作家でごはん!鍛練場

『Gerbera』

羊著

一年前くらいに書いたものです。個人的には気に入っているのですが、あまり評価がよくないです。ご感想をください。

 私の住んでいる部屋は大阪市内に建つありふれたマンションの3階にある。
 そしてそこが私の職場であり、1日の大半を過ごす場所でもある。
 誰かのことを深く知りたいと思う時、私は大体いつもその人の住んでいる部屋の話を聞くことにしている。そうするとなんとなくその人の性格や人柄が見えてくるのだ。だからまずは私の住んでいる部屋のことを話そう。私がどんな人間なのかを知ってもらうために。
 大学を出て12年、私はずっと同じ部屋に住んでいる。長い時間を共に過ごすと、部屋もだんだん私らしくなってくる。壁一面に並べられた色とりどりの本たちも、いつも飲みかけで置いたままにしてしまうコーヒーカップも、部屋の隅に咲く赤色のガーベラも、もうすでに私の身体の一部のようだ。当たり前だが、家具の配置もその色も、全部私が決める。ここでは私の決定は絶対なのだ。
 12年、思えばちょっとした時間だ。小学校に入学したての鼻垂れ小僧が煙草を燻らせて夜な夜な麻雀にのめり込む大学生になるくらいの歳月である。
 大学を出てからの最初の5年間、私は小さなデザイン事務所に勤めていた。そして多くのライターがそうであるように、今は独立してフリーのライターとして仕事をしている。
 デザイン事務所に勤めていた頃はとにかく早く独立したいと思っていた。
 それは別に事務所での人間関係が上手くいっていなかったとか、残業が多く心が病みかけていたとか、そういったことが原因ではなかった。人間関係も上手くいっていたし、勤務時間も特に負担ではなかった。私はただ単純に通勤時の満員電車がどうしようもなく嫌いだったのだ。
 当時の私は毎日毎日同じ時間に起きて満員電車に揺られて出社していた。
 駅で言うと七駅くらいの間なので、人によっては「なんだそんなくらいの距離で!」と言われてしまうかもしれないが私にとっては大変なことだったのだ。
 満員電車はとにかく空気が薄い。人生において、上手く呼吸ができないことほど辛いことはないと私は思う。5年間の満員電車通勤で何度か本当に倒れそうになったことだってある。なんとか倒れずに乗り切れたのは今となっては大人としてのプライドで……としか説明のしようがない。
 倒れそうになる時、私は高校生の頃に歴史の授業で習った世界大戦中の強制収容所を思い出した。狭い場所に押し込められた沢山の人たち。怖かった。そしてあれと同じくらいここは地獄だと思った。
 だから事務所を辞めた時は、ライターとして独立できたことよりも、もうあの満員電車に毎日乗らなくてもいいのだということの方が私は嬉しかった。
 さて、話が逸れた。12年も住んでいる私の部屋、私のテリトリーの話だ。2LDKで家賃は管理費込みで月8万円。少し築年数が古いところが玉に瑕だが、女の一人暮らしにしては立派な所帯だと思う。お風呂とトイレもちゃんとセパレートだ。上等である。
 玄関を開けるとまずは10帖のリビングダイニングキッチンがある。そこには向かい合わせのソファと机が置いてある。これは簡単な打ち合わせ用のスペースだ。ソファと机は独立する時にデザイン事務所の上司からいただいた。
 その奥に2つの洋室があり、向かって左側が寝室で右側が仕事部屋になっている。
 まずは寝室。部屋の中にはセミダブルのベッドとクローゼット、洋タンスがある。私は昔から生真面目な性格で、脱ぎ散らかした服をベッドに置きっ放しにするようなことは絶対にしない。だからアイロンのあてられたシャツは綺麗にクローゼットに掛けられ、下着類は丁寧にくるりと畳まれ棚の中に収まっている。
 次に仕事部屋。ドアを開くとまず、デスクの上のパソコンと目が合う。そして右側の壁には大きな本棚があり、びっしりと本が並べられている。これはちょっとした光景だ。そして私の自慢でもある。
 初めてこの光景を見た人は大抵「すごいね」なんて驚く。私はその度に「そう?」なんて気のないふりで視線も合わさず返事をするのだが、心の中では「よしよし」とガッツポーズをしてほくそ笑んでいた。これは言わば私の知の主張なのだ。
 私は仕事中、よく煙草を吸う。だからこの部屋は少し煙草臭い。ちゃんと窓を開けて吸っているのだが、やはり匂いは完全には消えてくれない。部屋の隅に佇むガーベラも消えない匂いを嫌がっているように見える。

 以上が簡単な私の部屋の(私の)話である。私の生活と性格が詰まったテリトリー。誰にも手出しできない私だけの場所なのだ。
 しかし、今日はその自慢のテリトリーに侵入者が入り込んでいるような気がする。携帯を鞄に入れっぱなしにしていたノーマークな数時間、奴から3件も不在着信が入っていた。

 普段は自宅で仕事をしている私だが、今日は取材があり昼から部屋を空けていた。
 思ったより時間がかかってしまい、取材が終わって外に出たら辺りはもうすっかり夜だった。太陽の去った街並みは蒼く、油断していると寂しさが襟元から風になって入って来そうな感じだった。だから私はあわててマフラーを巻いた。私の短い髪が秋の風に揺れる。時計を見るともう20時だった。
 今から帰ってご飯を作るのも面倒なので、どこかで少し飲んで帰るかと思い携帯を見たところで、件の不在着信を見つけたのだ。すぐに折り返したが、今度は逆に奴が電話に出なかった。そういう奴なのだ。
 仕方なく私は歓楽街と逆の方向に歩みを進め、留守番電話の無表情な声を聞きながら地下鉄への階段を降りた。
 地下鉄を降りた最寄り駅からの帰り道、私のマンションは50m手前くらいからその様子を見ることができる。
 遠目で見ると私の部屋の窓から黄色い明かりがぼんやりと漏れていた。やっぱりな、と思いため息を吐く。
 部屋の鍵を開けて中に入るとヒールがソファに座ったまま眠っていた。何もかも予想通り過ぎて笑えてくる。本当に読みやすい男だ。
 私はそうっと眠るヒールの前を通り過ぎて冷蔵庫からキンキンに冷えたスーパードライを2本出す。そしてゆっくりと後ろに回り奴の両頬に思いっきりそれをくっつけてやった。
「うわっ!」
 ヒールはすぐに目を覚ました。予想以上の声を出してくれたので私はお腹を抱えて笑う。
「びっくりしたー! 心臓が止まるかと思った……あー、びっくりした。おかえり」
 ヒールが冷たくなった頬に手を当てて言う。
「ただいま。来るなら来るって前もって言ってくれたらいいのに。今日は取材やってん。だいぶ待った?」
「うーん、2時間くらいかな? 帰って来るまで待っとこうと思ってソファに座ってたら気づいたら寝てた。キクの家のソファ、気持ちいいからついつい寝てまう」
 ソファに沈み込んだままヒールが言う。私もこのソファは重宝している。本当に座り心地が良いのだ。ノーネクタイの首筋からか細い奴の鎖骨がちょっとだけ見える。スーツなところを見るとおそらく仕事帰りなのだろう。
「ビール飲む?」
「おっ、ありがとう。ほんならいただきます」
「ご飯は? なんか食べる?」
「いや、ご飯はいいわ。今日はビールだけでいい」
「はいよ」
 私たちは向かい合わせのソファにそれぞれ腰掛けてスーパードライを飲んだ。
「あらら、マフラーなんて巻いて。まるでもう冬が来たみたいやな」
「あっ、なめとるやろ。外はもうすっかり冬やで。この季節、18時を過ぎたら一気に気候の顔つきが変わる」と、私はマフラーをつけたままビールを飲む。
「へぇ。それくらいの時間、外歩いてたけど別になんとも思わんかったけどなぁ。そうか、当たり前やけどもうすぐ冬が来るんやな。またクリスマスやらなんやらで慌ただしくなるんやなー。俺、あの慌ただしい空気がなんか苦手やねんな」
 ヒールが悪気のないしかめっ面をする。
「あんたは昔からほんまにイベント事が嫌いやな。あかんで、そんなんじゃ女の子にモテへんよ」
「ふーん」
 なんて鼻で笑って、ヒールはまたスーパードライの缶に口をつける。試しに買い置きしていたピーナッツ揚げを少しお皿に出してみたら案の定、奴は美味しそうに食べ出した。
「どっか行く?」
 視線をピーナッツ揚げが入ったお皿に落としたままでヒールが言う。
「えっ?」
「いや、クリスマス」
「えー、うん、でも……なぁ?」
「嫌? キクもクリスマス嫌いやったっけ?」
「いやいや、そうじゃない。クリスマスは好きや。そうじゃなくてさ」
 私はちょっと怒ったような目でヒールを見ていたのだろうか、ヒールはそこで話を後ろにすっと引いた。
「冗談、冗談。クリスマスはお互い仕事やろうしな。ほんでもたまには美味しいものでも食べに行きたいなー」
 なんてコロっと話題を変える。
「うん……せやな。また考えとくわ」
 仕事柄、私は美味しいお店をたくさん知っている。でも本当はクリスマスに一緒にどこか行きたいなぁ。少しお高い洋食屋さんに2人で行って、冷えた赤ワインを楽しみながらよく焼けた七面鳥を開いて食べてみたい。窓の外の何気ない街並みを見て「綺麗やな」なんて言ってうっとりしたい。
 普通の恋人たちが普通にやっていることだ。ただそれだけのことなのだ。
「今日は泊まってく?」
 答えは分かっていたが私は聞いてみた。
「いや、今日は帰るわ。仕事帰りにちょっと顔が見たくなっただけ」
「そう」
 それから1時間くらい他愛のない知人の噂話や最近聴いた音楽の話をした。そして奴は帰って行った。帰ってほしくないなんて思っている私の横顔になんて気づきもせずに。そういう奴なのだ。
 これが私の恋人、ヒールなのだ。


 ヒールは大学時代のバレーボール部の後輩だ。
 とは言っても歳が離れており、同じ時期に大学に在籍していたことは一度もない。ヒールが大学1回生になった年、入れ替わりで私は社会人1年目になったので、年齢的に奴は私の4つ下になる。
 大学を卒業してから何年かは年に2回ある部活の公式試合の応援へ顔を出した。それは各校のバレー部が集う大会で、毎回けっこうな数の大学が出場していた。卒業して1年目の秋、私は初めて卒業生として大会を見に行った(春にも大会があるのだが早くも仕事の関係で私は行けなかった)
 その時の会場は京都の奥地にある体育館で、私は京阪電車と近鉄電車を乗り継いでそこまで行った。現役の時、何度か行ったことのある体育館だ。大阪市内からだと1時間半もかかった。
 就職してバレーボールから遠ざかっていた私にとって、体育館の空気はもはや過去のものとなっていた。いつもは選手として来ていた体育館は1年前とはまったく違った顔つきをして私を出迎えた。そして思っていた以上に寒かった。私はそれに妙な気まずさを感じずにはいられなかった。引退した時よりも何よりも自分が選手として終わったことをその時痛感したのを覚えている。
 観覧席に着くと、大学時代の同級生や先輩達が既に着いていた。
「キク! こっちこっち!」
 大学時代、一番仲が良かったユウが私の席を取ってくれていた。ユウは部の同級生で、現役時代はジャンプ力のある、チームの主力選手だった。長い髪を後ろに括り健康的な汗を流すその姿は、後輩たちにとってはマドンナ的な存在でもあった。久しぶりに会った先輩たちに挨拶をして私はユウの取ってくれていた席に座る。
「キク、ぎりぎり間に合ったね。もうすぐ男子の第1試合が始まるよ」
「市内からやと思っていたよりずっと遠いんやもん。でも間に合って良かったわ。席取っててくれてありがとう」
「どういたしまして。いつもぎりぎりに来るところは昔から全然変わってへんな」
 体育館の乾いた空気の中、そう言ってユウが笑う。

 私が入っていたのは女子バレー部だが男女のバレー部は合同練習や合宿もあり、交流の場も多かった。男子と女子がそれぞれ20人程度、合計で40人にもなる大所帯だった。部活動なので練習も本格的で上下関係にも厳しく、そして強かった。
 男子バレー部は特に強かった。みんな身長が高く、身体付きもいい。私の代では近畿圏でベスト8という功績を残した。コートに男子チームが現れて整列する。試合に出れるメンバーのほとんどは4回生で、3回生が少しいるかいないかというのが毎年の感じだった。そういう訳で、今回の試合のメンバーは私の1つ下か2つ下の代になるのだが、その中で1人見たことのない顔があった。
「ユウ、あの子誰? あんな子いた?」
 私がその子を指差す。
「あの子ね。さっき聞いたんやけど今年入ったばかりの1回生らしいねん」
「1回生? 1回生からメンバー入りしてるん?」
「そう。上手らしいで。高校生の時、全国大会にもレギュラーで出てたらしいねん」
「へー、それはまた。なんか生意気そうな顔してるなぁ」
 まだ大学に入りたてで顔つきは若いのだが、その目つきは鋭かった。他の男子と比べると身長も平均くらいで、身体付きもどこか華奢だった。本当にこの子が? というのが正直な印象だった。
「やんなぁ。1つ下の女の子たちもあの子は生意気やって言ってたで」と言ってユウが笑う。とにかくよく笑う子なのだ。

 試合が始まる。対戦相手は私もよく知っているチームだった。強いチームだ。昨年、私の代の男子はこのチームに負けた。
 試合は序盤から対戦相手のペースだった。ブロックは弾かれ、サービスエースまで決められてしまった。まるで去年の試合の再放送を見ているみたいだった。去年も同じような展開であっさりと負けてしまったのだ。
「やっぱり強いなぁ」
 ユウは半ば諦め顔だ。応援をする現役生たちも少しずつ声が小さくなってきている。そんな中、私はベンチの端に座るあの子を見つけた。
「まだあの子、出てないね」と私が言うと、ユウはちょっと意外そうな顔をした。
「あっ、そうやね。でも1人変わってどうにかなるような感じじゃないよなぁ……」
 彼はベンチに座り、ぐっと拳を固く握りコートの中を睨んでいた。とても強い目だった。私のことなんて全然見ていないのに、私はなぜか自分の心を射抜かれたような気持ちになった。
 その目を見た時、私は思った。彼は覚悟が違うのだ。たかが部活動の試合なんかではなくこれは決闘なのだ。他のメンバーの意識が低い訳ではない。彼が高すぎるのだ。目を見ればよく分かる。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
 私はユウの目を見ずにもう一度言う。
「大丈夫。きっと勝てる」

 7点差がついてしまったところで彼がコートに入ってきた。側から見ればそれは苦し紛れのメンバーチェンジであったが、違った。妙に頼もしい背中、これは勝利への第一歩だ。
 前衛から入った彼はその鋭い目で相手を睨みつける。依然として勢いのある対戦相手は強気なサーブを打ち込んできた。カットが乱れ、何とか繋がれた2段トスがあの子に上がった。
 迷いのないジャンプだった。高く、そして早かった。トスは厳しかった。私なら絶対に打たないだろう。しかし彼はそれを振り抜いた。思いっきり振り抜いた。
 ボールは不意を突かれた対戦相手のコートに豪快に叩きつけられる。私はなんだかんだと長年バレーボールをやってきたが、あんなに綺麗なスパイクは見たことがなかった。
 チームメイトも客席も湧いた。コートの空気が一瞬で変わったのが分かる。たまにこういう魔法のような1点があるのだ。それは点差も悪い雰囲気も全部吹き飛ばしてしまう。私は気付いたら叫んでいた。両手を叩いて、叫んでいた。なぜだか分からないが泣きそうなくらい嬉しかったのだ。

 試合が終わった後の体育館は寂しい。それは選手で来ていた時も応援で来ている時も変わらなかった。
 係員たちがネットを緩めて片付けを始めている。審判の机や椅子はもう折りたたまれてなくなっていた。その光景は文化祭の後片付けのようで、見ているとキュッと胸が締め付けられた。
 私たちは現役生、卒業生と一同に会して観客席の端で円になって集まっていた。女子チームは3回戦敗退、男子チームは準優勝という結果だった。女子チームは私たちの代と同じような結果であったが、男子チームは初の準優勝という快挙だった。
 近畿圏で2位。すごい事だ。私から見ても優勝したチームとの力の差はほとんどなかったと思う。ただほんの少し運がなかった。その程度の差だったと思う。
 大会の終わり、現役生が全員集まって応援に来てくれた卒業生たちに声を合わせてお礼を言う。これは昔から続くしきたりだった。
 私は初めて卒業生の側に立っている。それはどこか変な感じだったし、現役生たちの若さを羨ましくも思えた。汗で火照ったユニフォーム。男子チームの快挙もあり今日はみんな表情が明るい。
 彼はその中でただ1人、浮かない顔をして現役生の一番後ろで腕を組んでいた。
 私はすぐにそれに気づいた。彼の思いはよく分かる。それはチームにとっては快挙であっても、彼にとっては快挙でもなんでもないのだ。帰り際、現役生たちが卒業生に頭を下げる中、彼はまだ悔しそうな顔であの鋭い目をコートに向けていた。
 その時のヒールの目を私は一生忘れない気がする。

