作家でごはん!鍛練場

『ある日どこかで…』

志崎洋著

いつも読後感をどう感じていただけるか悩みながら創作にいそしんでいます。よろしくお願いします。

        1 出会い

 俺と彼女が公園でデートをしている時に、その女の子は俺たちの前に現れた。

「あっママ!ここにいたのね」
 突然、その子が彼女に向かってこう言ったので、俺はびっくりして彼女の顔を見た。
「キ、キミの子かい?」
「ま、まさか!じょ、冗談よ。バカね」
 あまりの突然の女の子の言葉に彼女は憤慨した顔になった。それもそのはずだ。どう見てもその子は三つか四つだし、俺と彼女のつき合いはそれよりはずっと長い。
 それに、彼女とのデートは月に二、三回は必ずしているから俺の知らない間に子どもをつくれるわけがない。
 彼女は気分を取り直してその子に言った。
「ごめんなさい。私はあなたのママじゃないのよ」
 何もあやまることはないと思ったが、俺はそんな彼女の優しさが好きだった。
 しかし、その子はさらに俺の彼女に向かって言った。
「ううん、ぜったいにママよ。まちがいないわ」
 俺は頭にきた。
「こらっ、いいかげんにしろ!大人をからかうんじゃない」
「おやめなさいよ!相手はまだ子どもよ」
 たしかにそうだ。つい大きな声を出した自分が恥ずかしかった。
「ねえ、お名前は何て言うの?」
 彼女は女の子に優しく声をかけた。
「わたし?サチコ。みんなサッちゃんてよぶわ」
「そう、サッちゃんていうの。可愛いわね」
 いつのまにか彼女は女の子の手を握りしめていた。彼女がこんなに子どもが好きだったなんてちょっぴり驚いた。
「ねえ、サッちゃん。私の顔をよく見てごらんなさい。ママのお顔じゃないでしょ?」
 女の子は彼女の顔をじっと見回した。
「ほんとだ。本当のママよりずっと若いわ」
 彼女はほっとしたような顔つきで俺の方を見た。俺もなぜか安心したような気分になって、それに何だかこの子がかわいく思えてきて頭をなでてあげた。
「やれやれ、やっとわかってくれたか」
「ママも若いけど、パパも若い顔してる」
「なに?」

 アハハッと声をあげて笑ったのは俺の彼女の方だった。
「今度は俺のことをパパと言いやがった」
 俺はもう少しで、「お前、頭おかしいのか?」と言いそうになったが、ぐっとこらえた。何といっても相手はまだ子どもだ。真剣に相手をするとこっちがくたびれると思った。

「楽しい子ね。どこの子かしら?」
 俺と彼女で辺りを見回したが、どこにもこの子の親らしい人物は見つからなかった。きっとどこかで迷子になってしまったのだろう。そして、迷ってこの公園に来てしまったにちがいない。
「まあ、そのうちこの子の親もこの公園までさがしに来るだろう」
「そうね。かわいそうだから、それまでこの子と遊んでいてあげましょう」
 俺と彼女でそんな話をしていると、その子はいつのまにか俺たちの座っているベンチの上にちゃっかりと腰かけていた。まったく近頃の子どもは図々しいというか、俺たちはあっけにとられた。
 しかし、俺も彼女も不思議とその子に親近感を覚えた。
「ねえ、サッちゃん。お家はどこなの?」
「わからない」
「そう、困ったわね。何かして遊ぼうか?」
「うん!」
 女の子は大きくうなずくと、本当にうれしそうな笑顔を見せた。
「何して遊びたい?」
「ブランコ!」
 そう言うと、その子は俺の彼女の手を引いてブランコの所までかけていった。そして、ブランコに女の子がとび乗ると、その子の背中を彼女が優しく押してあげた。
 知らない人が見るとそれはまるで本当の母子のようであった。
 俺の彼女もけっこうそれを楽しんでいるみたいだし、そんな童心に返って無邪気に遊んでいる彼女がとても魅力的に見えた。時々二人でキャッキャッと声を出しながら本当に楽しそうだ。

 しかし、一体これはどうなっているんだ。
「くそっ、今日のデートは台なしだな!」
 俺はだんだんと腹が立ってきた。せっかくの二人きりのデートだったのだ。それをなぜあんなわけのわからない子どもに邪魔されなければならないんだ。
 すると、女の子がこっちにかけてくるのが見えた。

