作家でごはん!鍛練場

『タイムカプセル(解答編)』

薪稲 吟太著

諸事情により、解答編の投稿が、予告した日より遅れてしまい、すみません。

解答編の後に問題編を再掲しています。

いちおう、問題編で描写された物事から、解答編で新が披露した推理が導けるようになっているはずです。
最初は「解決編」と題しようと思ったのですが、「よく考えたらこれ特に何かを『解決』しているわけではないな……」と思ったため、「解答編」にしました。

オチは、軽いリドル・ストーリーを意識しました。
私としては、当初、「一分の隙もない、完璧な推理を登場人物たちに披露させよう!」と考えていたのですが、どうしても、最後のほうの重人のように、その気になれば、いちゃもんレベルでいくらでもその推理を否定することができるため、「ならばいっそ、新の推理を認めたくない重人に、悪あがきの否定として言わせよう」と思いました。それでオチも、「新の推理のほうが筋が通っているが、ひょっとすると、重人が悪あがきで言っていることのほうが正しいかもしれない」というようなものにしました。

よろしくお願いします。

(問題編は、去年の十二月二十六日にこちらのサイトに投稿しました。いちおう、解答編の後に、問題編を再掲しています)

 解答編 現在

「では皆さん、そろそろタイムカプセルを埋めた場所に向かいましょう」
 以前通っていた高校に四十二年ぶりに足を踏み入れ、当時を懐かしく回想していた重人は、同窓会幹事のその声で我に返った。眼鏡は高校生の頃のものと同じだが、頭はすっかりはげてしまっている。
 かつての同級生たちが、校舎の北端にぞろぞろと向かい始める。皆、年齢相応の容姿になっていたが、生徒であった頃の面影がきちんと残っていた。
 その中に交じって歩きながら、何気なく辺りを見回していると、新を発見した。高校生の頃と髪質は同じだが、量は少なくなってしまったようで、額はより広くなっている。目の下の隈も深くなっていて、立派な口髭を生やしていた。
 先程の同窓会会場では見かけなかった。どうやら、カプセルの掘り出しには参加するらしい。
 彼に近づき、肩を叩いた。「よう」
 新はこちらを振り返った。「ああ。久し振り」その顔は懐かしそうに笑ってはいたが、あまり元気には見えなかった。
「どうしたんだ。顔色がよくないぞ」
「うん。ちょっとね」新は少し黙り込んだ。「実は、気になっていることがあって……タイムカプセルの件なんだけど」
「あれがどうしたんだ」
「僕はもしかしたら」新は溜め息を吐いた。「とんでもないことに気づいてしまったのかもしれない」
 重人は笑った。「タイムカプセルごときに、いったい何があったって言うんだよ。俺に言わせりゃ、何があったところでそう簡単にはとんでもなくならないと思うぞ」
 新は唸った。「君、あれを埋めた時のことを覚えているかい」
「まあな。さっきも、思い出していたところだ」
「あの時、妙なことがあったのに気づいていたかい」
「いいや」重人は首を横に振った。「何だ、妙なことって」
「教室で、生徒全員がそれぞれ持ってきたものをカプセルに入れ終えてから、担任が運んで台車に載せたでしょ。その後、先生は息を一つ吐いただけに終わった。にもかかわらず、埋める時それを持った副担任は、呼吸をひどく荒げていた。
 担任は定年間近の英語の女性教師、副担任は若い体育の男性教師だよ。何で彼女がすんなりと運べるものを、彼が持つのに苦労するの」
「まあ、確かに。妙と言えば──」
「つまりこういうことだ」新はこちらの言葉を遮って言った。「カプセルを埋める時、それの重量が、教室にあった時と比べ、いちじるしく増加している」
「中に何か新たに入れられたって言うのか。そう言えばお前、カプセルが運ばれる途中、収めるものを粘土像から旗に変えていたな」
