作家でごはん!鍛練場

『ぽにーている』

黒とかげ著

このサイトに投稿して三作目になります。

一人称、そしてコメディ調で作品を書いてみました。

小説のスキルアップのため、皆様の厳しいご意見を頂ければ幸いでございます。

 芸能事務所に所属するマネージャーにとって、担当する俳優から呼び出しに応えることは特筆に値しない通常の業務ではある。
 けれど呼び出す時間が深夜、しかも担当している俳優から二人きりで相談したいことがあると言われたら、良くないことを相談される確率は限りなく高い。長いマネージャー人生でも良くないことを相談されるシチュエーションベスト3に入る。ちなみに一位はクソ週刊誌の記者共がニヤニヤした顔つきをしたまま事務所に来ることだ。そのふやけた顔を見ると反射的に殴りたくなってくる。女だからといってあの野郎ども舐め腐りやがって。

 指定されたバーの扉の前で、私は小さく舌打ちした。
 長い息を吐き、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。記者の連中はいずれ相応の報いを受けさせるとして、まずは目の前の困難を対処しなけば。
 扉のノブに手をかけて、店の中に入る。カランカランとベルの音がする。
 店内にはジャズのような音楽が流れていた。詳しくないので本当にジャズなのかはわからない。あくまでもそれっぽいだけだ。
 薄暗い店内はカウンターとテーブル席があり、その3分の1程度が埋まっている。愛を語り合う恋人、女を品定めする男、それを待つ女、どいつもこいつも盛りやがっていい気なものである。

 カウンターに近寄り、バーテンダーに俳優の名前を出す。担当している俳優はそれなりに名前が売れている。カウンターで一人で酒を飲んでいたら目立って相談どころではないだろう。
 バーテンダーがもごもごと口を動かした。おい、全然聞き取れないぞ。もっとはっきり喋らんかい。
 活舌は芸能人の最低条件だぞと一括したくなるが、よく考えるとバーテンダーは芸能人ではない。いかん、やはり今日は気が立っている。
 太った男だった。着ている黒服がはち切れそうだ。さらに分厚い眼鏡を掛け、顔も全然イケメンではない。私がバーに通い詰めていたころはバーテンダーはイケメン揃いだったものだ。昨今の人手不足が影を落としているかも。頭の中の手帳のこの店の項目にばってんマークを記入する。
 
 バーテンダーが店内の奥の方に歩き出した。私の方をチラッと視線を走らせる。
 結局最後までバーテンダーの言ってることは聞き取れなかったが、こちとら経験豊富なマネージャーである。この手のバーでは店内の奥にVIP用の個室がある。そこに案内しようというのだろうと勝手に推測する。
 もし私がこの店の店長ならこの場でそのふくよかな頬を張り倒すが、残念ながら私はこの店の店長ではない。しかも大人だ。良かったな、バーテンダー。

 個室に到着する間にこれから起こるであろう良くない事態をあらかじめ想定することした。備えあれば憂いなしだ。
 最悪の想定をすると、芸能事務所的には不倫を告白されるのが一番キツい。
 担当している俳優は売れているといっても純粋な実力な訳ではない。俳優としての実力は中の中といったところだ。
 その俳優は10年ほど前、幼馴染と結婚し、5才の娘もいる。そして家族と一緒に番組に出演するにつれ、その家族思いぶりが世間に知れ渡った。それをきっかけにようやく売れ始めたのだ。このクリーンなイメージこそが俳優の生命線である。
 それが不倫、となるとそのイメージは木っ端みじん。芸能人として再起不能。ついでに私のマネージャーとしての将来も夏の日の花火となってしまう。 
 マネージャーとしてはどんな手を使っても不倫が世間に知られるのを差し止めねばならないが、色恋沙汰というのは金で解決しないことがままある。相手にもよるがそれが不倫の一番面倒な点だ。

 ドアの前でバーテンダーが止まった。ここが俳優が待っている個室らしい。
 黙ったまま一礼して廊下を引き返して行く。おいこら、何か言えデブ。それでも客商売か。
 非常に不本意ながらまたしても大人の自制心を発揮して、バーテンダーの後ろ姿から視線を剥がす。
 力を込めて強めにドアを開けた。強めというところがポイントである。マネージャーはタレントに食わせて貰っている身分ではあるが、舐められたら終わりなのである。特にこのような修羅場が予想される場合には。

