作家でごはん!伝言板

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つれづれさん

今晩屋

 私は原始的なものと思っているんです。

 もし、日本人にあるアメリカの基地が中韓だったら。酒に酔い、少女をレイプして、基地に逃げ込めば日本は裁けない。
 国中を挙げて騒ぐと思いますよ。
 同じような顔した背格好の同人種だからです。
 ただそれだけなんです。

 それが終わりの無い政治手法だと私は思っています。
 

今晩屋

追記です

そうげん

つれづれさまへ

ちょうどメモしながらこの本を読んでいたんです。
そこに、台湾の繁体字のことが話題に出たので、
ちょうどこの本、2015年に出た本なのに正字体で書かれているから、
手間取りながらテキストで気になるセンテンスを打ち込んでたこともあり、
部分だけ引用して、正字体ってこういうのですね、って出したんです。

そしたら、中韓への言及の流れになったんで、書写しておいた後半部も出しました。

今回、この本の概要を出したのは、

つれづれさまの

>それさ、「戦後に失ったもの」なんて大歴史的な話というより、そうげんさんの言葉みたい。
>西洋への憧れ、とくにアメリカへの憧れは、私が子どもの頃にも確かにあったよ。
>バブル、それが終わったあとの90年代にもあって。

「戦後に失ったもの」ということからいまはないものを考えると、ただの後悔へと陥っていく気がします。

ただ、ひたすら隣国を叩くことばかりに見える人たちも、
なんにでも反対反対とだけ口をそろえて集まる人も、
どちらも、ひとりひとり、いろんな資料を観ながら、
これはどうだったんだろう、あれはどうだったんだろう、って
検討した結果の行動なのか? と思うのと、
小説を書いていればわかるだろうけど、思うことを思う通りにやっていけば
みんなそれぞれ小説を書いていても、その取り組みも違えば
考え方も異なる。なのに、簡単に数千人規模で同じメンバーで
いつも異なるテーマでも反対反対っていえるのって、なんだろう、
と思うのですね。

むしろ、相反する両者も、ホントはどうなんだろうかと、
互いに考え抜いた結果顔を合わせれば、
毎回毎回衝突なんてのも見事なもので、
でも、そういう人たちも含みこんでいまの日本ってあるんだよね

と思うと、そういう構造ひっくるめて、大きくとらえたいと思って、
あれこれさまようのです。

わたしは、そうですね、
国民の生命を守るためになにができるか、と考えて行動している方々の
日々の取り組みには応援したいと思ってます。

ただ、それが本当に望みに近い結果が得られるのか、
と疑いながら、それもひっくるめて、
なんらかの書き物の形に落とし込みたいという希望だけがあって、

それがいまは小説なのかどうかもよくわからない。
ただ、物事を反対する人の、その反対する根拠の根っこを探ろうとすると、
歴史の流れもかんがえにいれなければならなくなるとそういう思いがあります。




地元の神社はけっこう参詣、参拝しています。
お願い、ではなく、お祈り、ですね。

お寺は家が浄土真宗、一時、真言宗のお寺で、
いろいろな法要の聴衆にも加わらせていただきました。

また、かなりまえ、フランスでは、
土日休みに、いくつかの教会に入らせてもらって、
そのなかの空気感(?)、
リヨン、マルセイユ、パリ、ブザンソン、ディジョン、
モンサンミシェル、ドイツのケルンなど、
こういうものなのか、と雰囲気だけ味わってきました。

宗教的なものは偏見はないようにしたいです。
ただ、それに熱心な人と、無関心な人の間に立ったとき、
どのようにパイプをつなげることができるんだろうか、とは思います。


2017年灌仏会にあたり教皇庁諸宗教対話評議会から 日本の仏教信者の皆様あてのメッセージ
https://www.cbcj.catholic.jp/2017/04/08/13700/

こういった宗教理念の違いもありながら、
交流ができるのはすばらしいことだとは思ってます。

そうげん

そうげんさん

つれづれ

小川さんという人の批評文集から取り出してきた、と。その構成をみせるということは、ある方の系統樹を教えてくれたということになるのでしょうかね? それとも、反対する双方なんだか?
そうげんさんが一致点を探るというのを面白く感じているのか、一致点なんてないと言いたいのか。
文脈読めなくて。

ただ、そうげんさんの方は、
>>どうすればよりよい社会が形作れるか、
なのでしょうね。
悪者という慈愛ある側とは相反する?

