作家でごはん!伝言板

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そうなんだー

匿名貴坊

noneさんってとても読みが深いですね。
尊敬します。

私は昼ドラにしたら面白そうだなって思いました。
庭師も結構インテリでしたね。
やはり高尚な文学に出て来る人物はみな高尚ですね。

ベニスに死すは映画よりも小説の方が作者の思想をじっくり文字で追えたので、
そういう意味では小説の方が内容を楽しめましたが、
今見ると映像も音楽も綺麗なのでもう一度見たくなりました。

noneさんの素晴らしい解説のおかげで素晴らしい作品をもう一度じっくり見たい気持ちになれました。
どうもありがとうございました。

匿名貴坊

伝言

none

別に好きじゃないけど、トーマスマンは「魔の山」を読みはじめたところで。まだ冒頭だから特に感想もなくて。「ベニスに死す」なら読んだけれど映画のほうが好きで。
ローレンスは『チャタレイ夫人の恋人』しか読んだことがなくて。だから意見求められても、よく知らないとしか言いようがないけれど。一冊分の感想なら。

「チャタレイ夫人の恋人」感想。
エッチなイメージがある書物だけど、性的な事柄よりは屋敷の敷地内にある森の描写が印象に残る。とても綺麗な描き方だったから。
メッセージは、たぶん、人工的なものへの懐疑、「理性」を重視することの非人間性、自然を愛そう…なんて私、単純な受け取りかたしかできなかったんだけど。
なんだか、その時代の人なら感じたに違いない捉え方ができなくて入り込みにくいかったな。
例えば「車椅子」に自然から逸脱しようとする人間の挑戦を見て、それが無様な結果になったから誤りを感じる場面があるのだけれど、私はそんな見方できないし。
下半身不随で妊娠させられない夫が「貴族同士なら浮気して良いよ」なんて許して浮気をすすめるんだけど、それについて人間性が欠如しているだなんて庶民の私には関係のない問題だし。
貴族階級の芸術家なら良くて、ガッチリした庭師が相手になると怒り出す、というのにはなかなかショックを受けたりしたんだけどね。
それから問題視されたセックス描写だけど扇情的なところがないの。いかにも実際の、愛があるノーマルのそれで。両方一緒にいくのが三回に一回くらいで、今回のはどうのと話したりしてるのがリアル感じたりして。でも、反省いれながらも概ね楽しんでやってるとことかリアルで。それから、重要ポイントだろうけど、そのセックス、なんともノーマルなんですよ。「自然」というテーマに合わせてるかも。

none

どなたか

匿名貴坊

トマスマンとロレンスの作品が好きな方いらっしゃいますか?

匿名貴坊

私は

匿名貴坊

トマスマンとロレンスの作品が好きです。

匿名貴坊

でた!五月の自分から当てに行く反撃

none

ん? 書いといて意味わからんな。えーつまり喩えると、服の下に剣山仕込んで街中でタックルするかの様な……あかんナシで。
それはそうと、アフリカさんよ、
もうかなり埋もれてるけどその掌編? #しらないひと
憎しみが先走って、ほとんど妄想で構築してるじゃないか。
そんな行為を作品の形にし始めたら、おまえの場合、終わるぞー
嫌味や悪態は文学「臭」とは愛称いいけど臭止まりになるぞ。五月やでしょみたいに。
馴れ合いも必ずしも悪い事じゃないが、おまえは少なくとももう一段上に行けるだろ。
「匿名の匿名」論も、そろそろ自分で恥ずかしー!なってると思って突っ込まないでおいてやったのに。頭冷やせ。
先ずはその、名無し野郎にお前なんていわれる筋合いねーんだよっ っていう気持ちをデリートしてみ

none

それはさて置いて

五月公英

反応してくださった皆様、ありがとうございました。
このあたりで、ご容赦を。

それはさておき、
以前グダグダになってしまったので、改めまして……。

聞くところによると、<小説家は登場人物のスタイリストも務めなければならないから大変>なのだそうです。
ところが……服装は、スマホやSNSと並ぶ、あるいはそれ以上に時代をうつす重要なファクターなのに、小説の書き方的なサイトに解説がない、ない、具体的なことがどこにも書かれていない。
不思議です。


プロの作品を含め、たまに見かけるファッションアイテムのイタイ記述に、トレーナーやジーパンがあります。

トレーナー → スウェットシャツ
ジーパン → ジーンズ、デニム

この変換は容易いのですが……
ジャンパー → これが悩む。普段使わない言葉だし、アウターだとアバウト過ぎるし。 スウィングトップ? ブルゾン?
(コーデのバランスを考慮したうえで)M65風でオリーブのミリタリージャケット、グレーのスウェットパンツ、白いレギュラーカラーシャツ等、今の言葉で具体的に記したほうがイメージしやすいと思うのですが、いかがでしょう? 