 案の定個室の中でグラスを傾けていた俳優が、目を丸くしていた。
 売れている俳優だけあって端正な顔した男である。この年になってもまだ青年の面影を色濃く残している。それだけでなく体全体からいい所の坊ちゃんのような優し気なオーラがにじみ出ている。
 実際にこの俳優はいい所のお坊ちゃんである。売れていない期間、他のタレントはバイトなりして生活費を稼ぐが、この俳優は一切合切そのようなことをしなかった。幼馴染と結婚した時さえも収入は月収10万行くか行かないかだったが、相手の親も含め誰からも反対の声が上がらなかった。それだけで家が物凄く裕福かわかる。
 
 「あ、あ、鈴木さん。深夜にお呼び出ししてすいません。あまり人には聞かれたくない相談事なので。」

 鈴木というのは私の名前である。もっとも本名よりもマネージャーと呼ばれることの方がはるかに多い。
 しかしこの俳優は名字で呼ぶ、役職に捕らわれたくないだの高説を垂れていたが、どうでもいいので詳しいことは忘れた。
 俳優は立ち上がり、私のために椅子を引いた。その仕草はあくまでもさり気なく、堂に入ったものだ。これこそがこの俳優の最大の強みである。
 席に座り、俳優と向かい合う。僅かだが頬がげっそりしてるように見えた。これから相談することへの心労がたたっているのだろうか。
 私は腕を組み、俳優の第一声を待った。重苦しい雰囲気が流れる。この一言目で私の運命が決まる。ついでに俳優の運命も。
 俳優が意を決した顎を引いた。

 「相談というのは、その、ポニーテイルのことなんだけど。」

 ポニーテール。女性の髪形。なんだそれ。

 「はあ? ポニーテール? 」

 この場はそんな単語が出てくる場面じゃないだろ。というかポニーテールという単語を最後に聞いたのは中学生以来だ。はるか昔。ああ、あの頃は私も純粋無垢だった。

 「ええ、ポニーテールというのはこう長い髪を頭の後ろに束ねた髪形でしてね。」

 聞き返したのをポニーテールを知らないと受け取ったらしく、俳優はジェスチャー付きで説明する。さすが俳優だけあってそのジェスチャーはとても優雅である。まるでその俳優が実際にポニーテールの髪形のようにさえ思える。
 いやいやポニーテールくらい知ってるわ。と言いたくなるが我慢する。なんせ我が芸能事務所の稼ぎ頭だ。
 無邪気な男なのである。そういうところが世の中の奥様方にバカ受けなのである。
 
 私は頷いて俳優に話の先を促した。先ほどまでのシリアスな雰囲気は少し壊れてしまったが、油断してはいけない。ポニーテールの不倫女が登場してくる可能性だってまだ十分ある。
 俳優の眉間に縦皺が刻まれる。またその様子が一枚の絵画のように美しい。もし中学生のころにこの俳優の姿をまじかに見たら、ファンどころかストーカーになりそうだ。

 「長い話になるけど。」

 俳優は苦悩に満ちた表情で語り始めた。

 
 えっと、何から話せばいいのか。そうだ、やはり妻のことから話すべきだな。鈴木さんも結婚式に出席したから妻のことは知ってるよね。僕と妻は幼馴染で、しかも小学校から大学までずっと一緒だったんだ。間違いなく僕の人生でもっとも近しい人間。人生の半分以上を恋人同士で過ごしてた。そもそも僕が女性と付き合った経験は彼女一人だけ。それで十分だと思っている。僕にとっては最高の友人であり、同士であり、恋人であり、妻さ。
 ただ、彼女も完璧な人間じゃない。短所もある。もちろん僕は妻に完璧を求めてるわけじゃない。僕だって短所だらけの人間だ。そうじゃなくて、今回の相談は彼女の短所が元々の切っ掛けだということなんだ。
誤解しないで欲しい。
 それで妻の短所なんだけど、その、さすがに他人に言いづらいんだが、子供のころからとにかく話が長いんだ。いや普通の話ならば長くても気にならないんだが、無駄というか意味のない話が多いんだ。僕も俳優なんて人気商売やっている身だから女性がそういう話が好きなのは知ってる。女性は共感を求めている傾向が高いよね。
 ただ、その意味のない話がデート中に半日も続くと僕もさすがに苦痛になってる。半日だよ。半日。
女性である鈴木さんも流石に付き合いきれないと思うだろう?
 

