・ジャンルにルールは必要?

葛西

僕はなんでも通用する小説として、SFやファンタジー、宇宙物や未知の異世界などを舞台にしたものを書いています。
SFやファンタジーって何でもOKでしょう。
しかし友人に見せたら、ご都合主義とか言われて ?です。
主人公が人間だったとしますよね、殺されそうになったら、実は主人公は人間ではなく神の使いだったということになり、いっぱつ大逆転。
強敵が出てきたら、実はこの場所は主人公の守護霊が集まる場所で、主人公の頭の世界だったと突然切り替えて大逆転勝利!
そういうどんでん返しで締めくくるのが得意なのです。
だってSFですよ。ルールなんてないでしょう。
地球人だった主人公が宇宙人の侵略者と戦っていて、地球が危なくなったら主人公はこの宇宙を作った神の血を引くもので、宇宙人が誕生するのを許さないようにして侵略してきた宇宙人を全滅させる。とか、ファンタジーやSFって何でもありだと思うんですよ。
でも僕の作品はかなり面白くないみたいなんです、なんかルールとかって決めてる人います?
なんでもありだから何をしてもいいという考えで作品作ると駄目なんでしょうかね?
SFやファンタジーを書いている人の意見を聞かせてください。


旧もやし

 この問題は、SFもファンタジーも関係ありません。
 何でもOkというのは、どのジャンルでも、結局読者を獲得すれば、何でもOkだと思いますよ。
 SFだと、ピンチの時に、実は自分は神様だった……となるところ、ミステリーなら、最後に犯人を当てるところで、実は読者は知らないだろうが、彼は証拠を残していた云々……
 純文学などは、ストーリーよりもそれが何ってところが勝負どころなので、こういうのはあまり見ないです。
 つまり、ストーリーがご都合主義なだけです。
 ある意味、こういうストーリー運びもテクニックの一つです。読者を驚かせるとか、コントのオチ。
 ですけど、重要な要素を読者に隠しておいて、実は……と晒すのは、たいてい心象をずっと悪くします。
 抜き打ちテストや、ねずみ取りで、痛い目をして腹を立てる人と同じ理由です。裏切られたという事でしょうか。
 注意しなければいけないのは、読者がどう思うかです。
 詳しくは書きませんが、やるならもっと上手くやれってところです。


闇米

まず最初に。
『SFにもルールはあります』

おもしろい小説はどうやって書くか。それは私にもわかりませんが、おもしろくない要因というのはわかります。
その一つに、『ご都合主義』というのはあると思います。
小説を読むとき、きっと誰かに感情移入して読者は読み進めると思います。(ジャンルにもよりますが)主人公はたいてい、悩んだり苦しんだりします。
ある程度読み進めたとき、読者は自分も悩んだり苦しんだりする主人公に同調します(その逆という場合もありますが)。
自分のことのように思えてくる悩んだり苦しんだりしている主人公が、唐突に『自分が全く知らない方法で』逆境をくぐり抜けたとしたら、読者はどう思うと思いますか?
「今までの苦労はいったい何だったんだ?」と思いませんか?
「そんなこと俺は知らなかったぞ!」と怒り出してしまうかもしれません。
ただし、その方法が、伏線としてどこかに登場しているのなら、読者はもう一度読み直したときに、「そうだったのかー」とか思ったりします。
何もなければ、怒り出すかもしれません。なぜならば、主人公と一緒にその逆境をどうやって乗り越えるか考えているというのに、前の文章からは想像もつかない方法をつかわれると考えていた意味が無くなるからです。
『ご都合主義』的展開とはそういうものだと思います。

ちなみに、SFの場合はふつうのルールとは違いますがルールがあります。というのは、作者がルールを定めているのです。「これこれこういうテクノロジーがあるけど、こういうのはない世界なんだよ」と小説の中で語っているはずです。「定めたルールの中でいかにおもしろい話を展開させるか」というのがSF小説を書く上で重要なことだと私は思います。

