作家でごはん!鍛練場

『インセクター ~風呂敷は拡げる為にある~より』

hir著

 アフリカさんの投稿作「風呂敷は拡げる為にある」の二次創作です。
 原作では名称のみになっている「Hardware bstraction Layer選抜高校ロボット格闘技総合全国大会」に独断の競技ルールを作って話の主体にしました。
 登場人物や世界観は別物になっていますが、三人組、タイムトラベル、昆虫をキーワードにしています。

 第三回選抜高校機動格闘技大会の横断幕が掲げられていた円形闘技場、その舞台上で、同じ姿をした二体の機械人形が向き合っている。
 身長にして一メートル、人間で言えば五歳児ほどのズングリとした、愛らしさを感じる体格をしている。
 機械と言ったが、原動機や歯車のようなものはなく、磁性流体で伸縮する繊維を束ねた人工筋肉に、人型外装をまとっている。構造は昆虫に近い。
 全身が青みがかった白色であることから、サナギとも呼ばれている。額とみぞおちに付いた拳大の赤結晶がよく目立つ。ここを狙うのが競技のルールになる。
 観客の入りも上々、雲ひとつない快晴の大会日和だ。
 客席と舞台の間に設けられた東側選手室で、三人の学生が開幕試合の準備を進めている。
 ヘッドギアを付けてバケットシートにもたれるレミが足をバタつかせていた。
「ねぇ、合体はまだなの」
「合体じゃない。神経接続。マーフだよ」
 手元の端末画面を見つめて、思案していたチャドが反論する。
「チャド、レミの相手はしなくて良いから。初戦だし、耐久力寄りの調整にしよう」
 隣に立つムスがたしなめて、チャドと打ち合わせを進めていく。
「耐久力ってなによ。勝負に必要なのは攻撃力でしょ」
 レミはシートの肘掛をつかんで体をゆすり、パワー、スピード、と喚き散らす。
「うるさいな。マーフしちゃうか。それで少しは静かになるだろう」
「その興奮状態じゃ弾かれるかもしれないけどな。認証コード送ったぞ」
 ヘッドギアからコール音が一回鳴る。レミは喜々とシートに座りなおし、手のひらをすり合わせた。
 How hard can it be
 パスコードを読み上げると、ヘッドギアに虹色の線が流れた。驚きと喜びの混じった奇声を上げて、レミが背筋を伸ばす。
「どういう意味だ。それ」
 レミと機械人形のレセプターを端末で確認したチャドが問いかける。
「なぜ、ベストを尽くさないのか。だよ」
「WhyもBestも言ってなかっただろ」
「だから、いちいち相手をするなって。レミ、バイザーを下ろせ。それじゃ見えてないだろう」
 ムスが顔の前に手をかざして、レミに指示を出す。
「見えてるよ」
「お前じゃなくて、あっち」
 そう言って舞台上の機械人形を指差した。
「だから、見えてるって」
 背中を見せていた機械人形が振りかえり、ムスに向かって親指を立てた。
 機械人形が動いたことで、わずかな歓声が上がる。器用なものだと、ムスは呆れ半分の関心で言葉を失った。