「馬鹿言わないでくれ。あれはかさ張るものの、粘土像より軽いんだよ。むしろ重量を減らしていたんだ」新は喚くように言った後、いつもの調子に戻った。「そうだとすれば、物が入れられたのは、カプセルを放置してクラス写真の撮影場所に行った時から、卒業式後戻ってきた時までの間だ。運搬中や埋却中に、僕以外の誰かが中に何か収めたことはなかったから」
「まあ、そうなるが」重人は多少気圧されて言った。「それがどうしたっていうんだ」
「他にももう一つ、妙なことがあった。中学生の不良だ」
「ああ。いたな、そういや」
「僕たちが見かけた時、彼は何と言っていたか覚えているかい」
「ええと」重人は再びその時のことを回想した。「確か、ガキとか、追いつめたととか」
「そのとおり。さて、いったい彼はどうして、あんなところでそんなことを怒鳴っていたんだと思う」
「どうしてって言われてもなあ。追いつめたって叫ぶからには、誰かを追いかけていたんだろ。それで、あの北の道路に追い込んだんだ。不良と言えど中学生がガキ呼ばわりして、しかも追いかけたってことは、その誰かはあいつより年齢が低いのかもな」
 校舎北端まで、あと半分というところまで来た。重人は腕を組みつつ、推理を続ける。
「ということは小学生くらいの子供か。弁償って呟いていたから、たぶんそいつに持ち物を壊されるなり汚されるなりされたんだろうな。しかしあいつは、追いつめた、『と』、って言っていた。きっと、思ったのに、と心の中で続けていたんじゃないのかな。つまり、追いつめたはずが、いざ行ってみるとどこにもいなかったんだ」
「そこなんだ。彼はどこに消えたんだろう」
「彼って」重人は笑った。「男か女かも分からないのに」
「ああ、そうだったね。子供だ」
「どこって、そうだなあ。道路の壁は、フェンスと仮囲いと塀。仮囲いには通用口がついていないから、工事現場の中へは逃げ込めないな。どれも高くて、児童が登れそうなものじゃなかったし。いや、待てよ。角の自動販売機の隣に、ゴミ箱があっただろ。あれを踏み台にして、フェンスを乗り越えたんじゃないか」
「同意見だよ。でも校地内に入った後は、どこに行ったんだ」
「俺たちは校庭から敷地の北西に向かったけど、誰も見かけなかったよな」そう言って腕を組んだ。「学舎の裏を逃げたんだろ」
「それはない」新は首を横に振った。「覚えているかい? 不良は北の道路を出ると、いったん十字路で校地に沿わない通り二つの先を睨みつけてから、西の通りを歩き去ったんだ。おそらく、北の道路に子供がいないと分かったので、もしや逃げる方向を見誤ったのではないかと考え、彼が行ったかもしれないほうを睨んだんだろう。
 であるならば、彼らは西の通りからやってきた、ということになるじゃないか。小学生が逃げていたなら、それに気づかなかったわけがない」
「なるほどね。なら、校舎に潜り込んだとか。あ、でも、北の道路と平行なほうの外壁には、窓も避難階段もついてないし、入ることはできないな。俺たちが式を抜けるより前に、いったん校庭に出て建物に忍び込んだんじゃないか」
「ありえなくはないが、考えにくいんじゃないかな。児童が、その頃体育館で卒業式が行われていたのを知っていたとは思えない。だとしたら無論、中には授業のために生徒や教員がいると思うだろう。当時は平日だったしね。
 誰かに見つかったら無断で校地に立ち入ったのを怒られてしまうかもしれないのに、人がいそうなところに侵入するだろうか。窓にすら近づかなかったはずだ。校庭や裏は無人だったから、校地に入るのは決心できたんだろうけど」
「じゃあどこだよ。カプセルを埋める穴に隠れていたとか。いや、それがあるのは西の道路に隣合う校舎裏だから、不良が気づかないわけがないし」
「惜しいね」新は今日一番低い声を出した。「子供が隠れたのは、カプセルを埋める穴じゃない、カプセルそのものだ。そこしかない。きっと、不良をやり過ごそうとしたんだろう。校庭は見通しがいいから、逃げていても、追いかけてきた彼にすぐ見つかるだろうしね。そして」少しの間沈黙してから言った。「そのまま埋められた」
 重人も、彼と同じように沈黙した。しかしその時間は、二倍も三倍も長かった。