ファンタジーも同様です。どのファンタジーもルールが設定されているはずです。

結論
「どんなルールを設定してもよいという意味ではSFやファンタジーは何でもありだが、それはルールがないのとは異なる」

以上、一介のSF書きの発言でした。


葛西

 グッ! 
いま皆さんの意見を見させていただきました。
僕はこの文章を書いたとき、「なんでもありだから何をしてもいいという考えで作品作ると駄目なんでしょうかね?」に対して、そんな事無いよ。僕は君を支持する。友達が間違っている。
そういう答えをある意味期待していました。
僕を支持してくれた上で、しかし、こういう方法を取るといいかもしれないという意見があるかと思いました。
しかし、けっこう皆さん僕の否定してますね。

闇米さん
ルールがあるんでは、純文学や時代劇みたいじゃないですか?
SFですよ。未来物ですよ。
ウルトラマンコスモスや機動戦士ガンダムシリーズなど、なんでもありじゃないですか。
アニメの犬夜叉とか映画スターウォーズとかもなんでもありじゃないですか。
それともそう見えてしまう僕が間違ってんのかな?


黒猫

すでに上がってる意見ですが、私も「面白ければ何をやってもいい」というのに同感です。社会的あるいは法的に問題がなければ、とかそーゆー制約はあるでしょうけど、やっぱり面白ければ何をやっても良いと思います。
もうコッテコテの御都合主義な展開でも、面白ければそれでいいんです。面白くなければ、いろんな不満が出ます。

およそあらゆるフィクション小説は、作者の意図による御都合で作られることに違いはないと思うのですが、それを読者に御都合主義と感じられるかどうかは技術やセンスの差が出るところでしょう。

たとえば、ただの小学生が学校の裏山で偶然にも謎の遺跡を発見し、そこで君は地球を救う勇者だと言われ、変身して合体して学校近隣を中心に巨大な悪と戦い続け毎回勝利する、という物語があったとします。御都合主義でしかないのですが、それが小説ではなくアニメーションで、主人公と巨大メカがすごく格好良かったら、私なら問題なく楽しめます。

小説では、絵的な格好良さ、BGMや効果音といったものは、期待しにくいです。では、どこで勝負すれば良いのでしょう。読者に、どんな魅力を提供できるでしょう。センスオブワンダーに満ち溢れたSFアイデアか、幻想世界に惹きこむファンタジックなイメージか。人間ドラマや重厚なテーマか。あるいは、御都合主義感を感じさせない臨場感のあるストーリー演出か。めいっぱい軽く明るいおちゃらけな展開というのも、読者にとってはたまらない魅力かもしれません。

読者から不満の声が上がるのには、それなりの理由があるはずです。


闇米

旧もやしさんや黒猫さんのおっしゃっている通り、私も「おもしろければ何をやってもいい」と思います。それはもちろんどのジャンルの小説にも言えることだと思います。

しかし、『ご都合主義』でおもしろいものを書くのはかなり難しいと私は思います。
ようは、ご都合主義でも何か光るものがあれば(アクションシーンが秀逸だとか)、おもしろければいいのですが、小説は字で勝負するのでかなりの技術が必要だと思います。

ご都合主義はある意味読者に対する裏切りなのですが、それがいい意味で裏切ればおもしろいのですが、たいていそれは悪い意味で読者を裏切ってしまいます。

私の言っている意味でのルールとは「読者から見えなくても作者がやっちゃいけないと心に決めていること」です。

犬夜叉のことはよくわかりませんが、スターウォーズでたとえばハンソロが逃げるところがありますよね(どこでどの作品だったかは忘れました)、そこで、簡単に逃げる技術があれば、すなわち、待ち時間なしで一瞬で移動できるようなワープ装置を宇宙船が備えていれば、簡単に帝国軍から逃げることができて一件落着です。しかし、あの世界ではいちいち何かの作業をしなければ(ハイパースペースに入るとか)、光速を越えられません。そういうのもルールだと思います。

ようは、読者が納得できるか否かということです。いくら荒唐無稽でも読者が納得できる展開なら誰も文句をいいません。ご都合主義が「安直な解決方法」に見えてしまっているならばその小説は読者に納得してもらえないかもしれません。

ちょっと例にしては変なものになってしまいました。犬夜叉もガンダムシリーズもスターウォーズも見たのがずいぶん前なので、うまいシーンを出せませんでいた。
私が言っているのはあくまでSF小説の話なので、映像作品の中から例を出すのはちょっと難しいですね。

