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準備しています。
2017/05/19 15:48
そうげん

すこしずつまとめていき、
そのうえで、本式に交流、議論用に、
あらためてスレッドを立てようと思います。



(この仮スレッドにも、
  気になることがあれば、(GMさん以外にも)
  随時メッセージを書き込んでくださって構いません。)



サイトに出したfc2の掲示板。

リモートホストを表示しないように設定を変えていくなかで、これは使い物にならないとわかりました。
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Page: [1]

そうげん
 2017/05/21 01:35

準備しています。
■ごはんで鍛練をされている方にまずは謝罪いたします。(わたしもただの1利用者です)

「伝言板」への、ここ数日の「そうげん」の名前での複数回にわたる書き込みによって、
他の方が伝言板を利用して伝えたいことがあっても書き込みにくい状況を作ってしまいましたこと、
お詫び申し上げます。


■これからしばらく、


「なぜ話題をあちこちへ飛ばしながら書き込むに到ったか」
 
  そのわかりにくさについて、「釈明」を致します。

    「釈明」=自分の側にある言い分
        =もちろん他者から見れば「異論」「極論」「言い訳」「言い逃れ」
         と取られる可能性は捨てていません)。


その詳細な説明のためにもweb上にあるパブリックなデータも随時明示致します。
それとの比較によってわたしの主張に誤りが認められるようなら、
どんどん指摘してくださって構いません。


そもそも言葉の使い方がおかしい、日本語不自由の声も、かなりたすかるアドバイスでした。

  それによって、私が選んていた言葉でもなく、
  修正案として示された言葉でもなく、
  第三の言葉を探すべき必要性を感じたことも
  幾度となくありました。


----------------------------------------------------------------------------------------

その姿勢で書き込んでいきますので、
随時、反応かえしてくださって結構です。

-----------------------------------------------------------------------------------------


私自身、ごはんをはじめて閲覧したときには
まだ掲示板が複数あったように記憶しています。
当時から現在に至るまで、
掲示板や伝言板感想欄等で何度も勃発する言い争いを目にして、
そのうちでもごはん全体に保たれていた雰囲気にかなり大きな影響を与えた
あるひとつの騒動によって、
以前からやりとりのあった馴染みの方々の中にも、
ごはんの雰囲気が悪くなって投稿しにくくなったいう
声を漏らす人も増えていき、
いまは別の場所で書いている方たちもかなりいらっしゃいます。


それで、なんとなく、これを出すのがいいと思い、
かなり以前、
中島敦の翻訳によるハックスレ―の「パスカル」の一部を出しました。

---------------------------------------------------------------------------------------------------
大抵の哲学的議論は、喰違ひ的議論である。それは、同じ言葉を使ひながら、互ひに違ったことを意味してゐる二人の人間が、相互に投げ掛ける怒罵である。それは、趣味・感情に於て、動物学上の全然別な種(スペシィ)に属してゐる者同志の、解決の見込なき、無駄な口論である。或る哲学者は、他の哲学者が、事物の性質に就いて愚劣・邪悪な考へを有ってゐるとて、之を非難する。さうして、自分が其の性質に就いてかくも確乎たる見解を持してゐる所の事物といふのが、相手の論じてゐた事物とはまるで違ったものであることを悟らないのである。二人の世界は互ひに平行である。無限の此岸に於ては、この二つは相会することがない。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------

そのあたりの経緯。
GMさんも、アフリカさんも、また、他の方も
覚えていらっしゃる方があれば助かります。


いちおう、ある理由から、

中島敦全集の第二次(3巻)と第三次(3+1巻)が
本棚に並ぶことになりました。その理由も後に示します。

新版の全集は何度も読みました。

第二巻のエッセー「パスカル」も「スピノザの蟲」の翻訳も何度も何度も読みました。


小説を書く練習として、
よくプロ作家の作品の書写をする方法が紹介されますが、その練習をするのに、
ハックスレー「パスカル」を選んだことがあり、それで手打ち入力のデータが手元にあるのです。

(ただIME等では旧字体を扱いにくく、文章は新旧混在の状態です、
そのまま検索しても、見つけにくいかもしれません)







コピペしてきたんだろうといわれても、別に気にせず、
スルーしました。



わたし自身、この引用の文章に含まれるニュアンスを自分なりに受け止めた上で、
意見の異なる他者とのやり取りのなかでも、
思、相手と対立構造に固執することなく、
反発に対して反発で返すより、
(「売り言葉に買い言葉」は避けたいのです)
なんとか他者の厳しい言葉からもなにものかを学びたいと思うのです。




はためには、
掲示板上の議論も、それが罵りあいなのか、議論なのか、
当事者以外にはわかりにくいですね。




次の書き込みの予定>20夕× 21早朝までには

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うい
 2017/06/25 15:03

準備しています。
準備しすぎやろ

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そうげん
 2017/06/25 19:51

中島敦全集のなかの言葉、新旧全集の差異について
「大抵の哲学的議論は、喰違ひ的議論である。それは、同じ言葉を使ひながら、互ひに違ったことを意味してゐる二人の人間が、相互に投げ掛ける怒罵である。それは、趣味・感情に於て、動物学上の全然別な種(スペシィ)に属してゐる者同志の、解決の見込なき、無駄な口論である。或る哲学者は、他の哲学者が、事物の性質に就いて愚劣・邪悪な考へを有ってゐるとて、之を非難する。さうして、自分が其の性質に就いてかくも確乎たる見解を持してゐる所の事物といふのが、相手の論じてゐた事物とはまるで違ったものであることを悟らないのである。二人の世界は互ひに平行である。無限の此岸に於ては、この二つは相会することがない。」




