作家でごはん!鍛練場

『傘の下で』

青葉著

「恋」ではなくて「人と人との偶然」をテーマに書きました。
ご意見お待ちしています。

 駅に着くと、肌に触れても気づかない程度だった雨は、やがて小糸のような細くて柔らかな雨へと変わった。これからバスに乗り込んで、帰宅しなくてはならない。僕は、駅のすぐ隣のコンビニエンスストアで、一本だけ売れ残った安っぽくて、薄いビニール傘を一本買った。
 バスに乗り込めば必要ない物だが、バスが来るまでの間と、自宅近くのバス停から家に帰るまで歩かなくてはならないので、傘は必須だった。
 傘を広げると霧のような雨が、傘のビニールを濡らして、大きな雨粒へと変化する。流れ星みたいに雨粒は滑っていって、そうして、僕の肩を濡らした。
 駅から離れ、バスターミナルへと向かう。
 色あせたダークトーンで彩られた町並みと人の姿に、雨ということもプラスされて、落ちていた気分はさらに下降線をたどる。
 目的地「××大学前」のバスの止まる停留所にはまだ、人は並んでいなかった。バス停のそばの椅子は、濡れていて座る気になれない。僕は仕方なしに、立ったまま、ぼんやりとしていた。
 バスが雨で溜まった地面の水を撥ねてゆく音、別のバスがやってきて、隣の停留所に止まって、去って行く音、色んな音をただぼんやりと流して気聞きながら僕は、ただ、立っていた。
 ヒールの音がして、ふと、振り返った。
 そこには女性がいた。こんな雨なのに、果敢にもヒールで、白い脚が伸びてその先は白いスカートが揺らめいている。
「すみません」
 そこまで見たところで、女性が喋った。僕の視線はいきなり彼女の顔に釘付けになった。
「ここ、××大学行きですか?」
「え……はい、そうです、けど」
「よかった」
 そう言って、女性はふわりと笑った。
 しかし、彼女は傘を持っていなかった。既に、その髪やコートは雨によってしっとりと濡れている。
「あの、傘」
「はい?」
「使いますか?」
 自分でもおかしい、と思った。もう既に濡れている彼女に今更傘を差しだしても、彼女も困るだろうと後から思った。しかしそれは後の祭りだった。彼女はまるい瞳をさらにまるくさせて、
「もう、濡れてます」
と、言った。
 そりゃそうだよな、と僕も苦笑してしまう。
 そのとき、携帯電話が鳴った。僕のものではなかった。
 彼女は携帯電話を鞄から取りだして、話し始めた。
「もしもし?」
 僕は、とっさに傘を彼女の上に差した。携帯電話は防水加工かもしれないが、そんなことは、僕は知らない。
 彼女は、嫌がるふうもなく、僕を見上げると、視線で、すみません、と謝った。この際、防水かどうかはもう僕の頭の中ではどうでもよくなっていた。
 ふわりとよい香りがする。そうして、胸のあたりで会話する彼女の声。
「はい、はい、では、その件は、課長のほうに伝えておきますんで」
 バス停にやってくる老婦人が訝しげな視線を送ってくる。怪しい男性だと思われていないだろうか。
 僕は余計なことをしてしまったのではないかと、後悔に駆られた。しかし、そんなことを思っても、もはや後の祭りだった。
「あ、ありがとうございました」
 彼女は礼を言った。そうして、若干距離をとる。やはり、余計なことだったのだろうか。しかし彼女は、傘から出ずに、そのまま、その場にいた。
「バスに乗るまで、差しておきますよ」
と、言うと、
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」
 そう言って彼女は、拒むことなく傘の中に居た。これは恋になるとかそういうのではなく、なんとなく、人と人というのは、不思議なものだと思った。彼女には彼女の今までとこれからがあって、僕には僕のいままでとこれからがある。その途中で、何の関係もないふたりがこうして傘の下に居る。
 そのことに、妙に感激してしまった。
 やがて、オレンジ色の車体のバスが、入ってくる。彼女にはもう会えないかもしれないし、また会えるかもしれない。けれど、僕はもう会えなくても、良いと思っている。ひととき、彼女とおなじ時間を過ごしたというだけで、不思議なよろこびを感じてしまうのだった。
「傘、ありがとうございました」
「いえ」
 そう言って、彼女はいちばん後ろの席に座る。僕は前の席に座った。彼女は三つ目の停留所で降りた。
 彼女は振り返ることなく、雨の上がった外へ歩き出してゆく。
 僕もまた、何もなかったかのように、傘を持って五つ目の停留所で降りて家のあるほうへと、歩き出した。