「いや、いやいやいや、いや」激しく首を横に振った。「何を言っているんだ。何を言っているんだお前は。確かにお前の言ったとおり、小学生はそれの中に隠れただろうが、当然しばらくしたら出てくるはずだ。その後、何者かが副担任でさえ持つのに苦労するほど重たいものを入れて立ち去った、という可能性も十分あるじゃないか。順番が逆かもしれないが」
「それはない。不良を見かけた後、僕は掛け金の金属棒を上げたままにしてから立ち去っただろう。あれは、フタが少しでも動かされるとすぐ下りてしまうようになっている。しかし、カプセルを埋めに来た時も位置は変わっていなかった。ということは、フタは動かされていない。児童は、外に出ていないということだ」
 北の道路に隣合う校舎裏に入った。経年劣化したフェンスや建物の外壁が、四十二年前よりはるかにひどい陰鬱さを醸し出している。
「仮に君の言うとおりだとすると、子供か重いものを入れた人物のどちらかが上げたままにしたということになるが、わざわざそんなことをする必要はない。ただでさえやりにくいというのに」新は溜め息を吐いた。「これで、小学生が中に入ったままカプセルが埋められたことは、証明されたも同然だろう」
「ででででもだ、それって不自然じゃないか。俺たちが不良を見かけてからカプセルを埋めるまで、一時間以上あったんだぞ。何でそいつは外に出ず隠れ続けたんだ」
「当時の新聞記事を調べたよ。もし僕の推理が合っているんなら、あの日行方不明になった小学生くらいの子供がいると思ってね。
 案の定だったよ。隣町に住む小学六年生の男子が、僕たちが卒業した日、『散歩してくる』って言って家を出て、そのまま失踪したらしい。そして彼は、いなくなる日の前夜から朝にかけて、寝ずに大量の漫画をこっそり読み耽っていたのが親にばれ、ひどく怒られたばかりだったそうだ。ほら、言っていただろう、何が徹夜だ、って。きっと、児童がそいつの持ち物を壊すなり汚すなりしてしまった時、徹夜して寝不足であるせいでぼんやりしていた、とでも言い訳したんじゃないかな」
 四十二年前に、カプセルを埋めた地点に到着した。元タイムカプセル委員たちが、スコップで土を掘り返し始める。
「眠ってしまったんだよ。中は当然静かで真っ暗で、寝るには最適だ。カプセルを動かされた時、多少起きたとしてもすぐさま睡魔に負けてしまうに違いない。埋める時は、副担任が入ってるものを壊さないようかなり慎重に扱っていたから、あまり振動も感じなかったはずだし。土中に沈めたのは卒業式が終わってからだ、子供が隠れてから眠るまで十分な時間がある」
「しかししかしだな、何で寝るんだよ。いや。睡眠不足の話じゃなくて。タイムカプセルの中に隠れていたのなら、近いうちに埋められてしまうかもしれないから、何としてでも起きていよう、とは考えなかったのか。台車の上にあったんだぞ」
「果たして、自分の入ったものがこれから埋められるタイムカプセルだと、彼は気づいたかな。あまりに大きすぎて、ドラム缶みたいな普通の容器の類だと思うんじゃないか。中に収められたものは、僕が入れた旗によって覆われ尽くされていて、小学生からは見えなかっただろう」
 新は話しながらも、掘り出し作業をじっと見続けている。重人のほうはというと、とうてい目を遣る気にはなれなかった。
「捲れば見えただろうが、とてもそんなことをしている場合ではなかったに違いない。目にしたところで、『ああ、ここはこういうものが入れられている容器なんだ』としか思わないはずだ。タイムカプセルだとは考えつかないんじゃないかな。そのうえ台車は、穴から離れたところにあった」
「確かにそうだが。そうかもしれないが。でも、そうだ。そもそも新聞記事に載っていた、蒸発したという児童が、カプセルに入ったとは限らないんじゃないか。そいつはまったく別の理由で行方不明になっていて、それがたまたま俺たちの卒業式の日だったのかもしれない。その場合、不良に追いかけられていた子供は寝不足でもなんでもないから、隠れた後しばらくしたら眠ることなく無事に外に出てこれたんじゃ──」