ちくま文庫版と筑摩書房版のちがいを誤って認識していたため、
ちくま文庫の全集3冊本にも、これが入っていると思い込んでいました。

ちくま文庫版は新字体ですし、
わたしも漢字部分は自分で全文を全集から打ち込んでいたので、
大半は出しにくいので便宜上、新字体にしてうっていましたし、
そのあたりは厳密でなくとも構わないと思っていました。





これは、第三次中島敦全集第二巻「翻訳」の項目にある中島による翻訳作品のひとつ


オルダス・ハックスレイー(1894-1963)の

エッセイ集『何をしようと』(Do What You Will / 1936)

      https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.78656

   にいまはアーカイブ化されて原文で読めます。


に収められた
 「pascal」の翻訳です。

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そうげん
 2017/06/25 19:52

中島敦全集のなかの言葉、新旧全集の差異について(2)
(著作権が失効していて、青空文庫にあがっていないもののいくつかを、サイトで公開できるプロ作家の作品としてテキストで打ちこんでいたことがありました。(むかしいわれたプロの作品を書写する練習です。昔は筆、いまはキーボードだし、キーボードでうちこむ練習もかねていました)以前、サイト内でも公開していました、原民喜の初期作品や、中島敦の「木乃伊」、「北方行」(は途中)、など。



<要素:1>

【1】以前、伝言板や投稿作の感想欄などで衝突が起こったさい、そのうちのいくつかについては、筑摩版中島敦全集第二巻(2001年刊行)(=筑摩書房の書籍の内容説明(http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480738127/))のなかの「翻訳・レポート(パスカル(オルダス・ハックスレイ)」の一部、を当時伝言板に出しました。

当時の引用の文章

〔大抵の哲学的議論は、喰違ひ的議論である。それは、同じ言葉を使ひながら、互ひに違ったことを意味してゐる二人の人間が、相互に投げ掛ける怒罵である。それは、趣味・感情に於て、動物学上の全然別な種(スペシィ)に属してゐる者同志の、解決の見込なき、無駄な口論である。或る哲学者は、他の哲学者が、事物の性質に就いて愚劣・邪悪な考へを有ってゐるとて、之を非難する。さうして、自分が其の性質に就いてかくも確乎たる見解を持してゐる所の事物といふのが、相手の論じてゐた事物とはまるで違ったものであることを悟らないのである。二人の世界は互ひに平行である。無限の此岸に於ては、この二つは相会することがない。〕

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そうげん
 2017/06/25 19:54

中島敦全集のなかの言葉、新旧全集の差異について(3)
@ 1976年刊行 筑摩書房第二次「中島敦全集(全三巻)」(旧字体表記)

登録情報(単行本: 668ページ 出版社: 筑摩書房 (1976/03) 言語: 日本語
 ISBN-10: 4480738010 ISBN-13: 978-4480738011 発売日: 1976/03)

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6%E5%85%A8%E9%9B%86-%E7%AC%AC1%E5%B7%BB-1976%E5%B9%B4-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E6%95%A6/dp/B000J99HZG/ref=sr_1_4?s=books&ie=UTF8&qid=1495168045&sr=1-4&keywords=%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6%E5%85%A8%E9%9B%86+%E7%AD%91%E6%91%A9%E6%9B%B8%E6%88%BF



A 1993年刊行 ちくま文庫版「中島敦全集(全3巻)」 (新字体表記)

登録情報(文庫: 488ページ 出版社: 筑摩書房 (1993/01) 言語: 日本語
 ISBN-10: 4480027513 ISBN-13: 978-4480027511 発売日: 1993/01)

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6%E5%85%A8%E9%9B%86%E3%80%881%E3%80%89-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E6%95%A6/dp/4480027513



B 2001年刊行 筑摩書房第三次「中島敦全集(全三巻+補一巻」」(旧字体表記)

登録情報(単行本: 697ページ 出版社: 筑摩書房 (2001/10) 
 ISBN-10: 4480738118 ISBN-13: 978-4480738110 発売日: 2001/10

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6%E5%85%A8%E9%9B%86%E3%80%881%E3%80%89%E5%B0%8F%E8%AA%AC-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E6%95%A6/dp/4480738118/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1495168429&sr=8-1&keywords=%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E6%95%A6%E5%85%A8%E9%9B%86%E3%80%881%E3%80%89%E5%B0%8F%E8%AA%AC+%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC


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そうげん
 2017/06/25 19:58

中島敦全集のなかの言葉、新旧全集の差異について(4)
わたしは@が欲しくなって、中古の安いのを探していて、なんとか入手したのですが、その数か月後にBが出ると知ったのでした。情報弱者だったため、@をスルーしてBを買えばすんだのに、手元にある@がある状態で(Bが出ると、@は情報が古くなるため)これからも中島敦の作品に親しむなら、Bも買わないと仕方ないと思わせられました。Bがあって@があれば、前の版からいまの版に移るさいの比較もできるし、Bが出版される前情報では、これまでの研究の進展によって、別の解釈に改められているという。そのためBは、内容があたらしい中島敦研究の解釈のうちのひとつに基づいてテクストがあらためられている、また旧版@が出た後で、あらたに発見された原稿も収録されているときいては、もう買う以外に選択肢は残されていませんでした。

そこで多少無理してでも、発売と同時に定価買いしたのでありました。
中島のノオトや、詩文のようなものも、ほとんどの人は眼にしていないということを知り、
さいきん、軽いショックを受けていました。

