作家でごはん!伝言板

私の恐怖体験。

五月公英。

 高校二年生の六月下旬、<人魂らしきもの>を見ました。
 部活が長引いたのか、学校のイベントでもあったのか、そのへんは定かではないのですが、なんらかの理由で遅くなり最寄駅の改札を出たのが午後七時ごろだったと思います。携帯で「いま駅。これから帰る」と自宅に連絡を入れたときに時間を確かめたので。
 けれども、すぐには帰らず、蒸し暑さにやられてロータリー奥の自販機横でしばらく缶コーヒーを飲んでいました。
 そこへ、特急列車がごぅごぅ。フェンスの向こう側、ホームを通過する際の轢音がいつになく頭の中心に響いてきて、なんだか首を縮めたくなるような悪寒を覚えます。と、稲光りがサッと青白く。闇に沈んでいた駅舎の淡い壁面を眼前に浮かび上がらせました。
 降雨を察した私はすぐさま缶を捨てて駐輪場へと走りました。
 マウンテンバイクにまたがるなり照度のたよりないライトを点灯させ、車の往来が途絶えた県道を西へ。
 道なりに行ってつきあたった田んぼの手前を左へ折れたらゆるやかな登り坂で、左右に茂った竹や松の臭いがむせかえるよう。
 ここからは町境いの深い森を貫く二車線でして、路肩に街灯が備わっていないばかりか黒々とした枝葉がもっさりとうなだれている有様で、暗がりの奥に生命感とは真逆の邪悪な気配。
 それでも他に道は無いし休んでなんかいられないから重いペダルをがむしゃらに回します。
 かつて、包茎を気に病んだ童貞が尿道に爪楊枝を刺して入水したらしい野池の畔を一気に駆け抜け、女芸人の霊が破れ窓から丸顔を突き出してはつまらないダジャレを連発してくるといわれる廃墟の横を息を殺してかすめ、異様に覇気のない僧侶の霊が貧相な局部を見せつけて卑猥な問答をしかけてくると伝えられる暗くうねった長い坂を歯を食いしばって上りきり、裸体に油を塗りたくったようなぬるりとした赤ら顔の爺さんに「切ない身の上話を聴かせてやるから休んでゆけ」ともちかけられるが、聴き入っても断ってもひりたてのクソを投げつけられると噂される峠をひいひいあえいで越え、ようやく下りにかかったところで脚を休めがてらちょいっと顔を上げると――。
 進行方向の十メートル先、路上から三メートルほどの高所をテニスボール大の薄紫に光るものがただよっています。右から左へと細い尾を引いてふわりふわり。
 上りの間中わけの分らぬ伝承の恐怖を散らそうと日頃おかずにしていたAV女優のハードな交尾シーンをすがる思いで脳内再生し続け、勃起したまま、ようやく難を逃れたとほっとしかけたとたんにこんなのを目撃したものですから、不意打ちをくらって大錯乱。悲鳴を上げる間もなくぐわっと仰け反ったはずみにバランスをくずして後ろ向きに落車。それから、どういった加減か、アスファルトに尾てい骨と後頭部をひどく打ちつけた直後、パンツの中にドクドクと射精してしまいました。我が玉を疑うほど大量に。
 そんなことがあってから、パープルに光る球体を見かけると条件反射で……。冬場の朝日も天候と角度によっては危険ですから初日の出を拝んだこともありません。

おしまい。