傘の下で ©青葉

執筆の狙い

「恋」ではなくて「人と人との偶然」をテーマに書きました。
ご意見お待ちしています。

青葉

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感想と意見

朱漣

 青葉様

 拝読しました。
 会話がメインでストーリーが進行して、どこにでもあるようなちょっとした情景をサラリと描写・・・、そんな感じの小品だと感じました。

 この偶然が恋に発展することもあれば、しないこともある。人生なんてそんな偶然の積み重ねかもしれない・・・、そんなことを考えました。

 ただ・・・。
 掌編ということもあるのでしょうが、登場人物をもう少し書き込んで欲しいなぁと思いました。
 それから、作品として成立させるには、やっぱり何かテーマが欲しいです^^;

2017-03-17 15:10

210.170.105.157

青葉

朱漣様

さっそくの感想ありがとうございます。
そうですね、「傘」というモチーフで書きました。

登場人物の書き込みについてはおっしゃられる通りですね。
もう少し、詳しいエピソード等あればもっと深みが増したかもしれないです。

テーマにせよ、何にせよ、いまいち足らない物がやはりあるようですね。
ご指摘、ありがとうございました。

2017-03-17 15:22

222.2.18.120

日乃万里永

 拝読いたしました。

 日常の一風景という感じでしっとりと読ませていただきました。

 何気ないやり取りが、今後につながるかもしれないし、これきりかもしれない。

 私も、テーマは、という面で少し物足りなさは感じました。
 
 個人的には、彼女の電話の相手が実は夫だったりして、急に態度を変える……とか、考えちゃいました。

 読ませていただきまして、ありがとうございました。

 

 

2017-03-17 17:24

220.211.135.58

ひと休み

ぼくはこういう、何気ない日常の何気ない一コマを切り取った話、好きですよ。
テーマはちゃんとあると思います。
ただインパクトはあまりないので、その微妙さをいいと思うか(ぼくはいいと思うけど)、物足りないと思うか、人によると思います。
せっかくなので、ちょっと気になった、とても小さなことを少しだけ。

1)一本だけ売れ残った~傘を一本買った。(あとの一本はいらない?)
2)ただぼんやりと流して聞きながら、僕は、ただ、立っていた。(「ただ」が近くに二つは……)
3)女性はふわりと笑った。~~ふわりと良い香りがする(珍しい擬態語なので、二つあると目立つ。わざと?)
4)僕の視線はいきなり彼女の顔に釘付けになった。──知り合いか、すごい美人か、何だろうと思ったけど、「答え」がないよう。ちょっと消化不良……

ほんとに、表現上の小さなことです。えらそうにすみません<(_ _)>

2017-03-17 22:53

118.86.120.117

ひと休み

追加です。ふと思いつきました。

テーマはあるけど、それ自体は目新しいものではないので、「いい材料を作る」ことが大事なんじゃないかと思いました。
「彼女には彼女の今までとこれからがあって、僕には僕のいままでとこれからがある。」──携帯電話で仕事の話をする、だけでは彼女の「今までとこれから」が心にひびくものとして浮かび上がってこない。僕の方のそれも同様です。
彼女の深い人生の様相を想像させるような、ちょっとしたしぐさやひと言をいかに作るか──そこが勝負のしどころだと思いました。

2017-03-17 23:22

118.86.120.117

かろ

 拝読しました。
逆に切なくて好きです!
読んでる方は恋愛に発展か!と思いきや、何もなかったけど思い出に残る日常の場面。
リズムみたいなのも、僕は一定のリズムでたんたんと読みました。
おもしろかったです!参考なりました!

2017-03-18 21:16

223.135.80.65

青葉

日乃万里永

読んでいただきありがとうございます。
テーマですね。
テーマは決めて執筆したのですが、やはり、
「弱い」のかもしれません。
ご感想ありがとうございました。

2017-03-20 09:08

222.2.18.120

青葉

ひと休み様

読んでいただきありがとうございます。
細部の指摘、とても勉強になります。
自分では気づかない箇所だったので、ご指摘を受けて「ああ、そういえば!」と思ったり
「う~ん、なるほど」と深く考えさせられたりしました。
やはり、他者の意見は貴重ですね。忌憚ない意見、ありがとうございます。

そうですね。やはりテーマと作り込みですね。
これは別のところで違う方にも指摘されました。
これからの課題になりそうです。

ありがとうございました!

2017-03-20 09:12

222.2.18.120

青葉

日乃万里永様

すみません。「様」をつけ忘れてしまいました。
大変失礼しました。

2017-03-20 09:14

222.2.18.120

青葉

かろ様

嬉しいご意見ありがとうございます。
リズムみたいなもの…というご意見も大変参考になりました。
人によって分かれるのかもしれませんね。
さらにテーマや細部の掘り下げを強化して
筆力を向上していきたいと思います。
ご感想ありがとうございました。

2017-03-20 09:23

222.2.18.120

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