 遠隔神経接続、マーフ状態のレミには、肉眼で見ている景色と、機械人形のカメラ画像が重なっている。そのため、目を閉じるか、バイザーで遮るかの対処をする。そうしなければ脳がパニックを起こしかねない。
 そうとう神経が太いのだな。平然としているレミに、ムスは比喩ではなく素直にそう思うのだった。
「調整完了。プラズマコーティングをかけるぞ」
 チャドの一声で、機械人形がぼんやりと光を帯びていく。それは機械人形を包み込み、色を浮かべ、形を成し、別の姿へと変えていく。さながら羽化であるように、電子の鎧をまとう戦士へ変身した。
 この現象が、競技において優劣を決める一つの要素になっている。プラズマによって生成される防具であり、武器となる。その配分によって機械人形の能力幅は大きく振れる。試合毎に変更は可能だが、試合中はできない。
 西側の対戦相手もマーフを済ませて、上半身を揺らす機械人形がコーティングを始めた。
 酔っているな。まぁ、普通はそうなるだろう。ふらついている相手の様子を見ていたムスが、自身の経験も踏まえて、試合の展開、戦略を練る。
 会場にどよめきがおきた。
 西側の機械人形は全身をくまなく青色の鎧で覆い、短い剣と大きな盾を構える。一方、レミが操作する機械人形も赤色の鎧はまとってはいるが、武器を手にしていない。設定を間違えたのか、機械の故障か、憶測がざわめきになって観客の間を行き交う。
「耐久値に容量まわし過ぎじゃないの。重くて足が離れないのだけど」
「スタートシグナルが点灯するまで固定されているんだよ」
 観客の心配をよそに、レミたちは別の問題で言い争っている。ファンファーレが響いた。
 舞台上に投影されたシグナルランプが、短いブザー音と共に赤い表示を並べていく。三つ目の青い点滅と、ひときわ甲高く鳴り響く音が、試合開始を告げた。
 歓声と罵声に囲まれるさなか、対戦相手は、盾で半身を隠しながら、ゆっくりと後ずさりして間合いを取る。
「レミ。こちらも距離をとって、まずは感覚を慣れさせるんだ」
 ムスの助言を聞いたからか、レミの機械人形が小さく飛び跳ねた。その挙動で確信を得たレミは、機械人形を走らせ、盾持ちとの距離を一気につめる。
 神経接続、マーフを簡単に説明すれば、機械人形を自身の体のように操作することだ。構造や体格の違いによって、動作伝達にズレが生じ、それが酔いになる。
 自転車に乗れるからオートバイに乗れるとは限らない。しかし、レミはその限りでないようだ。倒れそうなほどの前傾姿勢でありながらも、絶妙な足運びで速力を上げていく。
 盾持ちはその裏に身を隠して衝突に備える。
 チャドのため息、ムスの舌打ち、レミが叫ぶと機械人形は跳躍した。姿を見失い、回り込まれたと左右を警戒する盾持ち、その頭部を落下の勢いも加えて蹴り飛ばす。赤結晶に衝撃が達した。
 盾持ちは尻餅をついて倒れ、レミの機械人形は蹴った反動で宙返り、片ひざをついて着地した。
 試合終了を告げるブザーが鳴り、観客席が沸き返った。