つれづれ

今晩屋さん 文化の違い

つれづれ

>>中韓は要求するな。何故だと思う?
中国や韓国ではエリートになるために積極的なコミュニケーションを必要としていたから。
中国や韓国には科挙制度があって、官僚志望の若者を中央に集めてから地元以外の地方で勤めさせていたと習ったけれど。
故郷以外で、他人に指揮を取れるだけのコミュニケーション力が高い人が出世し、それ以外の若者は夢半ばに数年の勤務ののちに帰郷するか散っていった。
こうなると中央からきた役人はコミュニケーション力が高い人しか残らない。龍のように摩擦を起こさない型もあれば、中央に言いつけをして取り潰しをすることで評価をあげる型もあるし、中国などは土地が広いので反乱分子を取り込む鳥型もいたりしたのかもしれない。
一方、日本は参勤交代制度で科挙制度は取り入れられなかった。すると、治めるのは自分の土地で、人質として二年間中央に囲われることにもなる。武士は元来気性が荒く、商売気がある人もいたけれど、徐々に中央で問題を起こさない人が適応していく。つまり何も言わず、目立たず、ただ参加したことが分かるだけで 、命令に従うのは早い人がいつの間にか名士となっていく。この間に、読み書きの言語能力は役人として高まる一方、発話は型どおりに話すだけになり、議論など国を守る奥さんがたや庶民のものになり、エリートであるほど関係ないものになっていく。
中国や韓国でも発話せず目立たずのタイプの人がいるけれど、彼らは使用人や有益な人材の一種であり、エリートは弁論に長けていく。だから自分の感情を伝えるのなんて初歩的なこと、なのかもしれない。庶民はエリートを真似るものなので底上げがある。
さて、私は一般の小学生より弁論の能力がないのかもしれない。

アフリカについてはよく分からないや。伝統的に裁判などなく決闘で解決してきた、なんてアフリカへの悪しきイメージで。
聖書の時代には弁論を競っていたようだし、イスラム教徒のラビとか、聖書を六法全書のように扱う法律家みたいな面があるらしいし。

つれづれ

つれづれさまへ

そうげん

つれづれさまへ

この小川さんの本は、

江藤淳『忘れられたことと忘れさせられたこと』、安岡正篤、川端康成の戦中日記、江藤淳『漱石とその時代』、勝海舟『氷川清話』、司馬遷『史記』列伝、

石村利勝君の詩、ルソー『告白』、ドストエフスキー『死の家の記録』、ビルゲイツ、カラヤンとフルトヴェングラーの第九、音楽と政治、ティレーマンのブルックナー第八、ボストン美術館を見る

平野啓一郎『結界』、川端康成『古都』、水村美苗『日本語が亡びるとき』熟読、


架空の鼎談――
霊会鼎談――天上の序曲「もう何も言わぬ」の後に
小林秀雄、福田恒存、三島由紀夫

といった批評文集の構成になっています。


たぶん、とにかく歴史を振り返るといえばいつもまわりは太平洋戦争の前後から戦後のはなしばかりですけど、この書籍の一連の書き物は、はじまりから、万葉や、源氏物語などからの流れで語られるものですから、かなり視界を広くしていかなければならないようです。


反対する双方の意見が取り入れられる一致点ってどこなんだろう、
って、それを考えてみたい希望と、この著者の冒頭の言葉、
誰かを悪者にすることが狙いでなく、どうすればよりよい社会が形作れるか、
という方向に動こうとする力があるような文章だと思ってよんでます。

そうげん

引用に対しての、メモ書き

そうげん

引用のみだと、引用とはならない。
また、分量に対して、引用が従で、メモ書きが主といえるバランスではないものの、
とりあえず、わたし自身、この文章を読んだときに記したコメントをだして、
自分の意見としておきます。

(そこにあいまいさ、を観る人はいるだろうけれど、
この書き方がいまは自分に添った形です。)



一方に与し、他方を斥けることで、書きものの価値を高めよう、評価の数を募ろうとすることの「さもしさ」に無感覚になりつつあった自分の恥ずかしさを意識させられた。



>「他者」の強烈な洗禮を通じて自己に戾る

他者を受け入れる代わりに自己を放棄したのが終戦後の代表的日本人という気はしている。
おもえば、学校で近現代をほとんど扱わないことに非難の声が上がるものの、
信仰における御託宣のようにメディアの近現代史観をそのまま受け入れるほどの素直さも持ち合わせないゆえ、
あらためてことの理解に必要な材料が揃うまではわからない物をわからないままに置いておいて正解だったといまでは思う。