「記事には、失踪した時の小学生の服装が細かく書いてあった」新は携帯電話をポケットから取り出し、弄り始めた。「彼は白い帽子を被っていたらしい。これはたくさんの色違いのものが量産されているが、このカラーのみは限定品で、日本で三百個だけ発売された」画面をこちらに向けた。「こいつだ」
 その画像を見て、重人はあっ、と小さく叫んだ。あの時不良が側溝に叩き込んだものに間違いなかった。
「せめて当時の僕たちが、いなくなったという児童のニュースを見て、そいつが着用していたらしい帽子を見かけたと警察に知らせていればねえ」新は携帯電話をポケットにしまった。「だが限定品と言えど、白色は三百個販売されている。きっと、自分たちが見たやつは偶然にも蒸発した子供が被っていたのと同じだった、と思ってしまったんだろうな」
 元委員たちのほうから、歓声が上がった。思わず顔を向けると、掘られた穴の底に、カプセルのフタが現れているのが見えた。すぐさま、目を逸らす。
「しかもその頃は、中学生が追いかけていたのが行方不明になった児童かもしれないとは考えなかったし。不良だけは、自分のせいで彼が失踪したんじゃないかと思ったはずだが、もしそうだった場合、かなり面倒なことになる。黙っていたほうが得だと判断したに違いない」
「だが、あの時そいつは、その帽子を側溝に叩き込んだだろ。誰かに発見されるんじゃないか。それでそいつが、小学生がいなくなったことを知っていた場合、警察に通報するはずだ。それを受けたほうは当然、発見場所の近くを重点的に捜査して、タイムカプセルの件に気づくかもしれない、と思うんだが。何でそうならなかったんだ」
「そこには茶色く濁った水が溜まっていたんだぞ、当然変色したに違いない。あの帽子は白以外に様々な色のものが売られていたからな、発見者がいたとしても、まさか蒸発した子供のものだとは思わなかったんだろう」
「いやしかし、彼は埋められた後、もちろん目を覚ましたはずだ」重人は裏返った声で言った。「そしたら当然、外に助けを求めると思うんだが」
「叫んだところで、土の中からだと音量が小さくなるはずだし、あの後近所の工事が始まったに違いないから、穴のある辺りはとてもうるさかっただろう。外に届いたとしても、もともと校舎裏は人気がないうえ、学校は春休みに突入している。それを耳にする人すらいなかったはずだ。
 ひたすら喚き続ければいつかは誰かが気づいてくれるかもしれないが、カプセルの中は、飲食物はないし空気も少ない。そう長くは生きられなかっただろう。当時は、携帯電話やPHSなんて普及していなかったし」
「いや、いや、いや。だからと言って。だからと言ってそうとは限らないじゃないか」重人は泣きそうになった。もはや話し言葉は絶叫に近くなっていて、周囲の元クラスメイトたちが何事かと見つめてきた。「不良は追いかける時に子供の逃げた方向を見誤ったのかもしれない。子供は俺たちが式を抜けるより前にいったん裏から出て見つかる可能性を覚悟で校舎に入ったのかもしれない。あるいは体育館で卒業式が行われているため中が無人であることを知っていたのかもしれない。子供は俺たちが式に戻った後外に出てきて、その後何者かがカプセルに重いものを入れ、掛け金の金属棒を上げたままにしてから立ち去ったのかもしれない。そうだろう。そうだろう。そうでないとは言い切れないはずだ」
 しかし新は、冷めきった表情をしていた。おそらくは、このことが判明してから今までの間、似たようなことをずっと自分自身に言い聞かせていたために違いなかった。
 耳障りな音が元委員たちのほうから聞こえたので、驚いてそちらを見た。いつの間にかタイムカプセルは掘り出されていて、幹事が掛け金を外していた。
「さあ、皆さんお待ちかね!」幹事は笑みを浮かべながら、大声で叫んだ。「思い出との、ご対面!」
 そして、フタを開けた。