 時が経ち、大学1回生だった彼も現在では30歳になる。年の割には若々しく、中年太りもしていない。3年前に結婚して、子供も1人いる。
 そして、私の恋人なのである。


 次にヒールが来た時、私は翌日に迫った締め切りに追われて必死で記事を書いているところだった。
「悪いけど、ソファにでも座ってて。冷蔵庫にビールがあるから勝手に飲んでてくれてええで」
「おう、了解。適当にしてるわ」と言って部屋に入れてから早2時間が過ぎた、妙に静かだ。まさかまたソファで眠っているのか?
 しかし記事はまだ書き終わらず、私はデスクから離れられない。書き上げなければならないという意識が強すぎてデスクから離れることができないのだ。昨日の昼からずっとこんな状態で、食事も仮眠もデスクで取った。灰皿には大量の吸い殻が沈み、お風呂にも入っていなかった。締め切り間際はいつもこんな感じなのだ。これでは結婚なんてとてもできないなぁ……と改めて思う。
 それからまた数時間かけて私はようやく記事を書き終えた。長い作業だった。終わった途端、どっと疲れが身体にのしかかった。
 いつの間にか日も暮れており、パソコンの明かりだけが部屋を照らしていた。箱から取り出した煙草を咥えて火をつける。ラークの渋い煙が肺まで届く。換気のために窓を開けると冬の風が部屋の中に舞い込んできた。寒い。
 ほれ見たことか、やはりこの時間、気候は顔つきを変える。と思った時にドアの向こうのヒールの存在を思い出した。私は仕事に集中するとほとんどのことを忘れてしまうのだ。本当に悪い癖だと思う。
 奴はもう何時間も1人で私のことを待っているはずだ。しまった、と思ったが部屋の外は妙に静かだった。ソファで熟睡しているのかそれとも待ちくたびれてもう帰ってしまったのか(黙って帰ってしまっていても文句は言えない)
 吸っていた煙草を灰皿に押しつぶし、仕事部屋のドアに聞き耳をたててみたが何も聞こえなかった。
 もしソファで寝ていたらまたスーパードライの刑に処してやろう。なんて考え、そっとドアを開くと意外なことに奴は起きていた。
 奴は何かに熱中していて私が仕事部屋から出てきたことにすら気づかなかった。何をしているのかと覗き込むと、やっと私に気づいた。集中して文庫本を読んでいたようだ。
「おー、お疲れ様」
 少し疲れた目でヒールは言う。
「ありがとう。というかここでずっと本読んでたん?」
「そうやなー。おもろくて、もうほとんど読んでもうたわ」と言って伸びをする。
「なんの本?」
「小説。村上龍のコインロッカーベイビーズ」
「聞いたことある。どんな話なん?」
「ふふふ、気になるなら読んでみ。読み終わったら貸したるわ」
「へー、ほな楽しみにしてるわ」
 ヒールも私と同じで本を読むのが好きだった。
 時々おすすめの本を貸してくれるのだが、私とヒールはあまり本の趣味が合わず、私はそのほとんどを最後まで読めずに諦めて放り出してしまっていた。だから今回もあまり期待はしていなかった。
「今日はご飯食べるやろ?」
「うん、ありがとう」
「せやけど先にお風呂に入ってきていい? とりあえずさっぱりしたいわ」
 なんせ最後にお風呂に入ったのは一昨日なのだ。
「ええよ、待ってるわ」
 ヒールは再び文庫本を開いて身体をソファに沈めた。
 浴槽にお湯が溜まるのを待つ短い時間で、私は簡単なおつまみを作った。アボカドを小さく切ってそこに納豆を入れ、ラー油と納豆のタレを加えて混ぜる。最後に刻み海苔と白胡麻をまぶした。アボカド納豆と私は呼んでいる。お酒のつまみには丁度いい。
 私は特に料理が得意なわけではないのだが、こういった簡単なお酒のつまみのバリエーションだけは豊富だ(理由は簡単、お酒が好きだからだ)そうこうしているうちに浴室でアラーム音が鳴った。お湯が溜まったようだ。
「これでも食べてて」
「おー、ありがとう」
 ヒールは相変わらず文庫本に熱中していた。
 脱衣所へ行ってドアを閉める。お湯の湧いたばかりのお風呂の甘い空気が溢れていた。
 お風呂場のドアを開け、お湯の張った浴槽を見て満足する。入浴剤を入れ、順番に服を脱いでいく。丸2日間身に付けていたユニクロのズボンと長袖のシャツ、そしてピンクの下着も全部洗濯物のカゴに入れた。汗ばんだ身体を軽くシャワーで流して浴槽に浸かるとやっと肩の荷が下りたような気持ちになれた。
 フリーになってから、私の仕事はずっとこんな感じだ。いつも締め切りに追われ、その一方で新しい仕事を渇望していた。デザイン事務所にいた時のように誰かから与えられた仕事をこなすのではなく、紹介や提案で新しい仕事を自分で探しながら従来業務を行うのだ。
 目が回りそうなくらい毎日は忙しいが、自分の力で生きている、自立しているという意識は強く持てた。それは私の誇りでもあったし、仕事をすることに対するモチベーションにもなっていた。
 最近、たまに会う同世代の友人たちはほとんどが結婚しており、みんな旦那さん頼りの生活を送っている。
 そんな中、私のような生き方は珍しく、友達はみんな「キクはすごいね」なんて言ってくれる。そんなふうに言われることは嬉しかったが、反面、安全な場所から話をする友人たちを羨ましくも思った。
 結婚もしないで自立した生活を送って、自分でも思う、疲れる生き方だ。男だとか女だとか関係なく、楽な生き方というものもこの世には確かにある。だがそんな生き方を選ばず今の生き方を選んだ。それは誰に言われた訳でもない私自身の選択だった。
 耳もとまでしかない短い髪が浸るくらい浴槽に沈む。遠くに見えるシャンプーのラベルがぼやけている。また少し視力が落ちたのかもしれない。
 そんなふうにぼぉっと浴槽に浸かっていると、不意にお風呂場のドアが開いた。私は驚いて反射的に胸元を隠した。ドアの隙間からヒールが顔を出した。
「どうしたの?」
「俺も入ってええ? 本読み終わったら急に風呂入りたくなった」
 私は笑ってしまった。なんだその理由。かわいい奴だ。
「どうぞ」
 ヒールは服を脱いですぐにお風呂場に入ってきた。シャワーを浴びるヒールのしなやかな身体。私はついつい見入ってしまう。その身体つきは12年前に京都の体育館で初めて見た時からほとんど変わっていなかった。
「よいしょ」
 と言って奴は浴槽に入り、私の身体の後ろに自分の身体を滑り込ませた。入浴剤の溶け込んだお湯がざばっと浴槽から溢れる。私は後ろからヒールに抱きしめられるような形になった。
「今日は締め切り前やったん?」
「うん、そう。昨日からほとんど寝てないよー」
「いつも大変やな」
「ヒールは? 最近は仕事落ち着いてるん?」
「うーん、最近は比較的マシやな。明日は朝、ちょっと早いけどな」
「そう、それなら泊まってく?」
 私の家の方が奴の家より職場に近いのだ。ヒールは少し迷ったような顔をした。
「そうしよかな。締め切り後で疲れてるのにごめんな」
「私はいいよ。でも家は? 大丈夫?」
 すぐにまた余計なことを言ってしまったと思った。いつも私はよく考えずに話して余計なことを言ってしまう。
「うん、別に大丈夫や」
 ヒールは少しだけ答えにくそうに言う。私もそれ以上は何も言わない。なんとなく気まずい空気。入浴剤のいい匂いがお風呂場を包んでいた。
「ねぇ」
 私は顔だけ後ろに向けてヒールを見る。
「うん?」
「キスしてよ」
「うん」
 後ろを向いたまま、ヒールに抱きしめられ唇を重ねた。求め合ってすぐにヒールの舌が私の中に入ってくる。いつの間にか奴の右手は私の乳房を優しく握っていた。
 私はとろけそうな気分だった。温かいお風呂に浸かってヒールのしなやかな身体に包まれる。今の私にとっては何よりの至福だった。眠気や疲れも飛んでしまうような甘美。何だか宙に浮いてるみたいだ。愛おしくなって私は後ろに手を回しヒールの頭に手をやる。離れたくないな、なんて本気で思ってしまう。
「ねぇ、ヒール?」
「どうした?」
「ううん、いい湯加減やな」
「うん」

 結局私たちはそのままの勢いでお風呂場で交わってしまった。
 それはまるで付き合い始めの大学生カップルのような感情に任せたセックスだった。後になり思い出して頬が熱くなる。
 その晩はお風呂から上がって簡単なつまみとお酒で夕飯を済まし、ヒールの腕の中でぐっすりと眠った。朝になって私が起きた時、会社に行ったのか奴の姿はもうなかった。
 一人になった部屋で私はグレープフルーツジュースを飲み、ガーベラに水をあげた。


 それから数日後の水曜日。朝から降り出した雨が一向にやまない水曜日だった。
 そんな日に限って私は取材で外出しなければならず、雨の中、電車を乗り継ぎ京都の烏丸まで出てきていた。取材自体はすんなり進み、予定していた時間の半分くらいで終わった。外に出たらまだ15時半で、雨は変わらず降り続いていた。
 雨の烏丸はどこか寂しかった。銀行の看板も喫茶店のメニューもみな雨に濡れて沈んだ色をしていた。こうなると私の気持ちも沈んでくる。
 天気が良かったなら大垣書店で雑誌でも買って喫茶店のテラス席でそれを読んで過ごすことだってできたのだが、冷たい雨は私の目論見をすべて台無しにした。
 仕方がないので銀行でお金だけ下ろして少し早いが大阪へ帰ろうかと思った時、人混みの中に見知った顔を見つけた。
「ユウ!」
 私は反射的に声をかけていた。人混みの中でユウが私の声に気づき周りをキョロキョロしている。
「こっち、こっち!」
「キク! あらー、偶然」
 ユウに会うのは久しぶりだった。近頃はバレー部の大会に顔を出すこともなくなり、誰かの結婚式で顔を合わせるくらいだった。
 ユウは私と同じ数少ない同世代独身組の1人だ。
「ほんま偶然やね。元気してた?」
 街中で不意に知人に会う事は何だか嬉しい。めったに会わない人ならば尚更だ。久しぶりに会ったユウは相変わらず長い髪を後ろで括っていた。
「元気やで。キクは仕事?」
「うん、取材でね。でももう終わった。ユウは?」
「私はちょっと買い物に。平日なのに京都は人が多いのねぇ」
 ユウは大学を卒業してから銀行の事務員の仕事をしていた。たまに平日休みを取得してゴルフなり買い物なりに時間を費やしたりしている、いわゆる独身貴族だった。
 2人とも用事が終わった後だったので喫茶店に入りお茶をすることにした。
 大学生の頃はよく練習終わりに2人でお茶をした。あれがもう12年以上も前のことだなんて本当に信じられない。
 2人でしたたくさんの話。お互いの恋人の話や誰それの噂話、将来の夢。私はそれらの何でもない話達を1つ1つ信じられないくらい鮮明に覚えていた。
 必死になって忘れないでいようと思っていたことよりも、特別意識していない日常の1コマの方が強く記憶に残ることもある。それはまるで予期せずポケットから落とし続けていたきらきら光るビー玉のようだ。木の幹に記したナイフで付けた傷よりも自分の歩んだ道を正しく示す。
「懐かしいね。2人でお茶するなんていつぶりやろう?」
 ユウはホットコーヒーにミルクだけを入れながら言う。
「ほんまにね。私がまだ会社を辞める前やと思うから7、8年ぶりかな? 働きだしても最初の方はちょこちょこ会ってご飯行ったりしてたやんな」
「うん、でもだんだん予定が合わなくなってきて。キクはいつも忙しそうやったしね」
「確かに独立してからは土曜も日曜もなかったからね。ユウは仕事は? 相変わらずなん?」
「うーん、まぁね……」
 ユウの返事は妙に歯切れが悪かったが私はあまり気にせず砂糖を追加したコーヒーをスプーンでかき混ぜていた。
「最近誰かバレー部関係の人に会ってる?」
 とユウが聞く。
「いやー、誰にも会ってないなぁ」
 本当は定期的にヒールとは会っているのだが、私は嘘をついた。
 ヒールとの関係を私は誰にも話さなかった。もちろん話せなかったということもある。関係が始まってもうだいぶ経つが、おそらく私たちのことを誰も知らないはずだ。
「そうか」
 最近では結婚ラッシュのピークを過ぎ、結婚式もなかなかない。また、地方へ出ている人も多く、集まるタイミングがないのだ。
「ユウは? 誰か会ってるの?」
「うーん……それがなぁ」
「えっ、何よ?」
「2つ下にマツっておったの覚えてる?」
「うん、覚えてる、覚えてる」
 2つ下の男子の後輩だ。童顔で背がひょろっと高い男の子で、バレーも上手かった。
「マツがどうしたん?」
「いやー……言おう言おうと思って先延ばしになってしまってたんやけど、私、マツと結婚することになったんよ」
 私は一瞬ユウが何の話をしているのか分からなくなった。聞き間違いにしてはやけにはっきりと聞こえた。
「……はい?」
「いや、ごめん。報告が遅れました」
 ユウがちょっと照れくさそうな表情を浮かべる。
「え? なんで? いつ? いや、いつから?」
 驚き過ぎて言葉が言葉になっていない。まるで高架下の壁の落書きのように衝動的で意味不明であった。
「結婚するのは半年後。付き合いだしたのはもう4年くらい前からかな? 会ったら言おう言おうと思ってたんやけど、なかなかキクと会う機会がなくて」
「えー! ほんまにびっくりした! なんやそうやったんや。マツとユウ、ちょっと意外やけど、いやー、ほんまかー」
「うん、それで一応結婚式もやろうと思ってるんよ。やからキクもきっと来てな」
「うん、絶対行くよ」
「ありがとう」
 私は心臓の音が早くなるのを感じ、水を飲んで気持ちを落ち着かせる。今の私は周りから見ると動揺しているように見えるだろうか?
 だとしたらマズい。勢いでコップの水を全部飲み干してしまった。ユウを見ると相変わらず照れくさそうな顔をしている。その顔を見て私は大事なことを思い出した。
「あっ、あの、おめでとう!」
 思っていたより大きな声が出てしまった。
「うん、ありがとう」
 ユウが笑う。だから私もなんとなく笑ってみた。相変わらず素敵な笑顔だ。一番言わなければならなかった言葉はたくさんの雑多な言葉に埋もれてしまっていた。情けない。真ん中を開け忘れたビンゴゲームみたいだ。
 そうか。ユウが結婚か。なんだかんだと言っても古くからの友人が幸せになることを私は嬉しく思っていた。
 しかしその反対の感情が全くなかったかと言われると嘘になってしまうだろう。
 今の生活を私は私なりに幸せだと思っている。身を固めたいという気持ちも無くはないのだが、特別焦っている訳ではない。
 問題は私の恋には先がないということだ。そんなことは以前から分かっていたし、お互いに理解していたことでもある。しかしこういう時、いつもその事実は針のようにチクチクと私の心を刺した。
 もう夕方近くなったが降り続ける雨は相変わらず街を沈んだ色に変えていた。


 ユウと会った3週間後、久しぶりにヒールと外でご飯を食べることになった。
 最初はイタリアンのお店でゆっくりとディナーを楽しむつもりでいたのだが、止めた。たまたま立ち寄った本屋で見た雑誌に載っていた天婦羅の写真があまりにも美味しそうだったため、急遽予定を変更して天婦羅を食べに行くことにしたのだ。
 予約までしていたイタリアンをキャンセルさせてしまうほど、その写真の天婦羅は美しかった。きつね色でふわふわの衣から突き出る金赤の尾、ししとうに茄子にレンコン、キスもこんがりといい色をしていた。私たちはほんの一瞬で心を奪われてしまったのだ。
「うーん、やっぱりこの辺に天婦羅屋なんてないなぁ……」
 ヒールが携帯で近隣のお店を検索したが、なかなかお目当の天婦羅が見つからない。
「天婦羅屋なんてそもそもそんなに見ないもんな。それか天婦羅を置いてそうな居酒屋にでも入ってそこで食べる?」
「それもちょっとなぁ……」
「うーん、確かにちょっと違うよな」
 私も検索してみるが見つからない。まるで世界中から天婦羅屋が一斉に消えてしまったかのように、検索画面はウンともスンとも言わないのだ。
 もはや私たちは意地になっていた。しかし、しばらく探してみたがやっぱり見つからない。
「よし、それじゃ自分たちで作ろうか! 材料を買って私の家で天婦羅を揚げよう」
「おおっ! 良い案やな! そうしようか。楽しそうや」
 かくして私たちの天婦羅作りが始まった。スーパーに行って足早に材料を仕入れる。
 急な予約変更で時間が遅くなってしまったため、私たちは急いでいた。スーパーの中では最短距離で天婦羅の材料だけをカゴに入れ、それ以外のものには目もくれなかった。肉付きのいいフランクフルトも姿を現し始めたシャンメリー達も、私たちの足を止めることはできなかった。
 ぎっしりと食材が入ったスーパーの袋はヒールが持ってくれた。