あと、誰だって、小説を書く人は、書いた瞬間は「これはいけるんじゃないか」と思います。
書き上げて間もないときは正常な判断はできないものです。
作品をしばらく(細部を自分で忘れてしまうほどのあいだ)寝かして、それでも歴史的プロ作家と同じ出来だと思えるのなら、友人の見る目がないと考えてもいいかもしれません。(自分に自信がありすぎという可能性も否定できませんが)

あと、SF小説を書くのなら、映像作品ではなくてSF小説をたくさん読んで参考にしてみるといいですよ。

それと、蛇足みたいなものですが、SF=未来物と断定できるほどSFはほかのジャンルより浅くはないですよ。

以上、一介のSFマガジン愛読者の発言でした。


エアリー

私もファンタジーを書いているのですが大切なのは、「どれだけ上手い嘘がかけるか」
だと思っています。
精霊が守っていて大どんでんがえし! 全然良いとおもいます♪

ただそれが「作者が物語りを終わらす為」のみえみえな嘘ではしらけてしまうのです。なぜ精霊が出てきたか?その場でなくてはいけなかったのか?なぜもっと早くでてこなかったのか?どうして主役にのみ精霊がついているのか?どんな些細な疑問にも即座に答えられなければいけなくなります。そしてそこに「もしかしたらこういう事もあるかも」というリアリティがなければまたしらけてしまいます。

つまりルールは無いかもしれないし、あったとしても変えても良いと思います。けれどそれがいかに上手な「ウソ」かによって物語の面白さは左右されるのだ・・・と私は思っています。


アキタ

別にSFに限らず「何でもあり」は当然です。
しかし、「何でもあり」は「おもしろい」を裏付けするものではありません。
全く別次元の問題です。

問題は、葛西さんご自身は自作を面白いと思うのに対して、周りのお知り合いが面白いと言ってくれないことだと思います。
考えられる可能性としては、きつい表現で恐縮ですが、葛西さん自身のセンスの問題。もう一つは、読んでもらった読者のレベルの問題かと思います。

SFは、好き嫌いの分かれるジャンルですから、お知り合いがSFを好きなのかどうかがまず問題かと思います。SF的発想のない人や興味のない人にとってはどんな傑作も「わけわかんない」なるでしょう。
ってなことで、自作をHPで公開するなりして、「知り合い」ではなく「SF好き」
の人に読んでもらって意見を聞いてみるべきなのではないでしょうか。


竜太郎

 意識の面での問題と、技術的な問題があるように思います。

 まず、『SFやがファンタジーが何でも有り』なのは、書き手が何をやっても許される為では無く、読者に面白がってもらう為の舞台装置やシチュエーションを提供する為に存在するのです。
 書き手だけが喜ぶような小説は妄想小説であり、自慰小説です。

 それから、『ご都合主義』というのは、SFだろうと、別のジャンルだろうと全く関係がありません。
 例えば、『苦学生をやっている主人公は、友達の借金を背負わせれ、ヤクザに保険金詐欺で今にも殺されそうになった。その時……。主人公は実は財閥の御曹司で、本人も知らないところで、シティ・ハンターばりの凄腕のシークレットサービスがヤクザをやっつけてメデタシメデタシ』

 読者が納得しないものなら、例えそれが現実にあった事であっても、『ご都合主義』なのです。
 よく、言われている事に、「小説にとって大切なのは、リアル(現実)ではなくリアリティ(現実的)である」と言います。

 SFにおいては一つの空想を作品の中で確立する為に、数多くのリアリティを投入します。そうしなければ、読者は馴染む事が出来ず、その幻想世界を楽しむ事が出来なくなるからです。

 人に読んでもらって、面白いと思って言って貰いたいのであれば、それはエンターテイメントでなければなりません。

>なんでもありだから何をしてもいいという考えで作品作ると駄目なんでしょうかね?