どのような理不尽や絶望のなかへと叩きこまれようと、
その心に祖国のすがたが在ればこそ、苛烈な困苦の渦中にも光を失わずにすむものだ。
祖国の喪失は、おのずと人を根無し草の立場――漂泊の民として生きていかざるを得ぬ立場へと追いやってしまうだろう。

そうげん

今晩屋さん

つれづれ

そんな、ストレートにど真ん中投げ込まないでくださいよ。
確かに私の真ん中は空っぽ、見どころがない、とね。賛成します。
たださ、そちらの「戦争状態になったら自己防衛するだろ!」なんて暴力沙汰を繰り返して自らの傷を再現して、殴られて凹む人は見込みなしにして、たまらず叩き返す人をひきあげて「ほらほら、おまえも、やっぱり! 仲間!」なんて、うんざり。
自己弁護に付き合わされているみたい。うんざり。
とにかく、うんざり。

つれづれ

そうげんさん

つれづれ

それさ、「戦後に失ったもの」なんて大歴史的な話というより、そうげんさんの言葉みたい。
西洋への憧れ、とくにアメリカへの憧れは、私が子どもの頃にも確かにあったよ。
バブル、それが終わったあとの90年代にもあって。
装う当事者は劣等感などどこ吹く風でただ楽しんでいただけに違いないのだけれど、ヤマンバ嬢など顔を黒く塗っていた人たちの根底にあるのは「白人を目指すのは気恥ずかしいし無理だから、こちらなら私たちでも」ってね。
もちろん、こんな言い方は問題だけど、心の内側ではね、階級の低いほうならイケると考え真似た、やな言い方。

さて。
だから、超大国が意識から薄らいだのは00年代くらいからで、日本の普遍的な精神構造なんて幅の広い話っぽくはないさ。

ただまあ。左派がまだ多かった時代の日本大好きは、アメリカ礼讃でアジア的な日本を毛嫌い、な状態から距離を図るための避難所であった、とかね。今何だかそんな気がした。

つれづれ

八月の鯨さん

つれづれ

私、その場にいなくて良かったな。
タリーズのコーヒーなら飲みたいけど。
タリーズ、数年来行ってないな。

つれづれ

引用続きです。

そうげん

すみません、キリが悪いところできってました。

しかし、今、私が日本の國體の中核と考へるものは、さういふこととは違ふ。ここまで見てきたやうに、政治的勝敗に關する知識やイデオロギーでは決して取り戾せないものこそが、日本の核だとするならば、私達が失つたまま、今なほ取り戾せてゐないのは、萬葉人達が確かに持つてゐた、歐米へのひりつくやうな強烈な憧れと情熱と、一方でそれを否定する、内側から込み上げる日本人としての情念そのものではないか。これらの豐富で、巨大で、純粹な感情をこそ、我々は失つてしまつたのではないのか。
一言で言へば、日本人を支へてきたものは古代における支那、近代におけるヨーロッパといふ、巨大な普遍性の脅威と魅力としての「他者」への、鋭敏な感覺であつた。「他者」の強烈な洗禮を通じて自己に戾る――このゲーテ的な世界認識の方法を古來繰り返してきたことこそが、日本文明の強さであり、美の源泉だつた。
日本人が戰後七十年、つひに相深く喪ふに至つたのは、この憧れるべき他者と戾るべき自己のバネそのものではないか。江藤淳のいふ「忘れたことと忘れさせられたこと」によつて、我々は政治的勝利の可能性を奪はれたのではない。事實、戰後の日本は經濟大國であり續けたし、今の安倍晉三首による新外交は、この經濟力に政治家の指導力が加はれば、我が國は政治大國でもあり得ることを證明してゐる。寧ろ、我々が、戰後の記憶の改變によつて、より根深く喪つたのは、嘆きの歌を歌ふ我々の民族的な情操の方ではなかつたか。
強烈な他者經驗、魂を奪はれるやうな痛切な憧れと、自己の貧しさの自覺が、日本人を苛み續けた。又、支那や西洋を「普遍性」と見做し、日本の特殊性や後進性を自嘲する文化屬國主義的な卑屈さを生み出した。なるほど嫌な根性かもしれぬ。が、不思議なことに、日本の歷史を通覽すると、實はその貧しさの自覺の樣々な變奏を通じて、我々日本人は自己の豐かさを育んできた。いはばさうした逆説の振り幅こそが「日本」だつたのである。ところが、今やその振り幅や陰影そのものが、極端な程、日本人から喪はれてゐる。……
page 9 - page 11 戰後七十年目の國體論 - 小林秀雄の後の二十一章 / 小川榮太郞

そうげん