 「つまり奥さんと上手くいかないから、離婚したいと。」

 私は口を挟んだ。
 結婚式で見た奥さんを頭の中で思い浮かべる。清楚という文字を具現化したような美人だった。
 離婚か。不倫よりはましだが、それでもダメージは大きい。ただこの段階なら俳優が離婚を翻意すれば問題が解決する。それは希望だ。よっしゃ、ここはお姉さんが夫婦の円満の秘訣を朝まで説教してやろう。
 しかし俳優は虚を突かれたような表情になり、両手を振りながら必死に否定した。


 いやいやいや、僕は妻と離婚したいわけじゃないんだ。
 妻は家事も娘の世話も完璧にしてくれる。愛しい娘には母親も父親も必要だ。
 それより何より僕がまだ売れなかった頃からずっと一緒に居てくれたんだ。感謝しているし、愛している。離婚だなんてとんでもない。
 そうではなくてこれは妻の短所に対して僕がどう対処したかという話なんだ。妻ではなく僕の話さ。
 もちろん現在の社会性が身に付いた僕ならば妻の話が長いのも耐えられる。しかし僕たちは中学生の頃から付き合っていて、中学生のころの僕には妻の長い話に半日付き合うのが苦痛でたまらなかったんだったんだ。
 
 ああ、そうだ。肝心なことを言い忘れていたんだんだけど、妻は結婚するまではずっと髪形をポニーテイルにしていたんだ。そう、ポニーテイル。今でもありありと思い出せる。制服によく似合ったものだよ。
 
 話を戻すけど、中学生の僕は妻の長い話に耐えねばならなかった。小説を読んだり、携帯を見て暇を潰すのは論外。それを妻が見たら気を悪くするに決まっている。僕は今も昔も絶対に妻には嫌われたくない。じゃあどうすればいいか。
 考えた挙句、僕は妻が話している間、ポニーテイルの先っぽの部分に意識を集中させて乗り切ることにしたんだ。それなら目線を少し上にズラすだけだから、妻に察知される心配はない。後は機械的に相槌を打つだけ。簡単なものさ。
 それに意外とポニーテールの先っぽを観察するのは面白かった。妻が楽しい話をしてる時は、ピコピコと跳ねるし、悲しい話をしている時は、しゅんと項垂れる。ポニーテイルの先っぽを観察する人なんて世界中見渡してもほとんどいないと思うけど、それはそれで奥深い世界なのさ。
 
 
 私は俳優の話を聞いている内に困惑してきた。もう一度結婚式にいた俳優の奥さんを頭に浮かべる。その時の髪形はポニーテイルではなく、ショートカットだった。確かにあの清楚な感じならば、髪形をポニーテイルにしても似合うだろう。
 しかしどうしてこの男は私に自分の性癖を堂々と語っているのだろう。風俗店でも紹介して欲しいのだろうか。普通の風俗店なら紹介できるが、ポニーテイルを眺めるだけの風俗店などこの世に存在するのか。

 俳優は飲んでいるカクテルが空になったことに気が付き、電話で追加の注文を取った。
 しばらくするとあのデブな店員がグラスの乗ったお盆を片手に個室に入室してきた。
 ゴトリと音を立てて、グラスをテーブルに置く。おい、またお前か。他に店員はいないのか。つうか音を立てるな。新米か。新米なのかお前は。
 