「さて、始めようか」
 私は家に着くとすぐにシャツの袖をまくり、手を洗って料理をする体制に入った。
 油を火にかけ、一度キッチンを離れる。天婦羅なんてあまり作ったことがないので、仕事部屋の本棚から何年かぶりに料理本を引っ張り出し作り方を確認する。その間、ヒールはキッチンで食材を切っていた。
 私は手順通りに天婦羅衣を作った。薄力粉にマヨネーズ、水。水は冷たい方がいいと聞いたので氷水を使った。
「よし、ヒール! 食材かして!」
「おし」
 私はヒールが切った材料を受け取り、さっと衣を絡ませて温度の上がった油に入れた。彼らはさっと鍋の中を泳ぎ、パチパチと音を立ててさっきまで在ったそれぞれの食材としての自我を捨て、美しい天婦羅へと姿を変えていった。
 私は雑誌で見た衣の色を意識して、じっと鍋の中を見張る。そしてほどなく「今だ」というタイミングが来た。
 油で揚がった天婦羅たちを取り上げ、クッキングペーパーを敷いた大皿の上に盛り付けた。私たちは迅速、かつ丁寧にこの作業を繰り返した。2人とも一心不乱に作業をしていたため、気づいた時には天婦羅を盛り付けた大皿はすでに3枚目に突入していた。
「よし、もう十分やろ。ヒール、冷蔵庫からお酒出してきて」
「了解!」
 私は天婦羅でいっぱいの大皿をソファの間にある机へ移動させ、スーパーで買ってきた天つゆをあり合わせのとんすいへ注いだ。
 せっかくだから塩でも食べたいな、と思った時に昨年仕事の関係でもらった塩の詰め合わせが仕事部屋に置いてあったことを思い出した。
 私は仕事柄か、いろいろな人にいろいろなものをいただく。ありがたいことだ。すぐに仕事部屋へ探しに行ったが、思っていた場所にそれはなかった。おかしいなー、と思い部屋を見回すと本棚の隅に小さなアルミ缶が文庫本の下敷きになって置いてあるのを見つけた。
 これだ。もらって以来、一度も使っていないのでいつの間にかこんな隅っこまで移動させられていたのか。手に取って蓋を開けると数種類の塩が綺麗な容器に入れられて並んでいた。その中の1つにちゃんと天婦羅塩もあった。よしよし、これで準備は万端だ。
 天婦羅塩を持ってリビングに戻るとスーパードライの缶とキンキンに凍ったビールジョッキが2つ、天婦羅の大皿の横に並べてあった。いつの間にかビールジョッキを冷凍庫に入れていたのか。ヒールにしてはファインプレーだ。
「どう? 完璧やろ?」
 ヒールは得意気だった。
「うん、完璧! さっ、揚げたてのうちに食べようか」
 私たちは凍ったビールジョッキにスーパードライを注いで乾杯をした。そしてそれを合図に楽に4人前はあるであろう天婦羅の山を端から順に食べていった。見栄えは雑誌で見た天婦羅と比べると少し劣るが、衣の食感といい、揚げ具合といい、文句の付けようがないくらい美味しかった。
「美味しいね」
 私は満足していた。
「うん、美味しい。そこいらの天婦羅屋で食べるよりずっと美味いわ」
 そう言ってヒールは海老の天婦羅を尻尾までバリバリと食べてしまった。ヒールがあんまりがっついて食べるので、
「そんなに急いで食べんでも、こんなにいっぱいあるんやし誰も取らんで」と私は笑った。
 すると奴は「天婦羅屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったかのようにかぶりつくようにして食べろって言うやろ」なんて言う。
「あっ、それは読んだことある」
「おっ、キクと読んだ本が合致するなんて珍しいな! これはなんかいいことがありそうやな」なんて言って奴は上機嫌だ。私も楽しかった。スーパードライはもう3本目だ。少しずつ酔いが回ってきたようだった。

「マツとユウのこと、あんた知ってたん?」
 少ししてから私はこの話題を出した。2人ともだいぶ食べたが、天婦羅の大皿はまだまるまる1皿分残っている。
「うん、誰か忘れたけど先輩から聞いた。3ヶ月くらい前かなー、結婚するんやろ?」
 ヒールはスーパードライを4本飲んだ後、日本酒を熱燗で飲んでいた。
「そうやで。びっくりしたわ。あんた、付き合ってたことは前から知ってたん?」
「うん、知ってた」
「なんや、知ってたんならもっと早く言うてくれればええのに」と私はちょっと不機嫌な顔。
「いやー、なんかな。言いにくくてな。まぁそのうち本人の口から聞くかなって思ってた」
 言いにくい?
 それってどういう意味なんやろ? 私はついつい深読みしてしまう。
 ユウはいたって普通の人と付き合っていた。彼女の恋は夢の真ん中を歩いていくような真っ直ぐな恋だった。
 片や私の恋には夢も希望もなく先行きすら見えない。あるのは生暖かいその場しのぎの温もりだけだ。
 そんな私に幸せな同級生の話はやはり「言いにくいこと」なのだろうか。同級生の幸せを素直に祝福できないほど惨めな女に今の私は見えているのだろうか。
「キクとユウさん、仲良いの知ってたから。そういうことは直接聞いた方がいいかなって思っててん。別に内緒にしてた訳ちゃうよ」
 私が少し黙ってしまったため、ヒールが口を挟む。奴なりに私が考えていたことを察したのだろうか。
「うん」
「結婚式、多分俺も呼ばれると思う。大学の時、マツさんにはだいぶお世話になった」
 マツは私2二つ下だから、ヒールの2つ上なのだ。
「そうやったんや。ほなもしかしたら結婚式で顔を合わせるかもな。そんなん初めてやな」
「なんや照れ臭い。しれーっと、キク先輩、て声かけるわ」
 ヒールが笑う。冗談のつもりなのだろう。でも私は上手く笑えなかった。ちょっとだけ寂しかったのだ。美味しい天婦羅を食べてたくさんお酒も飲んでいるのに、寂しかった。


 2合目の熱燗を飲んだあと、ヒールはそのままソファで眠ってしまった。
 奴は話しながら少しずつうとうとしていき、一瞬目を外した隙にコテンと眠ってしまった。まるで赤ちゃんのようだ。ヒールの奥さんはきっと大変だろう。もう2歳になる息子さんと幾つになっても子供のままのお父さん、その両方のお世話を1人でするなんて、考えただけでゾッとする。しかも奴は内緒で私みたいな恋人まで作っているのだ。私だったら殺してやりたい。
 私は残った天婦羅を冷蔵庫にしまい、グレープフルーツジュースをコップに入れた。キッチンでは油や調理器具たちが天婦羅を作ったそのままの状態で置かれていたが、今は片付ける気にならなかった。明日まで残してしまったら更に最悪な事態になることを頭では分かっていても、身体は現実逃避をしていた。
 ソファに座り、グレープフルーツジュースを飲む。向かいのソファを見るとヒールが幸せそうな顔をして眠っていた。私は奴の寝顔にそっと言う。
「ヒール、私はあんたの全てが欲しい。そんな事を考え始めたのはいつからやろう? もしかすると12年前、一番最初に大会で会った時からかもな。なんだか照れ臭いけど、あんたの事考えてる時間が日毎に増えてきてる気がするわ。そしてそれが叶わない事だということも、同じくらいの時間私はずっと考えてる」
 私はグレープフルーツジュースを机に置いてソファの上で膝を抱えた。
「あんたには分からんかもやけど、それはけっこうしんどいことなんよ。春になっても咲かない桜の下で、たった1人で花見の席取りをしているような感じかな。自分でも全部分かってるんよ」
 私はいったい何をしているのだろう? 何をそんなに頑張っているのだろう? もっと楽な生き方や恋が他にはたくさんあるはずなのに何故それを選ばずに惨めでぼろぼろになって生きているのだろう?
 私だって弱いのだ。自分で選んだ道だ。悔いはない。だけどたまには立ち止まってしまうこともある。私だって怖いのだ。
 時々思う。もしもこの地球がずっとずっと小さな世界だったら、遠くの地平線の上に私自身の後ろ姿を見ることができるのだろうか。鏡や写真に写ったものではなく、本物の後ろ姿。その背中はいったいどのように見えるのだろうか。
 油の匂いが部屋にこもるのは嫌だったので幾つかの部屋の窓を開けて換気をした。外の風は冷たく、私は上着を羽織り、眠っているヒールには毛布を1枚かけてやった。ガーベラは冬の風に吹かれて左右に揺れてた。

 そのまま私はソファに座り夢を見ていた。
 ここは居酒屋、確かずっと前に来たことがある。私は大勢の人の中でお酒を飲んでいた。見慣れた顔ぶれ。あぁ、これは昔、1回だけ行ったバレー部のOB忘年会だ。
 毎年1回、年末に卒業生だけで集まって忘年会をしている。私は年末はいつも帰省だの、仕事だのでばたばたするためこの忘年会にはいつもは参加していなかった。ただ1回だけ上手くタイミングが合い参加できたことがある。これはその時の光景だ。
 20人は集まっているだろうか、あちこちで笑い声が聞こえてくる。みんなもういい歳なのだが、昔の仲間で集まるとすぐに学生に戻ってしまう。私はというと、久々に会った先輩たちにすっかり絡まれてしまっていた。
「キクー、なによ久しぶりじゃない! ずっと何してたのよー!」
「相変わらずライターさんなの? 大変そうやねぇ」
「ところで彼氏できた? あんたももういい歳なんやから頑張らんとあかんよ」なんて感じだ。
 私は勢いに押されて、そうですねぇ、まぁまぁまぁなんて言っていた。昔からそうなのだが、大人数での飲み会というものが少し苦手なのだ。お酒は少人数でちびちび飲んで楽しみたい。もちろん先輩たちのことは好きなのだが……
 そんな時に私は2列向こうの席にヒールがいるのを見つけた。
 それは初めて会った大会の日以来の再会だった。もうあれからもう何年も経っている。ここにいるということは彼も大学を出て就職しているのだろう。前に会った時から比べるとそれなりに歳をとっていた。
 あの鋭かった目が今日は締まりなく笑っている。傍目から見てもだいぶ酔っているようだった。大学を出たと言っても、おそらく卒業生の中ではまだ若手である。だいぶ飲まされている様子だった。
 だいたい1学年に1人はそんなふうに飲まされる人がいるものだ。私も現役の時は場の空気を壊さないようにするために無茶な飲み方をしたこともある。
 そんなことを思っていたら急にヒールが口元を押さえてどこかへ駆けていった。まわりを取り巻いていた連中は笑っていたが、大丈夫だろうか? まったくいつまで経っても学生気分なんだから。私は先輩の話を遮り、
「ちょっとお手洗いまで!」と言ってヒールを追いかけた。
 トイレの前まで来たがそこに奴はいなかった。男子トイレの電気が付いているところを見ると、おそらく中にいるのだろう。
 そこからしばらくトイレの前で出てくるのを待ったが奴は一向に出て来なかった。まったく、手間のかかる奴だ。水でも1杯もらってきてあげようと思い立ち去ろうとしかけた時、不意に扉が開いて奴が出てきた。目の前にいる私を見て少し意外そうな顔をしている。
「大丈夫?」
「えっ、あぁ、はい。なんとか」
 私はヒールの面食らった顔を見て、これが自分たちの初対面だったことを思い出した。よくよく考えれば、大会の時は私が一方的に応援していただけで何の面識もないのだ。向こうは私の顔も知らない。
「あー、あの私、バレー部の卒業生。別の席で飲んでてあなたがしんどそうに出て行くのが見えたから心配して追いかけたんよ」
「あっ、すいません。いやーちょっと飲みすぎちゃって。吐きました」
「あらー、でもそれならすっきりしたんやない?」
「ええ、まぁ。でも昔だったら絶対吐いたりしなかったのに」
 ヒールは少し悔しそうに苦笑いを浮かべる。
「何言うてんの。吐く元気があるだけ上等や!」
 私は笑う。つられてヒールの奴も笑う。ヘンテコな初対面だ。居酒屋の空気は生暖かく冬野菜の匂いと行き交う人たちの笑い声に溢れていた。
 そして私たちは若かった。

 寒さで目が覚めた。窓を開けたままソファで眠ってしまっていたのだ。あー、危ない危ない、このまま眠っていたら風邪を引いてしまうところだった。
 慌てて窓を閉めたが部屋の中は冷たく、私は今年初めて暖房をつけた。暖房の生暖かい空気が徐々に部屋に溶け出す。その空気は夢の中の居酒屋の空気とどこか似ていた。
 ヒールはというと相変わらず向かいのソファで眠り続けていた(寒かったのか、毛布を首元まで引き上げていた)私は煙草を吸いたかったが、暖かくなってきた部屋の窓を開けるのが嫌で結局やめた。時間を見るともう深夜だった。ヒールの奴、ちゃんと家に連絡をしたのだろうか? とまた余計なことを考える。
 部屋が暖かくなってきたので上着を脱いでハンガーにかける。
 再びソファに腰を落とすと、私はやっぱり煙草を吸いたくなり、仕方なく換気扇を回してその下で吸うことにした。匂いが完全には消えないので、換気扇の下で吸うのは極力避けていたが、今はどうしても我慢ができなかった。最近、1日に吸う本数も増えてきている気がする。
 真っ白い糸の様な煙を換気扇へ吐き出す。糸は音も立てずにくるくる回る羽根に巻き取られて消えていった。換気扇の横のキッチンは当たり前のようにそのままで、分かりやすい形で現実を私に突きつけていた。
 ヒールはよく眠っていた。この分だともう、朝まで目を覚まさないのではないか。そして朝になったらまた当然のように私の前から姿を消してしまうのであろう。それはずっと前から決まっていたことだ。だから今更何ともない。でも私だって文句の1つくらい言わせてほしい。
 灰皿に灰を落として考える。もしあのまま窓を開けて眠り込んでしまい、朝には2人とも寒さのあまり死んでしまっていたとしたら、それは心中と呼べるのだろうか。
 そして私たちは永遠に結ばれるのだろうか。カチコチになった身体はもう2度と部屋から出られない。魂のようなものだけが開け放たれた窓からそっと寄り添って昇っていくのだ。寒さ心中、なんだか素敵だ。そして、なんてくだらない考えだ。
 私は煙草を消して寝室から自分の分の毛布を持ってきた。今日は私もソファで眠る。
 生暖かい空気を送っていた暖房を切って、私は眠りについた。


 あっと言う間に冬になり、街はヒールの嫌いなクリスマス1色に染まっていた。
 私はと言えば、相変わらず忙しかった。うかうかしていると気付かぬうちに年を越してしまいそうだったので、日付の感覚だけは失くさないようにカレンダーを気にして日々を送っていた。
 カレンダーが双六のように1コマずつ進んでいく毎日、私は何十本という煙草に火をつけて、順番にそれを消していく。仕事も私生活もそのように単調だった。

 玉緒の店長さんから手紙が来たのはそんな冬のある朝だった。
 天気の良い朝。この時期は寒さが堪えるが、私は毎朝、夏から片付けていないビーチサンダルに素足を引っ掛けて階段を下まで降りる。7時半頃に起きて、マンションの下のポストまで新聞を取りに行くのが私の日課なのだ。本当は玄関のポストまで届けてほしいのだが、入り口がオートロックなので住民以外は中まで入れないのだ。
 ポストにはだいたい毎日、新聞と何通かの郵便物が入っている。朝のポストは凍りつきそうなくらい冷たい。寒いので早く部屋に戻ろうと思い強引に新聞を引き抜くと、1通の手紙が下に落ちた。綺麗な封書だった。
 私に届く郵便物のほとんどはダイレクトメールだったり何かの請求書だったりといった無機質な通知物なので、一瞬、入れ間違いやないか? と思ったが、拾い上げて送り主を見てみると、1年前くらい前によく通っていた立ち飲み居酒屋の店長さんからだった。部屋に戻って封を開けてみる。

「北風が冷たい季節が訪れました。
 今年も残り少なく、日に慌ただしくなって参りました。
 しばらくお会いできておりませんが、その後お変わりはありませんでしょうか?
今年最後のお楽しみ会を是非当店にくつろぎにお越しくださいませ。
 お待ちして居ります。
 寒さきびしき季節、くれぐれもご自愛くださいませ。