(Aは@をもとにしたもので、収録作品は小説のみのようです。翻訳やレポート、日記、創作ノートなどは@やBにしかありません。現在でも、Bをもとにしての文庫版は出ていないようです)

中島敦が好きだという人で、ちくま文庫版をもっている人は、みんなハックスレーの「パスカル」を読んでいるだろうとの前提で考えていたために、これまでにも多くの齟齬をたくさんの人との間に生んできたんだなあと思いもしたわけでした。


好きな作家を見出したなら、その作家の物をすべて読みなさいとすすめた小林秀雄の言葉こそ、大切にすべきだと思っています。

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そうげん
 2017/06/25 20:00

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(1)
慶応年間に前島密が将軍に献じた「漢字御廢止之儀」をその嚆矢として、国文における漢字の全廃、あるいは削減の推進によって、複雑で難解な文字となった日本語を簡便なものへ改変しようとする動きがありました。明治初期には、福沢諭吉も「文字之教」の「端書」において、漢字の全廃によって国民が受けることのできる恩恵について強調しました。




「愚民政策」という用語があります。





愚民政策 - wikipedia

愚民政策(ぐみんせいさく)とは、人民の関心を政治に向けさせないことを目的として、意図的に人民を愚民化させるという政策。一般的には人民が好み、熱中し続けるような娯楽を提供し続けるという方策がとられている。

東西に分裂するまでのローマ帝国における、パンとサーカスがその典型となる。現代でも独裁政権時代の韓国で実施された3S政策というのが挙げられ、これの名称はスクリーン・スポーツ・セックスという人民が特に好む3つの娯楽の頭文字から来ている。

『水戸藩史料』に徳川斉昭が、「百姓に学問など全く不要だ」「ただひたすら農耕に励んでさえいればよい」と公言した上で、農民を「愚民」「頑民」と呼んでいたことが記述されており、常陸国の9割は農民だが、政治的発言を許さないよう、学問(読み書き)を禁じ、身分制を厳格にすることで愚民策が取られていた(この場合、娯楽提供ではなく、社会思想から身分的本分を外れるなという主張がなされた)。





毛沢東主導による、文化大革命の「批林批孔運動」という動き。

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そうげん
 2017/06/25 20:01

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(2)



批林批孔運動 - 文化大革命 - wikipedia

1973年8月から1976年まで続いた「批林批孔運動」は、林彪と孔子及び儒教を否定し、罵倒する運動。中国の思想のうち、「法家を善とし儒家を悪とし、孔子は極悪非道の人間とされ、その教えは封建的とされ、林彪はそれを復活しようとした人間である」とする。こうした「儒法闘争」と呼ばれる歴史観に基づいて中国の歴史人物の再評価も行われ、以下のように善悪を分けた(以下には竹内実『現代中国における古典の再評価とその流れ』により主要人物を挙げる)。

善人
少正卯、呉起、商鞅、韓非、荀況、李斯、秦の始皇帝、
前漢の高祖・文帝・景帝、曹操、諸葛亮、
武則天、王安石、李贄(李卓吾)、毛沢東ら。

悪人
孔子、孟子、司馬光、朱熹ら。

ブックレット『批孔と路線闘争』
この運動は、後に判明したところによれば、孔子になぞらえて周恩来を引きずり下ろそうとする四人組側のもくろみで行われたものであり、学者も多数孔子批判を行ったが、主張の学問的価値は乏しく、日本の学界では否定的な意見が強く、同調したのはわずかな学者にとどまった。武則天が善人の中に入っているのは江青が自らを武則天になぞらえ、女帝として毛沢東の後継者たらんとしていたからだといわれる。 小説家の司馬遼太郎が行った現地リポートによれば、子供に孔子のゴム人形を鉄砲で撃たせたりもしていたという。

幼少の頃に文化大革命に遭遇し、後に日本に帰化した石平は、「この結果、中国では論語の心や儒教の精神は無残に破壊され、世界で屈指の拝金主義が跋扈するようになった」と批判している。





また文化大革命に対する日本国内での反応についての記載もある。

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そうげん
 2017/06/25 20:03

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(3)




日本における評価 - 文革の評価 - wikipedia

文化大革命が開始された当初は、日本には実態がほとんど伝わっていなかった。だが、1966年(昭和41年)4月14日、全国人民代表大会常務委員会拡大会議の席上で、郭沫若が「今日の基準からいえば、私が以前書いたものにはいささかの価値もない。すべて焼き尽くすべきである」と、過酷なまでの自己批判をさせられたことが報じられると、川端康成、安部公房、石川淳、三島由紀夫は、連名で抗議声明を発表した。

川端康成、安部公房、石川淳、三島由紀夫は


「われわれは、左右いづれのイデオロギー的立場をも超えて、ここに学問芸術の自由の圧殺に抗議し、中国の学問芸術が(その古典研究をも含めて)本来の自律性を恢復するためのあらゆる努力に対して、支持を表明するものである・・・学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如き思考方法に一致して反対する」

「参考作品1」(共同執筆)『三島由紀夫全集』35巻P635(新潮社『三島由紀夫決定版全集36巻』P477

と述べられ、権力の言論への介入を厳しく批判した。





また、「旧文化の破壊」の項目にはこんな記述がある。

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そうげん
 2017/06/25 20:04

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(4)




旧文化の破壊 - wikioedia

紅衛兵らは旧思想・旧文化の破棄をスローガンとした。そのため、中国最古の仏教寺院である洛陽郊外の白馬寺の一部が破壊されたり、明王朝皇帝の万暦帝の墳墓(定陵、1956年〜1957年発掘)で批判会が開かれ保存されていた万暦帝とその王妃の亡骸がガソリンをかけられ焼却されたりした。