 俳優はカクテルを一口飲むと緊張と苦悩と高揚が入り混じった表情で話を続ける。
 もし本業の演技でこの表情が出せるなら、天下が取れると断言してもいい。


 ポニーテイルを観察する習慣は結婚して、妻がポニーテイルを止めるまで続いたよ。時間にすると十二年くらいかな。今思うと笑っちゃうくらい長い期間だよね。
 最初の頃はポニーテイルをぼんやり眺めて暇を潰しているだけだった。
 けれど長いこと妻のポニーテイルを観察するうちに、僕はいつの間にかポニーテイルに関する見る目が磨かれていったんだ。
 ポニーテイルを見る目。その顔は戯けたことを言ってるだって顔だね。けど妻の意味のない話を聞きながら、ポニーテイルを観察する。それを数千回繰り返すと見えてくるものもあるんだ。
 例えば体調。体調が良い時のポニーテイルと悪い時のポニーテイルというのはまったく違うものなんだよ。こう、なんというのか、恐らく体調が悪いと髪を整える時間が短くなるのだろう、ほんの少し表面が荒れる感じになるんだ。どうにも口で説明しきれないな、感覚としか言い切れない部分もあるよ。
 他にもその時の機嫌や本当に関心のある話題なんかもポニーテイルを観察するだけでわかるようになったんだ。ポニーテイルの跳ね方や先っぽの形状で判断するわけさ。それを元に妻と話すと、スムーズに機嫌が取れるんだ。重宝したよ。

 大学生になるころには僕のポニーテイルを見る目はさらに磨かれて、ポニーテイルを見るだけで妻が本当は何を考えているのかなんとなく察せるようになったんだ。いや、自分でもすごいと思うよ。超能力かと思うほどだ。
 とはいえポニーテイルを観察して正確に色々なものが読み取れるのはあくまで妻だけ。他の人のポニーテイルを観察しても読み取れる精度は高くない。せいぜい飲み会でネタにする程度さ。
 妻にに結婚を申し込んだ時、涙ぐみながら、貴方ほど私を理解している人はいないわって言われたんだ。まったくその通り。僕ほど妻を理解している人間はいないと断言できるよ。

 それだけに妻が結婚を機にポニーテイルをやめてしまったのは、すごく残念だった。かといって大の大人が妻にポニーテイルを続けてくれと縋ることも不可能だ。理由も言えないし。
 それに心のどこかではホッとしてた部分もあった。だって僕はポニーテイルからの情報で妻にうまく取り入っていたわけで、それは僕の本当の実力は言えないだろう。実際、新婚生活は苦労したよ。夫婦のコミュニケーションがうまく取れなくてさ。
 でもまあ好意を持っている人間がお互いが歩み寄れば大抵のことはどうにかなるものなんだ。特に娘が生まれてからは。


 話し疲れたのか俳優はカクテルを口に含む。それにつられて私もグラスをあおる。
 困惑を通り越して訳が分からなくなってしまった。というかもはや俳優の惚気にしか聞こえない。他人の惚気話を長々と聞くほど暇じゃねえぞ。
 しかし俳優は厳しい表情を崩さないままである。さすがにこの表情と俳優の性格からして、茶化されているとは考え難い。
 それでも俳優個人のフェチ話と惚気話を長々と聞かされていい加減焦れてきた。さっさと私に相談しろ。スキャンダルに対処するためには一分一秒が命取りになる可能性もあるぞ。

 「そろそろ相談内容を教えて欲しいんだけど。」

 「ああすまない。前置きが終わったから本題を話すよ。ただ驚かないで欲しいんだ。冷静に聞いて欲しい。」

 ゴクリと唾を飲む、ようやくこの瞬間が来た。運命の一瞬。願わくば足掻くだけの余地がある困難でありますように。心の中で神に祈る。
 あまりのショックに心臓麻痺にならないように景気づけにカクテルを口に含む。
 俳優が重々しく口を開く。

 「実は最近、娘が髪形をポニーテイルにしたいと言ってるんだけど、僕は反対するべきなんだろうか? ねえ、鈴木さんどう思う? 」

 
 それを聞いた瞬間、口からカクテルを噴き出した。椅子から転げ落ち、文字通り笑い転げる。ここがバーであるとか、担当してる俳優の前であるとかそんなことは一切関係なく大声でゲラゲラと笑い続けた。そのうちに酸欠で苦しくなってきた。死ぬかもしれない。もう死んでもいいかもしれない。

 俳優を私が噴き出したカクテルと付着させたまま、呆然と私を見下ろしていた。その様子から俳優は本気で重大な相談事だと思っていたことが見て取れる。
 お前、こんなくだらないことで深夜に私を呼びつけやがって、許す。面白すぎる。
 
