。ついギターの練習とは無関係な方向へと話題が逸れてしまう。本音を言えば、私にとってはそちらの方が好ましかったのだが、そんな考えが伝われば彼女を不快にさせてしまうに違いない。私は自分の普段よりよく回る調子の良い舌を制するのに苦労した。彼女は人の話を聞くのが上手だった。これは生まれつきの人柄によるものだろう。彼女は何をしても丁寧で、寛容で、心がこもっていた。
 レッスン室正面の高いところに、三十歳くらいの、瞳を閉じた見知らぬ女性のモノクロ写真と、美しく輝く立派なギターが飾られているのが気になっていた私は、何気なくそちらへと話題を向けた。
「私の先生です」と彼女は答えた。「このギター教室の開業当初から講師を務めておられた人で、市川頼子さんといいます。優れたギター奏者でした。あのギターは先生が愛用していらした物です」
「この写真の女性があなたのような素晴らしいギタリストをお育てになったのですね。どんな方だったのでしょうか。あのギターは見たところ年代物のようですが、手入れが行き届いていて、今でも綺麗な音を奏でそうに見えますね」
「ええ、今でも時々あのギターを使用しますし、手入れも定期的に行っています。私にはあのギターに先生の心が宿っているように思われてなりません。ギターの音色はもの悲しく、柔らかで、人間の数ある感情の中でも、しみじみとした切ない感情ととても相性が良いと思います。追憶、そしてそこから立ち上って来る温かい感情、感謝、懐かしい気持ち、そういったものがあの独特の音色によって掻き立てられるのです。故人を偲ぶ際、このギターの音色が私の心に寄り添ってくれ、私をいつもとは違った心境へといざなってくれます。ちょうどお墓参りをして墓前で語りかけるのと同じような気持ちで、私はギターを搔き鳴らしながら心の中で故人と対話をします。時々そのような時間を設け、教えを乞わなければ、演奏家としての自分の立ち位置を見失ってしまいそうになるのです。ギタリストとして未熟なためでしょう、不安が私から去ることはありません。私にはまだ先生との対話が必要なのです。不慮の事故によって先生があんなにもあっけなく短い人生を終えられたことが残念でなりません」
 亡くなった先生のことを話すうちに彼女の中で先生への強い思いが徐々に膨らんできて、口からとめどなく溢れ出て来るのだということに私は気づいた。彼女は思慮深い女性だったので、さほど親しくない私のような話し相手に対して、我を忘れたように深刻な言葉を次々と重ねていくことをおそらく恥じたのだろう。彼女は急にぷつりと言葉を切った。私は自分の何気ない質問が彼女の心を波立たせてしまったことに気付き、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。初学者用のごく簡単な課題に彼女と一緒に取り組んでいる間も、私は彼女の感情の動きが気になって仕方がなかった。長い睫毛で縁取られた瞳が憂いを帯びて潤んでいる。なんとなく寂しそうに見えた。私は彼女の中に、普段は静かにたゆたっているが、何かの刺激をきっかけにしていともたやすく膨張する敏感な感情があることを知った。彼女をして芸術的表現の名手たらしめる秘密がここにあるだと私はこの時気づいた。私は彼女の先生が亡くなった顛末について詳しく知りたいと思ったが、尋ねることはもちろんできなかった。そんなことをすれば、彼女の感じやすい心を好奇心に発した軽率な言葉で無遠慮に踏みにじってしまう恐れがあったから。
 一通り課題が済むと、彼女はおもむろに立ち上がり、飾られていた故人のギターを手に取った。そして、何も言わずに弾き始めた。聴きなれたギターの音とは明らかに質の違う、コンサートホールで聴いたあの澄んだ深みのある音色に私の心は縛り付けられたようになった。ただ無造作に弦を爪弾いただけで、なぜこうも違う音が響くのだろう? 魔法のようだった。彼女はしんみりするのを避けるかのように、すぐに演奏を切り上げた。
「こんな具合に先生と会話をするの。でも、あんまりやり過ぎると、とても疲れてしまいます。日常の一切を忘れて演奏に没頭すると、なかなか現実へと戻って来られなくなってしまうのです。ですが、この時間は私にとってとても大切なものです」と言い弱々しく笑った。
 私はこの美しい女性が、楽器を用いた死者との密やかな対話に夜な夜な一人で臨む姿を想像し、そのイメージにぞっとするような思いを抱いた。それは近寄りがたい秘密の儀式であったに違いない。これは私にとって、未知なる世界の話だった。日が経つにつれて、私の中で、彼女の神秘性は徐々に高まっていった。私は彼女を上手く理解することができなかったが、いつしか私の彼女に対する感情は、憧憬と畏れの合わさった思慕の情へと姿を変えた。彼女に対する興味は日に日に強まり、寝ても覚めても彼女のことを考えるようになった。しかし不思議なことに、そうなるにしたがって、彼女との距離はかえって広がっていくように思われた。そして、自分でさらに驚いたことには、彼女との距離がかえって広がっていくというこの感じが、私には全く不快に感じられなかった。むしろ私は安堵していた。というのも、私の中で、彼女の価値は人間的な、世俗的な尺度ではもはや測れないものにまで高まっていたために、私が接近したり、妙な欲望を抱いて触れようとすることによって、彼女の素晴らしさに傷がついてしまうことを恐れたからだった。そこで私は、音楽の女神に愛されているこの女性にレッスンを通して関われることだけで満足し、それ以上は何も望まないことにした。彼女には謙譲と感謝の態度だけが相応しいと思われたし、また実際、彼女は私のこういった態度に満足している様子だった。良い意味でも悪い意味でも、彼女は私に感情を掻き乱されることはなかった。そのことは彼女の音楽にとって好ましいことであったに違いない。
 ところで、この教室には一人の高齢の女性パート従業員がいた。週に数日、建物の掃除やその他の雑務のためにやって来る。木村さんという人で、ここではかなりの古株であり、教室のことや、この地域のことについて先生よりも詳しく知っていた。顔が広く、来客の対応もそつなくこなしていた。生徒たちに対してはいつも控えめな態度をとっていたが、ちょっとした折に辺りを観察するような鋭い目つきを見せることがあった。先生と話をする時は人間が変わったように明け透けな態度をとる。人の良さを感じさせる明るい口調ではあったが、遠慮なく物を言う。先生は彼女のことを尊重しているらしかった。
 ある日を境に、先生のレッスンを受けられる日が少なくなってゆき、別の講師が担当することが増えた。これは、個人的には残念なことであったが、当然のことだろうとも思われた。先生は講師としての仕事の他にも演奏会の活動を行っていたし、見たところ新規の生徒の対応を任されていたらしく、時間の経過と共に新たな生徒に対応する機会が増えて来るからだった。他の講師も先生に負けず劣らず丁寧に、熱心に教えてくれたので、その点は満足していたし、先生がついてくれない日であっても、出勤しているなら必ず私のところへ顔を出し、気さくに声を掛けてくれるので気持ちが沈むことはなかった。