 開幕戦であり、チームのデビュー戦を勝利で収めたレミたちは観客席に出て、後続の試合を見物していた。
「無防備に飛び跳ねて、相手が対応してきたらどうするつもりだったのだよ」
「勝てたのだから良いじゃない」
「レミは前転もできないのに、あれは宙返りするんだよな」
「ここは最高峰の技術が凝縮された場なんだよ。運任せの猿回しをするところじゃない」
「エンターテイメントだよ」
「なら、次の試合で羽でも生やすか」
「それ良いね。飛べちゃったりするの」
「さすがに、飛行はできない」
 それぞれに主張を述べていたところ、周りの観客たちが一斉に騒ぎ出した。立ち上がって拍手を送る。三人が舞台に視線を向ければ、身の丈を超えるプラズマの塊を肩に担ぐ、素体状態の機械人形が見えた。
「前大会の優勝チームが負けたみたいだね」
 チャドの言葉に、舞台全体を見渡せば、隅でもう一体の機械人形がうずくまっていた。
「にしても、あれは盾なのか」
「いや、剣だね。容量すべてを武器に変えたのだろう」
「カッコいい。次の試合、あれで行こう」
「アレが次戦の相手だけどね」
「そっか、マネをするのはカッコわるいね」
 前大会の優勝チームを倒した相手を倒せば優勝したも当然と、三人は次戦への意欲を胸に秘めた。
 開催三年目の歴史浅い大会であり、競技人口も少ない。頭脳戦とも肉弾戦とも言えない、未知の競技である。
 予選はコンピューターのシミュレーション上で行われる。ゲームのインターネット対戦とそう違いはない。そこで好成績を収めたチームが本戦、円形闘技場で実際の機械人形を扱うことになる。
 選手である学生の能力を競うと言うより、機械人形を提供する企業の技術向上が目指す主旨があり、開催毎に機械人形の性能がわかる。
 野球で例えれば、毎回扱うボールの大きさがゴルフボールだったり、バスケットボールだったりするようなもの。前回の結果などまったく当てにならない。
 選手室へ入った三人、舞台では機械人形のメンテナンスが行われていて、幾分かの間がある。ムスがレミに問いかけた。
「神は人を土塊より作られた。その人が始原へ戻る身体を捨てようとしている。運命を超える術だ。それが何か解るかい」 
 レミは口をつぐんで、チームメイトと顔を見合わせたあと、握りこぶしを作って静かに答えた。
「パワー」
「オッケイ。それで行こう」
「盾くらい持たせたほうが良いんじゃないか」
 拍手をするムスが、提案を上げたチャドに「猿に道具が使えると思うのか」と諭す。
 科学技術最前線で、野性のカンと運が頼りとは。バケットシートに腰を下ろすレミを眺めて、二人はうなだれた。
 機械人形のメンテナンスが済み、ヘッドギアを運んできた係員に、レミは手招きして呼び寄せる。
 開戦の準備は整った。
 ファンファーレが鳴り響き、それぞれがプラズマをまとっていく。対戦相手は前試合と同じで武器一点に集めて、身の丈を超える剣を生成する。レミの操る機械人形は手と足にコーティングが集中している。
 どちらも弱点が付随する正中線が素体の状態だ。玉砕覚悟を意した互いの姿に闘技場は歓声で包まれる。スタートシグナルの音が埋もれてしまうほどだ。
 試合開始に気づいてないのか、レミの機械人形は動かない。
 巨大な剣の切っ先を引きずりながら、相手はゆっくりと間合いをつめる。気圧されるレミは退き、距離を保つ。
「追い詰められるなよ。あれだけの質量だ。そうそう振りまわすことはできないさ」
 戦力を誇張することで相手の士気を下げる。取り回しが悪そうな武器には、そういうカラクリがあるのだろう。いつになく慎重なレミをムスがたきつける。
「このあたりが制空権」
 レミがつぶやいて、機械人形を足幅一つ分だけ、前へ摺り出す。待ち構えていたよう、対戦相手は前かがみに半身をひねり、回転運動を巨大な剣先に伝える。
 水平に加速する剣先のプラズマが、空気との防食で光の粉を散らす。白銀の帯を引いてレミの機械人形に襲い掛かる。
 攻撃を誘うまでは良かったが、レミの予想よりも深く、速い踏み込みだった。避けるための動作が大きくなり、自身のバランス感覚と機械人形のジャイロが反発する。鼻先を振りぬけた剣の残光に、相手の背が、勝機を見る。
 体勢を立て直して懐に飛び込む。巨剣の遠心力で引っ張られる持ち主の、無防備な後頭部へ拳を叩きつけ、たはずだった。
 何の手ごたえもないまま、腕が伸びきる。相手は振り回されるままの作用点となって体を交わしていた。その勢いを殺さず、二撃目に移行している。
 仕留めるつもりでいたレミは、追撃への対応が遅れた。なぎ払われる巨剣をコーティングされた両手で受けたが、衝撃を流すことができずに吹き飛ばされる。
「相手も猿回しに劣らぬ曲芸士だな」
「コーティングを集中させておいて助かったが、今ので三割を持ってかれたぞ。次、同じのを受けたら負けだ」
 ムスとチャドが、それぞれの主観で戦況を語る。
「三割軽くなって、三割速くなる。蝿のように舞い、蚊のように刺す」
 レミは意気込みながら、まぶたの裏を見た。ダブっていた視界の一つが消え、敵を捕らえるために絞り込まれる。
 飛ばされて四つんばいになっていた機械人形の片ひざを地面に付け、両手の指先で自重を支え、短距離走の踏切姿勢になる。
 相手は巨剣の先端を隠すよう、構えて動かない。レミの出方を待っている。
 苦戦している実感が、レミを高揚させた。衝動が先行する。追いかけるように機械人形は踏み出すが、空気の壁に阻まれて動作が鈍い。コマ送りされるような間隔がどんどん長く、いや、遠くなっているのか。
 後悔の過去も不安の未来もない。際限なく続く一つの場面が色を失い、重なり合い、衝動を追いかける視界に張り付いていく。収縮する黒と膨張する白が大きなうねりになって、時間を飲み込んでいった。