 個室の扉が開き、慌てた様子でデブのバーテンダーが入って来た。どうやらあまりに大声で笑ったので外にまで声が漏れたらしい。
 デブが何か言う。相変わらず活舌が悪くて聞こえねえ。いや今回は私の笑い声が大きすぎて聞き取れないだけか。
 笑いながら跳ねあがるように立ち上がり、デブの肩をバンバン叩く。それはもう力一杯強く叩く。もちろん私怨が混じっている。
 おい、デブ。もし私がこの店の店長ならお前の頬にキスしてやるぞ。残念ながらこの店の店長ではないので、絶対にしないけどな。
 デブは怯えたように奇声を上げ、扉を開けっぽなしにしたまま逃げて行った。勝った。自分でも意味がわからんがとにかく勝った。

 その後、本物の店長が来ても私は笑い続けた。
 そしてあえなくバーを叩きだされ、出入り禁止を言い渡された。
 同時にVIP客であるはずの俳優も巻き添えで出入り禁止になった。なぜなんだ。


 数日後、私は所属している芸能事務所のデスクにいた。片肘をデスクにつき考え事をする態勢。
 バーでの失態以来、俳優の私を見る目が少し冷たくなった。至極当然の話である。
 しかし少しというところに俳優の人格の良さがにじみ出ている。それは素直に賞賛したい。もし立場が反対だったら間違いなくマネージャーを追放している。
 朝から立場を挽回をする方法をあれこれと考えていた。それに笑い転げたせいで、俳優の相談に対しても回答を出しそびれた。相談自体なかったことにしてもいいが、やり残した仕事があるようで気持ちが悪い。

 ふと、デスクに置いてある饅頭の箱が目に入った。これはお土産として関係者に配った残り物なので、かなりの高級品である。
 それを掴み、席を立つ。事務のミヨちゃんのデスクへと歩み寄る。
 ミヨちゃんは入社三年目の事務職で、デスクでなにやら書き物をしていた。私は饅頭の箱を掲げた。

 「余りものの饅頭があるんだけど、一緒に食べない? 」

 「いいですねぇ。」

 ミヨちゃんはにっこり笑い、即答した。甘いものに目がないのである。もちろん私もそれを見越して声をかけた。
 休憩室に移動し、二人でお茶を入れた。ミヨちゃんは実に美味しそうに饅頭をもぐもぐやっている。
 私はお茶を一口すすり、スーツのポケットから髪留め用の輪ゴムを取り出した。

 「ねえ、ちょっとだけこのゴムで髪形をポニーテイルにしてみてくれない? 」

 ミヨちゃんが怪訝な顔をする。
 そりゃそうだ。いきなり髪形を変えてくれと言われたら、誰も怪しむ。
 私は右手の人差し指をピントと立て、

 「担当している俳優がポニーテイルが大好きだって言うもんだから、マネージャーとして調査してるの。」

 「ええ? 本当ですかぁ。私大ファンなんですよ。」

 ミヨちゃんは輪ゴムを私の手からひったくると、いそいそと髪形変え始めた。チョロい女である。
 
 「どうですかぁ? 」

 髪形がポニーテイルなったミヨちゃんが聞いてくる。
 全然似合ってない。どうやらポニーテイルという髪形は選ばれし清楚さを身に着けた女にしか似合ないものらしい。それとも年齢の問題だろうか。口が裂けても本人の前で言えないが。

 「よく似合ってると思うわ。」

 これが大人としての最低限の礼儀というものである。
 ミヨちゃんは嬉しそうにポニーテイルを撫でる。明日からポニーテイルで働きますとか言い出したらどうしよう。

 それからしばらくの間、ミヨちゃんと饅頭を食べながら、取るに足らない話をした。
 雑談をしながらミヨちゃんのポニーテイルの先っぽに視線を向けた。確かにミヨちゃんが話すたびに先っぽがピョンピョン跳ねる。
 けれど思いのほかポニーテイルを観察しながら喋るのは難しい。会話に集中出来ん。

