小町ちゃんの構文基礎


まとめ


小町ちゃん :「さあて、次のステップに進む前に、やらなきゃならないことがあるの」
ごはんちゃん:「あ、分かった。ここでそれを済ませてから、いつもの解説に行くんでしょう」
小町ちゃん :「まあそういうことよ。……って、そういう外から見たようなことをしゃべっちゃダメでしょうっ」
ごはんちゃん:「わあ、おこらりた」
小町ちゃん :「ぷんぷん。さあ、それじゃごはんちゃん、今まで教えてあげたことをもとにして、前に書いた文章を書き換えてみてちょうだい」
ごはんちゃん:「えーっ、めんどくさーっ」
小町ちゃん :「オーブンの中にその頭を突っ込むわよ」
ごはんちゃん:「うひゃあ、おコゲになっちゃう、やめてよう」
小町ちゃん :「じゃあおとなしく言うことを聞いて書き直しなさい。一度書いた文章を後から見直して、もっと良い文章にしようと自分でチェックを入れて書き直したりすることを《推敲》と言うの。これは大切よ」
ごはんちゃん:「ちぇー、分かりましたよう」

 ……待つことしばし。

ごはんちゃん:「よーし、書けた」
小町ちゃん :「どれ、見せてみて」
ごはんちゃん:「はーい、よろしくお願いします」

推敲前の文章
 きれいな、花が、好きなので、河原で、つ
んできた。心が、あらわれるみたい。
 右手で、持っていた、赤い花を、左手に、
持ち替えて、家に、帰ってきた。
推敲後の文章
 僕は、きれいな花が好きなので、河原に行
って、赤い花をつんで、家に帰ってきた。
 右手で持っていた、赤い花を、左手に持ち
替えた。
 僕は、花を見ていると、心が、あらわれる
みたいだ。

小町ちゃん :「ふーん。結構良くなったわね」
ごはんちゃん:「へっへっへ、スゴいでしょう」
小町ちゃん :「ちゃんと、私が言ったことは分かってくれてるみたいね」
ごはんちゃん:「んーっふっふっふ」
小町ちゃん :「わ、ヤな笑い方。……文章の方は、意味が前よりも通りやすくなってるし、素直な印象に変わったのにねえ」
ごはんちゃん:「ちっともうれしくない誉め方だなあ」
小町ちゃん :「素直に喜びなさい」
ごはんちゃん:「うっわぁーいっ! うれしぃー!!」
小町ちゃん :「なんか釈然としないけどいいわ。許してあげる。さあ、それじゃまた、細かなところのチェックを入れてみるわよ」
ごはんちゃん:「えっ、まだやるの?」
小町ちゃん :「当然じゃない。どれどれ……」
 さあ、またビシビシっと突っ込むわよ。

 僕は、きれいな花が好きなので、河原に行
って、赤い花をつんで、家に帰ってきた。
 右手で持っていた、赤い花を、左手に持ち
替えた。
 僕は、花を見ていると、心が、あらわれる
みたいだ。

 ええとまず、文章が整理されてきて、意味
がとても分かりやすくなったのは良くなった
ところね。
 でも、一行目から二行目の文章と、三行目
から四行目の文章とが、時間として入り乱れ
てしまっているから、それは注意して欲しい
わね。こういった時間の順序のことを《時制》
と言うの。
 ごはんちゃんは、花をつんだ帰り道で『僕』
が花を右手から左手に持ち替えたんだってこ
とが言いたいのよね?
 でも二行目でいったん『家に帰ってきた』
と書いて、『帰ってくる』行為が完結してし
まっているのよね。完結しているってことは、
つまりそれがもう『過去のこと』になったっ
ていうことなの。
 それなのに、すぐ後に続けて、帰り道の
『途中でのこと』を書いているでしょう。
 もう過去のことなのに、そこで改めて説明
してしまおうとするから、こんがらかるのよ
ね。ここは『帰り道の途中で、花を右手から
左手に持ち替えたりしていた』といった風に、
ここで説明しているのは『過去』の、『帰り
道』でのことなんだって分かる書き方をした
方がいいわね。さもなければ、この二つの文
章はまとめて一つにしてしまってもいいわね。
『花をつんで、それを持ち替えたりしながら
歩いて帰った』とかね。
 それから三段落目、つまり五行目と六行目
ね。ここに『僕は』と主語をつけたのは良か
ったんだけれども、でもただ単に『つけただ
け』って感じだわ。後からつけた言葉と、前
からある言葉が繋がってないの。
 『僕は』っていう書き方と、『心が、あら
われるみたいだ』っていう書き方が、繋がら
ないのよ。自分のことをなんだか他人を見る
みたいに言っている気がしちゃうの。
 ここで主語を『僕は』とするなら、後の方
の文章は『心が、あらわれるみたいな気がす
る』とかに変えた方が良いと思うわ。その方
が、文章としてしっくり来るのよね。
 この《しっくり来る》っていう感覚は、実
は大切なことなのよ、ごはんちゃん。
 日頃使っている言葉の感覚に合っているか
合っていないかは、理屈より先に感覚で掴む
ものだと思うのよね。《しっくり来る》か
《来ない》かは、その感覚が反応しているっ
てことなの。《来ない》文章は、だからつま
り、その文章が自分の言葉の感覚とは合って
いないということなの。
 自分で書いたものなのにそんなことを感じ
ようなことがもしもあれば、それは、書いた
文章が良くない文章だってことだわ。気をつ
けるようにしてね、ごはんちゃん。