一人称の場合、キャラの年齢や性別、趣味、生活習慣によっても、リュック → バックパック、ベスト → ジレ等、各アイテムの呼び方が違ってきます。
また、二年前まではスキニーパンツがメインボトムだったのに去年の春頃から極端にワイド化したりと、シルエットじたいがガラッと変わることもあるから、ボンヤリしていると恥をかいたりします。
メイクやヘアスタイルについても同様。

で、いままで無関心だった人はご注意を。
ファッションサイトや雑誌の記事を読み込むのはいいのですが、<基本は教えずに流行を追わせる>といったアパレル業界の戦略を知らずにステマ記事を鵜呑みにしてイタイことに……といった例もあるので。(例えば、大学デビューしたての勘違い男子みたいな)

ちなみに、上記の重要性を認識していない人にこの件をふると逆恨みされかねません。重ね重ねご注意を。

五月公英

コミュ障の恋

匿名貴坊

ある片思いの記憶が私の頭の中にこびりついていて、
日々苦しめる。
それも執着なんだろうか。
その片思いについて何ら行動に移せなかった自分を責める声がして、
私はノイローゼ寸前になっていた。
しかし、相手は私を警戒したり迷惑がっている様子だったし。
脈がないなと思わせるような感じだった。
たまにからかうような感じなんだけど、落とし穴を用意していて自分をそこに落として面白がっているんじゃないかという気がして。
被害妄想なのだろうか?
私の最大の弱点はコミュニケーション能力の欠如だった。
まずたいていの場合会話が続かない。
沈黙を恐れてよけい何も言えなくなるタイプなんだ。
その時点で人を好きになる資格がなかった。
だが、好きになってしまった。
しかし、孤独を感じるほど思いがつのり、思いがつのるほど孤独が深まった。
相手は私の感情に気付いているのか、さりげなく私の前に現れた。
しかし、最初から実らない恋だということを思い知らされるだけだった。
野良猫にいたぶられるネズミのような気分だった。
だいたいそういう場合はいたぶられたあげく最後には殺されるんだろう?
そう考えると、死ぬまでその遊びに付き合っているわけにもいかなかったし。
やはりこういう幻影のようなものは、
深入りする前に自分から身を引くべきなんだろうか。

匿名貴坊

そうげんさんへ

匿名貴坊

愛には罠がひそんでいるから、
こわいから、
私は愛には近寄らず、
文学とサブカルチャーだけにしがみついて生きて行こうと思う。
でも、それを貫こうとすると、邪魔が入る気がする。
誰かを好きになったり愛し合ったりするのが当然とでも言うかのごとく、
私にもそうさせようとする圧力がかかりそうで怖い。
一言でいえば放っておいてほしいってことなんだけど、
世の中の人って、他人が誰かを好きにならないと許せないっていう人もいるんでしょうか?
たとえば私が別に好きな人いないって言うと、
何とかして好きになれる相手を見つけなければいけないみたいな圧力みたいなのをかけてくる感じがします。
そういうのって何かすごく怖いんです。
別に一人でいたい時期が長く続いたってそんなの私の勝手じゃないでしょうか?
人の生き方に干渉したり圧力かけてくる人々が怖いです。

匿名貴坊

匿名さんへ

そうげん

恋は罪悪、は、
たぶん、恋は執着で、自身のエゴイズムで、
所有欲で、盲目の状態に陥らせ、冷静さを欠き、
といったことで、自分も相手もどのようになってしまうかわからないところがあるのかとは思います。

ちなみに、たぶん、
愛という言葉から人が受けとる本来の意味合いでの、
仏教的な言葉だと、

たぶん、「慈悲」、
あるいは「大慈大悲」、なんでしょうね。

でも、恋にのみこまれる人生もまた、
ありといえばありなのかな、と。

「良心の呵責」ということば、
自分に言い聞かせるその言葉は、
実はただの偽善ではないかとか、
言い訳じゃないかとか、
でも、作品の人物を通じて、
身につまされるものも多いですね。

そうげん

そうげんさんへ

匿名貴坊

とても分かりやすい解説ありがとうございます。
ご紹介された宗教的な愛は、精神的に救われる愛のような気がしますから実践できれば苦しまないと思います。
だから、先生が陥った恋はそれとは違う気がします。
エゴイズムの愛というのでしょうか。
でも、女を奪って勝ちで終わりにならずに、
そこから苦しみが始まったんですね。
生物界では力づくでメスを奪うものでしょうが、
先生の場合はそこに罪悪感が生まれたんですね。
恋で勝ち組なのにそんな自分を責める自分がいたんでしょうね。
それは高い倫理観から来るものでしょうね。
倫理がなければ苦しまなかったのでしょうね。
これは難しい問題ですね。
先生のように徳の高い人が卑怯なやり方で女をものにして、
しかもずっと友人の死を踏み台にして表面上幸福な日々を送っているという、
こういうのは耐えがたいものがあったのではないかと思うのですが、
それでもそんな生活を長い間続けて来たというのが何かすごい話だなと思いました。
奥さんが何も気付いていないのがせめてもの救いという気がしましたが。
奥さんが幸福に生きくれるなら、友人も浮かばれるでしょうか?
いろいろと考えさせられますね。

匿名貴坊