玉緒 オオサワ」

 達筆な縦書き文字。店長さん、オオサワって名前だったんだ。
 玉緒は大阪の北浜と淀屋橋の間にある立ち飲み居酒屋だ。私は去年の今頃に取材で初めてその店を訪れた。店長さんとその奥さんの2人で店を切り盛りしており、値段もお手頃で、料理も美味しかった。
 2人とももうかなりご高齢で、優しい和食を作った。お酒のつまみには自信のある私もついつい「ほほう」と唸ってしまうほどのクオリティだった。
「おかみさん、このきんぴら美味しい! オリーブオイルを使ってるの?」
「そうそう、オリーブオイルとニンニクで炒めてるのよ」
 おかみさんがおっとりとした笑顔で応えてくれる。そしてそんなやり取りを向こうから店長さんが優しい目で見ている。暖かな居酒屋だった。
 取材をしてからの数ヶ月、私は週1くらいのペースで通い2人といろいろな話をしてお酒を飲んだ。2人には子供がおらず、そんなこともあり私はよく可愛がられた。
 しかしその後、仕事が一気に忙しくなった時期があり、そのまま自然と足が遠のいてしまっていた。たまには顔を出そうと思い今年になってから一度行ったのだが、タイミングが悪くその日は臨時休業日だった。
 なんだか懐かしいな。2人と過ごしたのはほんの1年程前のことなのにだいぶ昔のことのように感じる。私はパソコンを立ち上げて今日の仕事量を確認した。
 よし、この量なら今から頑張れば夕方には終わらせることができる。丁寧に手紙までいただいたのだ、久しぶりに今夜は玉緒に顔を出そう。


 マンションを出た時はまだ遠くの空に夕暮れが見えたが、淀屋橋の駅から地上に上がると辺りはもうすっかり夜だった。
 人々は私と逆の方向に地下鉄の駅へ歩みを進めていく。みんな今から家路につくのであろう。また通勤ラッシュが始まるのだ。私の嫌いな満員電車だ。
 淀屋橋に来るのは久しぶりだった。まず目についたのは御堂筋を難波方面に伸びるそのイルミネーションだ。そうか。もうそんな季節なんやな。
 毎年この時期に御堂筋は多くのイルミネーションで彩られる。大阪市役所の前から難波まで、約4Kmに渡って道沿いに植えられた街路樹に色とりどりのイルミネーションが施されてるのだ。これはちょっとした光景である。
 堺筋の方へ歩みを進めると遠くに赤く光る玉緒の提灯が見えた。良かった今日は営業しているみたいだ。
 1年前に毎週通った道、その様子は全然変わっていなかった。イルミネーションの華やかさも此処までは入って来ない。変わらない薄暗な道に私はちょっと安心した。

「いらっしゃい!」
 暖簾をくぐるとこれまた1年前と変わらない店長さんがいた。
「店長さん、お久しぶりです」
「おー! キクちゃんやないの! 久しぶりやなぁ!」
「丁寧にお手紙までいただいて、中々顔を出せなくてすいません」
 そう言って私は着ていたコートを脱ぐ。
「いやいや、よう来てくれた。とりあえずどうする? ビールか?」と言って店長さんはカウンター越しにおしぼりを渡してくれた。
「うん、ビールで」
 コートを掛けて店内を見渡すと私の他にもう1人お客さんがいた。私と同じくらいの年齢だと思われる男の人だ。不意に目が合ったので軽く会釈する。そしておかみさんはいなかった。
「はい、ビール。キクちゃん、元気してた? 相変わらず忙しいの?」
「ありがとう。うーん、相変わらずバタバタしてますね」
 ビールを受け取って最初の1杯に口を付ける。
「そうかそうか。ええことやん。バタバタしなかったらそれもそれで不安やろ?」
「うん、それはありますね。でもこのまま続けても永遠に満たされないんじゃないかってたまに思いますよ」
「僕やって同じやで。だから僕らみたいな客商売はバタバタしてるくらいが丁度ええねんて。立ち止まって考えたりしたらあかん」
 この人はいつもこんなふうに私の角張った心を柔らかくしてくれる。話し方なのか、声なのか、店長さんと話すと気持ちが解れるのだ。
「そう言えば、今日はおかみさんはいらっしゃらないんですか?」
「あー、あいつはなぁ……」
 店長さんは少しバツが悪そうな顔をする。何か気まずいことを聞いてしまったみたいだ。この前のユウと言い、最近私はよく人の心の地雷を踏んでしまう。
「どうしたんですか?」
「亡くなってん。今年の夏に」
「えっ……?」
 ビールを持つ手が固まる。
「そんな……どうしてそんな急に。」
「心臓麻痺でな。ほんまに急にやってん」
 私の中で優しいおかみさんの笑顔が蘇る。オリーブオイルとニンニクのきんぴらの味が蘇る。
「俺がちょっと近所の酒屋まで買い物に行ってた隙でな」
 店長さんがゆっくりと話し出す。
「帰ったらあいつ、ソファで横になっとってん。それで珍しいな思ってタオルケットだけかけててんけど、夕飯時になっても起きてけえへんから声かけたら死んどった」
「そうなんですか……」
「不思議なもんや、何十年も連れ添った最後がそれやで。ほんまに間抜けな話やなぁ。酒屋なんて全然急ぎの用事ちゃうかったのに」
 そう言って店長さんは笑いながらお通しのポテトサラダを出してくれた。
 本当に不思議なことだ。良いとか悪いとかは別にして、そんな別れをいったい誰が想像しただろう?
 いつだって別れは唐突だ。呆気なくもあり、自分勝手でもある。
 そして当たり前だが、別れた人はもうここにはいないのだ。おかみさんの行ってしまった場所に今の私達は行くことができない。それは表と裏のように全くの別世界なのだ。
「寂しいですね」
 私は分かりきった当たり前のことを言ってしまう。
「うん、そりゃ寂しいよ。でも商売もあるしいつまでもクヨクヨしてられんからな」
 強い人だ。長年連れ添った伴侶がいなくなるということがどれほどのことなのか、私には分からなかった。でも例えばヒールの奴が急にいなくなったりしたら、やっぱり少し寂しいな、なんて思った。
 目の前の店長さんが笑うので私も笑うことにした。何となくその方がいいと思ったのだ。
「ま、キクちゃん、久しぶりなんやしあんまり暗くならないで。あっ、そうだ。うちの新しい常連さんを紹介するよ。おーい、ミサワ君」と言って店長さんはカウンターの端にいるもう1人のお客さんに声をかけた。
 ミサワ君と呼ばれた男の人は急に話を振られたので油断していたのか少しびっくりした様子だった。
「あっ、はい」
「こっち来なよ。紹介するよ。こちらキクちゃん」
 急に振られて今度は私がオドオドしてしまう。
「どうも、初めまして」
「初めまして。ミサワです」
 私の挨拶はぎこちない。ミサワさんは感じの良い人だった。ピシッとしたスラリと背の高いノーネクタイのスーツの上に童顔と短い黒髮がちょこんと乗っていた。派手さはないが、清潔感のある仕事のできそうな男の人だ。
「ミサワ君は春頃からの常連さんやねん。葬式の時もいろいろと手伝ってくれてね。ほら、うちには子供がいないから。力仕事だったりとかはほとんどミサワ君が引き受けてくれたんだよ」
 そう話す店長さんの顔を見ていると如何に店長さんがミサワさんのことを気に入っているかが分かった。たぶん本当の息子ができたみたいで嬉しいのだろう。
「いえいえ、簡単なことをお手伝いしただけですよ。それにお2人にはお世話になってましたからね」
「葬式の日、ミサワ君もの凄い泣いちゃってね」
「あっ、止めてくださいよー。初対面なんですから」
 ミサワさんは少し照れ臭そうだった。私はビールを飲みながらニコニコしていた。
「いや、俺は嬉しかったんやで。自分の妻の葬式で誰かが泣いてくれるって。あいつは幸せやなぁて思ったわ」
「素敵ですねぇ」
「もう止してくださいよ。恥ずかしい」
 ミサワさんは苦笑いを浮かべる。私は葬式で号泣するミサワさんを思い浮かべた。
 何となく吉本ばななのキッチンを思い出した。家に帰ったら本棚を探してみよう。たぶんあるはずだ。

 店長が料理を作りにカウンターの奥へ行ってしまったので、私とミサワさんは2人になった。
「キクさんは何のお仕事をされてるんですか?」
「私はフリーのライターをしてます」
「ライターさんなんだ。俺、広報の仕事をしてて、ライターさんとよくやり取りするよ。ライターさんって大変そうだね」
「いつも締め切りに追われてる感じですね。もう10年以上やってるんで慣れましたけど……」
 私は冗談っぽく笑う。
「でもキクさんって何か綺麗な文章書きそうですよね。うん、何かそんな感じがする」
「えー、そんなこと初めて言われましたよ。でも嬉しいなぁ」
 本当に嬉しかったのだ。最近は仕事の量やスピードを褒められることはあっても質を褒められることがあまりなかった。それだけ流れ作業になってしまっていたということなのだろうか。
「絶対そうだ。俺も広報の仕事長いからそういう勘は働くんだ。今度書いた記事見せてよ」
「いいですよ。けど期待外れでも何も言わないでくださいね」と言って悪戯っぽく笑ってみた。こんな笑い方をするのはいつぶりだろう? なんだかお酒が美味しい。
「あの、ミサワさんは小説とか読みますか?」
「けっこう読みますよ。何でですか?」
 ミサワさんは梅の沈んだお湯割りを飲んでいた。
「いや、さっきのお葬式の時にミサワさんが泣いてたって話を聞いて吉本ばななの小説の登場人物を思い出して。だから知ってるかなって思って」
「吉本ばなな……もしかしてキッチン? 参ったなぁ」
「知ってたんですね。だから私、今すごくキッチンが読みたいんですよ」
 ミサワさんがこの小説のことを知っててくれて私は素直に嬉しかった。
「俺、けっこうあの小説好きだよ。何回も読んだ」
「わぁ、もしかしたら趣味が合うかも。哀しい予感、読みました?」
「読んだ読んだ。TUGUMIは?」
「読みました。映画も観ましたよ」
「あっ、俺も見た。主題歌は確か……」
「小川美潮のおかしな午後」
「そうだそうだ。よく知ってるなぁ。吉本ばななが特に好きなの?」
「うーん、特にって訳じゃないんですけど。偏りはありますけど本はいろいろ読んでますね。吉本ばななは一時期凝った時期があって」
「へぇ、こんな話あまりしないから面白い」
 ミサワさんの童顔が少しピンクになっていた。その後もお互いの好きな小説について、いろいろと話した。
 話していて分かったことだが、ミサワさんは私より5つも歳上だった。商工会議所で広報の仕事をしており、まだ独身、市内で1人暮らしをしているらしい。
 なんだか随分と話し込んでしまい、時計を見たらもう0時を回っていた。だからそろそろ帰ることにした。
「すっかり意気投合してくれて嬉しいよ。また来てね。気をつけて帰って」
 店長に見送られて私とミサワさんは店を出る。
「ありがとうございます。また近いうちにきっと来ます」
 大通りに出るともうイルミネーションは消えていた。明かりの消えたイルミネーションは氷柱のようだ。さっきまでの華々しさが嘘のようにそれらは生命を黙していた。
 昨晩と比べてまた少し寒さが増した気がする。たくさんの氷柱を目にしているからだろうか? だけど不思議と心は暖かかった。久しぶりに楽しい夜だった。
「飲み過ぎちゃいましたね」
 右に歩くミサワさんに話しかける。
「うん、すっかり深酒しちゃったなぁ。キクさん、電車は?」
 ミサワさんの頬はまだ桜色に染まっていた。私よりお酒に弱いのかもしれない。
「もうないです。だからタクシーで帰ります」
「そっか。じゃちょっとこのまま歩かない?」
「ええ、いいですよ」
 私達は大阪市役所の前を通り過ぎ北新地の方向へ歩いて行った。火照った頬を風が優しく冷ます。ヒールの奴はなんて言うか分からないが、私は意外とこの季節が好きだ。
 北へ向かうにつれてだんだん人通りが多くなってくる。現在深夜0時半、北新地の夜は今から始まるのだ。
 もしかしたらミサワさんは今夜このまま私と寝たいのかもしれないと思った。お互いにもういい大人なのだ。そういう可能性も十分にある。
 でも私はそれについて明確な答えを出せなかった。このままミサワさんと寝てもいいかなとも思ったが、一方でそんなことは駄目だとも思った。天使と悪魔じゃないが、そんな関係の2人が私の中でボソボソ喧嘩を始めた。少しすると風が吹いてその声はかき消されていった。
 とにかく風が気持ち良い夜だった。私とミサワさんはちょっとずつ何かを話したり、街に浮かぶネオンを見ながら冗談を言って笑い合ったりしながら歩いた。
 途中でミサワさんが自動販売機で缶コーヒーをご馳走してくれた。暖かいコーヒーからは白い湯気が立ち、弱々しく冷気に晒されていた。私の息も白く、「はーっ」と吐き出して見ると煙草の煙みたいに夜に広がっていった。
 そう言えば私は今夜一度も煙草を吸っていない。普段はお酒を飲んだら無性に吸いたくなるのに今日は不思議とそんな気持ちにならなかった。
「気持ち良いね」
「そうですね」
 ミサワさんの顔は赤みが引いて地肌の肌色に戻っていた。まるで季節外れの桜が散るみたいに風が赤みを散らしていった。
 少し向こうに桜橋のボウリング場が見える。気づけばけっこうな距離を歩いていた。交差点にたどり着いたところで何となく今日はさよならすることになった。
 ミサワさんの部屋の話も聞いてみたかったが、今日は初めてだったので止めておいた。それはまた次の時にでも聞こう。
 ミサワさんが立ち止まって言う。
「キクさん、今日はありがとうね」
「いえ、こちらこそ」
「なんだか長い時間引き止めちゃって」
「そんな、全然気にしないでください。楽しかったです。それにキクさんなんて、キクでいいですよ」
「うーん、じゃとりあえずキクちゃんからで」
「いいですよ」
 とりあえずなんて、ミサワさんは大真面目な顔だった。だから私は笑ってしまった。
「また飲みに行きましょう」
「はい、是非」
 その後、ミサワさんが捕まえてくれたタクシーで家まで帰った。
 今時珍しいくらい誠実な人だ。ちょっとエッチなことを考えてしまっていた自分が恥ずかしい。この歳になるとこういった出会いは貴重だ。それは恋愛だとかそんなものを抜きにしても。
 タクシーに揺られて窓の外を眺める。コートの中は暖かく、幸せだった。
 当たり前だが、夜が明けたらまた仕事が始まる。でも今は不思議と何も怖くない気分だった。


 ガーベラという花について私が知っていることは実を言うと少ない。
 キク科、野生種が約40種、品種が約500種以上ある。花びらのサイズ、咲き方、原種によって品種改良が行われ、ヨーロッパから日本に伝わった明治末以降は日本でも様々な色のガーベラが育てられている。
 開花時期は春頃と秋頃、1年に2回ある。4~5月、9~10月頃がガーベラの最盛期なのだ。と、ここまでのことは全て後から本で調べたことである。私はもともとガーベラが好きだった訳でもなく、何となく立ち寄った花屋で一目惚れして買ってしまっただけなのだ。
 ガーベラには色によってそれぞれ花言葉がある。私の買った赤いガーベラの花言葉は「情熱」と「愛情」だった。これも後から知ったことだ。
 情熱と愛情、これらの言葉は私を主張する言葉なのか、はたまた私が求めている言葉なのか? そんなことはよく分からない。だけどこの赤は私の好きな赤で、毎日毎日、大事にジョウロで水をやっていた。
 しかし最近ガーベラはめっきり元気がなかった。
 それもそのはず、今日はもうクリスマス。ガーベラの最盛期はとっくに過ぎている。それでも私は毎日水をあげた。そうすればまた綺麗な赤を広げてくれると信じていたのだ。
 結局クリスマスはヒールの言う通り仕事だった。仕事が終わったのはクリスマスが終わる直前の23時。私は何となく元気のないガーベラに触れていた。
 ちゃんと毎日陽に当てて水をあげているのにガーベラはどんどん弱っていった。本で読んだ通り育てたつもりだったがどこかで間違ったのだろうか? その本には「上手く管理ができていればガーベラの冬越しは難しくない」と書いてあった。
 ビールの空き缶を片手にベランダに出て煙草を吸う。眼下に広がる街はクリスマスの夜とは思えないくらい静かだった。
 多分人々はもう部屋に入って暖かい温もりの中で眠っているのであろう。子供たちは朝にやってくるプレゼントのことを考え、大人たちは隣に眠る大事な人のことを考えたりしているのだ。
 私の吐き出した煙は白色の幽霊になって夜の街へ消えた。私はこの街の向こう側にいる友達のことを考えた。家族のことを考えた。ヒールのことを考えた。そしてヒールの家族のことも。
 想像の中でヒールの家族はみんな幸せそうだった。みんなで大きなベッドに横になり、これ以上ない温かみの中にいた。
 何とも言えない気持ちだった。嫌なのか? と問われるとそれはやはり嫌だった。でも同じくらい幸せな気持ちにもなれた。何故かは分からないが、私はヒールの家族を嫌いにはなれなかった。
 私の存在が彼らを不幸にすることも分かっている。だけど私は彼らには幸せになって欲しかった。そんな矛盾がもう何年も私の中に住んでいる。
 いけない、涙が出そうだ。と思った時に部屋の中で携帯が震えている音が聞こえた。私は慌てて煙草を消して部屋に入った。
 電話はミサワさんからだった。
「もしもし?」
「あっ、キクちゃん。夜遅くにゴメン。まだ起きてた?」
「起きてますよ。仕事が終わったところです」
「そっか。お疲れ様」
「どうしたんですか?」
「ん、いやクリスマスの夜、キクちゃんは何してるかなって思って」
 ミサワさんの声を聞くのはあの夜以来だった。
「クリスマスも平常営業ですよー。ロマンチックなことなんてありゃしない」
 私は冗談っぽく笑った。
「そうか。俺もだよ。今仕事帰り」
 電話口の後ろが何だか騒がしい。多分最寄り駅を降りたあたりなのだろう。
「お疲れ様です。帰り、遅いんですねぇ」
「うん、なんだかんだ年末はバタバタしてしまってね」
「恋人とのデートもすっぽかすくらいに……ですか?」
「そんな相手がいればいいんだけどね」
 ミサワさんが苦笑いで答える。その苦笑いは妙に言葉に真実味を与えた。そうか、特定の恋人はいないんやな。
「仕事が恋人ですか?」
「残念ながら今は」
「私もこのままじゃ仕事と結婚してしまいそうですよ」
「キクちゃんみたいな綺麗な子が?」
「あらやだ」
「また飲みに行きたいね」
「私もです」
 本音だった。私はまたミサワさんに会いたいと思っていた。
「ね、ミサワさん」
「ん?」
「部屋にあるガーベラの元気がないんです」
「ガーベラ?」
「そう、ガーベラ。毎日毎日、大事に育てているのにどんどん弱っていくんです」
「うーん、俺はあんまり花のことは分からないんだけど、季節的なことなの?」
「よく分からないんです。もしかするとそうかもしれないんですけど。暖かくなってきたらまた元気になるかも」
「今は我慢の時期なのかもね」
「そうだといいんですけど」
「あんまり役に立つことは言えないけど、また元気になるといいね」
「ありがとうございます。なんかすいません。よく分からない話をしてしまって。1人で弱っていく花を見てるのがなんだか辛かったんです」
「微力ながら祈ってるよ。また連絡する」
「ありがとう。待ってます」