陶磁器や金魚や月餅など、古い歴史を持つ商品の生産や販売まで「旧文化」とされ、職人や関係者は帝国主義者として吊るし上げられた。芸術性よりも実用性が重視され、景徳鎮の窯や浙江省の養魚場は破壊された(一方で毛沢東などの指導者層は景徳鎮産の陶磁器を愛用した)。

古くからのしきたりも廃止されたほか、麻雀や象棋、闘蟋(とうしつ)などの賭博を伴うゲームも禁止された。一方で処女を重視し、婚前交渉で妊娠した女性が自殺に追いこまれたり、多情な女性が軽蔑・攻撃されるなど古い倫理観は残ったと、ユン・チアンは著書で指摘している。

博物館の館員や美術店の店員は、文化財を破壊活動から守るために、文化財に毛沢東の肖像画や語録を貼り付けて回ったという。そうすることで、紅衛兵も破壊活動に出られなくなったという。




旧思想、旧文化の破壊を試みるのはどうしてか? ――過去からつづく文化がいまの自由を縛り、制限を掛けようとする働きかけの根源であると見做したい気持ちが見出した最大の敵地であった、ということか。

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そうげん
 2017/06/25 20:05

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(5)
景徳鎮の窯をはじめ数々の文化基盤を破壊する理由の第一は、無価値と見なした上での離縁というよりも、ポーズとしての旧文化の否定といった側面のほうが強いのではないか。事後も指導者層は景徳鎮産の陶磁器などを愛用していたとあることから、その疑念はぬぐいきれない。富の独占という意味合いもそこからは透けて見えそうだ。

また、孔子や、孟子、朱熹(朱子)を悪人に仕立て、一方で、始皇帝や、曹操、諸葛亮、などを善人に据える。注目は「韓非」が善人のところにあることで、韓非子は「法家」といわれて、「法」とついているから、現在の民主国家の憲法や法律と同じように見がちだけど、韓非子のなかのことばは、「法」という言葉もさまざまあると気づかせてくれます。

wikipediaから拾います。





韓非子 - wikipedia

君主が人を従わせる力の源は、刑(=刑罰)と徳(=恩賞)にある。悪しき臣下はこの二つを巧みに君主からとりあげようとする。君主は臣下に刑と徳を使わせてはならず、必ず自分が握るようにせねばならない。臣下に不正をさせないためには、刑名を審合する(言ったこととしたことを比べあわせる)のがよい。臣下のこれこれができますと言ったことに合わせて、職務を行わせる。臣下の発言に比べて結果が劣る場合は言ったこととしたことが食い違っているので、必ず処罰する。また臣下の発言に比べて結果が優るときも、同様に言ったこととしたことが食いちがっているので処罰する。臣下が君主に取り入ろうとして本性を現さないことが君主の大きな悩みである。そこで君主は自分の好悪を臣下に知られないようにしなければならない。君主の思っていることが分からなければ、臣下に取り入る隙を与えずにすむ。

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そうげん
 2017/06/25 20:06

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(6)

人を信じることは、君主にとって禍の源である。人を信じればその人にしてやられる。臣下が君主のいうことを聞くのは権力によってやむを得ず従っているというだけのことであり、臣下は常に君主にあだをなそうと狙っている。そして悪しき臣下は君主の妻や子も利用してくる。君主は身内の人間であっても信頼してはならない。また君主の妻には、夫に死んでほしいと思う動機が存在する。男は年をとっても女遊びをやめないが、女はだんだん容姿が衰えてくる。すると次第に夫に疎まれるようになり自分の子が世継ぎになれるかにも不安が生ずる。また夫が死んで自分の子が君主になれば、君主の母親ということで政治に口を出すこともでき、自由に男をはべらすこともできる。そのようなわけで君主は妻による暗殺に注意せねばならない。





――私見です――
ちなみに、諸葛亮も韓非を以て劉備の息子劉禅を教育したし、同時期の曹操の行動のなかには、一見不可解に見えても、韓非の思想を透かして見れば、わかりうるものも多い。



春秋戦国時代、韓非をフッた韓が衰亡し、彼をえた秦こそが始皇帝を生みだしたのでしょう。

また、たとえば、いついつまでにこれだけのことができますと宣言しながら、期限内に達成できずとも、宣言を遥かにしのぐ成果を挙げようとも、両者ともに処罰すべし、というのも、国も違えば時代も異なる文化の相違に思いを致すきっかけともなるでしょう。

maintenance
そうげん
 2017/06/25 20:08

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(7)
漢字を簡略化し、儒教の教義を歪めていく。古来からの中華(世界の中心ではなひらいた)の文化はかれしぼんでしまった。いまの文化は果たして過去と連関のあるものかどうか。

「老子」や「荘子」がなければ、仏典の漢訳は今日の姿容を取らなかっただろう。また、思想華やかなりし春秋戦国から隋唐までの流れがなければ、かの国に、詩聖(杜甫)や詩仙(李白)は生まれる余地はなく、二者なかりせば、蘇軾も、陸游も、黄庭堅も、あらわれなかったかもしれない。