 駄目ですね。

 『何を”してもいい”』ではなく、『面白く”しなければならない”』のです。

 面白くしようとする選択の結果、ご都合主義な展開になったとしても、それはそれで正解です。
 その意味においては、小説というのは何をやってもいいのです。
 (実際に面白くなったのかどうかは別にして……(^^;)

 ここまでが意識的な問題点。次に技術的な問題。

 発言を読む限りは、どうやらかなりお若いようですが、

>後から読んでも歴史的なプロ作家と同じくらいの出来だと思ってみてしまいます。
>しかし僕の周りの友人は誰一人として面白いといってくれません。

 作品の面白さが読者に伝わらないのは、嗜好が合わないということもあるでしょうが、根本的には小説を書く力が未熟であるからです。
(まあ、プロになれていない我々も、未熟ではあるのですが……(^^;)

 書き手は、その物語を頭の中で臨場感たっぷりにリアルに思い描きくことが出来ますが、読者側にとっては、文字を通じて文章でしか感じる事ができません。
 ここで、読者がその文章からシーンを思い描く事ができなければ、その文章は読んでいて辛いだけです。全然リアリティを感じないわけですね。
 リアリティを感じなければ、読み手はどんなにワクワクするような舞台装置があったとしても陳腐に見えるし、びっくりするような展開が待っていても、ご都合主義に見えるのです。

 それに、例えば、スターウォーズなどの場合、ストーリーから構成、効果、全てが面白くする為の『計算された何でもあり』です。
 どのタイミングで主人公が危機に陥り、どのタイミングで救出の手が入るか、全て考え抜かれて作られています。
 また、様々な兵器や小道具にいたるまで、アイディアを凝らせたものばかりです。

 主人公ルークは超能力「フォース」を得る為に特訓をします。特訓がキツければキツいほど、観客はルークがフォースを使って勝利するのを納得して貰えます。

 こうしたことは、小説を書く上でのジャンルを問わず、共通した手法です。


通りすがり

 SFとかファンタジーとか時代劇とか純文学とか関係なく、小説のルールを守っていれば大丈夫です。
 つまり論理的な文章であり、意思伝達が可能であるということ。
 おもしろいおもしろくないはその次でしょう。

 どういう意味で何でもありって使ってるのか分からないですが、個人的には純文学のほうがSFやファンタジーより何でもありじゃないかな。SFやファンタジーより純文学のほうが葛西さんには向いているかもしれませんよ。

 一度作品を赤の他人に読んでもらうのも確かにいいかもしれませんね。


MYMA

推測ですが、葛西さんは、きっと主人公を誰よりも(どの読者よりも)愛しているために、主人公を何者よりも強い存在であってほしいという気持ちが強いのではないかと思いました。
おそらく、読者が御都合主義と感じるのは、このためではないでしょうか。

『三国志演義』の中で、蜀の天才軍師である諸葛孔明が登場します。
彼は、まさに神業のごとく、次々と敵国の策略を見抜き、戦を勝利に導いていくのですが、ちょっとうまくいき過ぎじゃない? と、首をかしげてしまう訳です。これが熱狂的な孔明ファンならば、たまらない展開なのでしょうが……。

『アルスラーン戦記』のナルシスは、さらにひどい。全ての読者がそう感じるかどうかは別として、ある一登場人物を優秀にし過ぎると、その人物が優秀だと受け取るのを通り越し、周りが愚か過ぎると受け取ってしまうのではないでしょうか。そのために、御都合主義だと言われてしまう。

主人公がピンチ!→主人公は神の使いだから、一発逆転!
この構図が間違いだとは言いませんが、読者が面白くないというのは、主人公が、子どもを相手に相撲をとる大人のように映るためだと思います。私は、そう感じました。ゲームで例えると、RPGでコツコツとレベルをあげてラストボスまでたどりついたとたん、「主人公は、実は神の使いだったのだ!」というメッセージとともに、勝手にレベルが99にあげられるようなものでは?
えー、そんなのって無いよって思いません? ゲームだから、何でもありだろって言ってしまうこともできますが、面白く無いですよね。

物語の登場人物たちは、作者の子どものような存在なので、どうしてもひいき目で見てしまいがちなのは、私も同じです。でも、ちょっと突き放して、こいつは、こんな点が劣ってるなぁと思えることが大切なことだと、私は考えています。家の子は、何でもできる優秀な子ざますよと言っている親の子どもが、実際に優秀であることは、ほとんど無いでしょうね。
主人公をどこまで凡人にできるかということが、ある意味、作家の試練なのかもしれませんね。