 しかしミサワさんの祈りも虚しく年を越して何週か経ったころにガーベラは枯れてしまった。
 たまたま取材で知り合った花に詳しいカメラマンさんに話を聞くと、水のやり過ぎを指摘された。
 冬場は寒さで生長が鈍るので、水やりの回数を控えめにしなければいけなかったらしい。土の表面が湿っているうちに水を与えると過湿になり根が腐ってしまうようだ。
 そんな話を聞いてもう一度私が読んだ飼育本を読み直すと、確かにそのようなことが書いてあった。大切なところを見落としてしまっていた。
 愛情のつもりでやっていたことが逆にガーベラを苦しめていたのだ。
 ガーベラがいなくなった部屋は色合いに乏しく、私の気持ちを灰色にした。だけど新しい色を取り入れる気持ちには今はどうしてもなれなかった。
 過剰な愛は時に大事なものを壊してしまう。そんなことはとうの昔から知っていたはずだ。私だってただ無駄に歳をとってきた訳ではない。
 だけど今も灰色の奥には消せないガーベラの赤がいることを私は知っていた。

 ミサワさんとは2週に1回くらいのペースで会った。
 私達は会うとお酒を飲んで近況報告をしたり最近読んだ本の話をしたりした。
 中でもミサワさんの職場の人の話は面白かった。
 同じ課の同僚にバカがつくほど真面目な男の人がいるらしい。彼は頭のいい大学を出た有能な人らしいのだが、真面目過ぎて融通が利かず、それが原因でたまに可笑しなことをしてしまうらしい。
 例えば、最近では外注業者から提出された見積に押された社印が少し斜めになっていることを気にして、それを上司に提出していいものかどうかを1人で何時間も悩んでいたらしい。冗談でなく本気でやっているところが面白い。
 そういえば、私がデザイン事務所で働いていた頃はミサワさんみたいに周りの人を俯瞰して見るなんて事は到底できなかった。
 仕事の駆け引きも覚え、大人にもなった今、昔みたいに人のたくさんいる会社で働いたらもしかしたら楽しいかもしれないな、なんてミサワさんの話を聞いていると思わせられた。
 ガーベラが枯れてしまったことも一応伝えた。ミサワさんは少し残念そうな顔をして1言2言慰めてくれた。


 今年の冬はなんだか短く、バタバタしているうちに少しずつ春の暖かさが朝日のように街に降り注いできた。
 その日も私はいつものように起き抜けのままポストへ向かった。新聞とダイレクトメールの間に1通の小綺麗な封書が届いていた。
 差出人を見ると真っ白な上質紙にマツとユウの名前が並んでいる。結婚式の招待状だった。
 マツとユウの名前が並んで印刷されていることに対して、私にはまだ少しの違和感があった。
 でも昼を過ぎた頃に封を開け、招待状に目を通してみたらなんだか急にお似合いの2人のようにも思えてきた。
 何にせよ親友が結婚するのだ(私を置いて……いや、そういうことを言うのは止そう)めでたいことだ。結婚式に出席しない理由は1つもない。
 そういえばヒールもマツと仲が良かったから結婚式には呼ばれそうだと言っていた。本当に奴も来るのだろうか。
 まだ仕事中であろう時間ではあったが久しぶりにヒールに電話をしてみた。最近は忙しいのかあまり顔を出して来ない。
 仕事中にもかかわらず奴は直ぐに電話に出た。
「もしもし」
「おー、キク。久しぶりやな」
「久しぶり。妙に直ぐ電話に出たな。おサボり中かー?」
「あほ、たまたまお客さんとこ入る前の空き時間やったんや」
 ヒールは総合商社の営業をしている。確かそれなりに大きい会社だったと思う。
「あんた、マツとユウの結婚式の招待状届いた?」
「あー、来てたで。昨日やったかなぁ。どうしたん?」
「いや、うちにも今朝来て。ヒールも行くんかなって思って」
「もちろん行くよ。キクも行くやろ?」
「うん、行く」
 そう言ったとこで会話が途切れた。大体わざわざ電話するようなことでもないのだ。
「たまには飲もうよ」
 気まずい沈黙に耐えかねて私は言った。
「あぁ、せやな。しばらく会ってなかったもんな。今夜は? 家おるん?」
「おる。待ってるわ」
「あいよ」
 そこで電話が切れた。一体何の電話だったのだ? でも私は久しぶりに話したヒールが私の知っているヒールのままだったことに少しの喜びを感じた。
 ヒールは夜の20時くらいに来た。私はその頃にはもう仕事を終わらせ、簡単なつまみを作ってヒールが来るのを待っていた。
「お疲れ様」
「うん、お疲れ」
 ヒールが革靴を脱いであがってくる。本当は「おかえり」と言いたいところではあるが、そんなことは馬鹿げているとも思っていた。
「ビールでいい?」
「うん」
 私はスーパードライの缶をヒールに放り投げた。軽く乾杯して晩酌を始める。
「ありがとう」
「久しぶりね」
「そうやんな。元気してた?」
「相変わらずよ。ヒールは?」
「俺も変わらず。あれ? あそこにあった花は?」
 ヒールはドアの開いた仕事部屋の方を指差して言う。私は何故だかちょっとドキリとした。
「ガーベラね。枯れちゃったんよ。残念やったんやけど冬を越せんかった」
「ふーん。そうなんか」
 ヒールはあまり興味なさ気に言った。
「気に入ってたんやけどな」
「生き物を育てるのは難しいからな。俺も昔、朝顔やらひまわりやらで失敗した」
 そんな事を言ってほしかった訳じゃないのに。相変わらず分かっていない男だ。私はそれ以上何も言わなかった。
 ぐだぐだと飲んでいると話題は件の結婚式の話になった。
「マツさんの結婚式、バレー部関係の人けっこう来るらしいよ」
「あら、本当」
「なんやら全員で100人くらい呼んでるらしいで。そんで2人は大学での繋がりやから半分近くは大学時代の友人らしい」
「100人て、えらいまた豪勢なんやなぁ」
 私は3本目のスーパードライを飲みきって言う。いつも控えめだったユウからは想像もできない大規模な式だ。
「ほら、マツさんて製薬会社のMRやから。それなりに金持ってんねんて」
「あぁ、なるほどね。ユウもこの歳まで独身やったからだいぶ貯め込んでたやろうしね」
 私が真面目な顔でそんなこと言うとヒールの奴が笑った。
「何よ?」
「いや、貯め込んでたなんて、えらいオバハンくさい物言いするんやなって思って」
「誰がオバハンや!」
「ちゃうちゃう、別に貶してるんやないで。なんかキクが言うとおもろかった。全然オバハンぽくない人がオバハンぽい言い方するから」
 ヒールはまだ笑ってる。
「フン、酔っ払ってきたな。そーですよ。私はもう34のオバハンですよ」
 私は少し不貞腐れていた。
「おーい、そんな機嫌損ねるなよ。キクはまだまだ綺麗や。全然オバハンちゃうよ」
「うそつけ」
「うそちゃう。キクは綺麗や。少なくとも俺の周りで一番綺麗や」
「……」
「ほんで一番好きや」
 しれっとヒールがそんなことを言う。これには参った。奴は愛情表現がめっぽう苦手なのだが、たまに油断している時に急にこんな直球を投げてくるのだ。
 こういうギャップに私は弱い。
「本当?」
「……本当」
 自分でもそんなことを言うつもりじゃなかったのだろう。傍目から見てもヒールは物凄く恥ずかしそうだった。だから私はちょっと意地悪をする。
「本当に本当? ねぇ、それってどのくらい? どのくらい私の事好きなん?」
「う、どのくらいとか。……そういうの止めようや」
「いーや、どのくらいなん?」
「うーん……世界中の天ぷらがみんな爆発して……ほんで世界中のガーベラがみんな枯れてまうくらい好きや」
 ヒールはちらっと視線を外して真面目な顔をして言った。
「なんやそれ!」
 今度は私が笑った。指を指して笑った。しどろもどろになりながら答えてくれたヒールには悪いけど可笑しかった。ヒールはすっかり恥ずかしくなって顔を真っ赤にした。
 素早く私のいるソファまで回り込み、「ふん、胸の張りもええしな!」と言って急に私の上に覆い被さって右胸を鷲掴みにしてきた。見え見えの照れ隠しだったが、私は身体に触れられてちょっとだけドキっとした。
「馬鹿!」
 私はまだ笑っていた。ヒールも笑っていた。私の右胸を弄りながら笑っていた。そしてそのままそっとキスしてきた。本当に馬鹿みたいだ。
「あんたは昔から本当に変わらんね」
「そう? 少しずつやけど変わってるで?」
「そんなこと言わんといて」
「変わってほしくない?」
「……変わってほしくない気もするし変わってほしい気もする」
 私はちょっと考えた後に答えた。
「キクの言うてること、分かる気がするよ。俺もキクに対して同じようなこと思ってる」
「いや、分かってない。あんたは絶対分かってない」
 私が少し鋭い口調をしてしまったので、ヒールは黙った。換気扇が回る音だけが部屋を支配していた。
「……でもな。でもそれでええんやと思うの」
「何が?」
「あんたは私の考えてることなんて分からんでええ」
「普通逆ちゃうの? 何を考えてるか相手に分かってほしいのが普通ちゃうん?」
「じゃ普通ちゃうねん」
「俺は……俺はキクが何考えてるか知りたい」
「いいのよ。それで。あんたは追いかける、私は逃げる」
「追いかけっこか」
「うん、私は捕まらない」
「いや俺は捕まえる」
 私はヒールの首に腕を回して抱き寄せた。愛おしくて仕方がなかった。
 私のヒール。良くないことを考えている時はいつも世界中を敵に回しているみたいだった。
 勝てる気はしなかったが負ける気もしなかった。だって私はそれと向かい合って戦うことすらしなかったのだから。

 深夜3時、ヒールの腕の中で不意に目が覚めた。寝室に立てかけられた鏡に私達が映っている。
 2人とも何も身に付けていない。そこには1戦を交えた後の男と女のいやらしさがあった。
 確かにここにいる。今日もここにいる。そう思いながら私は火がついたように暖かい布団の中でもう一度眠りについた。


 年度末の喧騒の中、私はミサワさんから仕事を紹介してもらった。
 初めて会った日の約束通り、私は自分の書いた記事をミサワさんに読んでもらっていた。ちょうど年を越した頃だ。
 ミサワさんは私の記事を気に入ってくれ、何かのタイミングで仕事をお願いしたいと言ってくれていた。そしてこのタイミングで隣の部署で新しいフリーペーパーを作ることになり、私に声がかかったのだ。
 またちょっとの間忙しくなることは目に見えていたが私は嬉しかった。自分の作ったものが認められるということはやはり気持ちのいい事だ。
 ぽかぽかの陽気の中、私は新しいニューバランスのスニーカーを履いてミサワさんの務める商工会議所を訪ねた。
 基本的には隣の部署の担当者とのやり取りになるのだが、初回は顔つなぎの意味もありミサワさんも同席することになっていた。私はとりあえずミサワさんの部署を訪ねた。
 受付で名前を言うと奥の席にいたミサワさんが私を見付けて手を振った。
「お世話になります。じゃ早速打ち合わせに行こうか」
「はい、今日はよろしくお願いします」
「そんな固くならなくていいよ。リラックス、リラックス」
「はい。でもなんかこんなとこでミサワさんと会うなんて……」
「変な感じ?」
「少し、いやかなり。普段は飲み屋でしか会わないですからね」
 ミサワさんはちょっと笑った。
「そりゃそうか。昼の顔を見るのは初めてだもんな」
「昼の顔!」
 私も笑う。ちょっと話してみるとミサワさんはやはりどこで会ってもミサワさんだった。
 フリーペーパーの担当者との打ち合わせは滞りなく終わった。スケジュールも値段も特に先方が提示してきたもので問題なかった。
 実際作業が始まるのは来月からで、そこから年に4回、季刊で記事を書くことになる。私としてもこういった決まったペースでできる仕事は有難い。
 打ち合わせの後、ミサワさんが商工会議所の入り口まで送ってくれた。
「今日はありがとうございました」
 私は頭を下げて言う。
「いやいや、こちらこそ。これからよろしくお願いします」
「はい。頑張ります」
「キクちゃん、この後は時間あるの?」
「あっ、大丈夫ですよ」
「じゃちょっと1杯行こうか。10分くらい待っててくれる?」
「分かりました。待ってます」
 ミサワさんは軽く手を振って中へ戻って行った。私は商工会議所の前の生垣に座って一方通行の大通りを行く車達を見ていた。夕方になってもまだ暖かかった。
 私を残してまた季節が流れていくのか。ミサワさんはちょうど10分後に戻ってきた。