                                        二

 忘れもしないが、雨が終日降り続いたある日、私はこのギター教室の一室で、本来なら受けるはずだったレッスンを受けず、件の掃除婦と長い会話をすることになった。会話というと正確ではない。私は専ら聞き手に回った。その日は久々に先生のレッスンが受けられる日だったので、前日の夜は興奮して寝付けず、近所迷惑も顧みず夜っぴてギターを搔き鳴らしたのだった。赤い目の下にクマを作って早起きし、教室に着くまで終始そわそわしていた。レッスン開始時刻のだいぶ前に教室に到着したが、室内は薄暗く、人のいる気配がなかった。インターホンを押すと木村さんの返事があり鍵が開いた。
「今日は先生がいらっしゃるかどうかわかりませんよ」と彼女は廊下を歩きながらこっちを見ずに言った。「なんでも車を運転している時に事故に遭われたそうです」
 私の体に戦慄が走った。
「さっき連絡がありました。スピードはさほど出ていなかったようですが、対向車と接触して車体がいくらか損傷しているとのことです。体の方は『大丈夫』と一言おっしゃるだけで、それ以外は何も聞いておりません。電話での受け答えは落ち着いておられましたので、命に別状はないと思います。今日のレッスンのことをとても心配なさっていました。警察への説明や保険会社への連絡等で後片付けに少し時間がかかるらしく、レッスンの開始時刻には間に合いそうもないとおっしゃっていました。どれくらい遅れるのか見当もつきません。あなたにはいったんお帰りいただいた方がよろしいかもしれません。どうなさいますか?」
 私はなんとなくすぐに帰る気にはなれず、薄暗い教室の隅で椅子に腰掛け、しばらくぼんやりとしていた。先生が事故に遭われたのはショックだが、体が無事だったのは不幸中の幸いだった。安堵感の後で、急にがっかりとした気持ちと体の疲れが襲ってきた。久々のレッスンということで、期待で胸を膨らませていただけに、肩透かしを食った気分だった。単調な雨降りの景色を眺めているうちに、睡眠不足の私は、用がないはずの教室の中で、あろうことかうつらうつらとし始めた。おそらく十分か十五分程度時間が過ぎた。突然部屋のドアが開き、その音で私は目を覚ました。木村さんがコーヒーの載った盆を持ち、ゆっくりと室内に入ってきた。そして、盆をテーブルに置き、驚く私の傍に椅子を引き寄せてそこに腰を下ろした。
「せっかくですから、お帰りになる前に私が淹れたコーヒーでもいかがですか?」と彼女は言った。
 部屋の照明が点き、熱く甘い飲み物が私の喉を潤した。彼女はしばらくのあいだ口を開かず、静かにコーヒーを飲んでいた。目線はどこか遠くを彷徨っているようで、物思いに耽っているように見えた。防音設備の整った部屋の中は空気が重く沈み、雨音も聞こえず、ひっそりと静まり返っていた。何となく居心地の悪いものを感じた私は、何でも良いから話をしようと思い、少ない話題の中で適当なものを探したが、彼女の表情には話しかけることを躊躇させるような、放心と無関心の気配があった。すっかり困惑し、気まずい数分を過ごした後、突然彼女が口を開いた。
「あなた、先生のことがお好きなんでしょう?」
 私はぎくりとした。それは正解でもあるし不正解でもある。好きという一言では正確に表現することができない感情である。彼女は続けた。
「あなたを見ていると思い出します。あの人と似ているもの」
 私は彼女のもったいぶった言い方が気になった。
「先生がいらっしゃるまで少しお話しいたしましょうか? あれは今から二十年ほど前の出来事でした。私はその頃からこちらに勤めておりました。この教室を開いたのは私の親戚に当たる市川和夫さんという人で、その次女の頼子さん――この部屋に飾っているモノクロ写真の女性です――が開業当初からギター講師として勤めておられました。あなたの先生はその頃はまだ小学生で、この教室の生徒として頼子さんからギターの弾き方を学んでおられました。先生はその頃からとても筋が良く、どうしてこんな片田舎の小さな教室でギターを習っているのかと、頼子さんも私も首を傾げるほどの腕前でした。先生はこの街や頼子さんのことがとてもお好きだったらしく、都会の教室で学ぶことにはそれほど興味がないご様子でした。この教室は、当時は今よりもっと規模が小さく、私たちは家族のように多くの時間を音楽と穏やかな語らいの中で幸せに過ごしていたのです。もっとも、経営のことでは私たちはいつでも頭を悩ませていましたが」
 私は彼女の話が長くなることを予感したが、先生とあのモノクロ写真の女性にまつわる過去の逸話が聞けるかもしれないと思い、好奇心を掻き立てられた。
「頼子さんは全盲の人でした。私は常時彼女に付き添い、身辺のお世話をしておりました。もともと私は福祉施設で介護職として働いていたのですが、そのことを知った彼女の父親、つまり前経営者の和夫さんが、私を頼子さんの専属の介護者として雇うことに決めたのです。彼は頼子さんに経済的な自立を促すためにこの教室を開いたのでした。初期投資にかかる費用の全額と、月々のテナント料の半分は彼が負担してくれました。テナント料の残りの半分と教室の維持管理費やその他諸経費、頼子さんの給与等は売上で賄うわけですが、経営が軌道に乗るまでは彼が彼女に仕送りをし、生活を支えてくれました。私の介護者としての給与は別途彼から支給されました。私は一日中頼子さんの傍に控え、彼女がこの教室で講師としての仕事を過不足なく行えるようにサポートしました。レッスン中、頼子さんが生徒とやり取りをする際に間に入るのはもちろん、教室の設備や備品の管理、来客の対応、必要な事務仕事なども全て私が引き受けました。文字通り頼子さんと二人三脚でこの教室を切り盛りしてゆくことになったのです。和夫さんは音楽には疎いらしく、口を出すこともここへ顔を出すことも滅多にありませんでした。頼子さんは大変なギターの名手で、クラシックギターとアコースティックギター両方の知識と演奏技術を持っていました。盲学校を出た頃に海外のギターコンクールに挑戦し、三位に入賞されたほどの腕前です。和夫さんはプロになる道を彼女に強く勧めたのですが、彼女はそれを頑なに拒みました。理由はプロとしてギターを弾くようになれば、純粋に演奏を楽しむことができなくなるから、というものでした。ギターを弾くことにかけては右に出る者の少ない頼子さんでしたが、手を拱いているだけで生徒が押し寄せて来るほど世間にその名が轟いているわけではありませんでした。私は介護者としての自分の仕事に自信を持っていましたが、教室の宣伝やら集客やら金儲けの才能にかけてはからきしでしたので、生徒がなかなか集まらず、正直に言って私たちの教室は開業早々傾きかけているような有様でした。頼子さんはかなりの実力者であり、コンクール入賞の実績もありましたが、講師としての経験が全くなく、しかも視覚障害者による指導であるため他の教室と比較した場合どうしても不利になってしまいます。仕方なく私たちは月謝を他の教室より安く設定しました。しかしそれでも生徒はなかなか増えませんでした。私は世間の厳しい向かい風をまともに受けて、徐々に焦りを感じ始めました。しかし同時に、私の中で、ある種の使命感のようなものが頭をもたげ、闘志を盛んに掻き立てるのを感じもしました。何とかして教室の経営を軌道に乗せ、頼子さんにギター講師として成功していただきたい、そして、その成功により自信をつけ、人々の間で堂々と胸を張って生きてゆけるよう成長して欲しい、そう心から願うようになりました。頼子さんは目の障害のせいで、子供の頃からずっと自宅に籠りきりで、すっかり自信をなくしていたのです。彼女の引っ込み思案は、本人にはもはや自覚することもできないくらい身に染みついていて、彼女の生来の性格とほとんど見分けがつかなくなっていました。そんな彼女を見慣れている家族たちは、彼女を自立させるために何をすべきかということをほとんど知りませんでしたし、また知ろうともしていない様子でした。彼女は家族にとって生まれた時からずっと保護の対象でしたし、これからもずっとそうであり続けるという認識が共有されていたのかもしれません。もちろん、両親は彼女に無関心というわけではありませんでしたし、ギター教室の経営という試みを通して彼女に経済的な自立を促してもいましたが、どこかおざなりで、不熱心な態度が私には透けて見えました。彼らは重要な仕事の大部分を私一人に任せていましたし、金を出す以外はほとんど何もしてくれなかったのですから。彼らにとっては、五体満足で子供の頃から学業において特別優れた能力を発揮していた頼子さんの弟の方が大切だったのでしょう。彼らが頼子さんの弟に大きな期待を抱き、より多くの注意と時間を割いていたのは傍目にも明らかでした。家族からの関心と心の込もったサポートが乏しいために、頼子さんは人としてひどく損なわれているように見えました。本当にお気の毒なご様子でした。自分が他人から必要とされ、感謝された経験がほとんどなかったのでしょう。とても頼りなく、儚げに見えました。彼女は感じやすい人で、時折ひどく怯えたような表情を見せることがありました。そんな時、私の胸は痛ましさのためにキュッと締め付けられるような思いがしたものです。彼女の両親はいつも別の問題にかかずらっていて、忙しそうにしていました。私は彼らが彼女の発するシグナルにちゃんと気付いているのかどうかいつも疑っていました。私はよっぽど彼らに自分のこの切ない思いを打ち明けようかと幾度も思案したものでしたが、時々何かの折に顔を合わせる程度の付き合いしかしていない私が、こんな差し出がましい口を利くのはとてもできないことでした。私は心の中でそんな引っ掛かりを感じながらも、見て見ぬふりを続けていたのです。ですが、希望もありました。彼女が真っ直ぐな、時には無邪気なとさえ言いたくなるような綺麗な心を保っていたことは明らかでした。私は彼女の無垢そのもののような明るい笑顔を何度も見たことがあります。それはたいていギターを聴かせてくれている時に輝きました。私は彼女の巧みなギターの演奏を聴きながら、滅多に見られないその心底嬉しそうな笑顔を見るのが本当に好きでした。それは奇跡的な瞬間のように思われたのです。彼女があのような過酷な運命の下にあっても生来の美しい心を保つことができたのは、ひとえに澄んだギターの音色が彼女の心の中に豊かな美しいイメージを描いてくれたためでしょう。もし彼女がなまじっか目が見えていたならば、見なくともよいはずの醜いものまで見てしまい、かえって繊細な心に深い傷を負うことになっていたかもしれません。彼女の目が全く見えなかったことと、ギターという素晴らしい楽器がたまたま手元にあったことが、彼女の心の芯の部分が弱気や卑屈の毒に侵されすっかり腐ってしまうことを防いでくれたのだと思います」
 木村さんは頼子さんの写真を眺めながらそのように話し、しばらく沈黙してコーヒーを啜った。瞳を閉じたモノクロの女性はまるで聞き耳を立てているように見えた。
「私は教室に生徒を呼び込むために、柄にもなくいろいろな努力をしました。駅前でビラを配ったり、知り合いに頼んで教室の宣伝をしてもらったり、折込チラシの広告代を捻出するために空いた時間でアルバイトをしました。和夫さんはその当時個人的な別の問題を抱えていて、私たちの教室などに構っている精神的、金銭的余裕はありませんでした。覚悟を決めた私の奮闘は、少しずつ実を結び始めました。生徒が少しずつ増えてきたのです。頼子さんの変化は見違えるものでした。最初彼女は、ただギターが上手いというだけの、引っ込み思案で頼りない未熟な女性に過ぎませんでした。ところが、私自身驚くほど短期間のうちに、彼女は立派な講師へと成長しました。目が見えないために、初めの頃は常に私が傍に控え、彼女のサポートをしました。しかし慣れてゆくうちに、彼女は可能な事柄については全て自分一人でやりたいと希望するようになりました。これがどれほど私を喜ばせたことか、彼女の辛い境遇を知らないあなたには想像もつかないことでしょう。生徒たちもすっかり頼子さんのことを気に入り、この教室の評判も高まりました。こちらから宣伝を行わずとも、口コミによって入会を希望する人々がちらほらと現れ始めました。頼子さんのギターの技術が一流であることは疑いようもなく、また講師としての適性も十分に備わっていました。彼女はそのことがご自分でも意外に感じられたらしく、非常に驚いておられました。この発見は彼女の自己認識を根本から改めるきっかけとなりました。彼女の表情や態度は少しずつ明るく生き生きとしたものへと変化してゆきました。そしてそのことがまた彼女の講師としての技術にいっそう磨きをかけるといった具合に、良い循環が生まれてもいました。それを私は横でつぶさに眺めながら、我が事のように喜んでいたのです。満ち足りた日々でした。
 ところがそんな私たちの教室でしたが、一つだけ容易に解決できない難問を抱えていました。生徒数が増え、売り上げは伸びましたが、それでも教室の経営が完全に軌道に乗っているとは言えない状況でした。事業を継続できるかどうかの瀬戸際のところでなんとか日々を乗り切っていたのです。それと言うのも、たくさんの男性の入会希望者を全て断っていたからでした。入会希望者は女性より男性の方が多いのです。それを全て断っていたのですから、多くの潜在的利益をみすみす手放していたことになります。このある種差別的ともとれる対応は、この教室の徐々に高まり始めた地域での評判に暗い影を落としました。定員に達したため、という表向きの理由で断られた希望者が全て男性であったことは、関係した人々の間ではすでに周知の事実となっていました。失望した人々が悪い噂を流し始め、そのために女性の新規の生徒数にも影響が出始めました。特別の理由もなく、突然去っていく生徒たちが現れました。頼子さんは男性が苦手だったのです。いいえ、ただ苦手だったというだけではなく、ほとんど嫌悪さえしていました。男性を前にした彼女は、まるで別人でした。異性として意識しているというのではなく、当惑、緊張、不安、恐怖に押しつぶされそうになり、すっかり委縮し、全身の力が抜けたようになって呆然自失しているような有様でした。彼女がこのような男性嫌いを患った理由を確信をもって説明することはできませんが、思い当たる節がないわけではありません。彼女には七つほど年の離れた鈴子さんという姉がいました。この姉は和夫さんと前妻との間にできた子で、離婚後は彼が親権を得て養っていた彼の最初の娘です。離婚の原因についてはよくわかっていませんが、和夫さんは性格の不一致と説明しています。しかし私が見るところでは、恐らく和夫さんの浪費癖と、女癖の悪さが原因だったのではないかと思います。前妻は一人で子供を育てたいという希望を持っていたようですが、病弱で、身寄りが少なく、経済的にも不安定だったため、和夫さんに子供を委ねる決心をしました。遊び好きな若い男の例にもれず、当時の和夫さんも、家族の絆の重みや、子供への愛情の深い意味についてはほとんど何も理解しておらず、ただ欲望の赴くままに月日を虚しく浪費して顧みないような人でした。離婚という一つの躓きがそうさせたのかもしれませんが、彼の破滅的な享楽への欲求はいっそう煽り立てられ、金が結びつける悪い仲間たちとの終わりのない乱痴気騒ぎが彼のやるせなさを慰めるという虚しい日々が続きました。鈴子さんが親戚である私の家に不自然に長く滞在する時期がありました。