辰田淳一

ファンタジー書きなのでちょっと参加。
「面白ければ何をしてもいい」というのは基本的に僕も同感ですが、好き勝手に書くのと「何でもあり」というのは違うと思うんですよ。
何でもありだから、逆にその内容についてはルールがないといけないと。
この辺は他の方が言われてますので、屋上屋を架すのは避けておきます。

あと、ジャンルにもよると思います。例えばギャグとかコメディを中心とした話なら、多少無茶苦茶な事をやっても許される傾向がありますよね。
例えば、ギャグ漫画の登場人物は血塗れになっても即復活する、とか。
同じ事をそこまでギャグ無しのシリアスな展開の中で突然やったら、引きますよね多分。
そのような「読者による合意」みたいなものも重要なのではないかと。
つまり、そこまでの話で「荒唐無稽な事が起こっても不思議でない」と思わせられるのなら、何をやっても構わないと思います。実際プロでも、それに成功している作品はあります。
ひでぇ、とか思いながら結局笑ってしまうような話はありますね。

あと、付け加えますと、
SFの本来の原義は"Science Fiction"、科学的な考証に基づくフィクションであり、何でもありとは正反対のものかと思います。もちろんその中にもコメディとかギャグとかで上記のようなケースはいくらでも存在しますが。

で、ここからはこれは僕の私見なんですが。
何らかの制約があるからこそ、その制約の中でどうやって解決していくかという楽しみがあると思います。
僕はファンタジーも書いてますが、そのような制約をはねのけるのもストーリーの一つの醍醐味だと思っています。
万能の人間って意外とつまらないですよ。きっと。


無記名

型に囚われないのは良い事だと思います。
そして作家がSFを書いたものは誰が何と言おうとSFだと思います。
書くのは作家なんですから他人の意見は二の次ということで。
だってその作家さんはSFを書いたのですから。
だからそれはSF以外の何物でもないように思います。

 意味不明でゴメソなさーい。


アキタ

>無記名さん

「気にするこたあない」という意味ではその通りだと思いますが。
そもそもの発端は、知り合いに自作を読んでもらったら、「つまんねえ。だいたいこんなご都合主義、SFでもなんでもねーよ」などと言われてしまったということなのでしょう。
そう言われりゃ、気分悪いでしょうけれども、その感想そのものは作者といえでも動かすことはできないものです。その読者にとっては「誰が何と言おうとSFではない」のです。

しかし、ここでの問題は、「SFとは何か?」なんて話ではないはずです。書き手と読み手が手を取り合って「これはSFだ!」なんて納得しあっている光景を目指してるわけではないでしょ?

ここでの問題は「読者は面白いと思わなかった」のはずです。
これに対して書き手の選択肢は2つあると思います。

1:「面白い」と言ってくれる読者を捜す。
2:「面白い」と言ってもらえるような作品を書く。または書き直す。

まあ、普通は2でありますよね。
ただし、趣味嗜好の問題もありますから、場合によっては1の必要性もあるかと思います。『スターウォーズ』を面白いと思わない人がいるのも事実なので。


葛西

みなさんご意見ありがとうございです。
つい先ほどまで友人と会っておりまして、徹底的に聞きました。
僕の作品が面白くない理由を徹底的に聞いたわけです。

答えは、未熟という事でした。
文章力も未熟なら、キャラクターも未熟、お前の作品に出てくるのはマネキンか?といわれました。
ただSFやファンタジーですよ。
定番の誰でも思いつく駒さえ揃えれば書けるじゃないですか。
正義の味方でだんだん強くなっていく主人公。いわば自分の憧れ!
その友人2人(男女)。
悪役の強敵。あとは、悪役の群集、普通の一般人の群集。
これで書けるんです。
SFやファンタジーでキャラクターどうだとか言われてもね〜。
だって登場人物はストーリーの為の駒だもん。
でも主人公だけは誰よりも好きなタイプで作ってますけど。
それと読んでいて場面が頭に浮かばないとか、どんな宇宙なのか?と訳の分からない質問をされましたし、だって宇宙は宇宙でしょう? 未来も過去も、宇宙は宇宙ですよ。
どんな宇宙なのかって言われても、スターウォーズみたいな宇宙かなと答えたけど、自分ではまったく意味不明でした。
人間ドラマとしても読めないといわれて、じゃあどうすればいいのと聞くと、レベルが低すぎて何処をどう直せばいいというものではないとか言うし、ここまで言われると、友達でももっと遠慮しろって思っちゃう。
小説学校でも小説教室でも行ってこようかと考えています。みなさんありがとう。