現在国内で読むことのできるさまざまな白話小説の邦訳――三国演義や、水滸伝や、西遊記、封神演義、まだ読んでないけど、本棚にはおいている紅楼夢や、金紅梅。などの、文学作品も、中国では詩文よりも下位におかれてあろうとも、ひとたび頁をめくれば止みがたく、文句なしに面白く、西遊記などは岩波文庫の10巻本を読んで、原文に綴られた個々の漢詩も知りたくて中国語の本まで取り寄せた。国内の西遊記研究をされている方の論説と併せ読めば、漢詩部分の漢字の配置に大きなたくらみがいくつもあることがわかる。儒仏道の思想がいりまじり、五行の言葉が彩り豊かに織り込まれ、妖しい光にみちていようとも、江戸の学者が典故を重視したのと同じように、社会的には不遇であった才人たちが、慰めに、自身の修め得た学識と一意専心して深みを得た趣味とを作品に総動員して成ったものと評価したい。

maintenance
そうげん
 2017/06/25 20:09

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(8)
現代の中国文学(香港が拠点)において、武侠小説における第一人者ともなった金庸作品もその作中には易経もあれば、儒教もあり、老荘列氏に、釈典に、異教の典籍、武芸書、医術書にと多彩な古典の引用が詰め込まれている。金庸文学はわたしの好みにドンピシャで、また世間で彼が中国の司馬遼太郎といわれるのもわかるし、たとえば天龍八部を読めば、大理国とはどんなところだったか(実在の国です。四川あたり)あこがれるようになってしまいますし、全真教のことや、清代の情勢。金庸作品に出会ったからこそ、かつてたくさん見てきた香港映画のカンフー映画もさらに深く見られるようになりました。このこと一事をとってみても、金庸の諸作品には大きな恩義を感じています。

また、正経、奇経、任脈、督脈。

このあたり。しっかりと調べれば、鍼治療とか、按摩とか、止血とか、背伸びをするとどうして気持ちいいのか、とか、また、どうして足裏や指、手のひらを揉みほぐすと、内臓のストレスにきくのか、とか、すこしずつわかってきますし、そんなのをすでにちゃんと理論立てて、二千年以上も前から文にのこしてきたあの国の人たちに対しては、素直に「すごいなー」と思うのです。

神農とか、華陀とか。

だから、香港映画や、漢学にいそしんだ江戸期の学者の書き物や、また、中国の楽器の音色なんかもかなり好きですし。だからこそ、文化の破壊のこわさが判る気がしています。

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そうげん
 2017/06/25 20:11

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(9)

金庸 - wikipedia

1955年に処女作『書剣恩仇録』の連載を開始して以来、1972年に『鹿鼎記』を最後の作品として断筆するまでに、長編を中心に15作の武侠小説を書き上げた。それらの作品群は、文学的な表現と巧みな展開の物語で、爆発的な人気を引き起こし、香港中国のみならず、台湾や華人の多い東南アジア各国でも広く読まれている。その浸透ぶりは、「中国人がいれば、必ず金庸の小説がある」と言われるほどで、中華圏における民族作家として確固たる地位を確立している。

金庸の武侠小説は動乱の時代を舞台としたものが多く、壮大な歴史背景に、実際の歴史上の人物も多数登場して虚実入り混じった世界を形作り、武侠小説の枠を超えた壮大な歴史叙事文学と呼ぶに相応しいものとなっている。また、作品の中では、民族間の葛藤が描かれることが多いが、それらの関係は伝統的な中華思想によっては捉えられておらず、諸国家・民族が客観的かつ平等に描かれているのが大きな特徴となっている。

武侠小説はそれまで低俗な大衆小説として知識人からは軽蔑される傾向が強かったが、豊かな教養に裏打ちされ、また西洋小説の影響も受けた金庸の作品は知識人の間でも好評を博し、金庸の作品の主題や物語、登場人物を研究する「金学」なる学問まで生まれた。武侠小説を文学としても評価される域にまで引き上げたことで、金庸は、「武侠小説の第一人者」との呼び声も高い。また、作品の多くは映画やドラマ、漫画、ゲームなど様々な媒体に進出して大衆に広く愛され、中華圏における広範な娯楽文化の一翼を担っている。1995年に、現代中国の代表的な作家を選んだ「二十世紀中国文学大師文庫」で、金庸は、魯迅、沈従文、巴金に続く、第4位に置かれている。

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そうげん
 2017/06/25 20:12

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(10)
日本でも、年々、教育の場でならう漢字の数は減少してきた。さいきんの変更も微増といったレベルです。政治の場でも言論の場でも、専門家も学識者も報道関係者も、学部卒くらいでは獲られない語彙や格言、また横文字や新語なども多用します。乱用ともいえます。それらを用いるのは社会において、上にあって多くを統制しようとするものであって、下のものはその雰囲気だけ感じていればいい。英語やプログラミングを重視し、国語や数学など思考の土台となるべき分野の反復学習の機会をますます浅薄にしていくことが、のちのち習ったこと以外になにもできなくなる、関心はあっても難しい言葉、概念で著された多くの書籍を読めなくなる大人であふれかえり、そのまた次の世代はどうなっていくかと考えると、なかなかの知の崩壊プロセスが進行中のように見えてしまいます。

というのも、国語の教科は、国語の教材自体を学ぶというより、多くの文章に触れ、文字に対する理解を深める。文字とは何か、国語とはなにか、世界に多数の言語があるのはなぜか? そのあたりに対する疑問にまでいきついて初めて、国語本来のスタートラインに辿りつけるのではないかな? と思ってます。そしてスタートラインに立つ=教育上の国語科目は卒業、とわたしは思うのです。

日本語でも、「うまみ」や「つなみ」、「さむらい」、「にんじゃ」、「わび」、「さび」、「ぜん」などはそのまま各国で取り入れられている。それはその国に特徴的な発展を遂げた文物をあらわす言葉だから、自国で訳語を整えずに、そのまま取り入れるわけです。文字が文化の維持に貢献することは他にも無数に例を挙げられるでしょう。

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そうげん
 2017/06/25 20:13

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(11)
想いがあっても、それを文字化するさいに、すくない語彙しかなければ、それらの語彙の組み合わせでしか考えられない。

たとえは、悪いかもですが、

   6個入りの卵が8パックあります。
   全部で卵は何個ですか?