私の両親は和夫さんの放蕩ぶりに頭を痛め、彼の実の娘が隣の部屋で聞いているのも構わず、彼の悪口を盛んに言い合っていたのを覚えています。私は鈴子さんより五歳ほど年上で、当時彼女は小学校に上がったばかりでした。彼女は私と遊んでいる時、突然不機嫌になり、ぶっきらぼうな態度をとることがありました。私の両親が彼女を歓迎していないことを気にしていたのかもしれません。私はそういった複雑な状況に少なからず傷付いたものでした。ちょうどその頃、和夫さんは新たな恋人を見つけ、ほどなくして再婚しました。間もなく頼子さんが生まれ、鈴子さんは継母と年の離れた腹違いの妹と父親の四人で暮らすことになりました。こういった家庭にありがちな、継母の鈴子さんに対する冷たい態度や、父親のどっちつかずの姿勢や、妹への嫉妬心などの問題が彼女を苦しめたことは恐らく確かでしょう。不満や怒りの矛先は無抵抗な妹へと向かったものと思われます。というのも、証拠と言えるような事実を私はいくつか知っているからです。鈴子さんと仲良くしていた親戚の私は、年に数回彼女の家に遊びに行くことがあったのですが、彼女がまだ幼い盲目の頼子さんにきつい言い方をしたり、時には唐突に暴力を振るったりする場面を何度も見ました。頼子さんが成長して物事の分別がつくようになると、目が見えないことをいいことに、ありもしないことをでっち上げて彼女を精神的に傷つけることが増えました。例えば家族や親戚が頼子さんに対して優しくしてくれるのは彼ら自身のためを思うからだとか、本当は誰も頼子さんのことを愛していないのだが、それは生まれつき彼女の目が見えないためだなどと言うのです。さらに長じて彼女がギターの才能を発揮するようになれば、いつの間にかギターの弦が切れていたり、ボディにひびが入っていたりというような原因不明の故障が頻発するようになり、彼女が輝くような美貌を持つようになると、彼女に関心を寄せる男性の下心を過度に邪悪なものとして説明したり、男女の情愛の肉体的な側面をグロテスクに誇張し、ああいったことを行うのは、いや、頭の中に思い描いてみるだけでも恥知らずな犯罪行為であり、人間としての尊厳の終わりを意味する、などと吹き込むのでした。私は彼女の行為のあまりのひどさに我慢ならなくなり、和夫さんに告げ口したことがあります。和夫さんは激怒して鈴子さんを強く叱りつけ、頬をぶちさえしました。鈴子さんは頼子さんが父親に告げ口したものと考えたようですが、もちろん私のことも疑っていたと思います。それ以来、彼女は私にそっけない態度をとるようになりましたから。
 そういった事情があったので、私にとって、頼子さんの男性嫌いの問題に切り込むのは気が重いことでした。しかし背に腹は代えられません。それに鈴子さんと別々に暮らすようになってからかなり長い時間が経っていました。私は教室の経営のことで頼子さんと真面目に話し合った折に、男性の入会希望者への今後の対応について、彼女に意見を求めました。これは死活問題だったので、彼女にはいつものように逃げを打つのではなく、真剣に受け止めて熟慮を重ね、前向きに判断して欲しいと思いました。それほどその頃の私は経営について思い悩み、追い込まれていたのです。一言一句まで正確に覚えているわけではありませんが、確か彼女はこういうふうな返事をしたと記憶しています。
『木村さんにはいつも本当に感謝しています。そして現状では、つまり、私のわがままを聞いてくださっている現在のいびつな教室のあり方では、早晩店じまいをしなければならなくなることはわかっています。ですが……』
 頼子さんが悲しそうな表情でしばらく沈黙されましたので、私は口を開きました。
『私はいつでも頼子さんの味方でしたし、これからもそうです。頼子さんが嫌と言うことを無理強いするくらいなら、死んだ方がましだとさえ思っているくらいなんですよ』
『木村さん、あなたって人は……』
 頼子さんは目に涙を浮かべました。
『ええ、そうですとも。頼子さんが嫌がることをどうして強制できますか? 私と頼子さんは一心同体ですもの』
『私、一生あなたについて行くつもりよ』彼女は泣きながらそう言いました。
『ですが……』と私が続けようとすると、頼子さんははっと息を飲み、そのまま呼吸することを忘れてしまったみたいに固く体を強張らせてしまいました。しかし私は構わず言いました。
『私たち二人が乗り込んでいるこの船が沈んでしまっては元も子もないということはおわかりですね? 私、本当はこんなことは言いたくないのです。私がどれくらいつらい思いでこんなことを言っているか知っていただきたいくらいです。体を真っ二つに引き裂かれるような思いだと言っても決して大袈裟ではないのですから』
『私も体が二つに引き裂かれるような思いよ』と頼子さんはしくしく泣きながら言いました。『私はこんなことを言われるのは本当につらい。よりによって、木村さんの口からこんな厳しい言葉が出たということがつらいのよ。だって、いつだって木村さんは私を庇ってくれたし、私にとっては躓く前の杖、矢を弾き返す頼もしい盾だったのですから。木村さんは私に良識を与えてくれ、私を正しい道へと導いてくれる人。いつも正しいことばかり言うし、間違っているのはたいてい私の方だということは、今までのことを振り返るにつけよくわかっているつもりです。ですから、この問題についてもあなたのおっしゃることが正しいのでしょう。ですけど……』
 そして、彼女は顔を両手で覆い、体を床に投げ出しました。私はまるで弱者を打擲しているような気分になり、涙を押しとどめることができなくなってしまいました。しばらくのあいだ私たち二人は物も言わず、子供のように部屋中が涙でいっぱいになるくらいに泣きました。涙の川で二人とも溺れ死んでしまえと言わんばかりに。
『頼子さん』激情が静まったところで再び私は口を開きました。『この教室での頼子さんの活躍と成長には目を瞠るものがあります。あなたという人にとって、この場が与えてくれるものがどれくらい価値があるか、あなたは本当にはご存じないのです。と言うのも、もしそのことを本当にご存じなら、この教室を存続させるために何をすべきかという問題について、こうまで悩むはずがないからです。ですが、さきほど申しました通り、私はどこまでもあなたの味方です。あなたが絶対に嫌だと言うことを無理強いするつもりはありません。この素晴らしい飛躍の機会をあなたご自身がどう捉え、どう扱われるのか、私は黙って見ていることにしましょう』
 彼女にはいくぶん強情な一面があることを私は知っていました。翌日の彼女はいつもより元気がありませんでしたが、それでも最後までレッスンをやり切りましたので、私は安心しました。私はすぐに回答を求めず、時間をかけてじっくりと考えてもらうことに決めました。その次の日も彼女の様子はきちんとしていました。その次の日もそうでした。しかしその次の日あたりから、少しずつ悄然とした印象が強くなってゆき、しまいにはレッスンを行うことが困難な状態にまで落ち込んでしまいました。レッスンに穴を開けてしまうようではどうにもならないので、私は根負けした形で彼女の考えに寄り添うことに決めました。
『もうよしましょう』私は絶望的な気持ちで言いました。『最近では男性の入会希望者はめっきり減ってしまいました。悪い噂は広まりきっているのです。今更こんな話をしても無駄です。男性の入会を検討するなら、もっと早いタイミングでやるべきでした』
『では、もう私たちの教室はおしまいなのね?』頼子さんは消え入りそうな声で言いました。
『いいえ、また私が別のところで働けば、あるいは……』
『そんなことはさせられないわ。私のわがままのためにあなたがそんな辛い思いをしないといけないなんて……』
 そう言うと、彼女はかなり長いあいだ黙り込み、このことについて深く考え込んでいる様子でした。そして、意を決したように彼女は口を開きました。
『わかりました。いつかは向き合わなければならないことだったのです。いつまでも先延ばしにすることはできません。私たち二人の未来のために挑戦しましょう』
 正直、私は安堵しました。頼子さんはこう続けました。
『それにしても木村さん、生きるって辛いことね。私は目が見えないから、まだいろいろなことを大目に見てもらえるのだと思う。でも、もし私が健常者だったら、もっと厳しい世間の荒波をまともに受けていたはずだし、それを自力で乗り越えないといけなかったでしょうから』
『大丈夫、頼子さんなら乗り越えられるわ。精一杯私がお助けしますもの』
 こんなことを言った私は、この時、本当に上手くいくと信じていたのです。頼子さんは弱気なだけで、思慮分別はしっかりと備わっていましたし、結局のところ困難に打ち勝つ強さを持った人でしたから。しかし私には一つ誤算がありました。それは同性だからこそ気づくことができない誤算だったのです。
 男性の入会希望はかなり減っていましたが、それでも常に女性の希望者より多くいました。私は後で知ったのですが、どうやら講師が美人であることが、男性の希望者を不自然に増やす原因になっていたようです。当然のことながら頼子さんはそのことを全く自覚していませんでした。ご自身の美貌を確認する手段がなかったからです。そのうえ彼女は生まれつき不幸なハンディキャップを背負わされたギターの名手で、上品で柔和で陰のある雰囲気を持っていました。こういった特徴に惚れ込み、彼女に近づきたい一心で入会を希望する男性たちが後を絶たなかったのは当然のことだったかもしれません。頼子さんはご自身の内に育まれている世界、音楽の世界を非常に大切にしておられました。何もない真っ暗闇の中で、美しく輝く音のレンガを一つ一つ積み上げ、頑丈な土台の、きらびやかな堂々とした建物を長い時間をかけて少しずつ構築していたのです。私はいつも彼女の傍にいて、そのことをよく知っていました。彼女の言葉は、その城の中を吹き抜ける風のように、いつでも特有の色と香りを帯びていましたし、またその声音は、風が城壁に触れる度に響く玄妙な音のようにも思われたのです。こんなことを言うと、詩的な表現で彼女のことを過剰に美化しているように聞こえるかもしれませんが、もし実際に彼女と接することができたならば、私の申し上げていることはすぐにご理解いただけたはずです。彼女の願いはその城の主として、自身の領土を守り抜くことでした。反対に、彼女に近づこうとする男たちの願いは、その城を攻め落とし、彼女を降伏させ、彼女と共に新たな王国を建設することでした。彼女にとって、馴染み深い音楽の王国を掻き乱されることは、ほとんど死を意味したことでしょう。後から考えると全てクリアに見えて来ますが、当時の私には何もわかりませんでした。彼女はやがて訪れる侵略者の影にずっと怯えていたのです。
 私は早速、男性の希望者のうち、四人を選んで入会の許可を与えました。男性の生徒数は最終的に十人程度にまで増やすつもりでいましたが、まずは四人で様子を見ることにしたのです。そのうちの一人は小学四年生で、とてもかわいらしい、罪のない少年でした。彼はすぐに頼子さんに懐き、彼女の方でも彼を非常に気に入ったようでした。いくら男性が嫌いだと言っても、子供はその埒外だったのでしょう。二人は高校生で、一人は自己流で弾き語りの技術を磨いてきた活発そうな男の子、もう一人は大人しく神経質そうな秀才タイプの男の子でした。活発そうな男の子の方は、いつも流行りのファッションに身を固め、口調や態度は若者らしい砕けた感じで、少し軽薄そうなところがありました。どうやら気分屋で、ちょっとしたことでもすぐにイライラするようでしたが、それはたいてい長続きしませんでした。根はいい人だと感じました。ギターを習う姿勢はとても真面目で、上手くなりたい気持ちがしっかりと伝わって来るなかなか好感の持てる人でした。本人から聞いた話ですが、高校の音楽仲間の中にギターの名手がいて、彼に勝ちたい一心から、アルバイトで貯めた金をつぎ込んで内緒でこの教室へ来たのだそうです。ここでギターを習うことは彼の中ではズルをしていることのように感じられるらしく、絶対に口外しないで欲しいと念を押されましたが、そんな姿が私には可愛らしく思われました。教室へ来る以前から独学でギターの練習を重ねていただけあって、彼は飲み込みが早く、頼子さんもそのことにかなり助けられている様子でした。彼の人となりに馴染んでからは、頼子さんはまるで可愛い弟とでも接するような気楽さで、打ち解けた態度で彼に指導を行いました。その様子には、他の女性の生徒と関わっている時と何も変わったところはありませんでした。もちろん根が真面目で、何事にも一生懸命な彼女のことですから、そんな雰囲気の中でも、指導の細やかさや、一種の厳格さを失うことはありませんでしたが。もう一人の高校生は驚くほど無口で、何を考えているのかさっぱりわからない、独特の個性を持った人でした。頼子さんは接する相手から視覚的な情報を何も得ることができないわけですから、彼が一体どういう理由で黙り込んでいるのか、怒っているのか、不安がっているのか、戸惑っているのか、それとも興味がないのか、その辺りの判断がつきにくいために、かなりやりづらさを感じている様子でした。レッスンの後、私が彼の表情や態度を細かく彼女に説明し、彼女の不安を取り除いてやる必要がありました。私が見たところ、彼はギターという楽器に強く憧れてはいるものの、完全な素人であるために、習うにあたって大変な緊張を感じているようでした。おそらく講師のギターの腕前と、月謝の安さから私たちの教室を選んでくれたのだと思いますが、盲目の講師から習うということに戸惑いを感じている様子が窺えました。講師と生徒の橋渡し役をする私の役割がとても重要でした。私も、頼子さんも、なかなか心を開いてくれない彼に最も苦労したように思います。彼は半年ほど籍を置いていましたが、結局最後まで私たちに心を開くことはありませんでした。彼なりのやり方で、ぎこちないながらも一生懸命ギターの練習に取り組んでいました。私たちに不平不満を漏らしたことは一度もなく、その練習の姿勢はストイックそのものでした。技術はメキメキと向上してゆきました。この結果に、私たちは、そしておそらく本人も、十分に満足することができたのです。彼は目的を達成すると間もなくこの教室を去りました。この二人の高校生は、男性とは言えやはりまだ子供に過ぎず、私の抱いた不安はただの杞憂に終わることになりました。つまり、頼子さんの男性アレルギーの対象となるような人たちではなかったのです。
 最後の一人は菅野孝太郎というサラリーマンでした。もともと学生時代にギターをやっていたらしく、さらに技術に磨きをかけたいとのことで、私たちの教室へやって来ました。サラリーマンらしい真面目な態度の青年で、二十八歳の既婚者でした。時々世間話をする機会がありましたが、話しぶりはとても感じが良く、常識的で、落ち着いていました。言葉の端々から愛妻家であることが伝わってきました。私たちが最も恐れていた若い男性特有の強引さやがさつさをほとんど感じない人でした。この様子であれば頼子さんの身を案ずる必要はなさそうだと私は安心しました。レッスンの最初の頃、頼子さんの当惑は傍目にも明らかでしたので、私は常時彼女に付き添い、様々な助け舟を出しては彼女が一刻も早く彼に慣れ、通常のレッスンが行える状態へと速やかに移行できるように最大限努力しました。私は他の男性の生徒たちの場合と同様、菅野さんのことも疑い、相手に気取られないように注意しながらそれとなく観察の目を光らせましたが、彼が不審な行動を見せることはありませんでした。彼の練習に取り組む姿勢は真剣そのもので、何も問題は生じませんでした。時間の経過と共に頼子さんのぎこちなさもとれてきて、結果的に彼女にとって良いリハビリになったのではないかと思われました。彼の指導を始めてからずいぶん日が経ったある日、頼子さんは突然ぽつりとこんな言葉を漏らしました。