アキタ

友達だからそこまで言ってくれるんですよ。
いつかその友達に「面白い!」と言わせることを目指してがんばってください。


旧もやし

いろいろやってみるのがベターだと思う。
頑張って。
あと、ストーリーはこうやったら出来るというお手本があるとして、それ通りに造ったストーリーって面白いだろうか。
自分が楽しいって思う事がそのなかにあるのなら、それを見つめ直して、友達にまず話してみる。簡単に。
そして、友達が面白いと言うなら、小説にしてもその友達には面白いはず。
そうでなければ、小説を書く腕が未熟なのです。
彼に何を言われたかではなく、自分で何を書いたか把握してみるのも大事だと思いますよ。
あくまで彼のお好みに合わせるのは、彼に伝える何かがあればこそです。


黒猫

なんか、何が悪いのかだいたい自分では承知している上で、あえてSFやファンタジーというジャンル感の主張のため反発意見を上げているんじゃないかな、とか邪推したりしてますが。それはおいといて。

もし自分で書いた物語を本当に自分で面白いと思えているのならば、それでぜんぜんかまわないと思います。友人の方と趣味嗜好が異なっていたとしても、その友人の方に自分の感じていた面白さが伝わらなかったとしても、それはいたしかたないでしょう。自分で感じる面白さを、大切にすることのほうが、よほど大切です。

ただし、実際に自分で面白いと感じているのではなく、こうすりゃ面白い物語ぐらい作れるだろう、というパターンにはめる論法を実験しているのならば、事情は少々異なります。現実に面白くないという意見が複数上がった、その事実だけで実験は失敗です。その方法で面白い物語を作るのは非常に困難である、という結論に至ったことになります。


闇米

>これで書けるんです。

書けていないから友達におもしろくないと言われたのでは?
そのような方法ではSFやファンタジーを書けないということなのではないでしょうか。
小説学校などに行くより安くすむ方法として私が提案したいのは、図書館にでも行って、SFやファンタジーの古典を読みまくることです。きっと何か得る物があると思います。


亜美子

 ご都合主義で展開するなら、よほどセンスが無いと「ぺら」な作品になります。
 逆にセンスがあり、キャラクターが立っていれば、かなり無謀なストーリーでも読むことが出来ます。

 続編こみで20巻近く続いているファンタジーに、凄いのがあります。

 第2部の1巻巻末で「剣をかまえる」と記載されているのに、2巻の初めでは「武器を持っていない」と書かれていたり、第1部の1巻で「白魔道士の兵士」とあるのに、第3部では「白魔法は貴族の子女のみに許される嗜み」になってしまいましたり(^^;
 初期には外見が悪いとは書かれていなくても、「内面の美しさが光る女性」が、最後には比類無き美女に化けました。
 第3部のラストで、第2部と同時期に決着したかに書かれているけど、どう考えても数ヶ月差が出るはず・・・だったり・・・・・・。

 でも、その作品は面白いですよ。痛快娯楽時代劇的な面白さがあるのです。

 深く考えず、片目をつぶり、片目を細め、以前の記述は忘れて読むことがコツですが(苦笑)

 そうして読める作品は、ある種凄いと思いませんか?
 葛西さんもそのくらい頑張ったら、ご都合主義でも面白いといわれる作品になりますよ。

 何よりもまず、「SFやファンタジーだからそれで書ける」の認識を改めないと、他ジャンルで書いてもつまらない作品になりますよ。

 もう1つ、沢山の作品(マンガ、小説、映画、TVドラマ)を読んだり観たりして、面白い作品とつまらない作品の違いを考えてみたらどうですか?