<了>

(以下、問題編の再掲)

 問題編 四十二年前

「お前はタイムカプセルに何を入れるつもりなんだ」米倉重人(しげひと)は、隣の席に座っている、同級生の杉田新(あらた)にそう訊いた。
「けっこう迷ったんだけどね。これだよ」彼はそう言って粘土像を机の上に置いた。美術の授業で作ったものである。
 新はおでこが広く、髪はもじゃもじゃとしていた。両目の下には、隈ができている。
「へえ。どうしてそんなものを。お前、美術ではぜんぜんやる気出さなくて、いつも作品は適当に仕上げたうえぞんざいに扱っていたじゃないか」
 重人は、レンズの丸っこい眼鏡をかけており、頭を坊主にしていた。
「家に持って帰らなくて済むからだよ。他にもいろいろと、回収しなればならない作品があるから、少しでも荷物を減らしたいんだ。今日の卒業式が終わったら、もうこの高校には来ないし。これはけっこう重量があって、負担になる」
「なるほどね」重人は新の鞄へ無造作に突っ込まれた作品の数々に目を遣った。
「僕が在校生だったら、今日はもう春休みだしすでに全部回収していたんだけどな。そういう君は、何を入れるの」
「俺はこれだ」そう言って、修学旅行で作った木の彫刻を鞄から取り出した。
「へえ、それか。確かモデルは自家用車だったよね。前に一度、載せてもらったことがあるけれど。器用な君のことだ、ちゃんと備えつけの電話機も再現できているんでしょ」新は笑いながら言った。
 重人もふっ、と顔を綻ばせた。「いいや。あんなもの、必要性を感じないんでね、あえて作らないでおいたよ」
「そう? 僕は便利だと思うけどなあ、車に乗っている時も電話ができるなんて」
「杉田君。次はあなたの番ですよ」重人たちの担任である、定年間近の英語の女性教師が言った。「早く入れに来てください。じゃないと、クラス写真撮影の順番が回ってきてしまいますよ」
「あ、はい」彼はそう言って立ち上がり、教壇の校庭側の端に置かれている、銀色をした円筒に向かった。
 重人には、今までタイムカプセルをそれ以外に見た経験はない。だが、それでもそいつが普通のものよりかなり大きいということは分かる。何しろ、一般的なドラム缶より少しでかいくらいのサイズなのだ。担任によると、「何でも入れられるようなやつを買った」とのことである。
(少し考えれば、いくら何でもこれほどのものは必要ないと分かるだろうに……まったく、先生は少しばかりおっちょこちょいなところがある)
「言うまでもないが、飲食物は入れたら駄目だからな」到着した彼に、副担任の若い体育の男性教師が言った。
「そんなもの入れませんよ。これです」新はそう言って像を見せた後、収めた。
 その後も、重人を含め残りの生徒たちが次々に物を入れていった。全員が収め終えると、担任はフタを閉めた。カプセル開口部の縁に取りつけられた蝶番を利用し、奥・手前に回すようにして開閉するという仕組みである。その様子は、巨大な水筒を連想させた。
 先生は掛け金をかけた。フタについている金属棒を下方へ動かした後、本体にある金具でそれを固定するという絡繰りだ。カプセルの切れ目付近に設けられた軸を中心に、左右に回転させ下ろすようになっている。
 留めている芯がかなり緩いため、棒は基本的に上げたままにしておけない。何度か試みれば可能だが、少しでも振動や衝撃を与えると、すぐに下りてしまうのである。金具さえ使わなければフタが開かなくなることはないので、別にそのままでもいいのだが。
 担任はカプセルの側面の取っ手二つを握った。そして「よっ」という掛け声とともに持ち上げ、廊下側の教壇端の下に置いてある台車まで運んで載せた。ふう、と息を一つ吐くと、クラスを見渡して言う。「それじゃあ、行きましょうか。あ、事前に説明したとおり、今回は運ぶだけで、埋めるのは卒業式が終わってからですよ」
 この高校はほぼ正方形の敷地を持っており、その西の辺全体に沿って学舎が建てられている。それの隣、南の辺近くに体育館があった。敷地の境界線上に設置されている高さ二メートルのフェンスと、建物とは三メートルほど離れている。フェンスは、ワイヤーが格子状に三センチ四方の目で張り巡らされたようなデザインで、向こう側の景色が見られるようになっていた。