『菅野さんっていい人ね』
 驚いて私は『生徒の菅野孝太郎さんのことですか?』と尋ねました。
『ええ。彼はとても親切だわ。受け答えの一つ一つに繊細な配慮の跡が見てとれますし、賢くて優しい人。ギターも上手ですし、飲み込みも早いわ。こんな生徒さんばかりなら、どんなにこの仕事が捗ることでしょう。私、時々少し怖くなることがあるの。あんまり充実した時間が過ごせた日には、こんなことをしてお給料までもらってはバチが当たるのではないかと思うのです』
 このほとんど好意の表明と言ってよい言葉を私は意外に感じました。そして、やや行き過ぎのようにも感じましたが、それよりは、彼女の男性嫌いが少しずつ新たな経験の上書きによって癒されているらしいことを知って、いくらか感動を覚えさえしました。人は変われば変わるものです。私はすっかり安心しました。私は二人はもう大丈夫だと判断し、レッスン中に私が付き添う時間を少しずつ減らしてゆくことに決めました。最初それは上手くいっていました。いいえ、かなり長いあいだ上手くいっていました。しかし私はうかつでした。私自身も、男性のサガというものをよく理解できていなかったのです」
 彼女は話を中断し、しばらくのあいだ意味ありげに沈黙して俯いていた。私は彼女が再び口を開くのを待った。
「それにしても男性というものは」木村さんはしみじみとした口調で言った。「私たち女性には想像もつかないような、独特の考え方や感じ方によって行動をとるものなのですね。ですから、いつも私たちは不意打ちを食らって、途方に暮れてしまうのです。男性というものは生まれつきの策略家ですからね。私の言っている意味がわかりますか?」
「ええ、何となくですがわかります」私は鼻白んでしまった。
「彼は半年近くも大人しい態度を装い続けました。しかし、それは彼の本性からはかけ離れた行動だったのです。私は彼の変化を感じ取っていました。彼は少しずつ馴れ馴れしくなってゆきました。時には無礼とすら感じられる大胆な言動を見せることもありました。しかしすぐにまた謙虚な、控えめな態度に戻るといった具合で、掴みどころがなく、態度が頻繁に二転三転するために、私は彼の真意を推し量りかねました。仲の良い先生と生徒の関係の範囲を出ないようにも思われ、判断がつきかねました。あまりにも不安が増した時には、私から直接頼子さんに懸念を示すこともありましたが、そんな時、いつも彼女は静かに首を横に振り、『そんなふうに人に疑いをかけるものではありません』とたしなめるのが常でしたので、本人にそう言われたとあっては、私としてもこれ以上何も言えなくなってしまうのでした。彼女は菅野さんの下心を疑い、嫌悪することを、彼に対する侮辱だと考え恥じていました。しかしそこは世間や男性というものをあまり知らない彼女のことですから、私としては、彼女のそういった人の良さ、信じやすさに無邪気に感嘆するよりは、時には心を鬼にして、厳しく正してやる必要があったのです。結果的に彼女のこの寛大さは、彼をつけ上がらせるきっかけを作ったにすぎませんでした。しかし私は常々思うのですが、人の優しさというものは、それ自体はこの上もなく美しく好ましいものに違いないのでしょうが、それがもたらすものは必ずしも良いとは限りません。優しさの結果として残酷さや暴力がもたらされることがしばしばありますが、それは男女の間において、より頻繁に起こるように思われます。一般論として、男性は女性より気性が荒く、攻撃的な側面があると言えるかと思います。女性が生まれつき備えている優しさに対する憧憬や感嘆の感情が、つまり自分には備わっていないそういった美質への強い思いが、男性の中に嫉妬にも似た強い欲望、独占欲を生み出すのです。この独占欲は、排他的な家庭という単位を築くのに必須の条件でもあって、必ずしも悪いものだと言い切ることはできません。ともすれば分離しがちな他人同士の結合に過ぎない夫婦という単位を確固たるものにするために、相手のパーソナリティや人生を所有する、あるいは共に分かち合うという意識がどうしても必要です。男性が女性を見初めると、湧き出した愛情が彼という人間をすっかり変えてしまいます。頭の中が相手を手に入れたい思いでいっぱいになり、本能の荒々しい要求が彼を駆って無我夢中の行動をとらせます。一本調子のやり方ではどうにもならないことがわかれば、作戦を変更して別の手段に訴えてみたり、恥も外聞も捨てて彼女の足元に身を投げ出し、哀れげに掻き口説いてみたりします。気に入った相手の腹に自分の子を宿らせるために、どんなことでもしようとするのです。ああ、なんて浅ましいことでしょう! しかし、男性というものは女性に比べると肉体こそ頑丈にできていますが、心の方はそれほど強くはできていません。恋の魔力が一時的に彼らから分別を取り上げ、向こう見ずな野蛮人へと変身させていますが、女性の残酷な拒否の言葉によってその恋の炎はいともたやすく鎮火するのです。大事なことは、女性の方で、残酷な言葉の刃を相手に突き立てる勇気を持てるかどうかなのです。思慮分別の備わった責任ある女性は、このことを果断に行えなければなりません。これは男性に対する礼儀ですし、自分自身に対してきちんとけじめをつけられる人間であるかどうかがそれによって決まるところの、重要な分岐点でもあるのです。本音を包まず、自分自身も血を流しながら相手の男性を傷つけられる誠実さ、正直さが女性には必要です。それを伴わない無節操な優しさは災いを呼ぶだけです。それは恥ずべき放縦の美化された偽りの姿にすぎません。私は彼女に対してよくよくそのことを教えてやらなければならなかったのです。しかし一つには当時の私の注意不足や無知から、またもう一つには彼女を心から思いやることとは別物の、表面的な彼女への配慮の感情から、苦い薬を彼女に飲ませることができませんでした。彼女は目が見えないため、自分の器量が一体どれほど優れていて、仕草や態度の全体から滲み出る気品がどれほど男性の心を惑わしやすいものであるかを知ることがなかったために、自分の魅力を過小評価し、ごくつまらない存在か何かのように間違えて考えていました。そのせいで、とても卑屈で自信の失われた状態に置かれていたために、他人に対して本心をはっきりと口にすることに抵抗を感じていたのです。彼女の曖昧な態度にいやがうえにも期待が膨らみ、恋の向こう見ずにますます拍車がかかった菅野さんは、次第にあからさまな誘惑の態度に出るようになりました。私は頼子さんのボディーガードよろしく、常に彼女の傍に控えなければならなくなりました。正直に言いまして、私には、彼女が彼のアプローチを本当に嫌がっているのかどうか、正確に見分けることができませんでした。傍目にはなかなかわかりづらいのです。本人がはっきりと意思表示をしなければなりません。男性をひどく落胆させ、彼から冷たい態度をとられ、ぞんざいに扱われることになったとしても、そうしなければならないのです。結局、この男の暴走を止めたのは頼子さんの決断ではありませんでした。彼のあからさまな変化に気づいた彼の奥さんが、強烈な怒りの雷を彼の脳天に打ち下ろしたために、状況は一変しました。実は彼の収入は乏しく、家計をやりくりしなければならない奥さんは絶えず苦労を強いられ、彼女の頭の中は彼に対する不平不満でいっぱいだったのです。その上こんな趣味まで始め、頼子さんに会う時間を増やすために受講日数を増やしたり、あまつさえ彼女へプレゼントを贈るためにしきりに出費を重ねたりするものですから、ついに奥さんの堪忍袋の緒が切れたというわけでした。ただでさえ仕事ができず実入りも乏しいのに、そのうえ浮気までされたのではたまったものではありません。奥さんの怒りの爆発によって彼の浮気心は木っ端微塵に消し飛び、ギターの趣味も諦めて教室を退会し、家庭のために真面目に働く真っ当な父親へと改心しました。幸いなことに、一度は頼子さんに伸ばした魔手を再び伸ばそうとすることはその後ありませんでした」
「人間にとって」私はふと思い浮かんだことを言った。「現状を変化させることはとても難しいことですね。意志の力でそれをやってのけられる人は本当に少ないと思います」
「そうなのです。私はこうやって頼子さんの置かれていた不幸な状況を考えもせず、彼女の優柔不断を責めていますが、人の考え方や感じ方、振る舞い方は抗しがたい運命や環境の力によって必然的にそうなっている場合がとても多いのです。それを自力で覆すことができないからと言って、当人の怠慢や意志の薄弱を責め立てたり、改善のために強引に力を加えたりすることは間違っていると思います。ただ指摘してやるだけで良かったのです。ちょうど畑に種を蒔くのと同じように。すぐに大輪の花を咲かせることがなくとも、五年後、十年後に花開くことを期待して、彼女が自分で自分の問題点に気づくきっかけとなる種を彼女のよく肥えた畑にそっと蒔きさえすればそれで良かったのです」
 そう言うと、木村さんは頭を抱え、ひどく疲れたような、打ちひしがれたような表情を見せた。
「案の定起こってしまったこの一件以降、私は男性の入会に慎重にならざるを得なくなりました。当面は男性の新規の入会者を取らないことに決めました。その頃、複数の生徒が一度に退会したり、頼子さんの父親からの資金援助が一時的にストップするなど、不測の出来事が立て続けに起こり、教室の経営はかなり厳しい状況に追い込まれました。教室をスタートさせて二年の月日が流れていました。頼子さんの講師としての仕事ぶりはすっかり板に付いていました。目が見えないため、私のサポートが必要であるのが本当に不憫でした。もしそうでなければ、いっそ経営の傾きかけた私たちの教室を畳んで、別の教室に転職するなどいくらでもやり直す方法はあったでしょう。しかし彼女は常に私と行動を共にせねばならず、こういった特別の事情がある講師を雇ってくれる教室を見つけるのは困難なことでした。私たちの教室を立て直し、再び軌道に乗せることに拘ったのは、そういった事情があったからでした。人が逆境にある時、意地の悪い運命の神様が逆風の勢いをいっそう強め、人をのっぴきならない状況へと追い込んでしまうことが時々あるように思います。あなたはそんな思いをしたことはありませんか?」
 私はそれほど恵まれた人生を送って来たわけではないが、生来多くを望まない性格であったためか、自分の運命に対して不満を抱いたことは一度もなかった。運命の神様に追い込まれるという思いを抱いたことがなかったので、「わからない」とだけ答えた。
「運命を司る神様のなんと気まぐれなことでしょうか。禍福の配分をまるでサイコロでも振るようにしてお決めになっているようです。私たちは逆風が強く吹き付ける中を、顔をしっかりと上げ、挫けずになおも前進し続けなければなりませんでした。それから丸一年もの間、私たちはどん底の貧乏暮らしを耐えながらもがき苦しみました。私は教室での仕事の合間を縫って、内職をしたり、パートの仕事に出掛けたりしました。頼子さんはいつもと同じ調子で淡々と仕事をこなしていました。私はお金の問題について苦しみ抜きました。人生の苦しみといっても、お金さえあれば解決できる問題は割合多いのです。もちろんお金が全てではありません。しかしあるに越したことはないのです。世間で起こる様々な事件の裏で、人知れず金が力を揮っていることがよくありますが、人々はあまり表立ってこのことを話しません。そういったことを口にするのは一般にはしたないことだと思われているためです。しかしそのせいで、金の力を過小評価し、思いつきだけで様々な事業や仕事に乗り出し、いきなり身も蓋もない世間の冷厳なルールを突きつけられて途方に暮れる人々のなんと多いことでしょうか。高い授業料を払わされ、一つ賢くなった時にはすでにゲームは終わっているのです。再起の道が閉ざされている場合も少なくありません。私たちのような弱々しい二人が世間に挑んでいくには、乗り込んだ舟はあまりにも小さく脆い造りでした。腕のいい船頭が舵をとっているわけでもありませんでした。舟は流れに抗うことができず、ゆっくりと滝壺へと流されてゆきました。早晩破局が訪れるであろうことは火を見るより明らかでした。私はこのことを頼子さんには黙っていました。私一人で全てを抱え込み、何とかしようと骨折っていました。私は毎日三時間ほどしか眠らず、起きている間は常に仕事に追われていましたので、ついに体を壊してしまいました。頼子さんの父親と何度も面会し、しつこいくらい金の無心を繰り返したために頬を殴られ、足蹴にされたこともありました。腫れた私の顔を頼子さんが見られないことが本当に救いでした」
 木村さんはハラハラと涙をこぼした。それを見て私も涙を抑えることができなかった。
「ちょうど厳しい冬の後には春が来るように、私たち二人にも明るい陽光が降り注ぐ時期がやって来ました。取り立てて何をしたということもないのです。最も厳しい一年間を耐え忍んだ後は凪の状態がやって来ました。よく言われているように、運命とは逆境と順境の不断の交替なのだということが、この時の私にはよくわかりました。突然頼子さんに演奏会への参加の依頼が舞い込んだのです。地元の小規模なホールでの演奏会でしたが、彼女は前向きに取り組みました。そしてこの初めてのチャレンジを成功させ、少しの出演料を得ました。しかし私たちにとっては、一時的な収入を得たことよりも、教室の効果的な宣伝が行えたこと、この定期演奏会に継続的に参加してゆくための信頼を関係者の間で勝ち取ったこと、多くの業界関係者の知己を得たことで他の演奏会への参加の道が開けたこと等が後々大きな意味を持ちました。この成功により、当座の返済の問題が解消し、どれだけ私はほっとしたことでしょう。その時の気持ちは今でもありありと思い出すことができます。次の日から悪夢を一切見なくなったほどでした。頼子さんの演奏は高く評価され、瞬く間に評判を呼びました。ギターという楽器は、弦の弾き方一つで、音そのものにも明らかな差が出ます。質の高い、クリアな音で構成される正確な演奏が、人々の胸を打ちました。演奏を聴いた人々はみな口を揃えて『ギターがこんな音を奏でるとは知らなかった』と話し、驚いていました。普段我々が耳にしているギターの音色とは根本的に違うのです。そのことは、あなたも先生の演奏を聴いてご存じでしょう? 先生は頼子さんの愛弟子で、頼子さんの奏でる音をよく再現できる人ですから」
「ええ、それはよく知っています。太く伸びやかで、澄んだ格調高い響きを立てるので驚きました」
「音楽にあまり馴染みのない地元の聴衆たちに感動を与え、奥深い人生の秘密に触れさせる力を頼子さんの演奏は持っていました。それは本物の芸術が持つ力なのです。この街での彼女の名声は一挙に高まりました。入会希望者が教室に殺到し、一人ではとても捌き切れないため、新たに講師を採用することも決まりました。芸術としての音楽に魅せられ、本格的に学ぶために受講する人たちが増えました。彼女の存在が広く周知されたためか、彼女の美貌にしか関心のない、不真面目な男性の入会希望者はほとんど現れなくなりました。こういった手合いを怯ませるほど、世間での彼女の評価は高まっていたのです。私は彼女の明るい前途をほとんど確信し、安定した生活の中で、次々と成し遂げられる成功を傍で祝福できる幸せを噛みしめました」