 ミサワさんと私は歩いて大阪城の方向へ歩いていった。
「この先に行きつけのメキシコ料理屋があるんだよ」
「メキシコ料理……なんか珍しいですねぇ」
「うん、美味しいよ」
 私はミサワさんの左を歩く。空はだんだんと日が暮れ出して茜色に染まっていた。
 歩いて数分、たどり着いたメキシコ料理屋は薄暗く、壁には見たこともない外国のレコードがたくさん飾ってあった。
「いらっしゃいませ」
 店に入ると口髭を生やした長身の店員さんが出迎えてくれた。いかにもメキシコ料理屋という感じの店員さんだった。
 私達は木の椅子に腰掛けビールを頼む。
「打ち合わせはあんな感じで良かった?」
「ええ、聞きたいことは全部聞けたので問題ありませんでしたよ」と言ってグラスを合わせる。
 仕事後のビールはやはり美味しかった。ミサワさんがナチョスとケバブを注文した。
「担当者にいたらないところがあったら僕に言ってね。言いにくかったらこっちから要望は伝えるから」
「あらあら、心配性ですね。大丈夫ですよ。こう見えて私も長くやってますから」
「いや、キクちゃんのことはそんなに心配してないんだけど、うちの担当者がなぁ……」
「えっ、何か問題があるんですか? しっかりしてそうな方でしたけど」
 紹介された担当者は経験も豊富そうなしっかりとした中堅社員に見えた。
「いや問題がある男ではないんだけど、まぁ、まだ若いからね。多分こういうライターさんとのやり取りは経験がないと思うから」
「えっ、あの人幾つなんですか?」
「たしか25歳だったかな」
 驚いた。どう見ても30は越えていると思っていたのだ。
「見えないですねぇ。あっ、失礼か」
「見えないでしょ。ああ見えて思いっきりゆとり世代だからね」
「あっ、そういう言い方は良くないですよ。ゆとり世代だなんて世代で括ったら駄目です。ゆとり世代でも優秀な人は優秀ですからね」
「まぁ、それはそうだ」
 私の顔が妙に真剣だったのか、ミサワさんは少しキョトンとしていた。
「そうですよ。そういうのって一種の差別ですからね」
「そうだね。でも不思議だな。キクちゃんは自分がそういう世代な訳でもないでしょ? 何でそんなに引っかかるの?」
「うーん、簡単に言うと私ってやっぱり自分に自信が無いんですよね。学生の時も勉強嫌いであんまりしてなかったし。
 ゆとり世代だ、ゆとり世代だって若い子のこと言えないなって思うんですよ。『じゃお前は何ができるんだ?』なんて問い返されると何も言えないですし」
 ミサワさんは黙って頷いて私の話を聞いてくれていた。
「だから私、人の悪口を言うのも凄く苦手なんですよ。それも多分、自分に自信が無いからで、悪口言う権利なんて私にあるの? って考えてしまうんです」
「ずいぶん謙虚だなぁ」
「うーん、何でしょうね。若い時にもっと頑張って自信を付けておけばよかったって未だに後悔しますよ」
「今だって頑張ってるじゃない」
「でももう大人ですからね。大人の頑張りは努力というより義務ですよ。それでご飯食べて生きてる訳ですから」
「ふーん、自分に厳しいなぁ。もっと自分を認めてあげてもいい気がするけどね」
「それがなかなか難しいんですよね。仕事もそうですけど、追い求めるとどこまで行ってもゴールなんてない気がして。だからどこまで行っても自分に合格点が出せないんです」
「恋愛については? 恋愛にも自信ない?」
「恋愛は……」
 私はちょっと言葉に詰まった。恋愛と言う言葉を聞くと不思議とヒールの顔が浮かんだ。
「恋愛については自信とかそんなんじゃない気がするんです」
「と言うと?」
 そこで口髭の店員さんがナチョスとケバブを持ってきた。
「ミサワ君、元気してた?」
「元気です。相変わらずやってます」
「そう、良かった。ゆっくりしていってね」そう言って口髭の店員さんはニッと私にも笑いかけた。
「あ、ありがとうございます」
 それで私達はそれぞれお代わりのビールを頼んだ。
 店員さんが行った後も何となく私は言葉に詰まっていた。そうこうしているうちに店員さんは直ぐにビールのお代わりを持ってきてくれた。
「それで?」
 ミサワさんがお代わりのビールを渡してくれた。私はそれを受け取り言う。
「恋愛についてはもっとシンプルなんですよ。自信がある、ないとかじゃなくて、私にとっての恋愛は誰かの1番になりたくて必死なだけなんです。ただそれだけなんです」
「自信とかそんな1歩引いた理論じゃないんだ?」
「うん、あまり考えないですね」
「意外と恋愛には積極的なんだね」
「いや、積極的とはまた違うんですよ。それはあくまで気持ちの問題で……自信がある、ないで立ち止まったりはしないけど、結局本当に大事なことは言えなかったりして……上手く言えないんですけど」
「相手の気持ちを考え過ぎてしまうんじゃないの? これ以上は踏み込んではいけないとか」
「どう……なんでしょうね?」
 図星だった。ミサワさんは手探りながらも私という女を理解しつつある気がした。
「ミサワさんは? 恋愛に対してはどう思います?」
「僕もいたってシンプルだよ。好きになるととにかくその人の事を知りたいって思うんだ。そんで大事にしたいって思う。だからキクちゃんの言ってた『誰かの1番になりたい』って物凄く分かるよ」
「でもたまに重たい性格って言われません?」
「あ、言われるかも」
 ミサワさんが苦笑いを浮かべる。
「やっぱり。私達はよく似てますね」
 私は笑ってそう言った。
「うん」
「それにしてもこのナチョス美味しいですね」
「急に話が変わったな! だろ? このお店、おすすめなんだ」
「私のレパートリーに加えてもいいですか?」
「もちろん」
 結局なんだかんだと今日も深酒をしてしまった。お会計をする時に時計を見たら、もう23時半を越えていた。
 茜色だった空は当然のようにもう真っ暗だった。だんだん暖かくなってきた夜の風が気持ち良かった。
「あー、飲みましたね」
「今日も飲んだね。時間が経つのは早い。メキシコ料理って辛いからお酒が進むでしょ?」
「そうですね。ちょっと飲み過ぎちゃいました」
 今日は私の方が酔ってしまったようだ。ミサワさんの顔はいつもみたいに赤くなっていなかった。
「今日はまだ電車があるね。地下鉄で帰ろうか」
「ええ。そうしましょ」
 私達は裏通りを抜け大通りへ出た。思えばミサワさんとお酒を飲んだ後はいつもこうして風にあたって2人で歩いていた。
 地下鉄の駅までは歩いて数分だ。私はゆっくりと春の夜を楽しんだ。
 ミサワさんも同様にこの麗らかな季節を感じているようであった。行き交う人達の顔も何だかキラキラしていた。春は平等に人々に降り注ぎ、同じ様に皆を幸せにしている気がした。
 私はこんな季節に誰かと肩を並べて歩ける事をとても嬉しく思った。
「キクちゃん」
 地下鉄の駅へ降りる階段の手前でミサワさんが急に立ち止まった。つられて私も足が止まる。
「はい?」
「キクちゃんの言ってた、誰かの1番になりたいって話だけどね」
「ええ。はい」
「僕は……その、キクちゃんの1番になりたいって思ってるよ。強くそう思ってる」
「私の……ですか?」
「うん、それにもちろんキクちゃんのことをもっと知りたいとも思ってる」
「ミサワさん、それって……」
「はい。僕、キクちゃんのことが好きです」
「……はい」
「あの……でも……なんとなくね。キクちゃんには他に誰か好きな人がいるのかなとも思ってたんだ」
 地下への街灯が照らしたミサワさんの表情は穏やかだった。私は言葉が見つからない。
「いや、いいんだ。別に今直ぐ返事をもらおうなんて思ってない。でも一度俺とのことも本気で考えてみてくれないか?」
「……はい」
 私は驚いていた。
「約束するよ、きっと大事にする」
 私が黙ってしまったのでミサワさんが少し気まずそうに言った。やわらかい言葉だった。
「……ミサワさん」
「ん?」
「ありがとう」
 その後、私達はどちらともなく手を繋いで地下への階段を降りた。
 私は右手でミサワさんの大きくて骨張った手の温もりを感じていた。それはぎゅっと押し潰したら消えてしまいそうな、季節外れの蛍のような淡い温もりだった。
 知り合った始めの頃、ミサワさんは私に気があるのではないかと思っていた。でもそれから何となく会って話したり、お酒を飲んだり、歩いたりしているうちに「これは恋愛ではないのだろうな」と自分の中で勝手に決断を出してしまっていた。
 それくらい私達の付き合いはプラトニックで自然だった。友達というか理解者というか、恋愛とか異性ではない私の中の特別なポジションに彼はいた。
 しかし今、私の手を握るミサワさんははっきりとした異性だった。
 それはもう誤魔化しようのない事実だった。いくらミサワさんとの数ヶ月の付き合いを思い出しても、交わしてきたくだらない会話を思い出しても、今の彼の存在は紛れも無い異性だった。恋愛だった。
 地下鉄のホームまで来ても私達は繋いだ手を離さなかった。行き交う人の中、途切れないように何かの繋がりを求めてその心に触れ合っていた。
 私は正直、どうしていいか分からなかった。
 その時、ふと向かいのホームの雑踏の中に知った顔を見つけた。全てを見透かすような鋭い目、私のよく知っている目だ。私の中で一瞬時間が止まった。
 雑踏の中でも直ぐ分かる。何の偶然か分からないが、向かいのホームにヒールが立っていた。
 ヒールは呆然としている私の視線に気づいてこっちを見た。まったく、勘のいい奴だ。
 ぎゅっと手を繋いだ私とミサワさんを見てヒールの奴は少しだけ寂しそうな顔をした。私の思い違いかもしれないが、確かにそんな気がしたのだ。
 次の瞬間、私達のホームにもヒールのホームにも電車が来てそれぞれをそれぞれの場所へ連れ去っていった。
 何かが少しずつ動き出していく。間違いなくそんな夜だった。


 私の実家は山口県山口市にある湯田温泉という小さな温泉街にある。最寄り駅は湯田温泉駅。駅前に大きな白い狐の像があり、気持ち程度の足湯がある(足湯は街中にも点々とある)
 ここは一応、山口市1の繁華街でもある。昔は大型連休の時など観光客の多さに驚いたが、大阪に出て都会を知ると意外とそうでもないことが分かった。
 著名人でいうと中原中也や井上馨がここの出身で、俳人の種田山頭火もここの温泉が気に入りしばらく暮らしたと聞くが詳しくは知らない。
 私の両親はこの温泉街でコンビニを営んでいた。
 単線の列車に揺られて湯田温泉駅に着くと、お父さんが車で迎えに来てくれていた。
「ありがとう、わざわざ迎えに来てくれたんや」
「おう。丁度暇な時間帯やったからな」
 お父さんはコンビニの制服を羽織ったままだった。太い煙草を吸いながら白髪の短髪をくしゃくしゃと掻いていた。
「久しぶりやな。去年の盆振りか? お前、今年は正月も帰らんかったな」
「違う。去年のゴールデンウイークぶり。だから丁度1年ぶり」
「1年も帰らんかったんか。まったく。ノブオとキヨの奴はもっと頻繁に帰るぞ」
 ノブオとキヨというのは私の兄と姉である。2人とも今も山口市内に住んでいるのだ。
「仕方ないやん。2人は家が近いんやから。私なんて大阪よ。それに仕事だって忙しいし」
 そう言って私も煙草に火をつける。
「おい! 女のくせに煙草なんて吸うな!」
 そう言ってお父さんは運転しながら私から煙草を取り上げようとした。
「もうっ! いちいちうるさいな!」
「まったく、相変わらずやなお前は」
「余計なお世話ですよ」
 私はそう言って当てつけのように窓の外に煙を吐きだした。
「女らしさが足りひん」
「あ、そんなこと言うんや?」
「ふん、口だけどんどん達者になりやがって」
 そう言ってお父さんは煙草を灰皿に押し潰した。
「私にだっていろいろありますよ」
 私もお父さんの吸い殻の上に煙草を押し潰した。
 私の実家はお父さんの営むコンビニの裏にある。見慣れた実家が通りの向こうに見えた。その前に知らない白色のワンボックスカーが1台停まっていた。
「俺、店戻るから先に家帰っといてくれ」
「うん。ねぇ、あの車は何?」
「あぁ、キヨのとこの車や」
「えっ、キヨ姉ちゃん来てるの?」
「うん、今朝からおる」
 キヨ姉ちゃんが来てるのか……少しだけ気が重くなった。
「だだいま」
 久しぶりの実家にあがるとエプロン姿の母親が出てきた。
「あら、おかえり。久しぶりやね。あがり。キヨも来てるで」
「うん」
 荷物を玄関に置いてリビングに入るとキヨ姉ちゃんがアイスキャンデーを食べながらテレビを見ていた。
「久しぶり」
「あら、キクじゃない! 何年ぶりかしら、珍しい」
「うん。キヨ姉ちゃん、旦那さんと子供は?」
「3人でお出かけ中。公園でサッカーしてるよ。私は暑いからパスした」
「そう」
「長旅ご苦労やったね」
 お母さんが麦茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」私はキヨ姉ちゃんの向かいに腰掛ける。
「それで? 今回の帰省はいよいよご結婚の報告かしら?」
 キヨ姉ちゃんが早速目を輝かせて言った。
「違います。仕事がちょっと落ち着いたから帰省しただけ。だいたいそういう話なら私1人で来ないやろ」
 私は麦茶を飲みながらムスッと答えた。
「あーあ、残念。キクちゃんはまた今年も変わらず独り身を貫くのね」とキヨ姉ちゃんはウンザリしたような言い方をする。
「キヨ、そんな言い方しないの。キクにはキクのペースがあるんやから」
「でもお母さん、キクももう34やで。いい加減にせんとあかん歳やろ。会うたびに私が口をすっぱくして注意してるのに。この人全然動じないんやから。私は34の頃にはもう2人目を産んでたで」
「キヨ姉ちゃんが早いんや」
 私は不満そうに言う。
「そんなことないわ。私なんて地元では遅い方やで。周りの友達はもっと早かった。あんたは特に遅すぎるの」
「ヘン。私だって別に何にもない訳じゃないん
やから」
「あら、誰かいい人がいるの?」
 今度はお母さんが目を輝かせて言った。
「いや、別に紹介できるような人はいないけど……」
「ほーらやっぱり。キク、あんたね。もうこっち帰ってきて落ち着きなさいよ。ライターさんなんて手に職があるんやから何処でだってできるやろ?」
 キヨ姉ちゃんが食べきったアイスキャンデーの棒で私を指してきた。
「まぁ、確かにお父さんもお母さんも歳だしキクが帰ってきてくれたら助かるわねぇ」
「ちょっとちょっと、簡単に言わないでよ! お母さんまで何言ってるの!」
「だってあんた大阪にいたらずっと忙しい忙しいって仕事ばかりしてるやん。もうそろそろ経験も積んだんやしこっちでゆっくりと仕事してもいいんやないの?」
 確かにキヨ姉ちゃんの言うことも一理ある。でも私だって簡単に譲れない。
「もう、帰ってきていきなり勘弁して! 部屋に荷物を置きに行く!」
 私はそう言ってリビングを出た。階段下まで来たところでちょっと態度が悪かったかな? と思い引き返してリビングのドアの隙間から中を覗いてみたが、「キクが帰ってきたなら今日はお寿司でも取りましょうか」「いいわね。じゃノブ兄のとこにも連絡してみるわ」
 なんて2人とも全く動じた様子がない。くそう、なんて奴らだ。
 実家の私の部屋は前に来た時と何も変わっていなかった。
 机の上に無造作に置かれた小説やアルバムの角度まで、何1つ変わっていないような気がした(それでも一応たまには掃除をしてくれていたようだが)
 乱雑に置かれたアルバムの一つを手に取り開いてみるとそれは中学の時のアルバムだった。
 久しぶりに見た20年前の光景は相変わらず優しかった。澄み切った川に足を付けるような、そんな感じだった。
 ただ、そのピントの中心にいる私はと言うと全然イケていなかった。20年前の私は何故か分からないがちびまる子ちゃんのような髪型をしていた。当時の私はバレーボール一色で、髪型になんて全然気にしていなかったのだ。
 ダサい。明らかにダサいのだがそんなことは気にもせず屈託のない笑顔でこちらに微笑みかけている。私はなんだかいたたまれない気持ちになってきた。
 壁の本棚には中高生の時に読んでいた少女漫画や大阪に持って行かなかった1部の小説が並べられていた。
 私は試しに少女漫画を1冊取って開いてみた。長いこと日の目を見なかった本特有のカビ臭さが鼻腔を刺激した。この漫画、昔好きだったなぁ。

 私達、綾倉家はお父さん、お母さん、長男のノブオ、長女のキヨ、そして次女の私キクの5人家族だ。
 私が幼稚園に入るまで綾倉家は大阪に住んでいた。なんせお父さんもお母さんもコテコテの大阪生まれ、大阪育ちなのだ。
 それが何故今は本州の最南端、ここ山口県に住んでいるかというと、きっかけは1つの旅行だった。
 その年の冬休み、下関のフグを食べるために珍しく家族旅行に出掛けた。うちはお父さんが旅行嫌いであったため家族旅行なんてイベントはほとんどなく、大型連休でもだいたいは近所の動物園や遠くても京都くらいまでしか出掛けなかった。
 それがどういう訳かあの年は下関旅行に出掛けることになった。おそらくお父さんの気紛れだったのだろうが、子供達は喜んだ。ノブオ兄さんはもう小学校に入っていたと思う。まさかこの旅行が綾倉家のこの先を大きく左右するなんてその時は誰も考えつかなかったはずだ。
 下関でたらふくフグを食べた私達は帰りにどこか温泉にでも寄って行こうという話になった。よく覚えていないがこれもおそらくお父さんの気紛れだろう。
 そこで名前があがったのがこの湯田温泉だった。
 私達はわざわざ新幹線を途中下車して将来嫌になるほどに乗ることになるあの単線に乗ってこの温泉街まで来た。
 温泉街に入ったあたりからお父さんの様子がおかしかったのを覚えている。お父さんはやたらと街並みを褒め、たくさん写真を取り何回も温泉につかっていた。
 いくらお母さんが「そろそろ帰りましょう」なんて言っても聞く耳を持たず、結局私達はこの温泉街にもう1泊することになった(確かノブオ兄さんはそのせいで学校を1日休んでいた)
 大阪に帰ってからもお父さんは事あるごとにあの温泉街の話をした。それは幼かった私の目から見ても異常なくらいだった。
 旅行嫌いだったお父さんがそれから月1、2のペースで湯田温泉まで行くようになった。家族と一緒に行った時もあったし1人の時もあった。そして旅行から1年経つ頃、お父さんは家族で湯田温泉へ移住しようと言い出した。
 これには流石にいつもは何も言わないお母さんも反対した。この移住問題でこの頃、両親はよく喧嘩をした。私達兄妹も幼いながらに家族の先行きを不安に思っていた。仲の良い両親が喧嘩をするなんて後にも先にもこの時期だけだった。
 結果的にお母さんが根負けして私達は家族でここ湯田温泉へ移ることになった。お父さんは仕事を辞め、向こうでコンビニを経営することになった。
 コンビニ経営を選んだことには特に理由はない。それしか伝手がなく、要は向こうに住めれば職なんて何だって良かったのだ。
 ただ、言葉だけは馴染めなかったらしく、お父さんは家族に関西弁をやめないことを強要した。だから山口に移り住んでもう何十年も経つのに私達はみんな未だに関西弁のままなのだ。
 まったく、本当に勝手な父である。
 この家に引っ越した日のことを私はぼんやりとだが覚えている。
 まだ6月なのに暑い日だった。お父さんとお母さんがバタバタと荷ほどきをしている中、幼かった私とキヨ姉ちゃんはリビングの床に積み木を並べて遊んでいた。
 たまに涼しい風が開け放した縁側から入ってきた。その風は縁側に置かれた花を揺らし、汗をかいた私達の肌をかすめて消えた。
 縁側に置かれたあの花、私はぼんやりだが覚えている。想像の中であの花にフォーカスを当てる。
 どこかで見た事のあるあの花びらの形。
 そうだ、あれはガーベラだ。オレンジ色のガーベラだ。色は違うが私の部屋にあったのと同じ花だった。
 揺れていた。風に吹かれてそっと揺れていた。