 施設とフェンスの間は校舎裏と呼ばれており、ふだん人気はまったくない。ここの北端付近、校地の北西の隅より少し南に進んだところに、埋めるための穴が位置している。このイベントを企画したタイムカプセル委員たちがあらかじめ掘っておいたとのことだ。建物に遮られるため、校庭からはどうやっても目にすることができない。
 重人たちの教室は一階の中央付近にある。そこを発ってすぐ校庭に行くと、校舎北端に向かい始めた。校舎裏へ直接出ることはできないため、こちらから入るしかないのだ。先頭に委員たち、次に副担任と台車を押す担任、最後に委員以外の生徒たちという順番で並んで進む。
 途中で新が、「ごめん、僕いったん戻るね」と言い残し、先生から教室の鍵を借りてクラスを離れてしまったこと以外は、特に厄介事もなく到着した。曲がり角を目指し、二十メートルほどの長さの外壁に沿って歩く。窓も避難階段もついておらず、辺りは早くも陰鬱な様相を呈していた。
 校地のすぐ隣を、フェンスに並行して通っている幅四メートルの道路が東西南北に四つある。それらのうち、北の道路で派手な模様のトラックが停まっているのが目に入ったので、思わず凝視した。
 その通りは、西の道路との交差点である辻から十二メートル進んだところに、左方への曲がり目がある。さらにそこから、先程の半分の距離で行き止まりになっていた。角から先の部分の東側では何かしらの建設作業が行われていて、仮囲いが立っている。通用口がついていないので、関係者は別の所から出入りしているのだろう。それとフェンスを除いた、道の壁はすべて滑らかな塀である。高さは、塀が二・五メートル、工事の仕切りがその倍ほどあり、わりと圧迫感があった。
 トラックはボトルカーで、フェンスから数十センチ離れたところへ仮囲いに背中をつけるようにして置かれた自動販売機へ、飲料缶を補充しに来たようだった。その作業を眺めていると、先程教室に行った新が戻ってきて、クラスメイトをかき分け担任のところに向かったのが目に入った。
「先生。鍵、返します。それと、すみませんがタイムカプセルに入れるものを変更してもいいですか。これにしたいんです」彼は家庭科の授業で作ったと思われる、巨大な旗を見せた。
「えっ。いや別にいいですけど。じゃあさっさと交換してください。移動中なんで、穴に着いてからお願いします。進みながらでもいいのなら、今やっても構いませんが」
「分かりました」と言い、新はフタを開けた。そしてカプセルの中に手を突っ込み、粘土像を捜し始める。その直後、後方で誰かが担任を呼び止めた。振り返ると、学年主任の教師がひどく慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「何やってるんですか先生! もうクラス写真の順番が来ていますよ! 早く撮影場所へ!」
「えっ本当ですか! てっきりまだまだ余裕があるものと……すみませんすぐ向かいます」担任は重人たちを見渡した。「皆さん、すみませんが今からクラス写真を撮りに行きます」
「台車はどうしましょうか」と副担任。
「ええと、仕方ありません、この場に置いておきましょう。ここまで来れば着いたも同然ですし」
 担任たちはクラスを率いて、あと半分で角に着くというところまで運んだ台車を離れ、撮影場所に向かい始めた。重人も行こうとしたが、まだ新がカプセルに手を入れてごそごそとやっているのを見て、彼の元に向かった。
「おい。まだかよ」
「ちょっと待って……あっ、あったあった。よっと」彼はそう呟いて粘土像を取り出すと、代わりに旗を入れた。覗いてみると、それは底から二十センチほどの高さのところで、中にあるものを覆い尽くしていた。
 その後新は、「悪かったね。もう大丈夫だから。行こう」と言ってフタを乱暴に閉めると、すぐさまクラスの後を追い始めた。一緒に走りかけたが、石につまずいてしまい、思わず地面に手をついた。立ち上がると、ポケットに財布と一緒に入っていたハンカチを、目を遣ることなく引っ張り出し、手を拭いてから戻した。
 彼に追いつくと、並走しながら訊いた。「何で旗に変えたんだ」