という問題があって、
かけざんという概念があたまになくて、たしざんは知っていれば、

6+6+6+6+6+6+……とやってもとめる。

でも九九を知っていれば、6×8なら、暗算で出ます。

それは簡単なものだけど、英単語で30語(30語とはいえ、アルファベット一つを1文字と考えれば数百文字ですね)でいえること(dogやkindなどは一語)が、中国語なら何字でいえるか、ひらがな交じりでも、漢字が多めの文語なら何文字でいえるか。じつは、使える文字セットが多いと、かなり短い文字数でいいたいことをいえてしまいます。

記述であれば、さらに削減できるし、書きたいことなんて、それこそ、「菜根譚」や、「侏儒の言葉」と同様に、ほんの数行でかけてしまうことが多いように思います。

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そうげん
 2017/06/25 20:14

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(12)
日本が韓国を併合した際に、京城に帝国大学を新設したり、また当時識字率が低かったため、民衆にハングルを通用させて識字率をあげたといいます。

しかし韓国へのハングル教育を推進したのは国内で漢字削減を表明していた福沢諭吉など。韓国内でも伝統的に両班が国民に漢字を習得させると不都合があり、習わせてこなかった。中国の文化大革命の、旧文化否定、繁体字から簡体字への移行、国内でも、戦後、GHQの影響もあるし、それまでの日本の歩みもあって、古典作品を読みこなすに必要なだけの語彙力を国民に与えない。

だから、さいきんでも「忖度」でも、「未曾有」でも、一度とりあげられると、国内で氾濫する。氾濫するのはいつも意識していない、あるいは知らない言葉であって、それをいえば、「もったいない」も「つなみ」も、ことさらあげてあげて国内でとりあげる人は、それまでそれを意識したことのなかった人。

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そうげん
 2017/06/25 20:16

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(13)
(ちなみに)わたしがこの記事を書いているのは、韓国にハングルを広めたことが、漢字文化を失わせる遠因になったのではないか、との懸念からです。とはいえ、韓国でもトップクラスの成績を修める人たちは、依然、しっかりと古典を読みこなせるだけの漢字の運用能力を有しているであろうことは推測される。つまり、知識格差はしっかりと現存しているだろうことはあきらかである、と訴えたいからでもある。




むしろ、伊集院さんが発案したという「中二病」とか、ネット文化がはぐくんだ「乙」とか、米国の情報機関までが別ページをつくって資料にしていた日本発の、16bit文字(全角)による、「emoji」(えもじ)など、そういうものの方が、日本文化の発展にあたえる影響は大きいのではないかと思います。

1990年後半、むこうの人とチャットをしたときなど、「:)」や「;(」など打ち込んできて、はじめはわからなかったけど、それが向こうの絵文字だと知ってから「^ ^;」 とか、「(^-^)」とかうつと、たいてい、向こうから驚きの書き込みが出たものでした。でも、そのうち、半角(8bit)ではなく全角(16bit)でつくられる絵文字が氾濫してきて、いつのまにやら世界で共有される文化になったとしって、びっくりしました。

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そうげん
 2017/06/25 20:17

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(14)
えもじ、というと、国内の年配の層からは、どことなくばかにされているフシは見えます。

しかし、むしろ国内で発展を遂げた絵文字文化が、いまでは無数の国に共有されるようになり、絵文字を使いたいばかりに、わざわざ日本語入力キーボードで打ち込む人もあらわれてきています。公文書などは無理としても、文字による表現の一形態として、パブリックなものとして国境を越えて共有されていく現実こそ、インターネットが生み出した文化ともいえそうです。表現のための工夫という側面のみを取り出したなら、漢文をよみくだすために発明した、「レ点」や、「一、二点」、「上、中、下点」に、「天、地、人点」。そういう工夫をして、漢文を、日本語にとりいれたかつての日本人のやりかたとかさなる部分があるし、それに反して、つかえる文字を削減する(=文化の崩壊=思想の貧困化)ことで一部の人間のみが多くの知識を独占し、それを知らない者の生殺与奪を掌握するという図式は、いまの世の中でもありえるのじゃないか? と思ってます。

ですから、百田尚樹さんの新著が、韓国に謝らなければ、というコンセプトで、いろいろ書いていながら、ネタ本だと本人はいわれていても、国語教育の部分では、まわりまわって、反日のためにいわれていることであっても、これは併合時代にやってしまったあやまちであると同時に、現在の日本人も、またいまの中国人も、また東南アジアの漢字使用国の多くにも同じように降りかかってきている災禍ではないかと思っています。

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そうげん
 2017/06/25 20:18

語彙の多寡と思惟の粗細の関連性(15)
わたし自身は、ハングルと同時に、多くの漢文古典の可読能力の育成にまでつながるところまでの教育体制の制度化まで盛り込めなかったかの国の半端な教育改革が結果的に、いまの20歳以下の漢字を読めない韓国人の増加を生んでいることの遠因になっていると考えます。そして、それは韓国に於いてのみならず、前島密以来、ずっと進められてきた、漢字削減による日本語の空疎化、空洞化、質の低下につながっている気がするからこそ、国同士の政治の批判はただしく政府に向けるべきもので、そのもとでいくる個々人に目標を据えての攻撃は控えるべきでしょうかね。韓国の人でも中国の人でも個人でやりとりをした人の数人は話しやすい人ではありました。(ある中国人は、劉姓で、劉〇の〇の部分は、入力できない文字だといっていたのが印象的でした。一葉の「たけくらべ」を読んでいるといっていましたよ)