 遠くから私を呼ぶ声で目が覚めた。
 ベッドに横たわって漫画を読んでいたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。眠気まなこを擦り起き上がると胸の上から漫画が床に落ちた。
 もう一度私を呼ぶ声が聞こえた。お母さんの声だった。御飯の時間らしい。
 私は読みかけの漫画を本棚に片付けて部屋を出た。ぼんやりした頭の中でガーベラはまだ風に揺れていた。


 リビングに戻るとノブオ兄さん一家も来ていた。
「おー! やっと起きてきたか! キク、久しぶりやな」
「キクちゃん、久しぶり!」
 長身のノブオ兄さんとその肩に肩車された1人娘のサキちゃんだ。やたらと上の方から声をかけられた気がした。まだ寝起きで頭がぼんやりとしているせいかもしれない。
「久しぶり。わっ、サキちゃん大きくなったね」
 ノブオ兄さんに降ろされ床に立ったサキちゃんはお世辞でなく大きくなっていた。たった1年振りなのに。まったく、子供の成長は早い。
「お久しぶり」と言ってグラスを渡してくれたのはノブオ兄さんの奥さんのレイコさんだった。
「あ、ありがとうございます」
「長旅お疲れ様ね」
 そう言ってレイコさんはビールを注いでくれた。レイコさんは髪の長い痩身の女の人だ。綺麗な人で私はこの人に会うと未だに少し緊張してしまう。
「キクー! 早く! お寿司食べるよ」とキヨ姉ちゃん。テーブルの上には大きな寿司桶が2つ並んでいた。
 子供達は既に別に頼んでいた子供用のちらし寿司を食べ終えたみたいで3人で何やら遊び始めた。キヨ姉ちゃんの旦那さんがその面倒を見ていた。
 私はとりあえずビールを飲み、席に着いてわさびを醤油でといた。お父さん、お母さん、ノブオ兄さん、レイコさん、キヨ姉ちゃんは既に席に着いていた。
「家族がみんな揃うなんて本当に久しぶりね」
 お母さんは嬉しそうだった。
「ほんまやで。キクは全然帰って来ないからな」と言ってノブオ兄さんが笑う。まったく、たまに帰るとそればっかりだ。お寿司は美味しかった。ちなみに私はサーモンが1番好きだ。
「そうそう、ノブオ兄さんからも言ってやってや。そしてまた相変わらずの独り身なんよ」
「キヨ姉ちゃん、うるさい」
 私は少し尖った。
「なーによ、本当じゃない」
 キヨ姉ちゃんは少し酔っていた。こうなるとますます面倒くさい。もともとお酒に弱いのだ。
「キク、相変わらず仕事は忙しいんか?」とノブオ兄さんが河童巻きを齧って言う。
「うん、まぁぼちぼちな」
「フリーのライターさんなのよね? 大変なお仕事ね」とレイコさん。
「えぇ、まぁ……」
「もっと楽な仕事をすればええのになぁ。何もそんな大変な仕事を選ばなくても」とキヨ姉ちゃんが相変わらずの悪態をつく。
「キヨ、そんな言い方はやめなさい。ライターさんはキクの昔からの夢やったんやから。ねぇキク?」
 そう言ってお母さんがキヨ姉ちゃんを睨んだ。
「うん、まぁね。ってもう私のことはもういいよ! こっちはどうなん? この1年何かあった?」
「いやー……何かって、特に何もなぁ……?」
 そう言ってお母さんは困ったような目でノブオ兄さんを見た。
「うん、特に大きなニュースはないなぁ。まぁみんな元気やったよ。子供たちも俺たちも」とノブオ兄さん。
「あ、そう……仕事は?」
「仕事も別に変わらずや。だってうちの旦那もノブオ兄さんも普通のサラリーマンやもん。毎年そんなに大きな変化はないで」とキヨ姉ちゃんがしれっと言う。
「まぁ、それなら良かったけど」
 平和とは何だか拍子抜けしてしまうものなのだな。私はそう思いまた橙色のサーモンに箸を伸ばした。

 2つの寿司桶もほぼほぼ空っぽになった頃、ずっと奥の席でむすっとビールを飲んでいたお父さんが急に立ち上がった。
「よし、キク。温泉行くか」
「えっ? 私? なんで? ノブオ兄さんと行ってきいや。私と行ったってどうせ入り口で別れ別れやん」
「ノブオとはいつでも行けるやろ。それに寝てもうてる。たまにしか帰って来れへんのやから。行くぞ」
 確かにノブオ兄さんはソファに座ったまま眠ってしまっていた。キヨ姉ちゃんと同じであまりお酒は強くないのだ。
 そんなこんなで結局私はお父さんと温泉まで歩いて行くことになった。ぽつんぽつんと街灯が立った道をお父さんについて歩いていく。手には着替えとタオルを入れた風呂桶を持って。
 前を歩くお父さんの背中を見ていると幼かった頃の事を思い出す。昔はよくこんなふうにお父さんに温泉へ連れて行ってもらっていた。ノブオ兄さんは年頃になるとあまりついて来なくなったが、私とキヨ姉ちゃんは高校生くらいまでこうしてお父さんに連れられて温泉まで足を運んでいた気がする。
 小学生の頃なんて週に3、4回は行っていた。お母さんの言う通り私はその頃からライターになりたかった。文章を書くのが好きだったのだ。ただそれはあくまで憧れで、本当になれるなんてその頃はまったく思っていなかった。
「あー、おじいちゃんとキクちゃんだ!」
 見ると向かいからサキちゃんを筆頭に3人の子供たちとキヨ姉ちゃんの旦那さんのカズヤくんが歩いて来た。
「サキちゃん達、温泉行ってたんだ」
「うん、気持ち良かったよ」
 キヨ姉ちゃんのとこの2人の男の子は温泉にテンションが上がったのか満面の笑顔でお父さんに飛びついている(彼らから見たらお爺ちゃんか)お父さんは優しくその頭を撫でて、
「よしよし。続きは明日にして、今日はもう寝なさい。気をつけて帰りや」と言った。
 不器用な男だがお父さんはお父さんなりにお爺ちゃんをやってるんだな、と思った。すれ違い際にカズヤくんは私とお父さんにぺこりと頭を下げる。
 私達がいつも使っていた温泉は昔とまったく変わらなかった。番台のおじさんもまったく変わらず、私は本気でこの人は歳を取らないんじゃないかと思った。おじさんは私を見て1言「大きくなったね」と言った。

 女湯から出るとお父さんはすでにあがっていて、軒先でしゃがみこんで煙草を吸っていた。
「お待たせ」
「おう。久しぶりの温泉はどうやった?」
「うん、気持ち良かったよ。それに懐かしかった」
「ここは変わらんやろ。お前等が子供の頃と同じや。まぁ俺としては変わってほしくないからそれでええんやけどな」
 そう言ってお父さんは私に缶のコーヒーをくれた。
「ありがとう」
 そうして私達はまた来た道を戻り始めた。今、いったい何時くらいなんだろう? 帰り道は私達以外誰もいなかった。脱衣所にはまだ何人か人がいたのに。
「なぁキク」
 お父さんが急に話し始める。
「ん?」
「仕事は楽しいか?」
「うーん、まぁまぁかな」
「大阪の暮らしはどうや? 向こうはいろいろと変わってもうたか?」
「どうやろ? 驚く程変わったとこもあるけど、まったく変わらないとこもあるよ。最近は行かないけど、私達が昔住んでたあたりは多分全然変わってない」
「そうか」
「うん」
「なぁ、キク」
「なによ」
「キヨは口も悪いしあんなふうに言うけどな、俺は別に焦らんでええと思うねん」
「結婚の話?」
「それもある。仕事も含めて全部や。向こうでのこと、上手くいってるならそれを続ければいい。結婚も、その気があるならこっちに帰るのもそれが終わってからでええ」
「うん」
「人間、焦って生きる事ほどくだらんことはないで。大抵は後になって後悔する。たとえ上手くいったとしても後悔する。こうすればもっと良くなったなぁとか、そんなふうに思う。やからゆっくりと自分のやりたいようにやればええねん」
「うん。でもお父さん、本音ではやっぱり私に結婚してほしい?」
「そりゃ親としてはそういう気持ちもある」
「ふーん」
「でもなキク。俺にはお前がキヨみたいに2人も子供抱えてんのも、レイコみたいに品よく主婦してんのも、全然想像できひん」
 お父さんが真面目な顔で言うので私は笑ってしまった。
「ちょっと笑わせないでよ」
「うちはどうもマイペースな奴が多い。ノブオもキヨも結婚しても何だかんだマイペースや。キヨんとこなんて子供の世話はほとんどカズヤがしてるんやで? ほんまに。キヨもキヨやけど、カズヤもカズヤや」
「カズヤくん、尻に敷かれてそうやもんね」
「うん、まぁそんなマイペースも俺に似たんやろから強くは言えへんねんけどな」
「あぁ、それは間違いない」
 私はまた笑った。
「話を戻すけどな、そりゃいつかは結婚はしてほしい。せやけど今やなくてもええ。キク、俺が一番嫌なのはお前が何か辛い思いをすることや。極端な話、楽しく、幸せに毎日暮らしてくれさえすればそれでええんや」
「……うん」
「大阪にはいつ帰るんや?」
「明日の夜か明後日の朝。明後日の昼に向こうで取材がある」
「そうか」
「うん」
「また来いや」
「うん、ありがとう」
 通りの向こうに実家の灯りが見えてきた。帰り道、私はお父さんからもらった缶のコーヒーをずっと握り締めていた。家に着いた頃、暖かい愛でそれはすっかりぬるくなっていた。
 翌々日の朝、私は新幹線で大阪に帰った。


 ユウとマツの結婚式は梅雨の中休みの突き抜けるような晴天の日だった。市内の端っこにある結婚式場。大きな公園の中にあり、周りを新緑に囲まれていた。照明の代わりに自然光で明かりを取るような自然を基調とした式場だった。気持ちのいい場所だった。
 例によって私の到着は開演のぎりぎりになってしまい、着いた頃にはもうほとんどの人が教会の中に入って席についていた。私はひっそりと一番後ろの席に腰掛けた。
 周りを見渡すと確かに見知った顔ばかりであった。同級生の女の子もみんな来ているみたいだった。中には子供を連れてきている子もいる。
 反対側の新郎席にヒールがいた。私はそれを直ぐに見つけた。同級生らしい男と談笑している。
 やがて式が始まり少し緊張した面持ちのマツが入場してきた。大学生の時と全然変わらない。緊張しやすいところも昔のままだ。
 真っ白いウェディングドレスに身を包んだユウが父親と一緒にゆっくりと歩いてくる。ユウは、文句無しに綺麗だった。私は今までたくさんのユウを見てきた。コートでのユウ、喫茶店でのユウ、笑っているユウ、泣いているユウだって見たことがある。そのどれもが綺麗だったが、今日のユウの綺麗さはまた少し違った時限のものだった。誰にだってそれを汚せないような気がした。
 私は初めて現実のユウとマツをセットで見た。壇上で愛を誓い合う2人はもうどこからどう見てもお似合いの夫婦だった。お屠蘇に口付けるような優しい愛を交わし、本当に幸せそうなユウを見ると、涙が出そうになった。そう思うのも束の間に涙はゆっくりと私の頬を下っていった。
 その涙は本当に混じり気のない純粋なものだった。それで私は少し安心した。ユウ、本当に良かったね。
 式が終わり披露宴へ移ると、同級生が多かったこともあり徐々に同窓会のような感じになってきた。マツの同級生もたくさん来ているので、
「キク先輩、お久しぶりです」
 なんて丁寧に挨拶をしてくる後輩もいた。未だに体育会系気質が抜けないのだろう。それはそれで可愛いのだが、少し照れくさい。後輩の中にも子供を抱いている子もいた。
 久しぶりに会った学生時代の友人と話すのは楽しかったが、心のどこかで常にヒールのことがひっかかっていた。なんせミサワさんといる時に地下鉄のホームで会って以来なのだ。あれから一度も連絡すら取っていない。
 新婦席の私と新郎席のヒールは離れた席に座っていた。私は新郎席に背を向けた席に座っていたため、奴の顔は見えなかった。でも背中にはずっと奴の存在を感じていた。思い出話に花を咲かせても、美味しいフルコースを食べても、それは決して消えなかった。
 式は滞りなく進み、2人はお色直しのために一度席を外した。
 そのタイミングで私も席を立ち外に出て煙草を吸うことにした。式場をでると、来る時は急いでいたのであまり意識していなかったが、本当にそこは森の中みたいだった。「自然の中にある式場」というのがここの売りらしい。なるほど、納得だ。晴天の中、緑すら眩しかった。
 私は煙草に火をつけた。ミサワさんにもあれから一度も会っていない。たまにちょっと電話で話したりはしたが、特別なことは何もなかった。でも本当はそんな単純なはずもなく、何気ない会話の中でも私は内心ミサワさんのことをすごく意識していた。多分それはミサワさんも同じだと思う。そりゃそうだ。
 返事を先送りするのは悪いことだという事は分かっていた。ミサワさんは別にいいよ、と言ってくれるのだろうがこちらとしてはそうもいかない。でも私は柄にもなく迷っていたのだ。
 ミサワさんと一緒になれば私は幸せになれる気がする。でも何かが心に強く引っかかっていた。そしてそれが何か私にもだいたい分かっていた。でもそれを素直に認めてしまうことは酷く間違っているような気がする。
 私は迷っている。それだけが紛れもない事実だった。
「キク!」
 その時、後ろから急に声をかけられた。突然の事で驚いて振り向くとそこにはユウがいた。
「何してんの……?」
「いや、お色直ししてたら窓からキクが見えたから。早く着替えられたから出て来ちゃった」
 ユウはさっきとは違うピンク色の可愛らしいドレスに着替えていた。
「びっくりした。いいの? こんなふうに出て来ちゃって」
「良くはないよね」と言ってユウは笑う。
「すごく綺麗よ」
「ありがとう。キクにそう言ってもらえると本当に嬉しい」
「私じゃなくてもみんな言うわよ。本当に綺麗」
「キクに言ってもらえるのが嬉しいのよ」
「本当に結婚するのね。何だか実感が湧かないわ」
「うん。あっ、お先に」
 ユウが悪戯っぽく笑う。
「ふーんだ。私だってそのうちいい人見つけるわよ」
「キクにはヒールくんがいるじゃない」
 ユウが当然のように言うから始めはその意味がしっかりと分からなかった。新緑がさらさらと風に揺られる音だけが私達を包んだ。
「知ってたの?」
「うん、ごめんね」
「謝るようなことじゃないよ。なーんだ。知ってたのか。みんなもう知ってるん?」
 私は観念したように言った。
「ううん、みんな知らないよ。多分私とマツだけ。私はマツから聞いたの。全然気がつかなかった」
「マツ? そうか意外と勘のいい男なんやね」と言って私は苦笑いをした。
「違うの。マツはずっとヒールくんから相談を受けてたのよ」
「ヒールから相談?」
「そう。ヒールくんずっと悩んでたみたい」
「ヒールが悩む? 何を?」
「キクの事以外何があるのよ」
「私の事? だってあいつには家族もいるし……私の事なんて……」
「好きみたいね。キクの事。キクが思ってた以上にね」
「そんな……」
「でも家族の事も好きみたい。だから悩んでる。どうしたらいいのか分からないみたい」
「馬鹿みたい」
 私はちょっと笑ってしまった。
「本当にね」
 ユウも笑う。
「元々そんなに器用じゃないのよ。そんなデリケートな事が考えられる人じゃないの」
「うん」
「本当にもう……」
「キク、私はキクがヒールくんの事本当に好きならその気持ちに正直になってもいいと思うの。ヒールくん1人では答えは出せないわ。彼はそういう人よ。でもキクと2人ならそれができる。こんな事言うのは間違ってるかもしれないけど、私はキクの友達だから。キクに幸せになってほしい」
「うん」
「もちろんそんな簡単な話じゃないけどね」
「うん」
「ねぇ、私にも1本ちょうだい」
 そう言ってユウが私の持っていた煙草を指差す。
「こんな時にいいの? というか吸った事あるの?」
「ない。いつもキクが吸っててどんな味がするのか気になってたんだ。無礼講、無礼講」
「無礼講の使い方間違ってる」と言って私はユウに煙草を1本渡して火をつけてあげた。
 ユウは勢いよく煙を吸い込んだがすぐにむせ返った。苦しそうにごほごほ言っているので私はドレスの背中を撫でてやった。
「もう馬鹿ね。いきなりは無理よ」
「まずーい。よくこんなん吸ってられるわね」 「慣れたら美味しいのよ」
 ユウはまた咳き込んでいる。
「あーあ、これは私には無理だわ。気持ち悪い。まったく、キクに悪いこと吹き込んだ罰ね」
「あほやな」
「お互いにね」
「ふーんだ」
 そう言って私達は笑い合った。
「そろそろ行くね。もうすぐ再入場の時間だわ」
「うん」
「キクもそろそろ戻りなよ」
「うん」
 ユウがゆっくりと歩き出す。ピンクのドレスがだんだんと遠ざかっていく。新緑の照り返しを受けてレースの粒子がキラキラと光っていた。その輝きに女の子なら誰しも憧れない訳がない。
 離れたところから私はユウの名を呼んだ。ユウは風に流されそうな前髪を抑えて振り向いた。
「本当に綺麗やで!」
「うん、ありがとう」
 そう言ってユウは式場へ戻って言った。しばらくして私も席に戻った。