梅吉

創作は勿論「何でもあり」です。

でも作品の中では、整合性は必要と思います。

シリアスなSF小説で、主人公が絶体絶命の大ピンチの時、いきなりドラえもんが登場して助けてくれる……。

そんな展開で納得する読者は一人もいないと思います。


Lapis

葛西さん

>ここまで言われると、友達でももっと遠慮しろって思っちゃう。

 とてもいい友達をお持ちではないでしょうか?
 そこまで徹底的に指摘してくれる人はそうそういないと思います。
 もしあなたの友達が八方美人のような人だとして、あなたの小説をうわべの言葉で褒められても、その言葉には具体例を伴っていないから、どこがどういいのか分からない。
 つまり、「あ、面白いね。うん、面白かったよ」で終わる訳です。嬉しくはないでしょう?
 自分の小説が、認められて理解されているというのに理解されている所が作者である自分にはわからないことになる。長所を伸ばそうにも、どこをどう伸ばせばいいのでしょうか?

>だって登場人物はストーリーの為の駒だもん

 ストーリーの為に、キャラはいるんじゃなくて、キャラの為にストーリーがあるんじゃないんでしょうか?
 十人の主人公がいたとして、その十人が同じ人生を歩む事は絶対ありえない。
 それに、たかがファンタジーと書かれていますが、そこに人がいなければいかに壮大なスケールで描かれた物語であっても、自然現象と化してしまう。
 動く視点となるのは、結局人間だからその人間に魅力がないと、というのが私の意見です。


押井

葛西さんの最初のスレッドを見ていると、
『御都合主義』とか『ルールの有無』とかじゃなくて、『夢オチ』に近い印象を受けましたが、どうしょう?

「やたらと偉大な存在を出す」、「大風呂敷を広げまくる」小説が書きたいのなら、古橋秀之氏の『ブラック・ロッド』、『ブラッド・ジャケット』、『ブライトライツ・ホーリーランド』、『サムライ・レンズマン』の四作を読んでみてはどうでしょうか。いずれも最後にはしっかりと締め括り、かつ、歯切れのよい文体・ストーリーはためになると思います。
ジャンルとしては、上三つがオカルト・パンクで、最後の一つがスペース・オペラ(アメリカの有名作品の外伝的物語です)。

『無法の中の法』を模索してみるのもいいかもしれません。


レニエ

こんにちは。
葛西さんの書きたい主役は、ハリー・ポッターのような「天才タイプ」だろうと思います。
天才タイプの書き辛いところは、人間離れしているので感情移入ができない所。
天才タイプの良いところは、結構需要があるところ。
天才で尚且つ人々に愛されるキャラを生み出せればしめたもの、だと思います。


上角 健太郎

今、十三歳でプロを目指しておりますが、僕の弟がよく自分の主人公を無理やりに、「アイツだから強い」といいます。
それも気合で敵を倒してる、とまで言ってのけます。
魔力だ!!と言われてもしっくり来ないのと同じだと思います。

でも、作中の奇跡の行は、神様だからよりどうしても勝ちたいと思う気持ちが、何らか力を与えたとか、真の能力が発動したとか、それでも良いと思います。
好きなキャラなら活かす書き方をする事、ストーリーより主人公派でも伏線が重要、でもそれより「魂」を入れてやって下さい、生きるキャラを作るセンスよりなにより努力家大臣です。(努力が大事)


おバカな男

私はあまり小説を読まないので、子供の遊びを例にひとつ。

「だるまさんがころんだ」って遊びありますよね?
自分がもし鬼になってしまった時、早口で「だるまさんがころんだ」って言い続ければ、近づく側の人達はずっと動けませんよね。そうしている限り、鬼は交代する事はありません。必勝法とも言えます。
でも、面白くないと思いませんか? 何事もバランスだと思いますよ。

というわけで、例をもうひとつ。
敵に囲まれて主人公がピンチ! しかし、実は主人公は神の力を持っていたのだ。
余裕で敵をばったばったとなぎ倒す。 しかし、敵の最後の一人も神の力を持っていた。
しかも、敵の力の方が強い。どうする主人公! つづく。

ヒーローはヒーローに見合うだけの敵がいて、初めてヒーローだと思います。
ウルトラマンがジャイアンを殴ってたら、ただの残虐行為です。

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