 「鈴木さん。どうしてさっきから私の髪を見てるんですか? ちょっと気味が悪いですよ。」

 ミヨちゃんが咎めるような目を向けた。む、察知されていたか。

 「知り合いにポニーテイルを観察するのが趣味の男がいてね。試しにその男の真似をしたんだけど。」

 「何ですかその変態。」

 私は深く頷いて、ミヨちゃんの意見に同意した。
 世の中にはイケメンにのみ許された行為をいうものがある。どうやら会話中に相手のポニーテイルを盗み見る行為はその類のものらしい。
 例えばあのデブのバーテンダーが同じような行為をしたら、即、警察沙汰。世の中は理不尽である。
 まあ、あいつの場合は容姿以前にちゃんとバーテンダーとして仕事しろと怒鳴りたくなるが。
 私は椅子から立ち上がる。
 
 「悪いけどこれから仕事だから、先に抜けさせて貰うわ。残った饅頭全部食べていいわよ。」

 「わあ、嬉しい。」

 ミヨちゃんが揉み手しような勢いで歓声を上げた。もしかしてこの子は本当にこの場で饅頭をひと箱全部食べる気だろうか、ちょっと心配。
 腕時計の時刻を確認する。すぐに事務所を出ないと次の予定に間に合わない。

 「最後に一つだけ聞きたいんだけど、会話中に相手がポニーテイルを観察してたら、やっぱりすぐに気が付いちゃうよね。」

 「気が付かない方がどうかしてると思いますけど。」

 不思議そうな顔で小首を傾げる。当たり前のことをなぜ聞くのかという表情である。
 


 休憩室を出て、自分の車が止めてある駐車場へ歩き出す。
 鞄からスマホを取り出し、メールの送信画面を開く。そして俳優の相談の回答を一行に纏めて打ち込む。


 全て奥さんに任せておけば、問題なし。


 一切迷わず送信ボタンをタップする。あまりに完璧な回答に自分でもうっとりする。
 俳優が泣いて私に感謝する光景が目に浮かぶ。これでバーでの失態は完全にカバー出来たに違いない。このような芸能人の私生活の問題さえ完璧に解決してこその敏腕マネージャー。さすが私。

 次の予定はテレビ局で俳優が出演する来月に放映されるドラマの打ち合わせである。終わったらは局内の他の幹部クラスの局員に営業をかけるつもりだ。ドラマの配役が決まる時、最後の最後はこのような地味な努力が物を言う。
 すでに俳優のスケジュールは半年分埋まっているが、それでも仕事が多い方がいいに決まっている。
 それに芸能人の旬は短い。旬が終わった後のことも考えて、今のうちに最大限実績を作っておかねばならない。
 手に持ったスマホが振動した。俳優からメールの返信が来たようだ。

 
 妻と話しました。僕は世界一幸福な男かもしれません。


 思わず私の口元に笑みが浮かぶ。
 駐車場に到着し、愛車に乗り込む。真っ赤なスポーツカー。
 アクセルを踏むと流れるように車が加速する。髪の毛が風でたなびく。
 さらに強くアクセルを踏みこむ。

 それじゃあ、世界一幸福な男よ。今日もがっぼりと稼がせて貰おうかしら。

 口元に浮かんだ笑みが好戦的なものに変化する。まるで自分が一匹の獣になったように錯覚する。
 この一瞬ばかりは、自分が芸能人のマネージャーをやっていて良かったと心の底から思う。

ぽにーている ©黒とかげ

執筆の狙い

このサイトに投稿して三作目になります。

一人称、そしてコメディ調で作品を書いてみました。

小説のスキルアップのため、皆様の厳しいご意見を頂ければ幸いでございます。

黒とかげ

124.86.172.187

感想と意見

跳ね鳥

こんにちは。拝読いたしました。

正直、とても面白かったです。思わず吹き出すシーンもあり、主人公のブラックで皮肉なキャラクターはユニークでいいですね。登場人物の美醜も人間味があって楽しめました。

特に俳優についての比喩が鮮やかでぴったりとはまっていました。物語はスピーディーで、俳優の語りは、主人公の苛立ちと気のせく心理から、大爆笑へと移る気持ちの変化も手に取れるような優れたものでした。