「ねえ、パパもおいでよ。いっしょにあそぼう!」
「おいっこらっ、いいかげんにしろ。俺はおまえのパパなんかじゃないぞ!」と言いそうになったが、ブランコの方で彼女がしきりに手をふっているので、俺は仕方なく女の子の手の引かれるままについて行った。

「パパもつれてきたよ」
「アハハッそうね、パパも来たわね」
 彼女は俺がパパと言われたのがやたらとおかしいらしく笑いころげた。
 俺はまったくおかしな子だと思ったが、まあ仕方がない、ここは一つパパ役になってやるかと半ばあきれて女の子に言った。
「ようし!パパがこいであげるから乗ってごらん」
「うん!」
 その子はうれしそうにうなずくと俺のひざの上にとび乗った。女の子の柔らかな肌が俺のひざに伝わって心地良かった。
「ようし、しっかりつかまってろよ。いくぞ!」
 女の子はキャーと言いながらもうれしそうにはしゃいだ。俺は空が逆さまになるぐらいにこいでやった。ブランコがこんなに楽しいものだとは知らなかった。俺までうきうきとして、夢中になってこいでいた。

「ああ、たのしかった」
「そうね。ねえ、サッちゃん。今度は何して遊びたい?」
「うん。すべりだい!」
「そう、すべり台。じゃあ行きましょう!」
 何のことはない、それから俺たち二人は、その子といっしょにすべり台やらシーソーやら公園中の遊具を全部遊ばさせられたのだった。

 もう辺りも夕暮れて、公園には俺たち三人以外は誰もいなかった。

「ねえ、サッちゃん。楽しかった?」
 彼女は女の子の手を握りしめながら優しい声でたずねた。
「うん、とってもたのしかった」
 女の子は満足したようにこっくりとうなずいた。
「ありがとう、パパとママ」
 まだ言ってやがると思ったが、まあそう思い込んでいるのなら仕方ないと俺たちは黙っていた。
「わたしね、ゆめ見ていたの。パパとママがとってもなかよしで、サッちゃんと公園でいっぱいあそぶの。だから…だからきょう……とってもたのしかった」
 そう言いながら女の子は目から大粒の涙をこぼした。何かわからないけれどその涙を見て俺まで胸に熱いものが込み上げてきた。それは俺の彼女も同じだった。
 彼女も女の子の手を固く握りしめたまま涙があふれ出るのをこらえきれないでいた。
「わたしたちこそありがとう、サッちゃん。とっても楽しかったわ」
「うん、やっぱりママの言っていたことは本当だったね」
「ええっ?」
 不思議なことをその子が言ったので俺たちは聞き返そうとしたがやめた。またこっちまでおかしくなりそうだったからだ。

「わたし、もう帰る」
「帰るって、あなたお家知らないんでしょ?」
「ううん、お家じゃないの」
「えっ、じゃあどこに帰るの」
「おい、やめとけよ。帰るって言うんだからいいじゃないか」
 何だか薄気味悪くなって、俺は彼女に言った。
「パパ」
「ええっ?」
「ママが言っていたわ。パパが悪いんじゃないって」
 またおかしなことを言い出すと、俺は思った。
「パパはお仕事でいそがしいからお家に帰ってこないんだって。そして、結婚する前は本当にやさしくて、ママをとっても愛してくれていたんだって」
「おい、おい待てよ。俺たちはまだ結婚なんかしてないぞ!」と言いそうになったが、なぜかその子が俺たちの本当の子どものような気がしてきて、言葉が出てこなかった。

「さようなら、パパ、ママ」
「サ、サッちゃん!」
 俺たちは同時にその子を大声で呼んだ。すると、みるまに女の子の姿が消えかけていった。
「パパ、ママ。わたし、ちっともうらんでなんかいないわ。だってパパとママはこんなに愛しあっていたんだもん。ママ、本当に幸せだったんだね。……わたしをころしてまでもパパを愛していたんだね……」

