作家でごはん!鍛練場

『乙女の小箱』

惣七著

「乙女の小箱」ということばの繋がりがふと気に入ったので、それを巡って書こうと思いました。

 一人になった家で本を読んでいると、あまりにも静かであるためかえって気味が悪く思われるときがごくまれにある。そういうときは少し立ち上がって、右手の方にある棚まで白髪を撫でつつゆき、その日の気分で CD を一枚選び出すのである。安物のスピーカーから音楽が流れ始めると、また少し安心して白髪を撫でつつ机に戻り、満足するまで本を読み続ける。だが音楽が流れていてはどうも本に集中できず、かといって家に一切の音が無いのも嫌だというときは、本など閉じて机の上に放り出し、どかどかと足音を鳴らして押し入れの整理をするのである。細々としたものを詰め込んではあるが、たまにしか押し入れを開けないため、それも開けるのは決まって今日のような気分の日で整頓を目的とするため、整理の余地無く片付いている。それでも何かを取り出し、場所を変えてしまうという作業を行わねば気がすまないのである。

 奥から大きな箱を取り出そうとした時、こつん、と小さい音を立てて何かが落ちてきた。赤い和柄の小箱である。私はそれが何であるのかすぐに分かった。千代子が小学校に入学したての頃、旅行先の縁日で私にねだったものである。小さい手で私の手を引き、小箱を売っている夜店の前まで連れて行って、千代子は「私はこれが欲しい」と言った。声の大きさでもなく、その声色でもなく、「私はこれが欲しい」ということばの力強さに私はドキリとしてしまった。高いものでもなかったので、私は千代子の指差す赤い小箱を買い与えた。彼女の両の手のひらの内にすっぽりと収まってしまうほどのもので、何かを入れるにはあまりにも小さい。いったいそんな箱を何に使うんだ、と尋ねてみても、千代子は赤い提灯の下、笑顔で「秘密」と答えるばかりであった。
 千代子にはその小箱がそうとう気に入ったと見えた。私が千代子の部屋に入ると、いつも机の隅にそれはあった。千代子は家のあちこちでそれをとって眺めたり、開けたり閉めたりしていた。しかし何を入れているのかを決して語ることはなかった。何を入れているんだ、と尋ねると、決まってあの笑顔で「秘密」と言うのである。この秘密は、私に対してだけではなく、妻に対しても徹底されていた。妻はそれほど気にしない風であったが、私は気になっていたといえば気になってはいた。だが私も強いて知ろうとはしなかった。千代子のあずかり知らぬところで彼女の部屋に忍び込み、小箱をこっそり開けるというのは、何にもまして背徳的であるように思われたからである。
 だが、千代子が高校に入るころ、彼女の小箱への愛情はぷつりと切れてしまったように思われる。捨てさえしなかったものの、以前のように千代子が小箱を手にしていたところを見なくなった。私もそのことをあまり気にしなかった。こうして一家は赤い小箱を忘れてしまった。

 それがいまこうして私の目の前に現れた。私はゆっくりとしゃがみ込み、小箱をそっと拾い上げた。家には私一人である。千代子はいまもどこかで健やかにしていよう。私はあたりを見回して、家には自分一人であることを改めて確認し、ゆっくりと小箱の蓋を取った。千代子がこれを気に入っていた当時、千代子がこれに入れていたものが入っていることを少し期待したが、中には何も入っていなかった。空しい箱の内を眺め、当時は一体何が入っていたのだろうか、と思いを巡らし、小箱の蓋をゆっくりと閉じた。

乙女の小箱 ©惣七

執筆の狙い

「乙女の小箱」ということばの繋がりがふと気に入ったので、それを巡って書こうと思いました。

惣七

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感想と意見

みうら

拝読いたしました。

謎が謎のまま残ってるのが気になりますが、それこそがこの作品の味ともいえるのかな、と。
よいと思います。

以上、短いですが感想でした。

2017-03-13 06:52

153.169.102.172

水野

拝読しました。

何だか『銀の匙』の逆パターンみたいな導入で、重みのある語り口も相まって、良い意味で古臭さが漂っていたように思います。おそらくもう少し古風に近づけさせることも出来たのでしょうが、あえて制限している感じもあります。読点の配置や柔らかい語彙の選択など、すっきりと読みやすいものに仕上がっており、それはそれで楽しいのですが、この語り手の風貌や彼の状況から鑑みて、漢字を多く用いたり、故意に心地良い読みのリズムを崩してみるのもアリだったんじゃないかと思います。千代子についてのエピソードも、「乙女の小箱」という言葉から自由連想法的に浮かんできた作品であるとはいえ、もう少し膨らませてみても良かったのかもしれない。これは自分の作品で指摘されたことでもあります。おそらく、語り手にとって現在の根幹であるところの話を膨らませ、一定の解決を与えてこそ、鍛錬になるのではないか、という反省を込めての意見です。文章についての鍛錬はここでは補佐的なものでしかなく、せいぜいが誤字の指摘くらいに収まっている気がします。これはまさしく一般読者そのものの意見でもあります。読者にとって、文章のうまいへたは、はっきり言ってどうでもよく、たとえ「上手かった」のだとしても、肝心なのはそこに書かれてある内容のことで、そこが肩透かし的なものだと、「だから何なのだ」と言われてしまいかねません。身内同士でならば、短歌を褒めるみたいにして言葉を褒めることも可能でしょうが……。

ですがそれを抜きにすれば、いつまでも語っていてもらいたい文章=声の調子でした。ありがとうございました。

2017-03-13 07:42

223.219.1.176

青山りか子

 読みました。
 
 私は、「白髪」でしたっけ!?--それが、大嫌いです。なので、その女性には魅力を感じませんでした。そして、私自身、白髪頭にならないように、ちゃんと、働かなきゃな・・・と思いました。

 作品は、短いながらもスラスラ読み易かったでした。そうですね、娘も巣立って、女1人になると、自由ですから、そういう事もするでしょうね! 以上です。

2017-03-13 18:30

124.96.80.102

惣七

 みなさま、どうもありがとうございます。

 みうら様、および水野様
 コメントをいただきました通り、物語としての膨らみに欠如する部分が大きな欠点であると思われました。おそらくこの点が私にとって最も鍛錬すべきところであると自覚されます。その意味で、水野様のコメントはまさしくその通りで、以後、引き続き投稿させて頂くこともあろうかと思いますが、その際には物語の提起、その解決という点を意識して書きたいと思います。

 また、水野様
 前半に提案頂いたような、文体の変更はたいへんおもしろいと思いました。語り手に寄り添った文体の選択などにも意識を向けていこうと思います。

 青山りか子さま
 ご感想をどうもありがとうございます。
 私自身は、語り手を男として想定して書いたつもりです。確かに、本文中に性を確定的に特定することのできる情報が少なかったかと思います。人の容姿、様子、性質について記述することはまだまだ未熟なところだと思いました。

2017-03-13 21:08

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