「あっちは軽いけど、像よりはるかにかさ張るから。持って帰るのがより面倒だと判断したんだ」
 目的地に到着し、クラス写真を撮る。それが終わると、今度は卒業式の始まる時刻が迫っていると言われた。そのため体育館へ向かい、出席した。校歌斉唱や、証書授与などをこなしていく。
 そして校長の祝辞を聞いている最中、新が先生に許可を取り、式を抜けたのを見た。
(いったい、どうしたんだろう?)少し気にはなったが、しばらくすればたちまち興味が失せてしまった。
 そのままパイプ椅子に座り続けていると、ポケットに入れていたはずの財布がなくなっていることに気づいた。カプセルのそばでつまずいて、ハンカチを引っ張り出した時に落としたに違いなかった。
(どうしよう……今すぐ取りに行くか? それとも、どうせここ以外校地は無人で、誰にも盗られないだろうから、途中で席を立つような目立つ真似はせず、閉幕してから向かうか?)
 色々と考えた結果、今すぐ取りに行くことにした。担任の承諾を得ると、体育館を抜け校庭に出て、学舎の裏に入るため敷地の北西に向かう。
 幸い、到着してすぐ、台車近くに落ちている財布を発見できた。重人はそれをポケットにしまい、式に戻ろうとして振り返った。すると、体育館から走ってきたらしい新が、校舎の角の近くにいるのが見えた。
 重人は彼に尋ねようとした。「どうし──」
「ちくしょう。あのガキ。追いつめたと。くそ」
 言葉を遮り、そんな怒声が左方から聞こえてきた。思わずそちらに目を向ける。
 安っぽい服装をした、不良らしき中学生くらいの男子が道路に立っていた。しばらくの間、弁償だの何が徹夜だだのと呟きながら、いらついた様子できょろきょろと辺りを見回す。そして、自動販売機の右隣に置かれている、高さがそいつの腹近くまであるゴミ箱を蹴りつけて倒し、フタを転げさせた。
 重人は思わず眉を顰めた。彼はさらに、握っていた白い帽子を側溝に叩きこんだ。鈍い水音が鳴り、茶色く濁ったしぶきが散った。その後十字路に戻ると、校地に沿わずに伸びる二つの通りそれぞれの先を睨みつけてから、いかにも憤然とした体でフェンスに並行する西の道路を歩き去った。
「勿体ないね、あの帽子。確か限定品だったはずけど」一緒にその光景を眺めていた新が呟いた。「それにしても、どうしたんだろう?」
「さあね。今日は平日だってのに、こんなところにいるなんて、学校をさぼったのかな。春休みに入っているのかもしれないが。っていうか、お前はどうしてここに?」
「ああ、トイレから出てきたら、君が険しい顔でこっちに走っていくのが見えたから、何かあったのかなあって。式に戻っても、退屈なだけだからさ」
「ここで落とし物をしてしまったことに気づいて、急いで取りに来たんだよ。大丈夫だ、もう拾ったから」
「そう」新はカプセルに目を向けた。「それにしても、でかいよねえ」近づき、掛け金を弄び始めた。
「何やってんだよ。遊んでいる場合じゃないぞ。早く式に戻ろう」
「分かったよ」新は金属棒を上げたままにして、カプセルを離れた。
 重人たちは急いで体育館に帰った。それからは、特に何事もなくプログラムをこなしていった。
 一時間ほど経過したところで、卒業式は終わった。外に出ると、担任はクラスを率いて、教室には戻らずカプセルを埋めに行った。台車に到着すると、副担任が棒を下ろして金具で固定し、ハンドルを掴んで押し始める。
 角を曲がり、穴のそばまで来た。ふだんこの辺りには、近くの工事の騒音が鳴り響いていてひどくうるさい。しかし委員たちは、それの今日の分が始まる前に作業を終えられるように工夫して企画したため、今はとても静かだ。
 副担任がカプセルを持ち上げ、台車から降ろした。そしてそのまま、担任の「衝撃で中のものが壊れないよう、そっと入れてください」という指示に従って、穴の中に収めた。作業後、彼はひどく荒げた呼吸を整えていた。
 次に委員たちが、近くへ積んでおいた、掘った時に出た土を戻してそれを埋めた。その後は、先生がこの企画についての様々な事項を全員に確認してから、クラスを率いて教室に向かい始めた。
「俺たちが六十歳になったら、かあ」重人はぼそりと呟いた。「わりと、いやけっこう遠いよな」
「何せ、今から四十二年後だからね」