 女の子の姿が空気の中にすうっと消えた。
 その女の子の消えた場所に小さな紙切れが残っていた。それは小さな新聞記事の切り抜きだった。
 

「サッちゃん! ……あなたは!……ゆ、ゆるして……!」
 彼女はもう消えてしまっている女の子に向かってそう叫んだ。
 俺には女の子の最後の方の言葉はよく聞き取れなかったが、彼女のゆるしてという声が耳に残った。それはまるで、俺の方にも向けられたような気がしたからだ。
 いや、むしろ俺もその女の子にゆるしておくれと叫びたい気持ちだった。

 もう、あの女の子はどこにもいなかった。
 日が暮れた公園に俺たち二人だけが残った…。

 小さな紙切れにはこんな新聞記事が載っていた。
『若い母親が幼い子を道連れに無理心中を図る。夫に冷たくされ思い悩んでいたらしい……』

       

        2 それから… 

 公園のベンチで俺たち二人は眠っていた。
 辺りには誰もいない。日はもうすっかり暮れていた。

 先に目を覚ましたのは俺の方だった。
「おい、もうこんな時間だぜ」
 俺の肩にもたれたまま眠っている彼女に向かって声をかけた。
「あらっ、いつのまに眠ってしまったのかしら…」

 彼女も日が暮れるまで眠りつづけていたことに驚いていた。
「今日はせっかくのデートの日だったのに、寝てしまうなんて」
「そうね。でも私は幸せ。あなたとこうして二人きりでいられて……」
 そう言うと、彼女はまた俺の肩にもたれてきた。
 彼女の髪のシャンプーの甘い香りが心地良かった。
 こんな幸せな時間がいつまでも続いてほしいとその時俺たちは思っていた。

 俺たちが結婚したのは、それから二年後のことだった。
 何とか就職も決まり、生活の糧ができたので俺からプロポーズをしたのだ。
 彼女は快くうなずいてくれた。二人の新しい生活の始まりだった。
 一年後、女の子が生まれた。
 子どもが生まれてから、俺は仕事の方が段々と忙しくなっていった。三人の生活のためにも俺はがむしゃらになって働いた。彼女たちに惨めな生活はさせたくなかったからだ。
 そんな生活が三年過ぎた頃のことだった。

「今日も帰りが遅いの?」
「仕方がないだろっ!会社はそんなに甘くないんだ!」
 忙しさのせいもあったが、彼女の言葉に俺は大声で怒鳴りつけた。
 そう言えば、もう何ヶ月も帰りは遅かった。休みも仕事に追われ、子どもとゆっくり遊ぶこともできなかった。

「これもお前たちのためだ」そんな言葉を飲み込んで、俺はドアを強く閉めて家を出た。

 会社に着くと、いつものように得意先回りをするために車で会社を出た。
 今日の相手は初めて訪問する会社だ。俺は気を引き締めた。取引がうまくいけば昇給は間違いない。
 その訪問先に行く途中、懐かしいある場所の前を通った。そこは、俺と彼女が結婚する前によくデートとした公園だった。
 俺は公園の前で車を止めた。少し古びたブランコが見えた。その近くにベンチがあった。
「二人であそこでよく話をしたな…」
 今まで忘れていた彼女への思いが俺の胸の中にあふれてきた。
 他愛のない会話だったが、ただ二人でいるだけで幸せだった。

「そうだ!」
 俺はあることに気づいた。
「今日は結婚記念日だった!」
 それは、二人にとって大切な日のはずだった……。
「そう言えば……!」
 今朝の彼女はいつになく寂しそうで、何かを決心したような気配が感じられたのを俺は思い出した。いやな胸騒ぎがした。それは何か大切なものが失われていくような感覚だった。
「まさか、彼女は……!」
 俺は訪問先の会社に行くのを止め、自宅のアパートに急いで車を向けた。

 家のドアを開けると、部屋の中で妻と子どもがぐったりしているのが見えた。それは眠っているようにも見えた。
「おいっ!どうした!!」

 彼女は薬を多量に飲んだらしく意識はなかった。でもまだ温もりがあった。子どももまだ温かい。俺はすぐに救急車を呼んだ。
 病院に着いてからの俺はただ二人が助かることを祈り続けた。
「助かってくれ……」

「俺が、俺が悪かったんだ……」
 俺は自分に言い聞かせるように、まだ意識が戻らない妻の髪をなで続けた。シャンプーの香りがうっすらとした。それは俺の好きな甘い香りだった。
 俺は彼女を本当に愛していることに気がついた。
 
