作家でごはん!伝言板

接ぎ木

そうげん

トップ当選を果たすために必要な作品の価値を決定する要素が、参加作品すべてで同じ機軸であり、それのみで判断されてると思ってるのは誤りではないかとわたしなんかは思う。

傾向と対策といって、前回の公募上位作を読むことはあっても、同じ課題だったからといって、自作に向けた言葉と、他者に向けられた言葉を、そのまま審査員自身の公正な目から見た評価だと思ったなら、それって人を見ていますか? といいたいです。もしかしたら言葉にたぶらかされやすい人なのかと疑いたくなる。

というのも、同じテーマで書いていたとしても、見たくない物を見せられたら、どんなにほかの評者がいいと思っていても、自分の審美眼に自信があれば、なんとしても認めるわけにはいかないといいますよ、プロでしたら。でも同じ職業の人物が出る作品でも、書く人が変われば評価も変わる。こいつが描くと気にくわんけど、こいつが描くとなんか読めてしまうわ、ってあるでしょうし。

当然、一人の応募者に向けてある短評があったとして、他のある応募者に向けてもその言葉がその字面通りに有効かといえば、おそらくそれは有効ではないと思う。たとえパブリックな媒体にのせられていても、やはり一番に伝えるべきは応募者個人であり、その彼なり彼女なりにもっともまっすぐに伝わるメッセージ、あるいは、かなりまわりくどく書いたとしても、その応募者に必要なメッセージがあると思う。

もちろん、第三者がそれを読んでいろんなことを思うのは自由だけど、引用の難しさは、そこにあるなと、引用をひびしまくってるわたしはよくそのことを思います。