                                        三

「こんな時に、あの人が私たちの前に姿を現したのです。この話の中心に立つ人物です。あれは何の変哲もない曇り空の日のことでした。今にも雨が降り出しそうで、私は空模様を気にしながら何気なく外の景色を眺めていました。頼子さんはレッスンの間の空き時間を、レッスン室でギターを弾いて過ごしていました。少し複雑な構成のクラシックの楽曲を、ギターの曲にアレンジするために思案していたのです。窓のすぐ外の歩道を歩いていた一人の学生風の男が、不意に立ち止まりました。そして、辺りをきょろきょろと見回した後、教室の窓のすぐ近く、室内からは死角となる場所まで移動し、しばらくそこで不自然にじっと立っていました。時々室内を覗き込もうとすることもあり、見るからに怪しい人物でした。彼は見たところ二十歳過ぎくらいで、やけに肌が白く、女のようにつるつるしていて、子供のような印象でした。あの一件以降変な虫が寄り付かないように警戒していた私でしたが、彼を見てもそういった危険は感じませんでした。背が低く、虚弱そうで、ひょっとすると中学生かもしれない、いやそれどころか少年のような見た目の女の子かもしれないと感じたほどでした。要するに、何か事が起っても私一人で簡単に対処できると思えるような、頼りない風貌の男だったのです。後に彼は近くの大学で法学を学ぶ川村純という名の学生であることがわかりました。彼はかなり長い間そこに立っていました。恐らく一時間以上は立っていたでしょう。私はそのことに何か異様なものを感じましたが、頼子さんには何も伝えませんでした。次の日は朝から強い雨が降っていました。やはり彼は同じ場所に現れました。雨のなか傘を差して直立不動でそこにいました。しかし前日とは打って変わり、その日は十分もしないうちにどこかへと行ってしまいました。だいたい二日に一回くらいの頻度で彼は姿を現し、いつも同じ場所に立ち、そこで何をするということもなくただじっとしていました。ある日、私は好奇心を抑えきれなくなり、彼に近づいて直接話しかけてみることにしました。
『あなた、教室に興味がおありですか?』
 彼はうろたえて小さく『え?』と答えるのみです。顔が強張り、声が喉に貼り付いて上手く話せないといった様子でした。その反応を見て、私の警戒心は少し和らぎました。やはり子供だと思ったのです。
『入会を希望されている方でしょうか?』あえて語気を強め、もう一度私は尋ねました。
 彼は驚いた表情を浮かべ、無言で頷きます。
『残念ですが、私たちは男の人の入会をお断りしているのです』
 私たちの教室では、もうこの事実を隠さないことにしていました。相手はそのことを知らなかったのでしょう、当惑したような表情を浮かべ、しばらく考え込んでいました。
『失礼ですが、もしかしたら女性の方でしょうか?』
『僕が女性に見えるのですか?』彼は顔を上げてそう尋ねました。
『いいえ、見えませんね。けれど万が一ということもありますから……』
『僕はもちろん男です。ところで、この部屋から聞こえて来る演奏はとても素晴らしいですね。聴いたことがないほどの美しさです』
『市川さんをご存じないの?』
 私は彼が頼子さん目当てでやって来たのだと思っておりましたので、そう尋ねました。
『市川さんとおっしゃる方が弾いておられるのですね。大変な技術です。もちろん僕のような素人がこんなことを言うのはおこがましいことですが。でも、僕はこんな演奏を今までに一度も聴いたことがありません』
『時々この街のコンサートホールで演奏会を開いておりますよ』
『それは知りませんでした。僕はいつも近くの都市で開かれる演奏会に行くもので。しかも、貧乏なものですから、年に数回行かれればいい方です。しかし灯台下暗しでした。僕が住む街にこんな人がいたなんて』
『市川さんは私たちの教室が抱える自慢の講師で、海外のコンクールで実力が認められたこともある一流のギタリストです』
『プロのギタリストたちの中に交じったとしても目立つだろうと思います。音の正確さ、力強さ、抑揚、リズム、情感、表現力、全てが妥協のない巧みさです』
 普段は大人しいが、好きなことが話題になると急に饒舌になるタイプの人だと感じました。
『先日、この通りを通りかかった時、僕は、この世のものとは思えない、謎めいたこのギターの音色に偶然出会いました。心に響く、力強い、そのくせ繊細な音色です。僕は心を鷲掴みにされ、以来虜になりました。不意にある予感が僕を襲いました。僕の今後の人生が、この音色によって左右されるであろうことを直感したのです。それほど強い衝撃でした』
 彼は異様に目をきらきらとさせ、静かな口調ではありましたが、それと不釣り合いな早口でそう言いました。私はこれを聞いて、どう返答したものかわからず、戸惑いました。彼は臆する様子もなくさらに続けました。
『僕は子供の頃からギターを独学で勉強してきました。最初は父から習いましたが、父は僕が幼い頃に他界してしまいました。専ら教則本に頼ったり、上手なギター仲間と一緒に練習したり、有名なギタリストのCDを聴き込むなどして、不器用ながら自力で技術を磨いてきました。先生について習ったことは一度もありません。もちろん、音楽に対する理解、技術とも素人の域を出ないわけですが、さりとて全く何も知らないというわけでもないのです。窓越しのくぐもった音の断片からの判断ですので甚だ心許ないのですが、どうやらこの演奏者は、一人で異なったメロディを同時に弾きこなすためにアレンジと演奏法の工夫にずいぶんと骨折っているようですね。音の構成が非常に複雑ですが、要求される演奏技術があまり高くなり過ぎないように、入念に音の取捨選択を行っています。しかもその努力の跡がそれとわかるような形ではほとんど残っていません。労作にありがちな汗の臭いのしない上品なアレンジになっています。嫌味がなく、率直で、楽曲の本来の意図に寄り添うことが優先されていて、弾き手の謙虚さ、奥ゆかしさがそのまま作品として結晶しているようです。しかしなぜでしょうね? こんなことを言うと失礼ですが、なぜこれほど才能に恵まれた人がこんな小さな田舎町のギター教室などでくすぶっているのでしょう? いや、気分を害されたのであればお詫びいたします。しかし、これほど高い演奏技術をお持ちであれば、演奏活動だけで生計を立てることも十分可能であるように思われますので』
 とまあこんな具合に自身の思いの丈を初対面の相手に向かって無我夢中で語り続けるのでした。彼は入会することにはそれほど拘らず、我々のルールをあっさりと理解してくれました。これには経済的な事情が関係していたようです。私には、彼が純粋に頼子さんの奏でるギターの音色の素晴らしさに惹かれて行動していることがよくわかりました。彼は五線ノートと鉛筆を持ってきて、聴き取った音を書き込んでいることもありました。話を聞くと、家に帰ってその楽譜を見ながらギターを弾いてみるのだそうです。面白い発見があったり、アレンジのセンスに唸らされたり、しみじみとした感動に心が震えたりと、とても刺激的で勉強になるのだと彼は話していました。説明するのが難しいのですが、彼には芸術や自己表現に興味がある人特有の熱心な様子がある一方で、奇妙な落ち着きもありました。男らしい覇気のようなものがほとんど感じられず、とても頼りなく見えました。アルバイトで生活費を稼ぎながら学生生活を送っていたらしく、苦労を知っているためか、謙虚で誠実そうな物腰でした。外見の頼りない印象は生まれつきの優しい気質から来るものだということが次第にわかってきました。話をしてゆくうちに、彼の無心なところ、真っ直ぐなところがわかってきて、私は彼に好印象を抱くようになりました。彼は足繁く私たちのところへやって来て、窓の外に立ち、部屋から漏れてくるギターの音に耳を澄ませていました。彼の姿を見かける度に私も外へ出て行き、彼に声を掛けます。すると、彼はいつも朗らかな笑顔で、馴染みの相手と話すような気さくさで話に付き合ってくれるのでした。ふと気が付くと、私と彼はちょっとした友達のような関係になっていました。私の中に年甲斐もなく若い男性の友人を持ちたがる愚かな願望があったことは白状しないといけません。私はその頃すでに四十代の半ばを過ぎていました。しかし自分自身の名誉のために言いますが、彼に対する仄かな好意を恋愛感情と取り違えたり、彼に対して思わせぶりな態度をとったり、ましてや誘惑したりなどというようなことは断じてありませんでした。私は自分というものをよくわきまえているつもりでしたし、こんな女は彼の方で願い下げだということは、私にはちゃんとわかっていましたから」
 彼女は大きく一つ息をついた。私は黙って続きを待った。
「川村さんの窓外でのひそかな受講はずいぶん長く続きました。大学を卒業し、無事地元の役所に就職した後も、彼は仕事の合間を見つけて熱心にここへやって来ました。私からは何も説明していませんでしたので、頼子さんは、すぐ近くにこんな教え子がいることなど知る由もありませんでした。時々私は、彼の自宅に招かれ、彼の演奏を聴くことがありました。ふと気が付けば、彼はギターの演奏に関して、実に多くのことを彼女から学んでいました。彼は働いて収入を得るうちに、教室に対して然るべき金銭的埋め合わせを行う必要を強く感じるようになっていました。しかし、奨学金の返済や、親御さんへの仕送りの必要もあり、まとまった金をいっぺんに渡すことはできませんでした。また、私の方でも、正規の契約を交わしていない相手から、お礼と称する金銭を受け取ることには抵抗がありました。そのうえ、人からそういった金を受け取る以上、頼子さんに事情を説明しないわけにはいかなくなりますが、そうなると、不正とも受け取れる彼の立ち聴きの行為をなぜ私が黙認したのかということについて、彼女に納得のいく説明をしなければならなくなります。この展開は、言うまでもなく私にとって大変な苦痛を伴うものでした。なぜなら、私が川村さんを追い払わなかったのは、追い払うことで彼との交流の機会が永遠に失われてしまうことを恐れたからです。こんなことはもちろん、恥ずかしくて口が裂けても言えません。私と川村さんは、金銭的埋め合わせの問題について、ずいぶん長いあいだ相談しました。その中で、彼は突然こんな奇妙な考えを打ち明けました。その話を初めて聞いた時、私には、なぜ彼のような真面目な人がこんな突飛な思い付きを口にしたのかと不思議に思われて仕方がなかったのですが、しかしこれにはちゃんとした理由があったのです。彼は言いました。
『実は僕の中で長いあいだ温めてきた一つのアイデアがあるのです。僕はもうだいぶ前から、市川さんから直接ギターの演奏を学びたい、音楽に関する彼女の深い知恵と技術に直に触れたいと願ってきました。僕を入会させていただくことはできないでしょうか? もちろん、男子禁制の教室であることはよくわかっています。ある方法を用いればそれが可能だと思うのです。僕が男であることを、どうか市川さんには伝えないで下さい。彼女は目が全く見えません。レッスン中、僕はなるべく口数を少なくし、必要最小限の言葉しか発しないようにします。やむを得ず口を開く場合には、できるだけ女性らしい声で話すようにします。僕はそのために毎日家で訓練するつもりです。馬鹿げたことを言っていると思いますか? 僕は口調が男性的ではないとよく言われますので、声の高ささえなんとかすれば問題ないと思うのです。レッスンの前にはきちんとシャワーを浴び、女性ものの香水をつけ、男の匂いがしないよう注意します。僕を女性だと偽り、新規の生徒として彼女に僕を紹介してくれませんか? もちろん、これは間違ったことに違いありません。もしばれてしまえば、僕がそう強く願ったこと、木村さんはそれにしぶしぶ従ったことを僕から彼女にちゃんと説明します。誠心誠意謝って、その後は二度と教室に近づきません。だから一度試してみてはいけないでしょうか? 試してみる価値はあると思います。情けない話ですが、僕はいろいろな人から男らしくないとよく言われますし、女性に間違われることだってまれにあります』
 私は、過去に彼を女性と見間違えたことがあったことを思い出しました。