タイムカプセル(解答編) ©薪稲 吟太

執筆の狙い

諸事情により、解答編の投稿が、予告した日より遅れてしまい、すみません。

解答編の後に問題編を再掲しています。

いちおう、問題編で描写された物事から、解答編で新が披露した推理が導けるようになっているはずです。
最初は「解決編」と題しようと思ったのですが、「よく考えたらこれ特に何かを『解決』しているわけではないな……」と思ったため、「解答編」にしました。

オチは、軽いリドル・ストーリーを意識しました。
私としては、当初、「一分の隙もない、完璧な推理を登場人物たちに披露させよう!」と考えていたのですが、どうしても、最後のほうの重人のように、その気になれば、いちゃもんレベルでいくらでもその推理を否定することができるため、「ならばいっそ、新の推理を認めたくない重人に、悪あがきの否定として言わせよう」と思いました。それでオチも、「新の推理のほうが筋が通っているが、ひょっとすると、重人が悪あがきで言っていることのほうが正しいかもしれない」というようなものにしました。

よろしくお願いします。

薪稲 吟太

121.102.4.130

感想と意見

かわむら信号機

拝読いたしました。

事故?事故なの??完全犯罪じゃなくて事件でもなくて、偶然に偶然が重なった奇跡の事故で終わらすの??ってのが正直な感想です。
勝手に犯罪だと思った私がミスリードにまんまと引っかかったと…ちがーう!!これダメな終わり方ですきっと。
作者さんも整合性、緻密さに欠ける自覚があるからこそ、重人に反論させたのではないですか??

読者としては、像がぶっ壊れるほどガキの頭を殴って眠らせて旗で覆い隠す。だから両方とも必要だった。だから途中で交換した。壊れた像は工事現場の土砂の中に紛れ込ませる。
このガキは実は、担任が不倫相手との間で生まれた子で目障りになって、それを新が勘付いて悪魔の計画を持ちかけた、みたいなの期待します。してました。

なんか残念な気になりましたよ。では。

2017-01-11 07:03

153.200.171.8

よっち

早速読ませて頂きました。

ポイントのひとつである、中で寝てしまったという部分は予想できなかった。
だから、工事は中断中でないといけなかったんですね。

新は中に隠れていることを確信していて、鍵を上げたままにしてあげたと思っていました。(新は鍵の特性を知らなかった)
チラリと見た帽子を限定品だと言い切った部分で、それ以前に逃げ回る子供を間近に見ていているのだと推測。
鍵を上げるだけにして、その場を立ち去ったのは、子供への気遣い、あるいは重人もいたから。
実は、重人は近所の子供達から恐れられる存在で、後でこっそりと出られるようにしてあげた。くらいまでいくのかなと想像していました。

2017-01-11 08:02

106.139.3.124

薪稲 吟太

かわむら信号機 様

ご感想、ありがとうございます。

そうですね、結局は事故だったわけですが……正直に申し上げますと、事故じゃ駄目ですかね?
いちおう、推理の筋は通っているつもりですし……整合性、緻密さも、自信があります。
私一個人としては、推理小説の類いを呼んでいて、「事件だと思われていたが、実は事故だった」のような展開を目にしても、そのことを突き止めた推理がきちんとしたものであれば、不満に思うこともなく受け入れていたので、特に違和感なく本小説を書いたのですが……。

2017-01-12 01:03

121.102.4.130

薪稲 吟太

よっち 様

ご感想、ありがとうございます。

>ポイントのひとつである、中で寝てしまったという部分は予想できなかった。
>だから、工事は中断中でないといけなかったんですね。

そうなんです! 工事中だと、たとえタイムカプセルの中に入っていても、騒音がうるさいでしょうからね。
まあ、「徹夜での疲労が凄まじく、うるさい中でも眠ってしまった」とする手もありましたが。

>チラリと見た帽子を限定品だと言い切った部分で、それ以前に逃げ回る子供を間近に見ていているのだと推測。

たしかに、「チラリと見た帽子を限定品だと言い切った」というのは、新にとって多少ご都合主義的だったかもしれません。

2017-01-12 01:09

121.102.4.130

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