 結婚式は無事に終わった。会場を出て出席者全員で記念写真を撮る。
 私達は公園の広場みたいなところにカメラの枠に収まるように小ぢんまりと集まった。小ぢんまりと言っても百人近い出席者がいるのだ。私のいる場所からでは1番前が見えない。
「全体的にもう少し後ろに下がって真ん中に寄ってください!」
 なんてカメラマンさんが大きく腕を振って笑顔で言う。その1言で動き出した人の列に流され、私は1番後ろの列まで押し出されてしまった。まったく、そんなに背が高い訳でもないのにちゃんと映るのだろうか。そう思ってふと横を見るとヒールがいた。
 同じように流されて1番後ろまで押し出されたのだろう。奴も1人だった。私達の間には1人知らない人が立っていたが、奴は直ぐに私の視線に気づいた。
 久しぶりに顔を合わせたが少し離れていたため言葉は交わさなかった。私は知らない人の背中をまたいでヒールの方に手を伸ばした。ヒールも向こうから手を伸ばしてそれに応えた。後ろ手に繋ぎ合った手を私は強く握った。直にシャッターが切られる。でも多分私達の恋は写真には映らない。
 誰にも見られず繋いだその手を私は離したくなかった。離せないと思った。


 夏の終わりにミサワさんから手紙が届いた。

「キクちゃん、しばらくお会いしていませんがお元気ですか? おそらくキクちゃんの事だから元気なんじゃないかと勝手に想像しています。そして相変わらず忙しくしているのでしょう。
 もしかしたらこの手紙も新聞や電気代の請求書か何かの間に挟まれてしばらく忘れられているんじゃないかと、最悪、不必要なダイレクトメールと間違えられて捨てられているんじゃないかなんて、ちょっとだけそんな不安もあります。手紙を書くなんて僕としても珍しいからできれば読んでほしいです。仕事の合間やたまの休みの日なんかに。お酒を飲みながらでも全然オーケーです。
 キクちゃんに「好きだ」と言った時の事はよく覚えています。結構酔っ払っていましたが、気持ちを言葉にした瞬間、一気に視界がクリアになった。実を言うと誰かにそんな事を言うのはかなり久しぶりの事でした。30何年も生きてきて恥ずかしいですが、ああいった事はいつまで経っても慣れません。
 そして「ごめんなさい」と言われた時の事もよく覚えています。この時は逆に視界が暗くなった。女の人に「さよなら」と言われた事は何度かあります。でも「ごめんなさい」はそれとはまた違う衝撃でした(実を言うと、「ごめんなさい」は初めてでした。こう見えて昔は結構モテたんですよ)
 一言で言うとショックだったんです。ごめん。こんな事書くつもりじゃなかったのに。
 でも、とりあえず僕はもう平気です。しばらくは「ごめんなさい」と言われた時のキクちゃんの表情とか、白シャツに溶ける素肌とか、そんな1つ1つの事を思い出したりして落ち込んだりもしてしまいましたが、もう大丈夫です。
 だからまた、たまには飲みにでも行きませんか? 今まで通り友達のままで。またキクちゃんの話が聞きたいし、僕の後輩も相変わらず面白いので話したいことは山程あります。
 手始めにオオサワさんのとこで暑気払いなんてどうでしょう? 夏はもうすぐ終わりますが、後追いの暑気払いです。オオサワさんは最近おかみさんが作ってた創作料理を練習しています。本人はまだまだ味に納得がいっていないようですが、すごく美味しいです。
 連絡を待つのもどこか寂しいので、またタイミングを見て電話します。しばらく時間が空いてしまったのでとりあえず手紙を書きました。最後まで読んでくれてありがとう。
 季節の変わり目、身体に気をつけて。

ミサワ」

 私はその手紙を2回読んで丁寧に便箋にしまった。扇風機も回らなくなった部屋の中、残り少ない夏が寂し気な表情で私の事を見ていた。


 海岸線はずっと向こうまて続いていた。波は一定の間隔で砂浜を染め、私のビーチサンダルの足跡を1つずつ消していった。振り返ると3、4歩前の足跡はもうなかった。儚いもんだな。素足にあたる海は冷たかった。でも今はまだそれが気持ちいい。
「もっとこっちきいや」
 波打ち際から少し離れたところを歩いているヒールに声をかける。
「うん、そうしよかな」
 そう言ってヒールは思い出したように履いていたスニーカーを脱いで海に足をつけた。海岸線をこのままどこまでも歩けそうな気がしたが私達はそこで1度歩みを止めた。
「あぁ、冷た」
「気持ちいいやろ?」
「うん。もう夏も終わるけど俺、これが今年初めての海や」
「あら、私もよ」
「そうか。もうこの歳になるとあんまり海も行かへんな」
「家族がいたら別やない」
 私はまた余計な事を言ってしまった。
 ヒールはズボンの裾を捲り上げて少しずつ沖の方へ歩いて行った。私も追いかけるようにその後を追う。濡れないようにロングスカートの裾を捲くったが、波は悪戯をする子供のようにその飛沫を散らした。まったく、なんで私はロングスカートなんかで海へ来てしまったのだろう。
 ヒールは膝が水面に隠れるくらいのところで止まった。ヒールの後ろに見える季節外れの海は遠くまで人影も見えず、午後の日差しを受けて波はまるでプリズムのようだった。
「夏が終わるね」
 私は水平線に背を向けるヒールに声をかけた。
「うん、早かった。ついこの前冬が過ぎたばかりやと思ってたのに」
「夏が終わったらまた冬が来るよ。またあんたの嫌いな季節や」
「そうやな」
 ヒールはそう言ってプリズムを蹴る。
「でもなキク、最近思うんやけどな、冬もイベントも捉え方次第ではおもろなるんちゃうんかなとも思うんよ。慌しいなぁ、嫌やなぁって思うから身構えてしまうんで、もっとニュートラルな気持ちで臨めば楽しみ方も見えてくるんちゃうかなって」
「ふーん、そういうふうに考えれるようになったんはええ事やないの。でもなんだか大人になったみたいでむかつく」
「そうか?」
「うん、なんかヒールのくせに生意気」
「そうかもな」
 ヒールは少し笑って水面に手を触れた。波の規則がゆっくりと乱れた。
「でもそんなふうに、何か楽しみ方はないかな? なんて考えるとちょっとだけ冬が楽しみになってくるねん。不思議や。なぁ、キク。冗談やなく今年はクリスマスにでもどっか行こうか?」
「クリスマスかぁ……」
「うん、そう」
 私はすっかり濡れてしまったロングスカートを諦めて海に放した。ロングスカートは先の方から直ぐに海の生命力を吸収して重くなった。
「ヒール」
「うん」
「私達にもうクリスマスはないよ。今日が最後。今日でもう終わりなの」
 私の言葉を聞くとヒールはゆっくり海から手を出してこちらを見た。その表情には少し笑みがあった。
「やっぱりそうか」
「やっぱり?」
「何となくそうやないかと思ってた」
「……そう」
「キク。前にも言ったけど俺は俺なりにキクの考えてる事を分かってるつもりや。少なくとも分かりたいっていつも考えてる。追いかけてる」
「うん」
「だから何となく分かるんよ。今日のキク、会った時からちょっとだけいつもと違ってた」
 そう言ってヒールは笑う。
「この前一緒にいた人が原因でもないんやろ? どうせ全部自分で決めたことなんやろ?」
「そんな事までよく分かるね」
 私は笑ってしまった。
「分かるよ」
「嬉しい」
 声に出すと何だか身体中の力が抜けてしまった。向こうから波を散らしてヒールがゆっくりと歩いてくる。私の正面に立つ。波の飛沫がまた私のロングスカートを濡らした。よく見ると捲り上げられた奴のズボンもかなり濡れていた。
「ありがとう。ヒール、大好きよ。いつまでも忘れへん」
「うん。俺もや。きっと忘れへん」
「また会ったら無視しない?」
「せえへんよ。ちゃんと声かける。時間によってはまた飲みに行きたい」
「良かった。元気でね」
「うん、キクも元気で」
 ヒールは私の横を抜けて浜辺の方に歩いて行った。どれくらい経っただろうか。私はしばらくそのまま遠くに揺れる水平線を眺めていた。それはあまりにも果てしなくて、もはやこの世のものとは思えなかった。
 ヒールが去ったは後の浜辺はさっきまでいた時と何も違いがなかった。砂の色も見える景色も何もかもさっきと同じで、ただヒールだけがそこにいなかった。
 煙草が吸いたくなった。だけど私はそれを我慢する。砂浜に打ち寄せる波はまるでサイダーのようだった。抱えきれない愛のようだった。私達の流した涙のようだった。
 鞄に入れていたボトルの水を飲み干して大きく息を吸い込む。私は濡れたロングスカートのまま砂浜に腰掛けてもう少し海を見た。
 明日からまた生きていくのだ。秋の開花に間に合うよう、またガーベラを育てよう。白い白い、これから始まるキャンパスのような美しいガーベラ。風が私の部屋に遊びに来る時は、どうか一緒に遊んでやってほしい。
 しばらく経ち私はまた海岸線を歩き出す。素足にあたる海が冷たかった。

Gerbera ©羊

執筆の狙い

一年前くらいに書いたものです。個人的には気に入っているのですが、あまり評価がよくないです。ご感想をください。

126.247.79.240

感想と意見

卯月

拝読。

良くかけているとは思うんですけどなんだかなあ、全般的に軽いなあーてな感想です。ホンマ良くかけてるとは思うんですけどネ。

でも重さがない軽すぎる。そして構成的には個々のお話をムリヤリつなげてしまった感があるんです。メインストリは主人公とヒールの恋愛不倫ですけどこれも軽い。悩んでいるふりしているようなだけに読めてしまうんです。キクさんなんの悩みもないじゃんミタイナ。軽い。

個々の話ではお父さん山口に転居するんですけどここも軽い書き方。お母さんの反対も含めてネ。ほんでこの帰省の部分は主人公を山口の実家に帰省させてお父さんの口から「そりゃいつかは結婚はしてほしい。せやけど今やなくてもええ。キク、俺が一番嫌なのはお前が何か辛い思いをすることや。極端な話、楽しく、幸せに毎日暮らしてくれさえすればそれでええんや」という言葉を引き出してエンディングにつなげるための作者都合で別に帰省しなくても良かったし。エンディング3択だし、作者さん一番無難な、一番小説的な、一番王道的なものを選んだし。(これが悪いとは私思ってないですけど)

個々の話では私「玉緒 オオサワ」のおっちゃんと奥さんの話が好きです。この尺ならもう少し突っ込んで書いてほしかったなあ。そういう意味ではやっぱり軽いんかなあ? (ごめんね)

あと料理とか飲み物とか頻繁に出てきてこれ作者さんの特徴かなあ? やはり大阪といえばたこ焼きお好み焼き出てこんけど? まあええか。ちなみにスーパードライはやはり関西人お薦めなのかな? わたし一番搾り。

大阪の街の描写はお上手だと思います。私詳しくはしらへんけど。堪忍ドスエって京都もでてきてますなあ(笑

益もない事しか申し上げられません事、御寛恕下さい。
御健筆を心より祈念申し上げます。

2017-04-14 23:02

183.176.74.78

GM91

作中の表現を拝借するならば

「何かが少しずつ動き出していく。」

この感じが足りない気がします。
なんてことのない日常を描くのがダメだというわけではないのですが、読んでいてこれはどこに転がる話なのかがよく見えず正直しんどかったです。

あと、細かいことなのですが
「単純に通勤時の満員電車がどうしようもなく嫌いだったのだ」
この点については、自転車で通える範囲に済むとか混まない方向に通勤できるように引っ越すとかそういう手段もありますから、フリーになる動機づけとしてはやや弱い気がします。
もちろん、ふとしたきっかけで行動に出てしまう、ということでもいいと思いますが、作中の描写はそれが強い動機のように書かれているのでやや違和感ありました。

2017-04-15 09:37

202.215.168.236

さかあ

羊さんの作品を読むのはこれで三作目になるんですが、これは正直退屈でした。
一番感じたのは、書きすぎじゃないかなというところ。随分親切に解説してくれるので、全体的に説明っぽくて緩慢になってしまっているなと。
あとは卯月さんも仰っているように、冒頭から構成の継接ぎ感が否めなくて軸が所々捻れていると思います。

2017-04-15 16:44

49.97.109.99

hir

 てんぷらの作るところまで拝読しました。
 冒頭、部屋のレイアウトで自己紹介していますけど、人物像がまったく浮かんできません。
 このあと誰かの部屋にお邪魔して迷推理をする話なのかと思ったけど、ほぼ自室。語りが標準なのに台詞が関西っぽい特徴しかなさそうです。
 気に入っている部分が見つからず、断念しました。

2017-04-15 21:15

210.148.63.6

卯月さん
ご感想ありがとうございます。
全体的に軽いのは意図してやってます。真剣な感情露呈とかじゃなくて、さらっと軽いっていうのがポイントでした。そういうものを書きたいのですが、それってあんまりですかね?
山口での話はその台詞を言わせるため、とは思っていませんでした。でも結果的に無理矢理感を抱かせてしまったのなら失敗でしたね……あと、ラストシーンは確かに王道過ぎました。指摘されて初めて気づきました。はっきりと失敗です。
料理や飲み物はよく出しているかもしれません。登場人物がヒールなのでビールと書くのが気持ち悪く、スーパードライにしました。スーパードライが一番しっくりきたので。本当は私も一番搾りの方が好きです。

2017-04-19 07:24

126.245.199.14

GM91さん
ご感想ありがとうございます。
この作風でこの尺だと難しいですね。同じようなご指摘もいただいており、冒頭でもっと話な指針を示せばよかったなぁと思いました。
満員電車の件、納得です。確かに、と思いました。

2017-04-19 07:27

126.245.199.14

さかあさん
ご感想ありがとうございます。
いつも読んでいただきありがとうございます。ご指摘の部分、反省です。一年くらい前に書いたものですが、今回はいろいろ課題が見えました。今、またいくつか書いているので、これに懲りず、また読んでください。

2017-04-19 07:30

126.245.199.14

hirさん
ご感想ありがとうございます。
人物像を、キャラクターをはっきり書くことを最近非常に難しく感じています。どうされてますか?
語りと台詞の差は以前もご指摘をいただいたことがあります。最近は全て関西弁にしてます。これに懲りずまた読んでください。

2017-04-19 07:33

126.245.199.14

hir

 人物造形はまったくしないので身もふたもない意見ですが、好き嫌いや得手不得手をはっきりさせれば解決するではないでしょうか。
 他人の部屋に興味がある。フリーライター。満員電車が嫌い。本を集めるのが好き。愛煙家。
 このあたりを物語の中でしつこいくらいに反芻すれば、読み手にどういう印象を与えるかはわかりませんが、人物像を植えつけることが出来ると考えます。
 脱ぎ散らかした服をベッドに置きっ放しにしている人とは交友を持たない。時間にルーズ。約束の時間に遅れようとも満員電車には乗らない。暇があると本屋へ行き、読みもしない本を買う。禁煙している人の近くに寄って煙草を吸う。

2017-04-19 21:49

210.149.159.166

hir様

ありがとうございます。

2017-04-20 19:35

126.247.81.232

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