『真面目な意図から発した企みであることをどうかご理解下さい』彼は熱心に掻き口説きました。『市川さんから直接音楽を学びたいというこの思いをこれ以上抑えることができないのです。僕の音楽に対する情熱がどれほどのものか、直接見て知っている木村さんに今さら説明する必要もないでしょう? 僕に不純な動機があると疑われますか? それとも僕が純粋に音楽を愛するからこそそう願うのだと素直に信じていただけますか? 子供の頃から音楽が好きな僕でしたが、音大に進むことは初めから進学の選択肢の中にはありませんでした。僕は母子家庭で育ったのです。音大を出るより法学部を出た方が就職に有利なのは明らかですから。それにどんな道を辿ろうと、熱意を持って継続的にひとつのことに取り組むなら、いずれ成果は表れるはずです。少なくとも僕はそう信じていたので、大学で音楽を学ぶことをきっぱりと諦めることができました。しかし、日々法律の勉強に追われ、アルバイトに忙殺されながら、僕は自分の選択が果たして正しかったのか、少しずつ疑問を感じるようになりました。疲れ切って帰宅した僕は、ベッドに倒れ込み、シャワーも浴びず、夕食もろくにとらずにそのまま眠り込んでしまうことがしょっちゅうありました。音楽に触れる時間が徐々に少なくなってゆきました。と言うより、高邁な理想や夢は、生活の苦労の中で、もはや完全に光を失っていました。現実は強固で、抗いがたく、人を否応なく望まぬ方へと押し流してしまいます。たくさんの気の置けない友人たち、同志と呼びたくなるような仲間たちができました。彼らはこだわりなく僕を励まし、元気づけてくれる気持ちのいい連中です。彼らのおかげで法律の勉強は捗りました。時々アルバイトの後で彼らと安い酒をあおりに街へ繰り出しました。酒場で他愛のない会話で盛り上がったり、現状への不満をぶちまけ合ったりすることで、漠然とした不安やストレスは綺麗になくなりました。女々しい音楽の趣味を捨て、逞しく、今よりもっとタフに生きる、大学を出て立派に働く一人前の男になる、どうかすると、そういう道も悪くないのではないかと心から思えるような時もありました。そのための準備は十分に整っていましたし、僕には心強い仲間たちもいて、経済的自立に対する強い希望もありましたから。僕は子供の頃から患っていた甘ったれたロマンティシズム――これは病のようなものだと思いますが――を克服したと思いました。僕は父親がいない環境で育ったので、男らしさや男の役割というものを学ぶための身近な手本を持ちませんでした。そのせいにするのは間違っているかもしれませんが、僕は何をするにも自信が持てず、自分でやるよりは他人に任せた方が物事が上手くいくはずだと信じていて、いつも逃げ腰でした。しかし仲間たちと共に汗と涙を流し、豪快に酒をあおって人生を語り合い、乱痴気騒ぎに我を忘れる中で、そういった弱さが少しずつ克服され、自分の中に自信と安心が芽生えてくるのを感じるようになりました。それはもちろん、夢の実現という大きな目標と比べれば代替的な満足を与えるものに過ぎませんでしたが、僕にとっては必要なものに違いありませんでした。僕は健全な社会の一員になることを強く願っていたのです。しかしどういうわけか、たまの休暇の日に、何をするということもなく一人で家にいると、ふとした瞬間に、何とも言いようのない空虚な思いが僕を襲い、今までやって来た活動の一切が突然無意味なものに思われ出し、こんなことを続けていても結局どこにも行きつかないし、初めから何もやらなかったのと同じだという強い徒労感に苛まれることがありました。そんな時、僕は自分のそういった異様な感覚に驚き、不安と焦燥感に襲われ、何かにすがりつく必要を感じました。僕は気を紛らわすためにギターを手に取りました。弦の上で指を滑らせてみると、その瞬間、子供の頃から馴染みのある、あの豊かな癒しに満ちた音の世界が日常生活の澱の底から力強く立ち上がってきます。眠っていた五感がいっせいに目を覚まし、温かくしみじみとした懐かしさの感覚と共に、僕の心は希望と喜びに満ちた往時の状態へといともたやすく復するのです。僕は音楽というものが持つこの不思議な力への興味を俄然取り戻します。無我夢中でギターを搔き鳴らすうちに、僕は自分がこれまでとは全く反対の気持ちに支配されていることに気付きます。僕が人生を賭けて取り組むべき仕事はこれだ、そう強く確信するのです。僕は音楽が自分の仕事になればどれだけ良いだろうと何度思ったことか知れません。しかし全ての時間を音楽に費やしている人の覚悟と情熱に比べれば、僕の音楽に対する思いなどはアマチュアの熱意に過ぎないこともよくわかっています。時間はどんどん流れてゆきます。どっちつかずの生活を改め、全力で音楽に取り組むなら今しかない、音楽の勉強を再開しようと何度も考えました。僕は生活と芸術の両極の間を不安定に行ったり来たりしていました。答えはなかなか出ず、つらい煩悶の時期が続きました。そんな折、僕はたまたま教室の傍を通りかかり、市川さんの演奏を耳にしました。聴いた瞬間、僕は雷に打たれたようになりました。文字通りそれは衝撃的な出会いでした。僕の目の前に、突然最高の音楽の教師が姿を現したのです。この邂逅を、一度は音楽を諦めかけたこの僕にもたらされた、音楽の神様からの奇跡的な救いの手であると解釈することがどれだけもっともらしいことであるか、あれだけ優しく僕の音楽への熱意に関心を持ち、話を聞いて下さった木村さんならわかって下さいますね? 僕は当時大学生で、金もなく、またあなたから男子禁制の教室だと聞かされていたこともあって、彼女から直接学びたい気持ちをずっと抑えてきました。しかし今はもう貯金もできましたし、時間はどんどん過ぎてゆき、いつまでも手を拱いていることはできません。今こそ僕は木村さんにお願いしたい。木村さんの助けがなければどうにもなりません。どうか僕の入会を手伝って下さい。正規に入会して受講料を払うようになれば、然るべき報酬を踏み倒しているという後ろめたい気持ちを拭うこともできます』
彼は経済的な事情に迫られて堅実な公務員の職を選びましたが、心の底では若者らしい野心と意欲に静かに燃えていたのでした。夢が彼に希望を与え、味気なく苦痛に満ちた日々を耐える力を与えていたのです。抑え込んでいた夢への熱い思いがここへ来て噴き出したのでした。私は彼の願いが痛いほどわかりましたし、もともと彼には好感を抱いておりましたので、彼の願いを叶えることをためらう気持ちはありませんでした。それにきちんと月謝を払うという本来あるべき形をとることの必要性も感じていました。頼子さんを欺くことに加担することについては、彼の強い思いの訴えの後では、私には些細なことのように思われました。しかしこれはもちろん大きな間違いでした。私は未だにこの時の自分を許すことができません。
『ありがとうございます』彼は感激して言いました。『本当に恩に着ます。きっとうまくいくでしょう。僕は大胆に、しかも十分な注意を払って、自分の未来のために一世一代の芝居をうってみせます。覚悟はできています』
 彼が女性の口調でものを言うというアイデアは、最初突拍子のないことのように思われましたが、彼の口調は確かに女性のように丁寧でしたし、彼が一度私に聞かせてくれた口真似は、目を閉じて聞いてみると、先入観がなければ完全に女性の声だとしか思われないほど上手なものでした。案外上手くいくかもしれないという気がしました。
『問題は、他の講師や生徒たちに僕の姿が見られるのを防ぐために、彼らがいない日や時間帯に講義が受けられるよう、木村さんに日程を調整してもらう必要があるということです』
 それは私の立場では造作もないことでした。話は決まりました。計画は周到に準備され、実行に移されました。通常、レッスンの間、私はレッスン室から出て控室で待機していることが多いのですが、彼らを個室に二人きりにするのは不安でしたので、予め頼子さんには、新しく来た生徒は病弱な少女で、見守りが必要なため、レッスンの間は常に私が付き添う必要があると伝えました。また病弱なため極端に口数が少ないが、その点は理解して欲しいと付け加え、彼がほとんど物をしゃべらなくとも不自然になることがないように、辻褄合わせの説明もしておきました。このことは彼にも伝えておいたので、実際のレッスンの際に何か不都合が生じたり、冷や汗をかくような場面に立ち至ったりするようなことはありませんでした。
 レッスンの初日、彼はレッスン室に入ると、私に深々とお辞儀をし、おそらく感謝を意味するらしい視線を私に送ってよこし、いそいそと椅子に腰掛けました。静かにレッスンが始まりました。彼は至近距離で食い入るように頼子さんの美しい横顔を見つめていました。彼の女性の声真似は完璧で、彼女の説明に合わせて時々相槌を打ち、必要最小限の言葉で済むように受け答えにこれ以上ないほど注意を払っていました。戸惑いと緊張から音楽の喜びと高揚へと変化していく、この二人の微妙な心理の揺れや、それが如実に反映されるギターの音色は、美しく、心洗われるようなものでした。わざと甲高い声でしゃべりながら、必死で弦を爪弾く青年と、新規の生徒を相手に緊張しつつも、彼の演奏技術や音楽への理解の度合がわかってくるにつれ、不安よりもそちらへの興味の方が勝ってきて、得意なことや好きなことに夢中の者が見せる物怖じしない態度で徐々に活気づいてくる頼子さん、この二人に私は羨望の念を感じました。私は川村さんのすぐ傍で、彼が感動に震えながらギターを鳴らす姿を眺めて満足を覚えつつも、彼があんまり頼子さんばかりに注意を向けるので、少し悲しい気持ちになりました。レッスンの回数を重ねるにつれて、二人の関係は少しずつほぐれてゆきました。それを素直に喜べない私が、二人の楽しそうな姿を傍でずっと眺めなければならないこと、その苦痛に耐え続けなければならないことは、初めから想像できたことでした。当初私はこの問題をそれほど大きくは捉えていませんでした。私は川村さんを愛していたわけではなかったですし、私の年齢から言ってもそれは滑稽なことです。それに頼子さんの世話係を依頼され、自分でもその務めを喜んで引き受けていたこの私が、頼子さんの成長や成功の兆しを嬉しく感じないはずがありません。私は自分の女としてのそういった妬み心を軽く考えていましたし、それを上手く抑制する能力について自分を信頼していたのです。しかし現実はいささか違っていました。私は彼らのやり取りを眺めながら、私の中で愉快な気持ちが徐々に薄れ、嫉妬の混じった暗い感情がにわかに勢いを増して来るのを感じました。頼子さんに対する嫉妬心なのか、川村さんに対する嫉妬心なのか、それは自分でもわかりませんでした。この二人が仲睦まじく語らい、私には理解できない音楽の言葉によって深く結び付いているように感じられる時に、私は身をよじりたくなるような強い嫉妬と煩悶に苦しめられました。しかしそれでも、二人の喜びに素直に共感する気持ちが、秋の日差しのように時々雲間から顔を覗かせ、冷えた私の心を温めるのを感じることもありました。この矛盾する二つの感情のせめぎ合いに私は翻弄されました。こんな複雑な感情を抱いたことなどこれまでに一度もありませんでした。日が経つに従って、二人の関係は、両者の音楽への理解の深さに互いが驚き、感嘆し、尊敬の念をいっそう強くするといった仕方で、ますます深まってゆきました。私はそれを横目に必死で自分の感情の高まりを抑えながら、その苦痛に耐えるという地獄のような日々を送ることになりました。私の中で一つの予感がありました。こんなに苦しい日々がいつまでも続くはずはないと。そのうちいつか私の心が決壊する時が来るだろうと。川村さんは日に日に大胆になってゆき、口数も最初よりかなり多くなりました。しかし彼は慎重で周到でした。彼は長年の独学によって得た音楽の知識を交え、自分から熱っぽく頼子さんに話しかけることが何度もありましたが、そんな場合でもうっかり本来の男性の声を出してしまうことはありませんでした。頼子さんは自分の音楽をこれほど理解してくれる人と、演奏、作曲、編曲に関わる技術的、専門的なテーマについて、具体的な意見交換ができることを素直に喜んでいる様子でした。彼女としては、自身の中にそびえる音楽の城に新たな建物や珍しい装飾が追加され、美の殿堂としてますます立派さを増していく様を眺めることは愉快で仕方のないことだったはずですし、そのことは傍目にも窺い知ることができました。彼女のような内面世界の観照に多くの時間を費やす人々にとっては、そういった喜びが全てであり、それを取り上げるのは残酷極まりないことだったと言えるでしょう。川村さんは川村さんで、彼女から多くの刺激を受け、自身の音楽に新たな息が吹き込まれ、そのことによって視野が急速に拡大していく手応えを感じ取っていたことでしょう。各々からそういった話を聞くことがありましたし、それは私にとって喜ばしいことのはずでした。私の身勝手な不満一つを除いて、全てが思惑通りに運んでいたのです。私は自分の中に巣食うエゴイズムと嫉妬心というこの醜い悪魔がしきりに体をくねらせ、内部から私を激しく突き回す状況を、なんとしても耐え切る必要がありました」
「ああ、なんという辛い状況でしょう。私には想像することもできませんが、おそらく非常に厳しい状況に置かれていたのだということは、お話しから十分に伝わってきます」と私が話すと、木村さんは熱い涙を押し拭うため、しばらく話を中断した。
「私は六十を超えてもまだ自分というものがわかっておりません」落ち着くと木村さんは話を続けた。「私はこれまで独身で通して来ました。頼子さんのお世話をさせていただくことが私の人生の全てでしたし、そのことに何も疑問を抱かなかったのです。この歳になってはっきりとわかることは、短い一生の間に一人の人間にできることはごく限られているということです。他の人より愚かで不器用な私にできることはいっそう少ないと言えるでしょう。たった一人の女性のお世話さえ私には荷の大きな仕事でした。ですから、自分の家庭を持つなどということは私にはとても考えられない大それたことでしたし、私のそういった弱気に気づいて優しい言葉を掛けて下さる男性に運良く巡り合うこともついにありませんでした。私には良い人と嫌な人があるだけです。みっともないことを申し上げるようですが、私は男性が好きなのか、女性が好きなのか、それさえ自分でよくわからないのです。ただ人そのものを見て来たつもりでした。そして、頼子さんを通して、真に美しいもの、真に尊いものに触れ、そのことに満足して生きて来たのです。ある日、川村さんは、彼にすっかり心を許した頼子さんに、戯れにこんな歌をプレゼントしました。それは彼女の誕生日にサプライズで行われたことでした。哀愁を帯びたメロディに乗せて、カウンターテナーの声でこんな風に歌われたのでした。