 まぶたが重い、開かないが正しいか。レミは真っ暗な上下左右、自分の手足さえわからない空間で、もがいているつもりでいた。そんな暗闇の中で、知らないにおいが鼻をつく。
 やがて、まぶたが上がったのか、光が差し込んで視界が開ける。見知らぬ部屋に、見覚えのある家具がいくつか置いてあった。
 レミの意識下に在るのは機械人形でなく、生身の人間だ。自分の体の感覚はあるのに、自由が利かない。今が朝で、起きたところなのは、なにとなしに理解できた。
「どうなっているんだよ。これ」
 レミは叫ぶが声にはならなかった。
「来たんだね。おはよう」
 それでも応答があった。くぐもってはいるものの、自分の口から出た言葉だ。レミは辺りを確認しようとするが、首は回らない。視界は動かない。
 目線が高くなる。立ち上がったのだ。レミの意に反して歩き出し、鏡台の前に座った。
 鏡に写るのは、まぎれもないレミ自身である。
「歳はいくつだったけ」
 鏡の自分が問いかけてくる。困惑しながらも、レミは年齢を鏡に向かって告げた。
「すると三年か」
 人差し指を上下させたあと、両手を広げて歓迎を示す。
「ようこそ、三年後の未来へ」
「あなたは、誰なの」
 現状が飲み込めないままに、口をついた疑問だった。
「三年後のあなた」
「ここはどこなの」
「だから、三年後の世界だって」
「そうじゃなくて、自分なのに自分勝手に動いてしゃべるのかって。夢見てるわけじゃないよね。これじゃまるで」
 まとまりきらない質問を続けて、レミはますます混乱していく。
「夢じゃないよ。夢みたいなものだけど。言いたいとこはわかる。一言で済ませるなら」
 Rubbish
 二人の言葉がハモり、自分にブイサインを向けた。
「考えられるのは二通り。一つは、三年前に独立した潜在の人格が今日、目覚めたという感じかな」
「まあふ。どこかで聞いたことある」
「そこの説明しないよ。もう一つは、タイムリープだと思うんだ、なぜなら」
 くぐもった声が得意げに口角を上げている。その感触がレミに伝わってきた。
「これから起きることが分かるからね」
 未来からやってきたと言いたげな台詞だ。意味するところが前後に振れて掴めないよう、突然の地響きが遮る。
「地震だ。地震」
 レミは全身で興奮を表現したくなるが、出来るはずもなく。体のほうは着替え始めた。
「地震じゃない。あなたが来たってことは、あいつも来たってこと」
 目まぐるしく景色が流れて、レミは外へ出た。山に囲まれた盆地に真新しいアスファルトの大きな道路がまっすぐに通っている。人の気配はなく、建物と呼べるものも、ほとんど見当たらない。
 青い空と草木の緑が大半を占める、開拓が始まったばかりの印象だ。
 ここは闘技場のあるところだ。そのことに気づいたレミは、まぶたの裏を思い返した。
「そうだ。試合はどうなったの」
 再び地響きが届く。レミの体は、道の端に並んでいる丸い車の一台に乗り込む。座席の前に備え付けられたパネルに数回、振れるとゆっくり静かに動き出した。
「あなたなら結果を知ってるでしょ」
 レミは三年後に答えを求めた。
「その決着を付けにいくのだよ」
 車は音もなく加速していく。遠くでサイレンがする。その方向にちょっとした街並みがあり、砂煙が漂っていた。そこから避難してきたのだろう、多くの車とすれ違う。近くを通り過ぎるとき、街の中の、煙にまぎれる影が見えた。
 レミに、確認しろと言わんばかりに視線が、モヤの向こうでうごめく塊を捕らえ続ける。