文字の適切な運用とは「情」「理」両面の並立で、共感、情念、自由とはいえ、それは情に偏するよりも、情と理と共に樹てうる、かつ味読しうるそのコツをとらえぬことには、今後ますます文章表現の傾向は一方面にしか広がらず、もはや「理」を表に「情」を裡に備えて著された古典の多くは、さらに人から遠ざかっていくことでしょう。

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そうげん
 2017/06/25 20:27

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(1)
日本の近代文学は、国木田独歩においてはじめて書くことの自在さを獲得したといえる。この自在さは、「内面」や「自己表現」というものの自明性と連関している。私はそれを「言文一致」という文字表現(エクリチュール)の問題として考えてきた。あらためていえば、内面が内面として存在するということは、自分自身の声をきくという現前性が確立するということである。ジャック・デリタの考えでは、それが西洋における音声中心主義であり、その根底には音声的文字(アルファベット)がある。プラトン以来、文字はたんに音声を写すものとしておとしめられてきたのであり、意識にとっての現前性すなわち「音声」の優位こそ西欧の形而上学を特徴づけているというのである。
日本の「言文一致」運動が何をはらんでいたかはすでに明瞭である。くりかえしていうように、それは形象(漢字)の抑圧である。そう考えたとき、夏目漱石が西洋の「文学」に深入りしながら、他方で「漢文学」――和歌に代表される古典文学ではなく――に固執していたことが了解できるだろう。漱石は、出口のない「内面」にすでに全身を浸らせていながら、線的な音声言語の外に、いわば放射状の多義的な世界を求めていた。われわれはそれを想像することさえ困難である。
ホモ・サピエンスの進化の最も長い部分は、われわれに疎遠なものとなってしまった思考形式のなかで行われたが、それでもこの思考形式は、われわれの行動の重要な部分の底流となしている。われわれは、音と結びついた書字(エクリチュール)によって音が記録されるという単一の言語活動を行って生きているので、思考がいわば放射状の組立てをもって書きとめられるといった表現形式の可能性はなかなか想像できない。

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そうげん
 2017/06/25 20:28

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(2)
『告白録』のなかで、ルソーは一七二八年アルプスにおける自然との合一の体験を書いている。それまでアルプスはたんに邪魔な障害物でしかなかったのに、人々はルソーがみたものをみるためにスイスに殺到しはじめた。アルピニスト(登山家)は、文字通り、「文学」から生まれたのである。もちろん日本の“アルプス”もまた外国人によって見出されたのであり、登山もそこからはじまった。柳田国男がいうように、登山は、それまでタブーや価値によって区分されていた質的空間を変形し均質化することなくしてありえないのである。
 風景がいったん眼に見えるようになるやいなや、それははじめから外にあるようにみえる。ひとびとはそのような風景を模写しはじめる。それをリアリズムとよぶならば、実は、それはロマン派的な転倒のなかで生じたのである。
 近代文学のリアリズムは、明らかに風景のなかで確立する。なぜならリアリズムによって描写されるものは、風景または風景としての人間――平凡な人間――であるが、そのような風景ははじめから外にあるのではなく、「人間から疎遠化された風景としての風景」として見出されなければならないからである。
 たとえば、シクロフスキーは、リアリズムの本質は非親和化にあるという。つまり、見なれているために実は見ていないものを見させることである。したがって、リアリズムに一定の方法はない。それは、親和的なものをつねに非親和化しつづけるたえまない過程にほかならない。この意味では、いわゆるリアリズム、たとえばカフカの作品もリアリズムに属する。リアリズムとは、たんに風景を描くのではなく、つねに風景を創出しなければならない。それまで事実としてあったにもかかわらず、だれもみていなかった風景を存在させる(・・・)のだ。したがって、リアリストはいつも「内的人間」なのである。

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そうげん
 2017/06/25 20:29

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(3)
私は「言文一致」は文字改革にあり、「漢字御廃止」にあるのだと述べた。文字は、もともと音声とは別個にある。ルロア=グーランがいうように、絵から文字が生じたのでなく、表意文字から絵が生じたのである。そのような文字の根源性をみえなくさせてきたのは、音声と文字が音声的文字として結合してからである。しかし、われわれは中国人ともちがった独特の漢字の経験からその問題を考える手がかりをもっている。
 漢字においては、形象が直接(・・)に意味としてある。それは、形象としての顔が直接に意味であるのと同じだ。しかし、表音文字になると、たとえ漢字をもちいても、それは音声に従属するものでしかない。同様に、「顔」はいまや素顔という一種の音声的文字となる。それはそこに写される(表現される)べき内的な音声(・・・・・)=意味を存在させる。「言文一致」としての表音主義は「写実」や「内面」の発見と根元的に連関しているのである。