  われ泣きて
  終わりなき労苦に悩み
  ともがらと相憐れむ
  玉の緒の絶えし日まで
  何ゆえの甲斐なき営みか
  答える者とてなし
  いと奇しき人の知恵
  六色の響き子に与えん
  長の旅路の憩いのために


 この歌を聴くと頼子さんも私も堰を切ったように泣き出しました。そして、その涙と共に、心の中にわだかまっていた様々な感情の澱が、綺麗に押し流されてゆくのを感じました。感情の凪が私を捉え、心地よい平静が束の間訪れました。私はこの歌から、川村さんの豊かな天分、生への真摯な態度、音楽に対する心からの愛着、誠実で真面目な人柄を感じ取り、感動しました。頼子さんも私と同じように感動したようでした。そして、感極まった頼子さんが、突然立ち上がって川村さんの方へ身を投げ出し、それを彼が優しく受け止めるのを私は見ました。私は彼の尊い才能が、頼子さんに独り占めにされたように感じ、強烈な悔しさと腹立たしさに襲われました。私の良心が全力でそれに抗ったのにも関わらず」
 私は彼女の顔に目を遣った。すると、目を真っ赤にし、目の奥から鋭い光を放つものすごい形相がそこにあった。両手を強く握りしめ、体をわなわなと震わせていた。
「大変な怒りの発作が私を襲いました。頼子さんは、実はもうとうの昔に川村さんが男性であることに気づいていて、恋愛感情のようなものさえ抱いていたのではあるまいか、そう私は疑いました。根拠もないのにほとんどそのことを確信していました。私はいたたまれない気持ちになり、体調不良を理由にその場を離れました。自分の感情を上手くコントロールできる自信がなかったからです。取り乱すことは、私の立場や年齢から言って恥ずかしいことでした。私は純粋な気持ちから二人の橋渡し役を引き受けたのに、川村さんは自分の欲望の実現のために、お人好しな私を上手く利用したのだと思い悔しくなりました。二人は抱き合いながらうっとりと溶け合うようで、私が突然不機嫌になって部屋から出ていくのを見ても全然気にならない様子でしたが、そのことも少なからず私を傷つけました。私はしばらく家で寝込みました。その間、教室がどうなろうと一切構うものかと考え、電話にも出ませんでしたし、私という監視役がいない中で、二人が個室でどんなことをしていようが、どうでも良くなっていました。私の体調を心配した電話は毎日ひっきりなしに鳴りました。私はそれをずっと無視していたのですが、ほどなくして川村さんが私の家を訪ねるようになりました。私はもちろん居留守を使いました。彼は玄関のドアを叩きながら何度も私に声を掛けましたが、私は布団を被って聞かないようにしていました。新聞受けに手紙を入れていたこともありましたが、私は読まずに破って捨てました。そうして二週間ほど私は怒りによる引きこもりを続けていたのです。彼は毎日私の家を訪ねました。ひどい雨の日もそうでした。何時間もドアの前で立っていたこともありました。次第に私は自分の子供っぽさが嫌になってきて、教室に戻る必要を感じ始めました。二人に対して申し訳ない気持ちにもなっていました。世話係たる私がいない状態で、頼子さんはどうやって日常生活を送っているのでしょう。私は冷静になり、自分の愚かな振る舞いを反省しました。次に彼が家へ来た時、ついに私は思い切って玄関のドアを開け、彼の足元にくずおれて謝罪の涙で彼の靴を濡らしました。彼はとても優しく接してくれました。いろいろなことを察していたのでしょう。彼は何も言わず、私が元の生活に戻るのを手伝ってくれました。
 案の定、私が寝込んでいる間、教室は臨時休業という形をとっていました。教室に与えた損害や、迷惑をかけた生徒たちや、自宅に引きこもり、私が回復するのを待つあいだ不便を強いられた頼子さんのことを考えると、私は謝罪したい気持ちでいっぱいになりました。私は自分の嫌な面を思い知らされて、自己嫌悪のために死にたいほどつらい思いを味わったのでした。
 川村さんに付き添われ、私は恐る恐る頼子さんの自宅を訪ねました。すると彼女は、思いのほか元気そうな様子で、私の体調の心配などをするのでした。彼女の話では、あの日、私がいなくなって途方に暮れた彼女は、川村さんに自宅へ送ってもらい、その後も何度となく彼を自宅へ呼んでは、生活上の様々な世話をお願いしたそうです。話を聞く限りでは、彼がそのまま家に泊まることもあったようです。彼女は悪びれる様子もなくあっけらかんとそう言いました。彼女と彼に迷惑をかけてしまった以上、私にはこのことについて何も言う資格はありません。彼女があんまりあけすけに物を言うので、私は再び心を掻き乱され、つらい思いを味わいましたが、いい加減こういったことについてあれこれと詮索する自分が嫌になりました。我ながら本当に情けない、恥ずかしいことだと思います。川村さんの態度も、彼女と同様疚しいところは何もないといった様子で、落ち着き払っていました。頼子さんの自宅を出入りし、なにくれとなく彼女に世話を焼く川村さんを、頼子さんは完全に信頼し切っているように見えました。これまでよりも目に見えて二人は親密になり、二人の体の距離もぐっと縮まり、互いの体に触れたり、顔を近づけて話をすることも増えたように思いました。川村さんがいない時、頼子さんは私にこう言ったことがあります。
『木村さん、私は思わぬところで素晴らしい音楽の理解者に出会えたようです。川村さんのことです。彼女は私の生徒ですが、私の知らないことをたくさん知っていますし、ギターの腕前もかなりのものです。彼女は音楽の道を共に歩む頼もしい仲間、いいえ、場合によっては彼女の方こそが先生だとさえ思えるのです。それにどういうわけでしょう、彼女と話していると、他の生徒と話している時には感じない、不思議な落ち着いた感情に満たされます。これは、音楽を深く理解する人との楽しい交流から生じてくる感じとは少し違うように思われるのです。というのも、音楽に詳しい他の生徒との会話の際には感じ取ることのできない、暖かな陽だまりのような居心地の良さがそこにはあるのですから。私の真っ暗な視界の中で、その陽だまりははっきりとした存在感を放っています。私はそれに触れよう、近づこうとするのですが、どういうわけか私が近づくといつも決まってすっと遠ざかってしまいます。私はむきになってそれに飛び付こうとしますが、私を嘲笑うかのように逃げてしまいます。私はある時からその正体を知りたいと強く願うようになりました。私の誕生日に、励ましに満ちた一つの美しい歌が私に届けられました。それが先導となって、長らく閉ざされていた禁忌の門が突如開かれたように感じました。音楽以外の私の憧れの対象、謎めいた一つの陽だまりの正体が、今こそわかると思ったのです。私はそれに無我夢中で飛び付きました。すると、そこにいたのは体を震わせて私を受け止めてくれた川村さんでした。私は川村さん本人に、ほとんど音楽に匹敵するような一つの救いを見ました。私にとって彼女がこれほど大きな存在になったことが、我ながら不思議でもありましたが、これは動かしがたい事実でした。しかし、いったい彼女の何が私にこれほどの安らぎと温もりを与えてくれるのか、どんなに考えてもわかりません。運命的な、特別の縁で結びついているかもしれない人が、女性であることに私は大きな困惑を覚えています』
 頼子さんのこの話を聞いて、私は安堵しました。二人が男女の仲になっていないことは明らかだったからです。もちろん、こんなことを白状するのは恥知らずなことですが……。そして、私と川村さんが示し合わせて行っているこの欺きの行為が、彼女を困惑させる結果となっていることに心が痛みもしました。私はこの時、私という人間が運命によって試されていることを感じました。頼子さんは妙齢の女性でした。私は彼女の世話係として、いつか彼女に相応しいパートナーを見つけてやらなければならないと考えていました。私は彼女よりはるかに年上でしたし、いつまでも私が元気でいて、彼女を傍で支えてあげられるわけではなかったからです。私はある時から、彼女の夫に相応しい人は川村さんだと考えるようになりました。私は彼女に川村さんの正体を伝えなければならないと思いました。その時、彼女がどんな反応を示すかはわかりません。しかし、二人の間で十分な信頼関係が築かれていれば、ほとんどショックを受けないだろうと私は楽観していました。問題は、私自身がそれを受け止められるかどうかです。結局のところ、これは私が自分の体に短刀を押し込む覚悟があるかどうかという問題でした。見たところ、二人の関係は非常に良好でした。私が彼女に秘密を明かすことをためらいさえしなければ、彼らは自然の成り行きに従って互いに愛を深め合うことができるだろうと思われました。
 頼子さんたちは、私にはあまりにも眩しく映る親密さを保ったまま、様々な音楽的試みに意欲的に取り組みました。頼子さんの誕生日に川村さんが送った歌や、頼子さんがギター曲にアレンジした他の音楽家の手になる楽曲を二人で合奏することがありました。まるで長年演奏を共にしてきた二人のように、呼吸がぴったりと合っていて、音の掛け合いが精妙で、調和がとれていて、プロはだしの見事な演奏に、私はうっとりと聴き入りました。彼女はこの有意義で刺激に満ちた取り組みにすっかり夢中になりました。創作意欲を強く掻き立てられ、音楽の喜びに浸りきって、時間を忘れてそれに没頭しました。川村さんがレッスンに来る日を首を長くして待つようになり、そのそわそわとした様子はまるで恋する乙女の可愛らしさでした。私は二人の申し分のない仲睦まじい姿を横目に、自分の浅ましい恋の炎が下火になるのをひたすら待っていました。時間というものは残酷ですが、こういう場合には人に救いをもたらすこともあります。叶えられぬ未練に満ちた恋の炎は、時間が絶え間なく冷水を浴びせかけることで徐々に小さくなるのです。このことを知っていれば、どれだけ多くの人々が恋の自暴自棄から自分や相手を守ることができるでしょう。私はもう煩悶しなくなっていました。後は頼子さんに真実を打ち明けるタイミングを待つだけでした」


                                        四

「しかし、思わぬ展開が私たちを待っていました。その日は川村さんのレッスンの日で、二人は教室でいつものようにギターを一緒に演奏したり、意見を述べ合ったりしていました。玄関のチャイムが鳴ったため、私はレッスン室を出ました。入口のドアを開けると、一人の見知らぬ男性が立っていました。その男性は高野と名乗り、私にこう尋ねます。
『以前クラシックギターの演奏会の際に一緒に出演させていただいた者ですが、市川さんはいらっしゃいますか?』
 私が上手い断りの返事を考えあぐねていると、頼子さんがレッスン室から出て来て、彼に声を掛けました。
『高野さんですか?』
『はい。先日は演奏会をご一緒させていただきありがとうございました。お招きにあずかり光栄です。今、お時間はよろしかったでしょうか?』
『大変申し訳ありませんが』私はすかさず間に割って入りました。『今はレッスン中です。終わるまでまだ少し時間がかかります。お待ちいただいてもよろしいですか?』
『忙しい時間に突然お邪魔してすみません。私はいくらでもお待ちいたします。少しその辺りをぶらついて来ましょう。レッスンが終わる時刻を教えていただけませんか?』
 私は安堵しました。部外者であっても川村さんの正体が明らかになることは避けねばなりません。ところが頼子さんはこんなことを言いました。
『いいえ、それには及びません。むしろちょうど良いタイミングでした。今、中で面白いことをやっております。ギターの上手な友人と一緒に合奏を行っているのです。彼女をぜひ高野さんに紹介させて下さい。彼女も喜ぶと思います』
『いけません、頼子さん。それは公私混同というものです。川村さんは授業料を払ってレッスンを受けているのですよ』と私は食い下がったのですが、頼子さんは高野さんの手を引いてレッスン室の方へと連れて行ってしまいました。
 高野さんはレッスン室に入るなり、一人の男性がギターを抱えて椅子に腰掛けているのを見てきょとんとしてしまいました。頼子さんが『彼女』と言っていたのと食い違っていたからです。
『やあ、男性のご友人でしたか。てっきり女性なのかと思いました』
 やや困惑したような表情を浮かべて彼は言いました。頼子さんが盲目であり、男女の性差を視認できないことを思い出して、なんとか納得した様子でした。
 頼子さんは目に見えて動揺し始めました。しかしそれ以上に動揺していたのは川村さんでした。高野さんが自己紹介をしたのを受けて、川村さんも自己紹介と挨拶を返そうとしたのですが、通常の男性の声で返事をすると、頼子さんに今まで嘘をついていたことがばれてしまいます。だからと言って、女性の声真似をしながら返事をするのは高野さんに対して不自然な態度をとることになります。川村さんは非常に困惑した様子で、体を微かに震わせ、いつまでも返事をせずその場に立ち尽くしていました。高野さんはこの謎めいた沈黙の理由がわからず、表情を曇らせました。自分との交流を喜んでくれる人物がこの部屋で待っているのだと期待していただけに、この失礼な態度に気分を害した様子でした。
『あの、こちらの方は?』と高野さんが頼子さんの方を向き、尋ねました。
『男性? 川村さんが男性? ああ、いま初めてわかりました』頼子さんは俯いたままぽつりとそう言いました。
『ああ、やはりそうでしたか』恐らくこの気詰まりな雰囲気をどうにかしたい一心から、高野さんは口を開きました。『どうやら、たった今、私の言葉によって初めて気づかれたようですね。市川さんは彼のことをずっと女性だと思って接してきた。ところが何かの行き違いがあってそう誤解していただけで、実際はそうではなかったということのようですね。何かとても奇妙な出来事が、いま唐突に持ち上がったようですね』
 頼子さんは立っていられなくなったらしく、崩れるようにして椅子に腰掛けました。その後も深くうなだれ、両手で体を抱え、微かに震えながらじっとしていました。彼女のあまりに動揺した様子に、高野さんはすっかり肝を潰され、自分の何気ない発言がこのような事態のきっかけとなったことを理解し、ばつの悪い思いをしている様子でした。
『頼子さん』川村さんが通常の男性の声で言いました。『すみません。騙すつもりはなかったのです。僕も、木村さんも、あなたを騙すつもりは微塵もなかったのです。信じて下さい』
 高野さんは軽く会釈をし、帰られました。
『純粋に音楽のために、僕は、木村さんに無理をお願いしました。僕はどうしてもあなたから音楽を習いたかったのです。あなたの音楽は率直で、美への真摯な思いに溢れていて、僕はそこに魅了されました。自分が長年求めてきた音楽の理想がここにあると確信したのです』
『ではなぜ』頼子さんは顔を上げずに言いました。『初めからそう私に依頼しないのです。私を騙し続けてきたわけですね?』
 川村さんは沈黙しました。
『今日のところはお引き取り下さい。まだレッスンの時間は残っておりますので、今回のレッスン料はいただかなくて結構です。次回のレッスンについては、また追ってこちらから連絡いたします。木村さん、私の手を引いて下さい』
 川村さんと共謀して頼子さんを騙した私ですが、彼女は私に対してはそれほど冷たい拒絶の態度を示しませんでした。長年の介護者としての私の働きを認めてくれていたのかもしれません。しかしこの日以降、以前のように打ち解けた態度で私に話しかけてくることは少なくなりました。時々見せる無邪気な、あどけないとさえ言える彼女独特の魅力は、この日を境に永遠に失われてしまいました。川村さんは彼女のこの言葉を聞いて大人しく引き下がりました。しかし結論から言いますと、この日のレッスンが、川村さんが頼子さんから受けた最後のレッスンとなりました。と言うよりも、彼女は二度と教鞭を執ることはなくなり、全てのレッスンが他の講師に移されました。彼女が教室に出向くことはなくなりました。頼子さんが講師から抜けたことで、私たちの教室は正式に男性の生徒を取ることに決まりました。川村さんはしばらく教室に籍を置き、他の講師のレッスンを受けていましたが、完全に白けた様子で、真面目に練習に取り組んでいないのは傍目にも明らかでした。彼はしょっちゅうよそ見をし、頼子さんがひょっこり現れないものかと絶えず周囲を窺っていました。新しい講師には彼が注意散漫な、いい加減な態度の生徒に見えたことでしょう。講師との間にちょっとした諍いが持ち上がることもあり、彼はとうとう教室を辞めてしまいました。それからかなり長い間、彼の行方は杳として知れませんでした。私と彼の間の付き合いはなくなりました。彼は引っ越したようで、学生時代からのアパートはいつの間にか引き払っていました。
 二年ほど経過したある日、こんなことがありました。私が仕事を終え、頼子さんの自宅に到着した時、ちょうど辺りは暮れかかっていて、少し離れると人の顔がわかりにくくなるような時間帯でしたが、突然、玄関のドアが内側から勢いよく開きました。そして、長い髪を振り乱し、ぼろを身にまとった、ひどくやせぎすで色の黒い、おかしな男が大声を上げながら外へ飛び出してきたので、私はぎょっとしました。一人暮らしの頼子さんの家の中から、こんな男が飛び出してくる道理がなかったからです。彼は玄関の前で跪き、室内に向かって大声でこんなことを言いました。
『ちょっと待って下さい! 話を聞いて下さい!』
 頼子さんは悲鳴を上げながら、やみくもに腕を振り回し、足を蹴り上げ、男を撃退しようとして必死に抵抗していました。今になって思うのですが、はっきりとした確証はありませんが、状況から推して、このホームレスのような風体の乱暴者は、悔恨にわれとわが身を苦しめ、すっかり変わり果てた姿となった川村さんだったのではないかと思います。しかしこの時の私にはそんな考えは思い浮かびませんでした。あまりに不潔で乱暴な男でしたので、川村さんの清潔な服装や、上品な物腰とは結び付かなかったからです。私は彼女を守るためにとっさに彼に飛びかかりました。しかし盲目の女と五十歳の非力な女の二人で暴れる男を押さえ込むのは困難なことでした。男は興奮し、正気を失い、頼子さんばかりを狙って服を強く引っ張ったり、転げまわる彼女に上から圧し掛かかったり、何かを言おうとして言葉にならない唸り声をしきりに喚き散らしたりしていました。
『誰か来て! 誰か助けて!』と私は叫びましたが、周囲には誰もいませんでした。頼子さんは彼の薄汚れた両腕から体をもぎはなすと、彼から逃れたい一心で咄嗟に外へと駆け出しました。しかし不幸にも彼女が向かった先にあったのは車道でした。事故は一瞬の出来事でした。救急車が呼ばれ、警察がやって来ました。彼女をはねた車の運転手は呆然とし、絶望の表情を浮かべていました。気が付けば、暴漢は姿を消していました」
「木村さんが、その男が川村さんだったのではないかと思われた理由は何ですか?」と私は尋ねたが、木村さんは静かに首を横に振るのみで、何も答えなかった。
「その後、川村さんはどうなったのです?」
「わかりません。今に至るまで、行方がわからないのです。どこか遠い場所へ移ったのかもしれませんし、亡くなっているのかもしれません。頼子さんがあの若さで亡くなられたのは、その事故が原因でした」
 ここで彼女の長い話は終わった。