「あれが見えてるよね」
「動物園から象でも逃げ出したのか」
 視点が車載パネルへ向く。速度や現在地の表示が、街中の監視カメラ映像に切り替わる。そこに、円筒形の頭、胸、腹に長い六本の足を持つ、虫のような個体が映った。
 周囲の建造物との対比から、虫の範疇を超える大きさ、象よりおぞましいものだった。バリケード代わりに停めた大型車両を小突き回している。
「三年先の未来じゃなくて古生代に戻ってるじゃん」
「あれは機械人形の前身みたいなものだよ」
 三年後のレミは言う。機動格闘技大会に使われている技術は、昆虫の研究から発案されたものだと。
「いろいろ知っているということは、あれをどうにかしようと考えていたりして」
 興味半分で聞いていたレミだったが、その返答は核心に触れていた。
 話が早い。とパネル表示を元に戻し、車の向かう先に見えてきたのは、あの円形闘技場だった。
 地下へと続く曲がり道を降りていく。最下層の駐車場からは車を降りてエレベーターで更に底へ、ボタン操作に小細工をしているようだった。
 着いた場所は、余ったスペースにあつらえたような、狭くて質素な薄暗い空間だった。その中央に一体の機械人形が両ひざを折って鎮座していた。
 競技会で使用しているサナギと違い、三メートルはあろうかという身長に、鉄の関節が付いた無骨な形をしている。
「機械人形のパイロット版で、機械人形という呼称の所以」
 簡単な説明で、機械人形の背後に回るわずかな階段を上がり、首筋に設けられているロックを外すと、背中が左右に開いた。
「乗り込むんだ」
「有線接続だからね」
 服を着るように手足を伸ばして搭乗する。指先のグリップに配置されているいくつかのボタン、その一つを押すと、気体の弾かれる音が震えになって全身に伝わる。
「これ、化石燃料で動くのかよ」
 背中がハッチが閉じて、頭上から、ヘッドギアというよりは傘のようなものが覆いかぶさってきて視界を塞ぐ。
 マーフが始まり、レミの意識が引っ張り込まれた。
 機械人形の腕が、金属を軋ませながら上がる。それに合わせて首を振り、指の一本一本の動きを確認する。
 自由に動かせる身体だ。レミが歓喜に吠えた。高ぶるその感情に呼応するよう、機械人形が肩から黒いガスを吐き出す。
「これであいつをブッ飛ばせば良いんだよね」
「そう。それにはまず、外に出ないとね。右の足元にあるレバーを引いて」
 慣れない鉄の体で力加減のわからないままにレバーを引けば、紙のように千切れてしまった。それでも正常に切り替えは済んだ。天井が開いて、機械人形が乗る円形の台座が迫り上がった。
「なにこれ、サンダーバートとか、ダブルオーセブンとか」
「あまりはしゃがないでよ。稼働時間短いのだから」
 台座は円柱のなかを上昇し、競技舞台の空下に機械人形を送り出した。
 空も飛べるのではないかと期待したレミだったが、燃費の悪いことは出来ない、と一喝されて、徒歩で闘技場のゲートをくぐり、目標の虫に向かっていく。
 街中を徘徊していた虫が、レミたちの接近に気づいて、姿勢を下げて警戒態勢を示す。機械人形は構わずに距離を詰めていく。体格というか質量に大きな差はない。
「怪虫とでも言うのか。これだけ大きいと気味の悪さはなくなるね。あなたは生身で大丈夫なの」
「気にしないで。これから起きることを知っているって言ったでしょ」
 遠慮は要らない。レミは自身に対して、相手に対して、挑発するように握りこんだ拳を振りかざした。