読ませて頂きありがとうございます。失礼いたしました。

2017-03-15 12:05

114.165.246.50

黒とかげ

跳ね鳥様

感想ありがとうございます。

お褒めいただいてありがとうございます。
しかしキャラ造形等まだまだ改善の余地があると感じております。
喜劇は読者さんと笑いのツボが合っているのかどうか難しいですね。

2017-03-15 19:21

124.86.172.187

よっち

読み終わって???でした。
自分の読解力を棚に上げて申し訳ありませんが、何度読んでもわからない。
無理やり解釈するならば、
妻は、俳優が自分の髪の毛ばかり見ていることに、当然気付いていたが、彼なりの愛情表現だからと何も言わなかった。
結婚を機に髪型を変えたのは、何故だろう?これからはちゃんと私を見て、というメッセージ?
娘がポニーテールにすると、俳優に何か不都合があるのだろうか?
ポニーテールを止めると言い出して困っているならまだ分かるのですが……。
全てを奥さんに任せろ、の結果、どうなったのかも予想できませんでした。

2017-03-16 20:45

27.93.160.194

黒とかげ

よっち様

感想ありがとうございます。

よくわからなかったというのはよっち様の読解力の問題ではなく、自分の小説の構成力の不足が原因だと思います。
その疑問は全て適切で、文中で解答しなければならなかったでしょう。

ただただ自分の文章力、構成力のなさを恥じ入るばかりです。
しかしこういった忌憚なき感想は本当にためになります。重ね重ねありがとうございました。

2017-03-16 22:29

124.86.172.187

北に住む亀

拝読しました。
今回はまた全然違う雰囲気ですね。こういうのも書けるんだと驚きでした。俳優さんは何故か石田純一が浮かびました。もっともあの人の場合、中身のない話でも苦痛に感じないと思いますが。
以下、気になった点です。

・私の笑いの感性が違うからなのでしょうか。まず冒頭が惹かれませんでした。苛立っている感じなんかはよく伝わるのですが、そこまでユーモア感は出ていない気がします。となると、見ず知らずの女性の悪態をずっと聞かされて(読まされて)いる感じです。それが長々と続くので、ちょっとしんどかったです。むしろポニーテイルの話から入った方が読者を惹きつけられると思います。

・「ポニーテール」と「ポニーテイル」がありますが、何か違いがあるのですか? 気になりました。

・よっちさんの感想にもありますが、私も「娘がポニーテイルうんぬん」で爆笑する箇所が引っかかりました。事前に予想していたことに比べてあまりにもくだらない悩みだった。その落差は面白いとは思うのですが、爆笑するほどではありませんでした。だから主人公の笑いっぷりは置いてけぼりでした。日常でもありますよね。本人だけ爆笑していて、周りは引いてしまう。そんな感じです。

・俳優がポニーテイルについて語るところは良かったです。ぐいぐい読まされました。ここが物語の核となるので、そこをもっと活かしたら化けると思いますこのお話は。

全体的に軽くテンポも良かったので、楽しむことはできました。
後は全体の構成含め、読者と作者の作品に対する距離感や温度感。そこを煮詰めてもいいのではと思いました。
辛口になってしまいすみません。また次回作も期待しております。

2017-03-18 13:01

153.170.2.33

黒とかげ

北に住む亀様

感想ありがとうございます。

>私の笑いの感性が違うからなのでしょうか。まず冒頭が惹かれませんでした。苛立っている感じなんかはよく伝わるのですが、そこまでユーモア感は出ていない気がします。となると、見ず知らずの女性の悪態をずっと聞かされて(読まされて)いる感じです。それが長々と続くので、ちょっとしんどかったです。むしろポニーテイルの話から入った方が読者を惹きつけられると思います。

確かに序盤主人公の愚痴ばかりで話が動き出すのはポニーテイルの話が始まった所からです。改めて読み直すと掴みが弱いと感じます。
序盤から読者の心を掴めるような工夫が足りませんでした。

>「ポニーテール」と「ポニーテイル」がありますが、何か違いがあるのですか? 気になりました。

前回の反省も含め丹念に推敲したつもりでも誤字を無くせませんでした。まったく自分の無能さが嫌になります。

>よっちさんの感想にもありますが、私も「娘がポニーテイルうんぬん」で爆笑する箇所が引っかかりました。事前に予想していたことに比べてあまりにもくだらない悩みだった。その落差は面白いとは思うのですが、爆笑するほどではありませんでした。だから主人公の笑いっぷりは置いてけぼりでした。日常でもありますよね。本人だけ爆笑していて、周りは引いてしまう。そんな感じです。