 ところで、私の先生が交通事故に遭われた件だが、走行中の車両同士の衝突による強い衝撃は、彼女の体に、それも彼女にとって最も大切な部位に損傷を与えていた。命に別状はなかったが、利き腕が骨折しており後遺症が残った。あの時以来、彼女はギターをプロのレベルで弾きこなすことができなくなった。ギタリストとしての彼女の人生はそこで幕を閉じた。
 木村さんはこの話をする少し前に、医師から進行がんを患っていることを告知されていた。間もなく彼女は仕事を辞め、治療に専念することになったが、約二年の闘病生活の後、昨年他界された。
先生と私の交流は事故の後も続いた。私は彼女の演奏も好きだったが、それ以上に彼女の人柄が好きだったのだ。二年前に我々は晴れて夫婦の仲になることができた。二人で木村さんの葬儀に出席した際、遺族から遺品として一通の手紙を受け取った。五年間、教室で同じ職場の仲間として過ごした妻に木村さんが託した手紙だった。その手紙の署名は市川頼子となっていた。生前、頼子さんが自身の思いを口述筆記で木村さんに書き取らせたものらしい。妻は小学生の頃、頼子さんに師事していた。頼子さんは妻の才能を高く買っていて、特に可愛がっていた。そういう意味から言っても、木村さんがこの大切な手紙を妻に託したのは得心の行くことだった。今回、私は妻から許可を得てその全文を以下に記そうと思う。木村さんの贖罪の意味がこもった長い話と合わせて公開することで、どこかで生きているかもしれない、そしてもし生きていれば己を苦しめ続けているに違いない川村氏に届くことがあるかもしれないと考えたためだ。今回私が筆を執った最大の理由はそこにある。



 川村様

 あの恐ろしい出来事から三か月が経ちましたが、未だに私の心は晴れません。けれど私はあなたの誠実を疑っているわけではないのです。あなたは終始一貫して私に優しく接して下さいました。もちろん、女性の振りをしていたということもありますが。しかしあなたが悪意をもって私を欺いていたのではないということは、わざわざ説明していただかなくともわかっております。ではいったい何が私をして、男性の思いをこれほどまでに頑なに拒絶させ続けたのでしょう? いいえ、そもそも私は男性の思いを拒絶していたのでしょうか? 実を言うと、この点については、私自身いま一つよくわかってはいないのです。
 私は木村さんの強い思いに支えられてこれまでやって来ました。家族はとてもではありませんが信用できませんでした。私は家族の間では完全に厄介者でした。誰も露骨にそんなことを言ったりはしませんでしたけれど。私は人として、一人の女として、独り立ちすることができるかどうか、とても不安に思っています。正直に申し上げて、自信がありません。結局私は、いつまで経っても未熟者のままなのです。ハンディキャップのせいではありません。私自身の努力不足のせいなのです。一人の女として生きる道を、運命に仕え奉仕する道を、私は背負わされた試練への不満から、受け入れようとしなかったのです。運命に反抗する愚かな態度への罰として、私から愛する喜びが取り上げられました。恥も外聞もなく申し上げます。私は男性を愛したかった。私が私自身の体を気にかける必要もなくなるくらいに。盲人としてできる精一杯の献身によって、自分を見失うくらい、自分の苦悩や苦痛も含めて、自分の全てを見失うくらい、一人の大切な人のために無我夢中で愛を捧げたかった。この先そんなチャンスがやって来ると思われますか? 実際にその場に臨めば、またぞろ臆病風に吹かれ、冷たい拒絶の鎧で全身が硬直してしまうことくらい簡単に想像がつきます。もう駄目なのです。どうにもならないのです。もし私を強引に連れ去ろうとする人が現れたなら、いびつな現実に癒着した皮膚から血が噴き出し、悲鳴を上げる私にすっかり恐れをなして、私の体を放り投げてどこか遠くへと逃げ出してしまうことでしょう。私にはそのことがよくわかります。もう私には構わないで下さい。もしも生まれ変わりがあるなら、来世で再会しましょう。その時は暗闇から自由な人間の自信と喜びとを持って、美しいあなたの顔を、その瞳を真っ直ぐに見つめて楽しく語り合うことができるでしょうから。

ある女の話 ©S・H

執筆の狙い

以前「小説家になろう」に投稿した作品です。
よろしくお願いします。

S・H

126.83.127.91

感想と意見

大丘 忍

不思議な小説ですね。
私は音楽には無縁で、音楽のことはほとんど知りませんし、その芸術性の深さも知りません。しかし、この
小説の中で語られている芸術性の一部分は理解することが出来ました。私は音楽とは似て非なるものですが
40数年詩吟をやっており、現在詩吟の師範として弟子に教えております。この小説で語られているギター
の不可思議な芸術性と、詩吟とは相通ずる点、これは何も詩吟に限らないのですが、およそ芸術というもの
には相通じるものがあるのだなと感じました。

この小説のほとんど、いやすべてと言った方が良いでしょうか。語りによって構成されております。その中
心となるのが木村という家政婦の語りです。
盲目のギター師範の頼子に男性を近づけないことはわかりますが、川村という男の弟子を女と偽ることが出
来たのだろうかと疑問に思いました。成人の男性がいくら声をまねても女の声は出せないと思うからです。
歌舞伎の女形は男でありながら、女の声で演じているではないかという意見もあるかと思いますが、歌舞伎
では、女形と承知で観客が見ておりますから不自然には感じないでしょう。
もし、川村が男であることをはじめから承知して弟子としたなら、この小説のストーリーは変わっていたと
思います。どちらが良いかは何とも言えません。
いずれにしても、ずっしりと腹にこたえる良い小説であったと感じ入りました。

2017-04-18 23:30

115.177.113.158

佐藤

読ませていただきました。

段落のその圧倒的な分厚さに打ちのめされつつ、
それ以上に筆致に打ちのめされました。
お見事です。

ただ、この重厚な物語に
主人公と奥様が介在していいのかな、と言うようには思いました。
この両名の存在が浮いているように感じられてなりません。

特に、冒頭の段落。
単体として読めばすごいな、と思うのですが、
物語全体の助言としては機能していないようにも思われます。

そのような次第で、各記述、それぞれの内容には感銘を受けましたが、
それらをまとめあげる縦糸的なものを見出しづらかったのが正直な印象です。

とは言え、これだけ長く、分厚い段落の物語であるにもかかわらず、
ひとたび読み始めたら最後まで行きつく間もなく読み切らされてしまいました。
濃密な読書体験でした。ありがとうございます。

2017-04-18 23:37

126.36.64.124

卯月

拝読。

これだけの長尺なかなか描けているんじゃあないかなとの印象でございます。

冗談ですけど作者さんギターに恨みを持っているとか? それともギタリストに? (笑
登場するギタリスト全て挫折していますよね。しかも類まれなる才能の持ち主が。 これって挫折の物語なんかなあ。

あと、文章構成的には基本が一人語りなのでこれだけの長尺だと読者としては(私)、読み疲れする。ここら辺工夫して欲しいなあと単純に思いました。

益もない事しか申し上げられません事、御寛恕下さい。
御健筆を心より祈念申し上げます。

2017-04-19 20:08

183.176.74.78

S・H

大丘 忍 様

感想をいただきありがとうございます。

音楽に関しては私も素人同然で、素人なりに感じたことを書き直しを繰り返しながらもっともらしく表現したつもりですが、しかしそれでも可能な範囲で真実の思いを伝えようとしました。
ですので一部分とは言え何かしら伝わるものがあったとのことでとてもうれしいです。

>およそ芸術というものには相通じるものがあるのだなと感じました。

私もそう思います。芸術に限らず、スポーツや職人の仕事やその他の分野においても当てはまることかもしれません。
というのも、私はよくNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組を見るのですが、そこに登場するいろいろな分野の一流の人たちの仕事を見ていると、仕事への思いや取り組む姿勢や目標とするものに共通点があるように感じることがありますので。
例えばですが、彼らは貪欲であるにもかかわらずエゴを感じさせなかったり、偉大な先輩の存在がありその人へのリスペクトが気持ちのベースにあったり、妥協のない仕事ぶりで細部の変化や差異に異常にこだわったりします。
無私で、自己を伝統や先輩の仕事を次代へ受け渡す媒介のような存在と見なしていて、仕事の公共性や社会的意義みたいなものをよく理解していると言いますか。

>川村という男の弟子を女と偽ることが出来たのだろうかと疑問に思いました。

構想の段階で恋愛に障害を置かないとドラマにならないと思いまして、盲目というアイデアを思い付きました。
そして、好きな相手を欺くという川村のエゴに恋愛の本質(=エゴの実現であるにも関わらず、最終的には相手を利するという構造)が表れるのではないかと考えたのですが、ご指摘の通り不自然だと自分でも思います。
最初に異性に関心のない適齢期の女性というモチーフに関心を持ちました。
ギリシア神話のダプネという女性になぜか惹かれるものがありまして、日本にも『蟲愛づる姫君』という古典作品がありますが、これは晩婚化、生涯独身の比率が上がっている現代日本の問題とも関係しそうですし、面白いのかなと思いました。
主人公の女性の男性嫌いの合理的な理由がなかなか見つからず、盲目による臆病ということで説明することにしました。
盲人の職業というと安直かもしれませんが按摩や楽器の演奏者が思い浮かびましたので、そこからギター奏者という設定になり、この作品が出来ました。
『春琴抄』の盲人春琴も三味線奏者ですし、何となく上手くいくように思ったのです。また構想を練っていた頃にたまたまYouTubeで作中でも言及した『アランブラ宮殿の思い出』の演奏動画を見て、感動したということも重なりました。
こういった流れの中で川村の無理な設定にGOサインを出してしまったのですが、やはりリアリティの毀損という重大な瑕疵へとつながってしまったようですね。

参考になるご意見をありがとうございました。

2017-04-19 20:33

126.83.127.91

S・H

佐藤 様

感想をいただきありがとうございます。

褒めていただきうれしいです。執筆は苦しみの連続ですので報われるような思いです。とても励みになります。

>特に、冒頭の段落。
>物語全体の助言としては機能していないようにも思われます。

この箇所は執筆当時の私の個人的な思いがかなり込もっておりまして、主要なストーリーと無関係だと言われればその通りかもしれません。
最近、時間の経過が早く感じられるようになりました。特に一年のスパンをとても短く感じます(年中行事のニュースを見て「もうそんな時期か」と思ったり、「あの印象的な事件からもう○年も経つのか」などと思うことが多いです)。
そして人間にとって人生って何なんだろうと考えた時に、残酷な事実として、あまり意味のないものなのではなかろうかという感想を持つことが増え、何とも言えない無力感というか、ニヒリスティックな気持ちを抱くことが増えました(とはいえ、日常生活に支障を来すような深刻なものではありませんが)。
そういう気分があったので、人がもったいつけずにあっさりと死ぬこと、またたいして大きな業績を残すこともなく死ぬこと、これを自分も辿るであろう端的な現実として受け止め、リアリティのある作品としてそういうものを描きたいと考えました。
浮いているように見える冒頭部分について執筆の意図をあえて申し上げるならばそういったことになるのではないかと思います。

>それらをまとめあげる縦糸的なものを見出しづらかったのが正直な印象です。

これは大切なご指摘だと思います。
探検者が常に方位磁石を持って歩くように、作品に対する関心と読み進める動機づけを維持するための「縦糸的なもの」を読者が常に意識できるようにしなければ、作品は散漫で退屈なものになると思います。
それはミステリー小説的な謎でも良いと思いますし、予測できないスリリングなストーリー展開でも良いと思いますが、物語を力強く前へと推進させるための原動力をどこかから調達しなければなりません。
これはすごく難しいことですが、執筆に際して必ず意識しなければならない基本的なことだと思います。
私としては散漫でどこに向かっているのかわからなくなるような小説にならないよう注意したつもりでしたが、ご意見から力不足であったことが判明し、とても参考になりました。

>ひとたび読み始めたら最後まで行きつく間もなく読み切らされてしまいました。

励みになるお言葉でとてもうれしいです。
ご指摘の点を参考にしつつ、今後の創作に役立てて行きたいと思います。

ありがとうございました。

2017-04-19 22:54

126.83.127.91

S・H

卯月 様

感想をいただきありがとうございます。

>これだけの長尺なかなか描けているんじゃあないかなとの印象でございます。

ありがとうございます。とてもうれしいです。

>登場するギタリスト全て挫折していますよね。しかも類まれなる才能の持ち主が。 これって挫折の物語なんかなあ。

ギタリストの挫折が主要テーマであったわけではありませんが、確かに三人とも薄幸で、私の三人の扱い方には一種の残酷ささえあったかもしれません。
木村さんが先生の事故の報告を受けて「私」に説明する箇所は、木村さんの態度や言葉遣いが少し冷静過ぎるかもしれないと自分でも感じました。
人物が残酷な目に遭うのをあっさりと描くのは神話からの影響だと思います。執筆当時ギリシア神話に基づいた作品や梗概集のようなものをよく読んでおりましたので。
神話や昔話には残酷なものが多く、人物は物語を駆動させるためのコマのような扱いです。読者の人物への感情移入を全く考慮に入れていないような作り方ですが、そういった点を不快に感じる読者がおられることは十分に理解できます。
残酷さやエログロを売りにするような作品を否定するわけではありませんが、安易にそちらへと流れることだけは避けなければならないなと感じました。

>あと、文章構成的には基本が一人語りなのでこれだけの長尺だと読者としては(私)、読み疲れする。ここら辺工夫して欲しいなあと単純に思いました。

自分でもそう思いました(笑)。
単調過ぎるかなと。「私」も間であってもなくても良いような相槌を打っているだけです。
単調さより重層性を持たせること、また人物同士の複雑な関係性を描くこと、難しいですがこれが大事だと思います。
複雑すぎてわけがわからなくなっても問題ですが、少なくともシンプル過ぎるものよりはまだマシだと思うのです。

参考になるご意見をありがとうございました。

2017-04-19 23:18

126.83.127.91

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です(テクニカルサポート)。

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3,000字以内