ごはんちゃん:「ふにゅう、へこむなあ」
小町ちゃん :「あら、へこたれちゃった?」
ごはんちゃん:「うんにゃ、へこたれはしないけど、でも、へこむ」
小町ちゃん :「まあまあ、ごはんちゃん。初めて書いてからまだ間もないんだから、いろいろ指摘されたって、無理はないわよ」
ごはんちゃん:「そりゃそうだけど」
小町ちゃん :「分かってるならへこんでないで、これをバネにしてがんばってちょうだい。鍛練場でもみなさんそう言ってがんばっておられるわ」
ごはんちゃん:「分かったよう。でも、こんな風にペコペコにへこまないようになるためには、どれくらいがんばればいいんだろうなあ」
小町ちゃん :「それはまあ、人それぞれだと思うわよ」
ごはんちゃん:「たくさん読んだり、書いたりしないといけないんだろうね、きっと」
小町ちゃん :「そうね。どんぶり先生がよく言ってるのは、『良質の作品を二百冊読むと、ようやく小説のようなものが書けるようになる』んですって」
ごはんちゃん:「……『のようなもの』って、なんかずいぶんと大胆なことを言うなあ、あの織部焼き」
小町ちゃん :「どんぶり先生が実体験としてそう感じてるんですって。だから人によって個人差があるとは言ってたけどね」
ごはんちゃん:「ふぅん。二百冊で『のようなもの』なら、『本物』を書くにはどれくらい読んだらいいのかな」
小町ちゃん :「どんぶり先生が言うには、『五百冊でなんとか小説になってくれる』んですって。私は、もうちょっと少ないんじゃないかと思うんだけどね」
ごはんちゃん:「五百……ふえええ、目が回る」
小町ちゃん :「一年に百冊読むとしても、五年かかるわけよね。まあ、それが正しかったとしても、才能がある人とか、もともと素質がある人なんかは、もっと少ない数、短い期間で、書けるようになるんでしょうけど」
ごはんちゃん:「……でもそんなに偉そうなこと言って、あのひび割れどんぶりはどれくらい読んでるのかな」
小町ちゃん :「さあ……そこまでは」
ごはんちゃん:「今度書斎に忍び込んでみようっと」
小町ちゃん :「何を危ないことを言ってるのかしら、この子」
ごはんちゃん:「ところでお姉ちゃん、お手本見せてよ」
小町ちゃん :「お手本って、なんの?」
ごはんちゃん:「だから、僕が書いた文章を、お姉ちゃんならどう書くのかなって思って」
小町ちゃん :「ああ、そういうことね」
ごはんちゃん:「そうそう。書いて書いてー」
小町ちゃん :「こんな時だけ都合良く子供っぽいんだから……分かったわよ。でも私だってプロじゃないんだから、きれいな文章は書けないわよ」
ごはんちゃん:「いいよ、僕よりはうまいんだから」
小町ちゃん :「それじゃ、ちょこちょこと書いちゃいましょ」
ごはんちゃん:「ちょこちょこ……うう、へこむなあ。こっちは必死で書いたのに」
小町ちゃん :「……」
ごはんちゃん:「ありゃ、聞いちゃいない」
小町ちゃん :「うん、出来た」
ごはんちゃん:「わ、早っ」
小町ちゃん :「どんぶり先生や他の人なら、もっと上手に書けるんでしょうけど、私にはこれくらいね」

ごはんちゃんの文章
 僕は、きれいな花が好きなので、河原に行
って、赤い花をつんで、家に帰ってきた。
 右手で持っていた、赤い花を、左手に持ち
替えた。
 僕は、花を見ていると、心が、あらわれる
みたいだ。
小町ちゃんの文章
 花をつみに、僕は河原まで行った。花は好
きだ。特に、赤い花がいい。見ていると心が
洗われるような気分にしてくれるからだ。
 気に入った色味の花を選んでつみ取ると、
それを右手と左手の間で行ったり来たりさせ
ながら、家に戻った。

ごはんちゃん:「うひょお、全然違う」
小町ちゃん :「そりゃあ当たり前よね。同じ状況を書いても、書き手が十人いれば、十通りの文章になるはずよ」
ごはんちゃん:「この、『あらわれる』が漢字の『洗われる』になってるのは、意味があるの?」
小町ちゃん :「そこはね、同音異義語があるでしょう。『現れる』とか『表れる』とか。神経質かも知れないけど、ひらがなだと、一瞬そういう同音語と混同しちゃうような気がしたので、意味が通る漢字を使ったの」
ごはんちゃん:「うーん。細かいなあ。それにしても、僕のよりずっと小説っぽいよね。さすが」
小町ちゃん :「そうかもね。ごはんちゃんはまだ分からないかも知れないけど、その小説っぽさの違いは、《説明》と《描写》の違いじゃないかしら」
ごはんちゃん:「同じことじゃないの?」
小町ちゃん :「違うことよ」
ごはんちゃん:「あっさり返すなあ」
小町ちゃん :「それが『違う』ことなのは、間違いのないことだもの。でもどういう風に『違う』のかまでは、うまく説明できないんだけど……」
ごはんちゃん:「なぁんだ、お姉ちゃんも何もかも知ってるわけじゃないんだね」
小町ちゃん :「……むかっ……
ごはんちゃん:「むむっ、今、また何か悪寒が……」
小町ちゃん :「ごはんが冷めてきたのよ」
ごはんちゃん:「ふにゅう、新しいのと取り替えないと」
小町ちゃん :「今度どんぶり先生に、説明と描写の違いを訊いておくから、次の機会に教えてあげるわ」
ごはんちゃん:「無理しなくてもいいのに」
小町ちゃん :「無理じゃないわよっ」
ごはんちゃん:「わあ、お姉ちゃんが怒った」
小町ちゃん :「食べるわよ!」
ごはんちゃん:「た、食べられるー、ぎゃー、きゃー」
おわり

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