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そうげん
 2017/06/25 20:30

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(4)
透谷がいう「恋愛」はけっして自然なものではない。たしかに「粋」は不自然だが、「恋愛」もまた同じである。古代日本人に「恋」はあったが恋愛はなかった。同じように、古代ギリシャ人もローマ人も「恋愛」を知らなかった。なぜなら、「恋愛」は西ヨーロッパに発生した観念だからである。ドニ・ド・ルージュモンが『西欧と愛』のなかでいっていることはやや疑わしいが、確実なのは、西欧の「情熱恋愛」がたとえ反キリスト教的なものであっても、キリスト教のなかでこそ発生しえた「病気」だということである。とすれば、すでに「恋愛」にとらわれた者が、その内面を“自然”として観察するとき、実はそうとは知らずに、キリスト教的に転倒された世界を“自然”として受けとっているのだ。事実上、北村透谷がそうであるように、「恋愛」はキリスト教教会の内部や周辺でひろがった。若い男女が教会に集まったのは、信仰のためか恋愛のためか区別しがたいほどである。
 しかし、西洋の「文学」を読むことそれ自体が「恋愛」をもたらす。教会にかわって、「文学」に影響をうけた人たちが恋愛の現実的な場を形成していった。花袋の『蒲団』にあらわれる文学少年・少女たちがその例である。恋愛は自然であるどころか、宗教的な熱病である。キリスト教に直接触れなくても、「文学」を通してそれは浸透する。「恋」ではなく「愛」という奇妙な問題がひとをとらえる。たとえば、キリスト教を嫌っていた漱石も、恋愛を通して、「愛」という問題に入りこんでいる。

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そうげん
 2017/06/25 20:32

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(5)
(内村鑑三の言葉をひいて)これを謙虚な態度とみてはならない。私は何も隠していない、ここには「真実」がある……告白とはこのようなものだ。それは、君たちは真実を隠している、私はとるに足らない人間だが「真実」を語った、ということを主張している。キリスト教が真理だと主張するのは神学者の理窟である。しかし、ここでいわれている「真理」は有無をいわさぬ権力である。
 告白という制度を支えるのは、このような権力意志である。私はどんな観念も思想も主張しない、たんにものを書くのだと、今日の作家はいう。だが、それこそ「告白」というものに付随する転倒なのである。告白という制度は、外的な権力からきたものではなく、逆にそれに対立してでてきたのだ。だからこそ、この制度は制度として否定されることはありえない。また、今日の作家が狭義の告白を斥けたとしても、「文学」そのものにはそれがある。

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そうげん
 2017/06/25 20:33

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(6)
私小説において、「在りのままに書く」ということは、鷗外がそういった意味で、もはや「纏まりをつけない」ことである。いわゆるリアリズム(十九世紀的)は、作図上の空間に属しているのであるから、私小説家たちが同一の語を用いたとしても、内実はまるでちがっている。同じことが、「私」という語についてもいえる。私小説においてhが、実は「私」は現象学的な意味でカッコにいれられているのである。
 近代西欧における「私」は、デカルトがそうであったように、一つの遠近法的配置においてある。西欧においては、この配置があまりにも自明かつ自然であるために、それが作図上の配置であることに気づくこと自体が容易ではなかった。のみならず、この配置を還元(カッコいれ)して、それが変形し隠蔽している原初的な“配置”の在りようをみるためには、むしろ不自然(・・・)な意志と方法論的な仕掛けを必要とする。日本の私小説においては、その逆である。彼らにとって、西欧的な「私」を自然たらしめている配置こそ、不自然であり人工的であるとみえたからである。

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そうげん
 2017/06/25 20:34

柄谷行人『近代日本文学の起源』からの引用(7)
日本の近代文学においては、言葉はひたすら内面を記述する表現技術として磨かれ、そうした言葉の不透明性によって、自己の「内面」が汲めども尽きない文学の源泉でもあるかのように、詐術がほどこされたのである。だが、本当は言葉は「外部」に対してこそ、最もその本来の姿が浮彫りにされるはずだ。なぜならば、言葉はそれがそれ自体として通じ合わない「外部」との接触において、“命がけの跳躍”を行うのであり、それは一つの共同体という大きなカッコの中に囲いこまれていることから逃げ出す方法の一つなのであって、そうした言葉の外の非言語的なものこそ、言葉の意味や、それによる表現、描写、伝達を支え、保証するものにほかならないからである。

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そうげん
 2017/06/25 20:53

自分語りです(1)
自分語りです。


前に数学が好きだと書きました。とにかく中学の終わりころまでは、登校中も、休憩中も、学校帰りに道を歩きながらもずーっと数字のことばかり考えて、見知った法則やら、理論やらを組み合わせればどうなるかとかそんなことで頭の中をいっぱいにして、道を走る車のナンバープレートでいろんな計算をして遊ぶ。

基本、自分の思っていることはほとんど口にせず、宿題で定期的に出される書き物も、自分を反映するものはまったく書くことはありませんでした。自分の受け止めているものを文章化する手段をもたなかったために、本は読んでも、自分から書きものをすることは一切ありませんでした。



自分の中に自分を語る言語をもたなくて済んだのは、数学の事ばかり考えてきたこともあったでしょう。またことさら思っていることを他者に伝える必要性も感じておらず、その代わりに、人が書くものは受け入れもし、書物も読むことができるし、わからないものがあれば、否定するよりも、自分がわかるようになるまで寝かしておくか、くらいの余裕をもって接するようにしています。

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そうげん
 2017/06/25 20:54

自分語りです(2)
柄谷氏の文章のこの部分――

「出口のない「内面」にすでに全身を浸らせていながら、
 線的な音声言語の外に、いわば放射状の多義的な世界を求めていた。」


「放射状の多義的な世界」というものこそ、まず自分の中にあって、
 それを線的な音声言語で荒らしてしまえばもう取り返しがつかなくなるのではないか、

とそういう風に感じていたからこそ、
自分の書きたいものを書かずに、やってきたのだと思います。


あるときから創作をはじめてみて、
それこそ周囲にいる物書きさんが、ひとりひとり自分の視界をもって
文字をつづっていくこの世界のおもしろさがわかるにつれ、
生きている間は、この「文章を書く」といういとなみを
こつこつつづけていければと思っています。

maintenance

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