 それからの俺は会社を休み、寝ずに看病を続けた。
 奇跡的に妻が意識を取り戻したのはそれから三日後のことだった。医者が言うには、もう少し発見が遅れていたらだめだっただろうということだった。

「サッチャンは……」
 妻は娘の名を呼んだ。隣のベッドに横たわる娘はまだ昏睡状態が続いていた。

「私が……私が殺してしまったの!……」彼女は狂わんばかりに自分を責め続けた。
「いやっ俺が悪かったんだ……俺は間違っていた……」
 今まで家庭のことなど一つも顧みなかったことに俺は心から後悔をした。
 その時だった。
「パパ……」
 それは間違いなく娘の声だった。
「サッチャン!!」
 俺たちは同時に叫んでいた。

 娘は長い眠りから覚めたようにゆっくりと目を開けた。
 そして、俺に向かってこう言った。
「パパ…………ママを、ママをゆるしてあげて……」
「ごめんね。サッチャン。パパが、パパが悪かったんだ………」
 俺はいつまでも娘を抱き続けていた。

 俺は前の会社を辞めた。今度の会社は給料は安いが帰りは早くなり、休みもとれて妻も娘も喜んでいた。
「さあ、夕ご飯よ」
 妻が温かい料理をテーブルに並べた。娘がいつものように、俺のひざの上にちょこんと乗ってきた。柔らかい肌がひざに心地良かった。幸せなひとときだった。
 それはどこかで感じたことがあるような気がした。
 ずっと前にどこかで……。


                                                                        了

ある日どこかで… ©志崎洋

執筆の狙い

いつも読後感をどう感じていただけるか悩みながら創作にいそしんでいます。よろしくお願いします。

志崎洋

59.85.13.132

感想と意見

真琴

拝読しました。
短い中でとてもよくまとまっていて、最後までスッと読めました。
私は、ハッピーエンドが好きなので、女の子が幽霊で終わるのでなく、生還して幸せになってくれて本当によかったと思いました。
ストーリーの運びが少し急ぎ足な感じがしましたが、「俺」も「生還」できて、家族が幸せになれてホッとしました!

2017-04-14 11:16

126.7.187.192

わんこ

なんとなく読後感がミステリーチックでした。
時が入れ替わるなんて不気味です。
本当にご執筆ありがとうございます!

2017-04-14 21:17

175.108.137.210

GM91

端的に言えば、お話の構成や尺と内容のバランスが悪いと思います。
たとえば、娘が昔に戻って若い父母と会うという話そのものが主軸になるのなら、安易にネタバレしないよう書くほうがいいかなと思います。
あるいは、この構成で書くのなら、未来からやってきた娘と主人公とのお話にもっと何か展開があるといいのではないでしょうか。

2017-04-15 09:22

202.215.168.236

岩作栄輔

拝読させて頂きました。

セリフのやり取りがワザとらしいように感じました。自分たちに当てはめるとこんなやりとりはしないだろうなと思いました。
ただ、世の中はそういうものこそウケるのかもしれません。
芝居じみたやりとりをしている朝ドラのほうが視聴率は高いように思います。

2017-04-15 16:11

118.241.242.109

志崎洋

真琴 様
ご感想ありがとうございました。

>短い中でとてもよくまとまっていて、最後までスッと読めました。

うれしい感想です。これからも話の構成の面白さと読みやすさを心がけて精進していきたいと思います。


わんこ 様
ご感想ありがとうございました。

>なんとなく読後感がミステリーチックでした。

時を超えたいわゆるタイムスリップファンタジーの中にミステリアスな部分を読後感として感じていただき、うれしかったです。


GM91 様
ご感想ありがとうございました。

>端的に言えば、お話の構成や尺と内容のバランスが悪いと思います。

ご指摘ありがとうございます。真琴様からもストーリーの運びが少し急ぎ足な感じがしたとご指摘いただきましたが、話の構成と尺と内容のバランスをこれからも勉強していきたいと思います。


岩作栄輔 様
ご感想ありがとうございました。

>セリフのやり取りがワザとらしいように感じました。

ご指摘ありがとうございます。拙作の1の場面は、主に登場人物の会話のやりとりを中心に物語を構成しましたが、自然な会話に感じていただけるようこれからも精進していきます。

2017-04-15 19:15

59.85.7.27

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