そこがこの小説の最大の反省点だと思います。あそこで爆笑するのは読者の目から読めば奇異に映るところ指摘されて初めて気が付きました。
自分の感性の独りよがりではなく、読者の感性を意識して書きたいと思います。

>俳優がポニーテイルについて語るところは良かったです。ぐいぐい読まされました。ここが物語の核となるので、そこをもっと活かしたら化けると思いますこのお話は。

褒めていただいてありがとうございます。もっと小説全体の構成を練る必要があります。

厳しい意見、大歓迎です。どうにも一人で書いて、一人で評価するとどうにも煮詰まってしまいます。
他人に叩かれて初めて小説を書く力が増すと自分は考えます。
北に住む亀様の次回作も読ませていただきます。

2017-03-18 23:07

124.86.172.187

hir

 拝読しました。

 ばってんダーのローチンスタートが強烈過ぎて、尻すぼみしている感じです。
 本物のポニーテールでも、その眼力が通用し、状態や調子を正確に把握できて、がっぽり稼ぐことが出来た。みたいな想像をしました。

2017-03-18 23:56

210.149.158.220

黒とかげ

hir様

感想ありがとうございます。

確かに小説としての構成のバランスが悪かったと反省しております。
もっとテーマが読者様に伝わるように精進いたします。

2017-03-20 08:19

124.86.172.187

かろ

 拝読しました!
娘がポニーテールで、怒るバージョンもあったかなって思いました。
こんな夜中に!的な。
で、俳優から、ちょっとかぶってくれませんか?ってポニーテールのかつらかぶらされて、いい加減にしてください!って。
お話、ネタなってておもしろいです!
ミヨちゃんのポニーテールで、悲しい時、髪、下がるとか、嘘ついたら左に曲がるとか、饅頭食べたらグルグルまわったとか、色々想像しました。
もっと黒とかげさんの笑いほしかったです!
おもしろかったです!

2017-03-20 23:10

223.135.80.65

天野

拝読致しました。

面白かったです。
最後のメールの内容も、開いた結末でよかったと思います。
おそらく、妻をさりげなくポニーテールにさせる方法だったのでしょう。

せっかちな性格でテキパキ仕事をこなすマネージャーと
ゆるーい感じの俳優とのやりとりは個人的に好きでした。

あと、これは本当にどうでもいいことなのでスルーしてもらっても構いませんが、
マネージャーが、俳優の相談事の内容を聞き、爆笑するシーンなのですが、
爆笑する声を聞き、バーテンダーが部屋に入ってきたというのは、普通に考えてありえないような気がします。
悲鳴とかならわかるのですが、笑い声を聞いて部屋に無断で入ってくるのはデブだったから、と言われればそれまでですが。
笑い転げるマネージャーを表現したかった意図はわかるのですが、自分からしてみれば、やや大げさすぎたのではないかなとも思いました。

ですが、上記の内容は読んでいてそこまで、気にはならないので
あえて、辛口風に言ってみました。

お互いがんばりましょう。

2017-03-21 11:37

153.183.66.121

黒とかげ

かろ様

感想ありがとうございます。返信が遅くなってしまって申し訳ありません。

この話を元にして色々なバリエーションが考えられますよね。
今は取り合えずこの話を直して再アップする予定はありませんが、
次回の話に生かしていきたいと思います。
面白いと言っていただけると、本当に励みになります。ありがとうございました。

2017-03-22 20:25

124.86.172.187

黒とかげ

天野様

感想ありがとうございます。返信が遅くなってしまって申し訳ありません。

違和感を感じた箇所全て最もだと思います。
とは言え書いている最中ではこれ以上面白い展開はないと確信しながら書いていました。

つまり小手先の技術の話でなく、作家としてのセンスの問題であります。
これはどうにも一朝一夕では身に付くものではないと自覚しています。
ゆえに読書など一歩一歩センスを磨くために日々精進していきたと思います。

2017-03-22 20:33

124.86.172.187

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