 怪虫は頭部から生えた、触角にあたる部位を、しならせてなぎ払う。アスファルトをえぐるその威力に、レミは思わず後退する。
 重い。全身が鉄で出来ているから当然か。レミは相手との間合いを計る。
 怪虫に攻撃性はない。近寄るものを追い払おうとしているだけだ。その動作が厄介でレミは手をこまねいていた。
 頭部に二本あるそれ、見た目は触角をしているが、牙や爪のような武器に近いものだろう。さながら鋼鉄のムチを、交互に振ってくる。一つ目を交わしたところに二つ目が待ち構えている。
「あっちにも誰か乗っているのか。それともどこかで操作しているのかな」
 隙のない連撃に、レミは競技大会の二回戦を思い返していた。怪虫の動きに人の理を感じていた。
「あれは人の手を離れて暴走しているだけ」
 その言葉を受け、レミは利き足で地面を踏み込んだ。かかとまで埋まった足のひざを突き、両手の指先を地に添えて半身を支える。クラウチングスタートの姿勢をとった。
 機械人形が黒いガスを噴出し、動力を蹴り足へ溜め込む。
「三年越しの決着といこう」
 爆発が回転に変換される。咆哮と、歯車のかみ合わせが悲鳴を上げ、暴力的なノイズになる。機械人形は一気に最高速に到達し、怪虫の間合いに突入する。
 ムチの片方が、侵入者を排除するようにしなり、襲い掛かる。レミが攻撃射程に入るより早く、渾身の一撃が到達する。空を裂き、地をえぐり、なぎ払う。
 手ごたえのなさに、怪虫はすぐさまに追撃に構える。しかしその軌道に、標的の姿はなかった。
 レミの機械人形は、相手のムチを掴んで空に逃れていた。
 勢いのなくしたムチは機械人形の重みで垂れ下がる。
 パワァ。とレミが叫ぶ。地に着いた足で踏ん張り、両手で握る怪虫のムチを引っ張り上げた。黒いガスの変わりに青白い火を放出する。けたたましい轟音で軋む機械人形が怪虫を振り回し、充分な遠心力を蓄えて地面に叩きつける。
 鋼鉄のムチが千切れて、怪虫は腹ばいになったまま動かなくなった。
 機械人形のほうもテンションが下がって、片ひざを付く。
「燃料切れだね」
 勝利のあととは思えない、物静かな言葉がつぶやかれる。背中が開いて、レミの体のほうが外に出た。
 違和感があった。視界には怪虫を見つめているのであろう、自分の背中が映っている。機械人形と神経を接続したままになっているのだ。
 このことに三年後の自分は気づいているのか。レミは現状を知らせようとするが、カス欠になった鉄の体は動かない。
 景色の流れが、緩やかになっていく。そんななかで、振り向いた自分の表情は、憂いを浮かべていた。
「じゃあ、三年後に」
 ゆっくりと言葉を紡いだ。
 それが一つの固定された場面となり、幾重にも連なる渦を作って流れていく。レミの意識はその中心へと飲み込まれていった。


「問題児だったけど、酒とタバコはしてないから健康そのものですよ」
 チャドの声が聞こえて、レミは目を開けた。
「眠っているだけですから、じきに目を覚ましますよ」
 病院の一室でベットに寝かされてると、身体の感触に教えられる。
「脳以外は全部使えます。世のため、人のためになるのならレミも喜ぶでしょう」
 声のほうへ首を傾ければ扉の前で、チャドと医者が話し合っていた。
「お大事に」
 医者は会釈をして、その場を去っていった。
 扉が閉まり、舌打ちをしながら振り向いたチャドがレミと目を合わす。
 チャドは気まずそうに顔を背け、病室で携帯電話をかけ始めた。通話先はムスに違いない。
「もしもし、悪い知らせだ。レミが生き返った」

インセクター ~風呂敷は拡げる為にある~より ©hir

執筆の狙い

 アフリカさんの投稿作「風呂敷は拡げる為にある」の二次創作です。
 原作では名称のみになっている「Hardware bstraction Layer選抜高校ロボット格闘技総合全国大会」に独断の競技ルールを作って話の主体にしました。
 登場人物や世界観は別物になっていますが、三人組、タイムトラベル、昆虫をキーワードにしています。

hir

210.149.158.220

感想と意見

アフリカ

拝読しました

小さなイメージから、ここまで膨らませる事が出来るのかと咆哮しながら序盤から乗り込んで飲み込んでチビりそうな程に興奮しました。
短い台詞と描写でハッキリとしたキャラクターの振り分けが出来ていると感じましたし、書き手が完全に理解していないと書けないであろう精度の高い格闘シーンの空間認識。僅かに語り口に不自然な場所もあったように思いますが全く気にならないテンポでバキバキ押し通る勢いのある展開。
これは本気で「ウヒャー!」とか「ミャワー!」とか読みながら叫んでしまうかも知れん!と感じながら読みました。とても楽しめました。

ですが、面白いと唸った反面。物語の流れが転じる瞬間で、加速しだしていた勢いが削がれた気がします。出来れば統一された物語で良かった……ような気がします。恐らく僕が余計な添加物を丼にブチコミ過ぎたからそれを少しでも拾ってやろうと配慮されたのだと感じたのですがタイムリプの行は完全に勿体無い気がしました。
正しく、読み手である僕はグイグイと引き込まれた世界の中で「どうなる?これからどうなる?」と勝手に先走ったり、勝手に妄想したかったのですが、物語が未来から……と、転じた事で勢いを着けて走り出してから「?」が頭の中を埋めてしまい。一旦、止まって考えよう。と……物語の整理を始めてしまったのです。序盤のあの勢い。あの面白さ。あの緻密に制作されてる世界観。それこそ、掘り下げる場所だったのではないかと……二次とか出して頂けて超絶に嬉しかったので感じたままに出してみました。

これは、本当に格闘シーンの前後左右をしっかり練り上げて大きな物語の核を成せるものが作れそうな気がします。
と言うか、hirさんが単純に上手いって事なんだろうけどロボの話で久々にワクワクしました。

完全に勉強になりました。

僕もグイグイと読ませる事が出来るもの書いてみたいなと真剣に感じました。

ありがとうございました。

2017-03-18 17:02

49.104.23.186

hir

 アフリカさん、感想ありがとうございます。

 好印象を持っていただけたようで、安心しました。
 前半の競技大会はルールを作る楽しさばかりが先行していました。
 格闘の場面は、漫画や映画からトレースしていますが、描写がおぼつかないのでバレません。
 槍使いや銃使いなど、いろいろな対戦相手を用意して、競技大会を決勝戦まで進める予定もありました。
 弾丸が観客に当たるのは不味いから、スタンドの手前で自然消滅する。プラズマ製の武器はその名残です。
 楽しんでもらえたようなので、そのあたりの説明をかねて、もう一戦用意すればよかったと後悔しています。
 タイムリープ後は、一人称で書けたら面白くなりそうな気はしています。うまく書ければ、物語の核心になる部分だと考えています。
 空白の三年間とか、まとめ切れていない箇所が多くあるので 時間をかけて練り直してみたいと思います。
 
 想像の幅が大いに広がります。原作提供、ありがとうございました。

2017-03-18 22:18

210.149.158.220

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